表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ログアウトブレイバーズ  作者: 阿古しのぶ
エピソード2
32/128

32.キャシー

 ミラジスタの町、採掘地区で発生したテロリストによる立て籠もり事件。

 本来であれば王国直属の精鋭ブレイバー隊が対処に当たる案件だが、運悪く王都での事件も重なり隊長のシッコクともども身動きが取れない状況である。つまりこれを対処するのは、ミラジスタ所属の王国兵士と有志によるブレイバーに限られる。


 敵にブレイバーがいるかどうかは不明で、鉄砲を持っていたと言う目撃証言が多数ある中、事態の対処をするために集まったミラジスタ警備隊兵士は六十人、有志のブレイバーは十八人。十分過ぎとも言える戦力が整っていた。


 ミラジスタ警備部隊の兵士長、アーガス・モルダンは指揮官として数々の事件を解決に導いた経歴の持ち主で、かつての戦争では人間でありながら最前線でブレイバーを百人消滅させたと言う逸話の持ち主でもある。

 アーガスは五十歳になろうと言う年齢だが、歴戦の古傷は全身至る所にあり、衰えを感じさせないがっちりとした体型。兜の下は鋭い目と、顎髭が特徴的である。そんな彼は新米兵士の教育指導も長けており、今となっては部下からの信頼も厚い頼もしい兵士の一人だ。


 しかし、そんな人間の中で最強とも言われる彼でも今回の事件は頭を悩ませていた。まず敵の目的が解らない。こんな逃げ場の無い場所で、ブレイバーの儀式にのみ使えるとされているホープストーンエリアを占拠する意味が解らなかった。敵の構成、ブレイバーがいるかどうかも不明だが、状況としては袋の鼠。圧倒的に相手が不利と思える。


「ううむ」


 顎髭を触りながら事件現場の唯一のトンネル出入り口を見つめ、何か裏があるのではないかと考え込むアーガスに若い兵士が近づいてきた。


「アーガス兵長、先遣隊の配置完了しました」

「先遣隊突入。鉄砲を所持という情報がある。気を付けろ」

「はっ」


 若い兵士はアーガスの指示を受けて走り出した。


 鉄砲、又は銃と呼ばれる部類の武器は、ブレイバーの間では珍しくもない武器であるが、ブレイバー以外が扱える物はまだ発展途上の段階である。ブレイバーの武器を参考にして、開発されたのが火縄銃だが、まだ量産ができる程に開発は進んでおらず、貴重品の一種である。

 もしブレイバーで無いのであれば、そんな代物を持っているなど考えにくい。


 若い兵士と入れ違う様に、今度は大きな斧を持った男ブレイバーがアーガスの隣までやって来る。男は夢世界ワールドオブアドベンチャー出身のシュンニイと言うブレイバーで、今回、臨時ブレイバー部隊のリーダーを務める事となった。


「ブレイバーが先遣隊にいない様だが、いいのか?」

「相手の戦力が解らない内は、貴重なブレイバーの諸君を無暗に消耗させたくないのでな」

「へぇ。あんた、ブレイバーを使い捨ての兵器として考えないんだな。見直したぜ」

「戦士として認めている。それだけだ」


 指揮官とブレイバー隊リーダーがそんな話をしている中、フルアーマーに身を包み大きな盾を持った先遣隊の兵士が十人、トンネルの中へ突入していた。

 隊列を組み、三人の兵士が横並びに盾を構えながら前に進み、その後ろをボウガンを持った兵士四人、更にその後ろを片手剣と盾を持った兵士三人が続いた。まず彼らの目標は敵を発見する事。無理に戦う事は避け、敵の武器や人数を出来る限り分析してそれを外にいる仲間達に教える事が役割だ。


 壁掛けのランタンが通路を照らし、所々に警備兵の遺体が転がっているのが見える。

 そして妙な静けさと緊張感が十人を包み、冷や汗を流しながら息を殺し、静かに前進する。

 どれくらい進んだだろうか、通路が広くなり、道が三つに分かれている箇所に到達する。見た所誰もいない様だが、岩や木箱、ホープストーンが積まれた荷車などが混在して障害物が多く、見通しが悪い。


「物陰に注意しろ」


 そんな事を一人の兵士が小声で言うと、ボウガンを持った兵士四人が四方八方に武器を向けクリアリングしながら、ゆっくりゆっくり前へ歩みを進めた。

 そんな兵士十人を狙い、木箱と岩の間から火縄銃の銃口がゆっくりと出てくると、兵士がそれに気付く前に発砲。


 パーンと言う乾いた音と共に、大盾を持って先頭を歩く兵士一人の兜に銃弾が当たり兜が吹っ飛び地面を転げた。撃たれた兵士は無事で、頭から流血はしているものの、兜が何とか銃弾を防いでくれた様だ。

 銃弾が放たれた方向を皆が一斉に注目する中、周りの障害物から次々と火縄銃を持った敵が顔を出し、銃弾が一斉に放たれた。


 大きな盾と、頑丈な鎧が結構な数の弾を防いでくれてはいるものの、四人ほどは鎧の隙間から弾が入り負傷。ボウガンを持った兵士の一人は顔面に直撃してしまい、その場で死亡した。

 敵の数は正確には解らないが、敵も同じくらいの人数がこの場にいる様だ。

 放たれたのは事前情報にあった通り火縄銃の様で、連射はできない様だ。ボウガンを持った兵士三人が立て続けに矢を放ち応戦するが、敵は物陰からほとんど顔を出す事なく、矢が命中する事は無かった。


「くっそ! いてぇぇぇ! いてえよぉ!」


 そんな事を肩と脚に銃弾が当たり負傷した兵士が叫び、地面に倒れてもがき苦しむのを、大盾を持った兵士がカバーする様に前に立って構える。


「後退! 負傷者の救助優先!」


 銃弾を警戒しながら、そそくさと後退を開始する中、第二波の銃弾が一斉に放たれる。

 敵が顔を出した瞬間を狙って、ボウガンの矢が一人の頭に命中させ無力化に成功したが、約八発ほどの銃弾が一斉に兵士に向かい放たれた。


 後退を開始していたのが功を奏し、先ほどよりかは銃弾が来る幅が限られているため、ほとんどの弾を盾が防ぐも、足を負傷して味方に引きずられていた仲間に銃弾が当たり死亡。


 後ろにいた片手剣を持った兵士も一人、肩を負傷した様だ。

 やはり銃と言う兵器は彼らにとってブレイバーの次に脅威であり、剣や弓では対抗するにも限界があった。


 盾を持った兵士が、

「一人は走れ。兵長に状況を知らせるんだ」

 と指示をすると、片手剣を持った兵士が、


「私が行きます」

 と走り出したと思えば、すぐにその兵士は血飛沫を撒き散らしながら吹き飛ばされて戻ってきて地面を転がり絶命する事となる。


 その光景を見て、一斉に兵士達は自分たちの後方を確認すると、そこには黒いドレスを着た女が返り血を浴びた状態で立っていた。キャシーだ。


「いつの間に!?」


 片手剣とボウガンを持った兵士が一斉にキャシーに武器を向けるが、盾役の兵士は前方に火縄銃を持った敵がいるので振り向く訳にはいかない。

 先遣隊は完全に挟み撃ちされる状況に陥ってしまった。



 一方、外で先遣隊からの一報を待ち望む他の兵士及びブレイバー達は、内部から鳴り響く銃声に息を飲んでいた。銃声には周期があり、第一波、第二波、第三波と銃声が聞こえる。中で戦闘が起きているのは明白だ。


 しばらくして銃声が聞こえなくなった。タイミング的には先遣隊の誰かが中から出てきてもおかしくない頃ではあるが、その気配も感じられない。

 アーガス兵長が顎髭を触りながら考え事をして、出口の真ん前で大剣を地面に立て仁王立ちしていると、トンネルの内部から何か物が飛んでくるのが見える。


 バレーボール程の大きさをした丸い物は、アーガス兵長の前に落ちるとコロコロと転がる。よく見れば、それは兜を被った人の頭だった。


 先遣隊として中に入って行ったメンバーの一人の頭だけが、何者かによって投げ飛ばされ、兵長の前に転がったのだ。地獄を見た様な酷い顔をしている。

 その残酷な挑発を受け、アーガス兵長の蟀谷(こめかみ)に血管が浮き出る。

 今すぐにでもアーガス兵長が直々に中へ突入したい気持ちをぐっと堪え、次の作戦を口にした。


「ブレイバー隊突入準備! 第一部隊、第二部隊もそれに続け! 聞いての通り、敵は鉄砲を持っている。弾避けに自信のある奴が率先しろ!」


 退屈そうに待機していたブレイバー十八人が動き出す。戦いのために作られた彼らはこういう場でこそ輝くと言うものだ。


 ブレイバー隊リーダーのシュンニイが戦闘に立ち、大きな斧を持って準備体操をしていると、銃や剣、槍と言った様々な武器を持ったブレイバー達がシュンニイの周りに集まる。魔法支援系のブレイバーが二人いて、それぞれに身体能力が向上する様々な支援魔法を付与する。付与された魔法の中には、ある程度の攻撃を無効化してくれるバリアも含まれていた。


「この様子じゃ相手にもブレイバーがいるな。何人いるかわからねぇが、数で押し切れば問題無いだろう」


 聞けば、今回集まった十八人の内、シュンニイを含む四人はレベル五のバグと戦い勝った経験があり、戦力として申し分無いのである。

 ブレイバー隊の後方に、ミラジスタ警備隊兵士が十人一組で二チーム集まった事を確認すると、シュンニイが手で合図を出す。それを見て、ブレイバー十五人が一斉に走り出し、トンネルの中へと一気に突入を開始すると、兵士達もそれに続く様に中へと踏み込んで行った。


 それを見届けたアーガス兵長は、

「では、俺たちも行くとするか」

 と残っていた三人のブレイバーに手で合図を出し、大剣を肩に担いで中へと歩いて入って行く。それにお供する様に、三人のブレイバーが続いた。


 シュンニイ率いるブレイバー隊は、早速先ほど先遣隊がやられたと見られる開けた場所にやってきた。十人の兵士の死体が至る所に転がっていて、どれも残酷な殺され方をしているのが解る。


 だが、敵の姿が見えない。


 ここからは三つのルートに分かれており、中は大分入り組んでいると聞く。

 それでもアーガス兵長によれば、クラスAとされるエリア、ホープストーンが良く採れる場所がテロリストの目的では無いかと読んでいる。事前に渡された地図によれば、右に曲がって真っ直ぐ、突き当りを左、そして再びたどり着いた分かれ道を右に曲がって真っ直ぐ行くとそこに到着する。

 ブレイバー隊は足を止める事無く、作戦通り分かれ道を右に入り突き進んだ。


 そこは少し幅の狭い通路になっており、あまり左右に展開が出来ない場所であるため、敵はそこでバリケードを作り待ち構えていた。

 火縄銃を構える三人が見え、シュンニイが手で合図をすると、立ち止まって左右に展開。後ろを走っていた重そうなマシンガンを両手に持った男ブレイバーが前に出る。


 先に放たれたのは火縄銃で、三発の弾が男ブレイバーに命中するがバリアがそれを弾いた。


 そしてニヤリと笑みを浮かべながら、

「そんなショボイ銃じゃ、俺たちは止められねぇぜ!!」

 とマシンガンの引き金を引く。


 重たい銃声が連続して響き、火薬が爆発する光で辺りが断続的に照らされる。男が持つマシンガンから百五十発に及ぶ弾丸の雨が前方に放たれ、火縄銃を持った三人が慌てて奥へと逃げていくが、一人は逃げ遅れた様で倒れるのが見えた。


「ちっ、つまんねぇなぁ」

 とマシンガンの男が悪態を付きながら弾の装填を行い、他のブレイバーは再び走り出す。


 突き当りまで来た所で、先ほど逃げたと思われる二人の敵が火縄銃を構えていたが、再び先頭を走っていたシュンニイは銃弾を恐れる事なく突進、付与されたバリアで弾を弾きながら接近すると、一人を斧で斬って壁に叩き付け、背中を向けて走るもう一人も追いかけて背中から斬り殺した。

 遅れて他のメンバーも続々と突き当りに差し掛かり、作戦通り左へと曲がって進行。

 目的の場所は近い。


 だが、颯爽と突き進む彼らは気づいていなかった。

 それは一瞬の出来事で、爆発音と衝撃波を背中から感じ、シュンニイが足を止めて後方を振り返ると天井の岩と土が崩れ落ちていた。通路に爆弾が仕掛けてあったのだ。十五人のブレイバーの内、六人が生き埋め、三人が向こう側に取り残される形となり、ブレイバー隊は完全に分裂した。


 その一発の爆発だけでは済まず、二発目、三発目と近くで次々と爆発が起き、更に天井と壁が崩れていく。


「小癪な真似を! 構うな! 行くぞ!」

 とシュンニイが残った六人に指示を出して前進を再開。


 最後の分かれ道に差し掛かった所で、前方に人影が現れた。


 黒ドレスを着た銀髪女、キャシーである。

 完全にこれから戦おうとする見た目ではないため、一般人である可能性も否めないが、キャシーの不気味な笑みを見てブレイバー六人はすぐに敵として認識する。そして武器を手に持っていないが、ブレイバーである可能性が高いと見た。


 キャシーの余裕な態度から、爆弾等の罠の可能性があると見たシュンニイは再び合図を出すと、足を止めて左右に散開。後方を走っていた魔法使いブレイバーの一人が前に出て詠唱を開始。

 唸る電撃が前方に放出され、キャシーに命中する。だが、キャシーの身体には確かに電気が走っているのに、顔色一つ変えない。


 魔法使いブレイバーは、すぐに杖を構え直し、次の魔法を詠唱。今度は巨大な火の球を前方に飛ばし、キャシーに直撃させるがそれも全く効いていない様子だ。

 魔法が効かないと見て、今度はアサルトライフルを持った男ブレイバーが魔法使いの前に出て片膝を付いて発射態勢を取り、フルオートで発射。


 連射された銃弾はキャシーに次々と着弾したが、それも全て何か魔法障壁の様な物で防がれてしまった。

 お礼と言わんばかりに、キャシーは左手を前に突き出すと、大きな魔方陣をブレイバー達に向けて展開。すると数千にも及ぶ鋭い氷の刃が現れ、機関銃の様に放出された。

 シュンニイは本能的に斧を盾にしてそれを防ぐも、防御手段が無いブレイバーは尖った氷の雨をまともに受けてしまい、防御魔法の効果すら破られ、ブレイバーが一気に三人倒れた。その内、魔法使いのブレイバーはコアに直撃してしまい消滅。


 動けるのはシュンニイを含む、槍と剣を持った三人のブレイバー。

 三人は顔を見合わせ頷いた後、足並みを揃えて突進を開始。

 シュンニイが斧を振るい、キャシーがそれを避けると、シュンニイの後ろから飛び出した片手剣のブレイバーが斬る。だがキャシーは壁を蹴って空中を舞う様にその剣を避け、続けて飛び出てきた槍の矛先を軽く指で触れながら三人の後方へ着地。


 そこから今度は片手剣のブレイバーが連続で斬り掛かるも、身軽な動きでそれを避けるキャシーは、避けきれない刃は身体の表面に硬い氷を生成してそれを弾いた。キャシーも素早く手に氷の短剣を出して反撃を試みるも、片手剣のブレイバーはそれを避ける。

 そこへ不意打ちを狙って、ブレイバーの顔の横から再び槍が飛び出し、キャシーの額に命中するが、それもキャシーは皮膚の表面を凍らせて防いだ。


 入れ替わる様に、今度は槍使いブレイバーが前に出て軽快な槍捌きでキャシーを攻めるが、キャシーは難なくそれを回避、又は皮膚を凍らせて防いでいた。キャシーは地面を強く蹴って、槍使いの頭上でくるりと回転しながら、氷の短剣を投げて槍使いの背中に刺す。

 キャシーが地面に着地した所、シュンニイが夢世界スキルの≪ギガントアックス≫を使用して、光を放つ斧で強烈な一撃を叩き込む。完璧に捉えたはずのその刃が触れる直前、キャシーの姿が突如として消えた。


 置き土産の様に、氷の短剣が硬直状態のシュンニイの足に刺さる。

 振り向けば、三人から少し離れた所で、タップダンスを踊るかの様にキャシーはくるりくるりと余裕の舞を披露していた。返り血で汚れた黒いドレスと、キャシーの白い肌、銀色のサラサラとした短髪が揺れ、こんな状況でなければ踊る美しい女性である。


「ふざけやがって!」


 槍を持ったブレイバーが、自身の俊敏性と筋力を高める自己支援スキルを使用すると、ほとんど瞬間移動と変わらない程の速さで前に踏み込み、強烈な突きを仕掛ける。

 キャシーは左手を突き出し魔法障壁を展開、障壁と槍がバリバリと音を立てて衝突して、槍が先に止まった。そのまま魔法陣が展開され、氷の刃が発射される。槍使いのブレイバーはその刃を無数に受け、倒れた。


 流れ弾を防ぎながらも、今度はシュンニイと片手剣を持ったブレイバーが前に出る。

 キャシーは手を交差させ、氷の双剣を出現させて握ると、剣と斧の攻撃に対して氷の双剣で対応して見せた。




 その頃、遅れて突入した警備隊兵士やアーガス兵長の部隊は天井が崩れて道が塞がれた通路で足止めを喰らっていた。

 完全に道が塞がれていて、先に行ったはずのブレイバー隊の内三人が取り残されていたので、アーガスはその三人を自身の部隊に招き入れる。そこには先ほど百五十発のマシンガンを連発させた男ブレイバーの姿もあった。

 アーガスは生き埋めになっているブレイバーがいる情報を聞き、他部隊に指示を出す。


「迂回ルートがある。第一部隊も俺に続け。第二部隊は生き埋めになったブレイバーの救出活動をしろ」


 そう言い、迂回ルートに歩みを進めるアーガスは、通路が予想以上に狭い所を見て、肩に担いだ大剣が不利であると判断すると、隣を歩く兵士にそれを渡し、交換と言わんばかりにその兵士の腰に下げてある鞘から片手剣を抜いて手に持った。


「敵もかなり用意周到の様だが、いったいこんな所で何をするつもりなんだ」

 と、アーガスは歩きながら顎髭を触って考え事をする。


 遠回りをして、元々通るはずだった通路に合流すると、そこには二人のブレイバーのコアだった破片が転がっていた。

 それを横目に、アーガス達は足を進め、多くの労働者達が倒された開けた作業場に到着する。

 十人の兵士達とブレイバー六人が展開。周囲を確認すると、至る所に労働者達の射殺された遺体が転がっている。


 そして前方にはシュンニイの背中が見えたが、シュンニイは氷の剣に胸を貫かれており、

「そんな……馬鹿な……」

 と、無残にも消滅した所に遭遇した。


 かなり激しい戦いが繰り広げられたのは見て取れるが、屈強なブレイバー達がこうも易々と倒された事にアーガスは人生で一番の危機感を覚え、眉間にシワが寄る。

 氷で出来た剣を持った黒いドレスの女、キャシーはまるでこの状況を楽しんでいるかの様に、高揚した表情でそこに立っており、アーガスとブレイバー六人、そして兵士十人、圧倒的な数の有利で包囲しているのにキャシーに焦る様子は一切無かった。


 マシンガンを持った男ブレイバーが構え、躊躇する事なくマシンガンを発射。百五十発の弾丸がキャシーを襲い、ボウガンを持った兵士も次々と矢を発射するが、全て魔法障壁に守られていて届かない。

 そんなキャシーを見て、アーガスは片手を挙げて遠距離攻撃を静止させると、前に出てキャシーに話しかける。


「その強さ、相当なやり手のブレイバーとお見受けする。その腕がありながら、なぜこんな事をする」

「スウェンの理想を叶えるため」

「なに?」

「邪魔はさせない」

「良かろう。アーガス・モルダン、推して参る!」


 アーガスは一本の片手剣を両手でしっかり握り、キャシーに正面から衝突した。

 その剣捌きはキャシーでも反応できない程速く、キャシーも氷で硬化させた両手で弾くのが精一杯の様子。歴戦の英雄とも謳われるアーガスの剣がキャシーの隙を突いた。


 その刃がキャシーの首元に触れる直前、キャシーの姿が消えたが、それを読んだアーガスは即座に剣を後ろに振るうとキャシーの鼻先を刃が掠めた。そのままキャシーが飛び蹴りをするも、アーガスはその足首を掴み、そのままキャシーを放り投げる。


 キャシーは空中で態勢を立て直し、地面に着地するが、その間に詰め寄ったアーガスの剣がキャシーの黒ドレスではだけている白い右肩に直撃する。氷による肌の硬化は間に合っていなかった。


 ガキーン。


 鈍い金属音が鳴り響いたと思えば、アーガスが両手に持つ剣が砕け散った。


「ぬっ!」


 柔らかそうな女の肌を斬ったはずが、鉄で出来ていた刃こぼれもしていない剣が負けて折れたのである。

 キャシーはニヤリと笑い、驚くアーガスの腹部に手を当てると突如発生する衝撃でアーガスの身体を吹き飛ばす。軽く手を当てられただけのはずが、アーガスの着た鎧の腹部が粉々に砕け散るほどの衝撃を受け、アーガスは地面を転がった。


 そのやられっぷりを見て、周囲の兵士達が動揺する。

 吐血しながら立ち上がるアーガスに、先ほど兵士が駆け寄って大剣を渡した。

 アーガスが大剣を構える中、今度は一斉に攻撃を仕掛けるため、ブレイバー達六人も前に出てきた。それを見たキャシーは再び怪しげな笑みを見せながら口を開く。


「遊びはここまで」


 そう言うと、キャシーは右腕を挙げ、指を鳴らした。


 パチン。


 その音を合図に、至る所に設置されていた数十個の木箱が爆発。何か緑色の液体が盛大に飛び散った。液体を浴びた兵士は鎧が溶けはじめ、慌てて脱ぎ捨てる。

 鎧を着ていないブレイバーはそれが皮膚や武器に付着して、溶けて慌てている者もいる。

 幸いアーガスとその周辺はその液体が掛からない位置にいたので、アーガスは冷静にそれが何の液体か分析できた。


「アレインだと……まさか!!」


 硫酸にも似た金属や皮膚を溶かす成分で出来ている液体。

 それをわざと小規模な爆発で撒き散らせたのは、周囲にあるホープストーンにそれを付着させる事が目的。つまり人工的にバグを生み出すと言う禁忌を実行したのである。

 見る見る内に、液体はホープストーンに溶け込み亀裂が入っていったと思えば、ぐつぐつとそこから紫色の液体が溢れ出してくる。アーガスは実際に人工的なバグが生まれる瞬間を見た事は無かったが、噂には聞いたことがあるため、すぐに兵へ命令を出した。


「第一部隊はすぐに撤退しろ! バグが出る!」


 それを聞いて十人の兵士達が慌ててその場から撤退。来た道を戻って行った。その場に残ったのは六人のブレイバーとアーガス。

 そしてホープストーンからあふれ出た紫色の液体が形を成していく中、キャシーは興奮した様子で頬を桃色に染め両手を前に広げる。


「踊りなさい。可愛い子犬たち!」


 そんな事を言うキャシーの目尻から至極色の血管が浮き出、眼球が一瞬で白から至極色に変わり、瞳孔も洋紅色に光っていた。

 突如として数十体の小型バグが周囲に現れ、そのバグ達はまるでキャシーの命令を聞いているかの様にブレイバーやアーガスに狙いを定めてきた。


「まさか、バグを操れると言うのかお前は!」

 と驚くアーガスを横に、マシンガンを持った男ブレイバーが言う。


「あんたも下がれ。バグが相手となっちゃ、人間は太刀打ちはできねぇぜ」

「しかし!」

「バグの相手はブレイバーだ。お前がここで死んだら、誰が外にいる奴らの指揮を執るんだ! 行け!」


 そう言いながら、男ブレイバーはマシンガンの引き金を引き、弾丸の雨を撒き散らす。それを合図に他のブレイバー達もバグを相手に戦闘行ためを開始。乱戦状態に突入した。


 アーガスは名残惜しくしながらも、

「健闘を祈る」

 と大剣を担いで後退を始め、マシンガンの男ブレイバーがそれを援護する。


 マシンガンの弾が発射される音を背中に、アーガスが出口へと走る道中、逃げる兵士を狙っていたのか、至る所に火縄銃を持った伏兵が隠れており、撤退したはずの兵士や救助活動をしていたはずの第二部隊の兵士達も含め、多くの死体が転がっていた。

 素早い動きで伏兵を返り討ちにしながらも、アーガスは出口へ向かい、途中でまだ息のある負傷兵を見つけてはそれを担ぎ出口へと走った。


 そんな中、敵は他のエリアにあったホープストーンにも次々と瓶に入ったアレインを振り掛け、バグを生成していく。

 瞬く間に袋の鼠だったはずが、まるで敵地のど真ん中に放り込まれたかの様な地獄と化した。




 その頃、サイカ達四人はミラジスタの観光名所である大聖堂で、名物のカレーパンを食べながら、同じく名物であるシスターアイドルグループによるコンサートを観ていた。

 四人のシスターが大聖堂の正面、女神像の前に設置された舞台の上で、歌って踊って喋ってのライブステージ。ミラジスタでは毎日行われる伝統行事との事だった。これを見るために、わざわざ余所の国から来る人もいる程、一部の人たちやブレイバーに人気なのだ。


 エムは子供みたいに喜んで見ていて、クロードはステージで踊るシスターアイドルの胸やお尻にいやらしい目線を向けている。マーベルは何か考え事をしていて心ここにあらずと言った様子だ。

 サイカもあまり興味が無く、前で踊るシスターは修道服のベールも相まってどれも同じ顔に見える。それよりも、とにかくカレーパンが美味しいので食べる事に集中しているサイカだった。


 四曲目が終わり、シスターアイドルの一人が大声で話を始める。


「みんな、今日は来てくれてありがとー! 今日はみんなに会えて、本当に嬉しいよ!」


 その言葉に男性群の歓声が湧く。採掘地区ではテロ事件が起きてると言うのに、ここまで広い町となると、ここではもう他人事の様に呑気である。


「今日は、何か採掘地区で大変な事が起きてるみたいなので、現地で頑張ってる人たち、ブレイバー達のために、応援ソングを歌おうと思います! 聞いてください。ヴァリエレニヒト!」


 舞台後方に隠れている楽器伴奏者達が一斉に演奏を始め、シスターアイドル達は踊りを始めると、やがて歌い始めた。先ほどまで激しい曲だったが、急に物静かな歌になったと言う印象である。


 サイカがちょっと良い歌かもしれないと思った矢先――


 カーンカーンカーンカーン。


 聞き覚えのある鐘の音が外で鳴っているのが聞こえた。

 それは大体の町に存在する、危険を知らせるための警鐘塔の鐘の音。主にバグの襲撃などがあった際に鳴り響くはずの音が、外で鳴っているのだ。


 その音に、伴奏者達やシスターアイドル達も演奏を中止。観客達も異変に気付いて、ざわついている。

 シスターアイドルの一人が観客に声を掛ける。


「皆さん落ち着いてください! ここ大聖堂はもしもの時、避難所に指定されている場所です。どうか、落ち着いて!」


 そんな中、サイカ達四人は人ごみを掻き分け、大聖堂の外へ出た。他にも観客としていたブレイバーも外に出てきており、外にいた通行人のブレイバーも皆一斉に武器を手に持って「バグの襲撃か!」「どこからだ!」と右往左往している。

 そんな様子を見て、アサルトライフルを手に持ちマガジンの確認をしながらクロードが口を開いた。


「またこの音を聞く事になるとはな。ツイてないぜ」


 マーベルもちゃっかり支援魔法を他の三人に付与しながら続く。


「いったい何なの。またマザーバグが出たとか言わないでよね」


 エムはサイカにだけ風の加護を付与しつつ、

「サイカ、気を付けて下さい」

 とサイカに励ましの言葉を掛けた。


 この時、多くのブレイバーは町の外からバグの大群が攻めてきたと思っていた。

 だが実際はそうでは無く、採掘地区でテロリストグループが占拠した場所から、人工的に生み出されたレベル一から二程度のバグ達が、次々と外に飛び出してきていたのだ。


 日も落ちかけた夕暮れ空の下、ミラジスタ全域に鐘の音が鳴り響く。






【解説】

◆アーガス・モルダン

 エルドラド王国屈指の戦士であり、数々の戦場で武勲を立てた経歴を持っている。エルドラドの英雄としても名高い将軍の弟子で、まともに戦えばブレイバーにも負けない身体能力と状況判断能力を持ち合わせている。

 今はミラジスタの治安維持の為、エルドラドを代表する兵士長として警備隊の指揮を任されている。


◆キャシー

 スウェンと行動を共にしているキャシーは、氷を自在に操る能力と圧倒的なまでの戦闘能力を持っている。凄腕のブレイバーが複数人相手にしても勝るその実力は、何か秘密が隠されているのかもしれない。


◆アレイン

 山岳地帯の畑で密かに栽培される葉から抽出される液体で、危険薬物の一つ。

 アレインを人間やブレイバーが摂取した場合、中枢神経興奮作用によって快感を得て、幻覚によって一時的な爽快感を得られる。しかし、依存症は極めて強く、人間を廃人としてしまう為、エルドラド王国ではこれを製造する事が禁止されている。

 又、ホープストーンはこのアレインを吸収してバグに変化する事が科学的に判明しており、エルドラド王国のアレインを禁止する規制は厳しい。

挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ