57.ケリドウェンⅡ
西と東から2つの勢力が衝突して戦場と化した雪の原は、シッコクがケリドウェンの前に出た事により、両軍の前衛隊はそのほとんどが後退を始めていた。
少数のブレイバーや兵士はまだ小競り合いを続けているものの、やはり睨み合う2人の最強ブレイバーによりその場は異様な雰囲気を醸し出している。
すぐにケリドウェンは両手に持つ6本の銃身の電動式重機関銃の銃口をシッコク向けた。
放たれた7.62mmの弾丸の雨は、その全てがシッコクに当たる直前で軌道が変わり、全て逸れてしまう。
それでもケリドウェンは全弾撃ち尽くすまで攻撃の手を緩める事は無かった。
残弾が無くなり銃身が空回りを始めた事で撃つ事を止めたが、シッコクは無傷でその場に立っていた。剣を構えているシッコクの周囲は、綺麗に円を描いたかの様に千の弾痕が残されている。
シッコクの右手の籠手は青く光っており、何かの能力が発動しているのは誰が見ても分かる。
「そんなものか! 空の魔女よ!」
と、シッコクが魔剣バルムンクの剣先をケリドウェンに向け挑発。
「へぇ。面白いですわね。では、これならどうかしら」
ケリドウェンはそう言って、ガトリング銃を手離して消滅させると、空中で両手を広げた。
戦場を闊歩していた千の武器群を自身の周囲に再召喚。そして左手を前に出し武器群に命令を出す事で剣や斧、槍、刀、レイピア、戦鎚など、ケリドウェンが知る様々な夢世界武器を解き放つ。
先ほど歩兵部隊を一斉攻撃した時とは違う挙動で、シッコクを一点狙いする害虫の群れの様に武器群が突き進んだ。
それでも微動だにしないシッコクであったが、籠手の能力によりその武器群は全て軌道が逸れていく。
「どこまで耐えられるかしら」
ケリドウェンは呪文を詠唱、夢世界スキル《メテオストライク》により小隕石を発生させながら、別の夢世界スキルによる光の玉30発を同時に放った。
光の玉も武器群同様に軌道が逸らされたが、地面に着弾して爆発。小規模な爆発が次々と発生する中、追い撃ちを掛ける様に小隕石が迫る。
次の瞬間、シッコクは魔剣バルムンクを両手で大きく振るい、小隕石を斬って消滅させた。
隕石だけでなく、その勢いで周囲に取り巻く雪煙も風圧で消し飛ばし、武器群もそれにより四散するのが見える。
ケリドウェンはそんな光景に驚く事なく、次の手に移った。
巧みに四散した武器群の一部を操って百の武器で動かぬシッコクを四方八方から取り囲み、その矛先を全てシッコクへと向ける。
完全にシッコクの逃げ場が無くなったのを見て、後方にいる砲撃隊のブレイバー達が数人、独断でケリドウェンを狙って攻撃を仕掛けた。
しかしケリドウェンを守る6つの盾が、射線上に移動して銃弾や魔法を防御。
一通りの攻撃を防いだ後、盾が左右に避けたと思えば、そこには後方の砲撃部隊に向けてケリドウェンが右手で指を指していた。
すると砲撃隊の者達が身構える暇も与えず、その指先からは赤い光線が連射される。
高速の光線に反応できなかったブレイバーが次々と被弾。慌てて魔法障壁を張った魔法使いブレイバーは障壁を一撃で粉砕されコアを撃ち抜かれる姿もあった。
一瞬にして数十人のブレイバーや兵士を倒した後、ケリドウェンは改めてシッコクに顔を向け攻撃を再開。
差し出していた左手を握り、それに反応してシッコクを囲んでいた武器群が一斉に突く。
シッコクを守る遠距離攻撃を弾く効果を持つバリアへと一斉に武器が刺さり、シッコクまであと少しといった所でその矛先がピタリと止まった。
さすがのシッコクも、四方八方から迫った百本の武器群には肝を冷やした様で、冷や汗が一滴頬を伝っていた。
シッコクは夢世界スキル《ホーリーインティミデイト》を発動して、魔剣バルムンクを両手で地面に突き刺す。
それを中心に白く大きなサークルが出現したと思えば、眩い閃光と共に周囲に凄まじい衝撃波が発生。シッコクを囲んでいた武器群が全て弾き飛ばされた。その威力は、周辺に積もっていた雪をも消し飛ばし、茶色の地面が見える程である。
だがケリドウェンは攻撃の手を緩めず、夢世界スキル《大地の鉄槌》の呪文を素早く詠唱、すぐに発動させた。
白き領域の中心、足元に異変を感じたシッコクが地面に刺した魔剣を抜きながら後方へ飛躍。それを追う様に次々と地面から土の棘が迫ったので、シッコクはそれを斬る、斬る、斬る。
シッコクの着地と同時、彼に向かって巨大な土の塊が襲いかかったが、それをも冷静に剣を構えた後に消し飛ばした。
土が四散していく中で、再び宙に浮く武器の何本かがシッコクに飛んできた。が、やはりシッコクの能力により軌道が逸らされていく。
そんな中で、シッコクは能力発動中の光り輝く籠手で飛んで来た槍を掴んだ。
掴んだ槍はヴァジュランダと呼ばれる夢世界武器で、雷の様な枝分かれした穂が特徴的。穂を含む柄全体がバチバチと電気を纏っていた。
シッコクはそんな槍を見ながら口を開く。
「模造の夢世界武器か。それを浮遊のスキルで飛ばしている……なるほどな」
ヴァジュランダを掴んだシッコクの籠手の光が増したのが見え、ケリドウェンは右手でシッコクを指差し、先ほどと同じ様に指先から光線を連射。やはりそれもシッコクには当たらなかった。
そしてシッコクは左手に魔剣を持ったまま、右手の槍を構え、すぐに投擲。
投げられたヴァジュランダは音速で飛び、ケリドウェンは防御態勢が間に合わず、盾が射線に入る頃には電気を纏った穂先が彼女の頬を掠めて通り過ぎて行った。
ケリドウェンの頬に傷が付き、そこからゆっくりと血が滲む。
高い所から余裕の笑みを浮かべていた彼女の表情は、久方ぶりの怪我をした事により怒りの表情へと変化した。
「おのれ! 偽者の分際で!」
と、両手を広げ、散らばった千の武器群を自身の周囲に再召喚。
上空に展開された武器群を前にして、シッコクは魔剣を構えながら言った。
「私の籠手、ゼツボウノコテは3つまで触れた能力を覚え、そして使用する事ができる。それに今、3つ目の能力を得た。礼を言うぞ」
そう言ってシッコクは、浮遊スキルを籠手から発動させ自身に付与する。
次の瞬間、シッコクは大地を蹴り、ケリドウェンに向かって飛んだ。
ケリドウェンは武器群を放ち迎撃を試みるも、突撃してくるシッコクを前にしてやはり武器群は弾かれてしまう。
「くっ!」
と、ケリドウェンは歯を食いしばりながら、6つの盾を自身の前に移動。
防御態勢を整えつつも、彼女は左手に鞘が鎖で巻かれた刀であるオオデンタミツヨを召喚。空中で抜刀の構えを取った。
その矢先、目の前に並んでいた6つの盾が、シッコクの魔剣によって吹き飛ばされた。魔剣が横に振られた威力が突風を生み、ケリドウェンの青髪が激しく煽られる。
まさかの威力に驚かせられながらも、ケリドウェンはすぐに気持ちを切り替え、目の前まで飛んできたシッコクに刀で斬り掛かった。
シッコクは魔剣でそれを防ぎ、ケリドウェンの2撃目、3撃目もその刃で受け止めた。
そこから空中近接戦へと移行した2人は、ケリドウェンの浮遊した武器群に囲まれる中で激しく衝突した。
右へ左へ、上へ下へ、追いかけ追いかけられ、下で見ている両勢力の兵士やブレイバーが唖然としてしまう程の信じられない戦いが繰り広げられる。
周囲にただ浮遊しているだけの武器群は、向かって飛んで来る物しか逸らす事ができないシッコクにとっては邪魔な様で、自在に動き回る事ができるケリドウェンを捉えるのに一苦労な様子だ。
それでもケリドウェンに斬り掛かるシッコクの一振りは、ケリドウェンが持つオオデンタミツヨを粉砕して、彼女自身もその衝撃により吹き飛ばされ自慢のドレスも引き裂かれた。
すぐにケリドウェンは近くに浮遊していた薙刀、岩融を手に取り反撃する。
そうやってとんでもない威力を誇る魔剣バルムンクによって武器を破壊される度、ケリドウェンは次の武器に持ち替えて対抗する。
シッコクの攻撃力により、近接戦では完全に打ち負けてしまっている事から、彼女のドレスはボロボロになり全身が傷だらけとなった。
ケリドウェンの攻撃も当たっていない訳では無く、シッコクの鎧を傷つける程度には攻撃に成功はしている。が、ケリドウェンが劣勢である事は揺るぎも無い事実だ。
14本目の夢世界武器、片手剣アロンダイトを粉砕された時、ケリドウェンは1つの妙案を頭に過ぎらせていた。
「その剣、頂くわ!」
と、微笑を浮かべながら手元に魔剣バルムンクを召喚するケリドウェン。
それを見たシッコクもまた、一本角の兜の中で微笑した。
「私の剣は、重いぞ」
正にその通りであった。
右手に現れた魔剣バルムンクの思いもよらぬ重さに、ケリドウェンは手を持って行かれ、態勢を崩してしまう。空かさずシッコクがそんな彼女の目の前で、魔剣バルムンクを両手で振り上げる。
「終わりだ」
そう言って振り降ろされる刃。このままでは直撃すると焦ったケリドウェンは、必死に盾を1つ召喚した。
召喚した盾は、何処かの夢世界の武具でイージスシールドと呼ばれる物。ケリドウェンが扱う盾の中でも鉄壁の硬さを誇る。
それさえもシッコクが扱う魔剣バルムンクは破壊した。
しかしイージスシールドのおかげで全てを消し去る魔剣の衝撃波が大分弱まったものの、ケリドウェンは左肩から腰に掛けて斜め一直線に斬られた。
「がぁっ!」
と、吹き飛ばされるケリドウェンは浮遊能力が途切れ雪に叩き付けられた。
鈍い音と共に舞い上がる雪。
今の一撃でケリドウェンの意識が一瞬途絶えた影響か、上空に展開されていた武器群は浮遊能力を失い落ちながら消滅する。
結晶の様に消え行く千の武器群はとても幻想的で儚げだ。
ゆっくりと浮遊の能力を緩めて、自身も雪の上へと降りて行くシッコク。
その足が雪に触れる時、吐血しながら立ち上がるケリドウェンがいた。百メートルほど離れた先で、傷口からおびただしい出血をしながら彼女は叫ぶ。
「おのれ! おのれおのれおのれ! おのれええええええええええええっ!」
血眼になり怒りに満ち満ちた表情で、切り傷だらけになってしまった自身のドレスを引き裂き始めるケリドウェン。
忽ちその下に新たな服装が現れ、白のハイソックスに上半身黒色の軽装備となった。その過程で何処かの夢世界スキルも使用しており、傷口も止血していた。
「許さぬ! 許さぬ! 貴様だけは!」
そう言って、彼女は右手に聖剣エクスカリバー、左手には自動拳銃のデザートイーグル。
それらを構え、シッコクに向かって飛んだ。
低空飛行で突進する間にも、ケリドウェンは2回エクスカリバーを振るい、空気をも切り裂く刃を飛ばしたがシッコクは魔剣バルムンクで相殺。
やがて聖剣と魔剣が衝突したと思えば、シッコクが吹き飛ばされていた。
雪の上を滑りながら着地して、すぐに態勢を立て直そうとするシッコクだったが、高速で追って来ていたケリドウェンが目の前にいた。
そしてシッコクの胸元にぴったりとデザートイーグルの銃口を突きつけ、彼女は言った。
「ゼロ距離なら!」
と、躊躇する事なく引き金を引くケリドウェン。
銃声が響き、シッコクの胸を弾丸が貫通。
その威力に飛ばされ、彼は背中から転倒してしまった。
しかし消滅はしなかった為、コアを外した事を理解したケリドウェンは止めを刺す為、仰向けに倒れた一本角の悪魔に向かおうとしたその時。
ケリドウェンの肩に銃弾が命中した。
その弾は、遥か後方で機会を伺っていた狙撃手ブレイバー。
サプレッサー付きのスナイパーライフルで、兵士が構えた大きな盾と盾の間からケリドウェンを狙った弾だった。
本当は頭を狙っていたが、着弾地点がズレて肩に命中してしまった。
焦った狙撃手ブレイバーは、オートマチック式スナイパーライフルの利点を活かして次々と発砲。
何発かの弾が外れたが、ケリドウェンの腹と脹脛に着弾。サプレッサーにより銃声は抑えられているが、さすがにそこまで撃ってしまった事で方向はバレてしまっている様だ。
スコープ越しにケリドウェンに睨まれた狙撃手ブレイバーは、危険を察知して兵士と共に退散していく。
本来であればケリドウェンは逃がしはしない所だが、シッコクとの戦いでかなり体力を消耗しており、銃で撃たれた痛さがその気力を奪っていた。
シッコクは血を吐きながらも、立ち上がり飛躍してケリドウェンから距離を取る。
そんな彼に向かって、ケリドウェンはシールドがまだ有効か確かめる為、デザートイーグルを発砲。放たれた3発の弾はやはりシッコクを避けてしまった。
「ちっ」
と、舌打ちをするケリドウェンはもう一度接近戦に持ち込もうと剣を構える。
その時だった。
シッコクの後ろから、彼の部下であるブレイバー達10人が増援として走ってやって来た。
「シッコク様! ご無事ですか!」
そんな風に彼らはシッコクの横まで駆け寄りながら、各々が武器を構え、銃や魔法でケリドウェンを攻撃した。
ケリドウェンは魔法障壁と盾を展開してそれを防ぎ、後方上空へと浮遊して後退する。が、集中力の低下と疲労により、それらはすぐに破壊される事となった。
それによりケリドウェンに向かってきた直撃コースの巨大なファイアーボールを、止むを得ずエクスカリバーで斬って消滅させた。
しかしその後に飛んできた銃弾1発がケリドウェンの胸に、続いて矢が2本腹部と右手の二の腕に、それぞれ命中した。
その痛みにより、ケリドウェンは死を悟る―――
✳︎
彼女がこの世にブレイバーとして生を受けて約30年。
生まれた当時はまだ緑豊かで冬とは縁の無いオーアニルは、隣国エルドラドと醜い戦争をしていた時代。ケリドウェンはそんな戦乱の国で、人類最初のブレイバーとして召喚された。
しかし彼女の夢世界は、戦いとは無縁の私生活ネットゲーム。
仮想の世界に家を建てて、そこで家事や仕事、他プレイヤーとのコミュニケーションを楽しむという平和な生活ライフを送っていたケリドウェンにとっては、急に戦乱のファンタジー世界に放り込まれる形となった。
伝説の勇者を召喚して戦況をひっくり返すというオーアニルの目論みとは裏腹に、戦う術など一切持たなかった彼女を前にオーアニルの国民は落胆し、やがて忌み嫌われる事となる。
夢世界では本を読む事が好きで、料理が好きで、人間と何ら変わらない取り柄しかなかった。
だから、2人目、3人目とブレイバー召喚儀式が行われる頃には、ケリドウェンは捨てられ、路頭を迷い、汚い富豪の男に奴隷として拾われたのは不幸中の幸いだったのかもしれない。
オーアニルの軍はそうやって大量のブレイバー生産を成功させる中で、戦闘で使えないブレイバーは切り捨て、武器を持ったブレイバーだけを取り入れ、屈強な部隊を結成させていた。
ケリドウェンは奴隷として酷く惨めな扱いを受けながら、戦争で活躍するブレイバー達の戦果を聞く度にこう思ったのだ。
――どうして、私だけこんなに弱いのだろう。
そうやって月日がただ流れ、エルドラドもブレイバーの召喚に成功した事で戦争が更に激化していく。
ケリドウェンが掃除をしている時、主人のお世話をする時、遠い空の向こうでは血で血を洗う戦いが起きていた。
そんな日常が崩れる切っ掛けは些細な事だった。
ケリドウェンの異常なまでの『学習能力』に気付いたのは、共に豪邸で働いている奴隷ブレイバー達。
読んだ本の内容は瞬時に覚えてしまい、教えられた事はすぐ会得して、人の名前や顔、言動に至るまで一字一句覚えてしまう事から、周囲に驚きを与える。
やがて主人もその事に気付き、それをオーアニル軍の将校であったダリスに相談をした事で彼女の運命は大きく変わる事となる。
ダリスが屋敷にやって来て、試しにケリドウェンへ教えを説くと瞬く間に彼女はそれを覚えて見せた。
次にダリスは人間の兵士を連れてきて、剣術の指南を与えると、見事にケリドウェンはその兵士と同等の剣術を一度で会得してしまった。
今度はブレイバーを数名連れて来て、夢世界スキルを見せたところ、彼女はそれすらも忠実に再現してしまう。
ダリスが気になって聞いてみれば、ケリドウェンの夢世界は物事を学習してそれを実践する事に特化した世界だという事が分かった。
しかしそれだけでは説明が付かず、やがてブレイバースキルとも呼ばれる異能力を兼ね備えていると見たダリスは、金の力で彼女を買い取る事となる。
ケリドウェンもまた、自身の可能性に惹かれつつ、ダリスに買い取られる事を甘んじて受け入れた。
それからオーアニル軍の施設へ連れて行かれたケリドウェンは、ダリスの部下として生活を共にする。
この世に生まれて初めて優しく扱われるのは気持ちが良かったし、悪い気もしなかった。
ダリスも彼女をオーアニル軍の秘密兵器として育て上げようと、時折優秀なブレイバーを連れて来ては彼女にそのブレイバーの夢世界武器や夢世界スキルを学習させる。
最初は学習まで少し時間を要していたが、段々とその異能力にも磨きが掛かり、ついにはほとんど見ただけで大体の事は再現できてしまうほどにケリドウェンは成長した。
その噂を聞きつけた軍関係者からは、神童ブレイバーなどと呼ばれ、やがてはオーアニル軍の中でトップクラスの戦闘技術を持つブレイバーとして成り上がったケリドウェン。
エルドラドとの戦争に投入されたのは、それから半年ほど経った時の事。
初めての戦場に最初は戸惑いを見せた彼女でも、一度人を殺め、何人かの敵ブレイバーを消滅させ、オーアニルの村や町を守った頃には、『空の魔女』などと敵に呼ばれる程まで戦闘慣れしていた。
だけど……
戦争の最中、言葉を交わした味方の兵士。
駐屯地で仲良くなったブレイバー。
皆、ケリドウェンより先に消えて行った。
それが戦争なんだと、彼女は思い知らされる。
エルドラドの『一本角の悪魔』という好敵手と出会った頃、戦って仲間を救う事に喜びを感じ始めた時、突然起きた巨大な地殻変動による大地震。それにブレイバーのバグ化という厄災が重なった事で、ケリドウェンは地獄を見た。
次々と味方が倒れ、命の炎が消えて行くのを目の当たりにする。
時にはケリドウェン自らの手で、同胞ブレイバーを消滅させなければいけなかった。
その時、彼女は感じてしまったのだ。
孤独を。
✳︎
そんな走馬灯が、ケリドウェンの頭を過ぎらせていた時、空中でただ呆然と浮遊する彼女の周囲をエルドラド軍の弓兵が地上から包囲していた。
空の魔女が戦意喪失していると見た彼らは一斉に弓を構え、すぐに大量の矢を彼女に目掛けて放つ。
空に浮かぶケリドウェンに届く矢はそれほど多くは無かったが、それでもその大量の矢は1本、また1本とケリドウェンに突き刺さって行く。
手負いの彼女に、無残にも四方から飛んできた8本の矢が命中。
――ああ、そうか。これが死ぬという感覚か。案外、痛くないものですわね……。
身体中に矢が刺さっても、銃弾に穴を空けられていても、血をどれだけ流していようとも、ケリドウェンのコアはまだ傷付いていない。
しかし、もう身体に力が入らない彼女は、そのまま力無く落下して行く。
ゆっくり。ゆっくりと。
「ケリド!!!!」
声が聞こえた。
何処か聞き覚えのある声。
懐かしい呼び方。
その声は、その場に大慌てで駆けつけてきた丸眼鏡の中年男性、ダリスが放っていた。
増援として数人のブレイバーを引き連れてやって来たダリスは、引き連れてきたブレイバーにエルドラドの弓兵を攻撃する様に指示を出しながら、もう一度落下するケリドウェンに向かって叫ぶ。
「そんな物か! お前が求めていた強さは! お前が守ろうとした物は! そんな物か!」
――無茶を言わないでくださいませダリス。もうわらわには何も……
「諦めるな神童! お前はまだ戦えるはずだ! 飛べ! もっと速く! 俺たちの希望を乗せて! ケリドォォ!」
その時、光を失いかけていたケリドウェンの眼に輝きが戻る。
彼女は態勢を立て直し、浮遊の能力で落下を途中で止めた。
下ではケリドウェンに攻撃をさせまいとダリスが連れてきたブレイバーが奮闘している事を目視で確認した後、自身に刺さっている矢を1本1本手で力強く抜いてゆく。
そんな中、ブレイバーの奮闘虚しく、ケリドウェンに向かって数十に及ぶ矢が放たれる。それだけでなく、シッコクの部下達による銃弾や魔法も前方から迫って来ている状況だった。
完全に逃げ場が無い攻撃を前に、矢を全て抜き終わったケリドウェンが獣の様に咆哮する。
「あああああああああああああああっ!!!!」
そうして、彼女は全身から凄まじいオーラを発したと思えば、周囲に衝撃波が発生。
飛んで来ていた遠距離攻撃の数々が、それによって弾き飛ばされる事となった。
これはかつて好敵手であった一本角の悪魔、エルドラドの英雄ゼノビアが戦いの最中に見せた事のある夢世界スキル。
名前は分からず、ケリドウェン自身も使うのは初めてだった。
全身に漲る力は、負傷の痛みを麻痺させ、そしてその赤い炎の様なオーラと共に闘志が湧き立つ。そうやって髪も青から赤く見える程に見違える姿となっていた。
そして先ほどシッコクの魔剣バルムンクにも力で押し勝った聖剣エクスカリバーを手元に召喚しながらも、周囲に武器群を再度召喚していく。
ケリドウェンが命を削る思いで召喚した武器群もまた、その数は百ほどではあるが、彼女と同じ様に赤いオーラを纏っており凶悪さが増した様に感じ取れる。
赤く燃え上がる空の魔女を見て、危険をすぐに察知したのはシッコクだった。
撃たれた胸の傷を抑え、大量の冷や汗を流しながら横で次の攻撃をしようとしている部下へ指示を出す。
「お前たちだけでも今すぐ撤退しろ! 後方にいるバルド将軍の後衛部隊まで下がれ!」
「何言ってるんですか隊長! 相手は手負いです!」
「あいつは危険だ。俺がトドメを刺す。お前たちは下がれ! 命令だ!」
「了解……」
部下達が後退を始め、シッコクは魔剣バルムンクを再び構える。
その瞬間。
ケリドウェンの周囲に展開されていた武器群が四方に放たれたのが見えた頃、ケリドウェンの姿が消えた。
するとシッコクの背後で物音がしたので、振り返るとそこには部下の1人を背後から真っ二つに斬ったケリドウェンの姿があった。
「なっ!?」
斬られ消滅する部下と、狂気に満ちた笑みをシッコクに向ける赤い魔女。
ケリドウェンが四方に放った赤い武器群も、尋常では無い速度で動き回り、周囲を取り囲んでいた兵士達を切り刻んでいた。が、それよりもこの赤い魔女は、シッコクではなく撤退をする彼の部下達を標的にしていた。
ケリドウェンはシッコクを無視して、逃げるブレイバー達を、1人、また1人と瞬時に斬って消滅させていく。
彼女が持つ聖剣エクスカリバーもまた赤く光っており、もはや聖剣では無く狂気の剣だ。
シッコクも自らに夢世界スキル《ジャガーインスピレーション》を発動。
俊敏性を向上させ、
「お前の相手は私だ!」
と、部下を襲うケリドウェンに突っ込み斬り掛かる。
待ってましたと言いたげに、ケリドウェンが振り返りその魔剣を聖剣で受け止める。
突進した勢いに彼女は吹き飛ばされたが、空中でくるりと態勢を立て直し、すぐさま折り返して来た。
シッコクも浮遊してそれに対抗。
空中で赤と青の光が幾度と衝突して、その度に激しく剣と剣が火花を散らす。
人間の粋はおろか、ブレイバーの粋すら超えた、限界を超越した者同士の空中戦が繰り広げられる。
先ほどまでとは別人の様に力が増したケリドウェンを前に、シッコクはかつての英雄ゼノビアを脳裏に浮かばせていた。
驚異的な速度と力でシッコクは斬り飛ばされ、鎧や兜を破損されながら雪に叩きつけられる。
追い討ちを仕掛けるケリドウェンの斬撃は雪と大地を切り裂き、反撃するシッコクの一撃もまた冷たい空気を切り裂いた。
積もった雪と大地の土が舞い上がり、その中で2つの刃が交わる。そして再び空中戦へ。
空で激しく交差して衝突する赤と青の光は、後方で待機していたバルド将軍率いる一個師団からも見る事ができた。
バルド将軍は、黒と黄色の装甲を持った巨大ロボットブレイバーの手の平の上に立ち、それを見守っている。
「やってるねぇ」
と、楽しそうに微笑むバルドの横で、ロボットが何かを察知して顔の向きを変えた。
「どうした、ゼット」
ゼットと呼ばれたロボットは、ロウセンとは違う夢世界出身の人型巨大ロボット。ロウセンよりもひと回り大きい巨体で、分厚い装甲と重武装が特徴的である。
そんなゼットは言葉を発した。
『機影ガ近ヅイテキテイル』
「敵か?」
『違ウ。コノ認識番号ハ……ロウセン』
「ロウセンだと? そんなまさか」
『間違イナイ』
すると、兵士の1人が駆け寄って来てバルドに報告する。
「も、申し上げます! シッコク様率いる先遣隊は魔女の猛攻により被害甚大。一部を除き、撤退を開始した模様です! 現在はシッコク様が1人で魔女を抑えていますが、そう長くは持たないと思われます」
その報告通り、前方からこちらに向かい走ってくる兵士やブレイバー達が見えた。
空模様も怪しくなってきており、先ほどから疎らに降っていた雪が強さを増してきている。
悠長に待っていられないと判断したバルドは、ゼットに指示を出した。
「ゼット、ここから空の魔女を狙え」
『ハイ、マスター』
ゼットは背中に装着しているキャノン砲を動かし、肩のミサイルランチャーの蓋を開き、脚からアンカーを地面に打ち、発射態勢に入る。
その頃、西の空から猛スピードで飛行しているのはサイカ達を乗せたロウセンだった。
天候が悪く見通しも悪い為、雲よりも下に高度を落としながらもフルブーストで進むロウセンの装甲表面は、寒さで凍結を始めている。
そんなロウセンのコクピット内は、空調で温度管理されており人が密集しているのもあってか温かい。
モニターに後方待機しているバルド将軍の一個師団が隊列を組んでいるのが見えた事で、ソフィア王女が言った。
「ここですね。あれは将軍の部隊。シッコクの部隊はこの先です」
前方の上空で2つの光が激しく衝突しているのを、サイカがモニター越しに発見してそれを指指した。
「あれはなんだ」
「シッコク様が戦ってる」
と、ミーティア。
バルド部隊の先頭にいる、ゼットが発射態勢に入ってる姿も目視で確認したソフィア王女は、
「まずは将軍と話をするべき所なんでしょうけど、そうは言ってられない状況ですね。まずはあの2人を止めましょう。ロウセン! ゼットの射線に入って下さい!」
と、ロウセンに指示をする。
ロウセンは速度を上げつつ、低空飛行でバルド部隊の上空を通り過ぎ、ゼットの射線に入りながら前進。
近付いてくる巨大ロボットに構う事無く、激しく戦っているシッコクとケリドウェンに近づいた所で、ロウセンは速度を徐々に落とした。
近付いたら殺される。そんな雰囲気を醸し出すケリドウェンとシッコクの戦いぶりを見て、エムが声を震わせた。
「サイカ! ダメだ! あんなの止められっこないよ!」
するとサイカはエムの頭を撫でながら微笑む。
「私なら大丈夫。でも、エムの力が必要だ」
そう言って、ミーティアから防寒着を受け取りアイコンタクトを取りつつ、
「ロウセン、開けてくれ」
と、ロウセンにコクピットハッチを開けさせた。
既にかなり速度が落ちているものの、酷く冷たい強風がコクピット内に吹き荒れる。
ロウセンがここに乗れと言わんばかりに、手をコクピット前に移動させて来たので、防寒着を羽織ったサイカとミーティアがそれに飛び乗った。
エムが杖を掲げ、2人に夢世界スキル《ウインドウイング》と《風の加護》を重ね掛けする。
風に包まれるサイカとミーティアを見たソフィア王女は、
「ご武運を」
と、言い残しコクピットハッチが閉じられる。
王女とエムがロウセンの中に見えなくなったのを確認して、ミーティアがサイカに話しかけた。
「私がシッコク様を抑える。サイカはあの赤い奴を」
「分かった。行こう!」
サイカの言葉を合図に、2人はロウセンの手から飛び出す。
それは、まるで2つのミサイル。前方上空で戦うシッコクとケリドウェンに向かって、緑色の輝きを放つ2人が急接近した。
ロウセンのコクピット内で、モニター越しに杖を掲げて《ウインドウイング》を制御するエム。
「このスキルは僕の制御が必要なので、あの2人を常に確認できる位置にいてください」
「ロウセン、分かって?」
と、ソフィア王女が語りかけると、ロウセンは2人をロックオンしてモニターの中央に捉える事で応えた。
限界を超え、我を忘れ我武者羅にシッコクを攻撃するケリドウェン。
「死ね! 死ね! 死ねええええええええええええ!」
そんな風に感情を露わにして立ち向かってくる彼女を前に、シッコクも応戦に精一杯であり、近付いて来るブレイバーがいる事に気付いていない。
魔剣バルムンクが弾かれ、シッコクに出来た隙を見逃さなかったケリドウェンは、右の拳を彼の腹部へ抉る様に放つ。
「くはっ!」
と、吹き飛ばされるシッコクを、ケリドウェンは更に追撃しようとした。
その時、サイカが2人の間に入り、刀の鞘でケリドウェンの聖剣を受け止める。
今まで経験した事の無い衝撃がサイカを襲うが、何とかその刃を静止させる事に成功した。
思わず距離を取ったシッコクが剣を構え直す頃、彼の前にはミーティアが両手を広げて立ちはだかる。
「やめてくださいシッコク様」
そう言うミーティアの顔を見て、
「ミーティアか……? なぜここに……」
と、シッコクは驚いた様子である。
そんな2人の横で、止まらなかったのはケリドウェンだった。
彼女は突然の乱入が起きた事を何とも思わず、今度は目の前のサイカに標的を変える。
「邪魔をするな! 小童!」
迷わず攻撃を仕掛けてきたので、サイカも思わず刀を抜きながら回避と防御を行った。
手馴れた様子でケリドウェンの攻撃を受け流しながらサイカは言う。
「この戦いに正義は無い! 剣を引いてくれ空の魔女! 貴女と戦う理由は無い!」
「黙れ黙れ黙れ黙れ!」
おびただしい程の血を口から零しながら、尚も攻撃の手を緩めようとしない彼女を前に、サイカは大振りの隙を突いて飛び膝蹴りをお見舞いした。
一瞬怯んだケリドウェンだったが、すぐにサイカから距離を取り、左手に再び自動拳銃のデザートイーグルを召喚。
その銃口をサイカに向けた事で、ミーティアが即座にサイカの前に立ちはだかる。
続け様に放たれた銃弾は7発に及んだが、ミーティアは赤と青の双剣で容易く斬って防いで見せた。
「サイカ、大丈夫?」
「ああ、なんとか」
そんな2人の会話を聞いたケリドウェンは、
「サイカ……そなたがサイカか!」
と、地上の敵勢力を粗方片付けた武器群を周囲に再召喚する。
突如現れた百の赤いオーラを纏った武器群を前に、サイカとミーティアも焦りの表情を浮かべながら武器を構えた。
一斉に放たれる武器群だったが、2人を守る為にシッコクが前に移動してきた事で、彼の能力によりその軌道は逸らされる。
今の攻撃が、ケリドウェンにとって最後の力を振り絞った攻撃だった。
彼女を纏っていた赤いオーラが消え、召喚していた夢世界武器達も消滅して行ったと思えば、ケリドウェンは気絶して地面に向かって頭から落ちて行った。
なので、サイカが落ちるケリドウェンを追いかけ、地面に衝突する前に彼女を受け止める。
シッコクもまた力を使い果たし、浮遊しているのもやっとな様子だった為、ミーティアが肩を貸した。
意識の無いケリドウェンを抱えたサイカは、ゆっくりと地面に向かって降下を始める。
その時。
後方で発射の機会を窺っていたゼットと、その手に乗っているバルド将軍が動いた。
「撃て」
と、バルドが冷めた口調で指示を出したのは、サイカの事を知らないからである。
空の魔女を消滅させるという目的を前に、名も顔も知らぬブレイバーに気を使っている場合ではないと判断したのだ。
命令された事で、ゼットは躊躇する事なくキャノン砲とミサイルランチャーを発射。
まずは先行して180mmの砲弾がサイカに向かって飛んだが、いち早く気づいたサイカが横に移動してそれを避ける。が、それに続く様に空中から迫るのは27発の小型ロケット弾。
「ロウセン!」
ソフィア王女が叫び、ロウセンが即座にサイカの前に移動する。
いきなり動いたので、鼻血を出しながらも必死にスキル制御をしていたエムが態勢を崩してしまい、コクピットのモニターに頭をぶつけた事もあいまって夢世界スキル《ウインドウイング》の効果を途切れさせてしまう。
そんな事はお構い無しに、ロウセンは左手にシールドを召喚してキャノン砲の2発目を防ぎながら、腰のビームライフルを右手に持ち構える。
短いチャージを行なった後、ビームライフルをミサイル群に向けて発射。
緑の灼熱光線がミサイル数発を溶かし爆発させた事で、周囲のミサイルは誘爆。
空中でこちらに向かってきていた全てのミサイルは、途中で爆発して消滅した。
それでも次の砲撃を行おうとしているゼットに、ロウセンはロックオンしてビームライフルの銃口を向ける事でそれを止めさせた。
その後ろでは、《ウインドウイング》の効果が切れてしまった事で、サイカとミーティア達は落下。
《風の加護》と積もった雪が衝撃を和らげてくれたお陰で、何とか無事だった。
ビームライフルを構えながら、ロウセンのコクピットハッチが開きソフィア王女が顔を出した事で、ゼットがそれに気づいた。
『ロウセンニ王女サマガ乗ッテル』
それを聞きバルド将軍は驚く。
「ソフィア王女殿下だと!? ゼット、攻撃中止だ」
『ハイ、マスター』
「……解せんな。なぜ王女殿下が敵軍の大将を庇うような真似をする」
ゼットが発射態勢を解除したのが見えた為、ソフィア王女は地上にいるサイカ達に声をかけた。
「此度の件、私は将軍と話をしてきます。ロウセン、お願いします」
そう言い残して、コクピットハッチを開きエムを乗せたまま、ロウセンはバルド将軍の方へと移動を開始した。
入れちがう様に、地上ではケリドウェン勢力側のダリスと、生き延びていたブレイバー達がやって来て、サイカ達を包囲。各々が武器を構え、ダリスも自前の火縄銃をサイカに向けていた。
「ケリドウェンを返して貰おうか」
と、険しい表情と銃口をサイカに向けるダリス。
意識の無いケリドウェンを抱えながら、サイカは説明をする。
「待ってくれ。私たちはこの戦いを止めに来ただけだ」
「なぜだ」
「1つ確認をしたい。エルドラドの王都で起きた連続殺人事件やバグ発生事件、空の魔女の指示だったという情報は本当か?」
「ケリドウェンがそんな馬鹿な指示を出すわけがない。エルドラドにいたオーアニル出身の人間を狙って殺したのはそっちだろう」
そこまで会話を交わして、ようやく情報の行き違いを知る事ができた。
サイカは悲しげな表情で首を横に振ったので、ダリスは自分たちが踊らされた事に気付くに至る。
「まさか……」
「ああ、これは誰かが仕組んだ罠だ」
そう言って銃を下ろしたダリスに、サイカはゆっくりと近づき、
「大丈夫。コアは無事みたいだから、3日もすれば目覚める」
と、彼女をダリスに優しく渡した。
するとシッコクに肩を貸しながら立ち上がったミーティアがダリスに質問した。
「お面を付けた黒い連中というのに心当たりはありますか?」
「クロギツネか……くそっ! なんてことだ!」
両膝を地面に着け、ケリドウェンを大事そうに抱えながら悔しそうな表情を浮かべるダリス。
包囲していたブレイバー達は戦意を無くしたダリスの元に集まり、
「どうしますか」
と、次の指示を仰いでいた。
そこへサイカが次の質問を投げる。
「私はアヤノと言うブレイバーを探している。匿っていると聞いているが、違うか?」
「アヤノ……あのエルドラドから来た特別なブレイバーか……そうかっ!」
言い掛けた所で、ダリスはクロギツネがなぜこの様な事態を仕組んだのかに気づき、同時に嫌な予感が頭を過ぎった。
「お前達! 今すぐ移動だ! ケリドウェンの屋敷に向かう! 奴らの……クロギツネの狙いは屋敷にいるエルドラドから来たブレイバーだ!」
それを聞いたサイカは、そのブレイバーがアヤノである事や、危ない連中に狙われているのだと悟り、声をあげた。
「その屋敷は何処だ! そこにアヤノもいるんだな!」
「ああそうだ。恐らくクロギツネの狙いは、脅威となるケリドウェンを屋敷から遠ざけ、主人がいなくなった屋敷に再度強襲するつもりだ」
周囲のブレイバー達が皆一斉に走り出したので、サイカはミーティアを見て、
「ミーティアはここにいて。私が行ってくる」
と言い残し、ケリドウェン側のブレイバーやダリスと共に走り出した。
ソフィア王女がバルド将軍を説得して、ミーティアがシッコクに事の経緯を説明していた時、天候は更に悪くなって吹雪となった。
雪と風が吹き荒れ、視界も悪くなった中、8人のブレイバーとダリスやサイカが屋敷に辿り着く。
しかし、ケリドウェンの屋敷は既に激しい戦闘が行われた跡が有り、正面玄関の扉は壊れ、窓も至る所が割れていた。
ダリスの予想通り何者かの襲撃があった事は間違い無い様子であった為、中に踏み込むなりダリスが言った。
「まだ敵がいるかもしれない! 単独行動は避け、何かあればすぐに知らせるんだ!」
それを聞き、皆は頷いた後、2人1組になって散開。屋敷の内部を隈なく捜索した。
ダリスとサイカは部屋や階段で転がっている人間の死体を数人発見するに至り、その度にダリスが悲しそうな表情で見開いたままの目を閉じさせていた。
ケリドウェンが特別に住まわせていた老若男女の彼らは、どの死体も弾痕が残され大量出血をしていた。
そんな惨い光景を前にしても取り乱す事無く、屋敷の捜索を続けた。
道中でダリスが説明した話によれば、優秀なメイド達と、アヤノ、ジーエイチセブン、エオナ、7人のブレイバーがこの屋敷にいると言っていた。
だが、いくら屋敷の中を探しても……そこにクロギツネはおろか、いたはずのアヤノ達の姿は見当たらなかった。




