24.新しい仲間
クロード、マーベル、エムを乗せた馬車がルーナ村に到着して、戦いが行われたと思われる元教会の建物前まで来た時には全てが終わった後だった。
そこにはナポンの血を浴びて、ただ呆然と立ち尽くすサイカと、そんなサイカに石を投げる村人達の姿があった。
村の救世主であり、信仰の対象でもあったルビーを倒した事は、村人達にとって悲劇なのである。
クロードは銃を使い、騒がしい村人達を脅し黙らせると、三人はサイカに駆け寄った。
マーベルが気を失って倒れているルビーとナポンの容態を確認すると、ニ人ともかなり酷い怪我をしているが、コアは無傷であった。
すると遅れてナポンが面倒を見ている盗賊団のメンバーが数十人駆け付けてくる。
元教会の建物の中に、サイカと怪我人二人を運び入れ、そのまま軽い籠城をする事となる。中に村人が入ってこない様に盗賊団を中心に交代制で見張り、怪我人の回復を待つ事にしたのだ。
その翌日、サイカ達はミラジスタに向けてルーナ村を発った。
街道を走る馬車の荷台で、クロードが誰に言うでもなく口を開く。
「とんでもない寄り道になっちまったな」
マーベルが反応した。
「旅の初日からこれってどうなの? クロードは半殺しにされる、エムは連れ去られる、サイカは暴走する。チームワークの欠片も無い」
「ま、世間の厳しさを教えられたって事で。教訓にして次に活かそうぜ」
「ほんとお気楽な奴ねクロードは」
「しっかし、まあ、ナポンは良い女だっ――!?」
目の前に大鎌の矛先が突然現れ、クロードの鼻先で寸止めされたので、言葉が止まった。
その鎌は荷台の屋根の上から来ており、屋根の上にルビーが座っている。
「私のナポンをそんないやらしい目で見るな」
「おっかねぇなおい……」
「なんで私が貴方達なんかと……」
ぶつぶつと言いながら、ルビーは鎌を引っ込め両手に持つと、背中を丸めた。
数時間前。サイカ達がルーナ村を出発する少し前、ルビーが傷も癒え夢世界から目覚めた時の事だ。
元教会の前に多くの村人達が集まる中で、先に目覚めたナポンがとんでもない事を宣言した。
「今日からあたいが、この村を取り仕切る! 異論は認めないからな! あたいと、あたいの盗賊団がしばらくこの町を守ってやるんだ! ブレイバー狩りなんてやめだやめ! そうだな、まずは不在になってる村長を決めよう。そして、追い返していた王国兵士も受け入れて、ブレイバーも呼ぶ。まずはそれからだ!」
反対の声を上げる村人も多くいたが、ナポンは気にしていない。そんな中で盗賊団の者達がナポンの所へ集まってきた。
そしてルビーが慌ててナポンに駆け寄る。
「な、何言ってるのナポン! ふざけないで頂戴!」
「ふざけてない。マジのマジの大マジさ」
その言葉に、ルビーは手元に大鎌を呼ぶとナポンに向かって振り上げた。
だが、サイカの刀、クロードのアサルトライフル、ナポンの鉤爪が囲む様に突き付けられる。ルビーの手は止まった。
そしてナポンは言い放つ。
「まず、この村が最初に行うのは……ルビー、あんたの追放だよ」
「そんな事……」
「できるさ。無理矢理にでも出てって貰う。あんたの為だよ、ルビー」
ナポンの目は本気だ。
ルビーは鎌を降ろし、両手をあげて戦いの意思が無い事を示しながらもナポンに意見を言った。
「夢を見なくなった貴女が、この村を仕切るなんて馬鹿げてる。それこそ危険の極みだわ」
「バグ化まで、まだ時間はある。それまでに、村を守れるだけの環境と戦力を整えてみせるよ。そしてあとは仲間に介錯してもらうさ」
「ナポン……なんでそこまで……」
「あたいはお前を愛してるからさ」
「なっななな何を言ってるの! 私達は女同士で! そんなこと……」
突然の告白に顔を赤くするルビーを見て、鉤爪を引っ込めたナポンは抱きしめた。それはまるで、大切な恋人を抱きしめる様に、優しい抱擁だ。
「ルビー。世界にもう一人、あんたを必要とする奴がいるんだよ」
「え?」
「そいつの名前は……ナポン。髪も服装も武器も、何もかも違うけど、もう一人のあたいだ。知ってるかい?見た目は変わっても、設定は変わってない。それはつまり、あたいと同じでルビーが大好きって事さ」
「そんなのって……」
ルビーの目から涙が零れ落ちた。
「あたい達の夢世界、ネバーレジェンドのキャラクターはこの世界に召喚されやすいと聞いてる。だから、ルビーには、ルビーを必要としてるナポンって奴を探して欲しい。大丈夫。あたい達が会えた様に、また次も巡り会えるさ」
「ナポン……」
「この村はあたいに任せて。安心して行きな。一人が不安なら、こいつらと行けばいい。良い奴らなのは、あたいが保証してやる」
「ナポン……いや……そんな……私は……」
「さよならだ」
そしてナポンはルビーから離れ、サイカに顔を向けると、
「ルビーを頼んだよ」
と言い残し、そのまま村人達の観衆の前に戻って言った。
そんな一部始終を見ていた村人達は、何かに納得したのか、騒ぐ者もいなくなっている。
「ルビーがいなくなったこの村はあたいが守る! 悪い様にはしない! だけどあたいも短い命だ! だから、みんなに協力して欲しい! よろしく頼む」
ナポンは頭を深々と下げると、しばらくの沈黙の後、村人達から拍手が返ってきた。
それからのルビーは大人しく、黙ってサイカ達に付いてきて、こうして馬車の荷台の屋根に座っている。
ルーナ村を出発した時、ナポンと盗賊団と数名の村人が手を振って見送ってくれ、ルビーはしばらく嗚咽していた事は、誰も触れなかった。
エムが怯えながらも、屋根の上にいるルビーに向かって話しかける。
「あの、その……ルビーさん……えっと……」
「ルビーでいいわよ」
「ひっ」
話掛けておいて、やはり怖かったのか、ルビーの言葉に思わずサイカへ抱き付くエム。
そんな様子を感じたルビーは、
「この前は悪かったわね坊や。あの村では……ああする事が最善だって思ってたから。別に貴方達の許しは請わないわ」
と、遠い目で流れる景色を眺めていた。
サイカがエムの頭を撫でながら、荷台の中から屋根の上に向かって話しかけた。
「ルビー。今まで何人のブレイバーを消滅させた?」
「ふふ。さて、何人かしらね。覚えてないわね」
その答えにサイカは刀に手を掛けるが、クロードがそれを止めた。
「やめろサイカ。この国では、ブレイバーを消滅させる事は罪では無い。怒りたい気持ちも分かるが、所詮俺たちは使い捨ての兵器なんだよ」
すると、ルビーが屋根の上から中を覗く様に顔を出す。
「サイカ……だったかしら? 貴女の弱い所は、そうやって躊躇いがあるからよ。特にブレイバーへの思い入れが強すぎる」
サイカは歯を食いしばり、クロードに一度止められた手を動かそうとする。その様子を見たルビーは、顔を引っ込め話を続けた。
「ただバグと戦ってればいい平和なディランだったらそれでも良かったのかもしれないけど、そんなんじゃ、すぐに消滅ね」
悔しそうな表情で、サイカは握った刀の柄を放し座った。それを見たマーベルがフォローを入れる。
「あんまり真に受けちゃダメよ。いくら罪ではないからって、何してもいいって訳じゃないんだから」
そしてエムも続けて言う。
「サイカは強いです。だってマザーバグとの戦いでも大活躍だったじゃないですか」
「あれは……」
ミーティアやシッコクのおかげと、言おうとした時、マザーバグの名を聞いたルビーが反応した。
「何、もしかして貴方達、ディランであったマザーバグ討伐作戦の生き残りなの?」
それに答えたのはクロードだった。
「知ってるのか。ほとんど壊滅寸前の勝利だったけどな」
「勿論。レベル五のバグに勝つなんて、並大抵の事じゃないわ」
「そんなにか?」
「私が召喚された国でも、マザーバグとの大きな戦いがあって、ブレイバーが百人くらい犠牲者が出たって聞いてるわ。どうだったの? レベル五のバグは?」
「百人犠牲になったってのが頷ける強さではあったな」
「そう……ま、私ならそんな奴と戦うなんて御免よ」
そんな会話を聞いていたエムが、マーベルに疑問を投げる。
「レベル五のバグって、他にもいっぱいいるんですか?」
「そうね。よく知られているのは、マザーバグ、ネクロバグ、フェザーバグとか。どれも優秀なブレイバーがバグ化した成れの果てらしいわよ」
その話に便乗して今度はサイカが質問をする。
「その中に、幽霊の様なバグはいないか?」
「さぁ……聞いた事ないわね。どうして?」
「いや、それならいいんだ。気にしないでくれ」
少しがっかりそうにしたサイカを見て、マーベルが首を傾げた。するとクロードが話題を変え、屋根上のルビーに話しかける。
「それにしてもだ、ルビーちゃんよ」
「なによ」
「俺たちにホイホイついて来ちゃっていいのか?」
「勘違いしないで。別に行く宛も無いし、ナポンが言ったからなんだから」
「ほんと、ナポンちゃんには甘々なんだな」
「う、うるさいわね!」
「俺たちは今、ログアウトブレイバーズと名乗る組織を探してる。ミラジスタに向かってるのは、そこで目撃したと言う情報があったからだ。それだけは覚えておいてくれ」
「なんなの、そのログアウトブレイバーズって」
「……ブレイバーの常識を覆す秘密を知っているかも知れない組織だ」
話す時間はたっぷりとあった為、そこからクロードはこれまでの経緯をルビーに説明していった。ディランの町が襲われた事、王国直属の精鋭ブレイバー隊が来たこと、マザーバグ討伐作戦で何があったのか、そしてサイカの奇跡の様な出来事。ルビーは終始興味無さそうな返事ばかりであった。
サイカが夢世界で動けると言う話や、夢世界に三度もバグが出たと言う話ですらも、ルビーにとってはどうでもいい話の様だ。
やがて、大きくて分厚い外壁に囲まれた町が見えて来た。ミラジスタの町である。
門の前まで来ると、他にも多くの旅人や商人の馬車で行列が出来ていた。門で王国兵士が検問をしているのが、この行列の理由である。
待つこと一時間、ようやく順番が回って来た為、御者のおじさんが王国兵士から質問を受ける。
「ブレイバーが五人とは、荷運びにしては随分と大所帯だな。何処から来た?」
「ディランの町からですよ。行き先が一緒だったので、ついて来て貰っただけです。積荷はホープストーンの欠片です」
「ディランから? ……なるほど。ブレイバーの君達はなぜ旅をしている」
荷台を覗きながら質問して来た兵士へ、マーベルが答える。
「ログアウトブレイバーズって言う組織を探しているの。聞いたことないかしら?」
「ログアウトブレイバーズ? 知らんな」
「ここににいたと聞いたのだけれど」
「ミラジスタは大きな町だ。正直、怪しい組織はいくつもあるからな。で、なんでお前は屋根の上にいるんだ?」
と、兵士は上にいるルビーへ視線を向けたので、ルビーはニッコリと笑う。
「高い所が好きなの」
信用されていないサイカや、半殺しにしたクロードがいる荷台に乗るのは気まずいと感じているからとは、決して口にしないルビーであった。
「そ、そうか。まあいい。通れ。問題は起こすんじゃないぞ」
馬車がミラジスタの大通りを進むと、何か催し物でもあるのではと思わせるほど、多くの人間とブレイバーが道を行き交い、至る所で露店が開かれていた。
ディランの町では見れなかった光景に、エムが目を輝かせて大はしゃぎ。
「すごい! 人がいっぱいいますよ!」
荷台から身を乗り出すエムをサイカが引っ張り戻す。
「危ないから顔は出さないで」
「ご、ごめんなさい」
そんなやり取りを見たマーベルが、
「なんか、人間の姉弟みたいね」
と微笑むと、クロードも入る。
「マーベルは母親みたいだな」
「じゃあ、あんたは飼い犬ね」
「犬じゃねーよ」
荷台の中での楽しげな家族談義により、笑いが生まれる中、屋根の上で一人座るルビーが一言。
「ほんと、くだらない」
そして、ミラジスタの商人ギルド前まで来た所で馬車は止まり、ここ数日間の旅路を共にした御者のおじさんと別れの時が来た。
ブレイバーは全員荷台から降りると、まずはおじさんから別れの言葉を口にする。
「世話になったね。ルーナ村では散々な目にあったが、無事にミラジスタまで来れてよかったよ」
そんな事を言われつつ、おじさんと別れた五人。すぐにルビーが別方向に歩き始めたので、クロードが声を掛けた。
「おい、どこ行くんだ」
「こっからは別行動よ。私はナポンの手掛かりを探す。貴方達は謎の組織を探す。それだけ」
「日が暮れる前には合流しろよ」
ルビーは返事する事無く、人混みの中に消えて行った。
それを見送ったマーベルが、
「いきなり今日から仲間だなんて、無理があるものね」
と呟いた。
四人は行く宛も無くとにかく足を進めた。人混みで逸れないように注意しながら、背の低いエムはサイカと手を繋ぎ歩んで行く。
途方も無く広い町を前に、クロードが口を開いた。
「どうするよ。聞き込みでもするか?」
するとマーベルが提案する。
「まずは宿の確保が先じゃないかしら?……安全な所で」
ミラジスタ案内所と言う建物を見つけ、クロードが真っ先に中に入って行ったとき思えば、地図を持って出て来た。
「とりあえず地図貰って来たぜ」
地図を広げてみると、その途方も無く広いミラジスタの町が見て取れる。ディランの町の十倍はありそうな、もはや都市と言っていいのでは無いかと思えるほど広い町だ。そして、宿屋のマークも至る所に記されている。
そんな地図ん見ながらマーベルが、
「とにかく一番近くの宿から行って見ましょう」
と、サイカを見ると、サイカは全く別の方向を見ていた。その先には、レストランと書かれた大きく解放的な飲食店。
ぐうううう。
サイカのお腹が鳴ったのを聞き、マーベルは提案を訂正する。
「まずはご飯にしましょうか」
するとサイカは頷いた。
レストランに入るとテーブル席に案内され、四人は席に着くと、サイカはメニューを手に取り気になる料理を遠慮なく頼み始めた。
空腹を感じない三人を他所に、サイカは昨日ぶりとなる食事を行う事になった。喉も渇いていたので、出された水を一気に飲み干す。
料理が出されれば、肉料理だろうが野菜料理だろうが、全て美味しそうにがっついて食べた。
そんなサイカの姿に、マーベルは微笑み、エムは尊敬の眼差しを向け。クロードが呆れ顔となった。
次々と積まれる空き皿を前にクロードが言う。
「相変わらず味の付いた料理を前にすると、物凄いなサイカは。人間でもそんな食べる奴は見た事ないぜ」
そこへマーベルが、
「サイカはたぶん、エネルギーの消費量みたいなのが多いのかもしれないわね。これがサイカの夢世界で動ける事の代償なのかしら……」
と言いながら、サイカの汚れた口周りをハンカチで拭き取ってあげた。
サイカが特別なブレイバーとなって以来、この様な食べまくる光景は初めではなく、ディランの町でもよくあった事。サイカがお腹を鳴らすと、レイラが喜んで沢山作ってくれたものだ。
だが世間一般的には、こんなに食べるブレイバーは珍しく、サイカが満腹になる頃には多くのギャラリーが出来てしまっていた。
慌てて会計を済まし、四人はレストランを出た。
今まで見た事が無いくらい幸せそうな表情を浮かべるサイカは、
「これで三日は持つ」
と、機嫌が良さそうである。
そして一行は、宿屋を探すが……
一軒目は満室、ニ軒目も満室、三軒目はブレイバーお断り、四軒目は見た目が如何わしい外観だったのでパス、五軒目は満室。
途中でこの町のブレイバーズギルドの前を通ったが、外までブレイバーの大行列が出来てる程の大盛況ぶりだった。
気付けば北側の町外れにある地区にやって来た。コンクリートや煉瓦や石で造られた家が立ち並んでいたが、この地区では木造の建物が並んでいる、貧困地区と言う程でも無く、緑も多く、これはこれで風情がある街並みだ。
この先に六軒目となる宿屋があるとされる所まで来ると、歩き疲れたエムがサイカの裾を引っ張る。
「サイカ。足が痛いですぅ」
機嫌の良いサイカは、膝を付けるとおんぶをしてあげると言いたげなポーズを取る。エムはサイカの背中に捕まった。そしてサイカはエムを軽々と持ち上げると、歩き始めた。
クロードは、
「さすが、こんだけでかい町となると、何処の宿屋も予約でいっぱい、満員御礼ってやつだな」
と道に転がる小石を蹴って転がした。
そして六軒目となる宿屋、エスポワールに辿り着く。他の建物と同じく、木造瓦屋根の風情ある外観で、玄関の引き戸は若干建て付けが悪かった。
入るなり、サイカとエムは大きなソファが置いてあったのでそこに座り、クロードは木彫りの置物や貼り紙などを見物し始めた。
他の客や従業員も見当たらず、マーベルがカウンター前まで来ても、そこにもいない様子だ。
「あの、すみません! 誰かいませんか!」
マーベルがカウンターの奥にある暖簾が掛かっている奥の部屋に向かって大声を出すと、奥から人が出て来た。
それは九十代くらいと思われる白髪頭で腰が曲がった老婆で、ゆったりとした足取りで歩く。
「いらっしゃい。えーと、何人かな?」
「ブレイバーが四人……じゃなくて、五人です。部屋はニつ。空いてますか?」
「空いてるけど、ブレイバーは割増料金になるよ」
そう言いながらニヤリとする老婆の後ろ、奥の部屋からもう一人出て来た。ピンク色の長髪に、青と白のローブを身に纏った女性だ。
「こら、おばあちゃん。またそうやって値上げしようとするからお客さん来なくなっちゃうんじゃない」
と、お婆さんを注意すると、マーベルに向かいお辞儀をした。
「失礼しました。ニ部屋空いてますので、通常料金でお貸しします。えっと、五名様……」
女性はその場にいるブレイバー達の人数を目で確認すると、人数が四人である事よりも、ソファに座るサイカに目が付いた。
サイカも視線に気付いて、受付にいる女性を見る。するとハッキリとサイカの顔を確認した女性が目を丸くしながら一言。
「もしかして、サイカさん!?」
急に名前を呼ばれ、サイカは立ち上がって女性の姿を確認する。見覚えのある服装と髪型……ワールドオブアドベンチャーの物だ。
だがサイカにはこの女性を見たことがあるようなないような、曖昧な記憶である。
「えっと……誰?」
「初めまして……でしたね。あたしはサダハルと言います」
「初めまして」
と、サイカもカウンターに歩み寄り、マーベルの隣に立った。
「夢世界の……エンキドって覚えてる? ソードマスターの」
その名を聞いて、夢世界で戦った黒いフードで骸骨仮面の事を思い出す。琢磨が操作するサイカが大苦戦した相手だ。
「……うん、覚えてる」
「あたしね、夢世界だとそのエンキドの相方なのよ。夢世界での職業はアークビショップ、ここでは宿屋の従業員」
「相方って確か、夢世界でニ人一組になって行動する事を誓い合ったペア……だっけ」
「そんな感じ。まさかエンキドの探し人と、こっちで会っちゃうなんてね……」
「エンキドは、私を探してるのか?」
「そうなの。あのいわくつきの首都対抗戦で、貴女と戦って、気になることがあるって。わざわざローアルから、ゼネティアまで来てるとこなのよ」
「なぜ私の事を?」
「そりゃあ、竜殺しのサイカ。スクリーンショットがどれだけ出回ってると思ってるの?」
「なるほど」
そんな会話を聞いていたクロードがサイカの横に立つ。
「竜殺しのサイカだ? なんだその恥ずかしい二つ名……ぐふっ!」
言いかけた所で、サイカの拳がクロードのみぞおちに入った。それを見たサダハルは、クスッと笑う。
「仲良いブレイバーさん達ね。でも惜しいなぁ。サイカさんと会いたいのは夢世界のあたし達で、あたしでは無いんですよねぇ……」
「そうか……こっちでもエンキドとは知り合いなのか?」
「ブレイバーズギルドのブレイバー検索サービスを使って探したけど、何処にもワールドオブアドベンチャー出身のエンキドと言うブレイバーはいないって言われたわ。残念だけど、こっちでは相方に会える見込みは無いわね」
ブレイバーが夢世界での知り合いに会う事はこの広い世界では難しい。サダハルが言うブレイバー検索サービスと言うのは、ブレイバーズギルドに申し込めば、全世界のギルドに登録されているブレイバー名簿から探してくれると言うサービス。それにより会いたいブレイバーが今何処にいるのか、ある程度目星を付ける事ができるのだ。
エンキドが登録されていないと言う事は、この世界に召喚されていないか、ブレイバーズギルドに登録をしていないかのどちらかである。
「立ち話もなんですし、あたしが部屋まで案内します……と、四人しかいないけど大丈夫ですか?」
サダハルがそう言うと、マーベルが気付いた。
「そう言えばルビーに、待ち合わせの時間とか場所を言ってないわね」
全員がその事に気付くと、すぐにサイカが、
「私が行こう」
と玄関の引き戸を開けて出て行ってしまった。
ルビーはうっかりしていた。
何だか気まずくて、さっさと別行動してしまったが、合流方法の話し合いをしていなかった事を後悔する。
ナポンと旅をした経験はあるものの、その時は常にニ人一緒であった。ルーナ村でも、村人達にチヤホヤされて、常に誰かがいてくれた。こんな人の多い町で、単独行動はルビーにとって初めてなのである。
言葉には言い難い虚しさと、寂しさがルビーの思考を包む中、ルビーはあの三人と別れた場所まで戻ると、膝を抱えて座り込んでいた。
ミラジスタの教会で召喚履歴を調べ、ブレイバーズギルドのブレイバー検索サービスも利用して見たが、新しいナポンの手掛かりになるのは何も無かった。
ナポンは何処かに必ずいると言っていたが、本当にいるのだろうかと、ルビーは心配になっていた。
ふと空を見上げれば、橙色に染まった空、流れる黒い雲が綺麗で、つい黄昏てしまう。
そんなルビーに嫌らしくニヤケながら声を掛ける男がいた。
「おやおや、お嬢ちゃん迷子かい? お兄さんが相談にのるよ? 良かったらウチにくる?」
ルビーは狼のような鋭い眼差しで男を睨みつける。
人間の男だ。ルビーの後ろの壁に立て掛けてある大鎌が見えないのであろうか。見た目が幼い為、男にはルビーが迷子の子供に見える様だ。
男はルビーの腕を掴もうと手を伸ばしてきたので、懲らしめてやろうと左眼の眼帯を外そうとするルビー。だが男の手は、冷たい刃物が男の首に突き付けられた事で止まった。
いつの間にか背後にサイカが現れており、短剣を男の首に突き付け、男の片腕を掴んで捻っていた。
「私の仲間だ」
サイカの言葉を聞くや否や、男は慌てて逃げて行ってしまった。
ルビーはサイカの登場で色んな意味でホッとしている気持ちを、表情に出さないようにしながら、
「別に助けてくれなくても良かったんだから」
と目を泳がせる。
そしてサイカは短剣を懐に戻すと、座り込むルビーに手を差し伸べる。
「行こう」
ルビーは少し戸惑いを見せながら、そっとサイカの手を握って、立ち上がった。
【解説】
◆ネットゲームの相方
ネットゲームにおいて、よく一緒にプレイする人やプレイ時間帯が合う人や考え方の合う人などを『相方』として誓い合い、共に多くの時間を過ごす。それは夫婦関係や恋愛関係の二人組と見られる事も多く、実際にその様な関係である場合も多いが、プレイヤーによって定義は多少異なってくる。
ゲームによっては結婚システム等でこの誓いの後押しをする事も多く、これを切っ掛けにして現実で結婚に至ると言う男女も珍しく無い。
◆ブレイバーズギルドとブレイバー検索サービス
この世界のブレイバーズギルドは、ブレイバー国際連盟により運営されていて、世界中の国々と繋がりっている。多くのブレイバーは召喚されたその日からギルド名簿に名前が登録され、百万人を超えるブレイバーの管理する大組織。
ブレイバーが夢世界で知り合いのブレイバーを探したいと言う要望に応え、ブレイバーが何処の国で活動しているのかを、ある程度調べて貰えるサービスが存在している。ただし、消滅やバグ化により行方不明となるブレイバーが多いので、精度や信憑性は低い。




