6.襲撃
その日、明月琢磨は悪夢を見た。
気がつくと消灯して薄暗い自宅のベッドで寝ていたが、金縛りに会い全身が石のように動かない。それでも視界だけはハッキリしていて、眼球を動かせる範囲で周りが見渡せる。
なぜか寝る前に電源を落としたはずのパソコンが点いているのが見えるが、ディスプレイは真っ白で何が映っているのか確認できない。
どれくらいその状態だったであろうか、やがて部屋の扉がゆっくりと開く音がする。誰かが入ってきて、黒い影がゆっくりとベッドの横まで近付いてくるのが見える。そこでしばらく立ち止まり、寝ている琢磨を見下ろしている。
琢磨は必死にその顔を確認しようとするが、黒い靄の様な物が邪魔して見えない。
(誰だ)
声にならない声で琢磨は必死に問いかける。
その人物の顔から手元に目線を向けると、何か細長い物を持っているのがわかる。琢磨がそれが日本刀である事は認識できた。
やがてその刀身は大きく持ち上がり、その矛先は琢磨に向く。
(殺されるッ……)
そう感じた矢先、刀は真っ直ぐと琢磨の心臓付近に突き刺さる。
そこで、琢磨は目が覚めた。
慌てて周りを見渡すが、パソコンの電源も落ちているし、部屋の扉も開いていない。
手で胸の辺りを確認するが、異常は無かった。
Tシャツは汗で濡れて、喉は酷く渇いている。
夢であった事に安堵のため息を漏らしながらも、起き上がり、小型冷蔵庫からペットボトル飲料を取り出し、キャップを開けてゴクゴクと飲む琢磨であった。
ペットボトル飲料を冷蔵庫に戻すと、パソコンデスクに置いてあったスマートフォンを手に取り時間を確認すると、夜中のニ時を示している。
目が冴えてしまったので、そのままWOAのアプリを起動。
ヘルリザードマンアギトの尻尾が売れているか確認するつもりが、新着メッセージが届いている事に目が行き、まずはそれを確認する事にする。
差出人はワタアメだった。
【明日、デストロイヤーをメンバー集めて討伐しに行く事にしたから! サイカも来てね】
前回のメッセージの返信もしてないのに、ワタアメは遠慮無くメッセージを送ってくる人である。
こう言う人だからこそ、ギルドマスターをやって行けてるのかもしれないと、琢磨は思う。
集合時間や場所も記載がないのが気になったが、琢磨はまたも返信はしなかった。
✳︎
エムは洞穴の入口で岩に腰掛け、気持ちを落ち着かせていた。
洞穴内の火の始末を済ませたサイカは洞穴から出ると、エムの様子をしばらく窺ったあと、見計らって声を掛ける。
「落ち着いた?」
エムはしばしの沈黙の後、
「はい」
と答えた。
「なら行こう。もう夜も遅い」
「わかりました」
エムは先に歩き出してしまったサイカの後を追う。そんなサイカの背中は、エムに強くなれと語っているように見えた。
道中追跡したタケルの血痕も消滅して、何も無くなっていた。
エムは一つの疑問をサイカの背中に問いかける。
「サイカ、どうして、その、タケルさんは他のブレイバーを襲ったりしたんですか?」
「彼女が発見されるのを恐れて……だろうね」
「なんでそこまで……」
「ブレイバーも人間と同じ様な感情も思考もある。それはつまり、誰かに対する愛情も芽生えると言うことなんだ。それがどんな感覚かは……私にも分からないけど」
「愛情……ですか」
サイカはそれ以上何も話さなかった。
きっとこの人は、今まで幾度と無くこんな経験をして来たのであろう。そんな風にエムは感じ、それ以上口を開くことなく黙ってサイカの後について行った。
そろそろ森林を抜け、町が見えてくる頃、ニ人はとある異変に気付く。
カーンカーンカーンと、町の方角から鐘の音がする。
それだけでは無い、町がある方角の空が赤く染まり、真っ黒な雲が夜空を覆っていた。
サイカは一目散に走り出した。エムもそれを必死に追いかけるが、あっと言う間にサイカは見えなくなってしまう。
森を抜け町が良く見える平原に出ると足を止めたサイカは、目の前の光景に唖然とする。
ディランの町が燃えている。
それもボヤなんてレベルではなく、町全体が真っ赤に染まっているように見えるほど、規模が大きい。
そして尚も鳴り続ける警鐘塔の鐘の音。何か最悪な事態が起きている。
サイカは再び走り出そうとするが、それをやっとの思いで追いついたエムが、
「待ってください!」
と、サイカの足を止める。
サイカが振り返ると、エムは杖を構え、魔法を発動しようとしていた。
「このスキルは、ここで使うのは初めてですが、やってみます!」
サイカは身体が風に包まれるのを感じた。
「これは……」
「風の加護で、しばらくの間、敏捷性を爆発的に上げます」
確かに風が後押しする様に軽くなった身体を実感したサイカは、
「行ってくる」
そう言い残し、姿が消えた。
正確には消えたのではなく、サイカは物凄い速度で走り出していた。
町の城壁に近付くと、サイカは飛躍する。そのジャンプ力は本人すらも少し驚いてしまう程で、風に後押しされ、軽々と城壁を飛び越える事が出来てしまった。そしてその先にある民家の屋根に着地すると、すぐにもう一度高々と飛躍して次の屋根へ。
飛躍して上空から燃える町を見渡すサイカ。
まず、南門が城壁諸共完全に破壊されているのが見える。そして至る所にバグの大群が徘徊しており、住人が次々と襲われている地獄絵図の様な光景がそこにはあった。
「た、たすけてぇーー!」
いつも声を掛けてくれる農家のおばさんが、蜘蛛の様な形をしたバグに捕まり、捕食されているのも見える。
バグは人間を見ると一目散に捕食する。その凶悪な力で襲い掛かり、肉食獣の様に骨すら残さず食べてしまうのだ。
一匹の大きな犬の様な形をしたバグが、一軒の民家に窓を割って侵入すると、そこに隠れていた幼い娘とその母親を発見する。
母親は慌てて娘を抱き抱え、家の外へと飛び出すが、そこには手足が恐ろしく長い巨大なバグが待ち構えていた。
「ブレイバーが守る避難所はこの先です! 急いで!」
と勇敢に避難誘導をしていた王国兵士が、今正に二匹のバグに囲まれ、襲われようとしている親子を発見すると、迷わずに走り出す。
「今助けるぞ!」
兵士が手足の長いバグに斬り掛かるが、バグの紫色の身体は刃を一切通さず、鉄の塊にぶつかったかの様な衝撃と共に、剣は弾かれてしまった。
その一瞬の隙を、バグの手が兵士を薙ぎ払った。兵士は民家の壁に叩きつけられ、地面に崩れる様に倒れる。
バグの身体には傷一つ付いていない。
この世界の武器ではバグに傷を付ける事すら叶わないのだ。そんな兵士を見て、親子は絶望する。
手足の長いバグは、倒れた兵士が動かない事を確認すると、怯えて動けない親子に対して、その長い手を伸ばす。
だが、ズドンと言う鈍い音と共にバグの手は親子の寸前で止まった。
手足の長い巨大なバグの身体を、サイカの刀が頭から一刀両断。頭から中身のコアごと真っ二つに斬られ、バグは消滅したのだ。
空から落下してきた勢いがあったものの、その刀の凄まじい斬れ味だった。
「さぁ逃げ――」
と、サイカが親子に向け言い掛けたその時、横から犬の形をしたバグが母親の首に噛みつき、覆いかぶさるとそのままバグは母親に喰らいついた。
残酷にも娘に返り血が飛ぶ。
「ママ! ママ!」
娘は何もできず、ただ立ち竦み泣きじゃくった。
サイカはすぐにそのバグを斬り捨てて消滅させるが、既に母親は息絶えている。そんな母親に泣きながら縋り付く少女。
少女に何の言葉も掛けられないサイカに、背後から声を掛ける男がいた。
「サイカさん……」
振り返るとそこには先ほどバグに攻撃された兵士が、脳震盪を起こした頭を片手で抑えながら立っていた。
サイカは兵士に問いかける。
「これはいったい……何があったんだ」
「わからない。日没と共に南の方角から急にバグの大群が押し寄せてきたんだ。あっと言う間に南門が破壊され、この樣さ」
「他のブレイバー達は?」
「今はブレイバーズギルドが避難所になって、その防衛と住人の救助をしているブレイバーはいる。ただ、逃げ出した奴と、バグにやられたブレイバーも何人か見た。もう何人残っているか……」
サイカが先ほど上空から見渡した限りでは、かなりの数のバグが街に侵攻してきている。こんな組織立った行動をバグが取るのをサイカも初めて見る為、この状況に驚きを隠せない。
そしてサイカは動かない母親にしがみ付く娘を見て、兵士に指示をした。
「あの子を頼む。それと、バグには普通の武器は通用しない事を忘れないで」
サイカは返事を待たずに民家の屋根に飛び乗りその場を去った。
向かうはブレイバーズギルド。
道中、見かけたバグは残さず一刀両断しながら、屋根を伝い先に進んだ。
ブレイバーズギルドの建物が見えてくると、そこにも大小様々な形態をしたバグの群れが人間の臭いに誘われるかの様に集まってきていた。ギルドの前で数十人のブレイバー達が陣形を作り、そのバグ達と戦っている。
屋根の上には魔法か遠距離系の武器を扱うブレイバー達が戦っており、その中に支援魔法を唱えるマーベルと、アサルトライフルを撃ち続けるクロードの姿が見えた。
サイカは屋根から屋根へと飛躍して、ブレイバーズギルドの屋根へと着地する。
「何処行ってたんだ。遅刻だぞ」
と、クロード。
サイカはニ人に聞く。
「いったいなんだこれは」
「知らないわよ。日没と共に突然バグが南から押し寄せてきたの」
そうマーベルが答えると、クロードもライフルのマガジンを装填しながら、
「これは明らかに策略的な動きだ。それに、南って言うと、例のバグの巣がある方角だろ。報復ってやつじゃねーのか」
そう言いながら、装填を終わらせ空かさず屋根に登ろうとするバグを撃ち落した。
「誰か……誰かぁー!!」
下から叫ぶ声がする。
見ると、今日タケルの目撃情報をくれたブレイバーが両脚をカマキリ形態のバグに切断され、身動きが取れない所でコアをバグの刃に貫かれ消滅した。
そんなカマキリ形態のバグに他のブレイバー達がすぐに攻撃を仕掛けている。
クロードは銃でそれを援護しつつ再び口を開く。
「レベル二そこらのバグがうじゃうじゃと、数が多すぎる。しかもこいつら、俺たちの弱点を理解してやがる」
サイカはそのクロードの言葉を聞くや否や、
「私がなんとかする」
とブレイバーズギルドの屋根を単独飛び降り、地面に降り立った。
それを見てクロードはマーベルに指示を出す。
「マーベルちゃん、サイカちゃんに支援魔法よろしく」
「了解」
マーベルはサイカに攻撃力と防御力の上がる支援魔法を掛けた。エムが掛けた支援魔法の効果もまだ切れていない。
そこから、サイカの鬼神の如き猛攻が始まった。風の様に舞い、右へ左へ移動しながら、目にも留まらぬ速さでバグに斬り掛かる。その刀は的確にバグのコアを破壊しており、バグ達は成すすべなく消滅。口から光線を放つバグもいたが、既に経験をしているサイカの敵では無かった。正に一騎当千と言う言葉が当てはまるその戦い様に、近くで闘うブレイバーも息を呑み見惚れてしまう者がいる程だ。
「こりゃ俺たちの出る幕ないかもな」
と、クロードは呆れた顔で言う。
サイカがブレイバーズギルド周辺に集まる三十体はいたであろうバグ達を大方片付けた頃、ズンズンと重い音と地響きをブレイバー達は誰もが感じ、その音がする方向に目が行った。
マーベルは驚愕する。
「なによあれ」
彼女の目線の先には、南の破壊された城壁の方面から巨大なバグが歩いてきているのが見えていた。ゆっくりとこちらに歩いてきていて、民家を簡単に踏み潰して進んでくるそのバグは、人間の三十倍はありそうな巨大バグの姿である。
下半身は逞しいのに上半身は華奢と言うアンバランスな身体で、皮膜は岩みたいにゴツゴツとした見た目をして、大きな尻尾と背びれの様な物まで生えている。大きな赤い目が、燃え盛るディランの上空で怪しく光っていた。
「あれが噂のレベル五か? 冗談が過ぎるぜ」
クロードはアサルトライフルのスコープでその巨体を覗く。その巨大なバグは距離もあり、進行速度も遅いため、戦略を考える余地はあると考えるクロード。
しかしそんなクロードの考えをあざ笑うかの様に、巨大なバグの二つの目が赤く光るのが見え、クロードの考えが変わった。
クロードはそれが光線が放たれる前兆である事を知っている為、
「防御態勢! ありったけの障壁を貼れ!」
と屋根の上にいる魔法使い達に指示を出す。
マーベル含む、障壁系の魔法が使える数人の魔法使いが杖を構え、大小様々な魔法障壁を建物の巨大バグ側に展開。
それとほぼ同時に、巨大なバグの口から太い光線が放たれ、障壁と衝突した。
眩い光と、鳴り響く轟音。
光線が止まる頃、いくつかの障壁は破壊されたものの、間一髪建物ごと吹き飛ばされる危険を防いだ。
建物が無事である事を確認したクロードは、
「あんなの何発も撃たれたらやばいぞ」
と屋根を伝い、巨大バグに向け走り出す。
その頃、一足先に巨大バグに向かっていたサイカは、巨大バグの足元にある民家の屋根まで到達していた。
だが、サイカはその巨大なバグを前に躊躇ってしまう。
(大きすぎる)
どう攻撃をすれば良いのかがわからず、エムに掛けてもらった風の加護も丁度切れてしまった。
そして巨大バグは、ニ発目の光線を今まさに放とうとしている。
判断に迷うサイカの耳に、クロードの大声。
「サイカ! 足だ!」
サイカは空かさず民家の屋根を飛び降り、巨大バグの足首辺りを斬った。サイカのキクイチモンジは、巨大バグの足首を切断、巨大バグは態勢を崩し、右手を地面に着かせながら倒れ、放たれたニ発目の光線は空に消えていった。
倒れながらも巨大バグは、その目線を今度はサイカに向け、三度目の光線を放とうとする。
そこに十分距離を詰めていたクロード。
「俺がいて良かったな!」
走りながら準備していた手榴弾をバグの口に目掛けて放り投げ、三発目の光線が放たれようとしている巨大バグの口に手榴弾が入る。
その爆発により、巨大バグの頭が吹っ飛んだ。
クロードは足を止め、アサルトライフルを構えてスコープを覗く。そしてコアが見えない事が分かると舌打ちをして再び移動を開始した。
そんな事を知ってか知らずか、サイカは態勢を崩した巨大バグの身体を上手く利用して、上へと駆け上がっていく。
破裂した顔があった部分まで来ると、バグの表面に赤い宝石の様な物が、浮き出る様にニつ現れる。吹き飛ばされたはずのバグの目が、首の付け根の部分に突如再生されたのである。
サイカの位置を確認した巨大バグは、左手でサイカを掴もうとしてくるも、サイカは飛んで宙返りしながらその手を避ける。そのまま落下しながら刀を振り下ろし、巨大バグの胸部分を大きく斬り裂いた。
そして露わになる巨大なコアを見て、その瞬間を待ち構えていたクロードがスコープ越しにアサルトライフルを連射する。
だがまるでコアを守る様に、剥き出しになったコアの表面が薄い紫色の液体に覆われ、銃弾は防がれてしまった。
そんな事をやっている内に、巨大バグの斬られた足は再生が完了、吹き飛ばされた顔も再生しつつ、立ち上がる巨大バグ。
クロードはコアを守る薄い表面を破ろうと、躍起になって弾を撃ち続ける。
まるで粘土の様に驚異的な再生能力を持つ巨大バグ。
地面に着地したサイカは、もう一度巨大バグの足首を斬ろうとするが、それを学習したバグは足を動かしてそれを回避する。それどころか、民家にわざと足を衝突させ、破片と砂埃をサイカ諸共周囲に撒き散らした。
瓦礫を避けながらサイカは後退。その際、クロードはもう一度手榴弾をバグのコア目掛けて投げていたが巨大バグはそれを手で防いでしまった。
ひとまず屋根の上に飛び乗ったサイカに、やっと追いついたエムがおぼつかない足取りで到着すると、
「サイカ!」
と、一度サイカに試した事のある夢世界スキル《ウインドウイング》を使用する。
サイカの身体は風に包まれ、地面から両足が離れ、宙に浮いた。
そしてサイカはエムを見て頷くと、エムも頷き返しアイコンタクトが通じた後、エムが杖の先端を巨大バグに向けかざし叫ぶ。
「いっけぇぇぇぇ!!」
すると、まるでロケットミサイルの様に、サイカの身体は飛び、一直線に巨大バグのコアに向かう。それを見たクロードは、銃弾がサイカに当たらぬ様、攻撃の手を止めた。
途中で巨大バグの手がサイカを掴もうとするが、エムが器用に杖を使って風を操り、サイカの身体を動かし回避する。
刀の間合いまで一気に詰め寄ったサイカは、夢世界での必殺スキル《一閃》を使い、巨大バグの胸部を斬り裂き、サイカは身体ごと巨大バグを貫く。
少し遅れて、巨大なコアにも一筋の亀裂が入り、やがて粉々に砕け散った。
コアを失った事で、巨大バグは静かに消滅して行く。サイカは風に守られながら、ゆっくりと降下して民家の屋根に着地した。
サイカとエムの連携が見事に決まった。
その後、巨大バグが倒されたことを合図に、なぜか攻め入って来ていた残りのバグの大群は撤退を開始。瞬く間に南の方角へと去って行った。
街の様々な場所で戦い、生き残っていたブレイバー達は、歓声をあげる者もいれば、安堵して座り込む者もいる。
その後もサイカは壊された南門まで追撃を行い、できる限りのバグを倒した。しかし城壁より外側へ出たバグを追いかける事はせず、城壁に登りバグが逃げる方向を観察するサイカ。
全てのバグが見えなくなった頃、サイカは振り返り城壁から街の様子を眺めるが、そこには見るも無残に破壊されたディランの町があった。
このバグの群勢に襲撃されディランが壊滅したと言う知らせは、エルドラド王国に激震を走らせる事となる。
翌日、エルドラド王国の王都シヴァイ。
この国で最大規模の広さを誇る町の中央に聳え立つ美しく巨大な建造物、エルドラド城は国の象徴。
そんな城にある玉座の間、王国兵士が厳重な警備をしている中、一人の銀色の鎧を身に纏った男が、赤いマントをなびかせ王に向かいゆっくりと歩く。右手の禍々しい黒い籠手と、背中の剣は対照的に金と白銀で彩られた大剣を背負っている。付き添うように女剣士がその背後を歩いていた。
玉座に座るグンター王の前まで来ると、立ち止まり二人は跪いた。
跪いたのを確認するとグンター王が話を始める。
「来たか、シッコクよ。反乱分子の始末、ご苦労であった」
シッコクと呼ばれた鎧の男は、
「はい。抜かりなく達成致しました」
と答える。
グンター王の言う反乱分子の始末とは、この国、この世界の有り様に疑問を抱いたブレイバーが組織を作り、解放を掲げ、山奥に拠点を築いていた為、王はその始末をシッコクに命じていたのだ。
「噂は耳に入っているだろうが、ディランがバグの大群に襲われた」
「はい。見た事もない巨大なバグもいたと聞いております」
「ならば話は早い。ブレイバー隊を率いてディランへ出向いてほしい」
「町の守護ですか?」
「それもそうだが、もう一つ。その町から南に行ったところにある、今回の原因となったバグの巣に出向け」
「そんな所にバグの巣があるとは初耳です」
グンター王の横に立つ大臣が、シッコクの発言を無礼と感じ注意をしようと一歩前に出たのをグンター王は片手をあげて静止させると、話を続けた。
「余計な事は考えるな。貴様はそのバグの巣にいるバグを殲滅するだけで良い」
「畏まりました」
シッコクは立ち上がり一礼すると、王に背を向け歩き出した。
付き添いの女剣士はシッコクの後ろを離れず着いて来ると、
「シッコク様、ディランの南は――」
と、小声で何かを伝えようとする。
「わかっている。ミーティア、王都にいる隊員達を掻き集めろ。すぐに出発する」
「はっ」
女剣士ミーティアに指示を出すシッコクの表情は険しく、その瞳は怒りと悲しみが入り混じっていた。