117.夢主として出来る事
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【重要】サービス終了のお知らせ
平素より『ラグナレクオンライン』をご利用いただきまして、誠にありがとうございます。
このたび『ラグナレクオンライン』は、二◯三五年三月三十一日(土) をもちまして、サービスを終了させていただくこととなりました。
二◯◯二年より正式サービスを開始し、約三十二年間運営を続けることができましたのも、皆さまからのご愛顧とご支援があってのことでした。
『ラグナレクオンライン』をご愛顧いただいておりました皆さまにはこの様な結果となりましたことを、深くお詫び申し上げます。
ご購入いただいた有料ポイントについては、有効期限切れとなるものを除き、サービス終了までご利用可能です。未使用の有料ポイントにつきましては、返金などの対応は行うことができません。あらかじめご了承の上、サービス終了までにご利用ください。
これまでご愛顧ご声援いただき、誠にありがとうございました。
運営チーム一同、心より御礼申し上げます。
サービス終了まで、残り短い期間ではございますが、最後まで『ラグナレクオンライン』をお楽しみいただけますと幸いです。
ラグナレクオンライン運営チームより
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「嘘……」
ゲームにログインする際に表示されるお知らせを見て、山寺妃美子は唖然としてしまいました。
過疎化が止まらず、ユーザー数が減っていく中で何とか運営を続けていたMMORPG『ラグナレクオンライン』が、ついにサービス終了を発表したのです。
カレンダーを確認すると、サービス終了は三ヶ月後。それを知って、妃美子のマウスを握る手が震えました。
妃美子はこんな日がいつかは来るだろうと、覚悟していたつもりでしたが、いざその時が来てしまった今この瞬間は頭が真っ白になってしまったのです。
ゲーム内の数少ないプレイヤー達は、この話題で盛り上がっているはずですが、約三十二年このゲームをプレイしていたドエムは、しばらくログインする事はありませんでした。
数日間、妃美子はパソコンを起動する事すらも、出来なくなりました。
四日後。
藤守徹に呼ばれた妃美子は、東京都青梅市にあるとある場所へと足を運びます。
妃美子は電車を乗り継ぎ、駅からはタクシーに乗って、本当にここが東京なのかと疑いたくなる閑静な山中へと入っていきました。そこにあったのは窓がほとんど見当たらない四角くて真っ白な建物で、入口の表札には『フラミナティ化学研究所』と書かれていてます。関係者以外立ち入り禁止の立札と、厳重な警備で守られていました。
建物の出入り口で待っていると、徹が中から出て来て、中へと案内してくれました。
「悪いな。迎えに行ってやれなくて」
「別に平気よ。それで、何なの?」
「かなり時間が掛かってしまったんだが、例の件、準備が整ってな」
「例の件?」
「ここではまだ説明できない。中に入ろう」
白衣を着た研究員達が廊下を行き交い、各部屋で何やら化学実験が行われている場違いな雰囲気に妃美子は恐縮しつつ、奥へ奥へと進んでいきます。
そしてエレベーターで地下へと下り、更に階段で下に降りて、暗がりの廊下を通って明らかに秘密の部屋といった雰囲気の分厚い鉄の自動ドアを、徹は網膜認証で開けました。
中は二十畳くらいの研究部屋で、沢山の棚と、機械や書類があちこちに置かれている場所でした。映画か何かに出て来そうな秘密の研究室。
その中央に四人の人物がいました。
「連れて来た」
と、徹が声を掛けると、三人の視線は妃美子に向けられます。
一人は白衣姿で赤髪の少女。もう一人は眼鏡を掛けたスーツ姿の男性。もう一人は同じくスーツ姿の女性でした。そして、ブレイバーのケークンの姿もあります。
以前会った事のあるケークンは、微笑みながら手を振ってきました。
「あの……えっと、ここは……?」
と、戸惑う妃美子。
すると徹が紹介を始めました。
「紹介しよう。この赤髪の子が明月朱里」
「えっ!? じゃあ、明月君の……」
「琢磨君の義理の妹で、異世界から来訪した天才科学者になる。それでこの眼鏡の男性が、高枝左之助さん。それとその横にいるのが、笹野栄子さん。今回の実験の協力者だ」
「初めまして。山寺妃美子です」
すると朱里と紹介された赤髪の女子が、
「キミがドエムの夢主か」
と、興味津々な様子です。
左之助が前に出て来て、まずは妃美子と握手をしながら言いました。
「高枝左之助です。初めまして。話は藤守さんから聞いてますよ。ブレイバー実験に協力してくれる事、感謝します」
「じ、実験!?」
左之助が不思議そうな顔を見せたので、徹が横から説明します。
「異世界にいるブレイバーとのコンタクトを図る実験だ。前に話しただろう」
「前って……かなり前じゃない。無くなったものだと」
状況を理解した左之助が、加えて説明します。
「政府の認可が下りず、一度は廃止になってしまった計画でして。それをここにいる我々だけで極秘に遂行しているんですよ」
「ちょっと待って、頭痛い」
極秘実験の手伝いをさせられると聞いて、妃美子は頭を抱えました。
柔らかく説明はされましたが、つまりここで行われている事は、日本政府が認めていない実験です。会社で部長という責任ある立場も任せられるほど堅実な妃美子は、そんな犯罪行為に等しい事を、はいやりますの一言返事ができそうにありませんでした。
すると、朱里が何やら作業を始めながら言いました。
「こっち側の世界だけ見て、あちらの世界に無関心では、いつか取り返しのつかない事になる。それを、日本政府と琢磨は何も分かっておらん」
「ちょっと待ってください。その、別に私じゃなくても……」
「ブレイバードエムは適任なんだ。まぁ他に候補はいるから、別に嫌なら断ってもらっても構わんよ」
「急にそんな事言われても困ります」
そうは言いつつも、妃美子はドエムの名前を出され、先日見た『サービス終了の知らせ』が頭を過ぎりました。まだログインはしていないので、ドエムはこの事を知りません。
まだこの時は、ゲームのサービス終了がブレイバーにどう影響するのかを妃美子は理解していませんでしたが、こんな事を思ってしまったのです。
(もしドエムが生きていて、交流ができるのなら、最後くらいちょっと話してみたい……でも……)
と。
悩んでいる妃美子に、左之助が言います。
「これから日本は……いや、世界が、ブレイバーやバグの存在によって脅かされる未来が来る。それを未然に防ぐ為、この実験に協力して頂けないだろうか。まだ実験段階で上手くいくかどうかも分からない事ですが……勿論、成功の暁には一生の暮らしに困らないだけの報酬はこちらで用意します」
と、前金が書かれた小切手を見せて来ました。
そこに記載されている金額は、一千万円。前金としては破格すぎる金額に、妃美子は立ち眩みを覚えました。
すると、今の発言を聞いていた朱里が物申します。
「上手く行くかどうかわからないだと? このわしが手伝っているんだ。失敗などあるわけなかろうが」
胸を張って豪語する朱里を他所に、妃美子は質問します。
「えっと、具体的に私は何をすればいいのでしょう? 人体実験……とか言いませんよね?」
と、小切手の金額を見ながら言います。
その質問に、誰も答えてくれず不安を感じた妃美子に、笹野栄子が書類を渡しながら答えました。
「難しい事はありませんよ。ソーシャルディファレントディメンション、通称SDD用に開発された試作端末のテスターになって頂きます」
「は、はあ……」
と、受け取った書類を見ると、一昔前にあったスマートフォン端末の取り扱い説明書のようでした。
内容は端末の操作説明及び、ブレイバーとはいったい何なのかが簡単に分かりやすく記載されています。
「この端末を使用してブレイバードエムとコンタクトを取り、交流をした上で、まず向こう側の世界状況を把握して下さい。その活動報告を私達に提出して頂きます」
「交流……ですか。でも、それって明月君がしている事じゃないんですか?」
「明月琢磨君は、今は政府の人間。日本の為に働く一方で、制約も多くなっています。このままでは、ブレイバー達がいる『あちらの世界』を救うことができません。もしブレイバーが滅びる事態になれば、それはこちらにも悪影響となってしまう事でしょう」
「悪影響って?」
「……ブレイバーをこちらの世界に召喚できなくなり、地球外生命体であるバグによって、人類が滅びます。本来であれば、ブレイバーサイカが担う役目でしたが、今、サイカは行方不明となっています」
「えっ? 待って、サイカは今もよくメディアで取り上げられてますよね? あと創作物介入がどうのって……」
「残念ながら、あれはよく作られた偽者です。今、国民的バーチャルアイドルを日本が失う訳にはいかない事情がありまして」
「そんな……」
「サイカもそうですが、バグの事や異世界の存在についても、極一部の政府関係者のみで内密とされていて、正しい情報が出回っていません。このままではダメなんです。そこで、私達が選んだ道がSDD端末による異世界ブレイバーへのコンタクトです」
そう言って優しい笑顔を向けてくる栄子。妃美子はこんな優しそうでしっかりした女性がいる事に、少しの安心感を覚えました。
次に左之助が説明します。
「実は、私と笹野くんは元々、明月君とサイカの間を取り持ち、手助けをしていたノウハウがあってね。サポートは任せて頂きたい」
そして徹も続きます。
「こんな形で驚いてるだろうけど、妃美子さんはドエムに会いたがってたから、是非……と思って、俺が推薦してしまったんだ。気が進まないなら、無理しないでくれ」
「なんかビックリしちゃって……現実味も無いし。でも、そうね……」
妃美子は思いました。これが非現実の入口なんじゃないかと。目の前に乗り掛かった船があり、その先に何が待ってるか分かりません。それは明月琢磨が通った道でもあって、そう考えると妃美子の好奇心がくすぐられ、ゾクゾクとした血の滾りを感じていました。
「うん、やってみます。私にできることがあるなら。ただ、お金を頂く訳にはいかないので、無償で構いません」
そう言って一千万円の小切手を左之助に突き返す妃美子でした。
すると栄子が妃美子を近くにあった席に座らせ、そこに置いてあったガラクタを片付けた後、誓約書類とボールペンを置きながら説明します。
「この誓約書の内容をお読みになってから署名をお願いします。重要事項として、この実験は他言無用。この場にいる者以外に話してはいけません。また、SDD端末の紛失・盗難にはくれぐれもご注意ください」
妃美子は誓約書を読む一方で、この場にいるブレイバーケークンに視線を向け、思い浮かんだ疑問を口にしました。
「えっと、BCU関係者がここにいても大丈夫なんですか?」
「彼女と朱里さんはBCU所属ですが、私達の協力者になります。他次元へアクセスを試みる為、バグモンスターによる脅威も考えてブレイバーに協力を依頼させて頂きました」
と、栄子が説明してくれました。
(それって内通者って事でもあるわよね)
そう思った妃美子でしたが、口にする事はせず、ペンを持って書類に署名をしました。記載されている『トラブルが起きた場合、その責任の一切を自身で負います。身体や財産に障害が生じた場合、フラミナティに対して何らの異議申し立ておよび請求を行いません』といった文章に一瞬だけ躊躇いはしたものの、そのまま意を決してペンを進めました。
ペンを進める姿を見て、すぐに動き始めたのは朱里でした。置かれているコンソール端末の操作を始め、キーボードで文字列の入力を開始。
「えーっと、確か、ブレイバードエムの夢世界はラグナレクオンラインだから……ゲームデータからアセットを抜き出して……ディメンションコネクト開始……クリア。パーティクルエンジンの出力が足りない……ケークン、そこにあるレバーを上げてくれ」
「ん、これか?」
と、大きな装置の横にある赤いレバーを引き上げるケークン。
コンソール画面に表示されたメーターを見て、朱里は険しい顔で言います。
「琢磨の管理者権限が無いと、ここはあっさりとはいかないか。でもアメリカから提供された狭間への疑似リンクシステムを使えば……来た来た来た来た!」
表示されているメーターは順調に進み、コンプリートの文字が表示されました。
すると、また別の場所に設置された立ったまま入れるカプセルのような装置が音を立てて開き、中から白い煙が溢れ出します。中には複数のコードが接続されたヘッドマウントディスプレイのような物も見えます。
「ドエムの夢主。そこに入って、そいつを頭に付けてくれ」
と、朱里が妃美子に指示します。
更に妃美子は栄子に着替えを渡され、それに物陰で着替える事となりました。
ボディラインは丸見えでフィット感がある競泳水着のような被験着を着用した妃美子は、徹と左之助の男二人に見られるのを恥ずかしがり、胸部や腰あたりを手で必死に隠します。
(もうすぐ五十路だってのに、こんなの着させられるなんて……必要あるのこれ!?)
と、内心は少し怒っている妃美子。
妃美子は朱里がいったい何をしているのか、これから何をさせられるのか、まだ理解が追いついていないものの、恥ずかしさのあまり早足でカプセル装置の中に入りました。
中は冷蔵庫の中かと思うくらいひんやりとしていて、装置を頭に装着します。真っ暗で何も見えなくなったところで、カプセル装置の扉がゆっくりと閉まり密閉空間となりました。
中は酸素が中で発生しているのか、妃美子は呼吸のしやすさを最初に感じました。そして、被験着が引き締まり、ライン状の光を発します。
更に砂と同じくらい細かく小さい光の粒がカプセル内に充満して妃美子を包み込み、それと同時に頭に装着していたヘッドマウントディスプレイが作動して映像が映りました。
妃美子の目の前に広がるのは、真っ白な空間。見えるだけでも百は軽く超える泥人形のようなものと、様々な色を放つ魂のようなものが無数に宙を漂っていて、なんともいえない気持ち悪い光景でした。
しかし妃美子は動くことができず、ただ眺めていることしかできません。目の前を通りすぎる泥人形の顔が見えて、のっぺらぼうでした。
(なんなのこれ……)
戸惑いと恐怖を感じていると、何処からともなく朱里の声が聞こえてきます。
『ラグナレクオンラインのドエムの姿をイメージするんだ。できるだけ鮮明に。細かく』
「声が!? えっと、想像……すればいいのね」
妃美子は目を瞑り、ドエムの容姿をイメージします。白いローブ、緑の髪と瞳、そして大きな杖。最近は聖王シリーズの装備に切り替えたりもしていました。
とにかく自分がクリエイトしたキャラクターの様々な姿を思い出して、頭の中で装備したことある装備に着せ替えさせて様々な姿をイメージする妃美子。
『いいぞ見えて来た。目を開けてくれ』
そう言われ、妃美子は目を開けます。
「えっ!?」
妃美子は思わず声に出して驚いてしまいました。
周りに浮いている泥人形が、全てドエムの容姿に変わっていたのです。さながら百体以上のドエム人形が、ふわふわと無重力状態で浮いていて、全部同じ人形に見えます。
「なんなのこれ……」
『ここからが本番だ。この中で、一つだけブレイバードエムの源が存在するはず。それを探してくれ」
「この中って……全部同じに見えるけど?」
『どんな違いがあるかは分からんが、必ずいるはずだ。直感でいい、目に見える範囲で探し当ててくれないか』
「そんなこと言われても……」
とにかく目を凝らして見渡し、何か様子の違うドエム人形を探します。が、どう見ても同じドエムばかり。先ほど妃美子がイメージした基本装備のドエムばかりです。
空中を漂っているドエム人形達は、その場にずっといる訳でもなく、それぞれが無重力状態で若干移動しています。なので途方もない間違い探しをさせられて、妃美子は頭痛を覚えながらも必死に見比べました。
とにかく目を凝らして探す妃美子でしたが、何の発見にも繋がらず、その場から移動ができない事にもどかしさを感じ始めていました。その様子を見兼ねた朱里が言います。
『どれ、移動をしてみるか』
そう言われた途端、妃美子の体が浮いてゆっくり移動を開始しました。
「ちょ、え、なにこれ!」
第三者の力によって勝手に移動していく感覚は、不思議な体験でしょう。
進行先には無数に浮かぶ魂無きドエムの器がある為、妃美子は優しくそれを手で掻き分けて前に進みます。進めば進むほど、その場で動かず見つけようとしていた自分が馬鹿らしく感じるほどに、沢山のドエムがいました。
そして妃美子は、その1つ1つが微妙に違う事にも気づきます。そう、ドエムは全て一緒かと思いきや、装備が微妙に変わっているのです。
妃美子の頭に一つの可能性が思い立ったので、それを口にします。
「これ、もしかしてラグナレクオンラインで私が使っていたドエム?」
『そうだ。恐らくドエムというキャラクターの歴史。ブレイバーとして選ばれなかったドエムになる』
「えっと、つまり……休止期間を除いて……三十年分くらいあるってことよね」
『そうなる』
「もう少し絞り込む事はできないの? それこそ、三年以内とか……」
『ふむ……やってみようか』
朱里がそう言ってすぐ、浮かぶドエムの数が見る見るうちに減っていきました。どうやら成功したようです。
十分の一ほどに数が減った事で、妃美子の視界もだいぶ楽になりました。
そして妃美子はついに見つけます。一体だけ光を放っているドエムの姿が、かなり上のほうにいました。
「あれ!」
と、妃美子は指差します。
するとすぐに妃美子の体が浮かび上がって急上昇。指差した方向、頭上に向けて一気に飛び上がりました。
手が届きそうな距離まで近づいたのに、上昇が止まりそうにない為、妃美子は慌てて発言します。
「ストーップ! ストーップ!」
急ブレーキを掛けられたようにピタッと止まった妃美子は、目の前で光を放つドエムの姿に注目しました。
そして恐る恐る手を伸ばし、触れようとしますが、妃美子の手がすり抜けました。そう、このドエムは実体がなく、幽霊のような個体なのです。光り輝く透明な存在。周りに沢山いる触れられるドエムの体とは違うということがハッキリ分かりました。
「これだ……」
『解析を始める。少しそこにいてくれ』
朱里がそう言ったので、妃美子はその場でしばらく待機する事となりました。目の前にあるドエムの体の周りに、何やらコンソール画面のようなものが浮かび上がり、データを抽出しているように見えます。
それを妃美子はただ見ている事しかできませんでした。
『解析終了。ご苦労。ブレイバードエムを見つけた』
「とても生きてるようには見えないけど?」
『詳しくはこっちで説明するから、まずは戻って来てくれ』
「戻る……?」
さらっと何かとんでもない事を言われたように妃美子が感じたのも束の間、急に目の前が真っ暗になって、体が重力に引っ張られて落下するような感覚に襲われます。
※
初めまして。山寺妃美子。
「誰?」
私は……失われた者。今はもう名乗る名前は無くなりました。
良い機会なので、貴女と少しお話をさせていただこうかと。
「良い機会って、貴女はいったい何なの?」
私はこの戦いを生み出してしまった元凶の一部。そして貴女の未来を知っています。
「私の未来を知ってる?」
そう。貴女は明月琢磨が通った道を辿り、ブレイバーと関わる事を選びました。
断言しましょう。貴女は明月琢磨にはなれません。
「どうゆう意味よ」
貴女が進もうとしている道の先、ブレイバーと関わった結果、待っているのは『死』です。
ブレイバードエムと山寺妃美子。貴女達二人の共存共栄は叶わぬ夢となり、どちらかが犠牲となります。
「そんなの……分からないじゃない」
いいえ、これは定められた未来です。
決して裕福だったとは言えない貴女の人生の中で……やっと掴んだ仕事の成功。そしてこれから藤守徹と結ばれ、藤守司にも認められ、一時の幸せを味わいたいのであれば、まだ引き返す選択もできます。
「知ったようなこと言わないで。私の幸せは、私が決めるわ」
これは私からのささやかな忠告です。
本来歩むべき有り触れた人生か、死によって与えられる真実への足掛かりか……もう一度言います。貴女は、明月琢磨にはなれません。
「別に私は……そんなつもりじゃないわ」
私は管理者ではありません。なので、貴女を救ってあげる事も、導いてあげる事もできません。
「なぜ、私に未来を教えてくれるの?」
私は貴女が進む二つの未来を、私は知っているからです。なので貴女には、今一度、考えて欲しいと願いました。
物語の主役ではない貴女は、いったい何の為にあるのかと。よく考えて欲しいのです。
「私がブレイバーと会うのは、茨の道ってことね?」
はい。そうなりますね。
「分かったわ」
私の忠告は無駄でしたか?
「いいえ。貴女のような方が、天から見守ってくれてると思えば、少し嬉しいくらいよ」
私は神でも管理者でもありません。
「ねえ、もしかして、貴女は将来、明月君やサイカと話すことはある?」
そのような未来も、私には見えています。
「なら私にもしもの事があれば、その時に伝えておいてほしい事があるわ」
何をですか?
※
「わっ!」
と、慌てて起き上がる妃美子。
ソファの上で寝ていた妃美子は、最初に腕に繋がれたチューブと点滴パックが繋がれた腕が目に入りました。
そして激しい目眩に襲われ、もう一度ソファの上で横になる妃美子。
すると栄子が駆け寄ってきて、
「意識が戻ったんですね。良かった」
と、落ちていた毛布をもう一度掛け直してくれました。
「ここは……?」
「まだ研究所地下ですよ。あれからしばらく眠っていたんです」
妃美子はこの時、若い頃に酒に酔っ払って記憶が飛んだときのような感覚に似た感覚でした。カプセルに入って、何やら不思議な世界でドエムを探して、そして謎の『女の人』と会話をしていたと思ったら、急に目覚めたのです。やけに頭の中はスッキリしているのに、体の気怠さだけが残っています。
そして妃美子は聞きました。
「しばらくって……私はどのくらい寝てたの?」
「三日です」
「三日!?」
と、妃美子は慌てて起きようとしましたが、酷く弱った体が思うように動きません。
「あまり無理しないでください。山寺さんの会社には事故にあったということで連絡済みです」
「……こんな事になるなら、言ってくれれば……」
「私たちにとっても、不測の事態でした。藤守さんが取り乱してしまって大変だったんですよ」
「徹さんが……?」
「山寺さんを心配して、朱里博士に何とかしろの一点張りで。あそこまで想ってもらえるなんて、羨ましい限りです。何はともあれ、無事に目覚めて良かったです」
「他の人は?」
「今はそれぞれの時間を過ごしてますよ。深夜三時で非常識な時間ですが……私の方から山寺さんが目覚めたことを連絡入れておきます。安静にしていてください」
そう言い残して、栄子はスマートフォンを片手にその場を離れていきました。
静かな明月朱里の隠れ研究室内で、ソファから周りを見渡す妃美子。改めて見れば、見た事もない道具や機材が至る所に置かれていて、とても場違いと思える場所です。
かすかに電話をしている栄子の声が聞こえる中で、妃美子は夢の中で起きた事や、謎の女性について思い出しながら見慣れない天井を見つめました。
夜が明けて、迎えに来た徹が買ってきたサンドイッチで軽食を済ませた妃美子は、自信が体験した事を報告書にまとめて記録した後、そのまま彼の乗用車で家まで送ってもらう事となりました。
帰り道、助手席から窓越しに流れる東京の景色を眺めながら、妃美子は運転をする徹に言いました。
「明月君も、こんな体験をしたのかしら……」
「俺は琢磨から色々と話は聞いたが、話し掛けてきた女性というのは初耳だ。次元の狭間にいた管理者という存在ならいたはずだが」
「管理者……?」
「昔流行った映画で、こんな台詞がある。今生きているこの世界は、もしかしたら夢なのではないか……とな。俺はその映画こそが、俺たちが今置かれている状況の真実を示しているのではないかと思ってる」
「どうゆうこと?」
「ブレイバーと異世界の存在。そして管理者。果たしてこちら側とあちら側、どちらが異物なのかという哲学的な話だ。世界五分前仮説なんてものもある。前に琢磨君ともこの手の話をした事があってな」
「それって、何処かのSF映画みたいに、私たちも創られた世界で生きてるって事?」
「あくまで仮説だ。管理者とは、アドミニストレータ。創られた世界のインフラを保つ責務を負う存在を示し、妃美子さんが出会ったという女性がそれに関係する者だったとするならば、予め設定された未来を知っているというのも納得できるだろう」
「そんな話、信じられる訳ないでしょう。あれは夢よ」
「夢であってほしいと、俺も思うよ」
そしてしばらくの沈黙。車内が何処となく気まずい雰囲気になってしまったのは、妃美子が神妙な面持ちで相談の言葉を考えていたからです。
あの不思議な女性に言われた通り、ここで謎の実験から手を引くという選択肢をどうするか、恋人である徹に相談しようと口を開こうとしました。しかし先に言葉を発したのは徹になります。
「妃美子さんは俺が守る。何があっても。これは俺が妃美子さんをこの実験に巻き込んでしまった事への償いでもある」
「徹さん……」
「ただし強要はしたくない。少しでも嫌だと思うなら、今からでも辞退してくれた方がいい。代わりは他に見つけるだろうし、絶対に妃美子さんじゃないとダメという訳ではないだろう。そこは妃美子さんの意思を尊重したい」
「明月君の力になってあげたいって、最初はそう思ってたけど、何だか自分がどうしたいのか少しわからなくなっちゃって……」
やがて徹が運転する車は妃美子が住むマンションの前に到着して、車を路駐させたところで徹は何かを言いたげに声を発しました。
「なあ妃美子さん。俺は……」
言い辛そうにしている徹。助手席に座っている妃美子は彼が話始めるまで待っていると、しばらくして達は真剣な眼差しを向けて、こんな事を言い出しました。
「これは、俺の個人的で身勝手な意見と思って聞いてほしい。妃美子さんの意識が戻らなくなったのを見て、後悔した。こんなつもりじゃなかったんだ。ブレイバーと少し話をできるだけと、軽く考えていた俺が間違いだったと、そう思ってしまった。そして……俺は気づいてしまったのかもしれない。世界を救うだとか、ブレイバーだとか、そんな事よりも……キミが、一番大事なんだと。本当はこんな危ない事からは手を引いて欲しい。いつまでも俺の側で、笑っていてほしい」
「徹さん……」
この時、プロポーズとも取れる彼の言葉に、妃美子は嬉しさで心臓が口から飛び出そうな思いでした。
同時に妃美子は、今後の自身の行動を決心します。
妃美子は車から降り、
「あのね。ラグナレクオンライン、サービス終了の告知があったの。だから、私は徹さんと頑張ってみたい」
と、言い残してドアを閉めました。
一人でマンションの中へ入っていく妃美子の背中を見送った後、車の運転席に一人残っていた徹は、ハンドルを叩きました。
「畜生……」
珍しく徹が言った否定的な言葉は、自分に言い聞かせるような、小さな声でした。
数日後、山寺妃美子は自身が務める会社に辞表を提出しました。そうする事で、彼女は自分がこれから行おうとする事にけじめを付けたのです。退職までの二ヶ月間は死に物狂いで働き、多くの部下や上司に惜しまれながらも、送別会を最後に妃美子は会社を去りました。
これから何があっても、少しでも迷惑を掛ける人を減らそうという、彼女らしい決断でした。
やがて朱里から妃美子に手渡されたSDD端末の試作一号機は、何とか無事に起動する事に成功しました。しかし、その画面に映るドエムが動く事はありませんでした。
【解説】
◆夢世界のサービス終了
ブレイバードエムの夢世界、ラグナレクオンラインの運営会社はサービス終了を発表した。それは、ブレイバーにとっては余命宣告と同じである。
◆フラミナティ化学研究所
東京都青梅市にひっそりと存在しているその場所は、インターネットで検索をしても何をしている場所なのか情報は一切出てこない。
そんな地下で行われている異次元交流実験に、山寺妃美子は協力する運びとなった。
◆SDD端末
見た目は二◯二◯年代前半にあったようなスマートフォンで、実際にその頃の媒体を再利用している。
中身は明月朱里が魔改造しており、かつて明月琢磨がサイカとしていたようなブレイバーとの交流を行う為に造られている。
しかし、山寺妃美子の協力によって試作一号機は完成したものの、そこに映るドエムが動く事は無かった。
◆狭間で出会った謎の女性
山寺妃美子の未来を知るという謎の女性は、妃美子に忠告をしてきた。
彼女によればブレイバーに関われば必ず『死』が訪れ、本来あるはずだった幸せな生活が失われるとのこと。
◆山寺妃美子の覚悟
恋人である藤守徹の心配を他所に、非正規の危ない実験に協力する事を決めた妃美子は、長年務め地位を築き上げてきた会社を辞職する事で、ケジメを付けた。
それは非日常への憧れか、それともドエムに会う為か、世界の真実を見る為か……彼女は自分の人生に意味を求めているのかもしれない。




