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ログアウトブレイバーズ  作者: 阿古しのぶ
エピソード2
26/128

26.シュレンダー博士

 早朝、早起きしたサイカは枕を抱きながら丸まって寝るルビーを起こし、そして頭を下げた。


「はあ? 稽古してほしいですって?」

「頼む」


 嫌そうなしかめっ面をしたルビーだったが、

「わかった」

 と、首を縦に振ってくれた。


 宿屋エスポワールの中庭で、サイカとルビーの早朝特訓が行われる。キクイチモンジの鞘と鍔を結びルビーを攻撃するサイカに対して、ルビーは得意の鎌は持たず、素手で対抗と言う形式の特訓だ。

 だが、武器を持たないルビーでも、サイカの攻撃は当たらず、ルビーのパンチやキックがサイカに次々と当たる。


「やっぱり全然ダメね」


 そんな事を言いながら、サイカの後ろに回り込んだルビーは、空中で回し回転蹴りをサイカの顔面に直撃させ、サイカは庭を転がり、壁に当たって止まった。


「まだまだぁ!」


 サイカはすぐに立ち上がって走り出し、攻撃を仕掛けるが、ひらりとルビーはそれを避け、サイカの手首を手刀で叩く。サイカはその衝撃と痛みで、キクイチモンジを地面に落としてしまったと思えば、腹部に強烈な蹴りを貰い、空中でくるくると回転した後、地面に落ちた。

 これが対人戦が中心の夢世界出身者とそうでない夢世界出身者の違いで、攻撃を避ける当てるに関して決定的な実力差があるのだ。


 サイカは咳き込みながら、両手を地面に着けて立ち上がろうとする中、ルビーはアクビを一つ漏らしていた。

 それからずっとその調子で、サイカはルビーにやられっ放しだ。その様子を宿の廊下の窓から眺めるクロードとマーベル。


「何か夢世界で嫌な事でもあったんかねぇ」

 と、クロードはニヤニヤとした表情を見せる。


「あのサイカがあんなに弄ばれるなんて……」

「だからこそ、サイカも必死になるんだろ」

「どうして?」

「あいつは……この世界でも、夢世界でも、特別な存在になっちまったからなぁ」

「特別……か」


 遠い目でサイカを見るマーベルを見て、クロードは自分たちの認識を再度口にする。


「だから、せめて俺たちが、あいつを守ってやらねえと……だろ?」


 複雑な心境を表情に出し、黙ったままのマーベル。その視線の先で、ルビーに蹴られたサイカが地面を転がった。


 宿の中庭でそんな事をしているのを、サダハルが黙ってるはずもなく、大慌てで中庭に飛び出て来た。


「な、なにしとるんじゃーーーー!!」


 昨日の優しい笑顔が嘘のように、鬼の表情で怒るサダハルは杖を構え、夢世界スキル《ホーリーランス》を発動する。

 無数の光の槍が上空からサイカとルビーに向かって降り注ぎ、サイカは慌ててそれを避けるが、ルビーは平然な顔で大鎌を手元に呼ぶと、くるくると回して光の槍を打ち消して見せた。

 ブレイバーの武器や衣服、装備といった物は、他の誰かが触れる事がトリガーとなって、持ち主に戻っていく原理は知られている。

 しかしルビーがやったのは、廊下に立て掛けてあった鎌を、誰も触っていないのに手元へ呼んだのだ。


 その技を目の当たりにしたサイカは、

「そ、それ! どうやってるの!?」

 とルビーに食いつくように質問を投げる。


 だがルビーの返事よりも先に、サダハルのゲンコツがサイカの頭を襲った。


「ふぎゅっ」


 鈍い音と共に、そんな間抜けなサイカの声をマーベルやクロードは初めて聞いた。




 その後、サダハルの指示でサイカは中庭の掃除と手入れをする事となり、その様子をエムと宿主のお婆ちゃんがお茶を飲みながら眺めている。ルビーはと言うと、我関せずといった様子で、さっさと宿を出て行ってしまった。


 そんな中、クロードとマーベルは宿の玄関にあるソファに座り、テーブルを挟んで向かい側のサダハルにこの旅の経緯を説明する。


 説明を受けたサダハルは、夢世界の出来事と合点がいった様でスッキリとした顔で話し出した。


「私も夢世界でバグと遭遇した時は驚いたけど、あの時助けてくれたのはサイカだったのね。丁度、夢世界でも私の夢主がサイカと会う事が出来て……間接的にってだけで、直接会話まではしてないんだけど。何か仲間内で揉めてたよ。お前は誰だーだのなんだの」


 その話を聞いたクロードが反応する。


「そう。今、そっちの夢世界で活動してるサイカは、この世界のサイカだ。そろそろ周りにバレて来てるって事だな」

「夢世界で活動してるなんて、そんな事が……まさか……」

「俺たちもまさかと思ってたけどよ、今の話を聞いたら確信に変わっちまったよ。同じ夢世界で、しかもサイカの知り合いと話す機会なんてなかったからな」


 そしてマーベルが本題に戻す。


「それで、夢世界での活動の謎を知っているかもしれない、ログアウトブレイバーズって組織がこの町にいたって聞いてやって来たんだけど、何か知らないかしら?」

「残念だけど……ん、そう言えば、シュレンダー博士が異世界との繋がりがどうとかって……」

「博士? 人間ってこと?」

「ええ。ホープストーンの研究者で……でも、この町一番の変わり者よ。世迷言ばかりで……その……あんまり当てにしない方がいいと思うけど……」


 苦笑いを浮かべるサダハルに、クロードが続ける。


「その博士とは何処に行けば会える?」

「それならホープストーン採掘場に行けば、彼女の研究室があると思うけど、本当に会う気?」

「決まりだな」

 と、ニヤッと笑うクロードとマーベルは目を合わせて頷いた。


 ホープストーン採掘場は、ミラジスタの最北部にある採掘地区で、宿から徒歩で3時間は掛かる距離にあった。

 サイカ、エム、クロード、マーベルの四人が町の観光をしながらそこまで辿り着くと、四人が見た事も無い景色が広がっていた。


 大きな穴とそれを取り囲む施設の数々、所々に横穴も空いていて、作業員達が忙しなく働いているのも見える。そして様々な鉱石が積まれる中、何よりも目立つのが大量に積まれたホープストーン。この採掘場がミラジスタを王都に次いで巨大な町になった要因である。

 サイカは大きな木箱に積まれたホープストーンが運ばれるのを前に、隣に立つエムへ教えを口にする。


「これが私達のコアになるんだ。エムもこの石から産まれてきた」

「なるほどぉ」


 教育熱心なサイカと、それを聞くエムを置いて、クロードとマーベルは作業員にシュレンダー博士の研究室が何処にあるのか聞き込みをしていた。


 博士は採掘場ではかなりの有名人の様で、すぐに研究室の場所は判明した。

 採掘場の大穴の中、かなり最深部に位置する場所にある横穴がシュレンダー博士の研究室だった。

 扉を開け中に入ると、資料が散乱した汚い部屋。至る所に置いてあるケースの中に、大小様々な形をしたホープストーンが中で浮いている。そして何よりも四人が気になったのは、腐った生ゴミの様な臭いが充満している事だ。

 四人はしかめっ面になり、マーベルやエムは思わず鼻をつまんだ。


 そんな中でマーベルは、棚で見えない部屋の奥へ向けて声を出す。


「シュレンダー博士いらっしゃいますか」


 しかし返事が無い。それでも人の気配はある為、奥へと進む。

 そこでとんでもない実験をする博士の姿を目撃する事となる。


 赤色の長いツインテールをゆらゆらと揺らし、両目に双眼鏡の様な物を取り付けた若い女性が、椅子の上に両足の踵を乗せ膝を抱える様な体勢で座りながら、目の前で浮いているバレーボールサイズのホープストーンに人差し指を突っ込んでいるのだ。

 女性は変な声で笑っており、何やら興奮した様子だ。


「うへっ、うへへへっ。ここがええのかー? ここかー? ほれほれぇ」


 いやらしい手付きでホープストーンの中をほじくる様に、中指も突っ込んで、指を出入りさせ、片腕は自身の下腹部を弄っている。

 風呂に何日も入っていない為か、異臭は彼女から漂ってきている様だ。

 その姿を見て、サイカは空かさず手を伸ばしてエムの目を隠す。


「あれ? えっと? 何も見えないんですけど」

「見なくていい」


 横ではクロードがマーベルに聞く。


「なあ、これ何やってるんだ?」

「さあ……」


 すると間も無く、ホープストーンに亀裂が入り、粉々に砕け散ってしまった。


「えええっ!? もう逝っちゃったの? うう……いいとこだったのにぃ……」


 大げさに肩をすくめてガッカリした彼女は、椅子をくるりと回して後ろを向くと、ぶかぶかのTシャツ一枚に小汚い白衣、そしてパンツ一丁と言うだらしない格好が露わになる。


「おっ? 客人かい? 珍しい」

 と、彼女は目に掛けた双眼鏡の様な物を頭に上げると、寝不足で隈ができた目があった。


 マーベルが挨拶をする。


「初めまして。あなたがシュレンダー博士ですか?」

「ああ、そうだが」

「宿屋エスポワールのサダハルさんから話を聞いてやって来ました」

「エスポワール? あー、あのぼったくり宿屋か。でもあそこの浴場は、わしのお気に入りでな。半年に一度は入りにいっとるな」

「人間って、三日に一度は身体を洗うって聞いてるけど……」

「たまにやるからいいってもんよ。ま、凡人には理解できんだろうね。って、お前たちは兵器人間か」

「兵器人間とは失礼な物言いね」

「兵器は兵器。人間と呼んでやってるだけ有難く思え。……で、何の用だ?」


 クロードはエムを連れて部屋の外で待機。マーベルとサイカが、ここまで来た経緯を説明した。


 説明が終わる頃には、シュレンダー博士はサイカの身体をあちこち触っていた。


「ふむふむ。それってーと、この人間兵器が異世界への第一歩を踏み出している訳か。柔らかいな」

 と、サイカの膨らんだ胸部を揉み下すシュレンダー博士に、サイカは拳を震わせて耐えている。


 サイカの怒りが爆発する前にと、マーベルは博士に質問をした。


「博士は異世界へ行く方法について知っているのですか?」

「知ってるよ」


 その重大な質問を前に、シュレンダー博士はあっさりと返した。その言葉にサイカも怒りを忘れるほどだ。

 博士は話を続ける。


「こちら側に来れるのなら、その逆も可能と言う事だよ。その方法は―――」

「ホープストーンね」

 とマーベル。


「ご名答」

「でも解らないわ。ホープストーンが手段として、でも夢世界で活動できる様になったサイカの身に何が起きたと言うの?」

「ふむ。それは様々な説が出せるが……ポイントはマザーバグの攻撃を受けた事、そして恐らくはホープストーンと同じ異世界と通じる効力を持った異世界のアイテム。その共鳴反応と言ったところか……空腹を感じるのは……食欲……つまり、人間兵器に唯一欠けていて、バグにだけ存在する感覚……なるほどな……実に面白い! 今すぐにでもこの人間兵器を解剖したくなってきた!」


 その言葉に、サイカは思わず博士の手から離れ、腰に下げる刀に手をかける。


「冗談だよ冗談。これだから人間兵器は喧嘩っ早くて困る。まあ、お前のコアは多分、異世界のアイテムと融合してるんだろう。あくまでわしの想像だがね」


 そこまで聞いた所で、マーベルが再度口を開く。


「そこまで理解しているからこそ、貴女はブレイバーが夢世界に行く方法を知っているってことですか?」

「いんやぁ、異世界のアイテムとの融合なんて方法はわしには試しようが無い。でも別の方法で惜しいとこまで来てる……って所だ」

「そう……では、ログアウトブレイバーズに聞き覚えは?」

「無い」


 そう言い切った後、博士はケースから小さなホープストーンを取り出し、手の中で転がしながら、席に座ると、思い出したかの様に話し出した。


「夢世界で活動できる様になったって言う人間兵器は過去に二度、わしの所に来ている。ほとんど同じ様な会話をした」


 今度はサイカが問う。


「せめて、そのブレイバーの名は覚えていないか?」

「人間兵器の名前はすぐ忘れる様にしてる。現にお前たちの名前を聞いてないだろう?」

「そうか……」

「一回目は女で、六年前くらいだったな。なんかこう……必死に向こうへ行く方法を聞かれたよ。主人を助けたいと、そんな事を言っていた」

「そんな前にもいたのか」

「ああ、そいつの事は獣耳と尻尾がモフモフな可愛い女だったからよく覚えてる。それで二回目は……二ヶ月ほど前、今度は男だった。ホープストーンへの干渉方法を詳しく聞かれた」

「干渉方法?」


 サイカに質問され、シュレンダー博士は研究机の上に敷いてある魔法陣が描かれた紙に目線を移し、そこにホープストーンを置いた。魔法陣は光り輝き、宙に浮く。


「この魔法陣は召喚儀式で使われる魔法陣を少しイジって簡略化したものでな。こうやると……」


 博士はそう言いながら人差し指でホープストーンに触ろうとすると、指がホープストーンの中に入っていく。この部屋に来た時も、シュレンダー博士が楽しそうにやっていた行為もこれだ。

 シュレンダー博士はゆっくりつとホープストーンに入れた指を抜くと、その指を口元まで持ってきて舐めながら、マーベルとサイカを見る。


「わしはこれを異世界への扉と名付けているし、中に色々と物を入れてみたり、手や足を突っ込んでみたりしたが……それ以上の人体実験までは至っとらん」

「それが完成すれば夢世界へ誰でも行ける様になるのか?」

「完成すれば……の話だ」


 その言葉と共に、紙に描かれた魔法陣の上で浮いていたホープストーンに亀裂が入って砕け散った。それを儚い夢を見るかの様にうっとりとした表情で眺めていたシュレンダー博士は、ほんの少しだけ瞑想して気持ちを切り替える様な素振りを見せると、椅子を回して再びサイカとマーベルに身体を向ける。


「私が答えてばかりでは不平等と言うものだ」


 不敵な笑みを浮かべ、マーベルが引き気味に反応した。


「なによ」

「人間兵器の男女グループはわしも初めて接するから、前々から気になってる事を一つ聞きたい。お前たち……」


 マーベルは唾を飲み込み、何を質問してくるのかと身構えた。


「セックスはしたのか?」

「なっ!?」


 とんでもない発言に、マーベルは尖った耳も含め顔を真っ赤にする。


「ん? 言い方が悪かったか? 性行為だ性行為。男女の夜の営みだ」

「わ、わかってるわよ! 何度も言わないで!」

「お前たち人間兵器は、食欲を除いて人間と同じような感情や欲求があるのだろ? 恋愛感情や母性本能もそうだ。それはつまり、性欲もあるって事だ。そんな良い乳持ったナイスバディを持っていて、何も無いって事は無いのだろう?」

「ど、どうだっていいでしょ、そんなこと!」

「どうでもよくないさ。生殖能力があるのかが気になっている。人間と兵器のセックスでも可だ。経験くらいあるのだろ?」

「私は……その……」

「なんだ無いのか? 自慰もか? その胸の膨らみは飾りか?」


 恥ずかしがって目を泳がせるマーベルの横で、サイカはきょとんとした表情を浮かべ、

「セックス……とはなんだ?」

 と、恥ずかしがる事もなく純粋な子供の様な眼差しで聞いてきた。


 すると、シュレンダー博士は大笑い。


「あっはっはっは。そうかそうか。まあ良い」


 博士は楽しそうに立ち上がると、白衣を脱ぎ、汚れたシャツとパンツも脱ぎ、近くのカゴから別の服を取り出し着替えを始めたと思えば、


「今日はエスポワールの宿に戻るのだろう?」

 と別の質問をして来た為、マーベルが答える。


「ええ、まあ、その予定ですけど」

「では、わしも一緒に行こう」

「はあ!?」


 予想の斜め上の同行発言にマーベルは再び驚かされてしまった。

 結局、シュレンダー博士が着替えた服装は、とても女性とは思えない様な、サイズの合ってないぶかぶかな上着に短パンにサンダルだった。




 外でかなり待たせてしまったクロードとエムと合流すると、シュレンダー博士も含めて五人で採掘場を後にした。

 宿屋エスポワールに向かう道中、クロードが歩きながらマーベルの横まで静かに近付いて来たと思えば、小声で話しかけた。


「おい、なんでこの変な女も一緒に来てんだ?」

「知らないわよ。こっちが聞きたいわ」


 そんなコソコソとした会話が聞こえてしまったシュレンダー博士が勝手に説明する。


「今日は丁度、王国の学者による視察がある日でな。留守にしたかった所なんだよ」


 それに対してクロードが質問した。


「視察ってなんだ?」

「ホープストーンの研究は、国にとっても重要事項。今日はその定期視察なんだよ。わしは期待と監視を受けてると言うわけだ。元々、わしはお前たちがマザーバグと戦った研究施設に長い事滞在していたくらいだしな。わしは機密情報の塊とも言える」

「それで研究室を留守にしちゃっていいのかよ?」

「わしなりの嫌がらせってやつだよ」


 そんな会話をしながら歩いていると、ミラジスタの大聖堂前を通りかかる。

 すると建物の周りに凄い人集りと、内部から歌や音楽が聞こえて来た為、一同は思わず足を止めた。

 エムが口を開く。


「何か凄く盛り上がってますね」


 するとシュレンダー博士が言った。


「ミラジスタ名物、シスターアイドルのコンサート。何が楽しいんだかわしにはわからん」


 そう言いながらさっさと歩みを進める為、他四人も気にしつつ足を動かした。

 するとサイカが、前方に見覚えのある大鎌を大事そうに抱えた赤頭巾の少女が立っているのに気がつく。ルビーもサイカ達に気付き、目が合った。

 思わぬ遭遇であったが、なぜか傷だらけで服もボロボロになっているルビーを見て、クロードが声を掛ける。


「お前、なんでそんなボロボロなんだ?」

「ふん。なんでもいいでしょ」


 なぜか恥ずかしそうにするルビーだったが、同じく宿に向かっている途中だったらしく、そのまま行動を共にする事になる。

 シュレンダー博士は面白い玩具を見つけたかの様に、歩くルビーをまじまじと見物する。


「へぇ。眼帯に赤頭巾、そして鎌を持ったこんな少女タイプの人間兵器もいる訳か……なるほどねぇ」


 そんな博士の目線は主にルビーの胸部に寄せられていた為、ルビーが苛つきを露わにしながら、

「こいつ、殺していい?」

 と聞いて来たが、人間殺しは重い犯罪に繋がる為、クロードが止めに入った。



 日が落ち掛ける頃、宿屋に着くと、宿主のお婆ちゃんとサダハルが出迎えてくれた。

 サダハルはシュレンダー博士が来た事に対して、顔を引きつらせる。


「げっ」


 そう言って苦笑いを浮かべると、そのままサイカとマーベルの部屋に博士も登録された。


 部屋に着くなり、シュレンダー博士は、

「風呂行くよ!」

 と、サイカとマーベルを引っ張り宿の大浴場へ連れて行く。


 ブレイバーは傷も汚れも自然に治る為、風呂に入る事自体が必要の無い事ではあるが、シュレンダー博士にはそんな事は関係無いと言った様子だ。脱衣所には既にルビーの服と鎌が置かれており、ルビーが先に入ってる事がわかる。

 博士に付き合って、とりあえず風呂に入る事にしたサイカとマーベルは服を脱ぎ武器を置く。そしてポニーテールを解いて全裸となった博士と共に浴室へ。


 シュレンダー博士は長い事洗ってなかった髪や身体を石鹸で洗っている中、先に汗だけ洗い流したサイカとマーベルは湯に浸かった。先に湯に浸かっていたルビーは、二人をチラ見だけしたが、特に言葉を発する事は無かった。

 博士は身体を念入りに洗いながら、湯船に浸かる三人のブレイバーに向かって話し掛ける。


「わしにとってはさ、お前たちのその身体こそ大きな疑問なんだ。ブレイバーについては随分と勉強したけど、その人間の様な身なりはなんだ。なぜ恥部が存在する。排泄も無いのになぜ穴がある。お前達は全裸と言う概念が無い異世界の存在なのだろう?」


 マーベルが応える。


「なぜと言われても、私たちにもわからないわよ」


 身体を洗い終わったシュレンダー博士は濡れた頭にタオルを巻き、そして立ち上がるとぺちぺちと足跡を立てながら浴槽までやって来て、そしてゆっくりと両足だけ湯に浸けてそのまま座った。

 そしてマーベル、サイカ、ルビーの順にそれぞれの裸体に目を向けながら話を続ける。


「悪戯に造られた人形でありながら、人間の真似事ばかり。お前達も解っているのだろう? この世に存在するべきでないと」


 今度は今まで黙って話を聞いていたサイカが口を開いた。


「人間が勝手に召喚したんだ。勝手に召喚して、玩具みたいに戦わせて……見た目がどうとか、感情がどうとか、そんな事を人間が言うのは筋違いだ。でも、私達は確かに生きてるって感覚は……ある」

「生きてるねぇ。感情のある兵器なんて、面倒なだけ。それにもっと早く気付いていれば、違う未来があったかもしれないね。でもだからと言って、生殖活動を諦めるのは早いと、わしは思ってる訳だ。どうだ、わしと一緒に新しい生命体の誕生を実験してみないか」


 そう言いながら生殖活動について理解していないサイカに近寄る博士を、マーベルが慌てて止める。


「ちょっと、すぐそう言う話に持ってこうとしないで」


 そんなやり取りを見ていたルビーは、マーベルの肩を指でつんつんと突く。


「この変態女、誰なの?」

「それは……」


 するとシュレンダー博士は腕を組んで胸を張ると、自信満々に自己紹介をした。


「変態とは失礼な! わしはこの国、いや、この世界の明るい未来の為に、日夜研究に明け暮れる天才少女、シュレンダー・エメリッヒだ!」


 博士の自己紹介を疑いの眼差しを向けながら聞いていたルビーは、名前を聞くや否や、

「あっそ。じゃあお先に」

 と立ち上がって湯船から出ると、脱衣所に向かって歩き出した。


 女湯でそんなやり取りが行われる中、男湯にはクロードとエムの姿があった。


「クロード、なんで僕らまで風呂に入ってるんですか?」

「そりゃあもちろん、男同士、裸で語り合う為だろう」

「なんですかそれ。まあ……こうやってお湯に浸かってると、身体がポカポカして気持ちいいですけど」

「でもなエム。上を見てみろ」

「上?」


 エムが天井を見上げると、かなり高い天井で、隣の浴室と筒抜けになっている事が解る。


「この壁の向こうは女湯。さっきサイカとマーベルが入って行ったって事はだな……この先に俺たち男の夢……がっ!?」


 クロードがそう言いかけた時、女湯からサイカが放り投げた風呂桶がクロードの頭に直撃した。


「だ、大丈夫ですか! クロード!」




 一方その頃、ミラジスタの町外れ、西側にある工場地区。

 家具や衣服などの生活用品と、武器や防具を大量生産する為の施設が立ち並ぶその地区の一角に、廃墟となった工場が一つ。そこをアジトとする組織が集会をしていた。それは十人ほどの集まりで、そのほとんどが男。皆思い思いの場所に座ったり寄りかかったりして待機している。

 その中でもリーダー格の男が一人、高台で胡坐をかいて座っており、その横に女性が一人。


 そこにフードを被った見るからに怪しい男が一人、建物の錆びた鉄の扉をゆっくりと開けて入ってきた。


「スウェンさん、外から来た怪しいブレイバーの四人組がログアウトブレイバーズについて嗅ぎ回ってる様です」


 スウェンと呼ばれたリーダー格の男は、黒髪のボサボサした長髪で、外から入ってくる夜の街灯の光で黄色い眼を怪しく光らせると、フードの男に問う。


「また王国ブレイバー隊か?」

「いえ、そうでは無い様です。ですが、シュレンダー・エメリッヒにも接触した様で」

「ほう。そいつは詳しく話を聞く必要がありそうだな」


 そう言いながら、スウェインは横に立つ背の高い銀髪の女に目を向けると、黒ドレスの女がニヤリと微笑んだ。






【解説】

◆シュレンダー・エメリッヒ

 ミラジスタでは名の通ってる女性博士。主にホープストーンを専門として研究しているが、実は数々の発明品にも貢献している。そんな彼女の頭脳は、エルドラド王国にとっても重要視されている。


◆シスターアイドルのコンサート

 ミラジスタでは、シスターが歌って踊ると言う文化がある。世界的にも珍しい行事な為、これ見たさにミラジスタを目指す者も多い。


挿絵(By みてみん)

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