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ログアウトブレイバーズ  作者: 阿古しのぶ
エピソード3
49/128

49.ジーエイチセブン

 ゲームライターである藤守徹(ふじもりとおる)は人を待つ間、喫茶店の一角に座りノートパソコンで記事を書いていた。

 明月琢磨や高枝左之助から聞いた情報をまとめ、サイカの戦いの記録、異世界の事情を文字にしている。文字数は100万を超えた今となっても、公開する機会はまだ無い。


 喫茶店の壁掛け大型テレビで、芸能スキャンダルの特番が放送されている中、ニューステロップが流れていた。


【昨夜未明、福岡県福岡市博多区の公園で、若い男女の身元不明の死体が複数発見されました。全国規模で同様の事件が起きており、徐々に犯行の頻度が高くなっています。防衛省は都道府県知事から要請があった各地へ、自衛隊の派遣を決定しました。警視庁も事件防止の為に全国的に夜間警備を強化すると発表しております。化物を見たと言う目撃情報も出ておりますが―――】


 連日報道されている事件の放送ではあるが、自衛隊まで出て来たというのは今回初めての動きである。

 警察の領分とされる所へ自衛隊が足を踏み込むのは、それ程大事になって来ているという事だ。


 丁度、サイカが目覚めたとされる頃から謎の通り魔事件や失踪者が増え、ネットワークショックが起きてからは頻度が増す一方である。

 最初は関東だけと見られていたのも、今では北海道から沖縄まで至る所で発生して、国民の不安の声が高まっていた。だが実感も無く危機感の無い、そんな平和ボケした日本人のほとんどが、今日も混乱する事なく日常を過ごしている。


 報道では政府はしっかり動いている事をアピールしつつも、一般市民の目撃情報はそのほとんどがデマや妄言だと上手く情報操作されているのが現実だ。

 そんな現実の裏で、必死に動いている人間達の苦労は計り知れない。


 有り得ない事とは思っているが、異世界からの来訪者があった以上、もしかしたらこちら側の世界に魔の手が迫っているのかもしれないと徹は考えている。

 この記事自体も情報戦略の武器として、目下発射の準備中と言ったところだ。

 情報の自由とはよく言ったもので、今の日本はネットの規制に次ぐ規制により自由はほとんど無くなってきた。ネットの身分証明義務も含め、昔はよくあったネット上での炎上騒ぎは今ではほとんど無い。


 今回はサイカの活動記録を残す為、とある人物から話を聞く為に徹はここにいる。

 徹が待っていた女性は、約束の時間より少し遅れて喫茶店の中へと入って来た。


 ビジネススーツを着た女性、山寺妃美子がコーヒーを手に持って近づいてきた。

 そしてもう1人、同じくスーツを着てコーヒーを片手に持った男性、飯村義孝も一緒だ。


 妃美子1人と待ち合わせしていたので、2人目の登場に徹は驚きつつも立ち上がって挨拶をした。


「初めまして。山寺さん……ですよね」

「はい。初めまして。山寺妃美子です。すみません、少し遅れてしまいまして」

「いえ、大丈夫です。改めまして、ハイパーゲーム通信の藤守徹です」


 互いに名刺を取り出し交換を始めつつ、妃美子の横に立つ男性に目を向ける。


「こちらの方は?」

「刑事の飯村さんです」


 義孝は名刺代わりに警察手帳を徹に見せ、挨拶をした。


「飯村義孝です。成り行きで参加させて頂く事になりました」

「飯村……もしかして……飯村彩乃さんの?」

「父親です」


 3人は席に座り飲み物をテーブルの上に置くと、まずは妃美子が経緯を説明した。


「今日はウチの会社で飯村彩乃さんの手続きがありまして、たまたまサイカの話になったんです。そして事情を良く知る方の取材を受ける事を話したら、参加したいと。ご迷惑でしたか?」

「彼女の父親で、しかも刑事となっては、断る理由はありません」


 徹のその言葉に、義孝はお礼を言った。


「ありがとうございます。今日は娘の退職についての説明を聞きにきた所でして、本当に偶然です」

「退職……ですか。状況が状況だけに、心中お察しします」

「いいんですよ。娘の事で、これ以上会社に迷惑を掛ける訳にもいきませんから」

「娘さんの事は聞いています。その後はどうでしょうか?」


 義孝は残念そうに首を横に振って応えた。


「そうですか……」

「こうして彩乃の事まで知っているのであれば、内部事情を知っているというのは嘘ではない様ですね」

「はい。とは言っても、娘さんのお話は琢磨くんから聞いただけで、容態の事しか存じておりませんが」

「そこまで聞ければ信用は十分です。よろしくお願いします」


 すると妃美子が徹に質問する。


「琢磨くん……って、もしかして明月琢磨くんですか?」

「え? そうですが……もしかして知り合いですか?」

「え、ええ。ウチの元社員でした。なるほど、そういう事だったんですね」


 偶然のめぐり合わせにより、妃美子も明月琢磨がなぜ会社を退職するにまで至ったのか気付かされる事となった。

 お互いに事情を話し終えた所で、徹はノートパソコンを開き今回の目的に入る。


「では、早速ですが本題に入らせて頂きます。山寺さんがMMORPGで出会ったウイルスの話、そしてサイカの事も、詳しくお聞き出来ればと思います」

「はい。あれは先日、私が普段趣味でプレイしているラグナレクオンラインと言うゲームで起きました―――」


 徹は妃美子から、ラグナレクオンラインで起きた出来事の一部始終を聞いた。

 これが今回の取材の目的であり、ウイルスとサイカの活動を記録して行く。



 本来の目的であった取材を終えると、義孝が言った。


「その記事はいつ載せる予定ですか? やはり雑誌で?」

「いえ、私の本業はあくまで新作ゲームのレビューと、ワールドオブアドベンチャーのプレイ日誌や攻略記事がメインです。こうやってサイカと接触した人から聞いた話については、あくまで個人的に記録しているに過ぎません。この事は会社にも内緒にしているくらいで、今の所は記事にするつもりはありませんよ」

「そうですか。昨今起きている殺人や失踪事件の数々、ウイルス騒ぎと彩乃の事に繋がりがあるのではと調べは進めています。連日ニュースで報道されている事件は報道規制で抑えられているし、平和ボケした日本ではまだそれほど混乱は起きていません。ですが……恐らくこれは、2人が思っている以上に事態は深刻です」


 すると妃美子が反応した。


「そんなに大変な状況なんですか? それに、サイカ……琢磨くんは大丈夫なんでしょうか?」

「……こんな小説の世界に放り込まれた様な話、今後どうなるかなんて誰も予想できませんよ。ただ、せめてお二方には、気を付けて頂きたい。この先何が起ころうと、冷静な対処をお願いします」

「琢磨くん……」


 窓の外を行き交う通行人を眺めながら、琢磨の事を想う妃美子。

 その横で、先ほどまで特番が放送されていたテレビは、サイカが出演している飲料水のCMが流れていた。




 徹は簡単な取材を終え、弁当屋で弁当を2人分買って自宅のあるマンションへと帰宅する。

 廊下とリビングは真っ暗だが、息子の部屋の明かりが扉の僅かな隙間から漏れているのを見て、その前で立ち止まった。


「司、飯買って来たぞ」


 すると部屋の中から、藤守司(ふじもりつかさ)の声がする。


「うん。今ボス戦」

「お前、また玄関の鍵掛け忘れてたぞ。最近物騒なんだから、掛けとけって言っただろ」

「ごめん」

「……ま、テーブル置いとくから、勝手に食えよ」

「わかった」


 ダイニングのテーブルに弁当を置き、徹は壁際に置いてある段ボールから缶ビールを1個取り出す。そのままビールを片手に、さっさと自分の弁当を食した。

 その間、ワールドオブアドベンチャーを絶賛プレイ中の司が部屋から出てくる事は無かったが、徹は特に気にする事無く缶ビールを片手に自室へと移動した。


 これが、藤守家の日常。


 徹より一回り年下だった妻は病弱で、司が物心付く前に逝ってしまった。

 昔から人付き合いが苦手だった徹は、テレビゲームやパソコンゲームで遊んではそれをブログで記録するのが趣味。そんなインドアで家事や育児の経験などほとんど無い男が、司を何とか17歳まで育てて来た。


 司があんなに不器用で無愛想な若者に育ってしまったのは、必要以上のコミュニケーションを取ろうとしなかった徹のせいもある。

 最近はワールドオブアドベンチャーという共通趣味のお陰で、親子の会話が増えてきたものの、アニメやライトノベルが大好きという事以外はほとんど理解できていない。

 学校からいつも真っ直ぐ帰って来ては、WOAをプレイする毎日を送っている所を見ると、友達は少ないのだろう。


 そして母親がいない事をどう思っているのかというのも、まだ聞けていない。


 ビールを飲みながら、3人の家族写真が飾られた机の上で趣味用のノートパソコンを開き、すぐにゲームを起動させた。


 ✳︎


 ワールドオブアドベンチャー。

 ゼネティアの居住エリアに位置する場所にあるログアウトブレイバーズギルド所有の建物は、天井が高く、正面に置かれた大きな女神の銅像は少し哀しげな表情に見える。

 50人くらいは集めてパーティーでも開けそうなくらい、無駄に広すぎるその場所にログインして降り立ったジーエイチセブン。


 すると最近ではいなくなったギルドマスターに代わって、毎日の様に定位置に座っているアスタルテの姿があった。

 ジーエイチセブンに気付いて、アスタルテが挨拶をする。


「こんちゃ」

「よう。相変わらずいつもいるんだな」

「まあ……ギルマスが、いつ戻ってくるかもわからないですから……」


 そう言ってる傍で、ジーエイチセブンはシステムメニューを開き、ギルドメンバー情報を確認する。

 ジーエイチセブンとアスタルテの2名以外は全員オフラインになっていた。


「俺も3日ぶりくらいのログインになっちまったが……他のみんなの様子はどうだ?」

「……最近はシロさんも来なくなってしまって、昨日、三人脱退してしまいました」


 そんな風に苦笑いを浮かべるアスタルテは、このギルドに加入して半年ほどである。

 ログアウトブレイバーズではワタアメに次いでログイン率が高く、ワタアメとよく行動を共にしていたし、首都対抗戦イベントでもよく働いてくれる優秀なギルドメンバーである。

 そんなアスタルテにジーエイチセブンは言った。


「もはやここは船長を失った船。ギルドマスターがいなくなったギルドなんて、いつもこんなもんさ」

「ジーさんまで抜けるなんて言わないですよね?」

「……無いよ。このギルドで待つ事が、俺に出来る事だと思っているからな」

「なんか……ありがとうございます」

「とは言え、アスタンよ。ここでずっと待ちぼうけしてるってのはどうかと思うぞ。何の為にゲームをやってるんだ」

「え? ああ、良いんですよ。俺はレべリングだとかレア武器だとかにはあまり興味は無くて、みんなと交流する事が好きなんで。それに、どうせ暇ですから」

「それもネットゲームの楽しみ方……と前向きに考えるのは良いが、今となってはMMOではないジャンルのオンラインゲームの方が、むしろコミュニティ性が高い。失った時間は戻らない。絶望する前に、もっと違った楽しみ方を見つけるべきだと、俺は思う」

「ジーさんは大人ですね」

「大人だからな」

「それでジーさんは、何か分かったんですか? その……ウイルスの事」

「……アスタンは気にするな。俺たちに出来る事は何も無いし、噂をするのもおこがましい事だ」

「でも! ワタアメさんやアヤノさんだって、無関係ではないんですよね!? だってあの時―――」

「それを知った所で、何ができる。俺たちは湖の中にいる河童。陸の上で起きている出来事へ下手に何かしようとしてもな、無力感に覆われ、自信を無くすだけだ」

「ジーさん……」


 シーエイチセブンは新着メッセージの通知音が鳴り、メッセージを確認すると、それはリリムからだった。


【のり弁飽きた】


 そのメッセージにクスッと笑い、そしてアスタンに向かって口を開いた。


「俺たちのギルドは、どうしてログアウトブレイバーズなんて名前が付けられたか知ってるか?」

「いえ、聞いた事ないですね」

「仮想世界からログアウトした先でも、勇者であれ。そんな意味を込めていると、ワタアメは言っていた」

「へぇ。そんな意味が……」

「何れにせよ、ウチのメンバーで連絡が取れる奴には、ログインだけでもする様に伝えた方が良いかもしれないな。ただ待つだけってのはやめよう」

「あ、それだったら、エオさんの連絡先、知ってますよ!」

「エオの? じゃあそっちは任せた。連絡先知らない奴は……WOAのスマホアプリを入れているか分からんが、ダメ元でメッセージを送っておくか」


 ✳︎


 エルドラドから国境を越え、冬の国オーアニルに訪れた3人のブレイバーがいた。

 3人はフード付きの茶色い防寒着に身を包み、辺り一面真っ白な雪道を進んでいたが、案の定バグの群れに襲撃を受けていた。


 雪の絨毯に足を取られながら、走る3人を取り囲み走るバグ。

 バグの数は9体で、それぞれが環境に適した狼の様な四足歩行の動物を模しており、移動速度はブレイバーに勝っている。


 1匹のバグが飛び掛かってきた事に反応して、1人のブレイバーが雪の中に片足を踏み込み、大剣を両手に大きく振るう。

 その一振りでバグは消滅すると共に、勢いでフードが外れ髭面の顔が露わになる。


 ジーエイチセブンだ。


 一体のバグが呆気なく倒されたにもかかわらず、他のバグも次々と飛び掛かって来た為、小回りの利かないジーエイチセブンは大剣を盾にしてその攻撃を防ぐ。

 今度は3体同時に飛躍して来た事で、夢世界スキル《インペリアルソード》を発動。全身から眩いオーラを放ち、3体のバグに重力による圧力を掛け動きを封じる。

 そしてそのまま薙ぎ払って3体のバグを同時に消滅させた。


 そんなジーエイチセブンの後方にいた2人のブレイバーにも、5体のバグが迫っていた。


「エオナ! 行ったぞ!」


 ジーエイチセブンの掛け声に、エオナと呼ばれた1人の女性ブレイバーが応える。


「抜刀」


 左手に持った鎖が巻かれた鞘から刀を抜き、夢世界スキル《乱星剣舞》を発動。瞬間移動に近い速さで、周囲のバグ5体を斬り刻んだ。


 エオナも同じくフードが外れ、白茶色の長い髪が宙を漂わせる。雪の上で足を滑らせくるりと身体を回転させ、周囲に撒き散らせた雪が地面に落ちる頃には納刀していた。


 いまのバグで最後かと思い気が抜けそうになった瞬間、今度はもう1人のハーフマスクで目元を隠し、フードを被った女性ブレイバーの足元に異変が起きた。

 雪が盛り上がり、上にいた彼女は慌てて走りその場から離れようとしたが、雪に足を取られて転んでしまう。


 そして雪の中から現れたのは、大型の人型バグ。


「離れろ!」

 と、ジーエイチセブンが叫ぶが、バグの目の前にいる彼女は足がすくんで動けない。


 その大きさは彼ら人間の5人分に相当する大きさではあり、大きな両腕が倒れているハーフマスクの彼女に向かって動く。

 彼女を守る為、すぐに動いたジーエイチセブンとエオナが突進する。


 彼女を掴もうとする巨大バグの腕をジーエイチセブンが横から豪快に斬り捨てたと思えば、その大剣を足場にしてエオナが大きく飛び上がる。

 空中を舞ったエオナが、落下の勢いを利用しながら身体を回転させ刀で斬り込みを入れた。


 着地を狙ってバグが口から光線を放ってきたので、エオナはそれを横に飛んで回避。

 今度はジーエイチセブンがバグの片腕に殴られ、吹き飛ばされていた。


 次にバグは斬られた腕を再生させ、刀を構えるエオナを狙って両腕で殴り掛かった。

 雪の上でも自在に動き回るそのバグを前に、エオナも負けじと駆け回り対峙する。

 雪が煙の様に舞う中、白い息を吐きながらエオナは迫る拳を3度と避けると、踏み込んだ片足が雪に埋まり、動きが止まってしまった。

 そこを狙ったバグの光線が、エオナの顔を掠める。


 それに動揺する事無く、エオナは手に持った刀と鞘を一旦捨て、埋まった足を両手で抜く。次に放たれた光線は、雪の上を転がって回避した。

 迫る拳も避けてその腕に乗りあがったエオナは、そのまま腕を駆け上がっていく。


 そして先ほど捨てた刀を手元に呼び戻し、抜刀しながらバグの胸元を大きく切り裂いた。

 普通であれば、大体この辺りにコアがあるはずだが……それが無い。


 エオナが地面に着地する頃には、その傷口も再生してしまっており、このバグの驚く程早い再生能力を目の当たりにした。

 この時点でレベル4のバグである事は確定される。


 そんなバグの背後で、ジーエイチセブンが夢世界スキル《ディストーションソード》を発動しており、空へ掲げた大剣から前方一直線に衝撃波を放った。

 雪を左右に巻き上げたその衝撃波が直撃すると共に、バグは音を立てて倒れた。


 そして立ち上がろうとするバグに、エオナが追い打ちを仕掛ける。

 人間でいう頭に当たる箇所を、エオナが斬った。するとそこには林檎サイズの小さなコアが存在しており、エオナの一刀により破損。

 バグは静かに消滅した。


 それを確認したジーエイチセブンは大剣を背中に戻しながら、倒れているハーフマスクの彼女に近づき手を差し伸べる。


「立てるか」


 彼女は頷き、ジーエイチセブンの手を取って立ち上がった。

 その横でエオナが言った。


「ここもバグだらけだな」

「アリーヤ共和国はもっと酷かっただろ。この程度で音を上げるな」

「音を上げてなどいない!」


 ムキになるエオナの横で、ジーエイチセブンは恐怖と寒さで震えた手でフードを深く被り顔を隠す女性ブレイバーに視線を向けた。

 フードの隙間から微かに見える2本の角、そして目元を隠すハーフマスク。


「行けるな?」


 彼女は黙ったまま頷いた。


 するとエオナが周囲にある雪が積もった樹木の陰で動く人影に気付き、再び刀に手を掛ける。

 ジーエイチセブンもほぼ同時にそれを察知していた。


 数は20人はいるだろうか、白いコートで雪に溶け込んだ姿をしている。

 現段階では人間なのかブレイバーなのかを判断する事はできない。


「バグの次は何だ」

 と、ジーエイチセブンも剣を手に取る。



 そして取り囲まれている状況で、男の声がした。


「ここはケリドウェン様の領地! 貴様ら! 何処のブレイバーだ!」


 ジーエイチセブンが答えた。


「エルドラド王国から来て、たまたま通り掛かっただけだ。俺たちはランティアナ遺跡に向かっている」

「ランティアナ遺跡だと? あそこはもうバグの巣となっている! 刺激をするな!」

「お前たちに迷惑を掛けるつもりはない! 通してくれ!」

「迷惑だと言っている! エルドラドへ戻れ! それが領主様のご意向だ!」


 そんな事を言う彼らは、銃や弓を持った者もいるのが見受けられる。

 その言葉を聞いたエオナが抜刀の構えを取っていた。


「話にならん!」

「待てエオナ。この人数差、事を荒立てたくはない」

 と、ジーエイチセブンはエオナを止めると、続けて大声を出した。


「争うつもりはない! ここの領主に会わせてくれないか! 話がしたい!」


 ジーエイチセブンがそう提案すると、彼らも顔を見合わせてどうするか考えてくれているのが見て取れた。


 その矢先の事である。


 今度は黒いコートに身を包み、狐のお面で顔を隠した集団が包囲網の更に外から現れた。黒い集団に付き添う様に、数十体のバグの群れも同時に迫る。


 白コートの集団が黒コートの集団に襲われ始め、瞬く間に乱戦が始まった。


 響く銃声、飛び交う矢と魔法の光、不意を突かれた白い集団は次々と倒されているのが見える。

 優勢の黒い集団はまるでバグと連携しているかの様に動き、その内の一人が無数の手裏剣を投げたと思えば爆発が発生。


 乱戦となった所で、逃げるには好機と見たジーエイチセブンが2人に指示をした。


「走るぞ」


 3人は戦う事なく、混乱に乗じて全速力で走った。

 それを阻止せんと立ちはだかるブレイバーと思われる白いコートの2人が、銃と剣を構えた為、エオナが前に出て刀を抜こうとした。

 だが横からサイの様なバグが突っ込んで来て、銃を持っていた1人が吹き飛ばされた。


 すぐに剣を持ったもう1人がそれを助けようと、バグに矛先を向けるが、更に横から飛んできた大きな手裏剣に身体を真っ二つにされた。

 そうやって開かれた道を3人は駆け抜け、戦線を離脱する。


 走りながらジーエイチセブンは言った。


「めんどくせぇ事になってきたな。ブレイバーとブレイバーの戦いに、バグも混じっている……どうなっているんだこの国は!」


 しばらく走っていると、今度は斜面で2人のブレイバーが戦っている所に遭遇する。

 周囲に魔法の玉を取り巻いた青髪の女ブレイバーが空中を浮遊しており、対面には小柄なドラゴンの様なバグに乗った鬼の仮面を付けた黒コートの男ブレイバー。

 空中で激しい魔法合戦を繰り広げていた。


「次から次へと! こっちだ!」

 と、ジーエイチセブンがその戦いに巻き込まれない方向へと誘導する。


 走りながら空中戦をしている2人の様子を見ていると、女ブレイバーが鬼仮面のブレイバーに魔法を直撃させ、バグ諸共吹き飛ばし地面に叩き付けるのが見えた。

 そして女はジーエイチセブンに目線を向けて微笑むと、あちらに行けと言わんばかりに指を刺して方向を示しているのが見える。

 敵か味方かは判断できないが、どうやらあの女はジーエイチセブン達を襲うつもりは無い様子だ。


 それを見たエオナが、

「いったいなんなの」

 と言ったので、ジーエイチセブンが口を開く。


「わからない。今はただ走るしかないだろう」




 そのまま3人は走り続けていると、雪が降り始めてきた。

 その雪は段々と強くなり吹雪へと変わっていったのは、天候さえも3人の行く手を阻むかの様だ。


 途中で数体のバグと出くわしたが、即座に始末して先を急ぐ。

 森も深くなり、山のふもとに辿り着く頃には、吹雪でほとんど見えない状況となっていた。


 寒さで体力が奪われたハーフマスクのブレイバーは、足の力が入らず崩れる様に地面へ倒れた。

 ジーエイチセブンは大剣を背中に戻し、彼女を起こして肩を貸す。


「頑張れ。戻りたいんだろ、向こうに」


 するとエオナが近くにある崖の側面に向かって指を刺した。


「ジーさん、あそこ」


 エオナの指が示す方向には、吹雪の中で微かに洞穴が見えた。

 ジーエイチセブンとエオナは顔を見合わせ、互いに頷くと、その洞穴に向けて足を進める。




 洞穴は奥深く、内部ではいくつも道が別れ、出入り口は複数ある様な場所だった。

 人工的な要因は無く真っ暗である事から、あまり利用されている場所でも無い様子。

 ジーエイチセブンが剣に光属性を付与する夢世界スキル《ホーリーグラント》を使う事で、大剣を輝かせ、奥へと進んだ。


 丁度良く開けた空間にやって来ると、そこで3人は天候が落ち着くまでしばらく休む事にした。

 ジーエイチセブンは雪で濡れたコートを脱ぎ、軽量な鎧姿となる。同じくコートを脱いだエオナも、身軽さ重視の甲冑鎧を身に付けていた。


 2人がコートを脱ぐ横で、ハーフマスクの彼女だけはコートを脱がず、ただ積もった雪を手で振り払っている。

 ジーエイチセブンは丁度良い岩にハーフマスクの彼女を降ろし、広間の中央に白く輝く大剣を突き立て、そのまま地面に腰を落とした。

 エオナも適当な場所に座ると、ジーエイチセブンに言った。


「あの黒い集団、バグを操っている様に見えた……まさかとは思うけど……ワタアメが言っていたのはこれか……」

「ワタアメの言っていた事は真実だった……か。それにしても、オーアニルは昔から物騒な国だと言われていたが、まさかここまでとは」

「このご時世に内乱など……」

「でもまあ、統率者を失った国なんてこんなもんだろ。時期が悪かった」

「それにランティアナ遺跡はバグの巣になっていると言っていたのも気になる。もし本当ならレベル5のバグがいるんじゃないのか」

「だったら何だ。ここで引き返すか?」

「そうは言うとらん!」

「じゃあ黙ってろ。弱音は吐くな。今はこの状況をどうするかだ。それと、また口癖出てるぞ」

「くっ。いつも面倒臭いと弱音を吐いてるアンタに言われたくない」

「コアが凍ればそれが溶けるまで活動は出来なくなる。くれぐれも雪の中で倒れるなんて事には、ならないようにしないとな」

「それくらい知ってる」


 ジーエイチセブンは懐から地図を取り出し、現在位置を確認する。


「奴ら、ケリドウェンの領地と言っていたが……この辺りか……昔、エルドラドとの戦争で大きな戦いがあった地だな。ランティアナ遺跡までは……まだ半分も来ていない。馬を失った。敵も多い。そしてこの寒さ……」


 そんな事を呟きながら、ジーエイチセブンは震えてるハーフマスクの彼女に話しかける。


「本当に良いんだな? サイカに会いたいなら、まだ引き返せるぞ」


 しばらくの沈黙の後、彼女はようやく口を開いた。


「……私が会いたいのは……サイカじゃない」


 そんな風に答える彼女に、ジーエイチセブンは苦笑した。


「めんどくせぇ女だな。ま、俺たちはただお前を守るだけだ……アヤノ」


 ハーフマスクのせいで表情は分からないが、アヤノは歯を食いしばっている様だった。


 早く帰りたい。

 向こうの世界に帰って、あの人に会いたい。


 そんな思いが、彼女の心の中で渦巻いている。

 事情を何となく理解しているジーエイチセブンは、心配そうな表情を向けている。

 一方で事情を知らないエオナは、知らんぷりな様子だ。



 だがそんな時、エオナはすぐに気配を察知して刀を素早く抜刀。


 迷う事無く入ってきた者にその刃を向けた。

 それを侵入者は中指と親指でつまんで止める。


 侵入者は淡い緑色のドレスに、白を主張した派手で暖かそうなコートを羽織っている。

 そしてロープ編みされた長い長髪にも派手な髪飾り、まるで何処かのお姫様の様な容姿をしたその女は先ほど空中を浮遊して魔法合戦をしていたブレイバーだ。

 吹雪の中やってきたせいか、そのコートには雪が付着しており、戦闘による汚れも窺える。


 そんな女は入って来て早々、エオナの神速とも言える一刀を軽々と指2本で止めてしまった。

 指で挟まれた刀はピクリとも動かす事が出来ず、エオナは驚きの表情を浮かべる。

 そんな事は余所に、女は話し始めた。


「ふふっ。随分なご挨拶ですわね」


 ジーエイチセブンは立ち上がり、剣を地面から抜いて構え、アヤノは急いでその背中に隠れた。

 そしてジーエイチセブンが言った。


「お前は……さっきの……」


 必死になって指から刀を引き抜こうとして力むエオナを余所に、女は話を続ける。


「そなたら、何とも面白い厄介事をこの地に持ち込んでくれたみたいですわね」

 と、目線をジーエイチセブンの背中に隠れているアヤノに向けた。


「誰だ。なぜ俺たちを助ける」

「勘違いしないで頂戴。別にそなたらを助けた訳じゃ無いわ」

「じゃあなぜ戦っていた?」

「わらわの領地で好き勝手してる奴らがいたのだから、当然の処置」

「お前の……領地?」


 すると女は目の前で刀を抜こうと必死になっているエオナを蹴っ飛ばし壁に叩き付けると、そのまま軽々と刀を手に持つ。好きにはさせまいと、エオナはすぐに自分の手にその刀を戻した。

 そんな事は気にせず、女は自己紹介する。


「わらわは、ケリドウェン。この地の領主であり、支配者ですのよ」


 とんでも無い奴に出会ってしまった為、ジーエイチセブンは再び苦笑しながら一言。


「めんどくせぇ」

挿絵(By みてみん)

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