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ログアウトブレイバーズ  作者: 阿古しのぶ
エピソード3
61/128

61.刄<‥σΩ-始

 アリーヤ共和国の港町オトランテッレから北西へ進んだ先、首都キロザヴィルという巨大都市があった場所にレクスとアヤノはやって来た。


 キロザヴェルの空を覆っていた巨大な黒い雲。

 そんな雲のすぐ下を移動していたアヤノの目には、その雲が普通の雲で無い事はすぐに分かった。


 通常、雲と言うのは大気中にかたまって浮かぶ水滴または氷の粒だが、この雲に見える物は何かがうごめいている。

 赤い目の様な物や、手の様な物も見えた。


 そう、この1つの都市を覆い尽くす程のこの巨大な何かは、空中で融合したバグ。

 気味の悪いバグの融合群体だ。


 アヤノが地を見渡せば、首都を徘徊するバグの一部が宙に浮き、融合群体に吸い寄せられるのが見えた。


「これも子供達?」

 と、アヤノがレクスへ疑問を投げる。


「そうだよ。私が大切に育てた可愛い子供たちさ。大きく育ってくれた」

「凄い!」

「よく子供たちを見てごらん」

「え?」


 レクスに言われて、アヤノは地上を徘徊するバグや、融合群体に吸い込まれて行くバグを見る。


「子供たちの色が違うだろう」

「言われてみれば……」

「紫はまだ未熟。強ければ強いほど真っ黒に染まって行くんだ」

「なるほど。お兄ちゃんは真っ黒だから……強いってこと?」

「王である私に聞くか?」

「へへ。そうだね」


 そんな会話をしていると、エルドラドの首都よりも遥かに広大な首都キロザヴィルの中心に、巨大な宮殿が見えた。


 その入口に着地すると、

「さぁおいで」

 と、レクスがすいすいと中へと入って行ってしまった。


 アヤノも後を追うと、神々の壁画が描かれた高い天井に長い廊下。

 その先には礼拝堂と思われる広い部屋へとやって来た。


 そこでは見るからに強そうなバグが4体。


 翼が生えていて、まるで鎧を着た女性の様な形のヴァルキリーバグ。

 腐敗して皮膚が溶けたゾンビの様な腐ったブレイバーを周囲に従え、その中心で非常に背が高く、痩身で、不自然に長い腕を持ったネクロバグ。

 巨大なチンパンジーの様な醜い容姿に、異常に太い2つの腕を持つグレンデルバグ。


 そして礼拝堂の中心では、オーアニルで伝説と謳われた赤く巨大なホープストーンと融合して、無数の触手を生やしたマザーバグがまるで大樹がそこにあるかの様に床へ根付いていた。

 4体とも無機質で真っ黒であり、先ほどのレクスの説明でもあった様に、相当な強さを持つバグである事が分かる。


 アヤノにとってその4体は、最も頼もしい味方に感じられた。


 まず、一番目立っているマザーバグへ目が行くアヤノ。


「お母さん?」

「姿形こそは母さんだが、あれは父さんが生んだ模造」

「どう言う事?」

「この世に産まれるバグは全て、父さんの願望と、ブレイバーの心が形となった姿さ。こういう事はよくある。本当の母さんは……ブレイバーの手によって消された」


 レクスはアヤノへ説明をしながら、不規則に動きながら4体のバグを見回し、やがてマザーバグの前で止まって振り返った。


「アヤノ。幕を開けるよ。準備は良いかい?」

「はい!」

「良い子だ」

 と、レクスは礼拝堂の中を軽快に飛び回り、天井に並んだ風窓の1つから外へと出て行った。


 その様子をマザーバグ以外のバグが、それぞれひれ伏して見送った為、アヤノも真似をしてとりあえず身を低くした。

 レクスがいったい何をしようとしてるのか、言葉を交わさずとも何となく分かってしまう。




 レクスは礼拝堂の上空へと移動して、舞い踊った後、実体の掴めない全身を膨脹させ巨大な手を2本生やす。


「正しい生のためにでも死ぬ生は無い。情け深い生のためには、進んで死ぬ生もあるだろう。私たちがまだ罪であったとき、母が私たちのために死んだことにより、神は私たちに対する愛を示す」


 レクスは両腕を左右に広げ、融合群体を見上げる。


「私たちが自分の罪を言い表わすなら、神は真実で正しい方ですらその罪を赦し、すべての悪から私たちを清めてくれる。罪から来る報酬は死。しかし、神がもたらす賜物は、私たちの生に対する永遠の命だっ!」


 そうやって呪文めいた事をレクスが言い切ると、それに反応する様に空を覆っていた融合群体がうごめいた。


「さあ行け子供たちよ! 万物の霊長は我ら! 今こそ悪しき生に報いを与える時だ!」


 指示を受け、融合群体が動き出す。

 7つの群体に分裂して、1つは頭上に残り、他6つはそれぞれが別々の方向へと移動を開始した。


「キャシー姉さん、私からのせん別だ。受け取っておくれ」




 レクスが空でそんな事をしている間、礼拝堂の中ではアヤノが落ち着かない様子を見せていた。

 周囲にいるバグは何か言葉を発する訳でもなく、ただひれ伏している状態が続いているが、痺れを切らしたアヤノが話を振る。


「あの」


 しかしバグ達は無反応。

 レクスと違い、言葉を発して会話ができると言う訳では無い……と思われたが、ヴァルキリーバグだけが反応してくれた。


「冥魂。ワタアメ姉様に会った事はあるな?」


 口の無いヴァルキリーバグの声は、レクス同様に頭に直接響いてくる様な、不思議な声だった。バグに性別の概念があるのかどうかは不明だが、ヴァルキリーバグは『女性』である事はすぐ分かる。


 そしてアヤノはいきなり質問を投げられた。

 しかもワタアメという名を出された事で、アヤノは夢世界で何度か関わったワタアメとの思い出す事になる。同時に、ワタアメが姉さんである事もすぐに理解できてしまった。


「ワタアメ姉さん? えっと……はい。ゲームで何度か」

「何を考えているのか分からず、我らとは少し違っていた姉様は、王となる兄様を裏切り、この計画を破綻させようとした。我にはなぜその様な事をするのか、理解出来なかった。だから助けてやる事も……できなかった」

「そんなの当たり前です! 例え姉さんだとしても、神に背くなんてどうかしてる!」

「……兄様の種か。可哀相に」

「え?」


 そこまで話した所で、ヴァルキリーバグは黙ってしまったのは、レクスが戻ってきたからである。

 融合群体の侵攻開始を見届けたレクスは、アヤノがヴァルキリーバグと会話をしている事に気づきながらも風窓をするりと通ってマザーバグの前に移動。


「ヴァルキリー、キミは本当にお喋りが好きだな」

「失礼しました。久しぶりだったもので」

「許そう。ワタアメ姉さんは……冥魂であったアオイを失って、変わってしまった。だからこそ、今回の媒界計画は成功させなければならない。アヤノ」


 レクスに呼ばれ、アヤノは立ち上がりレクスの元へ近づく。

 すると、レクスの背後にいたマザーバグの触手が2本するすると伸びてきて、アヤノの身体を包んだ。


「そんなに緊張しなくていい」

「う、うん」


 アヤノは触手に持ち上げられ、そのままゆっくりとレクスの頭上を通り、赤いホープストーンの前まで移動した。


「父さんは永遠の同伴者を必要としている。自分の悲しみや、苦しみを分かち合い、共に涙を流してくれる母のような同伴者を求めているのだ。アヤノ、キミは選ばれた冥魂。恐れる事は何も無い」


 まるで十字架に吊るされたかの様に、アヤノは両手を横に伸ばされ、足を揃えて触手によって向きを変えられながら、背中からホープストーンへ入っていく。

 じわじわと、アヤノの身体は中へと埋まっていった。


 痛くも無く、不思議な温かさに包まれ、恐怖どころか快感を味わうアヤノ。

 やがてアヤノは完全に巨大なホープストーンの中に入ってしまい、それを目の前で見届けたレクスは振り返った。


「ヴァルキリー、ネクロ、グレンデル、後の事はお前たちに任せる。クロギツネ達と子供達を上手く使い……破滅の協奏曲を奏でよ」


「はっ」

 と、ヴァルキリーバグが反応する横で、グレンデルバグだけは唸り声を上げていた。


「許そうグレンデル。世界は滅び、我らの楽園となるのだ。好きに暴れて来い」


 レクスの許しを得た途端、グレンデルバグは大きく飛躍して、天井に穴を開けながら外へと飛び出して行ってしまった。

 それを見たヴァルキリーは再度確認をする。


「良いのですか?」

「元々、グレンデルとはそういう契約さ。ヴァルキリー、この地の子供達を治めたお前の力、期待している」

「仰せのままに」


 そしてレクスは、アヤノの後を追うようにレッドホープストーンの中へと消えて行った。


 残されたヴァルキリーバグは立ち上がり、隣にいるネクロバグに話し掛ける。


「ネクロ、汝はどうする?」


 しかし、ネクロバグは何か言葉を発する事もなく、腐敗したブレイバーを引き連れながら礼拝堂を出て行ってしまった。

 だがヴァルキリーバグには、ネクロバグが何をするつもりか理解できる。


 ネクロバグは『好きにする』つもりらしい。


 次に、ヴァルキリーバグはマザーバグの前まで移動して、その触手を手で触りながら話し掛けた。


「マザーよ。汝は模造である事を不幸と思う必要は無い。我らは運命共同体。共に終末を成し遂げよう」


 マザーバグも言葉は発しないが『この場から動けない』ので不安を抱いていて、そして『申し訳ない』と思っている様だ。


「案ずるな。ここは我が守る。誰1人として礼拝堂に立ち入らせる事は無いだろう。だからマザーよ、汝はホープストーンの制御に集中するがいい」


 そう言ってマザーバグを安心させたヴァルキリーバグは、翼を広げ、先ほどグレンデルが空けた天井の穴から外へと出る。

 いつの間にか都市を自由に徘徊していたバグ達が群れを成し、宮殿付近へと集結して来ていた。見れば、近くの建物の屋上にクロギツネ5人とその配下のブレイバー達の姿も見える。


 ヴァルキリーは宮殿の上空で、首都キロザヴィルのバグに埋め尽くされた風景と、侵攻を開始した融合群体の行方を見ながら……ついに戦いが始まったのだと、実感めいたものを感じた。

 そしてヴァルキリーバグはすぐに神々しく翼を広げ、手に持っていた漆黒の剣を天に高々と掲げ、大声を上げた。


「聞け! 神の子供達よ!」


 ヴァルキリーバグの声は、この場にいる溢れんばかりのバグだけでなく、世界中に存在するバグに向けて声を響かせる。


「これより世界戦争が始まる! 弱き者は消え、強き者が残る。我らは神の子供達としてそれを選別する権利を与えられた! 弱き者を決して許すな! 強き者には勇敢に挑め! これは神託である!」


 まるで獣の様な雄叫びが響き渡り、バグ達の士気が上がった事が目に見えて分かった。

 クロギツネの5人だけは、奮い立つ様子も無くただ冷静にそれを眺めている。中心にいるヴァルキリーバグもまた、2つの宝石の様な目だけで口が存在しない為、どの様な顔をして今の言葉をバグへ発したのか、読み取れなかった。


 ――さあ、まだ見ぬ戦士達よ。この終末に抗って見せよ。


 それはヴァルキリーバグが最も期待している事である。






 その数日後、エルドラド王国の港町モンダ。

 アリーヤ共和国からの避難民を多く受け入れ、今でも避難民が溢れ、食糧不足が懸念されつつある。


 そんな町で幸いだった事は、漁業が盛んな町という事だ。

 今日は多くの漁船が海に出ていて、沖合で大量の魚が引っかかった網を引き寄せる若い漁師が1人、周囲の魚が何やら騒がしく飛び跳ねている事に気づいた。


 続いて、少し大きな波が立て続けに船を持ち上げた後、急に波がピタッと止める。

 もう5年はこの町で漁師をやっている彼にとっても、初めて見る海の異変に不安を感じ、波が来るはずの方角を見る。


 西の空、アリーヤ共和国がある方角。

 遠くの空に巨大な黒い雲が見え、着々とこちらに近づいて来ている。


 雨雲にも見えるが、風を読み雨を予測する漁師達にとって、今日は雨が降る気配は無かったはずだ。

 その為、最初に気づいた若い漁師が口を開いた。


「親父!」

「なんだっ!」

 と、獲れた魚を氷が入った木箱に入れる作業をしていた中年男性が振り向く。


 そして前方に見える黒い雲を見て、目を見開いた。


「……こいつは……なんだ?」


 かなり速くこちらに向かって接近してくるその雲は、やはり雲と言うにはあまりに不自然であり、まるで巨大な生き物の塊である。


「ど、どうするよ親父」


 息子が冷や汗を流し、声を震わせてそう聞いてきたので、

「どうするったって……胸騒ぎしかしねぇよ! 急いで港に戻るぞ!」

 と、慌てて帆を開き、都合良く港方面に向かって強風が吹き荒れたのでそれに乗っかる事となった。




 アリーヤ共和国の方角から突如としてやって来た黒い雲。

 それはバグの融合群体である。その大きさは、巨大な台風と同等に拡大していた。




 その頃エルドラド王国全土では、バグの活動が更に活発化していた。その為、港町モンダには王国兵士だけを残してブレイバーのほとんどが不在。

 町の外ではバグを侵攻させまいと、防衛線を張り奮闘している最中で、海からの侵攻など誰もが予想していなかった。


 港で見張りをしていた王国兵士が、逃げる様に戻ってくる漁船と、その方角から迫る黒い雲を見て驚愕する。


「なんだ……あれは!?」


 しかし、まさか空の上を大量のバグが移動してきているなど、誰もが経験した事が無い。

 その為、港町モンダの上空まで到達して、そこからバグが次々と降り注ぐその瞬間まで、それがバグであると気づいた者はほとんどいなかった。


 警鐘塔の鐘の音が鳴り響いた頃には時既に遅く、町は大量のバグに襲われ、民間人や兵士が次々と食べられた。

 町の人口よりも多いのではないかと思えるほど、大量のバグが空から降り立ち、中には羽で自在に空を飛んでいるバグも見える。



 逃げ惑う民衆。



 響く断末魔の叫び。



 壁に飛び散る血。



 家族や友の名を叫ぶ声。



 助けを求める声。



 勇敢にも戦い、敗れて散って行く兵士とブレイバー。



 深い睡眠に入っていて騒ぎに気付けなかったブレイバーは、そのままベッドの中で消滅させられた。



 民家の中に隠れていた人も、バグによる鋭い感知能力で発見され、殺される。



 瞬く間にモンダの町が地獄と化してしまった光景を前に、町の正門付近にいた警備隊隊長が近くの兵士に指示を出した。


「ブレイバーを! ブレイバーを呼んで来い!」

「しかし! 外もバグだらけで、防衛線を崩す訳にはいきません!」

 と、1人の兵士が意見を述べた。


「この状況を見てそんな事を言うか! 町が無くなれば防衛線どころではない! 良いから呼んで……あっ」


 兵士長が自身の頭上にバグがいる事に気づいた時、驚いて言葉が詰まり、そして空飛ぶ悪魔の様な容姿をしたバグの赤い宝石の様な目と兵士長の目が合う。

 兵士長は死を悟る暇も与えて貰えず、大きく開かれた口で頭を喰われた。


「わ、わあああああああああああ!!!」

 と、周囲にいた兵士たちが慌てて逃げ出そうとする。


 だが、いつの間にか周囲を悪魔の様な容姿をしたバグに包囲されてしまっており、あとは網に掛かったエサ同様に、兵士達は次々と襲われて食べられた。



 完全に指揮系統を失い、避難誘導する兵士もおらず、民衆のほとんどが町の外へ逃げ出す事も許されない状況のまま、モンダの町はバグに占領された。

 そして再び一部のバグを吸収して戻しながら、更に空から侵攻を続ける融合群体。


 モンダの町付近で、防衛線を張っていた数百のブレイバー達もまた、後方と上空からバグの襲撃を受けて挟み撃ちにされる形となり、一瞬で全滅させられる事となった。




 融合群体はエルドラドに蔓延るバグですら吸収する事で、更に拡大、歯止めなく膨張して行く。

 その魔の手は、モンダの町から最も近い、復興作業がやっと終わりかけていたディランの町へと伸びていく――――




 このエルドラドに来訪したバグの融合群体は、これでも7つの内の1つ。

 1つはアリーヤ共和国に残り、他は世界各国へ同時侵攻している事が知れ渡るのは、もっと後の話である。





 港町モンダで悲惨な出来事が起きていた頃、サイカ達は王都シヴァイのエルドラド城にいた。

 会議室に集まっているのは、サイカ、エム、マーベル、ミーティア、ルビー、シッコク、エオナ。そしてソフィア王女とその護衛のリリムとケークン。更にはグンター国王とバルド将軍、側近の大臣とその他軍関係者が勢揃いしていた。


 その場で語られたのは、サイカが今まで目の当たりにしてきた事件の数々とクロギツネの暗躍。

 驚き呆けてしまっている者、面白い事が起きそうだとニヤついている者、怒りを露わにしている者、冷静に聞き入っている者、皆それぞれの反応を見せていた。


「なんて事だ……まんまと我らは利用されてしまったという事だな……」

 と、頭に手を当て申し訳なさそうにするグンター王。


 最後にサイカが、クロギツネに攫われたアヤノと夢世界で接触して、おかしくなってしまった彼女が口にしていた事を説明する。


 その話の最後に、とある人物の名前が出てきた事で、エオナがサイカに質問を投げた。


「今、レクス……と言ったか?」

「そうだ。確かにアヤノはレクスという名の者を、兄と呼び、そして『バグを統べる王様』とも言っていた。エオナは知っているのか?」

「アリーヤ共和国を血の海にしたバグだ。忘れはしない……クロギツネとグルだったのか……」


 エオナは海の向こうで経験した地獄絵図を思い出し、身震いをしていた。

 彼女の脳裏には、向こうで経験した燃える町と大量発生したバグの光景が映っている。その中でもハッキリと覚えてる事が1つある。


「えずう強うて……あれはまるで、幽霊みたいなバグやった」


 その言葉に、思わず立ち上がってしまうサイカ。


 そんなサイカを見てマーベルは前にサイカが言った言葉を思い出し、

「幽霊って……サイカ!」

 と、声を上げた。


「まさか……奴なのか……」


 サイカもここに来て、前にルビーに幻覚を見せられた時と同様、多くの仲間を失ったあの瞬間を思い出す。


「知ってるのか?」

 と、シッコクがサイカに問う。


「ああ。私の大切な仲間を……皆殺しにした奴だ……」


 サイカまでもが拳を震わせ、あの時見たあの化け物の姿を思い出す。

 仲間達を消し去り、サイカの首を跳ね飛ばし、サイカが心を閉ざす切っ掛けとなったバグ。そんな因縁のある相手が今回の黒幕である可能性が濃厚になったのだから、サイカは居ても立ってもいられない思いにさせられた。


 そんなサイカの横で、バルド将軍が意見を述べる。


「つまりあれか。そのアヤノというブレイバーは世界を崩壊させる鍵で、それを連れ去ったのがバグを従える王。それでケリドウェンの部下からの情報提供にもあった様に、船を使って何処かに……とは言っても、バグの国に行ったのはほぼ確定だろうな。かっ、面白い事になってきてるじゃねーの」


 バルド将軍が笑ってそう言うので、ソフィア王女が注意した。


「バルド将軍、不謹慎ですよ」


 続いてマーベルが意見を言う。


「経緯はどうであれ、問題はそのアヤノが言っていた『世界の破壊』がいったいどういう形でされるかって事よ」


 すると再びグンター王が口を開いた。


「それらの話が全て真実であるとすれば、アリーヤ共和国……いや、バグの国で何か動きがあると見て良いだろうな。バルド、偵察に行った際の様子をもう一度話して貰えるか」

「はい」

 と、急に真剣な表情になったバルド将軍は、国王直々の質問に対しては丁寧に答える礼儀はあるようだ。



「あのアリーヤ共和国から来たワタアメに言われた通り、我々はブレイバーを中心とした大隊規模の人数、そしてゼットを引き連れてオトランテッレという港町に上陸した――――


 ワタアメが言っていた様に、そこには多くの避難民とブレイバーが取り残されており、必死の抵抗を続けている者達の姿があった。

 我々もそれに加勢しながら、避難民を救出。


 その後、何とか町にいたバグは全て殲滅し、制圧に成功した。

 戦力に余裕もあった。現地にいた『金色鎧のブレイバー』の手助けもあって、我々はその場の判断で、ブレイバーのみを連れて首都キロザヴィルへ進軍。


 だが……我々が向かった首都には、予想を遥かに超えるバグの群れがいた。

 あれは尋常じゃない。まるで海の高波、雪山の雪崩を目の当たりにした様な、もの凄い数だ。


 俺は無理だと判断して、撤退命令を出した。

 しかしな、ゼットにしがみ付いて高速移動できたブレイバー数名だけが助かり、他は……死んだ。恐らくな。


 地上にいたバグの数も恐ろしかったが、問題は空にもあった」



「空?」

 と、シッコク。


「ああ、最初は陣雲か何かと勘違いしていたが……ありゃあバグの塊だ。信じられない数のな」


 想像しただけでも恐ろしい。

 地上と空に溢れるバグ、そんな事があるのかと誰もが耳を疑いたくなった。


 そんな中でも、グンター王だけは報告を聞くのが2度目であるのもあって、冷静に質問をする。


「それで、その恐ろしい場所を攻めるとしたらどれほどの戦力が必要だ?」

「……この際ハッキリ言おう。数だけならまだしも、レベル5のバグが多くいる可能性も考えれば……エルドラドの軍、そして、国中のブレイバーを掻き集めたとて、あの首都の外壁に辿り着くのが関の山。あそこは我々が今いる王都シヴァイよりも数倍広い大都市だった場所だ。その程度ではスズメの涙かと」


 周囲がどよめいた。

 数々の武勲を立て、戦場を勝利に導いてきた男が、はっきりと無理だと言っているのだ。しかもエルドラドの軍やブレイバーを総動員しても無理と言われてしまっては、返す言葉も無くなる。


「そ、そんな馬鹿げた話があるものか! 我々の全戦力をぶつけても勝てないだと!」

 と、グンター王の横に立っていた大臣が声を荒げる。


「大臣もあの光景を見れば、気が変わる。そうだな。もし可能とするならば、世界中のブレイバーを集めた連合軍の結成。それとロウセンやゼットクラスの巨大機械人形ブレイバーによる強力な部隊も必要だろうな」

「な、何を……馬鹿げた事を……」


 あまりにも規模が大きく、現実味の無い話を真剣に言われ、大臣は怯んだ。

 グンター王が話を続ける。


「ふむ……なるほどな。ワタアメが危惧していた事がこの様な形で起きようとは……大臣、まずは近隣諸国の首脳と会談の場を設ける」

「しかし、近隣とは言っても……オズロニア帝国と和の国ヤマト、いずれもが休戦状態とはいえ敵国ですぞ。聞き入れて貰えるかどうか……」

「聞こえなかったか?」

「あ、いえ、分かりました。それで、隣国のオーアニルはどうされますか」

「オーアニル……そうだな。まずは統治者の1人となっているケリドウェンに向けて協力要請の親書を出そう」

「応じてくれますかね」

「信じるしかあるまい。世界に危機が迫っているのだぞ」

「畏まりました。では早速、各地へ使者を派遣致しましょう」


 そう言って、大臣が入口に立っている兵士2人に目線を向けると、2人の兵士は王国式敬礼をした後に慌てて会議室の扉を開けて出て行った。と、思えば入れ違いで別の兵士が中に駆け込んでくる。


「も、申し上げます!」


 かなり慌てて走ってきたと思われ、荒い息遣いの兵士を見て、

「ソフィアならここにおるぞ」

 と、冗談を言うグンター王。


 しかし、それに反応している余裕はこの兵士に無い様だ。


「緊急事態が2つございます!」


 緊急事態と言われ、その場にいる一同が皆息を呑んだ。


「申して見よ」

 と、大臣。


「ミラジスタにてキャシーが脱走。交戦虚しく、逃げられた模様です」

「な、なにをやっとるんだ!」


 大臣が怒り、サイカ達もそんなまさかと互いに顔を見合わせた。

 しかし、報告はそれだけでは無い。


「更に……その、港町モンダにて、西の空、海からバグの大群が突如として現れ、町が陥落した模様です」


 陥落という言葉を聞き、誰もが耳を疑いどよめいた。

 エルドラドではバグに町が襲撃されるなど、ディランであった襲撃事件依頼だからである。


「そ、そんな馬鹿な話があるか! 海をバグが渡って来るなんて有り得ない!」

「空から雲の様なバグの大群が出現したとの事です! いずれも被害甚大。モンダに至っては、配属されていた兵とブレイバー及び民間人は、全滅したと……」

「全滅……そんな馬鹿な……」


 思わず腰を抜かしそうになる大臣を横に、国王はバルド将軍に目線を向けたので、バルド将軍は黙ったまま頷いた。

 『雲の様なバグの大群』と言うのが、先ほどの証言と一致する。


「そのバグの大群は今、何処にいる」

 と、バルド将軍が質問をした。


「まるで台風の様に空を移動するバグの大群は、現在ディランの町に到達。ブレイバーと交戦状態に入ったとの事。そして速度を緩める事無く、真っ直ぐ王都に向かって来ています」

「到着予想時刻は?」

「このままであれば、3日後には王都へ到着する見込みです」


 サイカが長い間お世話になったディランの町が再び襲撃されているという話を聞いたサイカが、身を乗り出して口を開いた。


「ディランの町はどうなったんだ!」

「町は四方をバグに囲まれ、近付ける状況ではない為……分かりかねます」

「そんな……」


 続いてルビーも質問する。


「ルーナ村は?」

「はい。ルーナ村は雲の進行経路からは外れているので、空からの襲撃は免れそうですが。活発化したバグに囲まれ、油断できない状況なのは何処も同じです」


 それを聞いてルビーは親指の爪を噛み、悔しそうな表情を浮かべるに至った。

 皆、それぞれ心配する場所がある。それはルビーだって同じで、自分が一時でも面倒を見て、そして必要としてくれている人々がいたあの場所に危機が迫っているというのは許し難い事であった。


 するとバルド将軍が立ち上がり、ソフィア王女に向かって言った。


「王女殿下、ロウセンを借りたい」

「ロウセンを?」

「機動力に優れたゼットとロウセンを連れ、一度、その雲を偵察したい。付いてくるなんて言うなよ?」

「分かりました。リリム」


「はっ」

 と、壁際に立っていたリリムが前に出る。


「ロウセンに伝えてください」

「畏まりました。まさか一緒に行くなんて言いませんね?」

「もう! リリムまで! 私を何だと思っているの?」

「安心しました。すぐにロウセンを呼んで参ります」


 頬を膨らませるソフィア王女に向かいそう言い残して、リリムは会議室を出て行った。


「バルドよ。無茶はするでないぞ」

 と、グンター王。


「分かってるよ」


 笑みを浮かべたバルド将軍は、マントを揺らしながら、会議室を出て行った。

 それが会議も終了の空気になった為、次に立ち上がったのはグンター王。周りのブレイバー達も合わせて席を立つ。


「急ぎ兵とブレイバーを城の前に集めよ。戦争の準備を始める」

「はっ!」


 王国兵士が指示を受けて、走り出した。

 その後、グンター王は振り返り、その場にいるブレイバー達の顔を1人1人見渡す。


「お前たちは我がエルドラドで誇れる優秀なブレイバー達と思っている。だからこそ、この危機に際して、お前たちの力が必要だ」

 と、グンター王は自ら頭を下げた。


「陛下! 何をしているのです! ブレイバーに頭を下げるなど!」


 大臣が慌てて止めようとするが、グンター王は頭を深々と下げたまま、顔を上げようとはしなかった。

 それだけ切羽詰っている状況なのだと、その場にいるブレイバーは誰もが理解できる。


 するとシッコクが他のブレイバー達と目を合わせ、協力しようという意思をアイコンタクトで確認。ルビーだけは関わりたくないといった様子で目を逸らしていたが、シッコクが代表して王へ言葉を放つ。


「王よ。頭を上げてください。ワタアメから、何か聞いていたのですね」


 王は言われた通り、頭を上げつつ質問に答えた。


「ワタアメは……強大なバグが良くない事をアリーヤで企んでいる事は知っていた。ワタアメも一時は彼らの仲間だった様だが、それを裏切り、ログアウトブレイバーズなる組織を結成する事で、対抗しようとしておった。アリーヤ共和国で起きたバグの大量発生は、それが失敗したからとな」

「ログアウトブレイバーズの創設にそんな理由があったとは……」

 と、シッコクはサイカを見る。


 サイカは落ち着いた様子で、もう一度頷いて見せた。

 それと同時、サイカはシッコクの右手の籠手が青く光っている事に気づいた。シッコク自身も右手のゼツボウノコテが震えている事に気づき、そっと左手でそれを抑えながら、話を続ける。


「王よ。ゼノビアの事を私よりも理解している貴方にこれだけは聞かせてください。彼女であれば、この場面、どうすると思われますか」


 グンター王はその質問に対して、白くて長い顎髭を触り、しばし考えた後に答えを出す。


「ふむ。ゼノビアであれば、迷わず最前線へ飛び出して行くであろうな。猪突猛進。ゼノビアはそうやって戦果を上げていた」

「……やはり、私は何か勘違いしていた様だ。私も、まずはその志を真似してみようかと存じます」

「そうか。やってくれるかシッコクよ」


 決意が固まったシッコクは振り返り、今度はその場にいるブレイバーに言った。


「私はバグの大群を迎え撃つ為、ブレイバーを引き連れ前線へと出る。報告を聞く限り、今回の戦いはかなり厳しい戦いとなるだろう。多くのブレイバーが散る事になるはずだ。それでも一緒に戦ってくれると言う者がいるのであれば、私に付いて来てほしい」


 サイカの決意は固まっていた。


「私は戦う。みんなは?」

 と、まずはエムやマーベルに視線を送ると、2人共頷いてくれた。


 ミーティアも、

「シッコク様とサイカが戦うのだから、私もやる事は1つ」

 と、サイカに向けて笑みを見せた。


「私も戦う」

 と、エオナも手を挙げる。


 しかし、バグに対しては安全第一と考えるルビーにとっては、素直に参戦するとは言えない状況である。

 だからサイカと目を合わせようとはせず、その瞳は何処か別の方向を向いている。


 サイカも無理強いは出来ないと思った。


「大丈夫。ルビーがいなくても、私達で何とかする」

「そう」


 ルビーはそっぽを向いてしまった。

 その横で、緊張感を誰もよりも出していなかったケークンが口を開く。


「あたしは王女殿下を護るだけだな」


 そんな事を言ったので、ソフィア王女が、

「私に護衛など要りません。ケークンはリリムと一緒に前線に出なさい」

 と、きっぱりと言った。


「えっ? まじですか?」

「当たり前です。私よりも国民を大事にしなさい」

「……仕方ないですね。分かりましたよ。暴れてやりますよ」

「お願いします」


 そんな風に、ルビー以外のその場にいるブレイバー全員が戦う意思を口にした為、シッコクは少し頬を緩ませながら礼を口にする。


「またこのメンバーで戦う日が来ようとはな。まずは人間兵器としての務めを果たし、共にこの国を守るぞ」


 サイカはお辞儀をして、ミーティアは王国式の敬礼で応えた。



 そんな様子を間近で見ていたグンター王は、

「お前たちの活躍、期待しておるぞ」

 と、激励の言葉を口にした。




 まずはバルド将軍からの偵察結果を待つ為、ひとまずは時が来るまで自由解散となる。

 思い思いに皆が会議室を出て行く中、ルビーだけは、やはり何かに悩んでいる様子で、ずっと大きなガラス窓から外を眺めたままその場に残っていた。


 最後に会議室を出ようとしたサイカがそれに気付き、頼み事ついでに声を掛ける事にする。


「ルビー」

「なに?」

「1つ、頼みたい事がある」


 会議室を出た廊下で、その声が聞こえたミーティアは思わず足を止めて2人の会話に聞き耳を立てた。


「なに? 貴女にもう戦闘訓練は必要無いでしょう?」

「いや……その、私には……ブレイバーを斬る覚悟が足りない事が分かった」

「へぇ。認めるのね」

「認める。だから――」

「別にいいわよ。私に頼んだのは正解ね」

「……頼む」


 他に誰もいなくなった会議室で、サイカはルビーに頭を下げた。


 廊下でその会話を聞いていたミーティアは、サイカがそんな事を言い出した事に衝撃を受けたが、オーアニルでの出来事も見ているので、複雑な心境にさせられていた。

 しかしミーティアは、なぜ自分では無くルビーに頼むのかと、嫉妬にも似た感情も芽生えてしまっている。






 そんな会議がエルドラド城で行われた翌日。

 オーアニルのセドガ湖と呼ばれる場所で、凍った湖の真ん中に建っているのは、かつては人間の公爵が住んでいたとされるウォーレン城。今では朽ち果て、大きな地震がもう一度あれば崩れてしまいそうな建物である。


 そんな城まで足を運んだのは、ケリドウェンとダリス、そしてその部下のブレイバー数名だった。

 クロギツネの拠点であると噂されていたこの城は、確かに少し前まで何者かが居た形跡は見受けられる。



 しかし、もぬけの殻だった。



 ブレイバー達が城の中を隈なく捜査してる中、ケリドウェンだけは見張り塔の屋根に立っており、そこから見える凍った湖とその向こう側の大地や樹木まで真っ白に染まった絶景を眺めていた。

 冷たい風がケリドウェンの青髪を揺らし、ちらちらと降る雪が彼女の肌へと染み込む。


 ケリドウェンがいない事に気付いたダリスが、捜索を他のブレイバーに任せ、今にも崩れてしまいそうな階段を登って城の上層へと移動。

 見張り塔へと続く城壁の上の回廊で、屋根の上に立っているケリドウェンを発見した。


「ケリドウェン!」


 名前を呼ばれ、ケリドウェンはダリスが探しに来た事に気付きつつも、顔は向けなかった。

 強い風が吹いて、ケリドウェンの長い髪が激しく揺れる。


 風が止んだのを見計らい、ダリスがこの城には何も無さそうだという事を報告しようとしたが、先にケリドウェンが口を開く。


「わらわは……また独りになってしまうのですわね。信頼できる仲間は皆失われてしまう」

「メイド達の事を言ってるのか?」

 と、分かってはいるが、あえて聞いてみるダリス。


 しかし、ケリドウェンはその質問を無視して、見張り塔の屋根から飛び降りると、浮遊の能力でゆっくりとダリスの前まで移動してきた。

 彼女の表情は、とても哀しげで、寂しそうである。


「ダリス、貴方もそのうち、わらわの前から消えてしまうの?」

「そんな訳ないだろう。俺はいつまでも、お前と一緒だ。その顔、昔のお前を見てる気分だよ」

「ダリス、今だけは、ケリドって、そう呼んでくれないかしら」


 そう言われたダリスは、少し困った様な表情を見せたあと、

「……ケリド」

 と、名を呼んだ。


「ダリス……ダリス……」


 ケリドウェンは思わず、そっとダリスに抱きついていた。

 ダリスも応える様に、泣き出しそうな憂鬱な顔をした彼女のくびれた胴のあたりを横から抱くように引き寄せる。


 彼女はダリスの胸に顔を寄せた。

 悲しいような動悸を聞いた。

 悩ましい胸の哀れなひびきの中に、しばしケリドウェンははうっとりとする。


 これは切ない悲しさだ。

 メイド達の穴が開いた服を渡した時も、ケリドウェンはこんな表情をしていた。


 ダリスはあえてそれ以上何も言わなかった。

 ケリドウェンの今にも崩れそうな、この古びた城にも似たその心を、そっと人肌で温めてあげる事が今出来る事なんだとダリスは考えている。



 そこへダリスを探しに来たブレイバーがいたが、2人の様子を見て、空気を読んで引き下がっている事にも2人は気付いていない。



 涙を流すまではいかなかったが、しばらく互いに抱き合った末、落ち着いたケリドウェンが唐突に、ゆっくりと、語り出した。


「ランティアナ遺跡で死にかけているブレイバーを葬った事があって……そこでわらわはそいつに、『何も成し遂げられなかったのでは何の意味も無い』と言ったのよ。おかしいわよね。わらわがこんな無様を晒しておいて、結局何も出来ていないのだから……滑稽よね」

「お前はお前にできる最善を尽くしただけだ。あの場面、あの状況で、ケリドが戦わなかったら、もっと多くの犠牲が出ていただろう」

「そうなのかしら」

「ああ。だからな、ケリド。そんなに弱気になるな。あいつらも気高いケリドを望んでいる。最強のブレイバーとして君臨するお前の姿を見せてやれ。このウォーレン城は、ケリドが初陣した思い出の地。気持ちも切り替えるのは良い場所だな」

「……ダリスは何でも覚えていてくれてるのね」

「何でもじゃない。ケリドの事だけさ」

「馬鹿」


 クスッと笑うケリドウェン。

 その顔もまた、ダリスにとっては懐かしい顔であった。


「それで、これからどうするんだ? クロギツネがここにいないとなると、やはり奴らはアリーヤ共和国に行ったはずだ。追うか?」

「バグの国ですわね……」

「さすがのお前でも、海を渡るのは厳しいだろう。船が必要だと思うが……」

「船は苦手ですわ」

「そう言うな」


 そんな会話をしていると、城壁上の回廊から見えるウォーレン城へ続く長い橋を、2人のブレイバーが渡ってくるのが見えた。

 襲撃の可能性も有る為、数人のブレイバーが臨戦態勢に入る。が、ウォーレン城の開いたままの大門の前で立ち止まったブレイバー2人は特に戦う意思は無い様だ。


「こちらにケリドウェン殿がいらっしゃると聞いて参りました!」

 と、ブレイバーの1人が大声を出す。


 抱き合っていたケリドウェンとダリスは咄嗟に離れ、ケリドウェンに代わってダリスが代表して応えた。


「今は取り込み中だ! 何の用だ!」

「私達はエルドラド王国、グンター王の命で親書を持って参りました! ケリドウェン殿にこれをお渡ししたい!」


 そう言って、ブレイバーは懐から巻紙を取り出して見せた。

 エルドラド王国という名を聞き、ケリドウェンは浮遊して城壁からゆっくりと降り、2人のブレイバーの元へと向かう。


「わらわですわ。よくここが分かりましたわね」


 近付きながら、2人のブレイバーを見てみれば、負傷してボロボロな服装である事が分かる。

 活発化したバグの影響もあって、道中かなり苦労している事が窺えた。エルドラドからの使者として送られたブレイバーは本来5人いたという事は、この場で説明される事は無い。


「はい。屋敷にお伺いしたらそこにいた者に居場所を聞いて参りました」

「そう」

 と、ケリドウェンは巻紙を受け取り、それを開けて読む。


 内容はバグとの大きな戦争が起こる為、各国の協力を頂きたい事。

 連合軍の設立を行う旨の記載がされていた。


 ケリドウェンが親書を読み進める中、ブレイバーが説明を加えた。


「現在、元アリーヤ共和国の方面からバグの大群が侵攻。エルドラドは戦争状態に入っております」

「バグの大群ですって?」

「はい。かなり大規模な侵攻の様です。なので、ケリドウェン殿にはすぐにでもエルドラドの王都までお越し頂きたく」

「そう……」


 ケリドウェンはまだ城壁の上にいるダリスに目線を送った。






 その夜、エルドラド王国、王都シヴァイ。

 王都には3つの教会が有り、その1つの最も古く伝統の有る教会は今では取り壊しを待っている廃墟となっていた。かつてワタアメがここから狭間に行った場所であり、アヤノが召喚された場所でもあるその教会で作業をする者が2人。


 祭壇の上でルビーに縄で両手両足を拘束され、自由を奪われたサイカがいた。

 この縄はルビーが縛り、サイカは抵抗する事なくあえてそれを受け入れているのは、これがサイカの求めいた『特訓』だからである。


 しっかり縄が結ばれている事を確認した後、

「いいわね?」

 と、ルビーが最終確認してサイカが頷いて同意すると、自身の左目に付けた眼帯を外した。その下にある目はまだ閉じられている。


 そこへ教会の扉が開かれ、ミーティアとマーベルが中に入って来る。


「何をしてるの! こんな時にこんな所で!」

 と、血相変えて歩み寄ってきたのはミーティア。


 ルビーは振り返る。


「あら、付いて来たのね」

「サイカに何をするつもり!? こんな事はすぐ止めて――」


 ミーティアが言い掛けた所で、ルビーは左目の瞼を開け、金色に光る瞳をミーティアに見せた。


「――えっ?」


 2人の目が合った瞬間、ミーティアの身体に異変が起きる。

 ミーティアの両手が突如として結晶化した為、彼女は思わず自身の身体を見る。


 そこには瞬く間に結晶化が始まった身体があった。


「えっ……やっ……やめっ……あっ…いやああああああああああ!」


 彼女が最も恐れている状況が今正に自分に降りかかった事で、ミーティアは悲鳴をあげながら腰を抜かし、尻餅を着いてしまう。

 それでも結晶化は進み、やがて全身を覆ったところで彼女は気絶してしまった。と言うのは、ミーティアにしか見えていない幻覚である。


 ルビーのブレイバースキルであるこの左目は、目を合わせた相手が最も恐れている事を幻覚として見せる能力。

 つまりミーティアは、夢主の引退により自身が結晶化してしまうという幻覚を見せられ、あまりにもリアルなその感覚に気を失うにまで至ったのだ。


 後方にいたマーベルは手で自身の視界を遮る事で、ルビーの目を見ない様に工夫をしていた。


「酷い事をするわね」

 と、マーベル。


 続いて縄に縛られ身動きの取れないサイカも、

「ルビー。ミーティアの事は悪く思わないでくれ」

 と、釘を刺す。


「不可抗力よ。不用意に近づいてきたこいつが悪いわ」


 澄ました顔でルビーは床で気絶しているミーティアをしばらく見下ろした後、左目を閉じ、気を取り直しながら振り返り、サイカに話しかけた。


「やるわよ」

「頼む」


 そのやり取りやサイカが縄で縛られてる様子を見て、マーベルは今から何をしようとしているのか分かった気がした。

 ルビーはサイカと互いの鼻が触れそうなほどの距離まで顔を近づけると、再び左目の瞼をゆっくりと開けた。


「さあ、地獄へ行ってらっしゃい」


 金色に輝く瞳に吸い込まれる様な感覚に襲われ、サイカの視界は真っ白になった―――








 サイカが立っているのは、辺り一面が雪景色の視界が悪い吹雪の中。

 燃え盛る家の前で、狐のお面と黒コートのオリガミが立っている。


 鬼のお面に連れ去られるアヤノも見える。

 これはあの時の状況が再現された場所だ。


 幻覚だというのは分かっているつもりだが、寒さや風の感触までが当時の状況のままで、現実ではないかと錯覚させられてしまう。


 オリガミは狐のお面を外し、素顔を出した。

 そしてサイカの手に握られているのは、刃が剥き出しになったキクイチモンジ。


 鋭い目付きでサイカはオリガミを睨むが、そこにいるオリガミもまた、冷めた目をサイカに向けていた。


 そして、サイカは今度こそ斬ってみせるという意気込みで、刀を構える。

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