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ログアウトブレイバーズ  作者: 阿古しのぶ
エピソード3
39/128

39.バーチャルアイドルサイカ

挿絵(By みてみん)

 サイカの為にゲームマスター達がゼネティアの居住エリアに用意したのは、撮影スタジオだった。


 外から見ると、一見普通にプレイヤーが買える建物と同じヨーロッパを思わせる綺麗な家だが、中に入ると壁一面が真っ白な部屋で、椅子やテーブル、リアルに再現されたビデオカメラ等の機材が置かれている。

 見慣れない内装に最初は戸惑っていたサイカも、最近では段々と慣れてきた。


 今日もゲームマスターの9号に言われるがまま、この場所に足を運んできてしまったが、連日行われる多種多様な撮影にサイカは憂鬱な気分になりながら、隣に立つ9号に話しかける。


「なあ、こんな事いつまでやるんだ?」

「これもバグと戦う為の作戦の1つだ。任務だと思ってこなしてくれ」

「……それで、この台本に書かれてるコラボとは何だ?」

「そうだな。他の夢世界との共演と言ったところだ」

「他の夢世界と?」

「そうだ。夢のある話だろ」

「それはそうだが……はぁ……」


 大きくため息を吐くサイカ。


「琢磨も見てくれるぞ」

「……わかった。頑張る」


 琢磨の名前を出すと、途端にやる気を出すサイカを見て9号は含み笑いをした。


 ✳︎


 2032年11月上旬。

 この日、ワールドオブアドベンチャーの運営会社の1つ、スペースゲームズ社広報部によるインターネット生放送番組が行われた。

 毎度お馴染みとなった女性MCが、ワールドオブアドベンチャーの格闘家に扮したコスプレを着こなし、元気な笑顔で番組をスタートする。


「ウォーアー! 今夜も始まってまいりました、ワールドオブアドベンチャー公式生放送、ゼネティア放送局でーす。今日のゲストは、なんとなんと、最近話題沸騰中のバーチャルアイドル。しかも裏ではコンピューターウイルスと戦う戦士! そして、我がワールドアドベンチャーのゼネティア生まれゼネティア育ち! ここまで言えば分かったよね! そう! サイカちゃんに来て貰ってまーす! どうぞー!」


 MCをバストアップで映していたカメラが、スタジオ全体を映しているカメラに切り替わると、MCの横に座る最新CGで合成されたサイカが映る。

 赤と黒の忍び装束に、腰には白い刀のキクイチモンジ、額にトレードマークとなった額当てを付け、顔を引きつらせた不器用な笑顔で挨拶をする。


「うぉ、うぉーあー! サイカだよぉ……」

「おやおや、これで3回目のゲストだと言うのに、まだ緊張してる様ですね」

「あ、当たり前だ!」


 焦って顔を赤くするサイカの視界には、この放送に寄せられる視聴者からのコメントが表示されている。


【サイカちゃーん!】【生サイカちゃんだ!】【きたーーー】【こんばんはーーーー!!】【今日も可愛い】【僕の名前呼んで】【初見!】【アニメ化決定ってマジ?】【中の人絶対可愛い】【いつも思うけど、履いてないよね?】【ばんわ】【待ってましたー!】【重たくて見れない】【好きなアニメ教えて】【恥ずかしがり屋さんなとこ可愛い】【重過ぎ】【服がエロい】【応援してます】【サイカちゃん頑張って!】


 サイカの登場でコメントが盛り上がり、サイカの視界に映る文字が大量であった。

 しかし今回はトーク番組だからコメントにあまり反応しなくて良いと言われているので、サイカは無視して隣にいると仮定されている女性の声に集中する。


「うわーコメント凄いですねぇ。サイカちゃん大人気!」

「いや、それほどでも……」


 助けて琢磨ー!


 サイカは心で叫ぶも助けが入る訳もなく、トークは着々と進められていく。


「そう言えば先日、首都シノンがあるアクレイル地方に出たバグウイルスも、サイカちゃん率いるシノビセブンが撃退したんですよね。どうでした?」

「どうって言われても……その、ゲームマスターの手助けもあったので……」

「アクレイル地方の運営管理会社、テクノイージス社のゲームマスターと共闘したって事ですか! すごーい!」

「ま、まあ、そうだね」

「他社との協力体制を強め、色んなゲームにも引っ張りだこ。そんな中でアイドル活動もスタートして、最近は大手パソコンメーカー各社とタイアップも決まったと発表されてましたが、休む暇も無いんじゃないですか?」

「まあ……」

「そのモチベーションを保つ秘訣みたいのはあるんでしょうか?」

「えっと、応援してくれてる人が……いる……から……」


 サイカは琢磨の顔を思い浮かべて言ったが、MCは番組を盛り上げる為に素早く切り替える。


「みなさん聞きました!? サイカちゃんは、ファンの皆さんの応援があるから頑張れてるんです! 皆さんの応援あってのサイカちゃんですよ!」


【応援してるよ!】【緊張してるサイカちゃん可愛い】【がんばれー!】【サイカちゃんモデルパソコン予約したよ】【WOAのゼネティア行けば会えるの?】【こんばんは】【今度、ハンターストーリーともコラボして】【めっちゃ可愛いやん】【にんにん!】


 番組のトークとは関係ないコメントや、外国人からのコメントもちらほらと見受けられる。

 まだ番組が始まって10分も経っていないにもかかわらず、視聴者数は100万人を超えており、その人気は絶大であることがサイカ自身も実感できた。

 アイドル……と言うのが、何なのか最初はピンと来なかったサイカであったが、こうやって活動するにつれ段々と身に染みて来た。ミラジスタでもシスターアイドルなる存在があった様に、琢磨と同じ世界で暮らす多くの人間達のあこがれの的となり、崇拝される人物となる。つまりそう言う事なのだろうと、サイカは思う。


 サイカはとにかく何か喋らなくてはと思い、

「えっと、みんな。いつも沢山の応援ありがとう。今後も頑張るから、よろしく頼む」

 と頭を下げてみた。


 その言葉を受け、コメントが更に盛り上がり、サイカの視界がメッセージで埋まっていく。

 するとMCの女性がニコニコした営業スマイルで番組を進め、画面が今回の放送スケジュールに変わった。


「ではでは、今日の放送スケジュール発表していきまーす! まずはワールドオブアドベンチャーでのサイカちゃんお気に入り装備紹介コーナー、そしてサイカちゃんによるお便りコーナー、最後にサイカちゃんコラボ企画発表コーナーになります!」


 サイカが出演したインターネット生放送番組は、その後もスケジュール通り1時間に渡って続く事になる。


 ✳︎


 今から2ヶ月程前、2032年8月11日。

 この日、世界規模でインターネットショックが起きた。

 世間を騒がせていた新種コンピュータウイルスのサマエルが、突如として活発化。急激に増殖した事により、インターネットに繋がる多くのシステムが麻痺する事となった。


 日本では携帯電話の電波塔が機能を停止した事を始めとし、飲食店やコンビニに当たり前の様に設置されていた無人レジがシステムダウン。インターネットで管理されていた最新鋭の信号機も停止。電車の運行管理システムも誤作動を起こし、証券取引所も一時機能を停止した。


 一般家庭に於いても、多くのパソコン端末がメーカーや型番に関係無く、ウイルスにシステムを荒らされブルースクリーンの症状を起こし、物によっては電源が入らなくなり、CPUが爆発して死人が出たと言う話も多く見られた。その他インターネットに繋がる家電製品も、多くの最新鋭の機械が相次いで暴走する等のトラブルを起こした。


 又、インターネットに接続するゲーム世界に置いても例外では無く、世界的流行の一途を辿っていたワールドオブアドベンチャーだけでなく、ジャンル問わず多くのインターネットゲームにおいて、正体不明のモンスターが出現してプレイヤーを襲うなど、異常事態が多発した。


 ただ1つ例外であったのは、10年前の2021年頃よりも前に開発製造販売された製品は、システムも含めそのほとんどが被害に合う事は無かった事だ。その事は、インターネットのSNSを中心に噂が広がり、多種多様な検証が行われ実証された。


 そしてプロジェクトサイカの最終段階が実行される。


 ウイルスによる混乱は約3日間続いた後、パソコンや各種システム大元の会社に新種コンピュータウイルスに唯一対抗できるプログラムである『SAIKA』が各国情報機関から配布された事により、事態は急速に改善される事となった。

 迅速に対処が出来たのは、全てはこの時の為に準備されていたからだ。


 だが、完全に新種コンピュータウイルスの脅威が去った訳では無い。

 約2ヶ月経った今でも、ウイルスによる障害は起きているし、完全に排除ができない事を懸念してサマエル撲滅を訴える団体も世界規模で活動を始めた程だ。逆にサマエルと言うウイルスを新世代の神として崇拝するマニアックな組織も出来たらしい。


 そして民衆はインターネットショックの大混乱を経験した事で、多くの企業やユーザーが10年以上前の端末や家電機器を買い求める事となり、大打撃を受けていた大手メーカーによる旧世代の家電機器を再販する動きも始まったばかりである。


 そこで満を持して彗星の如くバーチャルアイドルのサイカが現れた。


 日本ではまず、新種コンピューターウイルスに対抗できる一般向けアンチウイルスソフト『SAIKA』が格安で発売され、当初はシンプルなパッケージでの発売であった。そしてすぐにワールドオブアドベンチャーとのタイアップ企画として忍び装束を着たサイカのCGイラストが載る事となる。


 それを先駆けとして、ウイルスと戦う忍び少女サイカとして売り出され、日本政府、各種メディアとゲーム会社協力の元、情報操作もあって爆発的な大ヒットを記録した。過去にバーチャルアイドルが流行った時期は何度もあったものの、これほどまでに影響と反響が大きいバーチャルアイドルは他にいない。

 インターネットに接続する家電製品には『SAIKA搭載』と記載されるだけで飛ぶ様に売れるなど、社会現象の真っ只中である。


 町の至る所でサイカのポスターが目立ち、テレビでもCMが放映されているし、ニュースやテレビ番組でも多く話題にされ始めたと思えば、すぐにサイカのグッズ販売がコンビニ各社を中心に開始され、雑誌の表紙までサイカになっている事が当たり前の様になって来た。


 プロジェクトサイカスーツを着たサイカも、そのデザインの良さが男性に人気であり、普段は忍び装束の可愛い女の子、ウイルスと戦う時はサイボーグ忍者と言うコンセプトが売りになった。

 更に最近では、シノビセブンなるサイカの仲間達も登場し紹介される事で、より多くのファン層を獲得しようとしているらしい。


 今となっては日本経済の一部をサイカが回していると言っても過言では無い状況だ。


 琢磨も言われるがまま、サイカを考案した謎のデザイナーとして、印税を稼がせて貰っている。ほとんど何もしていない身として少し申し訳ない気持ちになるが、サイカのマネージャー兼アドバイザー役としてよく活躍してくれているので当然の権利だと左之助が言っていた。


 だけど、とてもそんな気にはなれない琢磨であった。


 大学病院に到着すると、入口に置いてある『SAIKAで安心システム』と書かれたサイカの等身大パネルの横を通り、思っていたより空いている待合室を横目に院内の受付へと足を運ぶ。

 そして受付の看護師に話しかけた。


「えっと、予約していた飯村彩乃(いいむらあやの)の見舞いに来ました。明月琢磨です」

「明月さんですね。少々お待ちください……はい、確認出来ました。この札を首から掛けて、お通り下さい。集中治療室となりますが、場所は分かりますか?」

「はい、大丈夫です」


 そう言って、琢磨は院内の奥へと歩みを進めた。



 飯村彩乃。

 インターネットショックが起きたあの日、彩乃は自宅で倒れているのを家族が発見した。

 交通機関が麻痺して救急車が来れない状況で、父親である飯村義孝(いいむらよしたか)が彩乃を担いでこの大学病院に駆け込み、すぐに集中治療室へと運ばれた。

 だが脳に異常も無い状況で、目を覚まさない彩乃は、謂わばずっと眠り続けている状況との事だった。


 倒れる直前に彩乃と電話をしていたと言う事で、父親で警部でもある義孝に散々事情聴取をされたが、結局何も手助けになる事は話せなかった。

 サイカからあの日、狭間で起きた出来事を聞いてはいたものの、結局のところ彩乃がどうして目覚めないのか見当も付かないからだ。



 彩乃が眠る集中治療室をガラス越しに覗ける所までやって来ると、そこには1人の女性が物思いに耽る様に立っている姿が見えた。

 琢磨が以前勤めていた会社の営業部次長、山寺(やまでら)妃美子(きみこ)だ。


「山寺次長、今日も来てたんですね」

「やめてよ。もう貴方は会社を辞めた身なんだから、そんな呼び方」

「すみません。つい癖で」


 そんな事を言いながら、琢磨は妃美子の横でガラスの向こうの生命維持装置と点滴に繋がれ眠る彩乃の姿を見る。しばらく沈黙が走った後、妃美子が語り始めた。


「責任……感じてるのよ。仕事で、少しキツく怒った後だったし。目を覚まさない原因が仕事のストレスって事も有り得るでしょう」

「……そんな事無いですよ。原因はもっと別です。僕がもっとしっかりしてれば……きっと……」

「貴方は彼氏なんだから、どしっと構えていればいいのよ」

「彼氏じゃ……無いですよ……」

 と、悲しげな表情を浮かべる琢磨を妃美子はチラ見して、何となく事情を察すると、別の話題に変える事にした。


「私はね。仕事が嫌いなの」

「えっ!?」


 突然何を言い出すかと思えば、仕事人間として社内では有名で厳しい妃美子から出た言葉に琢磨は驚いた。何度か仕事で関わった事があるし、社内での評判も知っているから尚更である。


「なに? 意外?」

「いや、その……はい……」

「別に仕事が好きだなんて誰にも言った事は無いけどね。飯村さんは、私に似てるのよ。夢も希望も無く、ただ生きる為に働いてる」

「そんな事言ったら、僕もそうですよ」

「そうなの?」

「そうですよ」

「……私は、そんな中でも、希望を見出す手段をいくつか知ってて、飯村さんはそれを知らない。ただそれだけの違いなのよ。それが、仕事と言う必ず通らないと行けない道の歩き方に繋がってる」

「難しい事を言うんですね」

「簡単よ。深いけどね……人を教え導くって、そういう事を教えてあげられるかどうかの積み重ねなんだと思ってるわ」


 そこから再び訪れるしばらくの沈黙。2人はただガラス越しに、ここ2ヶ月で着々と痩せ細り、髪が伸びてきた眠る彩乃を見つめた。

 彩乃はなぜ起きないのか、そんな事は散々考えたが、考える事を諦める程にどうしようも無い現実が、目の前にある。それはきっと琢磨も、妃美子も同じなのである。

 やがて妃美子が口を開いた。


「明月くん。貴方も今、とても大きな事件に巻き込まれてるって噂で聞いたわ。それが何かだなんて野暮な事は聞くつもりもないけれど、陰ながら応援させて貰うからね。もし、全てが解決したら、目覚めた飯村さんも連れて、3人で飲み会でもしましょう」

「そう……ですね」


 2人はただ見守る事しか出来なかった。




 大学病院で1時間程、眠る彩乃を見守った後、妃美子と病院前で別れて琢磨は帰路に着いた。

 バスに乗り最寄りの駅まで行くと、駅前ビルの巨大スクリーンにサイカが映し出される。


『サイカだ。その端末、私に守らせてくれないか?』


 サイカがカメラ目線で爽やかに話すと今度は男性の声とテロップが出る。


『ウイルスと戦うクノイチ、SAIKA! 好評発売中! コラボも!』

 と、目まぐるしく画面の表示が切り替わり、最後は次のコラボゲームが表示されて終わった。


 帰りの電車でも、やはりサイカの話題があちこちで聞こえ、琢磨にとって自分の娘が超有名アイドルになってしまった様で、少し寂しい気持ちでもある。

 実際そうなのだが……


 そして2ヶ月間で大きな事は、結局転職と言う形でスペースゲームズ社の従業員となった事を除いて、まだ2つある。

 まず6畳一間の鉄筋コンクリート製のアパートから、都内の高級マンションへと引っ越した事。




 琢磨は新たな自宅となったマンションに到着すると、まだ少しばかり緊張した面持ちで中へと入る。まるで高級ホテルの様な雰囲気に包まれ、受付のコンシェルジュが笑顔を向けてきたが、特に声を掛けてくるという事も無い。

 琢磨の顔を覚えてくれているのか、エレベーターへ続く通路に入る分厚いガラスの自動ドアのロックをコンシェルジュが手動で解除してくれ、カードキーをかざす事なく中に入る事が出来た。


 更にはコンシェルジュの計らいによる遠隔操作で、6機もあるエレベーターの1つがベストタイミングで扉を開けて待機していたので、それに乗り込む。35階まであるボタンで9階を押す。


 ここは芸能人なども多く住んでいる様なマンションで、つい半年前までしがないサラリーマンをしていた琢磨にとって、この物件は分不相応である事この上ないと思っている。

 9階に到着してエレベーターを降り、一番角部屋まで足を運ぶと、カードキーをかざし玄関のロックを解除して扉を開ける。


「ただいま」

 と一応、声を出して帰宅した事を告げつつ靴を脱ぐ。


 すると奥のリビングから女性の声が聞こえた。


「遅いぞぉ琢磨ぁ! 飯だぁ! 何か飯を作れぇ!」


 3LDKと言う間取りの、リビングに足を踏み入れると、アルコール臭が鼻に着く。

 見れば、最近発生している連続通り魔事件のニュースが流れているテレビの前で、テーブルにチューハイの空き缶の山。そしてテーブルのすぐ隣にあるソファの上で、赤髪ツインテールの女の子が酔い潰れてて寝転がり、琢磨のぶかぶかなTシャツにパンツ一丁と言うあられも無い姿をしているのが目に入る。


 もう1つの大きな変化はこの人。

 異世界からやってきたシュレンダーと名乗る女の子。見た目は10代前半にも見えるが、本人が言うには20歳は越えてるらしい。

 そんな女性と同居すると言う、可笑しな事になっているのだ。


 インターネットショックが起き、彩乃が倒れたあの日あの時、琢磨のパソコンを身代わりに突如として現れたこの少女について、次の日には関係各所に相談をした。まずは病院へという事で、ネットワークショックのほとぼりが冷めてきた頃、精密検査を受けさせた。結果はシュレンダー博士の心臓が石で出来ていて、人間では無いと言う事が証明される。


 正真正銘の異世界からの来訪者である事が明らかとなるや否や、なぜか琢磨が面倒を見る事となった。

 6畳一間では狭いと言う事と、今後サイカと戦っていく上で防犯上必要であると言う事で、このマンションをスペースゲームズ社名義で借りる事となったのだ。


朱里(しゅり)、またそんなに散らかして昼間っから酒ばっかり。研究とやらはどうしたんだ」


 朱里……と言うのは、外務省の計らいにより特別な移民権を獲得してくれた時に付けられた日本名。

 本人が名乗るシュレンダー・エメリッヒと言う名前では無く、明月朱里(あかつきしゅり)と言う名前が付いたのだ。琢磨とは血の繋がらない妹と言う扱いに当たる。


「やっとるやっとる。こっちの酒はなぁ、とにかく美味い。そしてこのアルミ缶とやら、こんなにコンパクトで便利な物が、こぉんなに溢れているなんて、わしは驚愕しとるよぉ」


 呂律が回っていない朱里を横に、琢磨は散らかった空き缶をゴミ袋へ詰めていく。

 これだけ散らかっていても綺麗に見えるのは、20畳はあるだろう無駄に広いリビングのせいだ。

 ゴミを片付ける琢磨の横で、ソファに寝そべる朱里は壁に大きく飾られた電子ポスターを見る。そこには多くのバーチャルアイドルのデザインを担当したとされる有名イラストレーターにより描かれたサイカが、2Dライブ技術によりまるで生きてるかの様に動き、背景も幻想的な光を漂わせていた。記念品として貰い、飾らせて貰ってる電子ポスターだ。


「本当に良いのか?」

 と急に物静かに琢磨へ問いを投げる朱里。


「なにが?」

「サイカの事さ。こんな人間達の見世物の様な扱いをして」

「……悔しいけど、大々的に活動範囲を広げるためにはこれが最善の策なんだよ」

「プログラムSAIKAとやらがあれば、別にサイカ本人が動かずとも良いのではないか?」

「そんな単純な話じゃないみたい」

「そうか……結局、兵器は何処に行っても兵器って事だな」

「その言い方はやめてくれ」


 そんな会話をしてる内に、空き缶の片づけが終わったので、オール電化のシステムキッチンへと移動した琢磨は棚からカップ麺を取り出す。


「カップラーメンな」

 と電気ポットにスイッチを入れた。


「えぇ! またかぁ? たまには何か作ってくれよぉ」

「料理はできないんだ」

「今時の男は、料理も出来た方がモテると、テレビで言っていたぞ」

「余計なお世話」

「ぶぅー」


 朱里はそのまま不貞腐れる様に、ソファに寝転んだまま手に持っていたまだ半分程入っている缶チューハイを口に運び、ぐびぐびと喉を鳴らした。




 もう1つ、ネットワークショックが起きた数日後にも、とある報告があった。

 丁度、琢磨がスペースゲームズ社本社ビルで、左之助と朱里や新居について話し合いを進めている時に、以前会った事がある千葉県警察本部サイバー犯罪予防課の園田(そのだ)真琴(まこ)が訪れた。


 そして沖嶋家にて、丁度両親が外出から帰ってきた時、沖嶋葵(おきしまあおい)のパソコン端末が無残にも壊れ、そして何者かが部屋の中を荒らした様な跡が見つかったと言う衝撃的な報告を受ける。

 千葉県警察としては、空き巣として捜査を進めているそうだが、多分そうじゃない。

 時期から考えても、サイカが言っていた狭間での出来事が関係しているだろう。


 ワールドオブアドベンチャー内でも、サイカに協力して貰って、ワタアメのギルド、ログアウトブレイバーズの拠点まで足を運びジーエイチセブンを始めとするメンバーに近状を聞いた事もある。

 結果として、ワタアメとアヤノ両名はネットワークショック以降、ログインしておらず、ギルドはお通夜ムードだった。




 朱里と一緒にダイニングのガラステーブルでカップ麺を食べ終わった頃、琢磨はそろそろパソコン部屋に移動する為、席を立ち2人分のカップをゴミ箱へ捨てる。

 すると、朱里が椅子に座ったまま琢磨に向かって両手を広げた。


「わしも連れてけ」


 このポーズは、抱っこして連れてけと言う意味である。

 身長140センチにも満たないその身体を、琢磨は担ぎ、リビングから移動する。ほんのわずか数メートルの移動だが、なぜか朱里は面倒臭がって抱っこをせがんでくる。

 12畳ある広いパソコン部屋とする所は、防音防火設備が整い、無駄に6台ものデスクトップパソコンが並べられた場所で、まるでゲーム会社のオフィスの様な場所になっている。

 その内の1席は朱里専用のパソコンデスクとなっていて、乱雑に何かが書き綴られたノートが数十冊と積まれていた。


 そんな席に酒臭い朱里を降ろしてあげると、

「よっし、やったるぞぉー!」

 とボールペンを片手に、電源を点けたままのパソコンに向かって作業を始めた。


 朱里はこの世界に来てから、あっと言う間に言語を覚え、日本語もすぐに書ける様になったと思えば、キーボードすら容易く入力する程だった。その覚えの早さは、正に天才とも言える。

 そんな朱里は、専らここ最近では別の部屋にある研究部屋とされる所で何やら研究をしているか、このパソコン部屋でずっとパソコンを使いネットサーフィンをしてこの世界の知識や法則を学んでいる段階だ。元々、向こうの世界でも閉じ籠り気質だったのか、ほとんど家から出る事は無い。


 カタカタとキーボードを入力する朱里を横に、琢磨も別の席に座った。

 そのパソコンも電源を点けたままにしており、サイカの芸能活動の為に、今日はワールドオブアドベンチャーを起動したままにしてある。


 スリープモードになっていた画面を表示させると、そこにはゼネティアのシノビセブンアジトで疲れ切った顔で倒れるサイカの姿があった。


 琢磨はヘッドセットマイクを耳に掛け、カメラの位置を微調整しながらサイカに話しかける。


 ✳︎


 ワールドオブアドベンチャー内で、生放送と動画の撮影、雑誌記者のインタビューまで受け、ついでに何処かで発生したバグ退治まで済ませたサイカは疲れていた。正直、もう動きたくないと思えるくらいで、休まる場所を求めゼネティア居住エリアにあるシノビセブンアジトまで来ていた。

 持ち主であるアマツカミも留守で、誰もいない状況である事を良い事に、ごろごろと寝転がって一時の安らぎを満喫する。


(ただいま。待たせたね)


 急に琢磨の声が聞こえ、サイカはハッと起き上がり、周りを見渡して琢磨の顔を探す。すぐに琢磨の顔が映り浮かび上がる小窓を見つけると、そこへ近づいた。


「琢磨! やっと帰って来たか!」


 待ってましたと言わんばかりに、嬉しそうな表情で琢磨の映像に近づくサイカ。


(今日はどうだった?)

「どうもこうも無い! あのゲームマスターは鬼か! 人使い荒いにも程があるぞ!」


 サイカが鬼と言うゲームマスターは、次々と仕事を持ってくる9号の事である。

 アイドルとして活動する様になってから、今日の様にワールドオブアドベンチャーにログインしたまま琢磨は出かけてしまうと言う事も増えた。

 デビューを果たした今となっては、琢磨が操るサイカよりも、サイカ自身の方が一般的に広まった事や、身内のほとんどが事情を理解してくれているという事が大きく、琢磨も安心しているのだ。


(お疲れの様だね。そろそろログアウトしようか)

「あーいやいや! 待って! ……もうちょっとだけ……」


 少し恥ずかしそうにしながらも、琢磨とまだ話をしたい意志を言葉にするサイカ。


(わかった。そう言えば、最近はこっちにいる時間増えたと思うけど、そっちの世界は支障無い?)

「うん。ここでの出来事は……そうだな。例え10分だろうが、24時間だろうが、ほとんど1つの夢で、向こうでは一晩くらいしか経ってない事が多い」

(それも不思議だね。ずっとログインしてたらどうなるんだろう)

「それは分からないが……ただ、多く夢世界で過ごすと、その分、夢世界での記憶が曖昧になる事もあるよ」

(サイカは2つの世界で生きてるって、辛いと思わない?)

「いや! 全然! むしろ……そうだな……琢磨とこうやって話せるのは嬉しい」

(そう言うものなのか……)

「琢磨は今日、何処に行ってたんだ?またスペースゲームズ社とやらに行ったのか?」

(いや……今日は、病院に行ってきた)


 病院と言う言葉に、サイカは悪い質問をしてしまったと気づかされる。琢磨が病院と呼ぶ場所に行く理由はただ1つ。彩乃の様子を見に行く時だけだからだ。


「アヤノは……まだ目覚めてないんだね……」

(そうだね)

「私の方でも、アヤノがブレイバーとして召喚されたんじゃないかって、色々探しては見たんだ。でも、ブレイバーズギルドにはまだ登録が無い」

(登録が無いって事は、そっちでブレイバーとして目覚めたという訳でも無いって事だよね)

「そうなる……すまない。私が無力なばかりに、ワタアメもアヤノも、救う事が出来なかった」

(そう落ち込む事は無いさ。何とかなる。たぶん。だから、あまり無理はしないでほしい。きつかったらきついって言ってくれよ。サイカ)

「ああ、分かってる」


 2人がそんな会話をしていると、後ろからこっそりと近づいていたシュレンダー博士が琢磨に背中から抱きつき、琢磨のすぐ横にシュレンダー博士の顔が映った。


(よーサイカ! どうだ、アイドル活動は!)

 と元気な声で話に入ってきたシュレンダー博士に、サイカは驚き、何よりも琢磨に抱き着いているという事実に少し腹を立てる。


「なっ!? 博士! 琢磨から離れろ!」

(お? 怒った怒った。いいだろー、わしは毎日琢磨に抱っこしてもらっとるぞー)

「だ、抱っこだと! 博士、そっちの世界に遊びに行った訳じゃないだろう!」

(良いではないか―。わしにも安息が必要なんだから)


 すると、琢磨がシュレンダー博士を引きはがし、

(お前は安息ばっかりじゃないか。勉強でもしてろ)

 と持ち上げて、何処かへ連れて行ったと思えば、すぐに琢磨だけ戻ってきた。


(ごめん、邪魔が入った)


 謝る琢磨だが、妙に腹が立ってしまったサイカは、歯を食いしばっていた。


「もういい。ログアウトして」

(え?)

「ログアウト!」


 サイカが強く言うので、琢磨はメニュー画面を開き、ログアウトの操作を行った。


 悔しい。

 腹が立つ。

 どうして私では無く、シュレンダー博士が琢磨の隣にいるのか。

 そんな思いを抱きつつも、サイカの意識はそこで途切れた。






挿絵(By みてみん)

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