19.相談
首都ゼネティアでは、スペースゲームズ社主催の夏祭りイベントが開催され、街全体が縁日ムードとなっていた。
大通りには提灯が並び、NPCの店は全て屋台風なデザインとなり、道行くプレイヤー達も皆、祭に相応しい服装や装飾品を身に付け歩いている者が多い。
交流広場ではユーザー参加型のショーも行われ、櫓の上でプレイヤー達が装備自慢や、スキルを使った芸当などを披露して盛り上がっている。
普段はゼネティア外で活動しているプレイヤー達もイベントに参加する為に集い、ジパネール地域外の他首都からも多くのプレイヤーが観光で遊びに来る。なので普段よりも多くのプレイヤー達が多く行き交っていた。
そんなイベントの最中、ゼネティアで一番の盛り上がりを見せていたのはコロシアムだった。
公式トーナメント戦が行われ、プロの実況者と解説付きでインターネット生配信されている。
三日目となる本日はタッグ戦。
準決勝は注目の一戦、ジーエイチセブンとリリムのペア、対する相手はアマツカミとオリガミのペア。観客席は満員状態、多くのプレイヤーが応援しに駆けつけて来ている。知り合い同士の対決と言うことで、サイカもお忍びで見に来ていた。恐らく他のシノビセブンの面々も見に来ているが、客席の何処にいるかは不明である。
シノビセブンの知名度により、掛け金倍率はジーエイチセブンとリリムの方が高い。当然サイカは高い方に賭けている。
実況者の男性が興奮気味に話し出す。
『さぁ始まって参りました! タッグ戦準決勝! なんと、今宵はシノビセブンの忍者アマツカミ選手&くノ一オリガミ選手ペア! 対する相手は豪快剣士ジーエイチセブン選手&七色魔法剣士リリム選手ペア! 異色な組み合わせとなりましたが、どうなると予想しますか解説の篠崎さん』
『そうですね。これまでの戦いだと、どちらも連携プレイを得意としていますからね。何が起こってもおかしくない試合ですよ』
『レベルの数値としては、ジーエイチセブン選手が百十六、リリム選手も百十六。それに対してアマツカミ選手は百二十、オリガミ選手が百十。丁度いい実力ですが、それでも相手はあの砦落としのシノビセブン!対人戦に特化された隠し職業の実力が、今ここで発揮されるか!』
そんな実況が行われる中、試合開始まで三十秒のカウントダウンが始まると、今から対決する当の本人達は会話を交わしていた。
まずジーエイチセブンが語り掛ける。
「まさかシノビセブンの二人と戦えるなんて思っても見なかったが、サイカがいないのなら俺たちにも勝ち目はあると見た」
すると鬼の仮面で顔を隠しているアマツカミが応える。
「残念ながら、こいつがどうしても優勝商品のツインエッジが欲しいらしくてな。本気で行かせてもらう」
「赤と青のツインエッジ、剣士と魔法剣士である俺たちこそ使いこなせる一品なんだがな」
そこへオリガミが、燃える闘志を剥き出しにした。
「サイカちゃんにプレゼントして! 私の株を上げるの! そんでもってペアリング装備にしちゃうんだから!」
カウントは十秒を切り、四人はそれぞれステータスを上げるバフアイテムを使用して行く。
そしてカウントが終了、試合開始のゴングが鳴ると同時、ジーエイチセブンはいきなり大技スキル《ディストーションソード》を発動して、長い溜め時間に入った。
それを見たオリガミは、
「させないよ!」
と、ジーエイチセブンを対象指定にしてスキル《百華手裏剣》を発動。百個の手裏剣が放たれる。
「リリム! 頼んだ!」
ジーエイチセブンに言われ、リリムが前に出るとスキル《マッチネスダンシング》を発動して、高速の斬撃で手裏剣を弾いていった。さすがに全てを弾くことはできず、何発か手裏剣がリリムに命中した事でHPバーが二割ほど削れた。
するとリリムの足元に魔法陣の様なエフェクトが現れ、アマツカミの《忍法火炎陣》の柱が放たれる。
リリムはそれを飛躍して回避する。
すると溜めの終わったジーエイチセブンの巨大な剣の様なエフェクトが、その火の柱をも巻き込んで、広範囲に放たれる。
オリガミはそれを横飛びで避けたが、ジーエイチセブンの狙いは忍術スキルを得意とするアマツカミ。
アマツカミに見事に命中、と思いきやスキル《空蝉》の効果で、そこにいたアマツカミは幻影。
本人は《ディストーションソード》の効果範囲よりも外、幻影の後方にいて、そこで印を結び次の忍術を唱えていた。
それを見たリリムが、スキル《マッドネスブレード》で手に持つエレメンタルソードを光属性色に輝かせると、前へ突進する。
オリガミは高速で手裏剣を投げまくるが、リリムはその手裏剣を斬りながら前にも進んだ。
そこへアマツカミのスキル《忍法土壁》が発動、リリムの進行方向に巨大な土の壁が現れた。
リリムは足を止め屈むと、後ろから走ってきたジーエイチセブンが大剣でその壁を横から真っ二つに斬った。
土の壁は崩れ、向こう側の景色が見えると同時、アマツカミが忍術を付与した苦無三本を投擲しており、再びリリムがそれを斬る。
だがそれこそがアマツカミが仕掛けた罠で、リリムが一本目の苦無を斬ったところで、その苦無が爆発。続けて他二本の苦無も爆発した。
そんな戦いを観客席からワクワクしながら見ているサイカに、横から話しかける者がいた。
「シノビセブン、さすがですね。サイカさん」
そう言われ、サイカがその声がした方を向くと、茶髪ポニーテールで、修道服を改造した様な肌蹴た服を着たケークンと言う格闘家がニッコリと微笑みかけてきていた。レベルは百十七。
サイカは少し驚き、そしてこの人が誰か思い出そうとしたが思い出せず、その場でしゃがむと、ケークンに聞こえない様に配慮しながら言葉を発する。
「琢磨、誰だっけこの人」
(いや、たぶん知らない人)
琢磨にそう言われ安心したサイカは立ち上がり、ケークンに顔を向ける。
「えっと……どちら様?」
「おっと、これは失礼。お会いするのは初めてでしたね。俺は関西の首都ローアルから観光に来てるケークンと言う者です。前回の首都対抗戦の際、イース砦であのドラゴン事件を目撃した……と言えば何となく解ってもらえますかね」
(余計な事言わないでね)
「えっと、あの時の事は聞かれても何も話さないよ」
「あーいやいや。今日はリリムさんを見に来て、たまたま隣に居合わせただけですよ」
「そうか」
「この戦い、近接攻撃型のジーエイチセブンさんとリリムさんに、相手は手裏剣型のクノイチと、忍術型のニンジャ。どうなると思います?」
「たぶんシノビセブンの二人が勝つと見てる」
「じゃあ、そっちに賭けたんですか?」
「いや、逆に賭けた」
「じゃあ俺と同じですね。俺はリリムさんと手合わせした事があって、気に入りました」
サイカとケークンがそんな会話をしている中、先程の苦無の爆発でHPが削られながらも、二人の剣士は同時に前に突進していた。
オリガミが高速で投げる手裏剣も間に合わず、接近を許すと、オリガミはスキル《影分身》を使用して見た目は全く同じハリボテを三体召還する。
気をそらした所で、本人は走って距離を取った。
そのハリボテはあっと言う間に二人に斬られ消滅。そのハリボテを攻撃している所を狙って、アマツカミがスキル《忍法水鉄砲》を発動すると、アマツカミが前に突き出した手から勢い良く大量の水が噴射された。
ジーエイチセブンは大剣を盾にそれをガードすると、リリムがその噴射される水の横を走りアマツカミへ急接近して斬り掛かる。
そこでアマツカミは一つのテクニック、装備入れ替えによるスキル発動キャンセルを使い、素早く小太刀を片手に持つと、リリムの剣を弾いた。
怯むリリムを前に、アマツカミの顔を隠している鬼の仮面の目が光る。
「忍術型だと思って甘く見たな」
そんな発言と共に、アマツカミはスキル《震撃斬》を発動すると、小太刀でリリムを斬った。
ダメージは低いものの《震撃斬》の効果でリリムに麻痺が付与される。麻痺を受けながらもリリムは飛び上がり、宙返りをするとその後ろからジーエイチセブンの大剣が現れる。
アマツカミはその不意打ちを小太刀で受け止めるが、吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
リリムは麻痺で行動が制限され、片膝を地面に着くとジーエイチセブンが声を掛ける。
「麻痺か。回復しておけ」
「うん」
と、リリムが万能薬を使用して麻痺を回復する。
その硬直を狙っていたオリガミが、スキル《念手裏剣》を発動する。念で作られた水色の手裏剣を五つ身の回りに出したと思えば、それをリリムに向けて放った。
念手裏剣はそれぞれ違う軌道でリリムに飛んでいくと、ジーエイチセブンが大剣から片手剣と盾に装備を入れ替え、盾でそれを防ごうとするが、その念手裏剣はジーエイチセブンを貫通。リリムすらも貫通すると、念手裏剣は折り返して再びリリムに向かう。
この念手裏剣は、威力は低いが、効果時間中は永遠に対象を追跡して何度も貫通すると言う特殊手裏剣である。
それを止める為にジーエイチセブンはオリガミに向かって盾を構えながら前進するが、再びアマツカミの《忍法土壁》がそれを邪魔する。
そこへ麻痺を回復したリリムが、念手裏剣に追われながらも走って来ると、ジーエイチセブンの盾を踏み台に高々と飛び上がり、土壁を乗り越えると、その先にいるオリガミに斬り掛かった。
だがリリムが斬ったオリガミもスキル《空蝉》による幻影。オリガミ本人は走って逃げていた。
逃げるオリガミを範囲内に捉えたジーエイチセブンは、スキル《インペリアルソード》による重力波でオリガミの動きを鈍らせた。
その効果によりリリムも動きが遅くなるが、自由に動けるジーエイチセブンが走り、オリガミを斬り掛かる。
「ちょ、ちょっと待ってぇ!!」
と涙目になるオリガミに構わず、ジーエイチセブンは剣を振るう。
そこへアマツカミがスキル《忍法影交換》を発動して、オリガミと瞬時に位置を入れ替える、ジーエイチセブンの目の前にアマツカミが現れる。
アマツカミは小太刀でジーエイチセブンの剣を弾くと、そのまま二人は斬り合う形となった。
難を逃れたオリガミは、装備している手裏剣を爆裂手裏剣に入れ替えると、クールタイムが終わったスキル《百華手裏剣》を再度発動。
百個の爆発する手裏剣が、ジーエイチセブンとアマツカミ諸共を吹き飛ばす。背中からまともに受けたジーエイチセブンは、その爆発によりHPゲージを全損。アマツカミは《空蝉》による幻影でダメージを逃れていた。
そして残るはリリム一人となった。そんな展開に、実況者はかなり盛り上がっている様子。
そしてサイカの横に座るケークンも楽しそうに話し出した。
「さすが噂に違わない強さだ。実に汚い。サイカさんは、あの二人よりも強いって聞きましたが……」
そんな事を言いながら、ケークンはサイカの名前表示の横にあるレベル百二十五と言う数値を見てきた。
何なんだこの人はと不審感を抱き、あまりこの格闘家とは関わりたくないと感じたサイカは、何も言わずに席を立つとその場から去ろうとする。
「あれ、最後まで見ないんですか?」
「もう勝敗は決まったよ。それじゃ」
と、サイカはケークンを置いてそのままコロシアムを出て行った。
その頃、アヤノとシロは祭りイベントで盛り上がる女神像の前にいた。
女神像、これは所謂課金ガチャと呼ばれる物で、近くのNPCで買った水晶石を像の手に乗せるとレアアイテムが出ると言うシステムだ。
アヤノは衣装装備である浴衣が欲しくて、それに挑戦していた。
「次こそ!」
と、水晶石を女神像の手に乗せると、水晶石が金色に輝きアイテムが出現する。
しかし出てきたのは、テヘペロマスクと言うアイテムだった。六個目となるテヘペロマスクにゲンナリするアヤノ。
それを横で見ていたシロが止めに入る。
「あの、アヤノさん? もう五万円くらい引いてるよね? そろそろ止めておいた方が……」
するとアヤノは涙目になった顔をシロに向け、女神像を指差す。
「だって! 排出率アップって書いてあるのに! 一個も出ないんだよ! 一個も!」
「いやいや、それでもこの手の奴は運だから。今日は諦めなよ」
心配するシロを他所にアヤノは、
「よ、よし。もう十連やろう」
と、NPCに再度話しかける。
「それ以上はやめときなよ! ほんとに!」
「こうなったら意地でも手に入れてやるんだから。社会人舐めんなっ!」
アヤノは水晶石を十個買うと、女神像の前に持っていき、最初の一個を置く。水晶石は今度は金色ではなく、虹のような七色の光を放つ。
それを見たアヤノは目を輝かせる。
「きた! 確定演出! きたぁぁぁ!」
そして出てきたのは、クリスタルダガーと言うウルトラレアの短剣だった。
浴衣で無かった事で、希望が絶望に変わったアヤノの表情はシロも見るに耐えなかった。
そんな二人の様子をしばらく眺めていたワタアメは、近付いて話しかける事にする。
「課金ガチャの泥沼にハマってるね」
と背後から言われ、振り向くアヤノ。
「あ、ワタアメさん。こんにちは」
「やほー」
ワタアメは尻尾をウネウネとさせながら、アヤノにアドバイスを言う。
「ほら、よく考えてみなよ。さっきから当たってる目当てでは無いレアアイテム。それをプレイヤーショップで売れば、浴衣の一つや二つ買えるんじゃない?」
「あっ、なるほど……」
目の前のガチャに躍起になっていて、アヤノにとっては盲点だった。
するとワタアメはまるでアヤノに自慢するかの様に装備を黒い浴衣に変え、目の前でくるりと回って見せた。
「ま、私はもう持ってるんだけどね」
「ぐぬぬ。羨ましい」
「それはそうと、最近はサイカと遊んでないの?」
「サイカ? えと……はい、たまに遊んでますよ。シロと一緒に三人でダンジョン行ったり……」
「そう、ならアヤノに頼みたい事があるんだけど……」
「へ?」
突然の申し出に、ポカンとするアヤノだった。
その頃、サイカはゼネティアの市場通りを歩いていた。屋台風に改装されたNPCのショップを前に立ち止まると、NPCを睨み念を送る。
しかしNPCは反応しない。
もう一度、何かを念じる様にNPCを睨み、拳に力を込める。
すると、サイカの目の前に画面が浮かび上がると、そこに売られてるアイテムリストが表示された。
コガラスマルと言う刀が目に入り、それを触ろうとするが手がすり抜けてしまう。なので今度は、コガラスマルを買うと言う思考をNPCに送る様にしてみる。
すると、システムメッセージが表示された。
【コガラスマルを購入しますか?】
思い通りに事が進んだ事で、嬉しくなるサイカ。
(ちょっと待った!)
琢磨のメッセージが聞こえたと思うと、画面が閉じられてしまった。
「あ!」
(あ! じゃないよ! そんな高い物を実験で買おうとするんじゃない!)
「高いから良い物なんじゃないのか?」
(キクイチモンジの方が良い武器だよ)
「琢磨はケチなんだな」
(それくらいでケチとか言うな。それと、また周りに聞かれてるぞ)
琢磨に言われて、サイカは周りを見渡す。行き交うプレイヤー達が、NPCの前で独り言を話すサイカにまるで不審者を見るかの様な目線を向けていた。
「すまない。NPCに話しかけたりメニューを出したりと同様に、周りに聞こえない様に話すのは、やはり慣れなくてな」
(そこは僕にも分からない感覚だから、何とも言えないけどさ。とりあえず、周りに聞こえる時に名前で呼ばないで欲しい)
「そうか。善処する」
そして歩みを進めるサイカは、とある事を思い出し、近くの縁石に腰掛ける。カメラの位置を感じ取り、カメラへ目線を向けると再度琢磨に話しかけた。
「なあ、た……こほんっ。琢磨。私は旅に出たんだ」
(それは……サイカの世界の話?そっか、前に言ってた組織を探すって言ってたよね)
「そう。初日から盗賊に襲われたり、まあ色々あったんだけど……その、今いる村が―――」
サイカは琢磨にルーナ村の事を状況説明した。普通では無い村。不穏な空気。ルビーと言うブレイバーの事。
「―――それで、あっさりと宿に泊めてもらえる事になって……」
(ちょっと待って。そのルビーって言うブレイバーは、その村のリーダー的な……崇められてるような存在なんだよね)
「うん。そんな感じ」
(それで王国兵士も……ブレイバーもいないと……)
「うん」
(そしてゲーム……じゃなくて、夢世界を確認されたと……)
「うん」
(それは警戒した方がいいかもしれない)
「え?」
(考えすぎかもしれないけど、状況から察するに、そいつ……又はそいつらは十中八九、何かを企んでる)
「そうか……わかった。気をつけるようにするよ」
こんな相談にも乗ってくれる、琢磨と言う夢主はサイカにとっては最も信頼できる相手となっていた。
まだ出会って一ヶ月だが、付き合いは三年。まだまだ分からない事ばかりで、他とは違う存在となってしまった孤独感もあるが、琢磨とこうやって会話ができる事で幸福感に浸るサイカ。こんな時間が長く続けばいいのにと、そんな事を思いながらその後も他愛も無い会話を楽しんだ。
するとそれを邪魔する様に、前を通りかかったプレイヤーの二人組がサイカに声を掛けてきた。
「あのぅ、竜殺しのサイカさんですよね?良かったらスクリーンショット撮ってください!」
サイカは慌てて立ち上がると、そのまま言われるがまま一緒にスクリーンショットを撮った。愛想笑いが出来ないサイカの笑顔は引きつっている。
「「ありがとうございました!」」
と、二人組はさっさとその場を去り、サイカは軽く手を振って見送った。
「ゼネティアに戻ってきてから、よく声を掛けられるな」
竜殺しと言う異名が広まってしまったのは、一ヶ月前のドラゴン型バグと戦った影響。目撃者を中心にサイカの名が知れ渡り、やがて竜殺しなどと言う大層な肩書きが付けられて呼ばれる様になった。
デストロイヤー戦の時もサイカが活躍した事がバレてしまい、今では公式が認めるゼネティアのスーパースターになってしまっている。
(課金して改名した方がいいかな)
「それはダメだ!」
突然、琢磨が改名などと言ってきた為、サイカは即反応した。
急に叫んだ為、サイカの意識が追いついておらず、周りのプレイヤーが再び不審者を見るような目を向ける。
(サイカ……)
「だって……」
申し訳無さそうに顔を埋め、小さくなるサイカ。
(冗談だよ。それじゃ僕はそろそろ寝るから。また明日)
「わかった」
少し寂しそうにするサイカを他所に、琢磨はメニューを開いてログアウトの操作をする。
そこでサイカの意識は途切れた。
✳︎
明月琢磨はコンビニやスーパーマーケットなどに最新鋭のレジや商品管理システムを提供するIT企業に勤めている。
とは言っても、システムエンジニアでも営業マンでも無く、様々な紆余曲折を経て事務員に落ち着いてる次第だ。
プロジェクトサイカに参加する様になってからも、変わる事無く働き続けていた。だがワールドオブアドベンチャーに二度目となるバグが現れた事で、プロジェクトが本格始動する事となり、仕事に影響を与える事となる。
スペースゲームズ社の高枝左之助と笹野英子、内閣サイバーセキュリティ特別対策本部の矢井田淳一の三人が明月が務める会社に来訪したのだ。
取締役、本部長、部長も交えた会議が三時間にも及び行われ、最後に琢磨が会議室に呼ばれたと思えば、臨時特別休暇と言うものを取る事になってしまった。
つまりはワールドアドベンチャー、延いては国の為に今後は二十四時間体制で自宅待機を命じられた訳だ。
今後場合によっては、スペースゲームズ社に強制転職と言うオマケ付きである。
そんな琢磨は三日で業務の引き継ぎを行う様に言われ、状況がわからない他社員からは変な目で見られ肩身が狭くなってしまった。
それもそのはず、まさか趣味でやっていたゲームで、こんな事態になってしまうとは琢磨本人も理解が追いついていない。
そんな日の夜、話を聞きつけた同じフロアで営業の立川奏太から誘われ、二人で居酒屋に行く事になった。
飲みの席で、何があったのかしきりに聞かれる為、琢磨は話そうかどうか悩んだ末にとりあえずありのまま起きた事を話すに至る。
かなり酒の入った奏太が顔を真っ赤にして、珍しく電子タバコを吸っている。
この電子タバコは二○一七年頃から流行の兆しがあり、二○二○年以降に完全無臭で健康面が改善された電子タバコの登場以来、もはやタバコと言えば電子タバコと言うのが当たり前の風潮になった。それにより、タバコを吸う人の九割が電子タバコで、分煙化などと言う言葉は二○三二年の日本ではもう聞かなくなるほどに安定したタバコ社会になっている。
そんな電子タバコを吸いながら、奏太は口を開く。
「つまり、あれか。異世界の生物が攻めてきていて、明月がやっているゲームのキャラクターが……異世界の人間で、それに唯一対抗できる存在で、明月はそれに関わる事にしたと? 一千万円を断ってか?」
「その通りです」
「ありえねぇ! なんの冗談だよ。なんかのアニメの話か?」
案の定信じて貰えない様で、琢磨はどう話したらいいものかと奏太をまじまじと見つめる。
すると奏太は、
「マジ……なのか?」
と質問してきたので、琢磨は黙って頷く。
「それ、飯村ちゃんには話したのか?」
「話せませんよ。こんな事……」
「だろうなぁ。普通なら明月が中二病発症させちまったと思うもんなぁ」
奏太はそんな事を言いながら、電子タバコの煙を口から吐くと、空になったビールジョッキを片手に店員さんを呼び追加注文した。
「僕も正直、夢なんじゃないかと、今でも信じられない事なんですが……現実の出来事なんだって、実感してきてる所です」
「そりゃ、内閣のお偉いさんとかが会社にまで来たってなるとなぁ……特別臨時休暇なんて聞いた事ないぜ」
「立川さんは信じてくれるんですか?」
「信じるよ。お前とどんだけ一緒に仕事して、飲み明かした仲だと思ってる?とにかく明月は、国の為に会社を休むってこったな」
「はい。なんかすみません、変な話して」
「なんでお前が謝るんだよ。立派な事じゃねーか。俺はそのゲームやってないから何の助言もできねぇけどよ。困った時はいつでも頼ってくれ」
「立川さん……」
「だけどよ、飯村ちゃんは部署も遠いしフロアも違うから、たぶんお前が会社に来なくなる事を知る由もないだろう。でもお前に誘われてそのゲーム始めたんだろ? 頃合い見て説明しておくのが筋ってもんだな」
「飯村さんは、今がたぶん一番ゲームを楽しんでる時期なので……そのうち、話そうと思ってます」
「……この話はやめだやめ。今日はたっぷり飲み明かそうぜ。二次会は夜の店にでも洒落込むとすっかぁ!」
琢磨と奏太はそのまま一晩飲み明かし、翌朝の始発電車でフラフラになりながら帰宅した。結局、サイカとの事をそれ以上話す事も無かった。
【解説】
◆ゼネティアの縁日イベント
ジパネール地方首都ゼネティアで毎年開催されるお祭りイベント。日本の縁日仕様に町の様子が様変わりして、様々なイベントや限定アイテムが出てくる。その為、外国圏のプレイヤーも含め、多くのプレイヤーが集い賑わうイベントだ。
◆首都ゼネティアのコロシアム
ジパネール地方首都ゼネティアにあるコロシアムは、ワールドオブアドベンチャーでは珍しいPVP(対人戦)を楽しむ円形闘技場。観客もどちらが勝つか予想して賭けもできる為、年中賑わっている。
スペースゲームズ社主催の大会イベントが行われる際は、豪華なレアアイテムが優勝賞品となる為、ソロ戦トーナメント、タッグ戦トーナメント、団体戦トーナメントに参加するプレイヤーも多い。プロの実況と解説付きで生配信されるのも、世界中のプレイヤーに楽しんで貰う為の手法である。
◆ガチャの闇
日本で流行りの一途を辿る『ガチャ』と呼ばれるシステムは、この世界では規制が強まっている。が、それでも日本経済を大きく回している重要なゲームシステムでもある為、まだ抜け穴がある状態だ。
経験された人も多いだろうが、一つ言っておくとすれば『ピックアップは信用するな』だ。
◆電子タバコ
無臭で無害なタバコ。実現したら凄い事だけど、果たしてそれは本当にタバコなのだろうか。




