123.無謀な計画
無事に仕事を円満退職して、忙しかった日常が静まり返った山寺妃美子は、自宅で愛猫を膝の上で撫でながらパソコンデスクに座っていました。
彼女が見つめる先、ディスプレイにはラグナレクオンラインのサービス終了の告知が映されています。
二〇三五年四月一日。
昨日、ラグナレクオンラインはサービス終了となり、沢山のユーザーに惜しまれながらもその三十二年の長きに渡るサービスに幕を閉じたのです。
ネットゲームサービスは慈善事業ではありません。
人とお金と時代に抗い、多くのゲームがサービス終了していくゲーム戦国時代に生きていたのです。平成の時代からここまで続いたラグナレクオンラインに対し、多くのユーザーが『よく頑張った』と、運営会社に賛辞の言葉を送ります。
昨晩、サーバーが閉じられるギリギリまでSNSやインターネット配信サイトで、お別れの集会が行われ、このゲームを遊んだ事のあるユーザー達が思い出を語って盛り上がっていました。
しかし妃美子の退職日も昨日で、その慌ただしさのせいでそのイベントに古参プレイヤーのドエムとして参加する事は叶いませんでした。
妃美子の後悔は、溜息として口から吐かれます。
青春時代から今に至るまで、嬉しい時も楽しい時も辛い時も寂しい時も悲しい時も、支えてくれたのはラグナレクオンラインでした。ドエムとその周りの仲間達の楽しそうに遊ぶ日々が走馬灯のように頭を過ぎります。
(あの子に、お別れの挨拶もできなかったな)
と、妃美子が最後に思い浮かべたプレイヤーは、数ヶ月前に出会った初心者プレイヤーのミドリンでした。
SNSでミドリンらしき人物がいないか探してみたものの、ラグナレクオンラインのプレイヤーらしきミドリンという人物は見つからず、妃美子のこの引っかかりが解けない以上、いつまでも気分がはれないように思えました。
妃美子はリビングのソファに移動して、
「テレビを点けて」
と言葉を発するとAI音声認識サービスがテレビを点けます。
朝のニュースが流れ始め、先日発生した『東京都新宿区の新宿駅付近で発生した怪物事件』について報道されている所でした。
民間人や自衛隊員の犠牲者人数、事件当時に撮影された悍ましい映像。日本の都心で銃撃戦が行われ、そして特殊部隊BCUが登場して妃美子が見覚えのあるブレイバーが怪物を殲滅する姿もありました。
この『新宿怪物事件』の話題でどの局も持ち切りで、あの時新宿で何があったのか、自衛隊の対応についても議論される日々が続いています。
妃美子はあの怪物が何なのかを知っていて、特殊部隊BCUが何なのかも知っています。
だから何もできない自分に焦りを感じつつも、明月朱里に渡されたSDD端末の試作一号機を手に取ります。
見た目は平成時代のスマートフォンといった形で何処か懐かしく、でも画面に映っているのはサービス終了したはずのラグナレクオンラインのマイキャラクター・ドエムです。
朱里は成功したので後は時を待つのみだと言いましたが、ドエムが意志を持って動き出す素振りは一向にありませんでした。
端末の電源ボタンを一回押すと、画面が暗くなって妃美子の顔が映るのみです。
その時、猫が掃き出し窓の方に近付いて外に向かってニャーニャーと鳴き始めたので、妃美子は閉めていたカーテンを開けます。
眩しい朝の日差しが差し込んで、その向こう、ベランダの手すりに座る一人の女性がいる事に妃美子は目を丸くして驚きます。
長いポニーテールを風になびかせ、まるでそこに最初からいたみたいに座っていたのはケークンでした。先ほどニュースの映像でも少し紹介されていた特殊部隊BCU所属のブレイバーです。
妃美子は慌てて窓を開けて、
「なにしてるの!」
と、話し掛けました。
「よっ!」
道で偶然会ったみたいな自然な笑顔で、挨拶をしてくるケークン。
妃美子が以前に朱里が行った実験の被験体となって以来、ケークンはたまに遊びに来るようになりました。彼女なりに妃美子を気遣っているのか、それとも監視をしているのかは分かりませんが、ケークンは任務の合間を利用して妃美子の所へ来るのです。
「普通に入って来なさいよ。なんでいつもいつも――――」
「こっちの方が目立たないから気楽でね」
「ここ七階よ! もう、とにかく入りなさい」
「サンキュー」
と、悪びれもせずに部屋へと入ってくるケークンでした。
人騒がせなケークンの登場でしたが、気持ちが落ち込んでいた妃美子にとっては、とてもありがたい訪問だった事でしょう。
部屋に入るなり、リビングのソファに座って寛ぎ始めるケークン。
妃美子は冷蔵庫から冷茶の入ったポットを取り出し、ガラスコップに注ぎながらケークンに話しかけました。
「さっきニュースで見たわよ。新宿で戦ったって。あんなに目立っちゃって良かったの?」
「難しい事はよくわからないね。あたしらは命令に従っただけ」
「従っただけって……世の中にはね、ちゃんと自分で考えて動かないと後悔する事が沢山あるのよ」
と、冷茶の入ったコップをケークンの前に置いた妃美子は横に座ります。
「この世界は複雑過ぎて何が正解なんだか分からないのさ。敵を倒したらみんなから称賛されるってんなら分かりやすいんだけどね。なんだかみんな……なんていうか、距離があってさ。何処か遠くで傍観して言いたい事だけ言うだけじゃん」
「それが民主主義よ」
「民主主義の成れの果てって感じもするけどね」
「みんな怖いのよ。貴方達ブレイバーが、平和な世の中を壊してしまうんじゃないかって」
「悪いのはブレイバーじゃない。もっと別の何かさ」
ケークンはそう言いながら、テーブルの上に置いてあるSDD端末に目をやり妃美子に聞きます。
「あれから、ドエムに動きはあった?」
「……何も。朱里さんは成功したって言ってたけど、本当かどうか疑わしくなってきた」
「受け皿だって言ってたからな。向こうから零れ落ちて来るのを待つしか無いのかもね」
「いつまで待てばいいのよ……ラグナレクオンラインは、昨日でサービス終了してしまったわ」
「最後にログインしたのは?」
「一ヶ月以上前」
「はぁ!? なにやってたのさ」
「身辺整理に忙しかったのよ。うっかりしてたと思うわ」
ケークンは呆れながら言いました。
「ブレイバーは夢を見なければ結晶化する。つまり夢主の妃美子が、ゲームにログインしなかったら結晶化しちゃうのさ」
「それは知ってる。頭では分かってるつもりなんだけど……やっぱり実感が無いとダメね。現実味が無いと言うべきかしら」
「うーん……こればっかりは琢磨に相談する訳にもいかないからなぁ」
「その結晶化したとして、ブレイバーのドエムはどうなるの?」
「サイカみたいな特別なブレイバーとならない限りは、いつかバグになる」
「バグ?」
「新宿に現れた化け物の事さ。夢を失ったブレイバーは、いずれそうなる。大体百日って言われてる」
「余命宣告みたいなものなのね」
「ああ、きっとドエムも不安になってるだろうね」
そうケークンに言われ、妃美子は自分が重大な失敗をしてしまった事に気付きます。
暗い表情で俯き、
「私、どうしたらいいのかしら」
と、小さな声で呟きました。
しばらくの沈黙。ケークンも何か助言をしてあげたいと思いつつも、彼女は良い方法も言葉も思い付かず、隣で一緒に悩んであげるしかできません。
やがてケークンは目の前のコップを手に取って、冷茶を口に流し込んだあと、こう言います。
「とにかく信じて待つしかないね。もしもの時は、あたしからこっそり琢磨に相談する。琢磨なら何とかしてくれるさ」
妃美子は前から思っていた事を口にします。
「そもそも、明月君に任せればいいじゃない。別軸のブレイバーなんて、本当に必要なの?」
「……そんな事、あたしだって分からない」
「なら、どうして貴女はこの計画を手伝っているの?」
「あたしの本能が囁くのさ」
「なにそれ。私に会いに来てくれるのも本能なの?」
そう聞かれ、ケークンはしばらく言葉に迷ったあと、こう言いました。
「それはちょっと違うね。心配なんだよ」
「心配?」
「あたしらに関わる事で、もしかしたらバグの魔の手が妃美子に襲い掛かってくるかもしれないだろ」
「そんな事……それこそ、実感が無いわ。身の危険を感じた事なんて一度も無いもの」
「あたしの杞憂なら良いさ。それが一番良い」
ふと妃美子がテレビに目を配ると、日本に突然現れたヒーロー集団であるBCU部隊、延いては囁かれる超能力人間ブレイバーという存在に熱烈なファンがいる事も報道されていました。
『ついに現実世界にもヒーローが現れたんだ! アニメの世界だけの話じゃなかった!』
と、沢山のヒーローアニメグッズを背景に興奮して語る男性。
『彼らはきっと今まで隠れて過ごしていたのよ。時が来るまでね。そして時が来たから動き出してくれたわ。地球外生命体から私たちを守る為に』
と、黒縁眼鏡の若い女性が語る。
そうやって、今度は軍事ジャーナリストや有名弁護士がブレイバーの存在について討論を始め、幻想を抱く事なくあくまで現実的な観点でブレイバーの存在意義について話しています。
妃美子の横には、当のブレイバー本人であるケークンが座っているという状況。妃美子は一緒にテレビを見ているケークンの顔色を窺いますが、彼女は特に気にしている素振りは無く、むしろああだこうだと話し合っている人間を見て愉しんでいる表情を浮かべていました。
整った顔立ち、若々しくスベスベとした肌、引き締まった筋肉が作り出す理想的なプロポーション。そして床に着きそうなほど長く、そして華やかなポニーテール。
そんなケークンに改めて見惚れながらも、妃美子は言います。
「たまに夢を見てるんじゃないかって思うわ。ゲームのキャラクターが生きてるなんて、あまりにも馬鹿げてるから。何かのドッキリなんじゃないかって」
「あたしもそうさ。あたしも向こうの戦いで敗れて一度死んだ。なのにここにいる。こんな機械だらけで、人混みだらけで、平和な国にいる。馬鹿げてると思ったよ」
「向こうは……そんなに大変な世界なの?」
「戦争戦争。休んでまた戦争。相手はバグだったり人間だったり……時には同じブレイバーとも戦う。あたし達は戦いの道具だったからね。そういう世界さ」
「こっちだって、昔はそんな世界だったのよ。いいえ、国によっては今も内乱とかでそうなんだと思う。でもこの世界の人々は過ちを繰り返して、やっと落ち着きを得たの。多くの犠牲があって今の平和がある」
「その平和が、崩れそうになってるんだよな。ブレイバーとバグによって」
「そう……なのかもね」
妃美子の膝の上に愛猫が飛び乗ってきて、そこで丸まって寛ぎ始めたので妃美子は猫の背中を撫でながら、別の質問をケークンに投げます。
「ケークンは――」
「ケイでいいよ。みんなそう呼んでる」
「ケイは。死んでしまった向こうの世界にやり残した事は無いの?」
「そりゃあるさ」
「聞かせて?」
「……ブレイバーのダチがいてね。リリムって言うんだけど、夢世界も同じで、他のブレイバーの誰よりも付き合いが長い奴だった。あたしはあいつを戦場に残して死んじまったのさ。それが心残り。ぶっちゃけ、国がどうなったとかは気にして無い。リリムの為に、あっちに戻りたいって思う事もある」
「大事な仲間なのね」
「まあね。じゃあこっちからも聞いていい?」
「なに?」
するとケークンはニヤっと笑みを浮かべたので、妃美子は少し嫌な予感がして唾を飲みます。
「彼氏とはどうなんよ」
「ちょっと、いきなり何? 彼氏って徹さんのこと?」
「そうゆうこと」
妃美子は無理矢理水差しを手渡されて、当惑したように頭を抱えながら言います。
「ケイは……恋愛に興味があるの?」
「人間の恋愛ってのはよくわからなかった。でも琢磨と千枝を見てると、カップルにしかない信頼関係が素敵なんだろうなって思うようになったね」
「千枝って明月君の彼女さんだったかしら。ええその通りよ。私も徹さんを信頼してるから、この人なら人生を一緒に歩めるって思ってる。たぶん順調よ。恋愛感情はきっと、貴女がリリムって人にもう一度会いたいって思ってるのと近い感情じゃないかしら」
「でもなぜ一人なのさ。他にも沢山の人間がいて、なぜ彼氏という存在を一人に絞る?」
「複数の人に好意を寄せた場合、中心の人物は良くても周囲の人物が不幸になるでしょ。嫉妬が人を狂わすの」
「嫉妬……?」
「他人に対して羨ましいとか、妬ましいとか思う感情よ。私だって、徹さんが他の女の人と仲良くしてたら……落ち込むと思うわ。でもそういう事をしないって約束が、付き合うって事なんだと思うの。それも含めての信頼よ」
そう説明する妃美子は、過去に離婚した記憶を頭の中で振り返っていました。
元伴侶の冷めた目と、差し出された離婚届。妃美子は枯れた涙と共に、力強く押印したのです。
「千枝も今までの彼氏のことでいっぱい苦労してきたって話だし、きっと難しいことなんだろうね」
「恋愛に失敗は付き物よ。でも正解が無い物でもないわね」
「あたしにも恋愛感情が湧く事はあるのかねぇ」
「可能性は有るんじゃないかしら。今、こうやって私と語り合えてる時点で、私はブレイバーも感情と思考のある人間とほぼ変わりないと思うわ」
妃美子はそう言いながら立ち上がり、台所に移動しながら、
「お腹空いたから何か作るわ。ケイも食べる?」
と、冷蔵庫を開けて食材をチェックします。
「お、マジか。お願いするよ」
「そうね。オムライスにしましょうか」
「オムライス! テレビで見た事ある! ふわ、とろ、料理だな!」
「そう、それよ」
テキパキと手慣れた手つきで卵や冷凍ご飯を取り出し、IHキッチンで調理を始める妃美子。
するとケークンが持っていた通信端末が音を出し、彼女がそれに応答すると何やらお叱りの連絡が来たようで揉めてる様子です。
「器物破損? そんなの知るか! こっちは命張ってんだ!」
と、通話相手に反論してるケークン。
妃美子は料理を始めながら、そんなケークンのやり取りを聞いてクスリと笑います。まるで家に友人が遊びに来た様な、妃美子にとっては心温まる瞬間でした。
(そういえば、徹さん以外の人でウチによく来てくれるのケイくらいね。いつか……私のドエムとこんな風に会話できる時が来るのかしら……)
そう考えて自然と笑みが溢れてしまう妃美子でした。
(――七階のベランダから入ってくる友人なんて普通じゃないんだけどね)
■ ■ ■ ■
ドエム、ノア、ナポン、マルガレータ、シャルロット、エオナ、そしてレイシアと源次の八名は天瀬政光に会う為に東へと移動をしました。
三日は掛かる見込みの旅路は、決して楽ではありません。歩いて、歩いて、とにかく歩いて、坂道の多いヤマトの土地を進みます。
最初は心身弱っていたノアも、ドエム達と共に辛くも楽しい旅をする事で徐々に回復していき、笑顔を取り戻していました。野盗に何かをされる前に救助できた事が、ノアにとっても幸いと言えます。
二日目の夜、雨模様の天気に見舞われ、通りがかった山小屋で雨宿りついでに一夜を過ごす事となります。
ブレイバーエオナが夢世界に呼ばれたからと眠りについた中、皆で暖炉を囲んで際に源次が自身の過去について語ります。
「俺は、真島原であった戦に霧山軍の足軽として参加していた――」
ヤマトであった大きな戦、真島原の戦いと歴史に刻まれた戦争に源次は参加していました。その戦は西軍と東軍で分かれヤマトの各地で戦闘が行われ、ヤマトという国の未来を左右する戦いでした。
世界が融合群体デュスノミアバグと大戦するよりも少し前にあったこの戦いは、ヤマトの天瀬政権内部の政争に端を発したものであり、天瀬政光を総大将とした東軍と、霧山惣一郎を総大将とした反天瀬の西軍が、真島原という地域を中心にして、各地で戦闘を繰り広げた戦いです。源次は霧山配下の足軽として戦争に参加していたと言います。
するとナポンが、
「あたいもその戦いには参加していた」
と源次に言いました。
「ああ、知ってるよ。天瀬の鐡姫。あんたが各地で大暴れした戦だ」
「戦場で会ったか?」
源次は首を横に振り、そして続きを始めます。
彼が所属していた部隊は、東軍側の武士隊を狙って排除する『天威隊』という奇襲部隊でした。ヤマトの戦において、武士一人を隊長として人間の足軽で部隊を編成する事が基本とされている中、西軍は複数の武士で編成された部隊で敵軍の部隊に奇襲を仕掛けるという作戦を行なったのです。 腕利きとして見込まれた源次も霧山惣一郎から名刀・青月刀を託され、その部隊に参加していました。
「どんな手を使ってでも武士を排除する天威隊……天瀬様から聞いた事がある。そんな戦い方、武士道に反する」
と、ナポン。
「否定はしない。あの野盗達は西軍の残党だった。中にいた雷蔵も世話になった事がある武士だ。俺たち天威隊は戦場を巡り、闇討ち、火付け、時には川の氾濫を起こし水攻めもした」
「あれは貴殿の部隊の策略だったか」
「俺たちに後退も休息も許されなかった。次々と戦場を移し、疲弊し、一人、また一人と部隊は削れた。俺たちがいくら頑張ったところで西軍は数で劣勢だったからな」
そこへドエムが二人の会話に口を挟みます。
「なぜあの雷蔵っていうブレイバーは、源次の事を臆病者って言ったの?」
その質問に対し、源次はしばらく黙って思考した後、こう返事をしました。
「逃げたんだよ。東軍の罠に嵌められ、天威隊は壊滅した」
「罠?」
するとナポンがそれについて説明します。
「西軍の一部隊が寝返り、東軍の連合隊と共に天威隊を包囲し、大神山に追い詰める計略。あたいがいた天瀬本隊が西軍本陣に向けて快進撃をする最中、そんな戦いもあったと聞く。その生き残りなのか」
「俺たちは逃げ惑い、ほとんどの隊員は散り散りになった。生き残った俺を含めた数人は、遂に大神山に入ることで逃げ延びようとした」
「大神山に? それで生き延びたのかい?」
「そこは地獄。東軍の思う壺ってやつさ」
「大神山ってそんなに危ない所なの?」
と、ドエム。
「不壊の魔晶石、大和の核がある場所さ」
「あ、ダリスが言ってた」
「不可侵条約で守られている山で、ヤマトの中心。如何なる理由があろうと立ち入るべからず。あそこは特別な武士、十二神将と呼ばれる武士によって守護される場所さ」
「じゅうにしんしょう?」
「……古来より特殊な召喚方法で召喚され、我々とは異なる夢世界を持つ武士。その中でも選ばれた絶対守護者達って話しさ」
「異なる夢世界って?」
「さあね。そこらの武士よりも長い寿命があって、この国を百年守り続けた由緒有る強者揃いと聞く。如何なる理由であろうと、領域に立ち入れば天誅が下される。それがこの国に生きる者にとっての共通認識なのさ。十二神将の存在そのものが、核を魔の手から守る為の抑止力ってやつだね」
ナポンがそこまで説明すると、源次が続けて言いました。
「俺は大神山にいた十二神将に蹂躙された。あの武士は普通じゃない。最初に出会した奴は話が通じるような相手でもなかった」
まるで狼に追い回される兎の如く、源次達は散り散りになりながらも逃げ回りました。それは惨めで、泥臭い逃走劇だったそうです。
しかしそんな源次達を助けた武士がいました。十二神将の一人、法玄という者が手助けをしてくれたそうです。
「十二神将に助けられた? なぜだい」
と、ナポン。
「法玄は俺を助ける代わりに、大和の核の破壊を成し遂げて欲しいと言ってきた」
「馬鹿なッ! 自分が何を言ってるのか分かっているのか!」
と、ナポンは顔を強ばらせ血相を変えながら立ち上がります。
「俺も耳を疑った。しかし、法玄は本気だった。それがヤマトの夜明けになると、そう言っていた。その真意を探る為、俺は全てを捨てて放浪人となり、ついこないだまで旅をしていたんだ。そこで出会った。外の国からやってきたお前達に」
そう言いながらドエムやレイシアに目線を送る源次は、続けて言いました。
「ぶれいばーと呼ばれる存在。鬼の力を使う女。銀色の髪をした子供。そんな者は初めて見た。俺がこの国で二十年生きてきて、初めてだ。殻に閉じ籠もり、いつまでも内輪揉めしている俺たちが酷く惨めに思えたのさ。これこそが、法玄が言っていた事の真意ではないかと考えた。そして天瀬政光も似た考えの持ち主である事も風の噂で聞いている」
源次のその発言を聞いて、ナポンは座り直しながら頭を抱えます。
「確かに、天瀬様はこの国の在り方に疑問を抱いている。しかし……」
そこまで二人の会話を黙って聞いていたマルガレータが口を挟みます。
「私は人間の心音や呼吸で嘘が分かる。その男、嘘は言っていないわ」
次にシャルロットが言いました。
「でもでも、その核はこの国の結界を作り出してるですよね? それを壊したら外から敵が来ちゃうですよ」
続いてレイシアも意見します。
「結界があっても、その内側で戦争してるのなら同じ事なんじゃないの」
次にドエム。
「世界はバグや人間の戦争ばかりだよ。滅んだ国だってある。結界は大事にしたほうがいいよ」
それぞれの意見を聞き、ナポンはこう言いました。
「世界は危機に瀕してる。だからこそ我が国も一致団結して外国の情勢に加担すべき。それ自体が天瀬政権の志の一つであり、真島原の戦いが起きた要因でもある。しかしその計画に核の破壊までは含まれていない。何故なら古来より不可侵条約で守られ、それ自体が当たり前とされていたから……そもそも破壊できぬのだから不壊の魔晶石ではないのか……いや、もし停止させる事ができるのなら……」
困惑した様子でブツブツと独り言を呟くナポンに、源次は改めてお願いします。
「天瀬勢力と法玄の協力があれば、核の破壊も不可能ではないはず。まずは話だけでも通して貰えないだろうか」
「……約束はできない。だけど協力はしよう。あたいの一存では判断ができない事柄だ」
「話が分かる武士で助かるよ、天瀬の鐡姫」
「明朝出発する。行方の知れない管理者と、あの黒い女武士の動向が気掛かりだ。明日は急ぐから皆もゆっくり休んでくれ。あたいも少し眠る」
そう言ってナポンが眠りにつき、山小屋は静まり返りました。
トタンの屋根に打ち付けられる雨音が響き、暖炉からパチパチと木が割れる音が聞こえます。
シャルロットが、
「ヴァルキリー様は大丈夫でしょうか……」
と、独り言を漏らすと、マルガレータが反応します。
「貴女も寝なさいシャル」
ドエムに寄り添うように座っているノアとレイシアも、さすがに疲れたのかウトウトと顔を落としていました。
皆、ここ数日で起きた目紛しい出来事の数々に疲労困憊しており、こうやって屋根の下でしっかりと休息を取るのはこの国に来てから初めての事でした。
しばらく経つと、ドエム以外の全員が眠り、ドエムだけが眠気に襲われずに起きているという状況になります。
ドエムは眠れないだけでなく、自身の手が結晶化を始める幻覚を見るようになっており、その恐怖に独り耐えながらただただ暖炉の火を見つめています。
すると、部屋の隅で先に眠っていたエオナが目を覚まし、起きているドエムに気づいて近づいて来ました。
「目が覚めたんだね」
と、声を掛けるドエムに対し、エオナは真剣な表情でこう切り出しました。
「サイカに会った」
他の者達を起こさぬように小声で放たれたその言葉は、ドエムの震える心の内側に小さな波を立てました。
この時、エオナは現実世界で管理者・明月琢磨に召喚され、彼を助けるために居合わせていたブレイバーサイカと共闘をする夢を見ていたのです。そしてBCUで共に戦わないかと勧誘されるも、彼女はそれを断って帰ってきたのです。
エオナは新たな夢世界であった事の顛末を、ドエムに説明します。
その夜、ナポンと源次が話していた大神山で動きがありました。
まるで山そのものがホープストーンのような、超巨大な青色の魔晶石。そこから放たれる光の柱は、空中で結界として展開されていて、ここがヤマトの中心である事がひと目で分かります。
光の柱の下、大和の核は要塞で囲まれており、その内部にある独房に一人の男が正座をして座っていました。
鉄格子の向こう側で、顔に刺青の入ったサングラスに葉巻煙草を咥えた男が立ち、鉄格子の中で瞑想している男にこう語りかけます。
「……なぜ、あんな事をした?」
「…………」
「俺たちに与えられた任務は、核に近付く輩を排除すること。それは代々受け継がれてきた大切な役目だ」
「…………」
「いつまで黙ってるつもりだ」
サングラスの男は、腰のレッグホルスターから拳銃を手に取り、男の頭に銃口を向けます。
「法玄。この国の人間を逃した事で、何かが変えられると思っているのなら大間違いだ。それはお前も分かっているだろう。この国のどんな勢力が攻め込んで来ても選ばれし俺たちには勝てない」
「…………」
「俺の夢世界なら、お前のような裏切り者は頭をぶち抜いてすぐに代わりを用意するところだ」
「…………」
男が拳銃のトリガーに賭けた人差し指に力を入れようとした時、横から別の者が現れました。
何も武器を携帯していない黒の軽装で黒髪の青年が、サングラスの男に声を掛けます。
「虎徹、侵入者が現れた」
「なに? 人数は?」
「所属不明の手練れの武士が一人。甲斐と懴悔が交戦中だ」
「ちっ」
虎徹と呼ばれたサングラスの男は拳銃をホルスターに戻し、舌打ちをしながらその場を去りました。
すると黒髪の男も法玄に対し、
「お前の処遇は侵入者を片付けてから決める。下手な事は考えるなよ」
と言い残し、その場を去りました。
(来たか。夜明けの一手が)
そう考えた法玄は、彼らの足音が聞こえなくなった事を確認した後、刀を手元に召喚して即座に鉄格子を斬り脱出しました。
彼ら十二神将が守るこの場所は、内輪揉めなど想定されておらず、それでいて十二神将だけに任された地。本来投獄など想定されていない事から、見張り役などもいませんでした。それだけ法玄の裏切り行為は彼ら十二神将にとって想定外であり、その処遇に困っていたのです。
(私はこれより十二神将・法玄の名を捨て、鬼夜叉となろう)
鬼夜叉。彼の夢世界での本来の名前であり、数々の修羅場を潜り抜けた創作世界の主役の名前です。彼は己が持つ本来の志を胸に奮起し、行動を開始しました。
しかしこの時の彼は大きな勘違いをしていました。今、大神山に現れた侵入者は、彼が用意した布石では無いのです。それでも彼は、己の計画の一部と信じ、十二神将を更に裏切る為に法玄改め鬼夜叉として走ります。大神山で今発生している戦場に向けて。
強力な結界により世界と断絶された国で、動乱が始まろうとしています。
【解説】
◆山寺妃美子の後悔
仕事を退職する準備に気を取られ、ラグナレクオンラインにログインする事をすっかり忘れていた妃美子。
ゲーム内でお世話になったプレイヤー達や、直近で仲良くしていた初心者プレイヤーのミドリンに挨拶が出来なかった事を悔やんでいた。
又、ブレイバーケークンからそのせいでドエムの寿命が縮まったと指摘される。
◆新宿で発生した怪物事件
エピソード4『71.新宿殲滅戦』で起きた出来事である。
新宿でバグが大量に出現し、自衛隊による包囲戦が行われた出来事で、明月琢磨が所属するBCUのブレイバーが初めてメディアに晒される切っ掛けとなった。
民間人の死者が百三十名、重軽傷者が四百名に上り、警察や自衛隊員にも負傷者が出た悲惨な事件であった。
◆源次の正体
元はこの国の内乱に参加していた兵士であり、真島原の戦いで戦場から逃走した敗残兵であった。
逃走時、十二神将の法玄という武士に助けられ、ドエム達に出会うまでは放浪人をしていた。
◆鬼
ヤマトの住民が話す鬼とは、バグの事である。鬼化=バグ化。
ブレイバーの呼び名も違うことから、この国の文化は独自進化してきたことが分かる。
◆天瀬政権
ブレイバーナポンが仕える天瀬政光はヤマトの大将軍であり、この国の多くの武家大名と主従関係を結び、彼らを統制するという制度を作った。
天瀬政光が目指したのは百年続いたヤマト国家内部の内乱を収め、鎖国を解き外交を取り入れる事。法度を作り平和な国作りを進め、外交前に国全体の統一化を成し遂げようとしていた。
◆真島原の戦い
ヤマトで天瀬政光の政争に端を発したものであり、反天瀬の武家大名達が反旗を翻した事により始まった大戦。
天瀬政光率いる東軍と、霧山惣一郎率いる西軍に分かれ、真島原という地域を中心にして、各地で戦闘を繰り広げた戦いである。
結果として、霧山惣一郎が討ち取られ、この戦いは東軍の勝利で終わっている。
◆源次が所属していた西軍の天威隊
ヤマトの戦場において常識とされていた部隊は武士が一人で率いるという規則を逆手に取り、武士複数人で編成し有利に敵部隊を倒す事を目的とした少数精鋭の奇襲部隊。
源次は人間でありながらもその部隊に選抜されるほどの腕利きで、西軍の大将である霧山惣一郎から直々に名刀・青月刀を託されたとのこと。
◆天瀬の鐡姫
ブレイバーナポンは、東軍の勝利に大きく貢献した武士の一人。天瀬軍の武士、天瀬の鐡姫として、真島原の戦いにて名を残していた。
その名を聞かぬ者がいないほど、虎の如く戦場を駆け巡り、西軍の武士を多勢仕留めた猛将として知られている。
真島原の戦いが終結後、融合群体デュスノミアバグとの世界大戦が勃発した事で、天瀬政光の指示でエルドラド王国にヤマトの使者ととして出向く事になった。
◆大神山の十二神将
ヤマトの中心といわれ不可侵条約で守られている大神山には、大和の核の絶対守護を担う者達がいるとのこと。
古来より特殊な召喚方法で召喚され、通常の武士とは異なる夢世界を持つ武士とのことで、百年もの間、ヤマトの結界を魔の手から守り続けてきたとされる。
出会った者は皆この世には残らない事から、その正体は謎に包まれており、天瀬の鐡姫であっても詳細は知らなかった。
その十二神将に襲われ生き延びた源次は、かなり珍しい例ともいえる。
◆十二神将・法玄
源次を助けた超本人となる武士で、真の名は鬼夜叉。
以前に源次を助けた事の罰として監禁されていたが、大神山に侵入者が現れた事に合わせ脱獄している。
彼の目的は『ヤマトの夜明け』とのことで、核を止めれば明るい未来があると信じているようだ。




