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ログアウトブレイバーズ  作者: 阿古しのぶ
エピソード5
126/128

126.正負の法則

 絶命したレイシアの死体に足を乗せて、片手に持ったキクイチモンジを肩に乗せながらサイカバグは言います。


「最高ニ気持チイイナァ! 傷モスグ回復スルヨ! フヒヒ、コレナラ何デモデキソウダナァ!」


 先ほどまでの戦闘が無かったかのように、サイカバグは無傷でそこに立っています。

 一方で、満身創痍なドエム達は絶望し、サイカバグの狂言に何も言い返す言葉も出て来ません。


 しかし、一人だけ無傷な少女・ノアが意を決して前に出て、サイカバグの前に立ち塞がったのです。


「……これ以上はやめて。貴方が別の世界の存在で、特別な力を持った者だというのは分かる。でも人とブレイバーの心を踏み荒らし、生命を弄び、ここまで蛮行の限りを尽くす貴方を……これ以上、見過ごすことはできない」


 そう語るノアの体から白いオーラが溢れ出し、ノアの瞳が金色に光ります。まるで英雄ゼノビアがその場に顕現したかのような風格が、ノアにありました。

 その威圧にサイカバグがたじろぐ中、ノアは続けます。


「貴方はこの国が迎えようとしていた平和を、紡がれた歴史を……一人で壊そうとしている。それは絶対に許されない事よ。この国の人々は、百年も戦争をして、でも最後は手と手を取り合って、新しい未来へと進もうとしていた。自分達で新しい道を切り開こうとしていたの。そんなこの国を部外者の貴方は嘲笑ってる。私の仲間を、頑張ろうとしている人々を、儚い生命を……これ以上、潰させない!」


 サイカバグは、

「ウルサイナ……リトルガールガ、ボクニ、説教スルナァァッ!」

 と、斬撃を飛ばします。


 しかしノアに当たった斬撃は消滅していきました。


「ナニッ!?」


 ノアはサイカバグの攻撃に臆する事なく、続けます。


「私は……自分の力が怖かった。でも、今は違う。この時の為に、この力があったと思えたの。私は……貴方を許さない! みんなの希望は絶えさせない!」


 そう言って、両手を広げたノアは唄います。神秘的な言葉を、高く長く伸びた心地良い響きが、ノアの周囲に広がっていきます。眩い光りと、光の粒が流れて、渦を巻いて空へと登っていきました。

 奇跡の力。神の声と謳われた『希望の聖女』の力です。


「痛イ! 痛イ痛イ痛イ痛イッ!」

 と、苦しむサイカバグ。


 一方で、ドエム達の傷は癒えていました。ナポンの斬られた右腕も即座に原状回復しており、高い治癒力である事がわかります。

 それどころか、体の内側から溢れ出る底無しの力を感じ、ドエム達は再び自らの足で立ちます。


 苦しむサイカバグはキクイチモンジを振り回し、周囲に危険な斬撃波を無差別に飛ばしました。しかしドエム達に当たろうとする斬撃波は消滅し、傷を与えること叶いません。

 斬撃波が飛び交う中、ドエム、ナポン、エオナ、シャルロット、源次の五人がノアの横に並び、武器を構えます。


 ドエムは聖王の槍をサイカバグに向けて構えながら、

「ここで仕留めよう。僕達の手で、あいつを!」

 と言うと、全員が頷きます。


 少し痛みに慣れてきたサイカバグは、コンソール画面を操作して何かを自身に付与する様子がありました。何かノアの力に対抗するようなコーティングを施したように見えます。

 その隙を見逃さず、ドエム達も前に出ました。


 ドエム達は入れ替わり立ち替わりでサイカバグを攻撃。ドエムの聖王の槍、ナポンの薙刀、エオナのオオデンタミツヨ、シャルロットの小太刀、そして源次の脇差、それぞれが突いて斬っての乱舞。サイカバグの体を削っていきます。

 この時、バグの体を斬った事によって、シャルロットと源次の武器が壊れてしまいました。


 サイカバグは彼らの素早い動きを前に、

「調子ニ乗ルナァァァァァァァッ!」

 と、咆哮して発生させた衝撃波でドエム達を吹き飛ばします。


 そしてバラバラになった所を狙ったサイカバグの追撃が始まり、最初に狙われたのは人間の源次。

 源次は斬られますが、ノアの加護に守られ吹き飛ばされるのみです。次にエオナが源次をカバーするように飛び込みますが、サイカバグに蹴り飛ばされてしまいます。


 次にナポンが薙刀でサイカバグの背後から突きながら、

「シャルロットと源次は下がってノアを守れ!」

 と、指示を出します。


 シャルロットと源次は頷き、ノアの元へと走ります。


 その間、サイカバグは刺された薙刀ごとナポンを振り回し、最後にな薙刀を折って、殴ります。

 しかしナポンは踏み留まり、再び薙刀を召喚しながら、猛攻撃を仕掛けます。


「天瀬様はこの戦乱の国で! 太平の世を実現しようとしていた! 理想の国だ! 貴様のような奸物(かんぶつ)に! 天瀬様が築いた世を壊されてなるものか! そしてお前は知らないだろう! この国の強さを! しかと見よ! 今この場を包囲する獅子達を! これが天瀬様が築いた絆ぞ!」


 天瀬と従属同盟関係にある永吉(ながよし)軍の二千人あまりの兵達が、今回の首謀者と天瀬の鐡姫達の激しい戦い固唾を飲んで見守っていました。その中には武士も多く存在しており、その一部の武士が遠距離攻撃で支援をしてくれています。サイカバグに反撃の隙を与えない絶え間ない支援攻撃です。

 サイカバグとナポンの攻防戦に復帰してきたエオナも加わり、二人で攻め立てます。


 しかし、斬られても斬られても、すぐに原状回復してしまうサイカバグを前に、攻め切れずにいました。

 長期化する戦いに希望の聖女の力で支援するノアも体力の限界が来ており、その声に揺らぎが起き始めています。


 そんな中、サイカバグの反撃によって再び吹き飛ばされるナポンとエオナ。


「ハッハァー! ボクハ管理者ノチカラヲ手ニ入レ、サイカノチカラモ手ニ入レタンダァッ!」


 叫ぶサイカバグは、自身の足元にいる存在に気付き、顔を下げます。


 自身の懐に潜り込んでいるドエムが、隙だらけのサイカバグに向け槍を構えていました。


「僕の英雄はもっと強いよ! もっとずっと、心が強い!」


 ドエムの頭にサイカとの思い出が駆け巡り、そしと同時にドエムの槍がサイカバグを下から貫きます。

 そのまま風の力で浮遊して持ち上げ、勢いよく上空へと駆け上るドエム。この時、槍を握るドエムの右手の指先が結晶化していましたが、ドエムは気にせず突き進みます。


「今度こそ! ここから! いなくなれぇぇぇぇええええッ!!!」


 空へ空へ、雲に向かって押し上げられるサイカバグは抵抗手段として、プロジェクトサイカスーツの融合した形態に変化。背中のブースターを吹かして勢いを弱めようとしました。


「ウオオオオオオオオオオオッ!」


 サイカバグは手に持っていたキクイチモンジをドエムの胸に突き刺し、腕を伸ばして顔を殴り、爪で片目を抉ります。ですがドエムは止まりません。浮遊させる風の力を全く緩めません。

 ドエムの狙いは上空にあるヤマトの結界でした。


(このまま空の結界まで持って行く! 行け! 痛みなんて関係ない! 今度こそ僕がサイカを守るんだ! 僕が……みんなを守るんだ!)


 極限状態のドエムは思い出します。サイカに出会い、クロードやマーベルに出会い、多くの戦いを経験した後にノアに巡り合った事。


(サイカの背中はいつも遠くて、僕は無力だった! でも! 今の僕なら手が届く! そんな気がするんだ! だから僕がこいつを止める! 絶対に! 絶対に!)


 ドエムの背中を、今まで出会った多くのブレイバーが押してくれている錯覚がありました。槍を持つ手の指先が結晶化を始めていましたが、片目が見えず、身体に刀が刺さった状態でも、そのままドエムが目的としていた場所まで押し切ります。

 そこでようやく、サイカバグもドエムの狙いに気付きます。


「……マサカッ!? ヤメロォ! ヤメロオオオオオ!」


 迫るのは、上空にあったヤマトの結界。触れた生命は絶命するという、この国の守護壁でした。

 ドエムはサイカバグを串刺しにしたまま上昇を続け、そして結界へ叩きつけます。


「うおおおおおおおおおおお!!!!!」

「ガアアアアアァァァァアアアッ!!!!!」


 バリバリと音を立てて結界の拒絶反応が発生し、サイカバグが猛烈な勢いで焼かれていきます。

 更に押し付けるドエムですが、ここまで気力だけで押し切ったドエムの力が段々と弱まり、サイカバグに蹴られた事で彼は槍を手放してしまいました。力尽き落下するドエムは、右手の結晶化が進み、もう動かせない手になっていました。


(体が……動かない……あと、少しだったのに……)

 と、意識が消えて行くドエム。


 この大事な場面で、ドエムは夢を失った事による結晶化が始まってしまったのです。

 結界のダメージに耐え抜いたサイカバグは、原状回復が追いついていないボロボロの体で、空を落ちるドエムに恨みの追撃を加えようとしました。


「ヒュゥ……ヒュゥ……オ前ヲ、殺シテ、オ前ノ仲間モ皆殺シニ、シテヤル! 一匹、残ラズ! ボクハ管理者! 俺ガオーメンナンダァ!」


 指一本動かせない空中落下するドエムに対し、サイカバグはキクイチモンジを手に再召喚して振り上げます。


 しかしその時、突然目の前に現れた人影に、サイカバグの手が止まりました。

 狐面の黒い女キャシーが、何の気配も無く現れ、ドエムを両手で受け止め抱き抱えていたのです。


 右手が結晶化して、胸を刺され、左目を失い、ボロボロな姿のドエムを優しく抱き抱えるキャシー。その狐面は真っ直ぐサイカバグを見つめており、無言の威圧によってサイカバグの動きが止まります。

 サイカバグが手に持っているキクイチモンジの等身が橙色に輝いている事から、サイカバグにとって目の前の女は格上の存在である事を示しています。

 キャシーを初めて見るサイカバグは、はけ口のない耐え難い陰鬱な圧迫感を前に硬直した状態で言います。


「何ダ……オ前ハ……ソノ姿……何故ココニ――――ッ!」


 何かを言い掛けたサイカバグの胸を、背後から黒い刀で貫かれるサイカバグ。気付けば目の前にいたはずのキャシーがおらず、背後から片手でサイカバグを一突きしておりました。

 コアが粉砕され、消滅を始めるサイカバグ。


「ソウカ……ハハ……ソウイウコトカ……オーメン……」


 サイカバグが完全に消滅して、サイカの割れたコアが光を失って落ちていくのを見送ったキャシーは、抱えてるドエムの容態に目を配ります。特に、結晶化してしまっている右手が気になっている様です。

 キャシーは空中に浮いたまま、下にいるドエムの仲間達が遠い位置にいる事を確認した後、ゆっくりとその顔を隠している狐面をズラし、口をドエムの口に近づけます。


 キャシーはドエムに口付けをしました。


 ドエムの中にキャシーの口から何かをが流れ込み、ドエムの胸のコアが体の内側から眩い光を放ちます。

 二人は神秘的な光に包まれ、それと同時にドエムの深い傷が見る見るうちに完治してしまい、右手の結晶化した手も砕けてドエムの素肌が見えました。




 その様子は、地上にいるノア達にも見えていました。遠いので何をしているかまでは判断ができませんが、とにかくドエムを抱えたキャシーが、空の上で光り輝き、まるでもう一つの朝日のように地上を照らしているのです。


「あれは、何をしているんだ? 奴は倒したのか?」

 と、ナポン。


 するとノアが、

「わからない。でも嫌な感じはしないよ。あの人はきっと、エムを救ってくれたんだと思う。なぜかはわからないけど……」

 と、遥か空の上で光り輝く二人を一点に見上げていました。


 周囲で待機していた永吉軍の兵達がぞろぞろと集まってきて、救助を始めました。永吉軍の武士達が、バグが蔓延る城下町のほうへ一斉に走って行きます。

 そんな中、仮面を元に戻して顔を隠したキャシーは、眠っているドエムを抱えてゆっくりと降下してきました。

 泣きながら駆け寄るノアの前に、そっとドエムを置いたキャシーは、ノアの事をしばらく見つめた後に再び浮上していきます。


「ありがとう!」

 と、ノアが声を掛けるもキャシーは一才反応を見せませんでした。


 キャシーはやはり何も喋る事なく、助けて来れた理由も説明せずにその場を去って行きました。そのまま大神山の方面に見えなくなります。

 今度こそバストラとの激しい戦いに終止符が打たれた事を改めて実感し、腰が抜けてその場に座り込むノア。ナポンは休む事なく永吉軍の隊長に状況説明を始めていました。


 そして、担架で運ばれようとしているマルガレータとレイシアの死体に、シャルロットは大粒の涙を流しながら泣き付いてる姿もありました。シャルロットの悲しみの声がいつまでも響き、源次がそれを慰めています。

 ノアは石畳の上で、眠っているドエムに膝枕をしながらそっと小さな声で呟きました。


「よく頑張ったね……エム」






 その頃、大神山で十二神将の法玄改め鬼夜叉(おにやしゃ)に剣を向けられていたスウェンは、話し合いの結果、和解していました。

 鬼夜叉はスウェンが外国から来た魔晶石分野の研究者である事を知り、剣を引いて来れました。自らが企てた計画とは違うものの、たまたま外国から侵略してきた二人が十二神将そ全て片付け、魔晶石に手を加えようとするという点で利害が一致したのです。


「この魔晶石は止められそうか?」

 と鬼夜叉がスウェンに聞きます。


「ホープストーンだ。これはホープストーン。混乱するから呼び方は統一してくれ」

「ほーぷすとーんか。承知した」


 鬼夜叉に見守られる中、スウェンは山のように大きいホープストーンの周辺に描かれた魔術で用いられる紋様や文字を見て行きます。それはスウェンが知っているホープストーンでブレイバーを召喚する時や、狭間への扉を開く時に用いられる魔術式とは似ている部分もあるものの全く別の物と言える術式でした。

 続いてスウェンは実際に触れてみると、その手はホープストーンの中に入り込みます。


「こいつは驚いた。この巨大な結界を生み出すパワーを何処から持ってきてるのかと気になってはいた。オズロニア帝国が似たような技術の開発に成功したという話も聞いた事があったが……まさかエネルギーを狭間から吸い出してるのか。しかも常に狭間に繋いだまま、扉を開いたままにしている。並のホープストーンであれば一日も持たずに壊れるはず。これを百年……百年か……不壊と呼ばれる由縁を理解したぜ」

「それで、停止させることはできそうか?」

 と、鬼夜叉はもう一度問います。


「……構造は理解できた。よく考えられた精密な術式で、こんな革新的な技術が百年前からあったなんて信じられない。世界に知れ渡れば大変な事になるぞ」

「そんな事はどうだっていい。止められるのか?」

「この術式を削れば止められる。だが……急に止めると行き場を失ったエネルギーが暴発して大爆発が起こる危険がある」

「爆発? そうなった場合、どれくらいの規模になるんだ」

「このエネルギー量から考えれば、この島国をまるごと吹き飛ばすだろう」

「そんな……そこまでは望んでいない」


 スウェンは鬼夜叉の方を向き、彼に聞きます。


「鬼夜叉さんよ。何故これを止めたいんだ?」


 鬼夜叉はしばらく黙り、近くに腰掛けながら語りました。


「……十二神将は、この国の行く末を見守り続けていた。この結界は百年前、平和を願って作られたと聞く。しかし私がこの世界に呼ばれ十二神将に選ばれてから約三十年あまり、戦争は無くなっていない。武家大名が領地を争い、富、名声、権力を求め、結局やっている事は変わらないのだ。であれば、我ら十二神将がこれを守る価値とは何だ? 私はこの結界こそが彼らの争いの火種が消えない理由と考えた」

「絶対的な王の不在。外国からの脅威を防いだところで、結局この国は誰がこの国の王になるかで争い、血で血を洗う戦いは消えず……か。自らが一番でありたいという野心か、誰かを疑う恐怖か、人間ってのはつくづく弱い生き物だ」

「同意する。私はこの国の人間の弱さに……失望した。そして今の天瀬政権という新たな時代に希望を抱いた」


 その時、偶然にも鬼夜叉の視界に別の人影が入り込んだ為、慌てて刀を抜いて身構えます。

 そこには何の気配も物音も無しに座っているキャシーがいました。


 スウェンも気付き、

「戻ったのか」

 と、話しかけます。


 ですが、キャシーは反応せずにただ座っているだけでした。何をしてきたのかも説明する事もありません。

 キャシーの無反応さに慣れたスウェンはそれ以上構う事なく、目の前のホープストーンの調査作業に戻ります。


 しかし彼女の規格外の強さを目の当たりにした鬼夜叉だけは、スウェンにもう一度聞きました。


「こ、こいつは何なのだ! この女がその気になったら、我らの命も無いぞ!」

「……昔の知り合いなんだが、何も喋らないんだ。何か訳があるらしい」

「らしい? まさかよく分からずにこの危険武士と行動を共にしているのか?」

「俺たちに危害を加えるつもりはないのは確かだよ」

「何故そんなに落ち着いていられる。お前はこの女の戦いを見ていなかったのか!?」

「……寝てたよ」

「寝てた!?」


 十二神将とキャシーの戦いを隠れて見ていた鬼夜叉は、彼女の恐ろしさを知っているようでした。残酷なまでに強い存在を前に、恐怖による震えが止まらず酷く怯えています。彼も十二神将の一人なので相当な戦闘能力があるはずですが、そんな彼が怯えるという事は、それほどの戦いを見たという事でしょう。

 スウェンは後ろで震えている鬼夜叉を気にする事なく、こんな事を言いました。


「エネルギーの供給源を内側から止める必要があるな」

「内側からとは?」

「こいつは扉が開いたままになっている。つまりこの中に入って、狭間に行き、そこにあるエネルギー源を断つって事だ」

「狭間とは何だ?」

「ここではない別世界の事さ。この結界は、そこからエネルギーを吸い出すことで成り立ってる」

「別の世界……」

「正直、俺もこの先がどうなってるのかは想像でしか知らないんだ。そこにいるキャシーは、向こう側をよく知ってるはずなんだが……」


 そう言って、スウェンがキャシーに目線を向けると、キャシーは立ち上がりホープストーンに駆け寄って中に飛び込んでいきました。


 スウェンは鬼夜叉に向かって、

「約束はできないが……俺たちが中に入って、源を見つけたら止めてくる。そしたらこの術式を壊せ」

 と、指示しました。


「どうすればいいんだ」

「そこらへんに描かれてる文字を適当に消すだけでいい」

「ま、待て。そうしたら、お前たちはどうなる?」

「俺たちは戻ってくるつもりはない。向こうの世界に用事があるんだ。いいな?」

「ああ、承知した。気を付けろよ」

「短い間だったが、世話になったな鬼夜叉。じゃあな」


 別れの挨拶を済ませ、スウェンもキャシーを追いかけて中に入ろうとします。


 その時でした。


 ホープストーンの中から人影が二つ、飛び出してきたのです。

 一人は狐面のキャシーで、彼女の顔面を鷲掴みにした黒いドレスの女が押し出すように飛び出してきて、キャシーを壁に叩き付けました。


 あまりにも突然の出来事に、スウェンと鬼夜叉も唖然としてしまいます。


 それと同時に、スウェンは目を疑いたくなる光景がそこにありました。

 それは狐面のキャシーを中から押し出し、目の前で壁に押し付けている黒いドレスで白髪の女が、紛れも無くキャシーだったのです。キャシーを攻撃するキャシーという奇妙な構図に、スウェンの頭の中は混乱しました。


 黒ドレスのキャシーは狐面のキャシーに向かい言います。


「やっと見つけたわ。鬼ごっこはこれでお終いよ。このまま氷漬けにしてあげる」


 そう言ってバグ化させた右手で、狐面の女のお面ごと握り潰そうとするキャシー。狐面にヒビが入り、パキパキと音を立てています。それと同時に冷気も発生していて、狐面は頭から凍り始めていました。


「……キャシー……なのか?」

 と、スウェンが取り込み中のキャシーに恐る恐る声を掛けます。


 その懐かしい声に、キャシーはハッと目を見開いて、スウェンの方を見ます。


「スウェン……?」


 キャシーの注意が逸れた隙を見逃さなかった狐面の女は、キャシーを蹴飛ばします。


 派手に飛んだキャシーは空中で体勢を立て直しながら、

「ちっ! 悪足掻きを!」

 と、複数の氷の氷柱を飛ばして狐面の女を攻撃。


 狐面の女は、刀でそれを全て弾き、お返しに浮遊黒刀を八本召喚して発射。自らの手にも黒刀を召喚して、斬撃波を飛ばします。

 キャシーは絶対零度の防御壁を前方に展開して、浮遊黒刀を凍らせる事で無力化。更に斬撃波は氷の剣を振って相殺しました。


 互いに浮遊して空へと上昇する二人。狐面の女は割れ掛けの自身のお面を修復しながら、キャシーとしばし睨み合います。

 キャシーは地上にいるスウェンの事を少し気にかけながらも、狐面の女に向かって言いました。


「バストラを倒したのは貴女ね。よくやったと褒めてあげたいところだけど、結局貴女は何なのかしら? 私の雇い主は何か知ってるようだけれど、教えてくれないのよ」

「…………」

「あらそう。やっぱり何も教えてくれる気は無いのね」

「…………」

「悪いけど、貴女をアドミアに入れる訳にはいかないわ。貴女は危険分子なの。管理者達が貴女を警戒しててね」

「…………」


 そんな会話をしてる二人に、スウェンは言います。


「何をしてるんだ! これはいったいどういう状況だ! それにここでの戦闘はマズイ! 下手をしたらこのホープストーンが爆発するぞ!」


 しかし、二人は睨み合いながら動かず、何も答えてくれません。どちらが先に動くか、その鬩ぎ合いをしているのです。

 最初に動いたのはキャシー。両手に氷の剣を召喚して、二刀流で斬り掛かります。狐面の女も黒刀で対抗して、空中で斬り合いが発生しました。


 更に二人の戦闘は高度で、周囲では浮遊黒刀と浮遊氷柱が互いに衝突しあっており、その中心で斬り合う二人がいます。

 その激しさに、周囲を囲っている要塞の建物が破壊され、瓦礫が降り注ぎます。


 鬼夜叉が咄嗟にスウェンを瓦礫から守り、

「ここは危険だ。こっちへ」

 と、避難誘導します。


 互角と思われた二人の戦いでしたが、徐々に本気を出し始めた狐面の女にキャシーが押され始めました。いつの間にかキャシーが防戦一方となり、凄まじい斬撃で吹き飛ばされていました。

 山の斜面に衝突したキャシーは、即座にコンソール画面を出して操作をすると、狐面の女を強制転送開始。出現したワープホールに飲み込まれる狐面の女は、抵抗はしたものの、中に吸い込まれて行きました。転送先はその場所から遠く離れた海の上、ヤマトの結界の外です。


「……時間稼ぎにはなるかしら」

 と、立ち上がりまずは受けた傷を回復するキャシー。


 そして鬼夜叉と一緒にいるスウェンを見つけて、そちらに合流するなり、スウェンに抱き着きます。スウェンもキャシーを抱きしめました。

 長い長い無言の抱擁。それはキャシーがスウェンに会えた事を喜び、嬉しく思っているからでした。


「会いたかったわスウェン」

 と、キャシーは涙ぐみながら言います。


「状況理解が追いつかない。お前が本物のキャシーなら……あのお面の女は誰だ?」

「……管理者を殺す者。私達はアドミンキラーと呼んでる存在よ。何かに導かれてこの世界に降臨してしまったようね」

「私達? キャシー、いったい今まで何を……」


 キャシーはスウェンに説明します。エルドラドでの戦火の中、次元修正を停止させ、行方不明になってからの経緯を話しました。

 スウェンは狭間と向こう側の世界で、今何が起きてるかの事情を教えられる事となりました。


 そして、スウェンがキャシーと勘違いしていた女の正体はアドミンキラーでした。狐面で顔を隠す正体不明の女を、キャシーは指令を受けて探していたと言うのです。

 この世界で好き放題やっていた管理者バストラが消滅した事が、キャシーにとっての手掛かりとなったとも言います。


 あまりにも規模の違う説明を前に、スウェンがキャシーの説明を理解して納得するまでには、時間を要しました。


 そして近くで話を聞いていた鬼夜叉も、

「お前達は……いったい何を話しているんだ……そんな事が……有り得ない! 管理者とは何だ!」

 と、取り乱します。



 ■ ■ ■ ■



 買い物の外出から帰宅した山寺(やまでら)妃美子(きみこ)は、すぐに異変に気付きました。

 リビングテーブルの上に置いていたSDD端末試作一号機の画面が光っていて、そこから声が聞こえていたのです。


『あの〜……誰か〜……』


 若い男性の声が聞こえ、驚きで買い物袋を床に落とした妃美子は、慌ててSDD端末に駆け寄ります。

 端末を手に取り画面を見ると、そこに映っているドエムが動いていました。今まで動かなかった彼が、まるで生きているかのように息遣いをして、瞬きをして、言葉を発しているのです。


「あ、え、えっと……そうね……えーと……」


 いざという場面で気が動転してしまい、掛ける言葉が口から出てこない妃美子。

 妃美子が外出していた一時間の間に、いつからドエムがこの状態で待っていたのかは分かりませんが、ドエムは状況をある程度理解している様子で落ち着いていました。


『……えっと、もしかして……僕の夢主?』

「え? え、ええ、そうよ。たぶん。私が……そうね。ラグナレクオンラインで貴方を作って、貴方を使ってた人ね……」


 突然の邂逅に互いに戸惑いもあり、気まずい空気が流れます。堅く密度の高い沈黙です。


『えっと……』

「待って。言わせて。私は山寺妃美子。妃美子で良いわ。そっちにも私の顔は見えてるのかしら? ごめんね、今ちょっと驚いてて、何から話せばいいか……でも、待ってた。貴方とこうやって話せる日を待ってたのよ」

『僕はドエム。戦いに負けて……気付いたらここにいたんだ』

「戦い? やっぱり戦争に参加してたの?」

『旅をしてて……悪い奴と戦ってたよ』

「悪い奴……大変なのね。貴方も……」


 そして妃美子はある事を思い出し、ドエムに謝罪をしました。


「ラグナレクオンラインに長い事ログインできなくて……ごめんなさい。私もこっちにいるブレイバーから聞いたの。貴方達ブレイバーにとって、夢主がゲームにログインする事がどれだけ重要な事なのか。でも私は色々あってそれを疎かにしてしまった。悔やんでる。でも、無事で良かった」

『無事……なのかな。ごめん、僕も今の状態だと自分がどうなってるかよく分からないんだ』

「そうなのね……ごめんなさい。私、貴方の気も知らないで……」

『そんなに謝らないでよ。僕は大丈夫だから』


 二人が会話をしていると、妃美子のスマートフォンが鳴りました。電話が掛かってきたようです。

 スマートフォンも手に取り相手を確認すると、高枝(たかえだ)左之助(さのすけ)の名前が表示されています。ここの所、何かに焦っているかのように、左之助から定期的に電話が掛かって来ていました。


「ドエム。ちょっと待っててね」


 一旦SDD端末をテーブルに置いて、左之助からの電話に出る妃美子。


「もしもし」

『高枝です。ブレイバーに何か動きはありましたか?』

「はい。ついさっき、ドエムが喋って……今、会話していたところです」

『本当ですか!?』

「え、ええ」

『素晴らしい! 快挙ですよ山寺さん』

「えっと……私はこの後どうすればいいのかしら」

『……フラミナティ化学研究所を覚えていますか』

「ええ」

『一度そこに集合しましょう。私から警備に話は通しておきますので、そこの地下研究室へお越しください。私から他の人へ連絡は入れておきます。説明しなければならない事があるので、それまで今回の件は他言無用でお願いします』

「徹さんに話してもいいですか?」

『いえ、藤守さんにも秘密でお願いします』

「でも……」

『彼も協力者ではありますが、最近はBCUと関わりが深くなっていますので。安心してください。安全が確認できたら、話しても良いです。まずは研究所で落ち合いましょう』

「今からですか?」

『はい。ご足労お掛けしますが、よろしくお願いします』

「分かりました。えっと、SDD端末はどうしたら?」

『一旦電源は切っておいてください。ブレイバーと必要以上のコミュニケーションは行わないように』

「分かりました」

『それでは、私も今からタクシーで研究所に向かいます』


 そう言って、左之助は電話を切ったので、妃美子はSDD端末を再び持ち、画面で待機していたドエムに声を掛けます。


「ごめんなさいドエム。私これから出かけないといけなくて、少しこの端末の接続を切らなきゃ」

『うん……夢みたいだ。まさか僕もサイカが言ってたみたいに、夢主と話せる日が来るなんて……』

「私も同じ気持ちよ。それじゃ、また話しましょう」

『うん』


 妃美子はSDD端末の電源ボタンを押し、ドエムとの通話を切りました。




 そこから急いで支度をして外出した妃美子は、電車を乗り継ぎ、駅からはタクシーに乗って、フラミナティ化学研究所に足を運びました。

 前に貰った研究所のゲスト証明書を入り口の警備員に見せると通してくれ、前に来た時のことを思い出しながら施設内のエレベーターで地下へと下り、更に階段で下に降りて、暗がりの廊下を通って地下研究室に来ます。網膜認証で扉を開き、中に入る妃美子。


 そこに一人の人影があったので、

「高枝さ……ん……?」

 と、声を掛けてる途中でその人物が別人である事に気が付きます。


 黒のジェケットに長めの白髪。鋭い目付きをした男、逢坂(おうさか)吾妻(あずま)が椅子に座っていました。

 吾妻は妃美子に気付き、ニヤッと笑みを浮かべながら言います。


「待ってたよ」

「誰……ですか?」

 と、妃美子は聞きます。


 吾妻の態度から伝わってくる嫌な雰囲気を感じた妃美子は、本能的にそこから立ち去ろうとします。

 ですが、入ってきた扉が開いてスーツ姿の高枝左之助が入ってきたのでその足を止めました。


 高枝左之助は妃美子に向かって微笑みながら、

「……ああ、彼は私の連れの逢坂吾妻くんです」

 と、言いました。


 妃美子は嫌な予感が拭えませんでした。これから何か良く無い事がありそうな、そんな予感です。

 それでも少し怯えながらも左之助に話し掛ける妃美子。


「あの……それで、話しって?」

「これからの事で、私から話しておかなければならない事がありまして……」


 そう切り出す左之助の手には、何やら機械の首輪のようなものが握られていました。

 すると立ち上がった吾妻が、手に刀を召喚してその刃を妃美子の首元に押し付けます。


 妃美子は、

「──え?」

 と一言発したきり、絶句しました。






【解説】

◆サイカバグ

 驚異的なパワーと原状回復能力を持つが、本物のサイカがまともにコントロールが出来なかった形態。

 しかしサイカとなったバストラはこの形態を自在に使い、ドエム達を圧倒した。


◆希望の聖女の力

 ノアは絶望的な局面で覚醒し、ドエム達を救うために自らの意思で『神の声』を解き放った。

 それは奇跡を起こし、サイカバグの動きを鈍らせ、ドエム達の傷を完治させ守護もする聖なる力であった。

 ドエム達はこの好機を逃さず、サイカバグを数で攻め、最後はドエムがヤマトの結界に叩き付けるまでの支援となった。

 又、これによる守護の力は『管理者の特権能力』も無効化する。


◆狐面の女・アドミンキラー

 スウェンがキャシーと信じた物言わぬ狐面の女ブレイバーは、キャシーではなかった。

 現れた本物のキャシーから語られた彼女の正体は、次元の管理者を殺し回るアドミンキラー。

 アドミンキラーはその名の通り、管理者を名乗るバストラを殺した。その際にドエムを救い、口付けにより何かをドエムに授けたようだった。

 スウェンが勘違いしてしまうほどキャシーと体格や雰囲気が似ており、髪型も白い短髪なので共通点がある。

 ノアは彼女の事を嫌な感じはしないと言ったが、キャシーや鬼夜叉は危険分子であると言う。その正体は未だ謎のままである。


◆元十二神将の鬼夜叉

 スウェンと利害が一致した為、協力関係となった鬼夜叉。

 サムライ漫画出身の彼は、ヤマトの国に似合う侍の風貌をした格好で日本刀を所持している。

 元々がヤマトと似た夢世界で激動の時代を駆け抜けた主人公なだけに、ヤマトという国への関心が強く、この国の在り方に疑問を抱いたのは必然だったのかもしれない。

 彼も例に漏れず十二神将の実力者ではあるが、十二神将を一夜で壊滅させたアドミンキラーに恐怖を抱き怯えていた。


◆キャシー

 ヤマトの巨大ホープストーンから突如として姿を現わし、アドミンキラーを襲った彼女こそが本物のキャシーであった。

 キャシーは元人間で、エルドラド王国でバグ研究においてスウェンと共に第一人者だった女性。スウェンと恋仲でもあり、自らが被験体となった実験において人間ではない存在に変異してしまった経緯を持つ。

 彼女は次元修正の阻止を行った後、とある狭間の管理者に拾われ、管理者の使いとして活動していたと言う。

 管理者からの指令で、狭間の脅威となっているアドミンキラーを追っていた。アドミンキラーと戦闘を行い勝てないと判断したキャシーは、強制転送の管理者能力でアドミンキラーをヤマトの結界外へと追放する事に成功する。

 そして偶然にも、愛しのスウェンと再会するに至ったのである。


◆逢坂吾妻

 現実世界側でバグの王・レクスから管理者の擬似能力を授けられた男。擬似的ではあるが、明月琢磨と同じ能力を持っている。

 琢磨の彼女である増田千枝の元カレでもあり、現実社会の主に日本の社会構図に強い恨みを持つ人物。

 利用できるものは全て利用し、琢磨をライバル視しながら、数々の暗躍を企てた男だが、後に琢磨に討たれる未来が待っている。

 そんな彼は、真の黒幕ともいえる高枝左之助と共謀しており、騙された山寺妃美子の前に現れた。


挿絵(By みてみん)

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