23.もう一人の正体
会社での引き継ぎが終わり、今日から休みに入った明月琢磨は、千葉県にある喫茶店でスペースゲームズ社の高枝左之助と面会をしていた。申し込んだのは琢磨で、サイカの事で相談をする事にしたのだ。
なぜか服装はスーツ指定で、場所が東京ではなく千葉である事が気掛かりではあるが、琢磨は何も言わず従う事にした。
お互いにアイスコーヒーを飲みながら、会話を進める。
「なるほど、サイカくんはそんな事で悩んでいるんだね。実に人間味がある」
「はい。僕としても、身近のプレイヤーに隠すと言うのは難しいと感じます」
「ならこの際、今までの人間関係を完全に断ち切ると言うのはどうだね?」
「それはちょっと……」
「はは、冗談だよ。状況からキャラクターの改名をする行為は、彼女とのリンクを断ち切ってしまう可能性もある。かと言って、バグの討伐しかやらせないと言うのも彼女は納得しないだろう」
「はい……正直、サイカが過ごしやすい環境にしてあげたいところなんですが……」
左之助はアイスコーヒーを口に運びながら、ガラス越しに外の通行人を眺める。
「ゲーム内での人間関係か。私達も予想していなかった事態だ」
「秘密厳守となってますけど、この際、身近のプレイヤーには事情を話すと言うのはどうでしょう?」
「話すのは結構。既に職場の先輩に話したと聞いているが?」
「あ、そうですね……すみません」
「話した所でだ。実際問題、こんな話を誰もが信じると思っているのかい? それこそ人間関係の悪化に繋がりかねない」
「ですよね……じゃあ、家族が代わりにプレイしてるって設定にするとか……」
「例え家族であっても、アカウント共有は規約違反だ。何とも思わない人もいれば、不信感を抱く者もいるだろう。それに実際は家族では無いのだから、必ずボロが出てしまう」
「です……よね……」
「この際、正直に話す方向で、上手いこと信じて貰う術を考えた方が無難か……そうだな、オフ会はどうだ?」
「オフ会……ですか?」
「どうせ教えるのであれば、実際に見せるのが手っ取り早いんじゃないかと思ってね」
「なるほど」
「ネット上で拡散されようが何しようが、こんな現実味が無い話は広まらないと思うけどね。やるなら、念のため信頼できる者に限ったほうが良いだろう」
「考えてみます」
すると、左之助は腕時計を見て時間を確認する。
「丁度いい時間だな。ちょっと私に付き合ってくれるかい?」
「え? 何処か行くんですか?」
「行くからわざわざ千葉まで来て貰ってる」
そう言うと、左之助はさっさと喫茶店を出て行ったので、琢磨も後を追った。
喫茶店から最寄りの駅までやって来ると、改札前で左之助はスマートフォンで誰かに連絡を取った。そして待つこと数分。
一人の女性が現れた。同じくスーツ姿で、短髪ショートカットで、スマートグラスを掛けている。
「お待たせしました」
と、彼女は軽くニ人に挨拶を交わすと、琢磨を見て左之助に話しかけた。
「この子が?」
「そうです」
すると、彼女は琢磨の前に立ち、手に持ったビジネスバッグから取り出したのは、警察手帳だった。
「千葉県警察本部サイバー犯罪予防課の園田真琴です。明月琢磨さん、お話は高枝さんから聞いております」
「あ、えっと、はじめまして。明月です」
最近、普通なら関わる事は無いであろう人物との出会いが多い琢磨は、今回も突然の警察の登場に戸惑いを隠せないでいた。
そんな琢磨を見て、真琴はクスッと笑った。
「それでは行きましょう」
と、左之助が言うと三人は歩き出し、タクシー乗り場でタクシーに乗る事になった。
真琴が助手席に座り運転手に道を案内すると、後部座席に左之助と琢磨が座る。
行き先の分からない琢磨は左之助に聞く。
「あの、何処へ行くんですか?」
「キミはワタアメと言うプレイヤーと知り合いだったね?」
意外な名前が出てきた事に琢磨は驚く。
「え? はい。よく遊びますね。最近は会ってないですけど……ワタアメさんが何か?」
「実はワタアメと言うキャラクターも、サイカと同じ存在である事の確証を得ている」
「えっ!?」
「しかもサイカよりずっと昔から、少なくとも三年以上前から、ワタアメは異次元の存在だ。詳しい時期はまだ調査中だけどね」
「それじゃあ今から行くところって……」
「彼か……彼女か……ワタアメがログインしているとされる自宅だよ」
「僕の時みたいに、電話連絡とかはしたんですか?」
「残念ながら電話番号の登録は無く、メールも無反応。ゲーム内のワタアメに直接掛け合ってみたが、拒否されたよ」
「それで自宅訪問はさすがにやり過ぎでは……」
「そんな事を言ってる場合では無い事は、キミも理解しているだろう?」
そんな会話を聞いていた真琴が助手席から話に入ってきた。
「警察としては、犯罪の可能性も視野に入れています。ニ〇ニ〇年頃からインターネットを利用した犯罪が増加して以来、日本ではインターネット犯罪を取り締まる法律強化が進められているのはご存知ですか? 今回の様な運営会社の方針や規約に従わない行為に対しても警察と運営会社の代表が共に動くケースは多いです。それに、私も信じられませんが、その……異次元の危機に関わっているとなれば尚更です」
「ですが……民間人の僕たちが突然訪問するのはどうかと……」
「場合によっては交渉も必要なので、念の為に」
説明を受けていると、すぐに目的地へとタクシーは到着した。降りると、そこは一軒家があった。
豪邸とまではいかないが、広い庭や駐車場も有り、裕福な家庭の家である事は見て取れる。
玄関の表札には、沖嶋と記載されている。
そんな表札のすぐ下にあるインターホンを真琴が押す。
インターホンに内蔵されたカメラが動いたと思えば、女性の声がする。
「はい」
真琴はカメラに向けて警察手帳を見せる。
「沖嶋さんのお宅ですね。私、千葉県警察本部サイバー犯罪予防課の園田と申します。少しお話をお伺いしたくてやって参りました」
しばらく沈黙した後、玄関ドアの鍵が開きインターホンから再び声がする。
「どうぞ」
中に入ると、六十代くらいの女性が迎え入れてくれ、三人は和室に案内された。
「主人は今出掛けておりまして、どうぞお座りください」
と女性に促され、三人は正座してテーブルに着くと、間も無くお茶が三つテーブルに置かれた。
女性が向かい側に座ったところで、真琴が話を始める。
「沖嶋さん、突然の訪問失礼致します。改めまして、千葉県警察本部サイバー犯罪予防課の園田です。そしてこちらが、スペースゲームズ社運営管理部管理課の高枝さん、その協力者の明月さんです」
「何かご近所で事件でもあったのですか?」
「いえ、そう言う訳でも無いんです。実はインターネット上で起きたトラブルの調査を行なっておりまして、お話をお伺いできればと」
「インターネット? パソコンの事なら主人が詳しいのだけれど……」
「ご主人様はよくパソコンをされるのですか?」
「仕事でよく……主人が何か?」
女性のその言葉に、真琴と左之助は顔を合わせ、そして再び女性に向き直すと、真琴は質問を重ねた。
「プライベートな事をお聞きしますが、ご主人様は……その、何かパソコンでゲームをされていたりしますか?」
「ゲーム? いえ、ゲームなんて興味無い人ですから……」
「そうですか……」
今度はそんな会話を聞いていた左之助が話を切り出した。
「ワールドオブアドベンチャーと言うゲームに聞き覚えなどはありませんか?」
女性はしばらく考え込んだ後、思い出したかの様に言った。
「そう言えば、昔、娘がゲームをやっていました。名前まではわからないのですけど」
娘と言う情報が出て来たので、すぐに真琴が食いつく。
「娘さんは、今どちらに?」
「娘は……六年前に亡くなりました」
その衝撃の答えに、三人は言葉を失った。
沖嶋葵と言う、当時二十二歳の一人娘は、自殺をしたと言う。
高校生の時に酷いイジメに合い不登校となった娘は、学校を中退。それから約四年間、自室に閉じ籠りゲームで遊んでいたとの事だった。
話を聞く過程で仏壇に案内されたので、三人は線香を供える。仏壇の近くには、葵がまだ高校一年生の時に撮ったとされる笑顔溢れる顔写真が飾られており、とても自殺をする様な人には見えなかった。
そして、家具や家電などはそのままの状態で残してあると言う彼女の部屋も見せてもらう事になった。
普段あまり入る事が無いという葵の部屋に入ると、パソコンデスクと思われる場所を見て三人は更に衝撃を受ける。
真っ暗な部屋で、パソコンデスク上に置かれたパソコン本体が起動していて、電源ランプが光っているのだ。だがディスプレイは電源が入っていない。
三人が中に足を踏み入れると、女性は天井照明を点け、部屋が明るくなった。女性らしい淡いピンク色を主体とした家具やベッドが残されており、漫画本や教科書などもそのままで、まるで誰かがまだ生活している様な雰囲気がある。
早速、真琴が女性に問う。
「パソコンが起動しているようですが、これは?」
「それが、娘の死に際の遺言で、パソコンの電源は絶対に切らないでほしいと……」
「では、六年前から付けたままなのですか?」
「ええ、何度か主人が電源を落とした事があるみたいなんですが、勝手に電源が入るみたいな事を言ってました。死んだ娘が遊んでいるのかもと、馬鹿な事を言ってまして……」
そして左之助がパソコンデスクの前に立つ。
「ディスプレイを点けてもいいですか?」
と聞くと、女性は頷いたので、ディスプレイの電源ボタンを押す。
そこに映し出されたのは……ワールドオブアドベンチャーのゲーム画面、そして仲間達と楽しそうに雑談をしているワタアメの姿があった。
琢磨は唖然とする。
この世にいない人間の持ち物であるパソコンが、誰も操作をしていないのに勝手に動くなど、それはまるで心霊現象だと思えた。
しかし、ブレイバーの存在を知っている琢磨は、ブレイバーのワタアメが操っているのではと考える。
同時に琢磨は、今までゲーム内で話していたワタアメの正体を知り、背筋が凍りつく思いだった。
そのままキーボードを入力してワタアメに話し掛ける事もできるが、ワタアメの気に触れてしまうのは今後に支障が出る可能性がある為、その場は何もせずに退散する事となる。
対応してくれた女性にお礼を言うと共に、パソコンの電源は切らない様に改めてお願いをすると快く了承してくれた。
外に出て、再びタクシーに乗る。
あまりにも予想外な出来事があった為、三人はしばらく沈黙していたが、真琴が沈黙を破る。
「長い事、インターネットが関わる事件事故を担当していますが、この様な事は初めてです。見たところ遠隔プログラムの形跡もなかったのに、パソコンが勝手に動いてゲームに接続するなんて……」
それに対し、左之助も意見を述べる。
「私も今回の件、気になる事は多々ありますが……いや、それ以前に私達が足を踏み込んでいい事なのか、不安になりました。いったいブレイバーとは……何なのか……」
琢磨は未だに何と言葉に出せばいいのかわからず、終始無言だったが、ついに口を開く。
「もし僕が死んだら……サイカも同じ事ができるのでしょうか……」
「縁起でもない事を言うな」
と左之助に注意された。
すると、左之助のスーツのポケットに入っていたスマートフォンが鳴る。どうやら誰かから電話が掛かってきた様だ。
左之助は画面を見て相手を確認すると、そこには笹野栄子の名前が表示されていた。
「はい、高枝です……なに? ……それはいつだ……そうか……丁度一緒にいる……わかった」
と短い会話を終わらせ電話を切ると、琢磨を見る。
「バグが出た」
その一言で、琢磨に緊張感が走る。
タクシーの行き先が、最寄駅では無く、高速を使って琢磨の家に変更された。
✳︎
夏祭りイベントで盛り上がる首都ゼネティア、コロシアムではタッグ戦の決勝戦が行われていた。
準決勝で見事にジーエイチセブンとリリムのペアを倒したアマツカミとオリガミが出場している。
観客は超満員で、立ち見も含めて、観客席にこれ以上プレイヤーは入れない程の大盛況だ。
ニ人の相手は、このイベントに合わせ首都マリエラから遥々腕試しにやってきたソードマスターのエンキドと、アークビショップのサダハル。エンキドはレベル百二十五、サダハルはレベル百二十四。
レベル百二十のアマツカミと百十のオリガミにとって、レベル的に不利な相手である。
しかも前衛アタッカーの男ソードマスターと、後衛回復役の女アークビショップと言う相性の良さが勝ち目を更に無くしていた。
オリガミはそんな相手を見るなり、アマツカミに聞く。
「ねえ、降参ってあったっけ?」
「無いぞ」
「ですよねぇ」
戦意を失いつつあるオリガミとアマツカミを他所に、生放送番組の実況者と解説者は盛り上がりを見せていた。
『さぁ、ついにやってきました決勝戦! 準決勝で見事な戦いを見せた忍者ニ人の相手は、中部地方の首都マリエラから遥々やってきた刺客、ここまで圧勝で勝ち上がってきたソードマスターとアークビショップです! 解説の篠崎さん、この戦いどうなると思いますか?』
『情報によると、エンキド選手は黒の剣士と呼ばれる凄腕のマルチウェポン型としてマリエラで有名人の様ですね。サダハル選手はエンキド選手をいつも陰ながら支えている相方の様です。これはここまで圧勝してきたのも頷けますね』
『では忍者に勝ち目はないのでしょうか』
『いえ、ニンジャとクノイチには、準決勝でも見せてくれた影分身や空蝉などの回避スキルが多く、簡単に倒せる相手ではありません。なので、アマツカミ選手とオリガミ選手は、まず回復役であるアークビショップのサダハル選手をどう攻略するかが、勝敗を分けると思いますよ』
『なるほど、注目ポイントはアークビショップの攻略ですね。おっと、そろそろ試合開始のカウントダウンが開始される様です』
試合開始三十秒のカウントダウンが始まると、ソードマスターのエンキドが双剣を構える。
黒いフードを被り、骸骨の仮面を着けるエンキドは、黒いコートの隙間から金色の鎧が見える。
そんな服装を見たオリガミが、
「あれの何処が黒の剣士なのよ……てゆうか、前にサイカが言ってた人じゃないアレ?」
と、手裏剣を構える。
「手強いのは間違いないな」
と、アマツカミは小太刀を構えた。
試合開始前の独特な緊張感が会場を包む。
だが試合開始のカウントダウンは、十八秒の所で止まった。
試合に臨もうとする選手は拍子抜け、観客達も騒つき始めると、すぐに実況者がフォローを入れる。
『えっと……情報が入ってきました! すみません! とても良いところですが、現在、サーバー不具合が発生したとの事で、これから緊急メンテナンスが行われるとの事です……決勝戦は延期、日時の詳細は公式サイトにて掲載されます!』
そんな説明が行われる中、システムメッセージも流れ始める。
【八月一日 二十一時から二十三時の予定で緊急メンテナンスを実施させていただきます。皆様には大変ご迷惑をおかけいたしますことをお詫び申し上げます。】
オリガミは現在の時間を確認する。
「二十一時って……十分後じゃん! なにそれぇ」
するとアマツカミは、
「仕方ないだろう。大人の事情だ」
と、小太刀を納刀する。
そんなニ人に、正面に立つソードマスターのエンキドが声を掛けてきた。
「あんたら、シノビセブンのメンバーか?」
その問いにアマツカミが答える。
「そうだが……なんだ?」
「サイカと言うクノイチを探してる。知ってるな?」
サイカの名前を聞き黙っていないのがオリガミ。
「うちのサイカに会いたいなんて百年早いわ!!」
アマツカミは、
「黙れオリガミ」
と注意しながら、エンキドとの話を続ける。
「連絡を取る事は可能だが、会えるかどうかは約束できんぞ」
「それでもいい。フレンド申請を送っておくから、あとで連絡をくれ」
「わかっ―――ん、なんだっ!?」
アマツカミは異変に気付いた。
コロシアムの外壁に亀裂が入ったと思えば、ガラスが割れた様に壁の一部が崩れ、巨大な紫色のモンスターが現れたのだ。
紫色のモンスターは、まるで巨大な花の蕾の様な形を成していき、観客席の地面に根を張っていく。
そして無数の蔓の様な物が周りに生成されつつ、蕾の表面に赤い宝石の様なニつの目が浮かび上がる。
「なにあれ、えっぐい」
と、思わず手裏剣を持つオリガミ。
アマツカミ、エンキド、サダハルの三人も武器を持ち直し、そのモンスターの方向を見た。
実況者も突然の出来事に咄嗟に対応する。
『えっと、これはなんでしょうか。巨大なモンスターが観客席に突如現れました! 篠崎さん、あれはなんでしょう』
『モンスターのサンフラワーにも似てますが、少し違いますね。新種のボス……なのかな?』
『これはスペースゲームズ社によるサプライズ……えっ? 違うんですか? あ、はい』
公式放送の裏で何か指示があった様で、唐突に放送が終わった。
やがて蕾型のモンスターは、観客席にいるプレイヤー達に攻撃を開始する。それに対して観客席にいるプレイヤー達は戦闘行為が禁止されている為、武器を抜く事すらできない。
紫色の蔓が鞭の様に、周りのプレイヤーを激しく叩き始めると、プレイヤー達が次々と割れていく。そんな光景を目の当たりにしたプレイヤー達は大混乱。我先にとその場から逃げ始めた。
アマツカミ、オリガミ、エンキドの三人は一ヶ月前に起きたサース砦での謎のドラゴンを思い出す事となる。
そんな中、コロシアムの外壁の上でプロジェクトサイカスーツで身を包んだサイカは片膝を着いてステルス状態で待機していた。腰には特注の刀ノリムネ改を装着している。
次々と襲われるプレイヤー達を目の前にしたサイカは苛立ちを露わにする。
「なぜ行ってはダメなんだ!」
するとゲームマスターの十九号がサイカをなだめる。
「あと五分で緊急メンテナンスに入りますので、それまで待ってください。今飛び出せばかなりのプレイヤーに目撃されるリスクが―――」
「そんな事言ってる場合か! プレイヤーが襲われてる!」
「ですから、現在、バグ周辺のプレイヤーは手動による強制ログアウトを実施しています。もう少し待ってください」
前回のタンナ村での一件は、プロジェクトサイカを目撃したプレイヤーは三人。スクリーンショットも撮影され、ネット上で拡散もされたが、よく出来た合成写真と言うことに至り、大きな騒ぎとはならなかった。だが今回のコロシアムはプレイヤーの人数が多すぎるとの事だ。戦闘行為をした時点でステルス状態は解除されてしまう。
苛立ちで手が震えるサイカに、琢磨が声を掛ける。
(落ち着いて)
「でも……」
そんな時、会場で動きがあった。
試合参加者で武器を持つ権限がある、アマツカミ、オリガミが遠距離からバグを攻撃し始めたのだ。
「あいつら! ダメだ! 攻撃するな!」
サイカは思わず立ち上がる。
すると、そこへゲームマスターの九号が突然サイカの隣に現れた。
「この際、隠している場合ではない。行けサイカ! 大いに目立って来い!」
その言葉を聞くや否や、サイカは飛んだ。
観客席で逃げ惑うプレイヤー達が次々と強制ログアウトされていく中、バグに手裏剣と忍術で攻撃を仕掛けたオリガミとアマツカミへ反撃の二本の蔓が迫っていた。そこへサイカが降り立ち、二本の蔓をノリムネ改の一振りで斬り落とす。
その瞬間、ステルス状態が解けて謎のサイボーグ忍者の姿が露わになった。
相変わらず、排気処理など細かい部分が再現されていて、音を立てて肩や腰から排気が行われる。もはやこれは作ったデザイナーの趣味の域だろう。
助けられたオリガミは驚きながらも、
「なに!? えっ?なにこれ!?」
とアマツカミにしがみつく。
「SNSで見たことがある……確かタンナ村で紫のモンスターを倒したって言う刀使いのサイボーグキャラ……本当にいたのか」
「スクショ撮っとく!? 撮っちゃうよ!?」
スーツの効果でサイカだと気付いていないオリガミとアマツカミをチラ見して無事である事を確認すると、サイカは蕾型バグに向け刀を構える。
どうやら今回のバグは、見た目通り植物と同じでその場からほとんど動けないタイプの様だ。
サイカは背中と脚のブースターから熱を放出しながら、バグに向かって飛ぶと、空中で迫り来る蔓を斬って斬って斬り落とす。
だが横から来た七本目となる蔓の攻撃を受け、サイカは吹き飛ぶと、観客席の一部に衝突して転げた。
サイカはまだこのスーツと刀の扱いに慣れていない。
今度はコロシアム外周の内壁を走り、大回りでバグに接近する。蔓がサイカを追い、サイカが走り過ぎた所に次々と刺さっていく。
サイカは、マザーバグとこの蕾型バグは戦闘スタイルが似ていると感じながらも、壁から接近して一気に本体へ飛び掛る。
しかし蔓が再び邪魔をして、サイカの足に巻き付くと、サイカをぐるんぐるんと振り回して地面に叩きつけた。
そして再度サイカを持ち上げようとした所で、サイカは足に巻き付く蔓を刀で斬り落とし、地面に着地する。すると三本の蔓が迫るが、サイカは残さず斬り落とした。
そんな様子を見た琢磨がサイカに話し掛ける。
(強いねこいつ)
だがサイカは何も言わず、今度は再び正面から突撃するが、やはり本体に到着する前に蔓に捕らえられ、吹き飛ばされるサイカ。
派手に壁に叩きつけられ、観客席を転げ落ちた。
既に観客席のプレイヤーは誰も残っていないが、会場のど真ん中にいた四人のプレイヤーの内、アマツカミがいない事にサイカは気付きつつ、
「あの四人は強制ログアウトさせないのか?」
と、九号に問いかける。
「いや、そこの四人はあえて残している」
「なぜだ! 危険過ぎる!」
スキル《ハイディング》で姿を消したアマツカミが、どうやって登ったのか、コロシアム外壁の上を走っていた。
アマツカミを支援するかの様に、オリガミとエンキドがバグ周辺を走り回り、蔓の注意を引き付ける。
「馬鹿!」
とサイカは思わず口にして走り出した。
そしてアマツカミは蕾型バグの真上辺りまで来ると、そこから飛び降り、バグ本体に向け落下しながら印を結び始める。
その瞬間にステルス状態が解除された為、バグは上空のアマツカミの存在に気付き、蔓を伸ばした。
そこで、アマツカミのスキル《忍法影交換》が発動してサイカと入れ替わった。
突如、バグの頭上に現れる形となったサイカは、ノリムネ改のブーストを発動しながら、大きく刀身を振り上げ、そのまま縦に斬る。
ノリムネ改から放たれた風の刃は、蕾型バグの本体を真っ二つに斬った。
そして見えたコアを、空かさず手で掴みながら着地すると、握り潰す。
バグは消滅と共に、サイカは刀を納刀する。
勝利の余韻は沈黙だった。
前回のプレイヤーと違い、会場にいるアマツカミ達四人のプレイヤーは、不思議そうな目でサイカを見つめている。
サイカはついに知り合いの前でこの姿を晒してしまった為、少し気恥ずかしい思いをした。
更にサイカと戦ったソードマスターのエンキドもいる事が気になるが、思い切って九号は連絡を入れる。
「転送してくれ」
すぐにサイカは転送され、サイボーグ忍者の姿は幻だったかの様に消えて行った。
そして緊急メンテナンスの時間になり、全員が強制ログアウトされる。
この時の戦闘の様子は、その場にいた四人のプレイヤー以外にも、五人目としてワタアメが物影に隠れて見物していた事は、ゲームマスターも気付いていない。
【解説】
◆オフ会
オフラインミーティング。ネットワーク上ないしオンラインのコミュニティで知り合った人々が、ネットワーク上ではなく現実世界で実際に集まって親睦を深めること。
良い出会いに繋がる事もあれば、そうでない事もあるけど、切っ掛けにはなる。限られた時間の中で出会える人の数は、出会えない人の数よりずっと少ない。だから、それを乗り越えるから新しい出会いがある。
◆サイバー犯罪予防課
IT技術の進化、SNSの流行と共に、インターネットを利用した犯罪数や規模が増加している。
そこでサイバー刑法が強化されると同時、不法取引や殺人・誘拐と言ったインターネットを介した犯罪を未然に防ぐ為、日本警察はサイバー犯罪予防課を設立した。彼らは、インターネット利用者のあらゆる動きを監視する権限とシステムを有しており、逮捕者は後を絶たないのが現状である。
◆マルチウェポン型
WOA用語の一つ。ソードマスターのエンキドは、パッシブスキル《マルチウェポン》を極めており、武器変更のクールタイムが発生しない。多種多様に武装を変更して戦う姿から、マルチウェポン型と呼ばれるプレイスタイルとなっている。
エンキドの場合はソードマスターなので、剣や刀と言った刃物武器を専門に扱う。
◆スクショ
スクリーンショットの略。コンピュータのモニタもしくはその他の視覚出力デバイス上に表示されたものの全体または一部分を写した画像のこと。




