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ログアウトブレイバーズ  作者: 阿古しのぶ
エピソード2
29/128

29.暗躍する者

 エルドラド王国の王都シヴァイ。

 王国一番の規模を誇るこの町は、中央にそびえ立つエルドラド城を中心として立派な建造物が並び、三重の外壁に守られる鉄壁の場所である。貧困層は無く、この町に住む事は国民全員の憧れであり、人生の成功者が集まる町ともされている。


 三つの外壁の最も内側、エルドラド城近くにある兵士訓練所近くには、一等兵士宿舎、王都警備隊宿舎、ブレイバー隊宿舎の三つの建物が有り、ブレイバー隊隊長のシッコクはそこの自室で目覚めた。

 相変わらず夢世界では他人や仲間を誹謗中傷ばかりを楽しむ夢主と、それを実行する自分自身に嫌気がさす。


 シッコクはベッドから降りると、瞬時に自身の装備を意識して召喚する。Tシャツとパンツ一枚の姿から、一瞬で立派な装備が身に纏った。

 右腕の籠手、ゼツボウノコテをしばし眺め、そして何かを決心したかの様に歩みを進めると、自室の扉を開けて廊下へ出た。


 そこでシッコクはすぐに違和感を抱く。

 いつもであれば、扉の前で生真面目なミーティアが出迎えてくれるが、今日はその姿が無いのだ。

 シッコクは周りを見渡しつつ、宿舎のロビーに向かい歩き出す。

 ロビーでは可愛い熊のキャラクターの着ぐるみを着た隊員が、他の隊員達に笑われている所に遭遇する。


「なんだよその頭、でっか」

「またお前の夢主は変な装備のままログアウトしたんだな」


 複数人の笑い声が響き、ブレイバーにとってひと時の安らぎの空間。そこへシッコクが来た事に気付いた隊員達は一斉に私語をやめ、シッコクに敬礼した。


「お前達、ミーティアを見たか?」


 そのシッコクの質問に、熊の着ぐるみの隊員が答える。


「副隊長ですか? そう言えば見てませんね。それに、昨日も元気無かった様な……」


 元気が無かったと言う言葉に、シッコクは一つの可能性が頭に浮かぶ。


「まさか!」


 結晶化が始まったのかもしれないと、シッコクは隊員達を置いて走り出した。向かうはミーティアの自室。

 ミーティアが夢を見なくなって、まだ四十日程のはず。結晶化の初期症状が起きる頃ではあるが、稀に脳から結晶化が始まり、寝たきりとなるケースもある。

 部屋の前まで来ると、扉を強めにノックする。


「俺だ。ミーティア、いるのか?」


 すると扉の向こうから返事が返ってきた。


「シッコク様……ダメです……今は……」


 その長年共に過ごしてきたシッコクですら初めて聞くミーティアの弱々しいその声に、シッコクは一大事と判断する。


「入るぞ」


 シッコクは構わず扉を開け、ミーティアの部屋の中へ踏み入った。



 ミーティアの部屋は、物が無かった。ベッドと椅子、窓に掛かる白いカーテン、丸テーブルの上に置かれた花瓶と一輪の花。それ以外は何も無く、個性も生活感も皆無な内装である。

 この部屋にシッコクが入るのは何年も前の事だが、前はこんな感じでは無く、本やらオシャレの為の洋服やアクセサリー、色々な物が散らばっていた。ミーティアは真面目ではあるが、自分の部屋はズボラな性格であるとシッコクは認識している。


 では、なぜこんなに質素な部屋になってしまっているのか。


 それは、死期が迫るブレイバーの一人だからである。いつでもこの部屋を、他の隊員に渡せる様に、ミーティアは準備を始めていたのだ。


 そんな部屋の窓際、椅子に座って俯くミーティアは肩を揺らして泣いていた。眼から雨の様に雫が溢れ、真下の床を濡らしていた。


「今は……まだ……ダメです……シッコク様……」


 何があったのか、容姿を見れば大体の見当が付く。ミーティアの夢主が引退宣言をしたあの日、失った装備が全て元に戻っていて、立派な鎧に身を包んでいる。彼女の背中にも、彼女が愛用していた赤と青の双剣が有る。


「夢主が帰ってきたのか?」


 止まらない涙と、涙声が出ない様に左手で口を塞ぎながら、ミーティアは頷いた。

 夢主が夢世界にログインしたと言う事は、ミーティアはこの世界で延命した事になる。約百日と言われるバグ化、その内の四十日程を経過していた彼女のカウントダウンは、零に戻った。

 それだけじゃない、引退する時にサイカに預けてしまったと言う装備一式が戻って来ており、前のミーティアに戻っているのだ。


 素直に祝福の言葉を掛けるべきか、シッコクはしばらく悩んだが、

「サイカか?」

 と質問を投げてみると、ミーティアは再度頷く。


 そこへシッコクの他にも、先ほどロビーで談笑していた隊員達がやって来ていた。


「あれ、副隊長! 装備戻ったんですね!」

「ほんとだ!」


 複数人の視線を受け、ミーティアは裾で涙を拭うと、顔を上げ笑顔を見せた。


「お前ら見てんじゃねーよ、殺すぞ」


 それはシッコクに向けて放たれた言葉では無く、扉の所で覗いている数人の隊員に放たれた。隊員達は顔を青ざめ、

「お、鬼の副隊長が戻ってきたぁぁーー!!」

 と、大袈裟だけど何処か嬉しそうに、隊員達は走って逃げて行った。


 鬼の副隊長。そんな風に呼ばれるミーティアは、隊長のシッコクよりも規律に厳しく、部下の面倒見も良い。

 夢を失ってからは元気が無くなり、隊員に対してこの様な強気な発言をする事も無くなっていたので、今の言葉はミーティアの復活を意味しているのだ。

 シッコクも嬉しさから思わず笑みが溢れる。


「ミーティア、これからお前は何をしたい」


 その質問はミーティアにとって、シッコクに考えている事が見抜かれてしまった様だった。

 ミーティアは立ち上がり、再度返ってきた鎧の籠手を手で撫で感傷に浸ると、シッコクの前まで歩みを進める。

 次に彼女は、深々と頭を下げた。


「ご心配をお掛けしました。私は……どうしても会って話さなければならない人ができました。なので、しばしの休暇を頂きたく思います」


 ミーティアが言う会って話さなければならない人が誰なのか、シッコクには解る。


「ルーナ村で一悶着あったと聞いているが、今は無事にミラジスタに到着しているそうだ」


 その言葉にミーティアは頭を上げ、嬉しそうな表情をシッコクに向けたと思えば、もう一度頭を下げた。


「ありがとうございます。では明日、出立致します」

「なぜ明日なんだ?」


 予想外の質問に、ミーティアは顔を上げ不思議そうな顔をする。


「え? 本日は王との謁見が……」

「お前がいなくても王と話す事くらいできる。今日には出ろ」

「ですが」

「俺が良いと言っている。俺に随伴など必要無い。だが、遊びに行けと言っている訳では無い。ミラジスタの偵察を頼みたい」

「偵察……ですか?」

「ああ。ミラジスタでまた怪しい組織が動き出している」

「ログアウトブレイバーズの生き残りですか?」

「不明だ。奴らの時とは違い、今回は国が黙認しているのが引っ掛かる」

「黙認? ではブレイバー隊としては大っぴらに動けない……と言う事ですね」

「そうだ」

「……分かりました」


 そしてミーティアは、旅支度を済ませ宿舎前で美しい白の毛並みと銀色の馬鎧を装着した愛馬に跨る。

 ミーティアが復帰早々に旅立つと言う事で、多くのブレイバー隊の仲間達も見送りに出て来ていた。

 そんは中、ミーティアは横に立つシッコクに目線を向ける。


「行って参ります」

「心配ならあと一人くらいは誰かを連れて行けばいい」

「ご冗談を。私に付いて来れるのは、シッコク様と……サイカだけですよ」


 その言葉にシッコクは思わず笑みが零れてしまい、それを見たミーティアは満足そうな顔でそのまま馬を進めた。

 シッコクはその背中を見送りながら、再度ミーティアに声を掛ける。


「いいか、何があってもミラジスタでの任務を全うするんだぞ」


 その言葉を受けながらミーティアは、見送りに出て来ている隊員達や、宿舎の窓から手を振る隊員達に向かって、軽く手を振り返しながらも馬はゆっくりと前進して、やがて城壁扉の向こうへと見えなくなって行った。

 すると、シッコクの横に立つ可愛いパンダ帽子を頭に被り、大きな杖を持った小さな女の子がシッコクに話し掛けた。


「いいんですかい。マリさんもいなくなって戦力ガタ落ちなのに」

「多少の無理も押し通し、部下の我が儘も叶える気概こそ将に相応しい」

「……()()()、副隊長には?」

「元より、巻き込むつもりは無いさ。首尾は?」

「準備は出来ています。あとは時間になったら配置に付くだけです」




 エルドラド城、王座の間。

 相変わらず王国警備隊の兵士が厳重過ぎる程の警戒をしている中、シッコクは一人颯爽とグンター王に向かいその足を進めた。

 マザーバグ討伐から帰還して以降、王へ謁見する事叶わず、王座の間にやって来るのは一ヶ月ぶりとなるシッコク。


 最初に目に付いたのは、フードを被った謎の人物が王の横で大臣と共に立っている事だ。フードを深く被っており顔が確認出来ない。

 王の横に立つと言う事は只者では無い事は確かであるが、それがブレイバーなのか、人間なのか……と、シッコクは頭の中で思考を巡らせつつも、王の前で片膝を着く。


「来たか、シッコクよ。此度のマザーバグ討伐。大儀であった」

「はい。多くの犠牲こそありましたが、達成致しました」

「……では、次の指令を出そう」


 犠牲者が出ていると言っているのに、我関せずと言った様子で次の指令を話そうとする王。シッコクは口を挟んだ。


「王よ。その前に一つ、私から質問があります」


 その言葉を聞くや否や、大臣が血相を変え、

「貴様! 身分をわきまえろ!」

 と、一歩前に出るが、グンター王が手を上げて静止させる。


「良い。言ってみろ」

「先のマザーバグとの戦いを行ったバグの巣とされる場所は、人工的な施設でした。そして、マザーバグとされるレベル五のバグは、我がブレイバー隊の前隊長で、国の英雄、ゼノビアでありました。その事について、王は何処までご存知でしょうか」


 グンター王と大臣は顔を合わせ、アイコンタクトを取ると、王がシッコクに向かい口を開く。


「国の機密事項だ。どの様な功績があろうと、あの施設で起きた事について真実を話す事は叶わん。だがシッコクよ。これだけは言っておこう。ゼノビアの犠牲は無駄では無かった」


 その言葉はシッコクの心に怒りを抱かせた。王に対する不信感と、かつてシッコクが慕っていた英雄を実験の材料とした事を無駄では無かったと言う言葉で片付けようとした事。シッコクは兼ねてより目論んでいた計画を実行する決心が着く。


「王よ。私はゼノビアの胸を貫いたこの手が疼き、先の戦いで散った仲間の無念が私を取り巻いております。ここで引き下がれば、それこそ全てが無駄となりましょう」


 シッコクはゆっくりと立ち上がりながら、背中の剣、魔剣バルムンクの柄に左手を添える。右手のゼツボウノコテが、怪しく青光りした。

 王座の間に整列していた王国警備隊が慌てて武器を構えシッコクを包囲するが、見計らったかの様に王座の間の外で待機していたブレイバー隊数人が武器を持ち、扉を開けて押し入ってきた。城の屋根で隠れていた複数のブレイバーも又、王座の間の側面にあるステンドガラスを割って中に侵入。


 一瞬でシッコクを囲む兵士達を、更に外から包囲して見せた。

 そしてシッコクも禍々しい強者のオーラを纏い、その威圧感が屈強な王国警備隊兵士の手元を震わせる。

 先ほどまで威勢が良かった大臣は、腰を抜かしているのが見える。


「ち、血迷ったか! 王に刃向かおうと言うのか!」


 シッコクは魔剣バルムンクを握り、その矛先をグンター王に向け、そして構えた。

 尻餅を付きながら顔が真っ青になっている大臣を横に、玉座に座るグンター王は至って冷静に状況を目で確かめながら、


「謀反を起こすか。大きく出たなシッコクよ。それほどの価値が英雄ゼノビアと、散った仲間にあったのだな。剣を引け。今ならしばしの謹慎処分で済ませてやる」

「な、何を言ってるんですか。あんな危険分子、処分しかありません!」


 大臣がそんな事を王に申言する中、玉座の間で今にもブレイバー隊と王国警備隊による戦闘が開始されようとしていた。

 この場にいる人数は互いに十五人程で互角。異変に気付いた兵士が応援に来る前に方を付け、王に一太刀を入れる。身体能力的に有利なのはブレイバーである為、勝機はあるが、シッコクが読めないのが、王の横に立つフードを被った人物。


 小柄で女性と思しき体格をしている。ブレイバーである可能性が高いが、シッコクにとって初めて見る人物で、どんな能力を秘めているかわからない。


(王の余裕そうな態度は、このブレイバーが……)


 シッコクがそんな事を考えていた矢先、王の横に立つその人物が大きく飛躍した。

 王座の間の高い天井に届きそうな程、高々と飛び、空中でフードを脱ぎ放り投げる。

 中から現れたのは、白い獣耳と尻尾、獣人族であるブレイバー。



 ワタアメだ。



 夢世界スキルなのか、目尻から至極色の血管が浮き出たと思えば、大きなつり目の眼球が一瞬で白から至極色に変わり、青い瞳孔が洋紅色に変わったのが見えた。

 手に持っているのは弓、まるで周りの時の流れを遅くされたかの様に、ワタアメは空中で回転しながら四方八方に矢を放った。その数は十本。兵士を包囲していたブレイバー達を的確に狙っていた。

 あまりの早業に反応が追いつかないブレイバー達、狙われた十人の内七人がコアを貫かれ消滅して、一気に形勢が悪くなってしまった。


 シッコクの所に矢は飛ばされて来ていなかったが、ワタアメはそのまま弓を投げ捨てると、短剣を片手にシッコクに向け真っ直ぐ落下してくる。シッコクは思わず、魔剣バルムンクを振るいそれを迎え撃つが、バルムンクから放たれた衝撃波を空中で受け流し、くるりと回転すると、短剣では無く踵落としをして来た。


 そんなワタアメの踵を右手の籠手で防ぐ。

 その反応を見てニヤリと笑うワタアメは、地面に着地するや否や素早い動きで短剣を振るいシッコクに斬撃を繰り出す。

 シッコクもそれを受け、幾度と無く反撃を行うが、まるで猫の様に左右上下に飛び回るワタアメを捉える事が出来ない。


 強い。


 シッコクにとって初めて対峙するこの名も知らぬ獣人は、今まで戦ったどのブレイバーよりも強い。

 二人は言葉も交わすこと無く、激しい攻防を展開。その強者と強者の激突を合図に、周囲でも兵士とブレイバー達が戦闘を開始した。


 ワタアメの猛攻は止まることを知らず、シッコクを攻撃しながらも、隙あらば隠し持った針を投げ近くで戦うブレイバーの急所に刺す。その芸当で兵士達を援護しているのだ。

 シッコクの魔剣バルムンクが得意とするバグをも吹き飛ばす衝撃波は、近距離戦には不向き。


 しかしワタアメによる神速の如き斬撃の中、シッコクはその短剣の動きを見極める事に成功する。

 右手のゼツボウノコテが、突かれた短剣を掴み、そのままワタアメから奪い投げ捨てる。

 そこからシッコクは夢世界スキル《ギアブースト》を発動させ、自身の俊敏性を上昇すると共に、一方的な攻撃に出る。


 ワタアメも夢世界スキル《エスケープフォロー》を発動して素早さを更に上昇、シッコクの攻撃を避ける。

 バルムンクによる衝撃波が次々と放たれ、それをひらりと避けるワタアメであったが、三度目の衝撃波を避けきれず左腕に命中。それは斬られたと言うよりも、肩から先の腕を微塵も残さず吹き飛ばす威力だった。


 しかしワタアメは痛がる素振りすら見せず、それどころか左腕から至極色の腕を出現させた。

 普通では有り得ない光景にシッコクは驚き、その攻撃の手が一瞬止まった。それを見逃さなかったワタアメは、空かさず出現させた奇妙な左腕を伸ばす。


 その左手はシッコクの首を掴んだと思えば、自在に腕を伸ばしシッコクを押すと、王座の間の太い石柱に勢い良く叩き付け、その衝撃で石柱に激しく亀裂が入った。

 シッコクはそれでも倒れる事なく、首を掴むワタアメの伸びた手を魔剣で切断する。

 切り離された手は蒸発する様に消え、伸びた腕はゴムの様にワタアメの身体へと縮んで行く。腕が戻る頃には、手の形が再現され、段々と肌色になって行くのが見える。


 ワタアメは再生された腕を確かめる様に肩を回しながら、シッコクに投げ捨てられた短剣を手に呼び戻す。そしてシッコクに向けて初めて言葉を放った。


「終わりじゃ。降参すれば命は助けてやる」


 そう言われてシッコクは周りの状況を確認すると、ブレイバー隊の仲間達が全員取り抑えられていた。

 シッコクは衝撃で落としてしまった魔剣バルムンクを、手に呼び戻して構え直しながらワタアメに問いかける。


「貴様、普通のブレイバーでは無いな?」

「お主こそ。ブレイバーの域を踏み外そうとしているではないのかの?」

「なに?」

「お主のその籠手。ゼツボウノコテと言ったか? それを使って何を企んでおる」


 全てを見透かしているかの様に、ワタアメは不敵な笑みをシッコクへ向ける。


「貴様、名は?」

「ワタアメ。海の向こうから遥々やって来たアリーヤ共和国の使者じゃよ」


 ワタアメは戦闘は終わったと判断したのか、見る見るうちに目や腕が元の色に戻り、ワタアメ本来の姿へと戻った。それを見ながら、シッコクは話を続ける。


「アリーヤ共和国だと?」

「反乱など起こしとる場合では無い事態がアリーヤで起きておる。まずは剣を引いて大人しく捕まれシッコクよ」

「なぜ私を知っている」

「わっちはログアウトブレイバーズの創設者……と言えば、大体は理解してくれるかえ? わっちの見立てでは、お主とは気が合いそうだと、思っているのじゃがな」


 シッコクの力であれば、この状況を覆す事も可能かもしれないが、やはりこのワタアメなる者の力量が計り知れない。そしてアリーヤ共和国で起きている何かと、ログアウトブレイバーズの創設者と言う彼女。

 このまま謀反を強行するか、大人しく投降した上で情報を得るべきか。シッコクはしばし考え、そして答えは決まった―――




 シュレンダー博士との出会いから三日が経ち、宿屋エスポワールの中庭ではサイカとルビーの稽古が毎朝行われていた。派手な事をしなければ良いとサダハルから了承を貰った上での稽古である。

 二人はクロードが何処からか買ってきた木刀を使い、控えめに斬り合ったが、それでもやはりルビーの反射神経と戦闘経験の差は大きく、サイカは木刀で各所を殴られてばかりだ。


「脇が甘い、ここガラ空き」


 《分身の術》や《一閃》などの夢世界スキルに頼ってばかりだったサイカにとって、こうやってスキルを使わない状況下で、同じブレイバーを相手にするとあまりにも無力である。

 苛立ちを隠せないサイカに、ルビーは容赦無く蹴りを脇腹に当てられ、その痛みでサイカは蹲ってしまった。


「今日はこの辺で終わり。それで、装備の呼び出しは出来る様になったの?」


 サイカが覚えたがっていた、落としてしまった武器、遠くに置いてある装備を瞬時に自分の元へと呼び寄せるブレイバーの異能力。

 ルビーに教わってみれば簡単な事で、イメージの問題と言う事だった。夢世界の所持品アイテムを一時的に手元に呼ぶ時と似た要領で、装備と、それを装着した自分自信をイメージする。


 サイカは痛みが引いてきたので、立ち上がり、右手を前に差し出し、手のひらを空へと向け、部屋に置いたままの愛刀キクイチモンジをイメージする。

 徐々に光の粒がサイカの手の上に集まり、長細い棒状の形になったと思えば、ゆっくりとキクイチモンジが現れ、ふわりとサイカの差し出した手の平に落ちた。


「できた」


 昨晩に続いて二度目の呼び寄せ成功に、サイカはつい嬉しそうに微笑んでしまったが、ルビーはその様子を見るなり、


「まだ遅いわね」

 と、今度はルビーが自身の手元に大鎌を呼び寄せて見せた。確かにそれは一瞬で、サイカの呼び寄せより遥かに早い。


「あとは場数の問題。慣れてくれば、服や鎧なんかも出来る様になるはず。それじゃ」

 と、ルビーはさっさと中庭から立ち去ってしまった。



 ここ数日、このミラジスタの町でログアウトブレイバーズの情報を聞いて回っているが、有力な手掛かりは無かった。ただ、数ヶ月前に王国直属のブレイバー隊がログアウトブレイバーズについて調査に来ていたと言う事と、何やら怪しい組織をブレイバー隊が壊滅させた事件があったと言う情報のみだった。

 ルビーもナポンについて何も手掛かりは掴めていない様だが、常にサイカ達とは行動せず、一人で自由行動している。

 シュレンダー博士は、宿屋の部屋で自堕落な生活をしばらくした後、昨日研究の続きをするからと帰ってしまった。




 そんな状況で三日が経ってしまった中、今日は別件でサイカとエムは二人でブレイバーズギルドに向かう。クロードとマーベルの二人はサイカとは別行動で、ログアウトブレイバーズの調査を続行する。

 道中で見かけたミラジスタ名物、カレーパンを十個購入したサイカは、片手で紙袋を抱え、もう片方の手でパンを口に運びながら歩いていた。隣を黙って歩くエムに、サイカは肩をポンポンと二度叩き、顔を向けた所で袋からカレーパンを一個取り出して渡す。


「美味いぞ」


 エムは嬉しそうにそれを受け取り、

「ありがとうございます!」

 と、カレーパンを頬張った。


 やがてサイカとエムはブレイバーズギルドに到着する。ディランの町にあったブレイバーズギルドと比べると、ミラジスタの方が建物が豪華で大きい。

 外見はまるで宮殿の様な建物で、相変わらず多くのブレイバーが外まで行列を作っている。


 二人は依頼を受けに来た訳では無い為、列を無視して内部へ入る。

 サダハルの情報によれば、ここに記録室と言う場所があり、バグについてある程度の事は調べられるそうだ。

 窓口が混雑しているのを横目に、記録室への案内板を確認すると、その通りに進んで階段を登り二階へ行く。


 すぐに本棚が陳列された大きな部屋へと辿り着いた。

 適当に中を進みながら辺りを確認すると、他にもブレイバーや人間の姿も疎らに見受けられる。一階ロビーの賑やかさとは打って変わって、皆読書に耽っていて静かな空間だ。

 並べられた本に目をやると、ブレイバー出身地の記録書、英雄ブレイバーの記録書、ブレイバーの戦争記録、数十年の歴史を感じさせる書物が多数並べられている。どうやらそのほとんどが増刷された書物で、複数の人が読める様に三冊ずつぐらいの割合で、同じ本が横に並んでいる。


 サイカの目的はバグ関連の記録書。欲を言えば、レベル五に絞られた物が望ましい。

 ブレイバーやバグ関連の書物だけで、何千何万冊とある事に驚き、気になる物も多くあったが、サイカは好奇心と知識欲を抑え、目当ての本を探した。

 奥へと進み、窓際のテーブル付近で一緒に探してくれていたエムがサイカに声を掛けた。


「これじゃないですか?」


 エムが手に取った本をサイカに手渡し、サイカはその本の表紙を確認した。そこには『レベル五バグの記録』と記載されていたので、サイカは近くのテーブルにそれを置き、横の椅子に腰を掛けながら本を開いた。


 この世界の歴史の中で、今まで確認されたレベル五バグの記録。目撃情報を基に描かれた絵と、どんな特徴が有り、どんな攻撃をしてくるのか、倒したブレイバーの名前まで、解っている事が手書きで記載されている。

 バグがレベル分けの五段階で識別される様になって、最古のレベル五とされたバグは二十年も前の事。蛇の様な形をしたバグ、グルードバグと名付けられ、四人のブレイバーの名前が書かれている。二度目の出現は六年前、一人のブレイバーの名前が書かれている。


 そんな最初のページに気を取られてしまったが、すぐにサイカはページを次々とめくり、目当てのバグの絵を探す。

 一つはサイカの夢世界、ワールドオブアドベンチャーに現れ戦った八本腕の大型バグ。二つ目は……

 四十枚ほど捲った所で、ついに八本腕のバグの絵が目に入り、サイカの手が止まった。


 誰かが描いた絵なので、少し印象が異なるが、巨大バグ、八本腕、それぞれの手から光線を放つ、食べた生き物を再現して化身とする。記載された特徴を見る限り、間違い無さそうだ。


 名はイグディノムバグ。


 過去に一度、三年前に初めて出現。出現場所は隣国のオーアニル。サイカがこの世界に召喚される前の話だ。討伐者にはかなり多くのブレイバーの名前が記されていて、一番先頭にある名前はゼノビア、その下にシッコクの名もある。

 驚異的な再生能力でほとんど弱点が無いが、火に弱い。コアは胸部では無く頭の中に存在。

 かなり有力な情報が記載されていた。


 あとはシッコクに会う事が出来れば、どの様に倒したのか聞く事が出来るかもしれない。

 そんな事を考えながらイグディノムバグの絵を見つめるサイカに、横で同じ本を読んでいたエムがとあるページを見つけ、嬉しそうにサイカにそれを見せる。


「サイカサイカ! 僕たちの名前も載ってますよ!」


 エムが見せたページはマザーバグ。世界で三度の出現が有り、三度目の討伐メンバーにあの時あの場にいたサイカ達の名前が載っている。

 バグを生み出す能力に矢印が引かれ、ブレイバーを強制的にバグ化させると記載されている。

 又、三度目のマザーバグはホープストーンとの融合体で、自らブレイバーを産み出す能力もあったとされている。

 悲しいのは、犠牲となり消滅したブレイバーの名はここに記されない事だ。


「なんか……恥ずかしいな」


 純粋なエムにはそうやって暖かい微笑みを向けるサイカ。

 見れば、エムの横には既に六冊もの本が積まれている。サイカは目的の情報を得たらすぐに出るつもりだったが、その積まれた本を見て、エムが満足するまで付き合ってあげようと思った。

 エムはまるで動物の図鑑を見ているかの様に、楽しそうな表情で、それでいて真剣な眼差しを向け、一つ一つページを捲っている。


 そんな様子をしばらく眺めた後、サイカも自分の手元にある本に目線を戻し、ページを進めた。

 この記録によれば、過去に発見されたレベル五バグの種類は約五十種ほど。何も読めば読むほど恐ろしい能力を持ったバグだらけである。だが、サイカがイグディノムバグの次に目当てとしていたバグの記載は何処にも無かった。


 ルビーに幻覚を見せられ、鮮明に思い出してしまったバグで、サイカの大事な仲間達を皆殺しにした幽霊の様な奇妙なバグ。強さからしてレベル五で間違い無いと思っていたが、何処にも見当たらない。それはつまり、レベル五では無かったか、もしくはまだ発見されていないと言う事だ。


 そしてきっと、誰も倒せていない。

 そんなまさかとサイカは席を立ち、今度はレベル五バグの記録書よりも四倍は分厚いレベル四バグの記録書を手に取ると、テーブルに戻り開いた。




  一方、ミラジスタの町でログアウトブレイバーズについて聞き込み調査をしているクロードとマーベル。

 二人は大通りから外れた用水路に架かる橋の上で、手摺に寄りかかり、クロードは通行人を眺め、マーベルは溜息混じりに用水路を流れる水を眺めていた。

 クロードが通り過ぎるナイスボディな女性を目で追いながら今日の成果を口にする。


「手掛かり無し……だな」

「そうね」

「結局、ログアウトブレイバーズってなんなんだ? 本当にあるのかも怪しくなってきたぜ」

「だから言ったのよ。あんな奴の言う事、信じちゃダメだって」

「シッコクの事か? じゃあなんで付いてきたんだよ」

「そりゃあ……サイカとエムが心配だからよ。それに……」

「それに?」

「夢世界に行く方法があるかもしれないって、嘘だとしても、なんかロマンチックじゃない」

「結局は俺たちの勝手な希望的観測さ。あったら良いなって内が一番楽しい」

「もしかしたらログアウトブレイバーズにとってもそれは同じで、現状サイカだけが唯一の特別な存在って事にならなければいいのだけれどね」

「だからこうして、ほんの少しの可能性を求めて俺たちはこんな所まで来たんだろ。とりあえずだ、今日はこの辺にしておいて、宿屋に戻ろうぜ」


 そう言い歩き出すクロードの少し後ろをマーベルは歩く。

 宿屋エスポワールへ向かい徒歩で移動する道中、二人は思いがけない施設の前を通り掛かってしまう。


 ブレイバー処分場。


 その名の通り、夢を見なくなったブレイバーが自己申告、又は結晶化によって再起不能となったブレイバーが処分される場所だ。二人の足は止まり、二つの十字架に吊るされ、今まさに処分されようとしている所が見える。

 この国では、人口が三万人以上の発展した町に必ず設ける必要が有り、実はディランの町にも存在していた施設だ。


 ブレイバーは平和を守る戦士であり、何か罪を犯した訳では無いので、ここで行われるのは処刑とは異なり、親しい人間やブレイバーに見送られながら消滅する事が出来る。

 今回処分される二人のブレイバーも又、多くの人間やブレイバーが集まり多くの花束が前に置かれ、泣いている者もいる事から、良いブレイバーが処分される所なのだろう。


 吊るされたブレイバー、一人は末期症状まで身体の結晶化が進んでいて意識も無い様だ。もう一人は逆にほとんど結晶化の症状が無く、何処か幸せそうに見送りに来た者たちに微笑みを向けている。

 二人のブレイバーの胸元は、事前準備の段階で肌けており、コアの場所が判断できる様に印がされている。


 マーベルは気付いてしまった。

 その幸せそうな表情を浮かべる、吊るされた金髪の男ブレイバー。クロードによく似ている。服装はクロードと少し違うが、ミリタリー系の迷彩柄。十字架にの下に置かれたそのブレイバーの武器も、銃である。


「あれって……」

「言うな」


 マーベルが口にしようとしたが、クロードに止められて言葉が詰まる。見れば、クロードの表情は眉間に皺を寄せ、危機感迫る物が感じられた。


 やがて大きな針を持った執行人が表に出てくると、見送りに来ている者達に一礼する。黒のローブに、白で無地の仮面を付けた執行人は宛ら死神の様である。


「これより、この若くして勇敢なブレイバー二名の処分を執り行います。今日この日まで、彼らが生きていたと言う記憶を糧として、私達は前に進まなければなりません。黙祷をお願いします」


 執行人は処分前に一言添える慣わしを行い、そして吊るされたブレイバーの方を向く。

 まずは末期症状のファンタジー系の服装をした女ブレイバーに近付き、肌けた胸元の印に針を当てがうと、そのままゆっくりと刺していく。

 その針は静かに彼女のコアに到達すると、執行人は針を押す力を瞬発的に強め、コアに損傷を与えた。

 すると彼女は蒸発する様に消滅する。

 執行人は消え行く彼女に対して一礼して、再び身体を正面に向け更に一礼。そしてもう一人のブレイバーの前に移動する。

 流れは一緒で、クロードに似た顔と服装をしている男ブレイバーも、恋人だろうか、前方で泣き崩れる一人の女性に幸せそうな微笑みを向けながら、消滅した。


 そしてそこには何も無かったかの様に、十字架と供えられた花束だけが残り、執行人が一言。

「以上で、本日の処分執行は終了です」

 と、一礼して静かに去って行った。


 その一部始終を見ていたクロードとマーベルは、自分達にもいつか来るであろう処分を前に複雑な心境になっていた。

 感傷に浸かり、言葉を失った二人の横に赤ずきんを被った少女、ルビーが現れる。


「大人しく処分を待つなんて、私には出来ないわね」


 突然現れ喋り出したので、声をあげて驚くクロード。


「おわっ。なんだいたのか」

「いちゃ悪い?」

「悪いとは言ってねぇよ。つか、そうやって処分免れたくて逃げ出すブレイバーがいるからバグが絶えないんだぞ。分かってんのか?」

「そんなの知ったこっちゃ無いわ。私はバグになろうが生き残りたい。それだけ」

「お前なぁ……」


 呆れるクロードを前に、ルビーは思い出した様に先ほど見た事を口にする。


「そうそう。さっき宿屋に貴方達を探す怪しい奴が来てたわよ」

「怪しい奴?」

「女だった。武器は持ってなかったからブレイバーではないのだろうけど、危ない気配があったわね」


 マーベルが話に入る。


「まだ宿屋にいるの?」

「どうかしら。貴方達を探してるみたいで、宿で働いてるブレイバーと口論してたけど、とりあえず他人の振りだけはしておいたけどね。ま、伝えたから、私はこれで」


 話すだけ話して、ルビーはさっさと何処かへ行ってしまった。相変わらず一匹狼の様に一人行動をする大鎌を持った少女である。


 それからマーベルとクロードは、宿屋に急いだ。わざわざ会いに来たと言う事は、ログアウトブレイバーズ関連の情報を持った人物である可能性が高い。

 宿屋に到着すると、腹部の刺し傷から流血しているサダハルがロビーの壁にもたれ掛かる様に腰を落としていた。クロードは咄嗟にハンドガンを手に取り構えると、周囲の警戒に入った。そして真っ先にマーベルがサダハルに駆け寄ると、床には血溜まりが出来ている事がわかる。


 受付カウンターに宿主のお婆さんが怯えて隠れてるのも見える。


「何があったの!? 待って、今回復するわ」


 マーベルが夢世界スキルで回復魔法を唱えようとするが、サダハルはそれを止める。


「大丈夫」

「誰がこんな事を……」

「わからない。でも、貴方達を探してる様子だったわ。シラを切ったけど……この様。……それよりも、このミラジスタで……何か良くない事が起きようとしてる……」

「良くない事?」

「……サイカさんと、あの男の子は?」

「多分ブレイバーズギルド。あの子なら大丈夫」

「そう、とにかく気を付けて。私はちょっと……血を流し過ぎちゃったから、寝るとするわ」


 そう言って、真っ青になった顔のまま静かに目を閉じた。

 マーベルが眠ったサダハルを、ロビーのソファに移動させて横にすると、隠れていたお婆ちゃんが毛布と雑巾を持って出てきた。黙って毛布をサダハルに掛け、雑巾で血溜まりを拭こうとするが、既にサダハルの血液は蒸発を始めており拭く必要は無さそうである。

 クロードはハンドガンを手に持って、玄関から外を警戒しながら口を開く。


「その襲撃者は何をするつもりなんだ。俺達と会う事と、町の危機がどう繋がる」


 するとマーベルは冷静になり、サダハルの寝顔を見ながら独り言を言うように推理を始めた。


「状況を整理しましょう。私達を探していて、わざわざこの宿まで辿り着いたって事はログアウトブレイバーズ関連で間違いないはず……よく考えなきゃ、私達がここに来てから何をしたかを……」


 そしてマーベルは、一人の人物を思い出すに至った。ログアウトブレイバーズの話をして、この宿にも一緒に泊まった彼女。


「……シュレンダー博士が危ない! クロード!」

「行ってくる。この場は頼んだぞ」


 マーベルの言葉を聞くなり、クロードは宿屋を飛び出し走り出した。向かうはシュレンダー博士の研究所。




 その頃、発掘地区、シュレンダー博士研究所。

 宿屋で事件があった事など何も知らないシュレンダー博士は、ホープストーンの欠片を薬品に漬ける実験を行なっていた。

 今回シュレンダー博士が用意した薬品は、この世界ではアレインと呼ばれる硫酸にも似た危ない液体で、金属や皮膚を溶かす成分で出来ている。

 これにホープストーンを漬ける事で、ホープストーンは光輝き、しばらく待つと亀裂が入って紫色の物質が中から溢れ出し、まるで生き物の様に液体の中を動き回る。


 これはブレイバーがバグ化する際の症状によく似ているが、このアレインによる実験ではこれ以上先に踏み入れる事が出来ない。理由は三つ、王国から禁止令が出ている事、この紫色の物質は放っておけば恐らくバグになる危険性がある事、そしてブレイバーと言う過程を飛ばしバグを人工的に作る技術が知れ渡れば世界のバランスが更に崩れてしまう為である。

 紫色の物質がビーカーから溢れそうになった時には、あらゆる物を瞬時に凍らせるブリアンと呼ばれる液体を掛けて凍らせ、そしてホープストーンを工具で割る事で、ホープストーンとその生き物の様な紫色の物質は消滅する。


 そこまでやった所で、シュレンダー博士の背後に人影が現れる。

 ボサボサの黒の長髪頭で、ヘソ出しの肌露出が多い服を着た男が、机の上に堂々と座ってシュレンダー博士に話し掛けた。


「何度やってもそれ以上先に挑戦しようともしない腰抜け博士なのは変わらずかよ」


 その声を聞いて、シュレンダー博士は誰なのか解った為、振り返る事は無かった。


「なんだスウェン。二度と来るなと言っただろう」


 するとスウェンと呼ばれた男は机の上から降り、シュレンダー博士の回転椅子の背もたれをくるりと回し、博士を無理矢理に自分の方へと向けると、博士の顎を片手で少し持ち上げた。


「連れないねぇ。元研究仲間で元恋人って肩書きは、一生外れはしないんだぜ」

 と、顔を近付けシュレンダー博士の唇を奪う。途端に博士は顔を赤く染め、少し間を置いてからスウェンを押して唇を離す。


「や、やめんか! もう終わった話だ! わしはもう人間の男になど興味ないわい!」

「しばらく見ない間に、おっぱいも大きくなったんじゃかいか?」


 スウェンがシュレンダー博士の胸部を見ながらニヤついた為、博士は慌てて両腕を交差させ胸部を隠す。


「セクハラしに来ただけなら、さっさと帰れ!」


 スウェンは再び机の上に座ると、丁度良く置かれていた実験結果の書類を適当に手に持ち、それを眺めながら本題を口にした。


「ログアウトブレイバーズについて聞きに来たブレイバーがいたろ?」

「何を言い出すのかと思えばそんな事……ああ、確かにそうだが、わしはログアウトブレイバーズなど初めて聞いたぞ。何か知ってるのか?」

「ああ、知ってる。なんせ俺もそのメンバーの一人だったからな」

「だった?」

「六年前、この研究所に来たブレイバーを覚えているか?」

「獣耳の?」

「ああそうだ。ワタアメって奴なんだがな、俺はお前と決別してから、そいつに拾われたんだよ」

「だからどうした」

「世界から出る事をブレイバーはログアウトと呼ぶ。つまりその方法を見つけた集団なんだよ」

「まさか、禁忌に手を出したのか」

「だとしたらどうする」


 シュレンダー博士は思わず立ち上がり、声を荒げた。


「馬鹿野郎! そんな危険な事! 何をやってるんだお前は!」

「まあ落ち着けよ。それで本題はここからだ。そのお前に会いに来たブレイバー。ディランから来た、マザーバグを倒した奴らだったろ?」

「なぜそこまで知ってる」

「くくっ。黒髪で赤い目、刀を持ったブレイバー、サイカ。マザーバグに討たれたが、奇跡的な復活を遂げた。つまりそいつはその時点でブレイバーでは無くなった訳だ」

「……何か知ってるのか?」


 シュレンダー博士の質問に対して、スウェンが何か答えようと口を広げた間際、研究所の扉が開かれ、女が入ってきた。

 銀髪で肌白、黒いドレスを来た女は、そのままスウェンの横まで歩いて来ると、スウェンに話し掛ける。


「宿屋にはいなかったわ」

「そうか。まあ問題は無いだろう。計画は進める」


 それを聞くなり、銀髪の女はさっさと外へ出て行ってしまった。スウェンも机から降り立つと、再度シュレンダー博士に顔を向ける。


「もしログアウトブレイバーズについて知りたいのなら、俺達と共に来いシュレンダー」


 そのスウェンの顔を見れば本気で言っている事が解る。シュレンダー博士は、元研究仲間で元恋人のその男が、いったい外の世界で何を見て何を知ったのか、禁忌の実験に手を出したログアウトブレイバーズがどうなったのか、純粋に興味が湧いてしまっていた。

 博士は唾を飲み、そして―――




 クロードが発掘地区に到着して、真っ先にシュレンダー博士の研究所まで来た。鍵の掛かっていない部屋に踏み込んでみたが……


 そこには誰もいなかった。






【解説】

◆鬼の副隊長ミーティア

 エルドラドのブレイバー精鋭隊に所属するミーティアは、夢を失うまでは二番目に強い実力を持っている。それでいて、厳しい言葉使いで部下のブレイバーを教育す事から「鬼の副長」と呼ばれる様になった。

 部隊の規律を守り続けてきた彼女は、部下からの信頼も厚い。


◆シッコクの謀反

 ブレイバーの人体実験所とマザーバグの戦いを経験して、エルドラド王国のやり方に疑念を抱いていたシッコクはこの日の為に謀反を企てていた。しかし、そこに現れたワタアメにより狂いが生じてしまう。


◆アリーヤ共和国の使者・ワタアメ

 ブレイバーのワタアメは、アリーヤ共和国の使者としてエルドラド王国へ入国していた。グンター王からの信頼があるのは、他にも理由がある。

 不思議な力でシッコクを抑えた事も含め、今後明らかになっていくことだろう。


◆ブレイバーズギルドの記録室

 バグの討伐記録が記された書物が多くあり、ブレイバーの歴史図書館の様な場所。誰でも気楽にそこで読み物ができる様になっていて、ブレイバーズギルドの職員がいつも綺麗に管理してくれている。

 世界のバグとブレイバーの戦いを、書物として広めてくれている記録係も存在している。ブレイバーの戦いの記録約三十年を振り返る事ができるのは、そんな彼らの活躍あってこそだ。


◆ブレイバー処分場

 その名の通り、夢を見なくなったブレイバーが自己申告、又は結晶化によって再起不能となったブレイバーが処分される場所。人々やブレイバーに見守られながら、消滅する事ができる。これがあるなしで、その町の治安の良さが計れるとも言われている。

 又、執行人はブレイバーではなく人間が務める。

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