16.邂逅
夢世界の意識が途切れ、サイカが目覚めると、そこはレイラの宿屋でサイカの部屋だった。
サイカはマザーバグにやられた事を思い出し、慌てて飛び起きると、自分の身体を確認した。皮膚も服装も元通りとなっていた。
周りを見渡せば、部屋にはクロード、エム、マーベル、シッコク、ミーティア、そしてレイラの姿がある。
まず真っ先にエムが涙目になりながら、サイカに抱きついてきた。
「サイカ! 良かった!」
「バグは……倒せたのか?」
「うん。ちゃんと、倒したよ。サイカと、ミーティアさんと、シッコクさんが、倒したんだ」
「そうか……。エム、心配掛けたね。ごめん」
サイカがエムの頭を撫でると、次にクロードが近付いてきた。
「サイカ、お前のおかげで命拾いをした。まずはお礼を言わせてくれ。ありがとう」
「クロード……」
今度はマーベルが口を開く。
「ほんと、何やってんのよ。あんたもう少しで消滅するとこだったのよ」
その言葉に、サイカはマバーバグの触手に刺され、結晶化が始まり、動けなくなった事を思い出す。
「私は……」
そして精神世界の様な真っ白な場所での謎の存在との遭遇と、夢世界でのバグとの戦い。色んな事があって、サイカはそれを覚えている。
自分の右手の平を見ながら回想に浸るサイカに、今度はシッコクが話しかけた。
「あそこまで結晶化して、生還して見せたんだ。ただ眠っていただけと言う訳では無いのだろう」
サイカはシッコクを見て頷くと、起きた事を全て話す事にした。
その後、サイカは謎の存在と話した内容、夢世界で自分の意思で動く事ができた事、そして夢世界に現れたバグの事。その全てを小一時間掛けてありのままに説明した。
皆、そんな馬鹿な事があるのかと驚いた様子でサイカの言葉に耳を傾け、そして言葉を失っていた。
最初に沈黙を破ったのはクロード。
「信じ難い話だが、俺はサイカが嘘を言ってる様にも見えねえ。目の前であんな奇跡を起こされた後だから尚更だ」
マーベルも続いて意見を述べる。
「ちょっと待ってよ。夢世界で自由に動ける様になれるかもしれないってのは、願ったり叶ったりだから良いけれど、サイカの話が本当なら、バグは私達の夢世界まで行く能力があるって事? 冗談じゃないわ」
「マザーバグと対峙したお前も感じたろ。俺たちはこの世界の仕組み、いや、ブレイバーがいったい何なのか、バグが何なのか、何も解っちゃいない」
そんな会話を黙って聞いていたシッコクとミーティアだったが、ミーティアが何かを思い出したかの様に小声でシッコクに話しかけていた。
「シッコク様、この話、まさか……」
ミーティアのその発言を聞いたクロードが、シッコクに顔を向ける。
「なんだよ隊長さん。何か知ってるなら黙ってないで何か言えよ」
シッコクは腕を組み考え事をしていたが、クロードに話を振られ、何かを決意したかの様に口を開いた。
「私は私が見た事しか信じない主義だ。だが、その話、前にも私は聞いた事がある。とあるブレイバーによる集団グループの一人がこんな事を言っていた。ブレイバーは夢世界に行く手段がある。更にはその向こうの世界へも行く手段があるかもしれない、と。私はそんな話に聞く耳持たなかったが、ここでもう一度そんな話を聞かされてしまっては、もしかしたらと思えてきたのが正直な感想だ」
そのシッコクの言葉に真っ先に食いついたのはマーベルだった。
「サイカと同じ境遇のブレイバーが他にもいたって事なの?じゃあそのブレイバーに会えば何か解るかもしれないわね」
「いや、そのブレイバーはもういない」
バツが悪そうな表情になったシッコクとミーティアを見て、クロードは何かを察し、言葉に出す。
「お前たちが始末したんだな。そのブレイバーを」
「気付いていたのか」
「なんとなくな。だってお前ら、銃火器装備の奴らがやたらと多くて、それでいてバグとの戦いはそんなに慣れている様には見えなかった。極め付けにそこのお嬢さん、サイカすら圧倒する戦闘技術。普通じゃないとは思ったぜ」
「別に隠すつもりな無かったさ。我らは王国直属の部隊だが、バグとの戦いを目的とした部隊では無い。この国に仇なすブレイバーによる反乱組織を始末して、平和を守る為に結成された部隊だ。そして、さっきの言葉を放ったブレイバーも国の敵となる組織にいた一人、我々が始末した」
衝撃的な発言の数々に一同は言葉を失い、エムも困惑していた。
「ブレイバーがブレイバーを殺すなんて……そんな……」
まだこの世界に来て日の浅いエムに、マーベルが助言する。
「人間も、世界も、ブレイバーも、一筋縄では無いって事よ。エム」
一筋縄ではないと言う発言を聞き、サイカも一つの可能性に気付く。
「もしかしたら、この世界の何処かに手掛かりがあるのかも……」
「その通りだ」
と、シッコクがベッドに座るサイカに歩み寄ると話を続ける。
「サイカ、特別な存在となった今だからこそ決断の必要がある。お前はもっと世界を知るべきだ。私の所へ来い」
まるでプロポーズをするかの様に、シッコクはサイカに手を差し伸べる。
突然の事で、サイカはその手を取る事はできず、目を泳がせたのを見たクロードが止めに入る。
「隊長さんよ。あんたと一緒に行くって事は、サイカをブレイバー殺しにするつもりか? 俺は認めねえぜ」
「ブレイバー隊に入れと言っている訳ではない。特別な境遇を経て、今まで通りとはいかないだろう。王都へ来るべきだ」
「私に何ができると言うんだ?」
と、サイカ。
迷いを見せるサイカを前にしたシッコクは、差し伸べていた手を引く。
「一週間後、我々は王都に発つ。それまでに答えを決めてくれ」
そう言い残し、シッコクはその場を立ち去ろうと歩き出す。ミーティアはシッコクの後を追おうとするが、サイカの前で足を止めた。
「私より先に消滅したら許さないから」
と、鋭い目付きでサイカを睨み、そのままミーティアはシッコクを追いかけた。
ニ人が部屋の外に出たところで、クロードがシッコクに向け質問を投げた。
「さっきお前たちが始末したと言ったブレイバーの話。組織と言ったよな? じゃあ他にもいるって事じゃないのか?」
するとシッコクは答える。
「お前は察しがいいな。その通りだ。大きな組織であると聞いている。我々が始末したのはその一部のメンバーだ」
「その組織の名前は?」
「ログアウトブレイバーズ」
名前を教えた所で、シッコクとミーティアは見えなくなった。
サイカはその名に何処か聞き覚えがあった。
「ログアウトブレイバーズ……何処かで……」
エムの頭を撫でながらサイカが思い出そうとした時……
ぐうううう〜〜。
サイカのお腹が鳴り、サイカの気が逸れる事となった。それは、サイカが初めて経験する空腹の感覚だ。
本人も含め、その場にいる全員が突然鳴った間抜けな音に驚いたが、レイラだけは優しい笑顔を向けている。
「美味しいご飯、できてるわよ」
と、レイラ。
✳︎
東京某所。深夜二時。
とあるマンションの一一〇五号室で悪質な事件が起き、一人の男が現場に急行していた。身に付けたスマートグラスが、現場までの最短ルートを示している。
マンションの前には消防車、救急車、パトカーが停まっており、近隣住民や通行人が野次馬となって周囲に集まって来ていた。
入り口に立つ警察官に警察手帳を見せながら通り過ぎると、エレベーターで十一階まで上がり、扉が開いた所で立っていた警察官にもう一度警察手帳を見せ、立ち入り禁止のテープとブルーシートを潜り抜ける。
すると一一〇五号室の玄関扉が解放されたままになっており、迷う事なく部屋へと足を踏み入れた。
鑑識が数人写真撮影を行なっている部屋に入ると、まず目に付いたのは床や壁に飛び散った尋常じゃない量の血液。事件の残酷さが極めて高い事が解る。
「ひでぇなこりゃあ」
と思わず声をあげた男に、同じくスマートグラスを身に付けた若い男が近付いて来た。
「飯村警部」
男の名は飯村義孝、五十三歳。警視庁刑事部捜査一課の警部。
先に現場にいた若い男は佐田大輔、二十九歳。警視庁刑事部捜査一課犯罪捜査係の警部補。
「被害者は?」
「被害者は牧之内健太、二十七歳。会社員。遺体は見つかっていませんが、血液が本人と一致しています」
「遺体が無い?」
「それが、争った形跡も見られるのですが、致死量と思われる大量の血液だけで、遺体は何処にもありません。当時、玄関扉には鍵が掛かっており、第一発見者は叫び声を聞いた近隣住民の通報を受け、現場に居合わせた警察官とこのマンションの管理人です」
次々といらぬ情報が表示されるスマートグラスに鬱陶しさを感じた飯村警部は、スマートグラスを外しながら現場を観察する。飛び散った血液以外に目を向けると、確かにテーブルがひっくり返り、小物が至る所に散乱しているのが解る。そして何よりも異様な物がある事に気が付いた。
飯村警部はパソコンデスクと思われるテーブルに歩み寄り、置かれたデスクトップパソコンの本体に注目する。かなり高性能と思われる本体、表面のステンレス製カバーが内側から破裂したかの様に大きな穴が空いていた。
「これは?」
「わかりません。パソコンが爆発した……様にも見えますが、焦げ跡などが無い事からその線は薄いと思われます。あとは鑑識の鑑定を通さなければ詳細は不明。状況から、被害者は事件直前までパソコンで何かをしていた様ですが、それについてもプロバイダーの情報開示待ちの状況です」
飯村警部が次に目を向けたのは、ベランダに続く大きな窓ガラス。近寄って確認すると、鍵は掛かっており、内側から割れたらしくベランダにガラス破片が散乱していのを確認すると、すぐに別の窓を開けてベランダに出て、ベランダから下を見下ろした。
隣の二階建てのアパートの屋上でも、鑑識が作業をしているのと、最新型の鑑識ドローンが数台飛び回っているのが見える。
「あれは?」
「この部屋から隣のアパートに飛び降りる影を見たと言う通行人の目撃情報が有り、調査したところ、アパートの屋上に被害者の血痕と窓ガラスの破片が確認されてます」
「犯人が被害者を殺害して、窓ガラスを破って十一階から飛び降りて逃走したってか? なんじゃそりゃ」
「そうですね。不可解な点がかなり多いです」
「第一発見者と話がしたい、呼んでこれるか」
「わかりました。すぐに」
佐田警部補は、そそくさと開いたメモ帳を片手に部屋の中へ入って行く。飯村警部は手を顎に当て、考え事をしながら隣のアパートの屋上をもう一度見下ろした。
この時、飯村警部は何処か不穏な空気を感じていた。
翌日、明月琢磨は仕事帰りに会社近くの喫茶店でドーナッツを食べながらコーヒーを飲みつつ、スマートフォンでWOAの情報を調べていた。
まず、昨夜ゼネティア周辺の砦で起きた謎のドラゴン事件は、運営会社スペースゲームズ社により、サプライズイベントであったと言う公式発表が行われた。
ただし、今回の緊急メンテナンスにより、スペースゲームズ社が運営するジパネール地域、首都ゼネティアのみ特別に首都対抗戦のイベント中止及び離脱を発表。前代未聞の惨事としてSNS上では炎上しているが、その分のお詫びアイテムも支給された事で、それも鎮火しようとしている。
又、謎の光に包まれ、まるで神が降臨したかの様に謎のドラゴンを倒したクノイチの目撃情報とスクリーンショットがネット上で拡散され、先日のデストロイヤー戦の事も相まってサイカは一躍有名人になりつつあった。
そして気になる情報が一つ。
謎のドラゴンを攻撃して倒された多くのユーザーが、緊急メンテナンスが終わった今もログインが出来なくなると言う状況が続いており、運営会社が調査をしていると言う事。
琢磨も目の前で倒されたニ人のプレイヤーを目撃している事から、今後どうなるか気になってしまう。
コーヒーカップを手に取り、冷めてしまったコーヒーを一口飲むと、カップは空になってしまった。
そこに一人の女性が現れる。
「お待たせしました」
琢磨が声がした方を見ると、そこにはスーツ姿の飯村彩乃の姿があった。
そして琢磨は彩乃と待ち合わせをしていた事を思い出す。
彩乃は琢磨の前に座ると、手に持っていたコーヒーとケーキを乗せたトレーを置いた。
それからは相変わらず彩乃のマシンガントークが炸裂して、最初は仕事の話に花を咲かせると、やがてWOAの話題に入る。
「――それでゴブリン村から徒歩で帰る事になって、帰り道に遠くで光の柱みたいなのがパァーッてなって、すっごい綺麗だったんです! スクリーンショットの撮り方わからなかったのが悔しいですよ」
「へ、へぇ、なんかのイベントかなー」
初心者の彩乃に話す内容でも無いので、琢磨は惚ける事にした。
「そう言えば先輩、えっと、シュトタイコウセン? 中止になったんですよね! ってことは、もしかして今日から一緒に遊べる感じですか? そしたらぜひぜひ紹介したい初心者仲間がいるんです」
「そうだなぁ。確かに、首都対抗戦無くなっちゃったから、暇にはなったけど……」
琢磨は思い出す。自分のキャラクターが異常な事態になっている。今日帰ってまずは状況を確認しなければならない。
「そうだね。ちょっと今日は別の約束があるから、たぶん明日から一緒に遊べるよ。たぶん」
「ほんとですか! よっし! 今から楽しみにしておきますね!」
それから喫茶店でニ人は一時間ほど会話を楽しんだ後、琢磨と彩乃は帰路に着く。駅で別れたあと、琢磨は電車に乗り、自宅の最寄り駅で降りると、いつも帰りに寄るコンビニには寄らずに急ぎ足で帰宅する。
帰宅後、すぐにパソコンを起動させた。
WOAを起動してIDとパスワードを入力してログインボタンを押すと、そこにはいつも通りのキャラクター選択画面で、黒の短髪と忍び装束を着たサイカが表示された。
ここまでは順調、アカウントハッキングやアカウント凍結もされていない事を確認できてホッと一息。
残る問題は……
唾を飲み、ゲームにログインする。そこは昨日ログアウトした場所のまま、サース砦だった。他にプレイヤーは誰もいない。
恐る恐る、コントローラーのボタンを押す。
モニターに表示されたサイカは、押した通りに動いた。だが、少し反応が鈍かった様にも見える。
右、左、ジャンプ、刀を抜く、斬る、一通りの操作を試す。やはり反応が鈍い。
サーバーが不安定か回線が重い時にこう言った症状はよくある事だが、これはどうなのかと琢磨は画面を凝視する。
次は発言を試してみようと、琢磨はキーボードに手を掛ける。
その時、サイカが動いた。
操作もしていないのに、画面に映るサイカが首を動かし周りを確認する素振りを見せ、そして隠しカメラでも発見したかの様に琢磨へ目線を向ける。
画面越しにニ人の目が合った。
琢磨はサイカが勝手に動く事を改めて目の当たりにして、その信じられない出来事に血の気が引いていく。
「そんな……」
一方でサイカはどんな言葉を掛けるべきか悩み、戸惑いながらも、なぜか薄っすらと口元を緩ませ琢磨に話し掛けた。
「はじめまして……だな。私の夢主」
決して交わる事は無かったニ人のサイカが邂逅した。
<序章 終>
【作者のあとがき】
序章をお読み頂きありがとうございました。
プロローグと言って良いのか分かりませんが、これがプロローグです。
私がまだ執筆に不慣れである事から、文章の何たるかも分かっていないまま書いておりました。主に世界観の説明が多めで、無駄に文章も多くて読むのも大変だったのではと思います。
この序章、実はスマートフォンのメモ帳機能に書いておりました。ベッドで横になってこれを書いていると、眠くなるので良い睡眠導入剤みたいな役割で、うとうとしながら書いて、途中で寝落ちするのを何度も繰り返していたんですよ。だから誤字脱字が多いのなんの。
でも、こうやって投稿する事ができて、読んでくれた人がいると考えると嬉しいですね。やってて良かったと思います。
この後、ついに一章が始まりますが、楽しみにして頂けたら幸いです。
ログアウトブレイバーズの読者の皆様へ。
ここまで読んで頂けた事に、心からの感謝を込めて。
阿古しのぶ より




