127.アドミア
そこは様々な形をした石像が立ち並び、まるで世界の歴史を形に残した広い博物館のようでした。
中央の台座の上にはクリスタルが浮いていて輝きを放ち、入ってきたゲートに向かって光の線が結ばれています。スウェンが予想した通り、どうやらあのクリスタルが結界エネルギーの源となっているようです。
迷う様子もなく前を歩くキャシーの背中を追いかけるように、スウェンと鬼夜叉は歩みを進めます。
「あれを止めれば、ヤマトの結界は消えるのか?」
と、鬼夜叉が二人に聞くと、キャシーが答えます。
「ええ、そうね。昔、ヤマトに協力した管理者が残した遺物。でも止めるのは待った方がいいわ」
「なぜだ?」
「アドミンキラーの足止めをしているからよ。あの結界は、アドミンキラーであっても簡単には越えられないはず。彼女の恐ろしさが分かってるなら、この意味を理解できるはずよね」
「確かに……」
するとスウェンが周りの石像を眺めながらキャシーに聞きます。
「……ここは本当に狭間なのか? 聞いていたイメージとは全然違う。狭間とは何も無い真っ白な世界で、立つ事すらままならない。そういう場所じゃなかったのか」
「基本はそうね。私達が狭間と呼んでいた此処はアドミアというらしいの。純白の世界よ。ただ、純白とは無限の可能性であり、一つしか無いとは誰も言っていないわ。私も管理者と関わって、少しは此処について詳しくなったのよスウェン」
「それで、俺たちを何処に連れてくつもりだ?」
「私の雇い主に会わせるわ」
そんな会話をしていると、大きな石扉の前に辿り着き、キャシーは迷う事なくそれを両手で押して開けます。そこはここに入って来た時とは別のゲートで、別の狭間へと繋がる扉でした。
■ ■ ■ ■
扉の向こうはまた別の、彼らにとっては摩訶不思議な空間でしょう。
白の世界。見た事のない白い建造物が立ち並び、その上空に咲いた白く大きな花びら。周りにはいくつもの花びらが浮いていて、全てが理解不能の物に埋め尽くされた場所です。
浮かぶ大きな花びらの上、合計五つの石扉が置いてあり、そのうちの一つから入ってきたキャシー達。
花びらの中央に大きな女性の石像にも見える何かがおり、こちらの方を見て来ます。明らかに人でもブレイバーでも、ましてやバグでも無い何か。
それが、私です。
キャシーは一人の人間と一人のブレイバーを引き連れて、慣れたように私に話し掛けてきました。
「戻ったわ」
「観ていました。結界の外への転送は英断となりましょう」
スウェンは、
「これが管理者か?」
と、キャシーに聞きます。
「そう。彼女は名前無き管理者。でも私は勝手にゼノビアと呼ばせて貰ってるわ」
「ゼノ……ビア……?」
改めて私のことをじっくり見てくるスウェンは、私の形を見て、何かを思い出しているようでした。
「お久しぶりですね。スウェン」
「……本当に、ゼノビアなのか?」
「いいえ、私はもうゼノビアとしての能力を持っておらず、この場所から動く事すらできない醜い生き物……その質問は否定させて頂きます」
「どういうことだ……?」
キャシーが代わりに説明します。
「ここにいる彼女は……三分の一のゼノビアの冥魂が管理者となった存在。しかも管理者としての能力も制限が掛けられていて、とにかく不安定な状態なのよ。残りのゼノビアの冥魂については、貴方も心当たりがあるんじゃない?」
「ヴァルキリーバグとノアか……」
すると今度は鬼夜叉が口を開きました。
「待ってくれ。俺はゼノビアが誰かを知らないが、これだけ聞かせてくれ。ここ狭間とは、世界と夢世界を繋ぐ……その間にある場所という事か?」
私は答えます。
「そうです。ここは中間管理世界アドミア。狭間とも呼ばれます。恐らく、貴方の想像を遥かに超える規模となります」
「なんてことだ」
と、頭を抱える鬼武者。
スウェンは改めて私に向かって言います。
「あんたが狭間の管理者をやってるってんなら丁度良い。俺には行きたい世界がある」
「シュレンダー・エメリッヒがいる世界ですね?」
「なんだ、知ってるのか」
「ええ、大体の事情は把握しております。その上で、お二人をここに連れてくるようにキャシーへお願いしました」
「……? 何かあるのか?」
「まずはこちらを見てください」
私は頷き、コンソール画面を呼び出すと、それを操作して周囲に複数の映像を浮かび上がらせます。
それは一部の存在が『現実世界』と呼称する世界。スウェンが求める、シュレンダー博士がいる世界の映像です。今に至るまでの歴史の映像と、手前に一番目立つ形で見せたのは今起きている出来事です。
スウェンと鬼夜叉は唖然とその映像を眺めていました。
私は更に操作をして、シュレンダーが明月朱里として活動している記録の一部を見せます。
「これは……なんだ?」
と、スウェン。
「クリティードN5870E1。それがその世界の管理番号です」
「……世界の……管理番号? じゃあ俺がいた世界は何だ?」
「N5870E2。隣の世界です」
管理番号。その事を私から聞いたスウェンは、呼吸が荒くなります。頭の良い彼は、この数字が示す真実を頭に浮かべ、それを思考したことで脳の処理能力に過負荷掛かっているようでした。
一方で、隣にいるブレイバーの鬼夜叉は落ち着いている様子です。これが人間とブレイバーの生まれ差なのでしょう。
キャシーがスウェンに寄り添い、
「気を確かに。貴方が驚くのも無理はない。でも私達がバグとブレイバーの研究を進めていた頃から、何となく分かっていた事でしょう。だから次元の修正にも対応できた。違う?」
と、励まします。
そのキャシーの発言に、スウェンは更に驚かされます。
「思い出したのか……?」
キャシーは優しく微笑み、ゆっくりと頷きます。
「とっくにね」
かつての実験の失敗により、キャシーは記憶障害と性格の変貌がありました。恋仲だった二人が、一度引き裂かれた悲劇です。彼女の決断だったとはいえ、当時のスウェンは酷く後悔したことでしょう。
ですがキャシーは人間をやめてからも本能的にスウェンを信じ、彼に付き添う道を選びました。そしてもう一度、彼を好きになったのです。
スウェンにとってそのキャシーの愛は偽物に思えていました。一度は失ってしまった自身に対する愛。それが人間ではなくなった彼女が再び得るなど、信じられなかったのです。
だからこそ『キャシーの記憶が戻った』というキャシー本人からの知らせは、スウェンにとってはこれ以上に無い喜びなのです。彼は一筋の涙を流し、人間だった頃の笑顔を見せてくれるキャシーを見つめていました。
キャシーは立ち上がり、言います。
「でも驚いてる暇は無いの。今、私にはゼノビアと協力して二つの世界を救う使命がある。だから貴方の助けが必要なのよ。シュレンダー博士もサイカや明月琢磨という重要なピースと共にいるわ」
「俺に……何ができる? ブレイバーでもない、管理者でもない、創られた人間の俺に、何が……」
と、スウェン。
「何が出来るかは、貴方次第。らしくないわよ。スウェン」
スウェンが落ち着いてきた頃合いに、私は次の映像を見せます。
「詳しい説明は役者が揃ってから行います」
「役者?」
「現在、二つのクリティードに管理者と同等かそれ以上の力を持つ要注意存在がいます。明月琢磨、サイカ、バグの王レクス……そして、アドミンキラー」
「そいつらが何をするっていうんだ?」
「この四名は不安定な捉え難い存在です。あるべき正線を揺るがす中心的存在。まずはその中でも、クリティードを守ろうとする善の意志がある二名、明月琢磨とサイカを味方にする必要があります。スウェンはN5870E1に出向き、シュレンダーとコンタクトを取って下さい。その上で、レクスの手先である逢坂吾妻と海藤武則という正線の歪みをもたらす人物の監視をお願いします」
「正線とはなんだ?」
「本来あるべきだったクリティードの流れの事。管理者が予知する流れです」
「つまり、その要注意存在のせいであるべき形が崩れているから、それを防ごうということか?」
「はい。そもそもはブレイバー召喚というクリティード干渉を人類が行った事により、二つのクリティード間のアドミアに異常が発生してしまった事が発端。ブラックガーベッジを吸収して産まれてしまったバグの集合体・ファザーバグと、それをマザーバグとして抑えられなかった私が全ての原因でした。そこから繰り返されてきた正線の歪みと、それにより起こるクリティード崩壊を防ぎたいのです」
「ブラックガーベッジだとか、クリティードだとか、訳が分からない事も多いが……要するに、人間がやっちまった事と、あんたの尻拭いをして、二つの世界を平和にしたいって事でいいのか?」
「そうです」
そして鬼夜叉が、
「私は……何をすればいい」
と質問して来ます。
「鬼夜叉、貴方にはキャシーと共にノアとヴァルキリーの交渉に向かってもらいます」
「誰なんだそいつは?」
任務内容を理解しているキャシーが鬼夜叉に説明します。
「管理者ゼノビアが、全ての力を得る為に必要なピースよ。在るべき正線を守る為、ここにその二人を連れてくる必要がある。まずはヤマトに来ているノアね。力に目覚めた彼女を交渉するの」
「ヤマトにいるのか?」
「貴方が助けた人間の源次と共に、今は天瀬城がある露頭町にいる。運命の悪戯ね」
私はその説明に付け加えます。
「もう一つ気になる事があります。ノアと行動を共にしているブレイバードエムは、本来であればサイカとの再会を切っ掛けに会得するはずだった渡りの力を、サイカではなく、アドミンキラーから授かっています。結果としては合っていますが、これも正線の歪みです。管理者バストラの奇行から派生し、アドミンキラーはN5870E2の正線に歪みをもたらしています」
「渡りの力とは?」
と、鬼夜叉。
「他のクリティードに干渉する能力です。これを持つ冥魂は限られており、それを与える手段を持つ賢者はそう多くありません。それをアドミンキラーがドエムに与えてしまった。ノアだけでなくドエムにも真実を伝えるのを早めなければならないと私は考えています」
そこまで聞いていたキャシーが私に気になっていた事を聞いてきました。
「それで、正線を歪めるアドミンキラーはいったい何なのかしら?」
「……私の身勝手が生んでしまった腫瘍です。彼女については、話すべき時がきたら話します。まずは――」
「まずは、仲間を増やし、貴女の復活が優先……でしょ?」
「はい。改めてお願いします。レクスとアドミンキラーを討ち、二つのクリティード……二つの世界を守る為に」
「そのセリフは聞き飽きたわ」
ここまでの話を聞いて、覚悟を決めてくれた様子のスウェンと鬼夜叉に、
「任務に当たり、お二人には副管理者の権限を付与します。活用してください」
と、私はコンソール画面を操作して二人に能力を付与しました。
「いいのか、会ったばかりの俺なんかにこんな事して」
と、スウェン。
「観ていましたから。私はここから動けませんので、貴方達と出会う迄の長い間……歯痒い思いをしておりました。ですがここからは歪みに対抗する時です」
「ゼノビア……あんたはどうやら、英雄ではなく神様になっちまったみたいだな」
■ ■ クリティードN5870E1 ■ ■
スウェンの転送箇所はこちらで操作しました。
できるだけ人目につかない為の転送。東京都内にあるアパートの一室で、インターネットに繋がったままの端末の中から、持ち主が不在の場所を選びました。
ロフト付きのワンルーム、物が散らかった薄暗い部屋に置いてあったパソコンが光り輝き、中から端末のケースを突き破りながらもスウェンが現界します。
ゆっくりと目を開けたスウェンの目の前にはモニター、少し上に目線を向けるとエアコンがあり、見渡してみてもそこはスウェンがいた世界の文明では有り得ない物ばかりが置いてありました。
「なんだよここは……」
私はスウェンに通話を入れます。
『そのクリティードに存在する住居です。人に見られると厄介ですので、まずはそこから立ち去ってください』
「了解」
スウェンは玄関扉に向かい、鍵の開け方を探る中、玄関近くの壁に掛けられていた茶色のコートとカウボーイハットが目に入り、それを取って身に付けました。
内側から鍵を開け、外に出ることに成功したスウェンは、閑静な住宅街にある二階建てのアパートを後にします。
そこからはスウェンにとっては驚きの連続でした。
星の見え無い夜空、コンクリートジャングルの明るい街並み、見た事もない電光掲示板、見慣れない服装の行き交う人々、道路を走る自動車。その全てが彼にとって摩訶不思議な世界のはずですが、スウェンは至って冷静で、見物しながらとにかく当てもなく歩き続けています。
『驚かないのですね』
と、私が声を掛けます。
「驚いてるよ。夢心地さ。色んなものを通り越して、感覚が麻痺してるだけだ」
そう言いながら、しっかりと目の前の信号機の仕組みとルールを読み、周りの人々に合わせて歩みを進めるスウェン。
「それで、この世界の事はどれくらい知ってるんだ?」
『N5870E1はN5870E2よりも――』
「その呼称は理解に苦しむ。分かりやすく説明してくれ」
『では、N5870E1を地球世界、N5870E2を異世界としましょう。地球世界は異世界よりも早く人類が誕生し、長い歴史があります。文明も異世界とは別の形で数百年進んでいますので、スウェンにとっては未来の世界に近いともいえます』
「俺にとっちゃこっちが異世界だが……まあいい。ここの人間達は皆平和な顔をしている。ブレイバーもバグもいるようには見えないが?」
『地球世界とアドミア……狭間との繋がりは極めて狭く、異世界のようにブレイバー召喚を行った歴史がありません。バグ侵入による歪みが発生したのは地球世界の時間で約二年前。まだバグの数も限られていて、人間同士の戦争はあれどブレイバーやバグの戦争が起きるような事態には陥っていません』
「ブレイバーがいないのにバグがいるというのは……おかしな話だ」
『地球世界はブレイバー召喚を開発していませんが、ホープストーンを半導体として利用する技術を数年前に開発し、文明を発展させました。それにより発生した歪みを利用され、異世界からの侵攻を受けてしまっているという現状です。はぐれバグから始まり、サイカ、レクス、シュレンダー、ワタアメ、そして貴方も、ホープストーンを通してやってきた異界からの侵入者となります』
「つまり、俺たち異世界の人類が、ブレイバーを生みバグを生み出した影響が次元を超えてこっちにまで起きてるって事か」
『そうなります』
「そいつは……見過ごせないね」
そんな会話をしているとスウェンは人気の無い公園を見掛け、そこで物陰に隠れながらコンソール画面を呼び出しました。
目の前に浮かび上がる文字列と、様々なボタン表示を見て、スウェンは適当に触れながら言います。
「まずはこいつの使い方からだ。何ができる?」
『身体能力向上、空間移動、変装、通話、通訳など、操作次第で如何様にもできます』
「そりゃ便利だ」
『ただし私の管理者としての能力が不十分なので、制限はあります。画面右のゲージがそれを示していて、管理者能力を使うとそのパワーが消費され、足りなければ発動できません』
「回復はするのか?」
『時間経過で回復します』
「……もしあんたが、ゼノビアとしての能力を取り戻したら、こいつも使いやすくなるのかい?」
『はい。そうですね』
「了解。まずはシュレンダー探しだな」
『生物の検索及びその物が所持する通信端末にアクセスする事も可能です。試してみてください』
「超便利じゃねーか!」
『それが管理者権限です』
「管理……ね」
改めて、現実としか考えられない世界が、何者かに管理と監視をされている創られた世界である事を実感したスウェンは、気落ちしたようにも見えました。
そして人目を避けながらもコンソール画面を操作して、どう操作したら何ができるのかを学習するスウェン。彼はこういった時も要領が良く、操作方法をすぐ理解できているようでした。元研究者という肩書きは伊達ではないという事でしょう。
スウェンは約一時間程度で、一億人を超える日本人口の中からシュレンダーの情報を割り出しに成功。明月朱里という名前で登録されている彼女の携帯端末に通話を試みました。
すぐにスウェンにとって聞き覚えのある懐かしい声が、耳に入ってきます。
『もしもし』
「……俺だ」
『……オレオレ詐欺か? それなら相手を間違えたな』
「スウェンだよ」
『……!』
「久しぶりだな。元気にしてたか?」
すると何やらゴソゴソと移動する音が聞こえ、しばらくしてから朱里は再び話し始めます。
『無事にこっちへ来れたんだな。キャシーもいるのか?』
「いや、少々事情が変わってな。今は俺一人だ」
『こっちもだ。てっきりバグのいない平和な世界だと予想していたが、そうではなかった。こっちはより複雑な社会で、今は現れたバグとそれを操る者の対応に追われてる』
「平和が脅かされそうになってるのは把握してるよ。俺もそれを手伝いに来た」
『何か……あったのか?』
「色々とな。狭間で管理者にも会ったよ』
『管理者だって?』
「とにかくお前と別れてから色々ありすぎた。積もる話も多い。だけどまずは、明月琢磨とサイカに会わせてくれないか?」
『琢磨に? ……いや、すぐには無理だ。こっちも少々訳有りでな。近くにはいるが、これ以上ややこしい状況にするのは得策じゃない。サイカも存在自体は確認できていても、行方不明な状況なんだ」
「そうか。それじゃあ……レクス、逢坂吾妻、海藤武則について何か情報はあるか?」
『……どうしてそれを知ってるんだ。今、わしがいる機関の機密情報だぞ』
「俺は今、管理者と繋がっている。この会話も、管理者に聞かれてると思った方がいい」
『琢磨とは別の存在か……お前はいつも急に現れて、とんでもない事を言い出してくれるな。情報が欲しいならその管理者に教えて貰えないのか』
「そいつらは管理から外れた人物なんだよ」
『ふむ……分かった。今は時間が無いから後で連絡をする。それでいいか?』
「そうしてくれると助かるぜ。俺も単独で自由に動こうと思う」
『あまり目立つ行動は避けてくれよ。何かあればこの日本という国では大問題になる。特にわしらのような異界人が目立つと、わしがいる機関も動き難くなるんだ』
「俺もここの文化に慣れるように努力するさ」
そう言って、一旦通話を終わらせたスウェンに声を掛ける者がいました。
巡回パトロール中だった日本の警察官二人組です。スウェンを公園で何か怪しい事をしている外国人と思い、職務質問をして来たのです。
「ちょっといいですか。外国人さん? 日本語は分かるかな。今、何をしてました?」
明らかに疑いの眼差しを向けてくる警察官を前に、スウェンは私に聞いて来ました。
「誰だ?」
『その国の秩序を守る警備隊です。ここはシュレンダーの言う通り、事を荒立てないようにお願いします』
「了解……だッ!」
と、駆け出すスウェン。
警察官の意表を突いて、彼らの手をすり抜けて全速力で走るスウェン。
「なっ! おい! 待ちなさい!」
と、追いかけてくる警察官。
スウェンは公園を走り抜けながらコンソール画面を操作して、身体能力向上させます。
軽くなった身体で軽快に走り、人混みを掻き分けて繁華街の中へと入りました。警察官は無線で応援要請をしながらしつこく追いかけてくるので、スウェンは走り続けます。
「キャシーは空を飛んでいたけど、それはできないのか?」
『あれは特殊で、付け焼き刃で扱えるような能力ではありません。失敗した場合、返って目立つ可能性があるので控えたほうがいいでしょう』
「そうかい!」
スウェンは一旦人気の無い路地に逃げ込み、そこで空間移動のホールを出現させて中に入ります。
近くの雑居ビルの屋上に空間移動したスウェンは、すぐにホールを閉じて、その場に座り込みホッと一息。どうやら警察官も見失ってくれたようです。
息を整えながら、ふと目の前に見える巨大スクリーンにアイドル衣装のサイカが歌ってる映像がありました。バーチャルアイドルサイカのニューシングル曲発売の広告動画です。
躍動感のある映像を見ながら、
「サイカはこっちでアイドルやってんのか」
と、言いました。
『そのような時期はありましたが、その映像のサイカは本人じゃありません。巧妙に作られた偽者です』
「偽者? ハッ、笑えるね。なんだそりゃ」
『そうしなければならないこの国の事情があるのです』
「そうかい」
そしてスウェンが再びコンソール画面を操作して、空間移動の能力を使おうとしましたが、発動しませんでした。
『パワー切れです。しばらく使用できません』
「便利なのか不便なのか、わかんねーなこりゃ」
スウェンはその場に寝転び、星の見えない夜空を一望します。
そうやって彼は、新しい世界での新しい生活に決意を固めるのでした。
三日後。
地球世界、日本という国の文化に驚くべき速度で順応していったスウェンは、シュレンダーとの密会も済ましていました。活動資金も受け取り、それを使ってコンビニで購入した炭酸ジュースを片手に、手に入れた携帯端末でシュレンダーとメッセージのやり取りをしています。
日本が設立した対バグ攻性組織BCUが置かれている状況と、明月琢磨が今何をしているのか、そして世界は何と戦っているのか。それらの情報をシュレンダーから貰いながら、スウェンは東京郊外にある廃工場で待ち伏せをしていました。
スウェンは再び夜空を見上げながら、
「ここだと、星が見えるんだな」
と、感傷に浸っています。
『来ました』
私が報告すると、足音が聞こえてきます。
六十代くらいのコートを羽織った白髪頭でしわの多い男が、杖を突きながら歩いて来たのです。
彼は海藤武則。そしてここは彼が拠点としている根城。
スウェンは特に隠れようともせず、臆することなく声を掛けます。
「よお。海藤武則」
「……誰だ?」
「異界の戦士。挨拶しに来たぜ」
「天の使い……か?」
「まあ、そんなところだ。あんた面白いな」
スウェンは片手に持っていた炭酸ジュースを飲み干し、空になったペットボトルを自身の足下にそっと置きながら続けて言います。
「あんた、レクスと組んで何やら企んでるらしいな。何をするつもりだ?」
「私は天に抗う者なり。ここから立ち去れ、天の従者」
「そう邪険にするなよおっさん。あんた元はこの世界の人間だろ? レクスと関わっていたら、死ぬぞ」
「……私にはもう何も無い。生きる意味も、大切な家族も、何も残っていない。天の定めし運命に逆らうのであれば、この上ない身である」
「運命に逆らうか。かっこいい心意気だな」
「邪魔はさせん!」
と、武則はポケットからホープストーンの欠片を取り出し、それをばら撒きます。
現れたのは黒剣を持った人形バグ、ダークヴェインバグです。しかもそれが四体。
「ちょっと待てよ! 何も俺は戦いに来た訳じゃねーぞ!」
問答無用で襲い掛かってくるダークヴェインバグから逃げるスウェン。建物内から飛び出し、走って逃げます。
空間移動の能力はまだパワー不足で使えず、身体能力向上をして素早く逃げ回るスウェンでしたが、四体のダークヴェインバグも猛スピードで追いかけて来ました。
『だから接触はやめるように言ったでしょう』
と、私は必死に逃げる彼に苦言を呈します。
「どんな奴か直接確かめたかったんだよ! 無駄足だったぜ!」
スウェンが逃げ回ってる間、武則は近くに停めてあった自身の自動車に乗り込み、車でさっさとその場を去っていきました。
「待て! おい!」
叫ぶスウェンでしたが、四体のバグに追いかけられてる状況は変わらず、剣で斬り掛かってくる攻撃を避けながらとにかく走って逃げ回ります。
「武器は!」
と、コンソール画面を走りながら操作して、自動拳銃を出します。
ですが、召喚した自動拳銃の撃ち方が分からず捨てる事になりました。
続いて剣を召喚するも、剣を振るうという経験が無い為、とてもダークヴェインバグに対応できそうにありません。
「畜生ッ!」
叫びながら諦めて必死に走るスウェン。
そこへ廃工場の上から飛び降りて、ダークヴェインバグに横から襲い掛かる人影が現れました。
スウェンの耳にも戦闘音が聞こえたので、一旦足を止めて振り向くと、白い猫の尻尾が見えました。
ボロボロのフード付きマントを夜風になびかせ、素早い動きでダークヴェインバグを斬るその者は、時折り月明かりが反射して青い光をチラつかせています。
ブレイバーワタアメです。しかも顔の左半分と、左腕が完全に結晶化した惨めで薄汚い姿をしています。
左腕が使えない状態ですが、右腕だけで短剣を振り回し、ダークヴェインバグ四体との斬り合いを制し片付けてしまいました。
最後のバグが消滅する中、スウェンは彼女に話し掛けます。
「ワタアメ!」
ワタアメの目は、死期を悟っているかのような虚な目をスウェンに向けます。
「スウェンか。何故こっちに来た」
「何故って……俺たちが目指した場所だ。お前こそ、その姿……何してるんだよ」
「……わっちは……何をしてるんじゃろうな。自分でも……よくわからない」
「久しぶりに俺と組むか? ログアウトブレイバーズ再結成と行こうじゃねーか」
「わっちに構うな。わっちはもう疲れた……」
「どうしたんだよ。お前らしくもない」
「放っておけ」
そう言い残し、ワタアメは猫のように飛び跳ねて、建物の屋根の上に見えなくなりました。
「おい! 待てよ!」
と、スウェンが止めようとするも、ワタアメは無視して去って行きました。
するとスウェンは私に聞いて来ます。
「ワタアメは何をしてるんだ?」
『……分かりません。彼女も管理から外れた存在です。地球時間で約二年前、ファザーバグに倒されたワタアメは、地球世界に迷い込んだ事までは分かっています』
「二年前? バグ侵入の歪みが発生したってのもその頃じゃなかったか?」
『はい。ですので、彼女は二年もの間、地球世界でバグと戦っていたと推測できます』
「あの様子じゃ、信じる仲間も無く、こんな世界で孤独に戦い続けて来たって事か……」
スウェンは先ほど投げ捨てた自動拳銃を拾い上げ、
「まずは、こいつの使い方からだな」
と、セーフティロックの存在に気付きます。
『銃の所持が禁止されている国です。扱いには気をつけた方がいいでしょう』
「そいつはまた平和なこって」
『その平和も、レクス一味によって壊されようとしています』
「……シュレンダーの苦労が、分かったような気がするぜ」
■ ■ クリティードN5870E2 ■ ■
天瀬城及びその城下町にいたバグは一掃され、生き残った人々と永吉軍の武士や兵達によって町の復興作業が開始されていました。
一時焼け野原となった町の中心、比較的被害が少なかった場所を避難所にして、炊き出しに並ぶ人間達。そして多くの武士が周辺一体の警備を担当し、永吉兵の者達が救助と埋葬を行なっています。
そんな中、火事に巻き込まれず綺麗な状態で残っていた民家が臨時の救護施設となっており、そこでまだ目覚めぬドエムを心配そうに見守るノアの姿がありました。
外ではまだショックから立ち直れずにいるシャルロットと、その横にナポン、エオナ、源次の姿もあります。
一人、永吉軍の家紋が印された甲冑に身を包んだ男が近付いてきました。彼の名は永吉宗徳。今回、二千の永吉軍を率いて来た人間の武将です。
「鐡姫様」
「宗徳殿。此度の救援、感謝する」
「……難攻不落と謳われた天瀬城がよもやこうも簡単に堕とされるとは思いもよらず……重ねてお詫び申し上げたい」
そう話す宗徳の目線には焼け落ちた天瀬城がありました。
ナポンも同じ後継を改めて眺めながら、
「これも運命。受け入れるしかあるまい」
と、哀しい表情で言います。
「絶望的な状況下でも、政光公は最期まで逃げなかった。それでこそ永吉が信じた天瀬でございます」
「しかし、これではもう……」
「真島原の戦いを思い出してください。我ら天瀬方の東軍は、独裁により成り立った支えではありません。皆、前を向いて支え合っていたのです。その繋ぎは未来永劫受け継がれましょう」
「……そうだな。そうであると信じよう」
その時、急に辺りの物達が騒がしくなりました。見回りをしていた武士達が急足で移動しているのが見えます。
皆の目線が上を向いているので、宗徳やナポンも上を見ると、空から黒ドレスの女と赤い羽織の男がゆっくりと降下して来ていました。キャシーと鬼夜叉です。
ナポン達の目の前に着地したキャシーと鬼夜叉を、周囲の者達が一斉に武器を構えて包囲します。
ナポンも手に薙刀を召喚しながら、
「何者だ!」
と、問いを投げます。
すると鬼夜叉が神将の印籠を懐から取り出し、説明します。
「俺は十二神将の法玄と申す。こちらは、同じく十二神将の懺悔」
そう紹介されたキャシーは、懺悔が持っていた神将の印籠を取り出して見せました。
十二神将の名を聞いて、周囲の者達がざわつきます。大神山の守り手で、もはや伝説ともいえる謎の組織。そしてヤマトという国で最も重要なお役目を任される者達だからです。
そして二人が持っている十二神将を証明する印籠は、この国で生きる誰しもが学ぶ十二神将の証でした。
唯一のキャシーを知るドエムはまだ眠ったままであり、キャシーが成り済ましに気付く者もいません。成り済ましについては、十二神将として事を運んだほうが動きやすいという鬼夜叉の提案によるものです。
「大神山の守り手様が、なぜここに……?」
と、ナポンが疑問を投げ掛けると同時に反応したのは源次でした。
「法玄!」
鬼夜叉は応えます。
「源次、生きていてくれたか」
源氏は鬼夜叉の前で腰を落としながら、
「救って頂いたこの命。恩義の為に尽くしたが、ここまで何も成果を得られず……」
と、頭を下げて謝りました。
「頭は下げないでくれ。貴殿がこうして生きてくれた事が、巡り巡って国を動かしたのだろう」
二人がそんな会話をしていると、キャシーが早速本題をナポンに問います。
「ここにノアがいるはずだけど、会わせてくれないかしら?」
「それは……」
すると外の騒ぎを聞きつけて民家から出てきたノアが、
「私です」
と、力強く発言した事で周囲の目線がノアに向きます。
この時、鬼夜叉はノアの美しい銀色の髪と金色の瞳を見て、
「……美しい」
と、漏らすほどの絶世の美少女に見惚れます。
そんな中、キャシーは早速本題を口にしました。
「初めましてノア。私は懺悔。貴女に会わせたい人がいて迎えに来たわ」
「その会わせたい人って誰ですか?」
そう言うノアの表情は、まだキャシーを信用できていないといった様子です。
「貴女の産みの親であり、貴女の生命を救った恩人よ」
「……誰、ですか?」
「エルドラドの英雄、ゼノビアだった何か。今、彼女が貴女を必要としている」
「私の生命を救ったって、どうゆうことですか!」
「それは……」
二人の会話を遮るように、目覚めたドエムが建物から飛び出して来て、
「ノア!」
と、間に割り込んで来ます。
「あら、お久しぶりね。元気そうで何より」
と、キャシーは笑みを浮かべます。
「キャシー! なんでここにいる! ノアに何の用だ!」
片手で杖を構えながら、自身の胸元を抑えつつ怒りの色を表すドエムの脳裏には、かつての戦いでキャシーに胸を貫かれた記憶があります。
そして思わず笑みを溢してしまったキャシーのその姿は、何かを企んでるようにも見えます。ドエムはまるで管理者バストラに続き新たな敵が現れたかのような状況を前に、冷や汗を流していました。
「まだ私が怖い?」
「怖くないッ! ここから立ち去れ! ノアを巻き込むな!」
「……坊や。もし、ノアと一緒に本物のサイカがいる世界に連れて行ってあげると私が言ったら、今の貴方ならどう思うかしら?」
そのキャシーの質問は、今この時のドエムにとって全てを見透かされているような台詞でした。
この時、ドエムは危機に陥った自身の夢主を夢で見た直後だったのです。そしてあちら側の世界で暗躍する男、逢坂吾妻にも挨拶されたばかりでした。だからこそ今のドエムには心の余裕は無く、キャシーがなぜここにいるかまで考慮できていませんでした。
しかし、キャシーのサイカがいる世界に連れて行ってあげるという言葉は、ドエムの思考に電撃を加えたような衝撃を走らせました。
「……なんで……」
と、動揺するドエム。
「その反応、やはり坊やの夢主が巻き込まれてしまったようね。その原因を坊やが作ってしまった」
「ぼ、僕のせいじゃない! 僕は……何もしてない!」
「何もしてない? ノアと関係を持ち、ヴァルキリーと接触し、エンキドも手に掛け、バストラと一戦交え、そしてアドミンキラーに救われた貴方が、何もしてない訳がないでしょう?」
「アドミンキラー?」
まだ無知なドエムにキャシーは近づき、少年の小顔に冷たい手を添えながら、顔を近づけながら言い放ちます。
「真実を知れば貴方も引き下がれない。その覚悟があって? 坊や」
謎めいていて、吸い込まれそうなキャシーの瞳を前に、ドエムは固唾を呑みました。
キャシーから放たれる狂気にも似た威圧感に圧倒されつつも、ドエムが恐る恐る小さく頷く。
そんな時、騒然とするこの場に、永吉軍の伝令兵が慌てた様子で飛び込んで来ました。
「申し上げます!」
ナポンと宗徳の前に腰を落とす伝令兵。
「こんな時に何だ!」
と、宗徳が問うと、伝令兵は息を整えながらこう述べました。
「全国各地にて隠れ鬼の群勢現れ、大神山に向け侵攻を始めたとのこと!」
「なんだと!?」
それを聞いたキャシーが、ドエムとの話を中断して隣にいる鬼夜叉に聞きます。
「隠れ鬼って?」
大神山を守っていた十二神将の一員だった鬼夜叉は、驚いた表彰を見せつつも答えます。
「お前たちが言うバグの事だ。この国では鬼と呼ぶ。鬼と化した武士は即刻処分される故、数こそ多くないが、討伐を逃れ身を潜める事に成功した鬼を隠れ鬼としている」
冷静に解説してくれた鬼夜叉を他所に、ナポンが伝令兵に聞きます。
「数は?」
「それが……報告によりますと、隠れ鬼の群れが引き寄せられるように移動しており……その数、目算にて千を超えるとのこと」
「千!? 我が国にそんな数の隠れ鬼が存在していたというのか!?」
ヤマトにとって由々しき事態である事が、ナポンや宗徳の反応から解ります。
そして、バグの大群が大神山に向かっている理由について、キャシーは一つの仮説を口にするに至りました。
「狙いは大和の核ね。あの膨大なエネルギーに引き寄せられているんだわ」
ナポンのその言葉を聞き、宗徳が言います。
「し、しかし、大神山は十二神将様が守る神聖な地。隠れ鬼如きの大群など杞憂に過ぎぬであろう」
そう、この異常事態に際して、ヤマト国民の希望は圧倒的な武力を持つ十二神将でした。
彼らの希望となるブレイバーが今どうなっているかを知っている鬼夜叉は、険しい表情で重い口を開きます。
「十二神将は……もういない。生き残りはここにいる法玄と懺悔のみ。千の鬼に対抗する力は、今の大神山には無い」
衝撃の事実が告知された事で、その場の空気が凍り付きました。十二神将が壊滅しているという事を理解するまでの長い沈黙。キャシーも目的を邪魔するように発生した不測の事態に焦りの色を見せていました。
誰もがなぜそんな事になったのか理由を知りたいという思惑がありつつも、それ以前に守り手がいなくなった大和の核を、千の鬼から守る手段に絶望する事となりました。
すると、ナポンがキャシーを視線を向けながら切り出します。
「さて、この非常事態。十二神将の生き残りとする貴殿であれば、どうする。ヤマトを守る為、我々を導いてはくれないだろうか」
「それは……」
と、返答に困るキャシー。
この時、キャシーは私への連絡を考えていました。
本来であればドエムとノアを私に会わせ協力させるという目的の為に来たキャシーと鬼夜叉でしたが、大和の核は狭間への交通機関の一つ。それに危機が迫っているとなれば、それを無視する訳にもいきません。
しかし、目的に上乗せされるように現れた新たな目的に対し、キャシーは判断ができず、全てを見通している私の意向を聞こうかと考えたのです。
そんなキャシーの後ろめた思考を察知したのか、ドエムがこう言いました。
「偉そうなことを言って! 全てを知ってる振りをして! 自分じゃ何も判断できないのか! 大馬鹿者!」
怒りの感情に任せて発せられたドエムの言葉でしたが、キャシーにとって図星を突かれており、唖然とドエムのことを見つめ手が震えていました。
動揺を隠せないキャシーの肩に、鬼夜叉がそっと手を置いて言います。
「万策尽きた訳でもなかろう。やるべき事、守るべき物はハッキリしている。協力してくれる者達も。誰に聞くまでもあるまい。そうだろう、銀髪のお嬢ちゃん」
そう言って、鬼夜叉が目線を送った先には、決意を固めた強い眼差しを向けるノアの姿がありました。
「私の力で、この国の人々に呼び掛けるよ。大丈夫、私ならできる」
「ノア!」
と、ドエム。
「心配しないでエム。私、今回の戦いで分かったの。こんな私でも、私の歌が誰かの希望になれるって」
すると宗徳が言いました。
「我々永吉軍がここに駆け付けてきた時、聴こえてきたあの不思議な歌。まさかこの娘の……?」
次にナポンが薙刀の石突で地面を叩き、
「決まりだ! 隠れ鬼の出現を好機とする! 全国の大名武士に伝えよ! 天瀬政光の目指した天下統一が目前であると!」
と、薙刀を天に掲げ雄叫びをする。
すると、永吉軍の兵を含むその場にいたほとんどの者達が鬨の声を上げ、凍りついた場が一気に沸騰したような空気へと移りました。
まさかの展開に驚いたキャシーが鬼夜叉に目線を向けると、彼はこうなる事が分かっていたかのように笑みを浮かべていました。
先ほど勇ましい台詞を放ったノアは、実はドエムの手をしっかりと握り、不安と緊張を表に出さないようにしていました。
そしてノアに手を握られているドエムは、もう一つの窮地がありました。この時の地球世界側で起きようとしているもう一つの戦争を知っていて、オウサカアズマを名乗る男の狂気の笑顔と、自身の夢主が縄で縛られ人質とされている映像が少年の脳裏を過ぎっていたのです。
これが狭間という管理区域を挟んで絡み合う戦争に、ドエムとノアが足を踏み込む切っ掛けとなった瞬間です。
【解説】
◆狭間の真実
正式名称は中間管理世界アドミア。文字通り、複数ある並行世界の狭間であることは間違いないが、そこには『管理者』と呼ばれる存在も複数いる事が明かされた。
管理者はそれぞれの世界をクリティードと呼び、N5870E1を地球世界 (現実世界)、N5870E2を異世界とし、その世界の行く末を管理していた。
◆管理者ゼノビア
今回のエピソードの語りを務めていたのは管理者となったゼノビアだった。
ゼノビアはマザーバグとして狭間世界への干渉をしていた際に狭間世界に発生したバグの暴走を抑えきれず、そしてサイカによって討たれた際に冥魂が三つに分離。
一つはヴァルキリーバグ、一つはノア、そして残りの一つは管理者としてその存在を移していたのである。
ゼノビアの冥魂はヴァルキリーバグとノアの二つと思われていた為、これでゼノビア復活の為の隠れていたピースがもう一つ現れた事となる。
しかし、管理者としてのゼノビアは、生前の能力はほとんど失われており、管理者としての能力も制限が掛けれられている事から、自ら直接クリティードに干渉する事ができない。
その為、狭間世界を彷徨っていたキャシーを拾い、利害の一致により彼女の協力を得る事で、二人三脚で活動していた。
◆管理者ゼノビアの目標
彼女の願いは一つ。大きく歪んでしまったクリティードの歪みを正しく修正することである。
その為に動きが読めないレクスの暗躍阻止と、新たに現れたアドミンキラーの討伐を大目標としつつ、その為にヴァルキリーバグとノアと接触してゼノビアとしての力を取り戻そうとしている。
そして地球世界側の渦中で戦っている明月琢磨とサイカの協力を得ようとしており、アドミンキラーによって特別な力を得たブレイバードエムも重要なピースとして考えているようだ。
◆管理者から権限を与えられたスウェン
ゼノビアから地球世界での任務を与えられたスウェンは、管理者から与えられた特別な管理者スキルと、持ち前の頭の良さで、文化の違う地球世界に驚くべき速さで順応していった。
先に地球世界で活動していた元恋人のシュレンダー博士(明月朱里)とも連絡を取り、更に元仲間で行方不明となっていたブレイバーワタアメとも再会を果たす。
しかし、地球世界側で起きている問題は、スウェンが思っていたよりも複雑で困難を極めていた。
◆異世界での非常事態
引き続き任務で異世界へと訪れたキャシーと、新たな協力者となったブレイバー鬼夜叉は、中間管理世界アドミアへドエムとノアを導くべく二人へ接触する。
だがそれを邪魔するかのように、ヤマトに存在する全てのバグの大群が中間管理世界への出入口とされている大神山の大和の核に導かれるように活動を開始。
異世界側でもオズロニアの巨大ホープストーンを巡った大戦争とは別に、ヤマトの結界内でも巨大ホープストーンを巡って大きな戦争が始まろうとしている。
◆ヤマトの隠れ鬼
ヤマトの武士 (ブレイバー)は、鬼化(バグ化)を未然に防ぎ、仮に鬼化したとしても迅速に討伐を果たす事で、他国と比べその存在を極めて低くしていた。
しかしその実態は、人里から離れて隠れ潜むことで生き長らえる鬼が多くおり、その鬼たちの事を『隠れ鬼』とヤマトの民は呼んでいる。
その隠れ鬼の軍勢が、大神山の十二神将の不在を感知して行動を開始したと見られる。
◆ドエムの危機感
ヤマトで始まろうとしている戦争だけでなく、地球世界側でドエムの夢主である山寺妃美子が人質に取られていた。
何があったかは次回に語られる。




