44.クロードⅠ
ある日の朝、明月琢磨がワールドオブアドベンチャーにログインすると、深刻そうな顔をしたサイカがそこにいた。シノビセブンのアジト、後ろに座っているアマツカミを余所に、和室の畳の上でサイカは画面越しの琢磨に向かって土下座をする。
サイカが土下座をして必死に頼みごとをしてくる姿など、琢磨は初めて見た。
いったい何事かと思えば、サイカの口から出た状況説明は思ったよりも難しい問題だった。
向こうの世界の仲間である、クロードという男を助けたい。
今まで我儘も言わず大人たちの都合に従って来てくれたサイカが、珍しく琢磨にお願いしたのは、たったそれだけの事である。
ミーティアを助けた時の様に、ゲームにログインして貰うだけと言ってしまえば簡単な事だ。しかしサイカから話を詳しく聞けば聞く程、それすらも難しい局面にそのクロードと言うブレイバーはいる。
土下座をしたまま頭を上げようとしないサイカを前に、琢磨は問う。
(もう一度聞くけど、そのクロードってブレイバーは、バトルグラウンド2ではなく、前作のバトルグラウンドのキャラクターなんだね?)
「そうだ」
琢磨がネットで検索して調べると、前作バトルグラウンドはネットワークショックを機にサービス終了が決定してしまっている事も分かった。
つまりデータそのものが残っているかどうかも怪しい。
(サイカ。僕はそっちの世界を実際に見たことが無いからハッキリとした事が言えないし、サイカから聞いた話から憶測するしかない状況だけど、1つ確認したい事がある。ここ最近、そっちの世界でブレイバーの結晶化は止まった?)
するとサイカは頭を上げ、琢磨に向かって首を横に振った。
国の計らいとサイカコラボによって、多くのネットゲームが1年以上継続的にプレイされているキャラクターに対して、裏で自動ログイン処理が機械的に行われている。ゲーム会社によっては、従業員が手動で行っている実験も行われている。
内閣サイバーセキュリティ特別対策本部の矢井田淳一によれば、日本のネットゲーム会社の9割が既にその協力をしてくれているそうだ。海外ではまだ全体の5割程。
そんな中、サイカがいる世界ではブレイバーのバグ化がまだ止まっていない。
そこまでの事情を理解している明月朱里が、2人のやり取りを見た上で琢磨に話をした。
「サイカの仲間、ミーティアは結晶化を免れたという事例がある事から察するに、ログインする事だけがバグ化を防ぐ手段ではないって事だな、創造主本人がログインをする必要がある……又は、何かそのキャラクターへの思い入れの様な意志が条件としてあるのかもしれん」
「待ってくれ朱里。じゃあワタアメさんはどうなるんだ。創造主が不在の状態で何年もバグ化せずに過ごしていた事になる」
「ワタアメは既にブレイバーでは無く、バグだったと仮定すれば説明が付く」
「ワタアメさんがバグ? そんなまさか」
朱里は最近お気に入りとなった飲み物、マグカップに注がれたホットコーヒーにミルクと砂糖を入れ、それをスプーンで混ぜながら話を続ける。
「ワタアメはバグとブレイバーが混じった存在。キャシーという女は人間とバグが混じった存在だとスウェンが言っていた。バグとブレイバー……似て非なるものが混じり合った存在。名前を付けるとしたらバグレイバーだな」
そんな2人の会話が琢磨のヘッドセットマイクにより丸聞こえだったサイカは、シュレンダー博士の発言を聞いて、ハッと自分の両手を見る。自分の身に起きた肌が黒くなると言う現象を思い出した。
そんな様子を見ていたシュレンダー博士は、琢磨のヘッドセットマイクに顔を近づけサイカに告げる。
(なんだ、気付いていなかったのかサイカ。お前もバグレイバーだよ。恐らくは、琢磨がワールドオブアドベンチャーにログインしなくても、お前が結晶化する事は無い。そしてわしも、こっちに来て人間では無くなった。次元を跨ぐという事は、つまりそう言う事だ)
夢世界で活動できる様になってから覚悟はしてはいたものの、その衝撃の事実にサイカは戸惑いの表情を浮かべていた。
(少し話が逸れちゃったね。とりあえず、バトルグラウンドのクロードの事はこっちで何か出来ないか探ってみるよ。えっと確か、バトルグラウンド2に同じ人と思われるクロードと言うプレイヤーがいたって事で間違い無いんだよね?)
「そうだ。頼む琢磨。私からのお願いだ」
再び深々と頭を下げるサイカ。
(そんなに頭を下げないでくれ。サイカにはいつもお世話になってるから、たまには僕も何かしてあげたい。それじゃ、ちょっと電話してくるから。たぶんそのまま会社に出向くと思う。後の事は朱里……シュレンダー博士を通すよ)
「分かった」
そのまま琢磨は席を外して、ウェブカメラによる映像も途切れてしまった。
それでもしばらく土下座を続けていたサイカが顔を上げると、後ろでそのやり取りを黙って見ていたアマツカミが口を開く。サイカの声しか聞こえない状況だったが、それでも何となく状況は理解していた。
「シノビセブンのメンバーや俺とオリガミのキャラクターは、まだブレイバーとして存在していないんだな?」
「ああ、前に探した事があるが、見つからなかった」
「なるほど。プレイヤーがゲームを止めると別の世界でブレイバーが命を落とす……理不尽だな」
「私もそう思う」
「クロードと言うその男、サイカにとって、どんな存在なんだ?」
「大切な仲間だ」
「……俺たちの目標は、バグに好き放題されているこの現状を打開して、お前さんが狭間で見たと言うサマエル本体と思しき存在を倒す事。こちらの世界で混乱が続けば、多くのブレイバーが命を落とす。どちらが大事か、心の天秤に掛ける事も必要だな」
「分かってるさ、そんなこと」
「ならいい。その件は、もう琢磨達を信じて待つしかない」
「クロードと同じような事を言うんだな……アマツカミは」
悲しい目をアマツカミに向け、サイカは立ち上がる。
すると消えた状態で一連のやり取りを見守っていたゲームマスター19号が姿を現し、
「今の話、私からも報告しておきました。バトルグラウンドの運営会社とは既に協力体制を整えていますし、大丈夫ですよ。きっと」
と励ましの言葉をサイカに掛けた。
19号の迎えが来たと言う事は、サイカにとって長い長いバーチャルアイドル活動が今日も始まるという事である。
✳︎
クロードを助ける。
それはサイカから頭を下げて依頼された琢磨の任務である。だから何としても成し遂げてやらなければならないと、琢磨はいつも以上に気合が入っていた。
普段は何も考えずに私服で出かけるのに、久しぶりにスーツに着替えると、スマホで左之助に電話を掛ける。
「もしもし、高枝さん。おはようございます」
『なんだ、電車遅延か?』
「違いますよ! 冗談はやめてください」
『サイカから頼み事があったのだろ?』
「え? なんで……」
『笹野くんから聞いた。なんだ、知らなかったのか』
「はい」
『既に日本版バトルグラウンドの運営管理会社であるテクノイージス社にはアポイントを取った。本日の昼13時、場所は秋葉原にある本社ビルだ』
「早いですね。流石です」
『ふっ。明月くんの可愛い娘であり、我が国の英雄の願い、叶えてやろうじゃないか』
「よろしくお願いします!」
左之助がアポイントを取ったと言う約束の時間はまだ余裕があるので急ぐ必要も無いが、スーツ姿でマンションを後にした琢磨の足取りは早かった。
クロードと言うキャラクターと、サイカがどんな関係なのかは分からない。
でも、あれだけサイカが必死な表情を見せるという事は、家族の様に大切な存在である事は違いない。
そう思うと、琢磨は自然と走り出してしまっていた。
事前に打ち合わせをした後、琢磨と左之助は秋葉原にあるテクノイージス社本社ビルへと足を運んだ。
スペースゲームズ社と同じワールドオブアドベンチャーの運営もやっているその会社は、観葉植物や絵画を沢山取り入れた洒落た受付ロビーを構えていた。
そこで2人はバトルグラウンドのディレクターでもある前川という男に会い、ガラス張りで廊下から丸見えの会議室で事情を説明する事となった。
「前作バトルグラウンドのマスターデータにクライアントデータ、更にユーザーのキャラクターデータ……ですか?」
と前川はノートパソコンの前で首を傾げているので、琢磨が説明を加えた。
「はい。新種コンピュータウイルスに纏わる問題で、再稼働をお願いしたいんです」
「データ自体は残っていますが……ローカルエリアでは無く、インターネットでの稼働となると厳しいですね」
今度は左之助が説明に入った。
「何もサービスを再開して欲しいと言っている訳ではありません。掛かる費用についてはスペースゲームズ社で負担します」
「いやいや、そういう訳ではないんですよ。バトルグラウンドは、ワールドオブアドベンチャーと一緒で、本家大元の会社がアメリカにあります。決定権がこちらに無いんです。前作をサービス終了を決定したのも、上からの命令あっての事でした。サイカとのコラボに関しても結構反発がありました。もし前作を稼働させるとなると、最低でも1ヶ月は準備期間が必要と思われます」
「そんな!」
と思わず声を荒げてしまう琢磨に対して、至って冷静な前川が話を続ける。
「バトルグラウンド2の運営管理をやっているチームメンバーは100人以上います。もし下手な事をして、バトルグラウンドの運営管理の委託が他に移ったらどうなると思います?」
「それは……」
「サイカコラボではお世話になっていますし、協力してあげたいのも山々ですが、こればかりは上を通さなければ何もできません。従業員の命を預かっていると言っても過言ではありません。ご理解下さい」
アニメや小説の世界であれば、何だかんだ交渉が上手く行って成功……となるはずが、やはり現実はそう上手くはいかないのだと言う事を琢磨は実感する。
サイカ、ごめん。
心の中でサイカに謝りながら、何も返す言葉が思いつかず歯を食いしばって俯く琢磨。
すると左之助が徐に足元のビジネスバッグへ手を伸ばすと、封筒を取り出した。
「そうですか。なるべく穏便に……と思っていたのですが。残念です」
そんな事を言いながら、左之助は封筒から書類を取り出し、それを前川に差し出す。
「これは?」
と、前川はそれを受け取り、クリップで留められた大量のA4用紙をパラパラと捲って読み始める。それを見ながら左之助は自信に満ちた表情で説明を加えた。
「内閣サイバーセキュリティ対策本部、並びにワールドオブアドベンチャーの本社であるネットワークワルプルギス社からの本件に関する提案事項です」
前川はそれをしばらく黙々と読んでいたが、段々と眉間にしわが寄って行くのが分かる。
いったい何が記載されているのか、何も知らされていない琢磨。その書類は何なのか聞いて良いものかと、横に座る左之助を見るが、左之助はこれまでに無いくらい真剣な表情を前に座る左之助に見せていた。
すると一通り流し読みした前川は、その書類をテーブルの上に置き、
「ふざけないでください! こんな事、正気の沙汰じゃない!」
と信じられないと言った態度を露わにした。
「御社にとっても悪い話では無いでしょう」
「それはそうですが……でも、なぜここまでする必要があるんです」
「人類の命運を背負った少女の、ちょっとした我儘を叶えてあげる為のコンセンサスですよ」
2人はしばらく見つめ合い、沈黙の中で前川は溜め息を1つ吐いたと思えば、1つの答えを出す。
「……分かりました。上席に話は通しましょう。この書類は頂いても?」
「どうぞどうぞ」
「ドメイン指定で1時間です。バトルグラウンドのチームの中から優秀な人材を数人揃え、明日の正午までに環境を作ります。それでいいですね?」
「ええ、十分です」
今度は張り詰めた空気が一変して、前川は少し笑みを浮かべていた。
何か良からぬ取引を目撃してしまった様な気がして、琢磨は思わず苦笑い。この高枝左之助という男、やはり只者では無いと感じた。
すると前川が1つの疑問を左之助に投げかける。
「ですが、この1人のプレイヤーをゲームにログインさせる……と言うのは、理由についてはこの際問わないとして、具体的にどうするのですか?」
その質問を受け、左之助が琢磨を見る。
「明月くん、説明を」
「はい。えっと、そのプレイヤー名はクロードと言います。前作バトルグラウンド及び今作のバトルグラウンド2でもプレイをしていると、サイカから話を聞いています」
「クロード……ですか。バトルグラウンドのプロチームにはそんな名前はありませんね」
「恐らく一般プレイヤーと思われます」
「しかし日本だけでも数十万のプレイヤーがいます。クロードと言う名前も珍しいとは思えませんし、同じ名前のプレイヤーは複数いるのでは?」
「一応、目星と言うか、ヒントはサイカから貰っています。先日、バトルグラウンド2のサイカコラボによるサイカ乱入戦で、クロードを見たとサイカが言っていました。そして倒されたと」
「サイカ乱入戦でサイカを倒した……なるほど、それであればログを調べればすぐですね」
「本当ですか! よろしくお願いします!」
希望の光が見えた事で、嬉しそうに頭を下げる琢磨。それを見た前川は、
「高枝さん。今更ですが、彼は高枝さんの部下か何かですか?」
と左之助に質問した。
「ああ、そう言えば前川さんは明月くんとは初対面でしたか。これは失礼。聞いたら驚きますよ。彼はウチの従業員である前に……バーチャルアイドルサイカの、生みの親です」
✳︎
クロードはもう2ヶ月以上眠っていない。
結晶化が始まった事でミラジスタの宿屋エスポワールで療養させて貰っているものの、回復の見込みは無く、既に身体の左半身が結晶化してしまっていた。結晶化は顔にまで進行して、左目に差し掛かった事で、クロードの左目の視力は完全に失われる事になっている。
左腕も左足も動かす事叶わず、寝たきりの状態になってしまったクロード。動かせる右手を上手く使ってベッドの上で上半身だけ起こすと壁にもたれ掛かり、窓越しに外の景色を眺める毎日だ。
少し開いた窓から吹き抜ける優しい風がカーテンを揺らし、クロードの身体を優しく包んでいた。
この世界に生まれて約2年と言う短い間だったが、クロードは満足していた。仲間が消滅した事や、バグにやられそうになった事は何度もあるが、それも全て含めて、1つの生命としてこの世界に誕生できた事が奇跡。だから居続けたいと思う気持ちは、今のクロードには無いのである。
ただ1つ、クロードにとって気がかりなのは、一人の少女の存在だけだった。
コンコン。
部屋のドアがノックされ、
「入って良いぞ」
とクロードが口にすると同時にドアが開かれる。
毎日の様にクロードの見舞いに来てくれるサイカが、今日もそこに居た。
「クロード!」
名前を呼びながら、サイカは忍び装束姿で部屋の中へと入ってくる。今日のサイカはいつもと違って、何処か嬉しさが溢れる柔らかい表情をしているのがクロードにも見て取れた。
「ん、どうしたサイカ。今日は機嫌が良さそうじゃないか」
「聞いてくれ! 朗報だ! クロードの夢世界、動かして貰える事になったんだ。クロードの夢主にも琢磨が会いに行ってくれるらしい」
「ははっ。こんな時に冗談はやめてくれサイカ」
「冗談なんかじゃ無い! 助かるんだよクロード!」
「……助かるのか……本当に?」
「ああ! そうだ! 琢磨がやってくれると言った! 琢磨は約束を守る男だ! だから、信じて欲しい」
「この腕も、動かせる様になるのか……?」
「そうだ。だから、無事に夢を見る事ができたら、一緒にバグ退治しよう。今一緒に戦ってくれてるミーティアが凄いんだ。エムも成長してバグの対処に慣れて来てる。マーベルは相変わらずだ」
「俺は逆に腕鈍っちまったと思うけどな」
「大丈夫、すぐ思い出す」
そんな事を言いながら、サイカは壁に立て掛けてあったアサルトライフルを手に取ると、クロードの胸の上に押し付けた。クロードはそれを動かせる右腕で受け止める。
「まだ気が早いぜサイカ」
「待ってろ。すぐにこの銃、持てる様にするから」
そう言い残しサイカはクロードの部屋を後にする為、扉に向かって歩き出したので、その背中にクロードはもう一度話しかけた。
「サイカ」
名前を呼ばれ、サイカは足を止めたのでクロードは話を続ける。
「ありがとな。頼もしくなったよお前。見違える程に」
サイカはその言葉を聞き、振り返る事なく扉を開けて部屋を出て行ってしまった。
✳︎
情報通信ネットワークの発展に伴い、インターネット社会が生み出した犯罪やトラブルは増加した。
その手口についても、IT技術とSNSの流行と共に高度化・多様化が進み、もはや日本政府としても目に余る事であると判断された後、とある連続殺人事件を切っ掛けに取り締まりが強化される事となる。
その対策の1つとして考案されたのが、インターネットでもコミュニティサービスを利用する際は、身分証の登録を義務付ける事だった。
住民登録証に記載されたナンバーを使って会員登録をしなければサービスが利用できない。
それは主にSNSと、多くのネットゲームや動画投稿サイトに適用される事となり、インターネット上でのコミュニティサービスでの匿名性は極めて薄くなった。
何か事件があった際、警察から開示を求められれば運営会社はそれを開示すると言う誓約も生まれ、この施策が始動した2020年以降は、インターネットを利用した犯罪が劇的に減ったのも事実である。
ワールドオブアドベンチャーにも適用されているし、バトルグラウンドにおいてもそれは例外では無い。
だからこそ左之助の手回しにより警察も協力してくれたおかげで、バトルグラウンド2でサイカを倒したクロードと言うキャラクターを操るプレイヤーが千葉県の県立高校に通う高校生である事は、すぐに特定された。これは以前、ワタアメのプレイヤーである沖嶋家に出向いた時も同様だ。
昨晩、琢磨がサイカに今日の作戦を伝えると、今までに無いくらい喜ぶサイカの姿を見る事ができた。それは欲しがってた物をプレゼントされて喜ぶ子供の様に、今までで一番の笑顔を琢磨に向けてきたのだ。
なので琢磨としても、今日の作戦は絶対に成功させなければならないと心に誓い、高校受験や大学受験の時よりも気合を入れている。
以前はタクシーでの移動だったが、今回は千葉県警察本部サイバー犯罪予防課の園田真琴が運転する車で移動する事となった。助手席にテクノイージス社のエンジニアである男性、後ろに左之助と琢磨を乗せ、アポイントも事前に取っている学校へと向かう。
真琴が運転をしながら、後部座席の2人に話掛ける。
「こんな形で、また会う事になるとは思ってもみませんでした。しかも高校に乗り込むなんて、とんでも無い事を考えましたね」
すると左之助が応える。
「人1人の命を救うと思えば、大した事ではないですよ」
「事情は聞いております。ネットワークショックを経験してしまったからには、今更信じられないなんて言ってる場合ではないですね」
そんな会話を聞きながら、窓の外で流れる景色を眺める琢磨に左之助は急に話を振った。
「明月くん」
「あ、はい」
「キミはどうして、今回の事、協力してやろうと思ったのか聞かせてくれないか」
「そうですね……サイカにとって、恐らくクロードと言う人物は、大切な家族みたいな存在なんだと思います。末期症状の癌みたいな病気だとして、僕たちがそれを助ける事が出来る特効薬なのだとしたら、やらない訳にはいかないですよ」
「分かりやすい例えだな。病気で苦しむ仲間を、バトルグラウンド2と言う場所で、同じ姿と名前をした別人と対峙した時、サイカはいったいどんな気持ちだったのか、私はそっちも気になっているけどね」
「そればかりは、僕たち人間には分からない感覚かもしれませんね」
そこへ真琴が語る。
「私は何となく分かる気がします。学生時代、仲が良かった友達が交通事故で亡くなって……でも、夢の中では何度もその子が出てくるんです。元気な姿で、遊ぶ夢を見るんです。その度に、あの時ああしてれば助かったんじゃないか、こうしてれば助かったんじゃないか、こんな未来もあったんじゃないかって、そんな風に思う事があります。サイカさんとは少し違いますけど、それに近いのかなって思いますね」
「もしかして、その事が切っ掛けで警察になったんですか?」
と琢磨。
「ええ。その経験が大きいですかね。あとは、捻くれて遊んでばかりの妹がいて、お姉ちゃんの私がしっかりしなきゃって思っていたら、いつの間にか婦警になっていました。そろそろ着きますよ」
気が付けば、住宅地を抜け、県立高校の校舎が見えて来ていた。校門前では既に大型トラックが停まっていて、事前に手配していた作業員が段ボール箱を次々と下ろし運んでいる姿が見える。更には千葉県警察のパトカーや、制服姿の警察官が見張りをしている状況だ。
物々しい雰囲気を車の窓から眺めた事で、改めて自分たちが今からとんでも無い事をしようとしているのだと実感するに至る。




