7.ディファレント
明月琢磨は、一時間ばかりの残業を終え、立川奏太からの飲み会の誘いを断ると、会社のビルを後にした。駅に向かって歩いていると、後ろから声を掛けられた、
「明月先輩!」
振り返ると、飯村彩乃が手を振っていた。
「飯村さん、どうも」
「今から帰ってワールドオブアドベンチャーですか?」
「まあ、そんなところ」
「弟に私もやりたいって言ったら、ゲーム機は渡さんって断られちゃいました」
「そうか、家庭用ゲーム機だとそう言う事もあるのか。ならパソコン版は?」
「私のパソコン、一万円くらいで買った中古のノートパソコンですけど、いけますかね?」
「無理……だね。今は必要スペック満たすのは簡単だけど、流石にせめてもう少し高いゲームやる為のパソコンがいいと思う」
「やっぱりそうですよね。実はベンチマークとか言うのもやったんですけど、凄く数値低くて……」
残念そうにしている彩乃を見て、琢磨は一つの提案をする事にした。
「もし、パソコンかゲーム機を買う気になったら言ってよ。パソコンはそこそこ詳しいから、色々教えるよ」
「ほんとですか! 助かります! それじゃあ連絡先交換しないとですね!」
嬉しそうに、手元の鞄からスマートフォンを取り出す彩乃。
連絡先交換まで考えていなかった琢磨は、慌てた様子でポケットの何処かに入れてあるスマートフォンを手探りで探し、スーツの胸ポケットに入っていたスマートフォンを取り出した。
現代の技術では、連絡先交換モードをオンにして、スマートフォン同士を軽く接触するだけで、事前に設定した情報が相手の連絡先リストに瞬時に登録される。
彩乃のピンク色のスマートフォンと、琢磨の黒色のスマートフォンを軽く接触させると、通知音と共に登録が完了した。
早速、琢磨の情報を閲覧した彩乃。
「あ、ツイグラムもやってるんですね! フォローしちゃおっと」
「あー、うん。WOAの情報交換に利用してるくらいだけだから、つまらないよ」
「いやいや、これから始めるんですから! 勉強させて頂きます!」
とスマホを持った片手で敬礼の様なポーズを取る彩乃。
その後、彩乃と別れ、琢磨は電車でいつもの帰路に着く。
帰りの電車の中で、スマートフォンを使いWOAのボス、デストロイヤーの攻略動画や技術を探すが、日本語の物がどう探しても出てこない為、仕方なく外国の攻略動画を見る事にした。だが琢磨には外国語がわからず、雰囲気だけ味わう形となってしまった。
✳︎
サイカはログインすると、早速ワタアメから呼び出しを受けた。
アイテムの準備を一通り終わらせ、ゼネティアの正門前に行くと、先日の蜃気楼の塔に挑戦した際のメンバーに何人か加わり、サイカも含め総勢十八人のプレイヤー達が集まっている。平均レベルは百十と言ったところだ。
全員揃った事を確認したワタアメが、
「じゃあみんな馬に乗ってー! 方角は北東! ダンジョンまで一時間くらい掛かるけど、道中のモンスターはボスとレア以外無視! 離席する時はオートランにするの忘れずに! それじゃあ、出発進行!」
と、先導して騎乗モンスターのガルダに乗り走り出した。
皆も続いてそれぞれ馬や騎乗モンスターに乗り走り出す。
その後、サイカはオートランシステムで走りながらも、周りの観察を怠らなかった。
先ほど、ワタアメが言った様に、道中で思いもしないレアモンスターやボスが現れる事や、プレイヤーキラーに狙われる事もある。とは言っても、後者はこの人数のパーティーに勝負を挑む奴はいないと思われる為、あえてワタアメはその事には触れなかったのだろう。
道中、馬で走る十八名のパーティーメンバー達は、雑談で盛り上がっている者もいれば、離席している者、離席はせずにゲーム外で作業している者など様々であった。
二十分ぐらい走ったところで、サイカは自分の馬をワタアメに近付け、ワタアメに話しかける。
「そんなに急いで倒しに行かなくてもいいのに」
「あのダンジョンについて、気になって昨日調べたんだけどさー。何と、あのダンジョン、日本のエリアに来るのは四年ぶり、ニ度目なんだってさ」
そのワタアメの言葉を聞き、サイカは攻略情報が全然出てこなかった事に納得した。
WOAは、その世界の広さも相まって、ダンジョンの種類は数千、モンスターの種類自体も未知数で、全て発見されていないとも言われている。その為、こう言った事も珍しくはないのだ。
「そんな前からあるダンジョンってなると、意外に簡単かもな」
サイカがそんな事を言うと、ワタアメがニヤッと笑みを浮かべた。
「それがそうでもないのがWOAの真骨頂! それにさ、四年ってなんだかロマンチックじゃない?」
「そうか?」
「そうだよ」
そんな事を本気で言うワタアメは、不思議な奴だとサイカはつくづく思うのであった。
馬で走り続けること一時間、ようやく昨日サイカとワタアメが来たダンジョンの入口に到着した。
全員が騎乗生物から降りた事を確認したワタアメが、
「じゃあ十五分休憩!今のうちにトイレとか済ませておいてー」
と、全員に声を掛けた。
皆、離席する者もいれば、ダンジョンの前で雑談をしたり、近くのモンスターを偵察しに行ったりと、思い思いの行動を取り始める。
サイカはキクイチモンジの手入れを始める。武器には耐久値があり、使い込むと徐々に攻撃力が下がっていく仕組みとなっている為、こういった手入れ作業が必要なのだ。手入れの残り作業時間は十分と表示された。
そんなサイカの横に一人の男剣士が座った。
以前、蜃気楼の塔攻略の際にサイカに話しかけて来た髭面の男、ワタアメのギルドのメンバーでもあるジーエイチセブンだ。前は大剣を背負っていたが、今日は大きな盾を背負っている。
ジーエイチセブンはサイカの刀を見ながら質問をしてきた。
「キクイチモンジ、もう能力解放はしたのか?」
「能力解放?」
「レア装備の中には隠し能力が秘められている物がある。そのキクイチモンジもその内の一つらしい」
「らしい?」
「まだその武器の持ち主で解放した奴は、世界中に一人もいないんだと。でも運営の人が、インターネットの生放送でそれっぽい事をほのめかした事が噂の原因らしい」
「じゃあ解放の条件はわからないんだな」
と、サイカは手入れ中のキクイチモンジの詳細画面を開く。
簡単な武器の設定説明文と、桁外れな攻撃力表示、最大強化済みの表示、そして防御力無視の特殊能力が付いている。
防御力無視はもともと付いている効果なので、その隠し能力と言うのはこれではない。
「どんな能力なのかもわからない。解放の方法もわからない。まさにロマン武器だな」
そんな事を言いながら、ジーエイチセブンは笑う。
「ワタアメさんが好きそうな話だ」
サイカがワタアメと言う名前を口にすると、ジーエイチセブンは思い出したかのように別の質問をしてきた。
「そう言えば、うちのギルド、ワタアメから誘われてるんだろ? 入らないのか?」
「断った」
やっぱりねと言いたそうな顔をするジーエイチセブンは、話題を変える。
「あいつ、このゲーム何年やってると思う?」
「さぁ、その手の話はした事ないな」
「十年だ」
「えっ、それって……」
「ワタアメはこのゲームが発売されたその時から、十年間このゲームで遊んでる。俺も聞いた時は驚いた」
WOAを始めて四年のサイカは、それを聞いてワタアメがとても大きな存在に感じ、何も言葉が出なかった。
ジーエイチセブンは話を続ける。
「そんなワタアメは、うちのギルドでは当然ながら一番レベルが高い。だがあんたは更にその上だ。そしてゼネティア周辺では四人しかいないと言われる隠し職業クノイチ。更にはそのキクイチモンジときたもんだ。優良過ぎる逸材だな」
「それは決して良い事ばかりじゃないよ」
とサイカ。
「そうだとしても。色んなギルドを渡り歩いてきた俺から言わせると、うちのギルドは別格なんだ。ワタアメは人を見る目に優れているし、リーダーをやる才能がある」
「才能?」
「見ててわかるだろ。十年選手とは思えないくらいに、ワタアメは初心を忘れていない。まるで俺たちが初めてネトゲで遊んだ時の様なキラキラした感覚を、あいつは今でも忘れてないんだ。まるで物語の主人公みたいに、常にこのゲームを楽しんでいる」
「ゲームを楽しむ感覚か……」
とサイカは最近の自分はそれがあるのかどうかと、複雑な気持ちになった。
「情動感染。楽しそうにしてる姿ってのは、同じゲームで遊ぶプレイヤーにとっては栄養みたいなもんだ」
「そうだね」
そんな会話をしていると、サイカのキクイチモンジは手入れ作業が終わり、攻撃力が本来の数値に戻った。
すると、ジーエイチセブンは立ち上がり、
「ま、俺からのささやかなギルド勧誘だ。気が向いてくれる事を祈ってる」
と言い残し、サイカから離れ別のプレイヤーの所に行ってしまった。
やがてワタアメが再度集合の号令を出す。
そしてサイカを含めた十八人のプレイヤー達はダンジョンへと足を踏み入れ、ヘルリザードマンを倒しながら最深部へと向かう。
さすがに十八人もいるとなると、あっと言う間にヘルリザードマンを倒し、最深部に向け進行していった。最深部手前の中ボス、ヘルリザードマンアギトも蜂の巣だ。
あまりにも圧倒的すぎる為、サイカは一度も刀を抜く事すらなかった。
そして最深部へ続く階段の前に到着すると、なぜか弓職なのに先頭を歩いてたワタアメが振り返る。
「さぁ諸君! ここからが本番だよ! この先にデストロイヤーさんがいます! ヒーラーはバフを忘れずに!」
ワタアメがそう言うと、ヒーラー役の魔法使い達が全員に様々な補助魔法を付与する。
付与魔法が自身に付与され、全てのステータスが上昇した事を確認すると、サイカは隠密スキル《ハイディング》を使い、自身の姿を消した。
この隠密スキルは、アサシン、ニンジャ、クノイチの専用スキルで、最大で三十分間透明になれる。だからと言って無敵と言う訳でもなく、攻撃をしたり受けたりすると解除され、クールタイムは一時間と非常に長い。そして味方からもその姿は一切見えなくなってしまう事もデメリットの一つ。
このスキルを看破できないモンスターに対しては不意を確実に突く事ができる為、フィニッシャーの役割を任せられる。
サイカが消えた事を確認するなり、パーティーメンバー達は最深部へと進んだ、さすがにワタアメも後方へと下がる。
重装備剣士のタンクが四人、サイカ含む攻撃力に特化した様々な前衛アタッカーが五人、弓使いと魔法使いの後衛アタッカーが五人、回復と支援魔法使いのヒーラーは四人。
充分過ぎる布陣だ。
最下層は長く真っ直ぐな道がしばらく続いたが、不気味なことにモンスターの姿は何処にもない。
しばらく進むと、大きな広間にやって来た。天井は高く、ここまでの道のりはいかにも洞窟と言った雰囲気であったが、この広間だけは人工的な建造になっていて、中央には祭壇の様な物が見える。
しかしこの部屋にも、モンスターはいなかった。
「何もいねぇぞ」「もう誰かに狩られちゃったんじゃないのか」
と言った声がパーティーメンバーからあがり始める。
その時、地響きが起き、広間の中央にあった祭壇が光りを放った。
「来るよ!」
とワタアメ。
やがて祭壇の上に現れたのは、巨大なボスモンスターだった。
現れたデストロイヤーは、赤い鎧を着たモンスターで、目は四つあり二本の腕にそれぞれ持つ大きな黒い剣。
早速サイカは異変に気付いた。動画で見たデストロイヤーは鎧が黒、画像検索で見つけたデストロイヤーのスクリーンショットも鎧は黒だった。鎧の色が違うのだ。
WOAではこの様な変種モンスターをディファレントモンスター、通称DMとプレイヤーは呼ぶ。全てのモンスターが、一万分の一とも言われる色違いモンスターで現れる事があり、強さも格段と上がる。
デストロイヤーの頭上に表示されたHPバーの横にあるレベル表記を確認すると、そこにはレベル百四十と表示されていた。想定より高いレベルだ。
サイカはDMである事を皆に知らせようとしたが、事前に調べたプレイヤーは何人かいたようで、
「DMだ!」
と情報共有された為、サイカは何も言わない事にした。
ワタアメは弓を構えつつ、
「四年ぶりのダンジョン、激レアのDM、今私はゾクゾクしてるよ! さぁタンカー前へ!」
と嬉しそうに指示を出す。
ジーエイチセブン率いる、重装備のタンカー達が前進を開始。デストロイヤーと距離を詰めると、デストロイヤーのヘイトを向ける為に攻撃を開始する。
デストロイヤーも剣を振るい反撃をしてくるが、タンカー四人はシールドで防御する。その中でもジーエイチセブンは、防御するだけでなく、ジャストガードすると共に大きな盾を構えデストロイヤーに突進攻撃を仕掛けた。
タンカーがヘイトを稼ぎ、デストロイヤーの注意を引いたところで、ワタアメが次の指示を出す。
「アタッカー攻撃開始!」
後方待機していた前衛アタッカー職四人が前進。それに合わせ、ワタアメの限界までチャージした、渾身の矢も放たれ、デストロイヤーを貫通する。更に追い討ちを掛けるように魔法使いの無数の攻撃魔法がデストロイヤーに降り注ぐ。
魔法に合わせ、剣、拳、槍、あらゆる前衛アタッカーがデストロイヤーを囲うように一斉攻撃を仕掛ける。
ヘルリザードマンアギトであればこの攻撃で一瞬で終わっているところだが、このデストロイヤーのHPはほとんど減っていない。
デストロイヤーはアタッカーの一人にターゲットを移した事を確認したワタアメが、
「アタッカー下がって!」
と指示を出し、アタッカー達は攻撃を中断してタンカーの後ろへ下がる。
そんなやり取りを何度か繰り返した所で、デストロイヤーの動きが変わる。
デストロイヤーのニ本の剣が赤くなり、しばらく力を貯める素振りを見せたあと、そのニつの剣を連続で振るう。それは風の刃となり、地面をえぐりながらも広範囲に襲いかかる。
風の刃はタンカー四人のHPを大きく削りながら、貫通して後方に下がろうとしていた前衛アタッカーの内三人に直撃する。
直撃した三人の内、ニ人のHPバーが一瞬でなくなった。残った一人も瀕死の状況。
そんな強烈な攻撃が終わった直後、デストロイヤーは飛び上がり、後衛職の前に一気に移動する。
「回避!」
とワタアメが指示すると、後衛職は慌てて左右へ散開する。だがデストロイヤーの無慈悲な一撃がヒーラーの一人に直撃、死亡した。
レベル百を超えたモンスターは、レベルが高くなればなるほど、モンスターのAIが強化されており、タンカーがヘイトを稼げばいいという単純戦闘はできないパターンが多い。
逃げる後衛職を守る為、タンカー四人が慌ててデストロイヤーを攻める。
デストロイヤーは再び、タンカーに大きな剣で薙ぎ払い攻撃をすると、HPを半分削られていたタンカーの一人がその攻撃で倒れた。
ジーエイチセブンは、剣士のスキル《ディバインシールド》を発動。大きな盾を金色に輝かせ防御力を大幅に上げると、挑発スキルの《タウント》でデストロイヤーを挑発する。
デストロイヤーはジーエイチセブンを攻撃するが、金色の盾がデストロイヤーの剣を弾き、怯ませる。
そこに格闘家のアタッカーが、防御力が高い相手に有効な格闘スキル《発勁》をデストロイヤーの腹部に直撃させ、更に矢と魔法が追撃。
瀕死のアタッカーを回復させようと、ヒーラーが回復魔法の詠唱を始める。するとデストロイヤーがそれに気づき、再び飛び上がったと思えば、詠唱中のヒーラーの前に着地して剣を振る。ヒーラーは詠唱を中断、その場から走って逃げ出した。
「こいつ、回復させないつもり!?」
とワタアメは矢を放つ。
ヒーラーが逃げたのを確認したデストロイヤーは、その方向を変え、再び力を貯める素振りを見せる。その方向には瀕死で回復アイテムを使用している最中のアタッカーの一人がいた。
デストロイヤーが再び放ったニつの空気を裂く刃は、そのアイテム使用した際の硬直中であるアタッカーに当たり、そのアタッカーはせっかく回復したHPをダメージが通り越し、死亡した。
サイカはそんなデストロイヤーの圧倒的な強さに、息を飲みつつも透明状態は解かずに機会を窺う。
そんな中、ジーエイチセブンは臆す事なくデストロイヤーに攻撃を仕掛けていた。何かのトリガーを引かない限りはこのデストロイヤーは基本的にヘイト値に従ってタンカーを攻撃してくれる。
時折、あの風の刃による範囲攻撃でアタッカーも巻き込もうとする事も解った。
攻撃魔法を使い過ぎた魔法使いの一人がMP回復剤を使用した所で、再びデストロイヤーの動きが変わる。タンカーへの攻撃を中断して、飛び上がるとその魔法使いを今度は踏み潰した。
踏み潰された魔法使いのHPバーがなくなる。
その様子を見たワタアメは、
「みんな気を付けて! こいつ、詠唱とアイテムの使用に反応してる!」
とパーティーメンバーに注意を呼びかける。
魔法が使えない、アイテムも使えない、絶望的な状況だ。
サイカは迷う。ここぞと言うタイミングで一撃必殺のスキルを使用してボスのHPを一気に削るフィニッシャーを担うサイカは、ハイディングを解除して加勢するタイミングをいつするのか判断を迫られていた。
HPが三割を下回りバーが赤く染まったジーエイチセブンは、それでもデストロイヤーのターゲットを自分に向けようと攻撃を仕掛けながら次の作戦を口にした。
「詠唱とアイテム使用は狙われる。逆にその特性を利用しろ! アイテム使用の硬直はどうにもならないが、詠唱はキャンセルができるはずだ! ニ人同時に使うってのも有りだ!」
そのジーエイチセブンの言葉にパーティーメンバーは気付かされ、そして黙って頷くと行動に移る。
魔法使いは互いに少し離れた位置でタイミングを合わせ魔法の詠唱を開始。
デストロイヤーはそれに反応して、片方の元へ飛び上がると、狙われた方はすぐに詠唱を中断してデストロイヤーの攻撃を回避する。そしてもう片方の魔法詠唱が完了して範囲回復魔法がアタッカーやタンカー達のHPを回復させた。
やっとHPが回復した前衛陣の士気は上がり、アタッカー達が一気にデストロイヤーへ攻撃を仕掛ける。
デストロイヤーのHPが半分を切ったところで、再びデストロイヤーの動きに変化が現れた。
何かが来ると感じたのも束の間、デストロイヤーは雄叫びを上げる。
その雄叫びは周囲のタンカー、前衛アタッカー諸共、全員をスタンさせた。
そしてデストロイヤーは二本の剣を地面に突き立てると、デストロイヤー周辺広範囲に大きな魔法陣が展開。
何か大技が来ると判断した後衛陣、ワタアメは矢を放ち、魔法使いが攻撃魔法を唱え、ヒーラーがパーティーメンバー全員の防御力を上げる補助魔法を詠唱する。
しかしデストロイヤーは魔法の詠唱を中断する事はなかった。
魔法陣の範囲内にはスタン中の前衛陣が全員入ってしまっている。
やがてデストロイヤーの魔法が発動され、周囲に重力波が放たれる。前衛陣は全員地面に叩きつけられ、スタンが回復しても身動きが取れない状況となった。
更にその魔法はHPをジワジワと削り続けると言うオマケ付きだ。後衛陣がいくら攻撃をしようと、その魔法は止まらない。
アタッカーの一人が、この攻撃により成す術なくHPが無くなり死亡した。又、タンカーのジーエイチセブンもHPが僅かになる。
魔法陣でジワジワと削られていくHPをヒーラー達が回復魔法を連打しているが、
「回復が間に合いません!」
とヒーラーの一人が叫ぶ。
そんな時、重力に押し潰されていた格闘家が起死回生のスキル《捨身》を発動する。
このスキルは、全ての状態異常や魔法を十秒間無効化、更にはHPが減らなくなり、無敵状態となるが、その効果が切れると強制的に死亡すると言うその名の通り捨て身のスキルだ。
無敵となった格闘家は立ち上がると、すぐさま移動スキルの《残影》を使用してデストロイヤーの目の前に瞬間移動すると、続けて攻撃スキルの《百式連弾》を使用する。
格闘家の百発に及ぶ強烈な拳が魔法発動中のデストロイヤーに命中。
そのスキルでデストロイヤーのHPが一気に削られると、さすがのデストロイヤーも怯み、重力魔法が止まった。同時に格闘家は《捨身》の効果が切れてその場に倒れてしまった。
立て直したデストロイヤーは、剣を取り、力を溜め始める。風の刃がくる合図だ。
前衛陣に直撃するタイミングであった為、動ける様になったジーエイチセブンが回復アイテムを使用する。デストロイヤーはその行動を中断して飛び上がり、ジーエイチセブンをそのまま踏み潰した。
それでもジーエイチセブンのHPが一割だけ残り、再びディバインシールドを使用して盾の防御を大幅に上げる。
そこで、デストロイヤーは新たな技をジーエイチセブンに向け繰り出し、ニ本の大剣で目にも留まらぬ連続斬りをしてきた。ジーエイチセブンの盾はそれを防ぐものの、僅かにHPを削り続ける。
「やばい! 魔法使って奴の注意をこちらに!」
とワタアメが指示する。
ヒーラー二人が同時に回復魔法を唱えるも、デストロイヤーはそれに反応せず、ジーエイチセブンへの猛攻をやめない。
その回復魔法すらも間に合わず、HPを削られきったジーエイチセブンが後は頼んだとも言いたげな満足そうな表情で倒れた。
タンカーの中で一番レベルが高かったジーエイチセブンが倒れた事で、残ったニ人のタンカーが後ずさる。
「タンカーなにやってるの!」
とワタアメが注意をすると、デストロイヤーは案の定、標的を後衛にいるワタアメへと向ける。
ワタアメはそれに気付き、矢を放つのを止め、距離を取る為に逆方向へ走り出した。
デストロイヤーは飛び上がる姿勢を取った所で、サイカはもう待てないと判断して透明状態を解除して加勢しようと踏み切ろうとした。その瞬間、一人の女魔法剣士がデストロイヤーに斬りかかるのを見て、サイカは思い留まる。
デストロイヤーは動きが止まり、その魔法剣士を見る。
魔法剣士、剣士と魔法使いのレベルを上げる事でなれる職業だが、器用貧乏な事もあって、WOAでは不人気な職業の一つ。
勇敢にもデストロイヤーの前に一人立つ前衛アタッカーの魔法剣士は、デストロイヤーの標的が自分に移ったのを確認するとスキル《マッドネスブレード》を発動する。
魔法剣士の持つ片手剣が青く光った。
デストロイヤーの大剣が魔法剣士を襲うが、魔法剣士はそれをその剣で弾いた。すると魔法剣士の剣が青から赤へと色が変わる。
魔法剣士は特徴として自身の武器に魔法を付与、自在に属性武器にする事ができる。この《マッドネスブレード》と言うスキルは、一定時間、攻撃力を増幅させると言うスキルだが、副効果として剣を振る度に剣の属性がランダムで変わる効果が付く。これにより、ダメージが安定しないと言われている。
デストロイヤーの二撃目も赤い剣で弾き相殺する魔法剣士。剣の色は紫に変わった。
この物理攻撃を物理攻撃で相殺する行為自体はどの職業でも可能だが、タイミングが非常にシビアで、かなりプレイヤースキルが必要とされる。更には相手との攻撃力の差によっては、逆に仕掛けた側が怯む。この魔法剣士は《マッドネスブレード》で攻撃力を上げ、プレイヤースキルでデストロイヤーの攻撃を防いでいる事になる。
デストロイヤーはまるでムキになったかの様に先ほどジーエイチセブンへ行った連撃を魔法剣士に行う。
それを見計らっていた魔法剣士は次のスキル《マッチネスダンシング》を発動。
このスキルは、使用者の防御力を下げ、攻撃速度を格段に上げる。
その結果、魔法剣士もデストロイヤーに匹敵する連撃を繰り出すことが可能になり、デストロイヤーとの壮絶な斬り合いが展開された。何度も何度も、剣と剣が衝突して火花が散る。それだけではない、剣を振る度に色の変わるその剣は、その速すぎる剣捌きの影響で、まるで虹色の様な輝きを放っており、周囲のパーティーメンバーの目を釘付けにする。
デストロイヤーと互角の剣技で魅せるその女魔剣士、サイカは思わず名前を確認するとHPバーの上にリリムと言う表示がされていた。レベルは百十五。
パーティーリーダーのワタアメも驚いてる様子で、
「あんな子、うちのパーティーにいたんだ」
と言っている事から、どうやらワタアメが誘った訳ではない様だ。
ヒーラーの一人が説明する。
「確か、ジーエイチセブンさんが連れてきた子ですよ」
デストロイヤーの連撃が終わると、そのままリリムは一気に攻撃を畳み掛ける。七色に輝くリリムの高速剣は、一回のダメージは僅かだが、秒間三回は斬っているだろう手数の多さでデストロイヤーのHPを削っていく。
デストロイヤーは剣を振るえばリリムはそれを避けるのではなく、剣で弾き、その次の瞬間にはデストロイヤーの身体を斬っている。
すっかりその華麗なプレイに見惚れてしまっていたワタアメはハッとなり、
「みんな! リリムさんを援護して!」
と指示を出す。
魔法使い達全員が詠唱を始め、前衛のアタッカーとタンカーが一斉に飛び掛かったその時、デストロイヤーは身体を回転させ、その二本の大剣で回転斬りを行った。
前衛陣全員に直撃、リリムもそれは剣で弾く事ができず、吹き飛ばされた。
そこに攻撃魔法がデストロイヤーに降り注ぎ、先程のリリムによる猛攻もあって、デストロイヤーのHPがついに三割を切った。
そこでデストロイヤーの様子が更に変化する。身体が赤くなり、バーサーク状態になった。
HPが少なくなると多くのボスがこの状態になり、攻撃力と素早さが格段と上がる為、ボス戦の本番はここからとよく言われている。
バーサーク状態となったデストロイヤーは、力を貯める事なく、風の刃を次々と発動させる。対象をランダムで変えてその範囲攻撃を連続で繰り出してくる。パーティーメンバー達は避けるのに精一杯で、避けずに盾でその攻撃を受けたタンカーの一人が残っていた四割のHPが一気にゼロになり倒れた。ヒーラーの一人も魔法詠唱の中断が間に合わず直撃して倒れた。
そんな中、ワタアメが弓使いの俊敏性を上昇させるスキル《風の舞》を使用して高々と飛躍しながら風の刃を避けると、空中で攻撃スキルの《カットスロートアロー》を放つ。
《カットスロートアロー》は、状態が変化しているモンスターに大ダメージを与えるスキルで、バーサーク状態になったデストロイヤーに有効な一撃だ。
丁度ワタアメに背中を向けていたデストロイヤーは、背中にある赤い鎧の隙間にその矢が刺さり怯んだ。
そのHPの減り方を見たワタアメは、地面に着地すると同時、
「サイカ!背中に鎧の隙間!」
と叫ぶ。
それを聞いたサイカが動く。
デストロイヤーは立て直し、剣を構え直す頃、突如としてサイカがデストロイヤーの背後に現れる。
デストロイヤーはまだそれに気付いておらず、サイカは抜刀と共に必殺スキル《一閃》を使用した。
この《一閃》はニンジャとクノイチとサムライの専用スキルで、自身のMPを全て消費して強烈な一撃を行う刀スキルだ。
サイカの《一閃》は、デストロイヤーの鎧の隙間に直撃。閃と言う文字がエフェクトで表示されると同時、デストロイヤーの残っていたHPが一気にゼロになった。
サイカは地面に着地して、デストロイヤーに背中を向けキクイチモンジを納刀すると、デストロイヤーが消滅する。
あまりにも一瞬の出来事だった為、パーティーメンバー全員が唖然としていたが、次第にその表情は喜びに満ちていく。
「マジで勝っちゃったよ!」「やったー!」「さすがクノイチ!」「ニンジャナンデー!」
等と皆から歓声があがる。
フィニッシャーとして、あまりにも綺麗に決まってしまったサイカは、皆の注目を感じて少し気恥ずかしそうにした。
そしてサイカは改めて辺りを見渡すと、十八人いたパーティーメンバーは九人に減っており、戦いが如何に激しかったかを物語っていた。
蘇生アイテムや魔法が存在しないWOAでの死は重く、死ぬと経験値の五十パーセントが失われ、所持金も半分になり、強制的に首都へ戻される。更には首都での復活後、一時間だけ衰退と言う状態異常が付与されステータスや移動速度が下がる。なのでこの戦いで死んだプレイヤーはこのダンジョンまでやってきた一時間を戻された上に、多くのデスペナルティーを受けるのだ。
やがてパーティーメンバー全員に報酬の経験値と金貨、そしてアイテムが自動で配布される。死んで首都に帰還したパーティーメンバーにもこれは適用されるのが、倒れた者達の唯一の救いだ。
サイカは貰った報酬アイテムを確認すると、魔石フォビドンと言うアイテムだった。サイカは何に使えるアイテムか分からず、名前からして何かの素材アイテムと思われるが価値が不明の為、微妙な顔をする。
そこにワタアメがやってきて、
「お見事」
と激励の言葉と満足そうな笑顔をサイカに向けてきたので、
「おつかれ」
と返した。
サイカは先程の魔剣士リリムの奮闘を思い出し、リリムの姿を探すと、遠くで一人黙々とアイテム整理をしているリリムを発見する。
サイカはそんなリリムの元に駆け寄り、声を掛ける。
「おつかれ」
「はい」
リリムの返事は素っ気なかった。
皆が喜びを分かち合う中、ワタアメが
「さぁ都市に帰るまでが遠足だよ!」
と全員に声を掛け、パーティーはダンジョンの出口に向けて移動を開始する。
この色違いのDMデストロイヤーを倒したのは世界で初めての快挙であり、公式BBSやツイグラム等で大いに話題が広がり盛り上がる事となる。
✳︎
バグの急襲からニ日が経ち、あれからまるで世界が泣いているかの様に、ディランの町には雨が降り続けていた。あの戦いで、住人とブレイバーは約半数が行方不明。人間は喰われ、ブレイバーは逃げ出したか消滅したと思われる。
それでも少しの可能性を信じるエムとマーベルは、建物の崩壊が激しい居住エリアで他の生き残った者達と共に生存者を探している。
そんな中、サイカは半壊した宿屋、自分の部屋で一人で膝を抱えて座っていた。
部屋から空が一望できるほど屋根は壊れてしまい、そこに見慣れた天井は無く、雨水はそのままサイカに降り注ぐ。
目の前でタケルとミリアと言うブレイバーが消滅、その後のバグとの戦い、そして夢でもあのデストロイヤーなる怪物と戦い、サイカはこれ以上に無いくらい憂鬱な気分になっていた。そこへ追い打ちをかける様に、この宿屋の宿主であるレイラが行方不明となっている。
全身酷く濡れているサイカは手の平を開けると、何もなかった手に一つの石が出現。夢世界で入手したばかりの魔石フォビドンと言う石だ。
黒く、赤い亀裂にも見える模様が脈打つ様に光ったり消えたりを繰り返すその石は、不思議な力を感じる。
サイカはそれを見つめる事で、発狂して叫びたい気持ちを落ち着かせていた。
夢世界で装備品以外の所持品は、頭の中でイメージするだけで出現させる事ができる。基本的には夢世界でしか使えない物も多く、サイカは以前、夢世界のポーションなる物を飲んでみた事があるが、何も効果はなく、喉を潤す事もなかった。
ボーっと魔石を見つめ、無駄な時間を過ごすサイカに、部屋の入口だった所から声を掛けたのはクロードだった。
「雨に打たれる良い女発見」
サイカはチラ見だけすると、目線を再び手に持つ魔石に戻し、
「なに」
と短く言葉を放った。
「その様子だと、レイラさんは戻らないってことか」
「………」
しばらくの沈黙後、重い雰囲気をどうにかしようとクロードが別の話題を振る。
「今から三十年くらい前、何かの伝承が基となり、奇跡的にブレイバー召喚を見つけたこの世界の人間は、行き過ぎたその技術を戦争に利用したのは知ってるな」
サイカは黙って頷く。
「バグの存在はその反作用。神様の天罰なんじゃないかと俺は思っている」
それを聞いたサイカは、魔石を手の平で転がしながら問う。
「どうしたらこの世界を救えると思う」
「世界の残存ブレイバーが全てのバグを倒し、更に自決する事によるブレイバーの絶滅しかないが、そう簡単には行かないだろうな。せめて夢主が俺たちの事情さえ把握してくれれば、何か変わるのかもしれないが、俺たちは所詮ゲームのキャラクターだ」
ゲームのキャラクターと言う言葉を聞き、サイカは俯き、手の平で転がしていた魔石を握り締めた。
ほとんどのブレイバーが、自分の命を左右する夢世界が、何処かの発達した異世界にあるゲームの世界と理解している。それは夢世界で夢主同士が行う会話の内容から察する事が出来るからだ。作られた世界で夢主は遊び、飽きたら辞めていく。ブレイバー達はその人形のはずだった。
雨に打たれながら俯くサイカに、同じく雨で濡れたクロードは近付き、魔石を握りしめるサイカの手にそっと手を乗せると話を続ける。
「実を言うとな。俺の夢世界、バトルグラウンドは、続編がもうすぐ発売するとかって話を夢主達が話してる。多分そう長くはない命だ。だがお前は違う。ワールドオブアドベンチャー、まだまだ長い夢世界だ。だからなサイカ。この世界の行く末を少しでも長く見届ける為にも、お前は強く生きろ」
サイカはその意外な言葉に思わず顔をあげると、そこには真剣な眼差しをサイカに向けるクロードがいた。
そして、町に降り続いた悲しみの雨が小雨となり、空を覆っていた黒い雲の隙間から日差しが漏れた。
【解説】
◆スペック
主に機器製品など、総合的な性能の事を話題にする際に用いられる事が多い。
◆ベンチマーク
端末の性能を計るための指標を出す事。必要スペックが高いネットゲームほど、これを測るサービスが用意されていて、持っている端末で快適にプレイできるかどうかを測る事が出来る。
◆ツイグラム
この時代に流行っているSNS。
◆騎乗生物のガルダ
ワールドオブアドベンチャーでは長距離移動が多い為、騎乗システムがある。様々な騎乗生物がおり、その中でもガルダは入手が容易なので人気なモンスターだ。
◆装備品の能力解放
ワールドオブアドベンチャーで登場するアイテムは、説明文に書かれていない隠し効果が存在する。その内容は様々であり、ある一定の条件を満たさないと発動しなかったりと、プレイヤーの想像を駆り立てる仕組みである。隠し効果があると思われるアイテムを、長い時間を掛けて研究するプレイヤーもいるほどだ。
◆夢世界アイテムの召喚
ブレイバーは自分の所持品をイメージする事で、手元に呼び出す事が出来る。大きさに比例した強いイメージ力が必要なので、全員が出来ると言う訳では無い。
これが出来たら忘れ物しなくて済むね。
◆ディファレントモンスター
プレイヤーからはDMと略称される。ワールドオブアドベンチャーの世界で登場するモンスターは、一万分の一とも言われる確率で色違いモンスターで現れる事がある。ボスモンスターも例外ではなく、色違いモンスターは能力も強化されていて、ドロップアイテムも豪華になる事が特徴。
◆アタッカー
前衛として積極的に攻撃に参加して、与えるダメージを稼ぐ役割のプレイヤー。格好良い職業がこの役割に成りやすく、爽快感もある為、MMORPGでは最も人気な役割になりがち。
◆ヘイト
敵のプレイヤーに対する敵対心の事。 RPGで登場するNPCモンスターは、ヘイトの高いプレイヤーを攻撃する傾向がある為、注意を引き、それを上手くコントロールする事でダメージを分散させる戦い方が主流になる。
「ヘイト値を稼ぐ」と言った言い方は、ゲームの仕組みを理解している者が言う台詞。
◆スタン
殆どのゲームは共通して、一定時間動けなくなる気絶状態のことをスタンと言う。
◆バーサーク状態
怒り狂った状態の事。
◆フィニッシャー
勝負を終わらせるための手札。ワールドオブアドベンチャーの場合、一撃で最も高いダメージを出せる者が力を温存して、あと一押しと言う場面で攻撃を仕掛ける役割の事。
◆エフェクト
映像効果演出。 基本的には映像や音声を加工する場合に用いられる。
◆「ニンジャナンデー」
知らなくても大丈夫な忍者に纏わるネタ台詞。アイエエエ!