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ログアウトブレイバーズ  作者: 阿古しのぶ
エピソード3
48/128

48.オーメン

 エルドラド王国。

 ミラジスタの町で大きな事件が起き、強力なブレイバーの手助けにより解決した。

 その翌日、ミラジスタに大きな機械仕掛けの人型巨大ロボットであるロウセンに乗ってやって来たのは、エルドラド王国の王女ソフィアと、そのお供であるリリムとケークンだった。


 アーガス兵士長から事の経緯を聞いたソフィアは、まず首謀者であるスウェンの拘禁を命じた。

 更に危険人物であるキャシーに至っては、生半可な拘束は通用しないと判断した上で、あらゆる物を瞬時に凍らせるブリアンという液体を使用した冷凍処置を施した上での拘禁とした。


 その場に偶然居合わせた元ブレイバー隊のミーティアにも軽く挨拶をした後ミラジスタの牢屋に入れられたスウェンや、巨大ホープストーンで狭間と呼ばれる場所へ行ったとされるサイカから話を聞くことが出来た。

 驚くことにリリムとサイカは夢世界で面識があるという偶然も前にした後、世界を揺るがす一大事と見たソフィア達は一度王都へ帰還する。グンター王に報告をした後、重罪人であるスウェンを王都まで移送させる事を命じた。


 しかし、突如として大量発生したバグの群れに襲われ、スウェンの馬車による護送は困難を極める事となる。警護に当たっていた王国兵士やブレイバーに犠牲が出た事で、一時は中止がささやかれたが、グンター王はそれを許さず、順調であれば3日ほどで移動できる距離を約2ヶ月と言う長い期間を掛けて王都へと運ばれた。


 やがて多くの困難を極め、多くの犠牲を生み、ボロボロになった馬車が王都シヴァイへと到着する。

 そして厳重な警護を受けながら、スウェンはエルドラド城の地下にある牢獄の最深部へと移送。元ブレイバー隊隊長であるシッコクが拘束されている部屋の隣へと入れられた。


 スウェンは髭が伸び、ほとんど裸同然の姿で両手には頑丈な木製板状の手錠、足には重たい鉛の足枷、身動きがほとんど取れない状態で、王国兵士にゴミでも投げ捨てるかの様に牢の中へと放り込まれた。

 そして扉を閉じられ、厳重な施錠をする兵士にスウェンが話しかける。


「なあ、俺はいつ処刑されるんだ?」


 だが兵士は何も答える事なく、その場を去ってしまった。


「ちっ連れねぇ奴だな」

 と、スウェンは長旅で疲れた身体を少しでも癒す為、冷たい石床へと腰を落とす。


 ここまで護送される途中、多くのバグに襲われ、犠牲者が出た。

 そんな中で、こんな罪人に命を懸ける必要があるのかと、王国兵士やブレイバーに見捨てられそうになった事も多々あった。

 守ってくれるはずのブレイバーに、殺されそうになった事もある。

 それでも死ぬなら死ぬで、運命を受け入れてやろうと思っていたが、なんとかここまで生きて辿り着いてしまった。


 これはもはや何か神の様な存在に、ここまで導かれたと言っても過言では無い。面白い出会いもあった。


 そう思うと、少しニヤけてしまうスウェンであった。


「はは、ふはははははっ!」


 気付けば大笑いしてしまったスウェンの笑い声が響き、思いっきり笑って満足したところでふっと笑うのを止める。特に誰かに注意されるという訳でも無く、その場にはただ静けさだけが残った。

 それがつまらないと感じたスウェンは、今度は先ほどこの牢に入れられる前に見えた隣の人物に話を振る事にする。壁の向こう側に見えたのは、両腕両脚と首や腰も全く動かせない様に壁に張り付けにされた人物だ。


「なあお前、そんな拘束のされ方をしてるって事は、ブレイバーか?」


 壁の向こう、隣にいるシッコクは、久方ぶりに人に話しかけられた為もあってすぐに言葉が出せなかった。気にせずスウェンは話を続ける。


「ブレイバーは問題を起こせば簡単に処分される。拘束されて生かされていると言う事は、王国にとって重要な存在。それでブレイバーとなると……王国直属のブレイバー隊って所か。時期から考えるに、反乱を企てたブレイバー隊の隊長、シッコクだな?」


 見事に言い当てられてしまったことで、黙って聞いていたシッコクが口を開いた。


「誰だ?」

「当たりか。俺はスウェン。お前が首都で事件を起こしてくれたお陰で、俺の計画は無事成功だ」

「……ミラジスタか」

「ミラジスタの採掘所には、扱いきれず長年隠されていた巨大ホープストーンがあった。それをちょいと利用させて貰ったと言う訳だ」

「何の為だ」

「気になるか? ふっ、全ての元凶はマザーバグ。お前も無関係では無いぞ、シッコクさんよ」

「……何を知っている」

「知りたいか? なら、3回まわってワンと吠えてみろ」

「ふざけるな」

「なんだやらないのか。あー、動けないんだったな。じゃあワンだけでいい」

「……スウェンと言ったか。ログアウトブレイバーズのメンバーだな?」

「元だ。ブレイバー隊が暴れ回ってくれたお陰で、色んな計画がおじゃんになったよ。ありがとな」

「ぬかせ」

「それで、ワタアメには会ったのか?」

「…………」

「反乱が未遂に終わったのは、ワタアメが原因か」

「だとしたら何だ」

「くくっ……ぷっ、ははははははっ!」


 ワタアメが反乱を止めたという事を想像して、急に笑い出すスウェン。

 不審感を感じたシッコクは、その笑いに対して何を言おうともしなかったが、笑いが収まったスウェンが続けた。


「お前も運が悪いな。いや、逆か。どちらにせよだ。俺は今まで幾度と無く虎口を脱して来た。ここに連れて来られるにも、醜く血なまぐさい光景を目の前にして来た。そしてここでお前と会った。こいつは運命を感じずにはいられないね」

「だから何だと言うんだ」

「連れないねぇ。マザーバグ実験。そしてゼノビア。お前が求めている情報……だろ?」

「関係者なのか?」

「関係も何も、当事者の1人だ。どうだ、ワクワクしてきただろ?」


 すんなりと当事者であると話した男の声に、シッコクも胸の高鳴りの様なモノを確かに感じてしまっていた。それはシッコクが何よりも求めている情報、そして人物であり、まさかこの様な形で話す機会が訪れるとは思ってもいなかったからだ。

 だが言葉がすぐに出なかった。壁の向こうにいる得体も知れない男を信用してもいいものか、世迷言ではないかと、シッコクは頭の中で疑念を抱いている。

 そんな事すらも予想していたかの様に、スウェンは続けた。


「どうせしばらく暇だ。話してやるよ。国家機密ってやつを」


 そんな事をスウェンが言った矢先、まるで見計らったかの様にソフィア王女が2人のブレイバーを引き連れてその場にやってきた。


「その話、私にも聞く権利があります」


 薄暗く湿っぽいこの場所には似つかわしくない煌びやかな青いドレスに身を包み、銀の髪飾りに金の長髪をなびかせて、エルドラド王国の王女ソフィアがやって来たのだ。力強い足取りで、2人の牢の丁度中間辺りまで来ると、足を止めた。

 近くで見張りをしていた兵士が、ソフィアに目で合図され、そそくさとその場から退散するのも見える。


 護衛ブレイバーであるリリムとケークンが、フードで顔を隠しながらも周囲に盗み聞きをしている者がいないか警戒をしているが、この最深部にある4つの牢には、スウェンとシッコクしか幽閉されておらず、他に人影も無かった。


 この状況を作り出したのは、ソフィア王女の目論みあってこそである。


「お久しぶりです。シッコク」

 と、まずはシッコクに話しかけるソフィア。


「殿下、この男は危険だ。殿下が話す様な相手ではない」

「貴方に言われたくないです」

「なっ」


 シッコクは言葉を失った。きっぱりとそう言ったソフィアを見て、スウェンは再び笑う。

 すると王女は手に持っていた書物を出して、スウェンに見える様に表紙を見せた。


【異世界への空間移動実験結果】


 それを見て、スウェンは少し驚いた様な表情を見せた後、

「へぇ、あの部屋を見つけたのか。ご苦労なこった」

 と、薄ら笑みを浮かべる。ソフィアは続けた。


「貴方と一緒に捕らえたキャシーという銀髪の女は、この実験で被験体となっていた人間ですね。それに現在行方不明になっているブレイバー、ワタアメも記されています。この貴方が書いた記録に、間違いはございませんか?」

「嘘では無い」

「この、狭間と呼ばれる場所から帰って来れなくなった2人を、マザーバグ実験で救出に成功したと書いてありますが、これはどう言う意味ですか? マザーバグ実験の結果はあそこには置いてありませんでした」

「そりゃそうだ。マザーバグ実験に関する書物は別の奴が持っているからな」

「別の奴?」

「この国にはもういない奴だ。今は関係無い。それで王女様、レベル5のバグが生まれる条件は知っているか?」

「いえ……」


 するとそこまで話を聞いていたシッコクが説明を入れた。


「統計として、優秀なブレイバーがバグ化した際に強いバグが生まれると言われている」

「ご名答。実際に数々の実験が行われた結果、それについては確証を得ている。俺の見立てでは、シッコクはレベル5で間違い無いと思うぜ。ここでバグ化しようもんなら、王都は大騒ぎだろうな」


 今度はソフィアが言った。


「バグ化の事は解りました。それがマザーバグ実験とどう繋がるのです」


 スウェンは語り始める。


「知っての通り、当時のエルドラド王国は俺が担当していた異世界への空間移動実験とは別に、並行してブレイバーの人体実験、延いてはブレイバーの成れの果てであるバグの生体実験も進められていた―――


 グンター王の命により、悲惨な結果を出してしまった空間移動実験が中止となってからしばらく経った時の事。ブレイバー研究所に1人の女性ブレイバーがやって来た。

 そのブレイバーは王国直属のブレイバー隊の隊長で、夢主を失い結晶化が始まっていた。


 聞けば、彼女は自らこの実験に志願したと言う。

 それは当時としてはかなり珍しい事で、しかも数々の武勲を立て国の英雄ともあろうブレイバーなのだから誰もが驚いたし不思議に思った。


 彼女は理由を問われた時に、こう答えた。


『レベル5のバグと対峙して、一度バグに飲み込まれた時、こちらの世界でも無く、夢世界でも無い、もう1つの世界を垣間見た。真理があそこにあり、あの場所にもう一度行くには普通の手段ではダメだ』と。


 だから彼女は、僅かな可能性を信じ、自らを合法的にバグ化させる手段を選んだ。


 しかしバグの生体実験において、バグになってもブレイバーが意思を保っているという前例は無い状況で、正直に言ってしまえば無茶で無謀な事でもある。


 だがそれでも多くの困難を乗り越えて来た彼女であれば、多くの科学者が悲願としていたバグを管理する事が叶うのではないかと、奇跡を信じたくなってしまった。


 するとどうだ。多くの科学者に見守られながら、マザーバグとなった彼女は言葉こそ話す事が出来なかったが、人やブレイバーを襲う事は無かった。


 彼女の意思が残っていたんだ。

 無数の触手を自在に操り、動物を撫で、人を優しく抱きしめる事すらやってのけてしまった」


「ちょっと待ってください!」

 と話に割って入ったのはソフィアだった。ソフィアは続ける。


「ではそのマザーバグは……味方だった……と言う事になるのですか?」

「そうだ。マザーバグが持つバグを操る能力も健在。周囲のバグを統率する事も可能としていた。まさに奇跡だ。バグに恐怖する時代に希望の光を見せてくれた訳だ」


 その会話を大人しく聞いていたシッコクも口を出した。


「解らないな。ゼノビアがそんな奇跡のバグになったのであれば、なぜブレイバー研究所は放棄されたんだ」


 ソフィアも続く。


「そうです。ワタアメやキャシーの話とどう繋がっていくんですか?」


 2人の質問に対して、スウェンは再び語り出した。


「当時、ブレイバー研究所に保管されていた巨大なホープストーンがあった―――


 それは異世界への空間移動実験の為に保管されていたホープストーンだ。

 マザーバグはそれに興味を示していてな。

 理由は分からなかったが、ある時からホープストーンが魔法陣も無しに輝きを放ち、マザーバグもそれに引き寄せられる様に反応していた。


 もしかしたら、彼女が見たと言うもう1つの世界、狭間に何か関係があるのかもしれないと予測した。

 そして科学者の誰もが、彼女が更に奇跡を起こしてくれるのではないかと期待し、そのホープストーンとマザーバグを引き合わせる事を実行した。


 その実験に俺も立ち会ったからよく覚えている。

 マザーバグはそのホープストーンを取り込み、融合したんだ。


 その様な現象は初めて目の当たりにした。

 誰もが次に起こる奇跡に期待で胸を膨らませていた。


 ホープストーンと一体となったマザーバグは、神々しい光を放ちながら、数日間動かなくなった。

 産卵期間を迎えたといった様子で、ほとんど動かなくてな。それどころか、根を生やし、まるで一本の樹木になるかの様な変異を見せていった。

 その姿は恐らく、シッコクも見た光景だろうな。


 そんな状況になってから、約2週間程が経過したある時、唐突に次なる奇跡が起きた。

 マザーバグが突然動き出したと思えば、まるで子供を産むかの様に体内からブレイバーと人間を排出したんだ。それが空間移動実験で消息不明とされていたワタアメとキャシーだ。


 ワタアメはほとんど変わらぬ姿ではあったが、人間であったキャシーは赤髪だった髪が白くなり、実験前の記憶がほとんど欠落した状態だったよ。

 俺を愛していると言っていたキャシーでは無くなっていた。


 ワタアメは記憶こそ残っていたが、少々様子がおかしかったな。

 口調が変わり、まるで地獄を見て来たかの様な、そんな様子だった。


 そこで2人の証言から確証に至ったのが、狭間の存在。そして狭間に存在する何か。

 マザーバグのお陰で救われた2つの命と、そして見えてきたブレイバーという謎の存在を解く鍵。


 それからマザーバグは魔法陣も無しにブレイバーを産み出すと言う能力にも目覚めていた。


 そんな出来事を切っ掛けにして、やはり空間移動の実験は再開した方が良いのではないかと、グンター王に打診が行われ始めた矢先の事だ。


 マザーバグが暴走を始めたんだ。


 警護に当たっていたブレイバーは皆バグにされ、多くの科学者が殺されていった。

 俺は研究所から逃げ出す時、被験体のブレイバー達を次々と繭で包んでいかれるのも見た。


 そう、あれはまるで……マザーバグが人間からブレイバーを庇護するかの様に俺は見えたね」


 そこまで語り終えたスウェンは、悲惨な光景を思い出し、何処か悲しい表情で壁を見つめていた。


「それが、お父様が隠していた実験の全貌という訳ですか」

 と、ソフィアは近くにあった椅子に腰を下ろした。


 壁越しに話を聞いていたシッコクも、あの時戦ったマザーバグの生い立ちを聞き、薄ら笑みを浮かべスウェンに問いかける。


「ゼノビアはどうだった」


 どうだったという質問は、かなり広い意味を持っているが、スウェンはすぐに何かを察した。


「曇り無き力強い眼。まるで物語の主役の様な、良い女だったぜ」

「ふっ、そうか」


 シッコクは笑った。

 それこそ数か月ぶりに零れた笑顔であったが、顔に取り付けられた拘束具となる仮面のせいで、顔が見える位置にいたソフィアであっても、その顔を見る事は叶わなかった。

 するとソフィアが気になっている事を口にした。


「マザーバグの事は分かりました。貴方がミラジスタでやった事と、その事は何か関係が?」


 スウェンは横目でじっとソフィアの顔を見つめ、何かを考える。


 しかし何も言おうとしない為、痺れを切らしたソフィアが、

「な、なんですか」

 と少し恥ずかしそうに問う。


「王女様はミラジスタで、サイカと話したんだったか」

「え、ええ。少し」

「シュレンダー博士の事は何か聞いているか」

「ええ。狭間を超えて、夢主の世界にまで行ったと聞いています」

「そうか……行ったか……くくっ……そうか……」


 今度はスウェンが泣いているかの様に、抑え気味で笑った。ソフィアからの情報は、スウェンの今までの努力と犠牲が全て報われたと言っても過言では無い物だったからだ。

 そして上機嫌になりながら、スウェンは急に立ち上がり、叫んだ。


「来るぞ! 動き出すぞ! 世界が! 希望の光が見えた!」


 上半身裸の男が唐突に言った台詞に、その場にいる誰もが呆然とした。


 ✳︎


 この日、琢磨が住むマンションの一室には5人が集まっていた。

 明月琢磨と異世界人の明月朱里、スペースゲームズ社の高枝左之助とその部下である笹野栄子。そして全員がスマートグラスを掛け、その視界には5人目となるサイカの姿も見えている。


 普段、琢磨と朱里が食事を食べるテーブルには左之助が腰をかけ朱里が作った書類を読み、栄子はリビングの壁に飾られたサイカの動く電子ポスターを眺め、朱里はソファで砂糖をふんだんに入れたコーヒーを口にしている。そんな朱里の向かい側、大型テレビの前でクッションの上に座っていた。


 なぜ一同がここに集まったかと言えば、朱里が落ち着いた頃に改めて異世界の事情を聞くという計画が始動したからである。


 朱里も快く協力してくれ、ご丁寧にパソコンを使って資料まで用意してくれたという次第だ。

 まるで小説の設定資料の様な書物に目を通しながら、異世界の歴史、ブレイバーとバグがどうして生まれたか、どんな世界なのかを丁寧に説明をしてくれた。

 そして最近の出来事とも言える、マザーバグの真相が語られた時、当事者とも言えるサイカは驚きを隠せずにいた。


 エルドラド王国の英雄とされるゼノビアが、マザーバグとなり2つの命を救い出したという事実は、対峙したサイカにとって鋭く胸に突き刺さる事だった。


「―――という訳だ。これがわしがスウェンから聞いた真相の全てだ」

 と、自身が異世界から転移してくる所まで全てを話し終えた朱里は、甘いコーヒーの入ったマグカップを両手に持って口に運んだ。


 最初に口を開いたのは栄子だった。


「エルドラド……確かスペインに伝わる伝説上の土地名ですよね」

「それについてはわしも驚いておる。黄金郷と言ったか。まさかこっちの世界にもエルドラドと言う名前があるとは思わなんだ」


 それを聞き、今度は琢磨が疑問を投げる。


「じゃあこの世界と、異世界では何か繋がりがあるということなのか?」

「んー、それはどうだろうな。歴史に齟齬があるし、同じ世界とは言えない。でもサイカの存在や、わしがここに来てしまっている以上、無関係とも言い難い。こればかりは、神様の悪戯って奴なのかもしれないな」


 次に左之助が話す。


「その神様と言うのは、狭間にいたという管理者か?」

「そう。全ての出来事の中心は狭間だ。事の解決にはあの場所をどうにかしないといけない」


 そしてサイカも口を出した。


「シュレンダー博士。でも狭間はそんな簡単に行ける様な場所では無いぞ。それに、あのバグの数。博士も見ただろ」

「だからこそ、わしはここにいる」

「どういう事だ?」

「お前がそっちの世界に戻され、わしがこっちに来たというのは恐らく偶然では無い。あの管理者はこれから起こるであろう事を見越した上でそうしたと見ている」

「なぜそう思う?」

「あいつは言っていただろう。答えはすぐに分かる……と。あれが全知全能の神とするならば、わしの目的も、サイカの願いも、全て知った上での異世界送り。サイカ、お前ものんびりしている暇は無いぞ。そっちではバグが活発化してきているのだろう?」

「ああ、町の外はバグばかりだ。それに、私の身体も変だ……このままではいけないと分かってはいるけど、何をすればいいのかが分からないんだ」

「スウェンはどうした?」

「捕まって王都に移送された」

「ふむ……そうか。ならばサイカ、お前は王都に向かうべきだ」

「王都に?」

「スウェンは世界を救う為に、何年も掛けて計画をしてきた。ワタアメと同じ異端ブレイバーが現れるのを待っていたらしくてな、それがお前だった。あのテロ事件はな、起こるべくして起きた事なんだよ。そしてまだ前準備と言ったところだ」

「私の……せいだと言うのか。あんな多くの犠牲を生んだ痛ましい出来事が……私の……」


 俯くサイカをスマートグラスのレンズ越しに眺めながら、朱里は話を続けた。


「そう悲観する事は無い。お前は巻き込まれたに過ぎないんだよ。だからこそ、一度片足を突っ込んでしまっている今だからこそ、両足突っ込んで、両手も突っ込んで、最後は全身でダイブするくらいの意気込みを見せる時だとわしは思うぞ。立ち上がって、自分が望むような状況を探し回り、もし見つからなければそれを創り出せる。あの男は……スウェンは、それが出来る男だ」

「信頼しているんだな、あの男の事を」

「信頼はしていない。理解しているだけさ。あいつは人殺しという余計な事までしてしまったからな。馬鹿だと思ってるし、人間としては見下している」


 そんな事を言いながら、朱里は両手に持っているマグカップの中を覗くと、いつの間にかコーヒーが無くなり、底が見えていた。


「琢磨、おかわり」

 と、目の前に座る琢磨へマグカップを渡す。


「お前なぁ……」


 琢磨は呆れ顔になりながらも、立ち上がってマグカップを受け取り、キッチンに向かって歩き出した。

 それを見送りながら栄子が朱里の横に座りつつ、今の話を促した。


「サイカさんは、そのスウェンと言う男に会って何をすればいいのですか?」

「まずはこれからの事を聞いてみると良い。そしてあとは、わしとの伝言役の様な事を頼みたい」


 サイカが首を傾げる。


「伝言?」

「そうだな。順調だと伝えてくれ」

「それだけか?」

「ああ、それで十分だ」

「分かった。善処してみよう。私は王都に向かうよ」

「気を付けろサイカ。もうそろそろ、束の間の休息は終わり、これから崩壊が始まる。そしてもう1つのピースがまだ見つかっていない事も懸念すべきだ」


 琢磨が熱々のインスタントコーヒーを淹れたマグカップを持ってきて、朱里にそれを渡しながら問う。


「もう1つのピース?」

「狭間で一度は揃い、そして散らばった3つのピース。わし、そしてサイカ、もう1つは……アヤノだ」

「何か見当が付いてるのか?」

「よく考えてみろ。狭間でわしとサイカが見たアヤノの魂は、こっちの彩乃の中身だろう。あの狭間にいた化け物がそれを持っていて、ワタアメが奪い取った所に居合わせた。あの出来事から色々な事が解る。1つはあの化け物は彩乃の魂を特別視している。それはきっと、何かの鍵なのだろう。そしてもう1つは、現状維持を好んでいたと思われるワタアメが、あんなに焦っていたという事は、それは世界のバランスを崩す大きな鍵だからだ。そしてもう1つ、その魂はゲームキャラクターの姿をしたアヤノに入ったのを見た。魂無きブレイバーの器に入れられた事と、こっちの世界の彩乃は目覚めていない事。そこから導き出される答えは――」


 左之助が割って入る。


「ブレイバーになっている可能性が高い。そして飯村彩乃と言う女性の魂は、バグの親玉、サマエルが欲しがる重要な物で、それが何かの架け橋になる。アヤノが今いると思われる場所は異世界……と言う事か」

「そうだ。だからサイカ、もうやる事は分かったな?」


 サイカは頷いた。


「分かった。私も落ち込んでばかりいられないな。琢磨」

「なに?」

「色々気を使ってくれて、ありがとう」

 と、改めて感謝の意を表し、そして頭を下げるサイカ。仲間を失い傷付いているのを気遣ってくれていたのは、サイカも感じ取っていたのだ。サイカは頭を上げ話を続けた。


「私はもう大丈夫だ。アイドル活動も再開させてくれ」

「いいの?」

「勿論だ。早速私も向こうで行動を開始したい。今回はこれでログアウトさせてくれ」

 琢磨は左之助の顔を見ると、頷いたので同意と捉える。

「わかった。そっちの世界はこっちよりも物騒みたいだから、気を付けるんだよ。サイカ」

「ありがとう」

「それじゃあログアウトするね。また今度」

「ああ」


 そんな会話をした後、琢磨はスマートフォンを取り出し、スマートグラスで起動しているサイカ用に作られた特製アプリのログアウトボタンを押す。

 すると、スマートグラスに映っていたサイカの姿が静かに消えていった。


 そして残った4人はそれぞれ、スマートグラスを顔から外して思い思いの場所にそれを置いていったが、朱里だけはなぜか外さずに甘いコーヒーを飲み続けていた。


 琢磨はサイカがいなくなった事を切っ掛けにして、サイカの前では言えない事を話し始めた。


「……サイカに頼るしかないという状況、どうにかしないとですね」

「そうですね」

 と、栄子も琢磨に同意した。


 すると左之助は読み終えた書類をテーブルの上で綺麗に積み重ね、立ち上がって琢磨の前まで近づいて来た。


「琢磨くん、良い知らせと悪い知らせがあるが、どちらから聞きたい」

「え?えっと……良い方で」

「狭間に行く作戦準備は整いつつある」

「え、そうなんですか?」

「バーチャルアイドルの活動、そしてサイカのコラボを経て、今では多くのゲーム会社からの協力を得て貰っている。方法についても出来上がっている。これは大きな成果だ」

「その、作戦の実行は……」

「それについては、こちらから仕掛けるのは無理と見ている。あくまで第二次ネットワークショックが起きるのを待つしかない」

「でもそれだとまた犠牲者が出るのではないのですか?」

「多少はな。だがあの時の様な失態は繰り返さない」

「……分かりました。でもサイカには、極力危ない目に合わせないと、約束してください」

「無論だ。それで、次の悪い知らせだが……」


 そんな会話を聞いていた朱里が口を挟む。


「アヴァロン」

「なんだ、知っていたのか」

「SNSで噂になってたからな。情報隠ぺいが遅いんだよ日本政府は」


 左之助と朱里が何を言ってるのか分からない琢磨は、

「なんなんですか?その……アヴァロンって……」

 と質問をしたが、朱里は後は勝手に話せと言わんばかりにマグカップを目の前のテーブルに置いてソファに横になってしまった。


 琢磨は左之助に目線を向ける。


「世界的に有名なハッカー集団だ」


 ハッカーとはシステムやネットワークの内部に通じ、脆弱性を突いてその上を行く事を喜びとする人の通称。集団という事はそんな常識外れな者達のグループだ。


「ハッカー集団って……」


 そんな人たちとサイカに何の繋がりがあるのかと、心配そうな表情を浮かべる琢磨に左之助が説明する。


「彼らはコンピューターウイルスサマエルの解析に躍起になっていると聞いていたが、どうやらサイカの秘密に気づいてしまったようだ」

「秘密って言うのは……ネット世界で生きてるって事が?」

「そうだ。そしてSNSを中心に犯行声明が出された。サイカを頂く……と。情報の拡散は日本を始めとする各国の情報機関が何とか防いでいる状況だ」

「大丈夫なんですか?」

「幸いにもアヴァロンという組織自体がそれほど有名じゃ無い事や、ネット上での身分証明が一般化した今だからこそ、爆発的な拡散が防げているとも言える。昔の日本であれば危なかったな。もしもの対策として凄腕のホワイトハッカーを雇い入れ、防衛準備もできている……が、未知数だ。アヴァロンの実態は掴めていない。だからサイカの活動は控える方針になるだろう。幸いアイドル活動については撮り溜めしていた素材と、映画でも使われた最新CGと音声合成で何とかしていく予定だ。懸念事項は……プログラムサイカでも対処ができないウイルスの対処だな。こればかりはサイカを出すしかない」

「そんな……ホワイトハッカーって」

「どちらにせよ、今まで通りとはいかなくなる」


 驚き唖然としている琢磨の横で、栄子が真剣な眼差しを向け追加情報を述べた。


「その犯行声明で、彼らは合言葉の様にこう言っていました。()()()()と」


 それは、これからよくない事が起きる前兆と言う事である。

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