112.心得
「そろそろ、教えて貰えませんか。貴方が抱えているもう一つの問題を」
エルドラド王国は失陥を経て不穏な空気の漂いながらも、王都ではバグに監視された人間達による壊れた建物の復旧作業が進められていました。その中央で再建築がされる城の王座の間で、そう話を切り出したのは、零の始皇帝でした。
質問をされたヴァルキリーバグは、しばらくの沈黙の後、ゆっくり話を始めました。
「我はレクスが志す次元支配を実現すべく、ゼノビアの冥魂と共に召喚された」
「次元支配……狭間が関係している事ですか?」
「然り。我々の未知たる所、未開の地、異世界への通り門、神の領域。呼び方は数あれど、我らの根源たる場所」
「断たねばなりません」
「断つにしろ断たぬにしろ、この世界は何れ次元の修正に巻き込まれ、無に帰す可能性がある。我はレクスよりその事を教わった」
「狭間よりブレイバーを召喚した世に、未来はないと?」
「我はミラジスタで管理者に会った。兆候はもう始まっている」
「管理者……」
「我はレクスからこの世の征服を任せられ、その先に消滅の運命がある事に何の疑問も無いはずだった」
「貴方も人に触れ、ブレイバーに触れ、変わったのですね」
「然り。生を受けし者、延命を求めたくなるのも我とて同じ。この身がバグである事が、これほど不便と感じたのは、初めてだ。しかし、レクスの考えが全て間違いだったとも思わない。あれも一つの手段である」
「……どうやら、貴方に触発され外道に堕ちたとばかり思っていた私の選択も、あながち間違いではなかったのかもしれませんね」
零の始皇帝は、少し嬉しそうに微笑みました。彼女も彼女で、国を裏切る行為をしてしまった事は、不安だったのです。
彼女の思わぬ反応を見たヴァルキリーバグは、無いはずの心臓がどきりと音を立てた感覚に襲われます。
英雄ゼノビアの冥魂が宿ったヴァルキリーバグとノア。この両者には異なる心の炎が、宿っているのかもしれませんね。
王座の間でそんな会話が行われている中、城の会議室では『十三槍会議』が行われていました。
かつて国王や有権者達が座り、政治の話をした場所で、七名の数字が刻まれた者達が議論をしているのです。これはヴァルキリーバグに認められた彼ら十三槍だけで、十三槍の今後の指針と方針を決議する機会です。
「ヴァルキリー様はご乱心なされた」
そう言い出したのは、筋肉の盛り上がりがはち切れんばかりの九番の男でした。
窓際に座っている、剥き出しのナイフを手の上で転がし遊んでいる華奢な七番の青年が続いて言います。
「銀の姫を逃した挙句、十三番、十一番、五番、四番が死に、十二番と十番が裏切った。これじゃ十三槍は折れたも同然。ヴァルキリー様が嘆くのも当然。俺たちも覚悟を決めたほうがいい」
テーブルの上に両足を乗せて椅子に座っている態度の悪い六番の少女が言います。
「別にどうだっていいじゃんそんなこと。この世は弱肉強食。弱い奴は死ぬ。ブレイバーに負けた奴なんて、どっちにしろ打首同然っしょ。ま、四番のおじいちゃんが死んだのは意外だったけど」
すると今度はローブ姿の八番の男が発言します。
「今の問題は、残った我々が今後どう動くかだ。主様は我々に委ねて下さった。この意味を理解しているか。このままここに留まるか、行動を起こすか、我々十三槍に与えられた試練に等しい」
しばらくの沈黙の後、七番の青年が言いました。
「ヴァルキリー様が望んでいるのは英雄の再誕だからね。俺たちがやる事は明白じゃないかな」
「……銀の姫を追うと?」
と、九番の男。
そこへ六番の少女が反応します。
「でもさー。銀の姫ちゃんは、ヴァルキリー様が見逃したって話でしょ。いいのかなー」
次に八番の男が意見します。
「主様は情け深くなられてしまった。大方、人間の娘に情が湧いてしまったのだろう。そうでなければ、零などという異例を認める訳がない」
それを聞いて、六番の少女が笑いました。
「なにそれうける。アホらし」
そんな会話が行われた後、九番の男が、先ほどから一言も発言をしていない一番、二番、三番の顔の見えない鎧騎士を見て言いました。
「新入り。私はまだお前達と零を十三槍と認めた訳ではないが……意見を聞いてやらなくもない」
そう言われ、硬く口を閉ざしていた一番の男騎士が応えます。
「私達に与えられた任務は零の守護のみ。銀を追う事が十三槍の任務とするなら、それに従う事はできない」
そんな事を言い残して、一番は席を立ち、颯爽と会議室を退室して行きました。二番と三番の女騎士も、それに続いて退室してしまいます。
「欠番となっていた三番以下を、あの様な者達で補充されるとは……やはりヴァルキリー様は焦っているというべきか」
と、九番。
痺れを切らした七番の男は立ち上がり、テーブルに両手を着きながら発言しました。
「ヴァルキリー様の迷いは俺たちが導く。鍵は手元にあるべきだ。捕まえて牢屋にでも入れてしまえばいい。そうだろ。やる事はひとつ。対象を回収する。邪魔する者は排除する。例えそれが十二番や十番だとしてもね」
六番の少女が高揚した表情で、
「排除……排除……良い響きねぇ。邪魔者はみんなみんな排除してしまえばいいのよ。だって、その方が楽しそうじゃない。ああ、十二番の可愛いあの顔が、恐怖に歪むのが見てみたい……ふふ……うふふふ……」
と、不気味な笑みを浮かべました。
六番が一人で妄想して盛り上がっているのを他所に、八番の男がまとめます。
「決まりだ。我々十三槍は、三番以下を除き、銀の姫を追う事を総意とする」
「「「異議無し」」」
六番の少女、七番の青年、八番の男、そして九番の男。彼らは己の思想が正しいと信じ、行動に移します。
刻一刻と新王都の建設が進められる中、彼ら十三槍の四人は旅立ちます。最初に向かったのは銀の姫がいたミラジスタ。そしてそこで、銀の姫がブレイバー達と共に旅立ったという情報を聞き入れるのも、時間の問題となるでしょう。
十三槍の行動は、彼らの動向を感じ取れるヴァルキリーバグにも伝わっていましたが、ヴァルキリーバグは止めようとはしませんでした。
「良いのか?」
と、一番の騎士がヴァルキリーバグに尋ねます。
空に浮かぶ大きな月を見上げながら、ヴァルキリーバグは答えます。
「良い。彼らの望みは我の望みでもある。故に、もどかしい。そう、もどかしいという人間の言葉が、最も合う」
それを聞き、一番の騎士はしばらくの沈黙の後に別の話題を言い出します。
「……私をなぜ十三槍に招いたのか、今ここで聞いても?」
「貴様の中にある野心と、ゼノビアへの忠誠。人間の犬とするには惜しい逸材と判断したまで。裏切りたければいつでも裏切れ。我を斬りたければいつでも斬れ。お前達とはそのように契約している。不服か?」
「バグとは思えぬ奇才……恐れ入る。王都再建の暁には、零姫殿下は周辺諸国の国取りを始めるつもりなのは知っているか?」
「……国攻めは零とクロギツネに一任している。ここの守りは我が引き受けよう」
「承知した」
そしてヴァルギリーバグは、美しい月を眺めながら、独り言のように呟きました。
「銀の姫……我にもう一度奇跡を見せてくれるか」
月夜の下で、ヴァルキリーバグと一番の騎士とでそんな会話が行われました。
さて、ここまでの彼ら十三槍とその主導者の会話から察するに、彼らも一筋縄ではない状況に陥っていることが窺えます。ヴァルキリーバグが何かに迷っているというのも、間違いではないのでしょう。
崩壊寸前の十三槍を立て直すべくして、銀の姫を追う事を決めた十三槍達を、誰も止める者はいませんでした。
その頃、ドエム達一行はミラジスタから西に位置するルーナ村に足を運んでいました。
この村には、和の国ヤマトを目指すにあたって要となる者がいると、ブレイバーエレナから情報を得たからです。
ブレイバーロウセンは体が大きい為、村には入らず、村周辺の偵察をしてくれています。
村と呼ぶには相応しくない要塞と化したその場所にドエム達が足を踏み入れた時、異変にすぐ気付いたのはマルガレータでした。
全員武器を所持した者達が、まるでこれから戦争でも始めるのかといった様子で、行き交っています。そして聴覚の鋭いマルガレータは、しばらく村の中を歩いただけで、有り得ない状況である事に気がついてしまったのです。
「心臓の音が聞こえない……ここにいる者達は、全員ブレイバーよ」
と、マルガレータ。
全員が驚き、そして見渡してしまいました。
無理もありません。野盗や流れ者を除き、戦争の時代から人間とブレイバーは常に共存して生活をしていたのです。まさか村一つが、全てブレイバーで形成され、監視役となる王国兵士の姿さえ見当たらないのは前代未聞となります。
なぜ、この様な状況になっているのか、答えはルビーに会う為この村の教会に訪れた際に解る事となりました。
かつて捕まったドエムを救出する為、サイカとルビーが戦い、血を流した教会前の広間。そこを通り掛かった際、空から舞い降りてきた青髪の女性ブレイバーがいました。
圧倒的なまでの威圧感を周囲に撒き散らしながらも、優雅に姿を表したそのブレイバーは……空の魔女ケリドウェンです。
「いったいこの村に何用かしら」
「貴女は……空の魔女……」
と、ドエムは身構えます。
「王都での戦いで生き残ったブレイバーが二人と、脱走者とミラジスタの歌姫。そしてヴァルキリー十三槍の二人……外に大きな機械人形もいましたわね。愉快な顔触れですこと。悲劇のミラジスタで結成されたパーティってところかしら」
面識もほとんど無いに等しいというのに、見ただけで言い当ててしまったケリドウェンは、まるで全知全能の神にさえ思えました。
ケリドウェンは知識の化け物。そして絶対に敵に回してはいけない世界的に有名な最強ブレイバーというのが、知れ渡っております。
彼女が言葉を発する度に、何とも言い難い緊張感が駆け巡り、ドエム達の冷や汗が止まりません。特にノアは恐ろしさの余り、ドエムにしがみ付かなければ立っていられない状況でした。
もし、彼女に攻撃と意思があろうものなら、ドエム達は一瞬で蹂躙されてしまう可能性すらあります。
まず、ケリドウェンに対して最初に言葉を投げかけたのは、この国の事情に精通しているブレイバーエオナでした。
「空の魔女……いや、ブレイバーケリドウェン。貴女はディランに滞在し、町を守ってくれていたはずでは?」
「久しぶりねエオナ。サイカが育った町、悪くない場所でしたわ」
「見捨てたのか?」
「勘違いしないでくださいませ。今はダリスが考えた奇策が進行中ですのよ」
「奇策?」
「村の人間はディランへ。ディランのブレイバーは全てここに集結させています。そしてミラジスタにも協力してもらう為、ダリスが馬を走らせていますわ」
「入れ違いか……」
そう、王都がバグに占領されても、希望を捨てていなかった者達が他にもいたのです。
ケリドウェンが愛する人間、ダリスは元々オーアニル軍を率いた軍師。軍略に秀でていることから、零の始皇帝による指示に従わず、人間の手を汚さない最善の策を、彼は実行中だったのです。
そしてケリドウェンは、次に恐るべき事を口にしました。
「さて、この場に現れては許されぬ者が其方らの中に紛れてますわね」
そう言うケリドウェンの目線は、マルガレータとシャルロットに向けられていました。二人の顔には化粧が落ちて見えてしまっている数字記号があります。ヴァルキリーバグ十三槍の一味である事が、知られてしまったのです。
ケリドウェンから放たれる空気を切り裂くような殺意に、マルガレータは思わず曲刀を手に取り構えました。
次の瞬間、ケリドウェンは問答無用で速攻詠唱による夢世界スキルを放ちます。
「フレア」
と、ケリドウェンが手を伸ばすと、魔法陣が現れ、激しい炎が吹き荒れます。
狙いはマルガレータとシャルロット。他の皆が左右に散開して回避する中、ドエムだけは聖王装備に換装しながら、二人を守るように立ち塞がりました。
聖王の槍が生成したシールドで、襲い来る炎を防ぎます。
「あらあら、自分が何をしているのか分かっていて?」
「それはこっちの台詞だよ! 話も聞かないで攻撃するなんて!」
と、ドエムが強い口調で言います。
ケリドウェンは自分に対して、恐れ知らずに物申してくるブレイバーなど、久しぶりだった事もあり、少し驚き、そして炎を止めました。
「うい奴よ。わらわと、一戦交えてみましょうか」
そう言い放ったケリドウェンは、手に武器を召喚しました。ドエムが今持っている武器と同じ聖王の槍のコピーを、いとも容易く召喚して見せたのです。
「それは!?」
唖然とするドエムを見て、ケリドウェンはにやりと笑みを浮かべながら、槍を見せつけるようにクルクルと手で回した後に構えました。まるで元から彼女が槍の達人であるかの様な槍捌きです。
「新たな知識をありがとう。これは偽物にあらず。さあ、対等に戦いましょう」
ドエムも槍を構えます。が、横から様子を見ていたエオナが焦り顔で叫びました。
「やめるったい! 相手は百戦錬磨ん魔女ばい!」
緊張のあまりエオナの言葉が耳に入ってきていないドエムは、突然現れた脅威を前に、思考を巡らせます。
(空の魔女ケリドウェン……前に見た事がある。冬の国でシッコクやサイカと戦ったブレイバー……どういうブレイバーなんだ)
するとノアが少し離れた所から、
「エム!」
と名を呼んだと思えば、光の粒を飛んできてドエムに纏いました。
マルガレータもドエムの横に立ちながら言います。
「話の通じる相手ではないわね。私も戦うわ。シャルロットは隠れてなさい」
ノアの不思議な力と、マルガレータと共闘しようとするドエムの様子を見て、ケリドウェンは心底愉快そうに微笑みました。
「わらわの知らないチカラ……いや、これはまさか……よもや人間から出るか……ふふっ……なんという僥倖」
さすがと言うべきか、ケリドウェンはこの時、ノアが放った光の正体に気付きました。彼女はこれを見るのが初めてでは無かったのです。
どちらかが少しでも動けば戦闘が開始される。そんな張り詰めた空気になった時、ケリドウェンの背後から教会の扉が開く音と共に声が聞こえてきました。
「戯れもその辺にしておきなさいケリドウェン。私の客よ」
そう言って現れたのは、赤頭巾と巨大な鎌がトレードマークのブレイバールビーでした。横に青甲冑姿で鉈を背負ったブレイバーナポンの姿もあります。
二人が現れた事で、ケリドウェンが放っていた燃える炎のような殺意が、息で吹き消されたかのように消滅。手に持っていた聖王の槍も手放し消滅させ、心底つまらなそうに溜息を吐いた後、彼女はこう言いました。
「残念。退屈凌ぎになるかと思ったのだけれど」
「貴女の場合、冗談じゃ済まなくなるわ」
と、ルビー。
ケリドウェンは広間の脇にあるベンチに腰掛け、道を開けてくれました。
安堵しながら戦闘体勢を解いたドエムとルビーの目が合った事で、ルビーはどんな感情を抱いているのかわからない眼差しで、話し掛けてきます。
「久しぶりね坊や」
「こ、こんにちは」
王都であったデュスノミアバグとの決戦以来の再会です。
決戦後、ルビーはルーナ村に戻り、村の長として今日この日まで勤めてきました。厄介ごとを持ち込んできたと思われても仕方がないドエム達一行の顔触れを見て、何を思っているのか分かりません。
この時この一瞬、ドエムはルビーの凶悪な強さや、眼帯に隠された眼の能力など、一歩違えば殺されかねない恐怖や不安が頭を渦巻き、冷や汗が止まりませんでした。
「とりあえず中へ来なさい。歓迎するわ」
と、ルビーは意外にもすんなり教会の中へと戻っていき、ナポンもそれに続き見えなくなります。
緊張が少し解けたドエムは、周りの仲間に目配せをしつつ、
「行こう」
と、促しました。
一同が教会の中へと移動する中、少し遅れて歩いていたエオナはケリドウェンに話し掛けられていました。
「ブレイバーエオナ。少しいいかしら」
エオナが足を止め、ケリドウェンに顔を向けると、先ほどまで悪魔のような顔をしていたケリドウェンが、真剣な眼差しを向けてきており、エオナがそれを断る理由はありませんでした。
その為、エオナだけはドエム達にはついていかず、ケリドウェンの元に残る事となります。
エオナが横に座っても、ケリドウェンはなかなか話を始めませんでした。絶妙な沈黙で、エオナは何を言い出すのかと頭で考えながら、空を見上げます。
先ほどまで息の詰まる状況だった為、エオナは気付いていませんでしたが、今日は晴天。気持ち良い青空がいっぱいに広がり、まるで地上に争いや不幸が一つも起きてないかのような空がそこにありました。
実はケリドウェンもエオナと同じように空を見上げており、そしてようやく口を開きました。
「わらわの従者達の事、聞いておきたいと思ったの」
「従者……?」
「オーアニルの屋敷で働いていたメイド達。わらわが不在の間に事が起き、そして最期を見届けてやる事ができなかった」
「ああ、なるほど」
――――エオナはケリドウェンの屋敷で、アヤノを囲って起きたメイド達の紛争と、その結末を思い出します。
火災が発生している家の中で、ブレイバーナーテは動けないエオナに言いました。
「こんな所で……やられっぱなしで……消えたら……ケリドウェン様に殺されます……だから……」
そう言ってエオナを壁に固定している無数の苦無を、必死に抜いていきます。
一本、また一本と、ナーテが炎に身体を晒しながらも抜いてくれたお陰で、エオナの身体は壁から離れて落ちました。ナーテはそれを抱きしめる様に受け止めた後に抱き上げ、そしてすぐ近くにある窓ガラスの前まで移動しました。
しかし彼女はもう歩く事すら困難な程弱っており、窓の前で両膝をついてしまいます。
「もうよか。もうやめてくれ。そげんでどうするつもりと」
と、エオナ。
「少し……痛いですが、我慢……してくださいね」
何をするのかと思えば、ナーテはエオナの腹部に槍を刺し、そして力一杯放り投げるという行為でした。
飛ばされたエオナはリビングの窓ガラスを突き破り、外へと放り出される事となります。
その瞬間、エオナの視界には燃え盛る家と炎の中に取り残されるナーテの姿があります。
力強い眼差しを向けて来ているメイドブレイバーが遠ざかり、冷たい空気に包まれ、そして割れたガラスと共に深い雪の中へと落ちるエオナ――――
「――彼女達は立派に戦い、そして私は今日まで生き延びてこれた。時々、あの時の事を思い出す事もある」
「そう……」
それを聞いたケリドウェンは、薄らと笑みを浮かべていました。
それを見て、エオナは逆に問います。
「貴女はなぜこの国に留まっている。領主なのに自国には戻らないのか?」
「……あんな住み難い土地にもう未練は無いですわ。領地は空け渡し、わらわを慕う者は全てディランに移住させました」
「なるほど」
「それでも、雪が恋しくなる事もあるのは……退屈に感じているのかしらね」
「だからブレイバーを集めてルビーと一緒に戦争しようと?」
「バグを統率し、戦闘においても無類な強さを誇るというヴァルキリーバグが、わらわに死に場所を提供してくれるかどうか……確かめたいだけですわ。それより……もう一つ、面白い噂話があるのですけど、興味はありまして?」
「噂話?」
再びしばしの沈黙。ケリドウェンはどう話そうか頭で考えた後、そして話を切り出してきました。
「ブレイバーの間で、密かにささやかれているのです。最近、夢世界ではない夢世界に呼び出される事がある……と」
「夢世界ではない夢世界?」
「夢主の世界とでもいいましょうか。文明の進んだこことは違う人間がいる世界の事らしいわ」
「初めて聞いた。あ、いや……その、私はブレイバーの知り合いは少ないから……」
「実験的に呼び出されたブレイバーがいるというだけで、その目的も定かでは無く……妄言の可能性もありますわ。でももし本当なら、夢主に会えるかもしれないわね」
「それを私に教えてどうしろと?」
「今が旬の夢世界から選ばれているという話でしてね。其方、サイカと同じワールドオブアドベンチャー出身でしょう? 貴女には順番が来るのではないかと思いましてね」
「順番……分かった。覚えておくよ」
もう話は終わったと判断したエオナは立ち上がり、教会の方へ歩き出そうとしましたが、再びケリドウェンが止めてきました。
「待ちなさい。まだ話は終わってませんわ」
「なんだ」
「エルドラドで、其方らに何があったか、詳しく教えてくださいませ。何故ここに来たのかも含め」
「それは――――」
教会の中では、椅子に座るルビーとその横で付き人のように立っているナポンへドエム達が一通りの事の顛末を説明していました。
十三槍がミラジスタの歌姫ノアを狙っていたこと、その目的が英雄ゼノビアの復活の為だということ、民衆の暴走から起きた悲劇、エンキドの消滅。ヴァルキリーバグも現れたが、ノアを見逃し去って行った事。その全てを話したのです。
ルビーは心底つまらなそうに、だれ気味な表情でこう言います。
「くだらない」
と。
ドエムが散々悩み苦しみ、命を賭けた激闘を、赤頭巾の少女はくだらないの一言で片付けたのです。これにはドエムも少しムッとしてしまいました。
スウェンがこれから和の国ヤマトに向かうにあたって、ここにいるナポンの協力を仰ぎたい旨を伝えました。
「あたいか? なぜだい?」
と、ナポン。
「あんたはヤマトの使者と聞いてるからだ。ヤマトは閉鎖国家。つまり、普通の方法では国に上陸する事すらできない国なんじゃないか?」
スウェンが理由を説明すると、ナポンは少し眉間にシワを寄せ険しい表情を露わにしながら言ってきました。
「お前達がいうヤマトの不壊魔晶石がいったい何か、知っていて言っているのかい?」
「世界最大級のホープストーンなんだろ」
「……ダメだな。お前達をヤマトに連れていく訳にはいかないね」
「なぜだ?」
「なぜ? あまりにも安直だからさ。お前達を連れて行って、はいそうですかと国宝を使わせて貰えると思っているのかい?」
「そんな事はその時考える。世界の危機を防ぐには、その魔晶石の力と、サイカの目覚めが必要な事なんだ。国の問題を気にしてる場合じゃねぇんだよ」
スウェンが口悪くそう言うと、ナポンが素早く前に出てきて、薙刀の切先をスウェンの顔に突き付けてきたのでスウェンも咄嗟に小型火縄銃を腰から取り出し銃口をナポンに向けました。
「舐められたものだね。あたいはヤマトの武士。お前達のような不穏分子を連れて行く訳には行かない。諦めな」
「武士……?」
「浅はか極まれり。助力を求むは深き思慮をもってなすべきものさ。軽率な言葉では得られない。もう少し相手の理解を深める事だね」
交渉失敗により、またも戦闘が始まりそうな空気になってしまった事で、後ろに座っているルビーが言いました。
「やめてナポン。世界の変革にサイカが必要かもしれないというのは、私も納得するわ」
それを聞いて、先に武器を引いたのはナポンでした。ナポンは振り返り、ルビーに言います。
「ルビーが何を見たのかは知らないけど、ケリドウェンほどの凄みがあの眠りのブレイバーにあるとは……」
と、言い掛けたところで、ルビーの真剣な眼差しを前にナポンは口を止めました。
そこへドエムが前に出て付け加えます。
「ゼノビア、サイカ、キャシー、この三人のブレイバーは世界を変えるチカラがあるんだ」
するとナポンはドエムを見て言います。
「随分と威勢がいいオチビちゃんだね。サイカがどうであれ、もう少しあたいが納得するだけの交渉材料を持って出直して来な。あたいだってルビーの友であるお前達を無下にするつもりもないさ」
ナポンはそう言って薙刀を背中に戻し、ルビーの横へと戻っていきました。
結局、ルビーに日を改めるように言われてしまい、ドエム達は教会を出る事にしました。外でケリドウェンと会話をしていたエオナとも合流し、この後の行動について輪になって話し合います。
ナポンの言葉からして、やはり和の国ヤマトは簡単に入国できる場所ではないのでしょう。ヤマト出身のブレイバーであるナポンを、どうにかして説得すると行動方針が決まるのはすぐの事でした。
「……あそこまで言われてしまってからってのは悔しいが、まずは情報収集だな」
と、スウェンが言い、全員が頷きます。
【解説】
◆十三槍で起きている問題
彼らの会議によって、欠番であった三番、二番、一番、及び零はつい最近急遽補充された者である事が分かった。
元々の十三槍メンバーは彼ら新入りを快く思っておらず、一番の騎士も同調する事なく、不仲である。
こうなる事は、彼らの長でもあるヴァルキリーバグも承知している。
◆ダリスが考えた奇策
ケリドウェンと行動を共にしているダリスは、エルドラド王国のディランとルーナ村で、人間とブレイバーを入れ替え、内紛が起きないように策を講じていた。その事をミラジスタにも伝え、協力を要請している最中である。
その為、ドエム達が訪れたルーナ村には、ブレイバーしかいないという異様な光景があった。
◆ケリドウェンとエオナ
49話で知り合った二人は、アヤノを囲って起きた騒動に巻き込まれた経験を持つ。その際、ケリドウェンの従者であるブレイバーナーテ、ユウアール、ナギ、シェイムが消滅してしまった。
◆夢主の世界に召喚される
ケリドウェンがエオナに話した噂話は、ここ最近「夢世界ではない夢世界に呼び出されるブレイバーがいる」というものだった。なぜこの様な噂が流れているのか、それは前章の話が関わってきている。
◆ヤマトの武士
王都であったデュスノミアバグとの戦いで、ヤマトからやってきたブレイバーナポンは、ルビーと合流して以降、このミラジスタに留まっていた。
このナポンは、かつてサイカとドエムがルーナ村で出会ったナポンとは別の存在である為、今回のナポンはドエムと初対面である。
エオナは自分の事を武士と言っているが、果たして……




