114.十三槍の戦い
夜中に目が覚めてしまったノアは、もう一度寝ようとしましたが寝付けず、何かモヤモヤして結局身体を起こしてしまいました。
隣のベッドではエオナがぐっすり眠っていて、起こさないように気を使いながら部屋の外へ。ノアが向かった先は、ドエムとスウェンがいる部屋でした。
(ちょっとだけ……)
と、静かにドアを開けて中に入り、ドエムの寝顔でも見てみようと部屋の奥へと進みます。
しかし、そこにいたのは寝相悪く眠るスウェンだけ。開かれたままの窓。
「エム……?」
この瞬間、ノアの中で何か嫌な予感が埋めきました。
ドエムの高ぶる感情に風の翼が反応して、彼にとって最速と思われる速度で空を駆けていきました。
その視線の先には複数の武器を持った者達がいて、まずはマルガレ―タを追い詰めているローブの男に狙いを定めます。
「なんだあいつは。九番!」
と、七番のラスが掛け声をすると、九番のゴトウィンが前に出て能力を発動。
ゴトウィンは筋肉によって体格が良いですが、それを能力で更に肥大化させ、服が破けながら巨大化しました。そしてドエムの進行を阻害するように立ち塞がり、拳を構えます。
それを見てもドエムは臆しません。両手で杖を持ち、大きく振り上げて突っ込みます。
やがてドエムの杖とゴトウィンの拳が衝突して、砂埃が舞い、衝撃波と共に轟音が鳴り響き――――吹き飛ばされたのは、ゴトウィンでした。
ドエムよりも数倍大きく重たいゴトウィンの体が、小さな少年の杖に力負けして吹き飛んだのです。遠く遠く、彼方に見える森林まで吹き飛んだゴトウィンは、何本かの木を薙ぎ倒した後に止まります。
「なっ!?」
と、ラスは唖然。
その光景には、その場にいる者全員が手を止め、驚愕するに至りました。一瞬の静けさの中、このドエムの攻撃を既に経験済みのマルガレータは少し笑みが零れてしまいます。
マルガレータとシャルロットはその隙に敵から距離を取り、ゆっくりと着地するドエムに寄りました。
ドエムは改めてこちらに武器を向けて来ている残りの敵を目で確認すると、それぞれ顔に数字記号がある事から、彼らが十三槍である事を理解します。理解した上で、まずはマルガレータとシャルロットに言葉を掛けるドエム。
「二人とも、なんで教えてくれなかったの。こんな危ない真似して」
マルガレータが答えます。
「これは私達の問題よ。出来れば穏便に済ませたかったの」
次にシャルロット。
「ミーは十三槍に考え直して欲しかったですよ。どうぶつかっても、誰かが死ぬです。それにルーナ村には、あの怖いブレイバーがいるですからして」
すると六番のレイシアが、苛立ちで顔を歪めながらシャルロットに向かって言いました。
「あームカつく。この期に及んでまだ仲間だと思ってんの? そうやって綺麗事しか言えないあんたには、いつもいつもいつもいつも、その馬鹿さ加減には苛々させられてたの」
「うっ、ごめんです……」
と、何やらショックを受けてる様子のシャルロット。
ドエムは戦闘の意思と殺意を向けて来ている敵を前にして、
「ここは一旦引こう。僕たちだけで戦うのは――」
と、言い掛けた刹那、レイシアが飛び掛かって来て斧を振り降ろしてきました。
「逃がす訳ないじゃーん!」
レイシアの攻撃により、ドエム達は散開。そしてドエム達が分断された隙を突いて、ラスはドエムへ、ディオールはマルガレータへ、そしてレイシアはシャルロットへ、それぞれ襲い掛かりました。
ここからは私欲と思想が衝突する個人戦へと発展していきます。
ドエムは風の翼を上手く使って上下に飛び、杖を叩き込もうとしますが、ラスは素早い立ち回りで避けていました。
ラスはナイフから弓矢に持ち替え、矢を間髪容れずに放ってくる為、ドエムもそれを避けます。しかしその正確な狙いによって、ドエムの片足に矢が刺さり、その激痛で浮遊が維持できなくなった事で落下。
「お前だな。俺たちの仲間に手を掛け、マルガレータとシャルロットを惑わせたのは」
と、ラスは落下したドエムに矢で追撃。
ドエムはその攻撃を杖で防御した後、
「お前達は乱暴な事しかできないから、こうなってるんじゃないか!」
と、言い返します。
「人間兵器がよく言う。見たところ、お前のその杖は、九番さえも打ち勝ってしまうヤバイ武器なんだろ。だったら、近付かず、遠距離から仕留めてしまえばいいってだけだ」
そう言って、ドエムから距離を取って次々と矢を放ってくるラス。
ドエムは足に刺さっている矢を抜いて、痛む傷口を押さえながら走り、矢を避けます。
(地上からだと全然近付けない。それに、十三槍はみんな何かしら特殊な能力を持ってるはず。この男はどんな能力を持ってるんだ。それが分からないと不用意に攻撃も……)
思考を巡らせるドエムの背中に矢が刺さり、少年は倒れます。
「背中を向けるのは戦士の恥だ。実は大した事ないな、お前」
(ダメだダメだ。考えたって仕方ないじゃないか。全力でぶつかるしかない。ノアがいなくたって、何とかしてみせる!)
ドエムは立ち上がり、武器を含めた全身の装備を聖王シリーズに換装します。一気に見た目が変わり、武器が杖から槍に変わりました。
「おっと、それがお前の奥の手か」
と、警戒するラス。
ドエムは槍の石突きで地面を叩くと、風の刃がラスを襲います。
ラスはそれを避けながら矢で反撃しますが、槍が生成する障壁が矢を弾きました。それに驚く暇も与えず、ラスの身体を無数の風の刃が切り刻み、彼を負傷させるに至ります。
「なるほどね。なかなか厄介な物をお持ちのようで。だけどまぁ――――」
ラスがそう言い掛けた刹那、彼の肌が黒く染まり、瞳が真っ赤に輝きました。
次の瞬間、ドエムの視界からラスが消え、背後に気配が現れます。
「俺の能力の敵じゃない」
と、瞬時に持ち替えたナイフでドエムの背中を斬りました。
ドエムの身を守る為の障壁は、意識外からの攻撃に対して反応しなかったのです。
斬られながらも振り返り槍で薙ぎ払いますが、そこにラスの姿は無く、今度は頭上から降ってきた彼に肩を刺されました。
「ぐっ! 瞬間移動!?」
「正確には空間移動」
空間移動で飛び回り、ドエムを斬って刺しての猛攻を浴びせるラス。ドエムもでたらめに槍を振り回して対抗しますが、攻撃が当たる気配がありません。
ドエムは次に夢世界スキル《ウインドカッター》を発動させ、風の刃による結界を展開。これにはラスも空間移動で距離を取り、上空まで移動したあと、再び弓に持ち替えて矢を放ちました。
傷だらけで意識が朦朧としまっているドエムは、聖王の槍による防御障壁が発動せず、ラスが放った矢は無残にもドエムの胸に直撃。呆気なく倒れる事となりました。
ドエムの瞳から光が失われ、仰向きに倒れたドエムの周辺に血溜まりができていきます。胸に矢を受けていなかったとしても、それだけの傷を負わされていました。
(力が抜けていく……サイカ……ノア……僕は……)
「エム!」
と、薄れていく意識の中で、マルガレータの名前を呼ぶ声が聞こえてきました。
ディオールが手に持っている刀身の無い剣は、バグの力で腕と融合させる事で自由自在に形を変化できる剣となります。
その事をよく知っているマルガレータは、躊躇なく目隠しを外し、禍々しい両眼を開放しました。
「それを使うのは嫌がっていただろう」
と、ディオール。
「貴方相手に出し惜しみはできないわ」
「良い判断だ」
最初に動いたディオールが剣を振るうと、刀身が伸び、避けても直角に曲がって追尾してくる。そんなジグザグに暴れる剣は予測不可能で、普通の運動神経では避けられません。
しかしマルガレータの眼は、バグの力によって神掛かった超動体視力。ディオールの動きがスローモーションにも見え、彼の振るう剣の軌道が安易に予測できます。彼女には、その剣の予測軌道が描く線が見えていました。
直角に曲がってくる剣を擦れ擦れで避けながら、ディオールに急接近。曲刀を振るいますが、一瞬で縮まった剣で弾くディオール。
「利き腕を失った代償は大きいか」
と、ディオール。
マルガレータはエンキドに斬り落とされたしまったのは利き腕。左手で扱う曲刀はコントロールが上手くできていませんでした。踏み込みも甘く、いとも簡単に弾かれた衝撃で腕を持っていかれました。武器を手放さないのが精一杯なのです。
それをディオールは見切っており、マルガレータの隙を見逃しません。
脇腹に一太刀入れられながら、後方に飛躍して距離を取るマルガレータは言いました。
「ヴァルキリー様を信じ、付き従う事こそが十三槍の役目。寵愛を蔑ろにしているのはそっちじゃない!」
「……欠番が補充された事は知っているか」
「まさか!」
「そのまさかだ。欠番が補充され、零までも選ばれた。計画は最終段階。残すは銀の姫ただ一つ。それをお前達は……なぜ主様を説得しなかった。なぜ無理矢理にでも銀の姫を連れ出さなかった。その行為こそが十三槍としての恥と知れ!」
「ヴァルキリー様の迷い、共に悩み、正しき道へ導く!」
「人を恨み、人の根絶を願っていたその口で語る事か!」
ディオールの攻撃は勢いを増し、マルガレータは回避に精一杯。眼の力で攻撃を避けれたとしても、左腕一本では斬撃が届かず、勝ち筋はありません。
先ほど斬られた傷口が痛み、マルガレータが蹌踉めいた時、彼女の視界に矢で撃ち抜かれるドエムの姿が見えました。
「エム!」
マルガレータが気を取られてしまった事を見逃さなかったディオールは、
「敵を前にして余所見とは、腕も落ちたかマルガレータ」
と、地中に隠した剣を突き出しました。
死角から飛び出した攻撃に反応できなかったマルガレータは、背中から腹部を貫かれてしまいます。その痛みに叫び声をあげるマルガレータ。
貫かれた剣は直ちに抜かれ、傷口から血が吹き出ると共に、マルガレータは膝から崩れ落ちるように倒れました。
この場にいる誰よりも戦闘の才があるレイシアは、彼女の背丈よりも大きい斧を軽々と振り回します。その一撃は大地を割り、岩を砕き、樹木を斬り倒す。
狙われるシャルロットは、左に転び、右に転び、坂を転げ落ち、レイシアの攻撃を全て寸前のところで避けていました。
確実に捉えたと思っても、レイシア自身が地面の窪みに足を取られてしまったりと、どうにも攻撃を命中させる事ができません。
「あーうざったい。逃げてばっかり。いつもそう。口ばっかりの役立たず!」
「や、やめるですよ! ミー達はサカズキを交わした仲なのです!」
「あんたと友達になった覚えはない!」
レイシアがどんなに攻撃しても、シャルロットは逃げるばかり。その姿に苛立ちを膨らませるレイシアは、より強く、より速く、斧を振るいました。
ついにシャルロットも反撃に出ます。
「忍法! センゴク手裏剣! ユキムラちゃん!」
と、背中に背負っていたユキムラと名付けた巨大手裏剣を投げました。
しかし、レイシアは避けるでもなく、その巨大手裏剣を斧で弾きます。
「やっとやる気になってくれた?」
「あわ、あわわわわわ」
切り札が通用しなかった事で、慌てふためき、再び逃げるシャルロット。その姿に、レイシアは怒り心頭し、地踏鞴を踏みました。
「シャルロット。うちら十三槍の番号が、実力順だってこと、忘れた訳じゃないよね。うちが六番、あんたは十二番。倍の実力差がある。十番のマルガレータと協力したところで、鼻から勝ち目はないのよ」
「違うです。ミーは……十三槍を助けたいです!」
「助けたい? ふざけないで!」
レイシアは全身をバグ化させ、斧を構え、力を溜めます。
「うちの全身全霊でぶっ潰す! 避けれるものなら避けてみな!」
振り下ろされるレイシアの斧は、真っ赤な瘴気に満ちており、そこから放たれる衝撃波は大地を切り裂く巨大な斬撃波となりました。
高速移動や空間移動でも使わない限り、絶対に避けられない攻撃を前に、シャルロットは腰が抜け尻餅を突いて動けずにいました。それを見て、レイシアは勝利を確信。
(この攻撃を避けずに防いだのはヴァルキリー様だけ。あんたの強運もこれで終わりよ!)
涙目でただ茫然と迫る死の斬撃を待つシャルロットでしたが、横から現れた人影が彼女を攫い、斬撃の範囲外へと連れ出しました。
「な!?」
と、驚くレイシア。
絶望のシャルロットを助けたのは、赤頭巾の少女ルビーでした。
レイシアの大斧と同じくらいの大きな鎌を片手に、笑みを浮かべるルビーは言いました。
「楽しそうな事してるじゃない。私も混ぜてよ」
「ブレイバー!? こんな時に、いったい何処から!」
「すぐ近くにある村の長をやっているわ」
「ルーナ村の? ブレイバールビーね!」
「あら、知っているのね。バグ人間とは縁があって、貴女を見てると疼いて疼いて仕方ないのよ。発散させてもらってもいいかしら」
「生意気! うちに喧嘩を売ったらどうなるか、思い知らせてやる!」
助けられたシャルロットはルビーの小さな背中に向け、
「あ、ありがとうなのですよ」
と、お礼を言いました。
ルビーは背中越しに返事をします。
「貴女達の覚悟は見させて貰ったわ。村の外で食い止めてくれたのも英断ね。あとは私に任せて、下がってなさい」
「で、でも!」
「その優しさは、あんな悪友には勿体無い。もっと別の誰かに取っておきなさい。さぁ行って」
シャルロットは走り出し、その場を離れます。
ちゃんと逃げた事を横目で確認したルビーは、改めてレイシアを睨み、こう言い放ちました。
「さっきの技が貴女の必殺技かしら。だったらもう一度撃ってみなさい。絶望で返してあげる」
「うっざ! バグ化もできないブレイバーが! うちに勝てるなんて思わない事ね!」
「バグ化が何? 肌を黒くして醜くなるだけでしょ」
「言わせておけば! 絶対殺す! 後悔させてやる!」
再びレイシアは力を溜め、赤い瘴気を纏った大斧で大地を斬りました。先ほどの一撃よりも更に大きくなった斬撃波は、地面を抉りながら真っ直ぐルビーへ。
それに対し、ルビーは大鎌を横に振るい、紫色の斬撃波を放ち、やがて二つの斬撃波が衝突。衝撃波と閃光が走り、相殺されました。
「うそっ!?」
驚くレイシアを見て、ルビーは勝ち誇った笑みで見下します。
「まさか、今のが全力じゃないわよねぇ?」
「相殺したくらいで何よ! 直接叩いてやるんだから!」
レイシアは前に出ます。ルビーも合わせて前に走り出し、すぐに斧と鎌がぶつかり合いました。
それを皮切りに、レイシアとルビーの斬り合いが始まります。二人の少女が、互いに大きな武器を振り回し、当たれば即死の斬り合いが始まりました。
その頃、戦いに破れ血を流し倒れたドエムとマルガレータは、それぞれラスとディオールにとどめを刺されようとしていました。
しかし近づいてくる人影に気付いた事で、二人の手が止まります。
隠れもせず、街道のど真ん中を堂々と歩く青い甲冑の女性ブレイバーナポンです。背中に背負っていた薙刀を右手に持ち、ゆっくりと、歩いて近づきながら言いました。
「皆共が忠義、戦場が恋しきぞ、いづれも稀な者どもぞ」
只ならぬ気配を放つナポンを前に、ラスとディオールは戦闘体勢に入ります。それを見て、ナポンは続けてこう言いました。
「音にこそ聞け、近くば寄って目にも見よ。我こそは、天瀬政光の家来にして大和の使節、鐵姫。腕に覚えのある者よ、いざ尋常に手合わせ願う」
そう名乗りをあげるナポンを前に、二人は何を言い返すでもなく速攻を仕掛けます。ラスは空間移動でナポンの背後へ、ディオールは正面から剣を伸ばし、瞬時の連携による挟み撃ち。
しかしナポンは、まるでそれをされる事が分かっていたかのように、ラスの斬撃を避けつつ薙刀の石突でラスに一撃を加え、正面から来る伸びる剣を柄で受け流しました。
そしてナポンはディオールに向かって走り出します。変幻自在の剣を薙刀で振り払いながらの猪突猛進の様は虎の如く。
ディオールは高速で接近する女に焦りを感じ、手元に狂いが見られます。
「さっきまでの威勢を見せてみよ! さもなくば我が刃が貫くぞ!」
と、ナポンはディオールに強烈な突き攻撃。
ディオールはそれを回避……したはずが、まるで薙刀が伸びてきたかの様な錯覚と共に、切先がディオールの胸を貫通。更にナポンは薙刀を大きく振り上げて、刺さった男を放り投げました。
その硬直を狙って、ラスが空間移動で現れます。空間移動を使った多方面からの斬撃と、上空から先射ちしていた数本の矢がナポンに襲い掛かりました。
ナポンは薙刀を振り回しながらの乱舞で対抗し、ラスによる四方八方からの攻撃を全て弾き返します。
(なんだこいつ!)
と、焦燥感が高まるラス。
その胸ぐらをナポンは片手で掴み、自身に引き寄せてからラスのバグ化している頭に頭突きをかまし、そして地面へと叩き付けました。
衝撃で意識が飛びそうになったラスですが、咄嗟に空間移動で距離を取り、負傷したディオールと合流。その時、近くでレイシアとルビーが衝突したことによる轟音が鳴り響き、二人は戦況が悪化している事に気付きました。
ナポンは再び薙刀を構え、凄まじい怒りが眉の辺りに這いながらこう言いました。
「やむを得ないときの戦いは正しい。武器の他に希望を絶たれたときには、武器もまた許されるもの。しかしお前達は何だ。平和を尊ぶ意志が無い。手段を選ばぬ愚者共、この鐵姫が成敗致そう」
向けられる鋭い眼光、隙の無い構え。ラスとディオールはバグの力によって能力としては圧倒的有利なはずですが、二人はもう一度攻撃を仕掛ける事を躊躇しました。それほどに刃を交えた事で、恐れを植え付けられたのです。
人気の少ない夜のルーナ村を駆け回り、必死にドエムを探すノア。彼女の耳に届いた轟音は、村の東側からでした。目線をそちらに移すと、村の外から砂埃が巻き上がる光景がありました。
ノアは外で戦闘が起きている事を察し、状況からドエムがそこにいると予想します。
(エムが戦ってるの!?)
彼女は全力疾走で村の外へと移動して、遠くから聞こえてくる戦闘音に向かいます。いったい誰が、誰と戦っているのかはノアには分かりません。
ただ、エムがまた危険な事をしているのなら、自分の能力でまた助けなければと。ただその一心で、その先に向かったのです。
レイシアの怪力はルビーを上回っているものの、対するルビーは高い速さと力で拮抗していました。
一見扱いが難しい大鎌を、戦い慣れしたルビーは無駄の無い動きで使い熟しており、戦闘技術においてはレイシアが劣勢でした。
激しい攻防の末、レイシアが地面を転がる事となりましたが、空かさずルビーは起き上がろうとする少女に顔を近づけ、鼻と鼻が触れ合いそうな距離で言いました。
「ねえ、私の眼、見せてあげようか?」
ねっとりとした口調でそんな事を言うルビーは、至近距離で片目を隠しているハートの眼帯に手を掛けました。
その下に何が隠れているのか。十番のマルガレータのような醜い眼があるのか、なぜ隠しているのか、レイシアは本能的に見てはいけないと感じましたが、好奇心も抱いてしまいました。
「前に戦ったバグ人間は、効かなかったんだけど。貴女はどうかしらね」
と、ルビーは眼帯を外します。
隠されていたルビーの左目は、それはそれは美しい金色の輝きを放つ瞳です。中に吸い込まれてしまいおうな、神秘の光は、目を逸らそうと考えていたレイシアの目線を釘付けにしてしまいます。
(綺麗……なに……これ……)
レイシアは見惚れてしまい、先ほどまで燃え上がっていた闘志の炎が、息で吹き消された蝋燭の灯火のようにフッと消え去ります――――
――――少女は恋をしていました。
蒸気と機械の国で生まれ、豊かで幸せな家庭で育った十歳の少女は、ふとした切っ掛けで出会った同年代の少年に恋をしました。
彼の事が大好きで大好きで、毎日足繁く彼の元に通い詰め、沢山遊んで、沢山お花をプレゼントして、大きくなったら結婚しようと約束を交わしていました。
しかしある時、悪巧みをする大人達に二人は誘拐されてしまいます。
少年は少女を守る為、必死になって抵抗した末、少女の目の前で斬殺されてしまいました。少年の血が少女に飛び散り、少女は発狂します。
その部屋には、薪割り斧が置いてあり、気がつけば少女はそれを手に持っていました。
(許さない。彼を殺した大人を、絶対に許さない。殺してやる。殺してやる)
少女は無我夢中で斧を振るい、大人達に襲い掛かります。
自分でも何がどうなったのか理解できていませんでしたが、ふと我に返ると目の前に大人達の死体の山。身体は真っ赤な血で染まり、まるで化け物にでもなってしまったかのようでした。
この時、少女の心は音を立てて壊れてしまったのです。
悲惨な現場は噂として広まり、町の住人から批難の目が向けられました。その標的はやがて家族に及び、社会的に脅かされ、段々と少女の両親も頭がおかしくなってしまいます。
家族は不幸になりました。この国を出て、隣国のエルドラドへ亡命しようとしましたが、国がそれを許してくれませんでした。
怖い怖いブレイバーが家族を殺しにきました。
逃げて、逃げて、逃げて、追い詰められた時、少女は一人、船に乗せられました。
「レイシア。お前だけでも……何処か遠くの国へ……」
兄と母親は倒れて動かなくなり、父親も血だらけで、見知らぬ船乗りに託すように引き渡されたレイシア。力尽きる父親を置いて、船は出発しました。
この時、精神的に壊れてしまっていたレイシアは、何の感情も湧かず、ただただ、海を眺めていたのです。
少女の不幸はこれだけでおさまりませんでした。
父親がやっとの思いで託した船は、荒くれ者が集まる海賊の船だったのです。そこに秩序は無く、逃げ場の無い船の上で、女に飢えた男共がレイシアを襲います。
男共が服を破ろうとしてきた時、レイシアは恋した少年の仇を取ったあの瞬間を思い出します。
(どいつもこいつも……クズばかり。この世界は壊れてる。誰も守ってくれない。だったら……自分のことは自分で守らないと。強くならないと)
レイシアは斧を振るい、海賊達を皆殺しにしました。幼気な少女だと思って舐めて掛かって来た男達を、一人残らず、斬殺しました。
気がつけば、船に残ったのは大量の死体とレイシアだけになりました。
それがもう一つの地獄の始まりです。
船の操縦技術など持ち合わせていないレイシアは、広い広い海で漂流する事となったのです。空腹と喉の乾きとの戦い。船には幾分かの食糧はありましたが、無計画に食べてしまった為、最初の一週間で底を尽き、樽に入ったお酒と水だけで過ごす事になります。
何日経ったかも分からなくなるくらい、海を彷徨い続け、ついには樽いっぱいにあった水すらも無くなってしまい、レイシアは絶望します。
(誰か……誰か……)
脱水症状でレイシアは動けなくなりました。体も痩せ細り、立つ事もできず、空を見上げるしかありません。
そんな状況になっても、レイシアは薪割り斧を大事そうにずっと手放しませんでした。雨の日も風の日も、嵐で船が激しく揺れた日も、斧だけは大事に抱えていたのです。
レイシアの意識が遠のき、この世の恨みを考える事すらできなくなった時、空を羽ばたく天使が見えました。
ゆっくりと降りてくる天使に向かって、レイシアは細い手を、最後の力を振り絞りながら伸ばします。
(苦しいよ……苦しいよ……開放して……この地獄から)
――――ルビーの眼は、目が合った相手のトラウマを呼び起こして戦闘不能とさせるブレイバースキルです。
その為、その眼を見てしまったレイシアは、過去の辛い思い出を幻覚として見てしまいます。決して救われることのない本人だけの地獄を、僅か数秒の間だけ呼び起こし、もう一度その脳に刻み込むのです。
このルビーのブレイバースキルは、トラウマの無い生き物には通用しません。打ち破った者もいます。
しかしレイシアはそのどちらでもなく、過去の記憶を見て、気が狂ってしまいました。
「やめて! もうやだ! やだあああああああ!」
と、地面をのたうち回り、時には自らの頭で地面を叩いています。
この時のレイシアの表情は、少女の顔とは思えないほど歪んでいました。
そんな姿を見て、ルビーはつまらなそうにこう言い放ちます。
「貴女は所詮、過去に打ち勝てずにいる哀れな子羊なのよ」
完全に戦意喪失したレイシアは、
「ああ! あああああああ!」
と、言葉では無い叫びを上げて、ルビーから逃げるように地面を這って行きました。
こんな状況でも、愛用の大斧だけはしっかり握って、奥へ奥へと移動しています。
ルビーはとどめを刺して楽にしてあげようと大鎌を構えましたが、いつの間にか戻って来ていたシャルロットが声を掛けた事でその手は止まります。
「見逃してやってほしいです」
「はあ? こいつは貴女を殺そうとした奴よ?」
「それでも、ミーにとってもう一つの家族なのですよ。ミーは……殺す為に戦った訳じゃないです」
「酷くお人好しね」
そう言って、ルビーは眼帯を戻し、何もせずにその場を立ち去りました。ルビーが向かったのは、少し離れたところで戦っているナポンの方角。
涙を流しながら地を這うレイシアを、心配そうに見つめたシャルロットは、
「レイシア。ヴァルキリー様の元へ帰るといいです。ヴァルキリー様なら救ってくれるですよ」
と、言い残し、シャルロットもその場を去りました。
ナポンは致命傷を負ったディオールに、慈悲の一撃を加えました。
薙刀でディオールの首が跳ね飛ばされた瞬間を見て、ラスは絶対に勝てない相手だと悟ります。彼の頭の中では、この場からどうやって逃げるか、その考えだけが巡っていました。
(引き際だ。これ以上は全滅する!)
「六番!」
と、逃亡の指示を出す為、六番が戦っていた方向を見ました。
しかしそこには、酷い顔で地面を這っているレイシアと、笑顔でこちらに歩いてくる大鎌を持った赤頭巾少女の姿がありました。
(六番までやられたのか!?)
あまりの恐怖で目をふさぐことさえできないラスに、ディオールの返り血で汚れたナポンが再び薙刀を構えて言いました。
「さあ、一騎討ちといこう」
その時でした、その場に思いもよらぬ人物が現れます。
「エム!」
村の方角から走って近付いてくる銀髪の少女、ノアです。
ノアは現場に到着するなり、気を失って倒れているドエムを見つけ、一目散に走り出していました。その登場には、ルビーとナポンもまさかと驚きます。
同時に、ラスは運に恵まれた好機と考えました。ニヤリと笑って、空間移動で瞬時にノアの元へと飛びます。
「えっ!?」
「任務遂行。銀の姫、来てもらうぞ」
そう言って、ラスはノアの延髄部分を手刀で叩き、気絶したノアを肩で担ぎました。
「待て!」
と、ナポンが叫ぶも時遅く、ラスは空間移動で見えなくなりました。
ルビーとナポンが加勢した事で、状況は好転。十三槍の敗北が見えていましたが、ノアの無謀な行動とラスの機転により、最悪な事態に陥る事となりました。
ラスの空間移動には距離の制限があるらしく、数回に分けて飛んでいく事から、逃げた方角は分かります。その為、ルビーだけそれを追いかけ、ナポンは生命の危険があるマルガレータの手当てに入ります。
今宵の十三槍との戦いは、まだ続きます。
【解説】
◆九番の男・ゴトウィン
筋肉男で十三槍の中で一番の力持ち。
その能力はバグの力で体を肥大化させ、より強靭な肉体でねじ伏せる能力。しかし、ドエムの杖を前に打ち負け、遠くに吹き飛ばされた。
◆八番の男・ディオール
普段はローブで身を隠した男。
バグの力で右腕を刀身の無い剣と融合させ、自由自在に形状を変化させる攻撃を得意とする。
十番のマルガレータと面識は深く、腕を失っているマルガレータの弱点を突いて彼女との勝負に勝利した。しかしその跡、ブレイバーナポンによって殺されてしまう。
◆七番の青年・ラス
ナイフと弓を得意とする華奢な青年。
バグの力で空間移動能力を有し、瞬時に場所を移動して死角から攻撃を仕掛ける。それにより、ドエムは翻弄され、敗北した。
その後はナポンによって追い詰められるも、ノアが現れた事でノアを拉致し、逃走した。
◆六番の少女・レイシア
自身の背丈よりも大きい斧を持つ少女。
十三槍の中では歳も近い十二番のシャルロットを意識しており、天然なシャルロットにいつも苛立っていた。
そんなレイシアは、ヴァルキリーバグに選ばれる前は壮絶な人生を経験しており、幼いながらに人を大量惨殺してしまい、船の漂浪で餓死寸前にまで至った事がある。
シャルロットと交戦中、ルビーの介入で結果としてルビーのブレイバースキルによって自身のトラウマを見せつけられる事となり、戦意喪失した。
◆ブレイバールビー
ルーナ村のまとめ役を務めるブレイバーの少女。ネット対戦ゲーム『ネバーレジェンド』出身。
赤頭巾と左目のハート型眼帯がトレードマークで、大きな鎌を使った攻撃が得意。
眼帯に隠された左目は、彼女のブレイバースキルが宿っており、眼を合わせた相手にトラウマを呼び起こす幻覚を見せる。この能力が効く相手と効かない相手がいるが、ルビー本人もその判断は曖昧である。
◆ブレイバーナポン
和の国ヤマトで召喚された女性ブレイバーで、夢世界はルビーと一緒。
過去にあったルーナ村の騒動で出会ったナポンとは別の存在で、閉鎖国家で育った分、まだ明かされていない部分が多くある。今回の戦いでは、自らのことをナポンではなく鐵姫と名乗っていた。
ルビーと同じ対戦ゲーム出身な為、戦闘能力は極めて高く、十三槍のディオールとラスを圧倒した。




