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ログアウトブレイバーズ  作者: 阿古しのぶ
エピソード3
52/128

52.ネバーレジェンド

 ミラジスタの町を旅立つ時が来た。

 馬車での移動は小回りが利かずバグ相手には不利と判断した為、サイカ、エム、マーベル、ミーティア、ルビーの5人はそれぞれの馬を用意した。

 門の前に見送りに来た人達は皆、サイカ達がこのミラジスタでお世話になった人達である。


 アーガス兵士長はミーティアに推薦状を渡しながら言った。


「気を付けろ。楽な旅路にはならんぞ」

「わかってます」

 と、ミーティアがそれを受け取る。


 その横に立つサダハルには、サイカが話しかけていた。


「本当にいいのか? モンダに行かなくて」

「いいの。アリーヤに行くなんてどうせ無理だろうし。生きてるって分かったんだから、私は満足よ。それにね……あの人、戦闘狂だから、きっと今も元気に戦ってると思う」

「でもあの国はもう――」

「そうね。ほんと、あの人らしいと言うかなんと言うか。私には宿屋のお婆ちゃんもいるから、もうしばらくここにいないとダメなのよ」


 気持ちを押し殺す様に、少し震えた声で優しく微笑むサダハルは、本当は今すぐにでも会いに行きたいのでは無いか。そんな風にサイカは感じ取れる。


 でもサダハルがそう判断したのだから、これ以上は言うまいと、

「わかった」

 と、サイカも笑みを零してみた。


 サダハルから食料の干し肉やパンが入った紙袋を受け取り、各々が出発の挨拶を済ませ、全員はそれぞれの馬に乗った。

 そしてアーガスやサダハルを始めとする、ミラジスタでお世話になった人達に見送られながら出発した。

 こうやって沢山の人たちに見送られながら旅立つというのは三度目となるが、比べ物にならないくらい多くの人たちが手を振り声を上げてくれていた。


 聞き取れないほどの声援を背に、一同はゆっくりと馬の歩みを進め始める。

 するとマーベルが言った。


「なんだか変な感じね。まるで英雄にでもなったみたい」


 それにルビーが反応する。


「英雄なんてものはね、絶望の灯でしかないのよ。何かに縋らなきゃ生きていけない弱くて臆病な人間が、勝手に作るだけ。誰でもいいのよ」


 そんな事を言いながら、ルビーはルーナ村での一件を思い出している様で、何処か元気が無かった。

 その横でサイカは、エムの背負っている杖を見て気になっていた事を聞いてみた。


「その杖……」

「あ、これですか。夢世界でバグに襲われた時に壊れちゃったんですけど、僕の夢主が運営会社に補償してもらったみたいな事を言ってました」

「そうなのか。エムの夢主はちゃっかり者なんだな」

「えへへ。そうなんですよ」


 サイカとエムが会話をしていると、今度はミーティアがサイカに相談事を持ちかける。


「それで、どうするの。王都へ向かうなら近道があるけど」

「いや、少し寄り道をしたい」

「寄り道?」

「ルーナ村に行きたい」

「ルーナ村?」


 ルーナ村に行こうなどと言うサイカに、ルビーが驚いた表情を向け疑問を投げる。


「なぜ……」

「会いに行こう」


 ミラジスタでのテロ事件を解決に導いたブレイバーで、この場にいないもう1人が居る場所に行こうと言うのがサイカの提案だった。

 一番関係の深いルビー本人はなぜか俯いて何も言おうとしなかったが、マーベルが優しい笑顔で言う。


「サイカ、変わったわね」

「そんなことない」

 と言ったサイカの耳に、クロードの笑い声が聞こえた様な気がした。




 アーガスは楽な旅路にはならないと言っていたし、確かに町の外に出れば、人よりもバグとの遭遇が多かった。前に同じ道を通った時はもっと通行人が多かったのに、今ではブレイバーによって厳重に警護された馬車とたまにすれ違う程度だった。

 道で小動物と出会うくらいの確率で、バグの襲撃がある事がその原因だろう。


 でもサイカ達が遭遇するバグは、ルビーの夢世界スキル《デスサイズスロー》による鎌が、まるで自動掃除機の様にバグを消滅させていった。

 それこそ5人は馬から降りる必要が無い程に、ルビーの鎌が飼い慣らされた猟犬の如く狩り尽くしてしまった。その対象はレベル4と思しきバグも含まれ、立派な樹木ですら薙ぎ倒す勢いである。


 なので武器をほとんど手に持つ事はなかったが、そんな中でサイカは1つの発見をしていた。

 旅路の安全に貢献してくれているルビーは、馬の上でよく眠っていたのだ。遅くて1時間に一度、早くて30分に一度、10分くらい騎乗しながらウトウトと眠っていた。

 聞けばいつもルビーはそうやって過ごしているらしい。例え暖かいベッドを与えられても、長くて1時間眠るかどうかが、彼女の活動習慣だそうだ。




 久しぶりに訪れたルーナ村は、木材で造られた外壁や櫓に囲まれ、村というよりかは要塞となっていた。

 櫓で見張りをやっているブレイバーに、ミーティアが手を振ると、門がゆっくり開かれる。


 かつて村の守り手だったルビーが同行している事と、ディランやミラジスタからやってきたブレイバーが多く在住している様で、すぐに大歓迎ムードとなった。

 木の門を潜って村に入れば、建設中の防衛施設が多く見られる。

 村人やブレイバー、ミラジスタからの避難民、そんな人たちが大勢そこで働いていて、皆作業を中断してサイカ達を見ようと集まってきた。


「ルビー様だ!」「ルビー様ぁ!」

 などと、ルビーの名を呼ぶ村人達。


 当のルビーは、それに珍しく笑顔で手を振って応えていた。

 前に来た時は気付かなかったが、ルビーはここの村人に信頼されているのが分かる。それはルビーの名を呼ぶ村人の表情を見れば明らかだ。


「へぇ。前よりも活気に溢れてるわね」

 と、マーベル。


 そこへ頭にバンダナを巻いた男が1人、駆け寄ってきてサイカに話しかけてきた。


「お久しぶりです! サイカの姉御!」


 サイカは男に見覚えがあった。

 何度か関わった事はあるが、名も知らない元盗賊の1人。


「元気そうだな」

「その節は世話になりやした。突然どうしたんすか」


 ミーティアだけはこのルーナ村の事情を知らなかったが、歓迎ムードを前に気を使う事にした。


「今日はここに泊まろう」


 そう言うミーティアに、マーベルが前の事を思い出してニヤッと口を開く。


「泊まってもいいかしら? ルビー様」

「そんなに処刑されたいの?」

 と、少し顔を赤く染めながらマーベルを睨むルビー。


「冗談よ冗談! 本気にしないでよ。ほんと、反抗期の妹みたいね」

「い、いもっ、い、妹!?」


 人間でも無いのに、家族の様だと言われた。

 前にもサイカ達はそんな会話をしていたのをルビーは覚えているし、まさかそこに加えて貰えるとは思ってもいなかった。でもルビーは何だかそれが嬉しくて、顔が熱くなっていくのを感じる。


「ほんと、くだらない」


 そんな風に言い放ち、ルビーは顔を見られない様に馬から降りて歩き出した。


「ちょっとルビー!」


 マーベルが馬を置き去りにするなと注意しようとしたが、サイカが身振りでそれを止め、

「マーベル、お願い」

 と、サイカも馬を降りてルビーの後を追った。


 2人の背中を見ながら、元盗賊の男がマーベルに言った。


「何かあったんすか」

「ちょっとね。やっと、前に進もうとしてるのよ。その為に来たんだと思うわ」




 ルーナ村の外れにある小さな丘の上、そこには人間の霊園があった。

 村が一望できるその場所には、名前が刻まれた大小様々な墓石が並べられている。日も傾き、涼しい風が野花や雑草を揺らしている中、ルビーはその足を真っ直ぐ進めていた。サイカも少し離れた距離で、その後ろを歩く。


 村人のおばさんが霊園の掃除をしていたが、ルビーとサイカが来たのを見るなり、お辞儀をして別の場所へと行ってしまった。

 霊園の一番奥には大きな樹木が立っていて、その木陰に立派な墓石。多くの花束が備えられ、どれだけ愛された人物だったかが分かる。


 人物……とは言ったが、ここに居るとされているのは人間では無い。


 ルビーはその墓石の前で足を止め、ただじーっとその石を眺めていた。

 いったい何を考えているのか、サイカにはよく分からなかった。でもサイカは、ルビーの横に立って一緒にその墓石に刻まれた名前を見る。



 そこに刻まれた名前は……ナポン。



 ナポンは消滅した。

 クロードよりも半月ほど早く、彼女は盗賊の仲間達やルーナ村の人々に見守られながら、この世から満足そうに消えて行ったそうだ。と言うのは、サイカもルビーも、その場を目撃した訳では無く。知らせてくれたのはルーナ村からミラジスタに来た王国兵士だった。


 ここには何も埋まってはいないし、ただナポンの名前が刻まれているだけの石を前に、ルビーは何を想ったのだろうか。


 あれだけ慕っていたナポンが、消えてしまったという事を聞いて嘘だと疑ったのだろうか、それとも心から悲しんだのだろうか。


 ルビーは何も言わなかった。

 村まで行こうともしなかった。

 いつも通りの毎日を送っていた。


 サイカの朝稽古にも毎日付き合ってくれた。


 そして今日、ルビーは初めてナポンに会う事となった。

 少し無理強いする様な形で、サイカが提案して、連れて来てしまった責任もある。だからサイカもルビーの横に立つと決めていた。



 ルビーはただ黙って、ずっと立っていた。

 日が沈んで暗くなって綺麗な星空が見えて来た頃、サイカの懐から青い妖精パーラーフェアリーが顔を出し、周りを気持ちよさそうに飛び回り始める。

 そんな中で、ルビーは今まで聞いた事が無いくらい穏やかな声で言った。


「私、間違っていたと思う?」


 サイカは何と答えれば良いのか少し迷い、

「間違ってなんかない。彼女が望んだ事だ」

 と答えた。


 それを聞いてルビーは少し笑った様に見えた。もしかしたら何か間違った事を言ってしまったのでは無いかと、サイカは少し不安になっていると、ルビーは語り出す。


「ブレイバーが殺し合い、小さな戦場になっていたこの村に、ナポンと私がやって来た時」

「うん」

「ナポンは放っておこうって言ったの。もうこの村はダメだって」

「うん」

「でもね、私の目の前で、血だらけで倒れてた人間が言ったのよ。この村を頼むって。だから私は戦った。ナポンも一緒に戦ってくれた。暴れてたブレイバーはみんな雑魚だったわ。ほんと雑魚だった。どうしようもないくらい雑魚だった」

「うん」

「でも敵はブレイバーだけじゃなかった。疑心暗鬼になった村人の1人が、矢を私に向けた。剣でナポンを刺した。私はいい。でもナポンを刺したことは許さなくて、怪しい動きをする人間も私がみんな殺した。ナポンはもういいって止めてくれたけど、私はとことん殺した。そしたら、いつの間にか他の村人達が神様に祈る様に、私に向かって跪いていたの」

「そんな事が……」

「最初は村が平穏を取り戻すまでと思って、居座ってたんだけど……ずるずるずるずる。段々と居心地良くなっちゃってね。ナポンも出てっちゃって。嫌われたと思ってた。馬鹿みたいな話でしょ」


 そう言って、ルビーはナポンの墓石に手を伸ばし、優しく撫でながら話を続けた。


「村人の為……いえ、自分の優越感の為、村に来る怪しい奴、夢の弱いブレイバー、みんな狩った。貴女は今まで何人のブレイバーを消滅させたかって、私に聞いたわよね」

「それは――」

「35人よ。ルーナ村でやった数はね。最初に始末した村人も含めるともっとかな」

「まさか全部覚えてるのか?」

「最初の方は、もう顔も思い出せなくなってきたけどね。もし許せないなら、置いて行っていいのよ」


 サイカはすぐに言葉が出なかった。そんなサイカを余所に、ルビーはナポンの墓に背中を向けて歩みを進めた。

 それでも何か言わなければと、必死に頭で考えるサイカは動けなかった。パーラーフェアリーが何かを察したかの様に、サイカを心配そうに見ている。


 大きな鎌を背負ったルビーの背中が、ある程度離れた所で彼女は足を止め、背を向けたまま言い放った。


「貴女は覚悟できてるのかしら」


 そう言って再び歩き出し、やがてルビーは見えなくなった。


 今まで色んな戦いにその身を投じて来たけど、サイカはまだブレイバーも人間も殺めた事が無いのもまた事実だ。

 そんな自分の甘さをどうにかするべきなのかと、悩む事を拒む様に、サイカの空腹を知らせる腹の虫が鳴った。




 霊園を後にして、人通りの少ない民家に囲まれた通りまでやって来たルビーはふと後ろを振り返る。だがサイカは後ろにいなかった。どうやら霊園に留まったのだろう。

 訪れた孤独感、寂しいと思う気持ちを押し殺しながらルビーは俯き気味に前へ進んだ。


 日も暮れ暗くなったのもあり、家の窓が光を放ち始めていて、通りには人通りが少ない。

 同時に何か嫌な予感もした。


 この感覚は……視線。


 しかも普通の視線では無い。ねっとりとした鳥肌が立つ様な、そして懐かしくもある。


 これは殺意だ。


 ルビーにはその方角が何となく解る。

 斜め後ろ、民家の影。


 足を止めて、背負っている大鎌にそっと手を伸ばした。

 すぐに殺気を出している者が動き、赤い刃物がルビーを襲う。


 振り向く事無く、鎌の柄でその刃を止めて見せる。金属と金属が衝突した甲高い音が響き、同時にルビーは鎌を振るいながら身体の向きを相手に向けた。


 ルビーの反撃を避けた相手は、空かさず青の剣と赤の剣を交互に動かして来た。なのでルビーは避けられるものは避け、避けきれないものは鎌で弾く。

 そんな事をしながら相手が誰なのか認識するに至った。


 美しい金髪に、立派な鎧、赤と青の双剣。

 ミーティアである。


 死神と剣士、両者の実力は互角。

 その大立ち回りは、やがて屋根の上に移動した。


 ルビーは鎌をくるくると回しながら踊る様な戦い方を見せるので、ミーティアの剣を握る手に力が入る。

 今度は青の剣を鎌で受け止めた時、ミーティアが睨みを利かせながらルビーに話しかけて来た。


「サイカに余計な事を言わないで」

「なんのことかさっぱりだわ」

「サイカは苦しんでる! ずっと一人で戦い続けてボロボロなの! 本人は気付いてないけど!」

「はっ! 知ったこっちゃ無いわ! アイドルか何か知らないけどね! あの程度の事で!」

「あの程度だと!? ふざけるな!」


 ミーティアに力負けした為、ルビーは後方に飛んで距離を取った。


「そう! 何処にでもいるブレイバーが、ただバグとの戦いが増えたからって何? 夢主にいい様に利用されてるだけ! それが大変? 不幸? 笑えるわ」


 ネバーレジェンドという戦いしか無い夢世界を持つルビーにとって、サイカの苦しみなど理解できない。

 ルビーにとっては、ただの対人戦では無いネットゲーム出身のブレイバーなど、自身より身分は下だと思っているからだ。


 ミーティアはそんなルビーの考えを見抜き、危険視していた。だからあえて言う。


「殺戮者の貴女はサイカにとって毒よ。一緒にいるべきじゃない。サイカは甘いから何も言わないけどね」


 一緒にいるべきじゃない。

 その言葉はルビーの胸に酷く突き刺さる。


「なに? いつから貴女はサイカの保護者になったの? 貴女だってこっち側のブレイバーじゃない」

「私は違う!」

「笑える。ワールドオブアドベンチャーのブレイバーはみんなそうなのかしら。ほんと、何も分かってないわね」

「そうやってサイカを見下して!」

 と、ミーティアが再びルビーに斬り掛かった時だった。


「やめな!」


 いつの間にか隣の民家の屋根にやって来て、杖を構えていたマーベルの声。

 ミーティアの剣がルビーの前で止まる。


「何やってるの貴女達。何があったか知らないけど、旅立って早々こんな所で仲間割れ?」


 まるで止められる事が分かっていたかの様に笑みを浮かべるルビーを前に、ミーティアはしぶしぶ剣を引いた。

 すぐにルビーが言った。


「別に、好きで一緒にいる訳じゃないから。気に入らないなら、置いてけばいいわ。くだらない家族ごっこなんて飽き飽きなのよ」


 そんな事を言い残し、屋根から飛び降りてさっさといなくなってしまった。


 マーベルは去るルビーを目で追いながら、

「ミーティアさん。貴女のことだから、サイカを想っての行動なんだろうけど、こんな事したなんてサイカが知ったら悲しむわよ」

 と言い放った。


「私は……」

「シッコクに見捨てられたら、今度はサイカ。私にはただ依存したいだけにも見えるけどね。もう二度とこんな事しないで。分かった?」

「……なんとでも言えばいい」


 悔しそうな表情で、下唇を噛むミーティア。

 こんな揉め事が起きてしまった事に、マーベルは呆れ顔で溜め息を1つ吐いた。




 そしてマーベルはミーティアと一緒に宿屋へと戻る。

 部屋割りはミーティアとサイカ、マーベルとエムの二部屋で、ルビーだけは単独で何処かへ行ってしまった。


 先に宿にいたはずのエムの姿は無く、サイカは素っ裸でベッドで横になっていた。

 部屋に入ってそんな姿のサイカを見るなり、ミーティアが血相変える事となる。


「サイカ! 何やってるの!」


 ミーティアは駆け寄りながら、脱ぎ散らかされた忍び装束を手に取って行く。


 そんな姿を見ながら、

「そう言えばミーティアさんは、初めて見るのね」

 とマーベルが笑った。


「え? いつもなの?」

「そうよ。サイカは裸で寝る癖があるの」

「どうして」

「知らないわよ。そうね……せめて寝る時だけは鎧を脱ぎたいのかも」


 装備が他人に持たれた事で、法則に従ってそれがサイカの元へと戻って行く。

 ミーティアに名前を呼ばれた事よりも、服が肌に密着した事で目が覚めるサイカ。


「ん……ミーティア?」

「ごめんなさいサイカ。でも、こんな無防備な格好で、何があるかもわからないのに」

「ああ……うん。ごめん」


 そんな事を眠そうに言うサイカの頭を、ミーティアがそっと撫でる。


「謝らないでサイカ。眠いんでしょ。私が見てるから、貴女はゆっくり寝て。ただし、服はちゃんと着て」


 サイカはホッとした表情を見せた後、瞼を閉じて再び眠りに入った。

 ミーティアが我が子の眠りを見守る様な顔を見せている後ろで、マーベルが冷たい事を言う。


「それでミーティアさん。サイカを気に掛けてくれてるってのは分かる。でもサイカを刺した事、忘れたなんて言わせないわよ。今更保護者面なんて」

「ええ、私だって忘れてない。これは償い。たぶんシッコク様は、これを私にやらせたかったんじゃないかって思ってるの」

「……あっそ。シッコクはそんな大そうな奴じゃ無いと思うけど。あいつ、王に剣を向けたんでしょ。ついに本性表したって感じよね」

「私の前でシッコク様を侮辱しないで。彼は強く、いつも正しくあろうとしてる人よ。何か理由があるはず」

「まさか貴女―――」

「私はシッコク様をお慕いしてる。誰よりも。そしてこれからも」


 なぜそこまでシッコクを信じる事ができるのか、マーベルには理解できなかった。そしてそれ以上、シッコクの事を言うつもりもなかった。

 眠ったサイカに毛布を掛けたミーティアは、剣を壁に立て掛け、自身の鎧も身体から脱着してベッドの横に置く。それを見ながらマーベルは言った。


「前、このルーナ村に立ち寄った時、この宿屋に泊った事があるの。ちょうど、この部屋だった。なんか変な感じ」

「ルビーがこの村を支配していた時の話ね。知ってるわ」

「あの時の事、そんなに知れ渡ってるの?」

「この国で一番の危険ブレイバーとされていたから、このルーナ村は厳重警戒中だった。貴女達はとんでもない事をしたのよ。それでまさか一緒に行動してるなんて、馬鹿げてる」

「馬鹿げてるのはこの世界の方よ」

 と、マーベルは部屋を出ようとしたので、ミーティアはラフな格好で椅子に座りながら行先を聞く。


「どこに行くの」

「エムが部屋にいないのよ。心配だから探してくるわ」

「では私も――」

「サイカの眠りを守るんでしょ」


 そう言って、マーベルは部屋の扉を静かに閉めた。




 その頃、ルビーは村の中心にある元教会にいた。

 前は多くの村人がルビーに祈りを捧げていたその場所は、今ではブレイバーズギルドとして改装が進められている建物となっていた。夜になると作業員は誰もおらず、建物の周囲を王国兵士が数名見張りをしている程度。ルビーがいつも座っていた立派でふかふかな椅子はそのまま置かれており、ルビーはそこで居眠りをしている。


 赤頭巾を下ろした金色の短髪が、窓から零れる月の光でキラキラと宝石の様に輝き、懐かしい空気に包まれながら瞳を閉じていた。

 そんなルビーが眠る椅子の後ろには、ルビーの身体よりも大きいと思われる巨大な鎌が立て掛けられている。


 ルビーが見る夢は戦いの夢。

 こうして少し目を瞑っている間も、浮かんでくるのは激しい戦争の世界だ。

 それこそ戦闘のプロ達。それぞれがヒーローであり、恐ろしい化け物や神の様な存在まで、選ばれた者が五人一組のチームで戦う。もはや言葉は不要と言いたいところだが、夢主達の罵声罵倒が時々飛び交い、仲間を想う労いの言葉の方が少ない。負けていれば尚更だ。


 10分ほど眠るだけで、数十の戦場を経験するルビー。

 今回は1時間ほどを目処に眠りに入っていたが、途中で眠りを妨げる気配を察知したので、瞼を開ける事となった。


 ルビーの視界に入ってきたのは、緑髪の少年。大きな杖を背負ったエムだった。


「なに?」

 と、少し怯えた表情を見せるエムに冷たい言葉を投げる。


「えっと、その……あの時のお礼、まだだったので……」

「あの時? 何の事かしら?」

「ミラジスタでのことです。サイカを助けてくれました」

「ああ、そんな事。別に助けたつもりはないわ」

「それでも……ありがとうございました」

「聞けば、サイカが捕まったのは、キミのせいだと聞いてるけど?」


 図星を突かれ、暗い表情になるエム。追い打ちを掛ける様にルビーは話を続けた。


「サイカみたいなお人好しにとって、キミはただの足手まとい。と、私は言いたい所だけど……魔法と言うのは戦場で役立つ。私の夢世界ではキミの様なヒーローは、サポートと呼ばれていてね。エーディーシーの付添役ってところよ」

「さぽーと……えーでぃーしー……?」

「育てば最も強い奴を、身体を張って守る役割よ。それぐらいはやらないとね」

「でも僕は―――」

「その背中の杖。面白い特性を持ってる事、気付いていないって事は無いわよね」


 ルビーはエムが持っている杖が、普通の魔法の杖で無い事を見抜いていた。

 それはエムも気付いていた。夢世界で夢主に操られたドエムが強敵を相手にした時、普通ではない戦い方をする。


「あんな戦い方、僕にできるとは思えません」

「甘っちょろいわね。使い方次第でミッドレーナーになれると言うのに」

「みっどれーなー?」

「こっちの話よ。もう話す事は無いわ。家族の元に帰りなさい」


 やはりルビーに対する苦手意識から冷や汗で肌を濡らすエムは、お辞儀をして建物を出ようとした。

 出口の扉を開けようとするエムの背中に、ルビーは別れの言葉を告げる。


「さようなら。おチビさん」


 まるでもう会う事は無いと言いたげなその言葉に違和感を感じたエムは、チラッとルビーを見る。月の光を浴びながら椅子に座ったまま、再度眠りにつく金髪少女の輝きがそこにあった。


 ルビーが眠る建物の扉を開けて外に出たエムは、丁度エムを探してやって来たマーベルが駆け寄ってきた。



 ✳︎



 サイカの目の前に広がるのは無限の宇宙。


 ガラス越しではあるが、真っ暗な世界に星々の輝きが綺麗だ。

 横を見れば青い星がすぐ目の前にある。あれは『地球』と言われ、琢磨たち夢主が生活している世界らしい。


 サイカ達の活動拠点の1つとなったネットワークステーション。


 エレベーターの出入り口が設置されている広いエントランスで、無重力の感覚を楽しみながら宙を漂うサイカ。プラネタリウムを思わせる景色を眺め、音も無く、失われた平衡感覚は何処か気持ちをリラックスさせてくれる。

 そんなエレベーター前で、シノビセブンの面々、アマツカミ、オリガミ、ミケ、ハンゾウ、カゲロウの5人がそれぞれプロジェクトスーツを身に纏い集まっていた。


 今日はどうやらこの5人に他社ゲームでの仕事依頼があるらしく、久しぶりのシノビセブン合同活動ということで張り切ってる様子だ。


 リーダーであるアマツカミが説明する。


「今日はみんなで今流行りの対人戦ゲームに特別参加する事になった」


 するとオリガミが、

「えっと、ネバーレジェンドだっけ?」

 と、ゲーム名を口にした。


 ミケが続く。


「プロゲーマー人口が一番多いゲームよね」


 そしてアマツカミが再び説明した。


「そうだ。5対5のチーム戦。俺たちは特別キャラクターとして、この5人でユーザーと戦う事になる。ルールはこれだ」


 アマツカミにマニュアルを渡され、一同は読み始める。


 ネバーレジェンド。通称ネバレジェと呼ばれているそのゲームは、ジャンルとしてはマルチプレイヤーオンラインバトルアリーナ、MOBAと呼ばれる平均同時接続数300万人を超える対戦ゲームである。

 リリースから20年ほどが経過して、総プレイヤー数は1億人を超えてるとまで言われている。競技性の高さと人気は凄まじく、世界中のプロゲーマーが注目しているゲームであろう。パソコンゲームでありながらスポーツとして人々から認知され始め、イースポーツなどと呼ばれ始めたのもかなり前の事である。なので、ある意味では世界流行しているワールドオブアドベンチャーよりも有名なゲームとも言えよう。


 ゲーム内容としては、5対5のチームバトル。プレイヤーはヒーローと呼ばれるルビーやナポンも含む300種類以上のキャラクターたちを状況に応じて選択して、試合では仲間と協力しながら相手陣地にある拠点を破壊する事が目的となる。

 言葉だけだと簡単な様に見えるが、そうではない。ネバレジェの特徴として、プレイ感を他ゲームに例えるのは難しく、人に言葉で面白さを伝えようとしても、理解を得るのが難しいゲームジャンルなのだ。銃撃戦をするFPSゲームや格闘ゲーム等と違って爽快感が少なく、知らない人がプレイ動画を見ても直感的に面白みを感じるにまで至らない。


 それは実際のスポーツの様に対戦時間が長い事や、ちょっとした気の緩みや怠慢が大きく勝敗に影響する非常にシビアな対戦ゲームである事。そして慣れるまでは自身の強さを実感するのが難しく、チームワークが大きく試される事なども理由として挙げられる。

 逆に言えば、それがこのスポーツゲームの強みであり面白さでもあるのだ。


 カゲロウが、そんな奥深くも競技性溢れるネバレジェのマニュアルを読みながら口を開いた。


「トップレーン、ミッドレーン、ボットレーン、そしてジャングル……モンスターもいるのか……なかなか奥が深そうなマップだ」


 続いてハンゾウ。


「俺がミッド、頭領がトップ、オリガミちゃんがエーディーシー、ミケがサポート、カゲちゃんがジャングルって書いてあるな。使えるスキルは……WOAで覚えてる得意スキルから抜粋か……なるほど」


 そしてミケ。


「私はオリガミを守ればいいのね。このゲーム初めてなんだけど、もちろん練習させてくれるのよね?」


 アマツカミに戻る。


「ああ、俺たちの操作性はWOAに合わせてくれてるそうだ。練習時間も2時間もらってる。なに、俺たちなら大丈夫だろう」


 そこまで会話が進んだ所で、オリガミが宙に浮いて寛いでるサイカに質問を投げた。


「そう言えばサイカって、ネバーレジェンドにはコラボで行ったことあるんだよね?」

「ん? ああ、一度だけある」

「その時はどうだったの? 何処レーンやった?」

「いや、私の時は参考にならない。1人で5人を相手に、数試合やった程度だ」

「1人!?」

「スキルは全部使える状態だったし、自由に動けたから、ただ走り回って倒した」

「なにそれめっちゃハード。むしろエキスパート」

「でもみんな強かったよ。今まで色んな夢世界に行ったけど、ネバーレジェンドだけはよく覚えてる」

「えーっと……なんかお腹痛くなってきた」


 サイカの言葉に不安を隠せないオリガミであったが、アマツカミは言った。


「みんなが初めてだし、不安に思うのも分かる。だがお金を貰うわけだから、ユーザーを失望させる訳にも行かないだろう。だから、特別講師を呼んだ」


 特別講師と言われ一同が首を傾げる中、目の前にあるエレベーターの扉が開かれる。

 そこから出てきたのは、金色のプロジェクトスーツを着たエンキドだった。


「どうも、シノビセブンの皆さん」


 この計画の中で一二を争うレアキャラの登場に、みんな驚いた様子を見せる中、アマツカミが理由を述べた。


「エンキドさんは、WOAを始める前、ネバーレジェンドでかなりのプレイヤーだったそうだ。7段階あるランクで頂点に立ち、日本代表にも選ばれた事があるほどの実力だ」


「よくわかんないけど、なんか凄い!」

 と、オリガミ。


 だがエンキドは謙遜した様子で言った。


「もう5年前に引退した身なんで、あまり期待しないでくれ。最近のキャラクターがどうなのかとか知らないけど、ルールや動きの基本は昔から変わってないはず」


 アマツカミがエンキドに問う。


「今では使えるキャラクターは300を超え、長い歴史があるのに対戦マップは1つだけと聞いているが……何かコツとかあるなら教えてくれないか?」

「色々ありすぎて一概に言えない。そうだな……試合の序盤、中盤、終盤で動き方が大きく変わってくる。最初、初心者はタワーやキルにこだわりやすいが、そうじゃない。マップを見て敵と味方の位置を常に把握する。ミニオンを倒してお金を稼ぐ。相手の力量を見極める。余裕がある奴が余裕の無い奴の助けに入る。タワーやキルはそれからだ」

「なるほど」

「まずはやって覚えた方がいい。2時間みっちり教えてやる」


 そんな話をしている内に、いつの間にか現れたゲームマスター19号に案内され、赤、黄、白、緑、青、そして金色のプロジェクトスーツを着た彼らはエレベーターに乗り込んでいく。


「サイカー! 行ってくるねー!」

 と、オリガミが元気に手を振ってきたので、サイカも手を振り返す。


 満足気にエレベーターに乗り込むオリガミの横で、エンキドも又、サイカに目線を向けていた。

 エンキドは何か声を掛けようとしたが、それをやらずにエレベーターに乗った。


「ご武運を」

 と、ゲームマスター19号に見送られながら、エレベーターの扉は閉じられた。


 ネバーレジェンドに向かって移動するエレベーターの中で、オリガミが言った。


「サイカ、なんだか辛そうだね」


 その言葉に、アマツカミが反応する。


「昨日も凶悪なウイルスを1人で倒したらしいからな。疲れてるのも無理はない」

「私達だって、ガルム地方で強いヤツ倒したじゃん! 少しはウイルス退治も手伝わせて欲しいよ」

「確かにあの戦いで、サイカじゃなくても装備次第で倒せる事が証明された。だが何があるか分からないから、安全が考慮されてるんだろう」

「そんな! サイカは危険でもいいの?」

「サイカはサイカだ。俺たちとは違う」

「納得できないよ」


 不満を声にするオリガミ。

 するとアマツカミが同じエレベーターに乗る他のメンバーに別の話を振った。


「せっかく集まって貰ったから、1つお前たちに聞いてみたい事がある。エンキドさんもだ」

「急になんだよ」

 と、ハンゾウ。


「ログインしたら、装備が勝手に変わっていたって事は無かったか? 特にこのプロジェクトスーツ。ログアウトしてる間に元に戻されてる事が多い」


 アマツカミがそこまで説明すると、今度はカゲロウが答える。


「確かに装備が勝手に変わってはいたけど、特殊な装備だし、運営がやったんだろ?」

「俺もそう思って聞いてみたんだがな……そうか、みんな起きてる事なんだな?」


 その質問に、エンキドも含む全員が頷いた。


「そうか……」


 意図しない装備の変更は、ブレイバーの仕業である可能性が高い。

 そう考えるアマツカミだったが、この場ではあえてその事を口にする事は無かった。

 すると、オリガミが一言。


「つかさぁ……このエレベーター、狭くない?」


 6人で満員となったエレベーターは、そのままネバーレジェンドの世界へと降りて行く。




 一方、ネットワークステーションに残るサイカにはゲームマスター19号が話しかけていた。


「サイカさん。仕事も無いのにこっちにいるなんて珍しいですね。WOAには行かないんですか?」

「うん。と言うか、なんで仕事が無いんだ。休みは終わりって言ったのに、たまにあるバグ退治だけって……それに、シノビセブンのみんなは忙しそうなのはなぜだ?」

「それは……」

「何か私に隠してないか?」


 言っていいものかどうかと、悩む19号だった。


(19号さん。僕が話すから大丈夫ですよ)

「琢磨さん。わかりました。よろしくお願いします。私はシノビセブンの試合を観戦しますので、これで」

(そちらも大変でしょうけど、よろしくです)

「はい」


 そう言って、19号はメニューを手早く操作してログアウトした。

 今度こそ1人だけになったサイカの視界に、カメラの映像が小窓で表示され、そこに琢磨の顔が映る。


「琢磨、遅いぞ」

 と、優しい声でサイカは語り掛ける。


(ごめん。ちょっと野暮用で)

「博士は?」

(研究室に閉じ篭もってるよ。何か調べたい事があるとかで、パソコンを大量に買い漁ってる)

「パソコン……前に教えて貰った事があるな。何でもできる機械の箱だろ?」

(なんでもはできないさ。生活や仕事が便利になるだけ)

「そうなのか。それで、なぜ私は仕事が無いんだ?」

 と、サイカは本題に戻した。


 しばらく琢磨はどう言おうか迷う素振りを見せた後、率直に説明を始める。


(サイカを攫おうとしている奴がいる)

「私を? なぜ?」

(こっちの世界じゃサイカみたいな存在はとても珍しいから。こうやって僕とサイカが会話してるのも、普通な事じゃないんだよ)

「それはまあ……そうなんだろうとは思う」

(世界で1つしか無いものを持っている人がいるとして、盗賊がそれを欲しいと思った。そんな盗賊が狙っているという情報が、ゲームマスターや僕の所に来た。だから警戒してる。そういう訳なんだ)

「私はレベル5のバグを1人で倒せる様になった。だから心配無い。何が来ても大丈夫」

(相手は人間だ。バグとは違う)

「バグより恐ろしい物なんてないだろう」

(サイカ。その考えは危険だ。サイカは確かに強いけど、籠の中の鳥って事を忘れちゃダメだ)

「そういう物なのか……私にはイマイチ実感が無いよ」


 そこからしばらくの沈黙。

 サイカは夢世界で誰かに狙われるという危機感があまり起きなかったが、目の前に広がる宇宙を見ていると、そんな事ですら小さい事に思えてくる。


「こうやって、2人でゆっくり話すの久しぶりだな」

(うん、そうだね)

「今だけは、バグ退治も、博士の邪魔も、仕事の依頼も無く、ずっとこのままでいたいって思う。永遠に琢磨の声を聞いていたい」

(急にどうしたの?)

「わからない。この気持ち……琢磨がいれば世界なんてどうだっていい。そう思うんだ」

(もうほとんど愛の告白みたいだね)

「愛……これが愛なのか?」

 と、サイカは自分の胸に手を当てた。


 コアの鼓動が、確かに高鳴っていて、熱い何かが脈打っているのが分かる。

 クロードが消滅したあの時も、これに似た感じがあった。



 ―――これが、愛なのか。私は琢磨の事が好きなのか?



 そんな事を頭の中で自問自答するサイカだった。

 でもやはり、だからこそ、琢磨とのどうしようもできない距離感が大きな壁となって心の中に立ちはだかる。


 そう考えると、途端に胸が苦しくなった。

 同時に切なさが頭を支配する。


 サイカの気持ちを感じたのか、再びパーラーフェアリーがサイカの胸元からひょっこり顔を出した。

 どうやらこの空間では飛ぶことが出来ないようだ。


(サイカ。でもまだ今の僕たちの関係だと、その考えも気持ちも危うい。深い様で、ろうそくの灯火の様に、ちょっとした事で消えてしまうんじゃないかって)

「そんなもの、倒して火事でも起こしてしまえばいい」

(サイカ)

「冗談だ。分かってる。私は……夢主達にとってはデータ。人間じゃないし。人間の真似事なんて―――」

(そこまで言ってないよ。あまり悲観しないでくれ。大丈夫。朱里がこっちに来たんだ。僕たちだっていつか会える時が来る)

「……そうだな」


 いつか会える。そんな希望も、サイカは少しずつ薄れてしまっている事を感じていた。

 そもそも、会える方法が見つかったとして、化け物染みてきた己の身体には一抹の不安がある。

 サイカは話を変える事にした。


「この真っ暗で綺麗な空は……確か宇宙と言ったか。凄いな。上手く言葉にできない」

(そうだね。ここはネットワークステーションと名を付けられてはいるけど、スペースゲームズ社が開発中のゲーム環境らしいよ)

「人の手によって作られたなんて、とても信じられないな。私には現実そのものみたいだ」

(僕たち夢主と、サイカたちブレイバーは、見えてる世界が違うんだろうね。そんな感じするよ)

「そうなのか?」

(たぶんね。それで、そっちはどう?)

「そっち?」

(サイカの世界の話だよ。ほら、王都に向かうって)

「うん。出発したよ。今はルーナ村にいる」

(ナポンやルビーと出会った場所だね)


 琢磨が2人のことを覚えているという事に、サイカは驚かされた。


「よく覚えてたね」

(当然。サイカが珍しく他のゲームを気にしてて、あの時の会話は印象的だったからね)

「そうか?」

(そうだよ。それで、何も問題は起きてない?)

「大丈夫だ。いや、少し……ルビーが心配……と思ってる」

(なるほど。でも、仲間に危害を加えたブレイバーなんだよね?)

「そうだ。そうだけど。今では命の恩人と思ってる。仲間……なんだと思う」


 それから何時間も、それこそシノビセブンのみんながひと仕事終えて戻って来るまで、2人は会話を楽しんだ。

 琢磨はサイカの事、サイカは日本の事を好奇心のままに話し続けた。


 2人にとって、ここまで密に互いの事を話せたのは久し振りの事だ。



 ✳︎



 翌朝の事である。

 ルーナ村を出発する為に、村の出入り口で一同が集まり馬の準備を進めている時のこと。

 ルビーだけがその場に現れなかった。


 サイカは聞いた。


「ルビーはどうしたの?」


 するとマーベルがミーティアに軽く肘打ちをして合図したので、ミーティアがバツが悪そうに説明した。

 ルビーに酷いことを言ってしまったこと、剣を向けてしまったこと、それがサイカの為だと思ったこと。

 話し終えたミーティアは頭を下げる。


「―――と言う訳なんだ。すまない」


 だけどサイカは至って冷静で、

「大丈夫。私が探して来る。待ってて」

 と、何も気にしていないといった様子で村の中に消えていった。


「だから言ったでしょ」


 そう言うマーベルに、ミーティアは自分の情けなさを痛感して、俯くしかなかった。

 その横で昨夜の会話を思い出していたエムが言った。


「もしかして、もう僕たちとは行動できないって事でしょうか」


 マーベルが答える。


「さあね。あとはサイカ次第かな」




 ルーナ村の中心にある元教会の建物では、改装作業を行う為に作業員が準備に勤しんでいた。

 朝の慌ただしい空気を感じ取りながら、ルビーは座り慣れたふかふかの椅子に腰を下ろしている。


 昨夜、エムが去ってから朝まで何度か寝て、一夜で百戦ほどを経験した。

 いつもと変わらぬ夢世界での戦闘……となるはずだったが、今回は少し様子が違った事を覚えている。


 百戦のうち数回、見知らぬキャラクターと何度か対峙した。

 何かのイベントの様で、夢主たちは何処か張り切った様子だった。


 初めて見るとは言っても、前にサイカが似たような姿をしているのを見た事があるので、恐らくサイカ関係のイベントだったんだろう。


 サイボーグ忍者とも言える彼らとの戦いは、見慣れぬ攻撃、変わった動きをして来た為、ルビーにとっては新鮮だった。

 一件、初心者の様な動きではあったが、統率されていてチームワークが優れていたので、とても厄介だった事は覚えている。


 結局の所、個々の強さは二の次で、連携力と協調性が大事であるルビーの夢世界ネバーレジェンドの真骨頂が実感できるイベントだった。


 ルビーはそんな戦いを思い出しながら、サイカ達と別れてこれからどうしようかと考え込んでいた。

 すると建物の正面扉が開かれ、村人達が中に入って来るのが見える。

 ルビーは慌てた様子で、トレードマークである赤頭巾を頭に被って金髪を隠す。


「ルビー様、よくぞ帰ってきてくれました」

 と、ルビーも見覚えがある男が膝をついて祈りを捧げる。


 他の村人たちも、老若男女の者達がルビーに向かって同じように膝をついていく。


「なによ。私はもう―――」

「いいえルビー様。ナポン様がいなくなった今、やはりこの村の統率者なりうる者はルビー様以外に考えられません」

「お前たち……」

「バグも活発化して、ブレイバーも増えました。またいつ何が起きるかわかりません。だからどうか、ルビー様にはこの村を守って欲しいのです」


 本当は1人で旅立とうと思っていたが、村人達の願いを前に、心が揺らいでしまうルビーだった。


 どうしようかと答えに困っていると、

「ルビー様!」「お願いします!」「ルビー様しかいないんです!」

 と、村人たちが次々と声をあげた。


 少しくらい、ここにいても良いかとルビーが考え、口を開こうとした矢先。

 村人達の後方にある正面扉が音を立てながら開き、見ればそこにはサイカが立っていた。


「ルビー。迎えに来た」


 昨日冷たい事を言ってしまった手前、てっきり嫌われたものだと思っていたルビーは驚く。


「どうして……」

「私にはやっぱりルビーが悪い奴とは思えないんだ。だから一緒に行こう。ナポンを一緒に探そう」


 ナポンを探す。

 それは今は亡きナポンが、ルビーにして欲しいと言った最後のお願いだ。

 色々あって、すっかり目的を忘れかけていたが、サイカに言われて思い出した。


 ルビーはそんな自分が馬鹿らしくて、そしてサイカが来た事実が嬉しくて、クスッと笑った。

 そして椅子から立ち、目の前で跪く村人達に言葉を掛ける。


「私は……まだ、やる事があるの。だから、もうしばらく待って欲しい」


 村人達は祈りを捧げたまま、何も言い返しては来なかった。

 彼らの神とも言えるルビーは、そのまま真っ直ぐ歩き出す。椅子の後ろに置いてある鎌を手元に召喚しながら、ゆっくりと村人達の間を進んだ。


 サイカの目の前まで来ると、ルビーは1人だけ姿勢の違う村人を見つけた。

 それは女性が赤ん坊を抱えており、赤ん坊は無邪気にルビーへ小さな手を伸ばしていたのだ。


 ルビーは一旦足を止め、その小さな手を指で触って感触を楽しみ戯れる。

 これは、ルビーが守って来た物だ。


 しばらく戯れ満足したルビーは、赤ん坊から手を離しサイカを向く。

 微笑ましくその光景を見ていたサイカは、何かを確信したかの様な強い口調で言った。


「行こう」


 そう言ってサイカがルビーに差し伸べる手。

 ルビーは恥ずかしさで少し戸惑いを見せたものの、覚悟を決めてその手を握った。




 それからルビーも合流して、5人はルーナ村を出発する事となった。今回も多くの村人や王国兵士、そしてブレイバーに見送られての出発だった。

 またもサイカが王都に行く前に寄り道をしたいと、ディランの町に向かう提案をする。


 ディランに寄るとなると、大分遠回りになるが、特に反対意見は無かった。


 道中に現れるバグはまたもルビーが自動掃除機の如く、鎌を投げて対処する。

 そんな中、丁度ナポンと初めて会った崖に挟まれた道にやって来た。


 そこでマーベルが、横で干し肉を食べているサイカに耳寄りな情報を話す。


「出発の少し前、記録係の王国兵士と話したわ」

「記録係?」

「知らない? 国で起きた戦いの記録をブレイバーズギルドに報告して、書物に記す役割を持った兵士よ。たまたまルーナ村に立ち寄ってたみたいね」

「その人と何を?」

「1ヶ月くらい前、王都の街中でバグが何度も出現する事象があったらしいの」

「特に珍しい事でもないだろう」

「それが、レベル5のバグが出たって」

「レベル5? まさか……王都は大丈夫なのか?」

「何人かのブレイバーがやられたけど、撃退には成功したらしいわ。初めて確認されたバグで、目撃者の証言から名付けられた名前は……デストロイヤーバグだってさ」


 思いもしない名前が出た。

 デストロイヤーと言えば、サイカの頭に浮かぶのはワタアメ達と共に夢世界で戦ったボスモンスターだ。

 まさかそれが本当にそのボスモンスターを模したバグだったと言う事は、サイカは考えもしなかった。




 その後、ディランの町近くまで一同が到着すると、丘の上から町を一望できる場所へとやって来た。

 ちょうど破壊された南門や周囲の壁の再建築工事が進められていて、それが一望できる場所だ。サイカは馬に乗ったまま、半分以上復旧してきている壁とその町を、しばらく眺めた。


 サイカとエム、そしてクロードやマーベルとの出会いがあり、旅の始まりとなった場所。

 レイラおばさんは元気にやっているだろうか、助けた娘と王国兵士はどうしてるだろうか、そんな事をサイカは小一時間考えていた。


 その間、特に会話もなかったが、サイカは何か決意したかの様に、

「行こう」

 と、馬を動かしディランの町に背を向けてしまった。


 てっきり町に寄って挨拶でもするのかと思っていたマーベルが確認する。


「いいの?」

「うん」


 サイカが来ようと言っていた為、ただ遠くから町を眺めるだけで済ましてしまう事は、誰も意図が理解できなかった。

 それでもサイカは、腹の虫を抑えながらも馬を進めて行ってしまうので、他の4人もそれに続く事となる。


 ディランの町から北東へ約2日半掛けて進めば、今回の旅の目的であるエルドラド王国の王都シヴァイ。2箇所の寄り道を経て、やっと目的地へ向かって進み始めた。




 それからしばらく経ってからの事、山道を移動していた時。

 エルドラド王国で随一の標高の高さで有名なラベック山がそびえ立つ、コートレス山脈と呼ばれる山岳地帯を一行は進んでいた。

 空腹を我慢できなくなったサイカがまたもパンを食べていて、ルビーが道を塞いでいた邪魔なバグを始末している横で、エムが西の空に起きている異変を察知した。


「なんですかあれ」


 エムが指差す方向を見ると、地平線の彼方、遠くの空に真っ黒な雲が浮かんでいた。

 そして何か大きな火事でも起きているのではないかと思えるほど、その黒い雲が赤く照らされているのが分かった。雷の様な光の点滅も微かに確認できる。


 その方角には海があり、その向こう側で何かが起きている様である。


 ミーティアが説明した。


「この方角は……アリーヤ共和国ね」


 アリーヤ共和国。

 バグの国になったと言われるほどの厄災が起きた大陸。

 遠い遠い海の向こうで、人間かブレイバーか、またはバグか、何かの命が大量に燃えている……そんな風に思わせられる光景だった。


 5人は足場の悪い山道で、馬を進めながらも、しばらくその光景に釘付けとなったのは言うまでもない。



 その時、生暖かく、それでいて肌寒くもある気持ちわる風が西から吹いた。


 きっとクロードがこの場にいたら、こう言っただろう。




 嫌な予感がする―――と。

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