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ログアウトブレイバーズ  作者: 阿古しのぶ
エピソード5
110/128

110.善意と悪意

「なんだ……これは……」


 そう言って驚愕したのはスウェンでした。

 負傷したドエムをスウェンが背負って宿屋エスポワールがあった場所まで戻った一同は、周囲が焼け野原となり、通りの中心が死屍累々となっている光景を目の当たりにしました。


 高く積まれた人間の死体の山、数多くの死体が折り重なった頂点で、返り血で汚れた金色のプロジェクトサイカスーツの男が一人。ノリムネ改を片手に立っていました。

 それがブレイバーエンキドだと理解するのに時間を要してしまい、ロウセンのコクピット内から映像で目撃したノアとメトシェラは、あまりの恐怖に目をふさぐことさえできません。同行していたエオナや、マルガレータとシャルロットは思わず武器を構えていました。


「何が……あったの……?」

 と、ノアの声がロウセンから発せられます。


 ヴァルキリーバグに刺された出血により、意識が朦朧としているドエムも、死体の山を踏み台にしているエンキドの姿に震え上がるような心持ちとなり、顔が青ざめました。全身がガクガクと震えます。

 エンキドはドエム達が戻ってきた事に気付き、ゆっくりと振り返りました。その右手には、何かが持たれているのが見えます。


 エンキドが右手で掴んでいるのは髪の毛。その先にぶら下がっているのは……アーガス兵士長の生首でした。

 首から下が無く、見るも無残な姿にされてしまった男の顔をぶら下げて、エンキドは破損したままのプロジェクトサイカスーツのフェイスパーツから、曇った眼で睨みます。


「まだだ……まだ足りない……」

 と、エンキドは言います。


 ドエムはスウェンの背中から降りて、痛む傷口を手で押さえながら、一歩前へ。改めて目の前にある死屍累々を見ると、惨殺された人間の死体が数えるのを諦めるほど転がっています。

 驚きで言葉も出ない者達に代わって、ドエムが発言します。


「……なにがあったの? サダハルやシスターアイドルのみんなは?」


 しかし、エンキドは答えてくれません。

 それどころか、何持っていたアーガス兵士長の生首をドエムに向かって投げて来ました。ドエムは思わずそれを避けてしまいます。


 地面を転がる人の頭。悍しい光景に、スウェンですら吐き気を覚えるほどでした。

 マーガレットがエンキドに向かって言います。


「ブレイバーサダハルは、殺されたの? だから怒ってるのね?」


 スウェンも続きます。


「これは、ちとやり過ぎじゃねぇのか?」


 エンキドはしばしの沈黙の後、こんな事を言ってきました。


「ブレイバーが悪なのではない。人間こそが悪だ。集団で騒ぐ事しか能の無い人間は、もういらない」


 ドエムが言い返します。


「それじゃやってる事はバグと変わらないじゃないか!」

「この町の人間は、一人残らず俺が殺す。邪魔はするな」

「エンキド!」


 呼び掛けには一切応じるつもりもないようで、エンキドはその場を飛び去りました。

 彼は、この町で暴徒となった人間達を狩るつもりです。いや、それどころか、もはや人間と思しき者は全て排除しようとしています。


 復讐の獣から、逃げ惑う人間達。


 エンキドは何かに取り憑かれてしまったかの様に、殺戮を繰り返しました。状況が状況だけに、エンキドを止めようとするブレイバーは誰もいません。あれだけ強気だった暴徒達も、圧倒的な力量差を前に怖気付き、王国兵士も足が震えて動けませんでした。

 そのほとんどは斬殺。時には、逃げ惑う人間を捕まえて撲殺。時には、プロジェクトサイカランチャーで焼殺。すっかり日も暮れた夜の町に、炎が上がり、悲鳴が響き、血が地面を染めます。


 ミラジスタを守ってきたブレイバーが、ミラジスタに恐怖を振る舞う鬼となりました。

 宿屋エスポワールの焼失と、彼の変貌に戸惑いを隠せない一同でしたが、黙って見ていられなかったのはドエムでした。


「僕が……止めなきゃ。取り返しのつかない事になる」


 しかしスウェンが止めます。


「もう遅い。あんな怒り狂った暴走超人を、誰が止められる。第一、少年はそんな体で……」

「怪我なんてどうだっていい。悪意の連鎖は止めなきゃダメだ」

「少年……」


 ヴァルキリーバグや五番の男との戦いを経験して、ドエムの表情は一段と逞しく成長していました。

 そんなドエムが、刺された傷口を手で抑えながら指示を出します。


「僕はエンキドを追う。みんなは救助と避難を最優先して。ここから出来るだけ遠くへ」





 エンキドが飛び回り殺戮をする様を、遥か上空から見下ろしているヴァルキリーバグがいました。

 戦闘形態を解いたヴァルキリーバグの目には、建物を破壊して、焼き払い、逃げる人間を背中から斬る黄金のブレイバーの姿が見えています。


「魔に唆されたか。これが本来のブレイバーの姿……共和国の地獄から生き延び、世界を駆け回った救世主であっても、殺戮兵器と化す。ゼノビアと同じ道を歩み、聖域に選ばれし存在なるか」


 先ほどまで戦闘をしていたのが嘘だったかの様に、ヴァルキリーバグは激動のミラジスタを静観していました。空から見れば、もはやここが平和の町なのか、炎に包まれた地獄の町なのか、分かりません。

 至る所から聞こえる悲鳴。多くのブレイバーの生命と、人の生命が失わた結果、この町がどうなるのか、ヴァルキリーバグは天から見届けるつもりなのです。


 空から見られている事に気付く事もなく、地上で暴れ回るエンキドの元へ、風の翼を羽ばたかせて向かう白い光が一筋見えました。


「あの少年……」

 と、ヴァルキリーバグは高速でエンキドに迫るドエムに興味を示します。


『人の命を軽んじるな!』


 先ほど、ドエムに言い放たれた言葉が、ヴァルキリーバグの脳裏で響きました。




 ――――ヴァルキリーバグはこの時、忘れかけていた記憶が浮かび上がっていました。

 それはまだ、共和国で事を起こすよりも前の事。レクスの下に仕えていたヴァルキリーバグは、レクスとワタアメが何やら口論をしているのを目撃しました。


 当時、異界への扉を開く為、ワタアメの夢主を利用するという計画が実行されていましたが、途中でワタアメの夢主が抵抗してしまった結果、死亡。特別な冥魂を持つ異界人が消失してしまうに至ったのです。

 それに際して、ワタアメは酷く後悔し、そしてレクスのやり方に怒りを覚えたのでした。


 仲違いの後、ワタアメがヴァルキリーバグにこんな事を言ってきたのです。


「ヴァルキリー。お主は人の生命を何と思う」

「取るに足らぬ脆弱な存在」

「……せっかく特別な力があるというのに、お主も又、レクスに毒された存在に過ぎんか」

「姉様が何を言っているのか、まだ我には理解できない」

「今はそれでいい。じゃがな、もう少し、人間を観察してみるといい。きっと見えてくるモノがあるはずじゃ」


 そう言い残して、ワタアメは何処かへ行こうとしたので、ヴァルキリーバグは声を掛けます。


「何処へ?」

「キャシーがそうした様に……夢破れたわっちは、お主らとは別の道を歩む。レクスは信用できん。達者でな……ヴァルキリー」

「理解できない」

「ふっ。ゼノビアの魂を受け継いだ者ならば、よく考えて行動する事じゃな」


 なぜかワタアメは少し笑って、颯爽と去って行きました。その後、ワタアメを見たのは、アリーヤ共和国でバグを使った戦争を起こした時になります。

 ヴァルキリーバグは、このワタアメとの最後の会話がずっと心残りで、なぜワタアメが去ったのか、なぜワタアメはあんな事を言ったのか、ずっと気にしていました。レクスに貰った力を使い、優秀な人間を見極め、自らの手下としたのも、最初は人間観察のついでだったのです。


 アヤノと初めて会った時、ヴァルキリーバグは人間という種にとても強い感心を抱いていました。その為、種で操られる前の彼女と話してみたいという気持ちもあった事は、レクスに知られていません。

 レクスがこの世から去った今、ヴァルキリーバグはレクスの後継者として動いています。ですがその思想は、レクスとは違ったものになっていたのです――――




(人とブレイバーの争いは止まらず、レクスは次元の彼方へと姿を消した。この世界において我の成す事は、果たして本当に正しい事なのか、分からなくなった。ワタアメ姉様であればこんな時、なんという)


 ヴァルキリーバグはそんな事を考えながら、地上で起きる事の成り行きを見届けます。






 その頃、シスターアイドルの一人、ラルエルは避難の最中で大切なペンダントを落としてしまい、それを探す為に足を止めていました。


「ラルエル! 何やってんだ!」


 最初に気付いたセトが大声で声を掛け、続いてケナンやイエレドもやめさせようとしました。ですが、ラルエルはやめようとしません。

 ラルエルは避難する民衆に逆らって、来た道を戻りながら、地面に目を配っていました。


「お母さんの形見なんです。こんな所で落とす訳にはいきません……」


 そう言って、血眼になって探すラルエルを見兼ねたケナンが、彼女の手を取って言いました。


「私も探すの手伝う。何処らへんで落としたか、分かる?」

「ケナン……ありがとうございます」


 するとケナンに続く様に、セトやイエレドも近付いてきて、一緒に探す事を申し出てくれました。


「みんな……」


 セトが言います。


「タイミングとしては最悪だけど、ラルエルの大切な物は、あたしらにとっても大切な物さ。さっさと見つけて逃げよう」


 臆病なイエレドは怖がった様子で言いました。


「か、火事がいっぱい起きてるし、凶器持った人がいっぱいいる……から、き、気をつけよう」


 四人は頷き、全員で来た道を逆走しました。

 途中、こんな状況だというのにまだ揉め事をしている人間や、エンキドに触発されて人間を襲っているブレイバーを見かけたりもしました。ですが彼女たちはそれを見ないようにして、歩みを進めます。


 ラルエルがペンダントを落としたと思われる場所は、さほど遠くは無い場所でした。

 母親の写真が入ったロケットペンダントは、幸い誰にも踏まれたり盗まれる事なく、地面に落ちていました。チェーン部分が壊れてしまったようで、近くで起きている火災による光が反射し、輝いて見えました。


「ありました!」

 と、駆け寄るラルエルは、それを拾い上げます。


 大事そうに両手でペンダントを包み込み、ホッと一息吐くラルエル。

 ケナンがそんなラルエルの手を掴み、言います。


「行こ。ここはもう危ない」


 そう言われ、ラルエルが周りを見渡すと、人の死体が転がってはいるものの、シスターアイドルの四人以外、生存者の一人もいない場所でした。先ほどまであれほど逃げ惑っていた人々が誰もおらず、妙に静かな通りへとやって来てしまっていたのです。

 少し離れたところで、セトが大声を出して呼んでくれているので、ラルエルとケナンは急ぎそちらに向かおうとします。


 その時、空から舞い降りたブレイバーによって、行く手を塞がれてしまいました。

 エンキドです。破損した黄金のプロジェクトサイカスーツを、返り血で真っ赤に染め、ゆっくりと、ゆっくりと、地面に降り立ち、二人の足を止めます。


 それはもはや彼女たちが知っているエンキドではなく、狂気と殺気に満ちた殺人鬼。ラルエルとケナンは恐怖で声も出ません。

 エンキドはしばし動かず、じっと二人の少女を黙視してきました。なので、ケナンが恐る恐る、話し掛けます。


「え……エンキドさん……こんな事してもさ、サダハルさんは喜ばないよ。もうやめよ。こんな事」

「……サダハルは消えた。彼女が大事にしていた場所も燃えた」

「え? そんな……」

「まだ足りない。彼女の無念に比べれば、この程度ではまだ足りない」

「ちょ、ちょっと待ってよ。人間にだって、家族とか、恋人とか、いっぱいいて……そりゃさ、悪い事した人には報いなのかもしれないけど、みんながそうだって訳じゃ――」

「関係ない。人間はブレイバーを裏切り、ブレイバーから全てを奪おうとしている。先に裏切ったのはそちら側だ。だったら、俺が、全てを終わらせてやる。もう二度と、こんな事を起こさせない為に!」


 そんな台詞を吐いたエンキドは、剣を振るいました。

 まずはケナンに斬り掛かったのです。周囲にいたシスターアイドル達の叫びは彼に届かず、無情な刃が、少女を遅います。


 しかし、そこに割って入ったのはドエムでした。


 ケナンの前に素早く入ったドエムは、杖で防御。エンキドの剣により、杖が真っ二つになってしまいました。


「二人とも逃げて!」

 と、ドエムが声を掛け、ケナンとラルエルは後退します。


 ドエムはすぐに杖を再召喚。殴り掛かりますが、エンキドのカウンターで蹴り飛ばされました。

 地面を転がったドエムは受け身を取って体勢を立て直しますが、先ほどヴァルキリーバグに刺された傷が癒えておらず、吐血。痛みと目眩で、ドエムの視界がボヤけます。


 そんなドエムに、エンキドは歩み寄りながら言います。


「邪魔をするな。お前は俺には勝てない」

「勝てる勝てないじゃない! こんなの間違ってる! 僕が憧れたサイカなら、絶対に立ち向かう! 例え貴方が相手だとしても!」

「何の役にも立たない、幻の英雄。そんなものに魅入られ、命を落とすのか!」


 そこからはエンキドの猛攻が続きます。

 あまりにも速い動きに、ドエムは防御する事で精一杯。何度も、何度も杖を折られて、飛ばされて、空中で斬られ、地面に叩きつけられました。


 それでも、ドエムは立ち上がります。


(まだ……まだ戦える……!)


 ドエムはこの時、兼ねてより考えていた秘策を実行する事を決意しました。




 エンキドとドエムの戦いが始まった最中、何とか合流できたシスターアイドルの四人の元に、ブレイバーロウセンが現れます。

 ロウセンのコクピットから、ノアとメトシェラが顔を出します。


「ノア! メトシェラ! 無事だったんだね!」

 と、喜びの表情を浮かべるケナン。


 シスターアイドルの六人が再会を喜んでいる暇もなく、セトが言いました。


「ドエムが戦ってくれてる。今のうちに私達は遠くに逃げないと。ここにいたら足手纏いだ」


 少し離れたところで、傷だらけのドエムがエンキドと対峙している姿は、彼女達からよく見えました。

 なので避難しようという意見が出ている中、ノアだけはずっと彼の戦いを見つめています。


(私にも何かしてあげたい。きっとエムは望んでないだろうけど、今、私にできる事、何かないのかな)


 そんな事をノアが考えていると、隣にいたメトシェラが言い出しました。


「ファイナルコンサート、やらない?」


 思わぬ提案に、周囲の少女達は耳を疑いました。

 ケナンが苦笑いを浮かべながら最初に反応します。


「何言ってんのよメトシェラ、こんな状況で……」

「こんな状況だからこそ。この町の希望の歌姫である私達が、歌うの。希望と勇気の歌を」


 すると、ノアが賛同しました。


「ホフヌング! 私達の新曲! やろうメトシェラ!」


 ノアとメトシェラにそう言われてしまっては、他のメンバーが反対する訳にもいかず、呆れながらも、この無謀な挑戦に少しの高揚感を覚える事になりました。

 シスターアイドルは、避難地区の中心、大聖堂でゲリラコンサートを計画します。


 ブレイバーロウセンは、コクピットと両手に六人の少女を乗せて、飛び上がり、会場へと向かったのでした。




 一方でドエムとエンキドの戦いは、激しさを増していました。とは言っても、エンキドが優勢なのは変わりなく、ドエムはエンキドに対し一撃も与える事が出来ず、何度もエンキドの斬撃を受け地面を転がる事となっていました。

 それでもドエムは立ち上がります。どんなに絶望的な局面であっても、仲間だと思っていたブレイバーが相手だとしても、ドエムは立ち上がり構えます。


 それには思わずエンキドも声を上げました。


「なぜそこまでする。俺がもし本気を出していれば、もうお前は――」

「僕は守ると誓ったんだ。ノアと、ノアが大切にしている人達を、守るんだ!」

「……そうか。では、もしノアを殺されたとすれば、お前はきっと俺と同じ選択をする」

「しない!」

「お前は何も分かっていない。守りたいモノが消えるとは何か。分かっていない」


 ドエムは考えました。エンキドに対抗する手段と戦法を考えました。


(彼が自在に夢世界の装備を変えて戦えるなら、同じブレイバーの僕にだってそれが出来るはず。前に一度試した事はある。この局面、きっと今の僕の装備じゃダメなんだ。こんなボスモンスターを殴る事だけに特化した様な装備と、見た目だけのローブじゃ、きっとダメだ。やってみるしかない。僕に使えるかどうか分からないけど、とにかく今は……やるしかない!)


 ドエムはイメージします。夢世界、ラグナレクオンラインで自身が所有している最強装備を思い浮かべます。


(僕の夢主、ごめんなさい。僕は今から、貴方が理想とするドエムを捨てます。夢世界から去って行ってしまった夢主達と、貴方の努力の結晶を、使わせて貰います。そうしなきゃ、僕はエンキドを止められないから!)


 たちまちドエムに変化が起きました。

 エンキドの数々の攻撃を受けボロボロだったローブが、煌びやかな聖なる光を纏う白いローブに変わり、頭にはサークレット。そして靴やグローブもより戦闘向きな物へと変化。手にも行っていた大きな杖は、魔気を帯びた槍となります。


 ドエムが換装した装備は、彼の夢世界では聖王のローブ、聖王の槍、聖王の籠手、聖王のブーツと呼ばれる物であり、どれも一級品の装備シリーズとされています。それを更に限界まで強化され、夢世界での価値は計り知れません。

 この装備は、ドエムの夢主が長年の努力で手に入れた物。又は、夢世界を引退していった夢主仲間から受け継いだ物になります。そんな思いが込められた、大事な大事な装備品です。


 ドエムの変化には、エンキドも驚きと喜びを同時に感じていました。

 しかし、ドエム本人の傷が癒えた訳ではありません。新品同様の綺麗な装備に包まれたからといって、ドエムの体は負傷により立っているのもやっとな状況でした。


 それを見抜いていたエンキドも、彼がまともに動く事もできないと悟っていました。

 だからこそ、エンキドは先に動きます。ドエムが動き出すその前に、距離を詰め、そして渾身の一振りを、ドエムに叩き込んだのです。


 すると、ドエムの持っていた槍が、エンキドの剣を弾いていました。怯んだエンキドの腹部に、槍の石突きが入り、エンキドは空中に飛ばされます。

 空中に投げ出されたエンキドに対し、ドエムは風の翼を使い追撃。途中で夢世界スキル《サイクロン》で激しい竜巻を発生させて、エンキドの自由を奪いつつ、彼を槍で突くドエム。


 ドエムの攻撃が、エンキドに届いた瞬間でした。


 槍で刺され負傷したエンキドでしたが、

「なんのぉーーッ!!」

 と、巨大な剣に武器を換装して振り回し、ドエムが距離を取ります。


 続いてエンキドは更に武器を換装して、二本の刀でドエムを攻めます。素早い斬撃に、ドエムは風の力でひらりと避けながら、槍で反撃。

 ドエムも躊躇なく夢世界スキルを発動して、風の力と共に空中を舞います。対するエンキドも、得意の武器換装を行いながら、高速の斬撃を繰り出します。


「もうやめよう! エンキド!」

 と、ドエムが叫びます。


 またも二人の攻防が再開され、空中で緑の光と、金色の光が交差。衝突音と衝撃波が、周囲に響き渡る事となりました。




 その頃、大聖堂には多くの避難民と、シスターアイドルを乗せたロウセン。その足下にはスウェン、マルガレータ、シャルロットの姿もありました。

 聞こえてくるのは力無き人々の嘆きと、不安の声。町がこんな状況になってしまい、後悔と恐怖を感じている民衆も多くいる事が分かりました。中には震えているブレイバーの姿もあります。


 怯える人達をロウセンの手の上から垣間見たノアは、こんな事を思います。


(みんなが望んでた訳じゃないんだ……みんな怖いんだ……)


 その考えを察した様に、隣のメトシェラが言います。


「私たちは人間は、ブレイバーに取り返しのつかない事をしてしまった。ブレイバーだってこんな事、誰も望んでいなかった」


 ノアが応えます。


「この想い、届けよう。私たちの歌で!」


 シスターアイドル全員が頷き、大聖堂にあった衣装に着替え、配置に着きます。

 大聖堂の前に立ち注目を浴びるブレイバーロウセン。その左手にはノア、右手にはメトシェラ。大聖堂の屋根の上にケナン、セト、イエレド、ラルエルが立ちます。ロウセンの足下で音楽隊が演奏準備を整え、スウェン、マルガレータ、シャルロットやその他王国兵士の生き残りが、邪魔が入らない様に民衆を整理してくれていました。


 どよめきの後に、夜のそよ風さえも聞こえる静寂がありました。

 いつ演奏が開始されるのか、久しぶりのコンサート開催にシスターアイドル達の表情にも緊張が窺えます。


 そんな中、ノアがじっと見つめているのは、少し離れたところの空で衝突する緑の光と、金色の光でした。


(エム、私の声……ここから届けるから)


 シスターアイドルの新曲ホフヌングは、ノアの無伴奏による独唱から始まります。


《ホフヌング―― 知らない振りをして―― 分からない振りをして―― 今は違う―― 空想でもなんでもいい―― 響け音の速さで――》


 一斉に音楽隊の序奏が始まります。

 しっとりとした雰囲気から一気に激しい曲調へと変貌し、メトシェラが続きます。


《ボクは走り出した―― 聞こえてるかい―― もう止まらないよ―― ボクは駆け抜けて行く――》


《キミを救うのは――》

 と、ケナン。


《痛みじゃない――》

 と、セト。


《心のホフヌング――》

 と、イエレドとラルエル。


 そして全員で歌い出します。


《ホフヌング―― キミはまだ知らない―― 分からないよね―― これからさ―― 玉砕でもなんでもいい―― 響け心のままに――》


 この時、ノアの体が輝き、歌って踊るシスターアイドルの周辺から光の粒が出現。歌に合わせて周囲は四散して、ミラジスタの町に広がります。

 その神秘的な現象を前に、人々は見惚れ、次第に負の気持ちが浄化されていきました。


 シスターアイドルの歌が、奇跡を起こしたのです。


 足下で周囲の人々の反応を眺めていたスウェンは、シスターアイドル達を見上げ、言いました。


「夢でも見てんのか、俺は……」


 スウェンの横にいたマルガレータは、かつて彼女達の歌声に苦しんだ経験がありましたが、今回は安らかな表情を浮かべていました。


「気持ちいい音……」

「綺麗!」

 と、シャルロットは波の様に広がる光の粒に見惚れています。


 その台詞を聞いて、スウェンは少し笑って、遠くで戦うドエムに目を配りました。


「聞こえてるか少年」




 エンキドと互角の死闘をしているドエムにも、彼女達の歌声は届いていました。

 それだけでなく、光の粒がまるでドエムの味方をしてくれてる様に、彼に纏わり付いていました。


(力が湧き上がる! 痛みが消えた! 体が軽い!)


 動きが一段と速くなったドエムでしたが、エンキドも対応してきます。

 槍と剣が衝突する最中、エンキドはドエムの更なる変化に内心では焦っていました。


(何が起こってる!?)




 大聖堂から響く音楽と、綺麗な光の粒は、ミラジスタ全土に漂っていました。

 上空からその奇跡の瞬間を眺めていたヴァルキリーバグも、ノアとの同調により、激しい高揚感を抱いていました。


(これはなんだ……歌……? 我の冥魂が震えている……?)


 ヴァルキリーバグは、音楽や歌というものを聴いたのは初めてでした。なので、自身の何ともいえない気持ちの高ぶりに、戸惑っています。

 同時にドエムを守りたいというノアの気持ちが、ヴァルキリーバグの中に流れ込んできていました。


(……見届けるだけのつもりだったが……銀の姫よ。我を突き動かすか)


 ヴァルキリーバグは衝動を抑えられず、動いていました。

 ドエムとエンキドの戦闘に急接近。ヴァルキリーバは、ドエムの対処で余裕のないエンキドを、横から奇襲しました。


 ヴァルキリーバグの不意打ちによる一太刀を受けたエンキドは、大きな隙が生まれます。

 ドエムはそれを見逃さず、槍を突き刺して、地面に向かって急降下。そのまま地面に突き落とします。


 この戦いは、ドエムの勝利で決着が付きました。


 槍で刺され、地面に埋まって動かなくなったエンキドは、戦意を喪失したのです。

 ドエムはもう一度、彼に言いました。


「もう……やめよう。そんな姿は見たくない」


 エンキドは言いました。


「……見事……俺の負けだ……」


 そう言うエンキドの胸には、ドエムの槍が刺さっていて、その刃は彼のコアに触れていました。

 彼の身体は徐々に消滅を始めていました。コアの僅かな破損でも、ブレイバーは消滅します。


 ドエムはこの時、コアを外す余裕などありませんでした。エンキドを相手に、やるかやられるかの戦闘で、そんな事を考える事などドエムには出来なかったのです。

 ドエムは初めて、ブレイバーを殺めてしまいました。悔しさと切なさに、彼は顔を歪ませます。


 蒸発する様に消え行くエンキドは、弱った声でこんな事を言います。


「俺は……サダハルにもう一度……会えるだろうか……もう一度……」


 ドエムは答えます。


「夢世界で、待ってるよ」

「そうか……すまなか……」


 エンキドは最後に謝ろうとしましたが、その言葉半ばで、彼は完全に消えて煙となってしまいました。

 気合いで何とか立っていたドエムは、それと同時に力尽き、地面に倒れます。




 そうこうしているうちに、最悪の夜が明け、朝日が差していました。

 シスターアイドルのコンサートで起きた奇跡の力によって、町は落ち着きを取り戻しています。ですが、人々がやってしまった無残な街並みを太陽が照らし、多くの人が自分達がやってしまった事に後悔の念を抱かせます。


 事態の終息を上空から見下ろしていたヴァルキリーバグの元には、プロジェクトサイカスーツに身を包んだクロギツネが静かに集まっていました。

 アマツカミ、オリガミ、カゲロウ、ハンゾウ、ミケ。彼ら五人は、エンキドの消滅を見届けに来ていたのです。


 物言わぬクロギツネに、ヴァルキリーバグは言いました。


「なぜ持ち場を離れた」


 するとアマツカミは言いました。


「元より我らはレクスの従者で、十三槍ではない」

「……それで、なぜここに来た」

「兼ねてより、ブレイバーエンキドは同志に成り得るのではと」

「あのブレイバーはお前達とは別物だ」


 ヴァルキリーバグがそう言うと、アマツカミは別の話題を口にしました。


「銀の姫はどうするつもりだ?」

「……まだ未成熟。少し様子を見る。それよりも、思ったより早くアレが迫っている」

「レクスの言っていた事が?」

「恐らく」

「……一度、帰還を」

「そのつもりだ」


 ヴァルキリーバグは、クロギツネの五人と共に飛び、ミラジスタの町を去って行きました。

 その際、空飛ぶロウセンに乗ったシスターアイドル達が、必死にドエムの名を呼んで探している姿を見ました。


 距離は遠かったですが、ヴァルキリーバグとノアの目が合います。互いに存在を認識し、僅かに共鳴反応も起きていましたが、ヴァルキリーバグはあえて無視をして遠ざかって行きます。

 このミラジスタで起きた戦いと、それが招いた悲劇は、ヴァルキリーバグの中で大きな変化をもたらしたのかもしれません。


 王都の方面に去って行くヴァルキリーバグ達を、地上の瓦礫の上に座って眺めている五番の男もいました。


 五番の男は愉快そうに笑みを浮かべながら、独り言を呟きます。


「ヴァルキリーは思った以上に利口なバグじゃないかぁ。どうすべきか、自ら学習してる。まるでAIロボットだねぇ。きひひひ」

『…………』

「ん、あー、分かってる分かってる。忘れちゃいないさ」

『…………』

「もう手遅れだと思うけどねぇ」

『…………』

「うるさいな。ボクに指図するな。自由にやらせてくれるって言ったじゃないか」

『…………』

「ああ、そうだね。分かっているよマイゴッド。感謝もしてる。レクスとサイカに復讐できるなら、魔王にだってなってやるさ。まずは……あのサイカが育てたロッドボーイから、監視する事にするよ」


 五番の男。名前すら未だに分からない謎のピエロは、本来の目的であったサイカに関係するブレイバーを見つけてしまいました。勿論、この事をドエムは知る由も無いのです。

 この日、ミラジスタで起きた内乱と、ブレイバーエンキドの復讐劇は、その結末も含めて語り継がれる事となるでしょう。私がもしこの場にいたら、どうしていたか……なんて、考えたくもありません。






【解説】

◆ブレイバーエンキドの復讐劇

 最愛のブレイバーサダハルを目の前で殺され、人間達に対し憤怒したエンキド。

 目に入った人間を女子供関係なく無差別に襲い、一人で百人以上の人間を斬殺してしまった。

 そんなエンキドを見て、ヴァルキリーバグは「彼はゼノビアと同じ道を歩んでいる」と考え観察していた。


◆ヴァルキリーバグの過去

 母なるゼノビアの冥魂を受け継ぎ、人の言葉を喋り、人に異能力を与える力を得たヴァルキリーバグ。

 かつて仲間だったワタアメから言われた言葉は、ヴァルキリーバグにとって心残りであり、レクスに従う事に何の疑問も持たなかったヴァルキリーバグに変化をもたらしていた。

 ヴァルキリーバグにとって、十三槍は人間を知る為の一環だったといえる。


◆ラルエル

 シスターアイドルの一人で、誰よりもブレイバーを尊敬している眼鏡の似合う少女。 

 読書と勉強が好きで、基本的に敬語で話す礼儀正しさを持つラルエルは、平々凡々な暮らしにコンプレックスを感じていた中、ノアと出会い、アイドルとなる決断をするのも早かった。

 ミラジスタで起きたテロ事件で母親を亡くし、父親と暮らしながら、バグと戦う事ができるブレイバーに憧れ、いつか自分もバグと戦える力が欲しいと密かに願っている。


◆ドエムの装備

 夢世界ではボスモンスターに特化した殴り杖というネタ装備で、服装も性能よりも見た目を重視していた。

 今回のエンキドとの戦いで、ドエムは夢主が理想としている装備の域を外れ、自身が夢世界で所持している最大級の装備、聖王シリーズと呼ばれる高級装備をその身に纏った。


◆シスターアイドルが起こした奇跡

 町の混乱を鎮める為、シスターアイドル達が決行したゲリラコンサート。

 開花したノアの能力と、シスターアイドル達の思いが共鳴し、人々の負の感情を浄化する奇跡を起こした。

 そしてドエムに勝って欲しいという願いも、ドエムに届いた事で、劣勢だったドエムがエンキドを倒した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] エンキドは逝ってしまっていたんですね。 考えれば、それがベターな結末だった気もします。 [気になる点] 正直、ブレイバーが怒るのは当然だと思います。 ああまで人間にこだわるドエムにむしろ薄…
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