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ログアウトブレイバーズ  作者: 阿古しのぶ
エピソード2
27/128

27.奇妙なオフ会(前編)

 飯村彩乃と立川奏太は、会社近くの喫茶店でカウンター席に座っていた。

 近くにある壁掛けの大型テレビで、重大なニュースが流れるのを、喫茶店の店員を含む多くの客が釘付けとなっている。


『では、次のニュースです。猟奇的な事件が再び起きました。今回事件が発生したのは神奈川県平塚市にありますアパートで、部屋の住民が大量の血痕を残し、行方不明となっております。ここ最近、関東を中心に起きている同様の事件と犯行の手口が似ている事から、同一犯、同一グループによる犯行であると警視庁は見ており、対策本部を設置するなど、犯人逮捕に全力を尽くす姿勢を見せております。又、この事件は被害者同士の関連性が乏しく、無差別の犯行と見られ、何れも自宅で起きている事が解っています。防犯対策と戸締りを怠らない様にして下さい』


 そんな報道に注目が集まる中、彩乃と奏太は全くテレビを観る事なく話を進めていた。


「はあ? 夏祭りに誘っただ?」


 電子タバコを吸いながら、奏太が急展開に驚くと、彩乃は恥ずかしそうに俯いた。


「ですです。その、夏祭りのポスター見たらビビビッて来ちゃって、誘ってみちゃいました」

「どうして一緒にネトゲで遊びましょうが、夏祭り行きましょうになっちゃうかね。それって、ほとんど告白した様なもんじなねぇの?」

「や、やっぱりそうですよね。どうしよう……その、まさかオッケーしてくれるなんて思っても……いや、少しだけ思ってましたけど、でもでも……」


 起きてしまった事にウジウジしている彩乃を見て、奏太は重要な事を聞く。


「それでよ。なんか明月から言われなかったか?」

「え? なにをですか?」

「いや、そのゲームの事で。大事な話とかは無かったか?」

「いえ、特に……ゲームではしばらく一緒に遊べないって事と、会社を休んでる理由とかはまた今度って」


 それを聞き頭を抱える奏太。


「やっぱりそうか。はぁ、どうしたもんかね」


 きょとんとした顔を奏太に向ける彩乃に、奏太は慌てて前言を撤回する。


「いや、いいんだ。なんでもない」

「そうですか。もう頼りになるのは立川先輩だけなんで、どうか、どうか、アドバイスの程を宜しくお願いします!」

「アドバイスと言ってもなぁ……」

「立川先輩、もうご結婚されてるんですよね? 馴れ初めとか、参考までに教えて頂きたいです!」


 実は立川奏太が飯村彩乃との恋愛相談が始まったのは、居酒屋で知り合って、彩乃がパソコンを買った後くらいの頃だった。

 明月琢磨を意識するようになって、意外に奥手な彩乃は、あまり積極的になれず、もどかしい思いを秘めていた。喋る事でモヤモヤがスッキリする部分もあるようで、奏太はどちらかと言えば相談を受けていると言うよりか、話を聞いてあげているだけに近い。



 ✴︎



 琢磨はログインして早々、ジーエイチセブンに何やら長文のメッセージを入力した後、何度も読み返してチェックして送信するまで、サイカは交流広場のベンチに座りボーッと道行く人を眺めていた。そして知らない人に話しかけられても離席の振りを覚えたのは、サイカにとっても大きな進歩だ。


 最近、夢を見る時間が長くなった。琢磨はしばらく暇になったと言う事で、所謂オリガミが言うニートに近い存在になったそうだ。

 だが夢が長くなったとは言え、サイカの睡眠時間にほとんと変化は無いのが不思議なバランス調整でもある。


 そして、琢磨がミーティアの夢主とも連絡を取ってくれたとの事で、ゼネティアの噴水前で待ち合わせする事となった。

 約束の時間まで時間があった為、翌日行われるオフ会に備え、サイカと琢磨は打ち合わせを行っていた。

 スペースゲームズ社が用意した場所、パソコンでログインして、サイカとのリンクに成功した場合、その場は琢磨だけでなく多くの夢主がサイカを見ている状況になる。

 その時の台詞、挨拶、言ってはダメな事などを話し合った。

 一通りの打ち合わせが終わった所で、サイカがとんでも無い事を口にする。


「琢磨、セックスとはなんだ?」


 琢磨の回答は随分と遅かった。


(何処でそんな言葉を……)

「いや、私の世界で、それをやれとしつこく言う奴と知り合ったんだ」

(とんでも無い奴だな。その人は男なの?)

「いや女だ」

(なんだそれ。全く意味がわからない)

「それで、何なのだ」

(僕に聞かれても……困ったな……)

「琢磨はやった事があるのか?」

(……な、無い……けど)

「そうか。私と同じだな」

(とにかく、その事はあまり深入りしない方が良い。もしも……)

「もしも?」

(もしも、サイカに好きな奴が出来た時、その人に教えて貰うといいよ)

「好きな人……か……」


 サイカにはまだ、好きな人が出来るという気持ちがわからない。


(さて、そろそろ時間だよ。サイカ)

「そうか」

(シノビセブンの時みたいに、自由に話していいよ)

「いいのか?」

(もちろん)

「ありがとう。琢磨」


 そしてサイカは、夢世界で一番長く付き合った戦友との再会に備える。




 間も無く、ミーティアが最後にログアウトして行ったその場所に、見慣れた女剣士が現れる。装備を何も着けず、下着姿同然で金髪のロングヘア、最後に目にした夢世界のミーティアのままだ。


「待たせたな」

「こんにちは」

「急にログインしてくれだなんて、どうしたんだ?電子マネーまで用意してくれて」


 今、サイカの目の前にいるミーティアは、夢主が操るミーティア。だがそれと同時に、向こうのミーティアと今この場にいると言う事だ。

 ルール通りであれば、今こうしてログインされた事で、ミーティアのバグ化は遠のいた。しかしそれだけではダメだ。


「ミーティア、君に装備を返す」


 まだシステムメニューの扱いがままならないサイカの言葉に合わせ、琢磨がミーティアにトレード申請を出す。


「返すって……お前……」


 急な事にミーティアは承諾ボタンを押すのに躊躇したが、サイカの真剣な眼差しを前に、大分遅れて承諾が押される。

 武器、防具、消耗品、あの引退発言があった日に渡された全てのアイテムをミーティアに渡す。そこには世話になったレア武器、キクイチモンジも含まれていた。

 全てのアイテムのトレードが終わり、ミーティアは口を開く。


「わざわざこんな事の為に?」

「いいんだミーティア。これでいいんだ」


 もう一人のミーティアに言い聞かせる様にサイカは語り掛けた。


「サイカ、お前……」


 戸惑いを浮かべるミーティアを前にも、サイカは気を使って話題を振る。


「それで、引退してからの生活はどうなんだ?」

「ん、ま、まあぼちぼちだ。小さな喧嘩とかもしちゃってるけど、何だかんだで上手くやってるよ」

「そうか」


 上手くやっていると言う事は、きっとこの先もミーティアの継続的なログインは見込めない。だからサイカは話を続ける。


「ミーティア、この後、時間はある?」

「ああ、今日は嫁の帰りが遅い日だし、子供も寝たから行けるぜ。久しぶりに狩りでも行くか!」

「ああ!」


 そして二人はパーティーを組み、まだ夏祭りイベントで盛り上がっているゼネティアの市場へと向かった。そこでプレイヤーショップを買い漁り、手頃なダンジョンのマッピング情報を購入する。ついでに琢磨は返してしまったキクイチモンジに代わって、コガラスマルと言う武器を購入して装備した。


「この刀……」

(僕からのプレゼント)


 サイカが前に買おうとしてたのを覚えていてくれた琢磨からのサプライズプレゼントに、サイカは口が思わずニヤけてしまった。

 そんな様子を見たミーティアが話しかける。


「何か楽しそうだな」

「あ、いや、なんでもない」


 二人はゼネティアの東門から出て、馬で南東へ三十分ほど行ったところに出現しているダンジョンへと向かった。

 出現していたダンジョンは、オーク族が生息する森林ダンジョンで、迷路を抜け最深部まで辿り着けばオークヒーローと言うボスモンスターがいるステージだ。


 フル装備となったミーティアが、

「俺たちでオークヒーロー倒しちゃおうぜ」

 と肩をぐるぐると回しながら中へと入って行ったので、サイカもそれに続いた。


 ミーティアのレベルは百二十三、サイカのレベルは百二十五に対して、オーク族のレベルは百十前後。基本的には楽な戦闘になるが、運悪く数で襲われたら危ない程度だ。

 レベルはサイカの方が上だが、装備に関しては圧倒的にミーティアが上で稼ぎ上手。その証拠に、ミーティアの防具は全て最大強化済み。武器に至っては右手に赤のツインエッジ、左手に青のツインエッジを持った二刀流型で、どちらもコロシアムの優勝景品でしか手に入らないレア武器だ。


 このツインエッジはそれぞれの色に合わせた属性が付与されていると多くのプレイヤーが思いがちだが、実は無属性。しかしこの武器には目には見えない裏ゲージがそれぞれ存在しており、連続で攻撃を与えたり受けたりする事でゲージが溜まり、いっぱいまで溜める事で真価を発揮するとある。

 サイカも何度かお目に掛かった事はあるが、かなり溜まりにくい仕様の様で、見れるのは本当に稀だ。


 そんなミーティアは、久々のゲームが楽しいのか意気揚々と二つの剣を振り回し、ザックザックとオーク族を倒す。そのミーティアこ背中を守る様に、サイカも先ほど琢磨に貰ったコガラスマルの斬れ味を試していた。


 楽しい。


 かつての親友とのペア狩りに、サイカはそんか風に思っていた。二人でダンジョンに三日三晩篭ってレベル上げした事は何度もある。倒したボスモンスターの数もいざ知らず、サイカにとってミーティア以上に息の合う仲間はこのワールドオブアドベンチャーには存在しないからだ。

 ミーティアも同じ気持ちで、互いに攻撃の隙をカバーし合いながら、ほとんどノーダメージで森林ダンジョンの奥へと進んだ。


 道中、オークプリズナーと言う、足と手に枷鎖を付けられている事が特徴的なレベル百二十五の中ボスが出現した。


 ミーティアはそれを見るなり、

「久々にアレやってみっか」

 と前に突進を開始したので、サイカは、

「わかった」

 と続いた。


 二人で編み出した連携技で、ミーティアがまず攻撃速度が大幅に上昇するソードスキル《ソードクイッケン》で猛烈な連続攻撃を仕掛ける。

 そこにボスの反撃が来たら、サイカがミーティアの前に立ち、ジャストガードで弾いて怯ませる。


 そのままミーティアが再び前に出て攻撃、反撃をサイカが弾くと言う攻防の役割分担を行い、それをしばらく繰り返し行う。ミーティアの《ソードクイッケン》の効果が切れるまでに決着が付けば良し。付かなければ、攻守の役割を交換する事で、スタミナゲージの管理を丁度よく行う。

 最後はミーティアのソードスキル《ソードウェーブ》でHPをゴリっと削り、ミリで残ったオークプリズナーの顔にサイカが《短剣投擲》で短剣を刺して留めを刺した。

 オークプリズナーが倒れる姿を見ながら、ミーティアがサイカに話し掛ける。


「サイカ、なんか凄い機敏になったな」

「そうか?」

「そんな攻撃モーションあったっけレベルで」

「あ、新しい仕様なんだよ」

「ま、いっか。さて、中ボス倒したし、オークヒーローさんやっちゃおうぜ」

「ああ!」


 ミーティアと接していると、初心に帰った様な、不思議で暖かい気持ちになる。

 何処か遠くに置いて来てしまった、ゲームを楽しむ気持ち。ミーティアも感じてくれているのだろうかと考えるサイカは、ミーティアの瞳から溢れる一筋の嬉し涙に気付いていない。


「悪いな琢磨、私ばかり楽しんでしまって」

(僕も見てて楽しいよ)

「そうか。それは良かった」

 

 ミーティアとサイカは最深部に辿り着く。

 そこには、オーク族が不器用ながらに造った様な城を思わせる大きな木製建造物があり、その中は如何にもボス戦をやってくださいと言いたげな広い空間。


 そして大剣を立て、金色の王冠を被ったオークヒーローが待ち構えていた。レベルは百三十。

 定石通りであれば、剣士とクノイチと言った異色のペアが、自分達よりもレベルが高いボスに挑むのは無謀である。もし相方が別の誰かであれば、琢磨もデスペナルティを恐れて帰ることを提案する。


 だが、今隣に立っているのはミーティア。そして琢磨よりもサイカを知り尽くしたサイカ。この二人であれば勝てる。そんな根拠も何も無い自信が、琢磨にもサイカにも、そしてミーティアにも芽生えていた。


 そしてオークヒーローとの死闘は、案外早く決着が付いてしまう。

 ゾンビプリズナーと戦った時と同じ連携で相対したが、オークヒーローの地面を揺らす攻撃で呆気なく連携は崩された。


 それでもバーサーク状態にする程までHPを削った所で、オークヒーローの強烈な一撃を受けミーティアが倒れる。絶対に勝ちたいサイカも《分身の術》で、四人になって攻撃を仕掛けるも、オークヒーローの豪快な回転斬りに分身諸共HPをゼロにされ、倒れてしまった。

 敗北である。


 この時、サイカは猛烈な痛みを感じていたが、ミーティアと遊んだ充実感がすぐにそれを忘れさせてくれた。


 オークヒーローは所定の位置に歩いて戻り始める中、サイカと一緒に大の字で仰向けに倒れるミーティアが笑う。


「くくく………ぷあっはっはっはっは」


 釣られてサイカも笑う。


「あっはっはっは」

「負けだ負け。俺たちの完敗」

「そうだな」


 サイカにとっては三ヶ月分ほどの膨大な経験値をデスペナルティで失っているが、そんな事よりも楽しかったと言う気持ちが強かった。

 ミーティアも全く気にしていない様で、散々笑ったあとサイカに語りかける。


「やっぱり楽しいなぁゲーム。たまにこうやって遊ぶのも悪くないね」

「私も嬉し――」

「私?」

「こ、こほん。ボ、ボクも嬉しいし楽しい。あまりそっちの事情はわからないけど、引退なんて悲しい事は言わずにさ、こうやってたまに遊ぼうよ」

「そうだな。それも悪くないかもな」


 そんな会話を楽しみながら倒れる二人に近付く二人の影。黒いフードと骸骨仮面のソードマスターエンキドと、その相方のアークビショップサダハルがやって来た。

 サイカが倒れている事に少々驚きながらも、サダハルが倒れる二人を覗き込む。


「大丈夫?」

「見ての通り」

「蘇生スキルでもあれば、復活してあげれるんだけどね」


 そんな事を言いながら、サダハルはエンキドに様々な補助スキルを掛けていく。二人でオークヒーローと戦うつもりだ。

 エンキドがサイカに問う。


「貰うぞ」

「どうぞどうぞ」


 サイカの言葉に、エンキド大剣を両手に突進。HPを半分まで回復したオークヒーローと、エンキドが衝突した。




 見事にエンキドとサダハルのペアが、オークヒーローを倒した所を見届け、サイカとミーティアはゼネティアの教会に転移した。

 二人とも衰退状態になったところで、ミーティアが満足そうな笑顔をサイカに向ける。


「んじゃ、俺はそろそろ落ちるわ」


 楽しいひと時はあっと言う間で、その言葉はまたしばらくミーティアとは会えないと言う事でもある。


「そうか。遊んでくれてありがとう」

「なんかお前、やっぱり雰囲気変わったよな?」

「そ、そんな事無いと思うぞ」


 やはり琢磨とは違う何かを感じ取っていたミーティアは、少しだけ疑いの眼差しをサイカに向ける。だがすぐに、


「ま、いっか。そんじゃおつかれさん」

 と、ログアウトをする為にメニュー操作をする。


「また」


 サイカが寂しそな表情で軽く手を振るのを見て、ミーティアの操作が止まる。

 そしてすぐにサイカへトレード申請が飛んできた。


「え? 何?」

「いいからいいから」

「装備は返すって言った! 私はいらない!」

「今度は貸し借りじゃない。俺からのプレゼント」

「えっ……」


 琢磨が恐る恐る、ミーティアからのトレード申請を承諾する。

 すると、渡されるアイテムリストに表示されたのはキクイチモンジだった。


「実はな。これ、折るつもりで精錬したら、偶然最大まで強化できちゃった物なんだけど……元々何かの記念日とかに合わせてお前にあげるつもりだったんだ。刀は剣士には装備できないしな」

「そんな! 受け取れない! こんな高級装備……」

「いいんだ。俺だと思って大事にしてくれれば、それでいい。オッケーを押してくれ」


 そんな真剣な表情を前にサイカは言葉を失ってしまう。


(オッケーするよ。受け取ってあげよう)


 琢磨がそう言うと、アイテムリストにキクイチモンジが追加された。


 そして琢磨はカラスマルから、キクイチモンジへと装備を変更すると、腰に見慣れた刀が現れる。

 すると、そのキクイチモンジの全身が眩い光りを放った。

 そして表示されるシステムメッセージ。


【キクイチモンジ、能力解放の条件が満たされました。能力を解放しますか?】


 前にジーエイチセブンが言っていた、キクイチモンジの隠し能力が解放できる事となったのだ。

 琢磨は迷わず【はい】を選択する。


 キクイチモンジの防御力無視の効果に加え、自身よりレベルの高い相手に対してそれに応じた攻撃力上昇と言う効果が追加された。


 それを見届けたミーティアが、

「へぇ。能力解放の瞬間は初めて見たよ。つか、今の何がトリガーだったんだろうな」

 と笑ってみせた。


 サイカはキクイチモンジの追加された能力を見ながら、唖然とする。


「おっとやべ。ちょっと子供が夜泣きしてるから行ってくるわ。またな!」


 ミーティアはそう言い残し、フル装備のまま、さっさとログアウトしてしまった。



 キクイチモンジの隠し効果解放条件は、最大強化してある状態で、フレンドとの無償取引を三回行う事。受け継がれし思いをコンセプトとされている事は、ワールドオブアドベンチャーの粋な設定である。



 ✳︎



 翌日、お昼の十二時。スペースゲームズ社本社ビル、琢磨が前にも訪れた事のある会議室がオフ会の会場となった。

 会議用のテーブルは片付けられ、白いクロスが掛かった長テーブルが中央に置かれている。そこには様々な料理がバイキング形式で並べられており、部屋の隅にはお酒も含む飲み物が置かれたテーブルと、お手伝い係の女性社員の姿。


 正面には大きなスクリーンとその前にデスクトップパソコンが二台。その内の一台と巨大スクリーンは同じ画面が映っており、ミラーリングされている様だ。もう一台のパソコンはエンジニアが解析用に用意した物の様で、男性社員な何やら設定作業をしている。


 琢磨は気合いが入りすぎて約束の一時間前から到着してしまっており、その後ちらほらと人が会議室に入って来た。

 約束の十三時になる頃には、九人の私服姿の人間と、スーツ姿の琢磨、スペースゲームズ社運営管理部管理課課長の高枝左之助、その隣で左之助と深刻そうに話し込むジパネール地方の担当プロデューサーらしき男性が一人、そしてパソコンの前で今か今かと待ち遠しさ全開にしているエンジニアと思われる男性社員が四人、お手伝い役の女性社員が二人。計十八名がサイカを見るために集っていた。


 九人のほとんどが二十代と思われる若者だが、明らかにお父さん世代と思われるおじさんが一人、恐らくジーエイチセブンであろう。と言うことは、その横に立っている明らかに未成年の男の子がリリム。


 膨よかな眼鏡男子が誰かわからないが、その体格に隠れる様にオドオドした小柄で派手なパーカーの女性は、たぶんオリガミ。


 ツリ目できつそうな顔をした、背の高い服装に気合の入った女性がミケ。


 その横の腕を組んで立っているガタイの良いガテン系なお兄さんは誰かわからないが、消去法で恐らくアマツカミかハンゾウ。


 一番スクリーンに近い所で、金髪のチャラ男と、同じく金髪でギャルっぽい女性、二人は明らかにカップルで、女性が男の腕をしっかり掴んでいる。たぶんエンキドとサダハルだ。


 オフ会と言う行為自体が初めての琢磨にとって、この九人の名前と顔は分からない。誰がどのキャラなのか、人数が多すぎるのでこの際どうでも良いと琢磨は考える。

 やがてマイクを渡され、琢磨がスクリーンの前に立って挨拶をする。


「えと、皆さんこんにちは。そして初めまして。サイカの中の人で、明月琢磨と言います」


 緊張でマイクを持つ手が震える。そんな中、小太り眼鏡男子に隠れている派手な色のパーカーにヘッドフォンを首に掛けた女子が、まるで運命の人に出会ったかの様なキラキラした瞳を琢磨に向けているのに気付く。

 それを見て、琢磨はクスッと笑うと、話を続けた。


「前回の首都対抗戦、謎のドラゴンが現れる事件の際、僕のサイカは変わりました。正直、とても信じられない事が起きて、僕の気持ちの整理が最近ようやく出来てきた所です」


 すると小太りの眼鏡男子が手を挙げ発言する。


「その信じられない事とはいったい何ですか?」

「それを説明したくて、今日この場に来てもらいました。たぶん見てもらわないと信じて貰えないと思ったので」


 そう言うと、琢磨がデスクトップパソコンに座りワールドオブアドベンチャーのアイコンをクリックして起動する。

 IDとパスワードを入力した所で、キャラクター選択画面にサイカが映る所まで来ると、その様子がミラーリングされて正面スクリーンに映し出された。


「頼んだよ。サイカ」


 琢磨は誰にも聞こえない声でそう呟くと、サイカを選択してログインする。

 ローディング画面が表示され、琢磨にとってこれほど長く感じるローディングは今まで経験が無い。予めサイカを周りにプレイヤーがいない辺境の地に移動させておいたので、そこにサイカが降り立った。


 そしてサイカにとっても緊張の一瞬で、ゆっくり瞼を開け、そしてカメラ目線で口を開く。


「初めまして。私はサイカ」


 琢磨はパソコンに触れてもいないのに、サイカが喋り出した。その事に周囲が騒つくのが解る。

 こちら側の様子は一切わからないサイカは、そのまま打ち合わせ通りに話を続けた。


「私はバグと呼ばれる生物と戦うための兵器であり、琢磨がワールドオブアドベンチャーで私を創作した――」


 それから小一時間掛けて、サイカはこれまでの経緯を出来るだけ分かりやすく説明した。

 その話を聞いている間、その場にいる人間は皆、信じられない物を目の当たりにして唖然としてしまっている。琢磨と左之助だけは慣れたもので、落ち着いた表情でその場を観察していた。


 サイカの説明が終わる頃、琢磨が補足説明をする。


「最近、サイカの様子が変なのはこれが原因。こうやってキーボードでチャットを打っても……」

 とチャットを入力する所をあえて見せる。


(ありがとう)


 それがゲーム内で発言される事はなく、サイカが応えた。


「少しでも役に立てたならいいのだが……」


 ミケと思われる女性が挙手をして発言する。


「あの、漫画やアニメじゃあるまいし、非現実過ぎて話に付いていけないわ」


 すると金髪のチャラ男が挙手。


「あの首都対抗戦の時に現れたドラゴンの様なモンスター。そしてコロシアムに現れたモンスター。あれがそのバグと言う異世界生物なのか?」


 その質問に左之助が反応して、前に出てくると琢磨からマイクを受け取る。


「バグについては私から説明しよう」

 と、巨大スクリーン画面を今まで遭遇したバクのスクリーンショットに切り替えながら、話を続けた。


「彼女がバグと呼ぶ存在は、最近世間を騒がせているサマエルと言うコンピュータウイルスとの見解が出ている。それに加え、そのバグと戦う戦士……ブレイバーである彼女も又、そのバグに似た存在だ。幸いワールドオブアドベンチャーで、このバグが出現したのは三回で、我が社が管理するジパネール地方のみ。これは恐らくサーバーが別だからだと思われる。しかし、ワールドオブアドベンチャーの外では、サマエルによる被害は千を超えているのが現状だ。この事からバグは、自由にインターネットの世界を行き来出来る訳では無いが、一度覚えた手段で何度も来ていると言う事になる」


 ガテン系の男が更に持った料理を食べながら、挙手する。


「そのバグにやられたらキャラクターデータが破損すると言う噂は本当なのか?」


 その質問に左之助は少し険しい表情を見せた。


「……事実だ。一回目のバグによる被害者のキャラクターデータは破損したままで復旧が出来ていない。現在はバックアップを別の端末へ毎日行う事で、二回目以降の被害者のキャラクター復旧を行う体制は整えている」


 その発言に再び周囲が騒ついた。モンスターにやられるとキャラクターデータが破損してしまう等、あってはならないゲーム仕様だからだ。

 すると、パーカーの女子が大量の海老フライを頬張りながら挙手。


「色々やばいってのは、解ったんだけど。あたし達にそれを説明して、何になるって言うの……ですか?」

「君たちが知ってるサイカくんの現状を知ってもらう事が最重要目的だ。彼女も感情や感覚はほとんど同じ。身内に理解者がいないと言うのは、彼女にとっても活動に影響が出ると判断した。なので、これからもサイカと仲良くして欲しいと言うのは表向きの話」


 打ち合わせとは違う話が出た為、琢磨は慌ててプロジェクトサイカの資料を取り出した。その間にも左之助は話を続ける。


「今のところは彼女だけで対処出来ているが、いつかは限界が来るかもしれない。何れは君たちにも協力して頂きたい。協力者は多い方が今後の為と考えてる」


 そこまで言うと、左之助は正面のスクリーン前に置かれた小さなテーブルに書類を出す。


「もし、今後も協力してくれると言う者がいれば、この書類にサインをして欲しい。勿論キャラ名ではなく本名で」

「高枝さん! それは!」

 と、琢磨が立ち上がり止めようとする。左之助はプロジェクトサイカのフェーズ三の話をしている。まだフェーズ一なのに気が早すぎるからだ。だが左之助は琢磨を無視して話を続けた。


「では、この後の一時間はフリータイムとする。各自思い思いに時を過ごして欲しい。何かわからない事があれば私まで。サイカと話したい人はここのパソコンから、チャットを入力するといい。明月琢磨君とも話してもらって、協力できる人のみここに残って欲しい」


 そう言ってスクリーン画面を元のゲーム画面に戻すと、退屈で準備運動しているサイカぎ映し出された。そしてマイクを置く左之助を見て、琢磨は呆れて言葉も出ず、そのまま近くの椅子に座り込んだ。


 そして一時間の自由時間が与えられた。



 チャラ男カップルは早速パソコンに向かい、キーボードを入力してサイカに何か質問をしている。

 背の高いつり目の女性は、椅子に座ってスマホを見ている。

 ガテン系の男と、パーカーの女子は相変わらずひたすら料理を食べている。太った眼鏡男子も遅れてバイキング料理に手を付け始めた。


 スペースゲームズ社の社員であるエンジニアと思われる五人は、もう一台のパソコンで目を輝かせ、何か討論をしているように見える。

 琢磨はこの光景を見て、何の集まりなんだかよくわからなくなってきたと言うのが正直な所だ。

 そこへ瓶ビールとグラスを二個持って琢磨の所へ近付いてきたおじさんと少年が一人。


 お洒落なジャケットを着こなしたイタリアンカジュアルと言った服装で、それでいてアイロン掛けや靴磨きまでしっかり行っている清楚感溢れるおじさんが琢磨の横に座ると、まずは琢磨と互いにビールをグラスに注ぎ合い、やがておじさんから話を始めた。


「初めましてだな。俺はジーエイチセブン。後ろのこいつはリリムだ」


 そう言うと、リリムと言われたブレザーの学生服の少年は、

「ども」

 と短く会釈した。


「えっと。元サイカです」


 その言い方にクスッと笑うジーエイチセブン。


「急に呼び出されたから来てみたが、大変な事態になってたんだな。すまんな。気付いてやれなくて」

「いえいえ。僕も今日まで隠すので必死でしたから」

「首都対抗戦の謎のドラゴンが起因で、サイカが……えっと、異世界から来たサイカになったってのは本当なんだな?」

「ええ、間違い無いです」

「この事、ワタアメには言ったのか?」


 琢磨はワタアメと言う名前に少し驚いてしまった。


「い、いえ。ワタアメさんには、内緒に……してます。そうですよね。同じギルドですもんね」

「まぁそれもあるんだが……ちょっと気になる事があってな」

「気になること?」

「いや、こっちの話だ」


 もしかしたら、ジーエイチセブンはワタアメのリアルについて勘付いてる事があるのかもしれないと琢磨は思ったが、あえてそこは追求しない事にして話題を変えた。


「でも、急な誘いでよく来てくれましたね」

「そりゃあ個人の為のオフ会を運営会社が主催すると言われたら、普通の事じゃないからな。それにリアルでもゲームでも大人しいこいつも、珍しく行きたがったんだ。でもなぜ誘ってくれたんだ?」

「いや、その……僕の場合、ワールドオブアドベンチャーでのフレンドが結構少なくて、その中でも恐らく一番大人で頼りになりそうと思ったのがジーエイチセブンさんで……それに、最近アヤノさんとよく遊んでくれてるってのもありますかね」

「ははっ。なるほどね。アヤノは呼んでないのか?」

「えっ? ええ、まあ、アヤノさんはまだ初心者なので……」


 その言葉にジーエイチセブンは少し黙って考え事をする素振りを見せると、グラスに入ったビールを一気に飲み干し、そして語り出した。


「優しいんだな。でもな、世の中にはいらぬ気遣いと言うものがある。それはリアルでもゲームでも同じ事だ」

「やはり話すべきだと思いますか?」

「もし俺がお前の立場なら、好きな奴、失いたくない奴になら正直に話す。どうでもいいなら話さない」

「そうですか……」

「とにかく、俺は今後もサイカに協力を惜しまない。たぶんあいつも、こう言う異世界転移物と言うか、厨二病的な事が好きな年頃だから乗ってくるだろう」


 つまり、ジーエイチセブンもリリムもプロジェクトサイカに参加してくれると言う事だ。


「あ、ありがとうございます」

「名刺を渡しておこう。せっかくの縁だ。何かあれば連絡をくれ。ちなみに前に聞かれた年齢の答えは……五十八だ」


 そう言って、ジーエイチは琢磨に名刺を渡すと席を立ち、リリムの肩をポンと叩きながら離れていった。リリムも再度琢磨に会釈だけして、ジーエイチセブンの背中を追う。

 それを見届けた後、名刺に目をやるとそこには、ハイパーゲーム通信ゲームライター、藤守徹(ふじもりとおる)と書かれている。


 週刊ハイ通と呼ばれる超有名ゲーム雑誌のライターである事を知って、琢磨はもしかしたらとんでもない人を呼んでしまったかもしれないと思った。



 そんなジーエイチセブンとリリムに入れ替わるように、琢磨の所にやって来たのは膨よかな男性。チェック柄のポロシャツにジーパン、黒縁眼鏡、ボサボサな頭、一昔前の日本ならオタクファッションだと馬鹿にされていた服装だ。

 やはり手にはビール瓶を持っていて、琢磨の隣に座ると、またお互いにビールを注ぎあう。すると男はすぐに話を始めた。


「まさかこんな形で会う事になるなんてね。俺はアマツカミ。本名で呼ぶのは慣れないから、サイカでいいかな?」

「いいですよ。初めまして、頭領。って事は……もしかしてあの子はオリガミさん?」

 と、琢磨はガテン系男と争う様に料理を貪るパーカーを着た女子を見る。


「よくわかったね」

「いや、まあ……なんとなく……」


 あれだけ琢磨に熱い視線を送って来て、しかもアマツカミと一緒にいるとなれば、何となくオリガミしかいないと思った。


「まさかオフ会をする事になるとは思ってなかったけど、もし会うことがあればお礼を言いたいと思ってた」

「お礼? 頭領に何かしましたっけ?」

「オリガミの事だよ」

「オリガミさんの? なんで?」

「みんなには内緒にしてた事だけど、オリガミは俺の妹」

「えっ、まじ?」


 長い付き合いなのに、琢磨にとってそれは初耳であった。確かにシノビセブンの初期メンバーの二人は、常に一緒にいるイメージがあったので琢磨も一時期は相方なのかと思っていた時期もあった。だがオリガミにゲーム内で聞いた時にきっぱり否定され、少し不思議に思っていた部分でもある。


「本気と書いてマジ。しかも二人で暮らしてる」

「ええっ!?」

「オリガミは、昔から男運も仕事運も無い奴で。あの時の事も必然だったのかもしれない」

「頭領……」

「前の男に騙され、暴力を受け、職場でも振り回され、ドン底だったオリガミを救ってくれて支えとなったのはサイカだ。そのお陰で今のあいつがいる。本当にありがとう」


 そう言いながらアマツカミは席を立ち、琢磨の前に立つと、頭を下げた。


「ちょっ、そんな、頭上げてください。そんな大層な事をしたつもりないですから」


 そう言われても、しばらく頭を下げ続けたアマツカミは、頭を上げると後ろを向きオリガミを呼んだ。


千枝(ちえ)!」


 千枝と呼ばれたオリガミは、サンドウィッチを口に加えた状態でビクッとなって、素早く料理が並ぶテーブルの影に隠れる姿が見えた。

 少し呆れた顔になるアマツカミは隠れたところまで歩いて行くと、オリガミに何かを言っているが琢磨には聞こえない。

 しばらくすると、ハッと何かに気付いたかの様に立ち上がり、皿を取ると手早く料理を盛り始めた。


 そして皿にハンバーグやスパゲティ等の様々な料理を山盛りにした所で、すたすたと小走りで琢磨の前まで走って来ると、

「ど、どどどうぞ!」

 と両手で料理山盛りの皿を渡して来たので、思わず琢磨もそれを受け取る。


 オレンジ色のパーカーを着た茶髪で大きな瞳の彼女は、聞いていたオリガミの年齢よりも若く見える。ほとんど高校生ではないかと思えるくらいだ。


 そして琢磨は箸がない事に気付いてしまった時、まるでオリガミをフォローするかの様にアマツカミが後ろから颯爽と現れ、割り箸を琢磨に手渡した。

 そのやり取りを見て、箸を忘れた事を知らされたオリガミは、顔を真っ赤にして俯いた。見たところ、重度な人見知りの様で、それもワールドオブアドベンチャーでは積極的な彼女とは別人の様だ。


「ありがとうオリガミさん」

 と、気を使いつつ優しく微笑む琢磨。


 その言葉にオリガミは瞳を潤ませながら、とんでもない事を口走る。それは、段々と歓談で盛り上がり始めて来た会場を一気に凍り付かせる事となった。



「わ、私と結婚してくださいっ!!」






【解説】

◆ジャストガード

 相手の攻撃が当たるタイミングで防御を解くことで、ガード後の隙を減らすことができるテクニック技。 ジャストガードが成功すると、弾くようなエフェクトと使用キャラの目が光るエフェクトが発生して、相手を怯ませる事ができる。タイミングは非常にシビア。


◆サイカ(琢磨)とミーティア

 WOA初心者の頃から一緒だった二人は、強いモンスターと戦う際に編み出した連携技がある。サイカがジャストガードで攻撃を弾き、ミーティアが連続攻撃を仕掛ける。ミーティアのスタミナゲージが尽きる頃、ミーティアがジャストガードをして、サイカが攻撃をする。

 攻守交代する事でスタミナゲージを上手く管理して、攻撃を絶やさない。


◆キクイチモンジの隠し効果

 最大強化してあるキクイチモンジを、フレンドとの無償取引を三回行う事で発生する隠し効果。自身よりレベルの高い相手に対してそれに応じた攻撃力上昇と言う効果が追加される。

 解放条件はアイテム説明欄にも記載は無く、WOAではこう言った効果を持っているアイテムは無数に存在する。


◆サイカ(琢磨)とオリガミ(千枝)

 オリガミが元カレの暴力に悩まされていた時、相談を受けて解決に導いたサイカ。窮地を救われてからは、サイカに対して好意を抱くようになった。

 その気持ちは、サイカのプレイヤーである琢磨を見てからも変わらなかった様だ。

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