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ログアウトブレイバーズ  作者: 阿古しのぶ
エピソード3
63/128

63.単戈§ゥ-予

 ブレイバーズギルドによって、世界を恐怖させているバグの融合群体は『デュスノミアバグ』と名付けられ、初のレベル6と暫定された。


 バグ融合群体の1つがエルドラド王国に到達してから2日。国中にその存在が知れ渡り、エルドラドの国民が恐怖に怯え、一部では暴動が起きてしまっている中。他国の状況も芳しくない状況に陥っている。


 地上のバグを吸収しながら大きくなっていく融合群体は、まるで台風の様に移動して空を覆っていく。

 融合群体が通り過ぎた場所は、バグ以外の生物を残さず、血の海と化す。


 小さな国は為す術なく滅び、島国も逃げ場無く餌食となった。


 軍事力が強い国は必死の抵抗を見せ、融合群体に対して健闘した所もある。が、そのほとんどが敗れ、首都が陥落。結局は他国への逃亡を余儀なくされるのがほとんどである。



 世界48ヶ国の中、融合群体デュスノミアバグによって崩壊した国は半数に及んだ。



 ただ、エルドラドに入った報告によれば、例外となった国があった。


 エルドラド王国から近い和の国ヤマトという小さな島国は、古より伝わる不思議な力で結界を張り、被害を最小限に抑えたとの事だ。

 ヤマトの結界に阻まれた融合群体は、そのまま近隣のオズロニア帝国へ進路を変えたが、オズロニアは休戦中に着々とブレイバーを召喚して戦力を補強していた国。


 機械人形型のブレイバーを多く保有していた事と、彗星の如く現れた『金色鎧のブレイバー』が助太刀した事で、オズロニア帝国は融合群体の撃退に成功していた。




 そのオズロニアから、『デュスノミアバグは中心に大きなコアが有り、それを破壊すれば崩壊する』と言う有力な情報が送られて来たのだ。

 勝った国があると言うのは、エルドラドにとっても朗報で有り希望となった。




 しかし、世界を蔓延る他5つの融合群体は、国を滅ぼしたらまた別の国へと移動を続けている。

 移動する度に地上のバグを吸収して勢力が増す融合群体は、時間が経つほど勝つのが困難となる存在だった。


 そんな世界戦争は今も尚進行中で、戦火を広げている。





 エルドラド王国、王都シヴァイ。

 外壁の外側では、ロウセンやゼットを中心としたブレイバー達が融合群体との決戦に向け、周囲に存在するバグの群れを殲滅する大規模作戦が遂行中。


 そんな中、これから始まる戦闘に備え、エルドラド城前にある広場では万を超える人々が集められていた。前に主力となるブレイバーと王国兵士が整列しており、その後ろには民衆が集まっている。

 集められたブレイバーの中にはサイカ達の姿もあるが、エムとルビーだけはこの場に来ていない。そして、2日前の夜にあったサイカ暴走事件が嘘だったかの様に、すっかり傷も癒えて元通りとなったシッコクやミーティアの姿もあった。


 その圧巻の光景を一望できる中心、エルドラド城の露台に王族が顔を出す。

 グンター王とその王妃、そして第1王子とソフィア第1王女。その後ろには大臣とバルド将軍、そして正装したリリムやケークンを含む近衛兵達の姿もある。


 まず王国兵士達が王国式敬礼。


 続いて、ブレイバー達も敬礼をしたが、サイカだけは先日の自分が起こした騒ぎの事を考えて上の空だった為、少し敬礼が遅れる形となった。


 あの日起きてしまったサイカの事件は、幸いにもいくつかの家屋の破損以外、犠牲者は出ていなかった為、『ミーティアとサイカの喧嘩が起因によるシッコクの制裁があった』とされた。

 ソフィア王女の協力もあって、今回の件は不問となったのだ。



 サイカ本人に至っては何も覚えていない為、周りに聞いてもはぐらかされてしまう。

 それどころか、何処か化け物を見るかの様な怯えた表情を浮かべる者も多く、余計にもどかしい気持ちを抱いてしまっていた。



 そんな複雑な心境に陥ってるサイカを余所に、国王直々の演説行事が進行していく。

 煌びやかで豪華な服装で、王冠を頭に掛けたグンター王が1歩前に出る。少し騒ついていた民衆も、これから王が何か喋る事を察して沈黙した。



 物音もなく、ひっ込むような静寂がじめじめと周りの世界に澱んだ。

 何も喋らないのかと誰もが不安になるくらい間を空けたグンター王は、ゆっくりと、そして力強く、その場にいる者全員に向けて言葉を放った。




「エルドラドは戦争において敗北を知らない。

 かつてのオーアニルとの戦争においても、バグなどという存在が無ければ勝っていただろう。


 だが、そんな戦いの歴史は、今日で塗り替わる。


 今日、諸君は文字通り世界で起きている未曾有の危機に直面するからだ。

 エルドラド、いや、人類史上かつてない規模の戦闘が起こるだろう。


 『人類』と言ったが、この言葉は今後、人間だけを示さなくなる。

 人間かブレイバーかなどと、些細な違いには構っていられなくなるのだ。


 我々は1つの目的のために団結する。

 我々は再び、自由の為に立ち上がる。


 これは、領土の奪い合いでも報復戦争でもない。

 この世界に生きる権利を守るために戦うのだ。


 今日の戦いに勝利すれば、我々人類が断固とした生存の決意を示した日として記憶される一日となるであろう。


 我々は戦わずして、滅びはしない。

 我々は勝利し、生存し続ける。


 戦場に赴く勇ましい戦士達よ。


 私はこの国の王であるという誇りを武器に……

 最後まで戦い抜く事をここに宣言する!」




 王がそう言い切った事で、王国兵士達が雄叫びを上げた。

 続いてブレイバー達も武器を天に掲げて叫ぶと、そこはまるで地震が起きたかの様な盛り上がりを見せた。


 しかし、騒いでいるのは王国兵士やブレイバーのみで、後ろにいる民衆は次々と不安の声を漏らしていた。

 戦う術を持たない人々が、逃げた方がいいのではないかと、そんな事をヒソヒソと話している様子がうかがえる。


 次第に「こうなったのはブレイバーのせいだ!」「あんな騒ぎを起こしておいて、信用できるか!」「バグに味方するブレイバーがいるんだろ!」と声を上げる者まで出てきてしまう始末。

 これは先日、サイカが街中で暴れていたのを目撃してしまった者達や、以前からブレイバー召喚に反対している者達が中心に上げている声である。


 それにすぐ気づいたソフィア王女が前に出て、

「お父様」

 と王へ声を掛けると、グンター王は頷いて後ろに下がった。


 王女が前に出てきた事で、騒がしかった戦闘員達は黙り、再び静寂が訪れる。

 おてんばな性格もあって、幼い頃から王都民と直接触れ合う機会も多かったソフィア王女は、王族の中でも国民からの信頼が厚い。


 そんなソフィア王女は間を空ける事なく、すぐに声を上げた。




「国民の皆さん、聴いて下さい。

 敵とするバグは、元を正せば、原因は私達人間にあります。


 私達は人間兵器として、ブレイバーを現界させ利用してきました。


 ブレイバーは人間では無いと考える者も多いでしょう。

 バグになってしまうブレイバー達を憎む者もいるでしょう。


 これは私達人間が始めてしまった恐ろしい輪廻です。

 打開策を得る為、ブレイバーに酷い人体実験をしていたと言う事実もありました」


 人体実験と言う言葉を聞き、その事を知らない者達が一斉にどよめいた。

 しかし、ソフィア王女は臆する事なく話を続ける。


「ですが、今となっては私達の生活を守ってきてくれたのもまた、ブレイバーなんです。


 私は、人間とブレイバーは、良き友として共存の道を歩んできていると信じていました。

 だから……私は悲しんでいます。


 ブレイバーだって、楽しい時は笑い、悲しい時は涙を流します。それはなぜでしょう?

 私たちの心は同じだからです。


 思い出して下さい、私たちにはともに笑い、泣き、悲しみ、喜べる時間があったはずです。

 親切にしてもらった事も、あるはずです。


 それが、人類を恨む一部の者達の暗躍によって、人類諸共崩壊させられようとしています。

 これは私達人間とブレイバーが、共存できるかどうかを試されている試練なのだと思います。


 お父様は共同戦線であると言っていますが、しかし此度の戦争相手はバグ。

 戦いの主軸となり命を燃やすのは、私達の命運を分けるのは、ブレイバー達なのです。


 今、こうしている間も、王都の外壁の向こうではブレイバー達が戦っています。

 なのでどうか、私からのお願いを聞いてください。


 決して、ブレイバーを恨まないでください。

 決して、これから戦場に出るブレイバーを蔑ろにしないでください。


 家族を、友人を、恋人を、守ってくれるブレイバーを……信じてあげてください。

 お願いします!」




 ソフィア王女が深々と頭を下げた。


 より一層静けさが増し、ソフィア王女の声だけが空にふわふわ漂ったような静寂が訪れる。


 やがて、民衆の中にいた男性の1人が、手を叩いた。

 それに釣られる様に、ぱちぱちと手を打つ音が静かな辺りに響きかえって、やがてそれはどしゃぶりのような拍手の嵐となった。


 ソフィア王女の演説が、民衆の心に届いたのだ。


 そんな惜しみない拍手に包まれる中、ブレイバーの整列の中にいたサイカもグンター王とソフィア王女の演説を聞いて、心の中でモヤモヤしていた事が少し晴れた気がした。



 ――くよくよしていても仕方が無い。気持ちを切り替えないと。



 そう思うも、やはりどうしても、何があったのか知りたい。

 そんな気持ちが、サイカの完全な気持ちの切り替えまではさせてくれない。


 だからサイカの目の前に、シッコクの背中があるのは運が良かった。


「シッコク」


 名前を呼ばれ、隊列の一番前にいるシッコクは振り向く事なく返事をした。


「なんだ」

「教えてくれ。あの時、あの場所で、何があったんだ。シッコクも怪我をしていただろう」

「…………」


 シッコクはしばらく黙り、何かを考えている様子だった。


「なんでみんな、何も教えてくれないんだ」

「お前は……バグになった」


 やっと聞けたその説明に、サイカも薄々そうなのではないかと考えていた事が確信へと変わる事となり、一瞬、バグになった自分を想像して思考が固まってしまった。


「そう……だったのか……」

「だからどうした。元に戻ったのであれば、それでいいだろう」

「……どうだった? その時の私は」


 それ以上、シッコクが答えてくれる事は無かった。

 やがてサイカの気持ちとは裏腹にお腹が空腹の太鼓を鳴らした頃、民衆の拍手も鳴り止み、王族による演説は幕を閉じた。




 そんな演説の様子を、近くの城壁の上で座って眺めていたルビーは、左目の眼帯を触りながら迷っていた。

 この国を守る為に、人類存続の為に、己を削って戦うべきか否か。それとも1人でここから逃げ出してしまおうかとも、様々葛藤が生まれてしまっていた。


 ルビーがそうやって、大鎌を抱きかかえながら集まっている者達を傍観していると、城壁上の回廊をエムが歩いて近づいて来た。

 横目でそれを確認したルビーが口を開く。


「あんたがサイカを止めたんだって?」

「うん」

「やるじゃない。もしかしたら、私達の中で一番成長したのはあんたかもしれないわね」

「そんな事……」


 ルビーは立ち上がり、エムの前まで移動すると大鎌の柄で床を叩きながら言った。


「それで、私に何の用?」

「ルビーは戦わないの?」

「私が? 何で?」

「……ルビーは強いから、僕は、ルビーも戦ってくれたら心強いと思う」


 必要だと言われて、ルビーはなんとなく愉快な気がしないでもなかった。

 少しだけ頬が緩んでしまいそうになったが、ぐっと堪えたルビーは、顔を横に振って気を取り直す。


「バッカじゃない。私は消えたくないの。まだやりたい事があるのよ。あんた達と一緒にしないで」

「ダメ?」

「くどい。……それよりも、やっとその杖、使ったんだってね。しかもサイカに」

「うっ……うん」


 エムが今手に持っている大きな杖、その本質を見抜いていたルビーは、エムがそれ暴走したサイカを殴り飛ばしたと聞いて嬉しくもあった。


「それで、やばい物だってのは分かるけど、何なのその杖。普通じゃないわよね」

「えっと……僕の夢世界のレア装備ってやつなんだけど、それだけじゃなくて、僕の夢主が、その、丹精込めて鍛え上げたボス特化武器。しかも、超強力な打撃特化。サーバーに1つしか無いネタを極めた武器なんて言われてる感じで」

「へぇ。ってことは、相手が強者であれば、その杖は威力が増すって訳ね」

「うん」

「……それで、私を殴って見なさい」

「へ?」


 突然殴れと言い出したので、驚いてきょとんとするエム。

 冗談を言ってるのかと思いきや、ルビーの表情を見れば本気なのだと分かる。


「いいから、殴れって言ってるの。ほら」

 と、少し笑ってる。


 この人は頭がおかしいのではないかと思いながら、エムはぎゅっと杖を両手で握り締める。


「いいの?」


 ルビーは頷いた。

 なのでエムは杖を更に強く握りしめ、先端にある宝石が光を放った。


 そしてエムは、目を瞑って杖を大きく振りかぶり――



 ルビーの顔を横から殴った。



 ガンと言う鈍い音と、エムの手に強烈な振動が伝わってきた。

 本当に殴ってしまったと、エムは恐る恐る目を開けて状況を確認する。


 そこにルビーは立っていた。


 強くぶたれたルビーの左頬の皮膚は、ぴりぴりと細かく震えて、彼女は手でそこを撫でている。

 無事である事に思わずエムは肩の荷が下りたようにほっとしたが、殴られたルビーはなぜかしおらしい眼差しをしていた。


「ご、ごめん!」


 エムはペコペコと頭を下げて謝罪する。


「……私もまだまだって事か」

「あーいやいや! これは違くて! ルビーはボスじゃないと言うかなんというか! 強大な悪い奴じゃないとダメで! たぶんそんな感じで!」


 エム本人も、この杖がこの世界の何に対して有効なのかよく分かっていない。


「そう……それは、納得できないわね」

「えっ?」

「もういいわ」

 と、ルビーはエムに背中を向ける。


「え、ちょ、ちょっと! あっ……」


 そのまま、エムを置いてひょいっと城壁から飛び降りて、町の中へと消えて行った。大きな鎌を背負ったその小さな背中は、何処か寂しそうである。

 結局ルビーを説得できず、彼女の気持ちも分からないまま行かせてしまい、エムはやりきれない虚しさに捉えられる。


 俯くエムに、近付く2人の影があった。


「エム」

 と、サイカが呼ぶ声がしたので、振り返ればそこにはサイカとマーベルが立っていた。マーベルは手に膨れた紙袋を大事そうに持っている。


「サイカ……」


 サイカの顔を見ると、一瞬だけ、あの恐ろしい姿となったサイカがフラッシュバックしてしまう。

 何と言えば良いのか言葉が思いつかないエムを前に、サイカは言った。


「エム。今回の戦い、エムには――」

「僕は戦うよ」

「エム!」

「だって、僕がいないと、サイカがまた正気を失った時、止めてあげられない。次は取り返しのつかない事になる」


 エムが力強い眼差しでそう言ってきたので、サイカは胸を鋭いもので貫かれるような衝撃を感じてしまった。だから何も言い返す事が出来なかった。


「ちょっとエム! 何もそんな言い方しなくても!」

 と、マーベルがエムを注意した。


 しかしエムの決意は変わらない。


「事実なんだ! サイカはいつも無理するから! マザーバグの時も! キャシーと戦った時も! サイカはいつだって1人で犠牲になって、勝手に1人だけ特別になって、遠い存在になっちゃうから! 今度こそみんなでサイカを守ってあげないとダメなんだ!」


 そんなエムの言葉は、今まで様々な事を経験して成長してきたという証でもあった。

 マーベルは隣で動揺を見せているサイカに向けて言う。


「もう泣き虫エムじゃないみたいよ、サイカ」

「……分かった。私のこと、頼む。私がバグになったら、また殴ってくれ」


 エムが戦場に出る事を、ついに認めてくれたサイカを見て、嬉しくて涙と笑顔が同時に出そうになるエム。それはマーベルにとっても微笑ましい光景であった。



「ふふっ。それにしてもエム。その杖、殴り特化なんて聞いてないわよ。なんで隠してたの」

「あ、えっと……実は、ちゃんと使うのあれが初めてで……」

「初めて!?」

「……うん」


 とても危険な挑戦をした事を知り、開いた口が塞がらないマーベルだった。


 そこへ、もう1人やって来た者がいた。

 上手く動かない右脚を庇いながら歩く鎧姿の金髪剣士。背中には赤と青のツインエッジを背負ったミーティアである。


「サイカ、調子はどう?」


 ミーティアが来た事と、同時に右脚を引き摺ってる事に気付いてしまったサイカ。


「私は平気。ミーティアこそ、その脚……」

「派手に怪我したから、まだ再生が追いついていなくて……」

「ごめん」

 と、顔を俯かせるサイカはミーティアの顔を見る事ができない。


「気にしないで。私の未熟さゆえの怪我よ」


 この場の誰よりもミーティアがどの様に怪我をしたのかを知っているマーベルは、彼女にそっと近づいて左手を握った。

 サイカの鋭い爪に貫かれ、肩から切断されたその腕は、見た目こそ元通りになっているものの、違和感がある。


「握り返して」

 と、マーベル。


 だが、ミーティアの手に力が入る事は無かった。


「やっぱり。腕も使えないのね」

「……剣が1本使えないってだけよ」


 視線を逸らすミーティア。


「そんな身体で、戦うつもり?」

「戦わないといけない場面でしょう」


 そう言って負傷者の目の光とは思えないほど鋭い眼差しをマーベルに向けるミーティア。

 マーベルは、何も言い返す言葉が見つからなかった。


 そこへサイカが前に出る。


「こうなったのも私のせい……なんだな」

「違う! あれはサイカじゃない! 違うの!」


 ミーティアはいくら言葉を重ねても言葉にならない焦燥が、頭の中でぎりぎりと軋みまわり、まるで怒っている様にも見えた。

 そんな中、城壁が繋がった見張り塔から男の声。


「その程度で、戦力外とするほど甘くは無い」


 見れば、今度はシッコクがそこに立っていた。後ろにはエオナもいる。

 いつから今の会話を聞いていたのかは分からないが、シッコクは王が演説するよりももっと前から、ミーティアが腕と脚に異常が出ている事に気付いていた。そうであるにもかかわらず、シッコクはそれに触れず、彼女が戦いに出るのを止めようとはしなかった。


「シッコク様……」

 と、ミーティア。


「今回の戦いは総力戦になる。怪我をしてようが、正気を失おうが、指の1本が動かなくなるまで戦い続けなければならない。それがブレイバーの責務だ」


 シッコクの言葉は、それだけの覚悟が強く表れていて、誰も反論できなかった。

 そこでサイカは、改めてミーティアの前に立ち、口を開いた。


「ミーティア、こんな事になってしまって、本当にごめん」

「サイカ……」

「私がミーティアの分まで戦うから」

「ずるい。貴女はいつもそう。この前だって私にトドメを刺せたはずなのに、貴女はそうはしなかった。そうやって、弱い私を助けようとしてくれる。ただ夢世界で少し付き合いがあるってだけなのに」

「少しじゃない! 少しとか言うな! 夢世界で私とミーティアは、私達の夢主は、いつも共にいたんだ。どんな時でも一緒に笑っていた。それを少しだなんて言葉で片付けないでくれ!」


 サイカはキクイチモンジを腰から鞘ごと取り、ミーティアに見せつけながら続けて言う。


「この刀は私と貴女との友情の証。ミーティアの一部。この刀で、私が一番前で戦うから。ミーティアは一番後ろで待っててくれ。それでもいいだろ、シッコク」

 と、サイカはシッコクを見る。


「参加を強要するが、元からそのつもりだ。最前線に足手まといはいらないからな」


 ミーティアにとって、サイカとシッコクの意思は嬉しくもあり悔しくもあり、頭の中に集まってくる蜘蛛の巣のようないろんな感情が、彼女の涙となって瞳から零れ落ちた。


「サイカ……シッコク様……ありがとう……ありがとう……」


 最初の涙がこぼれてしまうと、あとはもうとめどがなかった。

 子供のように顔を歪めて泣くミーティアは、王国の為に戦う騎士として気高くあろうと頑張ってはいるものの、この場の誰よりも自身の消滅を恐れている女性である。その涙の理由は、サイカも理解できた。



 ぐうううううう。



 そんな時、再びサイカのお腹が情けない音を発すると、マーベルは先ほどから抱えている紙袋の存在を思い出す。


「ほらサイカ。これ食べな」

 と、乾パンが大量に入ったその袋を、サイカに手渡した。


 サイカはむしゃむしゃ馬みたいにパンを食べ、その食いっぷりは、まるで彼女の胃がブラックホールにでもなってるかの様だ。

 そんな緊張感の欠片も無くなった姿を見て、周囲にあたたかい灯りがともったような気がした。



 そうやって、皆が戦いに向けての決意を更に強固なものとする。

 来たるバグの融合群体襲来に向け、それぞれのブレイバーが動き出す。ある者は眠り、ある者は空を見上げ、ある者は思い出話に花を咲かせた。


 慌ただしくも悲壮感溢れる王都シヴァイに、不気味な静寂が今にも破裂しそうな気配をはらんで、風船のようにふくれ上がっていく。


 そんな町の雰囲気を味わいながらも、城壁の回路の上で、サイカ、エム、マーベル、ミーティア、シッコク、エオナ、それぞれは冗談とも本気ともつかない気楽に取り交わされた会話があった。

 決戦前とは思えないほど、他愛ない話題ばかりだけれど、話題なんかどうでもいい。口と耳と皮膚と目と匂い。サイカにとって、五感を確かにくすぐるほど傍にいることが、大切と思える時間となった。



 ――いつまでもこんな時間が続いて欲しい。



 サイカの胸にそんな思いが芽生えた頃、まるで神様が悪戯するかの様に邪魔が入ってしまう。

 ただマーベルだけは、先日のサイカ暴走事件の際、シッコクがサイカにしたとある行動が気掛かりで、何度も彼の籠手をチラ見していた事に誰も気付いていない。


 見張り塔から急ぎ足で駆け寄ってきた王国兵士が、シッコクの横で跪く。


「シッコク様、お時間です。出立の指揮を」


 和やかな顔を見せていたシッコクは、たちまち怖い顔に戻り、そして頷く。


 今回の戦い、融合群体の防衛に投入されるエルドラドの戦力は、全体の8割。後方支援を行う10万の王国兵士軍の指揮を任せているのはバルド将軍。そして要となるブレイバー大隊、約700名を指揮するのはシッコクとされている。

 その700名の中に、サイカ達も含まれていた。




 間も無くして、エルドラド軍の行進があった。

 エルドラドで一番の面積を誇るこの町は、3層の外壁に囲まれながら、いくつもの城下町によって構成されている。そこで一番外側の壁にある正門まで続く大通りを、エルドラドが戦場に送り出す戦士達が行進していく。


 その中でも大型機械人形などと呼ばれるロウセンやゼットはその巨大さから一際目立っていて、白い装甲を輝かせたロウセンがエルドラドの国旗を掲げて先頭を歩き、四足脚でホバー移動するゼットが最後尾をゆっくりと進んでいた。

 ゼットの前には、キャタピラで移動する長い砲台を武装とした見慣れぬ大きな鉄の箱のブレイバーもいる。


 ブレイバー大隊がロウセンの後ろを歩き、その中で慣れない足取りで共に歩くサイカ。

 いちいち数えるのも面倒なほど沢山の民衆による声援を受け、あまりの緊張、あまりの恥ずかしさ、あまりの不安、恐怖に、くらくら目まいがして、どちらかと言えば夢の中にいるかの様な感覚に襲われた。


 見れば、全員が激励してくれている訳では無く、家族や恋人を想い泣き崩れている人もいた。何か恨み事があるのか怒りの目をギラギラさせている人もいた。

 十人十色、様々な想いが、この大通りに長いトンネルでも作っているかの様な、そんな雰囲気がある。



 ――みんなは、どんな事を考えているのだろうか。



 サイカはそう思いながら、空を見上げる。


 風は弱く雲が多め、青空も少し見える。そんな透明度の高い空は、遠くの景色さえももクリアに見え、これから戦場に行くとは思えないほど不思議な景色だった。





 そんな軍事行進を後方から見る事が出来て、演説も行われたエルドラド城の露台には、グンター王とソフィア王女がいた。

 一部の近衛兵と共に、戦場に向かう彼らを見送っていたソフィア王女が祈る様に言った。


「どうか生きて、帰って来てください」


 グンター王もまた、険しい目で眺めていたが、後ろから大臣が近づいて来た事に気付き、振り返る。


「返事はどうだ」

 と、グンター王。


「はい。和の国ヤマトは『協力を惜しまない』と、今後将来の同盟を条件に精鋭ブレイバーの派遣と結界技術の提供をしてくれるそうです」

「ほう、デュスノミアバグを耐えたというヤマトが協力してくれるのでは有り難い」

「しかし、そのデュスノミアバグを撃退したオズロニア帝国は『無用』との返答で、単独でバグの国へ進軍を開始した模様です」

「……愚かな国だな。それで、オーアニルの空の魔女はどうだ」

「まだ使者として送ったブレイバーが戻っておりません。定刻を過ぎているので、最悪の事態も有るかと」


 大臣が言う最悪な事態と言うのは、先のケリドウェン勢力との衝突を理由に報復を受けた可能性である。


「ふむ。反撃の準備は順調と言う訳にはいかないな。その他の国にも出来るだけ多く使者を送れ。それと、例の彗星の如く現れ危機を救うという黄金鎧のブレイバーの行方も追うのだ」

「畏まりました。すぐにでも」


 グンター王も、着々と今後の準備を整えつつあるが、それもこれも、まずは今回の戦いに勝つ事が最低条件である。

 だからこそ、一連の会話を聞いていたソフィア王女は、最後まで軍事行進を見届けた。






 その頃、エルドラドのミラジスタから北西。

 高い山々に囲まれた平地に、樹海と呼ばれる大森林があった。森林はどこまでもどこまでも続き、豊饒というよりも無造作に、枝々は幾重にも折り重なり、法則もなく長く長く伸びている。


 ここを抜ければ王都シヴァイへの近道ともされる場所であるが、磁力を帯びた岩石が無数にあるせいで、ある程度知識が無ければ方向感覚を失い二度と出る事が出来ないとも言われている場所だ。

 そんな場所を、酷くボロボロになった黒ドレスを着た銀髪の女が疾走していた。


 キャシーである。


 ミラジスタで脱走した際、キャシーは100人斬りを成し遂げるほどの暴れっぷりを見せたが、さすがに簡単に逃してくれなかった。アーガス兵士長の的確な指揮と、彼自身もブレイバーの武器を借りて攻撃する芸当を見せ、更にはサダハルという足元にも寄れないほど上手に魔法を使うブレイバーにも阻まれ、キャシーはとことん追い詰められた。

 そんな中を潜り抜け、やっとの思いでミラジスタの町を抜け出したキャシーは、数々の追っ手を返り討ちにしながらもようやくこの大森林まで逃げ延びて来ていたのだ。


 樹木つづきの緑の海を器用に走るキャシーを、後方から反重力装置が搭載されたフローティングバイクが高速移動する光と音。

 バイクに乗っているブレイバーは、深緑のパワードスーツとフルフェイスヘルメットで身を隠した男、エドワード。


 エドワードはバイクを自在に運転して、逃げるキャシーの背中を捉えると小型プラズマガンを片手に取りそれに向けて発砲。

 濃縮されたプラズマ弾が、樹木の間をすり抜ける。


「ちっ! しつこいわね!」

 と、キャシーは振り返りながら、硬化させた手でプラズマ弾を受け止める。


 衝突により弾のエネルギーが拡散された衝撃で、キャシーは吹き飛ばされ、樹木に衝突して止まった。


「くっ!」


 エドワードは動きが止まったキャシーに対して、次々とプラズマ弾を連射してきた。

 横に飛び、樹木を盾にしてプラズマ弾を避けるキャシー。


 バイクの光はキャシーに必要以上近付こうとはせず、するすると回り込み、それを操るエドワードはプラズマ弾を放ってくる。

 卓越したエドワードの戦闘技術に対し、焦りを見せるキャシーは逃げる事を諦め、プラズマ弾を回避しながら反撃。


 氷の刃を飛ばしてバイクで動き回るエドワードを狙うも、シールドで守られており、氷は通らない。


 生い茂る草木でかなり視界が悪いが、エドワードが頭に装着しているヘルメットは、赤外線を視認しやすい視覚に変換する機能がある。それに加え、サーモグラフィーやズーム等の機能も搭載されている事で、隠れるキャシーを見失う事が無い。


 そんな相手に対し、キャシーは高々と飛躍、樹木を踏み台にして不規則な動きを行う事で、プラズマ弾を巧みに回避。射撃の精度を高める為にエドワードがバイクの速度を緩めたところを狙い、キャシーは氷の剣を持ち頭上から飛び掛かった。

 エドワードのシールド装置が再び発動、バリバリと音を立てて火花を散らす。強力なシールドであるが、キャシーはその半透明で丸いガラスの様なシールドを何度も斬った。


 その攻撃によりシールドに亀裂が入って行くが、あと少しで割れそうな時、プラズマ弾がキャシーの胸に直撃、キャシーが吹き飛ばされ、再び樹木に背中から衝突する事となった。

 今の一撃で、エドワードが持っていたプラズマガンはエネルギー切れを起こした為、それを投げ捨てる。そしてバイクから降りながら、右腕のガントレットからリストブレイドを出した。


「身体を自在に硬化させるとは、芸達者だな」


 エドワードがそう言うと、キャシーは嬉しさに動かされて反射的に微笑んだ。


「ブレイバーには、稀に貴方みたいな奴がいるから面白いわ」

「そりゃどうも。アーガスから殺して良いと言われてる。大人しく消えろ」

「やれるもんならやってみなさい」


 そう言って、キャシーは身体をバグ化させた。

 真っ黒な細長い身体、猫の様な頭に両手両足を鋭い刃物の形に変化させ、その美しいフォルムはまるで全身が武器の様な姿だ。


 そこから瞬きする間もないほどの動きで、キャシーはエドワードに斬り掛かっていた。

 彼女の刃は、樹木を一刀両断してしまう程の威力。それが両手両足に4本もあるのだから、とてつもない攻撃である。


 エドワードのシールドはあっと言う間に砕けた。

 しかし、エドワードもその動きに負けておらず、リストブレイドを自在に振り回し対抗。互いに周囲の樹木を薙ぎ倒しながらの激しい戦闘が行われた。


 キャシーの攻撃が掠っただけでヘルメットのガラスが砕かれ、エドワードの片目が見えた。その際に発生したキャシーの一瞬の隙を見逃さなかったエドワードは、左手にプラズマランチャーを召喚。それを至近距離で発射した。

 いきなり目の前で白い爆発が起きたかの様な明るい光、そして濃縮エネルギーが解放された衝撃が、キャシーを吹き飛ばした。


 受け身を取って着地したキャシーに、続けて放たれた2発目のプラズマ弾が着弾。よろめくキャシーに3発目、4発目とプラズマ弾を炸裂させた。

 エドワードが連射するこのプラズマ弾は、本来であれば1撃でバグを木端微塵とさせるものだが、バグ化したキャシーは耐えている。しかしバグ化しているその身体は着々と削られていて、彼女のコアが少し顔を出す事となった。


 プラズマライフルのエネルギーも全て使い切る頃には、キャシーもさすがに弱っている様子だったが、エドワードは手を緩めない。

 リストブレイドを格納した後、両手にプラズマキャノンを召喚。


 巨大なそのキャノン砲は、キャシーを吹き飛ばす為に長いチャージに入った。


「終わりだな」

 と、エドワード。


 だが、キャシーは笑っていた。


「周りをよく見たら?」

「なに」


 エドワードはこの樹海がバグの巣窟となっている事を知らなかった。

 プラズマキャノンのチャージを行いながら周りを見渡せば、ギラギラとした無数の赤い目に取り囲まれている。


「くそっ!」

 と、エドワードがプラズマキャノンの銃口を移す。が、間に合わなかった。


 樹海に潜んでいた大小様々な形をしたバグの群れが、一斉にエドワードへ襲い掛かる。

 キャシーの追っ手としてミラジスタから送り込まれたブレイバー集団の最後の1人、エドワードは大健闘の末、敗れた。




 大量のバグに囲まれ、消滅するエドワードを見届けたキャシーは、虚無的に歪んだ笑いを浮かべる。


「本当に惜しい。貴方が1人でなければ、ここが樹海でなければ、私に勝てたかもしれないわね」


 そう言い残し元の姿に戻るキャシーは、ブレイバーでは無い為、服の再現はされず裸だった。

 キャシーは助けてくれたバグの群れの内1体の頭を撫でた後、気を取り直して走り出す。彼女には樹海に潜んでいた数百のバグを引き連れ、樹海を抜け、岩肌をむき出しにした小高い丘を登った。



 彼女の目の前で、今正に王都シヴァイに向けて進行中の融合群体が広がっていた。人類にデュスノミアバグと名付けられた其れは、かすかに赤色がかった真っ黒な雲のようであり、あるいは、よじれた腸管のように気味悪くうごめいている。

 キャシーにとって、それは夢を見ているかの様な、拍手でも送りたくなる見事な景色。だから笑いが込み上げてしまった。


「ふふ。あはっ、あははははははは! 良いわレクス! 素晴らしいプレゼントよ!」


 眩しいばかりに白く研ぎ澄まされた女体を晒したまま、こみ上げてくる子供のような笑い声でいつまでもおかしそうに笑ったキャシー。

 空一面を覆い尽くす融合群体を抱きしめたい思いを、彼女は両手を広げ身体いっぱいで表現した後、お腹がよじれそうなほど思いっきり笑う。


 キャシーの笑いが徐々に収まった頃、着々と集まってきたバグの群れの中心で、

「感じる。スウェンは王都にいる。待っててね。今、この子達と一緒に迎えに行くわ」

 と、勝利を確信とした言葉を口にする。


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