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ログアウトブレイバーズ  作者: 阿古しのぶ
エピソード3
55/128

55.アヤノⅢ

 空中を飛ぶ白い玉。

 アヤノがそれを難なく避けた事で、白い玉は地面に落ちて四散する。


 雪を丸めてアヤノに向かって投げて来たのは、メイドのユウアールだ。

 一投目を外したユウアールは、手早く次の雪玉をアヤノに向かって投げる。


 ブレイバーになってから現実世界より俊敏な動きが出来る様になったアヤノにとって、投げられた雪玉はとてもゆっくりに見えた。

 向こうの世界とは感覚が全然違うが、やっと自身の身体の扱いに慣れて来た所だ。だからこそ、ユウアールが投げた雪玉を避けるのは容易だった。


 雪合戦をやろうと言い出したユウアールも、負けじと雪玉を大量生産しながら次から次へと剛速球を投げる。

 迫りくる雪玉を見極めたアヤノは、横や縦に飛び跳ね全て避けて魅せた。


「やるじゃねぇか!」

 と、ユウアールは楽しそうに雪玉を投げ続ける。


 攻められてばかりだったアヤノも、隙を見つけて雪を掴み、空中で相手の雪玉を避けながら丸め反撃の一投をした。


「おっと。あぶねぇ!」


 ユウアールはアヤノの雪玉を屈んで避け、すぐに投げ返す。

 物量で攻めるユウアールに対して、トリッキーな動きで避けながら時々反撃するといった攻防が繰り返されているが、先に当てた方の勝ちとされる決着が付くのは当分先になりそうだ。


 そんな激しい雪合戦を退屈そうに横で見ているエオナは、小さな雪だるまを制作中である。

 この雪だるまという作り物は、先ほどまでここにいたメイドのナーテが教えてくれた。ナーテはケリドウェンに呼ばれて、ジーエイチセブンと共に屋敷の中へと入って行ってしまったが、アヤノやユウアール、エオナの3人はこうやって暇を持て余し中である。


 アヤノのハーフマスクに雪玉が直撃、アヤノが寸前で投げた雪玉もユウアールの顔面に直撃したことで、激しい雪合戦は引き分けで終わった。




 一方で、屋敷の中にあるケリドウェンの執務室では、先に目覚めたシェイムの事情聴取が行われていた。

 傷もすっかり癒えメイド服に着替えた茶髪ポニーテールのシェイムは、ふかふかの高級ソファに遠慮気味にちょこんと座り、その向かいにあるソファにケリドウェンが堂々と座っている。そんなケリドウェンの後ろにメイド長であるナーテが立っていて、部屋の窓際ではジーエイチセブンとダリスが心配そうに耳を傾けていた。


「それで、わらわが留守の間にクロギツネに襲われたというのは本当か?」

 と、ケリドウェンは鋭い眼差しをシェイムに向ける。その表情から機嫌の悪さが伺えた。


「はい。突然の出来事でした。私達では対処できないほどのバグの群れに襲われたと思えば、クロギツネの手裏剣使いが……私が先に倒れ、ナギだけが最後まで抵抗して戦っていました」

「解せませんね。わらわが留守のうちに汚い狐がチョロチョロと。どれ、わらわが灸をすえてやるべきかしら」


 すると、ナーテが口をはさんだ。


「しかしケリドウェン様。クロギツネは潜伏先が定かではありません。闇雲に探しても、そう簡単には……」

「セドガ湖のウォーレン城跡であろう?」

「そこにいるというのはあくまで噂です」

「ふむ……」


 そこまで会話して、ケリドウェンは窓際に立つジーエイチセブンへと目を向け質問を投げる。


「それで、クロギツネの1人が知り合いだったと言うのは本当なのかしら?」

「ああ。ワールドオブアドベンチャーで、シノビセブンというグループにいる1人だった」

「そのシノビセブンという組織に、サイカという人物はいて?」

「なぜそこでサイカの名が出てくる。知ってるのか?」

「……そう。いるのですわね」

「俺の質問に答えろ! なぜサイカの名を出した!」

 と、声を荒げるジーエイチセブンだったが、ケリドウェンは動揺する事なく微笑した。


「そんなに驚く事かしら。ワールドオブアドベンチャー出身で、エルドラドや夢世界ではそこそこの有名ブレイバーでしょう?」

「それはそうだが……まあいい。確かにサイカはシノビセブンの一員だが、俺の知る限りでも奴はまだミラジスタだ。何か関係しているとは思えん」

「ふむ。クロギツネは昔から妙な集団で、忍者と呼ぶブレイバーも多い。そやつらの夢世界での仲間に……サイカ……」


 そう言って考え込むケリドウェンに、ジーエイチセブンは気になっている事を聞く。


「ランティアナ遺跡はもぬけの殻だったと言っていたが、本当に何も無かったのか?」


 鋭い質問を受け、ケリドウェンは遺跡でクロギツネの仲間と思われるブレイバーに会った事を話すべきかとしばらく黙ったが、

「……何も無かったわ。あの場所にあったはずの伝説のホープストーンも、何も……ね」

 と、真実も話しつつはぐらかした。


 そこへ、黙って聞いていた丸眼鏡の中年男性、ダリスがケリドウェンに別の話を振る。


「ケリドウェン。もう1つ気掛かりな情報が入って来ている」

「なにかしら。わらわの従者が狐に襲われた事以上に、重要な事かしら?」

「ああ。エルドラドの王都シヴァイにいる諜報員18名が、短期間に全員殺害された。情報が不足していて犯人は不明だ」


 ケリドウェンの表情が険しくなり、険悪だったこの部屋の雰囲気が更に悪くなった様に感じた。

 眉間にシワを寄せ立ち上がったケリドウェンは、そのまま執務室の出入り口へと歩き始める。


「もういい。詳しい話はナギが目覚めてからにしましょう。目障りなクロギツネの処理は……何れわらわがやりますわ」


 そう言い残して、扉を勢いよくて開け出て行ってしまった。そんなケリドウェンの後をナーテが追って一緒に出て行く。


「あらら、あれは相当怒ってるね」

 と、ダリスが苦笑いする。


 その後、ジーエイチセブンがダリスに聞いて分かったのは、エルドラドの王都で暗殺された諜報員18名は全員がケリドウェンの部下で人間だった。定期連絡が無かったので、調査に向かったブレイバーが事態を知るに至ったそうだ。




 雪合戦に飽きたアヤノとユウアールは、エオナと共に巨大雪だるまの制作をしていた。

 先ほどエオナが作っていた手乗りサイズの小さな雪だるまよりも遥かに大きく、人間よりも大きい巨大雪だるま。胴体と頭が出来上がった事で、アヤノは顔に装飾を施し、エオナとユウアールが手や胴体に飾りを取り付ける。

 最後にユウアールが調理に使う鍋を台所から持って来たと思えば、大きくジャンプして頭にそれを被せ、くるりと回って着地。そしてアヤノやエオナに向かってドヤ顔でVサインをした。


 そんな大きくて立派な雪だるまが完成した時、屋敷の中からジーエイチセブンが出てくる。


「なんだ。もう仲良くなったのかお前ら……雪だるま?」


 共同作業をした事ですっかり打ち解けてしまったアヤノは、ハーフマスクの下に見える口元が少し緩んだ様にも見えた。

 その横で、エオナがジーエイチセブンに言った。


「ジーさん、それで私たちはどうするんだ。ランティアナ遺跡には何も無かったんだろ。いつまでここにいないといけないんだ」

「とは言ってもなぁ。俺だって考えてる。遺跡はもうバグの巣ではなくなったらしいから、とりあえず行ってみる価値はあるんじゃないか」

「はあ? 本気で言ってるのか?」

「あの女を信用するもしないも、無駄でも無駄じゃなくても、まずは行動あるのみだろ。めんどくせぇ事だがな」


 エオナとジーエイチセブンの会話に、ユウアールが口を挟む。


「ケリドウェン様はひとっ飛びだけどな。ランティアナ遺跡は徒歩で行くのは遠いぜ。何だったら俺が案内してやろうか」


 そんな雪だるまを作って上機嫌なユウアールに、エオナが言った。


「あんた、強いのか?」

「ああ俺は強いぜ。純粋な戦闘能力だけで言えば、ナーテより強いからな」

「見た所武器は持っていない様だが?」

「あったりめぇよ! 俺の武器はこいつさ!」

 と、ユウアールは拳をエオナに見せる。可愛らしい見た目に反して、武闘派のメイドの様だ。


 その横で、2人を見ていたアヤノはふと視界が歪んでいた。

 あまりにも自然な生理現象で、アヤノ本人も自分が何をしたのか気付いていない。それでいて、この感覚は数か月ぶりで、こっちの世界に来てからは一切無かった事だ。


 アヤノの生理現象に、驚きの表情を見せたのはジーエイチセブンとエオナだった。

 2人共唖然とアヤノを見ている。


「おまえ……」


 そんな風にエオナが言葉を発して、やっとアヤノも自分が大きく口を開けて冷たい空気を肺に取り込んでいた事に気付くに至る。


「ふぇ?」


 間抜けな声を出してしまったアヤノ。

 それもそのはずで、アヤノは欠伸をしている最中なのだ。


 疲れたり眠くなったりした時、口が自然にあいて行われる深呼吸。それをしたアヤノは、すぐに強い眠気が訪れる事となる。


「あ……れ……」


 数ヶ月ぶりとなる眠気に、アヤノが戸惑っていると、ジーエイチセブンが慌てた様子で駆け寄って来てアヤノの肩を両手でがっしりと掴んだ。


「眠いのか! 眠いんだな!」

「え? あ、はい。たぶん」

 と、アヤノが答えたことでジーエイチセブンはエオナと顔を合わせ、アイコンタクトして頷いた。




 ジーエイチセブンにお姫様抱っこして連れてかれたと思えば、アヤノはハーフマスクを取り外され、部屋のベッドで横にされていた。エオナに毛布を掛けられ、雪遊びで冷え切った身体が温もりに包まれる。


 訳が分からないアヤノは、

「あの……」

 と、起き上がろうとしたがジーエイチセブンがそれを止めた。


「良いから寝ろ。今のお前にはそれが必要だ」

「えっ、でも……」

「寝れば分かる。とにかく向こうで、状況を把握して来い。いいな?」


 そしてエオナが言った。


「夢の有難味が分かってないなんて幸せ者だな。私なんか夢主が気まぐれで、全然眠くならないのにさ。寝とけ寝とけ」

「えっと……はい……おやすみなさい」


 ジーエイチセブン、エオナ、ついでに付いてきたユウアールも入れて3人に見守られながら、アヤノは瞼を閉じる。

 それからアヤノが睡眠状態に入るのにそう時間は掛からなかった―――



 ✳︎



 アヤノが瞼を開けるよりも先に、全身に不思議な感覚が訪れた。

 ベッドの温もりが無くなったどころか、身体を支える物が無くなった。フワッと身体が浮くような、それでいて風がアヤノの背中押し上げるような、そんな感覚。


 何事かとアヤノが目を開けると、そこには……



 広く晴れ渡った青空があった。



 ――えっ?


 さっきベッドでみんなに見守られながら眠りに入ったのに、なぜか外にいる。

 目の前に広がる青空と白い雲、眩しい太陽、風で激しく揺れ動く銀髪、身体に触れている物が何も無く、自身が空を落下していると言うのはすぐに分かった。


 そんなまさかと、空に向かっていた身体を落ちている方向に向ける。

 緑の大地が見えると共に風圧で頭が持って行かれて首に痛みが走り、口も勝手に開いてしまった。地面はまだ先だが、着々と下に向かって落ちている自分がいて、かつて経験した事もないスピードによる恐怖が芽生える。


「きゃああああああああああああああああ!!!!」


 突然暴風の中に晒され、何が何だか分からない状況にアヤノはただ叫ぶ事しか出来なかった。


(――えるか……アヤノ……たんだな……落ち着……)


 アヤノの脳内に声が再生される。が、パニックに陥ってるアヤノと、凄まじい風の音も相まってその声を正常に聞き入れる事ができない。


 目の前に迫る緑の大地は、何処かで見覚えのある場所だった。

 それでもやはり、着々と落ち行く自分に人生で何度目かの『死の予感』による涙が溢れ、その雫は風に吹き飛ばされてしまう。


 ――これやばい、やばいやばいやばいやばい!


 パラシュートなんて物は身に付けていないし、翼がある訳でもない。これはもう成す術無く地面に叩き付けられるのを待つしかない状況だ。


 ――あ、これもうダメだ。


 そんな風に思い、地面まであと百メートルとも思える距離に達した時だった。



 横から猛スピードで飛行して来た何者かがアヤノを受け止めた。

 アヤノにとっては急に受け止められた事で、急激に上へ引っ張られる様な衝撃があったものの、飛んできた何者かは出来るだけ衝撃を和らげる様に抱いてくれ、アヤノは再びお姫様抱っこされる。

 真っ白な思考の中、アヤノの視界に入って来たのはロボットだった。


 機械的で白くて丸いフォルムのボディ。口は無く、目を含む各パーツの接続部分が光を放っていて、映画によく出て来そうなアンドロイドを思わせる容姿。


 ゲームマスター19号である。


「間に合って良かった。危うくいきなり落下死させるところでした」


 まだ言葉を出すことが出来ないアヤノに、19号は問いを投げた。


「教えてください。貴女はブレイバーですか? イエスなら頷いて、ノーなら横に」


 アヤノは首を横に振った。


「では、イイムラアヤノさん……ですね?」


 アヤノは頷いた。

 それを確認した19号は、何処かへ連絡を取る。


「確保しました……はい、その様です……了解しました」


 空中で抱き抱えられながら、アヤノは改めて周りを見渡すと、遠くに首都ゼネティアが見えた。

 真下は広大なプラーリー大草原で、多くのプレイヤー達がカーネヴォホーンとやハービヴォホーンとの戦いを楽しんでいたが、上空で起きた救出劇に皆が上空を見上げていた。


 19号はそんなプレイヤー達に手を振って応えながらアヤノに言った。


「アヤノさん。ここは目立ちます。移動しましょう。話はその後で」


 そう言って、何かキーボードとウインドウを出して操作をしたと思えば、管理者コマンドで空間の裂け目を作り出す。

 アヤノはこの裂け目に見覚えがあった。


 そう、ワタアメが何かあった際に作り出していた物とそっくりなのだ。


 ゲームマスターが使う空間移動能力をなぜワタアメが使っていたのか、やっと働き出した思考で少しだけ考えてみたが、19号と一緒にそれを潜る頃には考える事を止めていた。

 それもそのはず、ベッドで眠ったら突然ワールドオブアドベンチャーの大空へ放り投げられたのだから、アヤノはもう少しだけ、放心状態を続けていたいのだ。




 空間移動した先は、エレベーターの中だった。

 そこでようやく19号が降ろしてくれて、地面に足を着ける事が出来た。


 アヤノもやっと頭が回る事になってきた。

 身体の節々を動かして確認すると、現実世界と言うよりかは異世界寄りの感覚。肌も褐色肌の所を見ると、ゲームキャラクターのアヤノだ。


 続いて、エレベーターのガラス張りの壁の外に目をやる。

 やはり頭に角が生えた銀髪少女姿が映っているが、それよりもその向こう側を見て驚く事になった。



 宇宙が広がっていた。



 雪国の屋敷のベッドで寝たら、空に飛ばされ、アンドロイドに助けられたと思えば、宇宙を移動するエレベーターの中。


「うそっ!? えっ、なにこれ!」


 何が何だか状況が全く解らないアヤノに、19号が説明をする。


「安心してください。戻ってきたんですよ。あっちの世界よりも、こっち寄りの世界に」

「あの、えっと、宇宙……なんですけど?」

「あー、これはもう弊社の趣味みたいなものですね。でも、さっきの世界は紛れも無くワールドオブアドベンチャーの世界ですよ。見覚えありませんでしたか?」

「まあ……確かに……」


 上空に裂け目が出来て、ワタアメが一生懸命守ろうとしてくれて、でも伸びてきた黒い手に捕まって引っ張られた。プラーリー大草原は正にその場所で、アヤノにとってはワールドオブアドベンチャー最後の記憶である。


「さて、そろそろ到着です」

 と、19号が言ったところでエレベーターが止まり、扉が開かれた。


 そこにはデザインの違った容姿をしているゲームマスター9号が立っていた。


「初めまして。私はワールドオブアドベンチャーの運営会社、スペースゲームズ社運営管理部管理課の高枝左之助だ」


 9号がそう礼儀正しく挨拶をしてきたので、アヤノもお辞儀をした。


「ど、どうもです」

「キミをここまで案内してきてくれたのは、私の部下の笹野くん」


 19号がお辞儀した。

 アヤノは状況把握の為に2人へ質問を投げかける。


「えっと……ここは何なんですか? どうして私……」

「それについては、琢磨君が来てから話すとしよう」

「琢磨って……先輩ですかっ!?」

「ああ、そうだ」


 ――先輩が来る!? え、嘘、どうしよう。だって私、こんな格好で。


 そんな風に、自分じゃない身体の自分の容姿を気にするアヤノ。そして琢磨の顔を思い出し、今から話す事を考えた事で顔が熱くなる。

 そうやってアタフタしていると、すぐ近くにもう1人立っているのが見えた。


 白い獣耳と長い尻尾、獣人族のワタアメその人がそこにいた。


「わっ! え、ワタアメさん?」

 と、驚きながらも話しかけたが、ワタアメはただ立ち尽くしているだけで動く様子は無かった。


 まるで人形の様に、そこに立っているだけ。

 そんな様子を見ていた19号が言った。


「やはり、そっちはダメでしたか」

「残念ながらな。もしやと思ったんだが……」


 その会話を聞いたアヤノがすぐに食い付く。


「どうなってるんですか! なんでワタアメさんのキャラがここにいるんですか! 教えてください!」


 アヤノが2人のゲームマスターに問うも、9号が言った。


「落ち着け。琢磨君が来たら話すと言ったろう」

「でも!」

「とにかく一旦ログアウトさせておいたほうが良さそうだな」


 9号がそう言うと、アヤノの前にメニュー画面が浮かび上がり、勝手にログアウトが選択される。


「ちょっと待―――」


 アヤノの意識はそこで途切れた。




 と、思えばすぐにアヤノの視界は明るくなる。

 それはほんの数秒、視界が暗転した程度だった。


 明るくなった視界は、相変わらず宇宙ステーションを思わせる近未来の内装は変わっていない。ガラスの向こうに広がる宇宙や、ゲームマスターの2人も人形のワタアメも、その場にまだいた。


 ただ1つ、先ほどと違う事は、目の前に浮かび上がった小さなウィンドウ。

 そこにはヘッドセットマイクを装着した琢磨の顔が映っている。


 琢磨が驚いた表情を向けている中、事前に琢磨と会えるという情報を得ていたアヤノは嬉しさが先行してしまい、口元が緩んでしまった。


「えっと……お久しぶり?」

 と、とりあえず声を掛けてみるアヤノ。


(飯村さんなの?)

「はい! 飯村彩乃です! 先輩! 会いたかったです」


 そう言うアヤノの頬に嬉し涙が流れていた。

 ポロポロと流れ落ち、それに気付いたアヤノは現実世界の癖で口元をすぐに手で隠した。


「もう会えないかもって……思ってたから……ぐすっ……何度も死にそうになって……うぅ、先輩……会えて良かったです……先輩……」

 と、立っていられなくなってその場に座り込むアヤノ。


(無事で良かった。あれから、飯村さんのお父さんにも会って、色々あったよ)

「ごめんなさい、ごめんなさい。私も何がなんだかよくわからなくて……ごめんなさい」


 現実世界の家族の事も改めて思い出し、涙が更に溢れ出して来た。視界が歪んで、もう琢磨の顔をまともに見る事もできない。

 地べたで泣きじゃくるアヤノを横に、ゲームマスターの9号が新たに開発された機能を使用して、琢磨と19号にも音声通話を接続させた。

 これにより、今まで共有できなかった琢磨の声を聞き入れる事が可能になる。


「これで聞こえるか、琢磨君」

 と、9号が話しかける。


(はい。聞こえます)

「先に謝らせてくれ。すまなかった。もっと早くこの事を思いついていれば、こんなに時間は掛からなかっただろう」

(え? いや、ちょっとやめてくださいよ。えっと……説明してもらえますか?)


 9号は19号の方を見たが、19号がどうぞ説明してくださいと言った様子でジェスチャーをしたので、9号は咳払いを1回した上で説明をする。


「昨夜、ウチのプロデューサーが飲みの席で思いついた事でな。飯村彩乃のゲームアカウントにログインしたらどうなるのか。確かにそれはまだ試していない事であったし、盲点だった」

(それで今日、飯村さんのアカウントでログインしたんですね)

「そうだ。結果、ご覧の通り、ブレイバー……ではないな。飯村彩乃の魂が入ったゲームのキャラクターが現れたという訳だ」

(なるほど)

「どうしてこうなったのか、我々の理解を遥かに超えている。が、こうなってしまうという事は、キミの妹が予想していた通り、サイカと同じ存在になってしまっているのだろう」


 9号の話を聞いた琢磨は、座り込んで泣いているアヤノに話しかけた。


(大丈夫? 今から飯村さんのお父さんに連絡して――)

「ダメ! 絶対ダメ!」

(え? でも家族が心配してるよ)

「こんな姿、見せられないよ……こんな……」

(飯村さん……)


 小柄な体型、褐色色の肌、銀色の髪、額から生えた角、現実世界の彩乃とはかけ離れたその容姿。

 アヤノはそれが呪いの様に感じていた。


 そしてアヤノはふと、1つの疑問へと辿り着き琢磨へ質問する。


「……私の身体……そう、私の身体はどうなったんですか!?」

(それは……)


 少し言いにくそうに目を伏せる琢磨を見て、アヤノの血の気が引いてしまう。それは最悪な事態を思い浮かべてしまったからだ。


「私……死んだってこと?」

(違う!)

 と、琢磨はすぐに否定する。


(飯村さんの身体は、千葉にある大学病院で眠ってる状態。大丈夫、生きてるよ)

「そっか……そっか……」


 いつの間にか涙が止まっていたアヤノは、現実世界の身体が無事であると言う知らせに、天を見上げ安堵の息を漏らした。


「お父さん、お母さん、武流(たける)は元気かな?」

(元気だよ。みんな心配してる)

「そっか」

(……こっちはもう12月。飯村さんが倒れてからもうすぐ3ヶ月経とうとしてるよ。えっと、今まで何処にいたの?)

「よくわかんないです。まるでアニメの世界にでも来ちゃったみたいな……王様がいて、兵士がいて、でもロボットとか、変な化け物とか……もう、訳わかんないです。今は凄い寒い雪国にいて……」

(雪国……サイカから聞いた事ないな。違う場所にいるのか……)

「あ! そうです! ジーエイチセブンさんと一緒にいます! それとエオナさんも!」

(え? ほんと?)

「はい。でも、ブレイバーさんなので、ゲームの2人とは……違うみたいです」

(なるほど……ねえ飯村さん。サイカを呼んでもいいかな?)


 サイカと言う名前を聞いて、アヤノは彼女との間に起きた出来事を思い出してしまった。

 会うのは何処か気まずいと思う気持ちもあり、少しだけ考えてしまったが、他ならない琢磨が提案してくれている事なので応えてあげたい。


 しばしの沈黙の後、

「うん」

 と、アヤノは小さく頷いた。




 座り込んでいたアヤノが気を取り直して立ち上がる頃、サイカがログインされ、目の前に現れる。

 サイカはすぐアヤノに気付き、2人の目が合う。が、互いに掛ける言葉が見つからず、やはり気まずい雰囲気になってしまった。


 サイカは一旦アヤノから視線を逸らし、ワタアメのキャラクターがその場にいる事にも気付く事になる。


「どうして……」

 と、驚き戸惑いの表情を浮かべるサイカに、9号が説明をした。


「そのワタアメだった物には、中身はいない。もしかしたらと思い、破損していたキャラクターデータをバックアップから復元したんだが、そこに彼女はいなかった」

「……そうか」


 今、彼女と話す事が出来れば、狭間の事や、色んな事を質問できたはず。

 だからこそ、サイカにとって彼女がもういないという言葉は、微かな希望を打ち砕かれた思いにさせられてしまった。


 残念そうに目を伏せるサイカに、アヤノが勇気を振り絞り声を掛ける。


「あ、あのっ! サイカさん!」

「ん?」

「その……ごめんなさい。私……」

「いや、謝らないといけないのは私の方だ。あの時は……その、もっと早く話を切り出せていればって、ずっと後悔していた。ごめん」


 そう言って頭を下げるサイカ。


「あ、いやいや! 私こそ! ごめんなさい! 混乱しちゃって! その、私も、なんかブレイバーになっちゃったみたいで……向こうで色んな話を聞いて、段々とサイカの立場とか、分かって……だから……」


 アヤノも頭を下げながら話していると、サイカが近づいて来てアヤノの頭にそっと手を置いた。


「無事で良かった」


 そうやってサイカが微笑みを浮かべた所で、琢磨が状況の説明に入った。


(サイカ、今、飯村さんは異世界で雪国にいるらしいんだけど、何か知ってる?)

「雪国? えっと……確か隣国のオーアニルって所が冬の国とかって呼ばれていたような……」


 具体的な国名が出た事で、アヤノが食い付く。


「そう! その国です私がいるの! エルドラドの王都を出発して、色々あって今はそこのケリドウェンさんとか言う人の屋敷に……」

「え? エルドラドにいたの? でもなんで……」

「なんか流されるがままで、私もよく分かってないんですけど。現実世界に戻る手段がそこにあるかもって」

「それ程のホープストーンがあるって事なのか?」

「それは……よく、わかってない……です」


 そんな会話をしていると、アヤノの容姿に改めて注目していた19号が言った。


「妙ですね。アヤノさんのあの眼、オッドアイなんてWOAのキャラクタークリエイトでは不可能です」


 そう言われて、アヤノは自身がハーフマスクを身に付けていない事に気付かされる事となり、思わず自身の顔を手で触って確認してしまった。

 すると9号が話し出す。


「驚く事でもないさ。ブレイバーという存在は、いつだって我々の理解の範疇を超えている。そうだな、琢磨君とサイカにはもう1つ、最近知り得た情報を伝えておこう」

(情報?)

「とは言っても、今更な情報ではあるが……」


 何かに迷い、なかなか話を切り出さない9号に痺れを切らしたのはサイカだった。


「なんだ。私達に何か関係している事か?」

「ああ。特にサイカとアヤノは実際に見た事がある事だろう」

 と、傍に立っているワタアメを見る9号。


「ワタアメ?」

「彼女がいつ特別な存在、ブレイバーになったのか調査を進めた過程で、過去ログに不自然な空白があり、アカウント情報も書き換えられている事が解った」

(そんな事ってあるんですか?)

「あってはならない事だ。それだけではない。彼女は我々内部の人間、ゲームマスターしか持たない管理者権限を有していた。しかも彼女の為に作られた特別仕様でだ。何か身に覚えがあるだろう?」


 サイカもアヤノも、ワタアメが不思議な力を度々使っていた事を思い出す。それについて、9号は続けて解説した。


「つまり、本来使用する事すら出来ない空間移動能力も、出現するモンスターの操作も、配布を禁止したはずの魔石フォビドンをドロップアイテムとして出現させる事も、彼女は可能だったと言う事になる。もっとも、彼女は必要最低限の時しかそれを使ってはいなかった様だがな」


 サイカが言った。


「なるほど。だから盗賊アジトで……でも、分からないな。なぜワタアメはそんな能力を得る事が出来ているんだ?」

「私たちよりも先に、ブレイバーの存在に気付き、彼女に便宜を図った者がいた」


 それに食い付いたのは琢磨だった。


(誰か……聞いてもいいですか?)

「ゲームマスター1号」

(え? それってどう言う……)

「その名の通り、スペースゲームズ社がワールドオブアドベンチャーの運営を開始した当初、管理部門の第一線で貢献していた人物。社内でも有名な人物だ」

(その人は今どこに?)

「数年前、時期としてはワタアメに管理者権限を与えたと思われる頃に退職している。アメリカに飛んだ所まで分かっているが、それ以降の足取りは掴めていない」

(そんな……)

「ここまでの一連の事件は、起こるべくして起きた……とも言える。認めたくない事だがな。いずれにしても我々は気付くのが遅すぎた」


 ここまで黙って聞いていた事情を知らないアヤノが、

「あの、ワタアメさんは……どうなったんですか?」

 と9号に質問する。


 9号はどう説明すべきか悩んでいる様子だった。


「……君達が漏れなく巻き込まれたあの事件の日から、ワタアメの中身の行方も分かっていない」


 狭間での出来事を経験しているサイカが、悔しそうに下唇を噛み、握った拳を震わせる。それは、自身があの時、あまりにも無知で非力だった為に何も出来なかった。そんな後悔の念があるからだ。

 アヤノも似た様な感情を抱いていて、ワタアメの事はジーエイチセブンやエオナの会話から何かあったのは薄々気づいていた事ではあったものの、無念で思わず顔を俯かせてしまう。


 そんな2人の嫌な空気を察知したのか、青い妖精パーラーフェアリーがサイカの胸元から突然現れ、まるで場を和ませる蝶の様に飛び回り始めた。

 アヤノは初めて見るその妖精に向かって自然と手を差し伸べ、パーラーフェアリーもそれに応えて、アヤノの手の平に座る。


 美しくも可愛いその小さな妖精を見て、アヤノは何となく嬉しくなって微笑んだ。その様子を見たアヤノも釣られて笑みを零した。

 琢磨もホッと一安心して、改めて話を始める。


(それじゃ、状況を整理しよう。飯村さんが覚えてる事、全部説明してもらえるかな?)

「あ、はい。私がゲーム内で変な化け物に捕まって、何処かに連れていかれたと思ったら、気付いた時にはあっちの世界にいて―――」



 ✳︎



 ベッドで眠るアヤノを横目に、ジーエイチセブンが言った。


「よく眠ってるな」


 するとユウアールが、

「そんなに珍しい事なのか。その子が寝るのは」

 と聞いてきたのでエオナが答える。


「普通のブレイバーじゃないからな」

「ふーん。だからケリドウェン様も特別視してるんか」

「なんだ、知らなかったのか」

「まーねぇ。俺は難しい事よくわかんねぇし」


 ユウアールが興味無さそうに天井を眺めていると、扉が開かれケリドウェンが中に入ってきた。


「子鬼が寝たか」


 そう言いながら、ケリドウェンはベッドの横までやってくると、アヤノの寝顔を覗き込む。


「よく眠っていますわね」

「今回のアヤノの夢は、俺たちの今後を左右する重要な夢になる」

 と、ジーエイチセブンが予想を口にした。


「ふむ。そなたら、この娘を現実世界に戻すというその行為が、いったい何をもたらすのか理解しておるのか?」

「ん? どういう意味だ?」

「クロギツネがなぜこの娘を狙っているのか、なぜ冥魂(めいこん)なのか、少しは疑問に思うべきですわね。よくも知らずに何でそこまで出来るのかしら」

「……俺達は、アリーヤ共和国で厄災を事前に察知しておきながら、それを防ぐ事が出来なかったんだ」

「レベル5バグの同時出現ね」

「そうだ。救う事ができなかった。そして俺たちのリーダーも、何考えてるか分からない奴だったが……多分あいつが一番後悔していた。そんな奴によ、託されたんだ。意図は正直何もわかってないが、アヤノが向こうに帰りたいと言うならそれを導いてやらないとな。それがリーダーへの恩返し……みたいなもんだ。だからよ、何か知ってる事があるなら全部教えてくれ。ランティアナ遺跡の事も、伝説のホープストーンの事も、その冥魂とやらの事も」

「強欲ですわね。情報を求めるならそれなりの対価を支払いなさい。情報はそうやって手に入れるものですのよ」

「対価と言われてもな……」

「そうですわね。まずそなたら2人の夢世界スキル全てをわらわに見せる……というのはどうかしら?」

「は?」


 突然、夢世界スキルを全て見せろと言い出したケリドウェン。その顔は怪しげな笑みを浮かべており、何を考えているか分からない。それはまるで、ワタアメを思い出させる表情だとジーエイチセブンは感じ取れた。

 ジーエイチセブンはこの提案にどんな裏があるのかと考え、改めてケリドウェンとの一戦を思い出す。


 ――夢世界スキルを見る事で、この女はそのスキルを使う事ができるとでも言うのか? だとしたら……


 そんなジーエイチセブンの思考は、再び部屋の扉が開かれた音で中断された。


 慌てた様子で駆け込んできたのはナーテ。


「ケリドウェン様!」

「何事ですの。騒々しい」


 見れば、ナーテは何かの書類を手に持っており、それをケリドウェンに手渡しながら言い放った。


「西の方角から、エルドラドの軍が国境を越えて私達の領土に侵攻して来ました。これはエルドラドのグンター王からの親書です」

「ほう」


 ケリドウェンは親書を読み進める中、ナーテが内容をその場にいる誰もが理解できる様に口にする。


「要約すると、エルドラドからの要求は3つです。私達の領土を譲渡、ケリドウェン様の身柄の引き渡し、そしてアヤノを含むジーエイチセブンとエオナの3名を返還。それが出来なければ休戦協定を一方的に破棄すると……」


 軍が来たと言うだけでなく、その3つの条件は誰もが予想しておらず、全員が耳を疑った。


 領主であるケリドウェンは、

「なるほど。とても呑める内容ではないわね。そんな事がまかり通れば、何の為の休戦協定か。まずは理由を聞き出す必要がありますわね」

 と冷静な判断をする。が、ナーテの次の言葉に態度は一変した。


「それが……エルドラドの軍を率いているのが、一本角の兜を……」


 その情報は、ケリドウェンと因縁のあるブレイバーを意味している。なので、ケリドウェンの冷めた瞳は、火が灯った様に鋭くも憎悪に満ちた表情となっていた。


 一本角の悪魔。


 決してもう実現する事は無いだろうと思われていた、『魔女』と『悪魔』の戦闘機会を前に、ケリドウェンは……


「粋な事をしてくれますわねグンター王。気が変わりましたわ」


 そう言ってケリドウェンは親書を破り捨てた。

 久しぶりに狂気の顔を見せられたナーテは、背筋が凍った様な感覚に襲われる。それはその場にいる誰もが感じた事でもある。


「ケリドウェン様……まさか……」

「そなたらはここにいなさい。わらわが……捻り潰して来てあげますわ。わらわの因縁を侮辱したのだから、引導を渡されても文句は無いでしょう」

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