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ログアウトブレイバーズ  作者: 阿古しのぶ
序章・エピソード1
5/128

5.バグ化

 十年に渡り人気の衰えを知らないワールドオブアドベンチャー。

 総ユーザー数は日本国内三千万人、世界でニ億人を超えたと言われている。


 そんな大人気ゲームだが、それだけのユーザーを抱えていてもサーバーの区別が無い。厳密に言えば大陸毎にサーバーが分かれているのだが、プレイヤーはその大陸に足を踏み入れた時点でサーバー移動は完了となる。住んでいる場所、インターネットに接続している地域によって最初の大陸及び首都が決まる仕組みも思い切ったシステムである。


 ゲーム内の大陸は大きく分けて八つ。

 サイカが活動拠点とするヨリック大陸ジパネール地方の首都ゼネティアは、日本の関東地方のプレイヤー達が中心で、人口もそれなりに多い。

 そしてRPGで醍醐味となるダンジョンは、WOAでは自動生成システムとなっている。蜃気楼の塔の様な期間限定ダンジョンを除き、数千種類に及ぶダンジョンが毎日の様に出現。誰かが攻略すると翌日にはそのダンジョンは消え、また世界の何処かに出現すると言うシステムとなっていて、ユーザーを飽きさせない要素となっているのだ。

 それらも踏まえ、アイテム、モンスター、ダンジョン、その種類の豊富さと世界の広さは他のどのネットゲームをも凌駕している。


 そんなジパネール地方の首都ゼネティアから北東、馬で約一時間ほど進んだ所に、ヘルリザードマンが生息する洞窟ダンジョンを発見したのはサイカだった。

 適当に馬を走らせていたら偶然発見したに過ぎないが、抜け目なく地図アイテムにマッピングを施す。

 新しいダンジョンを発見した際は、それを記録する事でその情報自体をユーザー取引する事ができる。出現モンスターやダンジョンのレア度によって、他の誰かに発見されるまでは高値で売れる事もあるのだ。


 他のプレイヤーがいるかどうかと、出現モンスターを確認する為、サイカは馬を降り洞窟に入る事にした。その際、しばらくの間だけ経験値とアイテムドロップ率が上昇する課金アイテムを使用する。


 洞窟に一歩足を踏み入れれば、すぐに禍々しい盾と剣を持ったヘルリザードマン達が、餌がやって来たと言わんばかりに次々と襲い掛かってきた。

 しかしヘルリザードマンの攻撃はサイカには当たらない。サイカの動きを捉える事叶わず、キクイチモンジによって一刀両断されていった。

 それもそのはず、ヘルリザードマンのレベル九十に対してサイカのレベルは百二十五。圧倒的な力の差があるからだ。


 約三十分、ヘルリザードマンを軽々と倒しながら奥へと進んでいくサイカ。経験値があまり美味しくない事に気付き始めた頃、今度は中ボスと思われるモンスターが現れた。

 盾は持たず、全身に鎧を着て、他のヘルリザードマンよりも大きな剣を持ったヘルリザードマンアギトがサイカの前に立ちはだかる。レベルは百五。


 ヘルリザードマンアギトは自己強化のスキルを使用してスピードとパワーを更に上昇すると、サイカにその大きな剣で斬りかかる。

 だが、サイカはそれを刀で弾き、ヘルリザードマンアギトを怯ませると、すぐさまニ連撃で反撃をした。その攻撃により、ヘルリザードマンアギトの鎧が壊れ消滅。鎧を壊されながらもくるりとその身体を回転させ、長い尻尾でサイカを攻撃。


 サイカはそれをジャンプして回避しながら、その尻尾を刀で斬り落とした。


 そのダメージだけで、既にヘルリザードマンアギトは瀕死の状況になっており、サイカに次の一太刀で倒されるのはその数秒後の事だった。

 レアアイテムであるヘルリザードマンアギトの尻尾がドロップされ、サイカはそれを所持品に加えたところで、経験値とドロップ率が上昇する課金アイテムの効果が切れた通知音が鳴る。そんな時だった。


「おー、凄い威力だねー」

 と、背後から声がしたのでサイカは振り向くと、座って傍観している獣人族弓使いのワタアメがいた。


「ワタアメさん!?」


 驚くサイカ。

 それもそのはず、WOAはその広すぎる世界故に、都市や町以外の場所で偶然知り合いと会う事はかなり珍しい事だからだ。


「やっほー」


 笑顔を向けるワタアメを前に、サイカはキクイチモンジを納刀しながら周りにモンスターがいない事を確認する。


「もしかして、もうこのダンジョンって知れ渡ってる?」

「いんやー、昨日、私が見つけたんだけど、まだ情報は売ってないよ」

「なるほど。まさか先客がワタアメさんだったとは、驚いたよ」

「私としても期待して潜ったはいいものの、経験値が全然美味しくないんよ、こいつら」

「僕らのレベルだと、そうだろうね。でもドロップは美味しい」

「そうだねー」


 そう言いながらやる気が無さそうにアクビをするワタアメを見て、サイカは先日のイベントの話を振る事にした。


「この前の蜃気楼の塔、惜しかったね」

「だねぇ。私ももっとレベル上げなきゃーと思って、昨日ソロ狩り頑張ってたらさー、PK集団に追いかけられたよ」

「PK? そう言えば最近見ないな」


 PKとはプレイヤーキラーの略で、簡単に言えば悪いプレイヤーの事である。ただし、PKをする側にもそれなりにメリットデメリットがあり、システムとしても認められる事から、決して通報される様な行為ではない。


「そりゃ、サイカみたいなクノイチなんて、PKも相手にしたくないっしょ。それに、君のレベル、自覚してる?」

「なるほど」


 アサシン、ニンジャ、クノイチと言った隠密系の職業は、対人戦を有利にするスキルが多く、基本的にプレイヤーキラーには避けられる様だ。

 ワタアメは話を続ける。


「そんな廃人プレイヤーのサイカちゃんに大事な話がある」

「なに?」

「うちのギルド、入ってくれないかなーって」

「それは断る」


 サイカは即答した。


「えーなんでさー。シノビセブンは特別なん?」

「シノビセブンはギルドじゃないから。それに、ギルドは苦手なんだよ」


 ギルドと言うのは、このゲーム内におけるグループの様なもので、好きな名前を決め、プレイヤーを集めて活動している組織の事だ。


「なんでさー。サイカは人付き合い苦手って訳じゃないっしょ? それに、そのレベルまで今までソロだったなんて考え難いし……」

「昔は入ってたよギルド。解散しちゃったけど」

「なんかあったん?」

「まぁよくある話だよ。だから、それからギルドに入らないって決めた」

「えー勿体無い!」

「ワタアメさんは……その、どうしてギルドマスターやってるの?」

「それはみんなでワイワイするのが楽しいからさ!」

「でもさ、そのワイワイの中にマナーだとか礼儀だとかってあるよね」

「そりゃあ当然」

「頻繁に誰かに気を使ったりするの、今の僕はゲームに求めてないんだ」

「そっかぁ。でもゲームの楽しみ方って人それぞれだもんね」


 しつこくギルドに勧誘されるのも面倒だと思ったサイカは、話を切り上げ洞窟の出口に向かって歩き出した。

 ワタアメは立ち上がりサイカを追いかけつつも、サイカに質問する。


「あれ、最深部行かないの?」

「ヘルリザードマンの洞窟、僕も今回初めてなんだけど、最深部のボスは動画と攻略サイト見る限りでは、とてもソロ狩りできる様な相手じゃないんだよ」

「えっと、デストロイヤーだっけ」

「そうデストロイヤー。最低でもタンクとヒーラーくらいはいないと、デスペナルティが怖い」

「えー、でも私とサイカなら、もしかしたら倒せるかもしれないじゃん」

「もし失敗したら、僕は三ヶ月分の経験値を失う事になる」

「うん、ごめん」


 こうしてヘルリザードマン狩りを中断したサイカは、ワタアメと共に洞窟を出た。

 するとワタアメは騎乗モンスターを呼び出す笛を使用して、ガルダと呼ばれるカンガルーに似たモンスターを呼び出すと、よしよしと顎の辺りを撫でた。


「そんなレア物、持ってたんだね」

 と、サイカ。


 この騎乗モンスターのガルダは、特殊なイベントのクリアと、モン笛と言うレアアイテムを持っていないと呼び出せない。


「結構前に買ったんよ。百Mくらいしたかなぁ。この子、気性が荒くて世話するの大変でさ」

「らしいね」


 そんな会話をしながらも、ニ人はそれぞれ馬とガルダに騎乗して、そこから首都ゼネティアを目指し出発する。

 騎乗の場合のみ、目的地まで道に沿って自動的に移動するシステムがあり、その間、2人は他愛も無い会話を楽しんだ。そんな中でサイカは良い機会と思い、あの事を話す。


「ミーティアが引退した」

「えっ!?」


 お互い共通のフレンドでもあるミーティアが引退したと言う唐突な情報に、ワタアメも驚いている様子だ。


「実はこの武器、ミーティアから借りてるものなんだよね」

「そうなんだ。だから蜃気楼の塔にも来てなかったのかー。なんかさ、ミーティアとサイカっていつも一緒のイメージあったから、残念だね。でもなんで急に?」

「詳しくは言えないけど、リアルの事情。僕はリアルが落ち着いたら、また遊びに来てくれるって信じてるよ」

「そんな呑気な事言ってる場合じゃないのに……」

「ん、どう言うこと?」

「ううん、何でもない。こっちの話」


 ワタアメも何かを察したのか、それ以上ミーティアの事や、ギルドの事を言っては来なかった。

 首都ゼネティアへ帰還の道中、レアモンスターのラッキースライムを見かけたが、すぐに逃げられてしまったので、ニ人は見なかった事にする。



 ✳︎



 ゼネティアに無事帰還して、ワタアメと別れた所でログアウトボタンを押し、明月琢磨はパソコンの前で大きく背伸びをした。

 ふとパソコン画面の右下に表示されている時間を見ると夜中の零時を回っている。今日は二十時からプレイしていた琢磨は、その四時間の半分をゲーム内のフィールド移動だけで過ごしたと言う事実は考えない事にする。


 現実志向のWOAでは、本気でダンジョンを利用したレベル上げをしたい場合、わざわざ首都まで帰るのは非効率と言われている。もし出現するモンスターの経験値が美味しければ、近くの町や村に滞在して、そのダンジョンに通うと言うのが通例だが今回のダンジョンはサイカとワタアメには合わない場所だったので不要と判断した。


 キーボードの横に置いてあった空になっているコンビニ弁当の容器をゴミ袋に入れ、シャワーを浴びる為に浴室へ向かう。

 服を脱いでパンツ一丁になったところで、先ほど手に入れたヘルリザードマンアギトの尻尾をプレイヤーショップに登録していなかった事を思い出し、ベッドの上に放置していたスマートフォンを手に取る。


 スマートフォンアプリのワールドオブアドベンチャーは、冒険やモンスター狩りなどはできないが、BBSでの情報交換や交流、フレンドとのメッセージのやり取り、トレードが可能となっている。それ以外にもアイテム各種管理、武器防具の精錬、課金ガチャなど、あらゆる事が手軽にできる仕様だ。


 琢磨はプレイヤー同士のアイテム売買機能、プレイヤーショップの管理画面を開くと、そこに先ほど手に入れたヘルリザードマンアギトの尻尾を相場通りの価格で登録した。


 登録が終わった頃、アプリ内で新着メッセージが届いたのでメッセージを開く。先ほどまで行動を共にしていたワタアメからだった。


【今日はありがと。ギルドの件、もし気が向いたらいつでも声掛けてね】


 琢磨はそれを返信する事なく、脱いだ服の上にスマートフォンを置くと浴室へ向かった。



 ✳︎



 サイカは目が覚める。

 上体を起こし、自分の手の平を見つめた。ヘルリザードマンと言うモンスターと戦った時の感触がまだ残っている。

 すると、珍しくサイカの部屋の扉をノックする音が部屋に響く。サイカはこの音で目が覚めた事を自覚するに至り、素早くベッドから降りると扉を開いた。

 そこには宿主のレイラが、いつもの様な優しい笑顔で立っていた。


「サイカちゃんおはよう。朝早くにごめんね」

「なに?」

「私は食材の仕入れで今から出かけるから、その前にちょっと頼み事をしようかと思ってね」

「頼み事?」

「実は隣の部屋のブレイバーさん、ええと、タケルくんって言うんだけど、一ヶ月くらい前から帰ってきてないのよ」


 隣の部屋のタケルと言うブレイバーは、サイカも何度か見かけた事がある。槍の使い手で、いつも大きな槍を背中に背負い、好青年といった印象のブレイバー。言われてみれば、確かにここ最近は見ていない気がする。

 バグの巣討伐作戦とも時期が違う為、それ以外の何かがあったと考えるのが妥当だが、ブレイバーが行方不明になる原因は大体いつも同じ。


 バク化をしている可能性が高い。


「わかった。私が探すよ」

「サイカちゃんが探してくれるなら心強いわ。ブレイバーズギルドには私から正式に依頼を出しておくから、お願いね。あと、服はちゃんと着なさい」


 そう言われてサイカは自分が服を着ていない事に気付かされつつも、


「うん。おばさんも気をつけて」

 と、言ったところで扉は閉じられた。


 レイラは、宿に泊まるブレイバーの事を家族の様に慕い、気にかけてくれる優しい人である。

 だからこそ、サイカは何とかしてあげたいと、そう思うのであった。


 サイカは手早く準備を済ませ、エムの部屋にも立ち寄り声を掛けた。

 もしかしたら危険な任務となるかもしれない事を説明したが、エムは同行する事を望んだ為、サイカは連れて行く事にする。


 その後、ニ人はブレイバーズギルドに到着して、受付嬢から行方不明者捜索の依頼を受注する手続きをした。

 一般人からの依頼でもブレイバーズギルドを通す事で、ある程度ではあるが国からも報酬が出る仕組みの為、この様な手続きを踏む事になっている。


 早速、何か手がかりを探す為、まずは受付嬢にタケルと言う槍術士ブレイバーが最後に任務を受けたのがいつか聞いてみた。


「残念ながら、タケルさんはニヶ月以上、任務を受けた形跡がありません。最後に受けた依頼は、ミリアさんって言うブレイバーとペアでバグ討伐……となっています」

 との事だった。


 そのままブレイバーズギルド内にいるブレイバー達に、聞き込み調査を行うサイカ。

 しかし残念ながら、誰もが見かけていない、又は覚えていないという回答ばかりであったが、一人のブレイバーから、


「そういや、タケルの奴、ニヶ月くらい前に女ブレイバーと歩いているのを見たなぁ」

 と言う情報があった。


 そしてサイカとエムはブレイバー達以外、街の住人にも聞き込みを開始する。

 露店通りの人たち、飲食店の店主、畑で働く老夫婦、教会の修道女、町を巡回する兵士、広場で遊ぶ子供たち、沢山の人達に聞き込みをしたが、女と歩いているのを見たと言う手がかり以外の情報は無かった。

 やはり一ヶ月も前の話となると、よっぽど目立った何かがなければ人々の印象には残らない。そして恐らく、タケルと言うブレイバーはこの町にはいない。そうサイカは感じていた。


 町の北門近く、歩き疲れたエムは、

「もう歩けません」

 と、地べたに座り込んでしまう。


 サイカも久々に沢山の人と話した為、気疲れをしており、日が傾きかけた空を見上げホッと一息。



 タケルと言うブレイバーは、サイカがこの町にやってきて、あの宿屋にお世話になる事が決まった日、既に隣に住んでいた事から、恐らくサイカよりも前にこの世界に存在する先輩ブレイバーである。

 サイカにとっては、住み始めた初日に「お隣同士よろしく」と挨拶に来ていた事から、律義な青年であると言う印象はあった。

 宿屋ですれ違うと挨拶をする程度の仲ではあるが、それ以上の事は何も知らないサイカ。もう少し何か交流していれば良かったと、サイカは少し後悔の気持ちが芽生えていた。



 何にせよ情報にあったミリアと言う名の女性ブレイバーが何か関係しているのではと、サイカは推理する。

 そんな考え事をしているサイカを他所に、何かを見つけたエムが口を開いた。


「サイカ、あれってなんですか?」


 エムが指差す方向を見ると、そこには大きな塔があった。


「あれは警鐘塔、町に危険が迫るとあそこで鐘を鳴らして合図する」

「鳴る事はあるんですか?」

「この町で鳴る事は無いと思うけど……」


 すると、サイカは昨日の嫌な予感がすると言ったクロードの言葉が頭を過ぎり、少し不吉な予感がした。

 そこに町の外からブレイバー四人組が歩いて帰って来た所に遭遇。サイカは四人に声を掛ける。


「あー、槍を持ったブレイバーなら見たぜ」

 と一人のブレイバーが言った。


「見たのか? 何処で?」

「北東の森林だ。俺たち、バグの目撃情報があったから退治しに行ったのによ。バグなんて居やしなくてな。そしたら、槍持ったブレイバーがいたから、バグを見なかったかって聞いたら血相変えて俺たちに襲い掛かってきたんだよ。まぁ返り討ちにしてやったけどな」

「返り討ち? 消滅させたのか?」

「さすがにそこまではしねぇよ。コアを傷つけない様、動けなくなるくらいまで甚振ってやっただけさ」

「そうか……バグ化の様子は?」

「そんな感じでも無かったぜ。だから俺らも訳わかんなくてな」

「わかった。ありがとう」


 ブレイバーがブレイバーを襲うなんて、今の時代よっぽどの事だ。有益な情報を得たサイカは地べたに座り込むエムの元に戻る。


「エム、私はこれから北東の森林に向かう。でもキミは来ない方が良い」

「どうしてですか?」

「バグとの遭遇も考えられるけど、それよりもブレイバーがブレイバーを襲ったと言う現場なんだ。たぶん無事では済まないかもしれない」

「いえ、僕も行かせてください」


 エムはそう言って立ち上がり、今まで見た事が無いほど真剣な表情をしていた。


「私がキミを守れる保証はないぞ。それでも来るか?」


 そんなサイカの問いかけに、エムは力強く頷いた。




 すっかりと日が暮れてしまった頃、サイカとエムは町から北東にある森林に足を踏み入れていた。

 エムは手にランタンを待ち、辺りを照らしながら歩く。


 夜風で木々と葉が靡く音と、虫の囀りが響き渡ってはいるが、人やブレイバーの気配は感じられない。

 サイカは進行を妨げる枝は短剣で斬り落とし、葉を掻き分け、道無き道をエムを連れて進んでいく。


 やがて、あの四人組のブレイバーが歩いたであろう形跡と足跡を発見して、それを辿り森の更に奥へと進む。

 すると激しく争ったと思われる場所に辿り着いた。周囲の木に刃物により付けられた無数の傷があり、至る所に血痕が飛び散っていて、蒸発が始まっている。血の量から、かなりの大怪我を負っている事は間違いないが、無傷で平然としていたあの四人のブレイバー達の物ではない事は明らかだ。


 こんな光景を初めて見たエムは、この世の終わりを見たかのような表情をして、サイカの裾を軽く掴んでくる。

 今度は誰かが倒れていたのであろう、血溜まりをサイカは発見する。そして、そこから血痕が更に森の奥へと続いており、何者かが流血しながら移動したのが分かった。


 サイカはこの先にいる事を確信すると、右手で短剣を構え、ゆっくりと音を立てないように血痕を追跡した。

 どれくらい進んだだろうか、その血痕の先には小さな洞穴があった。しかも中で焚き火をしているのか、橙色の光が漏れている。


「エム、スキルの準備をして」

「はい」

 と、エムはサイカの裾から手を離しランタンを地面に置くと、杖を両手で持った。


 そして洞穴へと足を踏み入れる。

 ニ人は死角からの攻撃を防ぐ為、ゴツゴツした岩壁を背中に、ゆっくりと周りを警戒しつつ歩みを進めた。そこまで深い洞穴ではなく、一番奥の空間、焚き火が行われている場所には思っていたよりもすぐに辿り着いた。


 そこにはニつの人影。

 身体の右半身が結晶化して横たわる女性と、それを見守る傷だらけの男の姿があった。


 サイカはその光景を見て、瞬時に状況を理解する。この男、服装、髪型、横に置かれた槍、全て見覚えがあった。

 サイカは短剣を懐に戻して、刀から手を離しながら声を掛ける。


「タケル」


 その声にタケルは驚きつつも、即座に槍を手に取り、振り向きながら構えた。


「誰だ!」

 タケルはそこに見知った顔がいたので、思わず槍を構える手が緩む。

 タケルは泣いていたようで、目は真っ赤になっており、頬には涙と流血の跡が残っていた。


「何を……している」


 サイカが問いかけるも、タケルはサイカから目を逸らし何も答えなかった。

 だが、そんなタケルの後ろには、結晶化が進んでいる女性が眠っているのが見える。サイカは続けて問う。


「その子は、バグ化が進んでいるブレイバーだな」

「サイカさん。俺はあなたを攻撃したくない。見なかった事にしてくれないか」

「その子はもう末期だ。もうすぐバグになる。その前に本人が自決するか、他のブレイバーの手によってコアを破壊しなければならない。それはわかっているか?」

「ああ! わかってる! わかってるさ、そんなこと!」


 散々悩み苦しんできた結果であると、そのタケルの叫びが物語っていた。

 タケルの大声に反応して、眠っていた女性が目を覚まし、身体を仰け反らせながら激しく苦しみ出した。それを見たタケルは、持っていた槍を地面に落とし、慌てて女性を抱きしめる。


「ごめん、騒がしかったねミリア。大丈夫、大丈夫だから」


 ミリアと呼ばれたその女性は、恐らくエムと同じような魔法使いだったのであろう、ローブを身につけ、近くに杖が置かれている。

 彼女の身体は、結晶化がかなり進んでおり、顔も半分が結晶化していて、見るも無残な姿となっていた。

 落ち着きを段々と取り戻したミリアは、タケルに話しかける。


「タケル……どこ……タケル……」


 既に視力が失われている様で、何とか動かせる左手でタケルを探す。タケルはそんな手を強く握りしめ、

「ここだよミリア」

 と、ミリアに呼びかけた。


 そんな様子をサイカの後ろで、エムは杖を持つ手を震わせてサイカへ質問する。


「な、なんですかこれは……」

「夢世界を失ったブレイバーの成れの果てだ」



 夢を見なくなったブレイバー。

 それは夢主が夢世界での活動を止めてしまった、又は夢世界そのものが無くなってしまった場合などが考えられている。個人差はあるものの、夢を連続で見なくなってから約百日経つ迄に、徐々に結晶化が進行して最終的にバグとなってしまう。これを人間達とブレイバーはバグ化と呼ぶ。

 タケルと親しいであろうミリアと言う女性ブレイバーは、結晶化が進んで末期状態。本来であれば誰かの手により安らかな消滅を与えなければならない頃合いだ。



 サイカは再度タケルに話しかける。


「タケル、君に宿屋のレイラから捜索願いが出たので私は探しに来た。私はキミを連れて帰らないといけないが、時が来るまで待つことはできる」


 タケルは落ち着きを取り戻したミリアを横にさせると、サイカの方に振り返り、

「ありがとう、サイカさん」

 と、お礼を言った。


 その時、ピキッとガラスに亀裂が入った様な音がした。


 タケルはハッとなり、再びミリアに顔を向ける。

 ミリアの右半身を覆っていた結晶が急に進行を始め、音を立て左半身も覆い始めたのだ。


「ああああああ!!」


 そんな悲痛を訴える様な彼女の叫びが、洞穴に響き渡る。そして恐らく彼女の物であろう横に置かれた杖が消滅する瞬間を垣間見た。


「そんな! ミリア! ミリア!」


 タケルは彼女の名を必死に叫び、再び強く抱きしめた。

 だが結晶化は残酷にも彼女の全身をすぐに覆ってしまい、彼女の面影は無くなってしまう。



 バグになる。



 サイカは経験上、この後起きる事を知っていた。刀に手を掛け叫ぶ。


「タケル! 離れろ!」


 だがタケルは離れなかった。抱きしめ続けていた。


「まだだ! まだ何とかなる! いったいミリアが何をしたって言うんだ……ミリアは! 何も悪くないのに!」


 全身が結晶の塊となり、その結晶が青白く光を放つ。そしてドロドロとした紫色の液体が結晶の僅かな隙間から漏れ出し始めていても、タケルは離れなかった。抱きしめ続けていた。

 紫色の無機質な液体がまるで生き物の様に蠢き、結晶化した塊を覆い始める。

 次の瞬間、質量を持った紫の液体は、一部が鋭く長い刃を型取り始めるのが見える。


 それを見たサイカは、

「それ以上は危険だ! 離れろ!」

 と、刀を鞘から抜きながらタケルに再度忠告するが、タケルはミリアから離れようとしない。


 そしてすぐにミリアだった物が作り出した刃は、無残にもタケルの心臓部分を突き刺し貫く事となる。それでも抱きしめ続けるタケル。

 コアを貫かれ破損してしまったタケル。


「ミリア……」


 最後まで彼女の名前を呼び続け、タケルの武器である槍と共に静かに消滅していき、タケルの割れたコアが地面に落ちる。

 既にミリアと言う女性はそこには存在せず、生まれつつあるバグがいるのみだ。

 タケルが消滅する所を見届けたサイカは、悲観に浸る間も無く、すぐにそのバグへと刃を向ける。


 サイカは目にも留まらぬ速さで距離を詰めると、まだ未完成の塊から微かに見えるコアを刀で突いた。


 その刃はコアを見事に貫き、紫色の液体は蒸発を始める。そして露わになる結晶化したミリアだった塊も、サイカの刀に貫かれた状態のまま、静かに消滅して行った。


 そんな中、サイカの耳には、

「ありがとう」

 と言うミリアの声が聞こえた気がした。



 やがて、そこには誰もいなかったかの様にタケルとミリアの痕跡は無くなり、地面に転がる2つの割れたコアと、虚しく消えかけた焚き火の灯りが揺れるのみとなった。

 エムは目の前でニ人のブレイバーが消滅した事に驚愕してしまい、ただ呆然と立ち竦んでいた。

 そしてサイカは納刀して、手慣れた様子でニ人のコアを回収しながら、エムに向け重要な教えをする。


「これが、ブレイバーの末路」


 そんな事を言うサイカの表情は、悲しみを通り越し、冷めている様だった。






【解説】

◆バグ化

 夢を見なくなったブレイバーは、結晶化が始まる。その最終段階まで至ると、バグになってしまうと言う恐ろしい症状。ブレイバー達にはこれを防ぐ手段は無く、夢を見る事を願うしかない。


◆PK

 プレイヤーキラー。オンラインゲーム、特にMMORPGにおいて、他のプレイヤーに対し攻撃を行うプレイヤーを指して言う。

 PKKプレイヤーキラーキラーと言う言葉もあったりなかったり。


◆BBS

 電子掲示板のこと。コンピュータネットワークを使用した環境で、記事を書き込んだり、閲覧したり、コメントを付けられるようにした仕組みのことである。

 今で言うゲームの攻略サイトも同じ部類。


◆タンク・タンカー

 敵の攻撃を一身に引き受けてパーティが敵から受ける総ダメージを減少させる役割を担うプレイヤーの事で、RPGのボス戦では必要不可欠な存在。その性質上、パーティのリーダーを担う事が多い。

 そしてタンクが死ぬと一気に崩壊して全滅するなんて事もある。


◆ヒーラー

 ダメージを受けた味方を回復する癒やし役。どのゲームでもやろうとする人が少ない傾向で、パーティープレイには引っ張り凧になりやすい。

 ひたすら仲間のHPを回復させて倒れない様に管理する立場なので、何かあった時はヒーラーのせいにされがち。


◆お金の単位であるKやMについて

 一K:一千

 一M:百万

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