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ログアウトブレイバーズ  作者: 阿古しのぶ
エピソード5
113/128

113.浅から深に至る道

 サイカ達と共に初めてこの村を訪れた時と同じ宿で、ブレイバークロードと共に過ごした同じ部屋で、ドエムはスウェンと共に夜を過ごしました。

 女性陣は別部屋で、ノアとエオナ、マルガレータとシャルロット、それぞれの部屋でそれぞれの夜を過ごしています。窓の外には、村に入る事を許可された巨体のロウセンが、膝をつき、姿勢を低くしたまま眠る姿も見えます。


 改めて、ドエムはスウェンと長い会話をしました。それだけの時間がありました。

 スウェンはここに至るまでの思いや、キャシーとの思い出を語り、ドエムはサイカとの思い出を語り、男同士の対話を楽しんだのです。


 この時、ドエムはふと、クロードの事を思い出しました。

 クロードと共に泊まり、ルビーに襲われた印象的な部屋にいるからなのか、スウェンの性格が何処となくクロードに似ているからなのか。ドエムにもなぜここでクロードを思い出すのか、分かりませんでした。




 翌日。

 朝からヤマト出身のブレイバーが他にいないか探そうと言っていたスウェンが起きない為、ドエムはベッドの横に座って、スウェンの寝顔を眺めていました。

 スウェンの寝息と、外から聞こえる鳥のさえずりが心地良く、ドエムはその静かな時間をじっくりと堪能しているのです。




 その頃、ノアはロウセンに朝の挨拶をして、一人で朝の散歩に出ていました。

 しばらく歩いていると、偶然にも一人で散歩していたマルガレータとシャルロットに道端で出会ってしまい、何となくそのまま一緒に歩く事となりました。


 元ヴァルキリーバグの十三槍一味と、銀の姫ノア。本来こうやって並んで歩く事すら叶わない三人なので、あまり言葉は交わされません。

 更に杭丸太よる高い壁に囲われ、複数の木造櫓が設置されたこの村は、ルビーとケリドウェンの指示で百にも満たないブレイバーがまだかまだかと戦の準備を進めているルーナ村。三人はそんな物々しい状況に恐縮しながらも、まずはマルガレータが口を開きました。


「絶対に敵わない相手だというのに、たったこれだけのブレイバーでいったい何ができるの」


 するとシャルロットが言いました。


「たぶん空の魔女がいるからですよ。あのブレイバー、普通じゃないと思うです」

「世界最古のブレイバー。彼女とまともに戦えたブレイバーは、ゼノビアとシッコクだけだそうよ。まさかこんな所にいるとは意外ね」


 マルガレータがそう言った横で、ノアは複雑な思いになりました。


「そんなに強いなら、なんでミラジスタまで助けに来てくれなかったのかな」

「魔女であって神様じゃないって事よ」

 とマルガレータ。


 俯くシャルロットに、ノアが問いを投げます。


「ノアは……怖くないですか?」

「怖いって?」

「ヴァルキリー様は、まだノアのことを諦めた訳じゃないと思うです。十三槍がまた来るかもなのですよ」

「じゃあ、なんで二人はここにいるの?」

「ミー達は十三槍を除名されたです」

「そうなんだ……」


 驚くノアに、マルガレータはエンキドに切断された右腕を摩りながら説明しました。


「十三槍に戻るか、このまま共に行くか、ヴァルキリー様が選ばせてくれたのよ。間違った選択をしたとは思ってないから。さ、宿に戻りましょ」


 そう言って、マルガレータはシャルロットと共に宿の方向へと歩き出しましたが、

「私は、もうちょっと歩こうかな」

 と、ノアだけ一人で歩き始めました。


 一人で行う朝散歩。朝の散歩は、お日様の光をたっぷりと浴びることができます。人間は太陽の光を浴びると、脳内物質が分泌され、不安な気持ちが落ち着き、元気に一日を過ごすことができるようになり、慌ただしい日常による雑念を取り払い、自分一人だけの時間を堪能するそうです。

 元々騒動が起きる前は、こうやって朝起きたら一人で散歩することがノアの日課でした。今こうやって散歩をするのは久しぶりの事で、ノアは何だか嬉しくもありました。


 でも、道を行き交うブレイバー達を見ていると、ノアの頭の中になぜかドエムの顔が映り込んできました。


(エム……今なにしてるのかな……誘えば良かったかな)


 そんな事を考えていると、たまたま近くにいたブレイバーの会話が耳に入ってきました。


「空の魔女がいるなら、マジで勝てちゃうかもな」

「俺、ディランで見たぜ。迫り来るバグの軍勢をたった一人で追い返す彼女の姿。目に焼き付いて離れないよあれは」

「千のバグを消し飛ばしたって話だろ。あんなお嬢様みたいな見た目で、そんなに強いなんて反則だな」

「でも昔は敵国にいたブレイバーだったっていうんだから、もし戦争が続いてたらって思うと怖いよな」

「エルドラドにはシッコクもいるだろ」

「いやいや、確かにケリドウェンと互角に渡り合えるとは聞いたけど、あそこまでは強くないだろ。それにこの場にいないって事は、陥落した王都で消滅しちまったんじゃないか?」


 会話を聞いていると、ノアは昨日の一悶着を思い出してしまいました。

 ケリドウェンがドエムに向かって炎を放ち、もしルビーが止めてくれなかったらどうなっていたことか、考えるだけで怖いとノアは思いました。


(これまで見たどのブレイバーよりも……なんか怖い)


 そう考えながらノアは歩みを進めましたが、思いがけない人物から声を掛けられました。


「あら、奇遇ね」


 ノアはドキリとして、恐る恐る声を掛けられた方を見ると、そこには屋外テーブル席でティーカップ片手に紅茶を飲んでいるケリドウェンがいました。

 今一番会いたく無い相手を前に、ノアの顔が強張りますが、そんなノアとは裏腹にケリドウェンは和やかな柔らかい笑顔を向けてきています。


「あの……えっと……おはようございます……」

「少しお話しましょうか。ミラジスタの歌姫さん」


 ケリドウェンに促され、ノアは断る訳にもいかず向かい側の席に座ることとなりました。

 気分転換のはずの朝散歩が一転、急に大変な事になってしまいました。ノアの目の前に、絶対敵にしてはいけない最強のブレイバーが、紅茶を飲み、笑顔を向けてきているのです。


 ノアが座ってから間も空けず、ケリドウェンはすぐに話を始めました。


「自己紹介は不要かしらね」


 緊張のあまり声が上手く出ず、ノアは頷くことしか出来ませんでした。ケリドウェンは話を続けます。


「ミラジスタでの事、エオナから聞きました。辛かったでしょう」

「大変だったのはエムで、私は何も……」

「エム……あの緑の坊やの事かしら」

「はい」

「其方もしかして……エムが好きなの?」

「あ、いや、それは……」


 顔を赤くするノアを見て、ケリドウェンは微笑み、

「恥ずかしがる事では無くてよ。恋愛に種族の違いなど、些細な問題です」

 と、言ってきました。


「ケリドウェンさんも……経験があるんですか?」

「経験も何も、わらわには、わらわをずっと支えてくれている伴侶の人間がいましてよ。彼がいなければ、わらわはただの狂気となっていたことでしょう。誰かを愛するとは、精神的支柱であり、諸刃の剣でもありますわ」


 恋愛について語るケリドウェンは、それはそれは穏やかな表情で、幸せそうでした。今、ノアの前にいる女性は、世界最古だとか、百戦錬磨のブレイバーだとか、そんな恐ろしい存在ではなく、一人の女性なんだと、そんな風にノアは感じ取れます。

 ノアはそれが何だか嬉しくて、緊張の糸が緩やかに解けていきました。ケリドウェンにエムの事、エムとの思い出、全部話してしまってもいいと、そう思えたのです。


「私が十三槍の人に狙われてた時、私はいらないって言ったのに、エムは私のことずっと心配してくれて――――」


 長い長いノアの惚気話を、ケリドウェンはうんうんと話を楽しそうに聞いてくれました。

 こういった会話にも慣れているのか、ケリドウェンはとても聞き上手で、ノアの口から何度も、何度も、何度も、ドエムの名前が溢れていったのです。


「――――それで、エムを助けたくて、叫んだり歌ったりすると、不思議な力が湧き出るんです。光がパァーッとなって、エムを守ってくれて」

「そのチカラが何か、自分で分かっていないのね」

「もしかして、何か知ってるんですか?」

「……その昔、それと似た輝きで、味方の士気を高め、わらわの前に立ちはだかった者がおりました」

「誰ですか?」

「エルドラドの英雄ゼノビア。おそらくは彼女のブレイバースキル。何度この目で見ても、わらわが使う事叶わなかった希望と勇気の光」

「やっぱり私って、普通じゃないんですね……」

「普通の人間であれば、この場にいなかったでしょう。その境遇を、幸運と思いなさい」


 普通の人間では無いと改めて言われた事で、暗い表情で口を閉ざしてしまったノアを見て、ケリドウェンはノアの分の紅茶をティーポットから注ぎ差し出しながら続けて言いました。


「ノア。差し出がましい事を言うようだけれど、普通の人間ではない事を自ら呪うのは、ブレイバーに対する侮辱になりましてよ。其方が想うドエムも、今目の前にいるわらわも、人間よりも儚く、常軌を逸した存在。もし其方とヴァルキリーバグがゼノビアの転生した姿とするならば、それはきっとゼノビアが望んだ事なのかもしれません。今こうやって、わらわに出会い、わらわが興味を抱いたのも、人間ではない其方あってこそでしょう」


 賢者の言葉というべきか、ケリドウェンが言った事はノアの心に染み渡るように入ってきました。


「私がゼノビアの転生者……私が……?」

「ゼノビアは英雄となる前は、神の声を持つ『希望の聖女』と讃えられ、文字通りこの国の象徴とされていたそうです。オーアニル側では、『一本角の悪魔』として恐れられていましたけれど」

「神の声……ですか」

「もしゼノビアに二面性があったとするなら……聖女としての冥魂が其方で、悪魔としての冥魂がヴァルキリーバグになります。そう考えると、なんだかロマンチックですわよね」

「えっと……ありがとうございます。少し、気が晴れました」


 満足そうに顔をほころばせるノア。今日、こうやってケリドウェンと話す事が出来たのは、ノアにとって大きな進歩になった事でしょう。

 すると話の主役でもあったドエムが、慌てた様子で駆け寄って来ました。走って探し回ってくれた様子で、息を切らしながら、


「ノア、こんな所にいたのか」

「エム!?」

「一人で歩き回ってるって聞いて……危ないじゃないか」

「ご、ごめん」


 ドエムはすぐにノアの向かい側に座っているケリドウェンに気付き、その顔をみた瞬間、まるで体のどこかを突き刺されたような恐ろしい表情となりました。


「空の魔女!? どうして……」


 化け物を見たかのような目で見てくるドエムに対し、ケリドウェンは不快に感じながらもこう言いました。


「ケリドウェンよ」

「え?」

「魔女なんて呼び方を、わらわが快く思っているとでも?」


 ノアはさっと立ち上がり、エムに代わってケリドウェンに頭を下げます。


「エムの非礼はお詫びします。ごめんなさい」


 二人がこの場で気付いた関係を知らないドエムは、どうしてここでノアが頭を下げているのか、理解に苦しみました。

 そんな事も見透かしているケリドウェンは、紅茶を口に運び、一息吐いた後に言いました。


「其方達、和の国ヤマトについて調べたいのでしょう」

「どうしてそれを……」

 と、ドエム。


「ブレイバーナポンから話は聞きました。あまりにも無計画で、無知で、配慮に欠けた交渉をしたと」


 ドエムとノアは、何も言い返す言葉が思いつきませんでした。

 しかし何の情報が欲しいのかを察しているケリドウェンは、続けてこんな事を言ってきたのです。


「明日のこの時間、もう一度ここに来なさい。お国の事情に詳しい者が、明日の朝には帰還します」


 それを聞いて、閃く稲妻のように、ノアの心を一つの思い当りが走ります。


「それって……」


 ケリドウェンは微笑み、嬉しそうに言いました。


「ダリス・ルオッティ。わらわの想い人ですわ」

「あっ……分かりました。また来ます。あの、紅茶、ご馳走様でした」

 と、ノアはもう一度頭を下げました。




 正午過ぎにやっと目覚めたスウェンが、ケリドウェンに言われた事を伝えると、驚きで飲んでいた水を口から吹き出しました。


「ぶふっ! ケリドウェンと話しただぁ!? いったい何がどうなって朝からそんな事になるんだよ」

「偶然、色々あって……」

 と、ノアは苦笑い。


 するとドエムがスウェンに向かって言います。


「元はと言えば、スウェンが朝起きて来ないから、こんな事になったんじゃないか! お酒ばっかり飲んでさ!」

「悪かったって。そう怒るなよ少年」

「明日はみんなで話を聞きに行くから。スウェンもそのつもりでいてよ」

「了解」


 ドエムは次に、ノアを見て言いました。


「ノアも一人で彼女と話すなんて危険なこと、もうやめてよ」

「不可抗力だったの。仕方ないじゃない」


 すると横で腕を組んで聞いていたエオナが、

「ダリス……前に話した事のある人間の男だ」

 と、思い出しながら言いました。


 スウェンが説明します。


「ダリス・ルオッティ。オーアニル軍の将官の名だな」

「有名な人なの?」

 と、ノア。


「エルドラドとオーアニルの大戦で活躍したオーアニル軍の将官たちの中でも、とりわけ有能な参謀長だった男だ。たしか当時のブレイバー戦の立案者であり、後に防衛戦を指揮し、優位に立っていたゼノビア軍の攻勢を食い止め、国境まで追い返した。そんなオーアニルにとって、最も大きな勝利をもたらしたのがダリス率いるケリドウェン軍集団って話だ」

「そんな凄い人が……」

 と、ドエム。


「天変地異でオーアニルが崩壊して以降、行方不明とされていた男が、まさか部下と一緒にエルドラドにいるなんて、皮肉なことだな」


 スウェンがそう言うので、ドエムは一つの疑問を口にしました。


「冬の国オーアニルは、昔に厄災があったって聞いてるけど、何があったの?」

「ん? なんだそんな事も知らなかったのか――


 世界有数の国土と人口を誇り、勇者エルロイド伝説の所縁が多いオーアニルは、山々に囲まれ、緑溢れる自然の国と呼ばれていた。と言うのは今や昔の話。

 三十数年ほど前の戦時中、快進撃を続け着々と領土を勝ち取っていたエルドラドに対し、オーアニルは独自開発した「火縄銃」と呼ばれる武器を使い、地の利を活かした戦法と人口の多さから得た兵力で対抗していた。その戦争は長期化し、後にブレイバー戦争へと繋がっていった事が全ての原因と考えられている。


 オーアニルはブレイバーの召喚を最初に行った国としても有名で、未知の生物であるブレイバーを勇者と信じて怖れを抱かず、エルドラドに勝つ手段として大量生産した。それにより劣勢だったエルドラドとの戦争も、ケリドウェンという化け物を生み出し一時は戦況をひっくり返したってのが、さっきの話な。

 エルドラドも負けじとブレイバーを戦場に投入して来た事で、ブレイバー戦争に突入。結果としてその後に起きたバグ化の大厄災にて、両軍共に大打撃を受ける事となった。


 オーアニルにとっての厄災はブレイバーのバグ化だけで収まらず、ケリドウェンとゼノビアが死闘を繰り広げる中で突如起きた大地震と火山噴火。たちまちオーアニルの地は地獄と化し、その地殻変動により極寒地帯となった。大地は凍り、緑は失われ、人の住み辛い『冬の国』となったのはその頃だ。

 そして追い討ちをかけるように起きた大規模なブレイバーの反乱で、オーアニルでは人間がブレイバーに虐げられる世紀末を迎えたとされてる。


 ――そんな状況を見たエルドラド王国軍も、あっさりとオーアニルから手を引くことになった。やがてブレイバーが牛耳る事となったオーアニルは、エルドラドと休戦協定を結び戦争は終了って訳だ」


 スウェンの説明により、その場の誰もが黙り込んでしまいました。ドエム達は何が起きたのかを想像し、そしてその戦争を生き延びたダリスとケリドウェンは、どれだけ凄い人物なのかを思い知る事となりました。

 ブレイバーの平均寿命は十年にも満たない事から、ブレイバー戦争を生き残り、今でも生存しているブレイバーなどほとんどいません。だからこそ、あの空の魔女ケリドウェンというブレイバーが、計り知れない経験を重ねてこの町で紅茶を飲んでいるのは、こうやってお目に掛かれる事自体が、本当は凄い事なのではないか、そうとさえ思えてきました。


 スウェンはこう付け足します。


「確かにケリドウェンは凄いブレイバーなのかもしれない。だけどダリスも含め、元々は敵国にいた二人だ。俺たちに手を貸してくれる理由なんて……そうか、あのナポンって女も、こんな気持ちだったのか……」


 一人で勝手に納得するスウェン。

 そう、戦時中のエルドラドは周辺諸国とは不仲でした。それはヤマトとて例外ではなく、他国との交流の一切を断ち独自の文化を育むヤマトにとって、国外からの来訪者を拒むのも至極当然の判断です。スウェンはその事に気付かず焦って交渉しようとしていた自分に、後悔する事となりました。


 ドエム達が宿のロビーでそんな話をしていると、隅でコソコソ話をしていたマルガレータとシャルロットが急に歩きだし、宿を出ようとしたのでドエムが声を掛けます。


「どこに行くの?」

「私達は少し用事を思い出したので、片付けてくるわ」

 と、マルガレ―タ。


 するとスウェンが、

「おいおい、またケリドウェンに会いに行くだなんて言わないだろうな」

 と、苦言しましたが、シャルロットが否定。


「ミー達の問題なのです。皆さんには、メーワクかけないことお約束しますですよ」


 少し含みのある言い方で、ドエムは引っ掛かりを感じたものの、二人はそう言い残してさっさと出て行ってしまいました。


「いいのか?」

 と、エオナ。


「うん……」


 ドエムは、マルガレ―タとシャルロットが詳しく話してくれなかった事に、まだお互いの信頼が足りないのではないかと考えながらも、追いかけるという選択肢を選びませんでした。


 陽は既に山稜に隠れて、濃紫の空が急速に暗黒に変わりつつある頃、マルガレータとシャルロットの二人が向かった先は、この村を仕切るルビーがいる教会でした。

 ドエム達の旅の目的に関係する事ではなく、二人はルビーに、これから起こるであろう事を伝えたのです。その申告を受け、ルビーは今宵訪れるであろう危機を知り、憎悪と快楽が入り混じった笑顔を見せました。






 外はすっかり闇に染まり、村に設置された外灯が静かに輝く真夜中。

 スウェンやノアはベッドで眠りに入り、ブレイバーエオナも夢世界へと行ってしまっている中、ドエムだけは眠気が来ておらず、部屋の窓際で外の景色を眺めていました。


(結局、まだあの二人は帰ってきてないけど、大丈夫なのかな)


 マルガレータとシャルロットが宿に戻ってきていない事から、何か事件に巻き込まれたんじゃないかと心配するドエム。


(探しに……行こうかな)

 と、立ち上がり部屋を出ようとスウェンが眠るベッドの横を通った時でした。


 ふっと、開放したままの窓から夜風が入り込みカーテンがなびいたと同時、一人の少女が窓際に立っていました。赤頭巾と眼帯、そして手に大鎌を持ったブレイバールビーです。


「何処に行くの?」

 と、声を掛けられた事でドエムは慌てて振り向きます。


「ルビー!?」


 思わず大声を出しそうになったドエムに、ルビーはさっと音もなく近付いて、その口を人差し指で止めてきました。


「しっ。ちょうど良かった。行くわよ」


 あまりにも唐突で、あまりにも強引に、ルビーはその子供みたいな体格に似合わない怪力でドエムを抱え、颯爽と窓から外に飛び出しました。


「えっ!? ちょ、なにっ!?」


 慌てるドエムを無視して、ルビーは右手に大鎌を持ち、左手でドエムを抱えたまま、家屋の屋根の上を走り、飛び移り、目的の場所へと移動していきました。

 何か嫌な予感をさせる曇り空広がる夜中に、ルビーが向かった先は村の外でした。村から東に位置する丘の上には、既にナポンの姿もありました。


 高々と飛躍した後、ナポンの横に着地したルビーは、ドエムをその場に下ろします。


「そろそろ説明してよ。なんでこんな所に……」

 と、ドエムが説明を求めつつ二人を見ると、二人は先に見えるルーナ村とミラジスタを結ぶ街道を真っ直ぐ見ていました。


 ルビーが言います。


「始まるわ」

 と。


 何が始まるのか、ドエムも二人と同じ方向を見ると、遠くの街道の真ん中に人影が見えました。






 その頃、馬を全速力で走らせ移動する男がいました。背後からは高速で移動して、馬の速さに着いてくる人影が四つ。逃げる男は愛用の丸メガネの片方がひび割れ、追跡してきている彼らに襲われ、逃走をしている事が分かります。

 丸メガネの中年男性の名はダリス・ルオッティ。ちょうどドエム達が話題にしていた彼です。


 ダリスは必死に思考を巡らせながら、掛け声と共に馬のお腹を蹴り加速を促します。


(護衛のブレイバーは全員やられたのか! 顔はよく見えなかったが、恐らくヴァルキリーの十三槍。なぜこんな所に)


 背後から放たれた矢が、ダリスの顔の横を掠めます。

 的確な狙いに驚きながら、ダリスは馬を左右に動かし、敵の狙いを定めないように工夫しながら走ります。


(こんな事になるなら、ケリドを連れて来るべきだったか。結果論だが)


 追跡者達は着実に近付いてきており、少女の声が聞こえてきました。


「ほらほら、もっと速く逃げないと、追いついちゃうよぉ。走れ走れぇ♪」


 まるで獲物が逃げる様を楽しんでいる狩人。自身の体よりも遥かに大きい斧を持った少女が、真っ赤な瞳を輝かせて疾走してきています。

 それを横目で見たダリスは、まるで幽霊にでも追いかけられているかのような恐怖を感じてました。その少女の後ろからも、更に三人。馬にも勝ると思われる瞬足で追走してきています。


 かなりの長距離を全速力で走らせてしまった為、馬もスタミナの限界が近く、徐々に速度が落ちてきてしまっているのが分かります。


(ここまでか……)

 と、ダリスが諦めかけたその時、前方に二人の人影が見えました。


 片腕の無い目隠しをした女性と、背の低い赤髪の少女。マルガレータとシャルロットです。


(なんだ。十三槍の仲間か!?)


 二人は街道の真ん中に立っていますが、通れと言わんばかりに道を開けてくれ、ダリスは彼女達の意図を察して駆け抜けます。

 ダリスが無事に駆け抜けて行った後、マルガレータは曲刀を、シャルロットは苦無を手に持ち構え、臨戦態勢を取りました。それを見て、ダリスを追走していた四つの影も足を止め、二人を四方向から包囲します。


 頬に八番の印があるローブを着た男が、言いました。


「裏切り者。我らの邪魔をするか」


 頬に七番の印がある青年が、持っていた弓を短剣に持ち直しながら言いました。


「俺たちの気配を感じて出てきたのか。お前達だけか? お仲間のプレイバーはどうした?」


 筋肉男の九番が続きます。


「許せぬ。許せぬ。お前達は仲間の死と、ヴァルキリー様の寵愛を蔑ろにした」


 そして六番の少女は持っていた大斧を椅子にして、シャルロットを見て言いました。


「やっと……やっと貴女を虐める時間が来たって事で良いのかなぁ。良いよねぇ」


 彼らに言いたい放題される状況を下唇を噛んでぐっと我慢したマルガレータは、冷静な声で言い返しました。


「八番ディオール、七番ラス、九番ゴトウィン、六番レイシア。これはヴァルキリー様のご意向では無いわね。貴方達はミラジスタで起きた事を何も知らないなら、ここは手を引いてくれないかしら」


 ディオールと名を呼ばれた八番の男は、

「我らの名を口にするのは裏切りの証。もうお前達は仲間ではなくなった。その頼み、拒絶しよう」

 と、刀身の無い剣を腰から取り出し、構えました。


 他の者達も戦闘体勢を取った為、シャルロットが慌てて発言します。


「やめろです。この先は強いブレイバーが沢山いて、返り討ちに遭うですよ」

「なぁにぃシャルロットぉ、脅しのつもり?」

 と、レイシアが先に動き、シャルロットに向かって大斧を振り落とします。


 地面が割れるほどの強烈な一撃を、シャルロットは後ろに転倒しながら回避しました。が、レイシアは倒れるシャルロットを蹴飛ばしました。

 そんなレイシアの攻撃を皮切りに、他の三人も一斉に動き、攻撃を開始しました。その為、マルガレータがシャルロットを庇うように回り込み、片腕一本、曲刀一本で彼らの攻撃を捌いていきます。


 目隠しで視界失われているのに音と空気の流れで攻撃を先読みし、ひらりくるりと避け、時には受け流すマルガレータの剣術は見事なものです。

 蹴り飛ばされたシャルロットも、マルガレータが時間を稼いでいる間に体勢を直し、苦無や手裏剣を投げ、忍刀を抜いて参戦していきます。





 そんな二対四の戦闘は、遠くの丘上にいるドエムからも見えていました。


(何をやってるんだ……そんな所で、僕達に何も言わずに、なんで……戦ってるんだ!)


 ドエムの気持ちに湧いてきたのは怒りの感情。腹の底に湧いた怒りは、止まることなく膨らみ始め、同時に居ても立ってもいられなくなりました。

 気がつけば、ドエムは風の加護を纏って空を飛び、マルガレータ達の戦いの場へと滑空。そして声が届くかも分からない距離で、ドエムは叫びました。


「やめろおおおおおおおおおおおおお!!!」


 仲間割れで戦闘中の十三槍達は、空から接近してくるブレイバードエムに気付きました。

 ラスと鍔迫り合いをしていたマルガレータは、ドエムの叫び声にいち早く聞こえており、咄嗟に声が出てしまいます。


「エム!? なぜここに!」


 ルビーとナポンにはこの争いの事を事前に伝えてはいました。しかし、巻き込むまいとあえて伝えなかったドエムが、この場に現れてしまう事はマルガレータとシャルロットにとっては想定外でした。

 十三槍とドエムが衝突するのは避けるべき事柄であり、マルガレータに焦りが窺えます。


 しかし、ドエムが接近してきているからといって十三槍達の入り乱れる刃は止まる事なく、そして複雑に縺れていくのでした。






【解説】

◆神の声を持つ『希望の聖女』

 英雄ゼノビアの別名で、不思議な光で味方を強力に援護した事で付けられた。エルドラドの象徴とされ、戦時中は多くの民衆と兵士の支えになっていたとされる。


◆ 武の化身『一本角の悪魔』

 こちらも英雄ゼノビアの別名で、敵対していたオーアニル軍が戦場で無双するゼノビアを見て付けるに至った。

 一本角の兜を被ったゼノビアが軍を引き連れ、驚異的な猛攻で戦況を押し上げた際、極めて高い戦闘能力で一騎当千する彼女の姿が「まるで戦場の悪魔だ」とオーアニル兵に恐れられた。その特徴から、畏怖と恐怖を込めた呼称である。

 又、オーアニル軍の中では「一本角の悪魔に対抗できるのは、空の魔女しかいない」と信じられていて、実際も実力はほぼ互角だったとされている。


◆ブレイバーケリドウェン

 スタディライフピクチャーと呼ばれるオンライン・ライフ・シミュレーションゲーム出身。戦時中のオーアニルで召喚されたブレイバー。

 淡い緑色のドレスに、白を主張した派手で暖かそうなコート。ロープ編みされた青紙にも派手な髪飾り、まるで何処かのお姫様の様な容姿をしたその彼女は、見た物を瞬時に学習してしまうブレイバースキルの持ち主である。

 そんな彼女も最初は無能力だった為、戦争には投入されず奴隷として酷く惨めな扱いを受けた。

 ケリドウェンに目を付け導いたのは、オーアニル軍の将校だったダリスである。


◆ダリス・ルオッテ

 丸メガネが特徴的な中年男性。

 戦時中、オーアニル屈指の歩兵連隊の中隊長を務めた後、功績が認められ少佐に昇進。主に歩兵部隊指導に力を入れ、戦場では司令部で参謀長として活躍していた将校だった。

 エルドラドとの戦時中、人間兵器ブレイバー召喚を軍上層部に立案して切っ掛けを作った張本人で、ブレイバー部隊の教育・訓練・軍事投入も担当していた。

 当時、奴隷として扱われていたケリドウェンの類稀な学習能力に目を付け、彼女を買い取り、共同生活をしながら最強の兵士として育て上げた。

 後にこのダリスが育てたケリドウェンは、戦場で『空の魔女』として恐れられる存在となる。


◆十三槍による強襲

 銀の姫・ノアを探してミラジスタに来訪していた十三槍の四名は、ミラジスタにブレイバー集結の協力要請を終えてルーナ村に戻るダリスと遭遇。

 情報を聞き出す為に強襲を仕掛けたが、ダリスの護衛に着いていたブレイバーの抵抗に合い、ダリスは一人逃走。

 そして十三槍の接近を事前に感じ取ったマルガレータは、厄介事をルーナ村で起こさない為、ルビーに断りを入れた後、シャルロットと共に村の外で迎え討つ決断をした。


◆ルビーの判断

 マルガレータから十三槍が迫ってきている旨を伝えられ、外で戦闘が発生する事を知ったルビー。マルガレータには助太刀無用と言われていたが……

 そこで、あえてドエムをこの戦いに巻き込むような行動を取ったのは、ルビーに何か考えあっての事である。


挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[良い点] ケリドウェンのキャラがやはり良いですね。 夢主が気になる所ですが。 何処かで仕切り直して情報のすり合わせが行えればと考えてしまいます。 [気になる点] ダリスがブレイバーを生みだしたわけで…
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