43.コラボレーション
日本でスマートフォンの普及が始まったのは2008年頃で、この頃からスマホアプリゲームが徐々に開発されていく事となった。
2009年のスマホアプリゲーム黎明期を経て、2010年にスマホアプリゲームは発展期を迎える事となり、2011年頃にソーシャルゲームという分野が次々とサービス開始された。ソーシャルゲームの特徴としては、ゲームで遊ぶ料金は無料である事と、短時間で気楽に遊べ、コミュニケーション機能やアイテム課金に重きを置いている事だ。
そして2012年頃、ソーシャルゲーム時代の幕開けともされるこの年に、斬新なアイディアのゲームが登場すると共に、スマートフォンの世間からの注目度が爆発的に増して行った。
それから2020年にかけて、スマホアプリによるソーシャルゲームが数千と登場する事となり、多くのゲーム会社が起業されては無くなっていくという時代が続いた。その間にスマートフォンも1人1台は当たり前と言われる程に普及され、ガラケーとも呼ばれた携帯電話は姿を消して行く事になる。
一方でネット犯罪やサイバー犯罪の増加に伴い、2020年に起きたインターネット配信者を狙った連続殺人事件を切っ掛けとしてインターネットを対象とする取り締りが強化。法律も強化され、その波はソーシャルゲーム業界の規制にまで繋がる事となる。これにより2021年頃から、ソーシャルゲームが著しく減少して、多くの中小企業が倒産して行った為、ソーシャルゲーム時代は幕を閉じたと言われている。
そんな中2022年頃から起きたIT機器の急速な進歩と共に、サービス開始されたビッグタイトルゲーム。
ハンターストーリー。
通称、ハンストと呼ばれるそのゲームは、大手ゲームメーカーにより約5年という制作期間を経て開発されたゲーム。ソーシャルゲーム時代の終わりにより、一度はお蔵入りになりかけた事も雑誌のインタビューで告げられたばかりだ。
何より画期的と言われたのが、スマホ・家庭用ゲーム機・パソコンで同時にサービスをスタートさせ、それぞれが違うゲーム性とグラフィックでありながら、ゲームデータは共有されるという点である。
プレイヤーはまず、ハンターとなる1人のキャラクターを作成する。この時、細部までキャラクタークリエイトできる点も好評の1つだ。
スマホ版では、そのハンターが可愛くデフォルメされ、仲間を引き連れ簡単操作でモンスターを倒してレベルアップしていくという趣向のよくあるソーシャルゲームとなっている。
パソコン版では、一転して綺麗なグラフィックとリアルなキャラクターとなり、主人公の拠点となる村を発展させ、仲間となるキャラクターを集めるシミュレーションゲーム。モンスターを倒しに行く時は、直接操作するのではなく、指示を出してAIが考え行動する。
家庭用ゲーム版では、パソコン版と同じ綺麗なグラフィックとリアルなキャラクターである事は変わり無いが、主人公を操作してインターネットで繋がっている多くのプレイヤーと協力してモンスターと戦うアクションゲームとなっている。
そのゲームデータ全てが共有され繋がっていて、それぞれ違った楽しみ方がある事が話題となり、多くのユーザー獲得へと繋がった。
そんなハンターストーリーを電車の中で席に座り、ミケと言う名前で黙々と画面をタップする彼女の名は園田明莉。警察官と言う出来の良い姉を持つ彼女は、小さな頃から捻くれ者である。そんな彼女は今、ワールドオブアドベンチャー関係のオフ会で知り合った男とデートをしていた。
横でハンゾウと言う名前でハンストをプレイする男が、スマホの画面をタップしながら明莉に話しかける。
「なあ、せっかくのデートなのに、ゲームばっかりしてねーか、俺ら」
「デートの形なんて人それぞれ」
「映画見たりとか、美味しい飯食べに行くとか、なんかやりてぇじゃん」
「ちょっと! 何でここで必殺技使っちゃうワケ!?」
ハンストで協力プレイをしている最中に、集中力を欠いてゲーム内で判断ミスをしてしまった男を明莉は睨んだ。
「わりぃわりぃ」
と申し訳無さそうに謝る男は、仕事で日焼けした肌、筋肉トレーニングで鍛えられた体格、帽子を後ろ向きに被り、少しサイズが大きいが気合の込もった洒落な服装をしている。
彼の名は立川健太。ワールドオブアドベンチャーでもハンゾウと言う名前でプレイしていて、明莉と同じく、出来の良い兄貴がいると言う似た境遇の持ち主だ。
「ほんと、あんたいっつも必殺技使うタイミングが謎なのよ。さっきのクエストだってそう。しっかりしてよね」
「はいはい」
ゲームに対しては何事も本気である明莉は、大雑把な健太を注意しているが、健太もそれを上手く聞き流した。
健太が揺れる電車内に目をやると、席は埋まっていて、つり革に掴まり立っている人たちも疎らにいる。
そんな中で、やはり目立っているのはサイカの宣伝広告の数々である。もはや国の英雄と言っても過言では無い存在となったバーチャルアイドルサイカは、電車内では当たり前となった電子POPや、液晶画面にまで、ありとあらゆるメーカーに起用されていて、至る所でその顔を見る事になる。
こうやって2人が遊んでいるスマホにも、サイカのアプリを入れておかなければウイルス感染の危険性があるとの事で、スマホメーカー及び通信事業各社からほぼ強制的にアプリがインストールされた。
そんなサイカの電子POPを見ながら、健太は口を開く。
「なんか嘘みてぇだよな。ここ最近の出来事が」
「なに急に」
「だってよ。俺たちが知ってるあのサイカが、こんな有名人になっちまったんだぜ?」
「正確には、私たちが知らないサイカ」
「ま、そうなんだけどよ。ウイルスと言い、いったいどうなっちまうんだろうな、この先」
「未来の事なんて、誰も分からないわよ。ねえ、あんたのターン。画面見て」
「ん? ああ、すまんすまん」
再びスマホの画面に目を戻す健太。
2人は現在、ハンストで行われている期間限定クエストの攻略を協力プレイで遊んでいる。遊んでいると言うよりかは、同じクエストを何度も行っているので、作業に近い周回プレイだ。
明莉が操るミケは、ハンゾウとは比べ物にならない程レベルが高く装備も整っている。一方の健太が操るハンゾウは中級者レベルといった所である。かなり差があると言うのに、こうやって何だかんだと文句を言いながら一緒にプレイしてくれる明莉の事を健太は好いていた。
明莉もサイカの事で少しだけ気になっている疑問を口にする。
「ハンスト、超有名ゲームなのに、サイカコラボ来てないね」
「そう言えばそうだな。ハンストも結構な被害があったってのに、何でだろうな」
その時だった。
ザザッ。
ハンストの限定クエストの最終ステージに2人が差し掛かった所で、画面にノイズが入る。
このステージはもう何十周と回っている2人にとって、妙な演出であった。そして見慣れたはずのボスモンスターが現れず、見た事もない奇妙な形をした紫色のモンスターが映る。
「おいおい! まじかよ!」
と、それが何なのか察した健太が思わず大声を出してしまい、周りの乗客から睨まれてしまった。
明莉に軽く肘打ちをされながらも、健太は申し訳なさそうに周囲へ頭を軽く下げる。
その間にも、明莉がミケを操作してそのモンスターに攻撃を仕掛け、全く通用しない事を確認していた。
間違いなくバグである。
「このクエストはリタイアしよう」
そんな事を提案しながら、明莉はギブアップのボタンを押したが反応しない。それを覗き見した健太が、
「万事休すってやつか。ワールドオブアドベンチャーだったらなぁ」
と諦めた口振りで、バグモンスターをハンゾウに攻撃させるが、やはり効かなかった。
すると、ステージの隅からキャラクターが現れるのが見える。
サイボーグ忍者の姿をしたサイカだ。
スマホアプリ版のハンストキャラクター達と同じ様に、デフォルメされて可愛い見た目になっているが、その装備は正しくサイカである。
サイカが現れたと思えば、あっと言う間に目の前に立ちはだかるバグモンスターを斬り刻み、そして消滅させると、颯爽とその場を立ち去り画面外へと消えて行った。
僅か数秒で起きたその出来事に、2人はただ呆然とスマホ画面を見ている事しか出来なかったが、次第にサイカがハンストの世界にもやって来たと言う事実を理解する。
2人にとってそれはとても面白い事だった為、段々と笑いが込み上げてきた。
「あはははは」
「はっはっはっは」
電車内で大笑いする2人は、再び周りから白い目で見られる事となったが、そんなのお構いなしでしばらく腹を押さえて笑い続けた。
自分の身内が他ゲームに突然現れて去って行った事や、キャラクターの見た目が違う事から、サイカは2人の事に気付いていない事も含め、とにかく面白いと感じて笑ってしまったのだ。
そんな中、電車のアナウンスが2人の目的地を告げる。
『次は秋葉原、秋葉原。お出口は左側です―――』
丁度2人が遊んでいたハンストも、バグの介入により緊急メンテナンスに入った様で、2人のスマホの画面には緊急メンテナンスの表示がされた。
それを確認しつつ明莉は立ち上がり、
「さ、行くわよ」
と今日一番の笑顔を健太に向け、そして電車の開いたドアに向かって歩き出す。
健太も立ち上がってスマホをズボンのポケットに入れながら、明莉の背中を追って電車から降りた。
そこでリクルートスーツを着た1人の女性とすれ違った事で、健太は思わずそれを目で追ってしまう。
「ほえー、今の子可愛いな」
そんな事を言うので、明莉はゴミでも見るかの様な視線を健太に向ける。
「男って、ほんとバカ」
✳︎
コラボレーション。
異なる分野の人や団体が協力して制作する共同制作、又は共同事業の事を言う場合が多い。部門を超えてコラボレーションすることで新しい発想を生み出す夢の共演は、コラボという言葉で主にスマホアプリゲームのソーシャルゲーム分野において広く使われてきた。
芸術家のコラボを除けば、そのほとんどがアニメやゲームによるものだ。それはファンサービスという表向きの理由もありながら、企業が互いの利益を追求した結果である事も大きい。
だが1つのゲームから生まれたサイカという少女と行う前代未聞のコラボは、今までのコラボと大きく状況が異なる。
1つは、資金面で国からの援助がある事。
1つは、大人気バーチャルアイドルサイカを迎える事でかなりの利益が見込める事。
1つは、サイカの活動計画に協力しなければインターネット上でのサービスが危ぶまれ、ユーザーからの信頼を落とす事。
他にもバグに対抗する為に細々とした制約はあるものの、ただでさえネットワークショックの影響でインターネットに恐怖する人たちが増えた今だからこそ、ネットゲーム業界は藁にもすがる思いでサイカに頼るしか無い状況になっていた。
サイカとコラボする為にゲーム会社には、サイカが活動できる環境を整える事に加えてもう1つ絶対条件も課せられた。
それはある一定条件を満たすプレイヤーに対し、運営側から自動ログイン処理を裏で行う事。
運営会社にとって後者は頭に疑問しか浮かばない条件であるが、サイカ達ブレイバーにとっては重要な事である。その自動ログイン処理が、ブレイバーのバグ化を防ぐ事に繋がっているかは、まだ調査中の段階。
だからサイカにとっても、この活動はとても大きな意味を成していると認識しているし、ネットゲーム全体の活性化にもなっている事も実感している。なので琢磨と話したいと言う気持ちを押し殺してまで、幅広く活動する事に協力しているのだ。
ハンターストーリーと言うゲームに現れたバグ退治を終えたサイカは、エレベーターに乗っていた。
しばらくエレベーターの中で待機していると、扉が開く。サイボーグ姿のサイカの装甲と同じ質感の壁や天井、光る機械やスイッチ、壁や天井に大きく広がる窓の向こうは星々が輝く無限の宇宙。まるで宇宙ステーションの内部を思わせる未来的な内装ロビーだ。
サイカが今乗ってきたエレベーターは、軌道エレベーターにも見えるが、ゲームマスター9号曰く、名前はネットエレベーターと言う。
サイボーグ姿のサイカがエレベーターから降りると、すぐにゲームマスター19号が出迎えてくれた。
「ハンストでの任務、お疲れ様です」
「それで、次はどこ?」
とプロジェクトサイカスーツのフェイス部分を開けて顔を出すサイカ。
「少し休んだ方がいいのでは?」
「早くワールドオブアドベンチャーに帰りたいんだ」
「ふふ。恋する乙女ですね」
「べ、別にそんなんじゃ!」
頬を染めるサイカを横に、19号はメニューを操作して依頼リストを表示させる。
「えっと、次はワンダフルベースボールですね」
「わんだふる? べーすぼーるとはなんだ?」
「珍しいゲームとのコラボですね。簡単に言ってしまえば、ボールを使って遊ぶ夢世界です。バグ退治ではないので、その装備も不要かと」
「そうか」
サイカが装備を変える事に意識を集中すると、プロジェクトスーツが光り輝き、すぐに忍び装束へと姿が変わった。
「スポーツゲームだから、たぶん向こうで着替える事になると思うけど、ひとまずそれで」
そう言いながら、19号はエレベーターの扉の前でプログラム文字が羅列されたウインドウとキーボードの様な映像を浮かばせ、それに向かってカタカタと入力し始める。
サイカはその横でリアルに再現された宇宙の景色を、窓ガラスに反射する自分の姿越しに眺めつつ呟いた。
「私たちの世界の外側には、こんな世界もあるのだろうか……」
入力作業を終えた19号はエンターキーを叩き、エレベーターの扉を開けつつ、サイカに言葉を投げる。
「それこそ、夢世界……じゃないですか。準備できました」
サイカは19号に見守られながらも、エレベーターに乗り込んだ。
「行ってくる」
「行ってらっしゃい」
✳︎
ワンダフルベースボール2032。
シリーズ7作目となる本作は、二頭身にデフォルメされた選手キャラクターを使い『全ての野球を体験できる』をコンセプトにして開発された。
全ての野球とは、日本での少年野球及びリトルリーグ、中学野球、高校野球、大学野球、社会人野球、草野球、独立リーグ、プロ野球、全てのモードを搭載。オマケとしてメジャーリーグや国際大会、女子プロ野球まで遊べる様になっているという仕組みだ。
登場するチームは200に及び、プロ野球とメジャー以外のチームは、毎月能力が変動する架空選手による架空チームが収録されている。
野球の人生を追体験できる野球道モードでは、少年野球から始まり、野球を引退するまでの人生を学業や恋愛も含め体験できるというやり応え抜群の内容だ。
他にも監督道モードや、プロ野球道モードなど、それぞれがシビアな作りとなっていながら、様々な野球チームによる夢の対戦が楽しめるという大ボリュームなゲームである。
そんな野球ゲームがサイカとコラボした。
公式が行ったチーム制限無しのトーナメント大会で、プロ野球チームを使い見事に優勝したプレイヤーと公式の広報担当が親善試合をしていた。
大会優勝者が使うプロ野球チーム、埼玉ブルーウェーブ。
対するのは、公式中の人が使う女子プロ野球チーム、東京クノイチ。
公式側も相当なプレイヤースキルを持った人物で、トーナメント優勝者を前に女子プロ野球というハンデを背負いながらも引けを取らなかった。
東京ドームを会場として行われている白熱した試合は、3対2でブルーウェーブが1点リードで迎えた9回表。ブルーウェーブの攻撃。
『生放送の視聴者数は10万人を超えました。ワンダフルベースボール2032、第3回ユーザートーナメント戦を勝ち上がったポテチさん操る埼玉ブルーウェーブと、公式中の人ミキティさん操る東京クノイチの親善試合が行われております。1回と2回にクノイチがスモールベースボールで得点を重ね、2点リードしていましたが、7回にブルーウェーブが同点ツーラン。8回に再びブルーウェーブが満塁のチャンスを作り、見事勝ち越しの1点奪取という劇的な試合展開となっております。そして始まって参りました9回表ブルーウェーブの攻撃。バッターは3番の牧田からと言う怖い怖いクリーンナップです。解説の篠崎さん、クノイチにとってはここで何としても点は取らせたくないですよね』
『そうですね。しかし東京クノイチは、走力と守備力が抜群ですが、パワーとスタミナが弱点ですからね。対する総合的にバランスの良い埼玉ブルーウェーブ相手に、先発の早川が降板して以降、ほとんど投手を使い切ってしまっているクノイチにとっては厳しい局面になりますね』
『では、そろそろあの人の出番が来るでしょうか!』
『8回に何とかピンチを乗り越えた阿佐田もスタミナ切れを起こしていましたし、もうここしかないと言うタイミングですから、来るでしょう』
実況と解説が会話を進める中、ゲーム内の試合は進行されてアナウンスが流れ始めた。
「9回表、東京クノイチ、選手の交代をお知らせいたします。ピッチャー、阿佐田に変わりまして、ピッチャー、サイカ。背番号31」
テクノ調の入場曲が流れ、白に赤の縦ラインが入った女子野球ユニフォームを着たサイカが、赤い野球帽を被って登場する。その背中には31と書かれた背番号と、その上にSAIKAの名前。
ゆっくりとマウンドへと向かうサイカを映した映像が生配信され、視聴者のコメントは大盛況となった。
【キタ――――】【ピッチャーサイカとかw】【マジかよ】【え、サイカが投げる? マジ?】【おいおい熱すぎだろー】【待ってました!】【神展開きた】【投げれんのかよ】【可愛い】【我らのサイカ!】【サイカ! サイカ! サイカ!】【うひょー】
右手でボールを使って軽く遊びながら、マウンドまでやってくると、そのまま投球練習に入った。
キャッチャーに向かって軽く投げて、ボールを放り投げるという感覚を確かめるサイカ。何となく的を絞って物を投げるという行為は、夢世界スキル≪短剣投擲≫や≪苦無投げ≫に近い物を感じた。
サイカが5球の投球練習を終えると、ブルーウェーブの3番バッター、牧田が打席に入る。
『さぁついにサイカの登場です! コメントも盛り上がって参りました! さながら場内大歓声といった所でしょうか! いったいどんな投球を見せてくれるのか!』
『これは野球ゲーム界の歴史に名を残すと言っても過言では無い場面ですよ』
『そうですね。サイカの一球に全国の野球ゲームファンの注目が集まります!』
「9回表、ブルーウェーブの攻撃は、3番、センター、牧田、背番号8」
アナウンスと共に、青のユニフォームの牧田が打席で木製バットを構える。
サイカは胸の前に左手のグローブを置き、そこに右手で掴んでいるボールを入れると、大きく深呼吸して慣れない雰囲気に緊張している身体をリラックスさせる。
そして両脇を締め、揃えていた両脚の左足を少し下げつつ両手を大きく振りかぶった。そこから軸足を足元のプレートに平行にかけながら左足を大きく上げる。
軸足の拇指球に全体重を乗せて力を溜めながらお尻からの体重移動を始め、身体が開かないように前足を真っ直ぐ踏み出す。
後ろから前へ体重移動と身体の回転で加速した力を利用して、リリースで手首を利かせ、ボールに強烈なバックスピンをかけながら放り投げた。フォロースルーで小指が上を向き、全体重が前足に移動、踏み込んだ左足とは逆側の右足が自然に上がる。
サイカが投げたボールは、ど真ん中のストレート。
牧田のバットを持つ手がピクッと反応するが、それ以上動かなかった。
「ストライーク!」
審判の声が響く。
『おお! いきなりファーストストライクが決まりました! 球速は……150キロ! 今の1球、どう見ますか篠崎さん』
『女子プロ野球選手は、130キロでかなり速いと言われますから、それを圧倒的に上回る球速をいきなり叩きだしましたね。これはさすがサイカとしか言いようがありませんね。あっぱれです』
実況と解説にも熱が入った中、視聴者コメントも盛り上がった。
【やべー!】【サイカって女子だよな?】【え? 150キロ!?】【150キロどころか、それ以上に見えるノビだったぞ】【投球フォームも綺麗で初めてとは思えない】【さすが我らのサイカちゃん!】【かっこよすぎ!】
続いて、サイカが投じる第2球は、鋭く曲がるスライダー。
牧田はそれをカットしてファールにした。
『今、スライダーを投げました。ポテチさん操る牧田もそれをカットしてファール。早速2ストライクに追い込みました』
『今のスライダーもなかなか良い感じでしたね。大きく曲がると言うよりは、鋭くクイッと曲がっていましたので、バッターにとっても打ち難い球だと思います』
サイカの第3球は、ストレートが高めに外れてボール。146キロ。
4球目もストレートで外角に外れてボール。148キロ。
そして5球目、サイカが投じたのはチェンジアップだった。
ストライクゾーン外角高めに僅かに沈む125キロのチェンジアップを前に、タイミングを外された牧田のバットが空を切る。
「ストライーク! バッターアウト!」
球審の気合が入った声が、アウトを告げた。
『さんしーーーん! なんと! サイカの最初のマウンドは、いきなり三振です!』
「ふう」
と安堵の息を漏らすサイカは、投げた時に少しずれた帽子を右手で戻しながら、キャッチャーからの返球を左手のグローブで受け取った。
その後、4番バッターに四球を与えてしまったものの、続くバッターを内野ゴロと外野フライに打ち取り攻守チェンジとなった。
9回裏、クノイチの攻撃は、6番の倉敷から始まりデッドボールで出塁。その後、7番の直江が送りバントで倉敷を二塁まで進めるも、8番の宇喜多が三振。
一点差を追いかける9回の裏、2アウト2塁。
「9番、ピッチャー、サイカ」
サイカが今度は黒のヘルメットを被り、右手に持った金属バットの重さを確かめながら左打席へと入る。
教わったバットの持ち方でまずは打席に立つが、どうにもしっくりこないサイカであった。
『良い場面でまたもやサイカの登場です。篠崎さん、これ台本じゃないですよね?』
『台本なんてありませんよ。これはもはやヒロインとしての強運と言った所じゃないでしょうか』
『そうですか。しかし、先ほどは綺麗な投球フォームを見せてくれましたが、バッターでは少し構えがぎこちないですね』
『手と手が開いちゃってますし、初心者丸出しの構えですね』
ブルーウェーブの守護神、佐々木が投じるボールは先ほどのサイカよりも速い155キロのストレート。
ストライクゾーンに来たが、サイカは手が出せなかった。
「ストライーク!」
球審の叫びを聞きながら、サイカは今見た球を頭の中でイメージする。
今の球はサイカにとってそこまで速くは感じなかった。ただストライクとボールの見極めがどうにもできそうに無い。なので打てると思った球は全部打ちに行こう。
そんな事を考えながら、サイカはピッチャーの佐々木に力強い眼差しを向け、そして構えた。
続いて佐々木がサイカに投じた2球目。
先ほどよりは球が遅いが、同じコースに球が来たので、サイカはバットを振った。
しかしその回転数の少ない弾は地面に向かってストンと落ち、サイカのバットは空振りとなる。勢い余ってサイカの身体がくるりと一回転。
「ストライーク!」
2ストライクで追い込まれたサイカ。
こんな風に動く球があるのかと、サイカは今の球を頭の中でもう一度再生してイメージする。
右手で持った金属バットで、頭のヘルメットをコンコンと軽く2回叩き、そしてバッターボックスに戻る。
そこでサイカは1つの妙案を閃くに至った。
バッターボックスの前、白線ギリギリの所まで移動するサイカ。そのまま両手で構えていた金属バットのグリップの境目当たりを左手で握り、そして腰に持っていく。グリップに右手を添え、足を開き姿勢を低くしながら抜刀の構えに入った。
『おっと、これはどう言う事でしょうか。サイカ選手、不思議な構えになりましたね。篠崎さん』
『これはサムライの抜刀の構えと言った所ですね。野球では有り得ない構え方ですが、かなり手馴れた雰囲気があります』
相手のピッチャーとキャッチャーが少し驚いた表情になるも、すぐに真剣な表情へ戻る。
佐々木はキャッチャーのサインに二度首を振り、二塁にいる倉敷をチラ見した後、セットポジションに入った。
サイカから漂う威圧感を前にしながらも、佐々木が投じた3球目。
サイカの目が捉えたそのボールは、回転数が少ない。
フォークボール!
サイカは目を見開き、右手が金属バットのグリップを握り締める。
そしてスキル≪一閃≫を発動して、地面に向かって落ちるフォークボールに神速のスイングが豪快に振り抜かれた。
サイカが右手で振ったバットの芯より僅か上にボールが当たり、ライト方向へと鋭い打球が飛んだ。ブルーウェーブの右翼を守る荻野が走るが、段々と走る速度が弱まっていくのが見える。
弾丸ライナーでそのままライトスタンドへ。
『行ったぁぁぁぁぁーーー! 逆転! サヨナラ! ツーラアアアアアアアアアアアアン!』
実況のこれでもかと言わんばかりの叫び声が響き渡り、いつの間にか30万人を超えた視聴者のコメントが放送画面のコメント欄を埋め尽くしていた。
✳︎
アーマーギルティⅤ。
地球温暖化が進み、多くの都市が海に沈んだ世界を舞台に人型機動兵器が国家戦争をしていると言う設定のゲーム。プレイヤーは人型機動兵器ロボットの胴体・頭部・腕部・脚部をそれぞれカスタマイズして、それを操り4対4の本格バトルや、CPUを相手にしたミッション等が楽しめる事で人気を集めた。
海に沈んだ元東京とされるステージで、白い装甲に緑色の目を光らせたロウセンがビルの陰に隠れながら、ビームライフルを両手に持って周囲を警戒していた。
やがて仲間の1人から通信が入る。
『ロウセン、行ったぞ。E3だ』
それを聞いて、ロウセンは背中のブースターを吹かし急加速。ビルの陰から飛び出し、海水を左右へ吹き飛ばしながら高速移動すると、前方上空で半壊した敵機が飛んでいるのが見える。
どうやら逃げている様で、それを友軍機が追いながらビームライフルを連射しており、敵機はそれを器用に避けながら移動していた。
ロウセンは一旦移動を止め、海上でビームライフルを構えるとフルチャージ。
目と同じ緑色の極太ビームを発射。逃げる敵機に直撃させ、爆発四散させる。
【ロウセンがマルフォイを撃破しました】
撃破ログが流れると、友軍機のマスダがビームライフルのマガジンを装填しながらロウセンに話しかけた。
『ナイスショット』
「あと1機。何処かに隠れてる」
ロウセン側のチームは既に2機が撃墜され、敵チームは今ので3機目の撃墜。現在は2対1という状況となった。
有利となり少し気を緩めてしまっている2人は、残っていた敵機が10キロ程離れたビルの残骸で、巨大なレールガンを構え発射体勢に入っている事に気づいていなかった。
放たれたレールガンによる強烈な一撃が、友軍機のマスダを襲う。
ズドーンという重い音が鳴ったと思えば、マスダの全身青の機体を守るバリアを突き破り、脚を残した上半身の左側が吹き飛んだ。
『なっにぃっ!』
「レールガンか!」
と、真っ先に弾が飛んできた方向へ高速移動を開始するロウセン。
ここに来てロウセンは温存していたシステムを発動する事にした。
【フォーミュラシステム、起動】
女性のアナウンスが流れ、ロウセンの身体が赤い輝きを放つ。
そんなロウセンに2発目となるレールガンの弾が発射され、ロウセンはそれを左右に平行移動する事で避ける。そしてレールガンが放たれているビルの残骸に向けて、手に持ったビームライフルを連射した。
放たれたビームがビルを壊しながら、ロウセンは一気に距離を縮め、敵機をロックオンシステムが捉える。
そこにいた黒色の装甲をした敵機が、その場に大きなレールガンを残し、ロウセンに向かって前進。
相手は手にソードを持っている為、ロウセンもビームライフルからソードに持ち替え、そのままソードとソードが激しく衝突した。
火花を散らしながら、3度とソードが衝突した後、ロウセンがフォーミュラシステムの高機動性を活かして相手の後ろへと回り込む。それを察知した敵は、前進して距離を取りながら振り返り、右腕を突き出してバルカン砲を発射。
ロウセンはそれを左手でビームシールドを展開して防ぎ、そして上空へ飛ぶ。空中で赤い残像を残しながら、目にも見えぬ高速移動により相手の照準を翻弄して、そしてビームシールドを構えながら突進。
敵機はすぐにソードを構え、受けの姿勢に入ったが、そんな事お構いなしにロウセンは前へ出る勢いを利用して相手のソードをソードで弾いた。
大きく腕を上に持って行かれた敵機は完全に胴体がガラ空きとなった為、ロウセンは緑の目を光らせ、そのままソードを振るい直撃させる。
ザザッ。
勝負有ったと思えたその時、突如としてノイズが入る。
「……なんだ?」
見れば、今目の前で斬った黒い装甲の敵機が結晶化を始めていた。
直感で危険な気配を感じたロウセンは、一旦後方に飛んで距離を取る。その頃にはフォーミュラシステムの効果も切れ、ロウセンの赤く光り輝いていた装甲が元の白い装甲に戻っていた。
その間にも目の前で撃破したはずの黒い機体が瞬く間に全身が結晶化していき、完全に結晶化したと思えば、黒に限りなく近い紫色のドロドロとした液体が結晶の隙間から漏れ始め、その巨体を包んで行った。
ロウセンはこれが何か知っている。
実際に見るのは初めてだが、動画配信サイト等で出回っている映像で、新種コンピュータウイルスに端末が感染したプレイヤーキャラクターがこうなる姿を見た事が何度かあった。
つまりこれは世間を大いに騒がせた新種コンピュータウイルスで、サイカで無いと倒せない存在だと言う事も知識として会得している。
『倒したのか?』
と半壊したが何とか生存していた友軍機マスダから通信が入ると同時、ロウセンはすぐに動きだし先ほど敵機が使っていたレールガンを回収しながら、加速してマスダがいる方向へと飛ぶ。
「ウイルスが出た」
『えっ、マジかよ。やべーじゃん』
ロウセンがマスダと合流する頃、敵機は完全にバグ化。
そのまま先ほどロウセンが斬ったはずの機体を模った姿になり、周囲を確認する素振りを見せている。
遠くからその様子を伺うロウセンの横で、マスダが次の行動についてロウセンに問う。
『なあ、どうするよ』
「端末の電源切れる?」
『端末? ゲーム機のか?』
「うん、噂によるとあいつの近くではログアウトも出来なければ、端末の電源が切れなくなるらしい。酷いと行動も不能になるって聞いた」
『……マジだ。今、電源ボタン押してもダメ。電源コードも抜いたけどゲーム機動いてやがる!』
「俺も今試したけどダメだ」
『嘘だろおい』
2人がそんな会話をしていると、バグが遠くから2人の姿を見つけた様で、猛烈なスピードでこちらに向かって飛んで来るのが見えた。
「来た! 逃げよう!」
と言いながらも、ロウセンは手に持ったレールガンを構えて放ちバグの頭に命中させる。
しかし普通であれば機体を装甲ごと吹き飛ばす威力を誇る弾であるにもかかわらず、全く効いていない様子だ。
それを確認しながら、2人はバグが飛んで来る方向とは逆方向へ、フルスロットルで逃げる様に飛ぶ。
機体が半壊しているマスダは4つあるブースターの片方2つが機能しておらず、スピードが出せない為、ロウセンがレールガンを海に投げ捨てながらマスダの手を握って引っ張った。
だが2人の移動速度よりも速く飛んで来るバグには、このままだとすぐに追いつかれてしまう事は明白だ。
『ロウセン! 俺はもう良いからお前だけでも逃げろ!』
「何を言ってるんだ!」
逃げる事を諦め、ロウセンはマスダを先に行かせると迫るバグに向けビームライフルを構える。
『何やってんだ!』
「どうせ逃げれないなら、迎え撃つまで!」
『馬鹿野郎!』
罵倒しながらも、マスダも残っていた右腕でビームライフルを構えた。
だが次に起きた異変を前に、2人のライフルからビームが放たれる事は無くなる。
空に次々と無数の四角い穴が開き、そこから何やら機械的な翼を背中に付けたサイボーグが現れた。
「なんだ!?」
ロウセン達ほど大きな姿ではなく、あれは人間と同じ大きさのサイボーグ忍者。1人や2人では無く、100はいるだろう軍勢が上空に現れたのだ。
ロウセンもマスダも、そのサイボーグ忍者に見覚えがあった。
あれはサイカだ。
しかもバグと戦う時の形態とされている、サイボーグ姿のサイカ。
一般的に知られているサイカとは少し見た目の雰囲気が違うその姿は、動画やSNSで広まっていた映像で見た事がある。プログラムサイカと呼ばれるサイカのコピーで、量産型サイカとも言われるサイボーグ忍者の軍勢。
上空で散開しながらも綺麗に陣形を整え、そのまま海上にいるバグに向けて降下を開始した。全員手にはノリムネを持っている。
『あれサイカじゃねーか! 助かったぜ!』
と喜ぶマスダ。
バグも上空から来る脅威に反応して、攻撃対象をロウセンとマスダではなく、プログラムサイカの軍勢に切り替えた様だ。
視線を上空に向け、そのまま飛び上がり上昇を開始した。
すぐに巨大ロボットバグ対プログラムサイカ100体の激しい空中戦が開始される事となる。
これは勝ったも同然……と思われたが、このバグは強かった。
元々プレイヤーが装備として持っていたソードも模して、その武器を使いこなし、取り囲むプログラムサイカ達を蹴散らしていた。
圧倒的にパワー負けしているのである。
恐怖も何も感じていないプログラムサイカ達が次々と斬り掛かるも、虫でも薙ぎ払うかの様に通常よりも大きく模したソードでプログラムサイカ達を消し飛ばしていた。
だが物量で押し潰すつもりなのか、プログラムサイカの増援も続々と上空に現れ、まるで群がって襲いくる蜂と、それを尽く打ち消す鬼神と言った戦闘になっている。
プログラムサイカに斬られた箇所は瞬時に再生していると思えば、バグは頭部から光線を放っているのも見える。ロウセンとマスダの目には、プログラムサイカ達がこのバグを倒すビジョンが全く見えない状況に陥っていた。
「そんな……サイカが圧倒されてる……」
とロウセンが今後の展開を心配していた。
それもそのはず、このロボットバグはレベル5に相当する強さで有り、意志や精神と言った概念を持たないただ量産されただけのコピーブレイバーでは歯が立たないのだ。
固唾を飲んで見守るロウセンとマスダに、何処からともなく通信が入った。
『そこの2人、モデムのネットワークケーブルを抜いて強制ログアウトするんだ』
ロウセンはその声も聞き覚えがあった。
その通信を入れてきた主を探す為にロウセンが上空を見渡すと、激しい戦闘が行われている空域からかなり離れた場所で、もの凄いスピードで接近する人影が見える。
プログラムサイカ達と同じ形をしてはいるが、雰囲気と見た目が少し異なったサイボーグ忍者。
本物のサイカだ。
機械の翼を広げ、ノリムネ改を片手に持った彼女は、プログラムサイカ達を追い越しロボットバグと衝突する。
プログラムサイカとは明らかに動きが違うサイカは、予想出来ないトリッキーな動きでバグの周りを飛び回り、バグの光線やソードを避けながら一太刀を入れた。
それにより腕を斬り落とし、腕を再生している間に今度は腹部を斬り抜く。回転しながらザクザクと斬り込みを入れ、傷口から一瞬コアが見えた所を目視で確認する。
バグは再生した左腕を即座に伸ばしてサイカを掴もうとするが、それをサイカは斬り裂いた。
そして夢世界スキル≪分身の術≫で4人に分かれると、2人のサイカが腕や脚を狙い、もう2人のサイカが胴体を重点的に斬り込んでいく。
バグの再生が追いつかない程の速度で斬った為、もう一度ロボットバグのコクピット部分に露わになったコアを1人のサイカがノリムネ改の≪ブーストソード≫を発動させ、空気の刃で弧を描いてコアごと真っ二つに斬った。
そしてロボットバグは蒸発する様に消滅する。
あんなにプログラムサイカ達が苦戦していた相手を、いとも簡単に倒してしまった本物のサイカ。
それをロウセンとマスダは、事前に通信で言われたケーブル切断の事すら忘れて見惚れてしまっていた。
バグの消滅を確認したサイカは、
「終わった」
と何処かに連絡を入れると、すぐ隣にエレベーターの扉が開くかの様に四角い穴が開き、その中に入って見えなくなった。
そして周囲の生き残ったプログラムサイカ達も戦闘態勢を解き、次々と別の四角い穴へと撤収していく。
それからまるで何も無かったかの様に、海上にポツンと残されるロウセンとマスダであった。
『動画でも撮っておくべきだったな』
とマスダが呟く。
「ああ……そうだな」
ロウセンにとっても、きっと今日見た事は永遠に忘れない出来事であろうと感じていた
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その後のサイカの活動は次の通りである。
モバ系対戦ゲーム、ネバーレジェンドの対人戦に何度か参戦するもルビーには出会えなかった。
牧場生活ゲーム、パスチャーライフで宣伝用として牛や羊を世話するサイカの動画撮影。
恐竜や原住民と戦うアクションゲーム、ディノザオリアーオンラインに出現したバグを退治。
テニスゲーム、プリンセステニスでテニス選手として複数のプレイヤーの挑戦を受ける。
SF系FPSゲーム、ゾルダートエックスに出現したバグを退治。
バトルグラウンド2の100人戦争に再び乱入して暴れる。
ワールドオブアドベンチャーのメゾン大陸に現れたバグを退治した後、ゼネティア放送局の生放送番組にゲスト出演。
多忙な任務をやり遂げ、今日あった出来事を夢主の琢磨に報告する事がサイカの日課になっている。
今日は特にワンダフルベースボールという夢世界で、野球と言うスポーツを楽しんだ事を重点的に琢磨へ話し、安らぎの瞬間である琢磨とのお喋りを楽しむ。
琢磨も昔野球をやっていたという事で、
「いつかキャッチボールでもしよう!」
とサイカは琢磨に微笑みながら提案した。
サイカにとって琢磨とのお喋りは何時間でもやっていたい事だが、時折シュレンダー博士の邪魔が入り、不機嫌になるという流れはあまり変わっていない。
そんな一時を過ごした後、サイカは目覚める。
自室のベッドで眠っていたサイカは、一糸纏わぬ姿であったが、ルビーとの朝訓練までは時間に余裕がある事を置時計で確認しつつ忍び装束に手早く着替える。
部屋の扉を開けて廊下に出ると、箒を持って廊下の掃き掃除をしているエムがいた。
「サイカ! おはようございます!」
無邪気な笑顔で挨拶をしてくるエムに癒され、
「おはよう」
と返すサイカ。
エムの緑髪の頭を軽く撫でた後、サイカが真っ直ぐ向かったのはクロードの部屋である。
クロードの部屋の前まで来ると、サイカは扉を二度ノックした。
「サイカか? 入っていいぞ」
そう言われてサイカは扉を開ける。
そこには……左半身と顔の左半分まで結晶化が進行した状態で、ベッドに横になっているクロードの姿があった。




