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ログアウトブレイバーズ  作者: 阿古しのぶ
エピソード2
34/128

34.ミラジスタの死闘

 エルドラド城から東、フクギ並木の先に建つ邸宅はソフィア王女が物心付いた頃から沢山のメイドとブレイバーに囲まれ育ってきた場所だ。


 先月、十八を迎えたばかりの若さではあるが、伝統的に選ばれる二人の護衛ブレイバーは、今まで四人程の入れ替わりがあった。それは決して、そのブレイバーが無能だったからと言う訳でもなく、自発的に辞めて行った訳でもなく、夢を見なくなったというただ一つの理由だ。


 今のソフィア王女に仕えてくれているブレイバー、リリムとケークンはそれぞれ別のタイミングで王女護衛の任についた。リリムは他国でレベル五のバグを三度倒した事があると言う功績を讃えられ、何等かの理由でエルドラド王国へ移住してきた際にそのまま王女護衛の任務に就いたのが二年前。

 ケークンは王国直属の精鋭ブレイバー隊で、二人いる副隊長の一人であったが、王女護衛のリリムを見るなり本人自らブレイバー隊を辞めて王女護衛の任務に立候補。リリムもそれをソフィアに推薦したのが、つい最近の話である。


 二人とも同じ夢世界出身である為か、最初からよく打ち解け、今では友達口調で話しをする程である。

 ソフィア王女は、リリムの事をどう思ってるのかとケークンに聞いた事があったが、それに対しケークンは運命を感じたからと答えたので、ソフィアは大笑いした事もあった。詳しく聞いてみれば、夢世界との出会いと、こちら側での出会いがほとんど同時期だと言うのだから驚きである。


 そんなリリムとケークンを引き連れて邸宅を出るソフィア王女は、いつものドレスでは無く、王女らしからぬ身軽な服装だった。生活必需品を何個か入れた皮の鞄を腰に下げ、庭へと出る。


 出迎える様に人型巨大ロボットのロウセンが、片膝を地面に着いて待っていた。

 王女を追いかける様に、メイド長率いるメイド達が邸宅から出てくると、メイド長が王女に意見を述べる。


「ソフィア様、危険です! お止め下さい!」

「いいえ、私は止まりません」

「何かあるのであれば、私共に命じて下さい。何もソフィア様自らがお出にならなくても」

「いいのです。私が勝手にやる事ですから」

「グンター様はご存知なのですか?」

「勝手にやる事と言ったでしょ」


 そんな言い争いをしていると、ロウセンはソフィアが近づいて来たのを察知して、ゆっくりと手を降ろし、胸部にあるコクピットハッチが開かれ、中に機械に囲まれた座席が見えた。


 コクピット部分を初めて見た、ソフィアは驚きながらも、

「そこに乗ればいいのですね」

 とロウセンの大きな手の平に乗る。リリムとケークンも後に続いた。


 三人が手に乗ると、ロウセンはゆっくりとアームユニットを動かし持ちあげ、コクピットに入りやすい位置まで持ってくる。二人のブレイバーは未知の領域に入る恐怖感を感じながらも、唾を飲み、恐る恐るコクピットに足を踏み入れた。

 ソフィアは乗り込む前に一度振り向くと、メイド長に告げる。


「お父様には内密にしてください。二、三日で戻ります」

「そんなにですか!? ミラジスタでは内乱が起き、海の向こうでは国が滅びかけようと言うこんな時期に、いったい何処へ行くつもりですか」

「機密事項です」

「ソフィア様!」


 メイド長の呼び止めを無視すると、ソフィアは座席に座った。


「ロウセン、行きましょう」


 ソフィアの言葉に、ロウセンのコクピットの扉が閉まった。


 一瞬、視界が真っ暗となったが、やがて周辺の機械の各所が光り出し、モニターに周囲の映像が映し出される。そこには少し離れた所で心配そうに見守るメイド達の姿も映っている。

 そんな摩訶不思議な機械に囲まれたソフィアは思わず言葉を発した。


「凄い……これがロウセンの中なのですね」


 スイッチやレバーが沢山あり、それをソフィアは優しく触り、冷たい感触を楽しむ様に撫でた。


 その後ろに立つケークンは、

「本当に大丈夫なのか、これ……」

 とキョロキョロと周りを見渡す。


 それに比べリリムは安心した顔で、前面のモニターだけを見ていた。


「大丈夫」

「何を根拠に大丈夫だって言ってるんだ! 動力源は何だ!」


 ケークンは機械をあまり信用できないと言った様子だ。

 すると、前面モニターに世界地図が表示されたと思えば、エルドラド王国が拡大され、そして王都とそこからかなり離れた場所にマークが付く。その近くには、バグに襲撃されたと言うディランの町も見える。

 それを見たソフィアはロウセンに話し掛ける。


「目的地はそこですね。行きましょう」


 何かのモーターが回る様な音がコクピット内に響くと、ロウセンが立ち上がり、コクピット内が揺れる。


「おいおいおいおい、動いた!」


 ケークンが揺れた事に驚いて、座席にしがみ付く。

 座席の両脇から、何か掴める取っ手の様な物が出てきた為、ソフィアはそれを握ってみると、機械的なシートベルトがソフィアの腰を優しく締めた。


 そしてロウセンの背中と足のブースターが火を噴いたと思えば、メイド達を吹き飛ばしてしまいそうな程の風を起こしながら、勢い良く飛躍した。


 コクピット内が激しく揺れ、一時的に重力が増したので中にいる三人は歯を食いしばる。ロウセンの機体が一気に青空に浮かぶ雲のすぐ下辺りまで飛び上がると、そのままスラスターで姿勢制御とバランス調整を行いながら進行方向へ平行移動を始めた。

 重力が落ち着き、思わず目を瞑ってしまっていたソフィアが一つ小さく息を吐きながら緊張の糸を解しつつ目を開けた。そこには画面に映し出される絶景があった。

 王都シヴァイが一望できる景色が広がっている。


「飛んでる……私たち、空を飛んでますよ!」


 まるで子供の様に目をキラキラと輝かせ、前のめりになるソフィア。


「これがロウセンの見ている景色なのか……」

 と、リリムはまるで空を飛ぶ鳥の視界が流れる映像に見惚れ、画面表面に触れる。


「これ、落ちたら死ぬだろ? 本当に大丈夫なのか? なあ!」


 ケークンは顔を真っ青にして怯えているが、そんな事を知ってか知らずか、ソフィアは明るい声でロウセンに話しかけた。


「ロウセン! もっと高く飛べますか! 雲の上へ!」


 するとロウセンは更に高度を上げ、雲の上へと上がった。広大に広がるエルドラド王国の大地が雲の隙間から見え隠れして、さんさんと太陽の光に照らされる。

 ソフィアにとって、これまで十八年生きてきた人生の中で、一番美しいと思える景色だった。これだけでも許可無く家を飛び出し、ロウセンに乗り込んだ甲斐があったと言える。


 そしてロウセンはスラスターを噴かして加速する。

 向かう先はサイカやシッコクがマザーバグと死闘を繰り広げたバグの巣、ブレイバー研究所跡。

 女三人とロボット一体の旅が始まった。




 その頃、バグの群れとこう着状態が続くミラジスタの町では、これから行われる作戦の会議が行われていた。中央区の大聖堂前に設置されたテントの下、臨時作戦司令室には今朝から多くのブレイバーが集められていた。その数は六十人。

 大きなテーブルにはミラジスタの町の地図が広げられ、バリケードが設置された防衛線に駒を置き、現在の状況を分かりやすく図面に表している。


 アーガス兵士長は、先の戦いで銃弾を二発ほど被弾するという負傷こそあったが、包帯を巻いて指揮官としてその場に立っていた。

 サイカ、エム、クロード、マーベルも一番テーブルに近い位置で、アーガス兵士長の言葉を聞く。


「現在、バグによる民間人の被害は推定で約八千人。ブレイバーの被害は約百人。王国警備隊兵士の被害は四百人。そのほとんどが行方不明者となっているそうだ」


 思っていた以上の被害の大きさに、会議室にいる誰もが動揺してざわつく。国と国の戦争が行われなくなって以来、最大規模の犠牲者の数がその報告にあったからである。

 周囲の動揺を余所に、アーガスは話を続けた。


「知っている者も多いだろうが、このバグの出現はテロリストグループによるもので、奴らは禁忌を犯し、採掘地区でバグを大量発生させている。もはや採掘地区はバグの巣と化した状況だ」


 クロードが質問を投げる。


「待てよ。あそこでバグが発生したってどう言う事だ? 結晶化が進んだブレイバーでも匿っていたのかよ?」

「違う。あまり詳しい事は公言できないが、簡単に言えば特殊薬物によるバグの人工的生成を彼らは行っている」


 再び、周囲のブレイバー達の誰もが耳を疑いざわついた。

 すると今度はマーベルが話に入る。


「あのホープストーンが豊富にある採掘地区で、危ない方法を使ってバグを大量に出現させたって言うなら、テロリストグループもバグに襲われて壊滅してるんじゃないの?」

「普通であればそうだ」

「普通であれば?」

「信じ難い事だが……俺は見た。黒いドレスを着た銀髪の女が……バグを操る所を」


 そこまでの話を聞いて、今度は騒ぎ出すブレイバーが現れた。

「そんな事がある訳ないだろ! バグだぞ!」「有り得ない!」「マザーバグなんじゃないか」等と声が上がる。

 確かにバグを統率して動かす事が出来るのはレベル五のバグであり、その中でも貴重な存在で、代表例はマザーバグである。


 周りが騒がしいので、アーガスの横に立つ補佐係の兵士が「静かにしろ!」と注意して、段々と静かになってきた所でアーガスが話を続ける。


「こんな所で俺が嘘を付くと思うか。あの採掘地区での制圧作戦で、十八人のブレイバーと二十人の兵士が犠牲となった事実と、俺の目が根拠だ」


 サイカが口を出す。


「敵の規模はどれくらいなんだ?」

「わからない。ほとんどが人間で構成されている謎の組織……ではあるが、用意周到で統率が取れている。リーダー格と思われるその銀髪の女はブレイバーと思われるが……気になる事がある」

「気になる事?」

「確実に仕留めたはずの、剣の刃が通らなかったのだ。あの感触は……そう、まるで斬れぬバグを斬った時の感触に近い」

「それって……」

 そんな事を話していると、一人のブレイバーが近づいて来た。赤ずきんを被り、大鎌を持った少女ルビーだ。他のブレイバー達が道を開け、ルビーがそこを通りテーブルの前まで来る。


 赤ずきん少女の登場にマーベルが、

「ルビー、今まで何処行ってたの!?」

 と驚くが、ルビーはそれに答える気は無い様だ。


 ルビーは片手に持った火縄銃を投げる様に、アーガスの前まで地図の上を滑らせた。


「これは……いったい何処で!?」


 それは紛れもなく、敵が持っていた武器であった。


「昨夜、拾ったわ」

「拾っただと?」

「それ、そのテロリストとやらが使ってる武器で間違いないのよね」

「確かに……その様だが……」


 アーガスは火縄銃を手に取って、まじまじと見つめる。するとルビーが説明を付け足した。


「その銃、国章が刻まれてる」


 その言葉と同時に、アーガスも刻まれた国章を確認した。


「これは、オーアニルの国章ではないか……なぜこんな武器をテロリストが……」

「そいつらの中に、ブレイバーもいたわよ。とびっきり物騒な奴がね」


 アーガスはルビーの顔を見ると、このブレイバーは敵と一戦交えて勝利したのだと感じ取り、その上で質問を投げる。


「まさか街中にいたのか?」

「ええ、夜にコソコソと動き回ってたわね」


 そんな説明をしながら、ルビーはサイカに目線を向けた。目線を感じたサイカはルビーを見る。


「何?」

「よくわからないけど、貴女に用がある感じだったわよ」

「私に?」


 そこまで言いたい事だけ言ったルビーは、そのまま背中を向けて歩きだし作戦司令室を出ようとした為、クロードが止めた。


「おい、何処行くんだ」

「何処でもいいでしょ。勝手に戦争でも何でもしてるといいわ」


 興味無しと言った素振りで、ルビーはその場を去って行った。

 クロードはその背中を見て呟く。


「よくわかんねぇ奴だな」


 ルビーが見えなくなった後、火縄銃を見物していたアーガスは一旦銃をテーブルの上に置き、話を戻した。


「とにかくだ。本日、これからバグに対して唯一の対抗手段であるお前たちブレイバーの諸君には、採掘地区へ攻め入って貰いたい」


 その言葉に余談で少し気が抜けていたブレイバー達に真剣な表情が戻った。

 そこでマーベルが発言する。


「勝算はあるの?」

「ブレイバーズギルドの協力の元、今この場に集まったブレイバーの諸君のほとんどが優秀な功績があるブレイバー達だ。戦力としては充分であろう。だが勝敗のカギを握るのは、銀色の髪の女を倒せるかどうか……と俺は睨んでいる。ここに集まってくれたブレイバー六十人を三チームに分け攻め入り、銀髪の女が出てきたら一斉に叩く。敵は爆弾による罠も仕掛ける技術があるので、慎重且つ迅速に行動しろ」


 そしてアーガスの指示の元、この場にいるブレイバー六十人のチーム分けが開始された。




 雲の上を飛ぶロウセンが、目的地であるブレイバー研究所跡に到着したのは出発から一時間程経った頃であった。

 ロウセンは各部のスラスターで姿勢制御しながら森林に向けて降下を開始する。周囲の樹木を風圧で揺らし、野鳥の群れを驚かせながらも、ゆっくりと着地すると、周囲の安全を確認した後、片膝を着いてコクピットハッチを開けた。


 ソフィアとリリムが真っ先にロウセンの手に降り立ち、続いて乗り物酔いをしたケークンがふらふらと出てくるのでリリムが心配した。


「大丈夫かよ」

「うぅ……もう二度と乗りたくないぞこんなもの」


 その後、ロウセンは三人を無事に地面まで降ろすと、立ち上がってビームライフルを手に持ち、周囲の警戒を始める。


 人生で初めて空を飛ぶと言う経験をしたソフィアは、

「凄い! 本当に凄いです! いつか人類は、機械に乗って、こんな風に空を飛べる日が来るのでしょうか!」

 と大はしゃぎしている。


 そこへリリムが、着地の際に見えたブレイバー研究所跡と思われる建物の方角へ案内しながら、ロウセンに関して少し話をする事にした。


「きっとロウセンの夢世界は、これが当たり前の様な世界なんですよね」

「あら、リリムの夢世界……えっと、ワールドオブアドベンチャーには無いのですか? 空飛ぶ機械」

「残念ながら。文明としては、この世界に似ていますね。モンスターがいっぱいいますけど」

「へぇ。夢世界……ロマンチックでとても素敵です。私もいつか、リリムやケークンの夢世界、ロウセンの夢世界にも行ってみたいです」

「その様な事……さぁそろそろ到着です。ケークン、置いてくぞ!」

「ま、待ってくれよー!」


 座り込んで休んでいるケークンは、慌ててソフィアとリリムを追いかける。

 その先には廃墟となった石造りの建物が有り、ガラスが割れ、至る所の壁が崩れて穴が開いている。二階建てで、かなり規模が大きいその建物を見て三人は唾を飲んだ。

 真昼間だと言うのに、何処か不気味さが残っていて、周囲の気温が低い様にも感じる。


「ここ……ですね」

 とソフィアが緊張した面持ちで、足を前に進める。


「ソフィア様、私が先に入ります」


 リリムが鞘から剣を抜き、先導する様に中へと足を踏み入れる。

 窓が少ない為か、中は薄暗く視界が悪い。割れたガラスの破片や瓦礫が床に散乱しており、歩く度に何かを踏んでしまう。

 リリムは手に持つエレメンタルソードに手を当てて、短い呪文を唱えたと思えば夢世界スキル《火属性付与》で剣に火を灯した。その明かりで辺りを照らしながら、何か危険な生き物がいないか確認しながら、廊下を進むと、野生の狸が飛び出し、慌てて逃げて行くのが見えた。


「どうですか?」


 ソフィアが後ろでリリムに状況を聞く。


「野生動物はいる様ですが、バグや人間の気配はありませんね」

「それは良かったです。まずは何か参考になりそうな物を集めてみましょう」

「でしたら、私が探しますので、ソフィア様とケークンは外で待っていてください」

「なりません! 私も探します!」


 そんなソフィアな真剣な眼差しを前に、リリムはため息を一つ。


「……わかりました」


 不安そうな表情を見せるリリムの横に、少し元気になったケークンがやって来る。


「ま、姫様の我儘に付き合うのも務め。ちゃっちゃと終わらせて帰ろうや」

「もう大丈夫なのか?」

「ああ、なんとかな」


 ソフィアはすぐ近くの部屋の入口を指差し、

「まずは、そこから調べて行きましょう」

 と提案したので、そこから探索を開始する。


 割れた窓から射し込む光とリリムの燃える剣の光を頼りに、三人は何か情報は落ちていないか手さぐりで探した。各部屋には様々な物が落ちており、そのほとんどが崩壊した家具の破片や崩れた天井や壁の瓦礫ばかりだが、その中に確かに本などの書類も見受けられた。

 まずはソフィアが持ってきた皮袋の中に情報源となりそうな物を入れて行く。

 一階の部屋を一通り見て回り、次は二階へ登ろうと階段を探していた時、地下へ続く階段を三人は発見する。


「これは……いかにもって感じですね」

 とソフィアが言うと、ケークンが躊躇する事なく階段へ足を踏み入れる。


「面白そうじゃん。行ってみよう」


 何も警戒する事無く階段を降りようとするケークン。灯りを持ったリリムがそれを手で止め、ケークンの前へ行く。

 その先にある部屋は、真っ暗でリリムの灯りが無ければまともに歩けない。そこはブレイバーの人体実験における被験者を保管する場所で、まるで監獄の様に手足を縛る拘束具が取り付けられた鉄板が綺麗に並べられている。又、同じく拘束具の付いた鉄の浴槽の様な物までそのまま置いてある。

 ソフィアはその物々しい現場を見て、口を押えて絶句した。

 そしてリリムもそれらの拘束具を火の灯りで照らしながら口を開く。


「惨いですね……」


 リリムもケークンも、噂には聞いていたが実際に見るのは初めてだ。ケークンは拘束具が付いた鉄板を触りながら呟く。


「ブレイバーの人体実験……そんな事が本当にあったんだな……」


 ここには拷問器具の様な実験器具ばかりで、特に情報源になる様な物はなさそうである。更に奥へと続く通路が有り、その先からも重苦しい空気が流れてきている様に感じる。


 そんな通路を見つめソフィアは、

「行きましょう」

 とリリムに近づいて服の裾を掴む。その手が少し震えているのをリリムは感じながら、足を進めた。


 奥は無駄に広いドームの様な空間に、天井に地上と繋がる大きな穴、その穴から外の光が零れ落ちて神秘的な雰囲気を醸し出している。光が降り注ぐ中央には、大きな土台と、周囲に巨大な魔法陣が描かれた跡がある。そして、壁や床、天井に至るまで無数の傷跡が有る事から、何か大きな戦いがこの部屋であった事が解る。


 何とも言えない異様な雰囲気に包まれながらも、ケークンが最初に言葉を発した。


「ここが、シッコクさん達がマザーバグと戦った所だな」


 そんな事を言いながら、中央の土台を触るケークン。

 天井から零れる光でこの部屋はある程度明るさが確保できている為、リリムは剣に宿る火を一旦消火すると、鞘に納めた。


「ケークン、多くの同胞が散った場所だ。あまり野暮な事はするなよ」

「わぁってるよ」


 リリムが横を見ると、横でソフィアは両手を合わせ黙祷していた。


「マザーバグは我がエルドラド王国が誇る英雄ゼノビアだったと聞きます。まだ真実は解りませんが、きっとこれも私たち人間が犯した罪なのでしょう」


 ソフィアがそう言うと、リリムが口を出す。


「王はなぜ、英雄を被験者にする事を認めたのでしょうか。もし夢を失ったブレイバーだったとしても、宿舎に銅像が建てられる程の英雄を実験に使うなど……」

「そう。だから私たちはここへ来たのです。お父様の口ぶりからすれば、あのワタアメなるブレイバーが関係している様ですが」

「ワタアメ……」


 ワタアメの名を聞いて少し険悪な表情になったリリムを見て、ソフィアが気になっていた事を聞いた。


「もしかして、ワタアメと知り合いなのですか?」

「夢世界で少しって程度です。随分と印象が違いますが……」

「ではケークンも?」


 ケークンは一人で周りを見物して歩いていたが、突然話を振られて振り返り、ソフィアに向かって首を横に振りながら両手で全然知らない事を表現した。


「そうですか。とにかく日が暮れる前に、ここで起きた事が解る資料を探しましょう。見た所、この部屋には何も無い様ですね」


 ソフィアがそう言った矢先、壁を手で触っていたリリムが何かを発見した。


「これは……ソフィア様、これを見てください」


 リリムが触る壁を見ると、そこには何か小さな穴が開いてる。


「なんでしょう。鍵穴……の様ですね」


 そんな会話を聞き、今度はケークンはその周辺の壁をノックして音を確認する。石で出来た壁ではあるが、その鍵穴と思われる場所の周辺だけ音が軽い。


「なるほどね。ソフィア様、リリム、下がって」

 と、ケークンは二人を下がらせると、拳を握り構えた。


「おいまさか、やめろケークン!」


 リリムの言葉を無視して、ケークンはすぐに夢世界スキルの《気合》と《爆裂》を使い、身体を赤く輝かせながらバチバチと静電気の様な物を発生させる。そのまま目を瞑り、大きく息を吐いた。


 数秒間、微動だにしないケークンが急に目を見開いたかと思えば、大きく足を踏み込み夢世界スキル《覇王衝陣拳》を放つ。その強烈な拳が石の壁に当たったと思えば、とてつもない衝撃波の後、壁に亀裂が入り、そして爆弾が爆発したかの様に石の壁が吹き飛んだ。

 砂埃と一緒に飛んでくる瓦礫をリリムが剣で弾いてソフィアを守る。


 ケークンは砂埃に巻き込まれながらも、満足そうな笑顔をリリムに向けてピースをして来た。それを見たリリムは苦笑いを浮かべる。


「ケークンのその技、喰らったのが夢世界で良かったよ」


 砂埃が落ち着き、視界が晴れると、吹き飛ばした壁だった場所に広い通路が現れていた。宛ら隠し通路と言った所である。


 それを見たソフィアは、

「行きましょう」

 と率先して中に入って行く為、リリムが慌てて追いかける。だがケークンはその場に座り込んでいた。


「あたしはちょっと休憩」


 それもそのはず、先ほどケークンが出した夢世界スキルは、ケークンにとっての大技であり、体力の消耗が激しいのだ。リリムはケークンを見て頷くと、ソフィアを追いかけて中へ入って行った。




 その頃、ミラジスタの町、採掘地区では二十人のブレイバーによる第一小隊がバグの群れと戦闘をしていた。バグによる光線と、ブレイバーによる魔法や銃弾が飛び交い、乱戦状態となっている。驚く事に、まるでロボットの様な近未来スーツに身を包んで、レーザー銃やバズーカ砲などを持ったブレイバーもおり、ブースターで空を飛んで空から攻撃を仕掛けている姿も見える。

 それに対抗する様に、やがて鳥形のバグが現れ、空中でも戦闘が開始された。


 バグを援護する様に、採掘地区の至る所にあるトンネルや障害物の影から火縄銃を持った人間も顔を出して、銃弾を放っている。

 その様子を、高台から眺めているのはアーガス兵士長が率いる第二小隊。アーガスは顎鬚を触りながら、敵の戦力を見計らっていた。


 そんな中、サイカ達が率いるのは第三小隊は、あまり戦闘には参加せず、物陰から物陰に隠れながら移動して、遠回りに目的地となるトンネルの入口を目指していた。幸いにも、第一部隊が派手に戦闘をしているお陰で、現れるバグは真っ先にそっちの方面へと走って行ってしまう。

 問題は火縄銃を持った敵の人間達であるが、第三小隊はそのほとんどが隠密行動に長けたブレイバーで構成されており、目撃される前に静かに処理をして行った。その中でも、クロードはアサルトライフルにサイレンサーなる筒を先端に取り付け、静かに発砲して狙撃しており、大活躍である。


 そこへ新たに増援の火縄銃を持った敵の二人が四体のバグを引き連れて現れたことにより、第三小隊の内数人のブレイバーが発見されてしまった。

 バグの目が光り、一人のブレイバーに襲いかかろうとした所を、クロードが横から射撃してバグを消滅させる。それを見たサイカは横にいるエムにアイコンタクトを送り、エムが頷いたのを確認して飛び出した。


 サイカが刀を抜きながら前に突進すると、背後からエムが夢世界スキルの《風の加護》をサイカに付与。サイカの身体は軽くなり、移動速度が増した。

 そこへ火縄銃の弾が二発飛んでくるが、サイカはそれを難なく避け、まずはバグ三体を軽々と斬り、火縄銃を装填している敵の一人を蹴り飛ばし、もう一人に峰打ちをして気絶させた。

 ほんの数秒でバグ三体を消滅させ、敵二人も眠らせたサイカは納刀しながら、第三小隊に手で合図を送る。


 ここからが正念場で、多くの兵士と十八人のブレイバーがやられたとされる、エリアへと足を踏み入れる事になる。

 周囲に敵がいない事を確認しながら第三小隊がサイカの元へ集まろうとする中、トンネルの中で何か気配を感じ取ったサイカは咄嗟に抜刀の構えを取った。

 無数の氷の刃がトンネル内からサイカに目掛けて放たれ、サイカはその直撃を受けた……と思いきや、夢世界スキルの《空蝉》で、それを幻覚扱いとして、サイカ自身は後方へと飛んでいた。


「やっと見つけた」

 と、奥から女の声が聞こえたと思えば、黒いドレスを着た銀髪の女、キャシーが現れる。


 その姿を見て、第三小隊は一斉にそれぞれの武器を手に取り身構え、クロードは閃光弾を空に向かって思いっきり投げ飛ばす。それは敵の目を眩ませる目的ではなく、指揮官であるアーガスや他の小隊への合図だった。


 空中で破裂した閃光弾の光を確認したアーガスも動く。


「出たか。第二小隊も出るぞ。第一小隊を援護しつつ、第三小隊の元へ向かう」


 その言葉を合図に、第二小隊のブレイバー達もアーガスを筆頭に走り出した。


 そんな中、一人の女を前に凍りついたかの様な緊迫した空気に包まれた第三小隊。女は余裕の笑みで語りかけてきた。


「貴女がサイカね」


 サイカをからかう様に話す銀髪の女は、武器の様な物は何も持っていない。通常、多くのブレイバーが武器を持っているのが当たり前で、奇怪な装備を身にまとっている事もあるが、この女にはそれが無い。まるで人間の様な身なりである。

 だが、先ほどの氷の刃を飛ばしてきたと言う事は、恐らく魔法使い系のブレイバー。

 そう考えたマーベルが、サイカの前に立ち杖を構えた。


「サイカ、ここは私が」


 マーベルはすぐに魔法の詠唱を開始する。杖の先に魔法陣が展開され、そこに火の玉が現れると、どんどん大きくなっていった。夢世界スキル《インフェルノ》である。


 人を丸々呑み込めそうな程、巨大な炎の塊となったソレを、マーベルは杖を突き出し、

「燃え盛れ! 地獄の業火よ!」

 とキャシー目掛けてそれを飛ばした。


 巨大な炎が迫るキャシーは左手を突き出して、魔法障壁を発声させそれを防ぐ。障壁に当たった炎は瞬く間に障壁ごと覆い尽くすかの様に広がり、キャシーを包んだ。

 それを確認したマーベルは、勝機があると見て、もう一度スキル《インフェルノ》の詠唱を開始。小さな火の球から大きな炎の塊を生成していく。


 すると持続的に燃え盛る炎の中から、凄まじい冷気が放たれ、炎を消すと共にキャシーの周囲が一瞬で凍りついた。見ればキャシーも何か魔法を唱えた様である。

 それに臆する事無く、マーベルは完成した《インフェルノ》の第二波をキャシーに飛ばす。更に追加で次の魔法詠唱を開始するマーベル。


「面白い!」

 と、キャシーは再び左手を突きだし魔法陣を展開すると、今度は吹雪の様な強い冷気と風を発生させ、炎の塊の進行を妨害した。その凄まじい風で、第三小隊一同も飛ばされない様に物に捕まったり、踏ん張らないといけない程である。


 その冷たい暴風に《インフェルノ》は消し飛ぶ形となったが、それでもマーベルは次の夢世界スキル《ストーンブレイク》を発動すると、地面の土が鋭いトゲとなり、何か生き物が地面の中を這うかの様にトゲが次々と発生。キャシーを襲ったが、キャシーは魔法を中断しながらそれを飛んで回避。


 それを待っていたクロードは、着地の瞬間を狙ってアサルトライフルから弾丸を三発発射したが、キャシーはその弾を氷で硬化させた素手で受け止め防いだ。キャシーの手のひらから、三発の潰れた弾丸が落ちる。

 すぐにキャシーは両腕を突き出すと、二重の魔法陣を展開、凄まじい数の氷の刃をマーベルに向けて飛ばすと、マーベルは巨大な魔法障壁を展開してそれを防いだ。


 魔法と魔法の激しい攻防が、トンネルの入り口で繰り広げられ、それはサイカにとって初めてマーベルの本気を目の当たりにした気がした。


 どちらも引けを取らない状況であったが、先に動いたのはキャシー。魔法でマーベルと撃ち合っても消耗戦となると考えたキャシーは、前に出た。両手に氷で出来た双剣を出しながら、マーベルの放った夢世界スキル《スプラッシュ》の水を避け、地面を蹴り、壁を蹴り、急激に接近。


 それを見たサイカは、

「エム、マーベル、下がって!」

 と抜刀して前に出ると、キャシーを迎え撃った。


 サイカのキクイチモンジと、キャシーの氷の剣が衝突すると、氷の剣が折れた。それでも、キャシーはすぐに新しい氷の剣を生成して、隙無くサイカに斬り掛かる。

 サイカも避けきれない斬撃は、刀で防ぎながら斬り返すも、キャシーもそれをひらりと避けた。

 そこへ、サイカを援護する様に第三小隊のブレイバー達が横から割って入って来るが、キャシーは身体の表面を氷で硬化させる事で、彼らの武器で傷付ける事が出来ない。


 前衛のサイカ含む十人のブレイバーが苦戦を強いられる中、クロードはもう一つ用意していた作戦を決行する事にした。手を挙げて、後方で待機している狙撃手ブレイバーに合図を送ると、

「全員離れろ!」

 と前でキャシーを囲うブレイバーに指示を出す。


 キャシーに斬り掛かっていたブレイバーが距離を取ったその瞬間、スナイパーライフルによる長距離からの狙撃が行われ、キャシーの頭に命中。その勢いで、キャシーは吹き飛ばされるも、片手を地面に着けてくるりと受け身を取りながら着地した。見るとキャシーの頭の半分が氷で硬化されている。


 そこへ二回目の狙撃がキャシーの顔目掛けて行われるも、キャシーはそれを硬化した手で弾をキャッチしてしまう。

 その隙に背後へ回り込んだサイカが、キャシーに向け刀を振るうも、キャシーは即座に反応して硬化した腕で刃を受け止めた。


 だがキクイチモンジの防御力無視の効果あってか、氷で硬化したはずのキャシーの右腕がサックリと切断された。キャシーは少し驚いた表情を見せながらも、サイカから後方に飛躍して、今度は左手にキャシーの身長よりも長い氷の剣を出現させ、右腕が無くなった今が好機と襲い来るブレイバーを迎え撃った。


 時々姿が消えて、突然別の場所に現れると言う瞬間移動の様な事をやって来る。そしてキャシーの剣捌きは見事な物で、十数人のブレイバーが囲んで攻撃していると言うのに、誰も彼女に傷を付ける事が出来ず、逆に斬られ消滅するブレイバーもいる程だ。


 そんな所に、トンネルの奥から敵の増援が続々と現れ始めた。


 火縄銃を持った人間が十人、バグが二十体。それを銃弾で迎え撃つクロードは、

「第二部隊の到着はまだかよ」

 と、アサルトライフルの引き金を引きながら第二部隊の到着を待ち望んでいた。


 一方、第二部隊は苦戦を強いられ、第三部隊の所へ向かえない状況に陥っていた。その要因となるのは、敵の増援としてブレイバーが現れたからである。しかもかなりやり手の洗練されたブレイバーが八人。

 バグの群れと一緒に相手をしないといけない状況で、第三部隊がトンネル前で上手く孤立させられてしまっている。


 アーガスは二人のブレイバーを相手に、奮闘しており、自慢の大剣を振り回し敵ブレイバーに臆することなく斬り掛かる。ランスを持った敵ブレイバーが何か夢世界スキルを使用してアーガスを攻撃したが、アーガスはそれを予測していたかの様に避け、そのまま豪快に斬り飛ばした。


 すると横からもう一人のブレイバーがサブマシンガンを構え、アーガスに向かって連射するも、アーガスは大剣を盾にしてそれを防ぎ、そのまま突進。弾切れとなったのを見るや否や、ぐるんと身体を回転させながらサブマシンガンを持ったブレイバーを斬り飛ばした。


 地面を転がり立ち上がろうとする敵ブレイバーの胸に、アーガスは容赦無く剣を突き立て消滅させた。


 それを少し離れていた所で見ていた弓を持った敵ブレイバーが、

「な、なんなんだこいつ!」

 とアーガスに向かって、矢を放つ。だがアーガスはそれを手で掴み投げ返し、矢を放ったブレイバーの頭に刺し気絶させた。


 そんな時、横からアーガスよりも少し大きいワニの様な形をしたバグが、大きく口を開いてアーガスに喰らいつく。アーガスは咄嗟に大剣をその口へ入れ大剣が一瞬で砕け散る中で、後ろに飛んでバグから距離を取った。

 そこへ味方のブレイバー数人が間に入り、ワニ型のバグと対峙。


「ここはお任せを」

「うむ」


 人間であるアーガスは、バグに対して大きく不利である。それは人間の武器がバグに一切通用しない原理があるからだ。なのでブレイバーに任せなければいけない事にもどかしさを感じながらも、アーガスは予備で持ってきていた片手剣を背中の鞘から抜いた。




 そんな中、キャシーを囲っていた第三小隊のブレイバーは半数に減っており、逆にバグの群れに包囲されてしまう事態に陥っていた。クロードもアサルトライフルが弾切れの様で、後方にいた狙撃手のブレイバーもバグに接近されて一旦撤退してしまった。


 キャシーのサイカに斬られた右腕は、肘から先が無い状態だったが、瞬時に至極色の手を作り再生。その手は元々の手より大きく、爪は鋭く、禍々しい見た目をしている。

 こんなに早い再生能力を今までに見たことが無いサイカは、こう言った異例の能力を持ったルビーの事を思い出す。


「ブレイバースキルか」


 キャシーは手始めに横から剣で斬り掛かってきたブレイバーの刃を避けながら、その至極色の右腕でそのブレイバーの胸を貫きそのままコアを奪い取った。コアを抜かれた事でそのブレイバーは気を失い倒れてしまう。


 何らかの要因で身体からコアを抜かれたブレイバーは意識を失い、すぐにコアの光が失われると同時にそのブレイバーも消滅してしまう。


 それを実演するキャシーは、コアを抜き取ったその大きな手の上でコアを転がして遊んでみせるとコアは徐々に輝きを失い、そして真っ黒になってしまった。それと同時、隣で意識を失い倒れていたブレイバーは消滅してしまう。

 圧倒的な強さを誇るキャシーを前に、それでもキャシーだけは倒すといった意気込みで、六人の前衛ブレイバー達が連携してキャシーを襲う。そうやって注意を逸らしている隙に、マーベルが後方で魔法詠唱を開始。そのマーベルをエムが夢世界スキル《ウインドカッター》で敵が近づいて来れない様に風の刃を周囲に展開。クロードもハンドガンとナイフで守りに入った。


 だが、それを嘲笑うかの様にキャシーが突然マーベルの目の前まで瞬間移動してくると、マーベルは慌てて詠唱を中断して後退。キャシーの氷の剣が、マーベルの鼻先を通り過ぎた。そしてキャシーの右手がマーベルを追う様に攻撃を仕掛けた所で、突如キャシーの背後へ現れたのはサイカ。


 サイカが振るった刀をキャシーは横に飛んで避けると、再びサイカとキャシーの斬り合いが始まった。エムが《風の加護》で支援をしてくれている他、クロードの援護射撃がある為、サイカが有利と言える。

 キャシーの氷の剣が折れ、襲い来るキャシーの右腕を再度斬り落とし、背後に回り込んだサイカがキャシーを斬る。キャシーのドレスを背中から切り裂き、その下にある白い肌まで傷を付けた。

 だが傷は浅い。サイカに攻撃を受けた事で、少し動揺したキャシーに今度はクロードの弾丸が肩と胸に一発ずつ命中。氷による硬化も間に合わず風穴が開いた。


 よろめき片膝を着いたキャシーは、再び右腕を再生。撃たれた箇所も再生しつつ、サイカを睨みつけた。その目は、眼球の色が黒く、瞳孔も真っ赤になっており、何かの能力を使ったのかとサイカは警戒して距離を取る。

 クロードはお構い無しに続けて弾丸を発射したが、キャシーは氷の硬化によりそれを弾いた。


 空かさずサイカの元へ詰め寄ったキャシーの速度は増しており、サイカは左右へ避けるのが精一杯の状況となった為、エムが夢世界スキルの《ウインドウィング》をサイカに付与した事で身軽になったが、それでも速度はキャシーの方が上だ。

 だがその支援魔法を見て、キャシーの目線がサイカからエムへと移った。


「エム!」

 と、サイカが叫ぶと同時、キャシーの姿が消え、エムの背後へ彼女は現れた。


「えっ」


 十分距離があったはずなのに、いきなり背後にキャシーの気配を感じたエムが振り向く間もなく、エムの胸をキャシーの右腕が貫き、コアが抜き取られた。エムは目から光が消え、そのまま気を失ってしまう。


「貴様! やめろ!」


 サイカの言葉も虚しく、キャシーの右腕はエムの身体を貫いたままその指で小さなコアを挟み、サイカに見せつける。キャシーがその手に力を入れれば、簡単にエムのコアを破壊する事も可能な状況である。しかもこの状況、完全にエムを盾にされてしまい、エムを犠牲にする以外の方法では攻撃も出来ない。

 焦るサイカの表情を見たキャシーは、ニヤリと笑いながらサイカに話しかける。


「ねえサイカさん。大人しく武器を収めて、私に捕まってくれない?」

「そうしたら、そのコアを戻してくれるのか」

「ええ、勿論」

「わかった」


 サイカは刀を腰の鞘に納め、両手を挙げ降参の意思を示した。そのやり取りを見たクロードが叫ぶ。


「サイカ!」

「いいんだクロード。エムを守らせてくれ」


 キャシーは輝きを失いつつあるエムのコアをエムの身体へ戻し、早速そのコアが体内で血管を作り周囲の再生を始めた事を確認しながら、そっとその右腕をエムの身体から抜いた。そしてそのまま気を失っているエムが地面に倒れる。

 瞬く間に血だまりが出来ていくが、何とか一命は取り留めている様でサイカはホッと一安心。

 キャシーはサイカの前まで歩みを進めるが、クロードはそんなキャシーにハンドガンの銃口を向けたまま、横移動してゆっくりと倒れるエムに近づく。


 マーベルもいつでも魔法が放てる様に詠唱を途中まで完了させて、杖を構えていた。

 だがサイカはそんなクロードとエムに目線を送り、首を横に振る事で何もするなと合図した。


 周囲の様子はと言うと、包囲しているバグの群れは全員その動きを止めており、戦っていたブレイバー達もその手を止めてキャシーとサイカの様子を固唾を飲んで見守っている。


 サイカのすぐ目の前まで来たキャシーは、相変わらず不敵な笑みを浮かべたまま、ささやく様にサイカへ話しかけた。


「用があるのは貴女の身体。しばらく大人しくしてて貰うわよ」


 突然、妙な事を言い出したと思い、サイカがその理由を聞こうと口を開けた瞬間。


 サイカの視界が宙を舞った。


 そして地面を転がる様にぐるぐる回り、やがて止まったと思えばキャシーと自分の脚が見える。


 遠くでクロードが何か叫んで、銃を撃とうとしているがマーベルがそれを止めている。


 キャシーは力無く倒れるサイカの身体を肩に担ぐと、そのまま移動を開始。サイカの血がボタボタと流れ落ちながら、キャシーとサイカの脚が視界から消える。

 それと同時、一斉に周囲のバグ達が動き出し、激しい乱戦が再開された。


(あれ、何がどうなって……この感覚、何処かで……)


 前にもこんな事があったという既視感を味わいながら、サイカの意識は途絶えた―――






【解説】

◆ロウセンのコクピット

 ロボット対戦ゲームの夢世界を持つロウセンは、男の子が大好きな人型巨大兵器。ロウセンにはコクピットと言う概念も存在していて、中に人を乗せる事ができる。操縦席もしっかりと存在しているが、それはただの飾りで、実際に操縦する事は出来ない様になっている。

 ソフィア王女は何度かロウセンに乗り空を飛んだ事があり、彼女のお気に入り。


◆おてんば姫ソフィア

 エルドラド王国のソフィア第一王女は、おてんばな性格もあって、幼い頃から王都民と直接触れ合う機会も多かったソフィア王女は、王族の中でも国民からの信頼が厚い。

 側近にブレイバーを二名配属する事は今の決まりとなっていて、現在はブレイバーのリリムとケークンがその役目を全うしている。


◆機械が苦手なケークン

 高い戦闘能力を持つ格闘家のケークンは、どんな敵が相手でも臆する事無く立ち向かう勇気有る者だが、そんな彼女にも苦手な物がある。


◆火縄銃

 異世界では、銃はまだ開発されていなかった。しかし戦争時代にオーアニルと言う国が、ブレイバーが持つ銃を参考にして仕組みが酷似している武器を開発していた。量産体制に入る前に大厄災が起きてしまった為、戦争の主力になった事はまだ無い。

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