116.愛及屋烏
「ブレイバーの決闘があるらしい」
と、村中のブレイバーが噂し、あっという間に広まっていきました。
ルーナ村の教会前。多くの見物者に見守られる中、エオナとナポンは一定の距離を置いて向かい合っていました。
ナポンが手に持っているのは背中にある薙刀ではなく、花柄の鞘に納まっている刀でした。対するエオナが手に持つのは、鎖に巻かれた刀、夢世界武器のオオデンタミツヨ。
周囲の騒つきと注目を余所に、ナポンは緊張した面持ちで抜刀の構えをするエオナに話しかけます。
「抜刀術か。夢世界はワールドオブアドベンチャーだっけ」
「そうだ」
「あたいとルビーの夢世界にも、同じ抜刀使いがいてね。さて、どちらが上か」
そう言って、ナポンは手に持っている刀を前に突き出し見せつけながら、続けて発言します。
「この刀は、天瀬政光より賜りし天之散華。夢世界の武器じゃない。これを使うは、敬意の表し。よって、己の力、余す事なく当たって来い」
「そのつもりだ」
「宜しい。では……いざ、尋常に」
ナポンは刀を抜いて、鞘を腰の左側に差し、そして両手を添えて構えました。
互いに構えたまま動かず、一刻の間、ピクリとも動きません。異様な空気感に、近くで見ているドエム達も固唾を飲みました。
ケリドウェンだけなぜか特等席として用意された屋外テーブル席で、いつものように紅茶を嗜みながら、楽しそうに見守っていて、その横に立っているダリスの姿もあります。ルビーは教会の屋根上で憂わしげな表情で見下ろしていました。
それだけ注目されている勝負です。
緊張のあまりノアが思わずドエムの腕を掴んでいましたが、ドエムはそんな事を気にしてられないほど、二人から目を離せずにいました。
そしてこの場所は、かつてサイカとルビーが対峙した場所です。ドエムはその時の事も思い出し、胸が熱くなっていました。
先に動いたのはエオナでした。
待つのではなく前へ出る事を選んだエオナは、急速に詰め寄って、
「抜刀!」
と言う掛け声と共に、夢世界スキル《弧刀影斬》を発動。
光の速度も凌駕するエオナの必殺の居合いが、九本の刃となり、ナポンを斬ります。
しかし、ナポンはその攻撃を受けつつも致命傷は避けて詰め寄り、斬撃でカウンター。エオナはそれに反応して、鎖の鞘を盾として止めます。
カウンターのカウンターとして、エオナが次に発動したのはサイカが得意とした夢世界スキル《一閃》でした。
ナポンはそれを刀で受け流し、言い放ちます。
「夢世界スキルの斬撃は、強力であるが故に読み易い」
気が付けば、エオナが刀を握っていた右腕が、宙を待っていました。そう、斬られたのです。
恐ろしく速い太刀筋に、エオナは驚愕すると共に、斬られた腕から血が溢れ出し、痛みに悶えます。
無防備になったエオナをナポンは更に追い討ちし、エオナを正面から縦に斬りました。血を吹き出しながら倒れるエオナ。
周囲が思っていたよりも、遥かに早い決着。
ナポンは倒れたエオナに背中を向け、刀の血を振り払い納刀。
「出直してきな」
と、言い残し去って行きました。
ドエムは思うよりも先に駆け寄っていました。
ブレイバーは人間と違って傷を負っても、コアさえ無事であればすぐに傷も癒え、一日も経てば斬られた腕も元に戻ります。マルガレータのように腕を斬り落とされたからといって、腕を失う訳ではありません。ですが、血だらけで倒れている様は、心配せずにはいられませんでした。
「エオナ! エオナ!」
と、ノアと共に声を掛けるドエム。
斬り落とされたエオナの腕が煙のように消滅を始め、握られていたオオデンタミツヨがカランと虚しく音を立てて転がりました。
(また負けてしもうた)
そう考え、地から空を見上げるエオナは、痛みなど忘れて今までの敗戦の数々を思い耽った後、震えた声でこう言うのです。
「ごめん」
と。
そのエオナの一言に、自身の不甲斐なさと悔しさが、詰まっていました。
エオナの敗北により、ヤマトへの旅にエオナを同行させる事をナポンは認めません。
その為、ナポンが認めてくれるまで粘るか、エオナをルーナ村に置いていくかの選択を迫られました。
更には、先日の戦いで負傷したマルガレータの治療もある為、シャルロットがまだ数日この村に留まる事を提案してきます。
協議の結果、スウェンはエオナとマルガレータを両方待つ事となります。先を急ぎたい気持ちを、抑える事となりました。
それから数日が経ち、エオナは何度もナポンに勝負を挑み、そしてその度に怪我をして、また後日に挑戦する事を繰り返しました。毎回エオナが負ける様を見飽きたルーナ村のブレイバー達は、一人、また一人と、二人の戦いを見に来る事をやめていきました。
実力の違いを見せつけられるエオナは、刺される度、斬られる度、己の弱さを痛感して、段々と元気が無くなっていきます。
そんな日々が続き、待機中はそれぞれの行動に注目してみましょう。
ノアは、ほとんどドエムと行動を共にしている一方で、時々一人でケリドウェンに会いに行っては、ケリドウェンとダリスから話を聞いていたり、ロウセンのコクピットに乗って散歩に出かけたり自由に行動しています。
スウェンはというと、何やらブレイバーに聞き込みをして、他所の動向を探っている様子です。
シャルロットは、酷い怪我を負って治療を続けているマルガレータに付き添う毎日を送っています。
そしてドエムは、落ち込むエオナと共に、村外れで会話をしていました。
大きな岩の下で蹲り、膝を抱えて顔を俯かせるエオナは、隣に座るドエムに弱音を吐きます。
「私は……いつもこうなんだ。アリーヤ共和国での戦いでも負け、冬の国オーアニルでもアヤノを守れず、エルドラドでの大戦でもサイカに助けて貰い、王女の護衛も果たせなかった。何が足らんのやろうか……」
「僕も、サイカに助けられてばかりだった。自分一人でも何とかできる力が欲しくて、仲間と別れてミラジスタに行って。でも結局、一人じゃ何もできなくて」
「キミは沢山勝ってるじゃないか」
「ほとんど僕一人の力じゃない。いつも誰かに助けられてる。この前だって、十三槍の人に負けちゃって……だから僕も、サイカやケリドウェンみたいな、圧倒的な力が欲しい。そうずっと思てる」
「私と同じだな」
エオナは地面に置いていた刀を手に持ち、掲げながら続けて言いました。
「私は、ずっと背中を追いかけてた男がいた。ジーさんって言うんだけど、凄い奴でさ。いつもめんどくせぇとか言いながら、ちゃっかりやる事やる男だった。もうこの世界にはいないけど、今でも憧れている広くて大きな背中」
「お爺さんなの?」
「違う違う。私たちと同じ、ブレイバー」
と、エオナは小さく笑い、続けて質問を投げます。
「ドエムから見て、サイカの背中はどうだった?」
そう聞かれ、ドエムは思い出します。ディランでの戦い、マザーバグとの戦い、ルビーとの戦い、ミラジスタでの戦い、そして王都であった戦い。
特別な存在だったサイカは、悩みを抱えている事も多く、クロードが消滅する時は涙も流していました。それでも、戦う事をやめなかったサイカは、例えバグ化しても、刀を握る事をやめませんでした。
ドエムは、なんと表現したらいいのか、出す言葉に悩んだ後にこう言いました。
「遠かった。僕の知らない所で戦うサイカは……遠かったと思う。きっと今も、ただ眠っているんじゃなくて、別の世界で戦ってるんじゃないかって、思う」
「そっか」
するとエオナは立ち上がって、こんな事を言い出しました。
「ドエムと話せて良かった。今までゆっくり話す機会も無かったから、今で良かった。もし私が……あと一回負けたら、私の事は置いて行ってくれ。これ以上、みんなの足を引っ張りたくない」
ドエムは立ち上がり、
「ダメだよそんなの!」
と、言いました。
「……きっと私は、ブレイバーナポンには勝てない。ヤマトで戦う為に、それが必要なのだと言うのなら、私は――」
「諦めちゃダメだ。諦めないでよ。この際、ハッキリ言うけど……エオナ、キミは……サイカに似てるんだ」
「え?」
「サイカと同じ夢世界出身だから……なのかもしれない。全然違うはずなのに、何故かエオナを見ているとサイカを思い出す。エオナはサイカと同じ技も使ってる」
「サイカやなかばい……」
「それでも、僕の憧れだったブレイバーに一番近い。だから、例え勝てなくても、そんな事を言わないでほしい。それにナポンさんだって、勝ってほしいなんて一言も言ってないよ。覚悟を示してほしいと言ったんだ」
二人の間に風が吹いて、エオナの長い黒髪が靡きました。そんな中で、エオナは少し微笑んで、こう言います。
「まさか、キミにそんな面白い言葉を掛けられるとは思わんかった。これもサイカの導きなのかもしれないな」
「エオナならできるよ」
「私はサイカにはなれないが、サイカと同じワールドオブアドベンチャー出身のブレイバーとして、その名に恥じぬ戦いを、キミに見せよう」
弱気だったエオナの目に力が戻りました。この時、エオナは嬉しかったのです。
今までジーエイチセブンの背中を見ている事しかできなかった自分が、今度は誰かに見られていると、そう感じ、奮い立ちました。
そしてドエムは拳を突き出し、エオナはそれに拳を合わせました。
そんな仲間意識を合わせていた時、ドエムは遠くで歩いているルビーとナポンを見かけました。あの二人が教会以外で見かける事が珍しく、何処かに行こうとしている様子です。
エオナもそれに気付き、ドエムとエオナは挨拶でもしようと、追いかける事にしました。
その頃、ノアはブレイバーロウセンの元へケリドウィンとダリスを案内していました。
目的はロウセンの夢世界装備。彼が使うビームライフルや、ブレード、シールドの召喚を一通り見て覚えたいというケリドウェンの希望を、ノアはお礼として叶える事にしたのです。
「近くで見ると、思っていたよりも大きく感じますわね」
と、楽しそうに笑うケリドウェン。
ノアがロウセンにその旨を説明すると、言葉を喋れない彼はケリドウェンの顔を見て、それから頷き了承してくれました。
六階建の建物相当でもあるロウセンが出す夢世界装備は、人サイズのブレイバーが扱うには大きすぎる物になります。
まずはビームライフル。ケリドウェンは見て覚え、ロウセンが出したビームライフルと同じ物を召喚しますが、浮かす事はできても発射する事はできませんでした。
「これは使い物になりませんわね」
次にブレード。人が持つ事叶わぬ巨大なブレードを、ケリドウェンは浮かせて空中でぶんぶんと振り回します。
「これは素晴らしい」
次にシールド。ケリドウェンが使うどの盾よりも大きく、分厚い装甲となるそのシールドも浮かす事で扱い可能としました。ケリドウェンはシールドを手でノックして、硬さを確かめます。
「これであれば、銃弾も防げそうですわね。ビーム兵器にも有効かしら」
ブレイバーケリドウェンは、こうやって自身の力を蓄えていきます。また彼女の戦闘力が向上したと見て、間違いありません。
その後、ロウセンにコクピットを開けて貰ったノアは、ケリドウェンと共にそこへ乗り込み、操縦席のボタンを弄り倒し、映される映像を見て楽しんでいました。
まるで遊具で遊ぶ子供のようで、少し離れたところで見守っているダリスは、安堵していました。冬の国オーアニルで、信頼していたメイドを失ってから、少し寂しそうな毎日を送っていたケリドウェンが、こうやって戯れて遊ぶ姿がダリスは堪らなく嬉しかったのです。
するとロウセンはコクピットを閉めて、空高々と上昇を開始しました。彼なりのファンサービスです。操縦席にケリドウェンがノアを後ろから抱き締める形で重なって座り、機械の力で空を飛ぶ爽快感を味わいます。
ケリドウェンは空の魔女として、自身の力で飛んだ事はあれど、それ以外の力で空を飛んだ事はありません。なのでこの時、いつもとは違った感覚を楽しんでいた事でしょう。
かつてエルドラドの王女ソフィアが、ロウセンの中から見た景色。エルドラドが一望できそうな絶景。
ノアは空の魔女ケリドウェンの腕の中で、言葉を失いました。
ケリドウェンは優しい声で言いました。
「わらわは空にこそ神がいると、信じていましたわ。空にこそ、真の自由と希望があるのだと。ですが、いざ自分で空を自由に飛んでみても、何度探しても、そこに神はいなかった。この無限に広がる空間に感じたのは、生きているという実感だけ」
「じゃあ神様は何処にいるんですか?」
「さぁどうでしょうね。そればかりは、わらわにも理解が及びませんわ。ただ……」
「ただ?」
「神のいない空は、わらわにとって理想郷です。きっと、ブレイバーロウセンにとってもそう成り得ることでしょう」
空の魔女ケリドウェン。戦争の時代に単独で空を支配したブレイバー。彼女の腕の中は暖かく、ノアはこれまで数々の言葉を交わし、悪い考えの持ち主ではないと理解しています。
だからこそノアは、あの十三槍を蹂躙する姿とのギャップが、もどかしく感じていました。
「ケリドウェンさん」
「ケリドでいいですわ」
「え、あ、えっと……ケリド」
「なにかしら?」
「地上で紅茶を飲むのと、空で戦うこと……どっちが好きですか?」
「そうね……確かに戦いは学びと高揚感があるので嫌いではないけれど、負の感情が動機では疲れるだけですわ。できることなら……平和な世の中で、ダリスと一緒に、空で紅茶を飲みたいですわね。永遠に」
その返事を聞いてノアは笑みを浮かべ、
「欲張りですね」
と、言いました。
「それが生きるって事ですわ」
ロウセンは限界高度まで飛んだ後、ゆっくりと降下していき、そしてルーナ村の元の場所に降り立ちました。
ダリスが呆れ顔で待っていて、コクピットが開いた瞬間、ケリドウェンは笑顔で飛び出してダリスに抱きつきます。
「ノア、ロウセン、楽しい時間をありがとう」
と、ケリドウェン。
別れ際、ケリドウェンはノアに言いました。
「愛からくる勇気は、時にとんでもない奇跡を生むけれど、使い方を間違えれば簡単に崩れ狂うもの。恋する人間である其方が、ゼノビアの力を持つ其方が、その事を肝に銘じておければ、何事もきっと上手くいくことでしょう」
すると後ろで聞いていたダリスが、少し照れ臭そうにして、
「それは私がケリドに言った台詞だろ」
と言うと、ケリドウェンはダリスの腕を掴み、
「受け売りですわ」
と微笑みました。
ノアはそんな二人が、とてもとても美しい愛情に溢れていると感じ、ノアにとっての憧れとなります。
(ケリドとダリスさん。私もいつかエムとこんな風に……って、何考えてるのよ私!)
顔を真っ赤にして、ロウセンの脚部装甲をポカポカと叩くノアでした。
この日を境に、ノアにとってケリドウェンが憧れの背中になったのです。
その頃、空高々と飛んでから降下してきたロウセンに気を取られつつも、ドエムとエオナがやって来たのはルーナ村の外れにある小さな丘の上、そこには人間の霊園がありました。
村が一望できるその場所には、名前が刻まれた大小様々な墓石が並べられています。日も傾き、涼しい風が野花や雑草を揺らしている中、ルビーはナポンを案内するように足を進め、ドエムとエオナも隠れながら追跡します。
やって来たのは霊園の一番奥。そこには大きな樹木が立っていて、その木陰に立派な墓石がありました。多くの花束が備えられ、どれだけ愛された人物だったかが分かる墓です。
ナポンはその墓石の前で屈んで、そこに掘られているナポンという名前を手で触り、そしてルビーに言いました。
「こんな墓まで立てて貰えるなんて、前のあたいは幸せ者だね」
と、ナポン。
「この村の復興に一役買っていたのよ」
「……なんで今、あたいにこの墓を見せるんだい」
そうナポンに質問され、ルビーはしばらく黙り込んだ後、こう言います。
「あの子達をヤマトに案内した後、ここに戻って来てくれるのよね?」
ルビーは一度ナポンを失い、新しいナポンと奇跡的に出会うに至りました。王都での大戦以降、一緒にいるのが当たり前と思えるほどに、共に行動して来た二人。
そこへ舞い込んできたドエム達の提案は、ルビーにとって心から喜べる事ではありませんでした。その事を相談する為、ルビーはここにナポンを連れて来たのです。
ナポンは立ち上がり、今まで見た事もないしおらしい表情のルビーを見つめます。
もう帰って来ないのではないかと不安を抱くルビーの気持ちを察した上で、ナポンは答えました。
「残念だけど、きっとあたいはここに戻って来れない」
みんなの前では常に強気な態度のルビーが、その言葉を聞いて相槌も打てないほどのショックを受け、俯いてしまいました。
それでも、ナポンは説明するべき事をハッキリと口にします。
「最初から、ルビーに出会えていたら何か違ったかもしれない。でもあたいは、あたいを生んで育ててくれた人間に忠義を重じるよう育てられた。今ここにいるのは、与えられた親善大使としての使命を果たさんが為。夢だったルビーと一緒にいるのはあたいも嬉しいけど、それとこれとは別の話なんだ。エルドラドが国としての機能を失いつつある今、実は良い機会と思っていたんだよ。戦乱のヤマトへ、あたいも帰らないといけないからね」
「私は……ナポンが好きなの。行って欲しくない」
「その気持ちは有り難く受け取っておくよ。夢世界で初めから結ばれてる仲だからね。でも、あたいは前のナポンにはなれない。いつまでもルビーの横にいられるほど、甘い考えにはなれないんだよ」
「じゃあ、私も一緒に行く」
諦められないルビーを、ナポンはそっと抱き寄せます。
「それはやってはいけない事だよルビー。危機的状況にあるこの国を、あんた無しでどうやって守るんだい。ここには、あんたの武勇を聞き及び、信じているブレイバーが沢山いる。ブレイバールビーは、この国の英雄にならないといけない」
「できないよ。ナポンがいないと、私は……」
「弱音はいくらでも聞こう。でもあたいが望むのは、前のナポンが守ろうとしたものを、ルビーが守ることさ。あたいにはそれが出来ない。こればかりは、運が悪かったと思うしかない」
ルビーは、泣いていました。ナポンの腕の中で、年頃の少女のように、涙を流し、シクシクと泣いていました。
ナポンはそんなルビーを温もりで慰め、落ち着いてきたのを見計ってそっと離れます。そしてルビーに背中を向けて、その場を去る為に歩きだしました。
追いかける事ができず、その場に座り込んでしまったルビー。去り際、ナポンはこんな事を言い残します。
「本当の意味で、戦いの無い平和な世の中が訪れたら、その時はまた会えるよ」
この時、ナポンは他の墓石に隠れて盗み聞きしているドエムとエオナに気付き、手で「後は任せたよ」と合図を送り、霊園を出て行ってしまいました。
ドエムとエオナは、聞いてしまったことに罪悪感を覚えながらも、恐る恐る身を出して、座り込み呆然としているルビーに近づきます。
「なによ」
と、仏頂面になるルビー。
「なんというか、その……」
恋路の話などほとんど経験の無いドエムは、いざしおれてるルビーを前にすると、何も言葉が思いつきません。
すると、横にいたエオナが口を開きました。
「ブレイバーナポンを好きなのか?」
(えええっ!? そんな率直に言っちゃうの!?)
と、慌てふためくドエム。
「べ、別に良いじゃない。ナポンは私に愛を教えてくれたの」
(普通に答えてくれた!?)
思わぬ返答にコケそうになるドエムでしたが、ルビーは溜めていた思いを吐き出すように、語り始めました。
「ナポンは愛してるって言ってくれたのよ。こんな私を……愛してるって。今度は私の番だと思ったのに……あんた達のせいだからね! ヤマトに行くとか言い出すから!」
急に怒り出したルビーに、ドエムは言います。
「賛成してくれてたじゃないか」
「あの時はいいと思ったの! でもナポンも一緒に行くって言い出して……それで……心配になったの! そしたら案の定よ。まったく何て事してくれたのかしら」
さっきの事があって、情緒不安定になっているのか、いつもの余裕な態度ではなく、我がままな少女のような態度で話すルビー。
困り果てたドエムでしたが、エオナが率直に切り込みます。
「貴女が言うナポンは、前のナポンであって、今のナポンで無いなら、遅かれ早かれ同じ事になっていたんじゃないか」
(エオナ、容赦無いな……)
と、ドエム。
「そんなの言われなくたって分かってるわよ! だから……だからね……私の知ってるナポンじゃないんだなって思ったら……ちょっとだけ、悲しくなったのよ」
ルビーは膝を抱えて顔を埋め、さっきまでのエオナと同じ姿勢となってしまいました。
そしてルビーはこんな事を言い出すのです。
「酒……」
「え?」
と、聞き返すドエム。
「酒飲むわよ!」
「えええええっ!?」
人間であればどう考えてもまだ少女の見た目で、急に酒を飲むと言い出したルビー。それには思わず、ドエムも声に出して驚いてしまいました。
ちなみにドエムはまだ酒という飲み物を経験した事がありません。
「なに、文句ある?」
「あ、いや、何も……」
「当然、付き合ってくれるわよね」
「いやいやいやいや、無理だよそんなの」
「と・う・ぜ・ん、付き合ってくれるわよね! 今までの借り、ここで返して」
「そんなこと言われても……」
やんわりと断る言葉を考えるドエムの横で、エオナがドエムに言いました。
「ドエム、ここは付き合ってあげたほうがいい」
(エオナが裏切ったー!?)
しかし、ルビーは立ち上がって大鎌を手に持つと、その刃をドエムとエオナ両方の首に当てがい、武器で脅しながらこう言うのです。
「二人ともよ」
と。
奇しくも、そんなやり取りが前代ナポンの墓の前で行われ、ドエムとエオナは半強制的にルビーと村にある酒場へと足を運ぶのでした。
実はその様子を遠くで隠れて見守っていたナポンは、安堵の息を漏らし、そして一人教会へと戻って行きました。
ドエム達がルーナ村にある小さな酒場に訪れると、酒を飲んで盛り上がっていたブレイバー達が一斉にギョッとした視線を送り、酒場が静まり返りました。
周りが驚いているのは、ルビーの来店が原因です。この村の長であり、毅然とした態度で教会に居座るルビーは、村の酒場に足を運ぶことなど無く、あるとすれば酒場で起きたブレイバー同士の喧嘩を武力で抑え込み解決する事ぐらいです。
その為、ルビーが来店するのは普通ではなく、そして不機嫌な様子を察してブレイバー達は道を開けるように距離を取りました。
そして一人だけ何も気にせず酒を飲み続けている男、スウェンの姿が目に入りました。
スウェンはドエム達の来店に気付き、出来上がった声で話しかけて来ました。
「おー、こんな所に来るなんて珍しいなー。こっち座れよ」
席に座るようにスウェンから促され、ルビーが最初に座り、酒の注文を始めます。
遅れてドエムとエオナも座り、ドエムはスウェンに言いました。
「なんでここにいるの」
「人間はブレイバーと違って、酒を飲まなきゃやっていけない種族なんだ」
「絶対違うよね」
「酒は心を熱くさせて、次の日には大人の階段を一段登るんだよ」
「それも嘘っぽい」
そんなことを話してる間に、ルビーは出された酒を勢いよく飲み始めており、
「あんたらも早く飲みなさい!」
と、次から次へと酒を勧められ……
全員、酔っ払いになりました。
エオナは席に座ったまま眠りに入っていて、ドエムは頭痛に悩まされながらもスウェンとルビーの話を聞かされていました。
ルビーが酒の入ったジョッキをテーブルに叩き付け、言いました。
「私はねぇ! 国なんてどうだっていいのよ! バグなんて下等生物が! この私に楯突こうってのがそもそも痴がましいのよ! それなのに何なのよ……私だってナポン追い掛けて逃避行したいわよ」
するとスウェンが反論します。
「ブレイバーが愛だの何だの語るんじゃねーよ。ケリドウェンならともかく、お前みたいなガキが、ませてんじゃねえ」
「こいつ殺す!」
と、ルビーが大鎌を手に取ったので、ドエムが抑えます。
「待った待った!」
「邪魔をしないで! この男、私を馬鹿にしたことを後悔させてやるぅ!」
「二人とも酔い過ぎだって、頭冷やして」
「私はいつだって冷静よ!」
ドエムが止めなければ凶器を持ったブレイバーに殺されるかもしれなかった状況なのに、スウェンは気にせず酒を口に運び、そしてこんな事を言い出しました。
「知ってっか。ブレイバーの魂は、何処から来てるのか。考えてもみろ。生まれてすぐ立って歩き、言葉を喋り、考える能力がある。人間様が何年も掛けて習得する物を、ブレイバーはいとも簡単にやってしまう。夢世界がどんな所かは知らねえが、こんな事が有り得る訳がねえって話よ」
「それが何なのよ!」
「仮説はこうだ。神様みてえな存在が、大事に大事に育てた魂をブレイバーという器に入ってるんじゃないか。もしくは、死んだ人間がブレイバーとして転生している。その両方かもしれない。そう考えれば合点がいくってもんだ。それなら愛情が湧くのも理解してやるぜ」
「まだ私を馬鹿にしてるの!」
そう言われ、今度はスウェンがジョッキを叩き付け、真剣な表情で言い返します。
「俺だって好きな女を失った身だ。俺の想い人は、今じゃこの世界に存在すらしてねえ。俺から見れば、その程度でギャーギャー騒いでるからガキだっつってんだ。強い生き物なら、信じて見送れ。未練を相手に見せるな。恋愛素人!」
スウェンの厳しい言葉を受け、怒っていたルビーが今度は泣き出しました。大声で、捨てられた女のようにわめき散らして嘆いて、頬を真っ赤に染めています。
「知らないわよ愛なんてぇ……わぁぁぁん」
周りで心配そうに見ていた他の客達も、いつルビーが暴れ出さないかと心配していましたが、ルビー本人が泣き喚き始めたことで思わず苦笑い。
知られざるルビーの一面が、そこにありました。
二人のせいで、ドエムの酔いはすっかり覚めてしまいました。
エオナも起きたので、ドエムは外でずっと嘔吐しているスウェンの事をエオナに任せます。
ふらふらで真っ直ぐ歩けないルビーに肩を貸して、介抱しながら教会へと向かいます。背丈が同じくらいの少年と少女が、夜道を歩き、ルビーはずっと今まで内に溜め込んでいた愚痴を脈略もなく喋り続け、ドエムは愛想笑いしながら聞いてあげました。
ケリドウェンにも似た完璧超人みたいなルビーが、酒に酔って弱音をぶち撒き、無防備で恥ずかしい姿を晒しているのを間近で見たドエムは思います。
(可愛い)
思わず顔が赤くなってしまうドエムでしたが、ドエムの視線に気付きもしないルビーは言いました。
「絶対、勝ってみせるから。絶対、王都取り返して、平和な国にしてやるから。あんた達も絶対上手くやりなさいよ。ナポン守って、サイカも起こして、もっと強くなって、ここに帰って来るの。待ってるから。来なかったら殺す。地獄まで探しに行って殺してやる」
優しさに溢れた殺害予告を聞いて、ドエムはただ一言。
「うん」
と、返しました。
「じゃあ今ここで鍛えてあげるから、私の眼を見なさい」
急に眼帯を外そうとするルビー。
「それはやめて!」
ドエムは彼女の手を取りやめさせますが、慌てた事で躓いて転倒してしまい、ルビーに覆い被さるように倒れてしまいました。
気が付けば、間近にルビーの青い瞳。その目は潤っていて、キラキラと輝いていました。二人は見つめ合い、しばらくの静寂が通り過ぎて、ドエムはハッとなってすぐに離れます。
「ごめん」
「別に……なんともないわ」
素面のルビーであれば、本当に殺されかねない事をしてしまったドエムでしたが、落ち込んでいるルビーは特に何も仕返ししてくる事もありませんでした。
ドエムもまだ酒が残っているのか、顔が火照って、何とも言えない気持ちが溢れ出てくるのを必死に堪えました。
二人が教会前までやってくると、教会の入り口にはナポンの姿がありました。
ドエムに介抱されている酔っ払ったルビーの姿を見て、ナポンは少し驚いた後、少し笑ってこう言います。
「ルビーが世話になったね」
ルビーはナポンを見るなりすぐに彼女に抱きついて、
「何処にも行っちゃやだぁ」
と、また子供みたいになりました。
ナポンはそんなルビーの宥めつつ、ドエムに言いました。
「後はあたいに任せな。あたい達の問題に付き合ってくれた事、感謝する」
「お願いします」
ドエムは一度頭を下げて、その場を後にしました。
ドエムが宿に帰ると、宿の入り口でドエムの帰りを待つノアの姿がありました。
「帰りが遅いから、心配しちゃった」
と、ノア。
「ごめん。ただいま」
ノアの銀色の髪が月明かりで輝いていて、まるで妖精のように幻想的な空気を醸し出しながら、ドエムの手を取り言いました。
「顔、赤いけど、お酒飲んだの?」
「うん、少し」
「やっぱり。ダメな大人の仲間入りしちゃうよ」
「僕は大丈夫」
と、言いつつルビーを押し倒してしまった事を思い出し気恥ずかしくなるドエム。
しかしそんな事も引っくり返すような事を、ノアは言い出しました。
「ねえエム。今日は一緒に寝よ」
「うん……って、ええええええっ!?」
「い、一緒に寝るだけだから! ね?」
今日という一日は、ドエム達に様々な進歩の機会が与えられた日となりました。知られざる一面を垣間見て、愛を考えさせられ、これから始まるそれぞれの戦いに向けて決意を固める事となったでしょう。
しかし、ドエムは重大な事に気付いていませんでした。彼がエオナと話し、酒場で酒を飲み、ルビーの介抱をして、宿に帰ってきた時も、ずっと影で監視している者がおりました。その存在に気付く事なく、この日が終わるのです。
ドエムをずっと見ていた者が誰なのか、その正体は近いうちに明らかとなる事でしょう。
翌日。
ドエム達は十日間にも及ぶ休息期間を経て、再びエオナとナポンの決闘に立ち会いました。その中には怪我が回復して動けるようになったマルガレータと、そんな彼女に付き添っているシャルロットの姿もありました。もう見物者はドエム達だけになっていて、ケリドウェンとダリスは相変わらずの特等席での観戦です。
すっかり元の状態に戻ったルビーは、直接見る事ができず、建物の影で音だけを聞いています。
ナポンは天之散華を構えながら、言いました。
「今回を最後にしよう」
と。
エオナは頷き、姿勢を低く、抜刀の構え。
先手で動いたのは、やはりエオナでした。
「抜刀!」
と、夢世界スキル《弧刀影斬》を発動――――
「その技は通用しな――――ッ!?」
抜刀からの九本の刃による居合い攻撃。既に技を見極めているナポンが回避しようとしたところで、エオナはその夢世界スキルを中断し、構えを変化させました。
(夢世界スキルを中断した!?)
無理やり体勢を変え、エオナは右足を大きく踏み込み、流し斬り。
思わずナポンは刀でそれを受け流すも、更にエオナは体を空中で回転させ、左手に持っていた鞘を大きく振り下ろします。鞘を使った攻撃です。
ナポンはエオナとの対戦で、初めて焦りを感じた瞬間でした。
鞘を刀で受け止めて防ぐナポンでしたが、エオナの鞘に纏わり付いていた鎖が動き、ナポンの刀を絡め取ります。そのまま鞘を放り投げ、ナポンの手から天之散華が離れて鎖の鞘と共に地面を転がりました。
武器を失ったナポンは、背中に背負っている夢世界武器の薙刀に手を掛けます。
エオナはその隙に、夢世界スキル《霞の構え》で刀を自分の口あたりで水平にして構え、次に来るナポンによる薙ぎ払い攻撃に反応。
エオナは夢世界スキル《朧返し》で、カウンターを発動した上で、その動作すらも途中で中断。見せかけの動作でナポンを惑わし、回り込み、斬り掛かります。
「なんのっ!」
と、ナポンも薙刀による夢世界スキル《塵劫刀》を発動。
エオナの刀がナポンに届く寸前、ほぼ同時にナポンの薙刀がエオナを襲います――――
瞬きをしたら見逃してしまいそうな一瞬の勝負に、その場にいる誰もが息をすることすら忘れて見入りました。そして意外な結果で終わったこの戦いは、皆の記憶に深く刻まれ、冷めやらぬ興奮を残して、終わりを迎えました。
【解説】
◆ブレイバーエオナ
サイカと同じ夢世界『ワールドオブアドベンチャー(MMORPG)』出身のブレイバーで、職業はサムライ。オオデンタミツヨという鎖の巻かれた黒い日本刀を使い、抜刀術を得意とする。
ワタアメやジーエイチセブンとは戦友の仲であり、アヤノの護衛任務をしていた事もある。
王都であった融合群体デュスノミアバグとの戦争以降、リリムやマーベルと共にソフィア王女の護衛役の任に就いていたが、先の戦いにおいて、逃亡中に遭遇した一番の騎士に敗れ、ブレイバーロウセンに救われた。
◆ナポンとエオナの対決
弱いブレイバーが淘汰されるヤマトに相応しいかどうか、覚悟を示してほしいという理由で、二人は戦う事になった。
互いにコアは壊さない程度に斬り合う戦いであったが、ナポンは自身が得意とする薙刀を使わず、エオナと同じ刀を使っての勝負。夢世界スキルの弱点を知っているナポンは、夢世界スキルを多用するエオナに対して有利であった。
エオナは幾度の敗北を重ねた後、最後は新たな戦法で挑んでいた。
◆ブレイバーロウセン
夢世界『アーマーギルティⅤ』出身のブレイバーで、人型巨大ロボット。身長は十八メートル、重さは七十トンに及ぶ。ブースターで空を飛び、分厚い装甲で身を守り、未来兵器で敵を討つ。
ビームライフルやブレードといった強力な武器がある他、フォーミュラシステムという自身の機動力を跳ね上げる奥の手を持っている。
又、コクピットに人を乗せ、ロウセンの視界を搭乗者にモニターで共有できるが、操縦席は飾りで、ロウセンを他者が操作する事はできない。
言葉を話す機能も無いが、昔から誰かを守る為に戦う意思が強く、周囲からの信頼は厚い。そしてロウセンは移動手段や護衛としても活躍することが多い。
◆空を愛するブレイバー
ブレイバーケリドウェンは、空の魔女と呼ばれることを快く思っていない。
しかし、空を愛し、ダリスを想う心は、彼女の原動力となっている。
◆ルビーとナポン
同じ夢世界『ネバーレジェンド』出身の二人は、夢世界の設定で数々の戦争を戦い抜いた相棒同士とされている。その為、ブレイバーとしても二人は惹かれ合う仲だ。
先代のナポンは、紆余曲折ありながらも最終的にはルビーに愛の告白をし、共にルーナ村を支え合っていた。
夢世界でナポンはリニューアルされ、世界に二人のナポンが存在していた時期もあるが、やがてリニューアル前の先代ナポンが夢主を失ったことで、消滅する事となる。
その後、融合群体デュスノミアバグとの大戦時に、エルドラド王国へ来訪した二代目ナポンは、その後に親善大使として王国に留まり、出会ったルビーの側を片時も離れなかった。
二代目ナポンの存在は、ルビーの心を大きく揺さぶる事となった。
◆ドエムを監視する人物
ルーナ村に滞在していたドエムの行動を、隠れて監視していた人物がいる。今回、姿を見せる事は無かったが、果たしていったい誰なのか、乞うご期待。




