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ログアウトブレイバーズ  作者: 阿古しのぶ
エピソード3
54/128

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 明月琢磨は走っていた。

 外灯や家の明かりが点在する夜道。人気が一切無い住宅地のアスファルト道路を、スーツ姿のまま必死になって走っている。


 それは後ろから刀を持った何者かが琢磨を狙って走って来ているからだ。

 なぜ追われているのかは琢磨にも分からないが、とにかく殺気を持って迫るその存在から逃げなくてはいけない。


「誰か! 誰かー!」


 大声で叫んでも、行く先々はまるで人の気配は無く、助けも見込めない。

 電気が点いていて明るいコンビニを見かけたので、駆け込もうとする。が、コンビニの客はおろか店員の姿も見えない。

 そして24時間いつでも開く自動ドアは、無情にも琢磨に反応して開く事は無かった。


「助けてください! 誰かいませんか!」

 と、琢磨が必死に自動ドアのガラスを叩いても、店の奥から人が出てくるなんて事も無かった。


 背後に感じる視線。


 恐る恐る琢磨が振り向くと、少し離れた場所、外灯の下に刀を持って立っている黒い影。


 そこでようやく琢磨は110番で警察を呼ぶ事を思い付き、スーツのポケットからスマートフォンを取り出すが、電源が入っていなかった。

 電源ボタンを長押ししても一切反応しない。


「なんなんだよいったい!」


 何も映らないスマホのディスプレイから再び前方にいる影に目を移すと、琢磨に向かってゆっくりと近づいてくるのが見える。

 LEDの白い光が怪しく刀に反射され、それが日本刀であると再認識させられた。


 ――とにかく逃げないと!


 ただその一心で、コンビニを諦めて再び夜道を走り出す。

 前に琢磨が1人暮らしをしていた時の近所の様で、道はよく分かる。


 住んでいたアパートまであと少しの所で、道路脇に停まっていたトラックの陰に隠れてみたものの、息を整える暇もなくトラックの上に影が飛び乗ってきて上から琢磨を見下ろして来た。

 まるで琢磨を追いかけるのを楽しんでいる様にも感じ、隠れるのは無駄だと判断しながらも、琢磨は再び走って逃げる。


 曲がり角を曲がった所で、住み慣れたアパートが見えた。

 琢磨はそこに逃げ込む事を考え、周りを見回して黒い影に見られていない事を確認してから、アパートの中へと駆ける。


 階段を駆け上がり、自分の部屋であった201号室の前まで来ると、迷わず玄関のドアを開けて中に入った。


 琢磨はすぐに不思議な感覚になる。

 中は琢磨が住んでいた時のままの状態で、テーブルや本棚、ベッド、壊れたはずのパソコンまでもがそのままだった。

 真っ暗な部屋の中で、なぜかパソコンの電源が点いていて、ディスプレイが真っ白に光っている。


 さっきまで何者かに追われて必死に逃げて来たというのに、ここに来たらなぜかすっかりと気持ちが落ち着いて、温かくも懐かしい気持ちが溢れて行った。


 何となく。


 それをしなければという使命感の様な気持ちで、パソコン本体の電源ボタンへと手を伸ばす琢磨。


 その瞬間、琢磨は背後に気配を感じて振り返った。

 そこにいたのは刀を大きく振り上げた黒い影。


 琢磨が反応する暇も無く、その刃は真っ直ぐ琢磨に向かって振り降ろされ―――斬られた。



 ✳︎



 夢の中で何者かに襲われた琢磨は、苦しみながらも自然に手の力が入った。


 むにゅ。


 マシュマロの様な、とても柔らかい感触が手の平に伝わると同時、琢磨は夢から覚める。

 視界に広がったのは琢磨が住む事になった高層マンションの一室。窓のカーテンの隙間から零れる朝日で、薄らと明るく照らされた部屋の天井がそこにあった。


 1人で寝るには広すぎるダブルベッドで寝ていた琢磨は、自身の身体がかなり火照っているのがすぐに分かる。

 そして手が何か柔らかい物をしっかりと握っている様で、もう一度、二度、その握力を入れて感触を確かめてみた。


 むにゅ。


 やはり、何か柔らかくて、それでいて人肌の様な温もりが―――


 琢磨の意識がやっと半分以上覚醒して来た事で、やっと自身が寝るベッド、掛布団の中に人がいると言う事に気付いた。


「うわぁっ!」

 と、柔らかい物から手を離して、布団を捲る。


 そこには琢磨に寄り添う様に寝ている少女、明月朱里の姿があった。

 恐らくは腕の位置からして、今掴んでしまっていたのは彼女のお尻であろう。


 琢磨が起きた事で朱里も目覚め、眠そうに眠気眼を擦る。


「なんだ……もう朝か? わしはまだ眠いぞ」


 掛布団が無くなった事で、まるで琢磨を抱き枕にでもするかの様に更に密着してくる朱里。

 琢磨は女性が密着しているという事が急に恥ずかしくなって、朱里を自身から引き剥がして、ベッドから降りた。


「な、ななんでここにいるんだ朱里!」


 相変わらずぶかぶかのTシャツにパンツ一丁という格好で、薄目を開けながら、

「んん……そろそろ夜這いでもしようかと思ったんだが……お前、全然起きないから萎えてしまってな……」

 と、とんでもない事を言いながら、琢磨が寝ていたシーツの温かさを堪能する様に丸くなった。


「お前なぁ……」


 相変わらず何を考えてるのか分からない朱里に対して、呆れながらも、琢磨はテーブルの上に置いてあるスマホを手に取る。

 先ほどの夢と違って、ちゃんと電源が入っている事に安心感を覚えながらも、通知を確認した。


 新着メッセージが10件、全てオリガミからだ。


 前回のデートから、毎日オリガミとはメッセージのやり取りをしていて、昨日は返事を待っている間に寝てしまった事を思い出す。


 ――それにしても、10件って。


 オリガミに何か返信をしてあげようかと考えたが、寝起きで頭が回らないので後回しにする琢磨。

 WOAのアプリを起動しながら、部屋を出て移動した。


 台所にあるコーヒーメーカーを起動させると、コポコポという音と共に、草の様な独特で深みのある芳香が広がる。ガラス容器に黒い液体がポタポタと垂れる所を待っている間にサイカがスマホの画面に映った。


「おはよう」

 と、琢磨が挨拶をするとサイカも返した。


「ん? あー、おはよう琢磨」


 サイカは琢磨がいつも朝ログインした時に、おはようと挨拶してくる事に慣れていない。それはサイカにとっては今寝たばかりだからだ。

 そんな事も知らない琢磨は、朝の日課となってきたサイカとの会話を楽しむ。


「サイカ、そっちの調子はどう?」

「王都まであと少し、野宿してるところだ」

「野宿? 大丈夫なの?」

「うん、まあ。ルビーとミーティアが見張りしてくれてるから」

「なるほど。ってあれ、その2人って仲悪いって話じゃなかったっけ?」


 マグカップにコーヒーを注ぎ、ダイニングテーブルに腰掛けてコーヒーを口に運ぶ。

 カップをガラス製テーブルの上に置く音が響き、朝の静けさがコーヒーの美味しさを際立ててくれる。


「なんで仲悪いのか、私にもよくわからないけど、大丈夫……だと思う。それよりもミーティアの事、そろそろ……」

「そうか、もうそんな時期か。分かった。また連絡取ってみるよ」


 ミーティアを定期的にログインさせるというミッションはまだ継続中だ。

 するとスマホをテーブルの置物に立て掛け、よく見える様にした画面の中で、サイカは少し恥ずかしそうにしながらも言った。


「なあ琢磨。アレ、またやってくれないか」

「アレ?」

「ほら、すまーとぐらす? と言うやつだ」

「ああ、なるほど。ちょっと待ってて」


 琢磨はリビングに置いてあった鞄からメガネケースを取り出し、スマートグラスを目に掛けて電源を入れる。

 起動してWOAアプリと連動している間に席に戻ると、読み込まれたサイカはテーブルの上に座って琢磨に向かって嬉しそうな顔を向けていた。


「そう! これだよこれ!」


 そう言いながら上機嫌になるサイカ。

 このAR技術を応用した仮想現実は、スマートグラスのカメラを使って周囲を分析することでサイカへ同じ空間を与えている。サイカはこれが、まるで琢磨と同じ場所にいる気分にさせてくれるから、好きだと言う。


 ただ、サイカにどんな世界が見えてるのか、琢磨には分からない。恐らく、これを開発したエンジニアだって、その感覚的な部分は理解できていないだろう。

 そんなサイカは、テーブルの上に乗り、四つん這いになりながらも右手を伸ばしてコーヒーを飲む琢磨の頬をそっと撫でてきた。

 この状態だとサイカは琢磨に触る事が出来るらしい。らしいと言うのは、琢磨から触る事はできないからだ。


「その飲み物は、博士もよく飲んでる物だな。美味しいのか?」

 と、不思議そうにマグカップに入ったコーヒーを見るサイカ。


「うん。苦くて美味しいよ」

「苦いのに美味しい? よく分からないな」

「大人の味ってやつだ。そっちの世界には無いの?」

「無いな。そんな黒くて不味そうな水。でも良い香りだ。それだけは分かる」


 匂いを分析するなんて機能は無いはずなのに、サイカは感じ取れてしまっている。

 その感覚もまた、琢磨には理解できない事だ。


 そうやって2人が会話を楽しんでいると、やっと起きてきた朱里が部屋へと入って来た。


「琢磨、わしにもコーヒー」

 と、眠そうにリビングのソファに座り、テレビの電源を点けてニュースを見始める。


 いつもの事なので、琢磨は何も言わずに朱里の分のコーヒーを用意する。

 彼女のお気に入りのマグカップにコーヒーを注いでいると、リビングテーブルに置いてある封筒に目を配りながら言った。


「今日、病院に行く日だろ?」


 そう言われて、今日が水曜日である事を思いだす琢磨。


「そうだね」


 するとサイカは言った。


「病院……アヤノの所か? 私も連れて行ってくれないか?」

「え?」

「ダメか?」

「あ、いや。ダメじゃないけど」


 マグカップを琢磨から手渡された朱里がその事について意見を述べる。


「良い訳ないだろ。サイカは狙われている。公共の回線でネットに接続するなんて、危機感足りてないんじゃないのか?」

「あ、そうか」

「わしはインターネットというのはまだ勉強中でな。正直、アヴァロンと呼ばれてる奴らが、いったい何処までやるのかが分からん。だからこそ危険だとわしは感じるが?」


 確かに未知数過ぎて、誰が見ているかも分からない公共設備のネットワークは危険と思った。


「……ごめんサイカ。やっぱりやめておこう」

「そうか……」

 と、残念そうに顔を俯かせるサイカはダイニングテーブルの下で丸くなってしまった。


 そんなサイカを見ていられなくて、琢磨が提案する。


「病院に付いたら少しだけログインするよ」


 その言葉に、ハッと顔を上げたサイカはテーブルに頭をぶつけて痛がった。


「つっ……」


 不思議な事に、琢磨からはテーブルは一切揺れていないし、サイカが頭を衝突させた音も聞こえない。でもサイカは痛がっていた。


「大丈夫?」

「うん、大丈夫」


 すると朱里が琢磨の新たな提案に対して口を出してきた。


「琢磨、そんな勝手な事して、何かあってからでは遅いぞ」

「ちょっとなら大丈夫だと思うけど」

「浅はかだな。わしは止めたぞ」

「心配しすぎだよ」


 琢磨は空になった自分のマグカップを台所の流しに置きながら言う。


「それじゃ、出掛ける前にちょっとシャワー浴びるよ。サイカ、またあとで」

「ああ。またあとで」


 スマホのWOAアプリを終了させ、スマートグラスの電源を切ってテーブルに置く。

 そしてリビングの部屋を琢磨が出ようとしたところを朱里が呼び止めた。


「琢磨」


 名前を呼ばれて琢磨が振り向くと、朱里がまだコーヒーが残っているマグカップをリビングテーブルに置いて振り向き、ソファの上で琢磨に向かって両手を広げていた。


「えっと……何?」

「わしも連れてけ」

「あ、いや、今からシャワー浴びるんだけど」

「だから連れてけと言っている。今日はわしも一緒に出掛けるから、シャワーも一緒に浴びる。洗うの手伝え」


 何を言ってるんだこいつはと言った顔で、琢磨は無視してリビングを後にした。


「おい! なぜ置いてく!」


 今朝と言い、朱里はいつも唐突に奇行な振る舞いをする。最初は驚かされてばかりだったが、それを軽くあしらう事に琢磨も慣れて来ていた。

 しかし、朱里が一緒に出掛けるなどと言うのは珍しい事だ。




 11月末、秋の終わりの季節。段々と肌寒さが増し、恋人賑わう12月がすぐ目の前だ。

 いつもより1枚多くニットアウターを羽織り、1階ロビーにいるコンシェルジュに笑顔で見送られながら朱里と一緒にマンションを後にした。


 朱里はこんな事もあろうかと、琢磨が通販で用意したロゴ入りのパーカートレーナーにスカートを着てクマさんデザインのリュックを背負い、ぴったりとくっ付いてくる。

 マンションから最寄りの駅まで移動する間、朱里は琢磨に何度もおんぶしろとワガママを言ったが、

「1人で歩け」

 と子供をしつける様に言う琢磨。


 ムスッと拗ねる朱里と一緒に駅のホームで電車が来るのを待つ間、朱里が言った。


「それで、テーブルの上に置いてあったあの封筒は何なんだ」

「封筒?」

「厚生労働省から、ハートマークの封筒だ」

「あー、恋愛安定所からの通知だね」

「恋愛安定所? なんだそれは。ふざけてるのか?」

「少子化対策の一環だよ。配偶者や恋人登録の無い人に労働省主催の公共見合いに出席する様にって通知でね。手当とか出て美味しいらしいけど、強制参加って訳ではないから。無視でいいんだよ」


 そんな会話をしながら、目の前に停まった電車に乗り込む琢磨と朱里。

 平日の通勤時間に少し被ってしまったので、満員電車だった。


 席に座る事も叶わず、人と人のおしくらまんじゅう状態。自動ドア間際で、朱里は必要以上に琢磨へその小さな身体を密着させて来ているが、琢磨は気にしない事にした。

 琢磨に自身の温もりを伝えながら朱里は言った。


「少子化ねえ……それこそ冗談みたいだとわしは思うが、まあこの国の民を見ていると納得はできる」

「そうなのか?」

「電車と言い、車と言い、パソコンだってそう。この世はありとあらゆる事が便利になり過ぎだ。そしてこの国は、長い平和の末に、人が溢れ……皆、力の無い眼をしておる。少子化なんてただの甘えで怠慢に過ぎない。これは琢磨も例外じゃないぞ。わしから見ればお前も腑抜けの権化だ」

「さすがにそこまで言われると傷付くんだけど」


 電車が揺れ、思わず琢磨は朱里を守るように態勢を変えた。琢磨の良い匂いに包まれ、朱里は話を続ける。


「まあ、ほんの少しだけ、琢磨がどうしてサイカの夢主なのかってのも分かる気がするけどな。このモヤシみたいな貧弱な身体さえどうにかすれば、もう少しマシな良い男になると言うのに……実に勿体無い」

「モヤシって……」

「しかしまあ、これだけ便利な機械が揃ってるんだ。この世でちゃんとした科学者になれたら、わしも世紀の大発明ができたかもしれん。人間として生まれたかったと思うよ」

「別に今からでもなればいいじゃないか。科学者」


 そう言う琢磨の顔を見て朱里はふっと笑みを零し、琢磨の胸元へ顔を埋めつつ言った。


「何も分かっちゃいないな」


 そんな会話をしながらも満員電車に揉まれ、到着した駅で電車を乗り変える。次に乗った千葉方面に行く電車は比較的空いていて座る事が出来た。

 そうやって片道約1時間ほど掛けて、千葉駅で降りる。


 駅前で大学病院行きのバスに乗り、琢磨がスマホでオリガミとメッセージのやり取りをする横で、朱里は知り得た色んな世間話を琢磨へ披露してくれた。

 正直言って琢磨も驚く程に、朱里はここ数カ月でこの世界の事、日本という国の事を知り尽くしている事が分かる。それこそ見た目は10代前半にも見える少女が琢磨の知り得ない情報まで得ている事から、その学習能力の異常さが際立っていた。


「わしは天才少女だからな」

 と口癖の様に言うこの奇行者は、20歳を超えている。


 病院まで到着すると、入口の受付カウンターで2人分の面会受付を済ませ、集中治療室へと足を運ぶ。

 眠る飯村彩乃に会うのは、琢磨にとってはこれで八度目くらいの面会になるが、朱里は初めてだ。


 彩乃が眠る集中治療室をガラス越しに覗ける所までやって来ると、そこには1人の男性が立っていた。


 男の名は飯村義孝。

 警視庁刑事部捜査一課の警部で、彩乃の父親である。


 すぐに琢磨が来た事に気付いた義孝は、

「琢磨君、また来てくれたんだな」

 と、優しく微笑んでくれた。


 事件の数日後にあった事情聴取と、一ヶ月程前に病院で会ったくらいで、琢磨と義孝が会うのはこれで三度目である。


「お久しぶりです飯村さん。一応、毎週水曜日は来ようって決めているので」

「気を使ってくれるのは嬉しいが、もう少し自分の時間を大切にしてくれて構わないからな。責任なんて感じなくていい」

「そんな訳にも行かないですよ。元々の原因は僕にあります」

「……その子は?」


 義孝は琢磨の横に立つ、赤髪ツインテールの小さな女の子に目を向けた。


「あー、えっと……」


 どう紹介して良いものかと琢磨が迷っていると、朱里が何か良からぬ事を思い付いた笑みを浮かべ、

「明月朱里ですぅ! 琢磨お兄ちゃんの妹でぇす!」

 などと、無邪気に言って見せた。


 それこそ、溺愛している兄の腕をしっかりと掴む可愛い妹を演じる朱里。

 琢磨は普段の朱里を知っているからこそ、その行動に背筋が凍る様な思いだったが、義孝は信じてしまった様だ。


「妹がいたとは知らなかった。随分と歳が離れている様だが……それに、髪の色や、顔も、外国の……」


 琢磨が苦笑いを浮かべながら説明する。


「そうなんですよ。ちょっと色々ありまして……養子みたいな感じです」

「なるほど。どうりで。詮索する様な事を聞いてしまったな。すまない」

「あ、いえ」


 朱里はニヤニヤとした笑みを琢磨に見せたあと、ふっと身体の向きを変え、背伸びしてガラスを覗き込む。

 そしてガラスの向こうで生命維持装置に繋がれ眠っている彩乃を見て一言。


「これが眠り姫か」


 眠り姫などという言葉、いったい何処で覚えてきたのかと思いながらも、琢磨もガラスの向こうを覗く。

 その横で、義孝が琢磨に聞いた。


「それで、どうなんだ。例の異世界騒動は」

「はい。まだ待ちの状況です。彩乃さんもまだ……」

「待ち……ね。いつまでこんな状況を続けないといかんのだろうな」

「すみません」

「謝る事では無い。ニュースを見ていれば分かると思うが、こっち側でも少々厄介な出来事が起きている」

「例の化け物が夜な夜な目撃される話ですか? 襲われた人もいるとかって」

「ああ。全国的に謎の失踪事件も増えている。警察や自衛隊員も含めてだ。東北や四国は被害が少なくて安全だなんていう風評も出てしまってるけどな。無関係だと思うか?」


 そんな事を言われても、目の当たりにした訳でもない琢磨にとっては、正直実感は無い。それこそ小説やアニメの話をされている気分だった。

 何処か他人事で、現実味が無い。


「この目で見るまでは何とも……」


 黙って聞いていた朱里が口を挟んだ。


「それは間違いなくバグだよ。行方不明になった人間は喰われてる」

「なぜそう言い切れるんだ」

 と、琢磨。


「言っておくが、その話は日本だけでなく世界中で起きてる事だ。IT先進国であればあるほど、件数が多い」

「そうなの?」

「人間が成せる業じゃないのは確かさ。そして、わしがここにいるから、有り得ない事では無いさ」


 義孝は急に雰囲気が変わった朱里に違和感を覚えながらも、

「確かにパソコンから何か異次元の存在が現れるのだとしたら、一連の事件に説明は付くが……それならなぜ、彩乃は喰われなかったんだ」

 と、朱里に聞いた。


「それが分かれば苦労はせんよ」


 そこで琢磨は約束事を思い出し、手持ちのトートバッグからスマートグラスを取り出し耳に掛け、電源を入れた。

 そしてスマホをポケットから出し、病院のネットワークに接続している事を確認した後に、WOAアプリを起動する。


 やがてサイカが映し出され、琢磨が話しかけた。


「待たせたね」

「待ってない」

 と、サイカは周囲を見渡し、すぐにガラスの向こうで眠る彩乃を見つけた。


 サイカは初めて見る現実世界の彩乃を前に、物思いな眼差しを向けながらも、ガラスにそっと手を置いた。

 鼻や腕に繋がれたチューブ、心拍数を計るモニター、吊るされた点滴の薬液パック。機械に生かされる人間など、サイカにとっては信じられない光景である。


「あれが……彩乃なのか?」

「そうだよ」

「そうか」


 それ以上、サイカは何も言わなかった。

 琢磨もあえて説明する事もなく、サイカを含めた4人は、しばらくガラスの向こうで眠る彩乃を見ている事しか出来ない。


 それから10分ほどが経過して、沈黙を破ったのはサイカ。


「もういい。ありがとう、琢磨」

 と、彩乃に背を向けたので琢磨が聞いた。


「いいの?」

「うん」

「分かった。それじゃまた後で」


 懸念した公共ネットワークでの何かが起きる事は無かったので、ホッと安堵の息を零しながらも、琢磨はWOAアプリを終了させてサイカをログアウトさせた。

 そのままスマートグラスもケースに戻してトートバッグに戻す。


 琢磨が何かと話していたので、見えていない義孝が聞いた。


「サイカと話していたのか?」

「え? ああ、はい。そうです」

「バーチャルアイドルサイカも、彩乃を気に掛けてくれている……か。有り難い事だ」




 それから琢磨と朱里は、義孝と別れ病院を後にした。

 帰りのバスの中で改めて外をよく観察すると、来る時は気付かなかったが、街の至る所で自衛隊のトラックや警察のパトカーとよくすれ違うのが分かった。

 義孝が言う様に、やはり琢磨があずかり知らぬ所で何か大きな事が起きていると言う事なのだろう。


 そうやってバスの席に座って窓越しに過ぎ行く車を見ていると、琢磨は病院の方角に向かって歩く2人組を発見した。

 そんなまさかと食い入る様に見てみたが、やはり山寺妃美子と藤守徹だ。

 思いもしない意外な組み合わせを目撃したが、琢磨は走るバスの中なので話しかける事は叶わなかった。


「どうした」

 と、琢磨の横に座っている朱里が問う。


「知り合いを見かけた」

「ふーん。それで琢磨、この後寄りたい所があるんだが」

「寄りたい所?」

「秋葉原」

「秋葉原って……なんで」

「もう少しで掴めそうな事があってな。物の調達をしたい」


 朱里が毎日の様に部屋に閉じ籠ってやっている研究の事だ。


「帰りに通るし、別にいいよ」


 すると朱里は少し嬉しそうに微笑みながら、琢磨に寄り添い小さな声で言った。


「大丈夫。わしがもうすぐ扉を開けてやる」


 扉を開けると言うのが、何を意味しているのか琢磨にはよく分からなかった。




 東京都千代田区にある秋葉原。

 高度経済成長とともに多様な電子機器や部品を取り扱う店舗などが建ち並ぶ世界有数の電気街として発展した事で、世界的な観光地となった街。

 当初はジャンク品の商店とそこから発展した家電量販店が中心の電気街だったが、音楽ブームを経て電子ゲームブームの到来とともにゲームショップが繁盛した。この電子ゲームブームが本格化するとホビーショップやアニメショップも建ち並ぶようになった上で、都市再開発により秋葉原駅を中心に多くの複合ビルが建設され、訪れる客層も様々になっている。


 そんな時代から更に時は流れ、秋葉原には大きなコンサート会場となるAKIBAドームが設立した事や、更に複合ビルが増え、家電製品、ゲーム、アニメ、アイドルの街として成長を遂げた。

 今は電子POPも、街頭ビジョンも、至る所でバーチャルアイドルサイカの姿がある。


 そこにやって来た、サイカの生みの親でもある琢磨と、異世界人で赤髪の朱里。

 朱里に言われるがまま、2人は今でもまだ残っているジャンク通りを歩いていた。


 何かの部品を探しているらしく、見かけるジャンクショップを一軒一軒見て回る朱里を前に、琢磨が質問した。


「何を探してるの?」

「コントロールプロセシングユニット」

「は? ……って、CPUのこと?」

「そうだ。ほれ、これを見てみろ」


 そう言って、1つの剥き出しになったCPUを手渡して来た。

 これはパソコンでもっとも重要なパーツで、演算処理を行う装置。いわばパソコンにおける頭脳の役割を果たし、具体的にはパソコン内部におけるメモリーに記憶されたプログラムの実行を行う装置である。


 朱里に渡されたCPUは、2020年頃、それこそ10年以上前に発売されていたCPUだった。


「これがなに?」

 と、琢磨。


「それが本来お前たちが使うべき頭脳だよ」

「ごめん、どう言う事?」


 次に朱里が渡して来たのは、先に渡されたCPUよりも値段が数十倍に高い最新型のCPU。

 板状のチップであるはずの昔のCPUとは違い、まるで青い石を四角く模った様な長方形のソレは、中に薄らと各種ユニットが確認できて、基盤と接続する為のピンも片面にあった。この青い部分が電気は通すが熱は篭らない特殊金属だ。

 そんな金属を採用したCPUその物のサイズは、従来の物より少し大きくなってはいる。発表された当時、小型の量子コンピューターがついに登場したと世間を騒がせていたのを琢磨も覚えていた。


 CPUの名は、イボルブ。

 発売から10年経った今でこそ、この熱を発しない最強のCPUであるイボルブはシリーズ化され、開発及び量産を繰り返した。イボルブナインと呼ばれる9番目の最新型が発売される頃には、もはや電化製品すべてにイボルブが搭載されるのが当たり前となっている。


 ネットワークショックが起きるまでは……


「イボルブか……これがどうかしたの?」

 と、琢磨は新旧2つのCPUを交互に見比べる。


「それが金属に見えるか」

「うーん、確かに金属光沢は無いし、どちらかと言えば宝石みたいな……」

「向こうの世界でホープストーンと呼ばれている物と材質が酷似しておる」

「ホープストーンって確か……」

「わしやサイカの心臓と同じ物だ」

「はぁ? そんな事――」

「思い込みは発見を潰すぞ」



 ――これが、全ての元凶なのか。


 新品であれば箱に入っているので分からなかったが、中古であればこうやって剥き出しで売られている。だから朱里はジャンクショップに来たのだろう。

 人がすれ違う事も困難なほど店の中は狭く、棚やカゴに中古の部品が無造作に置かれている中、このイボルブシリーズだけは丁寧に棚へ並べられていた。


 イボルブを手に持ち眺めている2人に、近くで品出し作業をしていた店主のおじさんが話しかけてきた。


「イボルブが欲しいのかい。なら、第三世代のイボルブスリーがお買い得だよ」


 すると朱里が言った。


「おっさん。この店にはイボルブはどれくらいある?」

「ん? イボルブなら全シリーズ揃えてるぞ。ま、ネットワークショック起きてからは売り上げ落ちていてな……困ったもんだ。なんだお嬢さん、最新のイボルブナインが欲しいのかい? それとも第一世代を求めてる口か? どちらも値は張るぞ」

「そうか、なら全部くれ。在庫にあるのも全部だ。買い占めたい」

「「はぁ!?」」

 と琢磨と店主が口を揃えて驚くのも無理は無い。


「おいおい。買い占めるってあんたら、冗談が過ぎるぞ」


 店主がそう言う横で、琢磨も言及した。


「何言ってるんだ朱里!」

「必要な事だ。ほれ琢磨、クレジットカードとやらで支払ってくれ」


 クレジットカードなんて何処で覚えたのかと呆れ、そして苦笑いしながらも琢磨は店主を見る。


「えーっと……カード、使えます?」

「まさか本気か? ちょ、ちょっと待ってろ。計算して来る」

 と、店主も慌てた様子で店の奥へと移動して行った。


 何も悪びれもせず、朱里は他の部品を見回している。

 琢磨は固唾を飲み、店に並んでいるイボルブの数をざっと数えてみても、数万円の値段が付いている物が30個以上は確認できる。在庫が裏にあると考えたら、とんでもない数になりそうだ。


 琢磨は今日、新車が1台買えるのではないかと思えるほど、人生最大級の買い物をする事になった。




 買った物は量が多すぎたので特別に宅配サービスをして貰える事になり、諸々の手続きを済ませた後、場所を移動する。

 秋葉原電気街の南端に位置し、神田駅周辺とを結ぶ万世橋。

 そこで突然の大量出費によって気を落とす琢磨が、橋の欄干に寄りかかっていた。

 少し雲が増えて来た空の下、静かに流れる神田川と遠くに見えるAKIBAドームを眺める琢磨に、朱里が話しかけた。


「なんだ、まだ怒ってるのか?」

「怒ってるも何も……先に言ってくれ。突然買い占めなんて」

「ほんとお前は貧乏性だな。お金は使わないといかんぞ」

「そんな事言われてもなぁ……」


 クレジットカード払いだったので、凄い買い物をしてしまったという実感が無い琢磨。

 その横で、朱里は左前方に見える1階にゲームセンターの入口がある複合ビル、縦長の大きな電子POPを見て言った。


「あれはなんだ」


 琢磨は朱里が見ているPOPを見ると、それはサイカが大きく映っているライブ開催の広告だった。


【歌って踊れるクノイチ、AKIBAドームで舞う!】


 そんなキャッチフレーズで、見た事もない煌びやかなアイドル衣装を身に纏ったサイカが、マイクを持って歌ってる姿が繰り返し再生されていた。


「今度、AKIBAドームでサイカのバーチャルライブをやるらしいよ」

 と、琢磨が説明する。


「女優の次はアイドル歌手か、ほんと何でもやるんだな」

「まあ今では本人じゃないから、僕は興味無いけどね」

「そう言えば、本物のサイカは、歌なんて歌えるんだろうか」

「さあ、どうだろ」


 そこまで会話したところで、朱里が琢磨の腕を掴んで引っ張った。


「飯を食いに行くぞ。わしは腹が減った」

「いやいや、もう帰ろうよ」


 痛い出費もしてしまった事で、早く帰りたいという意思として多少の抵抗を見せる琢磨だったが、朱里は一度言い出したら止まらない女だ。


「何を言っておる! せっかく秋葉原まで来たんだから、何か食べようではないか」


 そう言って、琢磨の腕をぐいぐいと引っ張って来た。


「わかった。わかったから。何処行くんだ」

「スタ丼だ! わしはスタ丼が食べたい!」




 そのまま場所を移動して、非常に濃いニンニク醤油と生卵のトッピングが特徴的な『スタ丼』を食す事になった。琢磨が普通盛りを食べる横で、朱里は肉増し飯増しの特盛丼を美味しそうに食べる。

 別に秋葉原でなくてもスタ丼の店はあるのだが、琢磨はそれを言うのも野暮だと思い、あえて何も言わない事にした。


 食事と会計を済ませ、スタ丼の店から出た所で、琢磨はまた知り合いに出会う事になる。

 一組のカップルと目が合った事で、琢磨も相手の2人も思わず足を止めてしまった。


「「「あっ」」」


 ガテン系の筋肉質で日焼けした男、立川健太。

 気の強そうでスレンダーな女性、園田明莉。

 つまり前者はハンゾウの中の人、後者はミケの中の人である。


「ハンゾウさんにミケさん。お久しぶりです」

 と、琢磨から挨拶した。


 あのサイカを披露したオフ会以来の再会である。


「おー! サイカじゃないか! こんなとこで会うなんて奇遇だな!」


 健太がサイカと言う言葉を大きな声で発したせいで、周囲の通行人が思わず何事かと目線を向けてきた。それに気付いた明莉が健太に肘打ちをしたことで、健太は申し訳なさそうにジェスチャーで謝った。


 その後、すぐに明莉が琢磨の横に立つ小さな女の子の存在に気付くと、

「なにこの子! 可愛い! 外国人みたーい!」

 と、目を輝かせて朱里に駆け寄る。


 釣り目で、普段気の強そうな一面を見せていた明莉が、見た事も無い優しい表情に豹変したと思えば、ニコニコと朱里を抱きしめていた。


「や、やめんか!」


 不意に抱き着かれた事で、慌てる朱里も珍しい。

 そんな姿を見ながら、健太が琢磨に質問した。


「その赤髪の女の子は?」

「サイカ絡みで、ちょっと面倒を見る事になって」


 そう説明する琢磨の腰に、朱里が逃げる様に掴まった。


「琢磨お兄ちゃん助けてぇ」


 再びそんな言い方をしてふざける朱里に、琢磨は呆れ顔を見せつつも、明莉と健太に視線を見て気になる事を聞いてみた。


「あれ、もしかして2人共、付き合ってるの?」


 それを聞かれ、視線を逸らす明莉だったが、健太が説明した。


「まあな。あのオフ会で出会ってから、何度か遊ぶ機会があってな」

「へえ。こういう時、おめでとうで良いんですかね」

「敬語なんてやめてくれよ。俺たちの仲だろ?」

「あ、いや、何かまだこうやってリアルで会うのは慣れてなくて……そう言えば、この前のネバーレジェンドコラボ、どうだった?」

「そうそう! 聞いてくれよ! ADCって役割やってたオリガミの奴が凄くてな! 手裏剣でバッサバッサと相手プレイヤー倒して暴れたんだぜ」

「オリガミさんが? へぇ、さすが引き籠りゲーマー」


 すると明莉が話に入ってきた。


「オリガミと言えば、この前デートしたんだって?」

「えっ、何処でそれを!?」

「ふふっ。女子の情報共有能力ってやつよ。オリガミすっごい嬉しそうだったし、貴方も抜け目無いわね」

「あはは……」


 苦笑いする琢磨へ、明莉は急に真剣な眼差しを向けてきた。


「惚けちゃダメよ。オリガミの気持ちが分かってるなら、ちゃんとしな」


 それはシノビセブンの中でも、オリガミとは同じ女性プレイヤーとして親密な仲であるミケからの忠告だった。裏でどんな会話が行われたのか分からないが、琢磨にとってその言葉は、何処か心打たれる部分がある。


「その辺にしとけよ明莉。サイカは今、それどころじゃねぇんだから」

 と、フォローを入れてくれる健太。


 そして明莉はすぐに琢磨にしがみ付いている朱里に目線を戻したと思えば、ニコッと微笑んだ。朱里はその微笑みには色んな意味合いが込められてると感じ取る。


「お、お兄ちゃんだから!」


 琢磨はそんな朱里の頭をポンポンと触りつつ、

「そう言えば紹介がまだだったね。この子……と言っていいのか分からないが、訳あって面倒見る事になってて。名前は朱里って―――」

 と言いかけた所で、琢磨のズボンのポケットに入れているスマートフォンが振動する。


 喋るのを中断してスマホを取り出した琢磨は、画面に映っている着信相手の名前を確認すると、そこには高枝左之助の名前があった。

 健太が出ていいぞと手で促してくれたので、琢磨は電話に出る。


「もしもし、明月です」

『明月くん、出てくれて良かった。休暇中にすまない』

「いえ、大丈夫です。レベル5のバグが出たんですか?」

『いや、そうじゃないんだが……今、何処にいる?』

「えっと、秋葉原にいます」

『なるほど。今すぐ自宅に帰れるか?』

「え? あ、はい。丁度用事も済んだので、帰れますが……」

『では、すぐに帰ってくれ。そして、今からメールで送るアカウントIDでワールドオブアドベンチャーにログインしてほしい』

「えっ、それってどう言う……」

『ログインすれば分かる。とにかく急いでくれ。緊急だ。頼んだぞ』


 そう言って電話を一方的に切られてしまった。

 左之助が珍しく焦っている様子も窺えたが、琢磨は状況理解が追いつかない。そんな様子でスマホ画面を見ている琢磨に、健太が聞いた。


「バグが出たのか?」

「いや、そういう訳じゃないみたいなんだけど……今すぐ帰って来いって言われた」

「そっか。んじゃ俺らはこの辺で失礼するぜ。頑張れよ」


 健太に背中を押された琢磨は、

「ありがとう。それじゃまた。朱里、ちょっと急ぎたいからタクシー使うよ」

 と、朱里の手を引っ張った。


 緊急である事を察した朱里も、特に何も言う事無く琢磨に続く。




 タクシーが高速道路に入る頃、高枝左之助からアカウントIDとパスワードがメールで送られてきた。

 琢磨のアカウントという訳でもなく、見た事の無いIDだ。

 そんな情報と共に、メッセージも付け加えられている。


【頼んだぞ】




 自宅のマンションに到着した琢磨は、9階にある自宅へと急いだ。

 無駄に6台ものデスクトップパソコンがあるパソコン部屋へと入ると、いつも起動させたままのパソコンを1台操作する。


 普段であれば、このパソコンは自身のアカウントにログインする為に使うのみであり、サイカとのコミュニケーションで多く使う物だ。

 しかし、今回起動したWOAでは、いつもと違うIDとパスワードを入力する事となった。


 初期設定の様なパスワード、英数字10文字を入力する。

 慌てて一度間違えてしまったものの、2回目の入力でログインが出来た。




 そしてキャラクター選択画面に表示されたのは……

 銀色の長い髪に褐色の肌、そして頭に二本生えた黒いツノが特徴的な少女だった。


 ――えっ?


 信じられない光景に、琢磨は自身の目を疑いたくなったが、忘れるはずもない。


 このキャラクターは、アヤノだ。




 そのままアヤノを選択してゲーム内にログインする。

 ログインした先は、ワールドオブアドベンチャーのゼネティアでは無く、ネットワークステーションのネットエレベーター前だった。



 すぐにアヤノが動いた。


 操作もしていないのに、画面に映るアヤノが首を動かし周りを確認する素振りを見せ、そして隠しカメラでも発見したかの様に琢磨へ目線を向ける。


 画面越しに琢磨とアヤノの目が合った。


 琢磨は既視感の様な感覚と共に、頭が真っ白になる。


「まさか……」


 一方でアヤノは、自身の目の前に小窓で映し出される琢磨の顔を見て状況を察し、なぜか薄っすらと口元を緩ませ琢磨に話し掛けた。


「えっと……お久しぶり?」


 ネットワークショック以来、交わる事が無かった2人が、再会した。

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