20.ルビーとナポン
強力な身体能力と技を持つブレイバーは人間に崇められる事は珍しくは無く、更にそれを利用しようとしたり縋る者も多い。
世界的に見ればルーナ村もまたその一例に過ぎず、鎌使いルビーはこの村では神となる。
夜も更け、村にある宿屋の屋根の上にルビーはいた。赤い頭巾を頭に被り、身の丈より大きな鎌を持ち、口元は笑っていた。
そんな中、村人達は教会の前に集まり、何かを準備している。
銃声によりサイカとマーベルは目覚めた。
続けて木を割れる様な激しい音、何かを争う様な音、そして再び銃声、隣のクロードとエムがいる部屋からである事はすぐに分かった。
サイカは刀を手に取り、部屋を飛び出すと、隣の部屋に向けて走り出す。
「サイカ! 服!」
と、マーベルは裸で飛び出したサイカを注意するが、気にせず行ってしまった。
「もうっ!」
マーベルは杖とサイカの忍び装束を手に持ち、サイカの後を追う。
隣の部屋の扉を開けると、そこは悲惨な状況だった。ベッドは斬り刻まれ引っ繰り返り、壁にはいくつもの傷跡、御者のおじさんは部屋の隅で頭を抱えて怯えている。
そして血だらけでうつ伏せに倒れるクロードを見て、サイカは驚愕する。
「これは……」
サイカは真っ先にクロードに駆け寄ると、仰向けにして上半身を抱き上げる。見ると、クロードの下半身は無くなっていた。無くなっていると言うより、少し離れたところに下半身が落ちている為、真っ二つに斬られてしまったと言うのが正しい。
「おい、クロード。クロード。何があった」
クロードは途切れそうな意識を振り絞り、サイカの方に瞳を向ける。同時にマーベルが部屋に入ってくると、マーベルが手に持つ忍び装束が消え、サイカに纏った。
「……あらら、もうちょい……だったのにな」
こんな状況でもサイカの裸を見れず、ガッカリするクロード。
「何を言ってるんだ。何があった!」
「あいつが……ルビーが……エムを……」
そう言われて、サイカは周りを見渡すと、エムの姿が無い。琢磨が何かを企んでいるかもしれないと言っていた事が的中した。
サイカはクロードの胸の辺りに手を当てる。
「コアは無事だな。私が行ってくる」
と、クロードをゆっくり血だらけの床に戻し立ち上がると、マーベルを見る。
ニ人は互いに目を合わせて頷くと、サイカとマーベルは部屋の壊れた窓から飛び出した。
向かう先はルビーがいた元教会の建物。
教会の前では、木で作られた巨大な十字架に気を失ったエムが両手両足を縛られ吊るされていた。十字架の足元には干し草が積まれ、村人たち皆が火を付けた松明を片手に集まっている。
その中心に、地面に突き刺した巨大な鎌に寄りかかり、右手の爪を見ているルビー。
そこへサイカとマーベルが駆け付けてくると、村人たちは一斉に道を開け、十字架とその前にいるルビーが見えた。
村人達の中に宿屋の店主の姿もあり、皆一同にこれから起きるであろうブレイバーの衝突を止める気は無い様子だ。
サイカは刀を鞘から抜きながら、ルビーに問う。
「これは何の真似だ」
「ふふっ。待ってたわ。これはね、ブレイバー狩りよ」
「ブレイバー狩り?」
「貴女達、バグによって壊滅したディランの町から来たと見てるけど、違うのかしら?」
「だったら何だと言うんだ」
「結局ね。なんでそう言う事が起きちゃうのか、理由はただ一つなのよ。それは、ブレイバーが存在していること」
「お前もブレイバーだろ」
「ブレイバーを倒すには私の様な最強のブレイバーも必要なの。おわかり?」
自分で最強のブレイバーと言うルビーは、絶対的な自信があるのか、不敵な笑みを浮かべている。
それを見たマーベルが、
「喧嘩を売る相手を間違えたわね」
と強気の笑みを向ける。
「普通に消滅させるだけじゃつまらない。私はね、苦しむブレイバーを甚振って甚振って甚振るのが大好きなの」
ルビーはそう言いながら、高揚する表情で鎌を地面から抜き、ぐるぐると片手で回し質問を投げる。
「なんでこの少年を私が選んだか、わかる?」
宿屋に泊る前、ルビーにされた質問を思い出し、応えたのはマーベル。
「夢世界ね……」
「ご名答。ラグナレクは危険な夢世界。三十年前に流行った夢世界。もう夢主も何人いることやら……だから火炙りの刑にするの。知ってるかしら? コアが傷つかなければ死なないブレイバーが、火に炙られた時の苦しみ叫ぶ断末魔」
そこへ我慢の限界に達したサイカが、
「知った事か!」
と刀を構えて前進した。
松明を持った村人達に囲まれながら、ルビーとサイカが衝突する。
その頃、宿屋で鼻歌を歌いながら金色の鉤爪を光らせながら歩くナポンは、事が起きたであろう部屋を見つけ、遠慮無く中へ足を踏み入れた。
尋常じゃない量の血溜まりと、大量出血により顔が真っ青のクロードの上半身が仰向けに倒れている。
ナポンの来訪で、隅で怯えていた御者のおじさんは更に怯えて背中を壁に押し付ける様に足をもがく。
「ひぇぇぇぇ!」
そんなおじさんを気にせず、ナポンは血溜まりを踏みながらクロードに近付き見下ろした。
「あーあー、言わんこっちゃ無い」
呆れた顔でナポンは膝をつくと、手でクロードの傷口を確認する。
「血はもう止まってる。再生も始まってる……動ける様になるのは明日の昼ってところか」
そして手を滑らせる様にクロードの顔の頬まで運ぶ。
「うちの馬鹿ども、みんな助かったよ」
ナポンは眠るクロードの頬を鉤爪の先で軽く引っ掻き、ゆっくりと傷を付け、それをうっとりとした表情で見つめた。
しばらく金色の鉤爪でクロードの頬に傷を付けて遊んだ後、
「さてと」
と、ナポンは立ち上がると部屋の隅で怯える御者のおじさんに目を向け、そちらに近付く。
「な、なななんなんだよあんた! 仕返しでもしにきたのか!」
御者の問いに対して、ナポンは満面の笑みで返した。
宿屋でそんなやり取りが行われる中、サイカはルビーに斬り掛かっていた。
だがルビーは、サイカの斬撃を軽々と避け続け、たまに遊ぶ様に鎌を振ってくるのをサイカも飛んだり屈んだりして避けていた。
武器と武器が当たりもしない静かで、そして激しい攻防だ。
しかしエムを助ける為に必死なサイカに対し、ルビーは余裕の表情を浮かべている。
すると村人達がニ人に構わず動き出し、エムが吊るされた十字架に火を灯し始めた。何の躊躇もなく、残酷に、無表情で、村人達は一人一人前に出て火をくべる。
それが見えたサイカは、
「マーベル!」
と背後で待機しているマーベルの名を叫ぶ。
既にマーベルは杖を掲げていた。
「水属性は得意分野よ」
マーベルが夢世界スキル《スプラッシュ》を発動する。
杖の先に現れた魔法陣から、勢いよく大量の水が放出される。本来は敵に当てる事で真価を発揮するものだが、今回は火を消す事が目的である事と、射線上でサイカが戦っている為、上空へ向けて放たれた。
バケツをひっくり返した様な大量の水が、十字架を中心とした広範囲に降り注ぎ、十字架を燃やそうとした火は鎮火して、ルビーやサイカも含む多くの村人がびしょ濡れとなる。
湿ってしまった干し草はもう燃える事は無く、多くの村人が持っていた松明も火が消えた。
やがて激しく水を被った事で、目を覚ましたエムは目の前で起きている事態に驚く事となる。
「……えっ……ええええ!?」
慌てて動こうとするが手足が縛られていて動けない事に気付くエム。
サイカとルビーには、降り注ぐ水がまるで時が止まったかの様なスローモーションの世界が見えている。
サイカの刀はゆっくりと水を斬り、ルビーの顔まであと数センチ手前を矛先が通り過ぎる。反撃の鎌が下から振り上げられ、サイカは身をよじって胸部まで数センチの所を通り過ぎる。そのまま身体を回転させ、刀を上から振り下ろすと、ルビーは自身が持つ鎌とワルツを踊るかの様にくるっと刃を避けた。
そして水は降り止む。
エムは緑色の髪の毛から水を滴らせながら、唖然とそんなサイカとルビーの攻防を見ていたが、状況がやっと理解できてきた。
マーベルはニ人が戦ってる隙に、回り込んでエムを助けるために走ろうとするが、村人達がその道を塞いだ。まるでこの状況、この戦いこそが何かの神聖な儀式で、邪魔はしてはいけないと言いたげな村人達である。
そんな村人達の先頭に宿屋の主人がいたので、マーベルは話しかけた。
「貴方、何をしているのか解っているの!?」
「ああ、わかっているよ。ブレイバーの旅人さん」
「こんな事はやめて! ブレイバー同士が戦うなんて何の意味も無いのよ!」
「意味がない? バグと言う怪物を生み出すブレイバーが何をおっしゃる」
「それは……」
「この村はね。ちょっと前までは、ブレイバー達も多く住む長閑な村だったんだよ。でもね、一人のブレイバーが突然バグ化して暴れたせいで多くの犠牲者が出た。そこから正に地獄だったよ。ブレイバーがブレイバーを疑い、村人もブレイバーは危険だと敵視して、この村は小さな戦場になった。止めようとした王国兵士はみんな死んだよ」
「そんなこと……有り得ない!」
「平和ボケしたディランの町にいたのなら信じられないだろうね。この村はもうお終いだと思ったよ。そしたら彼女が現れたんだ。圧倒的な強さで暴れるブレイバーを消滅させ、錯乱した人間も容赦無く殺し、この村に平和をもたらしたんだ」
そんな話を聞いてしまったマーベルは、返す言葉が出ない。想像してしまったのだ。この村で起きた悲劇と、それを武力で制圧したルビーの姿を想像してしまった。
サイカの攻撃はルビーに当たらない。何度斬ろうと、突こうと、ルビーに避けられる。手加減をしているルビーの鎌もサイカは避けているものの、斬り合いにおいてルビーの方が実力が上であると、サイカは感じていた。
ルビーは刀を避けながら口を開く。
「貴女、なかなか死線を潜り抜けてきた強さはあるけれど、全然ダメね。バグしか斬ったことがないでしょう?」
「だからどうした!」
「私の夢世界でも、貴女と同じような奴がいるわ。数万回と戦ったことがあるのだけれど、これじゃあ彼の方が強いわね。当たり前だけど」
そう言うルビーが突然サイカの視界から消え、瞬時に背後に回り込んだルビーの鎌がサイカの首に掛かり、寸止めされた。
サイカの動きがピタッと止まる。
「はい、一回殺した。ねえ、ブレイバーが首を落とされると、どうなると思う?」
その質問にサイカは、
「それは経験済みだ!」
と、屈みながら足払いをして振り返る。
ルビーはそれを飛んで避けると、真っ直ぐ鎌を振り下ろした。
サイカは鎌の矛先を、刀身で受け止める。
「へぇ。首、斬り落とされた事あるんだぁ」
高揚した表情で余裕を見せるルビーに、サイカは蹴りを繰り出し、ルビーの腹部脇腹に命中する。
吹き飛んだルビーは地面に両足を滑らせ、少し離れた所で止まった。
それでもルビーは相変わらず赤頭巾の下で、余裕の笑みを浮かべながら、片手で鎌をくるくると回して遊ぶ。
「今のは良い一撃ね。ねえ、夢世界のスキルは使わないの?」
「お前こそ」
ここまで互いに夢世界のスキルを一度も使用していない。するとルビーはくるくると、玩具の様に回していた巨大な鎌を地面に刺す。
「弱いくせに自信過剰な貴女に、貴女が絶対に勝てない理由を教えてあげる」
只ならぬ殺気を感じてサイカは刀を構え直す。
「私はね、複数のプレイヤーに操られるキャラクター。そして対人戦しかない夢世界出身なの。もうその時点で貴方とは圧倒的な経験の差があるわけ」
そう言いながら鎌から完全に手を離したルビーは、ゆっくりと左手を自分の左目に付けているハートの眼帯に持っていくと、話を続けた。
「そしてもう一つ。ぬるま湯に浸かってきた貴女にはわからないと思うけど、私は夢世界にもない異能力があるのよ……見てみたい?」
「異能力……だと?」
何か危険な気配を感じるサイカの目の前で、ルビーは自身の眼帯に指を掛ける。
眼帯の下に何が……
しかしサイカがそれを見る事は無かった。
馬車の走る音が聞こえて来たので、サイカとルビーはその方向を見る。
金色の鉤爪を輝かせ、サイドアップしている赤髪を風になびかせながら、ナポンが馬車の馬を操り猛突進してきていた。
「どけどけどけぇ!!」
荷台には大怪我をしたクロードを毛布に包めた状態で乗せ、御者のおじさんも乗っている。
あまりにも速いスピードに、死にたくない村人は慌てた様子で道を開ける。
サイカとルビーも戦いを中断して避ける事となった。
するとナポンは、馬の背中を踏み台にして、馬よりも早く前方に飛ぶと、エムが吊るされる十字架に飛び乗りつつ、鉤爪で器用に手足の縄を切り、そしてエムを肩に担いで走る馬車に飛び乗った。
そんな姿を見ていたルビーは、
「ナポン! また私の邪魔を!」
と、すごい剣幕でナポンを睨みつける。
荷台の屋根の上に立つナポンは、エムを担ぎながら肩越しに笑って見せる。
「悪いなルビー。こいつらはあたいの恩人でもあるんでね」
御者のおじさんが慌てた様子で、荷台から出て馬の手綱を持ち、そのまま疾走して行った。
ルビーは唇を噛みながら、ハッとなってサイカがいた方を向くが、そこにはサイカの姿は無かった。後方にいたマーベルの姿も無い。
「ちっ。探しなさい!」
と、余興の邪魔をされて苛立ちを露わにするルビーの命令を受け、村人達は散開した。
馬車がルーナ村を出たところで、すぐに村の馬小屋にいた馬を盗んできたサイカとマーベルが合流。
街道沿いに東へ約一時間は走った所で、大きな山の麓にある森林まで来ると、隠れる様に山道に入る。
そこで手頃な場所を見つけると、ナポンは手慣れた様子で焚き火の準備を始めた。ナポンが鉤爪と小石で、あっと言う間に火を起こすのは卓越した芸当に見えた。
そんな中、すっかり落ち着きを取り戻した御者のおじさんは、よく走ってくれた馬達の世話をしている。
サイカは抱きついてきたエムの頭を撫でながら、荷台で眠るクロードの様子を伺った後、ナポンに顔を向け話しかける。
「なんで助けてくれたんだ」
「あたいとしては、あんた達と戦ったのは不本意だったんだよ。あいつらを守るのに必死だったんだ。あんな状況で、怪我人だけで済ませてくれたんだから、あんた達はあたいの恩人さ」
「そうか」
そこへエムが泣きながらサイカに謝る。
「サイカ、僕のせいで……ぐすっ……ごめんなさいぃ」
「私達の判断ミスだ。エムは悪くない」
と、サイカはエムを宥める。
そんな様子を焚き火の横で眺めていたナポン。
「ルビーと戦ってたねあんた。どうだった? ルビーは」
そのナポンの質問に、サイカは先ほどのルビーとの戦いを思い出し悔しそうな表情を見せる。
「……歯が立たなかった」
「そっか。だから言ったのに。あの村はやめておけって」
「えっと……」
「ナポンだ」
「ナポン。あのルビーと言うブレイバーとは知り合いなのか?」
「んー、まぁ腐れ縁みたいなもんかな。ほら、あたいはこの辺りの盗賊だからね。あの村と無関係って訳では無いさ」
「そう言うものなのか……」
そこへ、黙って聞いていたマーベルが話に入ってきた。
「私は村人からあの村の事情を聞いたわ。ナポンさん、貴女も知っているの?」
「あー知ってるよ。だからあの村は普通じゃ無いって言ったろ。あの村の事、どう思った?」
「どうって……異常よ。ブレイバー狩りだなんて……」
「ま、そう思うよな。でもあれもまた一つの正義なんだよ。やり方はアレだが、ルビーはルビーなりにあの村を救っている。だからあたいは……」
ぐうううう。
何かを語ろうとするナポンを遮る様に、サイカのお腹が鳴った。
その音に驚き、サイカは恥ずかしそうに頬を染めるとナポンが少し驚きながらも話しかけた。
「あんた、ブレイバーじゃなかったのか?」
「いや、これは……」
「ちょっと待ってな!」
と、ナポンは立ち上がると、焚き火の灯りが届かない茂みの奥へ消えていったと思えば、十分ほどで戻ってくると、ナポンの鉤爪には魚が三匹ほど刺さっていた。
この日、サイカは初めて焼き魚を食べる事となる。




