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ログアウトブレイバーズ  作者: 阿古しのぶ
序章・エピソード1
15/128

15.サイカの覚醒

 ワールドオブアドベンチャーのゲームマスターは、容姿が世界観を無視した近未来的なデザインとなっている。機械的で白いボディは、丸いフォルム、口は無く、目を含む各パーツの接続部分が光を放っている等、まるでアンドロイドの様だ。


 ゲームマスターは名前がゲームマスターで統一されており、区別を付けるのは名前の後ろに付いている番号と、若干パーツのデザインが異なる頭部。そして操作している管理者の性別に合わせたボディデザインも判別できる個性と言える。


 そんなゲームマスターが三人、ユーザー報告を受けて首都対抗戦のイベント真っ最中であるレッドエリアの上空に来ていた。

 今回駆け付けて来た三人のゲームマスターは、九号、十七号、十九号の三人。十九号だけ操作しているプレイヤーが女性である為、女性型アンドロイドの見た目をしている。


 三人は飛行しながら同じく飛行を続ける謎のドラゴンを一定の距離を保ちつつ追跡していた。


「こいつか、ユーザー報告にあったドラゴンってやつは。名前とレベルの部分が文字化けしているな……」


 九号がそう言うと、十九号が説明に入る。


「多数のユーザーから報告が有り、中にはこのドラゴンに倒されたプレイヤーのキャラクターデータが破損してログイン出来なくなったと言う報告も有り、現在エンジニアが解析を進めてます」

「モンスターにやられてデータが破損だと? 馬鹿馬鹿しい。お詫び狙いのデマ情報だろ」

「そうですね。この事はSNSでも騒ぎになっていますが、幸い多数のユーザーは運営のサプライズイベントと思っている様です」

「サプライズイベントであれば有り難いがな」


 すると十七号が口を挟んだ。


「どうでもいいけどよ。これはゲームマスターが出るような案件なのかよ。俺はもう勤務時間終了してんだぜ? 残業代出んのかこれ」


 愚痴を零す十七号に九号が説明する。


「文句を言う前に手を動かせ。本社及び在宅のエンジニアが総出で対処に当たってるがお手上げ状態らしい」


 そこへ新人の十九号が九号に向かい一つの疑問を口にした。


「私はこういった事態が初めてなのですが、マニュアルでは緊急メンテナンスを行うのでは無いのですか?」

「普通はそうだな。だが、この全世界同時イベントの首都対抗戦の時だけは別だ。我々が管理するジパネールのゼネティアだけ緊急メンテナンスを行えば、始末書どころでは済まないぞ。何としても食い止めなければならない」

「わかりました」

 と十九号。


「しゃーねーなぁ」

 と十七号。


 ニ人に気合いが入った事を確認すると、リーダー格である九号が指示を出していく。


「十七号は報告用のスクリーンショットを撮影、十九号はデータ解析を頼む」

「「了解!」」


 十七号は速度を上げてドラゴンの正面や側面に回り込み始め、十九号は管理者コマンドを使用してドラゴンのデータ解析を始める。


 するとゲームマスターの事を完全に無視して飛行を続けていたドラゴンは、速度を落とし始め、とある場所で進行を止めると、何かを探す様にその奇形な顔を動かしていた。

 ゲームマスターもそれに合わせ三人で取り囲む様な陣形を取る。


「なんだ?」

 と九号がドラゴンの目線の先を見ると、ほぼ真下の位置にイース砦と多数のプレイヤー達が見える。


 そんな中、十九号が解析結果を見て驚愕した。


「なによこれ……」

「解析結果は?」

「それが、大量の文字化けだらけの膨大な情報量で何がなんだか……でも、プレイヤーキャラクターと区別されてます。名前は……シャーク」

「プレイヤーだと? そんなまさか。固有スキルの変身でもこんな姿にはなれないはずだぞ」

「ですが……」

「こんなモンスターの実装も報告は受けていない。いったいこいつは何なんだ」

「ここ最近のパッチ情報にモンスターや変身スキルの類が無かったか検索してみます」

 と、十九号が再び管理者コマンドで作業を始める。


 続けて九号は十七号に指示を出す。


「十七号、スクリーンショットはもういい。デリートコマンドを実行するぞ」

「あいよ」


 十七号はすぐに管理者コマンドで、モンスターやNPCなどを強制的に削除するデリートコマンドを実行する。

 だが、返ってきたのは実行不可を示すエラーメッセージであった。十七号は諦めず何度もデリートコマンドを実行するも、結果は変わらなかった。


「何をしている!」

「ダメだ。デリートコマンドを受け付けない」

「なんだと?」


 九号も自らデリートコマンドを目の前のドラゴンに向け実行するが、エラーメッセージが返ってきた。モンスターのステータス変更コマンド、拘束コマンド、転送コマンド、様々なコマンドを試すも、全てエラーとなる。

 するとパッチ情報の検索を終えた十九号の報告が入る。


「ダメです。世界的にも該当のパッチ情報は無く、今後の実装予定にもこんなモンスターについてはありませんでした」

「じゃあいったいこいつはなんだ!?」


 冷静だった九号が少し声を荒げた。


 そんなゲームマスターを目の前にしても、気にもする素振りを見せないドラゴンに対し、まず動いたのは十七号だった。


「ギャラリーも多いことだし、たまにはゲームマスターが仕事してる所も見せねーとな!」


 そう言い、十七号は近未来なデザインのガトリングガンの様な武器を手元に召喚すると、管理者コマンドで攻撃力最大モードをオンにする。更にダメージを受けない無敵モードもオンになっている事を確認した。武器も含め、何れも全てゲームマスターにだけ許された特権である。


「コマンドすら効かない相手に迂闊な行動はよせ!」

 と九号が止めようとするが、十七号はその手を止める事は無かった。


「俺は早く帰りたいんだよ!」


 WOAのモンスターやプレイヤーなら一発でHPを全損する程の威力があるレーザー弾をガトリングガンから連射、ドラゴンに秒間百発にも及ぶレーザー弾を浴びせた。

 避けようとも防御しようともしないドラゴンに、継続的に放たれた数百の弾のほとんどが命中。


 だが文字化けした名前の下に表示されているHPバーは微動だにしない。


 無視を続けていたドラゴンは、その攻撃を受け弾を撃ち続ける十七号に顔を向けた。


 その時、何か嫌な予感が脳裏を過ぎった九号が、

「離れろ!!」

 と指示するも、十七号は動こうとせずガトリングガンを撃ち続けた。


 ドラゴンは翼を器用に操り、巨大な尻尾をしならせると、十七号に向かって尻尾を動かした。


 無敵モードである十七号は回避行動をする素振りすら見せず、

「へっ!そんな攻撃、痛くも――」

 と言いかけた所で言葉が途切れる事となる。


 十七号の上半身に尻尾が直撃した瞬間、まるでガラス製の瓶を金属バットで殴ったかの様に、十七号の上半身が粉々に砕け散ったのだ。


「なっ!?」


 目の前で起きた事に言葉を失う九号。

 上半身が無くなった十七号のHPバーは全く削れた様子はないが、制御を失った下半身が力無く落下を始める。


「十九号! 十七号のデータ解析を!」

「やってます! 回線切断……それに……キャラクターデータが……破損してます」


 九号はその報告を聞き、そして落下しながら静かに消えていく十七号の下半身を見て、今起きている事が重大な異常事態である事を察する。


「距離を取るぞ」


 九号が指示をすると、十九号と共にドラゴンから離れる様に後退する。


「ユーザー報告は間違いないみたいですね」

「どうやらこいつは、危害を加えなければ攻撃はして来ない様だな。俺たちでは手に負えないエラーだ。俺はプロデューサーとシステム責任者に連絡を取って緊急メンテナンスの申請をしてくる」


 九号がそう言った所で再びドラゴンに動きがあった。

 ドラゴンは何かを察知したかの様に、真下に見えるサース砦に目線を向けると降下を始めたのだ。

 それを見た九号は指示を出す。


「緊急メンテナンスは最短でも十分は掛かる。サース砦にいるプレイヤーに避難誘導指示をするんだ。無駄だろうがエリア内のプレイヤー全員を無敵モードにしろ。場合によっては強制ログアウトの処置をして構わない」

「了解しました」


 十九号もドラゴンを追いかける様に効果を始め、九号はその場に残りつつも、現実で電話を始めた。




 その頃、サイカは自身の固有スキル《分身の術》を使用して、四人のサイカがエンキドを包囲していた。


 このゲームの《影分身》と言うスキルは、隠し職業のニンジャとクノイチであれば誰もが会得可能なスキルではあり、自分と同じハリボテを三つ出現させ相手を惑わせると言うスキルだが、サイカの影分身は《分身の術》となっており、全ての分身がAIで行動する固有スキル。厳密に言えばそれぞれの分身を切り替えて操作する事が出来るのだが、サイカはそこまで使いこなす事が出来ない。


 四人になったサイカはその全てが同じステータス、同じ装備が再現されている。分身が消えるまでの三十秒間、実質四人のサイカをエンキドは一人で相手にする。

 しかし圧倒的な不利を前にしてもエンキドは怖気付く事なく、四方八方から襲い掛かるサイカをいなしていた。

 相当なプレイヤースキルを見せつけてくるエンキドは、黒いマントの隙間から金色の鎧をチラつかせる。それがかなりのレア装備である事はサイカにも解る。

 同じレベル百二十五だが、プレイヤースキルと装備において負けている。


 そんな強敵でも、さすがに四人も相手にしていると攻撃する余裕は無いのか、防御と回避で精一杯ではある様子だ。

 スキルを発動してから十秒が経ったあたりで、サイカも見切りを付け、一人が逃亡を図り、会議室の扉を蹴り破って外へ飛び出した。


 サイカの《分身の術》は、最後の一人となったサイカ、時間切れの場合は操作中のサイカが本体となる効果になっている。まずは三人のAIにその場を任せ、操作されているサイカがいち早く逃亡をする。

 中庭を抜け、迷路の様な砦内の通路を出入り口がある方面に向け全速力で走るサイカは、他のシノビセブンに連絡を取ろうと試みた。


 だが、そこでサイカは行く先々にいる敵プレイヤー達の様子がおかしい事に気付く。

 領主が倒されたので戦意が無いのはサイカも解っているが、なぜか皆、サイカを気にもせずに上空を見上げている。


「なんだなんだ」「今、ゲームマスター倒されなかったか?」「遠くて良く見えねぇよ」

 と騒めいている。


 いったい空に何が……と、サイカも走りながら空を見上げた。

 すると、空から巨大な影が一直線にサイカに目掛けて急降下してくる光景がそこにはあった。


 ズドーーーンと、まるで隕石でも落下して来たかの様に、サイカの目の前に巨大なドラゴンが着地した為、サイカは思わず走る足を止めた。


「ドラゴン!?」


 サイカはすぐに刀を構えた。

 近くにいたプレイヤー達も一斉に武器を構えるのが見える。

 ドラゴンを追う様に空から降りてきたゲームマスターの十九号が低空飛行をしながらサース砦一帯に聞こえるように警告する。


「私はスペースゲームズ社所属のゲームマスターです。そのモンスターは不具合により倒せない仕様になっています。攻撃はせずに直ちに避難、ログアウトをして下さい。繰り返します。攻撃はせずに直ちに避難、ログアウトをして下さい」


 突然現れた紫色のドラゴン、そしてゲームマスターの登場に、サイカの頭は混乱していた。周囲で武器を構えているプレイヤー達も、ゲームマスターの言葉に動揺している者が多い。


「マジかよ。倒せないって無敵って事か?」「何かのイベントでしょ」「デスペナは御免だぜ」

 と声が聞こえる。


 ドラゴンと一番近い位置にいるサイカであるが、サイカもまた突然の事に判断に悩んでいた。そんなサイカをじっと見つめてくるドラゴン。

 そんなサイカの背後で、《分身の術》の効果が切れフリーとなったエンキドがサイカを追いかけその場に到着するも、その異常な状況を前に足と手を止めていた。


「ほんとに倒せねぇのか、試してみっか!」


 そんな事を言う大剣を持った剣士が前に出ると、杖を持った魔法使いも続き、ニ人がサイカの前へ出る。


「やめてください!」

 と十九号が叫ぶが、ゲームマスターの制止命令も無視してニ人はドラゴンに攻撃をしてしまった。


 剣士が大剣で斬りかかるもドラゴンの表面に弾かれ、魔法使いが短い詠唱で光魔法スキル《スターライト》を使い、光属性の弾を数発ドラゴンへ命中させ爆発させるも全く効いていない様子で、ドラゴンのHPバーが削られる事はなかった。


 そしてすぐにドラゴンの反撃が行われ、剣士は手で握りつぶされ、魔法使いは尻尾の薙ぎ払いにより、ゲームマスターの十七号と同じ様に、ガラスが砕ける様にキャラクターが消滅した。

 それは一瞬の出来事で、周囲のプレイヤーも言葉を失い唖然とする。


「キャラクターデータ破損……回線切断……やはり……なんてこと……」

 と、上空から見ていた十九号も止める事が出来なかった自分を悔やんでいる。


 そして何事も無かったかの様にドラゴンはサイカを見ると、今度はゆっくりとサイカに向けて歩み始めた。

 十九号が再び叫ぶ。


「避難してください! 即刻ログアウトを!」


 周囲のプレイヤー達も事の重大さにようやく気付き、そのほとんどがワラワラとドラゴンから逃げる様に走り出し、その場でログアウトを始める者もいた。

 サイカも逃げようと身体を動かそうとするも、そこでようやくサイカの身体に異変が起きている事にサイカ自身が気付く。


 先程からサイカの身体にノイズの様なエフェクトが起きていた。


 ザザッザザッっと音を出し、ドラゴンが近付くにつれ、サイカに起きているノイズが激しさを増す。

 背後にいたエンキドも、一旦は逃げようとしたが、そのサイカに起きている異変に本人よりも早く気付き、興味本位で足を止め観察していた。


 サイカ本人も、自分の異変に戸惑い、そして身体が動かない。


「なんだよこれ。くそっ! こんな時に!」


 サイカはガチャガチャと色んな操作を試すが一切動けず、メニュー画面すらも開けず、本人は端末がフリーズしたと勘違いしていた。


 ゲームアプリの強制終了を試すと言う選択肢もあるが、しかし自分の目の前のドラゴンが何をしてくるのかと言う怖いもの見たさもあり、サイカは葛藤する。

 ドラゴンがその気になれば、手も届く程まで接近してきた所で、上空にいるゲームマスターの十九号がサイカに話し掛ける。


「何をしているんですか! 逃げて!」


 動けない事を伝えたいが、サイカは言葉を発する事もできない状況になっていた。


「仕方ない、今から貴方をゼネティアまで強制転移します!」


 十九号がサイカに向け管理者コマンドを実行するが、弾かれエラーメッセージが返って来た。


「えっ!?」

 と何度も何度もコマンドを実行するが、エラーメッセージが返ってくる。


 そんな中、ドラゴンはサイカに向けてゆっくりと手を伸ばす。


 さっきの剣士の様に、成す術なくやられると感じたサイカ。すると目の前に一つのシステムメッセージが急に表示された。


【魔石フォビドンを使用しますか?】

【はい】

【いいえ】


 こんな状況でいきなりアイテムの使用有無を問われ、サイカは訳が分からなかった。

 魔石フォビドン、先日のデストロイヤー戦でドロップした謎のアイテム。


 それを使用するかと問われている。


 身体は動かず、メニュー操作もできなかったが、どうやらこの選択肢を選ぶ事は可能の様だ。

 訳が分からないまま、いきなり行動不能になり謎のドラゴンに襲われそうになっている危機的状況を前に、サイカはとにかく何かに縋り付きたい一心で選択をする。

 ドラゴンの手が今まさにノイズだらけのサイカに触れようとしたその時、サイカが選んだ選択肢は……


【はい】


 次の瞬間、天から神々しい光がサイカに降り注ぎ、光を浴びたドラゴンの手が消滅する。

 まるで光に引っ張られる様に、サイカの身体が宙に浮く。魔石フォビドンである石がサイカの目の前に現れると同時、サイカの胸部、心臓の辺りが光り輝く。するとその心臓に向かい、ゆっくりと魔石フォビドンがサイカの体内へ入っていく。

 それはまるで何かの儀式の様だ。


 その天から降り注ぐ光は、サース砦に残っていたプレイヤー全員はおろか、城壁の上にいたシノビセブンの面々、ゴブリン村からゼネティアに向け徒歩で移動しているアヤノ、ウエスト砦から単独でドラゴンを追いかけサース砦に走っているワタアメも含む、ゼネティア周辺区域全体から見えるほどの光の柱となっており、多くのプレイヤーが目撃する事となった。


挿絵(By みてみん)


 それは上空にいたゲームマスターの九号や、間近にいた十九号、そしてソードマスターのエンキドも言葉を失い見惚れるほどの神々しい光だ。

 完全に魔石フォビドンを体内に取り込んだサイカは、目を閉じたままゆっくりと降下して、地面に足を着ける。天から降り注ぐ光の柱もそれに合わせてゆっくりと消えていった。

 目前でそれを見ていたドラゴンもまた、光の柱により消滅した右手が再生しつつ、様子を窺っている。

 サイカの身体に走っていたノイズも綺麗に消え、そしてサイカはゆっくりと目を開けると赤い瞳を光らせた。



 自分の身に何があったのか、サイカは自分の右の手の平を見て開け閉めを繰り返し、握力が効いている事を確認する。



 そんな一部始終を目撃して上空で固まっていたゲームマスターの十九号の元に、九号がやってきて十九号に問う。


「いったい今の光はなんだ!?」

「それが……私にも何が何だか……あそこにいるクノイチの様子が変なんです」


 ゲームマスターに見られながらも、サイカは左手に握り締めているキクイチモンジの感触を再確認しながら、目の前にいるドラゴンに目を向ける。



 サイカはこのドラゴンが何なのか知っている。



 紫色の粘土で作った様な異様な姿形、赤い宝石の様な目、ドラゴンの形を模しているが、これは間違いなくバグである。


 バグ、それはブレイバーにとって倒さなくてはいけない敵。


 サイカは刀を構えた。


 戦闘の意思、殺気を感じたドラゴンは先手必勝と言わんばかりに、身体を捻らせながら尻尾を鞭の様にサイカへ向けて攻撃する。


 その尻尾をサイカは斬ると、尻尾は切り離され、切り離された尻尾は勢いで明後日の方角に飛んでいくと、空中で消滅した。

 それを見たゲームマスターの九号が驚く。


「斬った!?」


 十七号の攻撃が一切通用していなかった異形の存在を、刀で難なく斬ったのだ。

 そしてサイカは素早く次の行動に移り、前へ出るとまるで踊る様にドラゴン型のバグを斬り刻む。

 前から後ろから、側面から、バグの反応が追いつかない速度で動き、翼を斬ったと思えば、ついにはドラゴンの両腕をも斬り落とす。


 サイカはサイカで、自分の意思で動ける事と、感覚は元いた世界と同じである事をバグを斬ることで再確認していた。


 バグの攻撃手段をほとんど失わせた所で、サイカは飛び上がると、強烈な一太刀をバグに浴びせ地面に着地した。

 ドラゴン型バグの身体は、肩から斜めに大きく裂け、中のコアが露わになる。


 このコアを破壊すればバグは消滅する。



 サイカはそのコアに狙いを定め、再び攻撃をしようとした瞬間。


 元の世界には無い感覚がサイカを襲った。


 それは見えない何かに拘束され、身体の動きが制限された様な感覚で、サイカは動きが止まり大きくよろめいてしまう。

 その隙を見逃さなかったドラゴン型バグは、目を光らせ、口から光線をサイカ目掛けて放とうとする。

 光線が放たれれば、急に身体の自由が奪われたサイカに直撃してしまう。



 その時―――



 まるでレーザー光線の様な鋭い矢が、サース砦外、遥か遠くの山脈から放たれ、ドラゴン型バグの剥き出しになったコアを貫いた。

 ドラゴンを追いかけて来ていたワタアメが高台から固有スキル《サテライトアロー》を使い狙撃したのである。


 コアが砕け散ったバグは、そのまま静かに消滅していった。




 その呆気ない結末を前に、周囲でそれを観戦していたプレイヤー達は呆気に取られ、理解が追いつくまで沈黙と静寂が場を支配した。


 やがて、謎の強敵を倒したと言う事実を認識すると、歓声があがる。


「うおおおおお!!」「すげぇぇぇ!!」「なんだやっぱりイベントかよ」「あのクノイチやべー!」

 とギャラリーが騒ぎ立てる。


 騒ぎの中心であるサイカの元に真っ先に駆け寄ってきたのは、光の柱に向かって近付いて来ていたシノビセブンのメンバー達であった。


「サイカーーー!! 何今の!? 凄すぎっしょ!!」

 とオリガミが抱きついてくると、サイカは笑いながら言った。


「痛いよオリガミ」


 この時、周囲のプレイヤーはおろか、抱きついて喜んでいるオリガミですらも、サイカに起きている変化に気付いていない。



 ✳︎



 明月琢磨はパソコンの前で驚愕していた。

 魔石フォビドンを使用するか問われ、【はい】を選択して以降、サイカと言うキャラクターが勝手に動き、ドラゴンの様なモンスターと戦ったからだ。

 コントローラーで操作を試みた瞬間、サイカはよろめいた。そして、オリガミに抱きつかれた時に、「痛いよオリガミ」と勝手に発言して笑ったのだ。


 今起きた事を話そうとキーボードに手を伸ばす琢磨。


(待って、なにかおかしい)


 だが琢磨が入力したその言葉が、サイカから発せられる事は無かった。


 焦る琢磨を他所に、お祝いムードで盛り上がるシノビセブンとサース砦のプレイヤー達。


 琢磨は操作ができない事を何とかしなくてはとあれこれ操作を試みる。

 やがてメニュー画面が開けた為、リログをする為にログアウトボタンを押した。



 ✳︎



 ログアウトする事を感じ取ったサイカは、

「ちょ、ちょっと待っ――」

 と言葉の途中でログアウトしてしまい、意識が途切れてしまう。


 そしてサース砦のお祭りムードを無視して、運営側からの全体メッセージが繰り返し表示された。


【六月二十七日 零時から八時の予定で緊急メンテナンスを実施させていただきます。皆様には大変ご迷惑をおかけいたしますことをお詫び申し上げます。】


 そんなメッセージが流れる中、上空に待機しているゲームマスターのニ人が、状況を整理していた。


「何て報告しますか?」

 と十九号が九号に聞く。


「ゲームマスターでも手に負えなかった不具合を、一般プレイヤーが解決したなんて事はあってはならない。この件は、エンターテイメントであったとするのが一番穏便だが……ドラゴンに止めを刺した矢の解析は済んだか?」

「はい。東側四キロ地点の山脈から固有スキル、サテライトアローによる狙撃でした。使用者はワタアメ。弓使いのレベルは百十八。ウエスト砦の防衛ギルドのリーダーです」

「その距離でサテライトアローによる狙撃か……相当なプレイヤースキルを持っているか、たまたまか……」

「それよりも、サイカと言うクノイチの動き、明らかにシステムを逸脱したモーションだったと思います。チート行為として取り締まるべきでは?」

「あのクノイチも固有スキル持ちだ。つまりは運営側が優良と認めているプレイヤーになる。無暗にアカウント凍結と言う訳にもいかないだろう。過去のログ解析と、しばらく監視の必要があるな」


 そう言い残し、九号はログアウトした。後を追う様に十九号もログアウトする。



 ✳︎



 一方で現実世界での琢磨はあってはならない事が起きた事に、パソコンの前で真っ青になっていた。

 自分のキャラクターが勝手に有り得ない動きをして、そして喋った。アカウントハッキング、又は遠隔操作でもされたのではないかと言う事を疑う。


 それにあの場にはゲームマスターもいて目撃されているのだ。

 起こった事をありのまま運営会社のサポートセンターに説明した方がいいのではないかとも思った。

 琢磨はゲームを再起動して、ユーザーIDとパスワードを入力して、ログインボタンを押すと問題なくキャラクター選択画面に行く事を確認する。そしてすぐに、パスワード変更の手続きを行った。


 その後、再度ログインを試みようとした所で緊急メンテナンスが行われる旨のシステムメッセージが表示され、ログインが出来なかった。


 最悪のタイミングで緊急メンテナンスとなってしまった事に琢磨は溜息を大きく吐くと、席を立ち、スマホでWOAのアプリを起動すると、シノビセブンのメンバー達のグループチャットに入り事情を説明する。


【サイカ:回線悪くてリログしたんだけど、緊急メンテナンスでログインできなくなった】

【アマツカミ:そうだったのか、了解。そしておつかれさん】

【オリガミ:サイカ凄かった! ドラゴンをズバババーって!さすが!】

【ミケ:状況的にあのドラゴンがメンテナンスの原因みたいですね】

【アマツカミ:お詫びのアイテムはなんだろうな】

【カゲロウ:俺は寝る。またな】


 琢磨が送ったサイカのメッセージが切っ掛けでチャットグループの会話は大いに盛り上がり始め、勝利の余韻に浸りながらもプチ反省会の様な会話が続いた。

 琢磨はそんな会話ログの流れを見ながら、さっき起こった謎の現象について話そうかと途中までメッセージを打つが、思い留まる。よくわからない現象を無闇に言って、皆にあまり心配を掛けさせたくないと思ったからだ。


 それよりも、あのエンキドと言うマルチウェポン型のソードマスターとの壮絶な戦いを語ろうと、琢磨はメッセージを打ちながらベッドに横になった。






【解説】

◆WOAのゲームマスター

 運営会社の人間が操作するキャラクター。白を基調としたアンドロイドを思わせる近未来的なデザインで、主にゲーム内のイベント等でプレイヤーの前に現れる。自在に空を飛ぶ事ができ、管理者権限で様々な行為が行えるほか、レーザーガトリングガン等のSFチックな武装でプレイヤーを驚かせる。

 この仕様は、ワールドオブアドベンチャーにおける全ての運営会社で統一されている。


◆お詫び狙いのデマ情報

 多くの顧客が存在するネットゲームにおいて、何か不祥事が起きた際に、SNSで有ること無いこと騒ぎ立て、運営にお詫びをさせようとする者がいる。又は、本来の苦情の領域を超えて、あら探しのような苦情を企業に寄せたり、執拗に抗議が繰り返され、それにより生まれた嘘の情報もある。

 被害にあったら然るべき対応をする事も大事だが、そう言った情報に流され過ぎない様にしよう。


◆管理者コマンド

 管理者権限によるコマンドプロンプト。画面上に表示する「コマンド入力待ち状態であることを表す記号」のことであり、そこに命令コマンド入力して実行する事で、データ解析など管理者特権行為が実行できる。


◆パッチ情報

 パッチとは、「修正プログラム」や「アップデート」などとも呼ばれ、コンピュータにおいてプログラムの一部分を更新してバグ修正や機能変更を行うためのデータのこと。その履歴をゲームマスターは、管理者権限を使って細かく調べる事ができる。

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