65.SёN奏-反
「エムって子がいてさ」
(えっと確か、サイカの後輩くんだっけ?)
「そう。ほんとはドエムって言う変な名前なんだけどね。泣き虫で、気が弱くて、いつも私の後ろに付いて来て、最初は頼りないブレイバーだなって思ってた」
(サイカが教育係してるんだよね?)
「そう。それが、最近の成長っぷりに驚かされてて。本当に強くなったんだ。毎朝、私の事を起こしに来るし、身の回りの掃除なんかもしてくれちゃって、ほんと、私が世話をしてるはずが、いつの間にか私が世話されちゃってるって感じで。でもさ、マーベルが姉弟みたいって言うんだよ。全然見た目も出身も違うのに、笑っちゃうよね」
(へえ。それだけ仲が良さそうにに見えるって事じゃないかな。そのマーベルさんは、確か旅の仲間だよね?)
「そう! 私より背が高くて、髪が綺麗で、ほんとお母さんって感じで。私達の中では一番のしっかり者なんだ。男の視線を気にしろとか、口うるさいところもあるけど。でも、いつも怒った後は、優しく微笑んでくれる。あと、おっぱいが大きい」
(おっぱいって……)
「すごいんだ! ぼいんだ! 琢磨も見たらきっと驚くぞ。それに、クロードはいつもマーベルのばかり気にして……」
(……クロードさんか……その、なんだ。ごめんよ。僕がもっとブレイバーの事を知っていれば、こんな事には……)
「またそれか。もう大丈夫だから」
(それならいいんだけど……)
「クロードはさ、私の事、愛してるって言ってくれたんだ」
(サイカにも、そう言ってくれる人がいるんだね)
「ああ、驚いちゃうだろ。だから、私は幸せなんだ。とっても幸せ。ミーティアも無事で、ルビーだってなんだかんだと文句言いながら心配してくれてる。こっちでも琢磨やゲームマスター達が助けてくれて、みんな温かくて……私は幸運なんだと思う」
(僕からしたら、そっちの事は何も見えないから、力になってあげようにも限界があるって事が分かったよ。なあサイカ)
「ん?」
(サイカは大丈夫なの?)
「うん。大丈夫。私には、琢磨さえいればそれでいい。それだけで生きようって思える。それだけで戦える」
(それならいいんだけど。それで、どうしたの? 急にそんな事言い出すなんて)
「いや、特に深い意味は無いんだ。ただ……」
(ただ?)
「琢磨に知っておいて欲しいと思ったんだ。私の事」
✳︎
エルドラド城の露台に立つソフィア王女の目には、空に浮かぶ巨大な黒い雲が映っていた。その影が今正に王都の外壁に差し掛かっていた。壁を乗り越え、王都内に次々とバグが侵入して来ている。
円形の3つの外壁に守られ、民衆は全て2つ目の壁の内側まで避難している、その中心にあるエルドラド城も避難所となっていて、民衆は肩を寄せ震えている。
少し高台にある城からは戦闘による光と音が確認できるが、今どんな状況なのかは分からない。
ただひとつ分かるのは、バグの雲が着々と王都の上空に迫っている事だ。
しかも既に最初の壁は突破され、市街戦が始まっている。巨体のロウセンが飛び回り、侵入したバグを倒している姿も見え、同時に様々な魔法の光、そして銃声。爆発音。家が崩壊して、燃え上がる光景もあった。
王都がこの様な状況に陥るなど、ソフィア王女にとっても初めての経験で、がけっぷちに立たされた様な恐ろしさがそこにあった。
バグが放ったと思われる光線が流れてきて、城の塔屋根へと直撃。ぽっかりと屋根に穴が空き、瓦礫が下へと落ちていった。
それを見た近衛兵のひとりが、
「殿下、ここは危険です。城の中へ」
と、誘導しようとするが、ソフィア王女は動こうとはしなかった。
彼女は一国の王女として、この戦いを少しでも長く見届ける覚悟である。
その頃、バルド将軍率いる軍の防衛線が突破され、バグに侵入されてしまった中、多くのブレイバーが市街戦を展開していた。
都民の避難は完了していて、人気の無い市街地。そんな中でブレイバー達は、見渡しの良い民家の屋根の上か、大通りに展開してバグを迎え討っている。王国兵士は負傷したブレイバーの救助活動や、バグの惹き付け役として一役買っており、その戦いは激しさを増す一方である。
少し図体の大きいバグがいれば、ロウセンがビームライフルを放ち、灼熱光線の餌食とする。
バグには不意打ちも有効であり、この市街戦においては、どちらかと言えば人類側に分がある状況だ。
ただ、例え有利にバグを倒せてるとは言え、続々と壁を超えてくるバグの群れや、空の融合群体デュスノミアバグが万種のバグを降らせてきている。
精鋭とされるブレイバーのほとんどがブレイバー大隊として最前線に出てしまっているので、この勢いを止める手立ては無い。なので今この場では圧倒的な破壊力を誇るロウセンだけが頼みの綱である。
至る所で民家が燃え、黒い煙が空を支配している中、2つ目の外壁へ最も近いところまで来ていたのはキャシーだった。
この壁を超えられたら、その先には一般市民達がいる。ここが本当の最終防衛線となる。
何人ものブレイバーを斬り捨てたキャシーが、余裕の足取りで大通りの真ん中を歩いていた。
コツコツコツと、彼女の氷の靴が音を立てている。彼女の白肌を隠すクリスタルの様に美しい氷の軽鎧と兜。そして手に持つ鋭利で長い剣も全て、超高密度の氷で作られている。
彼女に襲い掛かるブレイバーは返り討ちにされ、次第に周囲にブレイバーはいなくなっていた。取り囲む王国兵に至っては瞬時に斬り刻まれ、血飛沫がキャシーの白肌を染める。それほどまでに、このキャシーという女の強さは計り知れない。
誰もキャシーの歩みを止める事が出来なかった。
二つ目の外壁門の前で弓を構えるブレイバーと、その横で盾を構えている王国兵士も、刻一刻とこちらに向かって歩いて来るキャシーを前に何百トンもあろうかという水を全身で浴びているような重圧に押し潰されそうだった。
あの全身が凶器の様な女に、近づけば殺される。そう誰もが感じている。
ふと、キャシーは門に向かって歩く足を止めた。
それは通りにあった肉屋の建物の前だった。キャシーはその店の扉を壊し、中へと入って行ったと思えば、すぐに中から出てきた。
そんな彼女の手には、大きな生の牛肉があった。
「やっぱり牛肉よねぇ。人間の肉より全然美味しい」
キャシーはそんな事を言いながら、肉を食い始めた。返り血を浴びたその身体で、素手で、生の牛肉を貪る様に口で引き千切って食べている。
まさかの行動に、身構えていた周囲のブレイバーや王国兵士は呆気を取られてしまった。
牛肉を五回ほど口に運び飲み込んだ後、キャシーは肉を投げ捨てた。
そして門の前で構えるブレイバーや兵士達に問いを投げる。
「スウェンは何処? 大人しく渡してくれれば、私はここから引き下がってあげるわよ」
だが、誰もそんな条件の提示を受け入れる者などいない。
「ここは死守する!」
と、勇敢な王国兵士のひとりが言った。
「あらそう。それは残念……ねッ!」
キャシーは前に出る。
門の前で戦闘が勃発したのも束の間、圧倒的な速度でキャシーの氷の剣が、そこにいたブレイバーと兵士を全て斬り殺すのはあっと言う間だった。
城壁の上から弓矢を放っていた兵士もいたが、キャシーは軽々と飛躍してその回廊へと着地して、弓兵も全て斬り殺していく。
たったひとりによる大虐殺に、恐れて腰を抜かしていた兵士を見つけると、キャシーはそいつの首に剣を向けながら再度質問した。
「スウェンは何処?」
「し、城の地下に幽閉されてる! た、助けてくれ。妻と子供がいるんだ。だから―――」
キャシーは命乞いをした兵士の首を容赦なく刎ねた。
その首が回廊の床に落ちて転がり、そして止まった時、キャシーは見張り塔の上に誰かが座っている事に気付く。
見れば、赤い頭巾で頭を隠した少女がひとり。ぽつんと大きな鎌を大事そうに抱えて座っていた。
ルビーである。
目の前で惨劇があったというのに、ルビーはキャシーの方を見ておらず、空を見上げていた。その目線の先は木材が燃えた黒い煙と、バグの融合群体。
高い位置で全く興味が無いといった少女の様子に、キャシーは苛立ちを覚えて思わず声を出してしまう。
「貴女、そこで何を……しているのかしら?」
「悍ましい雲ね。あれが全部バグだと言うのなら、ここはこの世の果てかしら」
話を聞いているのか聞いていないのか、完全に見くびっているその態度を粉砕するべく、キャシーはルビーにむかって複数の氷の刃を飛ばした。
ルビーは座ったまま片手で鎌をくるりと回して、その氷を弾く。
そしてそのまま立ち上がったルビーは、やっとキャシーに目線を向けた。
「私はね、バグなんていう下等なゴミに本気を出すなんてやりたくないのだけれど。あんたなら相手をしてあげてもいいわ。ミラジスタではほんの少し世話になった事も忘れてないわよバグ女」
「あの時は三人掛かりだった事を忘れてない?」
「何か勘違いしているようね」
と、ルビーは左目を塞いでいるハート型の眼帯を外した。
金色に輝く瞳がそこにある。
普通の人間やブレイバーであればその瞳を見ただけで幻覚を見せられるが、キャシーにはそれは効かない。それは天性の才能という訳ではなく、キャシー自身があらゆる地獄を経たことで恐怖を超越していて、全ての幻覚に耐性があるのだ。
だがルビーは幻覚に頼るのではなく、百パーセントの力を発揮する為に眼帯を取った。両目を使う事で、遠近の正確な把握や、死角を無くす事ができる。
「死にたがりさんの要望にお応えして、絶望をプレゼントしましょう。掛かって来なさい」
そう言うルビーは、あくまで強気な態度を見せていた。
なので我慢ができなかったキャシーは、ルビーに飛び掛かる。氷の剣と黒の鎌が衝突しながら踊り、王都の二枚目の外壁回廊上で氷の女と、赤ずきん少女が激しくぶつかり戦った。
その激闘は、見張り塔の屋根を半壊させ、石壁を壊し、ルビーの夢世界スキル《カマイタチ》による無数の刃がキャシーに炸裂している中、ルビーは蹴飛ばされて落下。
屋根に衝突した後、すぐに立ち上がったルビーだったが、キャシーの追撃が行われ、激しいつばぜり合いを演じる。そして、力負けしたルビーが吹き飛ばされてしまったが、空中でくるりと回転しながら夢世界スキル《デスサイズスロー》で鎌を投げた。
延々と追尾してくる鎌を、キャシーは身軽な動きで回避した。が、すぐに折り返してくる鎌を避けれず、氷の剣で受け止める。しかし、今度はキャシーが力負けして、民家の壁に叩きつけられる事となる。
まるで生き物の様に、鎌は空中をしばらく旋回したあと、ルビーの手に戻った。
建物の瓦礫が飛び散り、砂埃が舞い、その中から全身をバグ化させたキャシーが飛び出してきた。
真っ黒な細長い身体、猫の様な頭に両手両足を鋭い刃物の形に変化させ、更には氷による防具を身に纏い、その美しいフォルムはまるで全身が武器の様な姿である。
そこから二人の争いは激化する。
お互いの力量は同等で、若干キャシーが優っている位であり、ルビーもそれに引けを取らない状態がしばらく続いた。
しかし無尽蔵とも思えるキャシーの体力と手足四本の連続斬撃は、やがて体力を消耗したルビーを捉える。
ルビーは腹部と脚や腕も深く斬られ、必死に鎌で反撃をくわえながらも後方に飛んで距離を取ろうとするが、キャシーの脚の刃が襲う。
その刃はルビーの胸を貫いた。
「かはっ!」
串刺しにされる様な形となり、吐血するルビー。地面に落ちる鎌。
「あら、コアを外してしまったようね」
とキャシーは嬉しそうに、そして残念そうに言い、ルビーを刺した脚を持ち上げる。
空中に持ち上げられたルビーは為す術無しと言った様子で、大量の血が流れ、キャシーの脚を真っ赤に染めていた。
それでもルビーは最後の抵抗を試みる。
地面に落とした鎌を手元に呼び寄せ、串刺しにしてきているキャシーの右脚を斬り落とした。
その勢いのまま空中で回転斬り、キャシーの胸元に傷を与えながら仰け反らせる事に成功した後、至近距離からの《デスサイズスロー》でキャシーを斬り飛ばした。
鎌はそのまま追尾していき、再びキャシーを民家に叩きつけながら、建物を崩壊させて瓦礫により生き埋めとする。
普通のバグやブレイバーであれば勝負が決まった一撃のはずだったが、鎌がルビーの手に戻る頃、キャシーは瓦礫の中から出てきていた。
先ほど斬り落とした右脚も再生が始まっている。
その時、ルビーは自身の背後から向けられる視線に気付いた。
しかも普通の視線では無い。ねっとりとした鳥肌が立つ様な、そして懐かしくもある。
これは殺意。
ルビーにはその方角が何となく解る。
斜め後ろ、民家の影。
新手が現れたのかと、つい振り返りそうになったルビーだったが、この前にも似た様な感覚を味わった事を思い出し、それを止めた。
そしてルビーは微笑する。
刺された胸の傷を抑えながら、おびただしい流血をしながら、彼女は微笑んだ。
「何を笑っている!」
と、空かさずキャシーバグが突進。
ルビーは鎌の柄で、キャシーの斬撃を防御。つば迫り合いによる火花が散った。
なぜこの土壇場でルビーは笑ったのか、キャシーがその意味を理解したのはその直後だった。
ルビーの胸に空いた穴から、赤い剣が飛び出した。
「なっ!?」
その剣はルビーの背後から突き刺された物で、そのままキャシーの胸に突き刺さる事となる。
それをやったのは………ミーティアだった。
ミーティアはルビー諸共にキャシーを突き刺し、そのまま押し切った後、剣を抜いた。
刺されたルビーは再び鎌を動かすと、その刃を驚きで硬直しているキャシーの背中へと回し……
「つーかまえたっ♡」
と、ルビーは鎌を引く。
キャシーの身体が上下真っ二つに切断された。
「きゃああああああああああ!!!!!」
断末魔が響き渡り、キャシーの上半身が叫びながら地面を転げた。
一方で、見事に切断せしめたルビーは、ミーティアに肩を持たれる形となる。
「よく気付いてくれた」
と、ミーティア。
「バカじゃないの。あんなイヤらしい殺意。いっかいで覚えるわよ」
ルビーがそう言いながら、ミーティアに顔を向けようとしたが。ミーティアは咄嗟に顔を逸らした。
それはルビーの左目を見ない為である。
「ふ、不用意にその目を向けるな!」
そんな会話をしていると、キャシーバグは上半身だけで這い蹲り、その場から逃げようとしていた。
「クソックソックソックソッ! こんな所でッ!」
敗北者の惨めな姿に思えた。
あれだけ強者だったこの女でも、たった一度の敗北で、ここまで惨めな姿になるのか。そんな風に思える光景である。
「貴女がとどめを刺しなさい」
とルビーに言われ、ミーティアはその場にゆっくりと彼女を座らせて前へと出た。
よく見れば、ミーティアもキャシーに斬られた傷が癒えてはおらず、まだ脚も引き摺っている。
そんなミーティアを見てキャシーバグは叫ぶ。刃そのものになった両手を振り回しながら叫ぶ。
「ふざけるなああ゛あ゛あ゛! この私が! こんな小娘に!」
ミーティアはそんなキャシーバグの手を弾いた後、彼女の頭に剣を突き刺した。
「私は、生き恥なんて晒さない」
脳を損傷した事により、キャシーバグの動きはピタッと止まり、そのまま細かく痙攣して動かなくなった。
だが、そんな主の窮地を救おうと、周囲にいたバグが猛烈な勢いでその場に集まって来ていた。数十体のバグが負傷しているミーティアとルビーを包囲する。
ミーティアはキャシーバグから剣を抜き、構えた。
「もうこんなにバグが侵入して来てるの!?」
その横で、ルビーも吐血しながらも立ち上がり、手に持った大鎌を大きく振り上げる。
「ナポンに会うまで! 私は死ねないのよっ!」
ルビーの《デスサイズスロー》が放たれ、紫色のオーラに包まれた鎌がぐるぐると回りながらバグの掃除を始める。
しかしその攻撃は、ルビーにとっても最後の気力を振り絞って行われたもので、もはやひとりで立つ事すらままならなかった。倒れるルビーをミーティアが支える。
その頃、王都の外で正門から少し離れた最前線だった場所には、ブレイバー大隊の生き残りである30名のブレイバーが集合していた。
取り囲む疎らなバグをブレイバー達が殲滅している中、中心にいるエムの目の前にはサイカバグが立っている。
この時のサイカバグの意識は少し朦朧としていた。赤く染まった視界は、呼吸に合わせて明るくなったり暗くなったりしていて、その中心にエムの顔があった。
サイカバグは、それがエムであると認識できている。
「サイカ」
と、エムが力強い眼差しで名を呼んできた。
なのでサイカバグは応える。
「エム。無事?」
サイカバグが喋った。
それは、何よりもそこにサイカの意思がまだ存在しているという証拠である。
「サイカ!」
エムは思わずサイカバグに抱き着いた。その皮膚はとても硬く、酷く冷たい。体格もひとまわり大きくなっただろうか。
だがサイカバグは、いつもの様にエムの頭を撫でてくれたので、それがやはり「サイカ」なのだと実感させてくれる。
「良かった」
サイカバグが周りを見渡せば、気を失ってブレイバーに抱えられているマーベルや、ボロボロで立っているのもやっとといった様子のリリムやエオナの姿も見える。他にも必死の抵抗を見せるブレイバー達の姿もあった。700名はいたはずのブレイバーが、今ではここに集まる30名ほどだけという状態。
王都の方を見れば、バグが外壁を乗り越え、そして中から煙が立ち上がっている光景がそこにある。
すると、サイカバグの背後から男ブレイバーが話しかけてきた。
「サイカ」
サイカバグは振り返ると、そこには泥だらけのシッコクが立っていた。
「シッコク……」
するとシッコクは、魔剣バルムンクの鋒をサイカバグの顔に向け言い放つ。
「再び問おう。特別な存在となった今だからこそ決断の必要がある。私と共に来い。最悪の元凶を叩くぞ」
そう言われて、サイカバグはふと空を見上げた。
丁度今いる位置は、バグの融合群体の中心。台風の目の部分であり、そこには大きなコアが見えた。
これは好機である。
サイカバグは、エムを優しく身体から離し、そして手に持っていたキクイチモンジを魔剣バルムンクに合わせて交差させる。
「ああ、行こうシッコク。今この時、私はこの力を……皆の為に使う」
それを聞き、シッコクは微笑んだ。
「頼りにしているぞ」
サイカバグは振り返り、エムに声を掛ける。
「エム。私を空に飛ばしてくれ」
「分かった」
とエムは頷き、夢世界スキル《ウインドウイング》をサイカバグに付与。
エムはサイカバグの背中に風の翼が生えたのを確認した後、シッコクにも付与しようとしたが彼は手でそれを断った。
サイカバグとシッコクは二人並び、空を見上げ、武器を構える。
「行くぞサイカ」
「ああ!」
先にシッコクが飛び出し、少し遅れてサイカが続く。
二人は渦を巻く様に空を飛び、空中にいるバグを蹴散らしながら昇竜の如く空を上がる。目指すは台風の目。そこに見える真っ赤なコア。
行く手を阻む空飛ぶバグの群れと、コアを守る様にバグ達が融合して皮膜を作っていくのも見える。
バグが作った壁をシッコクが吹き飛ばし、次の壁をサイカバグが斬り崩し、そうやって交互に波状攻撃をしながらバグの防衛を突破した。
だが、そんな二人による怒涛の突進もそうは長く続かなかった。
コアまであと少しの所で、無限にも思える無数のバグが更に分厚い壁となり、二人の行く手を阻む。斬っても斬っても穴が空かない。それほどの量だ。
シッコクよりも体格が大きいサイカバグが更に大きいバグを斬り伏せた時、小さなバグが次々と取り付いてくる。サイカバグは手でそれをむしり取っていくが間に合わない。
小さなバグ達によって埋め尽くされ、サイカバグの姿が完全に見えなくなろうとしたその時、シッコクが動いた。
「耐えろ!」
と、シッコクの魔剣バルムンクによる風圧がサイカバグに取り付いていたバグを全て消し飛ばした。
その中心にいたサイカバグは無傷である。
「すまない」
謝罪をしてきたサイカバグに対し、「ふっ」と微笑したシッコクは続けて言った。
「私が道を開く。お前が仕留めろ!」
そう言って、シッコクが単独で上昇を開始。
魔剣が唸る。唸る。唸る。
縦横無尽のその剣は止まらない。
百戦錬磨のその剣は揺るがない。
剛強無双のその剣は果てしない。
だが、シッコクが渾身の一撃でバグの壁に大穴を空けた時、巨大なプテラノドンの様な形をしたバグがシッコクに噛み付いた。
彼は叫ぶ。
「行け! サイカ!」
バグに身体の一部を食い千切られながら落ち行くシッコクと入れ違う様に、サイカバグが前に出た。
風の翼を大きく羽ばたかせ、橙色に輝くキクイチモンジを片手に、黒きサムライが空高く舞い踊る。
その光景は、その戦場にいる誰もが目にする事となった。
エルドラド城からもその輝きは見える。
サイカバグの風を制御しているエムが心で叫ぶ。
――行け!
残った力を振り絞ってバグの群れと奮闘するリリムとエオナが叫ぶ。
――行け!
王都の正門前でたったひとり、戦い続けているバルド将軍が叫ぶ。
――行け!
市街地で出血多量で力尽きたルビーを守る様に戦うミーティアが叫ぶ。
――行け!
エルドラドからもソフィア王女とグンター王が肩を並べて叫ぶ。
――行け!
それだけじゃない。
全ての想いがサイカバグに集まり、全ての希望がサイカバグの背中を押していた。
サイカバグは夢世界スキル《乱星剣舞》で周囲のバグを同時に蹴散らしながら、何処からともなく放たれてくる光線をするりと避け、大きな鷹の様なバグの首を跳ねる。
それでもコアを目前にしたところで、新手のレベル5バグが行く手を阻む。
人型で4つの翼と長い尻尾と角。そんな大きく長い剣を持った未確認バグは、この融合群体の守り神といった風貌であり、それでいてまるで大悪魔を思わせる威圧感がある。
そのバグが振るった剣とサイカバグのキクイチモンジが衝突。斬鉄剣でも斬れぬその黒い剣に対して、火花を散らせ、サイカバグが押し負けた。
サイカバグは一旦距離を取り再度前へ出る。
目にも止まらぬ剣と刀の衝突が幾度と無く起き、剣捌きはほぼ互角である。
だが、一瞬の隙を突かれ、サイカバグの刀が弾き飛ばされ、サイカバグの手から刀が離れてしまった。
そこにバグの尻尾による薙ぎ払いが直撃。態勢を立て直すサイカバグに、バグの手から放たれた光の弾も直撃。
空中で大爆発が起きた。
その煙の中からサイカバグが飛び出す。
サイカバグの手にはキクイチモンジでは無く、琢磨から貰ったコガラスマルが握られていた。
再び振るわれる黒い剣を今度は受け止めるのではなく、見切って避けるサイカバグ。
避けながら《苦無投げ》で数本の苦無をバグに命中させつつ、夢世界スキル《空蝉》で幻影を相手に斬らせ、そして至近距離まで到達する。
「やああああああああああああああああああああっ!」
コガラスマルが大悪魔バグを斬った。怯んだ相手に向かって更に切り刻み、最後は胸を貫く。
刀を刺したままそれを蹴飛ばし、今度は落ちて行ったキクイチモンジを手元に召喚。両手でしっかりと振り上げ、バグを縦一直線に両断した。
強大なバグを消滅させたのも束の間、サイカバグは右手にキクイチモンジを持ったまま左手でコガラスマルを回収して空を見上げ、すぐ目の前にあるとてつもなく大きなコアを捉える。
――これさえ壊せばっ!
サイカバグは二本の刀でそれを素早く斬り刻むが、硬い皮膜がそれを防いできた。
何度も、何度も、何度も何度も、斬っても斬ってもコアに傷ひとつ与える事が出来ない。
そこでサイカバグは一旦コガラスマルを捨てて消滅させると、キクイチモンジで抜刀の構え。
すぐに夢世界スキル《一閃》を発動させ、強烈な一刀を浴びせた。
ガキーンッ!
鈍い音が鳴り響く。
コアを傷付けるどころか、キクイチモンジが折れてしまった。
ここにきて、サイカバグのあらゆる攻撃を防ぐ防御力が難関となる。
そう何度も攻撃を許してくれるはずもなく、次々と他のバグがサイカバグの周りに集結してきている。
――そんな……
急ブレーキをかけたような動揺を見せるサイカバグを余所に、王都の市街地から放たれたロウセンのロングレンジビームによる灼熱光線が周囲に集まるバグの一部を焼き払ってくれた。
その光を見たサイカバグは気を取り直す。
風の翼を羽ばたかせ、今度は巨大なコアの上へと移動。
エムの視界から完全に外れてしまった為か、風の翼が消えかかり不安定になったのをサイカバグは感じ取った。
極限状態による幻覚だろうか、サイカバグの両脇には彼女が世話になった想い人、クロードを含む消滅したかつての仲間たちの姿が見えた気がした。「行け」と後押ししてくれた様な気がした。
そこでサイカバグにとっての最後の手段に出る。
これが通用しなければ、もうこのコアを壊す事は出来ない。
折れたキクイチモンジを投げ捨て、ノリムネ改を召喚。
夢世界スキル《分身の術》を発動し、サイカバグが四人になる。
それと同時、完全にエムの《ウインドウイング》の効果が切れ、落下を開始。
四人のサイカバグはコアに向かって落下しながら、ノリムネ改のブースターを発動。
「「「「これでえええええええええええええ!!!!」」」」
四人同時の《一閃》が放たれる。
大きな四つの弧が交わり、融合群体デュスノミアバグのコアを皮膜ごと斬った。
四つの線を入れた後、四つのノリムネ改も粉々に砕ける。
コアは割れた。
落下する四人のサイカの周りには、消滅を始める無数のバグの姿が見えた。
ゆっくり、ゆっくりと、蒸発するバグの中を落ちる四人のサイカバグがひとりとなる頃、地面に着地していた。
サイカバグは折れたノリムネ改を持ったまま、空を見上げる。そこには崩壊を始めた融合群体があった。
片腕を失った状態のシッコクもゆっくりとサイカバグの横に着地して、共に空を見上げた。
「サイカーーーーー!」
と、泣きながら駆け寄ってくるエムの姿もある。
勝った。
初のレベル6とされ、空を支配し、無限にバグを排出していたデュスノミアバグに勝ったのだ。
これは――「反撃の狼煙」である。
✳︎
狭間と呼ばれるその場所は、白から赤に染まり、まるで「地獄」を表現したかの様な空間へと変わっていた。
赤い大地は、まるで動物の体内にでもいるかの様に柔らかく、脈打っている。空にも赤黒い空間が広がり、魂無きブレイバーの抜け殻が漂っていた。
そんな奇妙な場所にやってきたアヤノとレクスの前に、全長500メートルはある巨大な物体があった。
真っ黒なドレスを身に纏った女性のような姿を成してはいるが、顔の部分は靄がかってハッキリとした形は無く、気持ち悪いほど大きな目が2つ。巨大な腕が2本。スカートに当たる部分からは気持ち悪いほどに無数の手が生え、それぞれがまるで蛇の様に蠢き、ブレイバーの欠片らしき物を握り締めている。脚は確認できない。
「戻ったよ父さん」
と、レクスがその巨大な物に話しかける。
「ゾハブイ……ナサヌウテチ……ナサ……」
父さんは悲しんでいた。
「ああ、なんて哀れな。ゼノビア母さんはもういない。死んだ」
「セヲト……ゾハブイ……オトサア……」
「でも喜んでくれ。私たちにはアヤノがいる。取り返して来たよ。これで父さんは寂しく無いだろう?」
するとそこへ、逆さのまま宙を漂っている銀髪の女性、ゼノビアの姿をした管理者が現れた。アヤノからは明月琢磨の姿に見えている。
管理者はノイズ混じりで、今にも消えそうな雰囲気があった。
「へぇ。ワタアメが必死に守ろうとしたソレを持ってきてしまったか。キミも抜け目が無い」
何処か楽しそうに言う管理者を見るなり、レクスは腕を伸ばして攻撃を仕掛ける。
紙の様に薄い手が刃となり、管理者の身体を切断した。が、すぐに別の場所から現れてくる。
「まだいたのか。傍観の理を外れ、我らの邪魔をする愚かな神。いや、下等なブレイバーに情を抱いた貴様など、もはや時空の塵であろう」
と、レクス。
「ふふっ。あはははっ」
管理者は笑った。酷くノイズの入った身体と声で笑った。
そんな管理者を無視して、レクスはアヤノに言った。
「さあ、行け」
「うん」
アヤノは前へ出る。
何も怖く無い。恐れる事は何も無い。
父さんから無数の小さな手が伸びてきて、アヤノを包み、そのまま吸収していく。
アヤノは父さんの一部となるのだ。
創造物を吸収して大きくなった悪意の神に、飲み込まれていくアヤノを見ながら、管理者はボソッと呟く。
「喜劇と悲劇は紙一重。ゼノビアの子供は、ここからどうするのかな」
「何も出来はしないさ。この狭間が何かを理解できていない彼らは無力。エルロイドには成りえない」
と、レクス。
管理者とレクスがそんな言葉を交わしていると、アヤノは父さんの無数の手に包まれ、そのまま中へと吸収されていった。光は一切無く、そして暗く、そして温かい。
そこでアヤノは理解する。
子供たちの父親で、サマエルなどと呼ばれる存在の数百年に及ぶ孤独。
「ゼノビア……ゼノビア……」
と、支えであった母親を呼び求める哀しみ。
狭間と繋がる世界の存在意義。
それは全ての真理だった。
✳︎
融合群体を倒した事で、融合群体から切り離されていた大半のバグが活動を停止して蒸発が始まっていた。ただそれは全てのバグという訳ではなく、元から地上にいたバグの残党は活動を続けている。
しかしそう多くは無い。
これであれば、残っているブレイバーで何とかできる数である。
サイカバグの周りにブレイバー大隊の生き残りが集結する最中、隣に立つシッコクが口を開いた。
「あれだけの事をしておいて、随分と余裕そうだな」
シッコクにそう言われたサイカバグは、自身の身体の感覚に意識を集中した。
確かに今の戦いで《分身の術》や《一閃》など、負担の大きい夢世界スキルを多用したはずなのに、疲労感は一切無い。まだ使おうと思えばいくらでも使える感覚がある。
そして彼女は実感する。
この力があれば、何にでも勝てるのではないかと。
しかし、それと同時に怖くもあった。
ブレイバーから化け物になってしまったのだから無理も無い。
自分の真っ黒な手を見つめて感傷に浸るサイカバグに、リリムが駆け寄ってきた。
「まだバグの残党が王都で暴れている様だ。今すぐ戻って加勢しよう」
サイカバグは頷く。
「わかっ――――…… … …」
その時、ャザ―テ、ソ。
、…、?ヌコニタクテ讀ホニーイ隍ャザ、テ、ソ、ォ、ホ、隍ヲ―ヒ。・オ・ォ・ミ――ヒ…?ヨ?サイカ、ャサザ――テ、ソ。
テ、ソ、ア…イソ、ャオ彼ッ、ウテ、ニ……ロロロ、?ホ、オ。ネ狄ガ簣?イロヌ、ュニ…、ハ。
ク??熙筝ク、テ、ニギ、、テ、ソ。
――ニー、ア。ニー、ア。ニー、ア!ニー、け!、ごけ!動け!動け!
サイカバグの意識が回復した。
今、急に全ての時間が止まったかの様な感覚と、激しいノイズが走った。
「――なんだ、いったい何が」
と、サイカバグは辺りを見渡す。
止まっている。
隣にいるシッコクも、傍で嬉し泣きしているエムも、真剣な眼差しを向けて来ているリリムも、疲れ切った様子で地面に座り込んでいるエオナも、周囲にいる29名のブレイバーが全員止まっているのだ。
風も雲も、大地でさえも、時の流れが停止して、辺りの音をすべて持ち去られたように静寂がそこにあった。
――これは……いったいなんだ?
「エム! リリム! エオナ! シッコク! おい! どうしたんだ!」
サイカバグが慌てて他の者達に駆け寄って話しかけるが、人形の様に完全に固まってしまっていて動く気配すらない。
それどころか、サイカバグが触れた表面はノイズが走る。
今この瞬間、何かがあった。
残党のバグですらブレイバーと同様に停止しているのが見える。
「なんだこれは……何が起きてる……」
王都で何かがあったのかもしれないと思い立ったサイカバグは走り出していた。
先ほどまでの戦いが嘘だったかの様な、勝利の余韻に蓋をされた様な、無音で孤独な世界へ放り出された感覚を味わいながら、サイカバグはとにかく行動に移る。
先ほどの激しいノイズは、まるで夢世界で何か不具合が起きた時の現象に似ていた。
――バグの仕業? それとも強大な夢世界スキルの類か?
王都のボロボロになった外壁の前では、生き残っていたバルド将軍や王国兵士、そしてブレイバーの姿も見えるが皆やはり停止していた。
それを横目に、サイカバグは地面を蹴り、大きく飛躍して外壁の見張り塔の屋根に着地。
荒れ果てた王都の一部を一望できる場所にやって来た。
しかし、燃える建物の炎も、そこから出る黒い煙も、バグと戦っているブレイバーやその対面にいるバグも、全てが停止している。
「どう……なってるんだ?」
先ほどからそこそこの時間が経過しているのに、状況は変わる気配が無い。
なのでサイカバグは見張り塔から飛び降りて、市街地へと入り、誰か動いている者はいないかと捜索を開始した。
その頃、エルドラド城の地下牢でひとり動いている者がいた。
再生したばかりの両脚は上手く動かず、頭の痛む傷を手で抑えながら、よろよろ、よろよろと壁にもたれかかりながら歩く銀髪の女性。
キャシーである。
彼女もまた、サイカバグと同様に、この時が止まった世界で動く事が出来ていた。
だからこそキャシーにとっては好機であり、意識が戻ってからは這いつくばってでも、真っ先にこの場所にやって来ていたのだ。
バグ化が解け、傷だらけの裸体を晒しながら、地下牢の最深部までやって来た。
そこには会いたがっていたスウェンの姿がある。
キャシーの行く手を阻む鉄格子は、右手を刃に変えて斬る事で、ガラスの様に砕け散った。
そうやって停止したスウェンの目の前まで辿り着く。
スウェンは髭が伸び、ほとんど裸同然の姿で両手には頑丈な木製板状の手錠、足には重たい鉛の足枷、身動きがほとんど取れない状態で、壁に寄りかかって座ったまま停止していた。
「ああスウェン。私のスウェン。やっと会えたわ」
と、倒れる様にスウェンへ抱きつき、白い肌を密着させるキャシー。
停止したスウェンの身体にノイズが走り、肌と肌が触れあった温もりはそこに無い。それでもキャシーは、彼の胸に頬を寄せる。心臓の上に耳をつける。
心臓の音は聞こえない。息遣いも聞こえない。彼は何も言葉を発しない。だが、それでも彼女は言葉を投げかける。
「始まってしまったわ。ついに冥魂が扉を開けた。これも貴方の計画通り。これが私達の第一歩。長かったわね。本当に長かった」
そう言って、キャシーはスウェンの唇に唇を重ねる。
柔らかく優しいはずの感触はノイズが邪魔をしたが、キャシーはそれでも長く口付けをした後、唇を離して言った。
「あとは私が役目を果たす番ね。最期にもう一度、貴方の声が聴きたかったけれど……でも大丈夫。次会う時も同じよ。私が二度愛した男なのだから、次もきっと……ね」
キャシーはもう一度身近い口付けを行い、そして立ち上がる。
そして自身に残された最後の気力を振り絞り、再び全身をバグ化させる。傷や機能不全を起こしていた両脚も回復させ、意識が飛びそうな目眩を堪え、両手両足を刃に変え、立ち上がった。
サイカは途方に暮れていた。
長い時間、王都の中を歩き回ってる間、いつの間にかバグ化が解かれていた。
全身バグ化から戻った際はやはり全裸だったが、マーベルの言い付けを守ってすぐに忍び装束を着た。何があるか分からないので、しっかりと再生させたキクイチモンジも腰に携えている。
いくら探しても、動いている者は誰もいない。
弱ったブレイバーに攻撃しようとしているバグを、間近で眺めても、何も起きない。触って動かそうとしてもピクリとも動かす事ができない。
試しにキクイチモンジで斬ってみても、刃は通らなかった。
刀が弾かれた音だけが王都に虚しく響き渡る。
なのでサイカは刀を納め、再び歩き出す。
もしかしたらこのままずっと時が止まった世界に取り残されてしまうのではないかと、サイカが恐怖を抱き始めた頃、バグに斬り掛かってる状態で止まっているミーティアを発見。
「ミーティア!」
と、サイカが駆け寄るが、やはりミーティアも停止していた。
近くに気を失って倒れているルビーの姿もある。
先ほどからの光景を見る限り、サイカ達が外で融合群体と戦っている間にも、市街地でも激しい戦いが起きていた事が解る。
しかしそんな状況を前にしても、何もする事ができない。
歯がゆさと不安ともどかしさ、様々な思いがサイカの頭の中を駆け巡って行く。
やがてサイカは、歩く事を止めてしまった。
サイカは大通りの道端に置かれた大きな木箱の上に腰掛け、空を見上げる。
全てが止まった世界にたったひとり取り残された少女は、ここまでの戦闘による精神的な疲れが考える事を止めさせていた。
――今、横になって目を瞑ったらどうなるのだろうか……琢磨に会える?
そう思って、サイカは木箱の上で横になって丸くなる。
心細さを自身の温もりで埋めるべく、彼女は赤子の様に小さくなって、そのままそっと瞼を閉じた。
✳︎
※
そこには暗い闇があるばかり。
髪の毛が落ちる音さえ聞こえそうなほど静か。
草の芽の伸びる音さえ聞き取れそうな寂寞。
※
✳︎
すると、自身の息遣いしか聞こえない様な暗闇の中で「音」が聞こえた。
民家の屋根から屋根へと飛び移り、高速で移動してくる音。
サイカはハッと目を見開き、咄嗟に木箱から飛び降りて抜刀の構えを取った。そこへ、現れた四足歩行する巨大な猫の様なその影は、サイカの前に着地。
「あら、また会ったわね」
と、キャシーバグ。
サイカは臨戦態勢を崩さない。
「その声、キャシーか? いったいこれは何だ! なぜみんな止まってる! なぜお前は動けてる!」
「……狭間の支配者が、媒界となる冥魂を吸収した事で……再構成が始まったのよ」
「再構成?」
「そう。必要な物を残し、不要な物を切り離す。そして全ての改変が始まる」
「意味が解らない。まさかずっとこのままなのか?」
その質問を受け、キャシーバグはゆっくりと近付いてきて、その猫の様な顔をサイカの顔へ近づける。
「しばらくすれば何事も無かったかの様に戻るかもしれないし、バグやブレイバーのいない正しい世界に作り変えられる事も有り得るわ。逆に、このまま切り離され無に帰す可能性もある。全ては狭間次第」
「そんな事を信じろと?」
「信じるか信じないかはどうでもいい」
「ほざけっ!」
サイカは腰の鞘から刀を抜こうと手を掛けるが、全く動じないキャシーバグを前にその手は止まる。
戦意の無いキャシーバグは構わず話を続けた。
「貴女は……この世界を愛しているかしら?」
「分からない。でも、大切な仲間が沢山いる。守りたいものもある」
「……ふふ。ふふふふ」
「なにがおかしい」
「結局、似ているのよね。私も、貴女も、ワタアメも。志は同じはずなのに、どうしてこうなってしまったのかしら。私達はゼノビアによって生み出された子供であり……姉妹なのよ。認めたくないけどね」
その言葉は、サイカの手を震わせる。
完全にバグの姿をした女に、姉妹だと言われた事に対しての激しい動揺。サイカ本人も自身がバグになっていたのだから、微かな自覚もあった。
「そんなのはどうでもいい! 私はこの状況を何とかしたい! 何か知ってるなら教えてくれ!」
と、サイカは問いを投げる。
「………今の貴女ではまだ力不足ね。サイカ、貴女は神に挑む覚悟はあるのかしら?」
「私は、この世界と夢主を守れるのであれば、何だってする。何でもだ」
「そう。だったら、あとは任せたわよ」
「任せる?」
その質問に答える事なく、キャシーバグは高々と飛躍して民家の屋根に乗ると、一瞬サイカの方へ振り返り大声で言った。
「サイカ。今起きた事、これから起きる事、全てその目に焼き付けておきなさい」
キャシーバグは屋根の上から、先ほどまで死闘を繰り広げ、今は停止しているルビーやミーティアの姿を見逃してしまいそうなくらいの小さな動きでちらりと見る。そしてサイカも屋根の上に登り、追いかけてくるのに気付きながら、キャシーバグは素早く移動した。
「待てっ!」
と、サイカが叫ぶ。
キャシーバグは止まらない。
「私が賭けているのはここからよレクス。全て思い通りになると思わないことね!」
そう言って、キャシーバグは民家の屋根を破損させるほど力強く蹴り、空高々と飛躍した。
この場所は停止したブレイバーやバグがまだ多くいて、王都内でバグとの戦闘エリアになっている場所の中心。崩れた家と燃え盛る家と、遠くに聳え立っているエルドラド城が一望できる場所。
空中でキャシーバグは、両手両足を広げて大の字になりながら唸り声をあげた。
「アアアア!」
キャシーバグの全身が赤く光る。
眩しいほどの輝き、そらと同時に放たれる威圧感と、黒いオーラ。
「アアアアアァァァァァ!」
空気を震わせ耳に響くその叫びは、サイカにとって体験したことが無いものであり、耳を塞がずにはいられない程であった。
そんな声に反応しているかの様に、停止している全ての物が激しいノイズにより揺れ動く。
キャシーバグ自身はというと、身体がどんどん大きくなり、見る見るうちに巨大なバグへと姿を変えていた。
真っ黒な細長い身体、猫の様な頭に両手両足を鋭い刃物、更には氷による防具を身に纏った美しいフォルムはそのままに巨大化。全身が武器の痩せている巨大な化け猫といった風貌のまま、そのサイズは高さ80メートルはあろう姿へとなっていく。
そんなキャシーバグは再び声を上げ続ける。
「アアアアアアア――――…… … …」
激しい・ホ・、ロコ、ャ走る。
音がウ荀??」
、ス、?マザ…、テ、ソ世界を、ロ?ヌキャシー・ミ・ー、ャテ。、ュオッ、ウ、キ、ニ…?ォ、ホヘヘ、ハ。、ス、ロハノロヒ、篏ラ、イ、?
実コン。「、ス、ヲ、ハ、ホ、ォ、筅キ、?ハ…。
セッ、キ、コ、ト。
セッ、キ、コ、ト。
シコ、??ソ『サ?エヨ』、ャシ隍?皃オ、?、ス、キ、ニ動、ュスミ、ケ、ホ、ャハャ、ォ、?
、ウ、ホオロ遉ハイス、ア猫、ホ叫、モ、ャ。イソ、ォ、繋、ョザ、皃ニ、ッ、?ニ…?、ス、ロハノロヒサイカ、マクォ、イ、ソ。
、ス、キ、ニ。ト。トタ、ウヲ、マニー、ュスミ、ケ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――………ジッ、ジジッ、ジジジジジジ……ピ――――――――――――――――――――――――――――再……――――――――――――――――――――――――渦―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




