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ログアウトブレイバーズ  作者: 阿古しのぶ
エピソード3
64/128

64.世N阻O-防

「なぁ琢磨」


(なに?)


「人魚姫って知ってる?」


(人魚姫? どうして?)


「いいから」


(えっと、こっちである童話だね。僕もあまり詳しい訳じゃないけど……確か、海の中でしか生きられない人魚姫が、地上に憧れていて、ある日、地上の人間である王子様に恋をするって話だったかな)


「それで?」


(どうしても王子様に会いたい人魚姫は魔女にお願いして、声と引き換えに尻尾を人間の足に変える薬を貰ってさ、それを飲んで人間になるんだよ)


「なんだそれは。声が出ないんじゃ王子様と話せないじゃないか。それで幸せなのか?」


(それでも、王子様の傍にいたいという願いは叶う事ができたんだから、いいんじゃない? 結末は何だったかな……)


「何かを犠牲にして、願いを叶える……か」


(何かを得れば何かを失う事になる。世の中、そう言う仕組みだからね)


「琢磨は……その、人魚姫の物語はロマンチックだと思うか?」


(うーん。僕は悲しい話だと思う。もっと別の形があったんじゃないかとか、そんな風に思っちゃうかな。他にも選択があったかもしれないという事をロマンチックと言うのなら、一理あるかもしれないけど)


「そうか」


(サイカは、何か大事な物を失ってまで、叶えたい事ってあるの?)




 ✳︎




 エルドラド王国、グランドール平野。

 目の前の空に浮かぶ融合群体デュスノミアバグは、話で聞いていたよりも大きいと誰もが感じた。

 しばしば起きる気象災害でもある『台風』とはよく言ったもので、空を覆う反時計回りの黒い渦が、こちらにゆっくりと近付いて来ている。


 巨大な渦からボタボタとこぼれる液体の様な何かは、全てがバグ。

 地面に落ちたバグは群れとなり、地上からも今まで見た事の無い程の大群が侵攻して来ていた。


 地上に見える黒や紫の粒を見ても、ざっと10万を超える群れになっている。ディランの町を襲った巨大バグの姿も数十体は見え、数こそ多くないが翼を羽ばたかせ空を飛ぶバグもいる。正に世界の万種を超えるバグを一箇所に集めたかの様な光景だ。

 迎え撃つのは、エルドラドの王都防衛を託された約700名のブレイバー。その後ろには、壁となるべく立ちはだかる万の王国兵士。


 かつて行われていた国と国の戦争であれば、充分過ぎる戦力であるが、怒涛のごとく迫り来るバグの大群を前にしては、心許無く感じられてしまう。

 ただひたすら真っ直ぐ進んでくるバグ群を相手にして、戦略や策略といった戦い方は通用しないだろう。


 そこで、最前線に鶴翼の陣で左右に長く広げ配置されたブレイバー大隊。その後ろではバルド将軍をコクピットに搭乗させたロウセンと、その横には既に発射態勢となっているゼット。そして鉄の箱型ブレイバー、所謂『戦車』であるレオパルトツー。

 2体の巨大機械人形と1台の戦車を挟んだ更なる後方は、馬に乗ったミーティア率いるブレイバー遊撃隊を前方に張り出し、両翼が後退した陣形を取る王国兵士軍。兵士軍の中にも、疎らにブレイバーが配置されている。

 王都の外壁付近や、内部でも大勢のブレイバーと王国兵士軍が最終防衛線として待ち構えている状況だ。


 ブレイバー大隊の中心にて、杖を持ったマーベルが緊張した面持ちで前に出る。


「さて、私もたまには、良い所見せなくちゃね」


 そんな事を言うマーベルに、サイカは聞いた。


「大丈夫か?」

「私だってね、伊達に3年もブレイバーしてる訳じゃないのよ。それに、私の夢世界、ファンタジースターは強力でド派手な魔法が多くてね。私の最大火力を出すのにこれほど誂え向きな場面は無いわ」


 すぐ近くでそれを聞いたシッコクは同じファンタジースター出身であり、これからマーベルが何をしようとしているのか想像した事で「ふっ」と含み笑いをした。


「なにがおかしいんだ?」

 と、サイカ。


「何でもないさ。マーベルの魔法を合図に、遠距離砲撃開始。その後に突撃だ。私はあのバグを延々と生み出してる雲を狙う。地上はお前たちに頼んだぞ」


 シッコクの周囲でそれぞれ武器を構えているサイカ、エム、リリム、ケークン、エオナは頷いた。


「リリム。どっちが多く倒すか勝負しない?」

 と、ケークンが右の拳で左手の平を叩いた。


「私の勝ちだな」

「お、言ったな?」


 2人がそんな会話をしている横で、エオナがサイカに話しかける。


「まさか貴女と一緒に戦える日が来るなんて。よろしく」

「うん」


 サイカは緊張しているのか、遠くに見えるバグの群れを睨んだままだ。それでも、エオナは少しでも自身の緊張を和らげる為に話を続けた。


「アヤノの件……すまなかった」

「あれはエオナのせいじゃない。私も止められなかったから、誰のせいにもできないよ」

「強いんだな。さすが特別なブレイバーだ」

「止してくれ。私は自分の事を特別だなんて思った事は無い」

「……そう。私はさ、悪運が強いみたいだから、なんとかしてみせるよ」

「悪運でも何でも、味方に付けて行こう。なあエム」

 と、サイカは突然、後ろを振り返りながらエムの名を呼んだ。


「は、はい!」


 エムもかなり緊張している様子で、ビクッと身体を震わせた。


「みんなにあの夢世界スキルは使える?」

「空を飛ばせるウインドウイングは制御が出来ないから2人が限界。でも風の加護だけなら」

「分かった。じゃあまずは加護を頼む」

「うん!」


 エムが夢世界スキルを使用して、周囲にいるブレイバー達に《風の加護》を付与した。

 付与されたブレイバーは、みんなまるで風の鎧を着たかの様に、涼しい風が身を包んだ。


 サイカはもう慣れたものであるが、他のブレイバーは驚いている。


「うおっ! なんだこれ! 身体が軽くなった!」

 と、興奮を見せているのはケークン。


 そこへエムは説明を加える。


「風の加護は、あまり長くは持ちません。効果が切れると身体が急に重くなった様に感じるから、皆さん気を付けて」


 これから戦うとは思えないほど、少し和やかなムードになっていたが、エムの言葉でブレイバー達は気を取り直す。


 やがてマーベルが杖を天に掲げ、呪文詠唱を開始した。マーベルの夢世界『ファンタジースター』では、強力な魔法スキルを使う際は呪文詠唱の演出が入る。それを再現する事が魔法の発動条件なのだ。

 まるで空気中の水分が増幅したかの様に、マーベルの周りで渦を巻いた。そしてカタカタと地面が揺れ、何か大きな物が地面の中を移動してるかの様な地響きが起きた。



「水を纏いし衝撃よ。海を統べる魔物よ。海神の名のもとに原初の崩壊を顕示せよ。崩壊を目前とする王国の地に、力の根源を見せる時は今。我が前に顕現せよ! 全てを飲み込め! タイダルウェーブ!」



 彼女の夢世界スキルの発動と共に、大地の底から水が湧き立つ。何も無いこの決戦の平野に、海に広がる水を持ってきたのでは無いかと思える程の大洪水が発生した。

 その水は大きな波となり、マーベルの前方に向かって進行を開始。黒いバグの波と、水色の巨大な津波が衝突する。


 津波の規模は大きく、王都の外壁よりも更に高く、地上のバグ全てを飲み込み押し流す水の力は、この世の天罰を体現する凄まじい光景であった。

 大型バグですら脚を取られて転倒するほど強力な波の力は、凶悪なバグ達が洗い流される塵や埃にも見えてしまう。


「ほう……」

 と、シッコクも感心していた。


 時には大地を飲み、多くの人間やブレイバーに恐怖を植え付ける自然災害が、マーベルの手によって強力な味方になったのだ。災害が絶望を希望へと変える圧巻の光景は、ブレイバーも兵士もまるで夢でも見ているのかと唖然としてしまっていた。

 しかし、マーベルの魔法はまだ続く。鼻血を滴らせながら、彼女は次の呪文を唱えた。



「白き凝結、冬の女神。零度の理を説く我の命に答えたまえ。全てを凍てつかせし、無の境地。冷酷の制裁で一掃せよ! フロストノヴァ!」



 

 それは一瞬だった。



 マーベルが持つ杖の先端から光の粒が零れ落ち、水に触れた時、バグを飲み込み荒れ狂っていた水が凍ったのだ。サイカ達の目の前に広がった海が、波の形そのままで真っ白に染まって固まった。

 辺り一面の時間が止まったかの様なその氷結は、もはや氷の大地である。周囲の気温が急激に下がった事により、エルドラドの軍勢は皆鳥肌が立ち、そして白い息を口から零した。


「これが……マーベルの本気なのか……」

 と、長い付き合いであるサイカも目を丸くして驚いてしまうのも無理は無い。


 同時に、これほどの実力を今までなぜ隠していたのかと疑問も浮かぶ。

 それ以上に、まさかこんな事が有り得るのかと言葉を失った。



 強力な夢世界スキルは、代償を伴う。

 大魔法を2回続けて放った影響は、マーベルの身体に如実に表れた。


 強い疲労感、そして目眩。その後に続いた吐き気をマーベルは堪える事が出来ず、口から吐血する。


「「マーベル!」」


 サイカとエムが彼女の名を呼び駆け寄り、倒れそうになるマーベルを支えた。


 家族の温かさを感じ、マーベルは嬉しくて少し微笑みを見せた後、口から垂れる血を裾で拭いながら右手を前に突き出す。


 広げた手のひらを氷の大地の中心へ持っていき、

「砕け散れ」

 と、握り締めた。


 それを合図に、白き大地はひび割れ、そして……


 砕けた。


 まるで氷の塊を巨大な金槌で叩き割ったかの様に、粉々に砕け散った。

 しかも中で固まっていたバグ諸共である。


 

 マーベル1人の力で、バグの約1万体が砕け散り、宙に四散して水蒸気となった。その光景はまるで雪結晶。

 とても綺麗だと、サイカは思ってしまった。



 だが、これほど強力な魔法を続けて放ったマーベルは、内臓の一部である胃や肺、肝臓、膵臓などを損傷していた。

 通常、夢世界スキルを使用する代償は疲労である。厳密に言えば細胞レベルのエネルギー不足による、脱力感や目眩といった現象を引き起こす。しかし軍関係者の一部からは『戦略魔法スキル』などと言われる強大な夢世界スキルは、それ以上の何かを代償とする事が多い。マーベルが放った魔法もその類である。


 マーベルは真っ青になった顔で、血をだらだらと口から零しながら、倒れそうになった。

 慌ててエムが抱き着く様にそれを支える。


「マーベル! なんて無茶を!」

「もう二度と……こんなの、やらないわ……」


 マーベルが得意とする《タイダルウェーブ》や《フロストノヴァ》は、絶大な威力が場所を選び、自身の消耗も著しい諸刃の剣なのである。

 負傷しながらもマーベルが放ったその魔法が、地上を侵攻してきたバグの群れを一掃した。


 しかし、増援と言わんばかりに、空の黒い雲からバグが次々と零れ落ちている。


 シッコクはそれを許さず、

「砲撃開始!」

 と、指示を出した。


 魔法や銃といった遠距離砲撃が一斉に開始される。銃弾の雨と、色とりどりの魔法の光、隕石の落下、地面から突き出す刃、ありとあらゆる攻撃がバグの後続を容赦無く叩いた。

 その中でも目立つのは、機械系ブレイバー達の攻撃。ロウセンのビームライフルから放たれる灼熱光線や、ゼットの27発に及ぶ小型ロケット弾と180mmの砲弾。そして戦車ブレイバーであるレオパルトツーの主砲から放たれた砲弾。それらは火力として申し分ない威力を見せてくれた。


 そしてバグによる光線の反撃も開始され、盾持ちの者達と魔法障壁やバリアを使えるブレイバーが前に出て光線を防ぐ。

 そうやって遠距離の撃ち合いが激しさを増す中、シッコクは次の指示を出した。


「ブレイバー突撃! バグを蹴散らせ!」


 その合図で一斉にブレイバー達が走り出す。


「エム! マーベルを頼む!」

「あ、うん!」


 サイカもエムにマーベルを任せ、走り出した。

 その背中を見送ったエムは、自己防衛の為の夢世界スキル《ウインドカッター》を発動させ、近付く敵を自動排除する風を周囲に発生させる。


 その横で、ブレイバー達が勇敢に突進する姿を見届けたシッコクも、空の魔女との戦闘で獲得した浮遊の能力を使い、身体を上昇させながら後方にいるロウセンの方を振り向いた。

 ロウセンのコクピット内で、映像越しに目が合ったバルド将軍がいる。


「ロウセン、ゼット、空を攻めるシッコクを援護射撃。レオパルトツーはそのまま地上部隊を援護。かなりの乱戦になるからな、誤射には気をつけろよ」

「ハイ、マスター」

 と、唯一喋る事が出来るゼットが答えた。


 ゼットがミサイルランチャーや砲身を上空に向け、ロウセンはビームライフルから巨大な『ロングレンジビームキャノン』に兵装を変更。両手でしっかり持ち、腰を低く固定しながら、その銃口を前方の空へ。

 それを確認したシッコクは頷き、そして忌々しいバグの融合群体の中心、台風の目となる部分を険しい眼差しで睨んだ後、彼は単独で前進を開始した。


 空を進行するシッコクに対し、空を飛べるバグ達が一丸となって群がってくる。

 シッコクは魔剣で薙ぎ払い、風圧で消し飛ばして行くが切りがない。又、地上から放たれてくるバグの光線を避けたりなどで、途中から思うように前に進めなくなってしまった。


 そこへ、ロウセンが放ったロングレンジビームキャノンによる極太な灼熱光線が空中にいるバグの群れに大穴を空け、活路を開いてくれた。シッコクはそれを見逃さず、ゼットが放った小型ロケット弾と共に前進して行く。



 上空でシッコクが1人暴れている中、地上ではブレイバーとバグが衝突していた。

 先ほどの大魔法の影響で、水分が多い地面はぬかるんでいて足が滑りやすく、泥が飛び散る戦場。




 地上は大乱戦に突入しており、不覚を取り消滅しているブレイバーや、目まぐるしい活躍を見せているブレイバーもいる中、サイカは今までのうっ憤をここで晴らしているかの様な暴れっぷりを見せていた。

 彼女は夢世界スキルを使用せず、《風の加護》に身を委ねながらも、疾風の如く素早い動きでバグを一刀両断。1体、また1体とすれ違うバグを斬り伏せた。


 そうやって数十体のバグを消滅させたサイカの前に、少し図体が大きい6本足の奇妙な形をしたバグが、大口を開けて飛び掛かってきたのでそれも難なく斬り消滅させる。が、そのせいで背後から同時に迫っていたライオンの様なバグに気づいていなかった。


「サイカ!」

 と、横からそのバグを斬ったのはエオナだ。


 サイカが振り返ると、泥だらけになったエオナが愛刀のオオデンタミツヨを構えていたので、その背中に背中を合わせる様な形でサイカも愛刀のキクイチモンジを構えた。


「助かった」

 と、サイカがお礼を言うと、エオナも口を開く。


「さっきのマーベルさんの魔法で大方片付いたと思っていたけど、なんなんだこれは」

「見渡す限りバグだらけ。正に地獄だな」

「レベル5のバグはいるかな」

「いるんじゃないか」


 そんな会話をしていると、サイカの目線の先、少し離れた所に巨大な大型バグの姿が見えた。魔法や銃弾が効いておらず、レオパルトツーが遠距離から放った砲弾が直撃してもその場に立っている強靭さ。そして勝負を挑むブレイバーを尽く蹴散らしている。

 その姿はまるで胴体の長い巨大な昆虫で、両手には自在に伸縮する刃を持っており、リオックバグと呼ばれる強力なレベル5バグである。


「見つけた。私が行く」

 と、サイカが走り出した。


「お、おい! ちょっと!」


 エオナも追いかけようとしたが、バグに阻まれてしまった。



 サイカが発見したリオックバグは、自在に伸縮する両手の刃を振り回し、間合いに入って来るブレイバー達を返り討ちにしていた。

 リオックバグの両手の刃が、振るわれる度にぐんと伸びる為、避けるのが困難である。


 そんなリオックバグの前に、七色剣士リリムが斬り掛かっていた。

 彼女の七色に光る剣が黒い刃と激突して何度も火花が散り、それでいて曲芸の様な身の熟しで華麗に刃を避けながら接近。リリムが得意とする間合いまで詰め寄ったが、リオックバグの隙は無く、互いに互いの隙を探り合う。


 リリムとリオックバグの激しい戦闘が行われている中、夢世界スキル《ハイディング》で透明化していたサイカがリオックバグの背後に出現。キクイチモンジの一刀が、リオックバグの頭部を斬り落とした。

 制御が失われたバグの動きが止まったので、リリムが空かさず斬り刻む。その皮膜は頑丈で、刃を通しにくい。が、リリムは15回にも及ぶ連撃を叩き込み、見事にリオックバグのコアを剥き出しにしてみせた。


 青く透明な水の刃から、真っ赤に燃え盛る炎に変化したリリムのエレメンタルソードが、そのコアを砕く。

 今度はバグと同じ黒を纏った闇の剣へと変わり、そんな剣を持ったリリムが振り返るとそこにサイカの姿があった。橙色に輝くキクイチモンジを片手に持ったサイカの姿を見て、リリムは結んだままの唇にかすかな笑いを浮かべる。


 すると、リリムが左手の拳をサイカに向けて突き出した。

 サイカはそれを見て、少し驚きの表情を浮かべた後、薄笑いを見せながら左手の拳をコツンと優しく合わせた。


 見事にレベル5バグを仕留めたにもかかわらず、2人は言葉を交わす事無くそのまま別々の方向へと走り出す。




 泥と血が飛び散り、混戦極める戦場で次にサイカが目についたのは、巨大なバグの出現だった。

 かつてディランの町を襲った巨大バグよりも、更に一回り大きいだろうか。肥満した人間の様な、大きな腹を前かがみにして蛙みたいな格好をしたバグが、崩れた泥人形のような顔面を提げて暴れていた。腹でブレイバーを地面に潰すか、手で掴んで捕食するかで猛威を振るっている。


 当然、図体が大きく目立つので、ブレイバーにより遠距離砲撃の的にもされているが、あまり効果が無い様だ。


 サイカは走りながら器用にバグを斬り、そして最高速度に達したところで大きく飛躍。風に持ち上げられながら、巨体バグの大きく飛び出た丸い腹を縦に斬った。

 キクイチモンジによって大きく裂ける腹部だったが、皮膜が分厚いせいでコアが見えない。


 落下するサイカを、その巨体バグは手で掴もうとしてきた。が、横から《残影》で瞬間移動してきたケークンが強烈な蹴りでその手を吹っ飛ばす。

 ケークンの脚力は、巨体バグの手をへし曲げる程の威力だった。


 空中でサイカとケークンの目が合うと、ケークンは「あとは任せろ」と言わんばかりに、眉の辺りに元気を深く含んだ顔をサイカに見せてきた。

 そこからケークンは《残影》の連続使用で、巨体バグの腹を瞬時に駆け上がっていく。そして頭上まで上ったところで、巨体バグがもう片方の手で掴もうとしてきたので、ケークンはそれを蹴り飛ばした。


 息つく間もなく、そのまま拳を巨体バグの顔面に叩き込む。


「チェストォォォォッ!」


 ケークンが得意とする夢世界スキル《気合》と《爆裂》状態からの攻撃は、巨体バグの顔を身体の中に埋めてしまう程の衝撃。まるで風船を指で強く押した時の様な変形が起き、巨体バグは爆発四散する事となった。


 中からダチョウの卵ほどのコアが現れたので、

「へい、パース!」

 と、ケークンは落ちながらもそれを蹴っ飛ばす。


 飛んだコアの落下地点には、バグと戦うリリムの姿があった。大きなコアが飛んできた事に気付いたリリムは、それを真っ白に輝く光のエレメンタルソードで真っ二つに斬る。そうやって周囲に散らばった巨体バグの肉片の様な何かは消滅する事となった。

 サイカの目の前の地面に着地したケークンは言った。


「今のはレベル4って所かな。手応え無かったし」

 と、余裕綽々な様子を見せ、すぐに次の敵を求めて移動を開始した。


 サイカは引き続き、周囲のバグを殲滅して行く。

 やはり至る所で、レベル4やレベル5のバグが存在している様で、空から次々と降って来る増援も有り、ブレイバー大隊は苦戦を強いられていた。


 斬っても、斬っても、斬っても、切りが無い。

 乱戦の中、味方への誤射を顧みないバグの光線や、大型バグが突然空から降ってきて踏み潰される事がブレイバー達にとって驚異である。一向に数が減らない万を超えるバグの群れを相手に、700名いたブレイバーの100名ほどは消滅させられてしまった様にも見える。


 サイカも目の前で消えるブレイバーを何度も見た。

 あと少しで助けられなかった場面に何度も出くわした。


 それでもサイカは、芯に冷たい鉄の棒みたいな意志で、バグを殲滅して行く。相手のバグがレベル5だろうが関係無い。肌と眼球が黒く染まりバグ化の初期段階が始まってようが関係無い。ただ手に持ったキクイチモンジを、目の前に見えるバグに向けて振るい続ける。


 無我夢中で刀を振り回し、一心不乱で走り回り、味方にバグと見間違われて攻撃されそうになってもそれと気付かず回避していた。


 この時のサイカの感覚は、静かというにはおそろしすぎる底なしの無音の世界にいた。


 研ぎ澄まされたその集中力は、蔓延る数百のバグを的確に捉え、たった1人で千のバグを斬り、百のブレイバーを救う。

 この戦いに勝利した暁には、この血なまぐさい殺し合いの果てには、琢磨と会えるかもしれない。そんな根拠の無い希望が、サイカを駆り立てていた。奮い立たせていた。



 ――あと何体バグを倒せばいい。あと何回の悪を斬ればいい。あと何回、この刀を振るえば、私は琢磨に会えるんだ! 教えてくれ! 誰でもいい! 教えてくれ!



 そんなサイカの前に、空から舞い降りた天使の様な容姿を模ったレベル5バグが現れた。フェザーバグと呼ばれるそのバグは、大きな翼を羽ばたかせ低空を飛んでいる。フェザーバグは手に持った杖の様な物を掲げ、その先端から四方に光線が放たれた。

 それはバグがよく口から放つ光線とは異なり、継続的に放たれる切断を目的としたレーザー光線であった。


 白い光線が5本、くるくると回り周囲で戦うバグの仲間も巻き添えにしながら、無差別に多くのブレイバーの身体を切断。その凶悪さは極まっており、反応できない者は手足を失い、身体が両断され、泥の地面に転がる事となった。

 しかしサイカは、そんな何者も寄せ付けない光線の周回を掻い潜り、飛躍してフェザーバグの胸を貫いた。


 フェザーバグの消滅と共に、サイカが受けていた《風の加護》の効果が切れる。

 急に身体が重くなる感覚が、サイカに訪れる。


 今のフェザーバグの攻撃により周囲に立つ者は、バグも含めていなくなっていた。戦場にぽっかり空いた穴の中心で、サイカは魂が空へと持って行かれたかの様に、両手の力が抜けてだらりと下がる。

 そして、身体が真っ黒に染まった彼女は、空を見上げた。


 真っ黒な空を見上げていた。


 ここに来て、サイカの思考が止まったのだ。頭が真っ白になってしまったのだ。

 浮かぶバグの塊、空飛ぶバグ、通り過ぎるロウセンの灼熱光線、その横でシッコクがバグを蹴散らしている。



 ――なんで、戦っているんだっけ。どうして、私はここにいるんだっけ。



 ――身体がふわふわする。思考が鮮明なのに、何も考えられない。



「琢磨……私は何を失えばいい。どうすれば私の戦いは終わるんだ」


 そんな事を呟く真っ黒な少女の言葉が聞こえたのか、空で奮闘するシッコクが一瞬、サイカの方を見て謎の微笑を唇に漂わせた様に見えた。

 その顔は、サイカが我に返るには十分な切っ掛けとなる。




 サイカや優秀なブレイバーだけを見ていると、バグの侵攻を食い止めている様に見える。

 しかし、実際はそうではない。圧倒的な物量差は、瞬く間にブレイバー大隊の半数を消滅せしめており、討ち漏らしたバグが次々と後方へ到達していた。


 強力な砲台役のレオパルトツーやゼット、ロウセンも王国兵士軍の更に後ろへと退避。

 遠距離砲撃を行っていたブレイバー達も同じ様に後退を開始するも、逃げ遅れてバグに襲われてしまっている者達が見える。


 そんな中、名も知らぬブレイバーに肩を持たれながら後ろへと下がるマーベルを援護する為、エムも傍から離れない様にぴったりと移動していた。

 エムの《ウインドカッター》がある程度のバグを撃退してくれるものの、風の刃を潜ってくる強力なバグに対して、エムは容赦なくその杖で殴る。


 バコーンバコーンと、エムに殴られたバグは遠くへと吹き飛ばされていく様は滑稽に見えた。


 それでも、酷く弱っているマーベルを抱えての移動は困難であり、後方にいる王国兵士軍まではとても遠く感じられてしまう。

 足の遅い子羊3匹が、飢えた狼の群れに追われている危険な状況と言えば察しがつくだろうか。




 一方で、上空で奮闘するシッコクは、一時的にロウセンやゼットの援護が無くなった事で苦戦していた。

 空でたった1人、魔剣を振り回す金髪の騎士が、汗だくになりながらも群がる空飛ぶバグを消し飛ばしているが、処理が間に合わない。


 シッコクの頭上では、着々と融合群体デュスノミアバグは王都に近づいているのだから、彼にとっても絶望的であった。だが、次々とバグを生み出し地面に落としている台風は、先ほどよりは幾分か小さくなっている様にも見える。


 いったいどうすれば融合群体の中心に辿り着けるのかと、空を見上げたシッコクは発見した。


 融合群体のひしめきの中で、何か大きなバグが上から掘り進んで来て顔を出したのだ。

 巨大なチンパンジーにも思えるそのバグは、シッコクを見つけるや否や飛び出し降って来た。


 グレンデルバグである。


 一目でレベル5と分かるグレンデルバグは、落ちながらも強靭な筋肉を模った皮膜を3倍近く膨脹させていた。2本の腕、2本の脚、筋肉を鍛え抜いた人間とも言えるその容姿は、まるでシッコクが赤子に見えるほどあまりにも大きいと感じられる。

 そんなバグが、肉弾の如く空から落ちて来ていた。


 シッコクは魔剣バルムンクを構え、迎え撃つ。


 しかし、シッコクが振るった剣は確実にグレンデルバグを捉えたにもかかわらず、ほんの少し掠り傷を与えた程度だった。

 そしてグレンデルバグが落下の勢いそのままに、大きな拳でシッコクを殴り飛ばしていた。


 地面に叩き付けられたシッコクは泥に埋まる。

 小隕石が地面に衝突したかの様に、凄まじい衝撃が周囲の地面を陥没させ、その中心でシッコクは今まで経験した事も無いダメージを受ける事となった。



 グレンデルバグには空を飛ぶ能力が無い。

 その為、真っ直ぐ地面に落下して、直下にいたバグを踏みつぶしながら着地した。



 近くにいた近接ブレイバー2名が、空かさず攻撃を仕掛けるも、1人は殴り飛ばされ、1人は握りつぶされると言う無残な結果に終わった。


 圧倒的である。

 グレンデルバグに対し、ブレイバーが塵ちりひとひらにも及ばない。そんな気迫と威圧感が、筋肉が極限まで膨脹させた3メートル近いチンパンジーの様な身体から漂っていた。


 そんな空から舞い降りた破壊者は、周りを見渡して状況を確認する。

 周囲にほとんどブレイバーは残っておらず、いるのは前方に侵攻するバグの仲間ばかり。


 なので、グレンデルバグも前に向かって走り出した。


 ジャングルに生い茂る雑草を払いのけるかの様に、道中にいるブレイバーを拳で殴り飛ばしながら走る。

 その先には、マーベルを守りながら後退するエムの姿があった。



 ――レベル5!?



 エムは猛スピードで迫るグレンデルバグを目視で確認した為、恐怖を感じながらも杖を構える。



 ――ウインドカッターでは抑えられない! だったら!



 エムは杖を両手でしっかり持ち、大きく振りかぶる。

 これほどの強そうな悪であれば、最大威力が発揮されるはずだ。


 グレンデルバグはエムを殴り飛ばそうと、拳を振り上げながら突進して来た。が、エムが輝きを放つ杖を合わせて振った時、グレンデルバグは急に立ち止まり――


 確かな手応えと、それだけの衝撃波が空気を震わせ、爆弾が爆発したかの様な轟音が響く。

 だが、エムは目の前で起きた出来事に息が詰まったように立ちすくむ事となった。


 グレンデルバグは、エムの杖を右手で受け止めていた。


 しっかりと、杖の先端を握っていたのだ。


 確かに杖の『ボスに強大なダメージを与える』という夢世界能力は発動していたのに、このグレンデルバグは片手1本でそれを防いで来たのだ。

 本能的な反応により、その衝撃の全てを身体で吸収したのだ。


 掴まれた杖は、エムの力では微動だにもしない。

 エムは死を悟った。



 そこへ、遥か後方から放たれた戦車レオパルトツーの120mm弾が、グレンデルバグの頭に直撃。

 グレンデルバグの頭が少し曲がり、杖を掴む握力が弱まったので、エムは杖を引き抜き走り出す。



 ――このバグはダメだ! 強すぎる! 勝てない!



 そう心で叫びながら、エムは必死に走った。


 グレンデルバグはその小さな背中に興味は無く、先ほど砲弾を放ってきたレオパルトツーの方角へ視線を向けている。


「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」


 猛獣の王を思わせる激しい雄叫び。

 それはグレンデルバグのものだったが、何をするのかと思えば、大きく飛躍してバグとの戦闘に突入している王国兵士軍を飛び越え、その後方にいたレオパルトツーの前に着地した。


 レオパルトツーはキャタピラをフル稼働させ、全速後退をしながら次弾を発射。

 砲弾がグレンデルバグの胴体に直撃するも、少し傷を与える程度。グレンデルバグは構わず追走した。




 すると、グレンデルバグを追いかけて来ていたケークンが、必死に戦う王国兵士軍やブレイバ-の頭を踏み台にしながら《残影》で高速移動して追いついて来ていた。

 戦車を追いかけ走るグレンデルバグの横にケークンが突如現れ、グレンデルバグの頭を蹴り飛ばす。


 それにより、グレンデルバグは転倒した為、足が止まった。


 ケークンは起き上がろうとするグレンデルバグの前に立ち、指で挑発しながら言い放つ。


「あんたの相手はこのあたしだ。好きに暴れられると思うなよ筋肉チンパンジー」


 立ち上がったグレンデルバグは、ケークンを見る。

 《爆裂》の効果で、身体にバチバチと電気を漂わせるケークンの姿を見て、グレンデルバグは相手にとって不足無しと感じられた様だ。


「グオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」

 と、再び天に向かって雄叫びを上げるグレンデルバグ。


 そして、細身でポニーテールの女性格闘家と筋肉チンパンジーの格闘戦が幕を開けた。





 ロウセンのコクピット内で戦況を観察するバルド将軍は、モニターに映るケークンとグレンデルバグの激しい戦闘につい魅入ってしまっていた。

 スピードタイプだがパワーもあるケークンと、パワーに特化したグレンデルバグの一騎討ちは勝敗が予想できないほど拮抗した戦いとなっている。


 バルド将軍はすぐ自分の立場を思い出し、改めて現在の戦況をロウセンの視界で確認する。

 かなりの数のバグが王国兵士軍の所まで到達しており、バグに対して攻撃手段を持たない人間の兵士達は盾で必死に防御。ブレイバーがそれをカバーすると言った混戦に突入していた。


 それを見て、バルド将軍は苦肉の策を決断する。


「全軍後退! 王都まで下がれ!」


 ロウセンの拡声機能を通して発令された指示は、グランドール平野に響き渡った。

 この指令により、王国兵士軍は大規模な後退を開始。ゼットやレオパルトツーもロウセンを残し、ゆっくりと下がって行く。


 劣勢に陥った際、次の作戦として、王国兵士軍と一部のブレイバーはグランドール平野から後退して、王都シヴァイの外壁沿いで防衛線を敷く事になっている。

 ただし、サイカ達が配属されているブレイバー大隊だけは『戦い続けること』が求められており、バグの融合群体の直下で戦闘を続ける事が強いられる。


 そんな中、バルド将軍が乗るロウセンの横まで伝令役の王国兵士が駆けつけて来た。


「伝令! 南東の方角、樹海方面よりバグの増援が現れました! その数、千!」

「なにっ!」

 と、思わぬ報告にバルド将軍は焦りを見せる。


 現在、融合群体を防ぐ為に部隊を展開しているグランドール平野は、王都シヴァイから南西。南東は別の方角であり、かなり戦力が手薄な場所である。

 そして現れたバグの増援というのは、樹海に潜んでいたバグを率いたキャシーだった。キャシーは氷の硬化の能力を鎧に見立て、氷の騎士と言った風貌で、大量のバグを引き連れ侵攻を開始していたのだ。


「バグの分際で小癪(こしゃく)な真似をしてくれる」


 バルド将軍は、王国兵士軍と共に待機させていたミーティア率いるブレイバー遊撃隊に指示を出す。


「ブレイバー遊撃隊! 聞いたな! 直ちに南東の敵増援を防げ!」


 ロウセンの近くでブレイバー大隊の活躍や、目と鼻の先で行われているケークンとグレンデルバグの肉弾戦を、ただ息を呑んで見守っていたミーティア。

 いつでも前に出れる様に身構える事しか出来ていなかった所に、重要な指令が下ったのだ。


 ミーティアを含む、遊撃隊は全員が馬に搭乗しており、不測の事態に備えて即座に移動ができる態勢だった。そこで、ミーティアは遊撃隊のブレイバー達に言った。


「敵の増援は南東! 行くぞ!」


 ミーティアを先頭に、ブレイバー遊撃隊が馬による移動を開始したのを見送りながら、バルド将軍は隣で砲弾を発射しているゼットにも指示を出す。


「ゼット、遊撃隊の援護に回れ」

「ハイ、マスター」

 と、ゼットは地面に打ち付けていたアンカーを外し、遊撃隊を追って4足ホバー移動を開始した。


 結果として、メインの防衛線が手薄となる事態となってしまった。それほどまでに知能が優れたバグが敵側に存在している事を、バルド将軍は思い知る事となったのだ。





 キャシーは犬型のバグに跨り、王都シヴァイの東門に向けて突進していた。

 外壁の上から、迎撃として放たれる銃弾や魔法を避けながら、彼女を乗せるバグが疾走する。その後ろを追いかける様に、千のバグの群れが走っていた。


 カーンカーンカーンと、東門側に設置された非常事態を知らせる警鐘塔の鐘が鳴り響く。


「敵襲ー! 敵襲ー!」


 見張りの王国兵士達が一斉に敵の襲撃を大声で知らせ、王都内で待機していたブレイバー達がこぞって集合してきた。門を死守する為に、数十人のブレイバーが門の前へと展開していく。

 更に西の方角から、馬を走らせるミーティア率いる遊撃隊と一緒にゼットも駆けつけた。


 遊撃隊のブレイバー達は、馬から降りて臨戦態勢へ。

 ミーティアも双剣の1本を手に持ち身構えた時、侵攻してくるバグ群の先頭を走るキャシーを見つけた。


「あいつは……」


 キャシーもミーティアがいる事に気付いた様で、激しい喜びが心に湧き起こり、それは笑みとなって浮かび上がっている。


「面白い! あの時の借りはここで返させて貰うわ!」


 ゼットが放つ砲弾がキャシーの横を通り過ぎ、後方のバグを吹き飛ばす。

 そしてキャシーは走りながらもミーティアに向かって氷の刃を数本飛ばしておりミーティアがそれを弾いた。その後、キャシーはバグから飛び出し氷の剣でミーティアを襲う。

 程なくして、王都の東門前はブレイバーとバグの激しい戦闘に突入した。


 キャシーはミーティアと何度か剣を交えた所で、彼女の異変に気付く事になる。右脚を庇って剣を振るっていて、しかも前に対戦した時は二刀流だった事も覚えていたからだ。

 それに気付いてしまったキャシーは、再戦に燃えていた心に水を掛けられてしまった様な思いとなる。


「あら、つまらない。そんな状態で、この私に勝てるとでも?」

「舐めるなっ!」

 と、ミーティアは挑発に臆する事なく剣を振るった。


 夢世界スキル《ソードクイッケン》で猛烈な連続攻撃を行うも、キャシーは難なく合わせてくる。それどころか、呆れて物も言えないといった様子で、キャシーは氷の剣でミーティアを斬った。

 ミーティアの身を守る鎧が割れ、彼女の胸から腹部まで縦に傷が入る。


 斬られた事で、ミーティアは思わず握力の入らない左手で、自身の胸の辺りを押さえながら膝をついてしまった。コアまでは到達していない。

 しかし、その大きな隙は、キャシーが追撃するには十分であった。


 キャシーはミーティアを蹴り倒し、そのまま片足で踏みつける。


「いいザマね」


 そんな事をキャシーが言っている中、周囲にいたブレイバーは壊滅していた。

 ゼットも多くのバグに取り憑かれ、砲身を折られ、ミサイルランチャーも脱落。脚部も破壊されて行動不能に陥っていて、壊れた玩具の様になってしまっている。


 遊撃隊はあっと言うまに全滅してしまい、王都シヴァイ東側の防衛は失敗した。


 壁を登れるバグは外壁に張り付き、空飛ぶバグは外壁を飛び越え、そうではないバグは東門を破壊して中へと侵入していく。外壁の上や内側で身構えていたブレイバーや王国兵士が戦闘を開始するも、バグの勢いは収まりそうにない。

 バグが次々と王都へ侵攻する中、キャシーはまだミーティアを踏みつけ弄んでいた。


 ミーティアの大きく裂けた傷口に足の裏を押し付けているキャシーは、手に持つ剣の先を首から胸の辺りまでなぞる様に移動させながら言った。


「さて、消してあげてもいいのだけれど……つまらない。つまらないわね」

「くっ……」

「痛いでしょう? もっと泣き叫んでもいいのよ。命乞いしてみなさい小娘」


 命の危機を目の前にしたミーティアは、すぐ横に転がっている剣に手を伸ばす。だが、届かない。あと少しなのに、指先が触れそうな距離なのに、届かない。



 ――ここで終わっちゃうの? サイカに救って貰った命なのに。サイカの為の命なのに。こんな奴に負けて、終わるの?



 ミーティアは必死に抗おうとするが、上手く力が入らなかった。

 そんな様子を見たキャシーは哀れみの目を向けた後、何も言わずに剣を引いて足を退かし歩き出した。


 意外な行動にミーティアは驚かされたが、咄嗟に身体を動かして剣を掴み立ち上がろうとする。


「待てっ! なぜ見逃す!」


 呼び止められ、キャシーは背中を向けたまま足を止め、

「生き恥を晒しなさい。もう二度と、貴女と会う事はないでしょうけど」

 と言い残し、走り出して行ってしまった。


 ミーティアはそれを追おうとするが、深手の傷が痛み、膝を着いてしまった。

 今のキャシーが放った言葉は、何かを悟ったかの様な深い発言であったと思える。


 周りを見れば、もう自力では動くことが出来ないほど破壊されたゼットを残し、バグもブレイバーもその場には残っていない。外壁の向こう、王都の中で戦闘の音が聞こえている。


 動こうとするミーティアだったが、斬られた傷口から流れ出る血は止まらず、

「行かない……と……」

 と、力尽きその場に倒れてしまった。




 正門方面で戦っている本隊に、東側から王都内にバグ群が侵入したという知らせが届いたのはすぐの事だった。

 正門側も外壁ぎりぎりまで防衛線は下がり、追い詰められている状況。ロウセンがロングレンジビームライフルを上空の融合群体に向けて発射している中、再び伝令の兵士が走ってきた。


「伝令! 東門の防衛に失敗。バグが王都内に入り、中で戦闘が開始されました!」


 バルド将軍は焦る。

 ここで王都の中に引きさがれば、間違いなく正面で今何とか耐えてる防衛線は確実に崩れる。だが無視をすれば、民衆を更に内側へと非難させているとは言えど取り返しのつかない事態になりかねない。


「ここまでか。王都内にバグが侵入した! 下がれる者は増援に迎え! 何としてもエルドラド城まで行かせるな!」


 王都内に移動を開始する兵士やブレイバーを見送り、バルド将軍は奥の手に出る。


「ロウセン、ハッチを開けろ。俺が出る」


 ロウセンは射撃を中断して、コクピットハッチを開けたのでバルド将軍は立ち上がり外へと出る。


「お前は、王都内のバグの処理を。城にいる王族は必ず守れ」


 その指示を聞いたロウセンは頷き、兵装をビームライフルに切り替えながら、空を飛んで外壁を超えて王都内へ見えなくなった。


 バルド将軍の奥の手は、彼の剣にある。

 溶かしたホープストーンと鉄を混ぜ、王都にいる名高い鍛冶師が試作に試作を重ねて作り上げた剣。人間がバグを斬る為に開発されたその試作武器の名は、レーバテイン。


 この剣は人類の希望とされた。

 奇跡的に完成したばかりのレーバテインを授かったのは、バルド将軍だ。


 エルドラドの国章が刻まれた煌びやかな鞘から抜かれた刀身は赤く輝いていて、赤の鎧を装着したバルド将軍に誂え向きと言える。


 バルド将軍は、ミラジスタにいるアーガス兵士長の師匠であり、エルドラドの英雄ゼノビアと共に数々の戦場を勝利に導いた武勲がある。その実力は、ブレイバーを凌ぐとさえ言われ、シッコクですら勝てないのではないかと兵士達が噂をするほどである。

 そんな彼でも、唯一勝つことは出来ないとされるのはバグ。それはこの世界の武器は通用せず、ブレイバーの武器はまともに使用する事が出来ない為だ。


 そんな彼が、今日この日、人類の希望となるレーバテインを手にした。

 実戦使用は初めてとなるが、バルド将軍はこの剣がバグに通用する事を証明するべく戦場に立つ。


 早速、バルド将軍の前にレベル4と思われるバグが2体立ちはだかった。2メートルを超える身長と、筋肉による大きな身体を持つバルド将軍だが、そんな彼よりも大きい人型のバグが2体。


「さて、まずは2体」


 そんな事を淡々と漏らしたバルド将軍だったが、次の瞬間、彼はバグ2体の後ろに立っていた。


 バグはいったい何をされたか理解する事すらできず、身体に無数の筋が入り、そしてバラバラになって崩れ落ちた。中にあったコアも斬られていて、地面に落ちる前に2つに割れて、バラバラになったバグの肉片は消滅する。

 周囲にまだ残っていたブレイバーや王国兵士はそれを目の当たりにしており、人間がバグを倒すという前代未聞の出来事に固唾を飲んでしまった。


 王都の正面から物量で攻め入ろうとするバグの群れに対し、最後の砦として立った将軍。彼はバグ2体を消滅させた事を皮切りに、勇敢に暴れ始めた。そこに手抜きは無く、死神の如く、草木を刈る様に、レーバテインの旋律が咲き誇る。




 バルド将軍が勇姿を見せる一方で、ケークンとグレンデルバグの死闘も決着が付こうとしていた。

 ケークンが夢世界スキル《発勁》でグレンデルバグの内側に衝撃を与え怯ませると、畳み掛ける様に殴る蹴るの連打を浴びせる。更に夢世界スキル《百式連弾》で百発に及ぶ強烈な拳の嵐。


 だが《百式連弾》の最中に、グレンデルバグの反撃の一撃がケークンを襲った。


 ケークンは殴り飛ばされ、地面を転がった後、すぐに立ち上がる。

 この時、ケークンの左腕は肩で脱臼してしまっていた為、ケークンは空かさず右手でそれをはめて治す。相当な痛みを感じ、スキルの連続使用による疲労感で視界がボヤけた事で、彼女は笑みを浮かべた。


「こいつは、思った以上にやばい相手じゃねーの」


 グレンデルバグは雄叫びを上げながら突進してくるので、ケークンは夢世界スキル《気合》と《爆裂》を再度使用して自身を強化。グレンデルバグの拳を《残影》の連続使用でするすると避け、そしてバグの背後を取る。

 そこからケークンが持つ最大にして最強のスキル《覇王衝陣拳》を発動。


 振り返ったグレンデルバグの胸に、最高の右ストレートをお見舞いした。


 その威力は、グレンデルバグの背後の地面を抉り、遥か後方にいたバグ数体を吹き飛ばしてしまう程の破壊力。グレンデルバグの胸に大穴が空き、そこにあったと思われるコアをも微塵に砕いたとさえ思える手応えがあった。

 だが、グレンデルバグは消滅しない。


「なっ!?」


 砕いたのではない。グレンデルバグのコアはそこに無かったのだ。

 グレンデルバグは自己再生をしながら、大技で硬直しているケークンを右手で掴み持ち上げる。


 その大きな手は、ケークンの上半身を包み、徐々に握力が強まった事でメキメキと骨が悲鳴を上げる。


「かはぁっ……ぁぁっ……」


 ケークンが今正に握り潰されようとした時、駆け付けて来たブレイバーがいた。

 傷と泥にまみれた紫ポニーテールの女剣士リリムである。


「ケークン!」

「リリム! やれええええええええええええ!」


 ケークンは叫んだ。

 その叫びは、握り潰されようとしているケークンを気にせず攻撃せよという意味である事は、リリムにも理解できる。なので、夢世界スキル《紅蓮剣》を発動させ、リリムの剣からまるで火炎放射器の様に大きな炎が巻き起こる。


 その剣がリリムの手によって振り降ろされると、真っ赤な炎がグレンデルバグとケークンを包み、業火が辺りを焼いた。

 どろどろに溶け始めるグレンデルバグは、それでも燃えるケークンを手放さない。


「ケークン!」

 と、リリムは再び名を呼ぶ。


 王女の護衛として、いつも一緒だった戦友が。夢世界での友人が。リリムの技によって燃えてしまっている。果たしてこの判断は正しかったのかと、リリムは心の中で自問自答する事になった。


 しかしケークンは笑っていた。


 溶け行くグレンデルバグを見て笑顔を見せていた。


「へへっ。あたし達2人は……最強……なんだから……な」


 すると、怒りを覚えたグレンデルバグの手に力が入り、握られていたケークンの身体はゴキッと言う鈍い音が鳴った。それは圧迫による骨が折れる音と内臓が破裂する音でもある。

 そのまま人形の様に力の無くなったケークンを投げ捨て、グレンデルバグは正面で剣を構えるリリムに向かって前進を開始する。


 身体の皮膜が溶けているというのに、凄まじい生命力によりグレンデルバグは歩いてくるのだ。


 熱で溶けている頭部に、微かにコアの様な物が見える。

 このバグはコアが胸では無く頭にあると、リリムはすぐに判断出来た。


 リリムはこれまでの戦いでかなり体力を消耗しており、これ以上の夢世界スキルの使用は難しい。それでも、リリムはケークンの仇でもあるこのバグを倒すべく前に出る。

 飛び掛かり、もう七色には光らないエレメンタルソードをバグの頭部に向けて振るった。


 だがグレンデルバグの拳の方が速く、リリムが宙を舞う。

 地に落ちたリリムを、グレンデルバグは上から叩く。何処にそんな力が残っているのかも分からないほど、無尽蔵にも思えるその力で、リリムを何度も殴ってきた。


 幾度と無く繰り返される攻撃に、リリムの身体が土に埋まっていく。


 そんな時だった。

 グレンデルバグは頭上に気配を感じ、拳を止めて空を見上げる。


 そこにいたのは先ほど無力化したはずのケークンの姿。


「くたばりやがれ! 筋肉チンパンジー!」


 起死回生の夢世界スキル《捨身》を発動させ、10秒間無敵状態となったケークンが、大きく飛躍して拳を振り降ろしていた。

 上空から再び放たれる《覇王衝陣拳》が、グレンデルバグの頭部に直撃。


 頭部にあるコア諸共、グレンデルバグの身体を木端微塵にした。




 恐らくは、ケークンやリリムが今まで戦ったバグの中で最も強かったと思えるグレンデルバグを倒した。

 着地したケークンは、先ほど握り潰されたのが嘘の様に元気な姿で土に埋まったリリムの前に立つ。


 だがリリムは知っている。

 この《捨身》と言うスキルが、10秒間の無敵を引き換えにその効果が切れると強制的に死亡してしまう夢世界スキルである事を知っている。


「ほら立てよ」

 と、ケークンがリリムに手を差し伸べた。


 リリムは心中複雑な表情を浮かべながらも、その手を取り、ケークンによって土の中から引き上げられる。


「ケークン……消えるのか?」

「今のバグは討伐数1万体くらいでいいよな」


 満足そうに笑顔を見せるケークン。


「……ああ。私の負けだよ」

「んじゃ、あたしの勝ちって事で」

「ケークン……」

「そんな顔すんなよな。しんみりしちゃうじゃねえか」


 10秒が経過し、ケークンの身体が消滅を始めた。

 蒸発でもするかの様に、段々と身体が透き通って行くケークンが続けて言う。


「こっちでもお前と一緒にいれて、結構楽しかった。今まで……ありがとな。夢世界で、これからもよろしく頼むよ」

「ああ。また共に戦おう。私達は親友だ」

「へへっ。んじゃ、あとは――任せた――……」


 音も無く、ケークンは消滅して、彼女の光を失ったコアが地面にポトリと落ちた。

 これほど清々しく消えて行ったブレイバーを、リリムは見た事が無い。これほど名残惜しい別れを、リリムは経験した事が無い。リリムは、心を指で触られているかのように切なかった。今までに感じた事の無い感情が苦しくて、胸が内側から引き裂かれそうである。




 そうやって多くのブレイバーが消え行く中、エムとマーベル、そしてエオナを含む数人のブレイバー達が取り残され、バグの群れに包囲されていた。

 一難去ってまた一難、700名いたブレイバー大隊は300名までその数を減らし、皆散り散りになってしまっている。エム達を含めた10人のブレイバーも、無数のバグに囲まれ逃げ場を失ってしまっていた。


「私が活路を開く!」

 と、エオナが刀を片手に前へ出た。


 エムが咄嗟にエオナへ《風の加護》を再付与。

 1人でバグの群れに突っ込んだ彼女は、舞い踊る妖精の様に身軽な動きでバグを殲滅する。同じ刀の武器を使っているせいか、その面影はサイカに似ていた。


 そんなエオナが、数々の夢世界スキルを使いこなし、バグを斬って斬って斬りまくる。エオナに感化され、他のブレイバー達も前に出て戦いを開始。

 だが圧倒的に数の多いバグの群れを前に、彼らの抵抗など猶風前の灯燭の如しである。


 奮闘するブレイバーに追い討ちを掛ける様に、1体のレベル5バグが現れる。

 目が4つあり、二本の腕に持つ大きな黒い剣、デストロイヤーバグだ。真っ黒な全身に紫色のオーラの様な物を纏ったその禍々しい存在が、今再びエオナの前に現れたのだ。


 エオナがこのバグと対峙するのは二度目。


「また会ったな。みんな! こいつの前で魔法は使うな! 狙われるぞ!」


 そう叫んだので、エムも含む魔法使いのブレイバー達は一斉にスキルの使用を控える事となった。

 デストロイヤーバグの前に移動して、抜刀の構えをするエオナ。それに対してデストロイヤーバグは黒い剣を振るうと、エオナは《霞の構え》からの連携カウンタースキル《朧返し》で反撃。


「抜刀っ!」


 相変わらず鉄の様に硬い皮膜に、ガキンッと言う音と共に弾かれてしまうオオデンタミツヨ。



 ――硬い!!



 すぐにデストロイヤーバグの2本目の剣が振られ、エオナはそれをぎりぎりの所で回避した。そのせいで次に繋げるはずの連携スキルを発動出来なかった。

 他数名のブレイバーも、あらゆる攻撃をデストロイヤーバグに仕掛けるが、その無敵とも思える身体に掠り傷を与える程度。先ほどのグレンデルバグにも匹敵する強さを、このバグは持っている。


 デストロイヤーバグが両手に持つ大きな黒い剣が、激しく振り回され、次々と味方のブレイバーが斬られ消滅していく。


「こいつを倒すにはもっと強力な何かが必要だ!」

 と、エオナ。


 エオナは距離を取り、刀を構えながら攻撃手段を考えていた。

 残念ながら彼女が持つオオデンタミツヨでは、このデストロイヤーバグに有効打を与えられない。前回は《メテオストライク》という強力な魔法によって何とか勝った。だが、今回はそれが出来る状況では無い。


 そんな中、意識が朦朧としているマーベルは、デストロイヤーバグの暴れっぷりとエオナの声を聞いて思い出す事があった。



 ――もしかして!



 マーベルはブレイバーに肩を持たれながら、自身の手に意識を集中する。



 ――バグを一刀両断できるあの武器。オリガミに貰ったあの武器なら!



 根拠は無い。でもこの状況を打開する何かになるかもしれない可能性に賭けて、マーベルはその手に『ノリムネ改』を召喚した。

 ゴツゴツとした機械的な刀で、戦隊モノヒーローの様なオリガミがこれを使ってバグを斬っていた。


 マーベルが手に見た事もない刀剣を出している事に気付いたエム。


「マーベル、何を……」

「エオナさん! これを使って!」

 と、マーベルがノリムネ改を投げた。


 それに気付いたエオナは、反射的にオオデンタミツヨを投げ捨て、ノリムネ改を受け取る。


「これは……」


 見るからに強力そうな剣を手にした事で、この剣に賭けてみようと思えた。

 エオナは再びデストロイヤーバグの前に立ち、抜刀の構えをする。とは言っても、この刀に鞘は無い。


 デストロイヤーバグは、エオナに気付き剣を大きく振り上げる。



 ――この一撃に全てを賭ける!!!!



 エオナは夢世界スキル《一閃》を放つ。

 神速で振られたノリムネ改は、鍔の部分にあったブースターが発動。刀身の輝きが増したと思えば、弧を描く様な空気の刃が発生した。


 その強力な一刀は、デストロイヤーバグをコアごとぶった斬った。


 デストロイヤーバグの振り上げられた剣は、そこから動く事なく、切断された身体と共に消滅する。

 エオナはデストロイヤーバグに勝利した。


 しかし勝利の余韻に浸る隙も無く、エオナが持つノリムネ改が消滅してマーベルの手に戻る頃、空から次々とバグの増援が落ちてくる。

 その中にはレベル5のバグの姿もあり、この状況は絶望的だ。


 ブレイバーも何人かやられてしまい、周囲のブレイバーは全滅寸前。上空の融合群体から排出されるバグにより周囲のバグは先ほどから数が減っておらず、増えている様にさえ見える。


 残されたたった6名のブレイバーは、再び1か所に背中合わせで集合する。こうやって固まる事で死角を無くし、バグからの不意打ちを防ぐ為だ。

 マーベルは完全に意識を失ってしまっていて、エオナが再びノリムネ改を使う事もままならない。


「ここまでか……」

 と、エオナが弱音を吐いた時。


 彼らを包囲していたバグの群れの一部が消し飛んだのが見えた。

 1体や2体どころではなく、一気に20体くらいが一瞬で消滅。続けてズバンズバンと強烈な斬撃音と共に、周囲のバグが一掃されていく。


 増援が来たのだ。


 見れば、真っ黒な姿をした人型のバグが刀を振るい、バグを蹴散らしている。

 バグがバグを斬っていて、同士討ちをしている様にも見えた。


「あれは……」

 と、エオナ。


「サイカ!」

 と、エム。


 そう、周囲に群がるバグを瞬く間に一掃しているのは、先日見た『バグ化したサイカ』なのである。

 地面に着きそうなほど長い髪の様な何かを頭から漂わせ、全身を黒い甲冑で包んだ女武士。サイカの面影など一切残っていないその存在は、紛れも無くあの時のサイカ。


 ただ、王都内で暴れたサイカバグの時より、何処となく容姿が柔らかく、刺々しさが感じられない。

 例えるなら、前回は甲冑をフル装備していたが、今回は一部の装備が無くなっていて黒肌の露出面が多いといった所だ。彼女のバグ化を三段階で例えるなら、まだ二段階目と思える姿である。


 そんなサイカバグが、たった1人でエム達を包囲していたバグを、粗方倒してしまった。

 レベル5と思われたバグもいたはずだが、それをもまとめて消滅させていた。


 全て片付け終えたサイカバグは、立ち止まり、物言わず振り返る。

 理性を失っている可能性が拭えず、身構えるエムとエオナに向かって、サイカバグは歩みを進めてきた。


 禍々しいオーラと一緒に、その長い髪をゆらゆらと宙に漂わせたサイカバグ。手に持っているキクイチモンジが妖刀の様に不気味に光る。


 敵か。味方か。


「サイカ!」

 と、再びエムが名を呼んだ。


 そして―――

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