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ログアウトブレイバーズ  作者: 阿古しのぶ
エピソード2
17/128

17.プロジェクトサイカ

挿絵(By みてみん)

 ゲームマスターの九号がサイカに話し掛ける。


「準備はいいか、サイカ君……いや、この場合、サイカさんの方が正しいのか?」

「好きにしろ」

「今回、新たに出現したバグは、ゼネティア西部にあるタンナ村。現在、近くにプレイヤーが三名確認されている」


 そんな説明を受けながら、サイカは自身の装備がまるでサイボーグの様なフル装備になっていて、しかもフルフェイスである事が気になっていた。


「なぁ、この息苦しい装備は何だ?」

「プロジェクトサイカスーツ。管理者コマンドを受け付けない君の為に作られた特注装備と言ったところだ。他プレイヤーから身分を隠せるだけでなく、それを着ている間はステータス強化と無敵モードが適用される。なるほど、息と言う概念が君にはあるのだな。デザイナーに改良する様に言っておこう」

「別にこんな物無くたってバグとは戦える」

「君の創造主のお願いあっての装備だ。悪く思わないでくれ。それにサイボーグ忍者みたいで格好良いじゃないか」

「別に」

「それと、刀も特注装備になっている。レア装備のキクイチモンジでは身元がバレる可能性があるからな。試作段階ではあるが、バグのデータを解析して作られた対バグ用の刀だ。上手く使ってくれ」


 ただでさえ機械的な見た目になっているのに、腰の刀も見たことが無い様な近未来のゴツゴツした刀になっている。


「わかった。それで私は何をすればいい」

「タイミングを見計らって、タンナ村の上空に君を転送する。そのスーツであれば落下ダメージは受けないので、安心して空から強襲してくれ」

「了解」

「あーそれと、クノイチのスキルは極力使わない様に」

「なぜ?」

「職業バレも避けなければならないからだ」

「……了解」



 ✳︎



 ニ〇三二年七月末。

 この日、ワールドオブアドベンチャーの運営会社の一つ、スペースゲームズ社広報部によるインターネット生放送番組が行われていた。

 コスプレをした女性MCが元気な笑顔で番組を進行している。


「ウォーアー! 今夜も始まってまいりました、ワールドオブアドベンチャー公式生放送、ゼネティア放送局でーす。本日の特別ゲストは、皆さんもご存知、WOAの有名実況者、ココ太郎さんです〜!」


 女性MCの横に座った、不織布マスクを付けた男が画面に映し出される。


「ウォーアー! ココ太郎で〜す!」


 ここで動画サイトのコメント欄が一気に盛り上がりを見せ、このココ太郎と言う人物が人気者である事を物語る。


「聞きましたよ。ゼネティアからローアルまでの一人旅する企画動画、無事に達成したそうじゃないですか。どうでしたか?」

「それがですね、最初はちょっと無謀かなって思ってたんですが、行く先々で出会うリスナーと遊びながらやってたら、結構あっと言う間でしたよ」

「へぇ。では、その中でも何か印象に残ってる出来事とかはありますか?」

「んー、そうだなぁ。あれですね。一ヶ月前くらいにあった首都対抗戦イベントの時、レッドエリアに間違えて入っちゃって、プレイヤーに追いかけ回されたのが恐怖でしたね。死んだらゼネティアに戻されちゃうから、もう必死でしたよ」

「その時はどうなったんですか?」

「リスナーさんの助けもあって、間一髪逃げ延びましたね」

「なるほど。やはりそこでもリスナーさんの支えがあったと言う事ですね」


 そこでココ太郎は思い切った質問に出始める。


「そう言えば、たぶんリスナーさんも気になってる人多いと思うので、聞きたい事があるんですがいいですか?」

「なんでしょう」

「その首都対抗戦の時、ゼネティアの方で、謎のドラゴン出現イベントがあったって言うのは本当ですか?」

「本当ですよ。ゲームマスターとクノイチによるヒーローショー的なイベントでした」

「それに巻き込まれキャラクターデータが壊れたプレイヤーで、まだ復旧されていない人もいると聞いてますが。どうなんでしょう?」


 急に踏み込んだ質問を始めたココ太郎に、コメントは更なる盛り上がりを見せていた。


「それについては、私からは何も答えられないですね」


 MCも思わず苦笑い。


「そうですか。いや、私もワールドオブアドベンチャーは本当に好きなゲームなので、そう言った問題からは目を背けたく無いんですよ」

「えっと……」


 言葉に詰まってしまうMCが映され、すぐに画面が切り替わる。


【しばらくお待ちください】


 と言うメッセージが表示され、やがてWOAのCMが流れ始めた。



 ✳︎



 発見した遺跡ダンジョンに挑戦する為、近くのタンナ村で準備をする事にした三人のプレイヤーがいた。

 石で出来た階段に座る女魔法使いのスモモは、現在行われている公式生放送番組を視聴している。


「うわぁ。ココ太郎さん凄い事聞いてるなぁ」


 そんな独り言を言うスモモの横で、女騎士のリュンミが反応する。


「ココ太郎? 誰だよそれ」

「えー、知らないの?有名なゲーム実況者だよ。今公式放送に出てるの」

「興味ねぇよ。それより、俺はゼネティアの祭りイベントに行きたいね」

「そう言えば今日からだっけ、ゼネティアの祭りイベント。だからこんなにプレイヤーがいないんだね」


 すると、女弓使いのカラミティが慌てた様子で走って来た。それを見たリュンミは、

「おい、遅えぞ! 倉庫整理にいつまで時間掛けてんだ!」

 と、カラミティを注意する。


 だがカラミティの様子が変だ。何かに怯えた様子で、血相を変えて走ってきた。


「逃げろ! 化け物だ!」

「はぁ? 何を言って……」

 と、カラミティが走ってきた方向を見たリュンミの言葉が止まった。


 そこには大きな熊のような形をした、紫色のモンスターが赤い宝石の様な目を光らせ、こちらに向かって歩いてきているのが見えたからだ。見た目は熊だが、まるで九尾狐の尻尾の様なものが生えていて、ゆらゆらと揺らしている。


 見た事も無いモンスターを前に、スモモも驚いていた。


「なにあれ、新種のボス?」

「わからない。倉庫NPCの前にいたら、いきなり横にいたんだ。攻撃をしてきたから避けたら、巻き込まれたNPCが割れて……」


 そんなカラミティの説明にリュンミが応える。


「割れた? なんだよそれ」

「俺にもわかんねぇよ! 何がなんだか! パリーンってなったんだ!」

「とにかく戦ってみなきゃわかんねぇな!」

 と、騎士のリュンミが背中の剣を抜こうとするが抜く事ができなかった。


 それを見たスモモが指摘する。


「町や村の中では戦闘行為はできないよ!」

「じゃあなんでモンスターが出現してるんだ!おかしいだろ!」


 リュンミがそんな事を言っている中、カラミティが、

「と、とにかく逃げよう! ここで死んだらゼネティア行きだ」

 と提案してきたので、スモモとリュンミは頷いた。


 だが紫色の熊の様なモンスターは、逃げる事を許さず、急に攻撃を仕掛けてきた。

 三人に向かい走り出したかと思えば、お尻から生える九本の尻尾が伸び襲いかかる。

 三人は散開する様に横へ飛び、それを回避。そしてそれぞれ、建物や樽等のオブジェクトへ咄嗟に隠れた。

 近くにあった樽に隠れたスモモに狙いを定めたモンスターは、走りながらもう一度尻尾を伸ばすと、その尻尾は樽のオブジェクトをまるでガラスを割るかの様に破壊して、そのまま貫通する。スモモは紙一重のところでその尻尾を避け、頬の数センチ横を尻尾が通り抜けていく。


 その間にも、スモモのすぐ目の前にまでモンスターは距離を詰めていた。

 リュンミが叫ぶ。


「スモモ! 逃げろぉぉ!」


 だが、このゲームをやっていて初めて感じる恐怖によりスモモは動けない。

 そんなスモモに、今度は尻尾ではなく噛み付こうとしてきた謎のモンスターは、上空に気配を感じ、ハッと空を見上げた。


 上空から自由落下するサイカ。

 月明かりと星々の明かりの反射によりサイカのフル装備を黒光りさせながら、サイカは抜刀した。

 九号が特注装備と言っていたその刀の名は、ノリムネ。スーツと同じ黒色のその刀は、刀身が赤色に光っており、鍔の部分にはブースターの様な物が付いている。

 まるで玩具みたいな武器と感じつつ、サイカはそんな刀を両手でしっかりと持ち、振り上げる。


 サイカは落下の勢いを活かし、そのまま九尾の熊形バグに斬りかかった。ズドーンと言う重い音を響かせ、サイカは地面に着地する。


 斬った感触は軽かった。


 事前に察知したバグは先に回避行動を取っていた為、掠った程度だった様だ。

 細部が機械的に変形が行われ、プシューと言う何かを排気するかの様な音とエフェクトを肩や腰から出しながら、サイカは着地した低い体勢からゆっくりと立ち上がる。そして回避で距離を取ったバグの方に目線を向けると、フェイスの機械的な目が赤色に光った。


 突然空から現れたサイボーグにより、危機を脱したスモモは慌てて走り、リュンミに駆け寄った。


 女騎士リュンミは、スモモを自身の背後に隠す様に避難させながら、

「いったい何なんだよ……これ……」

 と、サイボーグの名前を確認しようとするが、HPバーだけが表示されており、名前やレベルが無い。これが、このプロジェクトサイカスーツの効果の一つだ。


 かっこいいサイボーグ忍者の登場に、カラミティは建物の影に隠れながらスクリーンショットを撮っていた。


「ゲームマスター? でも、こんな見た目だったっけ……」


 そんな三人のプレイヤーを無視してサイカは刀を構えると、バグが動き出す前に突撃した。背中と脚のブースターから熱を放出しながら、一気に踏み込みバグに接近する。

 バグはその斬撃を飛躍して回避すると、空中で九本の尻尾を時間差で伸ばし、サイカを攻撃する。

 最初の数本を避けつつ、サイカは何本かの尻尾を斬り落とした。


 尻尾攻撃の一瞬の隙とバグが民家の屋根に着地したのを見計らい、サイカは刀を思いっきり振ると刀の効果が発動。

 その刀、ノリムネの鍔の部分にあったブースターが突然動き出し、刀身の輝きが増したと思えば、弧を描く様な空気の刃が発生。

 建物諸共ぶった斬った。


 だがあまりの威力にサイカの手元がブレてしまい、バグには命中しなかった。

 バグは残った二本の尻尾を再度伸縮させ、大技を出して硬直しているサイカを襲う。

 ぎりぎり動き出したサイカは、一本目の尻尾を斬り、二本目の尻尾も斬ったところで、ノリムネの刀身がパリーンと音を立て折れた。

 ここに来て、特注装備の刀が早速壊れてしまったのだ。


 尻尾を全部失ったバグは、尻尾の再生を行いながら、屋根から飛び上がり、サイカに直接攻撃を仕掛けてきた。

 そんなバグの鋭い爪を持った両手を、サイカはノリムネの鞘を盾に防ぐと、熊形バグの腹を思いきり蹴っ飛ばす。

 蹴飛ばされたバグは、地面を滑りながら態勢を立て直し、すぐに折り返してサイカへ飛び掛かってきた。


 サイカはそれを宙返りで回避しながら叫ぶ。


「琢磨!」


 すると、装備メニューが素早く操作されたと思えば、サイカがバグの背後に着地する頃には、腰にキクイチモンジが現れる。

 サイカはそのまま抜刀の構えへ移行した。


 バグが振り返りながらも、再生された数本の尻尾を伸ばしサイカへ攻撃を仕掛ける。

 サイカは刀を抜かずに、それを華麗に避けて魅せると、痺れを切らせたのかバグは再び両手の爪と口の牙で攻撃をしようと突進をしてきた。


 その一瞬、サイカが抜刀するとバグの顔の部分が吹き飛んだ。


 それによりバグの動きが止まったので、サイカは透かさず縦に切り裂き、コアが見えたと思えば、それを突いた。

 コアは粉々に砕け散り、バグは静かに消滅していく。それを確認すると、サイカは使い慣れたキクイチモンジを納刀した。


 すると周囲で隠れて見ていた三人のプレイヤーが駆け寄る。


 まずはスモモが、

「あ、ありがとうございます! 助かりました!」

 とお礼を言うと、続けてリュンミが、

「すげー! なんだよ今の! かっけぇー!」

 と盛り上がっていた。


 その横でカラミティはサイカに質問を投げる。


「えっと、その装備は何ですか? ゲームマスターさんか何かですか?」


 だがサイカは、彼らを無視して九号に連絡を取った。


「終わったぞ」


 その言葉を合図に転送が開始され、サイカは彼らと一切言葉を交わす事無くその場から消えて行った。

 これが、サイカが一ヶ月ぶり二度目となるワールドオブアドベンチャーでのバグとの対峙だ。


 ✴︎


 初任務が終わり、明月琢磨(あかつきたくま)はパソコンの前で椅子の背にもたれ掛かりながらホッと一息。

 パソコンのディスプレイには、ゲームマスターの九号に文句を言うサイボーグ忍者姿のサイカが映っている。


「なんだあの玩具みたいな刀は! それにこの服も、プシューってなんだプシューって!」


 こんなに怒ってるサイカは初めて見るなと思いながらも、ペットボトルのお茶に飲む。

 そしてスマートフォンを手に取って動画サイトを開き、今さっき放送されたはずの公式生放送の動画を見ようとしたが、なぜか視聴不可となっていた。


 何か放送事故でもあったのだろうか。そんな事を思いながら、琢磨はスマートフォンをベッドの上に投げると、気分転換にシャワーでも浴びようと席を立つ。


 するとパソコンのスピーカーからサイカが琢磨を呼ぶ。


「琢磨! まだいる? 琢磨!」


 琢磨は立ったまま、キーボードを入力する。


(いるよ)

「今すぐこの装備を元に戻してくれ」

(わかった)


 そして琢磨は手慣れた操作で、装備メニューを開き、いつもの忍び装束に戻す。


「これだよこれ!」


 サイボーグ忍者から着慣れた忍び装束に戻った事で、画面の向こうで踊る様に喜ぶサイカ。


(それじゃ、ちょっとシャワー浴びてくるから。離席するね)

 と琢磨が入力して、パソコンから離れようとすると、サイカがカメラに目線を向け、もう一度琢磨に言葉を発した。


「琢磨、さっきは助かった。ありがとう」


 琢磨は服を脱ぎながら、そんなサイカの言葉を聞き、そのまま浴室へと向かった。




 プロジェクトサイカ。

 あの謎のドラゴンと遭遇した翌日、ゲームにログインするとそこにはサイカがいた。最初はアカウントハッキングや、遠隔操作の類では無いかと疑ったが、興味本位で会話を交してみた事が全ての始まりである。

 どうやらキーボードで入力した文字はサイカの脳内に流れ、ゲーム内では発言にまで至らず、ゲーム内の発言の主導権はサイカにある事もすぐに分かった。

 そこから、数日間は人気の無い所でサイカとコミュニケーションを取りつつ、何が出来て何が出来ないのかを互いに調べていく。


 サイカはこのニ年もの間、ここでは無い異世界で生活をしていると言う。事情を聞けば聞くほど、まるで漫画やアニメの様な信じられない事を彼女は口にした。


 異世界とブレイバーの存在、バグとの戦い、そしてゲーム世界との関連性。


 そんな話の中でも特に琢磨が驚いたのは、琢磨がワールドオブアドベンチャーを始めてからの四年間を共に過ごしたと言うサイカは、琢磨にしか知り得ない事まで、ゲーム内の出来事を事細かく知っていた事だった。


 それでも琢磨は半信半疑で、ゲームを再インストールしたり、アカウントのIDやパスワードを変えたり、ウイルスバスターでパソコンを診断したりなどの手を尽くしたが、ゲームにログインするとそこにサイカはいた。



 サイカの存在が決定的となったのは、それから一週間ほど経った時の事。



 ワールドオブアドベンチャーのゼネティアがあるジパネール地域、そこを運営管理しているスペースゲームズ社から琢磨に連絡が入った。


 琢磨は仕事帰りに東京都の繁華街にあるスペースゲームズ本社ビルまで足を運ぶと、一階にあるワールドオブアドベンチャーのグッズショップで待ち合わせの時間まで暇を潰し、そしてエレベーターで五階に上がった。

 ビルの五階はスペースゲームズ社の会議フロアになっていて、カウンターには内線電話機がポツンと一つ。

 何番に掛ければいいのか、近くに置いてある内線番号表を見ていると、後ろから女性社員に声を掛けられ、会議室へ案内された。


 会議室に入ると、二十人は座れるだろう長いテーブルが目に付く。

 その中央に三人が座り、その前には大量の書類が綺麗に並べられていた。

 琢磨が向かい側まで歩くと、三人は立ち上がり、そのまま名刺交換が行われた。そして席に座る様促され、琢磨は席に着く。


 左に座るポニーテールの女性が、スペースゲームズ社運営管理部管理課の笹野栄子(ささのえいこ)

 真ん中に座る眼鏡を掛けた男性が、スペースゲームズ社運営管理部管理課課長の高枝左之助(たかえださのすけ)

 右に座る貫禄のある男性が、内閣サイバーセキュリティ特別対策本部の矢井田淳一(やいだじゅんいち)


 その顔触れに緊張感が増す琢磨を気にせず、左之助が話を切り出した。


「明月琢磨君。なぜここに呼ばれたか何となく解っているかな?」

「はい……なんとなく……」

「単刀直入に申し上げると、君のワールドオブアドベンチャーのアカウントを我々スペースゲームズ社に譲渡して頂きたい」

「えっ、譲渡って……アカウント取引は規約違反では……」

「今回の場合は例外だ。なに、タダでとは言わない。ここに一千万の小切手を用意してある」


 そう言うと、一千万の数字が書かれた小切手と誓約書や同意書が琢磨の前に差し出される。


「えっと、理由を聞いてもいいですか?」


 琢磨の質問に対し、左之助は隣に座る栄子に目線を向けると、栄子が説明を始めた。


「先日の首都対抗戦イベントの際、ワールドオブアドベンチャーのジパネール地域にて、明月さんも遭遇した謎のモンスターが出現しました。あの日、あの時、私はゲームマスターの十九号、高枝課長はゲームマスター九号としてあの場に居合わせています」


 そんな説明をしながら、栄子は手元の書類から次々とその時のスクリーンショットをプリントした紙を琢磨に見える様に並べ、話を続ける。


「このドラゴンの様な何かは、開発元が用意したモンスターではありません。それどころか管理者コマンドを受け付けない未知のモンスターです」


 そこまで栄子が説明すると、今度は左之助が話を始める。


「明月君。君は……サイカは、そのモンスターと戦った。それは間違いは無いね?」

「はい」

「他のプレイヤーどころか、ゲームマスターの攻撃すらも通用しなかったそのモンスターに、君のキャラクター、サイカの攻撃は効いていた」

「そう……ですね……」

「その秘密はサイカにある」

「どうしてそう思うんですか?」


 琢磨が質問すると、今度は左之助が手元の書類の中からかなり分厚い資料を取り出し琢磨の前に出した。


「これは、あの時から今まで、サイカの会話ログだ」


 思いもしない資料がそこにはあった。琢磨が手に取って確認すると、確かにサイカの発言が全て記録されている。


「これは……」

「キミはあの日からずっと、なぜか首都ゼネティアには帰らず、フレンドからの誘いも断り、人気の無い場所で独り言を言っている。過去ログを見ても、この様な行為を君は今までした事は無い。そしてこの独り言に注目をしてみると、何やら誰かと会話をしている様にも見える。その中で異世界での話や、バグと言う生命体の話が出てきているね」

「はい」

「会話の内容から、このサイカは……明月琢磨君、君と会話をしているのではないか?」

「その……何と言ったらいいのか……僕も信じられない状況です」


 琢磨がそう言うと、今度は琢磨の発言をメモしている栄子が質問する。


「あのモンスターを前にした時、明月さんはサイカで何かアイテムを使用した様にも見えました。あれは、何か覚えてますか?」

「確か魔石フォビドンと言うアイテムです。身体が動かなくなって、あとノイズ、そしたらいきなり使用しますかってメッセージが……」


 それを聞くなり、左之助が反応した。


「魔石フォビドン……確か実装予定の武器の材料で、先行実装されたアイテムだな。笹野君、至急エンジニアに解析依頼、それとプレイヤーへの普及率を細かく調査してくれ」

「わかりました」

 と、栄子は立ち上がり、会議室を出て行った。それを見送ると、左之助は隣で眉間にシワを寄せて座る男性に話を振り始める。


「矢井田さん、お願いします」


 そう言われ、淳一は状況説明を始めた。


「内閣サイバーセキュリティ特別対策本部の矢井田です。我々サイバーセキュリティ特別対策本部は、サマエルと呼ばれる新種コンピュータウイルスについて調査をしていてね」

「ネットニュースで見た事がある程度ですが知ってます」

「ならば話は早い。このサマエルは、世間一般的には新種のコンピュータウイルスと呼ばれているし、その様に情報を流している。だがこのサマエルは、単なる悪質なプログラムではない」

「と、言いますと?」

「専門家がサマエルのデータやソースコードの解析ができず、単なるプログラムではないとされているからだ。これはどんなウイルスでも有り得ない事なのは、IT企業に勤める君なら理解できるね? 海外でも対応策が未だに確立できず、感染したIT機器ごと隔離をしなければならないのが現状。サマエルがこれ以上暴れるようであれば、世界規模で脅威となるだろう」

「えっと……そのウイルスと今回の件、何の関係があるのでしょうか」

「実はこのサマエルは、解りやすく言えばネットワーク上を徘徊する電気信号の一種。そこに僅かながら、生物的な信号パターンが確認されている。えっと……ワールドオブアドベンチャーで現れた謎のモンスターは、サマエルと酷似した信号を発している事が分かった」

「では、あのモンスターはサマエルかもしれないって事ですね」


 話が理解し始めた琢磨を見て、今度は左之助が話し出す。


「そして、渦中であるサイカと言う君のキャラクターもそれに酷似している」

「えっ……そんなまさか」

「冗談でも何でもない。もはやサイカは君がクリエイトしたサイカでは無いと言ってもいい。正直なところ、サイカはあのモンスターと同じで、ワールドオブアドベンチャーにあってはならない存在になっている。悪く言えばゲームバランスを無視したチートキャラで、アカウント凍結対象だ」


 そして淳一が続けて口を開く。


「私も信じたくない事態ではあるが、交流も出来て友好的であるその存在は、貴重なサンプルだ。ぜひ国の為に、君に協力を頂きたい。もし一千万で足りないと言うのであれば、言ってくれ」


 ここまで説明されて、やっと琢磨は状況を理解する。同時にサイカと言う存在が、何か大きな存在である事も解った。

 そして目の前には、一千万円と言う大金の小切手。その横に誓約書と同意書にサインをするだけで、お金持ちになれる。


 だが、琢磨はサイカと会ってから交わした数々の言葉を思い出した。

 もしサイカが本当に異世界で生きていて、転移か何かでゲーム世界にやってきた女の子だとしたら、そんな見ず知らずの誰かに渡してしまってもいいのか、実験体みたいにしてしまっていいのか。


 琢磨の答えが決まった。


「えっと、高枝さんと矢井田さん。僕は……ここまでサイカと数々の会話をしました。正直、同じ人間としか思えないくらいの存在です。だから、その……アカウントは譲りたくありません」


 真剣な表情で琢磨がそう言うと、左之助と淳一は顔を合わせ、そして左之助が話し出した。


「正直、この件はアメリカのCIAも注目している様な、君が思っている以上に大事だ。それでも君はサイカを渡したくないと?」

「はい」

「そうか。実はそう言われた場合の想定として、一つプランを用意している」

「プラン……ですか?」

「君のアカウントを受け取ったところで、実際のところ知的生命体と思われる君のサイカが私達に協力してくれるかどうかはわからない。それは懸念事項でもある。そこでだ、君とサイカは良く知れた間柄と見受けられるので、もし協力をして貰えるのであれば有り難いと言う話だ。まずはこれを見て欲しい」

 左之助は計画書を取り出し、琢磨の前に差し出した。


 その表紙に記載されている文字……、


 プロジェクトサイカ。


 その内容はA4用紙百枚にも及ぶ物で、簡単に言えば明月琢磨とサイカがタッグを組み、スペースゲームズ社と内閣サイバーセキュリティ特別対策本部に全面協力をすると言う事だった。






【解説】

◆インターネットでの公式放送

 基本的にはテレビ番組と同じで、台本が用意されていて、どんな話題を出すかも含めてある程度の流れが決まっている。又、時事問題など、NGワードや触れてはいけない話題なども事前によく話し合われる事も多く、当たり障りの無い進行が公式放送では求められているが、そう言った気遣いを無下にしてしまう一般配信者も存在する為、ゲストで招くのはとてもリスクが高い。

 テレビよりも自由なネット配信だからこそ、プロの司会や撮影スタッフがいる事も少なく、放送事故も起こりやすい。


◆プロジェクトサイカ

 現実世界のネットワーク上で猛威を振るっているコンピューターウイルス『サマエル』に対抗する為、内閣サーバーセキュリティ対策本部とスペースゲームズ社による合同計画の名称。これには、特別な存在となったサイカを利用して、電子世界のを徘徊する未知の生物を研究する目的が含まれる。

 初期段階として、琢磨にはサイカへの積極的な交流が求められる。


◆プロジェクトサイカスーツ

 未知のウイルスに対抗する計画『プロジェクトサイカ』において、エンジニアによって開発された試作装備。装着者の能力向上を促す強化外骨格であり、ゲーム世界で身元を隠す事も可能である。バグに有効打を与える為に開発された武装のノリムネは、ブースターを発動する事で建物を両断してしまう程の高威力を見せる。

 サイカがこの装備を使いこなすには、もうしばらく時間が必要そうだ。


挿絵(By みてみん)

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