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ログアウトブレイバーズ  作者: 阿古しのぶ
エピソード3
53/128

53.アヤノⅡ

 冬の国オーアニル。ケリドウェン領地とされる区域から出て東。山地に囲まれた盆地になっている事から行き来するのはそう容易でない場所に、ランティアナ遺跡があった。


 世界では例をみないほどの大遺跡群であるランティアナ遺跡は、広大なエリアに数百を超える数の寺院や王宮などが朽ち果てながらも点在しており、未発掘のものも含めるとその数は千を超えるとも言われる。


 そんな遺跡の奥で、天神地祇を祭る殿舎。神を祭る建物だったとされる神殿だった場所は、今ではその原型は無く、バグが蔓延る巣窟の中心となっていた。

 このオーアニルが冬の国と呼ばれる様になってからは、複雑な地形も相まってそこに足を踏みいれようとする者はおらず、バグの活動拠点となるのも必然だったとも言える。


 そんな誰もが怖れて行こうとしない危険地帯に、ケリドウェンは1人やって来ていた。

 豪華で暖かな白コートを着込んで、雪が降りしきる中、空中浮遊しながら空を移動する。


 すぐに遺跡中を蔓延っているバグの群れが、空中を進むケリドウェンの存在に気付く。飛び掛かったり光線を放ったりと、攻撃を仕掛けて来るバグも多いが、ケリドウェンは軽く避けた。

 そして仕返しと言わんばかりに、様々な武器を召喚してはバグに向けて飛ばし、突き刺す。


 エルドラドのディランを襲った巨大バグと同じ大きさのバグも現れるが、ケリドウェンの相手にはならず、光線を放つ隙もなく大量の武器の餌食となった。


 ケリドウェンが使う『武器』とは、剣や斧、槍、刀、レイピア、戦鎚など様々で、それら全てがそれぞれの夢世界武器である。

 彼女はそういった多種多様な武器を手に持ち取り扱うことも得意としているが、長年の経験を経て、夢世界スキルによって宙に浮かせて飛ばすと言う戦い方を選ぶようになった。


 そんな自在に武器の雨を降らせることができるケリドウェンの相手になるバグは、此処にはいない様だった。


 彼女の武器はそれだけではない。

 魔法から体術に至るまで、あらゆる夢世界スキルを使いこなし、そして銃と呼ばれる夢世界武器でさえも扱う事に長けている。


 戯れにハンドガンを両手に持ち、四方八方に乱れ撃ち。

 その全ての弾がまるでバグに吸い寄せられる様に、バグのコアを砕いていく。


 そうやってケリドウェンは遺跡にいた数百にも及ぶバグの群れを殲滅した後、目的地であった神殿へとやって来た。

 ここまで来てやっと地面に降り立った彼女は、白い息を吐きながら積もった雪に足跡を残しつつ、その中へと入って行く。


 なぜエルドラドから来たあの3人がこの場所を目指していたのか……

 それはこの中に、伝説に纏わるホープストーンがあるからだ。


 仮面の子鬼が里帰りする手段を探してここを目指していると聞いたケリドウェンが、目的あってその手伝いをする事を決めた。

 だからこのバグの巣とされ、誰もが恐れ近づかない場所にやってきたのだが、この伝説の始まりにして終わりである神殿の中は思っていた以上に静かなものだった。


 バグの親玉がいるのかと思いきや、バグの姿も無くもぬけの殻。


 朽ち果て崩れた天井から雪が入り込んでいて、室内でも雪が目立っていた。

 前にケリドウェンが訪れた時とは見違えるほどの変わり様であり、祭壇にあったはずの巨大ホープストーンは―――


 無くなっていた。


 そしてケリドウェンが気になったのは、この神殿内には激しい戦闘が行われた様な跡もある。

 この場所で何かがあった……というのは明白だ。


 祭壇の目の前まで足を進めると、ここであった事に何か関係していそうなブレイバーが1人、壁際で倒れているのが見えた。

 その男ブレイバーは戦闘によってボロボロになった黒コートの下で、身体の8割ほどまで結晶化が進んでいて、もう身動きは取れない状態。近くに狐のお面が落ちている。


 寒さも合わさって絶命寸前でコアが凍り、何とか結晶化の浸食が止まっている様にも見えた。が、意識は僅かに残っているようだ。

 そんなブレイバーにケリドウェンが話しかける。


「その格好、クロギツネの1人ですわね。こんな所で、いったい何をしているのかしら」


 声に反応して、光の無い眼が少し動く。

 幸いにも結晶で覆われていない口が、微かに、ほんの微かに動いた。身体の芯まで冷え切っている為か、白い息が口から零れる事も無く、ただ言葉を発する為だけに動く。


「……守り……たかった……」

「何を」

「……悪魔から……みんなを……」

「悪魔と言われると私には一本角の悪魔ちゃんの事しか思い浮かばないのだけれど……違うわね。バグの事かしら」

「…………」

「それで、守れたの?」


 男はそれ以上、話す力が残っていない様だ。

 ケリドウェンの事も見えていないらしく、目の焦点は全く別の方向に向いている。

 黒コートの下に見える忍び装束、そして狐のお面から、先日襲ってきた黒の集団の仲間である事は察しが付く。恐らくはこの男は何かを止めようとここで戦った。だが止められなかったと予想する。


「無様ね。無力感、喪失感、そして孤独感を味わって、今そなたはここで、ゆっくりとその命が尽きる事を待っている。愚か者め。それで正義を成したつもりかしら。力尽き、何も成し遂げられなかったのでは何の意味も無い」


 そう言いながら、ケリドウェンはハンドガンを手に召喚すると、その銃口を倒れるブレイバーへと向ける。


「何か最期に言い残す事はないかしら?」


 男は弱々しい掠れた声で答えた。


「……サイカ……を……巻き込むな……会わせては……ダメ……だ……」

「サイカ?」


 ケリドウェンはその名を聞いた事がある。

 エルドラド王国でマザーバグを倒したブレイバーの1人で、奇跡を起こしたとされるブレイバー。向こうの世界でも有名人で、ケリドウェンの夢主が何度か話題にした事もあった。


 男は何かを言おうと必死になっているが、それ以上喋れない様だった。


「そう。安らかに消えなさい」

 と、ケリドウェンは躊躇する事なく手に持ったハンドガンの引き金を引いた。


 パンッ!


 静かに雪が降り続くランティアナ遺跡に乾いた火薬の爆発音が響き渡り、放たれた銃弾は男ブレイバーの胸元を貫通する。

 コアが砕け散り、名も知らぬ力無きブレイバーはそのまま静かに消滅して逝った。光を失ったコアが転がり、傍に落ちていた狐のお面も主人の後を追う様に、音も無く冷たい空気と同化していく。



 ✳︎



「……もしも、もしもですよ。向こうで―――私に会ったら―――幸せをありがとうって―――伝えてください―――」


 スモモが安らかな表情でそう言って、デストロイヤーバグと共に光の中へと消えていく。


 これが初めて目の当たりにした人の死だった。

 そんな光景が何度も何度も繰り返し再生され、段々とその生々しさが増していく。


 そして最後は目の前に落ちている自分のスマートフォンを、明月琢磨が拾い、それを手渡されたと思えば、琢磨の姿がサイカへと変わった。


 そこからサイカの姿が黒い化け物へと変わって、そして襲われる。



 ✳︎



 アヤノが悪夢から目覚めると、そこはケリドウェンの屋敷にある一室だった。

 ベッドで上半身を起こすと汗だくの自分がいて、すぐに自分が刺された事を思い出し自身の腹部を確認する。


 何事も無かったかの様に、傷はもう無かった。服も元通りである。


 周りに目をやると、エオナが部屋の入口付近で壁にもたれ掛かって座っているのが見え、その横に槍を持った黒髪おかっぱ頭でメイド姿のナーテ。ジーエイチセブンの姿は無かった。

 アヤノが目覚めた事に気付いたエオナが話しかけてくる。


「起きたか」

「私……刺されたんじゃ……」

「コアさえ無事なら、ブレイバーは死なない。それくらい覚えときな」

「そう……なんですか……やっぱり私、もう人間じゃ無いんですね……」


 褐色色の自分の手を見ながら、飯村彩乃では無くなってしまったという現実を改めて実感するアヤノ。

 そんなアヤノの悲観を邪魔する様に、お腹が鳴り、空腹感が訪れた。


 するとアヤノを刺した張本人でもあるナーテが、何事も無かったかの様に言った。


「すぐ食事をお持ちします」


 ナーテが扉を開けて部屋を出て行くと、入れ違いでジーエイチセブンが中に入ってきた。


「やっとお目覚めか」

 と、ジーエイチセブンが呆れた様に言うと、エオナがそんなジーエイチセブンに質問を投げる。


「ケリドウェンは?」

「まだ帰って来てねぇよ。もうくたばっちまったんじゃねぇか」


 そんな会話を聞いたアヤノは、状況が掴めないので聞いてみる事にした。


「えっと、私……どれくらい寝てたんですか?」


 答えたのはジーエイチセブン。


「3日くらいだ。傷はすぐに再生されていたんだがな……夢でも見てたのか?」

「夢……なんだかとても悪い夢を……見ていた……気がします」

「悪い夢?」


 ブレイバーにとって夢とは、夢世界の活動を意味する為、悪い夢と言われるといまいちピンとこなかった。

 顔を見合わせるジーエイチセブンとエオナの横で、アヤノはベッドから両脚を降ろし、傍のテーブルに置かれていたハーフマスクを取って装着しながら、違う質問をする。


「あの女の人は? ケリドウェンとか言う」

「ああ、それがな。あの後、事情を説明したら、協力してくれる事になった」

「協力?」

「俺たちにもよくわからん。ランティアナ遺跡はバグの巣になっているから、先に片付けて来てやると、1人で飛んで行っちまった」

「そう……ですか」


 黙ってしまったアヤノを見て、エオナが代わりに口を開いた。


「それで私たちはどうするんだ。ここで大人しく、あの女が帰ってくるのを待てって言うのか?」

「それについては俺も考えている所だ。俺たちはこの国の事情をあまり知らないからな。あの時、俺たちを襲って来た2つの勢力。白い方はケリドウェンが統率するブレイバーの部隊だったらしいが、あの黒の連中はまた別の勢力だったらしい」

「黒の方は、バグを操っていたほうだな」

「ああ。偶然かもしれないが、エルドラドの王都シヴァイでバグと戦った時、あの黒フードの人物を見かけた事も思い出した」

「なに? 初めっから狙われていたって事か?」

「その可能性もある。だからこそ、今ノコノコと外を出歩くのは危険かもしれない」

「だけどあの女も、ここにいる連中も、味方とは限らないだろう。現に私たちは襲われた」


 そこへ先ほど出て行ったナーテが、冬野菜をたっぷり居れたビーツのスープと、2つのくるみパンを乗せたトレイを持って入ってきた。

 ベッド横のテーブルにそれを置きながら、ナーテは黒の集団について解説する。


「その黒連中は、クロギツネと呼ばれてます」


 その言葉にジーエイチセブンが反応した。


「有名な奴らなのか?」

「そうですね。妙な技を使い、あまつさえバグまで操るのですから。昔は狐のお面をかぶった6人組で、何を考えてるか分からない忍者集団なんて言われてましたけどね。キャシーとスウェンなる2人組に出会ってから様子が変になり、この国の野良ブレイバーを集め、組織として大成した様です」

「忍者集団……まさかな……」


 ジーエイチセブンは自身の夢世界で、それに良く似た集団がいる事を知っていた。

 首都対抗戦で狐のお面をトレードマークに、砦落としを成功させる彼らはシノビセブンと言われている。


「エルドラドとの戦争時代から、ブレイバー同士の血で血を洗う戦いは珍しくありません。バグの出現から今に至るまで、ここオーアニルではケリドウェン様と4大勢力による内乱となりましたが……新たな勢力としてクロギツネが現れたのは数年前の事です。最近はオーアニル内でも休戦状態が保たれ、クロギツネにも大きな動きは無く、ケリドウェン様の領域に足を踏み入れて来る事など無かったのですが……貴方達の来訪により事情が少し変わったと言うべきですかね」

「なるほどな。段々と状況が掴めてきた。俺たちはまんまと油の中に飛び込んだ火種って訳か」

 と、ジーエイチセブンは食事をするアヤノを見た。


 アヤノは何も言わず、ただ空腹を満たす為にスープを飲んでパンを口に運んでいる。

 そんな姿をナーテも眺めながら話を続けた。


「ケリドウェン様も訳有りのブレイバーが、エルドラド方面から迷い込んで来る事は予期しておりました。と、言うより、貴方達が会ったブレイバー診断士のレギが内通者だったのですけれど……」


 驚きの事実を聞かされ、エオナが思わず口を開いた。


「最初から仕組まれていたって訳か。ふざけてる」

「否定はしません。エルドラドの王都シヴァイには、ケリドウェン様の内通者となる人間が何人も潜り込んでいますし、大よその事態は把握できています。これはエルドラドだけではありません。住み難くなったこの冬の国から、戦えない人間達を世界中に送り出し、それぞれに役割を持たせてあります。これがケリドウェン様の最たる所以の1つですね。特にエルドラドのレギは、多くの情報を提供してくれていましたので、惜しい人を亡くしたと思います」


 亡くしたと言う言葉に、ジーエイチセブンが問う。


「亡くした?」

「知らなかったのですか? 報告によれば、犯行の手口からしてクロギツネの刺客に暗殺されたのは間違いないと聞いてます」

「ブレイバーに人間が殺された……か」

「ですから、クロギツネはこの子鬼を何かに利用しようとしている。と、ケリドウェン様はお考えになっていて、それを阻止したいと言っておられました」


 すると部屋の扉が勢い良く開かれ、ピンク色サイドテールのメイドがそこに立っていた。その表情を見て、何か只事ではないと感じたナーテであったが、あえて聞く。


「どうしたんですか、ユウアール」


 ユウアールと呼ばれたそのメイドは、一歩部屋に入るなり、ジーエイチセブンやエオナ、そして食事を丁度終えたアヤノを見まわしたあと、ナーテに理由を言った。


「ナギとシェイムが周囲のバグ狩りに出たまま、定刻になっても帰って来てねえんだ」


 可愛らしい見た目にそぐわず、ユウアールは男っぽい口調だった。

 ナギとシェイムと言うのは、あと2人の銃火器を持ったメイドブレイバーの事である。


「ナギとシェイムが? あの2人であれば問題無いと思いますが」

「おいおい、あの2人が時間守らなかった事なんてねぇだろ。レベル5バグか、もしくはクロギツネの奴らかもしれねぇ」

「確かにそうですね。分かりました。様子を見に行きましょう」


 何かが起きたというのを察したジーエイチセブンがナーテに聞いた。


「何かあったのか?」


 ナーテは左手に槍、右手で空の食器を乗せたトレイを器用に持って、

「心配ご無用です。貴方達はここで大人しくしていてください」

 と、ユウアールと一緒に部屋を出て行ってしまった。


 レベル5バグ、そして教えて貰ったばかりのクロギツネという不穏な固有名詞が出てきていたので、放ってはおけないと判断したのはジーエイチセブン。


「俺が見て来よう。エオナはここでアヤノといてくれ」


 そう言い残して、ジーエイチセブンも後を追い部屋を出て行ってしまった。

 慌ただしい光景を目にして、取り残されたエオナは、立ち上がりながらため息を1つ。


「最強の領主様が不在の状況での襲撃ってところかね」

 と、愛刀のオオデンタミツヨをしっかりと握り締め、アヤノの横に移動した。


 アヤノは俯いたまま呟く。


「こんなのおかしい……おかしいよ……」


 エオナはあえて何も言わなかった。




 ナーテ、ユウアール、ジーエイチセブンの3人が屋敷周辺の森林地帯を捜索して1時間ほど経った。

 至る所に薬莢とコアが散乱していて、バグとの激しい戦闘があったと思われるエリアへとやって来る。


 雪に残った足跡や血痕を辿って行くと、落ちているスナイパーライフルを見つけたと思えば、その近くに茶髪ポニーテールのメイドがハンドガンを握り締めて倒れているのを発見する。


「シェイム!」

 と、ユウアールが駆け寄って状態を確認。


 刃物で切り刻まれ、足や腕、そして首に深い傷を負って大量出血しているのが分かった。でも意識はある様だ。

 まだ敵がいるかもしれないと、ナーテとジーエイチセブンがそれぞれの武器を構えて周囲警戒に入る。


「ぁっ……うぅ……」


 苦しむシェイムをユウアールが抱き起こした。

 シェイムの周囲には手裏剣が転がっていて、樹木にも突き刺さっているのが見て取れる。


「何があった! 誰にやられた!」

「クロ……ギツネが……ナギを……助け……て……」


 そう言って、残った力を振り絞って、ある方向を指差したシェイムはそのまま意識を失った。

 シェイムが指差した方向を見ると、そちらに向かって足跡が続いているのが分かる。それを確認したナーテは、即座に指示を出した。


「ユウアール。シェイムを連れて先に屋敷へ退避して下さい」

「何言ってんだナーテ。俺も行く」

「ユウアール! たまには言う事聞いてください! これはメイド長の命令です!」


 ナーテが真剣な眼差しをユウアールに向けたので、

「ちっ……了解」

 と、納得してくれた様子だった。


 シェイムを軽々と担ぎ上げるユウアールの横で、ナーテは一緒に付いて来たジーエイチセブンに話しかける。


「えっと、ジーエイチセブンさんと言いましたか。ここから先は危険かもしれません。貴方も下がって大丈夫ですよ」

「俺が女見捨てて逃げる様な男に見えるか?」

「そうですか。では好きにしてください」


 そう言って、走り出すナーテをジーエイチセブンが追う。

 足跡、薬莢、血痕、そして疎らに落ちている光を失ったコア。それらを頼りに森の奥へ奥へと2人は突き進んだ。


 どれくらい進んだか分からないが、やがて森を抜け、何も無い開けた場所へとやって来る。

 平原か湖か、雪の下に何があるか予想もできないが、視界を遮る物が何も無い一面に広がる真っ白な雪景色。

 すぐに少し離れた場所で、2人の人影が見えた。


 1人は金髪ロングのメイドのナギが仰向けで倒れていて、アサルトライフルも落ちている。格闘戦でもしたのか、その周囲だけ雪が激しく凹凸していた。

 そして倒れて意識の無いナギの横に立ち、見下ろしている黒コートのブレイバー。


 フードが外れていて、ピンク色の髪に狐のお面が見えた。


 仲間の危機を前に、ナーテの槍を持つ手に力が入る。

 目にも止まらぬ速度で突進してあっという間に距離を詰めると、鍛えられた槍捌きで黒コートに向かって猛攻を仕掛けていく。


 黒コートのブレイバーはその槍を見極めて避けながらも、両手に持った苦無で反撃をした。

 槍との圧倒的なリーチ差によって、優勢なのはナーテ。そこにジーエイチセブンも大剣で加勢する。


 ケリドウェンに直接仕える4人のメイドの中でも、随一の戦闘能力を有するナーテは、的確な状況判断でジーエイチセブンと息を合わせる事ができた。

 さすがに2人のブレイバー相手に分が悪いと判断した黒コートのブレイバーは、後ろへ大きく飛躍。


「甘い!」

 と、ナーテが咄嗟に槍を投げる。


 放たれた槍は見事に黒コートの左肩に刺さり、空中で態勢が崩れた所にナーテ自身が飛び掛かりそのまま槍の柄を持って地面へと叩き付けた。

 その衝撃で雪が煙の様に舞い上がり、一瞬視界が遮られる。黒コートは夢世界スキル《空蝉》を使っており、今槍が刺さって叩き付けられたのは幻影。

 本体は舞い上がる雪の中から上空へと抜け出し、ナーテに向かって苦無を2本投げた。


 ナーテは槍で苦無2本を弾いたと同時、黒コートは夢世界スキル《百華手裏剣》を放ち、百個の手裏剣を放つ。

 捌き切れないと判断したナーテは、横に駆けだし、雨の様な手裏剣が次々とナーテが走り去った地面へと降り注いで行った。


 空中に飛んだ黒コートの着地する瞬間を狙っていたジーエイチセブンが、夢世界スキル《ディストーションソード》の溜めを完了させ、前方一直線に大剣による衝撃波を放つ。

 見事に直撃して、黒コートは遥か後方へと吹き飛ばされた。


 雪の上を転がった黒コートは、左手と足を上手く使って受け身を取ったが、コートが激しく引き裂かれ下の服が露わになる。

 それは黄色や橙と言った派手な色合いをした忍び装束だった。


 ジーエイチセブンはその服装にはよく見覚えがある。

 今の攻撃によって狐のお面が割れて素顔が出た事により、それは確信へと変わった。


 前にジーエイチセブンが夢世界のコロシアムで一度手合せをした事があるブレイバー。


 オリガミその人だ。


 意外な人物の登場に驚くジーエイチセブン。


「オリガミか!」


 そう大声で問いかけてみるも、オリガミは何も答える気は無いらしい。

 そこへ百個の手裏剣を避け切ったナーテが、空かさず前進してオリガミへ攻撃をする。


 しかしオリガミは右手を巨大な黒い手に変化させ、突然の出来事に度肝を抜かれたナーテを掴み、ジーエイチセブンに向かって投げ飛ばした。

 ジーエイチセブンは思わず大剣を手放して、飛ばされてきたナーテを両手で受け止めたが、その勢いに負けて一緒に雪の地面を転がる事になる。


 雪の重さでそれはすぐに止まったが、ジーエイチセブンとナーテが態勢を立て直す頃には、オリガミの姿は忽然と消えていた。

 何処へ行ったのかと見渡せば、犬型の大きなバグに跨り、颯爽と逃げて行くオリガミの姿が遠くにある。


 まんまと逃げられてしまったが、2人はすぐに気持ちを切り替え周囲に他のクロギツネのメンバーやバグがいない事を確認しながら、倒れているナギの元へと駆け寄った。


「ナギ! ナギ!」


 ナーテが必死に名を呼ぶが、ナギの意識は無い。

 先ほどのシェイムよりかは軽傷で深い傷は見当たらないが、気を失ってしまっている。




 その後はジーエイチセブンがナギを抱え、何とか敵に襲われる事なく屋敷へと撤収した。

 広い屋敷の中には十数にも及ぶ部屋があり、シェイムとナギそれぞれの部屋に寝かせる事となる。


 怪我人の2人はブレイバーなので、メイド服を脱がし夢世界の装備に着替えさせたら、あとは再生を待つだけ。

 なので、何があったかを聞くのは2人の内どちらかが回復して目覚めてからにする事となり、ナーテとユウアールはちゃっかりとコアの回収に出かけていった。


 そんな中で、屋敷の前にある広い庭にアヤノ、ジーエイチセブン、エオナの3人はいた。


 外に出たいと言い出したのはアヤノで、改めて寒空の下でチリや水蒸気が少ない澄んだ空気を肺に入れる。

 アヤノは寒冷地のこの空気感が好きだと思った。気の滅入る様な出来事ばかりで、死にたいと思う気持ちをクリアにしてくれる。そんなが気がした。


 冷たい雪の絨毯に、アヤノは大の字で仰向けに倒れてみる。


 まるで緊張感の無い仮面の子鬼を眺めながら、ジーエイチセブンはエオナに言った。


「クロギツネの1人はオリガミだった」

「えっ、オリガミって確か……」

「ああ。俺たちの夢世界のブレイバーで、シノビセブンのメンバーだ。夢世界スキルまで一緒だった」

「シノビセブン……じゃあクロギツネとやらが忍者集団と言われてるのって……」

「恐らくな」


 手裏剣や苦無など、忍者が使う特有の技を使う為にそう言われているのだと予想する。


「ちょっと待て。サイカは今もエルドラド王国にいるんだろ?」

「サイカはシノビセブンのリーダーと言う訳ではないからな。だが無関係かどうかはわからん。ただオリガミは、ワタアメと同じ様にバグの力を使っていた」

「バグ混じりなのか」

「恐らくな」

「……自分がどれだけちっぽけな世界で生きてきたのか、アリーヤを出てから思い知らされてばかりだ。ジーさんは知ってたのか? ワタアメみたいな存在がいる事。ワタアメに呼び戻されるまで、世界を旅してたんでしょ?」

「10個の国を渡り、世の中の辛さや苦しみを経験して、多くの歴史と常識を目にしてきたが、残念ながらバグ混じりを見たのはワタアメだけだ。他の夢世界スキルを自在に使うあの女もな。この国は何処かおかしい」


 そこまで言ったジーエイチセブンは、少し離れたところで雪の中に倒れているアヤノに向かって話を振った。


「それでアヤノ。ブレイバーになった感想はどうだ?」


 アヤノは右手を澄んだ青空に向かって伸ばし、空に浮かぶ雲へとその手の平を重ねつつ答える。


「あの雲みたいに……ふわふわした感じ」


 その感覚的な答えに、ふっと笑みを零すジーエイチセブン。エオナは白い溜め息を吐いた。

 すると1人の丸眼鏡の中年男性が屋敷の中から出てきて、2人の横に立つ。60歳ぐらいであろうその男性は、先日ケリドウェンに呼び出された際に食事をしていた人間の1人だ。


「戦争の時代から、勇者は戦う事が宿命づけられてる。そうは思わないかい。若き勇者さん」


「あんたは……」

 と、反応したジーエイチセブンの顔を見て、次に目線を遠くの空に移し、思い出に耽る様に語り出した。


「エルドラドとオーアニルの戦争が大きく動いたのは……キミたち人間兵器と呼ばれる勇者が現れたからさ。この地はその戦争の要となる地域だった」

「歴史としては、エルドラドの英雄が暴れて押し負けたと聞いている。じゃあなぜここは今もオーアニルの国土となっているんだ?」

「エルドラドの英雄ゼノビア。私たちは当時、その兜の特徴から一本角の悪魔なんて呼び方をしていたよ。私もその時は多くのブレイバーを率いたオーアニル軍の将官として、作戦指揮を行っていてね。使い捨ての駒の如くブレイバーを戦場に送り込む中、エルドラドが投入したその悪魔によって、いくつもの前線が壊され、3個師団、何万と言う兵士とブレイバーがやられた」

「そんなに強かったのか」

「ああ。戦況を地図で見ていた私にとっても、正に悪夢だったさ。だけど我々に神童ブレイバーとも呼ばれていたケリドウェンが、一本角の悪魔を食い止めた。程なくして、オーアニルでは原因不明の天変地異、そして世界ではブレイバーのバグ化でパニックに陥り、戦争どころではなくなってね。エルドラド軍も、一本角の悪魔も、呆気無くこの地域から手を引いて行ったよ。そうせざるを得なかったのだろう」

「あんたはあの女を呼び捨てで呼ぶんだな」

「ん? ああ、そうだね。彼女とは古い付き合いでね」


 今度はエオナが丸眼鏡の男に聞いた。


「そのケリドウェン様は、そんなに古くからいるブレイバーなのか? 何処の夢世界出身なんだ?」

「それは本人に聞いてみるといい。彼女はあまり自分の事を他人に語られるのが好きではない」


 3人がそんな会話をしている中、アヤノが雪の絨毯から身を起こす頃、屋敷の正面にある門から庭に入って来るナーテとユウアールの姿が見えた。

 2人とも白コートにコアが詰まった皮袋を持って、落ち着いた足取りだ。


「危険なので中で待っていなさいと言ったでしょう。なぜ外に出てるのですか」

 と、ナーテが呆れた顔でそう言うので、ジーエイチセブンが説明した。


「うちの子鬼が外の空気を吸いたいって言うんでな」

「そうですか。では中に入ってください。貴方もですよ、ダリスさん」


 ダリスと言われた丸眼鏡の中年男性は苦笑い。


「はいはい、わかりましたよ。そんな顔で睨まないでください」

「ダリスさんの身に何かあれば、私がケリドウェン様に殺されます」


 ナーテに促されて3人は屋敷の中へと移動を開始するが、それを雪に座ったまま眺めているアヤノがいたので、ジーエイチセブンが声を掛けた。


「戻るぞ」


 ようやく状況を理解したアヤノは立ち上がって、皆の後を追う様に屋敷の中へと入って行った。


 ケリドウェンが他勢力の領土であるランティアナ遺跡への遠征から戻ったのは、その翌日の事である。

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