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ログアウトブレイバーズ  作者: 阿古しのぶ
エピソード3
47/128

47.オリガミ

 サイカは温度を感じる。

 ダンジョンの空気も、風の音も、オブジェクトを触った感触も、食べ物系アイテムを口にした時の味も、野に咲く花の匂いも、サイカには伝わってくる。

 それに関しては現実と夢の区別が無いのだ。


 だからこそ、サイカにとってはどちらも現実であり、どちらも夢の様な感覚となっている。夢世界ワールドオブアドベンチャーでの活動が多くなったサイカは、その区別が段々と出来なくなっていた。


 そんなサイカは、琢磨が操るとされるメイゲツという少年大魔導師に肌を合わせた時、気付いてしまった。


 サイカは咄嗟にメイゲツから手を離し、すぐにメイゲツの手を握る事で再確認する。


 驚いた表情を見せるサイカを前に、メイゲツが口を開いた。


「サイカ、どうしたの?」

「これって……」


 そう言って、サイカはすぐに後ろに立つオリガミやアマツカミの手を握って確認した後、もう一度確かめる様にメイゲツの手を握る。


「やっぱり……」


 何かを確信した様にしているサイカへ、もう一度メイゲツが話しかけた。


「どうしたの」

「温度を……感じないんだ」

「温度?」

「オリガミも、アマツカミも、肌に触れると暖かい。でも琢磨、このメイゲツにはそれが無いんだ」

「もしかして、体温の事を言ってるの?」


 琢磨達にとっては、ゲームでキャラクターに体温があるなど有り得ないと思える事で、こればかりはサイカにしか分からない事だ。


 サイカに手を握られた上に琢磨を前にして、照れて蹲っているオリガミの横で、何かを察して質問をしたのはアマツカミだった。


「体温か……なあサイカ」

 と、名前を呼ぶと、サイカとメイゲツの2人が顔を向けた為、すぐに言い直す。


「ごほん。えっと、メイゲツ。確かそのキャラクターは運営会社から特別に作ってもらったと言っていたな?」

「ああ、そうだけど」

「いきなりレベル120で、装備も最初から揃った特別なキャラクターと言う訳だな?」

「うん」


 今度はアマツカミがサイカに目線を向ける。


「サイカ、この世界のNPCキャラクターに触った事はあるか?」

「ある」

「体温は感じたか?」

「……無かった」

「他のプレイヤーはどうだ。ミケや、ハンゾウなんかは」

「あまり意識した事がなかったから分からない。でも確かに、温かい人とそうでない人がいる……アヤノも無かった……と思う」


 サイカだけでなく、その会話を聞いていたメイゲツも体温の秘密に気付くに至っていた。


「心が宿っていない……と言う事か」

 と、メイゲツは自身の手を見る。そんな中、アマツカミは話を続けた。


「キャラクターが使用された期間、密度、又はプレイヤーの愛情か。それに比例しているのかもしれないな」


 アマツカミのその言葉に、屈んでいたオリガミが立ち上がった。


「待って! じゃあもしかして、あたしもアマっちゃんもブレイバーとして存在してる可能性あるって事じゃん!」

「恐らくな。あるいはまだブレイバーとして誕生する前か……」


 そこへ異議を申し立てるのはサイカだった。


「前にシノビセブンのみんなを探した時はいなかった。それは無いはずだ」

「それはどうやって探したんだ?」

「ブレイバーズギルドだ」

「ギルド……こっちで言う役所の様な場所か?」

「役所とは何だ?」

「こっちの話だ。聞いた話では、サイカの世界も広い世界と聞く。まだ存在していないと決めるには早計かもしれないぞ」


 そう言うアマツカミの腕に抱えられていたパーラーフェアリーが抜け出して、サイカの周囲を飛び始めた。それはまるで青い蝶が、花の周囲を飛び回るかの様で、妖精の羽根から零れる青い光がキラキラと輝いている。

 すると、サイカの目の前にシステムメッセージが表示された。


【パーラーフェアリーを受け入れますか?】

【はい】

【いいえ】


「琢磨、これって……」

 と、サイカはメイゲツを見た。


「報酬って言うのは、この妖精NPCの事だったのか」

「ど、どうすればいいんだ私は」

「サポートフェアリーは僕も初めて見る。サイカが良いなら、受け入れればいいんじゃない? メニューの操作はできる? 僕がやろうか?」

「わかった。大丈夫」


 サイカはシステムメッセージの選択に意識を集中して、【はい】を選択した。


【パーラーフェアリーを従えました】


 自身の回りを飛び回る妖精NPCを見て、サイカは思わず手を出す。するとサイカの手の平をベッドにするかの様に、パーラーフェアリーが寝そべって来た。それを見てサイカは少し微笑んでしまう。


 だけど、その妖精から温度は感じなかった。


 ※


 平日の昼間だというのに、駅前では多くの若者が行き交っていた。

 道行く人々を眺めながら、巨大なサイカ電子ポップの前で人を待つのは増田千枝。白のTシャツに淡いピンクのタイトスカート、腰巻きカーディガンを合わせ、お洒落なコーディネートで気合を入れてきた。


 千枝にとっては明月琢磨と会うのはオフ会以来これで2度目で、少し緊張した面持ちを隠せずにまだかまだかと辺りを気にしていた。ただ正直に言ってしまえば、2ヶ月以上経ってしまっている為、あまり琢磨の顔は覚えていない。

 とは言え、千枝は待ち合わせのこの場所まで1時間も早く到着してしまったので、スマートフォンで音楽を聴きながら友人とメッセージのやり取りをして時間を潰していた。


【これ、この前のお礼】

 と、マーベルから画像データが送信されてきた。


 それはサイボーグ姿のオリガミで、背景はピンク色を主体とした可愛らしいイラストだった。


【うひょー! なにこれすごい! ありがとう!】


 オリガミはそう返信しながら、手馴れた指使いでその画像を保存して壁紙に設定した。


【それよりオリガミ、この前貰った武器、なんなの。全然使えないんだけど】

【記念品なんだからいいのいいの。大事に持っててー】

【なんかよくわかんないけど、そっちも大変そうだね。頑張って】

【ぬふふ、でもね、これからデートなんだ】

【えっ】


 そんなメッセージのやり取りをスマートフォンでやっている千枝に、

「おまたせ」

 と、いつの間にかすぐ目の前まで来ていた琢磨が話しかける。


 しかし大きめな音量で音楽を聴いている為、気付いていない。

 ロング丈Tシャツに青のジャケット、黒スキニーパンツと茶色のポストマンシューズといった組み合わせで、トートバッグを肩から掛けた琢磨は少し姿勢を低くする。

 千枝のスマホを見つめる視界に、琢磨の顔が映り込み、そして千枝に向かって微笑みながら手を振ってきた。


「……えっ……わあああああああっ!?」


 突然な琢磨の登場に、千枝は驚きスマホを落としそうになりながら、手の平で何度か飛び跳ねさせた後に無事キャッチした。

 すぐに音楽を止め、耳に付けていたワイヤレスヘッドホンを外し、スマホと一緒にミニバッグへ押し込む様に入れた。


「た、たたた琢磨しゃんっ!」


 顔を赤くして、目線を左右に泳がせる千枝。琢磨はそんな千枝にもう一度話しかける。


「おまたせ。えっと……増田千枝さん」

「は、はいっ! 増田千枝です! 全然待ってません! 千枝でいいです!」

「あのオフ会以来だね。元気そうで良かったよ」

「はい……ありがとごじゃいます……」

「とりあえず、行こうか」

「あ、はい」


 琢磨が率先して歩き出すと、千枝も続けて歩き出す。

 背の低い千枝にとって、琢磨はとても高く、横を見れば琢磨の二の腕辺りが見えた。憧れの琢磨が横を歩いているという幸福感に、千枝は思わず頬が緩む。


 うららかに晴れた秋の日、今日は絶好のデート日和である。


 駅から目的地である大型ショッピングセンターに向かって歩き始めると、何かを思い出したかの様に琢磨が足を止めた。


「あ、そうだ」


 トートバッグに手を入れ、メガネケースを2つ取り出すと、その1つと片耳だけの小型ワイヤレスヘッドホンマイクを千枝に渡す。


「はいこれ」

「えっと……これは?」

「スマートグラス」

「へ?」


 ケースを開けて見ると、小型カメラが縁に取り付けられた、最新のスマートグラスが折りたたまれて入っていた。そんな物を突然渡され、きょとんとした顔になる千枝。


「掛けてみて。度数は入ってないから」

「は、はい」


 2人はスマートグラスを耳に掛け、イヤホンマイクを右耳に入れた。千枝は初めて眼鏡と言うのを掛けたが、視界に入る眼鏡のフレームが少し気になる。


「ここにスイッチあるから、長押ししてみて」

 と、琢磨が眼鏡のテンプルとフレームを繋ぐ丁番辺りにある小さなスイッチの場所を教える。


 千枝がそのスイッチに人差し指を持って行って3秒程触れると、スマートグラスが起動した。日付や時刻、今いる場所の天気予報と気温、最後にバッテリー残量の情報が順番で浮かび上がり、そして消えた。


「おおお! 最、先、端っ!」


 スマートグラスはやっと普及が始まってきた程度で、まだまだ高級品である。スマートフォンと比べれば値段は倍以上で、とてもじゃないが誰もが持っているのが当たり前となるにはまだ時間が掛かる。


 そんなスマートグラスを初めて体験した千枝は、驚きながらもレンズ部分を指で触ってみるが何も表示されなかった。スマホと同じ要領で操作が出来ると思った千枝は首を傾げる。


「ちょっと待ってね」


 琢磨はバッグから画面に亀裂が入ったスマホを取り出し、指で何かを操作した。

 すると千枝の目の前に、ワールドオブアドベンチャーの文字が浮かび上がり、消えたと思えば、サイカの顔が映る。


「どうも」


 そんな事を言って手を振ってくるサイカ。それはまるで目の前にサイカがいるかの様な、リアルな姿が映し出されていた。サイカの周りには、先日手に入れたパーラーフェアリーが舞っている。


「すごっ! なにこれっ!」


 続いて琢磨が説明した。


「バーチャルラブライフって言うスマートグラス向けゲームの技術を使っているらしい」

「あ、聞いたことあります! バーチャルな女の子とリアルデートできるって奴ですよね!」

「そう。あんまり詳しい事は知らないけど、このスマートグラスはサイカの為に作られた特別仕様なんだ。フレームに付いてる小型カメラがサイカの視界にもなってる」

「凄いです! サイカもいるデートってこう言う事だったんですね!」


 千枝は嬉しそうな顔を琢磨に向け、琢磨と目が合うと、急に恥ずかしさが込み上げて来て目線を逸らす。


「あの、えっと、ごめんなさい……」

「あ、いや、いいんだよ。なんだかごめんね、こんな事に付き合わせちゃって」

「大丈夫です! 嬉しいです!」

「タメ口でいいよ。千枝ちゃん」

「は、はいぃぃぃ」


 恥ずかしさで顔を俯く千枝だった。すると黙って2人のやり取りを聞いていたサイカが言った。


「どうしたんだ?」


 琢磨がそれに答える。


「ううん。大丈夫。それよりサイカ、2人の視線がそっちで見えてるはずだけど、良好?」

「ああ。オリガミの目線は……なんと言うか、下ばかり向いてるな」

「あわわわわ。すみません!!」


 目の前に見えるサイカに向かって、ペコペコと頭を下げる千枝。

 琢磨はそんな千枝に目線を向け、顔をカメラに映してあげながら改めてサイカに紹介した。


「この子が、オリガミの中の人、夢主と言った方がいいのかな。千枝ちゃんだ」

「ど、どうも、初めまして! ……なんか、変な感じだね……へへ」


 サイカはそんな恥ずかしがる小柄な女の子を見て、微笑みながら言った。


「初めまして……だな。サイカだ。随分と印象が違うけど、キミがオリガミなんだね」

「うん。よろしく……ね」


 上目で前を見れば、そこにはサイカの姿、そしてその向こうに琢磨の顔が見える。目の前に2人のサイカの姿が重なって、それは千枝にとって天国の様な、キラキラとした光景だった。


「さ、行こうか」

「うん!」


 そして2人は歩き出す。ここから大型ショッピングセンターはすぐそこである。



 サイカに元気を出して貰おうプロジェクト。

 琢磨はそんな風に考えている。先日のメイゲツとして接触するのは少し失敗だったが、今回こそは成功させねばならない。


 まず、最初の目的は映画だ。


 その映画の名は『ブレードオブサイカ』。

 サイカが主役のアクション映画であるが、もちろん最新CGとアニメーションで再現されたサイカであり、本物では無い。この作品は、複数の大手アニメ制作会社が総力を結集して僅か2ヶ月で作られたとされ、唐突に上映が決まったビッグタイトル。

 今度は戦国時代とコラボすると謳った今作、キャッチフレーズは『その刃は何を見るのか』。


 その映画を見る為に、都内でも有名なショッピングセンターへとやって来たのだ。

 複数の小売店舗や飲食店、美容院、旅行代理店などサービス業の店舗も入居するこの商業施設は、行き交う家族連れやカップルで賑わい、大きなスクリーンに映し出される館内案内が目立っていた。


 そんなショッピングセンターの4階にある映画館の受付で、受付の機械を操作する琢磨だったが、予定していた上映時間の席は満席。仕方なく1つ後の上映時間で、チケットカードを購入する事となったが、真ん中辺りの良い席が取れた。


 3人は予定を前倒しにして、次は1階にあるワールドオブアドベンチャーのグッズショップへと足を運ぶ。

 このショッピングセンターを選んだ理由は、ここにグッズショップがあるからで、千枝がどうしてもここが良いと言ってきたからだ。


 ワールドオブアドベンチャーのグッズショップは、思っていたよりも広く、そして人も多かった。そしてやはり目立っているのは、バーチャルアイドルのサイカグッズである。

 サイカもまた、その見慣れぬ光景を興味津々と言った様子で見渡している。このショップにいる誰もが、まさかサイカ本人がこの場を見ているなんて思いもしていないだろう。


「へぇ、凄いな」

 と、琢磨は圧巻な商品の数々に目を奪われた。


 その横で、千枝はお目当ての商品を見つけた様で、ショーケースに釘付けとなっていた。


「きたーーーー! サイカの6分の1スケールフィギュアの最新版! しかもしかも! 肌の質感をシリコンで再現した映画公開記念の特別モデル!」


 それを見たサイカも反応した。


「これ、私か!? なんだかむず痒いな」


 自分のフィギュアを見ると言うのは、さぞ可笑しな体験だろう。琢磨も千枝に続いて、ショーケース越しにサイカフィギュアを覗く。


「よくできてるなぁ」


 琢磨が見た事で、急に恥ずかしくなったサイカが、

「や、やめろ! そんなに見るな!」

 と、必死で琢磨の視線を遮ろうと前に立つ。


 その視界が共有されている千枝だったが、構う事無くショーケースの横に置かれた箱の下にある値札に目をやる。そこには2万円を超える額が記載されていた。


「うっ……高い……」


 千枝は財布を取り出し、兄の増田雄也に渡された小遣いを数える。先ほどの映画代もあり、このフィギュアを買ったら一文無しになる計算だ。


 目の前にはあと残り2つとなった箱。

 しかし琢磨とのデート代をここで失う訳にはいかない千枝は、目の前にある宝物を諦めるしかない。


「しょうがない……ね」


 諦めてミニバッグに財布をしまう千枝だったが、琢磨が手を伸ばして箱を1つ手に持った。


「これが欲しいの?」

「え? ちょ、ちょっと琢磨さん!」


 琢磨はそのまま箱を持ってレジへと歩き始めたので、千枝はそれを追いかけ止めようとする。


「待って! ダメだよそんな高いの! 悪いよ!」

「いいんだ。千枝ちゃんには、いつもお世話になってるし」

「あぅ……」


 無人レジのテーブルに琢磨がその箱を置くと、置かれたディスプレイに値段が表示される。琢磨はディスプレイの横にある装置に、スマートフォンをかざしながら話す。


「変わらぬ好意と、シノビセブンとしての活動。いつも助かってるから。サイカも同意見だよ」


 サイカは琢磨が何をしようとしているのかよく分かっていないが、とりあえず頷いた。

 支払いを済ませた琢磨は、すぐ近くのサービスカウンターにそれを持っていき、店員による手作業で手提げ袋へ入れて貰う。そして笑顔でその袋を持ち上げて、千枝に見せた。


「うぅ……ありがとう……ございます……」


 その後3人は、もう少しWOAのグッズショップに売られている商品を眺め楽しんだ。

 まだ時間もあるので、他の店も見て回る事でウインドウショッピングを楽しみ、雑貨屋や本屋、ゲームショップ等を見回った後、レディースの洋服屋に足を運ぶ。

 可愛いキャスケットを手に取り頭に被ってみると、琢磨が微笑み掛けてきた。


「似合ってるね」


 褒められた事で、顔を真っ赤にして帽子を深く被り顔を隠す千枝。そこへサイカが追い打ちを掛ける。


「私も似合ってると思うぞオリガミ」

「うぅ、サイカまで……あたしを殺す気?」


 慌てて帽子を外して、元の位置に置く。すると当たり前かの様に琢磨はそれを手に取って、またレジへと持って行ってしまった。


 映画の時間までのショッピングは、ずっとそんな調子で、琢磨は色んな物を千枝の為に買ってくれた。サイカもサイカで、終始満足そうに目を輝かせ、ショッピングセンターという未知の場所を楽しんでいる様だった。

 結局大荷物になってしまったが、映画館の近くにあるコインロッカーに買った物を全て預け、そのまま映画館へと移動する。


 映画館にある駅の改札口を思わせる自動ドアは、映画のチケットカードを読み込ませる事で開き、中に入る事ができる。

 こんな風に、ポップコーンやジュースですら、全て無人でやり取りされるこの映画館は、日本でも一番最先端とされている場所だ。


 予約した席に2人は座り、LLサイズの大きなポップコーンを琢磨と千枝は共有して食べていると、映画館のスタッフが慌てた様子で駆け寄って来てスマートグラスが禁止である旨を説明された。

 だけど琢磨が、トートバッグから書類を出して、スペースゲームズ社の名刺と共に見せた事で、すぐに特別許可を得るに至った。



 4DXデジタルシアター。

 今では当たり前となったこの上映システムは、モーションシートが前後左右に動き映画の衝撃を再現。それだけでなく、様々なシーンに合わせて水が降り、風が吹き、フラッシュや、匂いに至るまで、視聴者を飽きさせないシステムだ。



 そんな上映システムで見る『ブレードオブサイカ』は、冒頭から戦闘シーンが始まったので椅子が激しく動き、いきなり驚かされる事となった。

 内容は戦国時代、織田信長(おだのぶなが)の下で活躍していた忍びサイカ。ある時、正体不明の化け物が突如として蔓延り、戦国時代を代表する多くの武将達が力を合わせてそれに立ち向かうという物語だ。


 サイカと仲良くしてくれていた冬姫(ふゆひめ)が、化け物に連れ去られ、それを命懸けで救い出す。

 最終的な落ちとしては、今までの全ての話が電脳世界という真実を知り、サイカは信長と冬姫に見送られながら、化け物が待つ異次元へと旅立った所で長い長いエンドロールとなった。


 琢磨の隣で大泣きしている千枝は、この結末を悲観している様だった。

 サイカもサイカで、何か思う事があるのか終始黙っていた。もう1人の自分が活き活きと画面で動き、そして最後には主君に見送られながら、異世界へと旅立ってしまう。

 それはまるで、サイカと琢磨の将来を案じているかの様な、そんな物語であった。


 映画を見終わり、退出する人混みに紛れて出口にあるゴミ箱へゴミを捨て、ついでにお手洗いも済ませる。そして入ってきた時と同じ様に、映画館の自動ドアを通って外に出た。入退出で使われた映画のチケットカードは、そのまま記念品として持ち帰る事が可能だ。


 そしてコインロッカーから荷物を回収して、3人はショッピングセンターの1階にある喫茶店へと場所を移動した。

 千枝はやたらと長い名前の甘そうなドリンク、琢磨はアイスコーヒーを飲んでいると、最初に映画の事を話し始めたのはサイカだった。


「琢磨。オダノブナガとは誰だ?」

「ん、こっちの世界で、大昔にいた偉人だね」


 そんな抽象的な琢磨の答えを聞いて、千枝が笑う。


「なにそれ。琢磨さん、あんまり興味無いんだね」

「そんな昔の事、知った所で何にもならないって、思ってるからね」

「結構面白いのに。映画でも出てきた桶狭間の戦いとか、実際にあった大逆転劇なんだから」

「へぇ、千枝ちゃん。戦国時代とか好きなんだ」

「ま、まあ……中学生の頃、好きだったから……ね。琢磨さんは、クノイチ使ってるのに、あんまり興味無いのはちょっぴりショック」


 すると琢磨が言った。


「ならさ、今度教えてよ。千枝ちゃんが好きな戦国時代の話」

 続いてサイカも、

「私も教えてほしい」

 と続いた。


 千枝にとってそれがとても嬉しくて、今すぐにでも語りたい。そんな気持ちになる。


「うん!」


 そう答えた千枝は、今日一番の笑みを見せてくれた。やっと打ち解けてくれた様で、琢磨とサイカも微笑みで応えると、千枝は再び映画の話をする事にする。


「燃える本能寺で化け物に追い詰められた時、明智光秀(あけちみつひで)と共闘した後に、サイカが信長に言った台詞、『私の刃は主君の為にある。だから最後まで、私を刀として使って欲しい』って言った後、あの信長の無言の背中! めっちゃかっこ良かったなー。つかあの信長めっちゃイケメンだったしー、声優も志田さんとか、もうあれは卑怯だよねぇ」


 それを聞いた琢磨が意見を述べた。


「歴史改変ってジャンルなのかな。でもよく動くし、声優も気合い入ってたし、良い映画だったね。あの切迫感ある戦闘シーンは、語り継がれるだろうなぁ。昔あったストレンジアってアニメ映画を思い出したよ」


 すると、日本の歴史をよく分かっていないサイカが反論する。


「シュクンとは何だ? 私の(あるじ)は琢磨だけだ。あんなノブナガとかいう男ではない!」


 必死にそんな事を言うサイカを見て、千枝と琢磨は思わず笑ってしまった。



 日も暮れ、外が外灯や看板の光、車のライトで街が賑やかに彩られた頃。

 3人はショッピングセンターを出て、周囲の公園を散歩した。買い物で得た荷物を琢磨が抱え、千枝は踊る様に軽快な足取りで前を歩く。サイカと琢磨も、そんな幸せそうな千枝から幸福感が伝染して来るのを感じていた。


「ねえ琢磨さん。覚えてる?」

「何を?」

「昔、あたしが彼氏の事で悩んでた頃。言ってくれたよね。悩んでる事とか、溜めこんでる事とか、全部全部話してくれって。支えになってあげたいって」

「え? ああ、そんなこと……言ったっけ」


 本当は覚えているのに、とぼける琢磨を前に、サイカが口を出した。


「言ってたぞ。私は覚えてる」


 すると千枝は、ライトアップされた大きな噴水の前で立ち止まると、くるりと琢磨へと向きを変え話を続けた。


「だから、あたしは我慢しないで言うよ。琢磨さん。そしてサイカ。あたしは、貴方が好き。世界で一番好き。この気持に嘘はつけない」


 そんな少しだけ訳有りで、引き籠りニートだけど精一杯お洒落をした少女の告白。

 琢磨もサイカも、その言葉を前に悪い気はしなかった。


「千枝ちゃん。でも、僕は――」

「ううん。良いの琢磨さん。答えは求めてない。分かってるから」


 そう言う千枝は遠い目で、夜空を見上げた。

 しばらくの沈黙が続く中、琢磨が次に出す言葉を迷っていると、サイカが心配そうに言った。


「琢磨」

「大丈夫サイカ。何も言わないで」

 と、琢磨は荷物を地面に一旦置いて、袋の中から買ったばかりのキャスケットを取り出す。

 そして千枝にゆっくりと近づいて、その帽子を千枝の頭にそっと被せた。


 そしてもう1つ。

 千枝の手を取り、映画館でこっそり買ったサイカのキーホルダーを千枝の手のひらに乗せる。


「琢磨さん……」


 見つめ合う2人の背中を押す様に、噴水の水が高々と上がり、まるで折り紙を思わせる七色のライトが水を輝かせる。そんな幻想的な雰囲気は、千枝の鼓動を早くさせた。

 そして琢磨は言った。


「全てが終わったら。ちゃんと話そう。千枝ちゃんの事、これからの事。全部」

「……うん」


 今にも泣きそうな顔をしながら、千枝は渡されたキーホルダーをぎゅっと握りしめ、そしてキャスケットを深く被った。千枝はもう、琢磨の顔を見る事が出来なかった。



 神様。どうか、琢磨さんも、サイカも、最後まで守ってください。

 最後まで無事で……何事もなく、いつも通り、ワールドオブアドベンチャーで一緒に遊ばせてください。



 そんな事を、千枝は心から願うのであった。



 それからちょっとお高いレストランでディナーを楽しんだ後、千枝の自宅前までタクシーで送ってくれた。


 そこでは、帰りを心配していた兄の雄也が外で待っており、

「ありがとな」

 と琢磨にお礼を言いながら、琢磨から荷物を受け取る雄也。


 そして千枝はまずスマートグラスに映るサイカに向かって別れを告げていた。


「サイカ。今日はありがとう。またね」

「ああ、今日は楽しかった。ありがとうオリガミ」


 その言葉を聞き、満足そうに千枝はスマートグラスを折りたたんでケースに戻し、小型イヤホンマイクと一緒に琢磨へ手渡した。


「千枝ちゃん。またサイカと一緒に遊ぼう」

「うん」


 前よりも打ち解けた2人を前に、雄也も安心した表情を浮かべていた。


 この日は千枝にとって、とても短く、儚い1日だった。

 だけどそれでも、一生忘れないであろう、最高の1日となった。


 ✳︎


 エルドラド王国の隣国、オーアニルはかつてエルドラド王国と領土を巡り激しい戦争をしていた。

 真っ先にブレイバーの戦争利用に手を出し、戦争を少しでも有利に進めようとした。それが裏目となり、ブレイバーのバグ化による大混乱で、秩序は崩れ、醜い内乱を呼び、国は滅びかけた。

 世界が一丸となりブレイバーを管理するブレイバーズギルドが発足されてからも、ブレイバーズギルドが建てられたのは世界的にもオーアニルが一番最後であったほど、この国は壊れていたのだ。


 国を治める長を失ってしまったそんな国が、今も国として残っている要因は1つ。

 ブレイバーによるブレイバーの為の国と化したからである。


 混乱に乗じて民衆を弾圧したブレイバー達は、派閥を作り、ブレイバーの勢力同士が小競り合いをしながら、この国としての命を紡いだに至る。


 そんなオーアニルという国は、大昔に起きた地殻変動により寒冷化が進み、現在では冬の国と呼ばれる様になった。


 大きな湖の真ん中に建っているのは、かつては人間の公爵が住んでいたとされる廃墟の城。さんさんと降り続く雪の影響で、城には分厚い雪が積もり、湖の向こう側の大地や樹木も真っ白に染まった絶景が広がっている。


 1本の長い橋を徒歩で歩いてきた防寒着に身を包んだ1人のブレイバーが、門の前まで来ると、門番をしているブレイバーが中へと通す。

 通されたブレイバーは、身体を纏うコートに積もった雪を払う事無く、床を濡らしながら足を進め進んで行った。

 城の中には、至る所にブレイバーの姿があり、それぞれが雑談をしていたり眠っていたりとここで生活をしている事が窺える。かと思えば中庭となる場所には十字架に吊るされ結晶化が進んでいるブレイバーの姿。


 やがて公爵の書斎であった部屋まで来た。

 扉を開け中に入ると、細長い部屋に壁一面を覆う本棚と書籍の数々。そして、そこにいる4人のブレイバー達。


「遅かったなオリガミ。どうだった」

 と、窓際で座る如何にも忍者と言った服装に、コートを羽織った男が開かれた本を片手にそう言った。


 オリガミと呼ばれたブレイバーは、雪が積もったコートのフードを捲って顔を出す。


「外は無法地帯。バグだらけ。この国はもうダメ」


 素っ気なくそう言い放ったオリガミは、近くにあったソファへと腰かけた。

 今度は本棚にもたれかかっているミケが言った。


「この国言うより、もうこの世界が手遅れやん」


 次にミケとは反対側で地べたに座るハンゾウが続く。


「スウェンやキャシーはエルドラドで捕まったんだろ? これからどうすんだよ俺たち」


 するとアマツカミは読み返していた『マザーバグ実験』の本を閉じ、近くのテーブルの上に無造作に投げ置くと、立ち上がって口を開いた。


「スウェンが捕まるのも想定内だ。作戦は第2段階へ移行する」


 そう言いながら、アマツカミはソファに寝そべって寝ようとしているオリガミに目線を向け質問を投げた。


「ここに戻ってきたと言う事は、見つけたんだな? 媒界(ばいかい)となる冥魂(めいこん)を」


 それを聞かれ、オリガミは怪しげな笑みを浮かべた―――

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