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ログアウトブレイバーズ  作者: 阿古しのぶ
エピソード2
25/128

25.オフ会の誘い

 東京都某所。

 警視庁刑事部捜査一課犯罪捜査係の佐田大輔警部補は、現場に向かい車を運転していた。

 スマートグラスにナビが表示されており、その通りに進んでいく。助手席で警視庁刑事部捜査一課の飯村義孝警部が腕を組んでウトウトしていた。


「飯村警部、寝不足ですか?」


 大輔に話しかけられて、義孝が目を覚ます。


「……ん、ああ、ちょっと調べごとをしていてな」

「確かお子さんが二人いるんですよね。家族サービス、ちゃんとできてますか?」

「お前に心配されるまでもねえよ。それに、もう社会人と大学生、そんな歳でもないだろ」

「あはは、すみません。あー、それはそうと、これを見てください。きっと目が覚めますよ」


 そう言いながら、大輔はスイッチを押した。すると助手席の前に薄型のディスプレイが現れ、映像が流れ始める。何処かの防犯カメラの映像だ。


「これは?」

「最初の被害者、牧之内健太のマンションから五百メートルほど離れたところにあるコンビニ駐車場の映像です」

「犯人が映っていたのか?」

「それが……見てればわかります」


 義孝は映像に注目した。


 深夜一時半を示す時刻表示、人気の無いコンビニの駐車場と、それに面した通りを車が一台通り過ぎる。すると道路に何かゴリラの様な形をした黒い物体が着地するのが見えたと思えば、すぐに飛躍して画面外に見えなくなった。それはわずか二秒ほどの出来事だ。事前に編集で用意していたのか、その後リプレイが流れ、黒い物体が出てきたところで映像が止まり、そしてズームされ明るくなった。

 よく見れば黒と言うより紫色で、ニつの目と思われる部分が赤く光っている。


「動物……か? ゴリラの様にも見えるが……暗いな」


 義孝は食い入る様にその映像を見るが、夜という事もあり、編集で無理矢理明るくしているとはいえ、画質も粗く正体はハッキリとはわからない。

 すると運転中の大輔が補足説明をする。


「私は合成を疑いましたが、そうでは無い様です。地域、時刻、飛んできた方向から、何か関係している可能性は高いかと……」

「こいつが密室の部屋に侵入して、被害者を連れ去ったと?」

「そこまではわかりません。現場の状況から、被害者を捕食した……か、あるいは被害者がその姿になったか……」

「特撮映画じゃあるまいし、そんな事が有り得るとは思えないな。着ぐるみだろ。それで、他に何かあるか?」

「一件目、ニ件目、共に被害者は直前までパソコンでゲームをしていた事が分かっています」

「ゲーム?」

「ワールドオブアドベンチャーと言う、最近流行りのネットゲームですね」

「ゲームをやっていたら殺されるってか?」

「何年か前に、ネット上でのゲーム動画配信者が次々と殺害された事件もありましたし、ゲーム内での人間トラブルと言うのも珍しくは無いですよ」


 インターネット上での人間トラブルが起因となる事件事故が多発した現代、今こそ法律の改正や警察による取り締まり強化により大分落ち着いて来てはいるが、確かにゲームが全くの無関係と結論するには早計かもしれないと義孝は考える。


「そうだな。念の為、そのゲーム会社に当たって、被害者がゲーム内でのトラブルを起こしていなかったか調べておいてくれ」

「わかりました。そろそろ到着です」


 二人を乗せた車は、新たな事件現場となったアパートに到着した。



 ✳︎



(オフ会をしようと思う)


 ログインして早々、琢磨がサイカに言い放った。

 ゼネティア居住エリアを一望できる高台で、サイカは手すりに寄り掛かった。


「オフカイ……とはなんだ?」

(えっと、プレイヤー……夢主同士がこのゲームではない外で会うって事だ)

「前にミーティアがよく言っていたオフパコとは違うのか?」

(違うよ! 逆によくそっちを覚えてたな!)

「そうか違うのか。それで、なぜオフ会が必要なんだ?」

(サイカの事を紹介しようと思ってね)

「私を?」

(そう。そっちの方がサイカも動きやすくなると思う)


 その言葉に、サイカはなぜか顔が熱くなる感覚を覚える。口元も緩んでしまっている。


「そこまで考えてくれてるなんて……嬉しいよ琢磨」

(上手くいくか分からないけどね。僕はオフ会に参加した経験が無いし)

「それで、誰とオフ会をするつもりなんだ? 琢磨、前に仲間と喧嘩して、フレンドリスト結構消してたよね……」

(それも覚えてるのね)

「当然。あんなに悲しい出来事、忘れはしないよ。だから、ギルドにも入らないのだろう?」

(そう……だね。とりあえず、現状のフレンドで、絡みの多い人、付き合いの長い人、話の分かってくれそうな人かな)

「その条件だと、シノビセブンのみんなは決定だね。それと、ワタアメ?」

(ワタアメさんはダメだ)

「ん? なぜだ?」


 シノビセブンやミーティアに次いで付き合いの長いワタアメを、琢磨はほとんど即答で否定した事にサイカは不思議に思った。


(ワタアメさんの事は今度説明するよ)

「そうか……アヤノはどうするんだ?」

(アヤノさんは考え中)

「あの髭男、ジーエイチセブンはどう?」

(ジーエイチセブンさんか……うん、いいかも。一番大人ってイメージあるし)


 そしてサイカはやはりあの人物の顔が頭に浮かんでしまうので、ダメ元で琢磨に提案する事にした。


「……ミーティアの夢主とは会えないのか?」

(ミーティアの? うーん、連絡取る事は出来るけど、引退した人と会うってのはさすがに……)


 その琢磨の言葉に、サイカはハッとなり、一つの可能性を琢磨に問いかける。


「今、ミーティアの夢主と連絡が取れると言ったか!?」

(うん、取れるよ。どうしたの?)

「琢磨、そのオフ会とやらに協力するから、琢磨も私の頼みを聞いてほしい!」


 サイカは異世界でのブレイバー事情を再度説明した上で、ミーティアも異世界で存在している事、ミーティアの置かれている状況を説明するに至る。


(つまり、このままだとそっちの世界のミーティアがバグ化、又は消滅してしまうって事だね。なるほど)

「だからせめて、ログインして貰うだけでもいいんだ。その様に連絡を取ってくれないだろうか」

(分かった。やってみるよ)


 それを聞いたサイカは、腰に下げたキクイチモンジを手に取り、琢磨に見える様にカメラへ向かい捧げた。


「返すべきものは返そう」

(そうだね)




 そんな約束を交わし、住居エリアの高台から降りるために階段を下り始めると、サイカが思い出した様に口を開いた。


「そう言えば琢磨。ソードマスターのエンキドって覚えてる?」

(忘れる訳ないよ。て言うか、この前コロシアムにいたよね)

「私に会いにゼネティアまで来てるらしい」

(え? ほんとに? なんで?)

「私にも分からない」

(……でも、なんでそれを?)

「私の世界で、エンキドの相方に会って、状況を教えてもらった」

(相方……もしかしてコロシアムで一緒にいたアークビショップかな)

「そうだと思う」


 そんな会話をしながらも、住居エリアを出てゼネティアの教会前まで来たサイカ。それを物影から見張っていたニンジャのカゲロウが仲間に知らせを入れる。


「サイカは教会前だ。動くなら今だ」


 すると別の場所で待機しているアマツカミが指示を出す。


「作戦開始!抜かるなよ!」

「「「了解!」」」


 シノビセブンが動き出した。




 琢磨と雑談をしながら歩くサイカは、前方にシノビセブンのクノイチであるミケが不自然に空を見上げ立っているのが見えたので、出会わない様に方向を変えた。

 すると、今度はハンゾウが道端で不自然に筋トレの様な事をしているのが見えたので方向を変える。

 さすがに何か変だと気付いたサイカは、少し急ぎ足となっていた。


「琢磨、なんか変だぞ」


 次にサイカを待ち受けていたのは、何処かで聞いた事がある声で、

「あれー、あそこにいるのは、りゅうごろしのさいかさんだー!」

 と、明らかに棒読みのオリガミの声により、周囲のプレイヤー達が周りを見渡し始める。


「え、まじで」

「サイカって誰? 有名人?」

「どこどこ?」


 そんな声が聞こえる中、サイカは慌てて路地裏に入った。


(サイカ、これは罠だ)

「そんなの分かってる! このやり口、見覚えがある」


 サイカが路地裏を走るが、少し広いスペースに出たところで、アマツカミが屋根から飛び降りてサイカの前に着地した為、足を止める。引き返そうと後ろを向くと、そこにはオリガミとミケの姿があった。上を見れば屋根の上にカゲロウとハンゾウ。完全に囲まれた。


 そしてアマツカミが口を開く。


「なぜ逃げるんだ」


 怪しまれてしまってる為、サイカはとにかく話さなくてはならないと、引き攣った笑顔で挨拶を試みる。


「こ、こんにちはー」


 そんな不器用な挨拶を前に、皆やはり不思議な顔をする。


(僕に続いて)

「わかった」

(皆さんどうしたんですか? こんなに勢揃いなんて珍しいですね)

「皆さんどうしたんですか。こんなに揃って珍しい……ですね」


 やはりぎこちないが、アマツカミが話し出す。


「サイカ、あの首都対抗戦から、何か変だぞ。どうしたんだ?」

「えっと……」

(ちょっと事情があって、ソロ活動してるんですよ)

「ちょっと? 事情があって……ソロ活動、してます」

「事情とはなんだ?」


 アマツカミの質問攻めにサイカは次の言葉が浮かばない。琢磨も同じだった。周りのシノビセブンのメンバー達も何処か心配そうな眼差しでサイカを見ている。

 しばらくの沈黙の後、今度は後ろにいたオリガミが質問する。


「サイカ、昨日、あたしと頭領がコロシアムの決勝戦で戦ってる時、何してたの?」


 思いもよらぬ核心を突く質問がきた事で、焦るサイカ。


「どうするんだ琢磨、バレてるんじゃないか?」


 そのサイカの言葉は、サイカの制御から外れており、周囲に聞こえている声であった。すぐにアマツカミが突いてくることになる。


「琢磨とは誰だ?」


 しまったと言った顔をするサイカ。


(サイカ……)

「ごめん」

(こうなったら仕方ない。サイカ、自由に話してくれ)

「いいのか?」

(いいよ)


 琢磨のその言葉を聞き、サイカは気持ちを切り替える為に目を瞑る。そこへアマツカミが質問を重ねた。


「昨日、コロシアムで謎のモンスターが出現した際、現れたサイボーグ忍者はお前だな?立ち回り方にお前の癖があった。それに前回の目撃情報で、キクイチモンジを持っていた事も調べはついている。俺たちの目は欺けないぞ。お前は……誰だ? 俺たちが知っているサイカなのか?」


 サイカは深呼吸を一回、そして瞼を静かに開け、サイカとして言葉を放つ。


「初めまして……だな。シノビセブンのみんな。私はサイカ。みんながよく知ってるサイカではないが、私はみんなをよく知ってるサイカだ。コロシアムの事は故あってまだ話せない。そこは許してくれ」


 大真面目な顔をしてそんな訳の分からない事を言うサイカに、周囲のメンバーはあっけらかんとなった。


「では、お前は俺が知っているサラリーマンが中身のサイカではないのだな?」


 アマツカミのその問いにも、これまでの無理矢理演じようとした引き攣った顔ではなく、自信満々の真剣な眼差しで答えるサイカ。


「そうだ。私はサイカだ」

「訳がわからん。別人だと言うのなら、俺たちをよく知ってると言うのはなんだ?」


 そして、その質問を待っていたかのように、サイカは嬉しそうに語り始める。サイカがサイカとして、昔からの仲間の事を語れるチャンスが来たのだ。


「頭領とは三年前、私がレベル八十の時に出会った。私が身の丈に合わないダンジョンに挑戦して、モンスターにやられそうになった時に助けてくれたよね。でも結局、ニ人とも死んじゃってゼネティアに戻された。最初は語尾にござるを付けてる変な口調で、忍者になりきってたから、変な奴だと思ったよ。でも忍者への愛を語るアマツカミは好きだ」


 そしてサイカはオリガミを見る。


「オリガミ、当時、問題児だったオリガミとも同じ頃に出会って……色々あったよね。オリガミが当時付き合ってたカレシと言う奴の事で、大変な時期だったと思う。沢山相談も受けた。結局、カレシのせいで仕事も辞めることになっちゃったけれど、オリガミが幸せならそれでいいと私は思うよ。いつもサイカの事が好きだと言ってくれて、恥ずかしいけど、嬉しいとも思ってる」


 次にミケを見る。


「ミケはオリガミが無理矢理連れてきたから、最初は嫌々だったよね。好きになった人がシノビセブンのメンバーだったけど、あいつ、広い世界を見に行くって、ゼネティアを出て行っちゃってさ。それを追いかけるか追いかけないかで散々悩んで、結局残ってくれた。今でもあいつとは連絡取ってるのか、ずっと気になってるよ」


 続いて屋根の上にいるカゲロウへ。


「カゲロウはシノビセブンの噂を聞いて、わざわざ遠くの首都シノンからゼネティアまで来てくれたんだよね。大車輪スキルに命でも掛けてるのかってぐらいこだわりを持ってて、凄いと思ってる。でもみんなで狩りに行くと、一人で突っ走って真っ先に死ぬのはどうにかしたほうがいいと思うよ」


 最後にハンゾウ。


「ハンゾウは、首都対抗戦で出会って、アマツカミが戦場で勧誘した事が切っ掛けだったよね。最初は馬が合わなくて、よく怒ってたり、しばらく集まりに来ない事もあったけど、今は打ち解けてくれてて嬉しいよ。オリガミのワガママに付き合ってあげてるのも、昔のハンゾウじゃ考えられない事だよね」


 そしてもう一人のメンバーであるブランの姿を探すが、どうやらこの場には来ていない様だ。


「ブランは……いないからいいか」


 そこまでサイカが話すと、オリガミが後ろから抱き着いてきた。


「サイカ、本当にサイカなの?」

「ごめん、私はみんなの事をよく知ってるけど、私はみんなの知ってるサイカじゃないんだ」


 そう複雑な心境を表情に出して言うサイカを前に、一同もまた戸惑っている様である。

 その中でもやはり頭領であるアマツカミが口を開いた。


「そこまで知ってるとなると、他人とも思えないな。では、その俺たちの……知っているサイカてはないと言うのは何なんだ? それが最近ログインしていても付き合いが悪い理由なんだな?」

(サイカ、今がチャンスだ。オフ会の事を切り出してくれ)


 琢磨の指示が頭に流れた為、サイカはオフ会が何なのか理解できていない不安もありながら、唾を飲み、意を決して言葉を出す。


「それについては、オフ会……と言うので説明をしたいと思ってる」


 予想外の言葉、サイカが決して言わないであろうオフ会と言う言葉に、シノビセブンのメンバーは耳を疑った。そして沈黙が走る。


 皆固まってしまったので、サイカは抱きついて来ているオリガミに顔を向け、

「ダメか? オリガミ」

 と声を掛けると、ポカーンと口を開けていたオリガミがサッとサイカから離れ、サイカに背中を向けて屈んでしまった。


「ちょ、ちょっと待って。オフ会? サイカとオフ会? 待って、心の準備が。いや、でも、あたしニートだし。髪とか、肌とか、なんか色々と……」


 焦りすぎて独り言をぶつぶつと呟くオリガミ。それを見たサイカは心配になってしまい、皆には聞こえない様に琢磨へ話しかけた。


「琢磨、なんか変な空気になってしまった。オフ会と言うのはそんなにヤバい事なのか?」

(人によるけど……シノビセブンではタブーとされてた事で、僕もそんなキャラではないからね。当然の反応かも)

「やはり今からでも、ミーティアが言ってたオフパコとやらに変えて見たらどうだ」

(そっちの発言の方がもっとヤバい)


 こそこそと会話するサイカと琢磨を前に、アマツカミがオフ会について話す。


「サイカからオフ会なんて言う言葉が出るとはな……よほどの事と見た。俺は勿論構わないが、皆には強制はしない」


 そう言いながら周りのメンバーを見渡すアマツカミ、その背後に新たな人影が二つ。


「その話、俺たちも混ぜてくれないか」


 男の声に全員がその方向を見ると、アマツカミの背後にある曲がり角から、フードを被った骸骨仮面のエンキド、その横にはピンク色長髪でアークビショップのサダハル。


「げっ」


 シノビセブンのメンバーしかいないと思っていたサイカは、思わぬ人物の登場につい声を出して驚いてしまった。この邂逅は、アマツカミが仕込んでいた事だ。

 そこに追い打ちをかける様にサイカの背後で更に人影が現れる事となる。ステルス状態を解除して姿を出したのはゲームマスターの九号。


「私も参加していいかな?」

「げげげっ」


 続いてゲームマスター九号の登場により、サイカは顔の片面を引きつらせる程に動揺する。オフ会発言が予想以上に大きな事になってしまった。

 だが、他のプレイヤーとは明らかに違うゲームマスターの登場には、その場にいるメンバー全員が、サイカ以上に驚いている。


 ゲームマスターの登場により、サイカの言う事情がとて重要な事であるのではと思われ、サイカの発言が気が狂った妄言ではないという可能性も高める。それは結果として、オフ会の参加者を増やす事に繋がった。これこそが、ゲームマスター九号の狙いでもあった様だ。

 その場での話し合いで決まった、オフ会の参加者は七人。

 アマツカミ、オリガミ、ミケ、ハンゾウ、エンキド、サダハル、そしてゲームマスター九号。

 カゲロウだけが、参加できないからオフ会が終わった後で話を聞きたいとの事だった。


 そんな波乱万丈な出来事があって、とりあえず今日のところは解散となった。




 凄腕ソードマスターのエンキドと、その相方のサダハルが追加されたフレンドリストを前に、気遣いで疲れ果てたサイカは道端で座り込み溜息を一つ。

 そこへ周りにプレイヤーがいない事を確認したゲームマスター九号が、ステルス状態を解除して隣に現れた。


「琢磨くんはいるかい?」

 と言われ、サイカはカメラに目線を向ける。


「琢磨、いる?」

(いるよ)

「いる」

「いつオフ会を言い出すのかとハラハラしていたよ」

(まさか貴方が乗って来るなんて思っても見ませんでしたよ)

「――って言ってる」

「最初からそのつもりだったさ。とにかく、今回のオフ会の場所はスペースゲームズ社が用意しよう」

(ちょっと待ってください。そこは自分でなんとかしますよ)

「――って言ってる」

「このイベントは、君達の仲間内だけでは収まらない。実は私も含めて、うちのエンジニア達が、ぜひサイカを見てみたいと言う意見でね。それに、沢山の人間に見せるとなると、パソコンのある広いスペースが必要だろう。そしてもう一つ。琢磨くんは自分のパソコン以外でログインしたらどうなるのか、試す必要があるが、そこいらの得体の知れないパソコンでやってほしくはない」

(わかりますけど、もっと質素なオフ会にしたいんだけどなぁ……)

「――って言ってる。パソコンってよく夢主同士の話題に出るけど、いったいなんだ?」

「キミは色々と知識に偏りがあって面白いな。簡単に言ってしまえば、この世界が入ってる箱だよ」

「えっ!? 箱の中にあるのか!? この世界が!?」


 その説明は、サイカにとって衝撃的だった。異世界よりもこの夢世界での生活が長いサイカにとって、箱の中と言われた事に耳を疑う。だけどこの世界の権力者であるゲームマスターがそう言っているし、琢磨も否定しない。つまり琢磨は今、箱の外からこちらを覗いていると思うと、サイカは檻の中で踊らされている虫になった気分だった。

 少しでもこの夢世界より外の事を知りたいと思ったサイカは、九号に問い掛ける。


「もっと詳しく教えて。その……パソコンのこと」


 そしてゲームマスター九号の長い説明が始まった。



  ✴︎



 明月琢磨はパソコンデスクに座り、画面の向こうでゲームマスター九号と話をしているサイカを眺めていた。

 ここ最近の琢磨は、基本的にワールドオブアドベンチャーと言うゲームを楽しむと言うより、サイカと言う女性を監視する役目になりつつあった。


 今のやり取りも、琢磨が直接発言できていれば何も問題は無かったはずだった。結局上手くいかなかったが、サイカがあれだけシノビセブンのメンバーの事を覚えていてくれたのは、正直予想外であり、嬉しくもあった。


 そしてこんな風にゲームマスターと普通に会話して、ゲームマスターをも巻き込んだオフ会を開催するプレイヤーなんて、他にいないだろうなぁと考えつつも琢磨はスマホを手に持った。

 最近は飯村彩乃とメッセージのやり取りで雑談こそしてるものの、共通の趣味であるWOAの事はあまり触れていない。それもそのはず、もはやゲーム内でのサイカは琢磨では無くなってしまったのだから、まだプレイして一ヶ月ちょっとの、一番楽しい時期である彩乃に、こんなイレギュラーな事に巻き込みたくないと言う気持ちが強い。


 そんな事を考えながら、スマホ画面を眺めていると電話が掛かってきた。画面には飯村彩乃の名前が表示されている。琢磨はサイカとゲームマスター9号がまだ話をしているのを横目で確認しながら、通話ボタンを押してスマホを耳に当てた。


「はい、明月です」

『あ、もしもし、飯村です。突然電話しちゃってごめんなさい』


 声の感じから、彩乃は相当緊張してる事が分かる。


「大丈夫。なにかあった?」

『その、最近会社でも見かけないですし、ワールドオブアドベンチャーでも一緒に遊べてないなぁと思いまして……早くレベル追いつこうと最近はレベル上げしてて、レベル四十一になったんですよ』

「そうなんだ。結構早いペースだね。て言うか、ちゃんと寝てる?」

『正直、最近ちょっと寝不足です』

「やっぱり。あんまり無理しちゃダメだよ」

『でも、先輩と早く遊びたくて』

「それは有り難いけど、最近一緒に遊べてないのはレベルが原因ではないよ。僕のSNSとか見てもらうと分かるけど、ちょっとした有名人になっちゃって、ほとぼりが冷めるまで待ってるところなんだ。彩乃さんには迷惑掛けたくないなって」


 琢磨なりに真実は語らず、嘘では無い範囲で彩乃に説明した。


『そう……だったんですね。そんなの全然大丈夫なのに……』

「会社はちょっとした都合で長期休暇中」

『ええっ! そんな、いったい何があったんですか?』

「ちょっと言い難い事情なんだよ。大丈夫、そのうち彩乃さんにも話すから」

『わかりました……それで、ここからが本題なんですけど』


 彩乃の声に緊張感が増し、若干震えている。


「どうしたの?」

『先輩、今度ウチの近くで……夏祭りがあるんですけど、その……』

「夏祭り? へぇ、祭りなんて社会人になってから行ってないなぁ」

『それでですね……えっと……』


 珍しく口籠る彩乃の声。ここまて言われて、状況的にも何となく察してしまった琢磨は、あえて琢磨から話を切り出す事にした。


「その祭り、日程はいつ? 行ってみようかな」


 その言葉に彩乃の声から緊張が解けた。


『えっ、来てくれるんですか! 明後日です!』

「そっちの方、あんまり詳しくないから、彩乃さんの地元なら、一緒に来てくれると助かるけど……どうかな?」

『い、行きます! 行きます! えっと、待ち合わせは――』


 そのまま電話で待ち合わせの日時と場所を決めた。


 ベッドで寝転びながら、両足を交互にばたつかせている飯村彩乃は上機嫌である。


『それじゃ、また明後日。家出発する時にでも電話するよ』

「はい。よろしくです」


 そして電話は切れた。

 勇気を振り絞って掛けた誘いの電話、見事に成功した。電話が切れてから、一気に幸福感が彩乃に押し寄せる。


「よし! よぉぉぉし!!」

 と、仰向けになって両手を伸ばしガッツポーズ。そしてベッドから起き上がり、すぐに部屋を出て一階に降りて行く。


「お母さん! 浴衣! 私の浴衣どこしまってあったっけ!」


 リビングでテレビを見ていた母親も、さっきまで大人しかった彩乃が急に上機嫌で現れた事に驚いた。

 この時、パソコンはワールドオブアドベンチャーを起動したままで、しかもシロを待たせてる状況なのは、彩乃はすっかり忘れている。


「アヤノさーん、アヤノさーん」


 そんなシロの呼び掛けに、アヤノが反応するのは一時間後の話だ。






【解説】

◆オフパコ

 ネットで出会ってから、実際に会って性行為を行う事。 ネット上の行動を「オンライン」、ネット以外のリアルな行動を「オフライン」、性行為のスラングを「パコる」や「パコッた」と言う。なので「オフライン」で「パコる」ので、これを組み合わせて「オフパコ」という言葉になった。

 恋愛に出会い方は何でもいい。でも信頼関係が薄いからこそ、行為を済ませた後、すぐに姿を消したり、別れてしまうことがあるので注意。


◆竜殺しのサイカ

 ゲームマスターも手を焼いていたドラゴン(バグ)と戦った姿が多くのプレイヤーに目撃されてしまった為、そのスクリーンショットがSNSで出回り、サイカは一躍有名人となった。

 多くのプレイヤーはあのドラゴンは何かのイベントだったと思っており、サイカは運営関係者と言うのがもっぱらの噂である。


◆夏祭り

 浴衣で夏祭りデート……リア充爆発しろーっ!

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