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ログアウトブレイバーズ  作者: 阿古しのぶ
エピソード2
30/128

30.すれ違い

 飯村彩乃が外回り営業から帰社してから約二時間、自席でパソコンを使いプレゼン資料を作成していると、突然上司から呼び出しを受けた。


「飯村さん、ちょっと」

「はい」


 彩乃は作業を中断して席を立ち、次長の席に向かう。


 山寺(やまでら)妃美子(きみこ)、営業部次長、四十七歳、バツイチ。

 彩乃が知っている限りではそれぐらいで、バリバリの仕事人間と言う認識だ。


 妃美子は彩乃が寄ってくるなり、不機嫌そうに嫌悪に満ち溢れた態度と表情を彩乃に向けながら話を始めた。


「ねぇ、貴女が担当しているお客さんからクレームの連絡が入ったのだけど」

「えっ……すみません、知りませんでした。何処からですか?」

「コレアンジック社からよ。説明を受けてたシステムと全然違うって、使い物にならないからキャンセルにして欲しいって」

「すみません」

「すみませんじゃないわよ。貴女これで何回目? 前にも言ったわよね。誤解を招く様な曖昧な説明は絶対にしちゃいけないって、言わなかった?」

「はい、言われました」

「だよね。じゃあなんでこうなるの?」


 怒られれば怒られる程、頭の中が真っ白になって何も言葉が思いつかなくなってしまう彩乃。表情は沈み、顔は俯き、元気は無くなっていった。


「……すみません」


 そんな彩乃を見て妃美子は大げさに溜め息を吐いて苛立ちを露にする。


「今回のクレーム、誰が処理するの? キャンセルになった事による損害に貴女は責任持てる? 飯村さんね、まだ入社して四ヶ月だっけ? こんな事は言いたくないけど、朝会社に来る時は誰よりも早く来て先輩の席を拭いてあげるとか、仕事中も先輩に気を使ってお茶出しするとか、普通はそういう事の積み重ねで信頼関係って築いていくものじゃないの? 私は飯村さんにそう言う事、何もされてきてないのだけど」

「はい……」

「はいじゃない。そんな相槌はいらないわ」

「すみません……」

「はぁ……大体ね、ハッキリ言わせて貰うけど、飯村さんの自己活動目標報告書、あれはなに? ありきたりな事ばかり並べて、上を目指そう、先輩を追い越そうって気概がまるで感じられない。ただ何となく働いてますみたいなのが見え見えで、成長する気が無いでしょ? 困るのよね、そういう心持ちだと」

「はい……」

「だから……もういい、とにかくこの件は課長に処理してもらうから、課長が戻ってきたら謝っておきなさい。以上よ」


 そんな事を言い残し、妃美子は完全無臭の最新電子タバコを取り出すと、その場で吸い始めた。


「すみませんでした」


 彩乃は頭を短く下げたが、妃美子はそれ以上何も言う事は無く、彩乃は渋々と俯きながら自席へと戻る。


 するとその様子を遠くから見ていた立川奏太が近づいてきて、

「飯村ちゃん、山寺次長は特に女性の新入社員に厳しくてな、今まで何人辞めたかわかんねぇくらいだ。まぁ気ぃ落とすなよ」

 と、フォローを入れてくれたが、そんな言葉も頭に入ってこないほど落ち込んでしまった彩乃だった。


「はい……すみません……」

「こりゃ重症だな」


 呆れる奏太に顔を向ける事無く、今にも涙が零れ落ちそうな潤んだ瞳で、彩乃は小さな声で呟く。


「普通って……なんなんでしょう……社会人ってなんなんでしょう……」


 そんな弱音を吐く彩乃を見て、奏太は元気付ける一つの方法を口にした。


「今日、俺から明月に連絡取っといてやる。あいつも暇だから今夜くらいは遊んでくれるだろ」


 いつもなら恥ずかしがってやめる様に言う彩乃だったが、今回はそんな元気も無く、黙って頷くのみだった。

 その後、プレゼン資料の作成もほとんど進まず、その日は早めに帰宅する事にする彩乃。勿論、クレームの処理をしてくれる課長には何度も謝って、週明けには課長と菓子折りを持って謝罪に行く事となった。




 この日、ワールドオブアドベンチャーの運営会社、スペースゲームズ社広報部によるインターネット生放送番組が行われた。

 七月末にゲーム実況者のココ太郎を招いて放送事故を起こして以来、半月ぶりの放送である。

 サイカとは色違いの忍び装束を着て、WOAのクノイチを模したコスプレをした女性MCが元気な笑顔で番組を進行している。


「ウォーアー! 今夜も始まってまいりました、ワールドオブアドベンチャー公式生放送、ゼネティア放送局でーす」


 彼女の元気な進行とは裏腹に、放送を見ている数十万人の視聴者達から寄せられるコメントは、ガルム地方で起きた事件の話題で盛り上がっていた。


 首都マリエラに巨大バグが現れたあの日から四日が経ち、ガルム地方の運営管理会社GMW社は前代未聞となる無期限の緊急メンテナンスを実施するに至っている。

 公式での発表はサーバー機器の致命的な不具合とされ、インターネット上では補償を求める声を中心に大炎上。


 GMW社はすぐにスペースゲームズ社と協力体制を整え、ガルム地方でログアウトしていたプレイヤー達のキャラクター全てをジパネール地方のゼネティアに移転した。

 多くのプレイヤーは、その対応で満足した面もあるが、それでも今回の事態に対する不信感がGMW社に向けられる形となる。


 実はこの地域毎に運営管理会社を分け委託すると言うネットワークワルプルギス社の方針は、こういった時にこそ真価が発揮され、炎上の火の粉が他の運営管理会社に降りかからない。

 このワールドオブアドベンチャーのゲーム内容は同じでありながら、運営管理の面では同じゲームでは無いからだ。


 なので、気兼ねなく話を進められる女性MCは話を続けた。


「いやぁ、なんかガルム地方が大変な事になってますけど、ジパネールは大丈夫です! ガルムから来たみんなも、旅行だと思ってジパネールを楽しんでくださいね! さてさて、それでは今日の企画を発表しましょう! ……じゃじゃーん! 首都ゼネティアの観光地巡りの旅!」


 放送画面には大きく、

【ゼネティアへようこそ! 観光スポット紹介するよ!】

 と言うメッセージが表示された。今回はガルム地方から来たプレイヤー向けの企画放送の様だ。


「それでは、早速ゲーム画面映して行きましょう。ゼネティア交流広場にゲームマスターの五号ちゃんがいま〜す」


 放送画面がMCの女性からWOAのゲーム画面に切り替わり、ゼネティアの交流広場が映し出された。中央には女性型ゲームマスターの五号。周辺には多くのプレイヤーキャラが集まって来ている。


「うわっ! 凄い数ですね! 五号ちゃん大丈夫ですか?」

『はい、こちらゲームマスター五号です。昨日で夏祭りイベントも終わって落ち着きを取り戻すかと思っていましたが、やはりガルムから来たプレイヤーが多い事もあって、今日も多くのプレイヤーがゼネティアにいます』


 まるで番組レポーターの様に、現地の状況を説明している中、背後に映っているプレイヤー達は皆ふざけて装備に着替えたり、面白いポーズを取って目立とうとしている者が多い。


『えっと、この中にガルムから来たってプレイヤーさんはいますかー?』


 周囲に集まるのプレイヤーの半分が手を挙げた。そんな様子を見ながら笑顔で頷くと、番組を進行させる。

「それじゃ五号ちゃん、最初の観光スポットの案内をお願いします」

『はい、わかりました! それではゼネティア名物、コロシアムから案内しまーす!』


 そんな生放送を明月琢磨は、ディスプレイ横に立て掛けてあるタブレット端末で視聴していたが、いつの間にか机に伏せて眠りに落ちてしまっていた。

 眠る琢磨の手元には先ほどまで眺めていた銀行の通帳が開かれて置かれており、そこにはスペースゲームズ社からの幾度かの振込の記録がある。


 プロジェクトサイカの影響で、否応無しに仕事を休む事になった琢磨だが、結局の所、サイカによるバグの討伐報酬と言う名目で、スペースゲームズ社から振込がある。それは生活に困らない為と言う事だったが、正直な所、思ったよりも高額で年収一千万を超えそうな勢いである。

 琢磨自身はほとんど何もしていないのに、こんな額が貰えてしまうのはどうなのか。ここまでされてしまうと、琢磨としても仕事としての責任感や使命感の様な意識が芽生える。首都マリエラでのバグ騒動が起きて四日、ゲームマスターやサイカですら手に負えなかった強大なバグの対応策は決まらず、スペースゲームズ社とGMW社の会議は難航。


 痺れを切らした総括で有り本家大元のネットワークワルプルギス社までもが動き、全世界のWOA運営管理会社に収集命令を出した。今、高枝左之助とその部下である笹野栄子は、アメリカ合衆国カリフォルニア州まで行っていると報告が入ったのは一時間前の事。

 ここまで左之助からの電話に出れる様に四日間はほとんど眠っていない琢磨は、まだ時間が掛かりそうであると言う報告で、緊張の糸が少し解れた。


 そんな寝不足の状況で、公式生放送を見る為に待機していたら居眠りしてしまったのが今の状況である。


 そんな琢磨の前に置かれたディスプレイは、ワールドオブアドベンチャーの画面が表示されていて、そこにはサイカとアヤノの姿があった。



 ✳︎



 ジパネール地方、首都ゼネティアから南東へ二十キロメートル程進んだ所に霧の渓谷と呼ばれる場所がある。

 そこに出現した盗賊のアジトと呼ばれるダンジョンに、サイカとアヤノは来ていた。珍しくアヤノからダンジョンの情報があると言う事で、盗賊アジトの座標データを貰い、生放送で盛り上がるゼネティアから馬に乗って約三十分の場所までやって来ていた。


 一見、普通のプレイヤーにも見える様々な武器を持った人型モンスターが、レベル四十から百十まで混在して湧く特殊なダンジョン。

 そこにレベル百二十五のサイカと、レベル四十五になったアヤノはパーティーを組み盗賊狩りにやってきていた。


 本来であればパーティーメンバーが倒したモンスターの経験値は等しく分配される。だが、これだけレベル差があるとサイカが手を出したモンスターを倒しても、アヤノが得られる経験値は一割となってしまう。それでも一緒に遊ぶには充分な経験値分配システムだ。

 アヤノが倒せるモンスターはアヤノが一人で、そうでは無いモンスターや、横湧きする邪魔なモンスターはサイカが早急に処理をする形で、二人は盗賊アジトの最深部を目指す。


 斧を持ったレベル四十五の男盗賊と、アヤノが戦ってる中、遠くからアヤノを狙い弓を構える女盗賊をサイカが素早く背後に回り込みキクイチモンジの刀身を突き刺す。


 弓を持ったレベル六十の女盗賊は、HPバーが無くなり消滅した。

 前方で戦うアヤノは同レベルの相手に対して苦戦は強いられてるものの、何とか勝てそうな状況である事を確認すると、サイカは琢磨に話し掛ける。


「おい、琢磨! 琢磨!」


 だが、さっきまで話していた筈の琢磨からの反応が無い。今回、パソコンに取り付けたと言うカメラにも何も映っていないし、マイクも何も反応が……寝息が聞こえる。

 こう言う時に夢主達が口にする単語をサイカは知っている、


「まさか……寝落ちしたのか」


 あまり大きい声を出そうとすると、アヤノに気付かれてしまう為、呼び掛けて起こすと言う訳にもいかない。

 サイカが夢世界で活動する様になって、夢主である琢磨の監視外で行動する事など初めてだ。

 それでも、琢磨から珍しくアヤノの遊び相手になって欲しいとサイカに頼んできたのだから、やり遂げてあげたいと、サイカは思う。

 HPを僅かに残し、狂気モードを発動したアヤノは間一髪で盗賊を撃破。


「や、やりました!」


 回復アイテムを使う事も忘れ、サイカにピースを向けるアヤノを見て、

「アイテム使っときなよ」

 と、サイカは微笑み返す。


 とりあえず、夢主にしか解らない話を振られたらはぐらかす。しつこい様なら、電話で話そうと言う。あとはとにかく自然体でありのままに。


 この琢磨との作戦さえ守ってれば何とかなるだろう。

 要はアヤノの子守をしてればいいのだ。

 ポーションを飲むアヤノに向かいサイカは近付きながら話を振った。


「そう言えば、あのシロって子は一緒じゃないのか?」

「なんか学生さんみたいで、夏期講習なんだって」

「そうか」


 カキコウシュウが何の事かさっぱり解らないサイカだが、適当に話を合わせた。


「それよりも先輩! ここのボスは挑むんですか?」

「ボスか……」


 先日、ミーティアと遊んだ時にオークヒーローに敗れ、約三ヶ月分ほどの経験値を失ったばかりである。

 再び経験値を失うという事態はなるべく避けたい所だ。


「出たら出たで様子見しよう。勝てそうなら戦うし、無理そうなら逃げる」

「それもそうですね。よし、全回復」


 アヤノのHPが回復した事を確認して、二人は奥へと進む。


 盗賊のアジトダンジョンは、迷路の様な構造になっており、スイッチ仕掛けの扉や隠し通路など、謎解き要素が多い事でも有名である。

 サイカは過去に二度、攻略をした経験があるので何をしたらボスが出現するのかは解っている。しかし道中の仕掛けや内部構造は出現毎に変化する為、初めての場所とも言える。


 二人はダンジョンの奥へと進むと、怪しげな檻が通路を塞いでおり、先に進めない箇所にやって来た。檻のすぐ近くに怪しげなレバーが有るのも見える。


 アヤノは早速そのレバーに近寄ると、

「何ですかこれ?」

 と言いながら、そのレバーを引く。


 するとガラガラと何処かで檻が開く音はするが、目の前の檻は開かなかった。


「あれれ?」


 アヤノは首を傾げているので、サイカが説明する。


「このダンジョンは仕掛け扉が多くて、レバーで何処かの扉が開いたり閉じたりするんだ」

「RPGでよくあるやつですね」

「他にもトラップがいくつかあるんだけど、前に来た時は他のパーティーもいて、色々と大変だったよ」


 そんな話をしながらも、サイカは次々と湧いて来る盗賊を抜け目無く斬り倒す。


 二人は更に奥へと進んだ。至る所にあるレバーやスイッチを適当に押しながら、ほとんど迷子に近い形で歩き回る。

 途中で岩が転がって来たり、落とし穴に落ちたり、矢が飛んで来たり、様々なトラップにアヤノは引っ掛かりながらも、サイカはそれを微笑ましく眺めていた。

 アヤノのHPが低くなると、サイカがトラップを軽々と受け止めてアヤノを守る。この程度のトラップであれば、ほとんどダメージを受けないサイカであった。


 そしてアヤノのレベルが四十六に上がった頃、ついに最深部付近にあるセーフゾーンと呼ばれる部屋に立ち寄った。

 ここはその名の通りモンスターが湧かない場所で、ワールドオブアドベンチャーの多くのダンジョンにそう言った休憩スポットがいくつか用意されている。稀に消耗品アイテムを割高で売ってくれるNPCが配置されている事もあるが、それはダンジョン出現毎にランダムと言われていて、今回は配置は無いようだ。


 かなり奥まで来たので、恐らくこのセーフゾーンはボス戦が近いことを意味していると考えたサイカは、

「ここで少し休もう」

 とアヤノに提案する。


「そうですね」


 アヤノは手頃な所に置かれていた木箱の上に座り、大きく両手を挙げて背伸びをした、


 さて、上手いこと時間稼ぎはしてきたが、まだ琢磨は起きないのだろうかと、サイカはもどかしい気持ちになる。


 そんな少し落ち着きの無いサイカを見て、アヤノは不思議に思いながらも口を開いた。


「あの、先輩」

「は、はいっ!」


 妙に畏まってしまうサイカ。


「その……ですね……何というか、ここでリアルの話とかしちゃダメですかね?」

「リアルの話?」


 サイカはリアルと言うのは、夢主達が生活している別の世界の名前と認識している、つまりサイカの知らない事だ。


「電話じゃダメ?」

「いやいや、そこまでの事じゃ……無いんですが……」


 そんな大事な事で無いのであれば、聞いてあげる事くらい良いかとサイカは判断する。


「わかった。言ってみて」


 壁に架けられた松明、揺れる炎、妙にリアルに再現された環境音がその場を包み、一時の沈黙。やがて意を決したかの様に、ゆっくりとアヤノは話を始め、サイカも床に座りながらそれを聞く事にした。


「会社で……ですね。私、上司から嫌われてるみたいで……なんか……少しずつ、仕事に行くのが憂鬱になって来ちゃいまして……言われるんです。気遣いが足りない。自己管理が出来てない。何度同じ事を言わせるんだ。そんな事を……私だって解ってるんです、昔から……そうだったから……たぶん私は、社会不適合者で……」


 リアルで夢主達がお金を稼ぐ行為、それが仕事で有り、サイカにとってはブレイバーズギルドで依頼を受けて達成させる行為に近いのだろうか。前にもアマツカミやオリガミとの会話の中で、頻繁にこの手の話題をしていた事をサイカは思い出す。

 そう言えば、アマツカミがこんな事を言っていた。


「何かをやろうとする時、負の感情がある内は上手くいかない。人と接する時、理解できない人を前にしては上手くいかない。上手くいかないのに無理を通して前に進もうとする力があるのなら、その力でもっと出来る事を模索してみる事も必要だ」


 確かこんな事を言っていた。


「なんか、難しい事言うんですね」

「あ、えっと、その、なんだ。わた……ボクだったら、無理だと思ったら離れてみる。旅人と同じで、立ち寄った村や町が合わなければ次に行くのと同じだよ。それが癖になってようと、何回目だろうと、その先には次の景色と次の出会いがある訳だから。その経験は無駄ではないんじゃないかな」


 照れ臭そうにしながらも、そんな事を言うサイカをアヤノはじっと見つめ、そしてしばしの沈黙を破るかの様にアヤノはクスッと笑った。


「それもそうですよね。うん、もう少しだけ頑張ってみて、それでも無理そうなら、次の町に出掛けてみます。やっぱ社会人きついわぁ、ほんと」

「きつくてもやらなくちゃいけない、立ち止まってばかりじゃいられない、その大変さと辛さは理解してるつもりだよ」


 サイカにとっても、ブレイバーとしての今までの活動や、琢磨と共に過ごした日々が脳裏に浮かぶ。出会いがあれば別れもあり、人に好かれる事もあれば嫌われる事もある、決して楽しい事ばかりではなく、どちらかと言えば辛い事の方が多かった様に思える。


 それはサイカだけではなく、この目の前にいるアヤノと言う亜人族も、今眠っているであろう琢磨も、偉そうでいけ好かないゲームマスター九号も、エムやクロードやマーベルも、みんな同じである。

 サイカもそんな風に最近思う様になってきた。

 アヤノは離席したのか、しばらく動かなくなってしまった。そんな時、サイカは誰かの視線を一瞬感じ、咄嗟に立ち上がって刀の柄に片手を添える。

 しかしその方向、サイカとアヤノが入ってきたセーフゾーンの入口には誰もいない。


「気のせいか……」


 するとアヤノは急に帰ってきて、

「先輩のお陰で、何か吹っ切れた気がします! なんかすみません、ゲーム楽しんでる時にこんな事話しちゃって。さあ行きましょう!」

 と木箱から飛び降りると、セーフゾーンの外へと移動を開始した。サイカは何も言わずにアヤノの後ろについて行く。


 すぐに二人は最深部へとやって来た。

 そこは大きな部屋を埋め尽くす程、金銀財宝がある宝物庫。とは言っても、ここにある宝物はほとんど見せかけだけのオブジェクトで、中央に置かれている大きな宝箱が本命だ。他に雑魚モンスターの姿は無い。

 気になるのはもう一つ奥に進む通路が有り、檻が塞いでいる事だ。


 サイカが過去に二度経験した事がある盗賊アジトとはまた違う最深部となっていて、前は宝箱では無くボスが椅子に座っていた。今回の様に倒した後に出現するはずの宝箱が先に置かれていて、ボスの姿が見えないのは初めてだ。

 こんな時、物知りな琢磨がいれば攻略ウィキとやらを見て解説して貰えるのだが……もう起きただろうか。


「琢磨、琢磨!」


 やはり反応がない。


 戸惑うサイカを横に、アヤノは宝箱を見るなり、

「なんか置いて有りますよ! レアアイテムですかね? それともミミック?」

 と嬉しそうに置かれた宝箱へ駆け寄って行くのを見て、サイカが止めに入った。


「待って! 不用意に近付いたら――」


 そんなサイカの忠告を聞く前に、アヤノは中央に置かれた宝箱を開けてしまう。

 宝箱が金色に輝き、中からアイテムが出現すると、アヤノは迷う事なくそれを手に取った。

 何か石の様なアイテムを手に入れた様なので、サイカはアヤノに問う。


「なにが手に入ったんだ?」

「えっと……魔石フォビドンです。なんですこれ?」


 サイカは耳を疑ってしまった。

 今、アヤノは何と言った。魔石フォビドン? それって―――


 驚くのも束の間、宝物庫の入り口の檻が閉まった。


「なっ!?」


 サイカとアヤノは閉じ込められてしまったと思えば、今度は気掛かりであったもう一つの通路の檻がゆっくりと開く。


「先輩! なんかヤバそうです!」

 と、アヤノは咄嗟にサイカへ駆け寄って縋り付いた。


 開いた檻の奥から大きな影が、重い足音を立てて近付いてくるのが見える。

 サイカは姿勢を低くして抜刀の構えを取りながら、アヤノに指示をする。


「アヤノは下がって。私が片付ける」

「は、はい!」


 サイカが睨む先にゆっくりと現れたのは、ライオン、ヤギ、ヘビの三つの頭が特徴的なレベル百三十三のキマイラ。サイカとのレベル差は八。

 とてもソロで戦う相手では無いが、退路は断たれているし、アヤノも無駄死にさせる訳にもいかない。


 琢磨、悪く思うなよ。寝てるお前が悪い。


 そんな事を心の中で呟きながら、サイカは突進。目にも留まらぬ速さで、一瞬で詰め寄ると、ライオンの噛み付きを避けながらヘビの頭を抜刀して斬り落とす。

 背後に回り込み、本体を連続で斬り刻むと、ヤギの頭が魔法スキル《サンダーボルト》を詠唱、即座に空中に魔法陣が展開され雷が放たれたのでサイカは横に飛んでそれを避ける。そのまま壁を蹴り、宙を舞うと空中からヤギの頭にキクイチモンジを突き刺す。


 ヤギの頭から刀を抜きながら、宙返りして地面に着地したサイカを、キマイラの爪が襲うが、サイカは鞘を盾にして防ぐと、バク転して一旦後退。

 ここまでのサイカによるシステム外モーションによる攻撃で、キマイラのHPバーは半分まで削った。隠し能力が解放されてキクイチモンジは、刀身が橙色の光を放ち、格上のキマイラに対して猛威を振るっているのが解る。


 ヘビの頭はクリティカルヒットで、何とか一撃で無力化できたが、ヤギの頭はまだ健在だ。


 アヤノがサイカの後ろで、

「わ、私に何かできる事ありませんか!」

 と発言すると、キマイラのヤギ頭がアヤノに向き、魔法の詠唱を始める。


「まずい!」


 サイカは咄嗟にアヤノの前に移動すると、ヤギ頭が放った《サンダーボルト》をキクイチモンジで弾く。

 ビリビリと電撃が刀身を伝い、刀が一時的に雷属性となった。

 見れば直撃は受けていないはずなのに、サイカのHPも半分まで削られている。

 ヤギ頭が馬鹿のひとつ覚えの様に《サンダーボルト》を再び詠唱しながら、本体はサイカとアヤノに向かって突進。ライオンがまずはサイカを狙う。

 サイカはキマイラの爪を刀で受けながら、アヤノに指示を出した。


「アヤノ、とにかく動き回ってこいつの注意を逸らしてくれ。絶対に攻撃には当たるなよ」

「やってみます!」


 アヤノはキマイラの側面に回り込む様に横へ走り出すと、スキル《短剣投擲》で短剣を投げてキマイラにちょっかいを出していく。

 ヤギ頭がそれに反応して、《サンダーボルト》をアヤノに向かって次々と放つが、アヤノは間一髪でそれを避けれる程度に全速力で走った。


 サイカはキマイラの爪を流すと、ライオンの頭に一太刀入れつつ、距離を取る。

 するとキマイラのライオン頭は、ちょこまかと走り回るアヤノに標的を変え、本体が移動を開始した。

 それを好機と見たサイカは、《分身の術》で四人になると、キマイラを追いかける様に走り出す。


「も、もうスタミナゲージがありませんんんん!!」


 必死に走って逃げ回るアヤノのスタミナゲージはゼロになり、ついに動けなくなってしまった。

 そこを背後から狙うキマイラ、そのライオン頭をサイカが横から飛び蹴りすると、キマイラの動きが止まり、そして怯んだ。

 追い討ちを掛ける様に、三人のサイカが絶え間無く本体に斬撃を加え、四人目のサイカが宙を舞い魔法詠唱中のヤギ頭の首を斬り落とす。


 ヤギ頭を斬ったサイカは、爪による反撃を受け、遠くに飛ばされ、金銀財宝の山へと突っ込み、積まれていた金貨が激しく吹き飛んだ。

 残った三人の内、一人のサイカもキマイラの足に踏まれ身動きが取れなくったと思えば、残った二人が息を合わせて同時に《一閃》を放つ。

 二本の線を本体に刻んだところで、足が緩み、踏まれていたサイカはするりと抜け、立ち上がってライオンの頭を突いた。


 この攻撃により、キマイラのHPバーは残り二割となり、キマイラは雄叫びをあげると身体が赤くなりバーサーク状態となった。

 《分身の術》の効果時間はあと十秒、この十秒で勝負を決めなければ負ける。

 四人のサイカがそれぞれ刀を構えるも、内の二人は先ほどの《一閃》の影響でMPはゼロなのでスキルは使えない。


 そこへアヤノの叫び声が聞こえた。


「先輩!!」


 アヤノが指差すのは、キマイラが出てきた通路。そこから次々と盗賊達が押し寄せて来たのだ。レベルは四十から百十まででバラつきはあるが、その数二十はいる。


 これが今回の盗賊アジトのボス戦。

 キマイラのHPが僅かとなると、バーサーク状態になるだけでなく、増援がやって来ると言う高難易度なイベントだ。

 やはり二人で挑もうとしたのが間違いであった。勝てっこない。


 それでもここで抗って見せなければ、あの8本腕のイグディノムバグにも、大切な仲間を消滅させたあの幽霊みたいなバグにも、勝てる訳が無い!

 それに、何かと琢磨が気にかけているアヤノの前でかっこ悪い姿は見せられないから!


 二手に分かれ、MPの無いサイカは片方は増援の対処、もう二人はキマイラに向かった。

 アヤノもアヤノで、しばらく立ち止まってスタミナゲージを回復させると、増援の盗賊達に斬って掛かっているのが見える。


 キマイラに立ち向かう二人のサイカはシステム外のモーションを隠す事無く使い、トリッキーな動きで周囲を飛び回ってキマイラを翻弄する。基本はキマイラの攻撃を避け、隙あらば斬るの繰り返し。

 増援の盗賊達と戦うアヤノはサイカ二人と背中を合わせ、互いの背後をカバーしながら迫り来る盗賊に対処していた。

 アヤノはプレイヤースキルがかなり上達しており、盗賊の攻撃を避け、時には受け流し、盗賊に短剣クリスタルダガーによる細かい斬撃で着実にダメージを与える事が出来ている。サイカの攻撃はほとんど一撃で盗賊達を粉砕していた。


 だが、サイカの《分身の術》の効果が切れる。

 三十秒が経過してしまい、前触れも無く優秀なサイカの分身達が煙の様に消えてしまった。残されたのはHPとMPゲージが消えた分身達の平均値にされたサイカ本体。ランダムで本体として選ばれたのは、アヤノのすぐ後ろにいたサイカの一人だった。

 キマイラの残りHPは一割を切り、増援の盗賊も残すところ九体。


 対してHPもMPも三割程のサイカと、HPは七割とMPはほとんど減っていないアヤノ。サイカはアヤノの状態を確認してから、今後の作戦を話す。


「ハイディングはある?」

「は、はい!」


 隠密スキル《ハイディング》は、アサシン、ニンジャ、クノイチの専用スキルとして有名だが、アサシンの前提条件である盗賊も覚える事ができる。最大で三十分間透明になり、モンスターやプレイヤーに認識されなくなる。だからと言って無敵と言う訳でもなく、攻撃をしたり受けたりすると解除され、クールタイムは一時間と非常に長い事で使い時が非常に難しいスキルだ。


「じゃあハイディングで隠れて、キマイラの近くで待機して」

「えっと、まだハイディングはレベル三で、五分くらいしか消えられないです」

「充分だ」


 そんな事を言い残し、サイカはアヤノから離れ残った盗賊達を斬っていく。アヤノもすぐに《ハイディング》で姿を消すと、この場にはサイカ一人だけとなった。

 ボスモンスターの中には透明化を見破れる能力を持った物もいるが、確かこのキマイラはヘビかヒツジの頭がその役割であったとサイカは記憶している。なのでこの場合、狙われるのはサイカのみになると言う事だ。


 バーサーク状態のキマイラも横から襲い掛かるが、サイカはそれを避けながら無視して盗賊を斬って行く。一人、また一人、残されたレベル百超えの盗賊を一刀両断していくサイカ。

 背後からの不意打ちで、矢が背中に刺さるが、サイカは《短剣投擲》で反撃して遠くから狙撃してきた弓を持った女盗賊の頭に命中させる。それではHPが削り切らなかったので、走って近づき、再び放たれた矢を頬擦れ擦れで避けながら、弓の盗賊を斬り捨てた。


 残る盗賊は三人。剣を持った者が二人、斧を持った者が一人。

 三人の盗賊は向こうから走って近づいて来ているが、それよりも先に再び横からキマイラが襲って来たので、サイカはスキル《空蝉》で残像を残してそれを回避すると、盗賊の懐に飛び込んだ。

 一人を蹴飛ばして怯ませ、斧を刀で弾き斬り返し一人を倒すと、剣を大きく振り上げる盗賊よりも先に刀身を貫かせ更に一人を倒し、怯みから立ち直った一人の剣を身体で受けながら斬って倒す。


 サイカのHPゲージは一割を切った、MPも僅かで、あとは回避スキルの《空蝉》を一回使える程度。

 バーサーク状態のキマイラがサイカに向かって前進してくるので、サイカもキマイラに向けて走ると、キマイラの攻撃よりも先にサイカが一太刀入れ、キマイラのHPバーを僅か虫の息程度に削る。ここで削り切れれば良かったのだが、それは叶わなかった。


 すぐにキマイラが爪で反撃してきたので、スキル《空蝉》で回避、後方に宙返りしながら叫ぶ。


「アヤノ! バックスタブ!」


 サイカの幻影を爪で切り裂いたキマイラの背後に、透明化が解除されたアヤノが現れ飛び上がると、クリスタルダガーを両手にしっかりと持ち、

「くらえええええええええええええっ!!!」

 と、キマイラの背中に突き刺した。


 それはクリティカルヒットとなり、キマイラのHPを削る。

 ほんの一ミリ程残っていたキマイラのHPバーは完全に削れ、キマイラは呻き声をあげながら倒れた。


 正直もうダメかと諦めかけていた面もあったサイカは、倒せた事に驚きを隠せず唖然とする。


「倒した……のか?」


 敵は全滅、パーティーメンバー全員、今回の場合はサイカとアヤノに報酬の経験値と金貨、そしてアイテムが自動で配布された事で、本当に勝った事の確信を得ると、サイカの身体から力がすうーっと抜けていくのが解る。

 ふらふらと倒れそうになるサイカに、まだまだ元気なアヤノが抱きついてきた。


「やりました! ボス倒しました! あんな強いのに先輩凄いです!」

「ははっ……もう何がなんだか……」


 色々な事がありすぎて、気力を使いすぎて、疲労感がサイカを襲う。実は今回の経験値でサイカのレベルが上がって百二十六になった事や、アヤノのレベルも一気に二十四も上がってレベル七十になった事も、気付いていない。


「先輩……先輩……」


 アヤノもよっぽど嬉しいのか、いつまでも両腕でサイカを抱きしめ離そうとしなかった。サイカもそれが心地よくて、アヤノの背中に腕を回す。


 レベル百三十以上のボスなど、今までパーティーでしか勝った事が無い。なのでこのキマイラとのボス戦は、サイカにとっても歴代トップと言えるくらいの快挙であったと言える。


 抱き合い感動に浸る二人だったが、そこに近づく人影が現れる。

 二人を閉じ込めた入り口の檻がいつの間にか開いていて、そこから一人の獣人族の女性キャラ、ワタアメが何食わぬ顔で入ってきたのだ。


「おーおー、凄いねぇ二人とも」


 一部始終を見ていた口ぶりで、にやけ面を二人に向けるワタアメ。抱き合ってた二人は慌てて離れると、アヤノがすぐに挨拶した。


「こ、こんばんは、ワタアメさん」

「やっほー。ごめんねぇ、ちょいと用事で来るの遅れちゃってさー」

「いえ、いいんです。何とかなりましたから」


 そんな会話を聞いたサイカは疑問に思う。


「アヤノさん、もしかしてワタアメも来る予定だったの?」

「あ、はい。すみません。ワタアメさんが黙ってて欲しいって言ってたもので」

「それはどう言う訳なんだ?」


 サイカはワタアメを見ると、ワタアメは笑顔で答える。


「いやさー、最近サイカと遊んでないから、いきなり乱入してやろうと思ってたんだけど、何か凄い戦いしてたからつい見物しちゃったよ」

「そうか。まあ見ての通りだ。何とか倒せた」

「ほんと目撃者が私で良かったね。キマイラをペアで倒しちゃうなんて、サイカってまるで何かの物語の主人公みたいだね」

「そんな事無いさ。さ、とにかく帰ろう」


 そんな事を言いながらポーションを飲み、激しい戦闘が行われた宝物庫から出ようと歩き出すサイカ。アヤノもそれに続いて歩みを進める。

 だが、次のワタアメの言葉で、二人は思わず足を止める事となった。


「ねえサイカ。何か私達に隠してるよねー」


 サイカは振り向きながら逆にワタアメに問う。


「何を言ってるんだ?」


 琢磨がいない時にまたこの展開か……と、内心焦るサイカだが、とにかく不自然にならない様に強気で会話を進めるしかない。そんな中、ワタアメは続けて言い放った。


「バグ、魔石フォビドン、プロジェクトサイカ……ログアウトブレイバーズ……」


 一部の人間とブレイバーしか知らないはずの名称をワタアメは淡々と笑顔で言って見せた事に、サイカは目を丸くして驚いた。


「お前……」


 少なくともこの目の前にいるワタアメと言うキャラクターが、何らかの関係者である可能性にやっと気付いたサイカを前に、ワタアメは不敵な笑みで答える。


「なんじゃ、夢主から何も聞いておらんのか」


 琢磨がオフ会にワタアメを誘いたがらなかった事が不思議であったが、そう言う事だったのかと、今更ながらあの時の事を思い出すサイカ。あまりにも核心を突いてきたワタアメに対して、サイカは少し動揺しながら率直に次の言葉を出す。


「えっと……ここでその話はやめないか。アヤノもいる」

「そうじゃな。どうするかは、アヤノに決めて貰おうじゃないか」


 サイカはアヤノの顔を見るが、そこには疑いの眼差しをサイカに向けるアヤノがいた。


「嘘……ですよね? 別人だなんて……そんな事……先輩は先輩ですよね?」


 サイカの状況理解が追い付かない。

 これはどう言う事だ。事前にアヤノは何か話を聞いている? 恐らくこのワタアメに何か吹き込まれた上で、今回の事は全てワタアメの謀だったのか?

 何の為に……いや、それよりも……


 次の言葉が重いサイカを煽る様に、ワタアメが問う。


「夢主はどうした。おらんのか?」


 ワタアメの雰囲気や口調が豹変している。それに夢主と言う単語を使うと言う事は、まさかブレイバーなのか……琢磨はこの事を知ってるのか。そんな事を頭で考えながらも、サイカは答えた。


「今は……いない」

「そうか。ならば丁度良い」

「なぜだ?」


 ワタアメはサイカに近づき、鼻と鼻がくっつきそうなほど距離を縮めると、ワタアメの目尻から至極色の血管が浮き出たと思えば、眼球が一瞬で白から至極色に変わり、青い瞳孔が洋紅色に変わった。そんな顔で異様な威圧感を放つ彼女はサイカにしか聞こえないほど小さな声で言葉を放つ。


「お主がここに来たのは偶然ではない」

「なっ……」


 全てを知っているかの様に笑みを浮かべるワタアメは、ゆっくりとサイカから離れると、瞳が元に戻る。そのまま続け様にサイカを問い詰めた。


「さぁ話して貰おうかの。お主はいったい何処のサイカなのかを」


 ワタアメは既に見抜いていて、アヤノの前で話させる魂胆らしい。サイカは恐る恐るアヤノを見るが、アヤノも真剣な表情でサイカを見つめていた。


(琢磨……どうすればいい? 嘘を付き通す? いや、琢磨ならきっと、正直に話せと言うはずだ)


 サイカは意を決し、口を開いた。



 ✳︎



 アメリカ合衆国カリフォルニア州にある、ネットワークワルプルギス社の本社ビル。

 前代未聞の危機に陥ったワールドオブアドベンチャーの問題に対し、五十に及ぶ全世界各国の運営会社の代表者が収集された。高枝左之助と笹野栄子も参加者の一人で、他にもネットワークワルプルギス社社長だけでなく、アメリカ合衆国の中央情報局の者、報道関係の者、インターネット関連会社の者まで、様々な人間が集められていた。

 総勢百人に及ぶ緊急会議の中で、日本政府、内閣サイバーセキュリティ特別対策本部の矢井田淳一が代表して今回起きた事件の経緯について説明をする事となった。


 集まった者達は、同時通訳のイヤホンを耳に付け、前方の巨大スクリーンに目を配る。

 そこにはスクリーンショットの画像が並べられ、今までサイカが倒してきたバグ三種、今回首都マリエラに出現した巨大バグ、そしてプロジェクトスーツを着たサイカの姿が映し出されている。


「仮想空間に現れた未知の生命体サイカの協力で、新種コンピューターウイルスのサマエルによって作られた仮想モンスターを撃破に成功してきました。しかし今回現れたモンスターは、現状ではサイカにも手におえない最強の存在となっています。まずこれを見てください」


 その言葉を合図に、左之助が端末を操作してスクリーンの映像を切り替える。そこにはゲームの映像ではなく、並べられたデスクトップパソコンの本体やノートパソコンの写真が表示された。


「今回、対処に失敗して犠牲となったGMW社のゲームマスター十人の端末が全て内部部品が焼けて起動不能となりました。この様な事は今までありませんでした。幸いにも緊急メンテナンスに入るタイミングが早かった為、一般ユーザーには被害が出ていません」


 その言葉に会場がざわつく。


「更にもう一つ」


 再び映像が切り替わり、今度はサーバールームのサーバーラックに搭載された端末の写真が表示される。


「これはGMW社が管理するワールドオブアドベンチャー、ガルム地方のサーバー端末ですが……現在、電源を断っているにもかかわらず、端末は起動したままの状況に陥っており、これもこのモンスターの影響によるものと思われます」


 参加者の想像を超える事が起きていた。これがスペースゲームズとGMW社会議を長引かせ、ネットワークワルプルギス社の首脳陣や中央情報局をも動かした要因である。

 ネットワークワルプルギス社の社長、マーク・ウォズニックが挙手をしてからマイクで話す。


「つまりその怪物は、ネットゲームと言う仮想空間に侵入するだけでなく、倒した相手の端末をネットワークを通して破壊する能力が有り、更には侵入した端末を自力で動かしてしまう能力も備わっていると言う事か?」


 淳一は答えると共に、左之助がスクリーン画面を今回問題となっているバグのスクリーンショット映像に変える。


「その通りです。どうやって端末に侵入して来たのかは謎です。解析によればプレイヤーと識別されていますが、元プレイヤーの名前については解析不能の状況です。サイカによれば、このモンスターの名前はイグディノムバグ。従来通り管理者コマンドやプログラム改変の影響を受けません。巨大な身体、八本の腕からは光線を放ち、その全てが脅威ですが、何よりも食べたゲームマスターを化身として召喚する能力まで備えていました。正直言って仮想空間内でこれ以上の対処は難しいと思われますので、この端末自体を厳重隔離してサンプルとするか、物理的な破壊が望ましいと提案させて頂きます」


 すると今度は中央情報局のアコル・ウィルソンが挙手をしてマイクを持つ。


「それはなりません。サマエルを仮想空間で倒す事は最重要課題です」

「なぜですか?」

「現段階で確認されているだけでも、世界各国で一万件に及ぶコンピューターウイルスサマエルの被害報告があり、現在も徐々に拡大しています。その中でインターネットゲーム等の仮想空間での被害が百七十件。今ワールドオブアドベンチャーで起きている事はその一つにしか過ぎません。端末機器の隔離、物理的破壊、既に実例がある状況です。我々が注目しているのは、アンチウイルスとなる生命体サイカとワタアメの存在です。この資料によれば、言葉を交わし、まるで仮想空間で生きているかの様だとありますが、サマエルに対抗できる手段の一つになる事は間違いありません。何処まで対処が可能なのか、そして量産計画にまで踏み込む必要があると判断しているからです」

「量産計画……ですか」

「実はアメリカと韓国、イタリアでも、サイカとワタアメに似たような事例がありましたが何れも計画に失敗して、その存在を失っています。その時のレポートをデータでお渡ししましょう」


 サイカとワタアメに似た存在、つまり何処かの異世界から来たブレイバーが他にもいたと言う事である。予想していなかった情報を得た事で、左之助と淳一は思わず顔を見合わせた。


 今後このイグディノムバグに対して、どう対処するのかを決める会議は翌日まで持ち越す長丁場となる。




 その頃、パソコンの前でうっかり眠ってしまっていた琢磨は悪夢を見て目が覚めた。

 消灯して薄暗い自宅のベッドで金縛りに合い、全身が石のように動かない状況で何者かが部屋に入ってきて、ゆっくりと琢磨の前に立つと、手に持った刀を琢磨に突き刺してくる。

 それが誰かは解らない。


 ここ一ヶ月ほど、何度もこの夢を見るが、すぐ忘れるので特に気にしてはいない琢磨だったが、最近だともしかしてあの影の特徴からサイカなのではないかとも思えてきた。

 パソコンの前で起き上がった琢磨は酷く汗をかき、部屋着のTシャツが大分濡れていた。


「いっけねぇ、寝ちゃった」


 今日は彩乃とWOAで一緒に遊ぶ約束をして、ダンジョンでサイカとアヤノがモンスター狩りをしていた所まで思い出す。時刻を見ると、大体三時間くらい寝てしまった様だ。

 そうだ、公式放送も見る予定だった……が、それは後回し。

 琢磨はパソコン画面に目をやると、そこには盗賊アジトの最深部、宝物庫で一人暗い表情で佇むサイカの姿があった。アヤノの姿は見当たらない。

 今日購入したヘッドセットマイクを頭に掛け、サイカに話しかける。


「ごめん、寝ちゃった。あれ、アヤノさんは?」

「琢磨……すまない……私のせいだ」

「え?」


 そこへ琢磨のスマートフォンの通知音が鳴り、思わずスマホの画面に目を配ると、そこには飯村彩乃の名前が表示されていて……


【嘘つき】


「え?」


 琢磨の予想だにしない出来事の結果が、目の前にあった。






【解説】

◆社会人一年目の悪夢

 失敗を繰り返す、仕事を覚えられない、仕事のハードルが高く感じる、厳しい上司がいる、先輩との人間関係、仕事が自分に合わない。

 そうやって、やりたくない事をやらなくてはいけないと言う社会の厳しさを味わう人も多い。さまざまな仕事の壁は、どんなに会社の下調べや仕事の予習をしようが、現場に出たら否応なく直面するもの。もし困難に見舞われたら「まぁ、誰でも経験するものだからしょうがない」と割り切る心構えが大事だ。


◆封鎖されたガルム地方

 GMW社が管理するヨリック大陸ガルム地方は、イグディノムバグの出現により閉鎖。

 同サーバーのプレイヤーは全てスペースゲームズ社が管理するヨリック大陸ジパネール地方に移転された。プレイヤーにはサーバートラブルによる一時的な処理と言う事で告知されていて、ガルム地方のユーザーは観光イベントのつもりで楽しんでいる。


◆ワタアメの陰謀

 アヤノは事前にワタアメからサイカの事を聞いていた。今回、サイカと一緒に遊んだのは、それを確かめる為でもあった。


◆サイカだけでは無かった

 現実世界と交流できる特別なブレイバーはサイカが初めてでは無かったと言う事実が、中央情報局によって明らかになった。

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