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ログアウトブレイバーズ  作者: 阿古しのぶ
エピソード3
42/128

42.マーベル

 サイカがシュレンダー博士と共に赤いホープストーンに飛び込み、そしてサイカだけが戻ってきたあの日から2ヶ月程が過ぎた。狭間と呼ばれる場所でサマエルを見たと言うサイカは、あそこが全ての元凶では無いかと言う。

 サイカ達が狭間でサマエルを刺激してしまった事が影響してか、夢世界でバグの行動が活発化した。

 しかし異変が起きたのは夢世界だけでは無い。


 スウェン達によるテロ事件で、ミラジスタの採掘エリアはホープストーンを9割失った。

 しかしそれはほんの些細な事で、もっと重大な変化が2つある。


 1つは、世界的にブレイバー召喚儀式の成功率が極めて低くなり、五体満足で召喚できるのは10回に1回程となった事。

 2つ目は、ホープストーンから直接バグが産まれる現象が多発している事。この事は作業が再開されたホープストーン採掘エリアで、僅かに残っていたホープストーンから、アレインの影響を受けていないにもかかわらず、バグが産まれると言う現象が多数確認され発覚した。


 これにより、長きに渡りブレイバーとバグが保ってきた世界のバランスが崩れる事となってしまった。すぐに被害が出る程では無いが、今後バグの数だけが増え続け、このままでは世界は滅亡するとまで言われる様になっている。


 最近ではホープストーン未開拓の地で地面の中からバグが生まれ、人里に向かって侵攻してくるという事態に陥っていた。

 その影響でレベル3以下のバグが町の外に蔓延り、多くのブレイバーが駆り出される事となる。マーベル、ミーティア、サイカ、エムの4人もミラジスタと言う大きな町を守る為、外壁の外側で無数のバグと戦う日々が続き、今日もバグ退治の任に励んでいた。


 見晴らしの良い丘で、エムの支援魔法を宿したサイカとミーティアが前に出て、山岳方面からミラジスタに向け移動してくるバグの群れを対処する。


 2人の連携は見事なもので、互いに互いの背中を守る様に立ち回り、言葉を交わす事無く数十体のバグを瞬く間に消滅させていく。


 後方にいるエムは、愛用していた杖を失っている状態ではあるが、夢世界スキル《クラフトスペルブック》で魔法書を手元に召喚して、風の魔法で横に立つマーベルを守り、マーベルは攻撃魔法を唱えバグを蹴散らしていた。


 そこへ迫る1体の巨大な蛇の様な形をしたバグをマーベルは発見して大声で知らせる。


「サイカ! でかいのがきた!」


 周囲のバグを一通り片付け終わったサイカがその声を聞き、横にいるミーティアへアイコンタクトを送ると、ミーティアは頷いた。そして2人は移動して蛇形バグの前に立ちはだかると、ミーティアがサイカに作戦を言い渡す。


「アレ、やろっか」

「わかった」


 アレと言うのは、夢世界で2人が行っていた連携技の事である。


「支援掛けます!」

 とエムが2人に支援魔法を付与。


 レベル4と思われる巨大な蛇形バグに向かい、ミーティアがまず攻撃速度が大幅に上昇する夢世界スキル《ソードクイッケン》で猛烈な連続攻撃を仕掛ける。

 バグの牙による反撃が来たら、その攻撃をサイカが弾いて怯ませる。

 そのままミーティアが再び前に出て攻撃、反撃をサイカが弾くと言う攻防の役割分担を行い、それをしばらく繰り返した。ミーティアの《ソードクイッケン》の効果が切れた頃、ミーティアの夢世界スキル《ソードウェーブ》でバグを切り裂き、見えたコアをサイカがキクイチモンジで一突き。


 巨大な蛇形バグは消滅した。


 それが恐らくは最後のバグとなり、周囲に静けさが訪れ、最初にエムが喜びの言葉を口にした。


「やりましたね!」


 ミーティアは双剣を背中に装着して、サイカも刀を腰の鞘に納刀していると、ミーティアとマーベルがいち早くサイカの変化に気付き驚きの表情を浮かべる事となる。

 エムも2人の目線の先に目をやる頃、マーベルが何も気づいていない様子のサイカに教える。


「サイカ、その手……」

「えっ?」


 サイカは自分の両手を見ると、指先から肩に掛けて肌が黒く変色していた。それを見てサイカ本人も驚いた様子だ。そんなサイカの瞳孔も、赤く光っている様にも見える。


 ミーティアが籠手を取り外して素手になりながら、

「見せて!」

 とサイカの手を握った。


 その黒い手は、酷く冷たかった。

 ブレイバーは一部を除いて基本的には人間と同じ体温である事が一般的な為、この冷たさは異常である。まるで氷に触ってるかの様なその冷たさは、バグそのものだ。


 そしてこれと似た皮膚をしていたキャシーと呼ばれる女は、ナポンにこんな事を言われていた。


 バグが混じっている。


 その事を覚えているミーティアは、サイカの症状を見て只事では無い事を悟った。


 段々とサイカの皮膚が元の白い肌に戻って行く所を目前にしながら、ミーティアは決心を固めたかの様にサイカへ力強い眼差しを向ける。そしてサイカの手を優しく触りながら、片膝を着き頭を軽く下げた。


「サイカ。私は、恩人であるサイカに忠義を尽くす事を今決めた。私はサイカを守る。いや、私の身も心も今からサイカの物だ」


 いきなりそんな事を言い出すので、戸惑うサイカ。


「ど、どうしたんだ急に。だってお前はシッコクの……」

「もう私は王国の犬では無くなり、シッコク様にも見捨てられた身。これからどうするべきか、散々悩んだけど、今はサイカの力になりたいと思っている」

「ミーティア……」


 ミーティアは顔を上げ、2人の目が合う時には、サイカの手はすっかり白肌に戻っていた。


 ミーティアは王国直属のブレイバー隊から除名された。


 それはシッコクが謀反を起こしたと言う噂を聞き、ミラジスタへ向かっていたミーティアが慌てて王都に戻ろうとした時に、王国兵士から知らされた。フリーのブレイバーとなってしまったミーティアは、王都シヴァイに許可無く立ち入る事が出来ず、ミラジスタへ向かう以外の道が無くなる。

 そんな経緯があって、あのテロ事件に関わる事になったと言うのが、あの時のミーティアだ。


 スウェンによるテロ事件解決以降は、しばらくサイカと行動を共にした後、もう一度王都に出向き、門前払いされ再びミラジスタまで帰ってきたと思えば、何か吹っ切れたかの様に再びサイカと合流するに至った。


 サイカへの忠誠を誓い、目の前で跪く銀色の鎧に身を包んだ金髪女子に、サイカは何と言ったらいいのか分からない。


 ぐうううううう。


 サイカの思考を邪魔するかの様に、サイカのお腹が大きく鳴った。

 少し近寄り難いオーラを出していた2人が、その音で急に解れた為、マーベルが近づきながら呆れた顔で話しかける。


「バグも片付いた事だし、騎士様の忠誠は後回しにして、一旦ミラジスタに戻りましょう」


 するとミーティアが立ち上がり、

「後回しにされては困る!」

 と言うので、サイカがミーティアの手を握り返して微笑み掛けた。


「ミーティアの気持ちは嬉しいし、一緒にいてくれたら心強いと思う。でも今後、私に何があろうとあまり無理はしないでくれ」

「サイカ……」

「行こう」


 そんな事を言い残し、何事も無かったかの様にサイカは遠くに見えるミラジスタの外壁を目指して歩き出した。

 マーベル、エムもそれに続いて歩き出し、ミーティアも3人の背中をしばらく見た後、大分遅れて後を追った。


 ✳︎


 2032年11月上旬、数十年ぶりの就職氷河期と言われているこの時期に、東京都にあるワールドオブアドベンチャーの運営会社の1つ、テクノイージス社本社ビルで中途採用試験を受ける女性がいた。


 お洒落な待合室で、緊張した面持ちで席に座るリクルートスーツを着た彼女の名は岡七海(おかななみ)


 七海は就職先が決まらないまま女子大学を卒業してしまい、今は大学在学中からお世話になっている居酒屋のバイトに勤しみながらの就職活動をしている。所謂、既卒のフリーターだ。


 見渡せばそこは何処かのアミューズメントパークの様な内装に囲まれ、壁には絵画、溢れんばかりの観葉植物、そしてワールドオブアドベンチャーのキャラクターをかたどった彫像なども置かれていた。待合席の目の前には壁掛けの巨大スクリーンがあり、ワールドオブアドベンチャーのCMや、最近流行りのサイカの宣伝映像が映し出されている。


 何を聞かれるのだろうか、自己PRを聞かれたら何を言おうか、そんな事を頭の中でぐるぐると考えながら面接官が来るのを待つ七海。


 やがて事前に知らされていた面接開始時間になった頃、私服姿で片手にノートパソコンを持った男性がやって来た。


「岡さんですね」

「あ、は、はいっ!」

「本日面接をさせて頂く前川です。よろしくお願いします。どうぞこちらへ」


 案内され、前川と言う男性の後ろに着いていくと、ガラス張りで廊下から丸見えのミーティングルームが並ぶ通路へと出る。そのいくつかの部屋は、従業員であろう私服姿の人たちが何やらゲームの会議をしているのが見え、3つ目くらいの空室の前までやって来る。


「どうぞお座り下さい」

 と席に座る様に促されたので、七海は鞄を椅子の下に置いて4席ある内の1席に座り、前川は向かい側に座ってノートパソコンを開いた。


 そこから学歴は大学卒業で職務経歴無しと言う履歴書を七海が手渡すと、早速面接が開始された。


「まずは自己紹介をお願いします」

「は、はい。岡七海。22歳です。今年大学を卒業して、今は居酒屋でフリーターをやっています」

「なるほど。早速ですが、岡さんが弊社を志望した動機は何ですか?」

「はい。えっと、御社の経営理念に共感を―――」

「ああ、そう言うのは良いです。弊社はゲーム管理会社ですが、何のゲームを取り扱ってるか知っていますか?」

「ワールドオブアドベンチャーの運営をされている事は知ってます」

「他には?」

「他? ……えっと……知りません」

「そうですか。ワールドオブアドベンチャーは弊社が運営する中でもビッグタイトルの1つですが、プレイした事はありますか?」

「いえ……」

「では、何かネットゲームをプレイされたご経験はありますか?」

「ファンタジースターと言うゲームを長いことやってます」

「ファンタジースターですか。有名所ですね。なるほど。では、大学生活で最も打ち込んだことは何ですか?」

「はい。えっと、イラストを描く事です」

「イラストですか?」

「はい。趣味で……その、イベントで自費出版なども経験しています」

「漫画か何かでしょうか?」

「はい。漫画……です」

「どんな内容の漫画を描かれているのでしょうか?」

「えっと……ボーイズ……ラブ……です」


 恥ずかしさのあまり顔を真っ赤に染める七海に向けられる、面接官の前川の笑顔はとても痛い。


 それから小一時間の面接は続き、そして気付いたらエレベーター前まで見送られ、帰路に着いていた。

 あの後の事は、何を聞かれ、何を話したのか、頭の中がパニック状態になっていたせいで、あまり覚えていない。大学在学中も含めると、何十社と落とされている七海にとって、今回も手応えは無かったと感じた。それはあの面接官の言動と目を見ていれば、何となく分かる。


「はぁ……」


 今回もダメだったと思うと、1人大きく溜め息を吐く七海。

 駅のホームで電車待ちをしている間に、鞄の中からスマートフォンを取り出し時刻と通知を確認する。

 ファンタジースターのグループメッセージ通知が235件。

 オリガミからのメッセージが3件。


 ネット上で知り合ったオリガミとは、もう随分前からの付き合いである。七海がマーベルと言う名前で、イラスト投稿サイトに自身の絵を投稿したら、好きだと言ってくれた第一号ファン。そんな機会もあって、ほとんど毎日の様にメッセージのやり取りをしている。


 ファンタジースター仲間のメッセージが三桁になっているのはいつもの事なので、とりあえず最優先でオリガミのメッセージを確認する事にした七海はスマホ画面をタップした。


【おっはよー!】

【って、もうお昼じゃん】

【今日、面接だったんでしょ? どうだった?】


 オリガミが熱中しているワールドオブアドベンチャーの運営会社の面接を受けた……と言っていいものかどうかしばし悩み、何となく言わない方がいいなと思った七海。


【たぶんダメだった】


 返信を送信した時には、電車が到着したので七海はそれに乗り込む。そして電車の中の電子公告に、これでもかと言うくらいサイカが登場しているのが目に付く。席は空いておらず、仕方なく電車のドア近くに立つ事にした七海はつり革に捕まりながら再度スマホの画面を見ると、丁度オリガミから返信がきた。


【そっかー。でもマーベルには得意のイラストがあるんだから、何とかなるっしょ!】


 小さいころから絵を描くのが大好きで、しっかり作品として描き始めたのは中学生の頃。アナログで描いたイラストをスマホのカメラで撮影して、それをイラスト投稿サイトに投稿したのが始まりだった。


 高校生の頃に女性向けの漫画の魅力に取り憑かれ、自分もこんな絵を描いてみたいと、デジタルイラストの練習を始めたのも大きな進歩だったと思う。

 大学生になって、同人誌即売会に興味を持った七海は、自分の今までのスキルを活かして漫画に挑戦した。なので大学在学中に7回ほどボーイズラブ分野の作品を本にして、即売会で販売した経験もある。


 でも結局は絵を描く事ばかりで、就職活動を怠ったのがこの様だ。IT技術の発達により、様々な事がパソコンで行えてしまう様になってしまったせいで、社会的に肉体労働以外の求人が減る一方だった。でも2ヶ月前にあったネットワークショックの影響で、求人は増えて来たから何とかなるんじゃないかと思っていた七海だったが、どうしようも無いくらい人前でのコミュニケーションが苦手な事が仇となっている。


 オリガミはこう言うけれど、自分を売り込む事が下手な七海にとって、デジタルのイラストレーターは山ほどいて、就職氷河期と言われるこの時期に、コネも何も無しにイラストで飯を食うなんて無理がある。そんな厳しい現実を叩きつけられていた。


【そう簡単には行かないよ】

【えー、そうかなぁ】

【そうだよ】

【あ、そうそう。今度、マーベルがやってるファンタジースターに遊びに行く事になったよ】

【え? ファンタジースター始めるの?】

【そう言う訳じゃないんだけど】

【どう言う訳?】

【うーん……芸能活動、みたいな?】

【なにそれ】

【まあ楽しみにしててよ! ファンタジースターってサーバー分かれてるゲームだよね? マーベルのサーバー名教えて!】

【ズールサーバーだけど】

【ズールサーバーね。オッケー!】

 と、可愛らしいスタンプイラストを送ってくるオリガミ。


 確かオリガミは仕事を辞めてニートをしていて、兄と一緒に暮らしていると言っていたはずだけど、いったいどう言う事だろうか……と、気になりはしたものの、七海はそれ以上言及しようとはしなかった。


 最寄駅から自宅へと歩いている途中で、七海はふと大学4年生の頃によく遊んでいた友達を思い出す。

 大学で一緒の講義を受け、ラウンジで休憩をしていた時の事だ。


 ✳︎


「あやのん、内定決まったんだよね。いいなー」

「運が良かっただけだよ。ななちゃんだって、将来漫画家目指してるんだから、そっちの方が私は夢があって良いなって思うけどなあ」

「漫画家なんて夢のまた夢。今はみんなデジタルが当たり前で、腕の差も付きにくいし、倍率も凄いんだから……」

「でも、ななちゃんが描く男の子、すっごいカッコイイと私は思うけどなー。そう言えば、本出したりとかしてるんでしょ? 今度読ませてよ!」

「いやいやいやいや! 恥ずかしいから無理! あやのんには絶対ダメ!」

「えー! なんでー?」

「あやのんは健全だから! うん! 私の絵で汚したくないの!」

「なにそれ、ウケる」


 そんな風にいつもニコニコ笑っている彼女は、七海にとってはとても眩しかった。


 ✳︎


 結局、そんな飯村彩乃とは大学卒業してから疎遠気味になってしまっているけど、元気に社会人やっているだろうか……と、七海は思う。

 無事に職が決まったら連絡でも取ってみようかと考えていると、自宅のマンションが見えてきた。


 そして七海は帰宅する。

 リビングに顔を出すと、近頃東京都内で発生している連続通り魔事件のニュースが流れるテレビを母親が見ていて、父親がお茶を飲みながら新聞を広げてダイニングテーブルの椅子に座っていた。

 七海は喉が渇いたので、台所まで足を運び、冷蔵庫から麦茶を取り出し手ごろなコップにそれを注ぐ。すると母親が七海に顔を向け話しかけてきた。


「あら、七海。もう帰ってきたの? 面接はどうだったの」

「たぶんだめ」

「だめって……このご時世、あんまり高望みしてないで、もっと小さな会社受けたら?」

「うっさいなぁ。なんだっていいでしょ」

「うるさいとは何よ。心配して言ってあげてるのよ。アナタも何とか言ってよ」


 母親が父親に話を振ると、父親は新聞から目線を変える事なくぶっきらぼうに答えた。


「七海がやりたい様にやってりゃええ」

「アナタがそんなんだから、七海が就職できなかったのよ」


 今にも夫婦喧嘩が始まりそうな雰囲気になってきたので、七海は麦茶を飲み干し、そそくさと自室へと移動した。


 七海の部屋は、足の踏み場がほとんど無いほど散らかっている。本がぎっしり詰まった本棚と、本棚やクローゼットにすら入らなくなって溢れた漫画の単行本や同人誌が、床に積まれているのだ。

 本の宝庫と言ってしまえば聞こえは良いが、自分が寝るベッドの周りまで無造作に置かれた大量の書物は、人によってはただのゴミ屋敷に見えるかもしれない。

 でもそれぞれが誰かの作品なので、捨てようとも思えない七海であった。


 まずはリクルートスーツから着慣れたスウェットに着替え、デッサン人形が置いてあるパソコンデスクに座る。

 パソコンのスリープモードを解除すると、2つあるディスプレイ画面の内1つに漫画を描いてる途中のイラストソフトが表示された。それを隣のディスプレイ画面に指でスワイプして移動させ、キーボードの前に置かれているパソコン画面がミラーリングされている液晶ペンタブも脇に退ける。


 そしてプログラムサイカの診断画面を一度開いて、パソコンに何も問題が起きていない事を確認した後、デスクトップにあるファンタジースターのアイコンを指でタップした。


 すぐに新しいパッチのローディング画面へと切り替わり、そこには『シノビセブンコラボ』と言う文字が目に入る。


 ✳︎


 ファンタジースター。

 ワールドオブアドベンチャーよりも少し前から複数プレイヤー参加型オンラインRPG、通称MORPGと言うジャンルでサービスが開始されたゲームである。

 ファンタジーの世界観でありながら、様々な惑星に転送魔法で出向いて、その惑星の危機を救うと言う壮大なスケールを売りとする本作。魔法の町リムラと言う場所がロビーとされ、そこに集うプレイヤー達が4人までのパーティーを組んで、惑星へと出掛けるというのが大まかな流れだ。

 マイルームを所持する事も可能で、ゲーム内で溜めた通貨で家具を買い、自由に部屋をコーディネートできる。


 このファンタジースターをマーベルと言うエルフ族キャラクターで始めて6年は経つだろうか。

 6年と言うのは、このゲームにおいては、とっくに最大レベルの80になっていてもおかしくないが、残念ながらマーベルのレベルは75止まりだ。


 魔法の町リムラにログインしたマーベルは、クエストを受注するNPCの前にいた。

 早速、知り合いのプレイヤーがいないか周りを見渡すと、すぐ近くに黒髪で細見の見知った男性剣士キャラクターがいるのが見えたので早速声を掛ける。


「ライアくーん!」

「おっマーベルさん! 今ログインしたの?」

「うん! ちょっと用事があって。超疲れた」

「お疲れ様。俺も今日は休み」

「それじゃ、私の部屋でお話ししよっか」


 マーベルはそう言いながらライアに微笑み掛けると、そのまま転移魔法を唱えてマイルームへと移動した。




 マーベルの部屋は、お菓子の家をモチーフにして統一された家具が置かれ、いかにも女の子らしい内装。大きなクマちゃんのぬいぐるみと、大きなダブルベッドに置かれたハート型のクッション。タンスや本棚と言った家具は、全てお菓子で作られたデザインとなっているレアアイテムだ。


 これらのほとんどは、マーベルが自分で手に入れた物ではない。


 そんな自分のマイルームにやって来るなり、マーベルはメニュー画面を開いて杖の装備を解除すると、戦闘用の魔法使いの服からナイティードレスに衣替えしながらベッドにそのまま寝転がった。

 マーベルの後を追う様に、ライアと呼ばれた男剣士は転移魔法でマーベルの部屋へと入って来る。


 このゲームではフレンドリストに登録していて、本人から許可を貰っている場合のみ、マイルームに他プレイヤーが入る事が出来るのだ。


 ライアが入って来るなり、

「通話する?」

 と少しニヤケながら言ってくる。


「ごめん、今はそんな気分じゃないなー」

「そっか」

「そう言えば、この前、すっごい可愛い衣装アイテムが課金クジで出てたよねーウサ耳のやつ」

「それなら持ってるよ!」

「すごっ! いいなー!」

「あげようか?」

「えっ、悪いよー」

「いいよ、いらないから」

「ほんとに? じゃあ貰っちゃおうかなー」


 マーベルとライアがそんな会話をしていると、マーベルがログインした事をフレンドリストで確認した男キャラクターが3人、次々とマーベルの部屋へと転移魔法で入ってきた。


「マーベちゃんこんちゃー!」「どもー!」「待ってたよ」等と、マーベルがいる時はここに集合するのが当たり前と言った様子で男たちが集合する。


「みんな来てくれたんだー! 嬉しいー!」

 と、ベッドに寝転がったまま、嬉しそうな表情を男達に向けるマーベル。


 マーベルにとって、このファンタジースターは男達と戯れるゲームとなっていた。

 最初の2年ぐらいはちゃんとこのゲームで遊んでいたし、楽しんでいたが、段々とレベルを上げるのが辛くなってきた頃、こんな風に言い寄ってくる男達とお喋りをするのが日課になってしまっている。

 ログインしたらマーベルの部屋に集合して、楽しくお喋りをする。貢物を貰って喜ぶ。ファンタジースターの本来の目的の惑星に出かけてそこのモンスターを倒して攻略するなんて事は、もう久しくやっていないのだ。


 こう言う事を長く続けていると、たまにマーベルの態度に勘違いした男がリアルで会おうだの、付き合って欲しいだの、ネット彼女になってくれだのと言いだす輩が現れる。

 でもマーベルはその度に、それを断って、しつこい様ならフレンドから外して二度と部屋に入って来れない様にブロックする事で解決してきた。


 すると次第に一線を踏み込んでこない理解ある男だけが、マーベルのフレンドに残る事となる。


 そうやって築いてきたマーベルの親衛隊である彼らは、安心できる人物であるとも言えるのだ。

 当然ながらリアルで会う気なんて無いし、イラストや漫画を描いてる事や、同人誌即売会に参加している事など、リアルバレする可能性がある事は口が裂けても言わない様にしている。


 そんな距離感を保った彼らと、今日も他愛も無い会話を楽しみつつも、隙あらば別画面で裏作業として漫画を描くという作業を行うのがマーベルの過ごし方。それはマーベルにとって、この上無く居心地の良い空間だ。


 常連となった男4人、マーベル1人と言ういつもと変わらぬメンバーで会話を進める中、マーベルがとある質問を投げかけてみた。


「そう言えば、シノビセブンのコラボが今日から始まるって告知に出てたけど、あれなに?」


 答えたのはライア。


「あれ、知らないの? シノビセブンって、最近話題のバーチャルアイドルサイカのグループだよ」

「え、じゃあサイカがこのゲームに来るの?」

「確か公式が発表してたスケジュールだと、サイカが来るのはかなり先だったな。とりあえず、今日はシノビセブンの誰かがこのサーバーのリムラに来るらしい」

「なーんだ。つまんないの」

「いやいや、何か特別なイベントが用意されてるみたいだよ。しかも、レアアイテムのプレゼント企画もあるんだとか」

「ふーん。それいつから?」

「えっと……丁度1時間後くらいかな」

「ま、見に行ってみてもいいかな」




 1時間後にマーベルはいつもの装備に着替え、男4人を連れてプレイヤーのロビーとなっている魔法の町リムラに訪れると、多くのプレイヤーがそこに集まっていた。


 事前告知があったのはリムラの町の中央広場。何かイベントがある度に使われるステージ会場の様な舞台が設置されている場所である。プレイヤーキャラが集まり過ぎて混雑しているが、男4人が上手い事見やすい場所を確保してくれ、マーベルはそこに立って見物する事にする。


【間も無くイベントが開始されます】


 そんなシステムメッセージが流れたと思えば、時間丁度に舞台上で突如として紫色のドラゴンの様な巨大モンスターが出現。


「ゴオオオオオオオ!」


 そんな雄叫びを上げるそのドラゴンは、赤い宝石の様な両目を光らせ、目の前に集まるファンタジースターのプレイヤー達を見渡す。そして翼を羽ばたかせ、上空へと移動を開始した。


「あんなモンスターいたっけ」

 とマーベルが、隣にいるライアに聞くとすぐに答えてくれた。


「今回のイベント用モンスターじゃないかな」


 まるで何処かのヒーローショー。それどころか、映画を見ているかの様に、そのドラゴンは空中で口から光線を放ち、町の破壊を始めた。爆発と轟音、それはさながらドラゴンの襲撃を受けた町と言った演出だ。ただし、ドラゴンが攻撃しているのはこのリムラの町でも、プレイヤーが立ち入る事ができないエリアのみに行われている。


 そんな中、

「ふん。くだらねぇな」

 とすぐ後ろで声がしたので、マーベルが振り向くと、そこには銀色の鎧を身に纏った赤いマントの男が立っていた。


 シッコクである。


「げっ」


 会いたくない奴に会ってしまった為、マーベルが嫌そうな顔を向けると、シッコクがそれに気付く。


「ん? なんだ? 俺に文句でもあんのか?」


 シッコクがそう言ってマーベルを睨むので、空かさずマーベルを囲むように立っていたマーベルの囲いである男達4人が間に入った。そしてライアがシッコクに向けて言い放つ。


「お前シッコクだな。BBSで散々叩かれてる奴だろ」

「あ? なんだおめえ。姫様の親衛隊ってか? はっ! ばっかじゃねぇの、殺すぞ」

「なんだと!」


 口喧嘩が始まってしまった為、マーベルが慌てて止める。


「もういいよ。それぐらいにして」

「でもよ!」


 腹の虫が収まらないといった様子のライアを前に、まるで勝ち誇ったかの様な不敵な笑みを向けるシッコク。


 一触即発といった所ではあるが、そんな中で目の前で行われているイベントが進行された。


 相変わらず空中で暴れているドラゴンではあったが、突如、黄色いサイボーグ忍者が機械の翼を広げ、背中のブースターを吹かせ、白い線を空中に描きながら現れた。

 謎のドラゴンもそれに気付き、すぐにその黄色いサイボーグを口から光線を吐いて攻撃するも、サイボーグはそれを空中で軌道を変えて避けて見せた。

 そのままサイボーグ忍者が一気に距離を縮め、激しい空中戦が開始される。


 ドラゴンの光線や尻尾の攻撃を避けながら、手裏剣を次々と投げて細かく攻撃を入れていると思えば、時折投げた手裏剣の一部が爆発しているのが見える。


 そしてほとんど一方的に手裏剣による攻撃を続けていると、ドラゴンが弱って来た様で、段々と空飛ぶ翼の力が弱まっていくのが見える。

 黄色の空飛ぶサイボーグ忍者は、さらに上空へ高々と上昇して、くるりと1回転して腰の刀の様な物を両手に持ち、そのまま勢いよく降下を開始。


「これで終わりっ!」

 と、そのままドラゴンを縦に一刀両断した。


 真っ二つに割れたドラゴンは、そのまま空中で消滅。


 その光景にマーベルやシッコクも含む、その場にいた誰もが唖然と空を見上げてしまっていた。


 突然謎のモンスターが現れ、そこにやってきたサイボーグ忍者が空中戦を行い、そして見事に倒して見せたのだ。

 それが認知されるや否や、観客達から歓声が湧いた。


「すげー! なんだあれ!」「シノビセブンだ!」「コラボキター!」「戦闘モードのサイカってあんな色だったっけ」等と周囲が騒ぎ立てる。


 そんな歓声に手を振って応えながら、ゆっくりと目の前の舞台に降下して降り立った黄色いサイボーグ忍者はポーズを決めて叫んだ。


「我が名はオリガミ! ネット世界の平和を守るシノビセブンの1人! そしてサイカの妹分! この私が来たからには、ファンタジースターはもう安心よ!」


 オリガミと言う名乗りを聞いたマーベルは、更に驚き思わず声が出てしまう。


「うっそ」


 そんなマーベルを知ってか知らずか、オリガミは舞台から観客に向けて大きく両手を振って名前を呼んできた。


「マーベル見ってるー? オリガミだよー!」


 それをマーベルの横で見ていたライアが言った。


「今マーベルさん、呼ばれてない?」

「き、気のせい……じゃないかなー」


 こんな大人数がいる所であまり目立ちたくないマーベルは苦笑い。


「あれれー。おかしいなー。マーベルいると思ったんだけど」


 空気の読めないオリガミがそこにいた。


 すると困り果てたマーベルの横を通り、シッコクが舞台に向かって前に出る。このファンタジースターのズールサーバでは悪名高いシッコクが現れた事を周囲のプレイヤー達が気付くと、静かに道を開けたので、シッコクはすぐにオリガミのすぐ前まで辿り着いた。


「おいお前」

「ん、私の事?」

「くだらん茶番はウンザリだ。告知によれば、お前がコラボ記念のレア装備を配布すると書いてあったな。それを今すぐよこせ」

「なにあんた。感じ悪ぅ」

「いいからよこせ、クソガキ」

「はぁ?」


 クソガキと言われ、頭に血が登ったオリガミであった。だがシッコクの背後を見て、すぐにそれは収まる事となる。


 シッコクが通った事で、開けた人混みだった道の先に、男4人に囲まれたエルフ族の女性キャラクターが1人。オリガミは頭上に表示されたマーベルという名前表示を見て、

「いたーーーー!!」

 と舞台から降り、シッコクを無視してマーベルに駆け寄ったのだ。


「な、なになに、やめてよオリガミ。こんな事するなんて聞いてないわよ」


 結局は周囲の注目を浴びる事となってしまい、頬を赤く染めて恥ずかしがるマーベル。しかし空気の読めないオリガミは、そのまま何も気にしていないかの様に話を続けた。


「おお! これがマーベルのキャラクターかぁ! エルフ族! ワールドオブアドベンチャーとはちょっと違うなぁ。でも可愛い!」

「ちょっとオリガミ!」

「いやぁ! いてくれて良かったよ! マーベルに記念装備あげたかったんだよね!」

「え? ちょ、ちょっと待って」

「拒否権はありませーん!」


 オリガミは何やらメニューを開いて操作したと思えば、マーベルの目の前にシステムメッセージが表示される。


【ノリムネ改を手に入れた】


 分類は刀剣。この武器は、オリガミが先ほどドラゴンを真っ二つに斬ったゴツゴツとした機械的な刀である。いつの間にか、先ほどまでオリガミの腰にあった刀が消えていた。


「待って! カタナなんて渡されても私装備出来ないわよ!」

「なんか全クラスで装備できる特別仕様らしいよ!」

「へ、へぇ。って、そうじゃなくて! こんなのいきなり私に渡しちゃっていいわけ!?」

「大丈夫大丈夫!」


 普段、周りの男からアイテムを貰うのとは訳が違って、なぜかテンパってしまうマーベル。

 そんな2人のやり取りを後ろで見ていたシッコクが、血相変えて歩いて来て、オリガミの後ろから肩を掴む。


「おいふざけるな! 身内に渡すとか、そんな横暴が許されると思ってんのか!」


 オリガミは振り返り、シッコクの手を叩いて払うと打って変わって冷めた声をシッコクへ向ける。


「やめてよ。私は貴方が嫌いです」

「なっ!?」


 嫌いと言われて固まったシッコクを余所にオリガミは、

「んじゃ、またあとでね」

 とマーベルに軽く手を振ると、大きく飛躍して空中でくるりと曲芸の様なパフォーマンスを見せたと思えば、舞台の上に着地した。


「はいはーい! 今、モノホンは渡しちゃったけど、レプリカならいーっぱいあるから、会場に来てくれてるみんなに出来るだけ渡すよー!」


 オリガミのその言葉に、一時騒然としていた観客が再び歓声を上げた。


「ちっ」


 シッコクはコケにされた悔しさからか、舌打ちをすると、足早にその場を去っていくのが見える。

 それを横目に、マーベルは今貰ったばかりのノリムネ改という刀を手に取って確認してみたが、やはりどう見ても近未来チックな刀で、マーベルの服装には全く合いそうにも無かった。


「こんなの貰ってもなぁ……どうすんのよこれ……」


 それでもオリガミからのサプライズプレゼントは、他の誰からのプレゼントよりも嬉しく、幸福感がマーベルの口元を緩めていた。




 このイベントは先ほどのバグによるドラゴンを模したモンスターも含め、全て運営が仕組んだヒーローショーイベントである。


 ただ運営にとって誤算だったのは、オリガミが独断で1人のプレイヤーに、本来渡してはいけない装備アイテムを渡してしまった事と、一般プレイヤーに暴言を吐いた事である。


 この事で運営サイドから厳しく怒られる事になろうとは、この時のオリガミは思ってもいなかった。

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