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ログアウトブレイバーズ  作者: 阿古しのぶ
エピソード5
121/128

121.彼と彼女は出会う

 ここは狭間の一部。上にも下にも真っ青な大空が広がる私の世界で、深層領域。

 奇遇にも冥魂だけが辿り着いてしまった二人のブレイバーに、私は姿を見せる事にしました。この時、そうするべきと考えたのです。


 ブレイバードエムとブレイバーケリドウェンは、互いに謎の空間で出会した事に、不思議と感じながらも何処か納得をしている様子でした。

 二人はもしかしたら、自分は死んでしまい、冥界にでもやって来てしまったのではないかと勘違いしていたのかもしれません。


 私が二人の前に立つと、まずドエムが私を見て恐怖にも似た感情を顔に出しながら聞いてきました。


「白いバグ……? えっと……ここは何処?」


 私は答えます。


「ここは狭間と呼ばれる場所。ようこそ。私は貴方達をずっと見守っていました」


 するとドエムの横に立つケリドウェンがクスッと笑い、すぐに煌びやかな槍を召喚して私に向かって飛ばしてきました。ケリドウェンの奇行に驚き慌てふためくドエムを他所に、槍は真っ直ぐに私に向かって来ました。

 放たれた槍の矛先を、私は人差し指で止め、そしてその凶器を消滅させます。


「久しぶりですわね。そんな醜い姿を晒してまで、こんな所にいるなんて……まさか貴女がわらわの誘い人とでも言うのかしら」

 と、ケリドウェンは不安そうなドエムと違って何処か和やかな表情で言ってきました。


「驚かないのですね」

「驚いていますわ。でも、こんな事が起きても可笑しくは無いと思っておりました」


 するとドエムが、

「ケリドウェン、ここが何処か、あれは誰か知ってるの!?」

 と、質問を投げます。


「……それは彼女に聞きなさい」

「彼女……?」


 この期に及んで意地悪をするケリドウェンを横に、ドエムは恐る恐る一歩前に出て、恐怖で震える口を開き何かを言おうとしてきました。私がいったい誰なのか、きっと彼はそれが知りたくて、でもそれと同時に知る事の恐怖を感じているのでしょう。

 私の姿を見たら、そう思ってしまうのも仕方の無い事です。ケリドウェンの反応が異常なだけであって、ドエムはもっと人間らしい感性なのです。


 私は彼の為に、自ら説明する事にしました。


「私は……失われた者。今はもう名乗る名前は無くなりましたので、好きにお呼びください」


 するとケリドウェンが笑って、こう言いました。


「では、潔白の悪魔さんとでも呼びましょうか」

「好きにお呼びください」

「それで、わらわとこの少年は、戦いに破れ消滅してしまったということかしら?」

「いいえ、違います。危機に瀕してはいますが、あの世での生命を繋ぎ止める核は無事です。つまり今は、冥魂だけが彷徨い、私がそれに触れているという状況に過ぎません」


 すると少し私の存在に慣れてきたドエムが、口を開きました。


「僕たちに何か伝えたい事が?」

「そうです。目覚めの時は近く、時間がありません」


 私がそう伝えた矢先、ドエムとケリドウェンの身体が徐々に薄くなり始めました。なので、彼らが何かを発言するのを待つ事なく、私は続けて告げます。


「今、複数の脅威が迫っています。恐怖による支配を企てる者、世界を見捨て新天地を求める者、繰り返される悲劇を嘆き全ての破壊を求める者。そしてそれらを弄ぶ管理者達の存在」

「管理者って誰なの?」

 と、ドエム。


「その名の通り、本来であれば世界の管理と運営を任されている神のような存在です。しかし、何処かでいくつもの要因が重なった事でそれが狂い、今の状況が生まれてしまいました。その要因の一つがブレイバーという存在。それはバグであり、取り返しのつかない所まで拡散してしまいました。管理者達は、その処遇をどうするかで意見が分かれ、統率が取れなくなりました。善良の管理者にとっての最終手段も、キャシーによって防がれてしまいました」


 ケリドウェンは言います。


「そんな話を、ちっぽけなブレイバーでしかないわらわ達にして、何があると言うのかしら」

「事態を収める為、産まれてしまった多くの生命を守る為、貴方達二人は貴重なピースとなります」


 私はそう返事をして、まずドエムに向かって告げます。


「ブレイバードエム、アカツキタクマと言う管理者と出会う事になります。貴方の夢主は決断をしました。なので貴方にも、これから大きな決断を迫られる機会が訪れます。そしてその先で必ず、アカツキタクマと共に歩むサイカと会い、ディメンション救済の足掛かりとなりなさい」


 次にケリドウェンに告げます。


「ブレイバーケリドウェン、貴女は死に物狂いで戦い続けなさい。その先で、アカツキタクマに出会います。アカツキタクマは、貴女の志と近しい管理者です。彼に協力すれば、貴女の願いを叶えてくれるでしょう。彼にはその力があります」


 私は去り行く二人の魂、消え行く二人の姿に向かって、出来うる助言を行いました。


 彼ら二人がほとんど見えなくなる寸前、激しいノイズが走り、もう一人の来訪者が現れました。これは私が意図した邂逅ではなく、向こうから出向いてきた事になります。


 空間を切り裂き、開いた穴から姿を表したのは狐のお面を付けた女性でした。

 短い白髪で、顔を隠し、黒の装束にマント、片手には漆黒で赤い文様が描かれた長い刀。それと酷似している刀が八本、彼女の背中を守るように背後で扇型に浮遊しています。そして何よりも私に向けられた強い殺気と、圧倒的なまでに膨れ上がった恨み辛みが溢れ出しているかのようなオーラと、周囲の空間を歪ませるほどの覇気が漂っています。


 まるで獲物を前にした獣。言葉による対話が通じる相手ではありません。

 私はこの女が誰なのか、分かっていました。遅かれ早かれここに来るであろう事も、分かっていました。


「私を、恨んでいますか」

 と、狐面の彼女に問い掛けます。


 しかし狐面の彼女は何も答えず、長い刀を構え、そしてこちらに向かって走り寄ってきました。

 私は天と地から光の柱を出現させ、彼女の進行を阻止しようとしますが、八人に分身した彼女達を捉える事が出来ず、一人の接近を許してしまいます。


 突如始まった戦闘に、ドエムが止めに入ろうと駆け出したようですが、その途中でケリドウェン共々消えてしまいました。時間切れだったようです。


 十分な距離まで接近した彼女は、空中で刀を振り下ろし、私を斬ろうとしました。

 その一瞬の隙、私は自らの手で彼女の胸元を貫き、攻撃を阻止します。が、確かな手応えと共に、彼女の姿は霞んで消えてしまいました。


 そして気がつけば、周囲を複数人の彼女に取り囲まれており、彼女達はケリドウェンの武器群による攻撃を模倣したかのように、一斉に背中の刀を飛ばして攻撃。それに対し私は、自身を中心に円形の光の壁を展開して、それを拡張させる事で向かい来る刃と、周囲の彼女達を吹き飛ばしました。

 しかし、彼女は諦めません。絶対にここで私を殺すつもりで、こちらに向かってきます。


「その恨み、その苦しみ、私が受け止め切れるかどうか。ですが……私はまだ、消える訳にはいきません」


 それから長い長い私と彼女の戦いは続きました。彼女から伝わってくる負の感情が私の罪悪感を刺激し、私の心を蝕みます。だからこそ、私は彼女の鋭く尖った牙を少しでも多く削ってあげたかったのです。

 しかしここは私の領域内。まともに戦えば勝ち目のない彼女との戦いも、何とか拮抗させる事が出来ます。決着が着かないと悟った彼女が撤退してくれるまで、私は彼女の猛攻を防ぎ続けました。


 彼女の剣の重さは、私が招いてしまった業です。彼女は計り知れぬ絶望を糧に、いずれ私を超え、管理者達の手に負えない存在となるでしょう。

 しかし、私は彼女を選んだ事を間違いだったとは思いません。彼女はこれまで、多くのモノを私達に残してくれたのだから――――。



 ※



 ドエムは男か女かも判別できない謎の知的生物と出会い、助言を貰った後、突如現れた狐面の黒い女性が目の前にいるその人に襲い掛かったところで意識が飛びました。

 その刹那、大きなノイズが発生して、更に見たことの無い女性が微かに見えました。何が起きているのかさっぱり分からないまま、無我夢中で手を伸ばすと、急に視界が鮮明になり体のフワフワした感覚に空気の重みが加わりました。


 ドエムは滝のような汗をかいて、飛び起きたのです。すぐに聞こえて来たのは、蝉の鳴き声。そして蒸し暑さが包み込んできて、木の香りが鼻に付きます。

 自分が見知らぬ木造の建物の中にいる事に気付き、それと同時に海で溺れた事を思い出します。周囲を見渡すと、天井や床に穴が空いているようなボロボロの建物の中にいて、外は嵐なんて無かったかのように明るくなっていました。天井の穴から見える空は、強い日差しが差し込む晴天です。


 そして、外から物音が聞こえ、ドエムはとにかく自身に置かれた状況を確認する為に立ち上がり、外へと足を運びます。

 扉として機能していない壊れた戸口を潜ると、外で男が少女を取り押さえ身動きが取れない状況にしている場面に遭遇。よく見れば、男は無精髭の笠を頭に付けた見知らぬ人物。その男に地面へ押さえ付けられてる少女は、レイシアでした。


(これは……な、なにがどうなってるんだ……)

 と、ドエムは困惑します。


 踠くレイシアは肌を黒くしてバグの力を発揮しているはずなのに、それをがっちりと固めて動けなくしている男の腰には鞘に収まった刀が二本。

 ドエムはとにかく戦闘体勢に取る為、手に杖を召喚しました。その気配に気づいた男がドエムに目を配り、そして言います。


「おい、話せるならこいつをどうにかしてくれ。さっきから暴れて仕方ねえ」


 その言葉に、何となく状況が理解できたドエムは、狼のように唸っているレイシアに声を掛けます。


「レイシア、やめるんだ」


 ドエムに名前を呼ばれた事で我に返ったレイシアは、バグ化を解き、すぐに冷静さを取り戻します。それはドエムに名前を呼ばれた事による歓喜の感情がもたらしたと言えましょう。

 急に力が抜け、大人しくなった事を確認した男は、安堵の息を漏らしながら手を放し立ち上がります。


 拘束が解かれたレイシアは立ち上がり、

「ダーリン!」

 と、ドエムに駆け寄り、抱きついて来ました。


 ドエムは突然の出来事を前にした緊張でここまで気付きませんでしたが、日差しの暑さと高い湿気、見慣れない建物、そして周囲は木々の緑に囲まれていて、見知らぬ土地にいる事が分かりました。聴き慣れない蝉の大合唱が、耳に付きます。

 そして嬉しそうに抱きついて来たレイシアは、あの大きな斧を持っておらず、丸腰の状態。他には誰もいないようで、レイシアと見知らぬ男だけがこの場に居るようです。


 男は言いました。


「まったく、人助けなんてするもんじゃねぇな。小僧、人間じゃないな? 異界武士か?」

「武士? 僕はブレイバーだ」


 その言葉に、男は驚いた表情を見せます。


「まさか……外国から流れ着いたのか?」

「えっと、嵐の中で船が壊れて……」

「ま、日陰で話そうや」

 と、男はドエムの横を通り、境内で腰を降ろして腰の刀も手元に置き、珍妙な面持ちで話を続けます。


「俺は源次ってもんだ。苗字は捨て、今は浪人をやっている。たまたまお前たちを浜辺で見つけ、助けてやったんだが……その様子だと、ここが何処かも分かっていねぇみたいだな」

「げんじ……うん……えっと、僕はドエム。この子は……」


 レイシアの事を紹介しようとして言葉に詰まるドエム。そもそも彼女が暴れ回り、船を破壊してしまった事が全ての元凶で、ドエムにとっても得体の知れない少女であるからです。

 本来は敵対するべき少女ですが、状況的にも、レイシアの態度も、無闇に敵と判断できないドエムでした。


「うちはレイシア」

 と、レイシアは自ら自己紹介しました。


「外国人で、しかも異界人の好き物同士ってか。ま、とにかく、ヤマトにようこそ。外国じゃお前たち異界人の事を、ぶれいばーなんて言うのかい」

「異界人……よくわからない」

 と、ドエム。


「ここがどんな国かも知らないで来たのか? 何があった?」


 そう質問されたドエムは、ようやく混乱していた思考が落ち着きを取り戻し、それと同時に怒りの感情が湧いて出てきました。こんなに蒸し暑い室内で、抱きついて来てる少女こそがドエム達が逸れてしまった元凶の一つ。

 船は確実に沈み、全員無事かどうかも分からない。そんな不安と、あの場で突然暴れ出した少女レイシアに対する不信感。ドエムはレイシアを睨み、そして突き放しながら言い放ちます。


「全部……全部キミのせいじゃないか! なんであんな事をしたんだ! 僕はただサイカに会いたかっただけなのに! こんな事になって……こんな訳の分からない所で、どうしたらいいのかも分からない! 誰を信用すればいいのかも分からないよ!」


 すると、レイシアは不敵な笑みを浮かびながら言いました。


「だって仕方無いじゃない。ああでもしないと、うちはダーリンと一緒にはなれなかったんだから。これで邪魔者はいないよ。うちがずっと一緒に居てあげる」


 全く反省も後悔もしていない発言を受け、ドエムは怒りに身を任せ手に持っていた杖でレイシアを殴ろうとしました。


「やめろ!」

 と、源次が大声を出した事で、ドエムの杖はレイシアの顔の手前で止まります。この時、レイシアは瞬き一つせず、真っ直ぐドエムを見つめていました。


 源次は言います。


「その娘にはまだ償いの余地があるように見える。それを無下にするのは漢が廃るぞ。もう少し一緒に居てやったらどうだ」


 そう言い、凄まじい威圧感を放つ源次を前に、ドエムは杖を引きました。

 それを見て安堵の息を漏らした源次は、続けて質問を投げました。


「話が逸れたな。お前たちの船が難破して、仲間と逸れた。そういう事か?」

「うん……」

 と、ドエム。


「この国に来た目的は何だ? さっきサイカと言ったが、この国の人間か?」

「エルドラドの英雄、ブレイバーサイカ。この国に居ると聞いて、会いに来たんだ」

「聞いた事が無い。手掛かりはあるのか?」

「えっと……アマセなんとかって人に会いに行こうとしてたんだ」

「天瀬……天瀬(あませ)政光(まさみつ)か」


 すると源次は立ち上がり、

「子守は御免蒙るが、そういう事なら俺が案内しよう。付いて来い。まずは腹拵えだ」

 と、歩き出し屋外へと出て行きました。


「え? 何処へ?」


 慌てて付いて行くドエムとレイシア。

 源次は二人にお構い無しといった様子で、さっさと階段を下り、猛暑の街道を進んでいきます。その足取りは早く、しばらく何の説明もありませんでした。


 しばらく街道を進み、遠くにいくつかの建物が見えてきた頃、やっと源次は何処に向かっているのかを話し始めました。


「この先に町がある。この辺りで大きな町はそこだけだから、お前たちの仲間も居るかもしれないな」


 その言葉に、ドエムが僅かな希望を感じた後、振り返って後ろを離れず付いて来ているレイシアに対して言いました。


「付いて来ないで」


 そんな冷たい言葉を掛けられても、レイシアはなぜそんな事を言われているのかも理解できていない様子で、盲信的で無邪気な表情でこう言いました。


「だってうちには貴方しかいないから」

 と。


「僕が……キミを赦すとでも思ってるの?」

「赦して貰わなくてもいいの。ただ傍に居させてくれれば、うちはそれでもいいの」


 あきれ果てたような軽蔑の目つきをするドエム。

 一方的に慕うギザギザ歯の少女と、それを拒絶する少年。源次はそんな険悪な雰囲気漂う二人を横目に、あえて理由を聞こうとはせずに、溜め息混じりに言いました。


「旅は道連れ世は情け。その娘の同行は俺が認める」


 その言葉に、晴れやかな表情を浮かべるレイシアでした。


 ドエム達が街道を進んでいると、時折すれ違う人間がいました。薄汚れた服を着た老若男女の者達は、ドエムとレイシアの姿を見るや否や、足を止め、腰を落とし、手を合わせて祈りを捧げます。

 ドエムもレイシアも、彼らのその行動が奇妙に感じ、首を傾げていると源次はドエムに言います。


「不思議か?」

 と。


「この人たちは、なんで僕たちに頭を下げてるの?」

「そんな格好をしたお前達は、この国じゃ武神の子である武士しかいない。武士は領主の次に偉い存在。この戦国で自分たちの守り神なのさ」

「神? 僕たちが?」

「この国は外国との交流を断ってから百年。武神の世を築いて来たんだ。ヤマトでは当たり前の文化さ」

「……ひゃ、百年!?」

「なんだ、そんなに驚くことか? 外国はもっと進んでいるものだろ?」

「僕が知ってるブレイバーの歴史はそんなに前からじゃない……」


 ドエムは衝撃を受けました。

 源次が言う武士という存在と、ブレイバーが同じ種であると理解はしたものの、ブレイバーの歴史は三十年と少し。しかし、この国では百年もの歴史が紡がれていたのです。


 源次は言いました。


「お前達はどう思う。自ら世界から隔離して、独自の文化を歩んできたこの国を」

「どうって言われても……」

 と、ドエム。


 すると、レイシアがこんな事を言ったのです。


「弱いから壁を作ったんでしょ。身を守る為にそれしかなかったのなら、それでいいじゃない。破滅するよりマシよ」

 と。


 源次は薄らと笑います。


「……確かに、鎖国したのは外国の圧力から民を守る為だったと俺も学んだ。だが……」


 そう何かを言い掛けたところで、分かれ道に差し掛かり、源次が足を止めたのでドエム達も止まりました。

 山道か海道を選ぶような分岐ですが、危険を示す標識が山道側に立てられています。


「どうしたの?」

 と、ドエムは源次に聞きます。


「前にこの近くで大きな戦があってな、こっちの道は最近じゃ落武者が野盗になって隠れてるって噂だ。遠回りになるが、安全な道を選ぼう」


 そう言って源次が選んだ道は、海岸沿いの崖っぷちを歩く道でした。

 そこから半日、ドエム達は無事に不穏な空気が漂う町に辿り着く事ができました。そこで見かけた団子屋で団子を食していると、町人が野盗に襲われた商人の話や、武人の少女を連れ去ったらしいという立ち話をしているのが耳に入りました。


 ドエムは少し嫌な予感が脳裏を過り、隣に座り団子を頬張る源次に話しかけようとしたその時でした。

 ブレイバーナポン、エオナ、マルガレータ、シャルロットの四名がドエム達の前を通り掛かり、それに気付いたドエムが咄嗟に立ち上がって声を掛けます。


 これから戦場に向かうかの様な物々しい雰囲気で歩いていたナポン達は、ドエムに気付くと同時、隣にいるレイシアを見て一斉に武器に手を掛けました。


「エム、何故レイシアといるです!?」

 と、シャルロット。


「えっとそれは……」


 状況説明に困り、口籠るドエム。


 すると源次が、

「知り合いか?」

 と尋ねてきたので、ドエムは頷きます。


 一色触発な状況となっているのに、当の原因であるレイシアは構わず幸せそうに団子を食べ続けています。彼女は敵意を向けられているのが気にしてもおらず、ドエムの横で食事ができている喜びを噛み締めているようでした。


「みんな、僕はこの人に助けられて、ここまで一緒に来たんだ。えっと……レイシアは成り行きで……でも大丈夫、今は危害を加えるつもりはないみたい」


 困った様に説明するドエムと、その横で名前を呼ばれた事に反応して喜ぶレイシア。

 状況を察したナポンが戦闘体勢を解き、ふっと息を吐いた後、こう言います。


「まずは君が無事で安心だ。気掛かりの一つが解決したと言えよう」

「何かあったの……?」

 と、ドエムが聞きます。


「あたい達はエム、ノア、スウェンを探しこの町で聞き込みをしていた。そこで先ほど手に入った情報で、近くの山で野盗に連れ去られる武人の男と少女がいたという情報が入ってね」

「まさか……」

「万が一という事もある。少しその野盗達を問い質しに行こうと思ってね」


 すると五本の団子を完食した源次が立ち上がり、

「野盗の居場所なら俺に心当たりがある。同行しよう」

 と、言い出しました。


「僕も行くよ」

 と、ドエムも続きます。


 そして目隠しをしているマルガレータが、まだ呑気に団子を食べているレイシアに向かって聞きました。


「レイシアはどうするの?」


 レイシアにとっては愚問となる問いに、

「勿論、何処だってダーリンに付いて行くわ」

 と、笑顔で答えるレイシア。


 その様子を見て、安堵の息を漏らしたシャルロット。しかしナポンとマルガレータは不安そうな表情を浮かべます。




 ドエム、源次、レイシア、ナポン、マルガレータ、シャルロットの六名は町を出て、野盗の隠れ家に向けて移動を開始しました。

 時を同じくして、野盗化した落武者達は、攫って来たボサボサ頭の男の身を剥いで牢屋に閉じ込め、そして泣き叫ぶ銀髪の少女を吊し上げ辱めようとしていました。


 外見から武神の子と思われる少女を犯そうとする野盗の親分に対し、恐れを成した子分が暗がりで震えた声を発します。


「親分、やべぇですって。武士ですよこいつは……それにまだ子供――」

「へっ、武士だろうが女である事に違いはねえ。これから大事な儀式だ。その前に盛大に回してやろうぜ」


 臆病になってる子分を他所に、性欲が抑えられない汚い男達が次々と集まってきます。


「女に興味無い男色野郎は儀式の準備を進めておけ!」


 親分がそう指示を出し、恐れを成した子分数名がその場をそそくさと離れます。


「もうすぐだ……俺たちはまだ負けていない。()()()()さえ味方に着けりゃ、奴らの度肝が抜けるはずだ。だがその前に、この女で景気付けさせてもらおうじゃねえか」


 男は服を脱ぎ捨て、銀髪の少女は男の裸を見て恐怖で泣き叫び、その悲痛な声が彼ら野盗の集落に響き渡りました。






【解説】

◆潔白の悪魔

 生死の境を彷徨うドエムとケリドウェンは、そこで白いバグと出会う。

 ケリドウェンは見知っているようで、『彼女』と言い、そして『潔白の悪魔』とも呼んだ。

 彼女はこれから起きる事が分かっているのか、迷えるドエムとケリドウェンにメッセージを伝えた。


◆狐面の彼女

 ドエムとケリドウェンが潔白の悪魔と話している最中、突如として現れた謎の女。

 禍々しい雰囲気が漂う謎の女は、潔白の悪魔に猛攻撃を仕掛けていた事からも、善意とは相対する存在である事は間違いないようだ。

 彼女がその後どうなったかは、後のお楽しみ。


◆ヤマトの放浪人・源次

 偶然、ドエムとレイシアを助けた源次と名乗る男は、二人を気に掛け道案内をしてくれる事となった。

 ドエムの恨みを買ってるレイシアが同行する事は彼が認め、償いの余地があると源次は言った。

 腰には刀を携えており、もともとは武者であった風貌があるが、その実力や生い立ちは謎に包まれている。


◆ヤマトの武士

 この国ではブレイバーの事を武士と呼んでいる。

 現実日本の歴史における武士とはまた違った存在であり、ヤマトでは異界人の事を武神の子・武士と称し、領主の次に偉い存在とされており、人々の信仰の対象にもなっている。

 そんなヤマトでの武士の歴史は、鎖国した百年も前から続いているとされ、世界で浸透しているブレイバーの歴史とはまた違う独自文化を歩んでいた。

 武士であるかそうでないかの判断は異界の服装で判断されており、外国人に慣れていない事もあり、実際はブレイバーではない外国人も武士として判断されてしまっている。

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