14.シノビセブン
サイカがとある出来事が切っ掛けで隠し職業であるクノイチに転職する事となり、それからレベル百へと至るまでに知り合ったニンジャのアマツカミと言う男。ゼネティアに所属するニンジャとクノイチに声を掛け、忍者同好会の様な集まりを作ろうとしている彼らとの出会いが切っ掛けだった。
定期的に集まっては他愛も無い会話を楽しんだり、忍者談義をしたり、皆でモンスター狩りやダンジョン探索に行ったこともあるが、ギルドという堅苦しい集まりにはしたくないと言うアマツカミの方針から、決してギルドにはならない。そんな集まりだ。
だから皆、それぞれ別のギルドに加入していて、アマツカミが住宅区で購入したアジトに集まる事以外では素性はバラバラではある。
隠し職業のニンジャ、又はクノイチを見掛けたら声を掛けると言う勧誘方法を皆で協力してやる事で、当初はアマツカミ、オリガミ、サイカの3人しかいなかったメンバーも長い月日を掛けて徐々に増えていった。
様々な理由で見なくなった者もいたが、常連となったメンバーは七人。ほとんどその七人しか集まらなくなり、固定メンバーとなりつつあった頃、アマツカミの提案で定期開催される首都対抗戦に腕試しがてら参加してみる事になったのが全ての始まりだった。
初参加の際、特に他ギルドと連携を取る事無く、偶然にも敵側大手ギルドの拠点を陥落させ窮地を救った忍者集団として名を挙げ、瞬く間にその噂が広がった事がシノビセブンと言う名の始まりである。
ニンジャのアマツカミ、カゲロウ、ハンゾウ、ブラン。クノイチのサイカ、オリガミ、ミケ。この7人で構成され、それぞれがレベル百二十前後と脅威的な強さを誇る。
今日はその内、ブランを除いた六人が揃い、目的地であるサース砦に向かい横並びに歩いていた。
道中、出来るだけ敵との接触を避けるため、レッドエリアの境界線ギリギリを進行する。
各々様々なデザインの忍び装束を身に纏っているが、全員が狐の仮面を装備して統一感を出している。このお面は見た目だけで無く、頭への攻撃をニ回まで防いでくれる特殊効果を持ち、その効果を使い切ると消滅してしまう物だが、その割にはなかなかの高額な装備だ。
「そう言えばブランの姿が見えないけど、どうしたの?」
とサイカが質問すると、アマツカミが答える。
「リアルの事情で今日は不参加って言っただろ」
最近では七人全員が揃う事も珍しくなり、今日は六人。シノビセブンの本領発揮と言うには少しだけ足らない戦力だ。
「ブランなんていなくたって、サイカがいれば安心っしょ。と言うか、あたしが安心」
そう言うオリガミはサイカの隣を歩いており、嬉しそうに少しずつ肩を寄せて来たが、それをサイカは肘で軽く押し返す。
そんなオリガミを見てアマツカミが、
「お前はその装備をなんとかしろ。一人だけ悪目立ちしてるぞ」
と黄色や橙と言った派手な色合いをした忍び装束を注意するアマツカミ。
そこにクノイチのミケがフォローを入れる。
「まぁまぁ、いいじゃないですか。私は可愛いと思いますよ。折り紙って感じで」
「でしょ! ミケもそう思うでしょ! これだからアマっちゃんは女を見る目が無いって言われるんだよ。ネカマにも騙されるし」
「う、うるさいっ!」
アマツカミが恥ずかしそうにそう言ったところで、周囲から笑いが溢れる。
そんな時、ニンジャのカゲロウが前方に立つプレイヤー数人を発見した。
「待て」
手で合図を出し全員の足を止める。
そこにはゼネティア所属のマークが付いたプレイヤーが五人。レッドエリアの境界線ギリギリの所で、何をする訳でもなく待機しているのが見える。
アマツカミは、遠目でそのプレイヤー達の外見を確認した。
「ゼネティアのプレイヤーだな。レベルも装備も対人装備って訳でも無いようだ」
「放置稼ぎのプレイヤーだね」
サイカがそう言うと、続いてハンゾウが、
「狩るか」
と背負った刀に手を添えながら前に出ようとするが、サイカが止めに入った。
「待て待て早まるな。サブアカウントの見張りと言う可能性もある」
この首都対抗戦と言うイベントは、貢献ポイントと砦での攻防成績によって終了時に貰う報酬が変化する。経験値、ゴールド、装備がランダムで入っている宝箱が報酬になっているが、その数などが変化する形式だ。
その貢献ポイントは、レッドエリア内にいた時間、戦闘行為など、ありとあらゆる行動がポイントとなる。その為、放置するだけでも多少のポイントが入る事から、境界線ギリギリの所や見えない所でキャラクターを放置して少しでも稼ごうとするプレイヤーもいるのだ。
イベントに参加しなくても最低限の報酬は貰える仕組みではあるが、それでもポイントを稼ぎたい、でも対人戦闘はやりたくないと言ったプレイヤーがこの様な放置行為に及ぶ。
そしてサイカが言う様に、スパイと言う可能性も捨て切れない。このイベント中、レッドエリア内では名前の横に所属している首都のマークが表示され、敵が味方か判別ができる様になっているが、サブキャラクターを使ってゼネティアに登録して見張りとして放置している事も有り得るからだ。
月額制でサブキャラクターの追加も追加料金が掛かるこのゲームで、なかなかそんな事をする人はいないが、徹底的に勝ちにこだわる人はやりかねない。
結局、シノビセブンの面々は話し合いの結果、その放置プレイヤーには発見されない様に回り道をする事にした。
少し不満そうにするクノイチのミケ。
「残念。これから砦を攻める身で無ければ、ケチョンケチョンにしてあげるのに」
その言葉に、オリガミが反応した。
「ミケ、怖いよ」
そこにアマツカミとサイカのニ人へウエスト砦の戦況を伝えるメッセージが同時に届く。差出人はアスタルテ。
【ウエスト開戦、敵主力部隊を多数確認しました】
これはシノビセブンに敵軍本拠地となってしまっているサース砦を攻めて欲しいと言う指令でもある。
攻撃側の拠点は、そこの領主となっているギルドマスターが敷地内にログインしている間だけ、復活地点として拠点が機能する。そしてギルドマスターが不在の時に死んだプレイヤーは自分達の首都まで戻ってしまうと言うデメリットがある。つまりは、攻撃を仕掛けていると言うことはギルドマスターが拠点にいると言う事になるのだ。
シノビセブンの役割は、ウエスト砦が陥落する前にサース砦で領主となっている敵ギルドマスターを倒し、ギルドマスターを遠く離れた首都送りにする事で、敵軍は復活地点を失い、事実上の敵拠点陥落の達成となる。
幸いにも今回のサース砦が出現した場所は、山々に囲まれ生い茂った木々で見通しが悪い。隠密行動には打って付けの立地である。それが仇となり、敵の標的にされたとも言える。
サース砦の外周までやってきた六人のニンジャ及びクノイチは、
「作戦通りにやるぞ。散開!」
とアマツカミの指示と共に、一斉に散開して走り出す。
アサシン、ニンジャ、クノイチのみが会得できるスキルである《鉤縄》を使い、縄を使って外壁を登る。
いち早く登ったアマツカミが城壁の上に誰もいない事を確認した上で登り切ると、砦内の様子を確認する。
「各位、砦ナンバー百二十……いや、これは百三十五かもしれない」
とアマツカミはパーティ会話で全員に通達すると、ハンゾウがその内容に指摘を入れる。
「これは百三十六だ。ここを守ってたギルドから情報提供あっただろ」
この首都対抗戦で首都の東西南北に出現する砦は、イベントが行われる度に位置や砦が変化する。特に砦の構造は、世界で確認されているだけで三百種類を超える。プレイヤー達は情報サイトにて、報告があった順番でナンバーを決め、出現した砦の防衛方法や攻略方法を決めるのだ。
別の箇所で壁を登っていたオリガミが、
「ごめん、アタシとミケの所は見張りのプレイヤーが数人いる。これ以上登れないや」
と言うと、カゲロウも続く。
「こっちもダメだ」
結局、砦に無事に潜入出来たのは、サイカ、アマツカミ、ハンゾウの三人。それぞれ《ハイディング》で透明化すると、行動を開始した。
壁登りを一旦断念したカゲロウ、オリガミ、ミケの三人は外周の草陰に集合すると、次の展開に備え待機となる。
「ちょっとお手洗い」
とオリガミが離席をして固まった。
そんな緊張感の無いオリガミを見て、カゲロウとミケが溜息を吐く。
その頃、サイカは砦のマップを確認しながら、ギルドマスターがいる可能性が高い復帰部屋を見に行く。
この拠点の領主となっているギルドマスターは頭に目印が付いている為、それを探す事が最初の目標。
復帰部屋に到着すると、前線で倒れ復活した衰退状態のプレイヤーの多くが、座り込んで反省会の様な事をしているのが聞こえる。
部屋の扉は無く、中の様子が見えるのでサイカは廊下から覗き込み、中のプレイヤーを確認する。声も聞こえてきた。
「おいおい、リューサンまでやられちゃったのかよ」
「あの距離であんな威力の弓矢を当ててくるとか人間業じゃねーな」
そんな会話が聞こえ、サイカはそこにいるレベル百二十七のグラディエーターであるリューサンなるプレイヤーが、ワタアメの固有スキルで狙撃されたのだと察し、少し頬が緩んでしまった。
しかし衰退状態のプレイヤーばかりで、肝心のギルドマスターの姿は確認できない。でも彼らが続々と復活している為、この砦内の何処かにログインして存在している事は確かである事がわかる。
サイカはシノビセブンに状況報告をする。
「復帰部屋で衰退プレイヤーを大量に確認。五十人と言った所かな。まだ復活して来てる。ギルドマスターはいない」
それとほぼ同時、アマツカミからの連絡。
「いたぞ。作戦会議室だ」
それを聞いたサイカは移動を開始して、皆に指示を出す。
「作戦開始。陽動頼む」
「待て待て、まだオリガミがトイレから戻ってねーぞ」
と砦の外にある茂みで待機中のカゲロウが言うと、ミケが提案する。
「私が見張っておくから、カゲロウさんお先にどうぞ」
サース砦、作戦会議室。
この砦の領主となっているマリエラの大手ギルドマスターのポテチは、アサシン対策の為に物理防御力へ特化した重装備で、他三名のプレイヤーと共に作戦会議室にいた。
ウエスト砦周辺の戦場で戦っているプレイヤーから戦況の報告を受け、それをテーブルに広げた地図に逐一反映する作業を協力して行っている。
状況は芳しく無かった。
攻撃組のプレイヤーで隊長格であり、一番レベルの高いグラディエーターのリューサンが弓矢で狙撃された事を切っ掛けに、現場での指揮系統が崩れ、攻め切れない状況となっている。
裏門から奇襲した部隊からも失敗して全滅した旨の報告が入った。
「おいおい、自分らの自慢やったリューサンもやられとるやないか。おたくらどないなっとんねん」
と一人の男がポテチに不満を漏らす。
男はエルフ族で盗賊のカネモト。ローアルから来た大手ギルドのギルドマスターである。
カネモトに対してポテチがテーブルを両手で叩くように着いて反論する。
「ちょっと待てよ。そっちが考えも無しに勝手に前線を押し上げたのが原因だろ。ゼネティアには弓系のやばい固有スキル持ちがいるって事前情報もあったよな。それに裏門の奇襲も合図待たずに勝手に――」
「あーあー、何もわかっとらんな。なんや、俺らのせいっちゅうんか?」
「そうだ。だから同盟なんて嫌だったんだ!」
「俺らの力無しにこの砦を落とせたっちゅうなら同盟は失敗やったと思うが、違うやろ」
「それは……」
ポテチはその事実を前に反論が出来ず口籠もった。
すると、勝ち誇ったような笑みを浮かべながらもカネモトは扉の横で壁に寄りかかり腕を組んでいるプレイヤーに目を向ける。
そこには黒のマントで身体を隠し、同じくフードと骸骨の様な仮面を着けた男がいた。名前はエンキド。職業はソードマスターでレベルは百二十五。
「なんやあいつは。さっきから何もしておらんやんけ」
「あいつは傭兵だ。黒の剣士エンキドって、マリエラでは有名なんだが、知らないか?」
「傭兵? なんや、中部ではそんな商売がまかり通ってるんか。なんぼするん?」
「一時間十Mってところだ」
「十M? 何も無くてもか? はっ、阿漕な商売やな」
と、カネモトは笑う。
「それでも腕は確かなんだ」
「なぁソードマスターの傭兵はん。ついでにもしもの時は俺の事も守ってや」
そう男が語り掛けるが、エンキドは無反応だ。
「なんや、イケ好かないやっちゃな」
「一応仕事としてここにいるから、余計な事は言わないって事だろ」
ポテチとカネモトがそんな会話をしていると、作戦会議室にいるプレイヤー全員に緊急の報告が入る。
それは正体不明のドラゴンが現れたと言う報告だった。
ポテチはその報告を入れて来た戦場にいる仲間に詳細確認をする。
「なに、ドラゴン? ガーディアンドラゴンを出してきたのか? なに? ガーディアンドラゴンがそのドラゴンと戦ってる? 何を言ってるんだお前は」
同様の報告を受けたカネモトは立ち上がると、
「戦場は大混乱みたいやな。今日は止め止め。全軍撤退や」
と作戦会議室を出ようとする。
「おい待てカネモト! まだ負けと決まった訳じゃないだろ!」
「勝負っちゅうのは、意地になった方が負けんねん。意地になる状況になってる事自体がもう負けや。引き際見誤ると大惨事やで。さっさと自分のギルドメンバー撤退させて、ログアウトしときな。領主が死んだら元も子もないで」
そう言いながら、カネモトは扉の横に立つエンキドの肩をポンと叩くと、
「あんたも対人戦の修羅場潜り抜けて来たならわかるやろ」
と言い残し、扉を開けて出て行ってしまった。
作戦会議室にいた他のニ人も、
「おつかれー」
と足早に作戦会議室を出て行ってしまう。
作戦会議室に残されたのはポテチとエンキド。
「くそっ」
と、ポテチが悔しさを表情に出した後、ギルドメンバー全員に連絡をした。
「全軍撤退。サース砦に帰還しろ」
こうなってしまってからは、同盟を含めたギルドメンバー全員が無事に撤退をした事を確認してから領主であるポテチはログアウトしなければならない。先に領主がログアウトしてしまうと、復活部屋が機能しなくなる為、領主不在時に戦場で死亡したプレイヤーは自分達のそれぞれの首都へ強制的に転送されてしまうからだ。
静まり返った作戦会議室で、ポテチは大きな溜め息を吐いた後、微動だにしないエンキドに話し掛けた。
「お前も今日はログアウトしていいぞ」
「いや、あと二十分だ」
ここに来て初めて喋ったエンキドは人差し指と中指を立て、まだ仕事を切り上げるには早い事を示した。
「律儀だな。そのぐらい誤差の範囲だ。金なら払うさ」
「…………」
ポテチがそう言ってもエンキドは動こうとしない。
「……好きにしろ」
呆れ顔でポテチはテーブルに広げられた戦略地図の駒を片付け始める。
その時、外で何かが爆発したかの様な音が響いた。
「敵襲ーー!!」
ポテチは反射的に片手剣と盾を手に持ち、すぐに作戦会議室の扉を開けて外に出ようと試みるが、エンキドがそれを手で静止する。
「ポテチさん。敵の狙いは貴方です。ここから出ないで下さい」
ドゴーンドゴーンと、更に爆発音がニ回。
外が騒がしくなるのが解ったので、ポテチは砦内のメンバーに連絡を入れた。
「状況報告を! どうなっている!」
サース砦内部に侵入していたアマツカミとハンゾウが、各所に消費アイテムの樽爆弾を設置、それを次々と爆発させていた。
騒ぎで室内から出て来たプレイヤーに狙いを定め、孤立している者を混乱に乗じて暗殺。
そして城壁にいた見張りのプレイヤー達も、内部での騒ぎに気を取られている間に、《鉤縄》で登って来たカゲロウ、オリガミ、ミケがそれぞれ暗殺して行く。
カゲロウは城壁の上から内部での騒ぎ様を一望すると、横に立つオリガミに話しかける。
「オリガミ、例のスキルは準備できてるな?」
「もちのろんろん!」
オリガミはそう言うと、ニンジャとクノイチ専用の武器である手裏剣、その中で最も希少価値の高い爆裂手裏剣を装備すると、空かさず城壁から飛び降りるかの様に高々と飛躍してスキル《百華手裏剣》を発動。
「百華手裏剣!」
ニンジャとクノイチ専用スキルであり、その中でも投擲系のスキルを極めた者が最後に覚えるスキル。《百華手裏剣》は、周囲に百個の手裏剣を飛ばすと言う大技で、対象がいればその対象に向かい手裏剣が飛ぶが、いなければある程度狙った方角にバラける様に飛ばす事ができる。
そして、そんな手裏剣スキルで投擲したのは着弾時に爆発する爆裂手裏剣。
オリガミは、爆弾の雨をサース砦に降らせたのである。
スキル発動を終えたオリガミはそのまま満足そうに城壁から落下するも、落下地点に先回りしていたハンゾウがオリガミを両手で受け止めた。
ハンゾウにお姫様抱っこされたオリガミは、
「サイカ!あとはよろしく!」
と連絡を入れた。
一方その頃、アマツカミは敵プレイヤー数十人に包囲されていた。
アマツカミは構えていた短刀を腰の鞘に収めると、両手で印を結び、スキル《忍法火炎陣》を発動する。
地面から次々と火柱が出ると同時、包囲していたプレイヤー達も一斉にアマツカミに攻撃を仕掛ける。
複数の攻撃がアマツカミに命中するも、アマツカミは回避スキル《空蝉》を使っており、その効果で攻撃が命中したアマツカミはまるで幻だったかの様に消滅した。
アマツカミ本人は、宙を舞い背後にいたプレイヤー達を飛び超え、遥か後方に着地すると、もう一度《忍法火炎陣》を発動。
再び火柱がプレイヤーを地面から襲うが、当たったとしても、それで倒れるプレイヤーはいなかった。魔法耐性の装備を身に付けている者はHPバーが僅かにしか減らない状況である。
だが、何とか包囲を抜け出したアマツカミは一目散に走り出し、撤退をするも、逃すまいと他プレイヤーが追いかける。
それを見ていたカゲロウが、身の丈ほどある巨大な手裏剣を取り出すと、スキル《大車輪》を発動して城壁の上からそれを放り投げた。
投げられた巨大手裏剣は、回転しながらもまるで生きているかの様に方向を変え、アマツカミを追いかけるプレイヤー達に襲いかかった。
カゲロウはこの《大車輪》と言うスキルにスキルポイントのほとんどを注ぎ込んでおり、その威力は計り知れず、直撃した敵プレイヤーの中にはHPが無くなり倒れる者もいた。
更にはミケがスキル《忍法霧隠れ》を発動した事により、周囲に霧が発生。視界を悪くさせる。
やがてタンク系の剣士に盾で受け止められ、巨大手裏剣はその動きを止めるも、霧隠れと合わせアマツカミが逃げるには充分な撹乱の役目を果たした。
「ニンジャは火力は大した事は無い! 探せ! エウドラの実を使っておけ!」
と敵プレイヤーの誰かが大声を出す。
エウドラの実とは、貴重な消費アイテムであるが、使用すると十分間、ステルスを見破ることができる。
砦内の敵プレイヤー達の多くは、エウドラの実を使い血眼になってアマツカミやその他数人の侵入者達を探し始めた。
一方、復活部屋にいる残る数十人のプレイヤー達は外の騒ぎに動揺しており、この後の行動をどうするかで言い争いも起きる。
侵入者を倒すべく部屋の外に出ようとする衰退状態のプレイヤーを、道を塞ぐ様に格闘家であるケークンが前に出て止めた。
「早まるな。衰退状態の俺たちは走ることも出来なければ、スキルの使用も制限されている。下手に出ればデスペナを重ねるだけだ」
「けどよ、このまま領主のポテチさんがやられちまったら……」
とプレイヤーの一人が言う。
「このタイミングでの奇襲となれば相手はアサシン系、衰退の状態では領主を守れないよ。出るのは一時間の衰退が解除された者だけにした方がいい」
ケークンがそう言うと誰もが自分達の衰退効果がどれくらいで切れるのか確認を始め、「俺はあと十分だな」「あと四十分もあるよ」等と声が上がる。
そんな中、グラディエーターのリューサンがケークンに近付き話しかけてきた。
「よおケークン、あんたもやられちまったのか」
「お互い様。リューサンがやられるなんてよっぽどだね」
「俺も弓矢に一撃でやられるなんて初めての経験さ。そっちは?」
「魔法剣士とタイマンして相討ち」
「魔法剣士!? ははっ、そんな珍しい奴がいたのか」
「まあね。でも強かったよ。それで、リューサンは衰退どれくらい残ってるの?」
「四十分ってとこだな。今日はこの辺で落ちるとするわ。まぁ領主がやられようが何しようが、俺は首都対抗戦が終わったらゼネティアに寄りてぇからよ。ここで、万が一にもローアルまで戻されるのは勘弁だ」
「賢明だね」
「伊達にレベル百二十七やってるわけじゃねーよ。今日のデスペナは半年分の経験値がパーだからな。んじゃ、おつかれさん」
そう言い残し、リューサンはログアウトして消えてしまった。
ケークンも自分の衰退効果時間を確認するも、残り五十分の表示がそこにあった。
一方その頃、作戦会議室。
傭兵でソードマスターのエンキドは唯一の出入り口である扉を見張っていた。扉が開いた時の死角になる壁際に寄り掛かり、入ってきた者を不意打ちしようと構えていた。
ポテチも盾と剣を持ち、臨戦態勢となっている。
外の騒ぎも段々と収まりつつある中、会議室内は緊迫した空気に支配されていた。
敵襲を受けて倒れ行く者達を見捨てログアウトをするかどうか? ポテチはそんな決断を迫られる中、何か嫌な予感を感じていた。
「そうだ、エウドラの実!」
と、ポテチは《ハイディング》を見破れる希少アイテムを持っていた事を思い出し、それを使用する。
その様子を横目で見ていたエンキドは、ポテチの背後で動く影を目撃する事になった。
それはまるで狐のお面を付けた亡霊の様に、ゆっくりとその姿を露わにして、それと同時に長い刀の刀身がポテチの胸を背後から貫く。
その刀はキクイチモンジ、防御力を無視すると言う反則的な能力を有しており、ポテチのフルアーマーは意味を成さず、ポテチのHPバーの七割を一瞬で消滅させた。
ポテチも自分の身に何が起きたのか理解する頃、その刀は抜かれ、ポテチが振り返ると同時にキクイチモンジの2連撃を浴びる。
ほんの数秒の出来事で、ポテチはHPを全損して倒れる事となった。
「嘘だろ……」
と力尽きるポテチ。
サイカは人が出入りする時を狙い、《ハイディング》の状態で室内に侵入して絶好の機会を待っていたのだ。ハイディングの効果時間が切れそうだった事と、エウドラの実を使われたので強行に至った。
領主マークが付いたプレイヤーを倒した事を、サイカはシノビセブンに知らせる。
「倒した」
領主を倒した事で、ポテチは本拠地であるローアルに強制的に戻され、砦の復活ポイントであるクリスタルは効力を失う。
砦の陥落である。
復活部屋にいたプレイヤー達も、クリスタルが輝きを失って行く様を目の当たりにして、領主が倒された事を知る事となった。
領主が失われてしまえば、この後例えサイカやシノビセブンが倒されても、今後他の砦を攻めるには無理がある。そして多くのプレイヤーは戦意を無くし、降参する事が通例である。
部屋でニ人だけとなったサイカとエンキド。サイカはすぐにでも撤退したい所ではあるが、扉の前に立つ骸骨の仮面を付けたこのエンキドと言うソードマスターがどんなプレイヤーなのか判断ができない、
戦闘狂でなければ、このまま降参してくれるはずだが、彼が今何を考えサイカを見ているのかがわからない。
すると、サイカの足元で倒れているポテチが言った。
「エンキド。頼む」
その頼むと言う言葉が何を意味しているのか、サイカがふとそんな疑問を浮かべた矢先、エンキドが動いた。
大剣がニ人の間にあるテーブルごと薙ぎ払うかの様にサイカへ襲いかかる。サイカは間一髪でそれを回避、テーブルのオブジェクトは破壊され粉々に砕け散った。
そして追い討ちを掛ける様に詰め寄ってくるエンキドの手には大剣では無く、双剣となっていた。
隠し職業、ソードマスターは職業の剣士を極め、何かの条件を満たす事で解放される職業。剣や刀であれば全て装備できる事が特徴で、代表的なパッシブスキルとして《マルチウェポン》と言う物がある。このゲームでは、装備の入れ替えにはクールタイムが存在しており、装備を戦闘中に変える事は何度も出来ない仕様になっているが、このスキルは武器の装備換えのクールタイムを減らす効果がある。
エンキドはその《マルチウェポン》を最大レベルまで会得しており、その名の通り、武器を自在に変えて戦うスタイルなのだ。
サイカに詰め寄り、双剣で連撃を繰り出すエンキドにサイカは遅れを取りながらも、刀で応戦する。
激しくぶつかり合う刃と刃。
だが、双剣の売りである攻撃速度に追いつけず、サイカのHPは徐々に削られた。
サイカはスキル《空蝉》を発動すると、幻影にその場を任せ、一旦後ろへと飛躍して後退する。
それを待っていたかの様にエンキドは、サイカの幻影を双剣で切り捨てると、幻影が消えると同時に武器を短剣に持ち替え、それをサイカに向かって投げた。
サイカは着地しながら、刀でそれを弾くも、ニ本目に飛んできた短剣が狐の仮面に直撃。仮面が半壊して、サイカの左目が露わになる。
同じレベル百二十五同士の戦いではあるが、プレイヤースキルはエンキドが上回っている。
仮面のお陰でノーダメージではあったが、少し怯んだサイカが立て直し、次にエンキドを視界に捉える頃には、エンキドの骸骨の仮面がすぐ目の前まで来ていた。
エンキドの手には長めの片手剣、その攻撃をサイカは何とか刀で受け止め防ぐ。
剣と刀の衝突は火花を散らせ、その向こうで骸骨の仮面は不気味にサイカを見ていた。
すぐにエンキドは武器を入れ替え、剣が消えると、今度は両手に刀を持ち、斬り掛かってくる。
サイカはそれも刀で受け止め、このまま防戦一方では不利と見て再度後退して距離を取ろうとするが、そこには壁が有り、これ以上後ろには下がれない。
そしてサイカは気付く、ソードマスターのエンキドが取り出した刀はキクイチモンジ。サイカと同じ武器だ。
俊敏重視で重武装では無いサイカを相手にキクイチモンジはあまり効果があるとは言えないが、そこであえてソレを装備してくると言うのは挑発か自慢以外に考えられない。
サイカは何処か悔しい思いをしながらも、自分のHPバーを確認する。HPは既に半分を切っており、対するエンキドはまだ八割ほど。
このままでは負ける。
サイカはここで自身が持つ固有スキルを発動する事を決意した。
一方その頃、激しい戦いが行われている作戦会議室の外では、打って変わって和やかなムードになっていた。
砦を占領していた中部地方マリエラと大阪地方ローアルの連合ギルドは、領主を失った事で降参。皆武器を納め「おつかれー」「おつ」「今回は砦一つかぁ」等と声を掛け合い、雑談を始めていた。
シノビセブンの者達も城壁の上に集まり、それぞれ仮面を外すと、先程まで敵だったプレイヤー達の和やかなムードを見物していた。
彼らはこの首都対抗戦と言うイベントに合わせて、それぞれの地方から遠征してきた大手ギルド。このWOAの世界は現実と同じくらい広いマップを有している事から、数日掛けた遠征となっている。
なので、領主を失えば死亡時の復活地点が自分達の首都になってしまう為、デスペナルティとしてはかなり重い。
そしてイベント終了後は首都ゼネティアに出入りが出来るようになる事から、観光目的で早々に降参して、それまでゼネティア周辺の村や町で待機する事が通例となったのだ。
アマツカミは戻ってこないサイカを心配して連絡を試みていた。
「サイカ、どうした。状況報告を頼む」
しかしサイカの返事は無い。
パーティーメンバーリストを開くと、サイカのHPバーが徐々に減っていっているのが見て取れる。
「なに? サイカまだ戦闘してるの?」
とオリガミが言う。
「その様だな。負けず嫌いな奴に当たったんだろ。よくある話だ」
「助け行く?」
「いや、それは無粋だろ。サイカなら心配いらないさ」
そんな会話をアマツカミとオリガミがしていると、ハンゾウがとある事に気付く。
「なあ、リストでウエスト砦の人らを見てみろよ。なんか、みんなオフラインになってるぜ?」
ハンゾウがそんな事を言い出したので、皆メニューを開きフレンドリストからログイン状況を確認する。
確かにウエスト砦で戦ってるはずのメンバー達が皆オフラインとなっていた。
「戦いが終わって、解散したって事でしょうか」
とミケが言うと、カゲロウが口を開く。
「いや、それにしてもこれは……サーバー障害か何かじゃないのか」
アマツカミもサーバー障害の線が濃厚と思ったが、ウエスト砦で指揮を執っているはずのワタアメがログイン状態になっている事が気になった。
何かの事態が起きてるのではと考えさせられる中、シノビセブン達に近寄る人影があった。
皆もすぐに気付きその方向を見ると、そこには両手を上げ降参の意思を示しながら歩いてくる格闘家のケークンだった。
「おつかれさんです。そして、はじめまして。貴方達ですね、今回の奇襲の実行犯は」
ケークンが言うと、オリガミが前に出て誇らしげに胸を張った。
「えっへへ! その通り! 我らシノビセブン! ゼネティアで一番の特殊工作集団よ!」
「へぇ。只でさえ珍しい隠し職業のニンジャとクノイチがこんなに……」
「うちのエースはサイカって言うの!覚えておきなさい!」
「へぇ。それはぜひ会ってみたいな」
と言ったところである人物を思い出したケークンは問う。
「君たち、ゼネティアプレイヤーだよね? もしかして、リリムって言う魔法剣士知ってる?」
「リリム?」
首を傾げながら他のメンバーを見渡すオリガミ。しかし誰も知らない様子だ。
「そっかぁ。結構強かったから有名人かと思ったんだけど」
残念そうにするケークンにアマツカミが提案する。
「SNSとかで探してみればいいんじゃないか」
「それもそうだね。首都対抗戦終わったら、しばらくゼネティアに滞在する予定だから、探してみるよ。ありがとう」
ケークンがお礼を言って去ろうとしたその時、ミケが上空で動く影を発見して、
「ねぇ何あれ」
と指差した。
その場にいた全員が空を見上げる。
そこには、月明かりの下で動く巨大なドラゴンの影と、それを追いかけるように移動するプレイヤーらしき人影が三つ。
「ドラゴン……か?」
とカゲロウが言うと、ミケが続く。
「ガーディアンドラゴンなの? でも陥落した砦に出現する事ありましたっけ?」
そんな疑問に答えたのはケークンだった。
「いや、仕様上、ここにドラゴンが現れてる事自体がおかしい。もしかして……報告にあった謎のドラゴンなのか……」
皆がドラゴンに注目する中、アマツカミが目を付けたのは空飛ぶプレイヤー三人の姿。
「ドラゴンを追いかけている三人を見ろ。空を飛ぶスキルなんてこのゲームには存在しない」
アマツカミが解説すると、オリガミが反応した。
「それって……」
「チーターか……いや、あれはゲームマスターだ」
ゲームマスターとは、管理者権限を持つ運営管理側のプレイヤーである。
【解説】
◆シノビセブン
ワールドオブアドベンチャーの首都ゼネティアを活動拠点とし、隠し職業であるニンジャとクノイチが揃った集団。首都対抗戦では七人いる砦落としの工作員達として有名だが、ブランと言うメンバーだけ最近あまり顔を出していない。
又、ギルドではない為、各々自由に活動している。
◆パッシブスキル
発動する為に特別な操作を必要としないスキルの事。 常に効果が得られるスキルもあれば、条件付きで発動するものもあります。 条件はありますが、特に何かをする必要はありません。
◆放置稼ぎプレイヤー
首都対抗戦のレッドエリア内にいる時間でも貢献度ポイントが貰える為、貢献度ポイント狙いでレッドエリアの目立たない場所で放置しているプレイヤー。システムの穴を利用して悪知恵を働かせた行為ではあるものの、放置だけで得られるポイントは高が知れている。
◆サブアカウントの見張り
防衛を有利にする為に、倒されても問題無い二つ目のアカウントを使って放置プレイヤーを装い、実際には見張りをしている場合がある。
◆砦ナンバー
構造が三百種類以上ある砦は、首都対抗戦イベントが始まる度にランダムで出現する。その為、攻略サイト等でその構造をユーザー同士で共有する際にナンバーを割り振っていて、調べやすくなっている。
◆グラディエーター
ワールドオブアドベンチャーにおいて、剣士と格闘家を極めたプレイヤーが転職できる職業。対人戦向きのスキルを多く覚える為、首都対抗戦では人気の職業である。
◆ソードマスター
剣士を極め、何らかの条件を満たしたら転職できると言われている隠し職業の一つ。剣や刀であれば全て装備できる事が特徴で、転職条件は解明されていない。
◆エンキド
ヨリック大陸ガルム地方(首都マリエラ)では有名なプレイヤーで、首都対抗戦では傭兵を生業としている。パッシブスキルの《マルチウェポン》を極めていて、様々な武器を使いこなし、プレイヤースキルはかなり高い。首都対抗戦中はフードに骸骨仮面と言った装備を身に付け、派手な見た目を隠している。鎧は金色なのに、黒の剣士と呼ばれているのには訳がある。
◆チーター
コンピュータゲームにおいて、本来とは異なる動作をさせる行為をするプレイヤー。 ゲームを優位に進めるために、制作者の意図しない動作をさせるチート行為をする者。
◆ゲームマスター
運営会社のプレイヤー。ワールドオブアドベンチャーでは、管理者としての様々な権限を持ち、直接プレイヤーに対応するサポート等も行っている。ユーザー参加型のイベントで進行役を務めることもしばしば。




