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ログアウトブレイバーズ  作者: 阿古しのぶ
エピソード5
118/128

118.狂った恋心


 戦争が起きました。


 それは世界の歴史において、初めて『人間のいない戦争』です。

 ブレイバーとバグ、異形とされる存在による生存競争です。


 エルドラド王国の王都を占拠して新たな要塞を築いたバグ勢力が、隣国のオズロニア帝国にクロギツネ率いるバグの軍勢を送り込んだ矢先の事でした。

 まるでバグの巣と化した新王都は、かつての繁栄の痕跡など微塵も残っていません。そんな新王都を攻めるのは、エルドラドのブレイバー連合軍です。


 手薄になっているとはいえ、王都を守るバグの数は五十万。攻める連合軍の兵数は僅か五百。圧倒的なまでの兵力差がありましたが、連合軍を率いているのは『空の魔女』と『赤頭巾ルビー』。更には、人型巨大ロボットの『ロウセン』が奮闘します。

 後方駐屯地で彼らブレイバー連合軍を指揮を務めるのは、この戦場において唯一の人間ともいえるダリス・ルオッティ。彼の戦略と指揮は見事なものでした。


 対する五十万のバグ側には、指揮官のヴァルキリーバグ、無限にバグを生成するマザーバグ、そしてネクロバグによって傀儡とされたブレイバーが百体ほど。

 後方の城には、零の始皇帝と、その護衛を務める一番から三番の騎士が構えています。


 まずはロウセンが先陣を切り、ビームライフルでバグを焼き払った事で、戦端の火蓋が切られます。続いて空の魔女ケリドウェンが空から隕石を落とし、大地を引き裂き、そして武器の雨を降らせました。

 ケリドウェンの攻撃に合わせ多くのブレイバーが魔法と矢と銃弾の色とりどりな遠距離攻撃を行い、それを強行突破して迫ってきたバグ達を、ルビーが華麗に迎撃します。


 グランドール平野にて最初こそ激しく衝突した戦いでしたが、連合軍はダリスによる被害を最小限に抑える堅実な戦略が活きて、膠着状態へと移行していきます。一日や二日では終わらず、約二ヶ月にも渡る長い長い戦いとなっていったのです。これは人間と違い、ブレイバーやバグは兵糧を必要としないなど、特殊な生物であるが故の戦法でした。

 一方でバグ側も、ケリドウェンを警戒して大きく攻めてくる事をしませんでした。ヴァルキリーバグが単独で特攻してケリドウェンと空で戦いましたが、決着は付かずヴァルキリーバグは撤退。単独でケリドウェンを攻略するという作戦も失敗に終わっていました。


 この時のケリドウェンとヴァルキリーバグの戦いを目撃したブレイバーは、後にこのように語っています。


「あれは、どちらが勝ってもおかしくない。もはやこの世の終わりと思えるほど、次元の違う戦いが空であった」

 と。


 それでも、着実に数が減っていくのは数で劣勢な連合軍側。バグ群はマザーバグが存在している限り、無尽蔵にバグを補充できてしまいます。必ず訪れる好機を見極めんとするヴァルキリーバグの元にやって来たのは、ずっと戦況を見守っていた零の始皇帝でした。

 零の始皇帝は言います。


「ヴァルキリー。最強に見える空の魔女には、唯一の弱点があります」


 そう言い出した零の始皇帝の助言は、戦況を大きく揺るがすものでした。





 ブレイバーナポンを仲間に加えたドエム達は、ルーナ村から一度ミラジスタに戻り、更に東に進んだ先にある小さな港町を訪れていました。

 ナポンによれば、ここに和の国ヤマトに案内してくれる船乗りがいるという事で、まずはその人物を探すために夕暮れ時の酒場へと向かう事になります。


 その道中、ドエムは仲間達に最近夢を見れていない事を伝えました。


「夢を見なくなった? いつからだ」

 と、スウェン。


「もう一ヶ月以上……こんな事、今まで無かったのに」


 ブレイバーが夢を見なくなるのは、結晶化の予兆というのがこの世界に生きるに者達の認識です。最悪、結晶化の後にバグ化の危険性もある事から、仲間達は揃って険しい顔になりました。

 しかし、そんな場を和ませる為に、ノアが笑顔で言います。


「た、たまたまよ。エムの夢主さんは少し休んでるだけ。ね?」


 しかし、釘を刺すようにナポンが言いました。


「結晶化が始まった場合、あたいが介錯をしよう。ただし、夢を失ったブレイバーはヤマトで御法度。その事を向こうで話すんじゃないよ」


 スウェンが続けて言います。


「ドエムはサイカを目覚めさせるキーマンになる。旅を楽しんでる場合じゃなくなるな」


 夢を見なくなったブレイバーを助ける術など、誰も持ち合わせておらず、本人ですら争う事ができません。その為、ドエムは申し訳無さそうに暗い表情で俯いたので、ノアが不器用ながらもドエムの手を握って、励ましの言葉を掛け続けました。

 そうこうしているうちに、船乗りがいる酒場へと到着。ナポンは中に入るなり、他の客などお構い無しに大声で船乗りを呼びました。


助左衛門(すけざえもん)! 助左衛門はいるか!」


 慌てた様子で駆け寄ってきた中年男性は、ナポンの前まで来ると、

「これはこれは鐵姫(てつひめ)殿ではないですか。あっしをお呼びで?」

 と、媚び諂うように和やかな笑みで応えました。


「急ぎヤマトへ戻りたい。船は出せるか?」

「畏まりました。この者達は?」

 と、助左衛門は珍しい顔ぶれのドエム達を見ます。


「随行者だ。政光様に紹介する」

「この者達を? 童子まで?」

「詮索不要。あたいの判断だ」

「へへい。承知の助」


 助左衛門はニタニタと笑みを浮かべながら、足早にその場を去り、埠頭の方角へ姿を消しました。


 酒場を出て、ドエム達一行も埠頭に向けて移動を開始した矢先、突然マルガレータが足を止め、後方に向かって声を掛けました。


「良い加減、姿を現したらどう? 私が察知できていないと思って?」


 マルガレータがそんな事を言い出したので、全員が驚き、振り返ると、建物の影に隠れていた人影がぬっと姿を見せました。

 鮮やかな秘色色の髪、葉っぱのような緑の瞳、ギザ歯と背中に背負った大きな斧が特徴的な少女は、頬に十三槍の六番を示す記号がありました。


「レイシア!」

 と、驚くシャルロットを他所に、全員が武器に手を掛けます。


 しかしレイシアは不満気な表情を浮かべながらも、背中の斧を一旦地面に置き、両手を上げて交戦の意思が無い事を示しました。

 そう、彼女はルーナ村であった戦い移行、ドエム達を密かに追跡して、ここまで来ていたのです。


 その事に途中から気付きつつも、様子を伺っていたマルガレータが最初に問いを投げます。


「ヴァルキリー様の元に行かないで、ノコノコとこんな所まで付いて来るなんて良い度胸ね。いくら戦闘狂の貴女でも、私達と戦ったらどうなるかぐらい、分かっているでしょう?」

「ち、違う。うちはただ……」

 と、何処か恥ずかしそうに目を泳がせるレイシア。


「ただ?」

「そこの……そこのブレイバーと、少し話がしたくて……」


 そう答えたレイシアの目線の先には、ドエムがいました。


「えっ、僕!?」


 コクっと肯く、レイシア。ですが、レイシアの目線を遮るようにマルガレータが間に立ち、更に質問をします。


「銀の姫やシャルならともかく、どうゆう風の吹き回し?」


 しかし、レイシアはこんな事を言い返しました。


「う、うちにだって分からないの! でも、そうしたいって、うちの心が叫んでるから仕方ないじゃない!」


 訳の分からない事を言い出すレイシアに対し、一同の頭に疑問符が浮かぶ中、ルーナ村での戦いで現場を目撃していたナポンが状況を察していました。

 やれやれと言わんばかりに溜息を吐いたナポンは、ドエムに言います。


「エム。もしかしたら覚えてないのかもしれないが、キミは彼女を救った。きっとそのお礼を言いたいのだろう」

「えっ……えっ!?」

「男なら目を背けるな。彼女はもはや多くの仲間を失った孤独の身。情けを掛けてやっても良いだろう」


 するとマルガレータは、

「何を言ってるの? レイシアは危険な子よ」

 と、忠告します。


 そこへこういった話が好きなスウェンが楽しそうに乗っかりました。


「少年も隅に置けないじゃねーの。別に話してやってもいいだろう。な?」


 慌てふためくノアの姿もありましたが、結局はマルガレータが立ち会い、他の者達が少し離れたところから見守りながらドエムとレイシアは会話をする事となりました。

 前に見た狂気のレイシアがまるで嘘だったかのように、しおらしい態度で恥ずかしそうにするレイシアを前に、ドエムは少々緊張した面持ちで語り掛けます。


「えっと、キミは十三槍の……」

「レイシアよ」


 自ら名前を口にしたレイシア。その意味を理解しているマルガレータは、呆気にとられました。


「レイシア。それで僕に話って?」

「……うち、この斧で戦う事しかできないから……殺す事が自分の全てだと思ってたの」

「う、うん?」

「でも、でもね。うちだって、昔はこんなんじゃなくて。色々あって、死にそうになって、こうなるしかなかったの。斧を手放す事ができないうちに、夢を……見せてくれた。昔の夢。懐かしい夢」

「僕が?」

「……うん」


 そこまでのレイシアの発言を聞いて、警戒していたマルガレータはそっとその場を離れました。


「えっと、実は何も覚えてなくて……」


 そう言うドエムに、レイシアは泣き出しそうな顔になりながらも、勇気を奮い立たせて言いました。


「それでもいいわ。ねえ、うちの気持ち、もう一度確かめさせてくれない? もしダメなら、全部諦める。大人しくヴァルキリー様の所へ帰るから」

「確かめるって?」

「触るだけ」

「う、うん。分かった。いいよ」

「じゃ、じゃあ、いくね」


 次の瞬間、レイシアはドエムに飛び付きました。ドエムに抱き付いて、彼の胸に顔を埋めて匂いを嗅いで、そして彼の顔を見つめます。

 この時のレイシアは、片目から一筋の涙が零れ落ちていました。ドエムは思わずそれを指で拭ってあげながら、言います。


「大丈夫?」

 と。


「やっぱり。やっぱりそうだ。うちはきっと、キミに会う為に今日まで生きてきたんだ」


 そう言って、勢いに任せてドエムの唇に口づけをしようとするレイシア。


 しかし、そこへ横から割って入って止めるノアがいました。


「ちょっと待ったぁーーーー!」

 と、二人を引き剥がすノア。


「ちょっと邪魔しないでよちんちくりん! 良い所だったのに!」


 文句を言うレイシアでしたが、ノアが鬼の形相で言い返します。


「エムに馴れ馴れしく触っていいなんて誰も許可してないわ!」

「な、なによ!」


 口喧嘩を始める二人の女子でしたが、ドエムはノアに黙るように合図します。そうやって静かになってから、改めてドエムはレイシアに言いました。


「こうやって、ちゃんと話してくれて、敵意が無い事は分かったよ。でも、僕たちは今から海を渡って、外の国に行くところなんだ。僕たちは、先に進まないといけない」


 それを聞いたレイシアは懇願します。


「う、うちも! うちも連れてって!」


 ドエムが答える前に、いつの間にか近くまで寄ってきていたシャルロットが口を挟みました。


「それはダメなのですよ」


 シャルロットの登場に苛立ちの表情を見せるレイシア。


「またあんたは、そうやってうちの邪魔するつもり!?」

「違うのです。今、ヴァルキリー様は大きな戦いを始めるです。相手は、あの空の魔女ケリドウェン。そしてブレイバールビーなのですよ」

「何が言いたいわけ?」

「生き残った十三槍の一人として、主人様を守ろうという気概はないですか?」

「それを! あんたが! 言うなぁ!」


 怒りに任せて手を上げたレイシアでしたが、迅速に背後へ回り込んでいたナポンがその手を掴んで止めました。


「おっと、それ以上はよしときな」

 と、ナポン。


 レイシアは舌打ちをしながら、手を下ろしたので、ナポンが続けて問いました。


「キミはルビーの眼を見て、絶望を味わったのだろう? それで悔い改めたと言うのなら、せめて態度に見せるべきさ。そんなに荒々しくては、ドエムにだって見捨てられてしまう」


 その言葉に、レイシアはハッとドエムを見ました。

 困ったような顔を向けてきているドエムを見て、途端に顔を真っ青にして、震えるレイシア。


 つい感情的になって、手を出そうとしてしまう癖は、この中で誰よりも理解しているシャルロットがこう告げます。


「レイシアはミー達と一緒に居るべきではないと思うです。道を違えた者同士、今は別々の義を貫くときなのですよ」


 その言葉に、レイシアは震えた声で反論しました。


「綺麗な言葉で片付けようとしないで! うちが……どんな思いで、ここまで来たと思ってるのよ! 先に十三槍を裏切って、呑気に旅を楽しんでるあんたに言われたくない!」

「レイシア……」


 返す言葉が見つからず、悲しそうな表情をするシャルロット。


「そんな眼でうちを見るな! 憐むな!」


 絶望を救ってくれた少年ブレイバー、ドエム。彼を意識して、彼の事を知りたくて、ルーナ村からここまで追跡してきたレイシア。身を隠しながらの孤独な旅路は、計り知れない精神的な辛さがあった事でしょう。

 しかし、ドエム達からすればそれはレイシアの自分勝手な行動に変わりありません。同情する余地は、ありませんでした。


 会話をすぐ近くで聞いていたドエムが言います。


「えっと……レイシア。ルーナ村でキミは無抵抗な人間を襲い、無闇に戦闘を起こし、そしてノアを連れ去ろうとした。だから今すぐに信用しろと言われてもできないよ」

「この二人は良いってわけ!?」

 と、マルガレータとシャルロットを指差すレイシア。


「元を辿れば、シャルロットやマルガレータも同じ事をしたのは間違いない。でもこの二人は、信用に足る行いがあったからここにいるんだよ。キミの知らない出来事が、沢山あったんだ」

「じゃ、じゃあ、うちもこれからちゃんとするから」


 首を横に振るドエム。


「さっきも言ったけど、時間が無いんだ。またいつか、ヤマトから帰ってきた時にでもゆっくり話そう」


 レイシアは頭が真っ白になりました。

 ちゃんとありのまま話せば、ドエムならきっと理解してくれる。手を差し伸べてくれる。そう何処かで信じていたレイシアの期待は裏切られ、ここまでの追跡が全て無駄であった事実が涙となって込み上げて来たのです。


 気がつけば、レイシアは斧を手に取って、その場から逃げるように走り出していました。


(なによ! なんなのよ! うちはこんな所まで来て、何してるのよ! 惨めじゃん! 死にたいッ!)


 心の中で叫びながら走り去るレイシアの背中に向けて、シャルロットが大声で言いました。


「ちゃんとヴァルキリー様の所に行くですよ!」


 しかし、その声はレイシアの耳に入っていませんでした。





 その日は、風が強く、波の状態も悪い事からドエム達を乗せる船の出港は翌日まで見送りとなりました。

 ドエム達が民宿で一夜を過ごし、遥か北西の地では戦争が起きている中、人気の無い路地裏で佇むレイシアの姿がありました。愛用の大斧を大事そうに両手で抱えたレイシアは、これからどうするべきか、考えていました。


 頭の中で何度も蘇るドエムから放たれた台詞は、少女の心をギシギシと締め付けます。吐息にも似た溜息が口から零れ、冷たい風に震えながら、レイシアはただ、夜空を通り過ぎる暗色の雲を目で追っているのみでした。

 そんなレイシアの横に現れた人影があります。


 音も無く、突然その場に最初からいたかのように現れた男が声を発します。


「やぁやぁ、お困りのようだねぇウルフガール」


 突然の話し掛けられ、すぐ横に現れた存在を認識したレイシアは咄嗟に距離を取り、斧を構えました。


「誰っ!」

「おーっと、そう睨むなよ。ボクだよボク」

 と、ピエロのような化粧をした男は、自らの頬にある数字記号を指差します。


 そこには十三槍の五番を示す数字がありました。しかし上からバツマークが描かれています。


「五番? 死んだはずじゃ……」

「ボクが死んだ? なんだ十三槍ではそんな話になってたのか」

「……本当にあんた五番?」

「ヴァルキリーとは喧嘩してしまってね。ボクはもう十三槍を辞めた。今は……バストラと名乗っておこう」


 五番がバストラという名を口にした瞬間、一瞬だけノイズが走り、何かが変えられた感覚がレイシアを遅います。


「今、何をしたの?」


 その質問にバストラが答える事は無く、彼は自分勝手に話を始めました。


「見ていたよ。キミはドエムの仲間になりたかったのに、彼らはそれを拒絶した。悲しい事だ。あってはならない。もう少し話を聞いてやってもいいじゃないかと、ボクは思う」

「憐れみなんていらない!」

「ソーリー。そんなつもりじゃない。ただボクは、キミの味方になってあげたいのさ」

「味方?」

「まずはキミの心について考えてみよう。キミを苦しめ、そして行動を狂わせてるその感情。きっとキミはまだ何も気付いていないんじゃないかと思ってね。きひひ」


 バストラに指され、レイシアは自分の胸に手を置きます。

 今まで、悪夢から救ってくれた少年、ドエムの顔と声ばかりが脳内を支配して、少しでも近づきたくて、十三槍である事を忘れてここまでやって来てしまったレイシア。その行動を振り返れば、レイシア自身もおかしな行為であると認識しながらも、止める事ができていませんでした。


 その原因について、バストラは間を置いてからこう語るのです。


「それはラブ! 愛執、愛欲、恋愛、求愛。恋は人を狂わせるのさウルフガール。女が男を追いかける理由なんて、それしかないじゃないかぁ」

「恋? 私が? ブレイバーに?」

「その通りさ。異形の存在に恋い焦がれる気持ち、ボクも痛いほどよく分かる。なので、ボクはキミを救ってあげたいと思った。同志として。ブレイバードエムともっと近づきたいだろう? もっと話がしたいだろう? もっと知りたいだろう? 独り占めしたいだろう?」

「……したい。もっと彼の傍にいたい」

「恋に弊害は付き物さ。努力してそれを乗り越えれば、いつか報われる時がきっと来る」

「うちはどうすればいいの?」

「ボクも彼らを追いかけなければならない理由がある。だから協力してほしいんだ」

「この際、なんだっていいわ。うちにできる事なら、協力してあげる」


 バストラは怪しい笑みを浮かべ、嬉しそうにレイシアの周りで踊った後に、変な体勢になりながら告げます。


「キミにはまず、得意の人殺しをお願いしたいなぁ」


 人殺しというワードを聞いて、レイシアが忘れかけていた欲求が湧き出します。

 誰かを痛め付ける事でしか生の喜びを感じられなかった少女は、愛情という武器を融合させ、スッと胸のつかえが取れた瞬間がそこにありました。


「任せて」

 と、レイシアも笑みを浮かべます。






 その日の深夜。

 船着場に停泊中だった船で睡眠を取っていた人間がレイシアの襲撃を受け、助けを呼ぶ為に逃げ出していました。


 しかし、圧倒的な身体能力で背後から飛び掛かってきたレイシアの斬撃により、人間は大声を出す間もなく死亡。倒れた人間を、何度も何度も斧で斬り付け、元が誰だったかも分からないほど無残な肉の塊へと変えられてしまいます。

 この時のレイシアは、忘れかけていた人を斬り殺す快感を思い出し、興奮と高揚感で満たされ、火照った体で斧を振り下ろしていました。


(あぁ、そう、これがうちよ。うちはこうでなくちゃ。欲しい物は力尽くで手に入れなきゃ!)


 レイシアの手が止まった頃には、彼女の全身は返り血で染まりながらクスクスと笑います。


「やったわ。これでいい?」

 と、レイシアが声を掛けると、バストラがひょいと現れました。


「うひょー。クレイジーガールだ」

「どうせ殺すなら、無茶苦茶にしてあげなきゃ」

「面白い子だぁ。気に入ったよ」

「それで、こんな人間のおじさんを殺したところで、いったい何になるって言うの?」


 レイシアが質問している最中、バストラはコンソール画面を手元に呼び出し、転がっている肉片の分析を始めていました。

 明らかにこの世界の文明から逸脱した光景に、レイシアは目を丸くして驚いた後、もう一度質問をします。


「何を……してるの?」


 コンソールの操作に集中していたバストラは、長い間を置いたあと答えました。


「ボクは変装が得意でねぇ。実は十三槍の五番ではない」

「は?」

「別に隠していたつもりはないさ。ボクはね、条件さえ満たせば……何にだってなれる。一部の例外を除いてね」


(こいつ、何を言ってるの?)

 と、少し警戒して身構えるレイシア。


「そう驚くな。キミには何もしないさ。ボク達は仲間。利害関係も一致しているだろう?」

「ふざけた真似したら殺すから」


 ニヤニヤと笑うバストラは、肉片を光で包み込み、そして自らの体内に吸収。するとバストラの全身が輝き、形が変化していきました。ボコボコ、バキバキ、と奇妙な音を立てて、骨格や筋肉が変形して、肌や髪の質感、眼の色までも変わったのです。

 そう、これこそがドエム達やヴァルキリーバグを惑わせた男の能力。その一部。


「……気色悪い」

 と、レイシア。


 見る見るうちに先ほどレイシアが惨殺した人間の男へと姿を変えたバストラは、声変わりした声で言いました。


「クレイジーガール。ボクはキミに出会えて本当に良かった」

「レイシアよ。それで、あんたはこれから何をしようって言うの?」

「奴らを監視した後、和の国に保管されている眠りのサイカを奪う」

「サイカを? なぜ?」

「エレクトロン・ニンジャガール。サイカはボクのクソったれな運命を変えてくれた恩師なんだ。ボクはねぇ……この消え去るセカイで、サイカの半身をずっと探していた。だから、キミには協力して貰うよ。勿論、ボクもキミに協力する。恋のキューピットになってやろう」


 レイシアにとって、今目の前にいる男はとても奇妙で、人間でもブレイバーでも、ましてやバグですら無い何者かに不信感は拭えませんでした。

 しかし、今の情緒不安定なレイシアにとって、この男に頼る他に道が無かったのです。


(この際、誰だっていい。うちのこのモヤモヤを解消してくれるなら、例え相手が悪魔だろうと、利用してやる)


 そんな考えに到るレイシアでした。





 翌日の早朝。

 船乗りの助左衛門が船の準備が出来たと言うので、ドエム達一行を乗せた中型船は出港しました。


 大陸の沿岸沿いに船を進め、北西方面。目指すは和の国ヤマト。

 今、ヤマト国内の情勢がどうなっているのかを考え、険しい表情で進路先を見つめるナポン。その後ろで、ドエム達もそれぞれの思いを抱えながら、これから訪れる新天地に期待と不安を膨らませていました。


 そんな船の貨物室では、荷物の一つに身を潜めたレイシアがいました。



 



【解説】

◆ブレイバー連合軍による王都奪還作戦

 バグ群が他国へ侵攻を開始したという情報を得たブレイバー連合軍は、王都奪還の為に攻撃を仕掛けた。

 バグの数が減ったからとはいえ、王都にはまだ五十万に及ぶ大群が残っており、攻める連合軍の兵数は僅か五百。長期戦を余儀無くされた。

 ルビーやロウセンの奮闘と、ダリスの指揮が活躍する最中に起きたケリドウェンとヴァルキリーバグによる大将同士の衝突は、他のブレイバーが介入できないほど次元の違う戦闘だった。


◆助左衛門

 小さな港町で待機していたのは、和の国ヤマトへ通じる船乗り。ナポンの事を鐵姫と呼ぶ彼は、ヤマト出身の人間である。

 ナポンの指示を受け、ドエム達を彼の船に乗せてくれる事となった。が、海の状態が悪い事から、一日遅れの出港となった。


◆六番の少女・レイシア

 十三槍の中で最も戦闘狂の少女は、以前の戦闘を切っ掛けにブレイバードエムを気に掛け、ずっと追跡してきていた。

 しかし、信用できないという理由からドエム達に突き放されてしまい、彼女は自身の気持ちに揺らぎが生じる。それを救ったのは、五番の男だった。


◆元五番の男・バストラ

 彼はレイシアの弱みに付け込み、彼女を協力を得た。

 その際、殺した人間そっくりそのままの姿になれるという能力を披露し、サイカ強奪の計画を打ち明かしている。

 五番の男が自らの名としたバストラという名前は、過去にも登場していたりと、まだ謎の多い男である。

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