表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ログアウトブレイバーズ  作者: 阿古しのぶ
エピソード2
38/128

38.悪意の神

 これから計画の最終段階が実行されようとしている中、巨大なホープストーンがある広間へと続く通路の最終防衛ラインで戦闘が起きていた。


 キャシーの目の前で、味方のブレイバー一人があっと言う間に消滅させられた。周囲の味方であるはずの人間達も皆、何かの幻覚を見せられて発狂し、使い物にならない状況だ。

 あの大鎌を持った赤ずきんの少女ブレイバーの金色に光輝く左目に何かある。

 キャシーは左手を突きだし、魔法陣を展開すると前方から迫りくる三人のブレイバーに向けて氷の刃を連射した。


 ルビーは走りながら鎌を回転させてそれを弾くと、

「へぇ、貴女には効かないのね」

 と余裕の笑みをキャシーに向けている。


 夢世界スキル《クレイジーボディ》で身体能力を増加させ赤いオーラを放つナポンが、ルビーを飛び越え、天井を蹴り、空中から一気に詰めてくると、キャシーに向かいその金色の鉤爪で攻撃して来た。キャシーは咄嗟に右腕を氷で硬化させてそれを防ぎ、右手に氷の剣を召喚させ斬り返す。


 そんな氷の刃を爪で受け流し、ニヤリと笑ったナポンが、夢世界スキル《サイレントスペース》をキャシーの周りに展開。ブラックホールの様な黒い空間に包まれ、キャシーの身体が拘束された。

 すぐにナポンが空中に飛び宙返りしたと思えば、入れ替わる様にルビーが夢世界スキル《デスサイズスロー》で投げた鎌が襲ったので、キャシーは全身の皮膚を真っ黒に変色させ赤く染まった瞳孔を光らせると、拘束を強引に破りつつ黒く大きな腕で鎌を弾いた。


 そこへ空かさずミーティアが接近する。


「そこっ!」


 両手に持った赤と青の双剣でキャシーを斬り刻み、キャシーは斬られながら後方に吹き飛ばされた。

 キャシーは空中で態勢を立て直しながら、地面に着地すると、傷を再生しつつも右腕を自在に伸ばしミーティアを攻撃する。


 だが、ミーティアは夢世界のスキル《ソードウェーブ》を放ち、その剣先からの衝撃波でその腕を真っ二つに斬って見せた。

 キャシーは次いで左腕を伸ばそうとするが、先ほど弾いたルビーの大鎌が再びキャシーに襲い掛かったので、キャシーは横に飛んでそれを回避。鎌はそのまま壁に突き刺さった。


 伸ばした右腕を戻しつつ、キャシーは思わず笑ってしまう。ここまで追い詰められたのは人間で無くなってから初めての経験だったからだ。


「あはっ! 面白い! 面白いわね! 貴女達! ブレイバーの異能力者なんて初めて見たわ!」


 嬉しそうに頬を赤く染め、高揚した様子のキャシーにナポンが話しかける。


「ルビーのブレイバースキルが効かないって事は、あんた、人間でもブレイバーでも無いね。その肌と眼の色、まさかとは思うけどバグが混じってるのか?」

「だとしたら何だと言うの? 私を捕まえて実験体にでもする?」


 そんな会話をしている最中にすっかりと傷が完治したキャシーは、左手を突きだし、再び魔法陣を展開したので、ミーティアが魔法が放たれる前に詰め寄った。


「サイカは何処!」

 と言いながら行われるミーティアの斬撃により、キャシーは魔法を中断して、皮膚の硬化と氷の剣で対処に当たる。


 二人の斬り合いがしばらく続くと、キャシーの姿がふっと消え、ミーティアが驚きの表情をしたのも束の間、後方で壁に刺さった鎌を抜いていたルビーの背後に突如キャシーが現れる。


「遅いわね!」


 そんな事を言いながらキャシーが振るう氷の刃がルビーを襲うその瞬間、キャシーの横にナポンが回り込む。


「お前がな!」


 ナポンは強烈な蹴りをキャシーに喰らわせ、キャシーは吹き飛んだ。




 そんな中、サイカはスウェンとシュレンダー博士の前で必死に立ち上がろうとしていたが、やはりプロジェクトサイカスーツの重みが邪魔をする。

 夢世界の様にブーストや、背中に装着された機械の翼を動かすと言う事も出来なかった。


「こんな時に!」


 次第に苛立ちを隠せなくなるサイカを前に、シュレンダー博士が話す。


「そんなに焦る事は無い。お前の仲間がもうすぐ助けに来るのだ」

「博士、いったい何をするつもりなんだ!」

「何、この世とさよならするだけの、簡単な事だ」


 すぐ近くで激しい戦闘の音が聞こえたと思えばスウェンが、

「もう時間が無い様だ。あとは頼んだぞ」

 とシュレンダー博士を抱きしめる。


 まるで恋人同士が最後の別れを惜しむ様に、しばらく抱き合っていた。



 そこへ壁が破壊され、崩れる轟音と共に、キャシーが吹き飛ばされて地面を転がり、ホープストーンの前で止まった。

 キャシーはボロボロになった身体で起き上がり、大きく空いた穴を睨みつける。

 そこから入ってきたのは、ナポン、ルビー、ミーティアの三人の姿。そして後を続く様に、アーガス率いる四十人のブレイバー達が続々と入って来て、あっと言う間に包囲される形となった。


「そこまでだ、テロリスト共」

 とアーガス兵長が強い口調で言い放つ中、ミーティアがサイカを探す。


「サイカ! サイカは何処! サイカ!」


 プロジェクトサイカスーツにより、サイボーグ忍者と化している姿のサイカを誰も知らない為、すぐにサイカの存在に気付く者はいなかった。


 サイカは思わぬミーティアの登場に驚き、

「ミーティア!? どうしてここに!」

 と声を発すると、ミーティアは片膝をついて動けないサイボーグ忍者がサイカである事に気付く。


「サイカ!? サイカなの!?」


 そう言いながらミーティアがサイカに駆け寄る。


「何その格好! 奴らに何かされたの!?」

「あ、いや……これは……」

「絶対に許さない! サイカをこんな姿にするなんて!」

 とミーティアがサイカを守る様に前に立ち、両手に持ったツインエッジを構える。


 後に続いて、クロード、マーベル、エムも、サイカの名を叫びながら駆け寄ってくる。



 圧倒的な戦力差を前にしても、抵抗を諦めていないキャシーが傷を再生しながら、両手の黒い爪を広げ構えるもスウェンがそれを止めた。


「もういいキャシー。やめるんだ」

「スウェン……」


 スウェンの言葉に、キャシーは肌の色を元の白い肌に戻し、戦闘態勢を解いて両手を上げた。


 だがそんなキャシーにクロードはアサルトライフルの銃口を向け、

「俺はお前を許さない!」

 と引き金を引こうとしているので、サイカが止めた。


「やめろクロード!」

「くっ」


 サイカに言われ、クロードは歯を食いしばり引き金を引こうとする指を止める。そんなクロードの指先が結晶化している事など、その場の誰もが気付いていない。

 そんな中、キャシーの顔を見てやっとサイカも記憶が戻ってきた。このテロリスト達と戦い、エムを人質に取られ、サイカはこのキャシーと呼ばれる銀髪の女に捕まったのだ。その時、恐らく首を跳ねられた。だからその時の事が曖昧になっていたのだ。


 テロリストは降参。決着は付いたと見たアーガスは、目の前にある赤く巨大なホープストーンに目をやる。


「これは何だ?」


 するとルビーが、左目にハートの眼帯を取り付けながら口を開く。


「見た所、ホープストーンのようだけれど」

「ホープストーン? これが?」


 只でさえ見た事もない巨大なホープストーンなのに、それが赤色に輝いている事で、戸惑うアーガスや他のブレイバー達。


 ホープストーンに注目が集まる中、抱き合っていたスウェンはシュレンダー博士から手を離し、

「達者でな」

 と優しい微笑みをシュレンダー博士に向ける。


「お前もな……さよなら、スウェン」


 別れの言葉を告げ、シュレンダー博士はスウェンから離れて歩みを進め、ホープストーンに入るには丁度良い岩を登り始めた。


 サイカは二人の会話からシュレンダー博士がとんでもない事をしようとしていると勘付いた。

「博士を行かせてはダメだ! 誰か止めてくれ!」

 そう叫ぶも時既に遅く、誰かが動き出すよりも先に博士は赤いホープストーンに足を踏み入れていた。


 その先はあの真っ白な世界。

 ブレイバーでも無い普通の人間であるシュレンダー博士が、別れの言葉を告げてそこへ行こうとしている。


 ダメだ。

 止めなくちゃ。


 なぜこんな時に身体が動かない。


 ふと、サイカの脳裏にルビーとの訓練で、装備を呼び出す練習の時に言われた言葉が過ぎる。


『慣れてくれば、服や鎧なんかも出来る様になるはず』と。


 つまり武器を手元に呼ぶ時の様に、今身に纏っているこの装備も変える事が可能と言う事。


 であれば、イメージの問題だ。


 イメージしろ。


 こんな重たいプロジェクトサイカスーツでは無く、いつもの忍び装束を!


 イメージしろ。


 琢磨との思い出が詰まった、あの忍び装束を!


 サイカの強い思いに反応する様に、サイカを包んでいたプロジェクトサイカスーツが光り出す。そして身が軽くなった事を感じたサイカは、迷わず走り出した。

 走るサイカの姿が、見る見るうちにいつもの姿になって行く。

 サイカの気持ちに答える様に、キクイチモンジも腰に現れてくれた。


「博士!」


 すぐ後ろで名前を呼ばれ、身体が半分程入っているシュレンダー博士は振り返る。そこにはシュレンダー博士を引っ張り上げる為に、目の前で手を伸ばすサイカの姿があった。

 シュレンダー博士は思わず手を伸ばし、サイカの手を握る。


 すると、シュレンダー博士は良からぬ事を思いつき、ニヤッと笑う。


 サイカがシュレンダー博士を引っ張る前に、シュレンダー博士がサイカを引っ張り、そのまま道連れにする様にホープストーンの中へと引き摺りこんだ。


「ちょっ、ええええええええっ!?」


 サイカは思ってもいなかった事に驚きながらも、そのままシュレンダー博士と共にホープストーンの中へと入って行った――――


 ✳︎


 ホープストーンの先は、真っ白な世界だった。

 足場も無く、地平線も無く、ただ何も無い真っ白な世界。


 またここに来てしまった。

 二度と来る事は無いだろうと思っていたのに……


 ただ前回と違う点はいくつかある。

 前回来た時は意識が朦朧としていたし、一糸纏わぬ姿だったが、今回は意識もハッキリしているし、忍び装束を着ている。腰には相棒のキクイチモンジもある。


 そして、横には赤色の長いツインテールをゆらゆらと漂わせながら、やたらと楽しそうに浮遊を楽しんでいるシュレンダー博士。


「おおっ。これが狭間かー。どうなっとるんだこれは」


 そんな事を言いながらシュレンダー博士は身体をくるくると回し、無重力を楽しんでいた。

 サイカはそんなシュレンダー博士を見た後、ふと背後を振り返ると、そこには大きな穴が浮いていた。よく見ると、その先にミーティアとクロードが血相変えてスウェンに何かを言っている様子が微かに見える。


 この穴に入れば戻れると言う事なのだろうか……

 そう考えたサイカは、隣で遊ぶシュレンダー博士に話しかける。


「博士、戻ろう。ここは人知が及ぶ場所じゃない」

「何を言ってるんだ。だからこそではないか。それに人間では無いお前に言われても説得力無いぞ」


 シュレンダー博士は帰る気が無いらしい。


 サイカは動こうとするが、この無重力の足場が無い場所で、思う様に動けない。足と手が空振りして、ただ悪戯に浮遊するのみだ。

 これでは後ろの穴に戻る事もままならない。


 そこへ、何処か既視感すら覚える黒い靄がやって来て、サイカやシュレンダー博士の周りを観察する様にくるりと回ると、人の形となった。

 ビジネススーツに白いワイシャツとネクタイの男。


 サイカはそれが誰かすぐに分かった。

 明月琢磨だ。


「琢磨!? ……いや、違う」


 サイカは夢主の登場に一瞬胸がときめいてしまったが、すぐにそれが偽物だと気づく。


「へぇ。今回は客が多いな。珍しい事もあるものだ」


 琢磨の姿と声でそんな事を言うので、サイカは睨みながらその存在に話しかけた。


「来たくて来た訳じゃない。帰らせてくれ」

「くすくす、ふふっ」


 存在は何が面白いのか、琢磨の姿で笑って見せた。


 すると、横で二人の会話を聞いていたシュレンダー博士が、

「サイカ。お前にはこれが何に見えている?」

 と聞いてきたのでサイカは答える。


「何って……私の夢主だ」

「そうか。わしにはスウェンの姿と声をしている」

「えっ……」


 謎の存在は、サイカからは琢磨の姿、シュレンダー博士からはスウェンの姿に見えているらしい。

 戸惑うサイカやシュレンダー博士を余所に、その存在は話を始める。


「運命か偶然か、丁度良い所に来た。案内したいところがある。来てもらうよ」

「なに?」


 すぐにサイカとシュレンダー博士は黒い靄に包まれ、一瞬意識が途絶えた。


 次に意識と視界が晴れる頃には、真っ白だった空間では無く、禍々しい紫色の何かが渦巻く空間へと移動していた。周りを見渡すと、ブレイバーらしき物体が宙を漂い、そこはまるでブレイバーの廃棄処分場にも見える。そんな空間だ。

 ただ一点、見過ごす事もできないであろう大きな存在が一つ目の前にある。


 奇妙な形をした、全長四百メートルはあるであろう巨大な物体。かなり遠くにいるはずだが、その大きさのせいで近くにいる様にも見える。その黒い物体は、黒いドレスの様な形をしていて、スカートの部分から生える蛇のような数千、数万にも及ぶ手が個々に蠢き、奇妙な姿をしている。

 そしてサイカが次に目についたのは、顔の部分。黒い靄で形は成していないが、ギョロっとした大きな瞳が二つ。あれは、先のイグディノムバグとの戦いの後、ガルム地方の上空に現れた眼と同じだ。


 サイカはすぐに悟った。


 こいつはバグの親玉ではないか……と。


 この物体の周囲を囲むバグの群れを見ても、こいつは普通のバグでは無い。

 レベル五……いや、レベルなどで区別も出来ない程、大きな何か……


 すると、隣にいた琢磨の姿をした存在が話す。


「彼女はこいつの事をサマエルと呼んでいたよ」

「彼女?」


 サイカが目を凝らして見れば、もう一つの事に気付く。

 この大きな物体の上の方、人間に例えればドレスの下半身より上の辺りで、慌ただしく手が伸び、大小様々なバグが何かを追いかける様に動いている。

 それから逃げる様に動き回ってる存在が一つ。

 横でサイカと一緒に見上げていたシュレンダー博士が口を開く。


「誰かが戦っている……いや、逃げていると言った方がいいのか……」


 サイカは誰なのかを確認するには、もっと近づく必要があると判断した。

 だが、この無重力な空間で移動する術をまだ持たないサイカは、近くを漂うブレイバーの欠片に手を掛けて、腕の力で移動を試みる。上手く移動ができた為、そのまま辺りを漂うブレイバーの欠片に触り、時には蹴って、上昇した。

 シュレンダー博士もサイカの真似をして、追いかけてくる。


 ある程度、近づいた所でその逃げ回る存在が何かが確認できた。


 宙を自在に動き回り、迫りくる手を避け、弓矢を放っている其れは、猫の様な獣耳に尻尾が特徴的な獣人族。ワールドオブアドベンチャーで何度も見たことがあり、何度も話したことがある。


 ワタアメだ。


 先ほどのキャシーと同じ様に、全身の肌を黒く染め、赤い瞳孔を光らせながら、何かを大事そうに抱え必死に逃げ戦っている。

 サイカは思わず叫んだ。


「ワタアメ!」


 すると、ワタアメもサイカとシュレンダー博士の存在に気付き、目を丸くして驚いた。

 ワタアメの表情は次第に怒りへと変わるのが分かる。


「狭間にノコノコやって来るなんて! 覚悟はできてるんじゃろうな! サイカ!」


 そんな事を言いながら、一旦腕に抱えている何かを放すと、素早くワタアメは渾身の矢を放ち、迫るイグディノムバグの頭を貫き消滅させた。その矢はそのままサマエル本体の頭部へと飛ぶが、見えない障壁に当たり矢が消滅する。

 その攻撃による硬直を狙ったかの様に、ワタアメの腕を一本の手が掴むが、すぐに短剣でそれを斬りつつ先ほど一旦手放した何かをもう一度片腕で抱えた。そこへマザーバグの触手二本が、ワタアメの背後から迫りワタアメを貫く。


「しまった!」


 ワタアメは刺された触手に押され、持ち上げられると、それに群がる様にサマエルの手が集まってくる。


「ワタアメ!」


 目の前で知り合いがバグにやられる姿など見たくないと、サイカは思わず前に出ようとする。


「来るな! 来るんじゃない!」

「いったい何がどうなってるんだ! 何をしてるんだ!」


 サイカが今にも泣きそうな顔で、本気でワタアメを心配している表情を見せる。


 それを見たワタアメは、触手に刺されたままサマエルの手に身体中を侵食されつつも、少し嬉しそうに頬を緩め、

「サイカ! これを!」

 と何かをサイカに向かって投げた。


 それは宝石のような緑みの青に光り輝く丸い塊。

 すぐにサイカの元まで到達すると、思ったよりも大きく抱きしめるように両手で受け取った。

 とても暖かく、何処かで一度触った事があるような、そんな感覚がサイカに押し寄せる。


「これは……」

「アヤノの魂じゃ」

「どう言う事だ! なぜアヤノの名前が出てくる!」


 マザーバグの触手と、サマエルの手から何かがワタアメの中へと送り込まれてくる。


「あああああああああああっ!!!」


 何か電撃が走ったかの様に、身体をへの字に反らせ激しく悶え苦しむワタアメ。


「ワタアメ! 答えてくれ! 私は何をしたらいい!」


 サイカのその質問に応える余裕も無いワタアメは、薄れ行く意識の中で、弱々しい小さな声で、言葉を発する。



「なあ……管理者よ……これがっ……わっちの……最後の願い……じゃ……」



 魂を受け取ったサイカに向かい、サマエルの無数の蛇の様に蠢く手が迫る。

 訳も分からず、刀を抜く判断も出来ないサイカと、ただ唖然と状況を見守る事しかできないシュレンダー博士の横で、琢磨の姿をした管理者が微笑む。


「お前の願い、聞き入れよう」


 そしてサイカとシュレンダー博士は再び黒い靄に包まれ、そしてサイカ達の意識が途絶えた。




 白い空間に戻ってきた。

 サイカは青く輝く魂を両手で抱きしめながら、そこにただ浮遊している。

 横を見ればシュレンダー博士が、何処かに仰向けに寝っころがる様に足を組み、何か考え事をして浮遊している。


 何が何だかわからない。

 なぜワタアメがあのとてつもない存在と戦っていたのか。

 この暖かい塊が、アヤノの魂?

 では、アヤノの身に何かがあったと言う事なのか……


 サイカ達に遅れて、再び黒い靄が現れ、人の形を成すと、今度はワタアメの姿となった。

 まるでワタアメに問いかける様に、サイカは強い口調で質問する。


「教えてくれ! なぜワタアメは戦っていた! なぜこれがアヤノの魂と言っていたんだ!」


 ワタアメの姿をした管理者は、微笑みながら答える。


「その答えは、すぐに分かる。今はもう時間が無い。ワタアメの願いを叶える為、始めるとしよう」

「始める? 何をだ?」


 すると管理者が両手を広げ、黒い靄がそこへ集まる。

 その靄も段々と人の形を成して行き、やがて見慣れた姿の人物が眠った状態で現れた。


 銀色の長い髪、褐色の肌、そして頭に二本生えた黒いツノ。


 突然現れた眠るワールドオブアドベンチャーのアヤノを見て、サイカは更に驚く事になる。


 隣で見ているシュレンダー博士が、

「そやつが、アヤノと言う奴か?」

 と言っている事から、同じ物を見ているのが分かる。


 サイカが口を開くよりも先に、ワタアメの姿をした管理者が先に言葉を発した。


「さあ、アヤノの魂をこちらへ」


 そう言われ、サイカは両手で大事に抱えていたアヤノの魂を手放すと、ゆっくりとアヤノの身体へと移動して行き、そして中へと入っていく。


「いったい何をしてるんだ……」

 とサイカが問いかけるも管理者は答えるつもりが無いらしい。


 完全に魂が入った事を確認した管理者は、次に手のひらの上に一つの石を出す。

 それは、サイカも見覚えがあった。


 魔石フォビドンである。


 管理者はそれを人差し指で軽く押す。

 サイカの時と同じ様に、アヤノの胸の中へゆっくりと入って行った。

 激痛が走ったのかアヤノは意識がまだないのに、目を見開き、背中を反らせて叫んだ。


「ああああっ!!」


 しばらくそんな悲痛の叫びが続いた後、落ち着きを取り戻しアヤノが静かになると、管理者は見開いてしまっているアヤノの瞼を触り、閉じさせる。


「いい加減、何がどうなってるのか説明が―――」


 と、サイカが再度説明を求めようとした時。


 ガン! ガン!


 何かが壁を叩く様な音がした。

 音のする方を見ると、白い何もない空間に亀裂が入っている。


 ガン! ガン!


 その亀裂は大きくなり、そしてすぐに大きな穴が開く。

 開いた穴からサマエルのギョロっとした目が覗き込み、これはワールドオブアドベンチャーの時と同じ様に、サマエルが空間に穴を開けたのだ。

 一見、安全地帯と思われたこの白い空間に、サマエルが侵攻して来た。


「来たか……」

 と、まるでそれが分かっていたかの様に言う管理者は、サイカとシュレンダー博士の顔を交互に見た後、ワタアメの顔で少し微笑みながら次の言葉を発した。


「私は全知全能。だが、あの悪意の神は、私でもどうにも出来ない所まで創造を吸収してしまった。だからこそ混沌を望む。願わくは、キミ達三人が、私の想像を遥かに超える存在にならん事を」


 そう言った管理者は両手を広げ、それを合図にサイカ達は何かとてつもない引力に引っ張られる感覚に襲われた。それは竜巻による暴風の様で、サイカ、シュレンダー博士、アヤノが飛ばされた。

 思わずサイカは左手でシュレンダー博士の手を、右手で眠るアヤノを掴むが、それぞれ別々の見えない強い力で別の方向へ引っ張られており、すぐに手が離れる事になる。


 離れる行く中、シュレンダー博士はサイカに語りかけてきた。


「サイカ、わしは何が出来るかわからんが、この問題を解決する術を見つける。だからお前も強くなってくれ」


 そんな言葉を最後に、あっと言う間に引き離されてしまう。


「また会える機会を楽しみにしてるよ」


 そんな管理者の言葉を聞きながら、サイカはいったい自身の身体が何処に向かっているのか判断も出来ぬまま、流されるままの自分の非力さに屈辱を覚える。


 そして叫んだ。


「私は! 強くなる! 強くなるから!」


 何故、どうして、色んな思いを巡らせながら、サイカの飛ばされた先には、ここへ来た時にも見た穴があった。

 先ほどよりも小さくなった様にも見えるその穴は、まるで重力の特異点となっているかの様に強い引力でサイカの身体を吸い込んだ―――




 気が付けば、サイカは赤いホープストーンから投げ捨てられる様に飛び出し、そして落下するとクロードがそれを両手で受け止めた。

 すぐに真っ赤なホープストーンに亀裂が入り、そして音を立てて粉々に砕け散るのが見える。


 サイカは元の世界に戻ってきたのだ。


 クロードに抱っこされる中、周りを見渡すと、驚いた表情でこちらを見るミーティア、マーベル、エム、アーガスの姿が見える。

 スウェンとキャシーは、ブレイバーに取り押さえられている所だ。


 サイカの頭はまだ状況理解が追いついていない。

 すぐに言葉は出なかった。


 そんな中、クロードが優しく話しかけてくる。


「おかえり」


 その言葉に、これだけは言わなければと、サイカが放った言葉は……


「ただいま」


 ✳︎


 警視庁刑事部捜査一課の警部の飯村義孝(いいむらよしたか)は、一向に解決の糸口が掴めない不可解な事件の捜査に区切りを付け、佐田(さだ)大輔(だいすけ)警部補に車で送られ自宅近くまで来ていた。


 ニュースで報道すればパニックが起きるのではないかと思われるくら、追いかけている事件の件数が増えている。一日一回は当たり前な程に、被害者は大量の血痕だけを残し行方不明となっているのだ。

 寝不足により助手席でイビキをかいて眠る義孝を大輔が起こす。


「飯村警部、そろそろ着きますよ」

「……んっ、ああ、そうか」

 と眠気眼を擦りながら起きる義孝。


「さっきからカーナビがおかしいんですよ。現在地が海外になってて、訳分からないです。スマートグラスも通信不能になってますし。ここに来る途中も、信号の不具合が起きてるみたいで、渋滞ばっかりでしたよ」

「まあ、そう言う日もあるだろ。それで、例のゲーム会社には当たってみたのか?」

「スペースゲームズ社ですね。当たってはみましたけど、ゲームで人が行方不明になるなんて有り得ないって門前払いでした」

「ま、そりゃそうだろうな」

「でも確かに最初の数件は共通点が1つのゲームでしたけど、ここ最近のは共通点がバラバラですね。壊れたパソコンがあると言う点だけは、共通している証拠品にはなってますが……パソコンを調べても何も出てこないのが現状です。CPUが爆発した様な症状ではあると聞いてます」

「パソコンが爆発……でも人が木端微塵になる程の爆発があった様にも見えない。ますます訳が分からんな」

「そうですね……。さ、着きましたよ」


 そんな会話をしている内に、義孝の自宅前まで車が到着した。


「わざわざ送ってくれてありがとうな」

「いえいえ。家に帰るの一週間ぶりとかですよね?せっかく一日休暇するんですから、寝るばっかりじゃなくて、しっかり家族と触れ合ってくださいよ」

「わあってるよ。皆まで言うな」


 そう言いながら、義孝は車から降りてドアを閉めると、大輔はすぐに車を走らせて行ってしまった。


 一軒家のマイホームに帰ってきた義孝は、玄関を開けるなり、靴を脱ぎリビングに入る。


「ただいま」


 リビングのテレビで全国でインターネットトラブルが相次いでいると言うニュースを見ていた母親が、

「あら、おかえり。帰ってくるなら帰って来るって言ってよ。ご飯用意してないわよ」

 と慌ててテレビの視聴を中断して台所に向かった。


「適当でいいよ。彩乃と武流は?」

「部屋にいるわよ。聞いてよ、彩乃ったらもう三日も体調不良で会社休んでるのよ」

「なに? 風邪か?」

「あの感じは、たぶん仮病よ。会社で嫌な事でもあったんじゃないかしら」

「仮病? ほんと昔っからメンタルが弱いな。どれ、俺が少し話して来よう」

「あんまり強く言い過ぎちゃダメよ」

「わあってるよ」


 義孝はリビングを出て、階段を上って彩乃の部屋の前まで行くと、ドアをノックした。


「彩乃」

 と呼びかけるが、反応が無い。


 何度かノックと名前を呼ぶ事を繰り返したが、やはり反応が無い為、

「彩乃、入るぞ」

 と鍵の無い彩乃の部屋のドアを開ける。


 部屋は電気が点いておらず真っ暗なので、照明のスイッチへ手を伸ばす義孝。


「彩乃、会社を休んでるって―――」


 照明が点いた事で明らかになった部屋の状況を見て、義孝の言葉が止まった。


 パーカーを着た彩乃がパソコンの前で倒れている。


 義孝の顔から血の気が引き、

「彩乃! おい彩乃!」

 と慌てて倒れる彩乃に駆け寄り、彩乃の上半身を揺らす。


 意識が無い様だが、息はある。

 仕事の癖で、まずは周囲の状況確認をする義孝の目に最初に入ってきたのは、内部から破裂したかの様なパソコンの本体が一台ある事だ。


 状況的に追いかけている事件に近い。


「そんなまさか……母さん! 彩乃が倒れてる! 救急車!」


 母親も驚いたのか、台所から食器を落として割れる音がした。

 義孝の声を聴いて、武流も慌てて自室から飛び出してきて、彩乃の部屋に来る。

 そんな中、義孝は彩乃の名を呼び続けた。


「彩乃! 彩乃!」


 だが、彩乃が目覚める事は無かった。




 一方その頃、明月琢磨はコンビニ弁当とカップ麺をいくつか入れたビニール袋を片手に夜道を歩いていた。

 実はイグディノムバグとの戦いの時はスペースゲームズ社の会社からワールドオブアドベンチャーにログインしていた。あの回線切断から四時間ほどが経過しているが、その後の関係各所との対策会議に巻き込まれ、まだワールドオブアドベンチャーにはログイン出来ていない。


 ただ琢磨にとって嬉しかったのは、先ほど飯村彩乃から電話が掛かってきて、今回悩んでいた事が一つ解決出来た事である。

 途中でスマホが圏外になってしまい、電話が切れてしまったが、またあとで連絡を取ろうと考えている。


 そう言えば、プロジェクトサイカスーツから装備戻してあげないとな……等と思いつきながら、サイカと話すのを楽しみになって来ている琢磨が自宅へと到着する。


 玄関の扉を開け靴を脱ぎ、出し忘れたゴミ袋の横を通り過ぎながら、部屋に入ると、照明を点けて真っ暗な部屋に明かりを灯す。

 コンビニ袋をとりあえずテーブルの上に置き、早速パソコンの電源を点けようと、足を進める。


 すると、足に何かが当たった。


 そして足元を見る前に、一つおかしな事に気付く。


 パソコンテーブルの上に置いてあった、パソコンの端末本体が爆発したかの様に見るも無残な姿となっていた。


「え?」


 訳の分からない状況を目の当たりにしつつも、次に足に当たった何かに目線を向ける。


 そこには女の子が眠っていた。

 赤色の長いツインテールに、Tシャツ一枚に短パン一丁、小汚くサイズの合っていない白衣。


「ええええええええええっ!?」


 ちょ、ちょっと待てちょっと待て!

 な、何がいったいどうなってる。


 いや、まずは深呼吸。


「すぅ……はぁ……」


 えっと、家に帰ったら、パソコンがぶっ壊れてて、謎の赤髪少女が床で寝てる。


 つまり……どう言う事だ?


 あまりにも突拍子もない出来事を前に、身体が石の様に固まり動けない琢磨。


「えーっと……まずは救急車……」

 と、ポケットからスマホを取り出すも、電波表示は圏外となっていた。


「デスヨネー」


 思わず独り言を言ってしまう琢磨だが、とりあえず女の子を床で寝かせておくのもどうなのかと考え、セクハラと思われない様にそっと肩を触って揺する。


「お客さん、終点ですよー。お客さーん」

「んんっ……」


 琢磨に声を掛けられ、ゆっくりと瞼を開ける赤髪の女の子は、琢磨の顔を見るなり両手を広げ言った。

「……抱っこ」

「えっ」

「抱っこだ。何度も言わせるな。わしは疲れて動きたくない」

「あ、はい」


 とりあえず逆らってはいけない様な気がして、琢磨は両手で女の子を抱き上げた。小柄でかなり軽い。

 見た目は十代前半と言った所だろうか……

 琢磨に抱き上げられたその女の子は、寝ぼけているのか、琢磨の胸元の温もりを確かめる様に頬をぐりぐりと擦り付けながら、


「話は……あと。……今はおやすみ……」

 と、再び眠ってしまった。


「えーっと……」


 どうなってんのこれええええええええ!!


 琢磨は心の中で虚しく叫ぶしかなかった。


<一章 終>

【作者のあとがき】


 一章をお読み頂きありがとうございました。


 少しずつキーボードで文章を書くと言う事にも慣れ、パソコンでの執筆作業を覚えたのがこの章になってます。本作ログアウトブレイバーズは「なろう向けの作品ではない」なんて事を言われて、悔しい思いをした出来事もありました。

 でも私は楽しいです。色んな世界に触れて、とても楽しいと思いながら書いてます。なので、もっと色んな表現をしてみたいと、色んな本を引っ張り出しては読み耽り、文字表現について改めて気付かされた事も多々ありました。そうやって試行錯誤しながらの執筆の為、「少し書き方が変わったな」なんて思う事もあったのではないかと思います。


 今回、ワタアメやキャシーなど謎多き人物が出てきていますが、早く深掘りして皆さんに彼らをもっと知ってもらいたいですね。

 そして次回の二章は「私にしかできない表現」と言うのにもチャレンジしたいと思ってますので、ご期待下さい。また、今後もサイカや琢磨の活躍を応援して頂けたら嬉しいです。


 ログアウトブレイバーズの読者の皆様へ。

 ここまで読んで頂けた事に、心からの感謝を込めて。


 阿古しのぶ より


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ