56.ケリドウェンⅠ
エルドラドよりも広い面積を持つ雪の国オーアニル。
そんなオーアニルの中で一番広い平野と言われているその場所は、エルドラドとの国境付近に位置していて、元々は田んぼが中心の土地だった。地殻変動の影響で、年中雪が積もる事となり農作物は採れなくなった。吹雪いていない時、見渡す限り白い平原となり絶景スポットとも言える場所だが、今日は少し様子が違っていた。
ケリドウェンの部下であるブレイバー180人が、白の防寒コートで隊列を組んで立っている。
1km程離れた先には、エルドラドのブレイバー350人、人間の兵士が6千人の一個師団とも言える大部隊が青の防寒コートを纏って隊列を組んでいた。
後方にも同じ数の部隊が待機している様で、戦力差は一目瞭然だ。
エルドラドの軍隊は、銀色の鎧を着た人間兵士が目立つが、中央にはブレイバー隊がいる。
その先頭に金と白銀で彩られた大剣を突き立てて立っているブレイバーは、銀色の鎧に赤いマント。右手の禍々しい黒い籠手が特徴的で、頭には一本角の兜を被っている為に顔はよく見えない。
空は乱層雲に覆われ、雪がちらほらと降り始めた中、にらみ合いを続ける両軍。いつ開戦してもおかしくない状況に、ケリドウェン側のブレイバー同士が話を始める。
「なんで今更エルドラドの軍が攻めてくるんだ。二十年前の厄災で戦争は終わったんじゃないのかよ」
「終わったんじゃない。休戦していただけだ。この前エルドラドから来た怪しいブレイバーいたろ。噂ではあいつらが要人だったらしいしな。それに、何やらあちらさんの国で起きた殺人事件が関係してるそうだ」
「話し合えば解決できそうじゃないか。こんな年中寒い土地になって、領土としての価値は薄いんだろ」
「資源は減ったが、豊富なホープストーンがあるからな。あちらさんもそれが欲しいんだろうよ」
「しかし、この人数差だぞ。勝てっこねえじゃないか」
「さっきナーテさんがケリドウェン様を呼びに行った。今は耐えろ」
エルドラドの軍は、先ほどナーテに手渡された親書の答えを待ってくれていて、まだ大きな動きは無い。
一面雪の原で向かい合う両軍の間に、ピリピリとした雰囲気が場を包んでおり、互いに身動きが取れない……はずであった。
最初に起きた異変に、一同が気付いたのは上空で放物線を描いて飛ぶ5本の矢だった。
それは、ケリドウェン勢力側の後方にあった森林から、狐のお面を被ったクロギツネの5人が放った矢で、矢尻の部分には爆発物が仕込んである。
続けて第二波、第三波と矢を続けて放った彼らは、夢世界スキル《ハイディング》で姿を消した。
背後からエルドラド勢力に向けて放たれた15本の矢、それを見たケリドウェン勢力のブレイバーは慌てる事となる。
「だ、誰だっ! 誰が攻撃した!」
「わかりません! 後方から矢が!」
すぐに15本の爆発物がエルドラドの隊列に次々と着弾。爆発が起き、逃げ遅れた兵士やブレイバーが何人か吹き飛ばされた。
それを見たエルドラド勢力にいた可愛いパンダ帽子を頭に被り、大きな杖を持った女性ブレイバーが、一本角の隊長の背後で跪き話しかける。
「指示を」
一本角は黙って立っているのみで、正面を睨んだまま何も言おうとしない。
すると今度はケリドウェン勢力側の後方の森林から、大きなドラゴン型のバグが1体飛び上がるのが見え、それと同時に狼型のバグが数百現れた。
ドラゴンバグ率いるバグの群れは、驚きつつも咄嗟に戦闘態勢を取るケリドウェン勢力のブレイバーを無視して前進。雪原を猛スピードで駆けて行った。
まるでバグが味方するかの様に突撃して行くのを目の当たりにしたケリドウェン側のブレイバー達は混乱する。
「バグが! なんだ! いったいどうなってる!」
「こいつは……まずいぞっ!」
狼型のバグの群れがエルドラドの隊列に突っ込んで行った事で、小規模な戦闘行為が勃発。
空からも大きなドラゴンバグが迫り、遠距離攻撃系のブレイバー達が一斉に対処に当たる。
ドラゴンバグは、銃弾、矢、魔法の攻撃を物ともせず、真っ直ぐ中央の先頭に立っている一本角に向かって突進。大きく口を開け、動こうとしない一本角に襲い掛かった。
そこでようやく一本角が動く。
地面に突き立てていた魔剣バルムンクを抜いて、目前まで接近してきたドラゴンバグに向かって一振り。
レベル4と思われる巨大で禍々しい姿をしたドラゴンバグは……消し飛んだ。
一歩も動く事なく、刃が触れる事なく、内部のコアごと木端微塵としたその凄まじい威力は圧巻。
近くで見ていたブレイバー達は皆、息を呑んだ後、武器を掲げて雄叫びを挙げた。
「うおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
士気が上がった事を背中に感じた一本角は、振った魔剣をそのまま前方へと向け一言。
「砲撃準備!」
隊列の一番前に、銃や弓を持つブレイバー、魔法使いのブレイバー、人間の弓兵が出て一斉に構える。
「放て!」
その指示により戦いの火蓋は切られ、色取り取りの遠距離攻撃が雪原に撃たれる。それはケリドウェン勢力のブレイバーを襲った。
「撃ってきやがった! 反撃しろーーー!!!」
と、ケリドウェン側のブレイバーも魔法使いが障壁を展開しながら、遠距離攻撃のブレイバーが撃ち返す。
だが数十倍の物量差が露骨に現れ、遠距離攻撃合戦ではケリドウェン勢力が劣勢。防ぎ切れない攻撃で負傷するブレイバーが後を絶たない。
コアが傷付けられなければ、死ぬ事はないブレイバーにとって、こういった撃ち合いは長引く傾向にある。
それを見越した一本角は、撃ち合いで相手の戦力が幾分か削れた所を見計らって砲撃を止めさせる。
「撃ち方やめ! 第一陣前へ!」
隊列が入れ替わり、近接武器を持った兵士やブレイバーが前に出る。
「突撃!」
「おおおおおおおおおおおっ!!!」
凄まじい雄叫びを挙げ、百のブレイバーが千の兵士を引き連れ前へと走り出す。
ケリドウェン側は遠距離砲撃を続けていたが、そんな事は御構い無しに前進。ケリドウェン勢力の近接系ブレイバー達も慌てて武器を構える事となった。
「ケリドウェン様が来るまで持ち堪えろ! 突撃!」
ケリドウェン勢力、百のブレイバーも前に出た。
真っ白で足跡1つ無い雪原にて両端から2つの勢力が走り、やがて中央で衝突する。
指揮官である一本角は、相変わらずその場から動かず、再び魔剣を地面に突き立て戦況を見守っていた。
圧倒的な戦力差があるというのに、無謀にも抵抗を見せるブレイバー達には、それだけの何かがあると感じ取れる。
近接武器のブレイバー同士の激しい乱戦となってしばらくした頃、その何かがケリドウェン勢力側の後方から飛んで来ているのを最初に発見したのは一本角だった。
戦場に似合わない貴族を思わせる派手なドレスの上から、白いコートを羽織った空飛ぶ青髪の女。
戦争時代、エルドラド軍から『空の魔女』と言われ恐れられたブレイバー。
ケリドウェンである。
久方ぶりに見る大規模な戦場を前に、ケリドウェンは空中を移動しながら楽しそうな笑顔を浮かべていた。
そんなケリドウェンが到着した事に気付いたケリドウェン勢力のブレイバー達は、揃って勝利を確信したかの様な表情になる。
「ケリドウェン様が来たぞ! 下がれ! 全員下がれ!」
と、戦いながらも後退を開始するケリドウェン勢力のブレイバー達。
それを確認したケリドウェンは、戦場の中央くらいまで移動して来た所で、両手を広げ周囲にブレイバーの武器を召喚する。数千にも及ぶ様々な武器が展開された。
その光景に、嫌な予感がした一本角は再び魔剣を地面から抜き、
「空を飛んでいるブレイバーを狙え!」
と、砲撃隊に指示した事で、ケリドウェンに向かって魔法や銃弾による砲撃が開始される。
集中砲火を前にしても、臆しないケリドウェンは自身の前に巨大な盾を4つ召喚してそれを防ぐ。
そんな盾の後ろで、ほくそ笑む彼女は言った。
「わらわに刃向かうか、うい奴らですわね」
ケリドウェンはそう言って左手を前方に差し出す。
「さあ、踊りなさい」
千の武器が一斉に放たれ、その1本1本が戦場にいる敵勢力ブレイバーを的確に捉え襲って行く。
それは正に武器の雨。
積もった雪に武器が突き刺さる鈍い音と共に、雪が舞い上がり視界が悪くなる一方で、狙われたブレイバーと兵士は初撃で半数以上が犠牲となった。
地面に突き刺さった武器群は、それぞれが生きているかの様に浮かび上がり、横に移動して動き回り始める。もはや千の加勢がやって来たと同等で、大量の動く武器群によってエルドラド勢力の第一陣は一気に壊滅状態にさせられた。
戦場を自在に動く武器群によって第一陣が壊滅させられた事で、
「空の魔女め、やってくれる」
と、愚痴を漏らした一本角は続けて指示を出す。
「第二陣前へ! 砲撃隊は引き続き空の魔女を攻撃!」
再び百のブレイバー率いる千の兵士が前進した。
その頃、戦場から約2kmほど離れた丘、大岩の上で3人の狙撃手ブレイバーがそれぞれスナイパーライフルを構え伏せていた。白の毛皮でカモフラージュをした彼らは、前線で暴れ、空から高みの見物をしているケリドウェンに悟られない様にスコープで照準を合わせている。
3人のうち、50口径対物ライフルであるバレットM82狙撃銃を持つ男ブレイバーが他の2人に言った。
「俺が撃ったら一斉に放て、しくじるなよ」
「「了解」」
「スタンバイ……スタンバイ……」
それぞれが息を止め、ケリドウェンの頭に狙いを定めて行く。
そしてケリドウェンの動きが止まった所で、二脚で支えられたバレットM82が火を噴いた。
極めて低速で動作するショートリコイル機構によりある程度反動は押さえ込まれ、弾薬から出る大量のガスで銃口から巻き上がる砂埃と閃光。
12.7ミリの強力な銃弾が放たれると同時、ケリドウェンはそれを察知していた。
すぐに召喚していた4つの盾を斜線に素早く重ね、3つの盾に大きな穴を空けられながらも4つ目の盾で弾を止めた。
続けて狙撃手ブレイバーの残る2人が発砲したが、それも盾を器用に動かして弾いてしまう。
しかもケリドウェンはそうやって狙撃を防ぎながら、呪文の詠唱をしていた。
やがて呪文の詠唱が終わり、夢世界スキル《メテオストライク》が発動される。
遠く離れた狙撃手3人に向かって、空から小隕石が落下。
バレットM82を構え次弾を放とうとしているブレイバーが、空から接近する隕石に気付いた時には、小隕石は既に目の前。
「ば、化け物かっ―――」
丘の上にあった大きな岩ごと、ブレイバー3人を消滅させ小さなクレーターを作るほどの大爆発が起きた。
狙撃で壊れた盾を一度消し、また別の盾を今度は6つ召喚して、引き続き放たれる遠距離攻撃の全てを防ぐ。地上で暴れる武器群も壊されればまた次の武器を召喚して地面に落とす。
そうやって好き放題に殺戮の限りを行うケリドウェンを止める事叶わず、エルドラド軍の誰もが恐怖を感じるのはすぐの事だった。
一本角の後ろで杖を構え待機しているパンダ帽のブレイバーもまた、
「あれが空の魔女。恐ろしいですね。ゼノビアさんは、あんなのと対等に渡り合ったというんですか」
と、声を震わせていた。
一本角はまだ動こうとはせず、前方の戦況を見つめていたが、そんな彼の目にもケリドウェンが操る武器群の猛攻に苦戦を強いられているのは見て取れる。
既に被害は甚大で、そんな状況に第三陣を送り込むべきか一本角が判断を悩んでいると、先に動いたのはケリドウェンだった。
ケリドウェンを守る6つの盾が左右に避けたと思えば、ケリドウェンは手に重機関銃。口径7.62mmのガトリング銃を両手に持っており、背中にフィーダーで繋がれた巨大なバックパック。
「こんなのはどうかしら」
そう言って、何も躊躇う事なくケリドウェンはそれを発射した。
武器の雨に続いて、毎分数千発の弾丸の豪雨をエルドラド軍の本隊に向かって左から右へと撒き散らす。
「あはぁっ! いいですわ! 久々に血が滾る!」
この状況で玩具で遊ぶ子供の様に笑うケリドウェンが放つ弾丸によって、エルドラド軍の隊列は一気に乱れ始めてしまった。
怖気づいて逃げる者まで現れてしまう始末で、たった1人の空を飛ぶブレイバーによって、戦況がひっくり返されている。
そう判断した一本角が、ついに動いた。
「私が出る」
重機関銃を爽快に連射するケリドウェンに向かって、魔剣バルムンクを片手に前へ歩き出す一本角。
ケリドウェンもそれに気付き、一旦撃つのを止め、その銃口を一本角のブレイバーへと向ける。
「ようやく本命のお出ましですわね。一本角の悪魔ちゃん。いえ、その偽者!」
かつて好敵手同士であった『一本角の悪魔』と『空の魔女』が、二十年の時を経て再び幕を開けた。
なぜこの様な事態になったのか、それは半月ほど前にさかのぼる。
エルドラド城の地下にある牢獄の最深部で拘束されていたシッコクは、隣にいるスウェンと飽きる程に散々会話を交わし、世界の理を学んでいた。
スウェンの鼻歌が今日も牢獄の中に響き、シッコクや見張りの兵士まで嫌気でしかめっ面になっていると、1人の男が兵士を引き連れて階段を降りて来た。
慌ただしくなった事で、スウェンが鼻歌を止め鉄格子の隙間から通路の様子を窺う。
やってきた人物は身長2メートルを超え、鍛えられた筋肉による巨体が特徴的な大男。
白の短髪と日に焼けた肌、赤の鎧を纏ったその男の名はバルド将軍。
兵士がシッコクが幽閉されている牢の扉を開け、続いて拘束具を解いている間にバルドがシッコクに笑顔を向け言った。
「おうおう、俺がいねぇ間にとんでもねぇ事をしでかしてくれたみてぇだな」
「将軍……」
「釈放だ。下手な考えは起こすなよ。そん時は俺がオメェを処分しねぇとなんねえからよ」
拘束具が完全に解かれ、数ヶ月ぶりに地面に足を着ける事が出来たシッコクは、少しやつれた表情で言った。
「将軍。貴方は知っていたのですか。ゼノビアの事」
「開口一番で言う台詞がそれか。国家秘密だ。口に出すんじゃねぇよ。誰に教わった?」
「答えられません。今まで何処にいたのですか?」
と言いながら、シッコクは手元に魔剣バルムンクを召喚して背負った。
「ま、こんな湿った場所からで出て話そう」
将軍がそう言って歩き出したので、シッコクも悠々と牢を出て後に続いた。
その背中を見ていたスウェンが、
「ちょっとちょっと! 俺は出してくれねぇのか? なあ!」
と、わざとらしく叫んでいたがその場の誰もがそれを無視した。
階段を登り、何層にもなる地下牢獄を通り、重たい扉をいくつも開け、ようやくエルドラド城の広く日当たりの良い廊下に出た。
兵士やブレイバーが慌ただしく右往左往している姿も目立っている中、窓から零れる太陽の光はシッコクにとってとても眩しかったので思わず手で遮る。そんな彼の前をゆっくりと歩くバルドはジェスチャーで一緒に歩いていた数名の兵士達をその場から追い払うと、話を始めた。
「海を渡り、バグの国に行ってきた」
「アリーヤ共和国?」
「酷い所だった。一体何が起きたらあんなになっちまうんだか」
「何故そんな所に?」
「ま、威力偵察ってところだ。生存者を何人か救出もしたけどな」
「アリーヤと言えば……ワタアメというブレイバーを知っていますか?」
シッコクのその質問に、バルドは真剣な眼差しを向け、しばらく黙って何かを考えた後に口を開いた。
「知ってるさ。よく知ってる」
「バグ混じりや、バグを操るブレイバーがいる事も?」
「ふむ……やはり入り知恵されたか。悪いが、俺からは何も言えん」
バルドにも立場があるのだと察したシッコクは、それ以上何も言わなかった。なので、バルドが続ける。
「バグの国の事は気掛かりだが、今はそれよりも重要な事がある」
「重要な事?」
「後の事はグンター王が説明する」
気が付けば、王座の間に入る大きな扉の前までやって来ており、バルドが両手でそれを開けた。
バルドの直属の部下であるブレイバーを中心とした、屈強な兵士達が厳重な警戒をする中、レッドカーペットを進む。
いつもの様に王座にグンター王、その横に険しい顔つきをした大臣が睨みを利かせている。
バルドはそのまま王の横に移動して振り返っている間に、シッコクは片膝を着いた。それを見て、グンター王は話を始める。
「頭は冷えたか、シッコクよ」
「はい。あのスウェンと言う男と会話を交わし、考えを改めました」
「……テロリストと会話を交わしたか……ふっ。私も寛容である。今後の働きによっては先の不行儀は無かった事としてやろう」
「牢から出たばかりの私に、任務があると?」
「ああ、お前にしか頼めない事だ。ゼノビアに関係している事でもある」
ゼノビアという名前が出た事で、シッコクの顔つきが変わったが、グンター王は話を続ける。
「エルドラドの国民、王都民が殺害されるという事件が続き、その犯人を捕らえた。尋問により得られた情報は、その一連の犯行は全て隣国オーアニルからの刺客。空の魔女の部下……だそうだ」
「オーアニルの魔女がなぜその様な事を……」
「空の魔女と言えば戦争の時代、我が軍の侵攻を妨害し、英雄ゼノビアとも互角に戦った事で恐れられた最悪のブレイバーである。我らを恨んでいる理由としては充分であろう。悍ましい事だがな」
「当時の話はゼノビアから聞いたことがあります。しかし……」
「それだけではない。時期悪く、我が国からオーアニルに出向いたブレイバーが3人、ケリドウェンに拉致されたという情報が入っている」
「事実なのですか?」
「確かめる為にオーアニルのケリドウェン領へ使者を送ったが、国境を超え魔女の領地に入った所で襲われたそうだ」
「それが答え……という事ですか」
「バグの騒動や地殻変動で大目に見てやっていたが……そろそろエルドラドの威厳を見せる時だろうな」
淡々とそんな事を言うグンター王の言葉に、シッコクが質問をした。
「では、私が兵を率いて空の魔女を始末しろという事ですね」
「そうなる」
「畏まりました。私の部下を連れて行ってもよろしいでしょうか?」
「好きにしろ。だが、普通に行った所で、空の魔女がまともに相手をしてくれるとは思えん。今では国として成り立っていないオーアニルでは、いとも簡単に逃げられてしまうだろう」
「どうしろと?」
グンター王は横に立つバルドに目線を向けアイコンタクトを取ると、バルドが動き、傍に立っていた部下のブレイバーから兜を受け取った。そのままシッコクの前まで移動して、その兜を手渡した。
長い一本角が特徴的な銀色の兜だ。
「これは……ゼノビアの兜……」
そう言って少し驚いた表情を浮かべるシッコクに、今度はバルドが説明をした。
「オーアニルの連中は、その兜を被ったゼノビアの事を一本角の悪魔と呼んでいたらしい。しかも空の魔女とは何度も対峙した浅からぬ縁がある」
「敵を誘き出す為、私がその悪魔になれという事ですか」
「ま、そうなるな。お前にとっては光栄な話だろ?」
「……断る選択肢は……ないですね」
と、シッコクは少し笑みを浮かべた様に見えた。
シッコクにとってゼノビアは憧れであり、育ての親であり、いつも背中を見てきた存在だった。
そんな彼女が辿った軌跡に触れる事が出来る機会、それが目の前にあるのだから、この好機を逃す訳にはいかない。
よく見れば、この角の付いた兜は、サイズと色がシッコク用に調整されている様だった。
両手でゆっくりとその兜を頭の上に運び、そのまま頭に被った。
「おお」
と、かつてのゼノビアの姿を知っている者達からどよめきが起きる中、シッコクは狭くなった視界の中で王を真っ直ぐと見つめる。
「その任務、私にお任せください」
その数日後、エルドラド軍は進軍の準備を整え、大勢と王都民に見守られながら冬の国オーアニルに向かい出発する事となった。
グンター王の親書を持ったシッコクが精鋭ブレイバー隊のメンバーを含む一個師団を率いて移動を開始して、その後を追う様に後衛部隊のバルド将軍が率いる一個師団も続く。
そんな騒ぎが起きて数日後の事、王都シヴァイに訪れたのはサイカ達だった。
ミラジスタのアーガス兵士長の推薦状を使い、先日あった軍事行進の興奮が冷めやんでいない王都へと足を踏み入れた。
また戦争が始まった等と動揺の声が至る所で聞こえる中、修復工事が行われている教会の前を歩くブレイバー5人。
夢世界でアヤノに出会った事を話した上で、スウェンに会う用事が終わったらオーアニルに行きたいという希望を話すサイカ。
「はあ? オーアニルって、凄い治安の悪い国じゃない」
と、嫌そうな顔を見せたのはマーベルだった。
しかしルビーが肯定する。
「いいんじゃない。そのケリドウェンとかいうブレイバー、恐らくオーアニルの空の魔女。とても興味深いわ」
空の魔女と言う言葉を聞いて、サイカがルビーに質問した。
「空の魔女?」
「ほんと、貴女は世界史には疎いのね。オーアニルの空の魔女って言ったら、エルドラドの英雄ゼノビアと同じくらい世界的に有名なブレイバーよ」
「そうなのか……」
「武器の雨を降らせ、無限の夢世界スキルを操り、そして自在に空を飛んでいた事から、付けられた異名が空の魔女」
「無限の夢世界スキル? そんな馬鹿な話が――」
「と、誰もが思うわよね。私もそう。だからこそ、私は見てみたいと思ってるわ。戦場で見た者しか知り得ない、その強さを」
2人がそんな会話をしていると、横で歩いているミーティアが周囲の異変に気付き、険しい表情になっているのにサイカが気付いた。
「どうしたの?」
「先ほどの壊れた教会もそうだけど、戦闘の痕跡が至る所にある。それにブレイバーズギルドの前にも地面に大きな穴が……間違いない。ここでバグとの戦闘があったんだ」
そう言われて、5人は改めて周りを見渡したが、確かに周囲の建物には剣で斬られた様な跡や割れた窓ガラスなどが目立つ。
先日マーベルが言っていたレベル5のバグがここに現れ、激しい戦闘が行われた場所と考えたら説明が付く。
エムは何があったのかを想像して恐怖を覚えたのか、サイカの腕にしがみ付いて来た。
そんな中ミーティアは、
「エルドラド城に急ごう」
と、1人足早で先に行ってしまうので、他の4人もそれを追いかける。
大きな外壁を3つ潜り、エルドラド城までもう少しといった所で空飛ぶ巨大ロボットが目に入った。
王都で起きるバグ騒動の鎮圧に一役買っていて、見回り警戒中のロウセンである。
ロウセンもサイカ達の存在に気付いた様で、目線を向けて来たと思えば、旋回して遠くに見えるエルドラド城の方面へ降下して行ってしまった。
そんな事がありつつも、城の入口までやって来て、入口に立っている兵士にミーティアが推薦状を渡す。
「ミーティア様っ!? しょ、少々お待ちください!」
と、兵士が驚き、そして慌てて城の中へと入って行った。
アーガスの推薦状があるとはいえ、突然ブレイバー5人が来訪したとあっては、対応には少々時間を要する様である。申し出した事は2つ、捕らえられているテロリストのスウェンへの面会と、グンター王への謁見。
一同が門の前で小一時間ほど暇を持て余した後、中から先ほどの兵士が出てきた。
「グンター王は現在、議会に出席しており、取り次ぎには時間が掛かりそうです。申し訳ございません」
「そうか……」
と、王にシッコクの事を聞きたがっていたミーティアが残念そうな表情を浮かべたので、兵士は続けて口を開く。
「しかし罪人への面会は許可が下りましたので、お通しすることは可能です」
その言葉に、ミーティアが隣のサイカに顔を向け、サイカは頷いた。
「では、案内してもらおう」
そう言って、ミーティアが他のメンバーに声を掛けようとしたが、兵士がそれを止める。
「許可が下りたのはミーティア様とサイカ様のお二人のみです」
それを聞いたルビーが興味無さそうにさっさと何処かへ歩いて行ってしまう中、サイカの腕にしがみ付いているエムの手をマーベルが引っ張り引き寄せながら、
「私たちは大丈夫だから、2人とも行って来なさい」
と優しく微笑んだのでサイカが答えた。
「すぐ戻る」
マーベル達を門の前に残し、兵士と見張り役のブレイバーを引き連れて城へと入るサイカとミーティア。
地下牢獄に案内され、階段をいくつか降りた先、最深部へとやって来た。
最深部の牢は4つで、3つは空いており、残る1つからは鼻歌が聞こえてくる。
そこにいるスウェンは、手足に木製板状の手錠と鉛の足枷が装着させられた半裸と言った姿で地面に座っていた。
牢の前までやって来たサイカとミーティアが立ち止まると、退屈そうにしている髭面のスウェンが鼻歌を止めてニヤッと笑う。
「誰かと思えばお前か。相変わらず良い身体してんじゃねぇか」
そう言うスウェンの目線がサイカの胸部に向けられていた為、隣にいたミーティアが、
「貴様!」
と背中の剣に手を掛けたので、サイカがそれを手で止めスウェンに話を振った。
「私達は雑談をしに来た訳じゃない」
「シュレンダーだな?」
いきなり図星を指されてサイカは驚かされたが、すぐ気を取り直して話を続ける。
「博士は私たちの夢主がいる世界に移動して、そこで何か研究を進めているみたいだ」
「それで?」
「お前に伝言を任された。順調だと伝えてくれと」
「順調……ね。くくっ」
「何がおかしい」
そんなサイカの質問を無視して、スウェンはしばらく含み笑いをしていたが、しばらくして急に笑う事をやめた。そしてサイカに質問を投げる。
「お前、向こうの世界に興味はあるか?」
「何を……興味の無いブレイバーの方が珍しいだろう」
「ま、それもそうさな。だったら尚の事、お前たちは気を付けろ。何か切っ掛けさえあれば、突然それは起きるぞ」
「お前たちはいつも意味の分からない事ばかり言う」
「自分たちがやっとの思いで培った物を、そう簡単に他人から理解されてたまるかよ。ちびっ子シュレンダーと連絡が取れるなら、俺からの伝言も伝えておいてくれ。待ち草臥れて死にそうだってな」
「具合が悪いのか?」
「……ふっ。ブレイバーなのが惜しいくらい、お前は面白い女だよ」
今度はミーティアが隣で見張りをしている兵士の1人に声を掛けた。
「ここにはシッコク様も捕らえられていると聞いていたけど、何処に?」
「それが……シッコク様は釈放され、現在は重要な任務を遂行中です」
「任務?」
「ええ。それが……グンター王の命令で、軍を率いてオーアニルに攻め込んでおります」
オーアニルという言葉に、思わず反応して兵士に向けてしまったのはサイカだった。
「今、なんて……」
「軍事国家としての威厳を保つ為、裏で組織的な策略を企てているオーアニルの勢力1つを潰す方針の様です」
「それはいつだ!」
「軍が王都を出発したのは5日ほど前の事です。今は丁度オーアニルで敵と対峙していると思われます」
「敵?」
「詳しい情報は私共には知らされておりません。どうやら空の魔女が関係している……との事ですが……」
「空の魔女……ケリドウェン……」
思わぬ情報を手に入れてしまったサイカとミーティアは、何やら楽しそうな表情を浮かべているスウェンを余所に、ひとまず地下牢獄を出る。
すると城の廊下でそれを待っていた人物がいて、護衛ブレイバーを2人引き連れたその人物はサイカ達を見つけるや否や話しかけてきた。
「お久しぶりですミーティアさん、サイカさん。ミラジスタでお会いして以来ですね」
と、礼儀正しくお辞儀をしてきたのは煌びやかな青いドレスに身を包んだソフィア王女である。
「お久しぶりですソフィア殿下。お元気そうで何よりです」
そう言って王国式の敬礼を見せるミーティアを見て、サイカはペコリと軽くお辞儀した。
すぐにミーティアが行われている軍事行動について聞いてみる。
「シッコク様が軍を率いてオーアニルに行ったと言うのは本当ですか?」
「ええ。お父様が議会で決議もせずに強行したので、色々と問題になっています。なので今行われている会議はもう少し長引きそうですね。私も言いたい事は山ほどあります」
「なるほど。それほどの事があったと言う事ですか?」
「王都民の殺害を企て、お父様が気に掛けていたブレイバーが拉致されたと聞いてます」
王が気に掛けていたブレイバーと聞いて、サイカがもしやと問いを投げた。
「そのブレイバーって、もしかしてアヤノという名ではないか?」
「え? ええ。確かその様な名でした。私は直接お会いして無いのですけど、しばらくこのエルドラド城で匿っていたブレイバーです」
「アヤノが……拉致? どういうことだ……何かおかしい……」
と、夢世界でアヤノが言っていた事を思い出すサイカに、ミーティアが聞いた。
「何か気になる事があるの?」
「アヤノはケリドウェンに助けて貰ったと言っていたんだ。黒コートの仮面連中に襲われたと言っていたけど……拉致なんて、そんな事は一言も……」
「それって……」
その会話を聞いていた、護衛ブレイバーのリリムがそっと近づいて意見を述べる。
「オーアニルにいる仮面の黒い連中と言えば、クロギツネとか呼ばれている隠密組織と聞いた事があります」
次にソフィア王女が少し何か考え込んだ後に言った。
「王都で起きた一連の殺人事件も、捕まった犯人は簡単にケリドウェンの部下だと白状したと聞きました」
「その犯人は今何処に?」
と、ミーティア。
「それが……まんまと牢から脱獄されてしまっています」
「脱獄って、王都警備隊は何をやってたんですか!」
「姿を消す事が出来る妙な夢世界スキルを使われ、成す術無かったと聞いてます」
「夢世界スキル? では、ブレイバーだったのですか」
「はい。名は確か……アマツカミと名乗っていたそうです」
その固有名詞は再びサイカを驚き、愕然とした。
「まさか……そんなっ!」
「サイカ、アマツカミってもしかして……」
と、ミーティアも気付いた様子だ。
嫌な予感が頭を過ぎったのはサイカとミーティアだけじゃなく、ソフィア王女も何か思う所があり、それを口にした。
「私達は、何か重大な勘違いをしているのかもしれません。これはクロギツネという組織の謀という事でしょうか」
話を聞く限りでも、これは良くない事ではないかとサイカは直感で思うに至る。
だからこそサイカはミーティアに強い口調で提案した。
「今から行こう。オーアニルへ」
「えっ!? ちょっと待ってサイカ。ここは冷静に、まずはグンター王に事情を聞いた方がいい」
「ダメだ。待ってられない。アヤノは私の夢主、琢磨にとって大切な人だ。彼女がいる地で戦争が起きようとしているんだ。今すぐにでも行かないと」
「それは……」
「ダメか?」
「理屈は分かる。でも、現実的に考えて、今から早馬で追いかけても間に合うかどうか……」
エルドラドの王都シヴァイからオーアニルのケリドウェン領までは相当な距離があり、馬を使っても数日かけて移動する距離だ。
シッコク達が出発して5日は経ってしまっている状況で、その差を埋めると言うのは難しい問題である。
しかし、ソフィア王女がかつての経験から、1つの妙案を思いついていた。
「手ならあります」
と、自信に満ちた表情でソフィア王女が言い出したので、ミーティアが聞く。
「馬より早く移動する手段があるのですか?」
「はい。リリム、ロウセンを呼んで来なさい」
ロウセンを呼べと言う命令に、リリムは驚嘆した。
「ソフィア様! また良からぬ事を!」
「聞こえなかった?」
「あ、いや……分かりました」
と、リリムは移動を開始した。
そんなリリムの背中を見送りながら、護衛ブレイバーのケークンは面白い物が見れそうだと、ニヤニヤと笑みを零す。
その頃、エルドラド城の会議室では、爵位のある老人達が勢ぞろいしており、グンター王に此度の軍事行動について質疑応答が行われていた。
大きな長方形のテーブルで、上座に座るグンター王に向かって、20人の者達が次々と意見を述べる。
「あんな冬の国へ攻め入るなど、いったいどう言うおつもりですか!」
「民が不安がっています。何か声明を出されてはいかがでしょう」
「しかも軍を率いているのは、あのシッコクなのだろう。いつ裏切るやもしれんブレイバーに、一個師団を任せるなどお気でも狂いましたか」
「それよりも、今回攻める場所はケリドウェン領。つまり空の魔女の領域だ。空の魔女を怒らせたら何をされるか……」
などと、さっきから黙っているグンター王に向かって、皆言いたい放題な状況だった。
王の横に立つ大臣が、
「お前たち! 静粛にしろ!」
と注意をしたのは、グンター王は静かになるのを待っていたからである。
注意されて全員が黙ったのを待ってから、グンター王はやっと口を開いた。
「少し前まで、王都の中でバグが発生するという事件が続いたのは知っておるな?」
その問いに誰もが頷いた。
「私が知る限りでも10件。何れも凶悪なバグばかりだったと聞く。それが例の連続殺人事件の実行犯であるブレイバーを捕えた頃、唐突に止んだ。不思議な事があるものだな」
周囲にどよめきが生まれる中、王は話を続ける。
「先のミラジスタでのテロ事件もそうだ。バグを人為的に生み出す方法があると言うのは禁忌として存在しているが……ミラジスタからの報告によれば、生み出したバグを操っていたと報告が入っている」
「そんなまさか!」
「有り得ない!」
などと、信じられない者達が声を荒げた。
「事実である。そして、その全てがケリドウェンの策略という情報があるのだ。これに抵抗せずして何とする。ブレイバーの犠牲ならいざ知らず、国民や兵に多大な被害が出ているのだぞ。話し合いの場を設ける為に派遣した使者も襲われたとなれば、武力を持って制圧する事がエルドラドにとって最良の策。違うか」
「で、ですが、それが本当であったとしても、相手は空の魔女。英雄ゼノビアですら倒す事叶わなかった相手へ悪戯に兵を出したところで、どんな被害が出る事か!」
と、王の一番近くに座っていた公爵が口にした。
「だからこそ、シッコクとバルド将軍を選んだ。彼らであれば――」
王が言い掛けた時、会議室の扉が開かれ兵士が1人慌てた様子で中に入ってきて入口で片膝を着く。
「し、失礼しますっ!」
「どうした」
「それが、ソフィア王女殿下がオーアニルに出発されようと準備を進めておりまして、その事を知らせに参りました!」
「なに?」
またも王女の突発的な発想により、城にいる者達が慌てふためいていた。
エルドラド城の広い中庭で、片膝をついて姿勢を低くしたロウセンのコクピットに乗り込むのはソフィア王女、サイカ、エム、ミーティアの4人。
「いいのか?」
と、サイカがミーティアに意思を確認した。
「シッコク様と精鋭ブレイバー隊のみんなも参加してるって話だから、説得するなら私が適任よ。何も無ければいいのだけど」
「そうか……その手に抱えてるのは何?」
「これはみんなの防寒着。オーアニルは寒い土地だから、必要だと思って」
「なるほど」
ミーティアがさっさとコクピットの中に入ってしまった中、サイカはコクピットハッチを潜る前に、背伸びしてロウセンの顔を覗いた。
「この前は夢世界で会ったのにロクに挨拶もしてやれなくて、済まなかった。オーアニルまで頼む」
そんなサイカの言葉を聞いて、喋ることが出来ない人型巨大ロボットのロウセンは、グリーンアイを光らせ小さく頷く。
「え、えっと、僕も行くんですか?」
と、怖がってコクピットに入ろうとしないエム。
「空の魔女は名の通り空を飛ぶらしい。だからエムの風の加護が必要だ」
そう言ってエムの背中を優しく押すサイカ。
コクピットの中では、ドレスから外出用の服装に着替えたソフィア王女が、意気揚々と操縦席に座りレバーを握る。とは言っても、操縦席は形だけでここでの操作はロウセンを操作する事ができるわけではない。
それでも気分が盛り上がってきたソフィア王女は上機嫌でロウセンに話し掛けた。
「幸運の女神は前髪しかありません! ロウセン、向かうのはここから北北東、冬の国オーアニルのケリドウェン領です。天候が悪く無ければ、空からエルドラド軍が見えるでしょう。ハッチを閉めてください」
ロウセンは入り口でモタモタしているエムとサイカに気を使って、ゆっくりとハッチを閉じ始める。
「ほら」
と、サイカは機械を怖がるエムの脇を掴み持ち上げ、コクピットに入った。
コクピットハッチを閉めながらゆっくりと立ち上がるロウセンを、周囲のギャラリーと一緒に眺めているのは、マーベルとルビー、そしてリリムとケークンである。
マーベルは横に立っている王女様の護衛ブレイバーに言った。
「貴女達、王女様の護衛なのに、こんな所で呑気に見てていいの?」
ケークンが答える。
「ま、いいんじゃねぇの。ロウセンの中はあれ以上乗れないしな」
「何だか嬉しそうね」
「そ、そんな事ねぇよ」
するとリリムが言った。
「ケークンはロウセンの中が苦手だからな」
「おい!」
「ロウセンだってソフィア様の護衛ブレイバーの1人。あの頑丈な装甲の中にいればまず安全だし、ミーティア様も一緒なのだから、我々がいなくても大丈夫でしょう」
「空飛ぶブレイバーを空の魔女と言うなら、ロウセンは空の巨人だな」
そんな会話をするリリムとケークンはリラックスムードで、王女専属の護衛ブレイバーだから無理にでも一緒に行こうとするのではと思っていたマーベルは拍子抜けである。
横にいるルビーはなぜか不機嫌そうにロウセンを睨んでいるのは、空の魔女を一目見たいと言う気持ちと、あわよくば一戦交えたい願望を抱いていたのに一緒に行けないからだ。
段々と王女が乗ったロウセンを一目見ようと、使用人や兵士、ブレイバー、伯爵や公爵までもが集まり、ギャラリーが増えて行く。
知らせを受けたグンター王もまた、会議を途中で抜け出してまで中庭までやって来ていた。
「やめるんだソフィア!」
と、グンター王が珍しく大声を出す。
ロウセンは王の言葉を気にする事なく、向きを変えて背中のブースターを噴出準備しながら飛躍の態勢になった。
コクピット内のモニターにはしっかりとグンター王が映されており、ソフィア王女はそれを見るや否や強い口調で発言する。
「お父様、行ってきます! 皆さんもロウセンから離れなさい! 吹き飛ばされますよ!」
コクピットの声を外に響かせるなんて機能は、ロウセンには無い。そんな事も知らないソフィア王女だったが、今度は横にいる3人のブレイバーに続けて話しかけた。
「何処かに捕まって歯を食いしばってください。舌を噛みますよ」
そう言われて、サイカ、ミーティア、エムの3人は口を塞ぎ、操縦席の椅子を掴んだ。
それを確認したソフィアは、頷きつつも正面のモニターに目を向ける。
「さあロウセン、行きましょう!」
ソフィアの言葉を合図に、ロウセンのグリーンアイが光り、背中のブースターを点火。周囲に突風を発生させ、やがて地面を強く蹴って飛躍した。
エルドラド城の中庭に集まっていた者達や王都シヴァイで日常を送っている都民達に見送られ、ロウセンはあっと言う間に王都を飛び出し、遥か空の彼方へと見えなくなって行った。
「頑張りなさいよ」
と、マーベルは我が子を送り出す母親の様な眼差しを飛び去るロウセンに向けていた。




