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ログアウトブレイバーズ  作者: 阿古しのぶ
エピソード5
125/128

125.災禍

 オズロニア帝国第三十九代皇帝、ルドラー・ビス・オズロニアは皇帝の間でシュゼルクスから戦況報告を受けていました。

 エルドラドとの国境付近まで前進するも、バグ軍の抵抗が強く責め切れなかった事、そして皇族の一人が空の魔女によって殺された事をシュゼルクスは包み隠さず伝えます。


「そうか……ラタトウスが死んだか」

 と、ルドラーは感情の無い表情で白髭を触りました。


「ヴァルキリーや空の魔女も脅威ですが、それよりも無限にバグを量産するマザーバグと優れた指揮能力を持つ始皇帝なる者が裏にいるようです」

「始皇帝……レクスの後釜は大層な大立者(おおだてもの)だな。ヴァルキリーは心変わりをしたか」

「ええ、どうやらヴァルキリーも銀の姫との融合は果たせていない様子。理性が芽生え、あれではサイカの代用にもなりません。このレクスの予言との食い違い……狂わせる要因となったのは、バストラから報告のあった少年ブレイバーであると考えられます」

「……レクスの計画も当てにはならんな。知性と感情を手に入れたバグは、もはや人と同じ。だから争いが生まれるのだ」

「はい。ですが楽園計画の準備は最終段階。あとはクティオスドールにサイカを取り込めば完了です。恐らく始皇帝の狙いは、クティオスドールの核にあるかと」

「そうであろうな。世界最大のホープストーンは、今やこの世界に二つしか存在しない。我が帝国と、引き篭もり国家のヤマト。結界に守られる島国を攻めるよりも、陸続きのこちらを狙う選択は正しい。だが甘いな。世界最大の武力国家と称される我がオズロニアは崩れない。そうであろう? シュゼルクス」

「その通りでございます。軍事はこのシュゼルクスにお任せを」


 ピピピッ……ピピピッ……


 皇帝に間に響き渡る電子音。近衛兵達が聞き慣れない音に動揺します。

 シュゼルクスの付けていた通信機が音を出しており、彼はそれを手に取り、ルドラーの顔を見ました。シュゼルクスとルドラーは、この通信機に連絡をいれてくる相手が一人しかいない事を知っています。その為、ルドラーは無言で頷きました。


 シュゼルクスは通信機のボタンを押し、それを耳に当てます。


「……私だ」


 それは、彼らの計画に進展があったという待望の報告でした。






 一方その頃、遠く離れた地ヤマト国では、旅を続けるドエム達は目的地としていた天瀬の本丸となる天瀬城まで程近い場所まで到達しておりましたが、そこで衝撃的な光景を目の当たりにします。

 焦げた臭い。夜の闇を染める赤色。城下町から大量の煙がたなびいており、中心にある天瀬城天守閣が燃えているのです。


 誰もがその光景に唖然とする中、一番驚愕していたのは天瀬の鐡姫であるナポンでした。


「なんだ……これは……」

 と、ナポン。


 よく見ると、城下町をバグの群れが徘徊している様子が見えます。どうやら天瀬城はバグの群れに襲われ後のようで、戦闘音や民衆の悲鳴すら聞こえない為、事が起きてからしばらく経った後のようです。

 その光景に、ドエムの脳裏にもかつてバグに襲われ炎上した町が浮かび上がり、恐怖で身が震えました。


「天瀬様……天瀬様ぁぁぁぁぁ!!!」


 そう叫んだナポンは、形振り構わず手に薙刀を召喚して一人走り出し、城下町へと入っていきました。普段如何なる場面でも冷静な彼女が取り乱す様子は、それほど大事であると物語っています。


 ドエムも杖を手に持ち、

「僕たちも行こう」

 と、他の仲間達と共にナポンを追いかけます。


 燃える天守閣に向かって独断先行するナポンは、途中で襲いかかってくるバグを瞬殺しながら民家の屋根の上を走ります。


「邪魔だぁぁ! 退けぇぇ!」


 猪突猛進するナポンと、それを追いかける走って追いかけるドエム達。襲い掛かってくるバグからマルガレータ、エオナが横を守り、レイシアと源次が前に出て道を切り開きます。

 しかし、レイシアが持っていた斧はバグに攻撃が通らず、斬った瞬間に刃が砕けてしまいました。一方で、人間の源次が使う刀はバグに刃が通っており、バグを消滅させる事ができていました。


 武器が壊れて攻撃手段を失ったレイシアに代わって前に出たドエムは、

「レイシア、バグには普通の武器は通用しないよ」

 と、杖で迫るバグを殴り飛ばしながら改めてバグの特徴について説明します。


「ごめんダーリン」


 素直に謝るレイシアは、今度は手をバグ化させてバグを殴るという手段で守りに徹しました。


 一足先。天守閣二階から炎に囲まれた広間に足を踏み入れたナポンは、転がっている複数の家臣達や兵士の死体と、その死体を捕食しているバグを始末していました。

 バグが消滅する間に、ナポンを取り囲む黒装束の男達がいました。人数は四人。そしてその姿に見覚えがあったので話しかけます。


御庭番衆(おにわばんしゅう)……裏切ったか」


 しかし彼らは何も答えず、一斉に切り掛かってきました。

 するとナポンは夢世界武器の薙刀ではなく、腰に携えていた名刀・天之散華(あまのざんげ)を手を掛け、抜刀と共に回転斬り。周囲の忍び達を同時に斬り伏せました。


 そして刀に付着した血を振り払いながら歩き出し、近くの階段を駆け上がります。


「天瀬様!」

 と、天守閣最上階広間に到着したナポン。


 そこには近衛兵達の死体と、横たわる天瀬政光。その中心で、座って瞑想している黒装束の老人がいました。


「来たか……鐡姫(てつひめ)

「御庭番衆頭領、東雲(しののめ)碧斎(へきさい)! 何故裏切った!」

「裏切ったのは政光よ。真島原の戦いが終わり、国家統一が目前になるや否や、政光は我らの任を解くと仰せになった。それは我ら戦いでしか生きられぬ御庭番衆にとって死にも等しい。であれば、国家転覆を図るは道理」

 と、碧斎は立ち上がり刀を構えます。


「世迷言を吐かすな! 誰に掻き立てられた!」

「眠りのサイカ……」

「……!?」

「その名が私の口から出る事が意外か」

「外国の武士がヤマトと何の関係がある!」

「世界が欲する強力な存在。そんな物を持っていてはヤマトが破滅するだろう。我々は最期の足掻きとしてオズロニア帝国に取引を持ち掛ける事にした。我々を雇え……とな」

「売国奴め!」


 ナポンはそう言い放ち、間合いを詰めると刀で碧斎に斬り掛かりました。碧斎もそれに反応して斬り合いに発展し、炎に囲まれ死体が転がる広間で激しい攻撃がぶつかり合います。

 押され気味のナポンを前に、碧斎は攻撃の手を休めずに言いました。


「私に剣の腕で勝てた武士などおらぬ。異能力を使ってみせよ! さあ!」

「くっ……なんのッ!」


 鍔迫り合いをした後、碧斎は刀の刀身に素早く油を塗り、ナポンの斬撃を避けながら周囲の火から着火させ、燃え盛る刀でナポンを攻撃します。

 ナポンはなんとか碧斎の斬撃を弾きながら反撃しますが、碧斎に隙がありません。それどころか、碧斎は壁を蹴り、木屑を撒き散らし、その場にあるありとあらゆる物を武器にして立ち回ります。ナポンはそれを避けるのが精一杯といった様子でした。


(こんな老体だというのに、何処にこんな力が!?)


 碧斎の猛攻は続きます。やがてナポンは右腕を斬られて、刀と共に床に転がってしまいました。武器を失ったナポンに、碧斎の燃える刀が迫ります。

 その時でした。ナポンの耳に声が聞こえます。


「鐡姫……」


 それは倒れている天瀬政光の弱々しい声でした。まだ生きているのです。

 ナポンは瞬時で薙刀を手に召喚して、夢世界スキルを使いました。光り輝く薙刀を振り回し碧斎を吹き飛ばすと、更に追撃。碧斎の刀による防御を貫通して、碧斎の胸を突き刺し、そのまま窓の外へと押し出します。


 ナポンが貫通した薙刀を引き抜き、天守閣最上階から碧斎を落とす際、彼は笑みを浮かべながらこう言いました。


「異能力を……使ったな? お前の負けだ……鐡姫」


 人間として致命傷を負いもう助からない碧斎は、落ちるその瞬間まで心底愉しそうな笑顔を見せていました。

 天守閣の一階まで来ていたドエム達の目の前に、碧斎が落下してきて鈍い音を立てます。人間が転落死する酷い姿を目の当たりにして、初めて見たノアが顔を真っ青に染めて絶句。


 そんな中、ドエムは火災で天守閣に入れないと判断すると、

「みんなはここで待ってて」

 と、夢世界スキルを使い風の力で空を飛び、一人で天守閣の最上階へと向かいます。


 火災により城の一部が崩れ始めている危険な中、ドエムが最上階の広間に足を踏み入れると、熱風の中で負傷した天瀬政光を抱き起こすナポンの姿がありました。ナポンは傷だらけの煤まみれで右腕を失っており、左腕だけで抱えています。


「天瀬様!」


 涙を流しながら政光を呼ぶナポン。その声に反応して、政光は瞼をゆっくりと開けます。


「鐡姫……私のこと……は、もう良い……」

「何があったのですか!」

「鬼に攻められ……騒ぎの中で御庭番が現れ……そして、奇妙な……男が……」

「奇妙な男?」

将軍堂(しょうぐんどう)に……行け……奴の狙い……そこに……サイカが……」


 そこまで言って、政光は力尽き絶命しました。

 

「天瀬様ァァァーーーッ!!!」


 尊敬する主君の死を前に、取り乱すナポンでしたが、ドエムが周囲の火災状況を見て声を掛けます。


「ナポン! ここはもう危ない!」


 ナポンはその場に政光を置いて立ち上がり、左腕で涙を拭います。


 そしてドエムの足元に転がっていた名刀・天之散華を拾い上げて、

「行こう。首謀者がまだいる」

 と、天守閣の最上階から飛び降りました。ドエムも残された政光の死体を気に掛けながらも、後を追って飛び降ります。




 特別なブレイバーではないナポンの斬られた腕は、すぐに回復しません。なのでマルガレータとシャルロットが包帯を巻いてナポンの応急手当てを行い、次の行動に移ります。

 燃え盛る天守閣より北、郊外の蛇行する川に沿ってたおやかな緑の丘にある寺。将軍堂とも呼ばれるその寺に、天瀬の本丸を強襲した張本人がいます。


 将軍堂も襲われ、召喚師達の死体と、お役御免となった御庭番衆の忍び達の死体も至る所に横たわっています。

 本堂の奥、祭壇の上で静かに眠るサイカの横に鼻歌交じりに近付く一人の男がいました。化粧をした道化師の姿で、赤の忍び装束姿で眠るサイカの頬を触り、うっとりとした笑みを浮かべているのは管理者バストラです。


「やあ、エレクトロン・ニンジャガール。やっと見つけたよぉ。ボクはキミに殺されてから……変わってしまった。でも感謝してるんだよブラザー。キミのお陰で、ボクもエレクトロンでオーメンな存在になれたんだからねぇ」


 そう言って、眠りのサイカの頬を舐めるバストラはこう続けます。


「今度こそキミはボクの物になるんだぁ。待ち遠しかったよ。この時の為に、ボクはここに来たんだからねぇ」


 次にバストラは空中にコンソール画面を表示させ、それを手で操作して誰かに通話を掛けました。


「やぁ、シュゼルクスくん。お取込み中だったかな?」

『…………』

「眠りのサイカを見つけたよ。和の国ヤマトにいた」

『…………』

「ああ、そうだねぇ。それは困った。この国は結界が邪魔で出入りするのがハードモードだ」

『…………』

「ボクにアイディアがある。この国の結界が無くなれば、出入りはイージーモードになるじゃないかぁ。きひひひひ」

『…………』

「もしもの時は、そっちから迎えに来てくれよ。ここまでボクも頑張ったんだぁ。それぐらいいいだろう?」

『…………』


 そんな通話をしていると、本堂の中にドエム達が踏み入ってきました。

 ドエムが叫びます。


「そこまでだバストラ!」


「ソーリー。お客さんが来ちゃったから対応してくるよ」

 と、バストラは通話を一方的に切り、目の前で武器を構えているドエム達を見回しながら言います。


「おやおや、怖い顔してどうしたいんだいロッドボーイとその仲間達」


 ドエムの視界に、バストラの横で眠っているサイカの姿が入り、

「サイカから離れろぉ!」

 と、駆け寄ろうとします。


「おっと、邪魔はしないでおくれぇ」


 そう言ってバストラは素早くコンソール画面を操作して、半透明な壁を発生させて近づいてこれないようにします。

 ドエムは勢いに任せてその壁を殴りますが、杖は弾かれてしまいます。続けてナポンやマルガレータも壁を攻撃しますが、やはり微動打にしません。


「サイカをどうするつもりだ!」

 と、ナポン。


 その状況に、後ろにいたノアが、

(私ならなんとかできるかも!)

 と、声の力を使おうとします。


 ですがそれを察知したバストラが再び何かを操作して、ノアの声を封じます。


「ぁ……ぅっ……!?」

 と、声が出せなくなり焦るノア。


「リトルガール。キミの声は厄介だからねぇ。黙っててもらうよ」


 その行為に、ドエムの怒りは最頂点に昇り、何度も何度も強化ガラスのように硬い壁を殴り続けます。


「サイカから離れろ! バストラ! 離れろ!」

「ぎゃーぎゃー騒がしいねぇロッドボーイ。まぁ、見てなよ。これから面白いものを見せてあげる」

「なにを!」


 半透明な壁の内側で安全地帯にいるバストラは、眠るサイカの横に座り、悠々とコンソール画面を指でタッチします。今までよりも長い操作を行い、何か入力作業のような事をしながらバストラは口を開きました。


「キミ達は知ってるかい。何故、このサイカは目覚めないのかをさ。ボクは知ってる」


 勿論、誰も眠りのサイカがずっと目覚めない理由について、確かな答えは分かっていません。

 ですがドエムは言いました。


「サイカは……サイカは、狭間の向こう側、別の夢世界で活動してる。向こうの世界を救う為に向こうに居続けてるんだ。だからこっちで――」

「違う違う。違うよロッドボーイ。そうじゃない。サイカはこっちに戻ってこれないのさ」

「え?」

「ここにいるサイカボディに、もう冥魂(めいこん)は残っていない。つまり抜け殻。空っぽなのさぁ。そして……肝心のサイカの冥魂はもうこの世界にはいない。連れていかれてしまった。キミのいう向こう側の夢世界にねぇ」

「なんでそんな事がわかるんだ!」


 バストラは得意気に笑って、

「ふひひ。だってぇ、ボクも同じだからさぁ。サイカとは逆で、ボクは()()()()()()()()から来たんだからねぇ」

 と、話しながらコンソール画面の操作が一通り終わり立ち上がり両手を広げ続けて言います。


「さぁ、ここでクイズだ。魂無き抜け殻に、新たな魂が入るとしたら、どうなっちゃいますでしょーか! 答えはぁ……?」


 バストラは実行ボタンを押すと、その身体がみるみる内に粒子化していき、サイカの鼻や耳の穴から中に入っていきました。


「なにをするんだ! やめろ! やめろおおおおお!!!」


 そんなドエムの叫び声も虚しく、バストラだった粒子は全て眠るサイカの体内に入ってしまいます。

 するとすぐにサイカの目が見開き、眠っていたのが嘘のようにスッと立ち上がるサイカ。そんなサイカの顔は、悍ましい笑顔であり、その場にいたドエム達の背筋が凍ります。


 目覚めたサイカは言いました。


「どうも、サイカでぇす」


 その声は紛れもないサイカの声。その姿は、紛れもなくドエムと共に過ごしたサイカの姿そのまま。ですが、先ほどまでのバストラが見せていた同じ笑みを向けてくる奇妙なサイカでした。


「そん……な……」

 と、驚愕して数歩後退るドエム。


「正解はボクがサイカになるでしたぁ。きひ、うひひひひ」


 サイカは奇怪な笑い方をしたので、ドエムは再び目の前の邪魔な壁を叩いて大声を出します。


「返せ! それはサイカの体だ!」

「ノンノンノン。今はボクがサイカ。ちゃんとサイカの記憶も結合したよ。ボクの中にあるロッドボーイと共に過ごした旅の日々……ああ、暖かくて変な感じだぁ……ゾクゾクしちゃうねぇ」


 すると横で薙刀を構えているナポンが、ドエムに言いました。


「どうやら、奴は本気でサイカになってしまったらしい。これはもう、サイカの体ごと消滅させなければ何をするかわからない」

「でも! あれはサイカで!」

「見えてるだろう! もう中身はサイカではない! 目を逸らすなエム!」


 すると今度はエオナが前に出てきてドエムに言います。


「私が向こうの夢世界で見たサイカは、もっと大人びていた。本物のサイカはもっと成長してる。だからもう、この目の前にいるサイカは偽者。惑わされないようにしよう」


 半透明な壁の向こうで戦う覚悟を決めたドエム達を見て、サイカはまた不気味に笑います。


「さぁて、今のボクは最高に気分がいい! だってあのサイカになったんだ! このボクがね! この姿でお前たちディスターブをデリートしちゃえば、もっと気持ちよさそうだなぁ」


 サイカはコンソール画面を操作して、壁とノアの声封じも解除しました。サイカの姿になっても、相変わらずコンソール操作による強力な力は健在のようです。

 そしてサイカは手にキクイチモンジを召喚して、それを鞘から抜いて刀身を露わにします。


「これがミーティアから貰ったカタナ。なるほどなるほど。あの時は悪い事しちゃったなぁ」


 訳の分からない事を愉しそうに話すサイカ。

 その隙に、ドエムは隣にいるレイシアに声を掛けていました。


「レイシア」

「あ、また私の名前を呼んでくれるのねダーリン」

「厳しい戦いになると思う。だから、ノアを連れてこの場から離れてほしい」

「何言ってるの! うちもダーリンと一緒に――」

「レイシア! 頼むよ。僕はキミを信頼したい」


 ドエムは本気でした。

 はっと気付かされたレイシアは、黙って頷いて後ろに下がりノアに声を掛けます。


「行くわよ」


 ノアは非戦闘員であるノアの手を取り本堂の外に出ますが、参道の付近に複数のバグが死体を食べていました。先ほどまではいなかったので、どうやら城下町のほうからここまで来たバグがいたようです。


「ど、どうしよう」

 と、怯えるノア。


「とにかく真っ直ぐ走って。うちが守るから。ほら、早く!」


 彼女にに言われるがまま、まずは中門に向かって参道を真っ直ぐ走るノア。それに気付いて襲い掛かってくるバグ達を、レイシアが部分的にバグ化させた腕で殴り飛ばしていきます。

 レイシアは得意武器の大斧を海で失い、途中で手に入れた手斧も先ほどの戦いで壊れてしまいました。その為、彼女は己の拳でバグを処理していきます。


 ノアとレイシアが本堂を出て行った後、サイカは挑発するようにキクイチモンジの剣先をドエム達に向け言い放ちました。


「さぁ掛かってきなぁ。逃げも隠れもしないからさぁ!」


 最初に飛び掛かったのはドエムでした。


「その声で喋るなぁぁぁ!」


 ドエムは夢世界スキルで風を操り、自身の速度を上げながら、風の刃とともに杖を振るいます。

 しかしドエムの攻撃を何度か避けたサイカは、ドエムに足払いをして浮いた彼に強烈な蹴りを喰らわせて吹き飛ばしました。壁に叩き付けられるドエム。


 次に、ナポン、源次、マルガレータの三人が攻撃を仕掛けます。


 サイカは余裕の笑みで刀を振り回し、それぞれの武器をキクイチモンジで斬り込み、破壊します。


「なに……!?」

 と、名刀・青月刀(せいげつとう)があまりにも呆気なく折られた事に衝撃を受ける源次。


 サイカはキクイチモンジの切れ味に感動し、喜びました。


「ひゃー! なんだこの剣! オーマイゴッド!」


 武器を破壊されたマルガレータと源次は一旦下り、ナポンが左腕一本でもう一度薙刀を召喚して果敢に攻めます。

 キクイチモンジに何度武器を破壊されようとも、何度でも薙刀を召喚して突いていくナポンですが、サイカは少し退屈そうにそれを避けます。


「その右腕はバグに食われたのかなぁ? それともジャパニーズニンジャに斬られたのかなぁ?」

「黙れド外道ッ!」


 今度は躊躇する事なく、夢世界スキルを多用するナポン。しかしサイカはそれをすべて防ぎます。

 サイカの反撃も武器で受けるのではなく下がりながら身を反らすナポンの背後から、巨大な手裏剣が飛んできました。シャルロットの攻撃です。


 サイカはそれをキクイチモンジで斬って軌道を逸らし、

「ワオ! 危ないなぁ」

 と言った矢先、目の前のナポンと入れ替わるようにエオナが前に出ます。


「抜刀!」


 エオナは夢世界スキル《弧刀影斬(ことえぎり)》を発動して、光の速度も凌駕するエオナの必殺の居合いが、九本の刃となり、サイカを斬ります。

 意表を突いたエオナの攻撃が、サイカに完璧に命中。サイカの体に切り込みを入れたと思いきや――――


「これが空蝉(うつせみ)ぃ! ひゃー! 楽しいねぇ!」


 サイカの夢世界スキルによって、今のエオナの攻撃は当たったサイカの分身は消滅。その後方にサイカ本体が現れ、苦無を投げてエオナに刺しました。

 しかしエオナの後ろから、再びシャルロットの手裏剣とナポンの薙刀が投擲されて飛んできます。サイカが夢世界スキルを使った硬直を狙っての遠距離攻撃でしたが、サイカはそれを間一髪で避けます。


「おっと危ない――――ッ!」


 そんなサイカの真横に、復帰してきたドエムの姿がありました。ドエムは杖を振るい、手裏剣と薙刀を避けたばかりで一瞬の隙が生まれたサイカを殴ります。

 凄まじい衝撃音と共に吹き飛ばされ、本堂の壁を壊して外の参道で刀を地面に刺して途中で止まるサイカ。


「イテテテテ。やっぱりあの杖はデンジャーだなぁ」

 と、ドエムに殴られた場所を抑えるサイカ。


 本堂から追いかけるようにドエム達が出てきて、外での戦闘に移行。

 武器を破壊された源次は脇差の刀に切り替え、マルガレータもシャルロットから小太刀を受け取り構えます。


 五人の数で押し切ろうとするドエム達に対して、一人のサイカは次なる行動に出ます。


「サイカはいつだってこれでピンチを乗り切ってきたよねぇ」

 と、夢世界スキルで四人の分身するサイカ。


「なんだ……アレは……?」

 と、ナポン。


 ドエム以外がその技に驚いている中、ドエムが解説します。


「サイカの剣は何でも切れる斬鉄の剣。そしてあの分身はみんな本物だよ。サイカが一番得意としてる夢世界スキルだ」


 そう言いながら、ドエムはブレイバーエンドとの戦いで使った聖王シリーズの装備に換装します。武器は杖から槍へと変わり、神々しさを纏いながら、その大きな槍を構えます。


 するとマルガレータも、

「アレは本当に幻影の類いではないようね。それぞれが生きてる個体よ」

 と、付け加えるとシャルロットが反応します。


「何でも斬れる剣が四本もあるですよ! あんなの反則なのです!」


 ナポンも緊張で冷や汗を流しながらドエムに聞きます。


「エム教えてくれ。サイカにはどうやって勝てる」

「あの分身は制限時間があるんだ。三十秒くらい。それを持ち堪えれば一人になって、負荷で本人は弱体化する」

「三十秒の勝負……皆、心して掛かろう」


 そこへ四人のサイカが前進して詰め寄って来ます。

 ドエム達は各自散開して応戦。ドエム達の旅の中で、あの十三槍と戦った時よりも激しく縺れ合う戦闘が始まりました。

 ドエムは夢世界スキルを器用に使い避けながらも隙を突いて杖で殴り飛ばし、ナポンは変わらず薙刀を何度も折られながらも再召喚で攻め、マルガレータは目隠しを解放して超動体視力でサイカの攻撃を見極めて避け、シャルロットは極まった幸運でラッキー回避、源次もとにかく他の仲間をカバーする動きに徹します。




 将軍堂から少し離れた所にある安全な崖上まで退避していたノアとレイシアは、寺で行われている集団戦を身を潜めて見ていました。

 激しさが増す彼らの戦いを見ながら、レイシアはノアに話し掛けます。


「……ねえ、あんた……ダーリンのこと、好き?」

「……え?」

「ドエムのこと好きかって聞いてるの」

「うん」

「そう。じゃあうちとはライバルね」

「そうなのかな……」


 レイシアは夜空を見上げて、語ります。


「うち、今では後悔してるの。アイツの口車に乗せられて、アイツをここまで連れてきてしまった事。だって、ダーリンの大事な人が、こんな事になっちゃったんだもん。なんか変な気持ち。こんな気持ち初めて。それに、あんたにも危険な目に合わせちゃったし……ごめん」

「もういいよ。そんな風に思ってくれてるなんて思わなかった」

「まだ人間だった頃、うちは何もかも失ったの。自分の命ですら失いかけた。ヴァルキリー様に助けられて、ヴァルキリー様と十三槍がうちの全てだった。この頬に刻まれた数字も、うちの誇り。でも、でもね……ダーリンと出会ったら、全部がどうでもよくなって、ダーリンの事しか考えられなくなって……」

「私と同じね」

「同じ?」

「私もシスターアイドルのみんな以外何も無い。家族はいなくなって、人間じゃないって言われて、どうしたらいいのか分からない時、いつもエムが助けてくれた。いつもエムが側にいてくれた。今の私はきっと、エムがいないと生きていけないって思ってる」

「そっか……うちら、もっと別の形で知り合ってたら、友人になれたかもね。うちの初めての友人に」

「なにを言ってるの?」


 レイシアは立ち上がり、

「行ってくるよ。このままだとダーリン達が危ないから。あんたはここで隠れてて」

 と、崖から飛び降ります。


 その背中に向かって、ノアは叫びました。


「レイシア! 頑張って! 死なないで! レイシア!」


 ノアの声は光の粒となってレイシアを包み込み、彼女は自身の力が溢れる感覚を覚えます。


(ほんと、こんな所まで来ちゃって、何やってんだろうね……ヴァルキリー様、ごめんね……この力、今度こそ正しく使ってみるよ)


 ドエム達が四人のサイカと戦ってる現場に向かって、レイシアは走ります。




 そして、サイカの分身が解かれる時がきました。

 全員が負傷して血を流していて、致命傷を負った源次とナポンは倒れています。ドエムもボロボロになりながら、立ち上がろうとしていました。


 分身が解かれ、一人になってしまったサイカは嘆きます。


「あらら、自分が四人になるドリームで気分良かったのに、随分と短い。残念残念」


 ドエムは槍を突いて必死に立ちあがろとしますが、その顔をサイカは蹴り飛ばします。


「どうだい! サイカに蹴られる気分はぁ!」


 そこへサイカの死角からシャルロットが攻撃を仕掛けます。


「キミはちょろちょろとうざいなぁ」

 と、サイカは管理者能力でシャルロットの動きを停止させます。


 そしてサイカのキクイチモンジがシャルロットの胸を貫く瞬間を、倒れているマルガレータが目撃し叫ぶのでした。


「シャルロットォォォォォ!」


 マルガレータは血反吐を吐きながら立ち上がり、シャルロットから貰った小太刀でサイカに向かって突撃します。

 直前まで動かないサイカ。マルガレータの空間認識能力と強力な動体視力を持ってしても、サイカの読めない動きに対応ができていませんでした。


 サイカの予備動作無しの攻撃でマルガレータも斬られ、彼女が握っていた短刀がサイカに届く事叶いませんでした。

 倒れるシャルロットとマルガレータは、互いに見つめ合い、シャルロットは泣きながら弱々しい声でこう言います。


「弱くて……役立たず……で……ごめんなさいです……」

「そんな事ない……貴女は強いわ……でもこんなところで……死んではダメ……お姉ちゃん……見つけなきゃ……ね……」


 血だらけの手でシャルロットの手を握るマルガレータ。そのマルガレータの胸に刀を突き刺してトドメを指すサイカがいました。

 次に襲い掛かったのはエオナです。


 サイカの攻撃を誘い、夢世界スキル《霞の構え》からの連携カウンタースキル《朧返し》で剣を受け流して斬り返すエオナは、連携スキル《月光・発》による突き技、からの連携スキル《月光・開》で三連撃を繰り出しました。

 分身能力の反動で動きが鈍っているサイカは、その攻撃を防ぎ切れず、斬られながらも後ろに飛んで致命傷を避けます。


 斬られて負傷していたエオナも、今の攻撃が最後の気力でやった攻撃で、力尽きるようにその場に倒れてしまいました。


 サイカは負傷しながらもまだ立っていて、

「あーあ、ボクのキュートなボディが台無しじゃないかぁ」

 と、余裕の笑みを浮かべています。


 その時でした。


 寺の塀を飛び越えて中に飛び込んできたレイシアがいました。

 レイシアは高々と飛躍しており、自身の右腕をバグの力で巨大な斧に変化させて、サイカに向かって落下しながらそれを振り下ろします。


「うちの全身全霊でぶっ潰す! 避けれるものなら避けてみな!」


 そう叫ぶレイシアは、ノアの力で全身が強化されており、スピードとパワーが飛躍的に上がっておりました。


 サイカは驚く暇も無く、

(間に合わない!)

 と、キクイチモンジでレイシアの斧を受け止めます。


 衝撃でサイカの足元が陥没して地割れを起こすほどの衝撃が走ります。


「死ねえええええええええええええッ!」


 レイシアはそう叫びながらさらに力を込めます。その凄まじいパワーと気迫に、サイカは圧倒され初めて焦った表情を見せていました。


(この刀、何でも斬れるんじゃなかったのか!? ボクが押し切られる――ッ!?)


 ついにはサイカのキクイチモンジがひび割れを起こし、圧倒的な力を前に折られました。

 レイシアの斧がサイカに届きます。前方広範囲に衝撃波を撒き散らし、斬られたサイカが吹き飛ばされて、塀に衝突する姿が見えました。


 そしてレイシアは腕斧を相手に向けながら言います。


「うちはあんたが何なのか知らないし、あんたが何者だろうとどうだっていい。でもね、うちを利用した事、うちのダーリンを殺そうとするあんたは、例えヴァルキリー様が許そうとうちが許さない! まだ死んでないの分かってるよ! うちが相手になるから掛かってきな変態男!」


 負傷して血を流しながら立ち上がるサイカ。折れてしまったキクイチモンジを投げ捨て、言います。


「クレイジーガール……ほんとにキミは、愛に生き、愛に飢え、愛に散ってくつもりなんだねぇ」


 そう言いながら、管理者能力でレイシアを停止させようとしますが、レイシアにそれが効きません。


「そうか……ああ、あの出来損ないのリトルガールめぇ……後で探し出して殺してやろう」


 すると今度はサイカの全身に変化が現れます。装備の換装。黒のプロジェクトサイカスーツを身に纏ったのです。手にノリムネも召喚して、構えます。


 その姿を初めて見たレイシアは、

「なによ……その格好……ださいわね!」

 と、構えます。


 プロジェクトサイカスーツの知識があるドエムが、レイシアに向かって杖を向けて夢世界スキル《ウインドウイング》を使用しながら言いました。


「レイシア……そのサイカは空を飛ぶ……僕に任せて……!」


 ドエムが操作する風の力で身体が浮くレイシア。その直後、サイカは飛び、真っ直ぐ斬り掛かって来ました。

 レイシアは空を飛び、サイカとの空中線に移行。ドエムは仰向けに倒れながらも、杖でレイシアの空中操作を担当します。


 空で猛烈な勢いでサイカと衝突するレイシアは、ノアの力と、ドエムの力を借りて戦っていました。彼女はそれを考えたら嬉しくなって、高揚感を表情に出しながら言います。


「うちとダーリンの初めての共同作業! 嬉しい! 嬉しい! こんなに嬉しい事があったのね!」

 と、腕斧でサイカに何度も斬り掛かりました。


 決してレイシアが一方的に優っているという訳でもなく、ほぼ互角といった実力差で互いに傷付きながら空中戦をする二人。


「ボクはサイカだ! ヴァルキリーの哀れな小娘一人に! ボクが負ける訳ないだろぉー!」


 焦りを見せながらも行われるサイカの反撃。ノリムネのフルブーストによる斬撃波がレイシアを襲います。

 しかしレイシアも自身の能力で真っ赤な瘴気を身に纏い、腕斧を更に巨大化させて、振り下ろします。


「うちと! ダーリンと! ノアの力で! 誰にも負ける気がしないんだからぁぁぁぁ!!!」


 レイシアから放たれた特大の赤い斬撃波は、ノリムネの斬撃波を打ち破り、サイカに直撃しました。

 響くサイカの悲痛な叫び声と共に、サイカのプロジェクトサイカスーツが大破。そのまま寺の本堂の屋根に叩きつけられ、衝撃で建物が崩壊。砂埃が一帯に広がりました。


 激闘を制したレイシアは、息を切らせながらゆっくりと降下。地面に足を着けると同時に、まずはドエムに駆け寄ります。


「ダーリン!」


 ドエムはボロボロの体で立ち上がり、

「ありがとう。助かったよレイシア」

 と、お礼を言いました。


 源次やナポンも這いつくばるようにして集合する中、シャルロットの声が聞こえます。


「マルガレータ……ねえ、マルガレータ……起きるですよ……勝ったですよ……マルガレータ……」


 重症で自身も身動きが取れないシャルロットは、幸運により急所は外れており生きていました。

 しかし、そんな倒れてるシャルロットの横で、動かなくなり冷たくなったマルガレータがいたのです。彼女は、心臓を刺されてしまい、絶命していました。


 それでもシャルロットは、冷たくなった手を握りしめて、彼女の名を呼んでいたのです。涙をポロポロと流しながら、彼女と共に過ごした日々を思い出し……その名を呼び続けました。

 しかし、マルガレータが動くことはありません。もう死んでいるのです。


 共に旅をしていた仲間の死を前に、その場の誰もが言葉を失いました。


 そんな中、戦闘が終わった事を見計らっていたノアも駆け寄って来ました。

 全員で肩を寄せ、支え合いながら立ち上がった時、朝日と共に大勢の兵士が家紋の旗を掲げて遠くからこちらに向かってくる光景が名に入りました。


 ナポンがそれに気付き、

「天瀬と従属同盟の永吉(ながよし)軍だ……助けに来てくれたんだな……」

 と嬉しそうな表情を浮かべるナポン。


 戦いが終わったという余韻に浸るドエム達でしたが……


 背後の崩れた本堂の建物の瓦礫が弾け飛んだ事で、空気が一変します。


 振り向くと、そこには 真っ黒な化け物。地面に着きそうなほど長い髪の様な何かを頭から漂わせ、全身を黒い甲冑で包んだ女武士のような人形のバグ。鋭い爪を持った大きな手には、再召喚されたキクイチモンジ。そして禍々しいオーラが漂っています。

 サイカバグの登場に、一同は茫然自失。


 しかしすぐに動いたのはレイシアでした。再び右腕を巨大な斧に変化させて、サイカバグに突撃します。


 サイカバグの事を知ってるドエムが、

「ダメだレイシアぁ!」

 と叫びますが、レイシアは止まりません。


 飛んで斧を振り下ろすレイシアは、既にノアの加護が切れています。

 そこへサイカバグの軽い一振りが、レイシアの身体を切断。レイシアの上半身と下半身が分かれ、大量の血を噴き出しながら地面に落ちます。


 一瞬で斬り捨てられたレイシアは、薄れゆく意識の中で、最後はヴァルキリーに助けられた時の記憶や、ドエムと共に過ごした短くも幸せな日々を思い出していました。


(ダーリン……うち、ちゃんとできた……かな……ダーリン……)


 ドエム達の希望を一瞬にして絶望に染めたサイカバグは、笑います。


「最高ダヨ! サイカノパワー! コレガアレバ、ボクハ誰ニモ負ケル気ガシナイ! ヒャー! 皆ゴロシダァ!」


 もう疲弊したドエム達に、サイカバグと戦えるだけの体力は残っていません。

 その時、状況を見兼ねたノアが、覚悟を決めたかのように前に出ます。


「ノア……!」

 と、ドエムが声を掛けますが止まらず、ノアは前に出ました。






 一方その頃、同じヤマトの大神山で発生した戦闘も終わりを迎えていました。

 大神山の麓、木陰で待ちくたびれて眠るスウェンは、足音に気付いて目が覚めます。そこに立っていたのはキャシーでした。


「終わったのか……?」

 と、スウェン。


 頷くキャシーは、十二神将の残り九人の武士を全て倒したのです。その戦いは夜通しの戦いで、その長さから激闘だった事が窺えますが、その傷は既に癒えていました。

 それを誇りもせず、喜びもせず、相変わらず狐面で顔を隠したまま何も喋らないキャシー。


「それじゃ、行くか」


 スウェンは立ち上がり大神山の奥へと歩き出し、キャシーもその後ろに続きます。

 目的の巨大なホープストーンの山に向かう途中、森林がほぼ更地となって地面が抉れている場所を通り掛かります。


「これ、お前がやったのか?」

 とスウェンが問いますが、キャシーは無反応なのでそれ以上は聞かずに先に進みます。


 誰もおらず静寂に包まれた要塞を通り過ぎ、目の前に広がる途方もなく大きく、光り輝くホープストーンの前まで移動して来た二人。そのあまりにも大きい規模に、スウェンは呆気に取られました。

 その時、キャシーは何かを感じ取り、東の方角に顔を向けていました。


 スウェンがそれに気づき、声を掛けます。


「どうした?」


 何も言わないキャシーですが、何かその先に気になる事があるといった態度です。


 それに気付いたスウェンは、

「まさかドエム達か? 何か気になる事があるなら行ってこいよ。こっちも狭間移動の準備に時間が掛かりそうだ」

 と、声を掛けました。


 その言葉を聞いて、キャシーは頷いて飛びます。

 物凄い速度で、空を飛び、東の空の彼方へとその黒き女ブレイバーは消えていきました。


「まったく、忙しい奴だな」

 

 キャシーを見送ったスウェンは、まずは目の前の巨大ホープストーンがどうやって結界を作り出しているのかを調べる事から始めます。

 見た事も無い術式を眺めていると、スウェンの背後に人影が現れます。


「動くな」

 と、首元に突き付けられる冷たい刃。


 背後でスウェンを脅しているのは、十二神将の生き残りである法玄改め鬼夜叉でした。


「さっきの女武士は何者だ。十二神将の十一人をたった一人で……恐ろしく強かった。あれは真っ当な武士ではないぞ」


 その声は震えていて、鬼夜叉は怯えてるようでした。


(おいおい、全員始末したんじゃなかったのかよキャシー)


 予想外の展開に、両手を挙げて降参しながら溜め息を吐くスウェンでした。









【解説】

◆オズロニア帝国の楽園計画

 バグの王であったレクスと協力して企てた計画で、本来であれば管理者バストラが眠りのサイカを連れてくる事で完遂するものだった。

 バグ群の協力や、予備としてヴァルキリーバグの進化による補完も計画の内だったようだが、ヴァルキリーバグの心変わりによってレクスの意思は受け継がれておらず、零の始皇帝なる人物が生まれてしまった事で計画が狂っているようである。

 バストラはこの計画を完遂させる為、自らがサイカになる道を選んだが……


◆天瀬城の陥落

 バストラと御庭番衆の裏切りによって、バグと忍びに強襲された天瀬城は陥落していた。城下町も含めて焼け野原となっており、城主の天瀬政光も亡くなってしまう。

 これは全て、バストラがサイカを手に入れる為に仕込んだ事であり、最終的には利用された御庭番衆もバストラに裏切られ全滅していた。

 ドエム達が到着したのは一歩遅かったと言える。


◆御庭番衆

 天瀬政光に仕えた忍びの役職。政光から直接の命令を受けて秘密裡に諜報活動や工作活動を行っていた隠密組織である。

 彼らは戦闘能力も秀でており、数々の功績を残した集団であったものの、幼き頃から隠密活動の為の訓練を積んできた者達ばかりであり、普通の生活を知らない。

 その為、国家統一を目前にして政光が彼らの任を解くと宣言した事が、今回の謀反に発展した原因の一つである。


◆御庭番衆頭領・東雲碧斎

 御庭番衆の三代目頭領であり、高年齢でありながら武士にも負けない実力の持ち主。天瀬政光が匿う眠りのサイカの存在を知っており、その価値をバストラに教わった事で謀反の切っ掛けを作った。

 全盛期の彼であれば、恐らくブレイバーナポンは勝てなかったと思われる。


◆将軍堂

 天瀬家の領地内にある神社の名称。戦の神を祀っていて、武士召喚を務める召喚師が管理している神聖な場所である。

 エルドラド王国より託された眠りのサイカを、戦神の子として大切に補完し、祀るように天瀬政光の命を受けてそれが為されていた。

 又、政光は将軍堂の景観をことのほか愛し、春になるとそこから見える桜でお花見をしていた。 政光の愛した花見場所とされる名庭がある。


◆管理者バストラ

 サイカを入手する為、ヤマトに潜入していたバストラは、御庭番衆を従える事に成功して謀反を企てた。

 結果として謀反は成功し、将軍堂の本堂に補完されている眠りのサイカの元に辿り着いている。その際、御庭番衆を裏切り皆殺しにしていた。

 彼はコンソール画面を操作する事で、壁を使ったり、時には時を止めたりと、あらゆる異次元の能力を使いこなしていた。

 そして今回、自らがサイカになるという奇行を行い、見事にそれを成功させてしまった。

 彼は自らがサイカになる事で、念願のサイカを手に入れたのである。


◆ブレイバーサイカの能力

・防御力無視し、自身より強い相手には攻撃力が増すという斬鉄剣・キクイチモンジ。

・受けた攻撃を幻影で一度だけ無効化する空蝉。

・三十秒間、四人のサイカで戦える分身の術。

・強力なパワーとスピードを兼ね備え、空を飛ぶ事ができるようになるプロジェクトサイカスーツへの換装と、その専用剣・ノリムネ。

・全身をバグ化させて、全ての能力を強化。規格外の圧倒的なパワーと原状回復能力で相手を捻じ伏せるサイカバグ。

 サイカの記憶と結合したバストラは、これらの能力を全て使い熟していた。他にも本来のサイカは、苦無投げ、一閃、乱星剣舞といった得意技もある。


◆永吉軍

 かつて天瀬家と従属同盟を結び、真島原の戦いも共に戦った永吉家。

 天瀬城の危機を知り、軍を派遣して救援に来てくれていた。


◆キャシーと十二神将の戦い

 十一人いた十二神将をキャシーは一人で始末した。彼らとの戦闘は夜通し行われ、周辺一帯を更地にしてしまうほどの激戦だった。

 しかし十二人目だけは気配を消して隠れていた為、キャシーに敵として認識されず狙われなかったようだ。


挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

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