35.イグディノムバグ
明月琢磨はスペースゲームズ社本社ビルで行われた緊急会議に呼ばれ出席していた。
ネットワークワルプルギス社、スペースゲームズ社、GMW社、それぞれの開発責任者や役員達、内閣サイバーセキュリティ特別対策本部の矢井田淳一、アメリカ中央情報局のアコル・ウィルソン、錚々たる顔ぶれが揃い今夜始まろうとしている作戦の会議が行われていた。
琢磨の右隣には高枝左之助、左隣にはなぜかゲーム雑誌記者でジーエイチセブンの藤守徹の姿があった。完全に場違い感が否めない琢磨は、隣に座る左之助に小声で話しかける。
「あの、アメリカまで行って何が決まったんですか」
「それを今から話す所だ」
左之助がそう言うと同時、内閣サイバーセキュリティ特別対策本部の矢井田淳一が前に出てマイクを手に持った。
「それでは、ワールドオブアドベンチャー、新種コンピュータウイルスサマエル改め、イグディノムバグの掃討作戦について説明をします。ですがその前に、これを話しておかなければいけません」
すると、スクリーンにはプロジェクトサイカスーツを着てバグと戦うサイカの映像と、プロジェクトサイカという文字が表示される。
プロジェクトサイカ。
明月琢磨とサイカがタッグを組み、スペースゲームズ社と内閣サイバーセキュリティ特別対策本部に全面協力する事で、未知の危機に対処していくという計画。
二体目のバグが出現する事があれば本格的に始動するとされたこのプロジェクト。大まかな概要はこうだ。
フェーズ一、出来うる限りサイカの装備を充実させた上で出現するバグを順次撃退する。
フェーズ二、サイカとバグの戦いを解析した上で新たな装備を開発。
フェーズ三、開発された対バグ用の装備をゲームマスターを始めとする一般プレイヤーが使用する環境を作る。
フェーズ四、実績を積んだ対バグ用装備を基に、アンチウイルスプログラムを開発。
フェーズ五、上記を普及させる事で未知の脅威に対する対抗手段とする。
そんな内容を話した淳一は、今度はスクリーン画面にイグディノムバグ討伐作戦という文字を表示させ本題に入る。
「今回、イグディノムバグを討伐するに当たって、ネットワークワルプルギス社協力の元、このプロジェクトサイカをフェーズ三まで引き上げる運びとなりました。高枝さん、お願いします」
「はい」
左之助は立ち上がり、前に出ると、淳一からマイクを受け取る。
「これを見てください」
スクリーン画面が何か装備の設計図の様な画像に切り替わる。
「これは、サイカの戦闘データを基に作られた特殊装備です。弊社のエンジニアでは手に余る開発でしたが、ネットワークワルプルギス社の優秀なエンジニア達が協力してくれたお陰で、僅か一日で完成に至りました。これでいかなる攻撃も通用しなかったバグに対し、サイカ以外のキャラクターでも有効打を与える事が可能と見込んでいます」
その言葉に、周囲から称賛の声があがる。琢磨にとっても驚きの進展具合に、ただ唖然とするばかりだ。そんな中、左之助は淳一に再度マイクを戻す。
「この装備の開発により、今回のイグディノムバグ討伐作戦の要となるのは、サイカでは無く、ネットワークワルプルギス社、スペースゲームズ社、GMW社、三社合同のゲームマスター百人による一斉攻撃となります。決行は今夜、隔離しているサーバーをネットワークに接続し、ゲームマスター各位にはガルム地方へ集結する形となります。まずは本作戦の概要を説明しましょう―――」
イグディノムバグ討伐作戦の会議は二時間に及んだ。
どの様に三社のゲームマスターを集結させ、どうやってイグディノムバグに攻撃を仕掛けるのか、攻撃の際の注意点や指揮官を誰にするかなど、様々な議論が行われた。だが今回のサイカ及び琢磨の役割は後方待機との事で、琢磨は蚊帳の外状態。発言の機会などは一切無かった。それ程、今回の対バグ用新装備に自信があるという事だ。
会議も終わり、それぞれが思い思いに行動する中、会議室の外にある長椅子に座ってスマートフォンの画面を見ながら、缶コーヒーを飲んでいた。
サイカとアヤノの間に一悶着あってから二日が経ち、彩乃には何度も電話もしたしメッセージを送ったが、相当怒っているのか一切反応が無い。あまりしつこいのも悪いので、今日は一度も連絡を試みてはいない。
しかし、どうすればいいのか分からない。
時間が解決してくれるのであろうか。
それにワタアメがアヤノをギルドに誘い連れてったというのも気掛かりだ。
特別臨時休暇を貰ってる身だが、思いきって彩乃に会いに会社に行くか……色々と気まずくて無理だ。
悩む琢磨の横に、一人の女性が座る。
見ると、いつも左之助と共に行動しているポニーテールのスペースゲームズ社運営管理部管理課の笹野栄子だ。栄子は缶コーヒーを開けながら、琢磨の横に座りつつ話しかけてきた。
「悩み事ですか?」
「……実は、サイカの事で、知り合いとゲーム内で喧嘩……でいいんですかね。嫌われてしまった様で」
「そうですか。運営会社で働いてる身で恐縮ですけど、ネットゲームって相手の顔が見えませんから、キャラクターの表情とリアルの表情が違う時ってあるんです。キャラクターが喋る台詞と、リアルの気持ちが違う事で……勘違いとか、すれ違いとか、リアルよりもいっぱいあると思いますよ」
「それは分かってるつもりなんですけどね。今回ばかりはサイカがやってしまった事なので」
「サイカさんのせい……ですか?」
「すみません、失言でした。僕が悪いです。もっと早くサイカの事を伝えられていたら、こんな事にはならなかったと……思います」
「私もよく、たらればで物を語る事が多いのですが、その度に高枝課長は口癖に様に言います。たらればを現在進行形に変換しろって。どういう意味かわかりますか?」
「いえ」
「例えば、もっと早く話せていれば良かった……と思うのであれば、今から話せば良いという考えに切り替えるって事です」
「高枝さんらしい考えですね」
「ちなみに、相手は女性ですか?」
「はい」
「何かメッセージやメールなどは送りました?」
「はい。何通か」
「では、待ってみてください。とにかく待つこと。きっとその内、気持ちが落ち着いたら連絡くれますよ」
「だといいんですけど……」
「私の勘はよく当たるんです」
と、笑顔を琢磨に向け、栄子は立ち上がる。
「それでは今夜、WOAでお会いしましょう」
「笹野さんも作戦に参加するんですか?」
「当然。ゲームマスター十九号として参加します。たぶん高枝課長も九号で参加しますね」
「頑張ってください」
「明月さんと、サイカさんは、大船に乗ったつもりで見ててください」
そう言い残すと、栄子は近くの自動販売機横にあるリサイクルボックスに空き缶を入れ、そのまま会議室の中へと入って行った。
栄子のアドバイスを貰い、琢磨はそんなに慌てなくても良いと、このイグディノムバグとの戦いが終わってから彩乃の事を考えようと、そんな風に思う事にした。
それから解散となったのはすぐの事、配られたタクシーチケットを使い、琢磨はタクシーで帰宅する。
部屋の電気を点け、左之助に貰ったLANケーブルスイッチ装置をパソコン本体に繋がるケーブルに取り付け、物理的なボタン1つでネットワークを切断できる環境となった。これはイグディノムバグに倒された際、これを使う事でネットワークを介した端末機器破壊を防止する狙いだ。
取り付けが終わると、パソコン本体の電源ボタンを押し、起動する。
二日ぶりにサイカと会うが、この期間はとても長かった様にも思える。サイカになんと声を掛けるべきか、琢磨は分からなかったからこそ、ワールドオブアドベンチャーにログインするのを躊躇していた。
でも、このままではいけない。
琢磨はモニター上部に設置したウェブカメラの角度を調節して、頭にヘッドセットマイクを掛けると、深呼吸をしてから、ワールドオブアドベンチャーを起動する。
さて、なんて言葉を掛けようか……
✳︎
サイカは目が覚めると、目の前には川と、周囲に生い茂った樹木、そして深い霧の中に立っていた。意識がハッキリしてくると同時、咄嗟に刀を抜き構える。
「エム! クロード! マーベル!」
さっきまで共に戦っていたはずのブレイバー達の姿が見えない。
焦るサイカに今度は頭が割れるのではないかと思う程の激しい頭痛が襲い、片手で頭を押さえる事になる。
いったい何が……
さっきまで戦っていたはず……誰と……なぜ……
ブレイバー達と協力して戦闘をしていたという記憶は薄らとあるが、その前後の事が思い出せない。まるで記憶に靄が掛かったかの様に、見た夢を思い出せないといったもどかしさ。
何かがあった、でもそれが何かが思い出せない。
「っ……くそっ。なにがどうなってるんだ」
(サイカ)
急に名前を呼ばれ、ハッと周囲を見渡すサイカ。
サイカの視界に小窓が表示され、そこには琢磨の顔が映っていた。
「たく……ま?」
(そうだよ。落ち着いてサイカ。酷い顔をしている)
「あいつは!あいつは何処だ!」
(あいつ?)
言葉には出たが、いったい誰の事を聞こうとしたのか、サイカ自身も分かっていない。
「わからない。いったい私は今まで何を……戦っていた……そう、みんなで……何と……」
記憶の混乱に戸惑いと焦りを隠せないサイカに、琢磨が再度語りかける。
(大丈夫。ここはワールドオブアドベンチャーだよ。ジパネール地方、首都ゼネティアから南東へ進んだ所にある霧の渓谷。盗賊のアジトダンジョンがあった場所だ。とにかく武器は納めて。周囲にモンスターはいないよ。バグもね)
そう言われて、サイカは刀を鞘に収めた。
盗賊のアジト。
サイカとアヤノが二人で冒険して、最後のボスを倒すにまで至ったダンジョンの名前。
ボスが倒され一日経った事により、ダンジョンは消滅。WOAのルールであれば、世界の何処かに再び出現しているはずである。
ダンジョン内部でログアウトしていたサイカは、強制的にその場所がダンジョン出入り口があった場所になっているという訳だ。
向こうの世界で何かあったのであればと琢磨が気を使ってくれ、何度かログアウトを試みてくれたが、一瞬意識が途切れ、気づけば同じ場所に立っていた。
結局の所、向こうの世界に戻れるタイミングでは無いという事を、サイカは悟る。
そして琢磨によれば、今夜、再度イグディノムバグとの再戦が予定されていて、サイカも作戦に参加するとの事だった。
作戦まで時間があるので、琢磨の提案で一旦は首都ゼネティアまで戻る事とする。ダンジョンの外に停めていたレンタルの馬は、時間の経過により消えてしまっており、一番近くの定期便馬車の停留所まで徒歩で向かう。
その道中、巨大なモンスターと戦うプレイヤー数十人のパーティーを見かけ、少しだけそれを見物した後、再び足を進めた。
お互いに色々と気持ちの整理を付け、しばらく無言で特に会話も無かった。すると自然歩道を歩きながらサイカが先に話を切りだす。
「琢磨、ごめん」
(どうしたの急に)
「アヤノの事」
(起きちゃった事は仕方が無い。僕の判断ミスなんだから、サイカはそんなに気負いする事ないよ)
「あれから、そっちのアヤノとは連絡を取ったのか?」
(それが繋がらなくてね。たぶんまだ、怒ってるんだと思う)
「そうか……話せるといいな」
(でも、まずは目の前の問題を何とかしよう。このゲームの平和と、ガルム地方を取り戻さないと。話すのはその後でも遅くない。たぶんワタアメさんともちゃんと話さないとダメだね)
「わかった」
琢磨と話せた事で気が晴れたのか、とぼとぼと歩いていたサイカの歩みが速くなった。
定期便馬車の停留所に着いたのはそれからすぐの事、三十分後に馬車が来る予定となっており、しばらくそこで待った。
サイカは暇そうに、立ったり、ベンチに座ったり、停留所にある小屋の屋根に登ったり、暇を持て余していると今度は琢磨が話しかけてきた。
(えっ、て言うか、レベル百二十六!?)
「なんだ、気付いて無かったのか」
(レベルアップなんてご無沙汰だから、全然見てなかったよ。確かキマイラを二人で倒したんだっけ……なるほど。なんて言うか、寝てる間にボス倒してレベルアップもしちゃうなんて、本当にチートだな)
「思うんだけど。ゲームマスターって、この世界の神様みたいな、偉い人たちなんでしょ?」
(そうだけど)
「頼めばレベルやステータス、上げてくれないの?」
(バグと戦う時はそうして貰ってるけど、普段はナンセンスだよ)
「どうして?」
(どうしてって……ダメージ受けない、触れれば倒せる、そんな最強の存在になったら、ゲームの目標が無くなるからさ)
「そういう物……なんだな」
(もし、サイカがそうして欲しいって言うなら、相談してみるけど)
「いや、いい。今のままでいいよ」
そんな会話をしていると、停留所に馬車がやって来る。御者に話しかけ、その馬車に乗り込むと、離席して固まっているプレイヤーが二人ほど乗っていた。
馬車で揺れながら、次はサイカが琢磨に話しかける。
「ワタアメのギルドについて、教えてくれないか?」
(ワタアメさんの?えっと、確か……)
「ログアウトブレイバーズ」
(ああ、そうそう。そんな名前だった。僕とワタアメさんが出会った頃から、ワタアメさんがギルドマスターやってるギルドだから、設立してどれくらいか分からないけど、メンバーは十人位の小規模ギルドだよ。ほら、前に蜃気楼の塔やデストロイヤー戦の時に一緒だった人たちだね)
「なるほど。では、ジーエイチセブンも同じギルドのメンバーか」
(ああ、確かにジーエイチセブンさんは同じギルドだ。……そうか、ジーエイチセブンさんにアヤノの事、説明しておくよ。ワタアメさんの意図は分からないけど、何か力になってくれるかもしれない)
「うん。それが出来るなら……頼む」
(そう言えば名刺貰ってたな……ちょっと電話してくるから、離席するね)
そう言い残して、琢磨はヘッドセットマイクを外して席を離れた様で、映像からフレームアウトしてしまった。
しばし一人となってしまったサイカは、キクイチモンジを鞘の上から撫でながら、外の流れる景色を眺めた。まだ記憶がぼんやりとしていて、何か大切な事が思い出せない。
「何……してたんだっけ……」
✳︎
琢磨は横に置いていたスマートフォンを手に取り、パソコンデスクから離れるとベランダへ出た。
時刻はまだ十五時で、外はまだ明るく、帰路を歩く学生達が見える。
とりあえず財布にしまっていた名刺を取り出し、ハイパーゲーム通信ゲームライターである藤守徹の携帯番号が記載されている事を確認。途中までその番号を入力した所で着信が入った。
スマホのディスプレイに表示されたのは、立川奏太の名前。琢磨は通話に出る。
「もしもし、明月です」
『おいおいどうなってんだよ』
「え?」
『飯村ちゃん、会社休んでるんだよ』
「ホントですか……」
『マジだよマジ。お前にゲームで飯村ちゃんの相手してやれって頼んだ次の日からだ。会社では体調不良って事で有休扱いになってるけどよ、何かあったのか?』
「何かあったと言えばあったんですけど……例の件、飯村さんに話したら、怒られた感じです。まさか会社休むほどの事では……」
『俺も言っときゃ良かったんだけどな……飯村ちゃん、最近、仕事の状況が芳しくなくてよ。あの日、上司にこっ酷く怒られた時だったんだ』
「あ、そうだったんですか……なるほど……」
『本当に風邪を引いてる可能性もあるけどよ。なんかフォロー入れとけよな』
「わかりました。ありがとうございます」
『お前たちの事、応援してんだからよ。俺はお似合いだと思うぜ』
「ちょっと、こんな時にからかわないで下さいよ!」
『ははっ。んじゃ、ちょっと俺はこれからお客さんと面談だからよ、またな』
「はい、それでは」
そんな会話をして、電話が切れた事を確認した後、もう一度画面に目を向けた。
飯村彩乃が会社を休んでいる。
そんなにサイカとの事がショックだったのか、それとも本当に体調を崩したのか……
偶然の知らせではあったが、やはりアヤノの様子を聞く必要があると考えた琢磨は、スマホを操作する指を動かす。
ワタアメとギルド、ログアウトブレイバーズのメンバーであるジーエイチセブン。その人のリアルである藤守徹の携帯番号を入力して電話を掛けた。
十秒ほど呼び出し音が鳴り続け、なかなか出ないので、今は都合が悪いのかなと思いきや、電話が切られてすぐ折り返しの電話が掛かってきた。
「あ、もしもし」
『もしもし、藤守です』
「あっ、明月です。この前のオフ会と、今日の作戦会議に参加して頂きありがとうございました」
『サイカか。知らない番号だったから誰かと思ったよ。どうした?』
「えと、アヤノの事覚えてます?」
『……アヤノがウチのギルドに来た事か?』
「はい、その通りです。様子をお伺いしたくて」
『一昨日、突然ワタアメがアヤノを連れて来てな。ウチのギルドに入るっつーんで、驚いたよ。まだ初心者に毛が生えた程度なのにな。なんだ、サイカが紹介してくれたんじゃないのか?』
「いえ、それがですね―――]
サイカから聞いた事の顛末を徹に説明した。
『―――なるほど。ワタアメがそんな事を……』
「はい。それで、アヤノさんと連絡が取れない状況になってます。リアルでも会社を休んでるみたいで、どういう状況か気になりまして……」
『一昨日は普通に新メンバーを迎え入れる感じで、軽く自己紹介したり、みんなでお喋りした程度だな。昨日の夜は一緒にダンジョンに行って……元気そうだったけどな。分かった。次、アヤノに会ったら、それとなく聞いてやろう』
「何かこちらの不手際に巻き込んでしまって、申し訳ないです」
『そう畏まることは無い。ワタアメについても、以前、豹変する所を見た事があって、気になってはいたんだ』
「そうなんですか。お手数掛けますが、よろしくお願いします。何かあったら連絡下さい」
『わかったよ。それよりもサイカ。今日の作戦、頑張れよ』
「僕では無いですよ。それに今回のサイカは後方待機ですから」
『そういうのを昔からフラグって言うんだぞ』
「あっ……」
『それじゃ。ちょっとまだ仕事中だから、またな』
「はい」
そんな会話をして、通話は切れた。
ジーエイチセブンさんは頼りになる人だと、感心しながらも、琢磨は彩乃からのメッセージ等が届いていない事を確認しつつ、窓を開けて部屋の中へと入った。
✳︎
ゼネティアに到着したのは十七時を回った頃だった。
イグディノムバグ討伐作戦が行われるのは二十時、あと三時間程は余裕がある為、サイカが向かったのは訓練所である。レベルが上がった際のスキルポイントとステータスポイントを振り分けは、首都にあるこの施設のみで行える。
見れば、他にも多くのプレイヤーがここで、ステータスやスキルの更新を行い、頭を傾げて悩んでいる者や、友達と相談しながらポイントを振り分けている人もいる。
琢磨がまずはステータスポイントを振り分け、STRとAGIがそれぞれ五ずつ、DEXが三上昇した。
続いて、スキルポイントの振り分け画面がサイカの目の前に浮かび上がると、何も言わずに眺めていたサイカが口を出した。
「琢磨、前から思っていたのだが、なぜスキルポイントを振らずに十ポイントも余らせているんだ?」
(必要最低限のスキルは会得してるし、後のスキルについては悩んでるからだよ)
「なぜだ?」
(このゲーム、ワールドオブアドベンチャーは、言ってしまえば全てのスキルがレベル百まで存在しているのが大きな特徴で、それでいて各職業にスキルが五十種類以上あるんだから、ある程度型は決まってるものの、それ以上は自由度が高すぎて適当に振れないんだよね)
「課金アイテムとやらで、リセットができるのだろう?」
(あれ、めっちゃ高いから)
「そういう物なのか……」
サイカは何気なく開かれたスキル一覧を眺めていると、一つのスキルが目に付いた。
【乱星剣舞】
まだ未取得となっているその技の名前が気になったサイカは、それを指差して琢磨に問う。
「なあ、このスキル」
(乱世剣舞か……確か周囲の敵に素早く斬り掛かる技だったかな)
「複数相手にする時に便利なんだな」
(確かに刀と相性が良いスキルだけど……)
「これにしよう」
(え?)
「これがいい」
(ちょ、ちょっと待って、冷静になってサイカ)
「ダメか?」
(ダメじゃない!ダメじゃないけど……ちょっと待って、ウィキ見てくるから)
しばらく琢磨の反応はキーボードをカタカタと入力して、マウスをカチカチと作業をした後、何かを読んでいる様だった。
そんな琢磨の顔が映像として見れるので、サイカは楽しそうにそれを眺める。琢磨に触れてみたいと思い、その浮かぶ映像に手を伸ばすが、サイカの手は空しく通り過ぎてしまった。
話はできる。
顔も見れる。
声も聞こえる。
なのに、なぜこんなに遠いのだろう。
段々と切ない気持ちが込み上げてくるサイカを知ってか知らずか、琢磨が話し出した。
(分かった。実用レベルは五からって事みたいだから、とりあえず五ポイント振ろう)
そんな事を言って、乱星剣舞に早速ポイントを振り始める。それを見て急に不安になって来たサイカは、再度琢磨に確認した。
「いいのか?」
(いいよ。ついでに苦無投げも覚えておこうか)
「苦無投げ……アマツカミがよく使うスキルか」
(そうだね。アマツカミさんは確か苦無投げにかなりポイント振ってるから次元が違うけど、とりあえず苦無投げにも五ポイント振っておくよ。いつまでも初期スキルの短剣投擲ばかりに頼ってられないからね)
琢磨は苦無投げにもスキルポイントを振った。
「ありがとう。琢磨」
(どういたしまして。さ、スキルの試し撃ちでもしに行こうか)
「ああ!」
琢磨からのプレゼントに、機嫌が良くなったサイカは、訓練所の建物を出るとコロシアムに向かって歩き出したので、琢磨が止めに入る。
(ちょっと待て)
「ん?どうした?」
(もしかしてコロシアムに行くつもり?)
「違うのか?」
(モンスターでいいよ。町の外に行こう)
「そうか……」
少しだけ残念そうにするサイカだったが、琢磨に言われた通り、歩く方向を変えて正門へと向かった。
そんな琢磨とサイカの幸せの時間はあっと言う間に過ぎ、三時間はあっと言う間だった。
サイカはそのまま首都の外、フィールドマップの人目に付かない所でゲームマスター九号と待ち合わせをして、プロジェクトサイカスーツに着替えると、作戦区域であるガルム地方へと転送された。
ガルム地方、首都ゼネティアから首都マリエラへ向かう途中には、山に囲まれた大きな湖がある。エンキドが言っていた様に、日本の琵琶湖に相当するその大きな湖でアティトラ湖と名前が付いている。以前サイカが飛び越えた場所でもあるが、驚く事にイグディノムバグは首都マリエラからそこまで移動していた。
湖の中心で、ゆっくりと移動をしているイグディノムバグの周囲には、ゲームマスターの姿を模した化身が十体ほど飛んで周りを警戒している。
そのイグディノムバグを中心として、三百メートル程離れた位置で周りを包囲するのは、空中で待機する総勢百三十四人のゲームマスター達。全員が新装備を身に纏い、手にはレーザーガトリングガンや、レールガンの様な物まで、多種多様な近未来銃火器を手に持っている。
それは、ネットワークワルプルギス社、スペースゲームズ社、GMW社、三社のゲームマスターが集結しており、その光景は正に圧巻と言える。又、司令塔として用意された三隻の空中を浮遊する戦艦まで用意され、そこで指揮を取るのはスペースゲームズ社のゲームマスター九号。
ゲームマスターのアンドロイドの様な見た目に大きな変化は無いが、その装備も浮遊する空中戦艦も、全てサイカの戦闘データを基に作られた、この日の為の特注品ばかりである。
そんな中、サイカは空中に浮遊した戦艦のデッキから、その光景を眺めていた。そこへ指揮官であるゲームマスター十九号がやって来て、サイカに話しかける。
「サイカさん。エンジニアからぜひ貴女に渡して欲しい物があると預かって来ました」
「私に?」
十九号からアイテムトレード申請が来たので、琢磨がそれを操作して承諾する。
【プロジェクトサイカウイング(仮)】
(この名称、もうちょっとどうにかならなかったのかな)
なんて呆れた顔で言う琢磨は、そのままそれを装備する。するとサイカの背部に空中制御を可能とする機械的な翼が搭載され、黒いプロジェクトサイカスーツに黒の翼が生えた。
「これは……」
サイカはそれを見ようとするが、自分の背中なのでよく見えない。ただし、背中に意識を向けると、何となくそれが動かせるという事も分かる。
そんな様子を見ながら、十九号が説明した。
「前回のサイカさんの飛ぶ姿を見て、エンジニアの中にいるロボットアニメオタクが居ても立ってもいられなくなった様で……三日三晩、徹夜で開発したそうです。使ってやってください」
「これで空が飛べるのか?」
「そのはずです。あと、その装備を開発したチームのリーダーから伝言。夢を見せてくれ……との事です」
「でも、琢磨が言うには、今回私の出番は無いと聞いている」
そんな会話をしていると、背後からゲームマスターの9号が現れ、話に入ってきた。
「今回の作戦は3重の策だ。フラグとは言わせんよ」
「それはどうだか」
そう言い残し、サイカはさっさと空中戦艦の中へと移動を始め、9号と19号もそれに続いた。
イグディノムバグが周囲をゲームマスターに取り囲まれている様子と、浮遊する空中戦艦三隻を視界に入れると、湖の中心で足を止めた。その八本腕の巨体は、下半身が湖に沈んでいる。
周囲を飛ぶ十体の化身も、異変に気付いてレーザーガンを構え、いつでも反撃できる態勢を取った。
ゲームマスター十九号はその他数名のゲームマスターと共に、空中戦艦から飛び降り、イグディノムバグを包囲するゲームマスター達に合流して包囲に加わった。
地上でいつ戦闘が開始されてもおかしくない緊迫した空気になっている中、空中戦艦の艦橋から地上の様子を見ていたゲームマスター九号がこの場にいる全ての者に向けて話を始める。
「この戦いは、ワールドオブアドベンチャーの存続を賭けた戦いでもあり、強いては人類の存続も賭かってると言える程、重要な戦いである。だがここはデータの世界。私たちが神となっている世界だ。神である我々に挑戦しようというあのバグには、この世界の恐ろしさを叩き込むぞ! 健闘を祈る!」
百三十四人のゲームマスター達から歓声で、士気が上がった事を確認した九号は、
「作戦開始!」
と指令を出すと、艦橋にいる他のゲームマスター三人が一斉にコマンド入力を開始。
まず作戦の第一段階は火。
サイカによる情報で、イグディノムバグは火に弱いという事だったので、データの世界で何処まで通用するか分からないが、この世界にとっての火を再現する。
ゲームマスター達は、それぞれコマンド入力により、自分たちの武器に攻撃力最大と火属性付与を行う。
そして今度は、イグディノムバグがいるアティトラ湖の一面を一瞬で火の海へと変えた。
表面が真っ赤に燃え盛る湖の中心で、イグディノムバグは雄叫びを挙げる。
「グオオオオオオオオ」
本当に効いているかどうかはわからないが、確かに嫌がる素振りは見て取れる。
「主砲に合わせ一斉射撃を開始!放て!」
九号の指示を受け、すぐに空中戦艦三隻の前に突き出た主砲から、極太の赤いレーザーが放たれ、それがイグディノムバグに命中すると同時、周囲のゲームマスター達も一斉に射撃を開始した。
火の海で四方八方から放たれる、百三十四人のゲームマスターによるレーザー弾の雨。その光景を空中戦艦の中から眺めるサイカは、花火の様でとても綺麗だと感じた。
そんな中、九号が他のゲームマスターに問う。
「どうだ?」
横で次の主砲発射に備えたコマンド操作を行っているゲームマスターが答えた。
「効いてます。周囲の化身は消滅。イグディノムバグ本体も怯んでいます!」
「総員気を抜くな!撃ち続けろ!」
イグディノムバグに放たれる全ての弾は、自動でバグを追跡する為、そのほとんどが命中。イグディノムバグ本体を削り続けていた。
すると今度は、イグディノムバグが八本の腕を扇の様に広げ、バグの目が光った。
「光線、来ます! バリア展開!」
ゲームマスターの操作により、すぐに巨大なバリアがドーム状に展開された。すぐにバグの八本腕から白い光線が八方向バラバラに放たれ、バリアを突き破り、十分な距離を取っていたゲームマスターや戦艦にも光の速度で届く攻撃となった。
三隻ある戦艦の内、一隻が被弾。戦艦の一部がガラスの様に割れたのが見えた。
「ナガト艦が被弾! 被害は軽微! 被弾したゲームマスター三十七人の消滅も確認!」
そんな報告を受け、九号は指示を重ねる。
「構わん! 撃ち続けろ!」
イグディノムバグへのレーザー弾の雨に加え、戦艦3隻の主砲も連続発射。イグディノムバグは身体が徐々に削られ、腕は無くなり、そして倒れた。
湖の物理演算で再現された燃え盛る水面が水飛沫を上げ、そしてバグは水の中へ沈んだ。イグディノムバグが見えなくなったので、周囲のゲームマスター達は射撃を一旦停止。それを目視した九号が次の指示を出す。
「よし次だ。邪魔な水を消せ」
「水を消します」
ゲームマスター一人のコマンド操作により、アティトラ湖の水と火が一瞬で消え、倒れたバグの姿が見える。
「爆弾を投下!」
「爆弾投下します!」
続いて、倒れるイグディノムバグの上に黒く大きな丸い物体が現れて落下。バグ本体に直接落ちると、それは閃光を放った後、もの凄い爆発が起きた。リアルに再現された煙や瓦礫のエフェクトが撒き散らされるが、それをゲームマスターがコマンド操作で削除。
そこにはもはや原型を留めていないイグディノムバグの姿が有り、何処が足で何処が顔なのかも分からない奇妙な形で蠢いている。再生も即座に開始されている様だが、もうしばらく時間が掛かりそうだ。
「再生をさせるな!射撃を再開!」
九号の指示で、九十七人のゲームマスターが一斉射撃を再開して追い撃ちを仕掛ける。
「頃合いか……よし、スペシャルフォースを出撃させろ!」
「え?」
(は?)
スペシャルフォースなんて作戦会議では聞いていないといった様子で驚く琢磨と、琢磨も知らない事で説明も受けていないサイカが驚く。
更にその直後、隣の戦艦の側面にあるハッチが開き、サイカに似たサイボーグ忍者の様なキャラクターが5人現れ、降下を開始するのが見える。赤だったり黄色だったり、それぞれ様々な色をしているが、手にはサイカと同じムネノリを持ってる様だ。背部にも先ほどサイカが貰ったばかりの、プロジェクトサイカウイング(仮)に似た物が付いており、まるで戦隊モノのヒーロー達の様だ。
強襲近接部隊といった所か。
すると降下をしながら、黄色ボディのキャラクターが、サイカが乗る空中戦艦に向かって両手を振り、
「サイカ―! 頑張ってくるねー!」
とオリガミの声がしたと思えば、隣の赤ボディのキャラクターが、
「こら! ふざけてる場合か!」
とアマツカミの声で黄色ボディを注意する。
「え? ……ええええええええっ!?」
(オリガミさん? それにアマツカミさんまで? って事は……)
サイカは空中戦艦の室内で、ガラスにへばり付く様にその光景に驚き、目を丸くした。
驚くのも無理は無く、その戦隊モノのヒーローに見えたそのサイボーグ忍者達は、シノビセブンの面々である。
「おい! なんだあれは!」
と、サイカは慌てた様子でゲームマスター九号に問いかける。
「サイカの手伝いをしたいと、彼らからこの作戦への参加希望があったのでな」
「危険だ! 私が出るから、彼らは下がらせてくれ!」
「安全には充分配慮してある。大丈夫だ」
「でも!」
そんな言い争いが起きている中、ニンジャのアマツカミ、カゲロウ、ハンゾウと、クノイチのオリガミ、ミケは、それぞれサイカスーツと同じ作りの装備に身を包み、背中の機械的な羽根を広げて自由に空を飛び回り、旋回しながらアティトラ湖の中心にある、奇形な姿のイグディノムバグに接近する。
イグディノムバグは、急きょ再生した数本の腕から光線を放ち、それを迎撃しようとするが彼らは散開してそれを避けた。
そして白いボディのミケが言葉を発する。
「まさか、ワールドオブアドベンチャーで空を飛べる日が来るなんてね」
次に青いボディのハンゾウ。
「しかもこれじゃ世界観無視して、もはやSF映画じゃねーか」
続いて緑ボディのカゲロウ。
「ブランも来れば良かったのにな」
そんな風に光線を避けながら空中で呑気な会話をする三人に、赤いボディのアマツカミが、
「無駄話はそこまで。行くぞ!」
と先陣を切ってアマツカミが特攻を仕掛けると、他のメンバーも散開しつつイグディノムバグに突撃した。
フェーズ3、開発された対バグ用の装備をゲームマスターを始めとする一般プレイヤーが使用する環境を作る。
まずアマツカミが、縦に一太刀を入れイグディノムバグを切り裂きながら、地面に着地するとそのままスキル《忍法火炎陣》で周囲に火柱を発生させイグディノムバグを焼く。
そこへオリガミがスキル《百華手裏剣》で、対バグ様に特別開発された手裏剣を百個投げ飛ばし、それに合わせてカゲロウがスキル《大車輪》で同じく特製の巨大手裏剣を投げる。手裏剣がイグディノムバグの身体を更に削り、顔と思われる部分にコアの一部分が見えたと思えば、そこへミケがスキル《忍法雷激砕》を発動して雷を落とし、更にコアを露わにさせた。
「ハンゾウ!」
とアマツカミが叫ぶ。
「あいよ」
ハンゾウが真上から垂直に落下して、そのままスキル《一閃》でイグディノムバグのコアを貫いた。
コアを破壊されたバグは、蒸発する様に消滅して行く。
水の無くなったアティトラ湖の真ん中に、シノビセブンの五人の姿だけが残る。しばらくの静寂が広まった後、イグディノムバグに勝利したという確信を誰もが感じ取ると同時、一気にゲームマスター九十七人の歓声に包まれた。
「勝った!」「やりやがった!」「本当にやりやがったぞ!」等と声が聞こえ、抱き合って喜びを分かち合ってるゲームマスターもいた。
シノビセブンの面々も満更ではないといった様子で、お互いの健闘を称え、アマツカミが他の四人に向かって右手の親指を立てる。
「グッジョブだ」
全て九号の思惑通りであり、空中戦艦の艦橋にて食い入る様に状況を見ていたサイカに九号は話しかける。
「出番は無かっただろ?」
「そうだな……ブレイバーでも無いのに、本当にレベル五のバグを倒してしまうなんて……」
「これが人間の力だ」
この様な力が、向こうの世界にもあれば……
そんな事を考えるサイカの後ろで、九号が艦長席から立ち上がり全員に通達する。
「喜び勇むのも良いが、撤収する。全員速やかにログアウトを―――」
と、九号が言いかけた所で異変が起きた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ。
地響きの様な音と揺れがガルム地方全域を包み、フィールドマップ表面のテクスチャが至る所で破損。空中戦艦も揺れている事から、これは地震と言うより、この場所が揺れているのだ。
「待ってください!何かおかしいです!」
九号の横にいたゲームマスターがそう叫ぶ。
「おかしいのは分かってる! 何が起きてる! なんだこの揺れは!」
「今解析を……えっ、これは……」
「どうした!」
「外部から干渉……ネットワークを介して、膨大な量の何かが侵入してきています」
「なに?」
後ろでゲームマスター同士がそんな事を言ってる中、サイカは真っ先に空に起きた異変に気付いた。
空に大きな亀裂が入っている。
その亀裂は徐々に広がり、そして何か紫色の大きな指が出てきたと思えば、内側から無理やり穴を開ける様にその手は亀裂から出来た穴を広げた。その大きさは先ほど倒したイグディノムバグが小さく見える程大きく、手の指だけでもキャラクターの二十倍はあると思われる。
突如上空に開かれた謎の穴から、ギョロっとした丸い目が覗き込む。バグのそれとはまた違うが、眼球は黒く、瞳孔は赤い、奇妙な眼だ。九号が思わず声を漏らす。
「なんだ……あれは……」
その場にいる全員が言葉を失い、空を見上げる中、サイカは何か嫌な予感がした。
「全員ログアウトして!」
九号に向かってそう言い残したサイカは、出撃する為に走り出した。
その矢先、開かれた穴から何か紫色の物体、バグの群れが次々と中に侵入してくるのが見える。しかもその全てが翼の生えたガーゴイルの様な形を模しており、この世界で自在に空中を飛べる能力を有したバグだ。その数……千。
さらにバグだけではなく、ゆらゆらとした手の様な物が、穴から次々と伸びてくる。
ゲームマスター達は九号の指示がまだ来ていない状況だが、上空に向かって武器を構えるとレーザー弾による射撃を開始。空から迫るバグの群れを撃ち落としていく。
だが、数が多すぎて処理が間に合わない。
空中戦艦も自動対空砲による弾幕を張り、バグを撃ち落としていく。しかし撃ち漏らしたバグが、甲板に次々と取り付いていく。それはまるで夜の街灯に群がる虫の様だ。
接近を許してしまったゲームマスター達は上空で衝突して乱戦に突入する。その中にはシノビセブン達の姿もあった。ここで逃げるという選択肢を選ばないのは、先ほどイグディノムバグを倒したという自信が、彼らを駆り立てているからだ。
バグの群れと、ゲームマスター達の壮絶な戦闘が起きる中、ある者はガーゴイル型バグの鋭い爪や牙に攻撃され割れて消滅する者もいれば、ある者はバグの群れに紛れて伸びてきた無数の手に捕まって絡められ、引っ張られている者もいる。
一人、また一人とゲームマスター達が消滅し連れ去れていく光景は地獄絵図だ。
互いに互いを守る様に、上手く連携して戦っているシノビセブン。その中で、オリガミは手裏剣を投げながら隣のアマツカミに話しかけた。
「ねぇ、もしかしてだけど、これ、すっごいマズイ状況なんじゃない?」
「同感だ。ログアウトしよう」
と言って、アマツカミが他のメンバーに手で合図を出し、シノビセブンはログアウトを開始。即座にログアウトができる様になっている為、シノビセブンは次々とログアウトをして行った。
「ログアウトっと」
その中で一番システムメニューの操作が遅いオリガミが、最後まで残っていて、そんなオリガミもログアウトボタンを押そうとした瞬間。背後から近寄って来ていた、ガーゴイル型のバグの爪がオリガミを襲う。
オリガミはそれに気付いていなかったが、そのバグをゲームマスターの十九号が横からムネノリで斬り掛かり、消滅させた。背後で音がした為、オリガミは思わずメニュー操作の手が止まり、後ろを振り返ると、そこには刀を構えた十九号の姿がある。
「危なかったですよ」
「え? あ、ごめんなさい」
状況を掴めないままとりあえず謝るオリガミ。そこへ大急ぎで飛んできたサイカが現れた。
「大丈夫か!」
サイカが到着すると、オリガミが嬉しそうにサイカへ近づいて抱きつく。
「サイカー!」
「こ、こらっ! 今はそんな場合じゃない」
状況を見ていた琢磨が、サイカに指示を出す。
(オリガミさんだけは絶対にログアウトさせて)
「わかってる。オリガミ、すぐにログアウトして」
だがオリガミは言う事を聞かず、
「えぇ~、せっかく会えたのに~」
とサイカの腕にしがみ付いて離れようとしない。
そんな姿を見たゲームマスターの十九号が笑う。
「ふふっ。逆にサイカと一緒にいた方が安全かもしれないですね」
十九号も乗せられて少し和やかな事を言ってしまったその瞬間……
十九号の左脚を背後から伸びてきた紫色の手が掴む。
「えっ」
手は十九号のボディに絡みつく様にウネウネと動いたと思えば、そのまま勢いよく引っ張った。
十九号の身体が上空へと急速に移動する。
それを見たサイカは、改めてオリガミを手で押して話しながら顔を向け、
「行ってくる。ちゃんとログアウトして」
と、言い残すと、プロジェクトサイカウイング(仮)を広げブースターから火を吹かせると、引っ張られる十九号を追いかけ上昇を開始した。
サイカは十九号に向かって叫ぶ。
「ログアウトを!」
「それが、ダメなんです。操作が何も!」
(パソコンの電源を切るように言って)
「パソコンの電源を切って!」
「わかりました!」
サイカが追いかけるのを阻止するべく、ガーゴイル型のバグが数十体、前に出てきた。
「邪魔だ!」
サイカは速度を落とさず、ノリムネでバグを斬り飛ばしながらバグの群れを突き破っていく。
「ダメです!端末の電源が落ちません!」
バグの力による影響か、捕まれた事によりパソコンの電源が落ちないという事態が発生している様だ。
次々と邪魔をする為にバグがサイカの周りに集まり、サイカはスキル《分身の術》を使い四人になり、更に覚えたばかりのスキル《乱星剣舞》を発動した。
四人のサイカがほとんど瞬間移動に近い速さで、周囲のバグ達を斬り刻んで行く。それはわずか三秒で十五体のバグを倒す程の勢いだ。
バグの群れに抜け穴が出来たところで、サイカの一人がそこを抜け、十九号を追いかける。だが、更なるバグの群れがそれを邪魔しに入った。
「くっ!」
サイカを取り囲む百体は越えてるであろうガーゴイル型バグの群れ。圧倒的な物量を前に、サイカも十九号は見捨てるしかないと思い始めた。
そんなサイカの後ろから近づく影。
「俺に任せろ」
と、金色ボディに黒いマントを付けたプレイヤーがサイカの横を通り過ぎ、前へ出た。
エンキドだ。
エンキドもシノビセブンと同じ様に、サイカに似たプロジェクトスーツと背中に翼も装着していて、金色の派手な見た目でバグの群れへと突っ込んだ。サイカも咄嗟に身体が反応して、エンキドの後に続く。
エンキドはまず、大剣を振り回し豪快にバグを斬り飛ばすと、今度は複数の剣を投げ飛ばし、空かさず左手にキクイチモンジ、右手にムネノリを持つ二刀流スタイルでバグを斬る。
サイカもサイカで、下から上がってきた分身三人と合流しながら、エンキドを援護する様に周囲のバグを斬って行く。
そんな中、空中戦艦は三隻中の二隻が撃沈して消滅。九号が乗る戦艦だけが何とか無事の状態だが、その武装のほとんどが壊れてしまっていて、もはや主砲も放てない状況となっていた。
「七十二人が損傷、十二人が謎の空間に引き込まれてます! 被害甚大!」
横でゲームマスター陣営の悪い報告が読まれる中、悪夢を見ているかの様な状況を前にして、九号は叫んでいた。
「全員ログアウトだ! ログアウトしろ! なぜ言う事を聞かない!」
先ほどからログアウトの指示をしているが、ほとんどのゲームマスターがログアウトをせずにバグの群れへ勝負を挑んでる事に苛立つ九号。そこで戦艦の中にいるゲームマスターに目を配る。
「ここにいる者だけでも全員ログアウトだ」
その指示を受けて、次々と周辺のゲームマスター達がログアウトして消えて行くと、後を追う様に九号もログアウトした。
✳︎
GMW社のサーバールームのすぐ隣にあるフロアで、ワールドオブアドベンチャーにログインしていた左之助は席を立ちサーバールームへと走った。
カードキーを使って自動ドアを開け、中に入るとすぐにその場にいる数人のエンジニアに声を掛ける。
「状況見ているだろう! なぜ全員強制ログアウトさせない!」
「それが、あの空間自体が現在システム権限全てが通用しない環境になっていて、何も出来ないんです」
「ならばサーバー機器のシャットダウンだ」
左之助の指示で、すぐにサーバールーム自体の電源が落とされ、真っ暗となる。しかしその中で動く機器があり、各種ランプが光っている機器が見受けられる。それについてエンジニアがすぐに報告した。
「ダメです。ワールドオブアドベンチャーのサーバー及び、それに繋がる機器全ての電源が落とせない状況です」
「やはりダメか……工具はあるか?」
「は?」
「LANケーブルを切断する」
エンジニアの一人がそそくさとケーブルカッターを引き出しから取り出し、左之助に渡した。
✳︎
サイカの分身は時間切れですべて消えてしまったが、エンキドの凄まじい動きにより活路は開かれ、サイカはそこを抜け加速した。気味の悪い大きな瞳が覗き込む巨大な次元の裂け目はすぐそこで、ゲームマスター十九号はつま先がもう中に入ってしまいそうな状況だ。
「間に合ええええええ!」
サイカが手を伸ばし、十九号も手を伸ばす。
二人の手と手が触れ合い、サイカは十九号の手を強く握りしめると、そのままそれを引っ張り十九号の身体を引き寄せつつ、サイカは刀で十九号に絡み付いている手を斬った。
自由に動ける様になった十九号が、慌ててその場から離れる。
そしてサイカは、ついでと言わんばかりにノリムネを両手で構え、ノリムネに搭載されたブースターを起動させ刀身を輝かせる。ノリムネによる大技を、裂け目の向こうにある大きな気味の悪い瞳を攻撃するつもりだ。
(やっちゃえサイカ!)
「これでも、くらええええええ!!!」
サイカがその刀を振り下す。
プツン。
左之助がサーバー機器のネットワークケーブルを物理的に切断した事により、そこでサイカの意識が途切れた―――




