58.アヤノⅣ
アヤノが夢世界で、ゲームマスター、サイカ、琢磨に現在置かれている状況を説明した後に目覚めるとベッドの中にいた。
上半身を起こし、周囲を確認すると武器を抱えながら眠るジーエイチセブンがいて、メイドのナーテも椅子で眠っている。
そんな中、エオナだけは窓際で外の様子を眺めていて、いち早くアヤノの目覚めに気が付いた。
「起きたか。どうだった?」
「えっと……色々話してきました。私の身体……無事みたい」
「そうか」
「不思議な感じ。夢って言っても、私の知ってるすぐ忘れちゃう夢とは全然違くて……」
「当たり前だ。ブレイバーにとって、夢はもう1つの現実だからな」
すると部屋の扉が開かれ、ダリスが中へと入って来た。手には火縄銃を持っている。
「ナーテはいるか」
と、言った矢先に眠るナーテを見て状況を察し、すぐにエオナとアヤノに話を振った。
「私はケリドウェンを追う」
「今から?」
と、エオナ。
「まさかと思っていたが、開戦したらしい。相手はかなりの人数がいるらしくてな。本気の軍勢相手に、いくらあいつでも少し心配だ。別の場所にいる私の部下と合流して応援に向かう。ナーテが起きたらその旨を伝えておいてくれ」
「承知した」
戦闘が始まったなどという不穏な単語が出てきたので、状況が掴めないアヤノが質問する。
「え? どう言う事ですか? 何があったんですか?」
だが、ダリスは説明している暇はないといった様子で、
「頼んだ」
と言い残して、扉を閉めて行ってしまった。
なのでアヤノはエオナに顔を向けると、エオナは少々面倒臭そうに溜め息を吐きながらも状況を説明してくれた。
エルドラド軍が進軍してきた事、なぜかアヤノ達を引き渡せと言ってきている事、そしてケリドウェンが戦場に向かった事。
アヤノは自身が眠っている間に、とんでもない事態になってしまっている事に驚きを隠せなかった。もう一度眠って、サイカや琢磨に状況を追加で説明したいとも思ったくらいである。
そして危ない状況になってきたので、迂闊に外へ出ない方が良いとエオナに言われたので、大人しく部屋でケリドウェンの帰りを待つこととなった。
やがてナーテが目覚め、ダリスが戦場に向かった事をエオナが説明する。
そんな中、アヤノが仮面を付けて扉を開けようとしていたので、
「おい、屋敷の外には出るなよ」
とエオナに注意された。
「わかってる」
そう言い残し、廊下へと移動したアヤノは広い屋敷の中を徘徊する。
沢山ある部屋を適当に開けて中を確認して行き、本を読んでる男の子、会話をしている老夫婦、台所で料理を作っている若い女性、窓の外では雪かきをしている男性、様々な人を見かけた。
ここで生活している人間は、皆ここでの生活を受け入れ生活を送っている様だ。
でも彼らはこちらの世界の人間で有り、自分とは全く別物である。その事実が胸に刺さり、アヤノが彼らに声を掛ける事は無かった。
各々がそれぞれの行動を取るケリドウェンの屋敷は、不気味なくらい妙な静けさがある。
そんな風にアヤノは感じ取れたが、不安を打ち消す談笑の声が聞こえてきたのでそちらに向かう事にした。
玄関に行ってみると箒を持った二人のメイド、シェイムとユウアールが何やら楽しそうに話をしている。
ユウアールがアヤノに気付き話しかけてきた。
「おー! 目覚めたかぁ! あやのっち!」
「ど、ども」
まるでもう友達にでもなったかの様に、ユウアールが気さくな態度を見せてきたのでアヤノは反応に困ってしまった。
するとユウアールと話をしていたシェイムが、
「やめなさいユウ。そんな言い方。お客様に失礼でしょ」
と注意した。
「あははー。めんごめんご」
そんな風におちゃらけて見せるユウアールと、それを呆れた顔で見ているシェイム。アヤノにも仲の良さが窺えた。
2人にアヤノは質問を投げる。
「ここで何してるんですか?」
シェイムが答えた。
「見ての通り掃除です。いつでもケリドウェン様とダリスが帰って来ても良い様に。これもメイドの務め」
「慕っているんですね、あの人の事」
あの人と言ったので、ユウアールが口を挟んだ。
「あの人? ケリドウェン様の事言ってんの?」
「私、ケリドウェンさん、ちょっと苦手で……」
「そりゃまあ、ケリドウェン様は偉大なお方だしね。ちょっと次元が違い過ぎるし、目線がお高いから、近寄り難い雰囲気あるもんなぁ。そいや、俺らん中ではシェイムはナーテの次に付き合い長いんじゃなかったっけ?」
話を振られたシェイムが口を開く。
「そうですね。厄災以降、統率が取れなくなり内乱止まらぬ没落期だったオーアニルで、ケリドウェン様とナーテに助けられたから……大分長いですね」
「ほほー。そいつは詳しく聞きたいねぇ」
「あえて話す事なんて何もありませんよ。ケリドウェン様はいつだって私達が足元にも及ばないくらい強く、そして人情に厚い人です。ユウなんかケリドウェン様に出会った時、無謀にも勝負を挑んで負けたんでしょ?」
「ん? あー、まあね。この国ではそこそこ有名なブレイバーだったし、強い奴を求めてたからさ。空を飛ばないってハンデ貰ってタイマン勝負したんだけど、見事に負けた。ありゃもう規格外だ。勝てる奴がこの世に本当にいるとは思えねーよ」
「……私が思うに、ケリドウェン様はあの一本角の悪魔とは引き分けたと言うけど、何十年も負け知らずで、どんなブレイバーも、レベル5のバグですら相手にならない。その傲慢は唯一の弱点……なのかもしれませんね」
「そりゃ傲慢にもなるだろうよ。そうは言うけど、その傲慢さが、俺たちをここまで導いてくれたんだぜ」
2人の会話を聞いていると、やはりケリドウェンも含め、それぞれが色んな経験をして様々な出会いを経て、この場にいるのだと解る。
ブレイバーなんて人間ならざる存在になってしまっては不幸しかないと思っていたアヤノにとって、こんな人間味溢れるブレイバーを前にして、心が温かくなる思いだ。
だからと言って2人の会話に入れる訳もなく、アヤノはただ耳を傾ける事しか出来なかった。
ケリドウェンの話題で散々盛り上がったと思えば、急にシェイムが何かを思い出したかの様に、
「あ、私、ナギの様子見てきますね。そろそろ起きてるかもしれないし」
と、そそくさと歩き出す。
その背中を見送りながら、アヤノはユウアールに聞いた。
「ナギさんって、まだ目覚めないんですか?」
「みたいだなぁ。傷はとっくに癒えてるらしいんだけど、夢世界で夢主がログインしたままなんかねぇ」
「そんな事もあるんですか」
「あるにはあるけど……ナギの場合は、ゾンビサバイバーとかっていう夢世界で、長時間の活動は今まで無かったんだけどなぁ」
「ゾンビサバイバー! 聞いたことあります!」
と、急に目を輝かせて食い付いてきたアヤノだった。
「へ? どしたん急に」
「私も実況動画で見た程度なんですけどね」
「じ、じっきょうどうが?」
「ゾンビが徘徊するマップで協力プレイするゲームなんですけど、ゾンビの動き方が凄いリアルで、ゾンビゲームの革命だなんて言われてるんですよ! ヘリコプターからのロープ降下とかも出来て、ほんと映画みたいで!」
「お、おう……すげぇんだな」
マシンガントークに少し引き気味になったユウアールを見て、アヤノは咄嗟に謝った。
「ご、ごめんなさい」
「いいよ。あやのっちは夢世界について詳しいんだな」
「まあ」
「じゃあさ、もしかしてなんだけどさ、俺の夢世界、オーセンティックファイターエボリューションって知ってるか?」
「ああ、オセファイって言われてる格闘ゲームの最新作!」
「そうそれ! 俺はそこの出身なんだよ!」
「へえ。でも、ごめんなさい。あまり格闘ゲームには興味無くて、動画サイトのコマーシャルで見た程度で……」
「どうがさいと? そっかぁ。知らないかぁ。残念」
2人がそんな会話をしていた時だった。
ナギが眠っていた部屋の扉が開き、中から夢世界の戦闘服を着たナギが出てきた所にシェイムが遭遇していた。
「あらナギ。起きたんですね。貴女が眠ってる間に大変な事が……ナギ?」
ナギは右手にハンドガンを持っている事に気付き、シェイムは何か様子が変だと感じた。
そんなナギは冷めた目線をシェイムに向け、
「シェイム、あの仮面の娘は何処?」
と質問してきた。
「え? それなら今、玄関でユウと一緒にいるけど」
「そう。ありがとう」
パンッ。
火薬が鉄の弾を放出した音。
シェイム本人も自分が何をされたか理解できず、ナギが自身に銃口を向けてきたのを認識した時には、銃弾が頭に命中していた。
銃口から硝煙が上がり、空になった薬莢が1つ地面に落ちて転がった時、シェイムは箒を手に持ったまま後ろへと倒れた。
ナギは仰向けに倒れ意識の無いシェイムに近づき、次は彼女の胸を狙い2回発砲。
気を失い意識の無いシェイムは、成す術無くコアを撃ち砕かれ、そのまま消滅して逝った。
その銃声は、屋敷にいる全員の耳に届いた。
ナーテは咄嗟に槍を持って部屋の外へ飛び出し、エオナは床で眠っているジーエイチセブンを起こす。アヤノと話していたユウアールも、様子を見る為に走り出していた。
その間、ナギは部屋から出てきた本を持った男の子を射殺した後、近くにあった台所へと移動。
料理をしていた女性がナギが入って来た事に気付き、話しかけた。
「あら、ナギさん目覚めたんだね。良かった。今、銃声の様な音が……」
パンッ!
女性も頭を的確に撃ち抜かれ、その反動で鍋をひっくり返しながら力無く倒れた。
外で雪かきをしていた男性も、何事かと様子を見る為に窓から中を覗いて来たので、ナギはそれも射殺。
最初の発砲が行われたと思われる場所にユウアールが到着すると、床に落ちている穴の空いたメイド服と箒が一本。そして部屋の出入り口で倒れている男の子を発見。駆け寄って抱き上げるが、既に息絶えていた。
「弾痕……撃たれてる……敵が侵入してきたのか!?」
焦りながらも周囲の状況を確認するユウアール。
すると廊下の隅にある台所から出てくるナギが見えた。
「ナギ! 目覚めてたのか! 敵襲だ!」
こちらに向かってハンドガンを構えるナギを見て、ユウアールは本能的に部屋の中へと隠れた。
発射された数発の銃弾が部屋の入口、ドア枠に次々と着弾。隠れていなかったらユウアールに命中していたコースである。
「ナギ! 俺は敵じゃない!」
ユウアールはナギが勘違いして誤射したのだと考えていた。
だが、顔を出そうとした所で、再び銃弾が放たれた為にユウアールだと分かった上で撃ってきているのだと悟る。
「ナギ!? どうしちまったんだ!」
ユウアールが必死に大声で語りかけているその場所へ、気になって追いかけてきていたアヤノがやって来た。
そんなアヤノが目にしたのは、弾を装填してハンドガンの銃口を自身に向けてくるナギの姿。
「え?」
と、戸惑うアヤノの声が聞こえたユウアールが叫ぶ。
「逃げろアヤノ! ナギは正気じゃない!」
その言葉を聞いて、アヤノはナギに背中を見せ走り出した。が、ナギは冷静に彼女の頭……ではなく、照準をアヤノの足に向けて発砲。
アヤノの右膝を銃弾が貫通した。
激痛が走り、派手に倒れるアヤノ。
「ああっ! なにこれ! 痛い! 痛い! 助けてユウアールさん! 助けてぇ!」
アヤノは痛さのあまり悲鳴をあげ、倒れながら右膝を両手で押さえた。
そんな現場に遅れて到着したのは槍を持ったナーテ。先ほどのユウアールの声を聞き、状況を見た事で、ナギがアヤノを撃ったのだと判断した。
ナギは駆けつけてきたナーテに銃口を向けたので、ナーテは槍を投擲する。
投げられた槍を回避する動作と発砲が重なり、放たれた銃弾はナーテに当たる事は無かった。
「ナギ! 自分が何をしているのか分かっているのですか!」
無残に残されたシェイムが着ていたと思われるメイド服や、倒れている男の子の死体を見て、怒りを見せるナーテ。
しかし、ナギは薄らと笑みを浮かべてこう言った。
「さあ、その冥魂を渡してください。私達にはソレが必要なんです」
「私達? 何を言ってるんですか!」
「神がその子を欲しているから、渡さないといけません。なので、大人しく消えてください」
「何を……気でも狂いましたか!」
そこへエオナやジーエイチセブンが遅れて来た為、ナーテが指示する。
「ここは危険です。アヤノさんを安全な所へ。もうすぐ吹雪が来るので、屋敷の外へは行かないでください」
「分かった」
と、ジーエイチセブンがアヤノを担ぎ、エオナが抜刀の構えで警戒しつつ、その場を後にする。
ジーエイチセブンやエオナに照準を向けたナギであったが、すぐ横の階段を老夫婦が下りて来た事により、それは老夫婦へ向けられる事となった。
「やめなさい!」
と、ナギが叫ぶも間に合わず、老夫婦に向けて銃弾が発射される。
咄嗟に奥さんを庇う為に前に立ちはだかった男性が数発撃たれ、階段を転げ落ちる事となった。
旦那を瞬時にして失ってしまった女性は、階段で腰を抜かし地べたに尻を着いてしまった所に銃弾を撃たれ絶命した。
転げ落ちてきた男性の死体が見えた事で、ナーテの怒りは頂点に達する。
「ナギ! なんて事を!」
だが、それはナーテだけでなくユウアールも同じである。
ユウアールが部屋から飛び出し、
「ナギイイイイイイイイイイイイイ!!!」
と、叫びながら突進。
左右に小刻みに動きながら走る彼女に、ナギの放った弾丸は当たらなかった。
5発目の銃弾がユウアールの頬を掠めた時、彼女は既にナギの懐まで到達しており、ナギはハンドガンを投げ捨て防御態勢に入る。
ナギはユウアールの殴りと蹴りの連打を、両手で器用に防ぎ、ハイキックを上体を逸らして避けた。
そうやってナギは腰のサバイバルナイフを素早く抜きつつ対抗する。
激しい近接戦の攻防がしばらく続き、ナギが放った突きを左手で払いのけたユウアールは、
「御免!」
と謝りながらナギの腹部へ右手の平を押し当てる。
それはとても静かに押し当てられた手の平だったが、もの凄い衝撃がナギの胸部で発生した事により、身体がくの字になりながら廊下の奥へと吹き飛ばされたナギ。壁に激しく衝突して止まった。
すぐさま追撃で距離を詰めたユウアールは、ナギが地面に足が着けないほどのパンチの連打をお見舞いした。
実に20発にも及ぶパンチの嵐を繰り出した後、最後は正拳突きでナギのコア部分を狙おうとする。
「消すな!」
そんなナーテの叫びが聞こえたので、思わず突きの当て所をもう一度腹部へと切り替えた。
石で出来た壁が陥没して亀裂が入るほどの威力により、ナギは吐血して気を失う。
ナギの動きが止まった事で、気を緩めたユウアール。が、ナギはそれを待っていた。
ニヤッと笑みを浮かべたナギに気付いた時には、ユウアールの右腕が切断。それはナギの変質した右手の鋭い爪による攻撃だった。
瞬時にして得意の右腕を失う事になったユウアールが反応する前に、ナギの蹴りが彼女の顔に直撃。ユウアールは壁に頭を衝突させ、そのまま倒れた。
「くっ……そぉ……」
と、右手から滝の様に出血をさせながら、残った左腕で立ち上がろうとするユウアール。
ナギは両手にアサルトライフルを召喚して、ユウアールに向け躊躇せず引き金を引く。
立ち上がろうとしていたユウアールに10発程の銃弾が次々と着弾して、やがて彼女のコアは撃ち砕かれる事となった。
身体だけが消滅して、ユウアールが着ていたメイド服だけがその場に取り残されるのを見て、入れ替わる様に動いたのはナーテだった。
「ヴァジュランダ!」
と、武器の名を呼び先ほど投げた槍とは別の槍を手元に召喚したナーテ。
雷の様な枝分かれした穂を持つヴァジュランダが激しく電撃を放ち、そんな槍を持ったメイドが前に飛び出す。迎え撃つ為、ナギはアサルトライフルのHK416を構えた。
アサルトライフルの連射音が2階にあるケリドウェンの執務室に隠れた3人にも聞こえていた。
苦しむアヤノをソファに寝かせるエオナが言った。
「仲間割れか?」
ジーエイチセブンは剣を手に持ち入口の扉をそっと閉めながら、
「分からない。ただの喧嘩って訳でもなさそうだ」
と、強張った顔を見せる。
銃声が続き、窓ガラスが割れる音も聞こえ、1階で行われてるメイド同士の戦いは激化している様だ。
そんな音を聞きながらエオナは懸念している事を口にした。
「あの銃で暴れてるブレイバーは確か、例のクロギツネとやらに倒された奴だったな」
「そうだ。それ自体がフェイクで、クロギツネの仲間だったと言う事か」
「メイド同士、仲良さそうだったのに……」
「それよりもこの状況をどうするかだ。アヤノがそんな怪我では、とても外へ逃げるなんて無理だ」
「だったら戦うしかないだろう」
と、エオナが刀を手に取った。
それを見てジーエイチセブンも頷くと、窓の外で遠くに小隕石が落ちて行くのが見える。だがその事について彼はこの際考えない事にした。
手榴弾の爆発音、鳴り響く銃声、音からしてナギとナーテの戦いは2階に移動してきた様だ。
すると居ても立っても居られなくなったジーエイチセブンが言った。
「めんどくせぇ事になってきたな。ちょっと様子を見てくる」
「何言ってんだ! あの槍メイドに任せとけばいいだろ!」
「お前は、長く付き合ってきた仲間を一切の躊躇無く斬れるか?」
「それは……」
「そういう事だ。アヤノを頼んだぞ」
そう言い残し、ジーエイチセブンは扉をゆっくり開け、外の様子を窺いながら出て行った。
それを見送ったエオナはソファで苦しむアヤノの傷口を見る。
「血は止まってる。大丈夫、これぐらい1日で治るさ」
涙目で頷くアヤノを見ながら、エオナは続けた。
「大丈夫ばい。うちが……守るけん」
口調に素が出てしまったのは、エオナも気が動転してるからである。
そして激しい銃声と窓ガラスの割れる音に反応して、エオナは抜刀の構えをして部屋の入口を警戒するのであった。
2人が戦っている現場にジーエイチセブンが駆け付けた時、ナーテの槍がナギを串刺しにして窓ガラスを突き破り外へ飛び出していた。
右半身がまるでバグの様な化け物に変貌しているナギを貫いたヴァジュランダの電撃は、まるで雷でも落ちたかと錯覚しそうな程に放電をしており、眩い光を発していた。
数か所撃たれて負傷しているナーテであったが、そんな事は御構い無しに思いっきり2階の高さから地面へと突き落とす。
雪が煙の様に舞う中、ナーテは槍を持って空中でくるりと回転して着地しつつも、そのままナギを槍で投げ飛ばす。
庭の雪を転げるナギを見ながらナーテは問いを投げた。
「ケリドウェン様への忠義は偽りだったのですか! 答えなさいナギ!」
槍で突かれた際に、残弾がほとんど無いアサルトライフルを廊下に落としてしまった為、ナギは丸腰である。
しかしながら、ナギの化け物じみたその様相は、それ以上の脅威に見えた。
「私はケリドウェン様を尊敬しています。ええ、していますよ」
と、不敵な笑みを浮かべながら語るナギ。
その様子に、ナーテはナギの正体に何となく気付いていた。
「貴女……誰ですか」
「私はナギですよナーテ。忘れてしまったのですか」
「いいえ。貴女の中に、別の何かを感じます。貴女はナギであってナギではない」
「ククッ。だったら何だと言うのです」
「身体を乗っ取るバグと言った所でしょうか。ですが……シェイムとユウアールを殺めたその罪、例え私が許したとしても、ナギ自身が許さないでしょう。よって、私は貴女を始末します」
そう言って構えるナーテのヴァジュランダは、殺意に応えるかの如く電撃を纏い、バチバチと強烈な電気が迸った。
ナギもまた、そんなナーテを迎え撃とうと今度は全身を黒く変色させたと思えば、獣にも似たバグの仰々しくも悪魔的な姿へと変貌させる。
「覚悟!」
と、ナーテが飛び出し、激しい電撃を放つ槍が振り回された。
瞳孔を赤く光らせ変貌したナギの動きは素早く、くるりくるりと回転して襲いかかる穂を寸前の所で避けてくる。
避け切れない攻撃は大きな手で防御して、伝わる強烈な電気を無視してもう片方の手で反撃。そのパンチをナーテも避けながら後ろに回り込み、突き。
空中に飛躍してそれを避けたナギは、空から指を組んだ両手をハンマーのように振り降ろした。
ナーテはヴァジュランダの柄でそれを防ぐと、その衝撃で両脚が少し雪に沈んだ。
なので後方倒立回転跳びで埋まった足を抜き、後方へと距離を取ったナーテへナギが追撃。
今度はナギの連続攻撃の番となったが、ナーテはそれを器用に受け流し、そして突く。
ナギはその突きを横に避け、目眩しに雪を掻き飛ばしてきた。
雪を顔面に受けながらも、ナーテは夢世界スキル《乱気の攻刃》を発動させ、強化された槍で薙ぎ払った。
その刃はナギへ見事に命中、後方へ吹き飛ばされたのを好機と見たナーテが追撃。
追う様に放った突きは、ナギの左肩に刺さり電撃を流し込んだが、それを受けながらナギは拳を振るってナーテを殴り飛ばした。
屋敷の壁に激突して止まるナーテに、ナギが突進してもう一度殴る。
壁を派手に壊して、ナーテをそのまま室内へと押し飛ばした。
壁を破壊しながら、稽古の部屋で転げたナーテは、
「かはぁっ!」
と大量の血を吐きつつも立ち上がり、ナギの肩に刺さったままだったヴァジュランダを手元に呼び戻す。
そんな彼女のメイド服はボロボロで、被弾した数個の弾痕の穴から血が滲んでいた。
槍を支える左手には上手く握力が入らず、右手一本で何とか持っている状態だ。
それでも容赦無く襲い来るナギに対して、負けじと槍を振るうナーテ。
彼女は涙を浮かべていた。
ケリドウェンの従者であるナーテ、シェイム、ユウアール、ナギは10年近い付き合いがある。
苦楽を共にして、ケリドウェンに厳しく育てられてきた。
だからナギがこんな化け物になってしまっているなど信じたくも無いし、ナギの手でシェイムやユウアールが消滅させられたなんてもっと受け入れたくない事実だ。
ナーテの振るう一刀一刀に、仲間を想う気持ちが込められている。
しかし酷く負傷しているナーテの動きは鈍くなっており、ナギもまた傷だらけでよろめきながら何とかその腕を振り回していた。
気力と気力のぶつかり合いは、互いの攻撃を受けながら反撃するという酷く泥臭い戦いへと移行。
そして先に力尽きたのはナーテで、足の力が抜けて片膝が崩れてしまった事で出来た隙に、ナギの強烈な拳が顔面に直撃してしまった。
ヴァジュランダを落とし仰向けに倒れたナーテは、脳震とうによって意識が朦朧としていて、視界がぼやけ力を失う。
勝ちを確信したナギは変身を解きながら歩みを進め、ハンドガンを手元に召喚して弾を装填。倒れるナーテに向かってその銃口を向けた。
「随分と手こずらせてくれましたね。さすがメイド長」
段々と視界が鮮明になってきたナーテは、
「……ナギ……貴女はいつも詰めが甘いですね」
と、笑みを零した。
「なにを―――」
ナギの背後からジーエイチセブンが大剣を突き刺した事で、ナギの言葉は途中で途切れる事となる。
その剣は的確にナギのコアを貫いた為、ナギは手に持ったハンドガンを床に落としながら、満足そうな表情で消滅して行った。
最後まで消滅した事を確認したジーエイチセブンは、ナーテの元へ近づき腰を落として手を差し伸べる。
「メイド長が部下の失態を処理するのに、そんな成りでどうすんだよ」
「アヤノさんは……無事……ですか」
「ああ。エオナが護衛に付いてる」
「そう……ですか」
「俺たちはこれからどうすればいい」
「ここから北へ行った所に……ブレイバーの集落があります。そこ……が、いざと言う時の避難場所……に……」
と、ナーテは吐血した事で言葉が途切れてしまった。
「それ以上喋るな。北だな」
そう言ってジーエイチセブンは大剣を背に戻し、重傷のナギを担ぎ上げた。
アヤノとエオナがいる部屋まで戻ったジーエイチセブンは扉を開け、そして話しかける。
「エオナ、移動するぞ」
「終わったのか?」
「なんとかな」
酷い怪我をしているナーテを見て状況を察したエオナは、ソファで右膝の傷を押さえて苦しんでいるアヤノに聞く。
「立てるか?」
「はい……つっ」
と、立ち上がったアヤノは傷が痛み、倒れそうになったのでエオナが肩を貸した。
「それで、宛はあるのか?」
とエオナがジーエイチセブンに問う。
「ここから北に避難場所があるらしい。まずはそこに移動する」
「距離は?」
「わからん」
「はぁ?」
「とにかく行くしかないだろう」
そんな会話をした後、ジーエイチセブンとエオナは怪我人2人を抱え、まずは屋敷を出る事にした。
外に出るまでの間、ナギとの激しい戦いがあった形跡がある。床に転がる人間の死体。台所には作っている最中だったであろう料理。そして、2名分の穴が開いたメイド服。
さっきまで平和で静かだった屋敷で、1人の裏切りによってあっと言う間に多くの命が失われた。
アリーヤ共和国であったバグとの戦争とは違い、ブレイバーとブレイバーが争った悲惨な光景がそこにある。
「私達、疫病神ってやつか」
とエオナ。
「これは俺たちだけの問題じゃない。悲観する前に足を動かせ」
ジーエイチセブンはそう言いながら、器用にコンパスを取り出して方角を確認して歩き始めた。
エオナとアヤノもそれに続こうとしたが、ユウアールと協力して作った巨大雪だるまが見えたので、しばし立ち止まって動こうとしないアヤノがいた。
ブレイバーが消滅しても、当人がこの世界にある物で作った物は消えない。
それを象徴してくれている雪だるまは無傷で、何処か虚しい雰囲気がある。
「ほら行くぞ」
と、エオナが右足を引きずるアヤノの背中を押して、歩く様に促したのでアヤノも黙って歩みを進めた。
雪みちを歩くときは、重心を前におき、できるだけ足の裏全体をつける気持ちで歩く必要がある。
そうやって雪が降り続く道なき道を、ただひたすら北へと進んでいく。雪が段々と吹雪き始め、森が深くなっていった。
急がず焦らず、どれ程歩いたか分からないが、丘を2つほど超えた先で複数の建物が見えた。
大きめな木製の家が10軒ほどで、村と言うには寂しいその場所は、1軒の家の煙突から煙が出ているのが確認できる。
怪我人を庇いながら、ずっと雪の中を歩き続けてきた2人にとって、明かりも灯った生活感のある建物を前にして早足となった。
それを邪魔するかの様に、天候悪化による吹雪で視界が悪くなってきたが、集落には何とか到着出来た。
外には人影が無く、どの家の扉をノックしようかとジーエイチセブンが考え始めた時、目が覚めたナーテが肩に担がれながらも口を開いた。
「降ろしてください」
「大丈夫なのか?」
と、ジーエイチセブンは小柄な彼女を肩から降ろす。
「ええ。もう大丈夫……です」
そう言ってまだ傷が完全に癒えておらず苦しそうなナーテは、手元に槍を召喚して杖代わりにそれを地面に着けた。
心配そうに目線を送りながらも、ジーエイチセブンは聞く。
「人の気配が無い。どうなってるんだ?」
「……そうですね」
煙突から煙が出ている建物に、ナーテは近づいて遠慮する事無く扉を開き中に入ったので、ジーエイチセブンもそれに続いた。
その近くで、エオナは隣の家の外壁に何かが刺さった様な跡が無数にあるのを発見。
「これは……」
その頃、建物の中に入ったナーテとジーエイチセブンは、中を捜索していた。
燃え盛る暖炉、テーブルの上に置かれているまだ温かい飲み物。少し前までここに誰かがいた事が分かるが、ジーエイチセブンが言っていた様に人の気配が全く感じられない。そんな不気味な静けさが支配していた。
リビングやキッチンの他に部屋は3つ、屋根裏に続く階段もあり、ナーテは見知った様子で1つ1つ見回りながら声を上げる。
「誰かいませんか! アリシア! スレイ!」
だが返事は無い。
ジーエイチセブンはリビングの内装を見渡しながらナーテに質問を投げた。
「ブレイバーの集落って事は、例の戦争に駆り出されてるんじゃないのか?」
「全員では無いはずです。こういった事態に備えて必ず何人かは残る様に、ケリドウェン様が決まりを作っていますから」
「じゃあこの状況はなんだ?」
「妙ですね。誰かが少し前までいたような形跡はあるのですが……」
「俺が他の家も見てこよう」
そう言い残しジーエイチセブンが家の外に出ると、玄関を出た所で遅れてやって来たエオナとアヤノに出くわした。
するとエオナが外で見た事を口にする。
「ジーさん。外に戦闘をした形跡があった」
「なに?」
それを聞いたナーテが、
「そんな!」
と、ジーエイチセブンよりも先に他の家の様子を見に飛び出した。
なので、ジーエイチセブンも後に続く。
エオナは暖炉で温まっているその家のリビングで、アヤノを椅子に座らせ、屈んで右膝の傷を確認しながら聞いた。
「痛むか?」
「ちょっと違和感あるけど、もう大丈夫。痛みは引いた」
「そうか。それは良かった。思っていたよりも再生能力が強いな」
「私達。これからどうなっちゃうの?」
「分からない。とにかく外は吹雪いて来てるし、しばらくはここで休む必要がありそうだ」
2人がそんな会話をしている間、ナーテとジーエイチセブンは手分けして他の家を見て回ったが、やはり誰もいなかった。
どれも誰かがいた形跡はあるものの、生き物の気配は無い。
エオナが言っていた戦闘の痕、家の壁面に残された無数の傷跡をジーエイチセブンも見つけ、戦闘行為があったのではないかと予想できる。が、吹雪のせいで視界は悪く、集落全体の様子を見渡す事は叶わない。
一通りの家を見て回った後、最初に入った家の前でナーテとジーエイチセブンが合流する。
「どうでしたか?」
とナーテ。
「ダメだな。誰もいない。そっちもか」
「……腑に落ちませんが、仕方ありません。とにかく吹雪が止むまで家の中で待ちましょう」
「そうだな」
ジーエイチセブンが先に歩き、玄関の扉を開けながら振り返ると、まだ傷が治っておらず疲弊したナーテが覚束ない足取りで歩く姿があった。
「大丈夫か?」
「はい。このくらいで弱音を吐いてたら、ケリドウェン様に殺されます」
「そうかい」
その瞬間、ジーエイチセブンは気付いてしまった。
ナーテの背後に見える建物の屋根、空間が歪曲した様な人型の何かがあった。それはワールドオブアドベンチャーで度々見た事がある夢世界スキル《ハイディング》を使用したプレイヤーキャラが、天候の悪い所で動きを見せた時に見える物にそっくりである。
ジーエイチセブンが何か嫌な予感がして、咄嗟に叫んだ。
「敵だ!」
ナーテはジーエイチセブンの目線の先に向かって振り返る。
だが時既に遅く、正面から無数の苦無が飛んで来て、ナーテの身体に突き刺さった。
10本にも及ぶ苦無の内、1本の苦無がナーテの首に刺さってしまい、ナーテは人形の様に力無く倒れてしまう。
首を負傷した事で、ナーテは声が上手く出せない様子で、全身から出血しながら痙攣を起こした。
あっと言う間の出来事に、ジーエイチセブンはしばし唖然とした後、すぐに我に返って背中の大剣を手に取り構える。
そうやって周囲を警戒するも、吹雪のせいで敵を視界に捉える事が出来ない。
しかし先ほど空間の歪曲が微かに見えた建物の屋根に、黒フードで狐お面のブレイバーが立っているのが見える。が、すぐに吹雪の中へと姿が消えてしまった。
ジーエイチセブンは倒れるナーテに駆け寄り、片手で剣を持ったまま、もう片方の手でメイド服の襟を掴んで引き摺る。
「おい! しっかりしろ!」
声を掛けながらナーテを引き摺って家の中に戻ると、
「エオナ! 敵襲だ!」
と叫びながら、玄関の扉を閉め、ナーテに刺さった苦無を抜いて行く。
「ぐっ……ぁっ……」
元々重傷だったナーテは、更なる負傷を重ねてしまった事で苦しんでおり、しばらく動けそうに無い。
リビングではエオナがアヤノを壁際に彼女を移動させながら、いつでも抜刀ができる様に構えた。
「敵は何人だ!」
「分からん。例のクロギツネと呼ばれてる奴らだ」
「複数いるのか」
「そうだ。しかも夢世界スキルで姿を消してやがった」
「なんだと?」
「あれはワールドオブアドベンチャーのハイディングだ」
「厄介だな……」
ワールドオブアドベンチャーの隠密スキル《ハイディング》は、アサシン、ニンジャ、クノイチの専用スキルで、最大で30分間透明になれる。だからと言って無敵と言う訳でもなく、攻撃をしたり受けたりすると解除され、クールタイムは1時間と非常に長い。そして味方からもその姿は見えなくなってしまう事もデメリットの1つ。
強い風で窓がカタカタと音を立て揺れている中、もしかしたら見えない敵が侵入してきているかもしれないという恐怖が訪れた。
ジーエイチセブンがナーテに刺さった苦無を全て抜き、そのまま壁に寄せて剣を構える。
エオナも特に窓を警戒しながら、壁際で震えているアヤノへ話しかけた。
「アヤノ、その腰にある短剣が飾りでないのなら、戦え。自分の身は自分で守って見せな」
「は、はいっ!」
そう言われて腰に短剣のクリスタルダガ―を携えている事を思い出したアヤノは、それを持って構えた。
「確認したいんだけど、ワールドオブアドベンチャーだと職業は何だ?」
「え? えっと……盗賊だったと思う」
「盗賊か。なら何かスキルは使えないのか? それこそハイディングで隠れるとか」
「そんなこと言われても! どうやるのか……だって、スキルってコントローラーとかキーボードとか使って出すもので……」
「そうか、夢主はそれで私達を操作してるって訳だな。ジーさん、どうする」
玄関の扉がいつ開かれるかと強張った表情で待ち構えているジーエイチセブンは、これからどうするかと問われ、判断を強いられた。
外は吹雪、見えない敵の人数は不明。外は包囲されているかもしれないし既に室内へ入り込まれてるかもしれない。
ジーエイチセブンがまず考えたのは、透明化スキルを看破する手段である。
――考えろ。夢世界では彼らの様な隠密職業が対人戦で身を隠した時、俺たちはいつもどうしてる。透明化した相手が見える様になる手段……それは……
「エオナ! エウドラの実だ! エウドラの実を使え!」
「エウドラの実だって? そうか……いや、ダメだ! 私は夢世界で対人戦なんてしないから、私は持ってない! アヤノは!?」
アヤノはそもそもエウドラの実というのが何なのか分からず、首を横に振った。
「ちっ。俺だけか。めんどくせぇ、所持アイテムの召喚は苦手なんだがな……」
と、手のひらを見つめ、意識を集中する。
エウドラの実とは、貴重な消費アイテムであるが、使用すると10分間、ステルスを見破ることができる。
ジーエイチセブンの夢主は常にこれを持つように心がけていたはずだ。
あとはイメージの問題で、強く念じれば手元に夢世界での所持物を呼び寄せる事ができる。
彼にとって、こんな極限状態でそれを成功させた事は……無い。
――出てこい! 頼む!
ゆっくり、とてもゆっくりとジーエイチセブンの手元に現れたのは鮮やかな黄色い果皮にゴツゴツとしたトゲを持つ果実。
ジーエイチセブンはエウドラの実を召喚する事に成功した。
迷わずそれをかじり、口に含んだ所でそれをエオナが見える位置まで移動して投げる。
エオナはエウドラの実を受け取って同じくかじったと思えば、後ろにいるアヤノへ投げたので、アヤノは2人分のかじり痕が残ったそれを受け取る。
「食べろ」
とエオナが言うので、見た事も無い果実に躊躇しながらも、アヤノはそれを口に含んだ。
正にその時である。
狐のお面を付けた黒い人物が振るった短刀を、エオナが鞘で受け止めていた。
同時にジーエイチセブンも背後の気配を察知して先に剣を薙ぎ払っており、それを避けるもう1人のクロギツネ。
動いた事で姿が露わになった2人のクロギツネは、それぞれエオナとジーエイチセブンを相手に戦闘へ突入した。
室内で激しく斬り合いが展開され、アヤノは慌ててリビングの壁際で丸くなり、短剣を持つ両手が震える。
2対2の戦闘は激しく、机はひっくり返り、扉が壊れ、投げられた苦無が壁に突き刺さる。
エオナは相手の攻撃を何度か防ぎ避けた所で、
「抜刀」
と、夢世界スキル《霞の構え》で鞘から抜いた刀を自分の口あたりで水平にして持ち、次の攻撃に備えた。
エオナに対するクロギツネは、その構えを少し警戒しながらも攻撃を仕掛けてきたので、連携カウンタースキル《朧返し》が発動。
相手の刀を弾き飛ばした。
そのまま更に連携スキル《月光・発》による突き技、からの連携スキル《月光・開》で3連撃を繰り出し、クロギツネを斬り刻んだ。が、それは幻影。
夢世界スキル《空蝉》で幻影を置いたクロギツネは、エオナの背後に回り込んでいた。
「しまっ――ぐっ!」
エオナは背後から忍刀を突き刺され、ついでに蹴り飛ばされ地面を転がる。
その頃、ジーエイチセブンは力技で大剣を振り回していたが、素早い相手を捉える事が出来ずにいた。
又、ジーエイチセブンの相手となっているクロギツネが付けているお面は、狐と言うよりは角の生えた鬼である。そのお面は、ジーエイチセブンも見覚えがあった。
距離を取ったクロギツネは両手で印を結び、夢世界スキル《忍法火炎陣》が発動され、床から次々と火柱が放たれる。
熱い炎を掻い潜るジーエイチセブンに向かって苦無も数本投擲されたが、ジーエイチセブンは避けようとはせず身体で受け止め、そのまま突進。
そのままジーエイチセブンは大剣を振るったが、狭い室内の壁に大剣が当たってしまった。
隙を見抜いたクロギツネは鬼の目が光り、
「忍術型だと思って甘く見たな」
と、夢世界スキル《震撃斬》を発動して忍刀でジーエイチセブンを斬った。
「お前っ!」
それほど深くは無い傷だったが、《震撃斬》によって身体が麻痺したジーエイチセブンはその場に崩れる様に倒れる。
今の攻撃により、ジーエイチセブンはクロギツネの正体に確証を得た。
シノビセブンだ。
《忍法火炎陣》による火が、木造の壁や天井に引火して火事が発生する。
瞬く間に燃え広がる炎の中、痺れる身体を必死に動かそうとするジーエイチセブン。だが、それを見下す鬼の仮面が言った。
「これも神の思し召しである」
と、両手で真っ直ぐ振り降ろされる短刀の刃。
「このっ――」
動く事が出来ないジーエイチセブンの胸を忍刀が貫き、コアが破損。
そのまま何も言葉を発する事も出来ず、ジーエイチセブンは消滅した。
「ジーさん!!!!」
と、叫ぶエオナも力及んでおらず、壁に叩き付けられ、大量の苦無で釘付けとされてしまっていた。
燃え広がる炎を背にして、クロギツネがゆっくりと動けないエオナへと近付く。
忍刀が橙色の炎の明かりを反射して、その鋒がエオナの心臓に向けられる。
万事休す。と、思われた時、部屋の隅で怯えてるだけだったアヤノが動き出していた。
刃物を人に向けるなど初めてで、尋常じゃないくらい手を震わせながら、目の前で危機に陥ってるエオナを助ける為に走っていた。
「やああああああああああああっ!!!!」
クロギツネもアヤノは戦力外とあなどっていた為、その叫びに反応して振り返ったが、アヤノが持つクリスタルダガーが脇腹に刺さる。
アヤノの手は赤く染まり、ポタポタと落ちる血が生々しい。彼女が初めて味わう感覚は、思っていたよりも軽く、さっくりと刃が進んだ様に感じていた。
決死の覚悟で行った攻撃であったが、クロギツネは痛がりも恐れも見せず、アヤノの首を掴み持ち上げた。
「うぐっ」
苦しむアヤノは必死に相手の手を自分から引き離そうと両手を使うが、力が強くビクともしない。
首が圧迫され、呼吸が上手く出来ないアヤノは浮いた両足を空中でバタバタと踊らせていて、クロギツネはそれを見ながら言葉を放った。
「ようやっと捕まえた。来てもらうで、冥魂はん」
「アヤノをどうするつもりだ!」
と、エオナが必死に動こうとするが、両手のひらも服も苦無で固定されてしまっており、更には苦無に塗られた麻痺毒によって身体の自由が全く効かない。
そんなエオナの質問に答える事なく、アヤノの首を更に強く握りしめて気絶させると、リビングに入って来た鬼の仮面に向かって放り投げた。
ジーエイチセブンを始末した鬼の仮面は、アヤノを受け取ってそのまま担ぎながら次の指示を出す。
「行くぞ。もう用は無い」
そう言い残して、鬼の仮面が炎の中を堂々と歩き、玄関の扉から外へと出て行った。
壁に釘付けとなったエオナの前に立つ狐のお面は、脇腹に刺さっているクリスタルダガーを抜き、それをエオナの顔目掛けて放り投げる。
投げられたクリスタルダガーは、エオナの頬を掠めて壁に刺さり、すぐに消滅して行った。
「業火の中で己の弱さを悔い改めたらええ。ほな、さいなら」
狐のお面もそうやって鬼のお面の後を追いかけ、音も無く去って行く。
取り残されたエオナは、やはり体が思う様に動かす事ができない。苦無で壁に固定されたまま、目の前から迫る炎に身の危険を感じるしかなかった。
なんとか出来ないかと、先ほど落としてしまった刀を手元に召喚するも、上手く掴む事ができず刀は地面に落ちる。
煙と熱風がエオナを襲い、肌や服がジリジリと焼かれて行く感覚。いったい自分のコアは何処まで熱を耐えてくれるのか。と、炎に焼かれる自分を想像するエオナだった。
そこへ、槍を杖代わりにしてよろよろと寄ってくる1人のブレイバーがいた。
「あんた……」
と、エオナは驚く。
エオナに向かって歩いてくるのは、メイドのナーテだ。
炎の中を歩いて来た為、全身大火傷を負っている様で、皮膚が真っ赤である。それに加え度重なる戦闘や不意打ちで貰った傷。メイド服も焼け焦げ、今にも倒れそうなナーテがやっとの思いでエオナの前までやってきた。
ナーテはエオナに言った。
「こんな所で……やられっぱなしで……消えたら……ケリドウェン様に殺されます……だから……」
そう言ってエオナを壁に固定している無数の苦無を、必死に抜いていく。
1本、また1本と、ナーテが炎に身体を晒しながらも抜いてくれたお陰で、エオナの身体は壁から離れて落ちる。
ナーテはそれを抱きしめる様に受け止めた後に抱き上げ、そしてすぐ近くにある窓ガラスの前まで移動。
しかし彼女はもう歩く事すら困難な程弱っており、窓の前で両膝をついてしまった。
「もうよか。もうやめてくれ。そげんでどうするつもりと」
と、エオナ。
「少し……痛いですが、我慢……してくださいね」
何をするのかと思えば、ナーテはエオナの腹部に槍を刺し、そして力一杯放り投げるという行為だった。
飛ばされたエオナはリビングの窓ガラスを突き破り、外へと放り出される事となる。
その瞬間、エオナの視界には燃え盛る家と炎の中に取り残されるナーテの姿があった。
力強い眼差しを向けて来ているメイドブレイバーが遠ざかり、冷たい空気に包まれ、そして割れたガラスと共に深い雪の中へと落ちるエオナ。
一方で燃える家を立ち去り、集落の中心に集合していたクロギツネ5人。
必要以上に一箇所には集まらず、それぞれ少し離れた位置に立っていた。
その中心で気絶しているアヤノを肩に担いだ鬼のお面が、
「目的は達成した。撤収する」
と言った時だった。
吹雪の視界が悪い中を、猛スピードで走って近づいてくる影があった。
5人がそれに気付いた時、影は大きく飛躍して鬼のお面に向かい刀を振り下ろしながら着地する。
鬼のお面はそれをギリギリの所で避け、後方へと飛び距離を取った。
彗星の如く現れ、刃を振るい、怒りに満ちた表情で周囲にいるクロギツネ達に睨みを効かせるのは……
サイカである。
今正にアヤノを連れ去ろうとする、クロギツネ5人衆の前に、茶色い毛皮の防寒着を羽織ったサイカが追いつき現れたのだ。




